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真菌感染症を併発したMicrosporidiaによる角膜炎の1例

2014年5月31日 土曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(5):737.741,2014c真菌感染症を併発したMicrosporidiaによる角膜炎の1例友岡真美*1鈴木崇*1鳥山浩二*1井上智之*1原祐子*1山口昌彦*1林康人*1鄭暁東*1白石敦*1宇野敏彦*2宮本仁志*3大橋裕一*1*1愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座*2明世社白井病院*3愛媛大学医学部附属病院診療支援部ACaseofMicrosporidialKeratitisAccompaniedwithFungalKeratitisMamiTomooka1),TakashiSuzuki1),KojiToriyama1),TomoyukiInoue1),YukoHara1),MasahikoYamaguchi1),YasuhitoHayashi1),ZhengXiaodong1),AtsushiShiraishi1),ToshihikoUno2),HitoshiMiyamoto3)andYuichiOhashi1)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversity,GraduateSchoolofMedicine,2)ShiraiHospital,3)DepartmentofClinicalLaboratory,EhimeUniversityHospitalMicrosporidia(微胞子虫)による角膜炎は,インドやシンガポールなどに認められるが,わが国では報告例はない.今回,microsporidiaによる角膜炎と思われる1例を経験したので報告する.症例は71歳,男性で,関節リウマチによる周辺部角膜潰瘍の既往があり,長期間抗菌薬点眼とステロイド点眼を投与されていた.2年前より,角膜実質の淡い顆粒状の細胞浸潤を広範囲に認めていたが,抗菌薬点眼とステロイド点眼にて軽快と増悪を繰り返していた.さらに,顆粒状細胞浸潤の再燃とともに角膜中央部に強い細胞浸潤が出現してきたため,病巣部を擦過した.直接鏡検を行ったところ,酵母様真菌を認め,培養においてもCandidaalbicansが分離されたため,ミカファンギン・ボリコナゾール点眼を開始した.治療開始後,強い細胞浸潤は消失するも,角膜全体に存在する淡い顆粒状の細胞浸潤は軽快せず,再度角膜擦過を行い,鏡検をしたところ,ファンギフローラ染色で直径2.3μmの卵形に染色される像を認め,さらに抗酸性染色であるKinyoun染色においても,赤色に染色される卵形の像を多数認めた.染色所見よりmicrosporidiaによる角膜炎を考慮し,ガチフロキサシン点眼,PHMB(polyhexamethylenebiguanide)点眼を開始したところ,徐々にではあるが,細胞浸潤は軽快している.筆者らは,真菌感染症を併発したmicrosporidiaによる角膜炎を経験した.ステロイド点眼中など,免疫状態が局所的に低下した場合,本疾患が発症する可能性が考えられた.AlthoughcasesofmicrosporidialkeratitishavebeenreportedinIndiaorSingapore,therehavebeennoreportsoftheconditioninJapan.Weexperiencedacaseofmicrosporidialkeratitis.Thepatient,a71-year-oldmalewhohaddevelopedperipheralulcerativekeratitisinassociationwithrheumatoidarthritis,hadbeengiventopicalantimicrobialagentsandsteroidsoveralongterm.For2years,hehadshowngranularinfiltrationoveralargeareaofthecornealstroma,oftenrelapsingafterinstillationofantimicrobialagentsandsteroid.Alongwithgranularinfiltration,stronginfiltrationappearedinthecentralcornea.Directmicroscopyofscrapedspecimensdisclosedthepresenceofyeast-likefungus;theculturereportsconfirmedthepresenceofCandidaalbicans.Weconsideredfungalkeratitis,andbegantreatmentwithtopicalmicafunginandvoriconazol.Althoughthestronginfiltrationdisappearedaftertherapyinitiation,thegranularinfiltrationremained;microbialexaminationofscrapedspecimenswasthereforeperformedagain.Directmicroscopyrevealednumerous2-3μmsporesstainedbyfungifloraYandmodifiedKinyoun’sacid-faststain.Sincemicrosporidialkeratitiswasdiagnosedbydirectmicroscopyfindings,weinitiatedinstillationoftopicalgatifloxacinandpolyhexamethylenebiguanide.Thegranularcellinfiltrationgraduallydecreased.WeexperiencedacaseofmicrosporidialkeratitisaccompaniedbyC.albicanskeratitis.Microsporidialkeratitiscouldbecausedinpatientswhohavelocalimmunesuppressionduetotopicalsteroids.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(5):737.741,2014〕Keywords:角膜炎,真菌,微胞子虫,鏡検,生体共焦点顕微鏡.keratitis,fungi,microspordia,smear,invivoconfocalmicroscopy.〔別刷請求先〕友岡真美:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座Reprintrequests:MamiTomooka,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversity,GraduateSchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon-shi,Ehime791-0295,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(111)737 はじめにMicrosporidia(微胞子虫)はさまざまな動物やヒトの細胞内に寄生する単細胞真核生物の寄生原虫の一群で,胞子は1.40μm程度の卵形をしている.これまでに1,200種以上が知られており,昆虫,甲殻類,魚類,ヒトを含む哺乳類などに感染する病原体が多く含まれている.おもに免疫不全患者に多臓器疾患を引き起こす日和見病原体であるが,免疫正常者への感染報告もある1).一方,microsporidiaによる角膜炎は,健常者においても認められ,インド,シンガポール,台湾において報告されている2).Microsporidiaは水・家畜・昆虫などを介してヒトに感染するため,土壌汚染の可能性のある農業従事者や温泉利用者での報告例が多い3,4).また季節性の影響もあり,夏に発症頻度が高いといわれている5).リスクファクターとして,角膜外傷の既往や免疫抑制薬の使用歴,屈折矯正手術が挙げられる5).臨床所見では軽度.中等度の充血が認められ,角膜像は多発性で斑状の上皮障害から角膜膿瘍までさまざまである.診断には塗抹標本鏡検の像が用いられ,なかでも胞子が赤く染色される抗酸性染色が特に有用といわれている2).培養では増殖せず,PCR(polymerasechainreaction)検査や生体共焦点顕微鏡検査は補助診断として利用されている3,5).今回筆者らは,真菌感染症を併発したmicrosporidiaによる角膜炎が疑われた1例を経験したので,その臨床経過について報告する.なお本投稿は,本人の自由意思による同意を得ているものである.I症例患者:71歳,男性.主訴:右眼視力低下.職業:農業従事者.現病歴:昭和52年より,右眼の関節リウマチに伴う周辺部角膜潰瘍に対して,長期間抗菌薬点眼とステロイド点眼を投与されていた.2年前より右眼の角膜実質の淡い顆粒状の細胞浸潤を広範囲に認め,種々の抗菌点眼薬や,ステロイド点眼の治療により寛解と増悪を繰り返していた.しかし,平成24年12月に顆粒状細胞浸潤の再燃とともに角膜下方に比較的強い細胞浸潤が出現してきたため,12月18日加療目的にて愛媛大学病院眼科へ紹介受診となり,同日入院となった.入院時所見:矯正視力は右眼0.06,左眼0.02.眼圧は右眼5mmHg,左眼17mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査において右眼角膜は周辺部潰瘍を繰り返しているため混濁しており,鼻側からの結膜侵入を伴っていた.混濁のない角膜中央部にはびまん性に淡い顆粒状の細胞浸潤を認め,下方に上皮欠損を伴う比較的強い浸潤病巣を認めた(図1).生体共焦点顕微鏡検査では,角膜実質表層に分節状の菌糸様の像が観察された(図2).眼底検査では,右眼において視神経乳頭陥凹の拡大を認め,左眼においては視神経乳頭の蒼白を認めた.経過:前眼部検査および生体共焦点顕微鏡検査において,真菌による角膜炎を疑い,病巣擦過物の塗抹検査を行ったところ,発芽した酵母様真菌を認め(図3),培養検査ではCandidaalbicans(C.albicans)が多数検出された.酵母真菌薬剤感受性キット(ASTY)を用いて,分離真菌に対する薬剤感受性検査では抗真菌薬に対する感受性が良好であった(表1).これらよりC.albicansによる角膜炎と診断し,0.1%ボリコナゾール・0.25%ミカファンギン点眼,イトラコナゾール(150mg/day)内服を開始した.