‘眼内悪性リンパ腫’ タグのついている投稿

漿液性網膜剝離を主症状とした眼内悪性リンパ腫の1例

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):427.431,2016c漿液性網膜.離を主症状とした眼内悪性リンパ腫の1例曽我拓嗣*1稲用和也*2戸塚清人*1杉本宏一郎*1本田紘嗣*1陳逸寧*1田中理恵*3蕪城俊克*3野本洋平*1*1旭中央病院眼科*2東京警察病院眼科*3東京大学医学部附属病院眼科ACaseofBilateralIntraocularLymphomawithRapidProgressionofSerousRetinalDetachmentHirotsuguSoga1),KazuyaInamochi2),KiyohitoTotsuka1),KoichiroSugimoto1),KojiHonda1),Yi-NingChen1),RieTanaka3),ToshikatsuKaburaki3)andYoheiNomoto1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital経過中に急激な漿液性網膜.離の進行を認めた眼内悪性リンパ腫の1例を経験した.症例は73歳,男性.中枢神経原発悪性リンパ腫に対してメトトレキサート大量療法を施行され,寛解していたが,3年後に右眼の視力低下を自覚.矯正視力は右眼指数弁,左眼1.0.初診から2週間後に右眼下方に胞状の漿液性網膜.離が出現し,4週間後には全.離となった.左眼の後極部にも漿液性網膜.離を生じ,矯正視力は0.02に低下した.右眼生検の結果,硝子体細胞診classIII,IL10は80,500pg/mlと高値を示し,中枢神経原発悪性リンパ腫の既往から,眼内悪性リンパ腫と診断した.メトトレキサート硝子体注射10回,メトトレキサートとデキサメサゾンの髄腔内注射3回施行し,両眼の漿液性網膜.離は速やかに消失した.漿液性網膜.離をみた場合には,眼内悪性リンパ腫の可能性を忘れてはならない.メトトレキサート硝子体注射はその治療に有効であった.A73-year-oldmalewhohadbeendiagnosedwithmalignantlymphomawastreatedwithhigh-dosemethotrexateandachievedcompleteremission.Threeyearslater,henoticeddecreasedvisioninhisrighteye.Twoweeksafterthat,serousretinaldetachmentoccurredintherighteye;by4weeksafter,totalretinaldetachmenthadoccurred.Serousretinaldetachmentalsooccurredintheposteriorpoleofthelefteye.CytologyofthesubretinalfluidshowedclassIIIandhighconcentrationofinterleukin-10inthevitreousfluid,stronglysuggestingintraocularmalignantlymphoma.Weadministered10intravitrealinjectionsofmethotrexateinbotheyesand3intraspinalinjectionsofmethotrexateanddexamethasone.Theserousretinaldetachmentdisappearedrapidlyafterthetreatment.Bilateralserousretinaldetachmentwasobservedinacaseofintraocularmalignantlymphoma.Intravitrealmethotrexateinjectionwaseffectiveforthetreatmentofserousdetachmentassociatedwithintraocularlymphoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):427.431,2016〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,漿液性網膜.離,メトトレキサート,硝子体注射.intraocularlymphoma,serousdetachment,methotrexate,intravitrealinjection.はじめに眼内悪性リンパ腫(intraocularlymphoma:IOL)はB細胞型リンパ腫がほとんどで,ぶどう膜炎に類似した眼所見を呈するため誤診されやすく,仮面症候群ともよばれ,注意すべき疾患である.悪性度は高く,とくに脳中枢神経系に播種しやすい.IOLは,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫(82%)とその他の臓器原発の眼への播種(18%)に分けられ,前者は眼内のみに留まるもの(15%)と脳中枢神経に播種するもの(68%)があるとされている1).IOLの50.80%は,診断時またはその後数年以内に中枢神経系悪性リンパ腫を発症する2.5).そのため,IOLは眼科疾患のなかでも生命予後の悪い疾患として知られている.元来まれな疾患とされていたが,近年は世界的に発症率の増加が報告されており,わが国においても2009年に基幹病院に初診したぶどう膜炎患者の〔別刷請求先〕曽我拓嗣:〒289-2511千葉県旭市イ1326旭中央病院眼科Reprintrequests:HirotsuguSoga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,1326I,Asahi,Chiba289-2511,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(97)427 2.5%を占めるようになっている6).IOLにおける眼所見は,硝子体混濁(91%),網膜下浸潤病変(57%),虹彩炎(31%),角膜後面沈着物(25%)などが多いとされているが,漿液性網膜.離を呈することはまれである2).今回,急激な漿液性網膜.離の進行をきたし,診断に苦慮した眼内悪性リンパ腫の1症例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,男性.2011年2月頭痛を訴え,近医内科を受診し,同月旭中央病院脳神経外科を紹介された.頭部MRIを施行したところ,右前頭葉・側頭葉に造影効果を伴う病変を認めた.抗血小板薬を内服中であり,構音障害,左上下肢の不全麻痺などの症状の進行が速かったため,脳病変の組織生検は施行されなか図1初診時(2014年5月27日)眼底写真,光干渉断層計(OCT)像,蛍光眼底造影検査(FA)上段:眼底写真.右眼の後極部網膜に網膜下白色滲出病変,左眼の黄斑部の下耳側に白点の網膜滲出物(.)がみられた.中段:OCT.