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糖尿病患者における白内障術前の結膜嚢細菌叢の検討

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(105)2430910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):243246,2009cはじめに白内障手術に限らず術後眼内炎は一度発症すると,それによる患者側の負担や不利益のみならず,術者側にもあらゆる面で大きな負担と責任とが重くのしかかる.白内障手術における術後眼内炎発症率は0.05%と報告されている1)が,それを低減するために危険因子の軽減が重要である.術後眼内炎における危険因子のうち,患者側のものとしては,糖尿病の合併が報告されている2,3).一方,近年白内障手術における術後眼内炎の起因菌として結膜内常在菌が関与していることも知られている.特に,糖尿病患者における血糖コントロールは慢性合併症の発症に大きく関わり,血糖コントロール不良状態では易感染性が増すとの報告もある4).このため結膜内常在菌叢が何らかの影響を受ける可能性が考えられることから,術後眼内炎の危険因子になることが懸念される.〔別刷請求先〕須藤史子:〒349-1105埼玉県北葛飾郡栗橋町大字小右衛門714-6埼玉県済生会栗橋病院眼科Reprintrequests:ChikakoSuto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,714-6Koemon,Kurihashi-machi,Kitakatsushika-gun,Saitama349-1105,JAPAN糖尿病患者における白内障術前の結膜細菌叢の検討屋宜友子*1,2須藤史子*1,2森永将弘*1,2八代智恵子*3土至田宏*4堀貞夫*2*1埼玉県済生会栗橋病院眼科*2東京女子医科大学眼科学教室*3埼玉県済生会栗橋病臨床検査部*4順天堂大学医学部眼科学教室StudyofConjunctivalSacBacterialFlorainDiabeticPatientsbeforeCataractSurgeryTomokoYagi1,2),ChikakoSuto1,2),MasahiroMorinaga1,2),ChiekoYashiro3),HiroshiToshida4)andSadaoHori2)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,3)LaboratoryDepartment,SaitamakenSaiseikaiKurihashiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine白内障術前患者249例406眼の下眼瞼結膜擦過培養および検出菌薬剤感受性検査結果を糖尿病の有無により比較検討した.糖尿病患者(DM群)は75例126眼,非糖尿病患者(非DM群)は174例280眼で,平均年齢は各々70.2±9.4歳,72.6±8.9歳,細菌検出率は36.5%,34.3%といずれも両群間に統計学的有意差を認めず,DM群ヘモグロビン(Hb)A1C8%以上とそれ未満との比較でも有意差は認められなかった.菌種別では,両群ともにコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),コリネバクテリウムの順に多く,これらで大半を占め,3位はメチシリン耐性CNS(MRCNS)であったがDM群で統計学的に有意に多く検出された(p<0.05).薬剤耐性率はレボフロキサシン(LVFX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB)のいずれにおいても両群間の差は認められなかった.MRCNSの薬剤耐性率は近年増加傾向にあるが,特に糖尿病患者において注意を要する.Conjunctivalscrapingsfromthelowereyelidwereculturedin249patients(406eyes)beforecataractsur-gery;thedrugsensitivityofthebacteriadetectedwascomparedbetweenpatientswithandwithoutdiabetes.Therewere126eyesof75patientswithdiabetes(DMgroup)and280eyesof174patientswithoutdiabetes.Indiabeticpatientswithhemoglobin(Hb)A1Clevels8%or<8%,meanage(70.2±9.4vs.72.6±8.9years)andbac-terialdetectionrate(36.5%vs.34.3%)werenotsignicantlydierent.Themajorbacterialstrainsfoundwerecoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)andCorynebacterium,followedbymethicillin-resistantCNS(MRCNS).TherewasasignicantlyhigherbacterialdetectionrateintheDMgroup(p<0.05).Therewerenodierencesbetweenthegroupsregardingratesofresistancetolebooxacin(LVFX),cefmenoxime(CMX),andtobramycin(TOB).MRCNSresistancehasbeenincreasingrecently,socareshouldbetaken,especiallyindiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):243246,2009〕Keywords:白内障手術,結膜細菌叢,糖尿病患者,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS),耐性菌.cataractsurgery,conjunctivalsacbacterialora,diabeticpatients,methicillin-resistantcoagulase-negativeStaphylococcus(MRCNS),antibiotics-resistance———————————————————————-Page2244あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(106)さらに血糖コントロール不良患者では細菌検出率が有意に高いとの報告もある5).その一方で糖尿病は術後眼内炎の危険因子ではないとの報告もある6).そこで今回筆者らは,糖尿病の有無による結膜細菌叢および検出菌の抗菌薬耐性の差に関する検討を行った.I対象および方法対象は,2006年1月から2007年6月の1年半の間に埼玉県済生会栗橋病院で白内障手術を施行した249例406眼で,その内訳は男性107例171眼(43.0%),女性142例235眼(57.0%)であった.年齢は71.8±9.1歳(平均±標準偏差)であった.結膜細菌検査は手術の約2週間前に行い,検体は滅菌綿棒(トランシステムクリア,スギヤマゲン社,東京)を用いて無麻酔下で下眼瞼結膜を擦過し採取,1時間以内に当院臨床検査部に移送し,血液寒天培地およびチョコレート寒天培地上で35℃,2448時間培養後に,従来法で判定した.