《原著》あたらしい眼科41(9):1135.1140,2024c眼窩先端部症候群7例の原因と臨床経過の検討小林嶺央奈*1,2渡辺彰英*2外園千恵*2*1舞鶴赤十字病院眼科*2京都府立医科大学眼科学教室CInvestigationoftheCausesandClinicalCoursesin7CasesofOrbitalApexSyndromeReonaKobayashi1,2)C,AkihideWatanabe2)andChieSotozono2)1)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossSocietyMaizuruHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC眼窩先端部症候群に必要な初期対応を明らかにするため,2009.2020年に京都府立医科大学附属病院眼科を受診したC7例の原因,治療,臨床経過を後ろ向きに検討した.患者の内訳は男性C6例,女性C1例,平均年齢C71歳,原因は副鼻腔炎C2例,眼窩先端部腫瘍C3例,特発性眼窩炎症とCTolosa-Hunt症候群がC1例であった.副鼻腔炎のC2例はともに真菌性で抗真菌薬投与を行うも失明した.腫瘍C3例はびまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫,眼窩副鼻腔腫瘍,眼窩炎症性偽腫瘍で,リンパ腫に対し化学療法,炎症性偽腫瘍に対しステロイドパルス療法を行い,炎症性偽腫瘍例で視力が改善した.眼窩副鼻腔腫瘍は生検で確定診断に至らず,腎機能障害のためステロイド治療を行えず失明した.特発性眼窩炎症,Tolosa-Hunt症候群にステロイドパルス療法を行い視力が改善した.眼窩先端部症候群が疑われる際は迅速に画像検査を行い,副鼻腔に病変があれば耳鼻咽喉科での速やかな生検が必要である.CPurpose:ToCinvestigateCtheCcausesCandCclinicalCcoursesCinC7CcasesCofCorbitalCapexsyndrome(OAS)C.CCasereport:Thisstudyinvolved7OAScases(6males,1female;meanage:71years)seenatKyotoPrefecturalUni-versityCofCMedicine,CKyoto,CJapanCfromC2009CtoC2020.CCausesCincludedsinusitis(2cases)C,CorbitalCapextumors(3cases),idiopathicorbitalin.ammation(1case)C,andTolosa-Huntsyndrome(1case)C.Inthe2sinusitiscases,bothfungal,CblindnessCoccurredCdespiteCantifungalCtreatment.CTheC3CtumorCcases,Crespectively,CinvolvedCaCdi.useClargeCB-cellClymphoma,CanCorbitalCethmoidCsinusCtumor,CandCanCin.ammatoryCpseudotumor.CChemotherapyCwasCper-formedforthelymphomacase,andcorticosteroidpulsetherapywasadministeredforthein.ammatorypseudotu-morCcase.CImprovementCinCvisionCwasCobservedCinCtheCin.ammatoryCpseudotumorCcase.CCorticosteroidCpulseCimprovedvisionintheidiopathicorbitalin.ammationandTolosa-Huntsyndromecases.Conclusion:RapidtestingforfungalsinusitisisvitalwhenOASissuspected,andimagingandabiopsybyanotolaryngologistisnecessaryinthepresenceofsinuslesions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1135.1140,C2024〕Keywords:眼窩先端部症候群,副鼻腔炎,真菌感染,ステロイドパルス.orbitalapexsyndrome,sinusitis,fungalinfection,steroidpulse.Cはじめに眼窩先端部症候群は眼窩部から眼窩深部の病変により視神経管および上眼窩裂を走行する神経が障害され,全眼球運動障害と視力障害をきたす疾患である.