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トリアムシノロンTenon囊下注射で悪化し,眼内液を用いた PCR法が診断に有用であった眼トキソプラズマ症の1例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):815.819,2018cトリアムシノロンTenon.下注射で悪化し,眼内液を用いたPCR法が診断に有用であった眼トキソプラズマ症の1例丸茂有香*1水谷武史*1加藤亜紀*1野崎実穂*1吉田宗徳*1南場研一*2小椋祐一郎*1*1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*2北海道大学大学院医学研究院眼科学教室CACaseofOcularToxoplasmosiswithExacerbationafterPosteriorSub-Tenon’sInjectionofTriamcinoloneAcetonide,inwhichPCRfromVitreousSamplewasUsefulinDiagnosisYukaMarumo1),TakeshiMizutani1),AkiKato1),MihoNozaki1),MunenoriYoshida1),KenichiNamba2)andYuichiroOgura1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicine,HokkaidoUniversity目的:トリアムシノロンCTenon.下注射により悪化し,硝子体液CPCRにより眼トキソプラズマ症と診断されたC1例を経験したので報告する.症例:55歳,女性.2000年に左眼のトキソプラズマ症に対しアセチルスピラマイシン内服,2008年に左眼ぶどう膜炎および視神経炎に対しステロイド内服の既往があった.2015年C7月に左眼難治性ぶどう膜炎の精査加療目的で名古屋市立大学病院を受診した.初診時,左眼に硝子体混濁,および限局性網膜滲出斑を認めた.ぶどう膜炎に対しステロイド内服を行ったが所見が改善しないため,2015年C8月およびC11月にトリアムシノロンTenon.下注射を施行したところ炎症が悪化した.翌年C3月に左眼硝子体手術を施行,硝子体液のCPCR検査でトキソプラズマCDNAが確認された.眼トキソプラズマ症と診断しクリンダマイシン内服治療開始,その後硝子体混濁,網脈絡膜炎は改善した.結論:診断確定にはCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検査が有用である.CPurpose:Toreportacaseofoculartoxoplasmosis,inwhichPCRfromthevitreoussamplewasusefulindiag-nosis.CCaseReport:AC55-year-oldCfemaleCwithCmedicalChistoryCofCocularCtoxoplasmosisCinCherCleftCeyeChadCbeenCtreatedCwithCacetylspiramycinCinC2000.CSheCalsoChadCpreviousChistoryCofCuveitisCandCopticCneuritisCinCherCleftCeye,CwhichChadCbeenCtreatedCwithCoralCprednisoloneCinC2008.CSheCwasCreferredCtoCNagoyaCCityCUniversityCHospitalCbecauseCofCintractableCuveitisCinCherCleftCeyeCinCJuly,C2015.CModerateCvitreousCopacityCandClocalizedCexudatesCcloseCtoCscarringlesionswereobservedinthelefteye.Althoughshewastreatedwithoraladministrationofprednisolone,theuveitiswasnotimproved.Posteriorsub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonidewasperformedtwice,whi-chexacerbatedtheuveitisrapidly.ParsplanavitrectomywasperformedandToxoplasmagondiiCDNAwasdetectedCbyPCRfromvitreoussample.Aftertreatmentwithclindamycin,theuveitisgraduallyimproved.Conclusion:PCRdetectionofToxoplasmagondiiCDNAinvitreoussampleisconsideredusefulfordiagnosisofoculartoxoplasmosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):815.819,C2018〕Keywords:眼トキソプラズマ症,ポリメラーゼ連鎖反応,トリアムシノロン後部テノン.