右眼は滲出性網膜.離を認める,左眼には異常を認めない.下段:FA.右眼の網膜下白色滲出病変部に沿って蛍光漏出による過蛍光,周辺部血管からも蛍光漏出による過蛍光を認める.左眼には異常を認めない.428あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(98) 図2初診から10日目(2015年6月6日)の右眼眼底写真とOCT像下方に胞状の漿液性網膜.離が出現した.図3初診から27日目(2015年6月23日)の眼底写真とOCT像右眼漿液性網膜.離が拡大し全.離となり,視力は手動弁に低下.左眼も漿液性網膜.離が進行し,左眼視力は(0.02)と著明に低下.った.MRIの造影所見から中枢神経原性悪性リンパ腫と診断し,当院内科で2011年2.9月にメトトレキサート(MTX)大量療法(5,000mg)を施行され,2011年9月には頭部MRI所見から寛解状態と診断されていた.家族歴,既往歴には特記すべきことはない.2014年5月16日頃から右眼の視力低下を自覚し,近医眼科を受診した.5月27日近医眼科より右眼ぶどう膜炎の精査加療目的で旭中央病院を紹介され受診した.初診時矯正視(99)力は右眼20cm/指数弁(矯正不能),左眼0.7(1.0×sph+1.75D(cyl.0.50DAx120°).眼圧は右眼8mmHg,左眼5mmHgであった.両眼とも白内障(Emery-Littlegrade2)があるのみで,角膜後面沈着物や前房炎症はみられなかった.右眼の後極部網膜に網膜下白色滲出病変,左眼の黄斑部の下耳側に白点の網膜滲出物を認めた(図1).蛍光眼底造影では右眼後極部に強い蛍光漏出を,そして周辺部の毛細血管からも軽度の蛍光漏出を認めた(図1).眼所見から,内因性あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016429 図4MTX4回終了後(2015年8月5日)両眼の漿液性網膜.離は消失した.右眼上耳側部の出血部は網膜下組織採取部位である.ぶどう膜炎,感染性ぶどう膜炎,眼内悪性リンパ腫の可能性が考えられた.5月30日,感染性ぶどう膜炎の鑑別のため,右眼前房穿刺を施行し,ヘルペスウイルスDNAに対するpolymerasechainreaction(PCR)検査と細菌培養検査を行った.単純ヘルペスウイルス,帯状ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスDNAのPCR検査はすべて陰性.細菌培養検査も陰性であった.5月29日,頭部MRI,6月2日,PETを施行したが,脳悪性リンパ腫の再発はみられなかった.6月6日,右眼底下方に胞状の漿液性網膜.離が出現し,右眼視力は手動弁に低下した(図2).眼内悪性リンパ腫の可能性を考え,6月9日,再度右眼前房穿刺を施行し,細胞診を行ったが,細胞成分は検出されず判定不能であった.同日,左眼矯正視力は1.0であったが,網膜に白色斑点増加,硝子体混濁が出現した.6月23日,右眼漿液性網膜.離が拡大して全.離となり(図3),右眼矯正視力は手動弁に低下した.また,左眼の後極部にも漿液性網膜.離が出現し,左眼の矯正視力も0.02と著明に低下した.眼内悪性リンパ腫,感染性ぶどう膜炎の可能性を考え,6月23日,右眼硝子体手術を施行した.手術は硝子体液の生検を目的とし,23Gシステムで2portを設置し,無還流で無希釈硝子体液を約1.8ml採取した.硝子体液の病理細胞診の判定はclassIで430あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016あった.IL-10,IL-6は測定していなかった.6月30日(初診より34日目),右眼の漿液性.離に加えて硝子体混濁の増強を認めた.眼内悪性リンパ腫を強く疑い,確定診断のために右眼に対し23Gシステムにて経毛様体扁平部水晶体切除術+硝子体茎離断術+経網膜的網膜下組織生検+シリコーンオイル注入術を施行した.今回は硝子体切除のみならず,網膜下液,網膜下組織の採取も行った.網膜病巣部は黄白色で軽度の平坦な隆起がみられた.網膜下組織は,右眼上耳側の.離網膜部位に医原性裂孔を作製し,23G鉗子と垂直剪刀を用いて採取した.その結果,硝子体細胞診はclassII,網膜下液細胞診はclassIII,網膜下液と硝子体液の細菌培養は陰性,網膜下組織の病理組織診は好酸球を主体とするアレルギー性の変化との判定であった.一方,右眼硝子体中のIL-10は80,500pg/ml,IL-6は366pg/mlとIL-10が著明に高値であった.右眼の網膜下液細胞診がclassIIIであること,硝子体中のIL-10が著明に高値であること,脳悪性リンパ腫の既往があることから,眼内悪性リンパ腫と診断した.両眼に対してMTX0.4mg硝子体注射(1週間ごと8回,その後1カ月ごと2回)を開始した.一方,7月9日に髄液検査の結果,髄液細胞数8/μl,髄液細胞診はclassIIであり,髄液中に明らかな悪性細胞は検出されなかった.しかし,細(100) 胞数は増加していたため,悪性リンパ腫の髄腔内浸潤を考慮し,MTX15mg+デキサメサゾン(DEX)3.3mgの髄腔内注射を毎月1回,合計3回施行した.MTX硝子体注射治療を開始後,両眼の漿液性網膜.離は速やかに減少し,約4週間後にはほぼ消失した.8月5日,矯正視力右眼手動弁,左眼0.04.両眼の漿液性網膜.離は消失していた(図4).両眼にMTX硝子体注射4回目を施行した.10月22日,矯正視力右眼手動弁,左眼0.01であった.両眼にMTX硝子体注射10回目を施行し,同時に両眼から前房水採取し,IL-10,IL-6濃度測定を行ったところ,右眼IL-10:10pg/ml,IL-6:101pg/ml(IL-10/IL-6比=0.09),左眼IL-10:4pg/ml以下,IL-6:484pg/ml(IL10/IL-6比=0.008)であった.眼内の炎症所見や漿液性網膜.離は消失したため,両眼とも眼内悪性リンパ腫の寛解が得られたと判定した.その後,眼内,頭蓋内ともに悪性リンパ腫の再燃を認めなかった.2015年2月19日,小脳,延髄梗塞後の肺炎で永眠された.II考按漿液性網膜.離を生じた眼内悪性リンパ腫の報告としては,草場ら7)の自覚症状出現から約5カ月後に下方の漿液性網膜.離を生じた眼内悪性リンパ腫の症例や,山本ら8)の自覚症状出現から2カ月後に漿液性網膜.離を生じたびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の症例がある.また,木村らはわが国の眼内悪性リンパ腫症例217例について多施設研究で臨床像の検討を行い,網膜.離を2例(0.9%)に認めた,と報告している2).今回の症例は自覚症状出現から1カ月以内に漿液性網膜.離を生じており,既報に比べても急激な進行であったといえる.MTX硝子体注射治療を開始後に両眼の漿液性網膜.離は速やかに減少し,4週間後には消失した.MTX硝子体注射は眼内悪性リンパ腫に伴う漿液性網膜.離の治療に有効であった.本症のような漿液性網膜.離は眼内悪性リンパ腫ではまれであるが,硝子体混濁や黄白色の網膜下浸潤病変を伴う漿液性網膜.