しかし治療開始1カ月後,下方の浸潤病巣は軽快するも顆粒状の細胞浸潤は改善AB図1入院時細隙灯顕微鏡検査A:角膜中央部にはびまん性に淡い顆粒状の細胞浸潤(黒矢印)と,下方には比較的強い浸潤病巣を認める(白矢印).B:角膜下方に上皮欠損を認める.738あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(112) 5μmAB5μmAB図2生体共焦点顕微鏡検査A:入院時.角膜表層に分節状の菌糸様の像(黒矢印)と円形の高輝度像(白矢印)を認める.B:治療後.菌糸様の像が消失してもなお,円形の高輝度像(白矢印)は残存している.5μm図3病巣擦過物の塗抹検査発芽した酵母様真菌像(黒矢印)と直径2.3μm卵形のグラム陰性.陽性の像(白矢印)を認める.表1分離真菌に対する薬剤感受性検査薬剤ミカファンギンアムホテリシンBフルコナゾールイトラコナゾールボリコナゾールミコナゾールピマリシンMICμg/ml(判定)0.03(S)0.5(S)0.5(S)0.06(S)0.03(S)0.12(S)8しておらず(図4),診断再考の必要性があった.治療に使用したボリコナゾールやミカファンギンに対する感受性が良好であること,角膜下方の細胞浸潤は瘢痕化していること,長期ステロイド点眼投与による局所的免疫不全があることより,真菌以外の病原体による角膜炎または非感染性の角膜炎の可能性が考えられた.そこで再度入院時に施行した塗抹検査を見直してみると,酵母様真菌以外に直径2.3μm大の卵形の像を認めた(図3).また生体共焦点顕微鏡検査においても,入院時,菌糸様の像以外に円形の高輝度像を認め,真菌治療後には菌糸様の像が消失してもなお円形の高輝度像が残存していた(図2).そこで再度角膜全体の擦過を行い,擦過物に対して塗抹検査を行ったところ,ファンギフローラ染色において直径2.3μm大の卵形の像を多数認め,さらに抗酸性染色であるKinyoun染色では陽性に染色される卵形の像を認めた(図5).塗抹検査所見から角膜擦過物内野にmicrosporidiaが存在している可能性が高いことから,microsporidiaによる角膜炎の合併が考えられたため,0.02%PHMB(polyhexamethylenebiguanide)点眼,0.3%ガチフロキサシン点眼を追加し,ゆっくりではあるが角膜中央部の顆粒状の細胞浸潤は改善した.しかし遷延性上皮欠損が出現したため,薬剤毒性を考慮しボリコナゾールを中止,低濃度ステロイド点眼とレバミピド点眼を追加して上皮は修復さ(113)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014739 れた.残存した浸潤病巣に対しては,現在1%ボリコナゾールを点眼し外来で経過観察している.II考察Microsporidiaによる角膜炎は,非常にまれな角膜炎で筆者らが調べた限り,わが国では報告例がない.しかしながら,海外での報告例が増加していることやmicrosporidiaが環境中に存在していることより,わが国においても今後の発生には注意が必要と思われる.Microsporidiaによる角膜炎の臨床病型は,結膜炎を伴い角膜上皮に病変があるタイプと角膜実質に炎症を引き起こすタイプに分けられる.Dasらは,インドにおいて277症例のmicrosporidiaによる角膜炎を報告しているが,その誘因として外傷が21.2%,ステロ図4治療開始1カ月後の細隙灯顕微鏡検査淡い顆粒状の細胞浸潤は改善していない.5μm5μmAB図5再度施行した病巣擦過物の塗抹検査A:ファンギフローラ染色.丸.卵形の直径2.3μmの像を認める.B:Kinyoun染色.赤く染まる卵形の像を認める.イド点眼の使用が11.9%であった5).さらに,多くの症例で初期診断が困難で,41.4%で局所抗菌薬治療,23%で局所抗ウイルス薬治療が行われていた5).同報告ではすべての症例が結膜炎とともに角膜上皮に斑状の上皮欠損を伴う上皮病変であり,診断にはcalcofluorwhitestainとグラム染色によって行われていた5).一方,角膜実質炎の病型として発症する症例も存在しているが,円板状の角膜実質炎の病型を示している症例が多かった3).本症例は真菌性角膜炎との合併に加えて,関節リウマチによる周辺部角膜潰瘍の罹患歴が長いことから,臨床所見を読み取ることが困難であった.しかし抗真菌薬治療後にも残存していた角膜実質内の点状もしくは顆粒状の細胞浸潤がmicrosporidiaによる角膜炎の臨床所見と一致することから筆者らは鑑別診断として考慮した.本病原体が培養検査では検出不能であるために塗抹検査が必要であり,本症例においてはmicrosporidiaと真菌の塗抹像の違いを見きわめることが重要であった.グラム染色において真菌は陽性に染色されるが,microsporidiaは陽性だけでなく陰性の像も認められることがあり,また,抗酸性染色では真菌は染色されないのにmicrosporidiaは陽性に赤く染まることが特徴である.本症例の塗抹標本でも前述したmicrosporidiaに一致する像が認められており,本症例はC.albicans感染症だけでなくmicrosporidiaによる角膜炎の合併が最も疑わしいと考えた.Microsporidiaによる角膜炎の報告数は近年増加しているが,治療法はいまだに確立されていないのが現状である.