下注射,難治性ぶどう膜炎.oculartoxoplasmosis,polymerasechainreaction(PCR)C,sub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonide,in-tractableuveitis.Cはじめにあり,ぶどう膜炎の原因疾患の一つである.眼底後極部にC1眼トキソプラズマ症はネコを終宿主とするトキソプラズマ.2乳頭径大の滲出性病変を生じ,硝子体混濁や血管炎を伴原虫(Toxoplasmagondii)により発症する人畜共通感染症でい,病変が黄斑部に及んでいる場合は重篤な視力障害の原因〔別刷請求先〕吉田宗徳:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:MunenoriYoshida,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya,Aichi467-8601,JAPANとなることがある.先天感染では感染した母胎から胎盤を通じて胎児に感染し,後天感染は経口感染が一般的とされるが,その区別は必ずしも容易ではない.2009.2010年に多施設で施行された大規模調査では,わが国でのぶどう膜炎全体に占める眼トキソプラズマ症の割合はC1.3%であったと報告がされているが1),確定診断は困難なことも多く,診断や治療が遅れることもしばしば経験される2).今回筆者らはトリアムシノロンCTenon.下注射で急速に増悪し,その後硝子体手術の際に採取した硝子体液のポリメラーゼ連鎖反応(porimeraseCchainCreaction:PCR)検査によって診断が確定した眼トキソプラズマ症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:55歳,女性.主訴:左眼の歪視.既往歴:2000年,左眼の眼トキソプラズマ症と診断され,アセチルスピラマイシン内服により治癒した.2008年,左眼のぶどう膜炎および視神経炎に対してステロイド内服加療を受け治癒した.家族歴:特記すべきことなし.生活歴:九州出身,ネコ接触歴なし,生肉摂取歴なし.現病歴:2015年C5月頃から左眼のぶどう膜炎に対し近医でC0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液の点眼治療を受けていたが改善しないため,2015年C7月に精査・加療目的で名古屋市立大学病院眼科を紹介され受診した.初診時所見:視力は右眼0.8(1.5C×sph.0.50D(cyl-0.50DAx115°),左眼C0.5(1.2C×sph.0.25D(cyl-0.50DCAx65°),眼圧は右眼C11CmmHg,左眼C13CmmHgであった.右眼の前図1初診時左眼超広角眼底写真視神経乳頭周囲に陳旧性網脈絡膜瘢痕病巣(→)を,その下鼻側に黄白色の境界不明瞭な滲出性病変(.)および硝子体混濁を認める.また周辺網膜には灰白色の網脈絡膜瘢痕がある(C.).眼部,中間透光体,眼底に特記する異常所見はなかった.左眼前眼部には炎症所見はなかったが,硝子体混濁(gradeC2+)3)を認めた.眼底は視神経乳頭周囲に陳旧性網脈絡膜瘢痕病巣,視神経乳頭の下鼻側にC1.5乳頭経大の黄白色の境界明瞭な滲出性網脈絡膜病巣があり,周辺網膜に灰白色を呈する網脈絡膜瘢痕萎縮も存在した(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinCangiography:FA)では,早期に左眼の視神経乳頭下鼻側の黄白色滲出性病巣に一致して,中心部のブロックによる低蛍光およびその周囲は色素漏出による過蛍光を呈しており(図2a),後期では漏出により病巣周囲の過蛍光領域の拡大を認めた(図2b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影(indocyanineCgreenCangiography:IA)では硝子体混濁およびブロックによる低蛍光以外に特記すべき異常所見はなかった(図3).血清抗体価検査:抗トキソプラズマCIgM抗体C0.1CIU/ml図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:早期像.病巣に一致する部位で中心部はブロックによる低蛍光およびその周囲には過蛍光を認める(.).Cb:後期像.