離の症例は眼内悪性リンパ腫の可能性がある.CNSリンパ腫が全身化学療法でいったん寛解しても,その後眼内に再発することはしばしばある.眼内悪性リンパ腫は脳播種を起こしやすいことが知られており,脳播種を起こすと生命予後は不良となりやすい9).したがって,本症のような症例では,積極的に眼内悪性リンパ腫を疑って硝子体生検を施行し,確定診断をめざす必要があると考えられた.確定診断は硝子体の細胞診にIL-10/IL-6濃度の測定や,異型リンパ球の単クローン性を免疫組織学的に証明することなどの補助的な診断を組み合わせて行われることが多い10).今回の症例では硝子体の細胞診および網膜下組織生検では確(101)定診断には至らなかったが,硝子体液のIL-10/IL-6濃度比を優先し,臨床所見を考慮したうえで眼内悪性リンパ腫と診断し,メトトレキサート硝子体注射に踏み切ったところ,著効が得られた.文献2に記載されているように,細胞診による眼内リンパ腫の検出率(44.5%)は,IL-10/IL-6ratioによる検出率(91.7%)に劣っていることがわかっている.本症例で眼内悪性リンパ腫を疑って硝子体原液を採取した際には,検体を遠心分離し,上澄みをIL-10/IL-6ratio測定に用い,沈渣を細胞診に用いるべきであった.本症例は悪性リンパ腫の既往があるものの,全身化学療法で寛解しており,今回も全身的な再発はないと診断されていた.他臓器での悪性リンパ腫の既往も眼内悪性リンパ腫を疑う重要な根拠の一つとなると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)CorriveauC,EasterbrookM,PayneD:Lymphomasimulatinguveitis(masqueradesyndrome).CanJOphthalmol21:144-149,19862)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnosticsignificanceoftheintraocularfluidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383389,20123)DeangelisLM,HormigoA:Treatmentofprimarycentralnervoussystemlymphoma.SeminOncol31:684-692,20044)PetersonK,GordonKB,HeinemannMHetal:Theclinicalspectrumofocularlymphoma.Cancer72:843-849,19935)AkpekEK,AhmedI,HochbergFHetal:Intraocularcentralnervoussystemlymphoma:clinicalfeatures,diagnosis,andoutcomes.Ophthalmology106:1805-1810,19996)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20127)草場留美子,田口千香子,吉村浩一ほか:経過中に特異な眼底所見を呈した眼内悪性リンパ腫の1例.臨眼59:17931798,20048)山本紗也香,杉田直,岩永洋一ほか:メトトレキセート硝子体注射が著効した滲出性網膜.離を伴う網膜下増殖型のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の1例.臨眼62:14951500,20089)FerreriAJ,BlayJY,ReniMetal:Relevanceofintraocularinvolvementinthemanagementofprimarycentralnervoussystemlymphomas.AnnOncol13:531-538,200210)横田真子,高瀬博,今井康久ほか:眼内悪性リンパ腫が疑われた1例に対する遺伝子解析とサイトカイン測定.日眼会誌107:287-291,2003あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016431

網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例

2015年5月31日 日曜日

738あたらしい眼科Vol.5105,22,No.3738(128)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):738.744,2015cはじめに眼内悪性リンパ腫は症状が非常に多彩であり,時として他疾患との鑑別が困難なために慢性ぶどう膜炎として治療される1).とりわけステロイド薬投与により寛解および増悪を繰り返す場合,ぶどう膜炎と誤って診断され,結果として,診断確定に至るまでに長く時間がかかる2,3).近年では,硝子体生検の際に既報4,5)にあるような補助診断〔IL(インターロイキン)-10/6比,PCR(polymerasechainreaction)による免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによるB細胞のk/l比の変異など〕を併用して,眼内悪性リンパ腫を診断することは珍しくない.今回,全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫を疑い,〔別刷請求先〕盛秀嗣:〒573-1191大阪府枚方市新町2丁目3番1号関西医科大学附属枚方病院眼科Reprintrequests:HidetsuguMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata,Osaka591-8037,JAPAN網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例盛秀嗣山田晴彦加賀郁子中道悠太髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ThreeCasesofIntraocularMalignantLymphomaDiagnosedbySubretinalTissueBiopsyHidetsuguMori,HaruhikoYamada,IkukoKaga,YutaNakamichiandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:眼内悪性リンパ腫に対して網膜下生検を施行した3症例について検討を行った.対象および方法:関西医科大学附属枚方病院において,眼内悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による診断確定ができず,網膜下生検を要した3例6眼(1例は同一眼に2回硝子体生検施行)を対象とし,生検の結果について検討を行った.結果:3例のうち,1例は精巣悪性リンパ腫の既往があり,診断が比較的容易であった.