対処療法としては,アカントアメーバ角膜炎同様に擦過除去が最も有効といわれている5).薬物治療では,駆虫薬であるアルベンダゾールやイトラコナゾールの全身投与,フルオロキノロン,ボリコナゾール,PHMB,クロルヘキシジンの局所投与が有効という報告がある4).本症例では薬物治療に加え740あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(114) て角膜擦過も頻回に行ったが,遷延性上皮欠損となったため,積極的治療を継続できなくなった.過去には薬物治療抵抗例に全層角膜移植(PKP)や深層層状角膜移植(DALK)を行い奏効した例が報告されている6).しかし本症例は残された唯一の眼であり,外科的治療の適応を慎重に検討しなければならない.今回真菌感染症を併発したmicrosporidiaによる角膜炎が強く疑われた症例をわが国では初めて経験した.ステロイド点眼中など,免疫状態が局所的に低下した場合,本疾患が発症する可能性があると考えられた.さらに抗酸性染色などの塗抹標本検査が診断に有用であった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DidierES,WeissLM:Microsporidiosis:notjustinAIDSpatients.CurrOpinInfectDis24:490-495,20112)SharmaS,DasS,JosephJetal:Microsporidialkeratitis:needforincreasedawareness.SurvOphthalmol56:1-22,20113)FanNW,WuCC,ChenTLetal:Microsporidialkeratitisinpatientswithhotspringsexposure.JClinMicrobiol50:414-418,20124)Tung-LienQuekD,PanJC,KrishnanPUetal:Microsporidialkeratoconjunctivitisinthetropics:acaseseries.OpenOphthalmolJ5:42-47,20115)DasS,SharmaS,SahuSKetal:Diagnosis,clinicalfeaturesandtreatmentoutcomeofmicrosporidialkeratoconjunctivitis.BrJOphthalmol96:793-795,20126)MurthySI,SangitVA,RathiVMetal:MicrosporidialsporescancrosstheintactDescemetmembraneindeepstromalinfection.MiddleEastAfrJOphthalmol20:80-82,2013***(115)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014741

白内障手術時の切開創に発症した真菌感染の1例

2013年10月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(10):1475.1478,2013c白内障手術時の切開創に発症した真菌感染の1例池川泰民鈴木崇鳥山浩二宇野敏彦大橋裕一愛媛大学大学院医学系研究科感覚機能医学講座視機能外科学分野TunnelFungalInfectionafterCataractSurgeryYasuhitoIkegawa,TakashiSuzuki,KojiToriyama,ToshihikoUnoandYuichiOhashiDepartmentofOphthalmology,EhimeUniversity,GraduateSchoolofMedicine白内障術後に発症した手術切開創の真菌感染の1例を経験した.症例は76歳,男性で,左眼白内障術後3カ月目に虹彩炎が出現し,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行し,一旦改善するも,再び前房炎症とともに創口から虹彩上に連続する白色病変が出現した.摘出した白色病変のグラム染色より菌糸を検出したため,真菌感染と診断した.抗真菌薬の局所投与,全身投与を行うも所見の改善を得られなかったため,病巣部の強角膜切除,角膜全層移植術,虹彩切除を行ったところ,所見の改善が得られた.切除した虹彩の組織中に菌糸を認めた.白内障手術創口から虹彩へ連続する病変を認めた場合,真菌感染も考慮し,速やかに生検すべきであるWereportacaseoftunnelfungalinfectionaftercataractsurgery.A76-year-oldmalewhodevelopediritisinhislefteye3monthsaftercataractsurgeryrespondedtosub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonide.Howev-er,heshowedawhitishlesionbetweenirisandcataracttunnel,alongwithin.ammationintheanteriorchamber.Sincegramstainingofcollectedspecimensdisclosedfungalhyphaeandspores,weconsideredfungalinfectionandadministeredtopicalandsystemicantifungalagents.Sincetheinfectionresistedantifungaltherapy,excisionofthefocusinscleraandiris,andpenetratingkeratoplastywereperformed.Thefocusdisappearedandhasnotrecurredsincethesurgery.Histologicaltestingrevealedhyphaeintheexcisediris.Whenalesionappearsbetweenirisandcataracttunnelaftersurgery,fungalinfectionshouldbeconsideredandbiopsyshouldberequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(10):1475.1478,2013〕Keywords:白内障,感染症,真菌.cataract,infection,fungus.はじめに白内障術後に発症する感染症として眼内炎が知られている.しかしながら,まれではあるが,白内障手術時の創口部に認められる感染も存在する1.3).特に晩発性の創口部感染のなかには,真菌感染が含まれる.本疾患は,病因診断が困難であり,ときに視力予後が不良となる症例もあることから術後炎症の原因の一つとして考える必要がある.今回,筆者らは術後晩発性に白内障手術時の創口部から虹彩まで進展した真菌感染症を経験したので,その臨床経過について報告する.I症例患者:76歳,男性.主訴:左眼視力低下.職業:農家.現病歴:平成22年10月左眼白内障手術を近医で施行(上方強角膜切開,創口部の縫合あり).術3カ月後に虹彩炎が出現したため,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射,ステロイド薬点眼にて炎症は軽快した.平成23年6月に左眼の視力低下を自覚し,近医受診したところ,前房内炎症,虹彩上の結節病変を認めたため,バンコマイシン点眼,ミコナゾール点眼を開始するも改善なく6月13日に愛媛大学病院眼科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は左眼0.03(矯正不能).眼圧は両眼とも15mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査において左眼の結膜充血,角膜浮腫,前房内炎症を認め,白内障手術の創口下から虹彩上へと連続する羽毛状の白色病変が観察された.また,術創口部に縫合糸を1糸認めた(図1).硝子体や網膜は〔別刷請求先〕池川泰民:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YasuhitoIkegawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversity,GraduateSchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon-shi,Ehime791-0295,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(131)1475図1初診時前眼部写真虹彩上に白色病変を認め(A),強角膜下に連続している(B)のが確認できる.角膜浮腫,前房内炎症,散瞳不良のため,詳細な観察ができなかったが,超音波Bモード検査では明らかな硝子体混濁は認めなかった.前眼部OCT(光干渉断層計)では,強角膜の術創内から虹彩上へと連続する高輝度像を認めた(図2).経過:初診時所見・前眼部OCT所見より,創口部の感染を疑い,サイドポートを作製したのちに27ゲージ注射針にて白色病変の一部を除去し,グラム染色による塗抹標本を作製し,確認したところ,菌糸と胞子が多数確認された(図3)(後の培養検査は陰性).そのため,真菌感染と診断し,白色病変を除去後,アムホテリシンB(10μg/0.1ml)にて灌流しながら前房洗浄を行い,術終了時にアムホテリシンB(10μg/0.1ml)の前房内投与を行った.術後,ボリコナゾール点滴(150mg×2/day)を5日間施行,1%ボリコナゾール1時間ごと点眼,0.2%ピマリシン眼軟膏1日5回施行するも,術2日目より再度白色病変が出現(図4A)した.0.2%ピマリシン眼軟膏を中止し,ミコナゾール1時間ごと点眼を追加するも効果なくさらに白色塊が増大した.そこで白内障創口上の結膜を切除,創口内をミコナゾールにて洗浄したところ,白色塊は一時的に縮小するも再度増大した(図4B).そのため,根治治療を目指して,感染病巣の除去を目的とした病巣部虹彩切除+病巣部強角膜切除+保存角膜を使用した全層角膜移植術を同年7月4日に施行した.術中所見:白色塊をまず,Simcoe針にて除去し,その後図3白色病変の塗抹標本(グラム染色)菌糸(A)と胞子(B)を認める.1476あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(132)図4経過中の前眼部写真A:2011/6/17,B:2011/6/21.白色病変の再発を認める.結膜を切開し,創口部を観察したところ,創口部内の挫滅を認めたため,直径3mmのトレパンにて創口部を中心とした強角膜を切除した.