滲出性病変部の色素漏出による過蛍光領域が拡大している(.).C図3初診時左眼インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真硝子体混濁および滲出斑のブロックによる低蛍光以外に特記すべき異常は認めない.図5左眼悪化時のフルオレセイン蛍光眼底造影写真(後期像)下方網脈絡膜病巣に一致した色素漏出による過蛍光が拡大している(.).(正常値C0.8CIU/ml未満),抗トキソプラズマCIgG抗体C64CIU/ml(正常値C6CIU/ml未満)であった.経過:前医より処方されていたC0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液点眼を継続していたが,改善しないためC2015年C8月初旬からプレドニゾロンC30Cmg/日をC7日間内服した.しかし,改善がみられなかったためプレドニゾロン内服を中止し,さらなる原因精査のため前房水を採取して単純ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスに対するPCRを施行したが,ウイルスCDNAは検出されなかった.8月末に左眼に対してトリアムシノロンCTenon.下注射C20mg/0.5Cmlを施行したが硝子体混濁(Grade2+)の改善は得られなかったため,11月に左眼にC2回目のトリアムシノロンCTenon.下注射を施行したところ硝子体混濁(Grade2+)図4左眼悪化時の超広角眼底写真硝子体混濁が悪化し,滲出性病変が拡大している(.).図6左眼治療後の超広角眼底写真硝子体混濁は改善し,滲出性病変は瘢痕を残し消退した.が悪化し,滲出性病変の拡大を認めた(図4).FAでも早期像で下方網脈絡膜病巣に一致した過蛍光領域を認め,また後期像で色素漏出による過蛍光領域の拡大を認めた(図5).矯正視力はC0.3にまで低下した.2016年C3月に左)硝子体手術(白内障手術併用)を施行し,術中に採取された硝子体液のトキソプラズマ抗体価を測定した.硝子体液抗体価検査:抗トキソプラズマCIgM抗体C0.4CIU/ml(正常値C0.8IU/ml未満),抗トキソプラズマIgG抗体240CIU/ml(正常値C6CIU/ml未満)であった.硝子体液サンプルのCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検査を行ったところ,トキソプラズマCDNAが検出された.眼トキソプラズマ症と診断しクリンダマイシンC2,700mg/日を開始した.3週間程度経過したところで硝子体混濁は消失し,網脈絡膜炎は瘢痕を残し消退した(図6).クリンダマイシンをC3週間程使用し終了,その後再燃はなく,矯正視力はC0.5を維持している.CII考按今回筆者らは,診断に苦慮し,トリアムシノロンCTenon.下注射で悪化した眼トキソプラズマ症を経験し,診断の確定にCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検出が有用であったC1例を経験した.眼トキソプラズマ症には,先天性と後天性があり,先天性は両眼性でおもに黄斑部にみられる境界明瞭な壊死性瘢痕病巣が特徴とされ,その再発病巣では瘢痕病巣に隣接または離れた部位に限局性滲出性網脈絡膜炎としてみられる.一方,後天性は限局性滲出性網脈絡膜炎が片眼にみられることが多い.本症例は,片眼に瘢痕病巣に隣接した限局性滲出性病巣が存在し,血清トキソプラズマCIgG抗体価は基準値のC10倍程度,IgM抗体価は基準値以下であったが,2000年に発症したと考えられる後天性眼トキソプラズマ症の再発例として矛盾はない.しかしながら,2008年のぶどう膜炎再燃は,ステロイド内服のみで消炎を得られており,その後C7年間再燃はみられなかったことから,トキソプラズマ以外の原因の可能性も否定できず,診断に苦慮した.本症例は過去に既往があるだけでなく,FAにおいて病変中心部の低蛍光およびその周辺の過蛍光というトキソプラズマ症において特徴的な所見がみられたことから,ぶどう膜炎の経験が豊富な医師からみると眼トキソプラズマ症の比較的典型的な症例と思われるが,日本ではトキソプラズマ感染症が比較的少ないため,専門医でなければ遭遇する機会に乏しい疾患であり,念頭になければ鑑別診断にあげることがむずかしいと考える.Nobregaらは加齢黄斑変性に伴う新生血管に対して行った光線力学的療法に併用したトリアムシノロンの硝子体内注射後に発生した眼トキソプラズマ症のC1例を報告している4).また,Rushらは非感染性のぶどう膜炎だと推察されトリアムシノロンの硝子体内注射後に発症した眼トキソプラズマ症のC1例と,トキソプラズマ脈絡膜炎の再発と推察され眼トキソプラズマに対する治療を併用しつつトリアムシノロンの硝子体内注射を行ったにもかかわらず悪化したC1例を報告しており5),トリアムシノロンの使用は,局所であっても十分な注意が必要である.