残りの2例は全身性悪性リンパ腫の既往がなかったため,診断確定に時間を要した.硝子体細胞診の陽性率は7回中3回(43%)と低く,網膜下生検の陽性率は4回中3回(75%)であった.網膜下生検を行った4眼のうち,2眼で術後に網膜.離が発生した.全例で眼内悪性リンパ腫は寛解したが,視力予後が不良な症例が多かった.結論:わが国での眼内悪性リンパ腫に対する網膜下生検の報告は少なく,リスクを伴う診断方法である.硝子体生検は陽性率が低いため,診断可確定には可能な限り補助診断を併用することが望ましい.Purpose:Toevaluatetheefficacyofsubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlym-phoma.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved3patientsdiagnosedasintraocularmalignantlymphomadur-ingtheyears2006-2013atKansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,Osaka,Japan.Allpatientsunderwentvit-rectomyandocularbiopsy.Westudiedtheefficacyandsuccessrateofdiagnosisbyreviewingthepatients’medicalrecords.Results:Onecasehadpreviouslybeendiagnosedastesticularmalignantlymphoma.Ontheotherhand,2casesshowednoaccompanyingsystemicsymptomsformalignantlymphomaandwerethuseasytodiag-noseasintraocularmalignantlymphoma.Thepositiverateofvitreous-fluidcytologywas43%,andthepositiverateofthebiopsyofsubretinaltissuewas75%.Afterthebiopsyofsubretinaltissue,retinaldetachmentoccurredin2cases.Althoughallcasesattainedremissionofmalignantlymphoma,2ofthe3casesresultedinpoorvisualacuity.Conclusions:Therehavebeenfewreportsofasubretinaltissuebiopsybeingperformedforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.Moreover,thatbiopsycansometimesleadtoseverecomplications.Thus,ourfindingssuggestthatitwouldbebettertoadministeranauxiliarydiagnosistosubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):738.744,2015〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,硝子体細胞診,網膜下生検,網膜.離,補助診断.malignantlymphoma,vitreouscystology,subretinaltissuebiopsy,retinaldetachment,auxiliarydiagnosis.738(128)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):738.744,2015cはじめに眼内悪性リンパ腫は症状が非常に多彩であり,時として他疾患との鑑別が困難なために慢性ぶどう膜炎として治療される1).とりわけステロイド薬投与により寛解および増悪を繰り返す場合,ぶどう膜炎と誤って診断され,結果として,診断確定に至るまでに長く時間がかかる2,3).近年では,硝子体生検の際に既報4,5)にあるような補助診断〔IL(インターロイキン)-10/6比,PCR(polymerasechainreaction)による免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによるB細胞のk/l比の変異など〕を併用して,眼内悪性リンパ腫を診断することは珍しくない.今回,全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫を疑い,〔別刷請求先〕盛秀嗣:〒573-1191大阪府枚方市新町2丁目3番1号関西医科大学附属枚方病院眼科Reprintrequests:HidetsuguMori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,2-3-1Shinmachi,Hirakata,Osaka591-8037,JAPAN網膜下生検を施行した眼内悪性リンパ腫3例盛秀嗣山田晴彦加賀郁子中道悠太髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ThreeCasesofIntraocularMalignantLymphomaDiagnosedbySubretinalTissueBiopsyHidetsuguMori,HaruhikoYamada,IkukoKaga,YutaNakamichiandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:眼内悪性リンパ腫に対して網膜下生検を施行した3症例について検討を行った.対象および方法:関西医科大学附属枚方病院において,眼内悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による診断確定ができず,網膜下生検を要した3例6眼(1例は同一眼に2回硝子体生検施行)を対象とし,生検の結果について検討を行った.結果:3例のうち,1例は精巣悪性リンパ腫の既往があり,診断が比較的容易であった.残りの2例は全身性悪性リンパ腫の既往がなかったため,診断確定に時間を要した.硝子体細胞診の陽性率は7回中3回(43%)と低く,網膜下生検の陽性率は4回中3回(75%)であった.網膜下生検を行った4眼のうち,2眼で術後に網膜.離が発生した.全例で眼内悪性リンパ腫は寛解したが,視力予後が不良な症例が多かった.結論:わが国での眼内悪性リンパ腫に対する網膜下生検の報告は少なく,リスクを伴う診断方法である.硝子体生検は陽性率が低いため,診断可確定には可能な限り補助診断を併用することが望ましい.Purpose:Toevaluatetheefficacyofsubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlym-phoma.