類縁疾患として眼球運動障害と三叉神経の障害による知覚麻痺を主体とする上眼窩裂症候群や海綿静脈洞症候群があるが,眼窩先端部症候群の疾患概念としては,眼球運動障害や三叉神経障害に加えて視神経障害をきたしたものが本症候群と定義される1)(図1).原因は副鼻腔炎やサルコイドーシス,ANCA関連血管炎,炎症性疾患,感染症,腫瘍,肥厚性硬膜炎など多岐にわたる.とくに真菌性副鼻腔炎が原因の場合は致死率が高く,注意が必要である2).国内での眼窩先端部症候群について複数症例をまとめた報告は少ない3.5).今回筆者らは眼窩先端部症候群のC7症例について原因,臨床経過について検討し,必要な初期対応について若干の知見を得たので報告する.〔別刷請求先〕小林嶺央奈:〒624-0906京都府舞鶴市字倉谷C427舞鶴赤十字病院眼科Reprintrequests:ReonaKobayashi,DepartmentofOpthalmology,MaizuruRedCrossHospital,427Kuratani,Maizuru,Kyoto624-0906,JAPANC眼球運動障害上眼窩裂症候群三叉神経第1枝の刺激症状・知覚麻痺海綿静脈洞症候群眼窩先端部症候群視神経障害図1眼窩先端部症候群の類縁疾患(今日の眼科疾患治療方針第3版.679-680,医学書院,2016,BadakereCA,CPatil-ChhablaniP:Orbitalapexsyndrome:Areview.EyeBrainC11:63-72,C2019より改変)表1対象症例のまとめ症例性別年齢原疾患治療治療前視力治療後視力再発C1男性C71真菌性副鼻腔炎CESSCVRCZCVD=(0C.2)CVD=SL-なしC2男性C78真菌性副鼻腔炎CESSCAMPH-BCVS=30Ccm/CFCVS=SL-なしC3男性C74CDLBCLR-CHOP療法CVS=(0C.5)CVS=(0C.8)なしC4男性C75炎症性偽腫瘍CMPSLpuluseCVS=30Ccm/CF不明不明C5男性C85眼窩副鼻腔腫瘍経過観察CVS=(0C.8)CVS=SL+不明C6女性C76Tolosa-Hunt症候群CMPSLpulseCVS=(0C.6)CVS=(0C.7)なしC7男性C66特発性眼窩炎症CMPSLpulseCVD=(C0.15)CVD=(0C.8)なしMPSL:methylprednisolone,ESS:endoscopicsinussurgery,VRCZ:voriconazole,AMPH-B:amphoteri-cin,DLBCL:di.uselargeB-celllymphoma.I方法2009年C1月.2020年C12月に京都府立医科大学附属病院眼科(以下,当科)を受診し,眼窩先端部症候群と診断した7症例について診療録をもとに原因,治療,臨床経過を検討した.画像検査で眼窩先端部に病変を認め,動眼神経麻痺や外転神経麻痺による眼球運動障害,三叉神経第一枝の障害のいずれかの障害に加えて視神経障害があったものを眼窩先端部症候群と診断した.II結果7例の内訳は男性C6例,女性C1例,年齢はC66.85歳(平均C71.7C±6.3歳)であった(表1).原因となった疾患は,副鼻腔炎がC2例,眼窩先端部腫瘍がC3例,Tolosa-Hunt症候群がC1例,特発性眼窩炎症がC1例であった(図2).副鼻腔炎C2例はともに真菌性副鼻腔炎であり,耳鼻咽喉科での内視鏡下副鼻腔手術(endoscopicCsinussurgery:ESS)による生検で真菌塊を認めた.症例C1の原因真菌はCAsper-gillusCfumigatusであったが,症例C2は生検部位より真菌が検出されたが真菌の種類を同定することはできなかった.症例C1は他科入院中に視力低下がみられ,当科紹介となった.当科初診時の右眼矯正視力はC0.2であったが軽度白内障を認めるのみで,眼瞼下垂および眼球運動障害を認めなかった.その数日後より眼瞼下垂,眼球運動障害を生じ,画像検査で副鼻腔炎および眼窩先端部に占拠性病変を認め(図3),耳鼻咽喉科のCESSで真菌塊を認めたことから抗真菌薬による治療が開始された.視力低下を自覚してからすでに約C3週間が経過しており,治療の効果は乏しく失明となった.症例C2は左眼の眼瞼下垂と視力低下の症状から始まり,次第に悪化して全眼球運動障害を呈したため画像検査を行った図3症例1における頭蓋内MRIT1強調画像(Ca),T2強調画像(Cb).水平断画像(Cb)で眼窩部に低信号の病変を認める.T2強調STIR画像(Cc).右篩骨洞後方から眼窩先端部および海綿静脈洞にかけて病変を認める.ところ,蝶形骨洞内に軟部陰影を認めた(図4).しかし,症状が出現してから受診までの日数が長く,抗真菌薬による治療が開始されるまで約C1カ月が経過しており,投薬の効果なく失明となった.眼窩先端部腫瘍によるC3症例はそれぞれ,びまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫(di.useClargeCB-celllymphoma:DLBCL),炎症性偽腫瘍,眼窩副鼻腔腫瘍であった.