後天性眼トキソプラズマ症の診断には,血清抗体価の測定や臨床像の特徴のほか,血清反応,原虫の分離などがあるが,血清反応は診断までにC3週間必要で,眼トキソプラズマ症では血清の抗トキソプラズマ抗体価が上昇しないこともあり診断意義は低く,原虫の分離には眼球摘出が必要なため通常行われることない.1993年にCAouizerateらが最初にCPCR法による眼内液からのトキソプラズマ原虫ゲノムの検出について報告して以来6),眼内液のCPCRが有用であるとの報告がされている.Okharaviらは血清検査で診断がつかなかったが眼内液のCPCR法による検査で眼トキソプラズマ症の診断がついた症例を報告している7).わが国でも,杉田らは臨床的に眼トキソプラズマ症が疑われる症例の前房水および硝子体液に対して行ったmultiplexCPCR(13例中11例),real-timePCR(13例中C10例)のどちらもが診断に有用であったと報告している8).本症例においても,硝子体手術施行時に採取した硝子体液のCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検出により確定診断に至った.その他の検査法として,血清中または眼内液中の全CIgG量に対する抗原特異的CIgG量の抗体率を眼内液と血清で比較した値(Q値)の有用性が古くから報告されている9).わが国においても竹内らがCQ値により確定診断に至った後天性眼トキソプラズマ症のC2例を報告している10).本症例では全CIgG量を測定しておらずCQ値の計算ができないが,Fekkarらは眼トキソプラズマ症におけるCQ値の感度はC81%,特異度はC98.1%であり,PCR法の感度はC38%,特異度はC100%であると報告しており11),PCR法の比較的低い感度を,Q値の測定を併用することが補う可能性はあると考える.わが国における眼トキソプラズマ症の感染は近年減少傾向にあるといわれているが,国際化に伴い,生肉などの食文化の変化やさまざまなペットとの生活など環境の変化もあり,今後増加することも懸念される.また,臓器移植後や本症例のようなステロイド治療による免疫力の低下,または後天性免疫不全症候群や血液疾患による免疫機能低下による日和見感染や再燃などは今後も増えてくること,また初診時の病歴や病態も複雑化した症例が増えてくることが予想され,後天性眼トキソプラズマ症を疑った場合の診断にはCPCR法は有用であり,積極的に考慮すべき検査であると考える.謝辞:硝子体液のCPCR検査をしていただきました北海道大学眼科研究室廣瀬育代技術補助員に深謝申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)OhguroCN,CSonodaCK,CTakeuchiCMCetCal:TheC2009Cpro-spectiveCmulti-centerCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmolC56:432-435,C20122)NovaisEA,CommodaroAG,SantosFetal:Patientswithdi.useCuveitisCandCinactiveCtoxoplasmicCretinitisClesionsCtestPCRpositiveforToxoplasmagondiiintheirvitreousandblood.BrJOphthalmol98:937-940,C20143)NussenblattCRB,CPalestineCAG,CChanCCCCetCal:Standard-izationCofCvitrealCin.ammatoryCactivityCinCintermediateCandposterioruveitis.OphthalmologyC92:467-471,C19854)NobregaCMJ,CRosaCEL:ToxoplasmosisCretinochoroiditisCafterphotodynamictherapyandintravitrealtriamcinoloneforCaCsupposedCchoroidalCneovascularization:aCcaseCreport.ArqBrasOftalmol,C70:157-160,C20075)RushCR,CShethCS:FulminantCtoxoplasmicCretino-choroidi-tisCfollowingCintravitrealCtriamcinoloneCadministration.CIndianJOphthalmolC60:141-143,C20126)AouizerateCF,CCazenaveCJ,CPoirierCLCetCal:DetectionCofCToxoplasmagondiiinaqueoushumourbythepolymerasechainreaction.BrJOphthalmolC77:107-109,C19937)OkharaviCN,CJonesCCD,CCarrollCNCetCal:UseCofCPCRCtoCdiagnoseCToxoplasmaCgondiiCchorioretinitisCinCeyesCwithCseverevitritis.ClinExpOphthalmolC33:184-187,C20058)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetCal:DiagnosisCofCoculartoxoplasmosisCbyCtwoCpolymeraseCchainCreaction(PCR)examinations:qualitativemultiplexandquantitativereal-time.JpnJOphthalmolC55:495-501,C20119)DesmontsG,BaronA,O.retGetal:Laproductionlocaled’anticorpsCauCcoursCdesCtoxoplasmosisCoculaires.CArchCOphthalmolRevGenOphthalmolC20:134-145,C196010)竹内正樹,澁谷悦子,飛鳥田有里ほか:Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症のC2例.あたらしい眼科27:667-670,C201011)FekkarCA,CBodaghiCB,CTouafekCFCetCal:ComparisonCofCimmunoblotting,calculationoftheGoldmann-Witmercoef-.cient,CandCreal-timeCPCRCusingCaqueousChumorCsamplesCforCdiagnosisCofCocularCtoxoplasmosis.CJCClinCMicrobiolC46:1965-1967,C2008***

Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)667《第43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(5):667.670,2010cはじめに眼トキソプラズマ症はネコ科の動物を終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)による網脈絡膜炎である.眼トキソプラズマ症は先天性感染と後天性感染に区別される.後天性感染では不顕性感染となることが多く,日本人成人の20.30%が感染していると報告されている.確定診断には血清と眼内液それぞれのtotalIg(免疫グロブリン)Gに占める抗原特異的IgGの割合の比をとった抗体率(Q値)が用いられる1).今回,Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕62歳,日本人男性.主訴:右眼視力低下,霧視.現病歴:以前に視力低下を指摘されたことはなかった.半年前より右眼視力低下,霧視を自覚し近医受診.視力は右眼矯正(0.15)であり,角膜後面沈着物,硝子体混濁,および網膜滲出斑を指摘され,精査加療目的にて当科紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.患者背景:生肉摂取歴なし,ネコ接触歴なし.〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0009横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasakiTakeuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,YokohamaCity,Kanagawa236-0009,JAPANQ値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例竹内正樹澁谷悦子飛鳥田有里西田朋美石原麻美林清文中村聡水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室TwoCasesofAcquiredToxoplasmosisDiagnosedbyCalculatingtheGoldmann-WitmerCoefficientMasakiTakeuchi,EtsukoShibuya,YuriAsukata,TomomiNishida,MamiIshihara,KiyofumiHayashi,SatoshiNakamuraandNobuhisaMizukiDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine症例:症例1は62歳,日本人男性,症例2は22歳,ブラジル人女性.2例とも片眼の視力低下と霧視を自覚し精査加療目的にて当科紹介受診.