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved3patientsdiagnosedasintraocularmalignantlymphomadur-ingtheyears2006-2013atKansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,Osaka,Japan.Allpatientsunderwentvit-rectomyandocularbiopsy.Westudiedtheefficacyandsuccessrateofdiagnosisbyreviewingthepatients’medicalrecords.Results:Onecasehadpreviouslybeendiagnosedastesticularmalignantlymphoma.Ontheotherhand,2casesshowednoaccompanyingsystemicsymptomsformalignantlymphomaandwerethuseasytodiag-noseasintraocularmalignantlymphoma.Thepositiverateofvitreous-fluidcytologywas43%,andthepositiverateofthebiopsyofsubretinaltissuewas75%.Afterthebiopsyofsubretinaltissue,retinaldetachmentoccurredin2cases.Althoughallcasesattainedremissionofmalignantlymphoma,2ofthe3casesresultedinpoorvisualacuity.Conclusions:Therehavebeenfewreportsofasubretinaltissuebiopsybeingperformedforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.Moreover,thatbiopsycansometimesleadtoseverecomplications.Thus,ourfindingssuggestthatitwouldbebettertoadministeranauxiliarydiagnosistosubretinaltissuebiopsyforthediagnosisofintraocularmalignantlymphoma.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):738.744,2015〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,硝子体細胞診,網膜下生検,網膜.離,補助診断.malignantlymphoma,vitreouscystology,subretinaltissuebiopsy,retinaldetachment,auxiliarydiagnosis. あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015739(129)硝子体手術・硝子体細胞診に加え,網膜下生検を施行して眼内悪性リンパ腫と確定診断ができた3例について,診療録から後ろ向きに検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は関西医科大学附属枚方病院(以下,当院)で網膜下生検により全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫と最終的に診断された3例6眼である.すべての症例で診断的治療目的のために23ゲージもしくは25ゲージ硝子体手術で硝子体混濁を除去した.その際硝子体を可能な限り集める目的で手術時の硝子体排液パック内の排液をすべて採集して細胞診を行った.病理診断はclassIV以上を陽性と判定した.また,網膜下黄白色滲出斑がみられた症例では眼内ジアテルミーで生検部位の網膜を取り囲むように焼灼したあと,20ゲージサーフロー針で網膜ならびに網膜下の細胞を吸引し,眼外に摘出したうえで組織診断を行った.【症例呈示】〔症例1〕59歳,男性.初診日:2007年9月26日.主訴:両眼の霧視.現病歴:2006年12月から両眼の霧視を認め,ぶどう膜炎を疑われ,近医眼科でステロイド点眼加療を行ったが,軽快しないために当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph+1.25D(cyl.1.00DAx80°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl.1.00DAx95°),両眼ともに軽度の白内障があった.眼底は両眼ともに軽度の硝子体混濁を認めた.既往歴:精巣悪性リンパ腫(化学療法後,寛解状態)─日時不明.経過:前医に引き続いてステロイドの点眼加療を行ったが,硝子体混濁は軽快しなかった.2008年4月には両眼の硝子体混濁が増強し,右眼の網膜下に黄白色の滲出斑が出現した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁と,特徴的な網膜下滲出斑の出現を認めたこと,精巣に悪性リンパ腫の既往があったことから,悪性リンパ腫の眼内播種を疑った.2008年4月7日に左眼硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.臨床所見から眼内悪性リンパ腫である可能性はきわめて高いと考えていたが,細胞診はクラスIIであった.同年,4月14日に右眼硝子体手術を施行した際に硝子体細胞診だけでなく,網膜下生検(図1a)も同時に施行した.硝子体液の細胞診ではクラスIVの結果を得た.網膜生検で採図1症例1a:右眼網膜下生検部の眼底写真(2008年4月14日).乳頭鼻上側で生検を行った(術後写真).b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認めた.c,d:同(免疫染色所見).CD20,79陽性であった.abcdあたらしい眼科Vol.32,No.5,2015739(129)硝子体手術・硝子体細胞診に加え,網膜下生検を施行して眼内悪性リンパ腫と確定診断ができた3例について,診療録から後ろ向きに検討を行ったので報告する.I対象および方法対象は関西医科大学附属枚方病院(以下,当院)で網膜下生検により全身性の悪性リンパ腫の眼内転移もしくは原発性眼内悪性リンパ腫と最終的に診断された3例6眼である.すべての症例で診断的治療目的のために23ゲージもしくは25ゲージ硝子体手術で硝子体混濁を除去した.その際硝子体を可能な限り集める目的で手術時の硝子体排液パック内の排液をすべて採集して細胞診を行った.病理診断はclassIV以上を陽性と判定した.