症例C3は,篩骨洞の軟部陰影が骨破壊を伴い,眼窩先端部や海綿静脈洞へ進展していた.耳鼻咽喉科でのCESS術中所見から真菌感染が疑われたため抗真菌薬による治療が開始されたが,生検結果からCDLBCLと診断されたため,血液内科へ紹介となり化学療法が行われた.矯正視力は白内障手術が行われた影響もあり,治療前後でC0.5からC0.7まで改善した.症例C4は,前医にて心臓カテーテル治療の入院中に視野欠損を自覚,視力が光覚弁となり精査加療のため当院へ紹介となった.MRI検査を行ったところ眼窩先端部に炎症性腫瘤を認めた.副鼻腔炎を認めず,採血上も真菌感染は否定的であったため,診断的治療としてステロイドパルス療法を行った.指数弁まで視力は回復したが,その後は前医へ転院され,前医にてステロイドパルス療法継続となったため治療後の視力は不明である.症例C5は,眼窩および篩骨洞後方の骨破壊を伴う腫瘍であった(図5).耳鼻咽喉科での生検では炎症細胞の浸潤や肉芽組織,線維性組織を認めるのみで積極的に腫瘍を疑う病理結果ではなく,確定診断に至らなかった.病変が広範囲にわたり手術不可能であったこと,透析中で腎機能障害があることを考慮し,ステロイド治療を行わずに経過観察の方針となった.当科初診時の視力は裸眼視力でC0.8であったが,眼窩先端部への病変の進展により光覚弁となった.Tolosa-Hunt症候群の症例6,特発性眼窩炎症の症例C7の2症例はステロイドパルス療法が行われた.症例C6は治療前後で視力はC0.6からC0.7とわずかな改善がみられたのみであbcd図4症例2におけるCT・MRI画像a,b:CT画像.左蝶形骨洞内から眼窩先端部に軟部陰影および,左内側壁の骨破壊を認める.Cc,d:MRI画像.T2強調画像(Cd)で左蝶形骨洞および眼窩先端部に低信号の病変を認める.った.一方,症例C7では治療前後でC0.15からC1.0と著明な視力改善を認め,眼球運動障害の改善も認めた.CIII考按眼窩先端部症候群は眼窩部から眼窩深部の病変により視力低下や眼球運動障害をきたす比較的まれな疾患である.原因は多岐にわたり,原因疾患によって治療方針も異なる.原因検索のため,MRIやCCT,必要に応じて造影検査も追加する.また,血液検査で全血液計測やCCRP,肝・腎機能に加え,ANCA関連血管炎やサルコイドーシス,IgG4関連疾患,悪性リンパ腫などを考慮した検査を行う.今回の検討で真菌性副鼻腔炎が原因となったC2例は,その他の症例と比較して視機能の改善に乏しく,重篤な経過となった.既報でも副鼻腔炎が原因となる眼窩先端部症候群のうち,とくに真菌感染症によるものは重篤な転機をたどった報告もあり注意が必要である6.9).真菌性副鼻腔炎は周辺部組織に浸潤する浸潤型と,周辺浸潤を伴わない非浸潤型に分けられる.浸潤型副鼻腔真菌症はC2.3%とまれであるが10)頭蓋内にまで及んだ浸潤型眼窩先端部症候群では死亡例も報告されている6).また,真菌感染のなかでも頻度の高いCAsper-gillusCfumigatusは空気中の胞子から体内に吸入されることで感染し,さらに血管との親和性が高いため血管壁を突破し全身へ散布される.血栓症や動脈瘤,膿瘍といった合併症の報告もあり6.8)早期の診断と治療が重要と考えられる.真菌感染症による副鼻腔炎が原因となった眼窩先端部症候群を画像所見のみで診断することはむずかしい.しかし,真菌性副鼻腔炎では真菌内のアミノ酸代謝産物の鉄,マグネシウム,マンガンが常磁性体効果を有し,T2画像で低信号を示すとされており,画像上の特徴として留意すべきである11,12).また,採血で真菌感染を示唆するCb-Dグルカンが陰性のこともあり9)b-Dグルカンが陰性であるからといって真菌感染の可能性を除外することはできない.本検討でも真菌性副鼻腔炎のC2症例はCb-Dグルカンは陰性であった.そのため速やかに耳鼻咽喉科で副鼻腔手術による病変部位の生検を行い,真菌を証明することが重要となる.越塚らは,診断と治療の時間を要し死亡に至った浸潤型副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群の症例報告から,副鼻腔真菌症での生検の重要性を説いている13).最近では内視鏡手術の発達により安全で低侵襲な生検が行えるようになっており,易感染性患者での眼窩先端部症候群では浸潤型副鼻腔真菌症を念頭に,適切な時期に慎重に内視鏡生検を行う必要性を指摘している.本検討の症例C1は,当初は視力低下のみで眼瞼下垂や眼球運動障害などの症状に乏しく,副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群の診断には至らなかった.視力低下を自覚して数日してから眼瞼下垂や眼球運動障害が出現し,耳鼻咽喉科での内視鏡手術と副鼻腔の生検を行い副鼻腔真菌症の診断に至った.症例C2では画像検査で骨破壊を認め,浸潤型副鼻腔真菌症となっていた.