なお,嫌気性培養,増菌培養は未施行であった.薬剤感受性検査は,CLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInsti-tute)M100-S177)に準拠し,Disc拡散法(Sensi-Discを用いたKirby-Bauer法),およびRAISUS(全自動迅速同定感受性測定装置)を用いた微量液体希釈法にて測定した.検討項目は,1.結膜細菌検出率,2.検出菌の内訳,3.検出菌の薬剤耐性率で,さらにこれらを糖尿病の有無により比較検討した.薬剤感受性検査の対象薬剤は,レボフロキサシン(LVFX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB)の3種とした.なお,本研究においては白内障術前結膜の減菌を理想としているため,感受性が中間のものは耐性として扱った.II結果1.対象患者の内訳(表1)対象患者249例406眼のうち,糖尿病患者(以下,DM群)は75例126眼(31.0%),非糖尿病患者(以下,非DM群)は174例280眼(69.0%)であった.年齢はDM群70.2±9.4歳,非DM群72.6±8.9歳,男女比はDM群で男性36例(48.0%),女性39例(52.0%),非DM群で男性71例(40.8%),女性103例(59.2%)であった.年齢および性差は,両群間で統計学的有意差を認めなかった.2.結膜細菌検出率分離された細菌は全体で406眼中142眼で検出され,細菌検出率は35.0%であった.DMの有無別ではDM群では126眼中46眼(36.5%),非DM群では280眼中96眼(34.3%)であり,両群間に統計学的有意差は認めなかった.さらにDM群を血糖コントロールの面から検討すべくヘモグロビンA1C(HbA1C)8%以上のコントロール不良例と8%未満とで比較したところ,HbA1C8%以上の群では14例25眼中7眼で細菌分離され,その検出率は28.0%,8%未満は61例101眼中39眼で細菌分離され,その検出率は38.6%と,両群間に統計学的有意差は認めなかった.3.検出菌の内訳(表2)菌種別では,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)67株(37.6%),コリネバクテリウム66株(37.1%)が大半を占め,これら2種で75%近くを占めた.3位にはメチシリン耐性CNS(MRCNS)が21株(11.8%)検出され,続いて腸球菌が6株(3.4%)検出された.検出菌をDM群,非DM群に分けて検討した結果,CNSは各々31.3%,41.2%,コリネバクテリウムは各々37.5%,36.8%と,ともに上位2種の順位および割合は不変であったが,MRCNSの検出率は各々20.3%,7.0%と,DM群で非DM群に比べて統計学的に有意に高かった(c2検定p<0.05).DM群のうちMRCNS陽表1対象患者の内訳患者総数(249例406眼)糖尿病患者75例126眼(31%)非糖尿病患者174例280眼(69%)平均年齢70.2±9.4歳72.6±8.9歳男性36例(48.0%)71例(40.8%)女性39例(52.0%)103例(59.2%)年齢および性差は,両群間で統計学的有意差を認めなかった.表2検出菌の内訳全患者糖尿病患者非糖尿病患者株%株%株%CNS6737.62031.34741.2Colynebacterium6637.12437.54236.8MRCNS2111.81320.3*87.0*腸球菌63.4MSSA52.8*:MRCNSの検出率のみDM群で非DM群に比べて統計学的に有意に高かった(c2検定p<0.05).:DM群:非DM群2520151050薬剤耐性率(%)13.518.823.114.623.117.7LVFXCMXTOB図1検出菌の薬剤耐性率両群間の薬剤耐性率は3剤ともに統計学的有意差を認めなかった.LVFX:レボフロキサシン,CMX:セフメノキシム,TOM:トブラマイシン.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009245(107)性群と陰性群それぞれの抗菌点眼薬の使用既往の有無について検討したところ,陽性群で30.7%,陰性群で28.3%であり,統計学的有意差は認められなかった.4.検出菌の薬剤耐性率(図1)薬剤耐性率は検出菌全体でLVFX16.9%,CMX17.6%,TOB19.6%であった.DM群,非DM群別にみると,LVFXは各々13.5%,18.8%,CMXは各々23.1%,14.6%,TOBは各々23.1%,17.7%と,両群間の薬剤耐性率は3剤ともに統計学的有意差を認めなかった.III考察糖尿病患者は網膜症の管理の必要性があるため眼科を受診し,合併症が発見されれば加療が必要となるケースが多い.糖尿病患者における易感染性は眼科領域に限らず一般によく知られており8,9),機序としては細小血管障害による循環障害,インスリン代謝異常に基づく低栄養状態により組織での細胞性免疫能低下や好中球遊走能低下などが考えられている.なかでも眼科領域では糖尿病が術後眼内炎の危険因子となるとの報告もある2,3).血糖コントロールに関しても,HbA1C8%以上のコントロール不良例では細菌検出率が有意に高いとの報告もある5).今回筆者らは白内障術前患者を対象に細菌検出率,検出菌内訳,薬剤耐性率を糖尿病の有無別に検討したが,両群間に統計学的有意差を認めなかった.本報告では細菌検出率が35%と,既報1013)と比べると低めの数値を示しているが,これは細菌検出の際の設備や検査方法の違いによるものと思われる.宮永らの報告14)では,細菌培養結果を5施設間で検討したところ,検査施設により細菌検出率や菌種検出傾向に差があることが指摘されており,検出率を単純に比較できない可能性が示唆される.さらに,好気培養のほかに嫌気培養も合わせて施行しているところが多いが,本研究では保険点数上のコストの問題から,嫌気培養は施行していなかった.そのため検出の際に嫌気状態を必要とする,結膜内常在菌の主要菌であるPropionibac-teriumacnes(P.acnes)15)は今回の結果には反映されていない.増菌培養が未施行である点も,細菌検出率が低い一因と考えられる.しかし,菌種の内訳としてはCNSが最多であった点は,既報と同様の傾向であった16,17).本研究では,コリネバクテリウムは2番目に多く検出されているが,この順位は既報1013,16,17)と比較すると,同様のもの13)と相違するもの1012,16,17)に分かれる.これは各施設の検査結果の報告方法の違いにより影響されると思われる.すなわち,Staphylo-coccus属の菌を種レベルまで同定しているか否か,あるいはCNSとしてまとめて報告しているかによって変わってくるからである.コリネバクテリウムは通常は病原性に乏しいが,近年ではLVFX耐性コリネバクテリウムが増えており,眼感染症の一因となるとの報告もあり注意を要する18).今回の検討で,細菌検出率で唯一有意差を認めたのはMRCNSで,DM群で非DM群に対し統計学的に有意に高率であった.CNSには表皮ブドウ球菌をはじめ多くの菌種が存在するが,本来は病原性が弱いといわれている.しかし近年は耐性率が増加しつつあり,特にMRCNSによる眼感染症の報告も増加している1921).DM群でMRCNSが高率であった理由として考えられるのは,糖尿病の易感染性,日和見感染や不顕性感染などがあげられる.抗菌点眼薬の使用歴のない症例が対象であったKatoらの報告では,高齢者の健常者の結膜からもMRCNSとMRSAが常在菌として検出されたと報告している22).また,マイボーム腺および結膜内の常在細菌叢における薬剤耐性率は一般に高齢者で増加する傾向がある13).