また,網膜下黄白色滲出斑がみられた症例では眼内ジアテルミーで生検部位の網膜を取り囲むように焼灼したあと,20ゲージサーフロー針で網膜ならびに網膜下の細胞を吸引し,眼外に摘出したうえで組織診断を行った.【症例呈示】〔症例1〕59歳,男性.初診日:2007年9月26日.主訴:両眼の霧視.現病歴:2006年12月から両眼の霧視を認め,ぶどう膜炎を疑われ,近医眼科でステロイド点眼加療を行ったが,軽快しないために当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph+1.25D(cyl.1.00DAx80°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl.1.00DAx95°),両眼ともに軽度の白内障があった.眼底は両眼ともに軽度の硝子体混濁を認めた.既往歴:精巣悪性リンパ腫(化学療法後,寛解状態)─日時不明.経過:前医に引き続いてステロイドの点眼加療を行ったが,硝子体混濁は軽快しなかった.2008年4月には両眼の硝子体混濁が増強し,右眼の網膜下に黄白色の滲出斑が出現した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁と,特徴的な網膜下滲出斑の出現を認めたこと,精巣に悪性リンパ腫の既往があったことから,悪性リンパ腫の眼内播種を疑った.2008年4月7日に左眼硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.臨床所見から眼内悪性リンパ腫である可能性はきわめて高いと考えていたが,細胞診はクラスIIであった.同年,4月14日に右眼硝子体手術を施行した際に硝子体細胞診だけでなく,網膜下生検(図1a)も同時に施行した.硝子体液の細胞診ではクラスIVの結果を得た.網膜生検で採図1症例1a:右眼網膜下生検部の眼底写真(2008年4月14日).乳頭鼻上側で生検を行った(術後写真).b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認めた.c,d:同(免疫染色所見).CD20,79陽性であった.abcd 740あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(130)取した組織にHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色を行ったところ,クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認め(図1b),広範囲に変性壊死がみられた.さらに免疫染色を行いCD20,79aは陽性(図1c),CD3,5,10は陰性であった.病歴から精巣悪性リンパ腫の眼内転移と診断した.術後,硝子体混濁は消失し,両眼矯正視力はともに左右ともに1.0まで改善した.当院血液腫瘍内科に追加治療の相談を行ったが,眼内のみの局所病変であったために,化学療法の追加は行われなかった.手術から10カ月後の2009年2月に右眼の網膜.離を発症し,右眼の硝子体手術+メソトレキセート硝子体灌流+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.この際,胞状の可動性のある網膜.離を認めたが,眼内に増殖性変化はなく,術前の診察でも網膜裂孔は不明であった.術中に網膜裂孔が確認できなかったため,意図的裂孔を作製して眼内排液を行って,シリコーンオイルを注入した.手術半年後に眼科通院を自己中断し,その後の経過は不明であるが,中断前までは眼内悪性リンパ腫の再発は認めず,シリコーンオイル下で網膜は復位していた.最終受診時の右眼の矯正視力は0.1,左眼の矯正視力は0.4であった.〔症例2〕78歳,女性.初診日:2006年2月15日.主訴:右眼の霧視.現病歴:2006年2月に他院で左眼の白内障手術を施行され,経過は良好であったが,数カ月前から右眼の霧視が増悪し,当院を受診した.初診時所見:視力は右眼0.6(0.9×sph+0.75D(cyl.1.25DAx75°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl-0.75DAx70°),右眼は軽度の白内障,左眼は眼内レンズ挿入眼で,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.既往歴:2006年2月左眼白内障手術.家族歴:息子─喉頭癌.経過:2010年4月に右眼の白内障による視力低下を認めたために右眼の白内障手術を施行し,術後の右眼の矯正視力は1.0と良好であった.2011年9月に両眼の硝子体混濁を認め,当初ぶどう膜炎を疑って,全身精査のため血液検査,胸部X線検査を行ったが,異常所見はなかった.2011年11月,硝子体混濁の減少を期待して,右眼にトリアムシノロンのTenon.下注射を行ったが軽快せず,その後も硝子体混濁は増強し,右眼の矯正視力は0.2,左眼の矯正視力は0.7図2症例2a:右眼眼底写真.網膜下滲出斑および硝子体混濁を認めた.b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見)(2013年9月12日).壊死を伴った核/細胞質の大きい細胞塊を認めた.c:同(免疫染色所見).リンパ球系マーカーであるCD45が陽性であった.d:右眼前眼部写真(2014年1月28日).虹彩ルベオーシス,虹彩外反,角膜浮腫を認めた.abcd(130)取した組織にHE(ヘマトキシリン・エオジン)染色を行ったところ,クロマチン密度の高い大型核を有する核/細胞質比の大きい異型細胞塊を認め(図1b),広範囲に変性壊死がみられた.さらに免疫染色を行いCD20,79aは陽性(図1c),CD3,5,10は陰性であった.病歴から精巣悪性リンパ腫の眼内転移と診断した.術後,硝子体混濁は消失し,両眼矯正視力はともに左右ともに1.0まで改善した.当院血液腫瘍内科に追加治療の相談を行ったが,眼内のみの局所病変であったために,化学療法の追加は行われなかった.手術から10カ月後の2009年2月に右眼の網膜.離を発症し,右眼の硝子体手術+メソトレキセート硝子体灌流+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.この際,胞状の可動性のある網膜.離を認めたが,眼内に増殖性変化はなく,術前の診察でも網膜裂孔は不明であった.術中に網膜裂孔が確認できなかったため,意図的裂孔を作製して眼内排液を行って,シリコーンオイルを注入した.手術半年後に眼科通院を自己中断し,その後の経過は不明であるが,中断前までは眼内悪性リンパ腫の再発は認めず,シリコーンオイル下で網膜は復位していた.最終受診時の右眼の矯正視力は0.1,左眼の矯正視力は0.4であった.〔症例2〕78歳,女性.初診日:2006年2月15日.主訴:右眼の霧視.現病歴:2006年2月に他院で左眼の白内障手術を施行され,経過は良好であったが,数カ月前から右眼の霧視が増悪し,当院を受診した.