片眼の周辺網膜に硝子体混濁を伴った限局性滲出斑がみられ,その周囲には瘢痕病巣が存在した.2例とも血清および眼内液より計算されたトキソプラズマQ値の上昇を認め,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断した.アセチルスピラマイシンおよびプレドニゾロンの併用療法を開始し,症例2では病巣の瘢痕化を得た.症例1ではアセチルスピラマイシンの効果が乏しく,クリンダマイシン投与に変更したところ,病巣の瘢痕化を得た.結論:Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症の2例を経験した.WereporttwocasesofacquiredtoxoplasmosisdiagnosedbycalculatingoftheGoldmann-Witmercoefficient(GWC).Case1wasa62-year-oldJapanesemale;andcase2wasa22-year-oldBrazilianfemale.Eachwassufferingfromvisuallossandblurringinoneeye.Fundusexaminationdisclosedunilateralvitreousopacityandcircumscribedactiveexudates,withadjacentscarringlesionsintheperipheralretina.BothpatientswerediagnosedashavingrecurrentacquiredtoxoplasmosisonthebasisofGWCelevation.Theyweretreatedwithacombinationoforalacetylspiramycinandprednisolone.Incase1,clindamycinwasadministeredbecauseofpoorsusceptibilitytoacetylspiramycin.Theexudateswerecuredwithscarformationinbothcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):667.670,2010〕Keywords:眼トキソプラズマ症,後天性,Q値,ブラジル人.oculartoxoplasmosis,acquired,Goldmann-Witmercoefficient,Brazilian.668あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(96)経過:初診時視力は右眼矯正(0.3).右眼前眼部では角膜後面沈着物,前房内炎症細胞1+程度がみられた.中間透光体には特記すべき所見はなかった.後眼部に強い硝子体混濁,および上方網膜に限局性滲出斑と隣接する瘢痕化病巣がみられた(図1a,b).左眼に特記すべき所見はみられなかった.左眼ぶどう膜炎に対して,全身検索を行った.胸部単純写真では異常はなく,ツベルクリン反応は弱陽性であった.血清検査,および前房水検査より計算されたヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルスのQ値は基準値以下であった.診断および治療目的にて右眼の硝子体手術を施行し,硝子体液を採取,解析したところ,硝子体中のトキソプラズマのIgG抗体が200IU/ml以上〔ELISA(酵素免疫測定法),正常6未満〕と高値で,Q値も16.1と高値であった.硝子体液では抗トキソプラズマIgM抗体は0.50(ELISA,正常0.8未満)であった.硝子体液の真菌塗抹培養検査は陰性,IL(インターロイキン)-6,IL-10は基準値以下であった.細胞診では異型細胞はみられなかった.以上より,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断し,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日,6週間)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール終了後に硝子体混濁が増悪し,視力は右眼矯正0.1に低下したため,クリンダマイシン(ダラシンR600mg/日)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール施行し硝子体混濁の改善と網膜滲出斑の瘢痕化が得られた.