自験例においても同様に高齢者は60歳以下に比べて有意に細菌検出率が高かった(森永将弘ほか:第31回日本眼科手術学会で発表).今回DM群のMRCNS陽性群と陰性群それぞれの抗菌点眼薬の使用既往の有無について検討したが,統計学的に有意差は認められなかった.以上のことより,何らかの眼感染症に対し抗菌薬を使用したことによって薬剤耐性を獲得したと考えるよりも,高齢者とDM患者に共通している抵抗力低下,易感染性によるものと考えられる.しかし一方で,眼感染症の既往がなくても多臓器や他の部位における感染症治療で過去に抗菌薬が投与され,常在菌が薬剤耐性を獲得した可能性も考慮すべきではないかと思われた.自験例での結膜細菌叢からの検出菌は,本報告で対象としたLVFX,CMX,TOBのすべての抗菌薬において何らかの耐性菌が認められ,反対に薬剤感受性検査を施行したすべての菌種で,いずれかの抗菌薬に対する耐性が認められた.特にMRCNSは多剤耐性を示したことから,MRCNSが検出された場合その薬剤感受性検査結果に基づいた抗菌薬の選択をすべきと考えられた.日本眼感染症学会は1994年CMX点眼,2006年にはLVFXの術前点眼を推奨している23,24)が,画一的に抗菌薬を術前投与していたのでは少なからず抜け道がある可能性も否定できないと思われた.今回糖尿病の有無および血糖コントロールの良否で結膜細菌叢の検討を行ったが,菌検出に際し目立った差異は認められなかった.薬剤耐性菌でのみ有意差が出たのは,糖尿病による易感染性が背景にあることは無視できない事実であると考えられた.文献1)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOphthalmolScand85:848-851,20072)KattanHM,FlynnHWJr,PugfelderSCetal:Nosoco-mialendophthalmitissurvey.Currentincidenceofinfec———————————————————————–Page4246あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(108)tionafterintraocularsurgery.Ophthalmology98:227-238,19913)PhillipsWB2nd,TasmanWS:Postoperativeendophthal-mitisinassociationwithdiabetesmellitus.Ophthalmology101:508-518,19944)有山泰代,上原豊,清水弘行ほか:感染性眼内炎を併発したコントロール不良糖尿病の4例.眼紀57:726-729,20065)稗田牧,山口哲男,北川厚子ほか:糖尿病患者の白内障手術時における結膜内常在菌叢.眼紀46:1148-1151,19956)MontanPG,KoranyiG,SetterquistHEetal:Endophthal-mitisaftercataractsurgery:Riskfactorsrelatingtotech-niqueandeventsoftheoperationandpatienthistory:Aretrospectivecase-controlstudy.Ophthalmology105:2171-2177,19887)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute.PerformanceStandardsforAntimicrobialSusceptibilityTesting,Seven-teenthInformationalSupplement(M100-S17);CLSI,Wayne,PA,20078)GottrupF,AndreassenTT:Healingofincisionalwoundsinstomachandduodenum:Theinuenceofexperimentaldiabetes.JSurgRes31:61-68,19819)RayeldEJ,AultMJ,KeuschGTetal:Infectionanddia-betes:Thecaseforglucosecontrol.AmJMed72:439-450,198210)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,200111)宇野敏彦:術前感染症予防とEBM.あたらしい眼科22:889-893,200512)大鹿哲郎:術後眼内炎.眼科プラクティス1,p2-11,文光堂,200513)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜内の常在菌叢についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200414)宮永将,佐々木香る,宮井尊史ほか:5検査施設間での白内障術前結膜培養結果の比較.臨眼61:2143-2147,200715)浅利誠志:細菌検査の落とし穴.あたらしい眼科23:479-480,200616)関奈央子,亀井裕子,松原正男:高齢者の結膜内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,200317)宮尾益也:眼感染症と耐性菌.眼科43:923-931,200118)外園千恵:常在微生物叢と眼感染症.あたらしい眼科25:59-60,200819)稲垣香代子,外園千恵,佐野洋一郎ほか:眼科領域におけるMRSA検出動向と臨床経過.あたらしい眼科20:1129-1132,200320)西崎暁子,外園千恵,中井義典ほか:眼感染症におけるMRSAおよびMRCNSの検出頻度と薬剤感受性.あたらしい眼科23:1461-1463,200621)外園千恵:MRSA,MRCNSによる眼感染症.日本の眼科77:1413-1414,200622)KatoT,HayasakaS:Methicillin-resistantStaphylococcusaureusandmethicillin-resistantcoagulase-negativestaph-ylococcifromconjunctivasofpreoperativepatients.JpnJOphthalmol42:461-465,199823)北野周作:白内障手術:戦略のたてかた─白内障術前無菌法─.眼科手術8:717-719,199524)井上幸次:術前減菌法.眼科手術19:493-495,2006***

白内障手術周術期の血圧変動