これらのC2症例は既往に糖尿病や慢性腎臓病といった易感染性の全身疾患を有し,ハイリスク患者であった.こうした患者では真菌感染を念頭に,早期の鼻内視鏡による副鼻腔炎の生検が必要であったと考えられる.また,篩骨洞後方や蝶形骨洞など内視鏡手術が困難な深部の病変で生検が困難な場合や,病変部が小さく画像による判断がむずかしい患者では診断に難渋する.こうした症例に対しては患者背景の詳細な聴取や経時的な臨床経過,放射線科医や耳鼻咽喉科医,眼科医の複数の専門医の意見を総合的に判断し,治療方針を決定する必要がある.診断的治療を行う場合は,安易なステロイド投与が感染の悪化を招くことがあるため注意しなくてはならない.炎症性腫瘍やCTolosa-Hunt症候群,特発性眼窩炎症が原因となった症例4,6,7に関してはステロイドパルス療法で視機能の改善がみられた.炎症性疾患が原因である患者に対してはステロイドによる治療を積極的に行うことで良好な視力が得られると考えられる.しかし,悪性リンパ腫や真菌感染ではステロイド治療により一時的に鎮静化しても,その後再燃し病状を悪化させ,結果として予後が悪くなることがある.そのためステロイド治療前に,悪性リンパ腫や真菌感染症による眼窩先端部症候群を否定しておくことが望ましい.画像検査や採血で真菌感染が疑われ,患者背景に易感染性のある場合はステロイド治療を開始する前に,耳鼻咽喉科で病変部位の生検を依頼する必要があると考えられる.以上,当科における眼窩先端部症候群のC7例の原因と臨床図5症例5におけるCT画像眼窩後方の篩骨洞側に骨欠損像を認める.経過を報告した.眼窩先端部症候群のうち真菌感染による副鼻腔炎が原因であった症例は,結果的に抗真菌薬治療開始が遅れたことで視力予後が不良であった.眼窩先端部症候群を疑った際には,まず画像検査にて真菌感染による副鼻腔炎が原因であるかどうかを疑い,副鼻腔に病変があれば速やかに耳鼻咽喉科へ依頼し生検を施行することが重要である.また,副鼻腔炎を伴わない場合はその他の原因疾患を想起し検査を進め,適切な診断および治療につなげる必要がある.文献1)KjoerI:ACcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCinCcollateralCpansinusitis.ActaOphthalmolC23:357,C19452)TurnerJH,SoudryE,NayakJVetal:SurvivaloutcomesinCacuteCinvasiveCfungalsinusitis:aCsystematicCreviewCandquantitativesynthesisofpublishedevidence.Laryngo-scopeC123:1112-1118,C20083)二宮高洋,檜森紀子,吉田清香ほか:東北大学における眼窩先端部症候群C19例の検討.神経眼科36:404-409,C20194)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,C20055)中島崇,青山達也,奥沢巌ほか:眼窩尖端症候群をきたした数例についての解析.臨眼32:930-936,C19786)津村涼,尾上弘光,末岡健太郎ほか:浸潤型蝶形骨洞アスペルギルス症による死亡例と生存例.あたらしい眼科C39:1256-1260,C20227)YipCCM,CHsuCSS,CLiaoCWCCetal:OrbitalCapexCsyndromeCdueCtoCaspergillosisCwithCsubsequentCfatalCsubarachnoidChemorrhage.SurgNeurolIntC3:124,C20128)戸田亜以子,坂口紀子,伊丹雅子ほか:副鼻腔真菌症に続発した海綿静脈洞血栓症と内頸動脈瘤による眼窩先端部症候群のC1例.臨眼72:1277-1283,C20189)甘利達明,澤村裕正,南館理沙ほか:非浸潤型副鼻腔アスペルギルス感染症により視神経症を呈したC1例.臨眼C74:C907-912,C2020C10)FukushimaT,ItoA:Fungalinfection.JpnClinMedC41:CneseCde.ciencyCinAspergillusCniger:evidenceCofC84-97,C1983CincreasedCproteinCdegradation.CArchCMicrobialC141:266-11)ZinreichCSJ,CKennedyCDW,CMalatCJCetal:FungalCsinus-268,C1985itis:DiagnosisCwithCCTCandCMRCimaging.CRadiology13)越塚慶一,花澤豊行,中村寛子ほか:眼窩先端症候群を伴C169:439-444,C1988った浸潤型副鼻腔真菌症のC2症例.頭頸部外科C25:325-12)MaCH,CKubicekCCP,CRohrM:MetabolicCe.ectsCofCmanga-332,C2015***