初診時所見:視力は右眼0.6(0.9×sph+0.75D(cyl.1.25DAx75°),左眼0.7(1.2×sph+1.00D(cyl-0.75DAx70°),右眼は軽度の白内障,左眼は眼内レンズ挿入眼で,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.既往歴:2006年2月左眼白内障手術.家族歴:息子─喉頭癌.経過:2010年4月に右眼の白内障による視力低下を認めたために右眼の白内障手術を施行し,術後の右眼の矯正視力は1.0と良好であった.2011年9月に両眼の硝子体混濁を認め,当初ぶどう膜炎を疑って,全身精査のため血液検査,胸部X線検査を行ったが,異常所見はなかった.2011年11月,硝子体混濁の減少を期待して,右眼にトリアムシノロンのTenon.下注射を行ったが軽快せず,その後も硝子体混濁は増強し,右眼の矯正視力は0.2,左眼の矯正視力は0.7図2症例2a:右眼眼底写真.網膜下滲出斑および硝子体混濁を認めた.b:右眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見)(2013年9月12日).壊死を伴った核/細胞質の大きい細胞塊を認めた.c:同(免疫染色所見).リンパ球系マーカーであるCD45が陽性であった.d:右眼前眼部写真(2014年1月28日).虹彩ルベオーシス,虹彩外反,角膜浮腫を認めた.abcd と低下した.ステロイド治療に抵抗する硝子体混濁で,高齢独居のため早期に視力回復が期待されたことから,原発性眼内悪性リンパ腫の可能性を考えて,2011年12月12日に右眼,同年12月21日に左眼の硝子体切除術および硝子体細胞診を施行した.ともに細胞診はクラスIIであった.同時に,当院血液腫瘍内科に依頼して全身状態のチェックならびに頭部CT(コンピュータ断層撮影)検査,血液検査を行ったが,悪性リンパ腫を示唆する全身的所見はみつからなかった.術後,両眼ともに硝子体混濁は消失し,右眼の矯正視力は0.8,左眼の矯正視力は1.2と改善した.ところが,2013年7月に右眼の特徴的な網膜下黄白色滲出斑および硝子体混濁(図2a)を認めたため,悪性リンパ腫の再燃を疑って2013年9月に右眼硝子体手術および硝子体細胞診,網膜下生検を施行した.細胞診ではクラスIVの結果が得られた.網膜下生検で採取した組織にHE染色を行うと,凝固壊死を伴った核/細胞質比の大きい細胞塊を認め(図2b),免疫染色ではCD45(leukocytecommonantigen)陽性であった(図2c).以上の所見から,原発性眼内悪性リンパ腫と確定診断した.治療の選択肢として全身化学療法,眼局所への放射線照射,メソトレキセート硝子体腔内投与を考えたが,当院血液腫瘍内科と協議した結果,全身化学療法を施行することになり,2013年10月から関連病院において,R-CHOP(rituximab,cyclophosphamide,adriamycin,vincristine,predonisone)が開始された.関連施設に入院中に右眼に血管新生緑内障(図2d)を発症し,2014年1月の当科再診時にはすでに右眼は失明していた.この際,右眼は強い角膜浮腫と前房内にニボー形成を伴う前房出血,ぶどう膜外反,虹彩ルベオーシスを認め,眼圧は34mmHgで眼底は透見できなかった.左眼の硝子体混濁は消失し,網膜は軽度に萎縮がみられるものの滲出斑もなかった.このことから悪性リンパ腫については寛解していると判断した.左眼の矯正視力は1.2であった.〔症例3〕76歳,女性.初診日:2008年2月4日.主訴:右眼の視力低下.既往歴:副鼻腔炎.現病歴:右眼の視力低下を主訴に近医眼科を受診し,右眼の白内障を指摘されていた.2008年2月に白内障手術目的に当科へ紹介された.初診時所見:視力は右眼0.03(0.3×sph.4.50D(cyl.2.25DAx45°),左眼0.9(1.2×sph+0.75D(cyl.1.00DAx120°),右眼は後.下混濁を伴う白内障,左眼は軽度の白内障があったが,眼底は両眼ともに異常所見を認めなかった.経過:2008年5月に右眼の白内障手術を施行し,術後右眼の矯正視力は1.0に回復した.2012年4月,急に左眼の視力低下を自覚し,左眼の矯正視力は0.4に低下した.中心(131)フリッカー値の低下(22Hz),Mariotte盲点の拡大(図3a),視神経乳頭の発赤・腫脹(図3b)を認めたため,左眼特発性視神経炎と診断した.副鼻腔炎を併発していたことから,その増悪を危惧して大量ステロイド療法は回避し,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を施行した.その後,視神経乳頭の発赤・腫脹は速やかに消失し,左眼の矯正視力は0.8に回復した.2012年7月に,右眼の硝子体混濁による視力低下(矯正視力0.5)を認めた.トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行い,硝子体混濁は速やかに消失し,矯正視力1.0に回復した.2013年3月に右眼硝子体混濁と特徴的な網膜下黄白色滲出斑の出現を認めた.これまでにステロイドに反応する硝子体混濁がありぶどう膜炎として治療したが,典型的所見を認めたことから,原発性眼内悪性リンパ腫を強く疑った.右眼の矯正視力は0.1まで低下していたこと,息子が身体障害者で世話をみる必要があったことから,速やかな視力回復と診断確定が必要であり,2013年3月12日に右眼の硝子体切除術および硝子体細胞診,網膜下生検を施行した.細胞診,組織診ともにクラスIIであった.一方,左眼はとくに硝子体混濁や網膜病変がみられなかった.左眼の矯正視力は0.4に低下していたが,白内障によるものと考えられたため,このときには白内障手術のみを行い,症状は改善した.2013年6月,左眼の硝子体混濁による視力低下を認め,左眼硝子体切除術および硝子体細胞診,網膜下生検(図3c)を施行した.細胞診はクラスIVであった.網膜下生検で採取した組織のHE染色では,腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認め(図3d),免疫染色では,CD10,20,79a陽性,CD3,5陰性であった(図3e).以上から,びまん性大細胞型Bリンパ球悪性リンパ腫と確定診断した.2013年7月に網膜下生検部にできた網膜欠損部の周囲に腫瘍細胞が増殖し,網膜裂孔が再開し,左眼の裂孔原性網膜.離を発症した.そのため,2013年7月25日に左眼硝子体手術+シリコーンオイルタンポナーデを施行し,網膜は復位した.血液腫瘍内科と協議した結果,局所療法は行わず,2013年8月から関連病院で全身化学療法(R-CHOP)が開始された.化学療法後,両眼とも徐々に眼底の滲出斑は消失し,強い網脈絡膜萎縮を残して,眼内悪性リンパ腫は寛解した(図3f).右眼視力は20cm指数弁,左眼視力は眼前手動弁と視力は不良となった.II考按眼内悪性リンパ腫は臨床像が非特異的なぶどう膜炎として治療されることが多い.以前までは稀な疾患として考えられてきたが,診断技術などの進歩により,近年その頻度は上昇傾向にある.2001年では眼内悪性リンパ腫はぶどう膜炎全体の1%を占めたが,2009年には全体の2.5%との報告がある6).