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(107)17150910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17151718,2008cはじめに日本社会の高齢化に伴い,手術を受ける患者の高齢化も進んでいる.高齢者はなんらかの疾患をもっていることが多く,現実の手術に際しては降圧剤を内服中の患者は多い.白内障手術は外来手術が一般的となり,気軽な気持ちで受ける患者が増加している反面,局所麻酔の手術であるうえに術野が顔面にあるので,極度の緊張を迫られ,血圧が上昇する患者も多い.しかしながら,手術時間が短いこともあり,眼科医の側から術中の血圧管理を問題として取り上げることは少ない.そこで,手術室に入室してから手術終了までの血圧の変動を検討したところ,手術室に入室しただけで収縮期血圧が約20mmHg上昇し,手術中はさら10mmHg上昇するという結果を得た.さらに血圧上昇は年齢・既往歴によって差があるという結果を得たので報告する.I対象および方法対象は平成18年4月から6月までに東京都保健医療公社荏原病院で,白内障手術を受けた104名133眼全例である.男性42名53眼,女性62名80眼であった.期間中に両眼の手術を受けたものは2例として計測した.年齢は60歳未満10名13眼(9.3%),6070歳未満20名26眼(19.5%),〔別刷請求先〕秋澤尉子:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:YasukoAkizawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashiyukigaya,Oota-ku,Tokyo145-0065,JAPAN白内障手術周術期の血圧変動秋澤尉子*1鴨居功樹*1,2高嶋隆行*1木戸さやか*1*1東京都保健医療公社荏原病院眼科*2東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野EectofCataractSurgeryonPreoperativeandHighestBloodPressureLevelsYasukoAkizawa1),KojuKamoi1,2),TakayukiTakashima1)andSayakaKido1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity白内障手術をうけた104名133眼を対象に周術期血圧を検討した.平常時血圧は134.3±18.2mmHg(平均値±標準偏差),入室時血圧は151.2±24.7mmHg,最高血圧は163.7±24.5mmHgであり,順に有意に上昇した.入室時の最初の測定で最高血圧を示した例は39例あった.年齢別の検討では,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は高年齢群になるに比し,順に有意に高くなった.高血圧有群は高血圧無群に比し平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は有意に高かった.糖尿病有群は無群に比し,最高血圧が有意に高かったが,平常時血圧・入室時血圧には有意差がなかった.入室後の降圧剤投与について検討したが,降圧剤投与有群は22例で全体の1/6であり,投与無群に比し入室時血圧・最高血圧のみならず平常時血圧も有意に高かった.Theauthorsevaluatedthebloodpressure(BP)levelsof133casesduringcataractsurgery.Thedaily,preoper-ativeandhighestsystolicBPduringsurgerywere134.3±18.2mmHg,151.2±24.7mmHgand163.7±24.5mmHg,respectively.Statistically,BPascendedalongwithdaily,preoperativeandhighestBP.Asgroupagesincreased,dai-ly,preoperativeandhighestBPalsostatisticallyincreased.Thedaily,preoperativeandhighestBPofthehyperten-siongroupwerestatisticallyhigherthanthoseofthenon-hypertensiongroup.ThehighestBPofthediabeticgroupwasstatisticallyhigherthanthatofthenon-diabeticgroup.Weadministeredanti-hypertensivedrugsto22cases(17%ofallcases)duringsurgery;inthisgroup,notonlypreoperativeandhighestBP,butalsodailyBP,werestatisticallyhigherthanthoseofthenon-medicatedgroup.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17151718,2008〕Keywords:術前血圧,白内障手術,最高血圧.preoperativebloodpressure,cataractsurgery,thehighestbloodpressure.———————————————————————-Page21716あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(108)7080歳未満49名64眼(48.1%),8090歳未満23名27眼(20.3%),90歳以上2名3眼(2.3%)であった.手術は,2%キシロイカインTenon下麻酔で水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を行った.強角膜切開は2.8mmとし,強角膜に1針縫合をおいた.術前鎮痛薬として入室15分前にセデスGR1.0g内服を行った.血圧測定の方法は,収縮時血圧について検討した.入院した当日に仰臥位で2回血圧を測定し平均値を平常時血圧とした.手術室へ入室後は自動血圧計を用い5分ごとに血圧を測定し,入室後1回目に測定した血圧を入室時血圧とし,入室後の最高血圧を最高血圧とした.入室後血圧が180mmHgを超えた場合には術者の判断で,ぺルジピンR1.0mgを点滴に側管から投与した.平常血圧値・入室時血圧値・最高血圧値に関し,年齢別・性別・術眼の左右差・既往歴の有無で差があるか否かについて検討した.統計には一元配置分散分析とBonferroni/Dunn検定を用いた.II結果133例全例で血圧を検討した(表1).平常時血圧は134.3±18.2mmHg(平均値±標準偏差),入室時血圧は151.2±24.7mmHg,最高血圧は163.7±24.5mmHgであり,順に有意に上昇した(p<0.0001:一元配置分散分析).そこで各群間を比較してみると,平常時血圧は入室時血圧・最高血圧より有意に低く,入室時血圧は最高血圧より有意に低かった(Bonferroni/Dunn検定).表1白内障周術期の血圧変化(133例)平常時血圧(mmHg)入室時血圧(mmHg)最高血圧(mmHg)平常時血圧134.3±18.2入室時血圧(p<0.0001)151.2±24.7最高血圧(p<0.0001)(p<0.0001)163.7±24.5平均値±標準偏差.()はp値:Bonferroti/Dunn.表2最高血圧に至る時間と平常時血圧入室後から最高血圧に至る時間例数平常時血圧(mmHg)入室時39140.8±19.35分後33140.1±13.010分後21127.5±15.315分後25123.6±14.020分後7126.8±25.425分後以上8128.0±21.2平均値±標準偏差.p=0.012:一元配置分散分析.