初診時より9カ月の時点において視力は右眼矯正(0.5)まで改善した(図1d).〔症例2〕22歳,ブラジル人女性.主訴:右眼視力低下,霧視.現病歴:2カ月前より右眼視力低下,霧視を自覚し近医受診.虹彩炎,網膜滲出斑を指摘され精査加療目的にて当科紹介受診となった.既往歴:特記すべき事項なし.患者背景:生肉摂取歴なし,幼少時にネコ飼育歴あり.経過:初診時視力は右眼矯正(1.0)であった.右眼前眼部では角膜後面沈着物,前房内炎症細胞1+,フレア1+がみられた.中間透光体には特記すべき所見はなかった.網膜鼻下側に限局性滲出斑と隣接する瘢痕化病巣がみられた(図2a,b).左眼に特記すべき所見はみられなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影では瘢痕病巣は早期から後期にかけて低蛍光であり,滲出斑は中期より辺縁部の過蛍光を呈した.右眼感染性ぶどう膜炎を疑い全身検索を施行した.血清検査,および右眼前房水検査でトキソプラズマのIgG抗体が13IU/ml(ELISA,正常6未満)と高値で,計算されたQ値は126.4と著しく高値であった.抗トキソプラズマIgM抗体は0.10(ELISA,正常0.8未満)であった.以上の所見より,後天性眼トキソプラズマ症の再発と診断し,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日,6週間)とプレドニゾロン(プレドニンR30mg漸減療法)の内服を開始した.1クール終了し炎症所見の改善と滲出斑の瘢痕化が得らacbd図1症例1a:初診時眼底写真.黄斑部に瘢痕病巣はみられない.b:初診時眼底写真.上方周辺部に滲出斑と瘢痕病巣を認める.c:蛍光眼底造影検査(中期像).滲出斑に一致した輪状の過蛍光と蛍光漏出を認める.d:治療後眼底写真.病巣の瘢痕化を認めた.(97)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010669れた.初診時より6カ月の時点で視力は右眼矯正(1.2)に改善した(図2d).II考按トキソプラズマ症はネコ科の動物を終宿主とするトキソプラズマ原虫(Toxoplasmagondii)による人畜共通感染症である.多くは不顕性感染となり,トキソプラズマ抗体価の陽性率は日本人で30%とされている.欧米,特にフランス,ドイツ,オランダ,ブラジルでは抗体陽性率が高いことが知られており,わが国でも,近年,在日ブラジル人において眼トキソプラズマ症の報告が目立っている2.4).当院においても,2009年に経験した眼トキソプラズマ症3例のうち,症例2を含めて2例が在日ブラジル人であった.症例2ではネコ飼育歴があり,感染経路としてネコの排泄物を介しての経口感染や経皮感染が考えられた.症例1では感染原因として特記すべきことはなかった.眼トキソプラズマ症は先天性感染と後天性感染に区別される.先天性眼トキソプラズマ症は一般に両眼性で,両眼の黄斑部にみられる境界鮮明な壊死性瘢痕病巣が特徴とされる.黄斑部病巣により出生時より視力障害をきたす.再発病巣では瘢痕病巣に隣接または離れた部位に限局性滲出性網脈絡膜炎としてみられる.一方,後天性眼トキソプラズマ症は,先天性眼トキソプラズマ症の再発病巣と同様に限局性滲出性網脈絡膜炎が,通常,片眼性にみられる.今回の2症例でもいずれも幼少時に視力低下はなく,片眼性で,周辺網膜の限局性滲出性網脈絡膜炎を呈し,また,それに隣接した壊死性瘢痕病巣がみられた.検査所見では眼内液と血清のIgG抗体の比であるQ値の上昇がみられたが,IgM抗体の上昇はみられなかった.以上のことより,2症例ともに後天性眼トキソプラズマ症を以前に発症しており,今回はその再発と考えられた.ただし,以前の後天性眼トキソプラズマ症の発症に対する病識ははっきりしなかった.眼トキソプラズマ症では過去の報告では先天性が74%を占めると報告され5),一般に先天性感染が多いとされていた.しかし,近年,後天性感染の症例が多数報告されており,後天性感染の増加が示唆されている6,7).後天性眼トキソプラズマ症の診断にはいくつかの検査法が用いられる.血清中および眼内液中のそれぞれで,全IgG量に対する抗原特異的IgG量の抗体率を眼内液と血清で比較した値(Q値)では1.0以上で眼トキソプラズマ症の可能性が高くなり,8.0以上で確定診断となるとされている1).その他,原虫の分離,3週間の間隔で採取したペア血清での抗トキソプラズマ抗体の陽転あるいは4倍以上の抗体価上昇,PCR(polymerasechainreaction)法を用いた眼内液中のトキソプラズマゲノムの検出なども診断に有用である8).しかし,原虫の分離には眼球摘出が必要であり,臨床において通常行われることはない.ペア血清測定は簡便にできる検査ではあるが,診断までに3週間の期間が必要であり,眼局所のみのトキソプラズマ症では血清の抗トキソプラズマ抗体価が上昇しないこともある.Q値,PCR法では眼内液を採acbd図2症例2a:初診時眼底写真.