さらに白色病変が存在していた虹彩を全幅切除した.切除部の強角膜には3.5mmのトレパンにて作製した保存角膜片を10-0ナイロン糸で縫合し,終了した.術中採取した創口部の強角膜,虹彩の病理検査を施行し,グロコット染色を行ったところ,強角膜からは菌糸は検出されなかったが,虹彩から組織内に侵入する菌糸を検出した(図5).術後経過:術後,1%ボリコナゾール1時間ごと点眼を術後投与したところ,白色病変の再発は認めず,前房炎症も軽快傾向を示したため,術後2日目に0.1%デキサメタゾン点眼(1日4回)を追加したところ,結膜充血,角膜浮腫の改善が認められたため,抗真菌薬,ステロイド薬の局所投与を漸減中止するも,前房内炎症・白色病変の再発は認めていな(133)く,前眼部OCTにおいても異常像は認められていない(図6).また,眼底検査において硝子体内や網膜の炎症所見など異常は認められなかった.視力は,術後1年時点において左眼0.6(1.2)と向上している.II考察白内障手術時に作製した創口部への感染の報告は,眼内炎と比較すると少ない.わが国では江本らによる創口部感染の報告1)があり,海外では真菌による創口部の感染の報告2,3)が散見される.その報告の多くの原因真菌がAspergillus属であった.創口部感染の多くは角膜炎として発症しており,発見も容易であると思われる1.3).創口部感染で角膜炎として発症する機序として,角膜切開創から角膜実質へ病原体が進展する可能性が考えられる.また,国内や海外で散見される創口部感染は,術あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131477後晩発性に発症するものもある1.3).創口部感染の多くの報告で原因菌が真菌であることより,晩発性の創口部感染のなかには真菌感染が含まれることを意識しておく必要がある.本症例では,細隙灯顕微鏡検査において虹彩から上方隅角に連続する白色病変を認める強角膜の炎症は乏しく,詳細は不明で,隅角検査においても角膜浮腫より,その病巣の把握は困難であった.しかしながら,前眼部OCTにおいて,白色病変が創口部と一致した強角膜内に連続していることで創口部感染と診断可能であった.そのため,虹彩上や隅角における感染・炎症所見の観察に前眼部OCTは非常に有用である可能性がある.本症例において,真菌がいつ眼内に移行したかについては不明であるが,白内障手術時の落下真菌がステロイド薬点眼やトリアムシノロンアセトニド注射により炎症がマスクされ徐々に虹彩内に真菌が侵入していったのではないかと考えられる.本症例では,培養検査では陰性であったが白色病変の塗抹標本において,糸状菌と思われる菌糸像が唯一確認された.糸状菌は,発育が緩徐であるため,進展も比較的時間を要したと思われる.また,抗真菌薬の局所投与,全身投与では効果が少なく内科的治療に抵抗性を示した.このことから一つに,真菌が長期のステロイド薬投与によりバイオフィルムを形成して無効であった可能性や,ボリコナゾールの投与量がやや不十分だった可能性が考えられる.もう一つに,治療開始時にピマリシン眼軟膏を投与しており,今回の症例においては感染巣が眼内であったため,ピマリシン眼軟膏が他の薬剤の角膜透過性を阻害したことが考えられる.さらに,手術中摘出した病理検査では,強角膜は真菌が確認できなかったのに対して,虹彩では真菌が確認できている.このことは,病巣が虹彩内まで進展していた可能性を示唆している.そのため,白色病変が再発を繰り返したことは,強角膜内の真菌に対して抗真菌薬の効果があったのに比べて虹彩内に進展した真菌は抗真菌薬の効果が乏しかった可能性が考えられる.今回,白内障術後晩発性に発症した創口部の真菌感染の1例を報告した.病態の確認は前眼部OCTが有用であり,虹彩にまで進展した症例では外科的に感染病巣を摘出する必要がある可能性が示唆された.文献1)江本宜暢,平形明人,三木大二郎ほか:Penicillium感染による白内障術後眼内炎の1例.眼臨紀1:122-127,20082)RoyA,SahuSK,PadhiTRetal:Clinicomicrobiologicalcharacteristicsandtreatmentoutcomeofsclerocornealtunnelinfection.Cornea31:780-785,20123)JhanjiV,SharmaN,MannanRetal:Managementoftunnelfungalinfectionwithvoriconazole.JCataractRefractSurg33:915-917,20074)HariprasadSM,MielerWF,LinTKetal:Voriconazoleinthetreatmentoffungaleyeinfections:areviewofcur-rentliterature.BrJOphthalmol92:871-878,20085)LauD,FedinandsM,LeungLetal:Penetrationofvori-conazole1%eyedropsintohumanaqueoushumor.Apro-spectiveopenlavelstudy.ArchOphthalmol126:343-346,2008***1478あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(134)