表3各群の血圧の変化分類群名例数平常時血圧(mmHg)入室時血圧(mmHg)最高血圧(mmHg)年代別60歳未満13121.1±16.4132.7±17.6143.9±18.460歳代26133.8±20.7147.3±26.2156.6±25.470歳代64136.3±15.3153.7±22.7167.5±23.380歳代27132.7±18.5154.0±25.4168.6±23.690歳代3166.0±15.6186.0±22.6186.0±22.6性別男性53134.7±17.8152.6±25.5168.2±23.9女性80133.9±18.5150.0±24.2160.7±24.5左右差右眼71134.1±17.6151.1±23.3162.5±24.0左眼62134.5±19.0151.2±26.3165.1±25.3初回・2回目初回101133.4±18.4149.7±23.9162.9±23.12回目32136.9±17.7155.8±26.6166.3±28.8高血圧無103132.3±18.9148.3±23.6161.1±24.2有30141.1±13.8160.9±26.2172.1±24.0糖尿病無114134.7±18.9150.0±24.3161.9±24.8有19131.7±13.7158.4±26.4174.5±20.3高血圧・糖尿病の有無高血圧無・糖尿病無90132.9±19.5147.1±23.5159.6±24.5高血圧無・糖尿病有13127.5±13.8156.8±23.2172.3±19.2高血圧有・糖尿病無24141.2±15.0160.8±24.5170.3±24.3高血圧有・糖尿病有6140.8±8.40161.7±34.8179.2±23.8降圧剤無111131.8±16.8146.4±21.5157.4±20.4有22146.6±20.3175.4±25.6195.5±18.4平均値±標準偏差.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081717(109)133例全例で平常時血圧と手術室入室後の血圧変化の関係を検討した(表2).入室時の最初の測定で最高血圧を示した群は39例であり,この群の平常時血圧は140.8±19.3mmHgであった.入室後5分後に最高血圧を示した群は33例であり,平常時血圧は140.1±13.0mmHgであった.同様に10分後は21例で平常時血圧は127.5±15.3mmHg,15分後は25例で123.6±14.0mmHg,20分後は7例で126.8±25.4mmHg,25分以上は8例で128.0±21.2mmHgであった.入室後最高血圧に至る時間が短い群ほど平常時血圧は有意に高いという結果であった(p=0.0012:一元配置分散分析).入室時に最高血圧を示した群の平常時血圧は5分後最高血圧群とは有意の差はなく,10分後・15分後群(p=0.048,0.001)とは有意差があった.5分後に最高血圧を示した群の平常時血圧は10分後・15分後群より有意に(p=0.0055,0.0002)高かった(Bonferroni/Dunn検定).年齢別に平常時血圧・入室時血圧・最高血圧を検討した(表3,4).年齢を60歳未満群,6070歳未満群,7080歳未満群,8090歳未満群,90歳以上群に分けてみると,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は各群の順に有意に高くなった(p=0.0014,0.0038,0.0026:一元配置分散分析).性別・術眼の左右差・初回手術か2回目かに分けて検討したが,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧の差はなかった.高血圧の有無に分けて検討した.高血圧有群では高血圧無群に比し平常時血圧・入室時血圧・最高血圧は有意に高かった(p=0.018,0.00132,0.00327:一元配置分散分析).糖尿病についても有無に分けて検討した.有群では無群に比し,最高血圧が有意に(p=0.00377:一元配置分散分析)高かったが,平常時血圧・入室時血圧には有意差がなかった.高血圧・糖尿病の有無について,高血圧無・糖尿病無群,高血圧無・糖尿病有群,高血圧無・糖尿病有群,高血圧有・糖尿病有群の4群に分けて検討した.平常時血圧は4群で差がなかったが,入室時血圧,最高血圧は4群で有意の差があった(p=0.0475,0.0401:一元配置分散分析).入室後の降圧剤投与について検討した.降圧剤投与有群は22例で全体の1/6であり,投与無群に比し,平常時血圧・入室時血圧・最高血圧が有意に高かった(p=0.0004,0.0001,0.0001:一元配置分散分析).III考按対象133例のうち,60歳未満は13例(9.3%),60歳代は26例(19.5%),70歳代は64例(48.1%),80歳代は27例(20.3%),90歳以上は3例(2.3%)であり,70歳以上の症例は約70%であった.自院で白内障手術を受けた患者を分析した報告で70歳以上の割合について,田内ら1)は70歳以上の症例が60%,Suzukiら2)は70%,中泉ら3)は約70%と報告している.高齢者の増加に伴い,どこの病院でも白内障手術患者は70歳以上が6070%前後であると考えられた.対象133例の血圧は平常時血圧・入室時血圧・最高血圧の順に有意に上昇するという結果であった.具体的には,手術室に入るだけでも血圧が約20mmHg近く上昇し,手術が始まればさらに血圧が10mmHg上昇した.佐藤ら4)は白内障術中血圧の変化を報告している.安静時に136.4mmHgであった血圧が手術室入室で167.1mmHgと30mmHg上昇するが,術中は166.4mmHgでさらなる上昇はなかったと報告している.手術室に入室するだけで血圧が上昇し,最高血圧は安静時より30mmHg上昇するという筆者らと近似した結果であった.さらに,血圧上昇について手術室への入室後の経過をみると133例中39例は入室直後に一番血圧が高く,さらに33例は入室後5分後の血圧が最高血圧であった.すなわち,入室直後の段階ですでに血圧が上昇し,降圧剤を投与したあるいはそのままでもその後は血圧が下降したという入室時の血圧が一番高い例が全体の1/4にみられた.5分後に最高血圧を示した症例まで合わせれば72例であり,全体の半数であった.ついで,血圧経過を年齢・性別・左右差・初回か否か・高血圧の有無・糖尿病の有無・術中降圧剤の有無に分けて検討した.年代別には平常時血圧・入室時血圧・最高血圧すべて年代が上昇するごとに有意に高い結果であった.冨川5)は白内障手術を受けた380例を分析したが,50歳以上60歳未満群と80歳以上群とを比較し,搬入時血圧が60歳未満群155.0mmHg,80歳以上群163.6mmHgであり,80歳以上群は血圧が高いと報告しており一致した結果であった.筆者らはさらに年齢が上昇するに比例して術中に血圧が上昇するとの結果を得た.高齢者では特に術中血圧が上昇する危険が高いことを認識する必要があろう.初回手術か否かでも有意の差はなかった.田内ら1)は初回表4各群の有意差平常時血圧入室時血圧最高血圧年代別0.0014**0.0038**0.0026**性別0.8160.5780.0803左右差0.9040.9820.544初回・2回目0.3540.2200.498高血圧の有無0.0182*0.0132*0.0327*糖尿病の有無0.5150.1700.0377*高血圧・糖尿病の有無0.08730.0475*0.0401*降圧剤の有無0.0004**0.0001**0.0001***:p<0.05,**:p<0.01;一元配置分散分析.———————————————————————-Page41718あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(110)手術より2回目手術のほうが心電図異常・高血圧・低血圧・胸苦などの合併症の発生頻度が少ないと報告しているが,血圧に限定した検討はしていない.筆者らの検討では血圧に関しては有意の差はなかった.既往歴について検討した.高血圧症の有無については平常時血圧・入室時血圧・最高血圧ともに有群が無群より有意に血圧が高かった.Suzukiら2)は2,770例を検討し,正常血圧群,中等度血圧群,高血圧群に分け,正常血圧群は術前術中ともに平常時より血圧が高くなるが,中等度では差はなく,高血圧群では低下すると報告した.