黄斑部に瘢痕病巣はみられない.硝子体混濁を伴っている.b:初診時眼底写真.上方周辺部に滲出斑と瘢痕病巣を認める.c:蛍光眼底造影検査(中期像).滲出斑に一致した過蛍光を認める.d:治療後眼底写真.病巣の瘢痕化を認めた.670あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(98)取しなければならないが,Fekkarらは眼トキソプラズマ症におけるQ値の感度は81%,特異度は98.7%であり,PCR法の感度は38%,特異度は100%であると報告しており,眼トキソプラズマ症におけるQ値の臨床的意義はきわめて大きい9).本症例ではいずれもQ値が8.0以上であり,眼トキソプラズマ症の確定診断に至った.眼トキソプラズマ症の治療には,アセチルスピラマイシン(1,200mg/日)およびプレドニゾロン(30.40mg/日,漸減療法)の併用が一般的である.6週間を1クールとし,効果があればさらに1クール投与する.アセチルスピラマイシンに反応しない症例では,クリンダマイシンが用いられる.症例1では,アセチルスピラマイシンに反応がみられず,クリンダマイシンに変更したところ,硝子体混濁の改善と網膜滲出斑の瘢痕化が得られた.国際眼炎症学会の治療指針では,ピリメサミン,サルファジアジン,プレドニゾロンの3剤併用療法が推奨されている.ピリメサミン,サルファジアジンは栄養型の増殖は抑制するが,.子に対しては無効である.瘢痕化病巣ではトキソプラズマは.子の状態で存在しているため,いずれの薬剤による再発予防は不可能であり,妊娠や免疫力低下を契機に再発する可能性がある.アトバコンは.子に対しても有効であることが報告されている10)が,わが国では未承認である.眼トキソプラズマ症の日本での感染率は近年低下傾向にあるといわれている.しかし,AIDS(後天性免疫不全症候群),臓器移植後,血液腫瘍などで免疫力が低下したcompromisedhostにおいての日和見感染として増加してきている.また,近年の国際化に伴って,本症例のようなブラジル人のほか,多くの欧米人がわが国に在住しており眼トキソプラズマ症の発症が報告されている.さらにわが国では,近年,生肉食を好む文化やペットブームもあり,今後もますます注意しなければならない疾患である.片眼の硝子体混濁を伴った限局性滲出性網脈絡膜炎の患者をみたら,まず,後天性眼トキソプラズマ症を念頭において診療にあたることが大切である.文献1)DesmontsG,BaronA,OffretGetal:Laproductionlocaled’anticorpsaucoursdestoxoplasmosisoculaires.ArchOphthalmolRevGenOphthalmol20:134-145,19602)大井桂子,酒井潤一,薄井紀夫ほか:再燃を繰り返した眼トキソプラズマ症の2例.眼臨101:322-326,20073)八木淳子,石川裕人,池田誠宏ほか:網膜新生血管を生じた眼トキソプラズマ症.あたらしい眼科24:961-964,20074)菊池豊彦,神部孝,石嶋清隆ほか:トキソプラズマによる乳頭隣接網脈絡膜炎の1例.眼科42:189-192,20005)AtmacaLS,SimsekT,BatiogluF:Clinicalfeaturesandprognosisinoculartoxoplasmosis.JpnJOphthalmol48:386-391,20046)大黒伸行:眼トキソプラズマ感染症.あたらしい眼科17:190-192,20007)ForresterJV,OkadaAA,BenezraDetal:Toxoplasmosis.PosteriorSegmentIntraocularInflammationGuidelines(edbyOhnoS),p43-48,KuglerPublications,Hague,19988)春田恭照:トキソプラズマ網脈絡膜炎.眼科41:1427-1433,19999)FekkarA,BodaghiB,TouafekFetal:Comparisonofimmunoblotting,calculationoftheGoldmann-Witmercoefficient,andreal-timePCRusingaqueoushumorsamplesfordiagnosisofoculartoxoplasmosis.JClinMicrobiol46:1965-1967,200810)SchimkatM,AlthausC,ArmbrechtCetal:TreatmentoftoxoplasmosisretinochoroiditiswithatovaquoneinanAIDSpatient.KlinMonatsblAugenheilkd206:173-177,1995***