正常血圧群で一番血圧上昇が高いのは血管に弾性があるからだと考察しており,筆者らとは結果が異なる.Suzukiら2)は術1時間前にhydroxy-zinehydrochlorideを内服しており,熟練した術者が手術を行っており,筆者らとは条件が異なる.術前鎮静剤の必要性については,江下ら6)は白内障手術1時間前にジアゼパムを内服し,検討している.内服量0,2,5mgの3群を比較し,自覚症状と血圧の変化を比較し,3群で有意の差はなくジアゼパム内服の必要性は低いと結論した.稲田7)は高齢者ではジアゼパムの感受性が亢進すると指摘している.これらを参考に,筆者らは白内障手術では高齢者が対象であり,ジアゼパムの効果が大きく出てしまうリスクを考慮し,術前投薬として鎮静剤の投薬は行わずセデスGR1.0g内服のみとしている.さらに後期研修医が手術を分担しているなど,Suzukiら2)とは条件が異なり単純な比較はできない.糖尿病有群と無群の比較では,平常時血圧・入室時血圧は差がないが,最高血圧は有意の差があった.また高血圧・糖尿病有無の4群の比較で平常時血圧は差がないが,入室時・最高血圧は有意の差があった.すなわち糖尿病があると平常時血圧には差がなくても最高血圧が上がる可能性がある,高血圧・糖尿病ともにあれば,平常時には血圧に差がなくても入室時・最高血圧とも上昇の危険があることが示された.Suzukiら2)も糖尿病がある群は術前・術中血圧が上昇することを報告している.入室後降圧剤投与群は,平常時・入室時・最高血圧ともに有意に高かった.すなわち,平常時血圧が高ければ入室後に降圧剤を投与することになる可能性が高いと考えることができる.手術に際し術前から十分な血圧管理が重要と考えられた.佐藤ら4)は,看護師の立場から手術室入室ホールで癒し系音楽を流し足浴を実施し,術中の緊張を和らげるなど看護師の介入を試みた.非介入群の術中血圧が167.1mmHgであるのに対し介入群は151.6mmHgと有意に血圧が低下したと,緊張をほぐす看護の介入効果を報告している.筆者らの検討でも入室時に血圧が上昇した例が39例と全体の3割であった.緊張だけでも血圧が上昇する症例に対し血圧降下剤を投与するのでなく,緊張をほぐすなど看護の介入で血圧が下がる可能性を示しており,興味深い.血圧に限らず,高齢者の白内障手術の全身管理に関しては報告が多いが,同時に手術の有用性に関する報告も多い.萱場8)は80歳以上の高齢者は高血圧のほか,糖尿病・虚血性心疾患・老人性痴呆症などが多いが,術後全例で日常生活動作の改善があったと報告し,本多ら9)は高血圧・糖尿病・心疾患・腎機能障害が多いが術後改善は96.5%に得られ,両者とも高齢者であっても白内障手術が機能の改善に有用と結論している.白内障手術は短時間の手術であり,術後日常生活動作の改善や視力の改善を得られる例が多く手術は有意義である.しかし,手術室に入室するだけで平均20mmHgの血圧上昇があり,術中はさらに10mmHgの血圧上昇があり,全体の1/6の症例に降圧剤を投与した.降圧剤を投与した例は平常時に血圧が高い症例,あるいは糖尿病の症例に多かった.こうした症例には術前から十分な血圧管理が必要と考えられた.文献1)田内慎吾,斉藤秀文,八瀬浩樹ほか:白内障手術と全身合併症の出現との関連.あたらしい眼科22:687-691,20052)SuzukiR,KurokiS,FujiwaraNetal:Theeectofpha-coemulsicationcataractsurgeryvialocalanesthesiaonpreoperativeandpostoperativebloodpressurelevels.Ophthalmology104:216-212,19973)中泉知子,谷野洸:NTT東関東病院における白内障手術症例と全身合併症.眼臨98:660-663,20044)佐藤恵美子,岩倉奈保美,三室能子ほか:白内障手術における血圧安定化の試み.看護実践の科学1:66-67,20045)冨川節子:白内障手術における循環動態の変動.博慈会老人病研究所紀要11:12-15,20026)江下忠彦,根岸一乃,蔵石さつき:点眼麻酔白内障手術における鎮静剤(ジアゼパム)内服の必要性.あたらしい眼科15:1587-1591,19987)稲田英一:ジアゼパム.高齢者の麻酔,p142-144,真興交易医書出版部,19958)萱場幸子:高齢者に対する白内障手術の効果と問題点.眼紀48:1315-1318,19979)本多仁司,矢野啓子,高原真理子:80歳以上の白内障患者の術中術後の経過.あたらしい眼科16:667-680,1999***

緑内障眼における白内障手術の眼圧経過への影響

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1(127)10310910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(7):10311034,2008cはじめに小切開で行う超音波水晶体乳化吸引術と折りたたみ式眼内レンズ(PEA+IOL)の普及で白内障手術の安全性は飛躍的に高まった.このことを背景として,開放隅角緑内障に対しても白内障手術が積極的に行われるようになっている.緑内障手術既往のない症例では白内障術後に眼圧は下降し,緑内障点眼薬数も減少すると報告されることが多い14).一方で線維柱帯切除術の既往のある症例ではさまざまな報告がなされており,眼圧コントロール不良になることがある5,6),長期的にみても眼圧に悪影響を及ぼさない7,8)など意見が一致しない.そこで今回,開放隅角緑内障眼にPEA+IOLを行ったときの眼圧および併用緑内障点眼薬数の変動を調べ,線維柱帯切除術既往が及ぼす影響について検討した.I対象および方法2004年11月から2007年6月に広島大学病院眼科にて白内障手術を施行した原発開放隅角緑内障患者34例34眼(男性22例,女性12例)を対象とし,別に白内障以外に眼疾患〔別刷請求先〕原田陽介:〒734-8551広島市南区霞1-2-3広島大学大学院医歯薬総合研究科視覚病態学Reprintrequests:YosukeHarada,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalScience,HiroshimaUniversity,1-2-3Kasumi,Minami-ku,Hiroshima734-8551,JAPAN緑内障眼における白内障手術の眼圧経過への影響原田陽介*1望月英毅*2高松倫也*2木内良明*2*1県立広島病院眼科*2広島大学大学院医歯薬総合研究科視覚病態学EectonIntraocularPressureafterPhacoemulsicationinGlaucomatousEyesYosukeHarada1),HidekiMochizuki2),MichiyaTakamatsu2)andYoshiakiKiuchi2)1)DepartmentofOphthalmology,HiroshimaPrefecturalHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity緑内障眼に対する白内障術後早期の眼圧について手術既往のない開放隅角緑内障22眼と線維柱帯切除術を受けている12眼で手術前および術後2カ月の時点での眼圧,点眼薬数について検討した.眼圧は手術既往のない群では術前14.37±3.01mmHgから術後13.22±3.45mmHgへ,線維柱帯切除術既往群では12.61±2.86mmHgから11.41±2.64mmHgへ低下した.緑内障点眼数は手術既往のないものでは1.66±1.01剤から1.00±0.94剤へ,線維柱帯切除術既往群は1.08±1.51剤から0.33±0.15剤へとともに術前に比べて減少した.しかし,線維柱帯切除術を受けている症例では1例が術後眼圧コントロール不良に,1例が濾過胞の機能不全となり,線維柱帯切除術や濾過胞再建術を施行されている.緑内障眼に白内障手術を行った場合,手術既往のない緑内障眼では術後眼圧は下降する傾向を認めたが,濾過胞を有する症例には細心の注意が必要である.Cataractsurgerywasperformedon34eyeswithopen-angleglaucoma,comprising22eyeswithnohistoryofsurgery(phaco-onlygroup)and12eyesthathadundergonelteringsurgery(trabeculectomygroup).Preopera-tiveintraocularpressure(IOP)was14.37±3.01mmHginthephaco-onlygroupand12.61±2.86mmHginthetra-beculectomygroup,whichdecreasedto13.22±3.45mmHgand11.41±2.64mmHgintwomonthsaftersurgery,respectively.Meannumberoftopicalmedicationsalsodecreased,from1.66±1.01to1.00±0.94inthephaco-onlygroupandfrom1.08±1.51to0.33±0.15inthetrabeculectomygroup.However,2outof12eyesinthetrabeculec-tomygroupunderwentadditionallteringsurgeryaftercataractsurgeryduetolossofIOPcontrolorreducedblebfunction.Theseresultsindicatethatineyeswithoutpreviouslteringsurgery,cataractsurgeryisbenecialforIOPcontrol,butthatinsomeeyeswithpreviouslteringsurgeryitmayjeopardizetheeect.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(7):10311034,2008〕Keywords:白内障手術,開放隅角緑内障,術後眼圧,線維柱帯切除術,一過性眼圧上昇.cataractsurgery,open-angleglaucoma,postoperativeintraocularpressure(IOP),trabeculectomy,transientIOPelevation.———————————————————————-Page21032あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(128)±2.90mmHg(p=0.014)といずれの群においても術前眼圧と比較して有意に低下していた(表1).一過性眼圧上昇の有無を検討したところ,対照群では32眼中1眼のみであったのに対し,緑内障眼では手術既往のないものは22眼中7眼,線維柱帯切除術既往のあるものは12眼中5眼とともに対照群と比較して有意に一過性眼圧上昇をきたしやすいことが明らかになった(手術既往なし:p=0.004,線維柱帯切除術既往:p=0.001)(図1).緑内障眼においては一過性眼圧上昇の有無で年齢,術前眼圧,術前併用点眼薬数,術前MD値について検討したが,手術既往の有無にかかわらずこれらの因子との間には明らかな相関関係は指摘できなかった.2.併用緑内障点眼薬数の変化手術既往のない群では術前は平均1.66±1.01剤であった併用点眼薬数は術後2カ月の時点で1.00±0.94剤と有意に減少していた(p=0.014).一方,線維柱帯切除術既往のある症例では術前1.08±1.51剤が術後2カ月で0.33±0.15剤と減少傾向があるものの有意差はなかった(p=0.109)(表2).3.緑内障再手術が必要になった症例線維柱帯切除術の既往がある12眼のうち2眼は濾過手術が追加された.緑内障再手術に至る経緯としては,1眼では術前眼圧16mmHgから術後1日より30mmHgを超える眼圧上昇が続き,濾過胞の機能不全もきたしたため白内障手術後4日目に線維柱帯切除術を施行した.もう1眼は術後の急激な眼圧上昇はなかったが,術後1カ月より濾過胞機能不全となり,その後も改善が認められなかったため,白内障術後のない32例32眼の成績と比較した.緑内障患者において両眼白内障手術を施行された症例については,視野障害の進行した眼側を対象とした.症例の内訳は,手術既往のないものが22眼,線維柱帯切除術の既往があり,濾過胞のあるものが12眼である.対象には正常眼圧緑内障4眼(手術既往なし3眼,線維柱帯切除既往あり1眼)も含まれている.手術既往のない症例では強角膜切開で,濾過胞を有する症例では耳側角膜切開で白内障手術を行い折りたたみレンズを内に挿入した.全例とも白内障手術は問題なく行われ,術中に後破損,硝子体脱出などの合併症を生じた症例は対象から除外した.線維柱帯切除術は全例鼻上側または耳上側で施行している.各症例の手術前後の眼圧および緑内障点眼薬数の変化について検討した.術前眼圧は手術前の別の日に測定した2回の眼圧の平均とし,術後は術翌日から退院時までと術後1カ月,2カ月の眼圧を調べた.また,術後退院までに眼圧が30mmHg以上になったとき,術前と比べて5mmHg以上の眼圧が上昇したときを術後一過性眼圧上昇と定義し,緑内障群と対照群でその頻度を比較した.緑内障群では一過性眼圧上昇をきたした症例に共通の特徴があるか調べるために年齢,術前眼圧,術前点眼薬数,術前MD(平均偏差)値について検討した.結果は平均±標準偏差で表記し,術前後の眼圧変化はpaired-t検定,点眼数の変化はWilcoxonsigned-rankedtestを用い,p<0.05を有意差ありとした.緑内障群と対照群における術後一過性眼圧上昇をきたす頻度の比較はMann-WhitneyUtestを用い,Bonferroniの補正を行って,p<0.025を有意差ありとした.II結果1.眼圧の経過白内障手術前眼圧は緑内障手術の既往のない緑内障眼22眼では14.37±3.01mmHgであり,線維柱帯切除術を受けている12眼では12.61±2.86mmHgであった.白内障以外に眼疾患のない対照群の術前平均眼圧は14.23±3.17mmHgであった.白内障手術後2カ月の時点の眼圧は緑内障手術既往のないものは13.22±3.45mmHg(p=0.040),線維柱帯切除術の既往症例は11.41±2.64mmHg(p=0.031),対照群では12.47表1術前後の眼圧変化n術前眼圧(Mean±SDmmHg)術後眼圧(2カ月)(Mean±SDmmHg)対照群3214.23±3.1712.51±2.90(p=0.002)手術既往なし2214.37±3.0113.22±3.45(p=0.040)TLE既往1212.61±2.8611.41±2.64(p=0.031)手術既往なし:手術既往のない緑内障眼,TLE既往:線維柱帯切除術既往のある緑内障眼.(Pairedt-test)表2術前後の緑内障点眼薬数の変化術前,剤数(Mean±SD)術後(2カ月),剤数(Mean±SD)手術既往なし1.66±1.011.00±0.94(p=0.014)TLE既往1.08±1.510.33±0.15(p=0.109)Wilcoxonsingle-ranktest.図1術後早期における一過性眼圧上昇TLE既往(眼)Mann-WhitneyUtest手術既往なし対照群———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081033(129)の眼圧上昇は術後1カ月の時点で全例改善しているのに対し,手術既往のある1症例は術後早期の眼圧上昇が持続したため緑内障再手術に至っている.白内障術後の眼圧上昇のピークは術後46時間後に起こるとの報告もあり13),術後当日に眼圧測定し早期の対応ができるようにするなど注意が必要である.以上より,緑内障眼に対して白内障手術を行った症例を検討した結果,手術既往のない群では術後早期の一過性眼圧上昇はきたしやすいものの,術後2カ月の時点では点眼数が減少した状態で術前に比べ眼圧下降が得られた.一方,線維柱帯切除術既往例では手術既往のない群と同様に眼圧下降効果は認めるも,症例数は少ないが2/12の確率で術後に眼圧コントロール不良,濾過胞機能不全による緑内障再手術が必要となっている.したがって,患者へリスクの説明を十分行い,手術中には水晶体残渣や粘弾性物質を取り除くべく前房灌流を十分行い,術後は眼圧変動,濾過胞の状態に注意することが必要と考える.文献1)MonicaLM,ZimmermanTJ,McMahanLB:Implantationofposteriorchamberlensesinglaucomapatients.AnnOphthalmol109:9-10,19852)PohjalainenT,VestiE,UnsitaloRetal:Phacoemulsica-tionandintraocularlensimplantationineyeswithopen-angleglaucoma.ActaOphthalmolScand79:313-316,20013)尾島知成,田辺昌代,板谷正紀ほか:白内障単独手術を施行した原発性開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,偽落屑緑内障の術後経過.臨眼59:1993-1997,20054)松村美代,溝口尚則,黒田真一郎ほか:原発性開放隅角緑内障における超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術の眼圧経過への影響.日眼会誌100:885-889,19965)CassonR,RahmanR,SalmonJF:Phacoemulsicationwithintraocularlensimplantationaftertrabeculectomy.JGlaucoma11:429-433,20026)EhrnroothP,LehtoI,PuskaPetal:Phacoemulsicationintrabecutomizedeyes.ActaOphthalmolScand83:561-565,20057)ParkHJ,KwonYH,WeitzmanMetal:Temporalcornealphacoemulsicationinpatientswithlteredglaucoma.4カ月で濾過胞再建術を行った(表3).III考按今回筆者らは開放隅角緑内障眼に白内障手術を行った後の眼圧および緑内障点眼薬数の変化について検討した.その結果,線維柱帯切除術の既往のない群では,白内障術後2カ月の時点では術前と比べて眼圧は下降し,必要とされる緑内障点眼薬数も減少して,過去の報告14)と矛盾しないものであった.眼圧が下降する機序としては,①手術による房水産生量の低下,②血液房水関門の変化,③手術操作による線維柱帯からの房水排泄効率の上昇,④白内障手術により前房が深くなるためなどの仮説がある912)が詳細は不明である.線維柱帯切除術既往のある群では,眼圧は手術既往のないものと同様に下降していた.しかし点眼数については,減少効果はあるものの有意差はなかった.これは症例数が限られていたことも要因となっているであろう.手術既往群では12眼中2眼で緑内障再手術が必要となっていることは注目に値する.手術既往のある症例に対する白内障手術の眼圧への影響は1年以上経過を追っている文献でも,眼圧上昇傾向を示すもの5)もあれば逆に眼圧に悪影響を及ぼさないとの報告7,8)もあり意見は分かれている.白内障手術後1年間経過観察したParkらの報告によると,白内障術後3カ月以降は術前眼圧とほぼ同等になっているが,白内障術後1カ月までは眼圧は変動し術前に比べ高眼圧の傾向にある7).われわれもひき続き長期的に眼圧の変動を観察し過去の報告との比較検討が必要である.しかし,白内障手術により血液房水関門が破綻し,炎症メディエーターが前房中に放出されることで,強膜弁の瘢痕形成と周辺結膜の癒着が起こり,濾過胞の機能不全に陥る可能性は十分考えられる.したがって,手術既往のある症例に対する白内障手術は術後早期に緑内障再手術の危険性を伴うことを念頭に置く必要がある.術後の一過性眼圧上昇は対照群に比べ,手術既往の有無にかかわらず,緑内障眼で高頻度に起こった.術後の一過性眼圧上昇をきたす機序としては,①血液房水関門の破綻,②線維柱帯の浮腫や屈曲による流出障害,③水晶体残渣による流出抵抗の増大,④房水蛋白の増加,⑤粘弾性物質の残留などが考えられている13).また,手術既往のない緑内障群ではこ表3術後眼圧上昇をきたした2例過去の緑内障手術の回数術前眼圧(mmHg)一過性眼圧上昇経過症例1(77歳,男性)2線維柱帯切除術1濾過胞再建116+眼圧上昇のため術後4日目に線維柱帯切除術施行症例2(80歳,女性)1線維柱帯切除術114.7眼圧上昇,濾過胞限局化のため術後4カ月で濾過胞再建施行———————————————————————-Page41034あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008ArchOphthalmol115:1375-1380,19978)MietzH,AndersenA,WelsandtGetal:Eectofcata-ractsurgeryonintraocularpressureineyeswithprevi-oustrabeculectomy.GraefesArchClinExpOphthalmol239:763-769,20019)BiggerJF,BeckerB:Cataractsandprimaryopen-angleglaucoma:theeectofuncomplicatedcataractextractiononglaucomacontrol.TransAmAcadOphthalmolOtolar-yngol75:260-272,197110)HandaJ,HenryJC,KrupinTetal:Evtracapsularcata-ractextractionwithposteriorchamberlensimplantationinpatientswithglaucoma.ArchOphthalmol105:765-769,198711)MeyreMA,SavittML,KopitasE:Theeectofphaco-emulsicationonaqueousoutowfacility.Ophthalology104:1221-1227,199712)SteuhlKP,MarahrensP,FrohnCetal:Intraocularpres-sureandanteriorchamberdepthbeforeandafterextra-capsurecataractextractionwithposteriorchamberlensimplantation.OphthalmicSurg23:233-237,199213)大西健夫,小池昇,浅野徹ほか:白内障術後24時間における瞳孔径・眼圧・角膜乱視の経時的変化.あたらしい眼科10:835-839,1993(130)***