眼内悪性リンパ腫は中枢神経で発生する全身性悪性リあたらしい眼科Vol.32,No.5,2015741 742あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(132)abcdeeeff図3症例3a:左眼Goldmann動的視野検査(2012年4月19日).Mariotte盲点の拡大を認めた.b:左眼視神経炎発症時の眼底写真(2012年4月19日).視神経乳頭の発赤腫脹を認めた.c:左眼網膜下生検部の眼底写真(2013年6月11日).眼内レーザーで囲まれた中央の組織を生検した.d:左眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認めた.e:同(免疫染色所見).CD10,20,79陽性であった.f:全身化学療法後半年後の両眼眼底写真.硝子体混濁,滲出斑は消失した.(132)abcdeeeff図3症例3a:左眼Goldmann動的視野検査(2012年4月19日).Mariotte盲点の拡大を認めた.b:左眼視神経炎発症時の眼底写真(2012年4月19日).視神経乳頭の発赤腫脹を認めた.c:左眼網膜下生検部の眼底写真(2013年6月11日).眼内レーザーで囲まれた中央の組織を生検した.d:左眼網膜下生検時の組織診(HE染色所見).腫瘍壊死および核不整が強い大型リンパ球を認めた.e:同(免疫染色所見).CD10,20,79陽性であった.f:全身化学療法後半年後の両眼眼底写真.硝子体混濁,滲出斑は消失した. 表1症例のまとめ悪性リンパ腫視力視力硝子体網膜下症例患眼の既往(初診時)(最終受診時)細胞診生検+右)1.2右)0.1右)クラスIV右)陽性1両眼(精巣)左)1.2左)0.4左)クラスII(術後,網膜発症)右)クラスII2両眼.右)0.9左)1.2右)光覚(.)左)1.2(2回目の手術でクラスIV右)陽性左)クラスII右)0.3右)20cm指数弁右)クラスII左)陽性3両眼.左)1.2左)眼前手動弁左)クラスIV(術後,網膜発症)ンパ腫が眼内転移したものと,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫の2群に大別される7).全身性悪性リンパ腫の転移の場合はほとんどが眼窩,結膜下,涙腺など眼球外組織への播種であり,眼内への転移は18%の報告があり,比較的少ない8).また,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫では眼先行型が多く9),眼所見もステロイド薬により寛解する非特異的慢性ぶどう膜炎所見を呈するために,早期診断が非常にむずかしい.そのため,眼内悪性リンパ腫の確定診断には病理学的検索が必須である4).しかしながら,硝子体細胞診による検出率は決して高くない.本報告でも硝子体細胞診の陽性率は43%(7回中3回)に留まった.硝子体細胞診がむずかしい要因として,硝子体内の浸潤リンパ球に占める異型リンパ球がもともと少なく腫瘍細胞が壊死しやすい性質をもっていること,すでに投与されていたステロイド薬がリンパ球系細胞を融解し,腫瘍細胞の活性を低下させること,硝子体カッターによる吸引や標本作製過程で腫瘍細胞にアーチファクトを生じることが診断率を下げていると過去の文献でも述べられている3,10,11).また,組織診には経網膜的網膜下生検や経強膜的網脈絡膜生検があり10,12),本報告のように経網膜的網膜下生検で確定診断された報告はわが国では少ない10).おそらく,手技がむずかしいことや術後に網膜.離を生じる可能性が高いこと10)が理由として考えられる.実際に筆者らの症例の4眼中2眼(50%)で生検後に網膜.離を認めた.網膜.離を生じた原因としては,生検部位に腫瘍細胞が残存,増殖して裂孔が再開し(症例3),腫瘍細胞が分泌したさまざまなサイトカインによって,滲出性網膜.離を生じた可能性(症例1)が考えられた.今回の3症例のまとめを表1に示す.6眼中5眼において,最終視力が非常に不良であった.腫瘍浸潤が黄斑部に及んだ影響ならびに術後網膜.離を発症したことによるものと考えられた.このように硝子体細胞診での陽性率が低く,網膜下生検はリスクの高い診断方法と考えられることから,近年,眼内液中のサイトカイン(IL-10,IL-6)の測定,PCRによる免疫グロブリンH遺伝子再構成,フローサイトメトリーによる(133)B細胞のk/l比の変異などなどが補助診断として使われている5,13).補助診断の感度は83.100%と非常に高く,診断に有用な検査である2,14)が,過去には補助診断で偽陽性・偽陰性に出たケース2)も報告されており,補助診断が必ずしも眼内悪性リンパ腫の確実な診断方法ではない.本症例でも補助診断を併用して確定診断を行い,中枢神経系病変の合併率が高い,8)眼内悪性リンパ腫に対して,内科による全身治療を依頼する予定であった.しかし,臨床所見から眼内悪性リンパ腫の可能性が高いと判断をしても,当院の血液腫瘍内科は補助診断の偽陽性・陰性となるリスクをおそれて,硝子体生検による細胞診が陰性の場合はあくまで生検によって組織型が可能な限り判別できなければ全身治療を開始しないという治療方針であったために,患者治療費負担も考慮して行わなかった.また,症例2では化学療法中に血管新生緑内障を認め,失明という結果を招いた.Sullivan,松井らは眼内悪性リンパ腫から血管新生緑内障を発症した症例について報告15,16)しているが,これら2症例とも全身性の悪性リンパ腫が眼内に転移した症例であり,転移した悪性腫瘍細胞が強い前眼部炎症を誘発したことによるものと述べている.本症例のように眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫による血管新生緑内障を発症した症例は非常に稀といえる.眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫が眼内に新生血管を誘導することは一般的ではなく,悪性リンパ腫自身に血管新生能力が有するかどうかはわかっていないことから,本症例において血管新生緑内障を生じた原因は不明だが,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの血管新生因子が腫瘍細胞から産生されていた可能性がある17).今回筆者らが経験したように,生検での確定診断はときとしてむずかしい.とくに網膜下生検は生検後に網膜.離を合併するリスクを伴う.その意味で今後はあえて硝子体細胞診での陽性率が44.5%5),網膜下生検での陽性率が50%18)と陽性率の高くない生検にこだわらず,問題点はあるものの,IL-10/IL-6比が1以上である確率が91.7%5),PCRによる免疫グロブリンH遺伝子再構成の検出率が80.6%5)と眼内悪性リンパ腫と診断できる感度が高い補助診断を積極的に活あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015743 用するべきであると考える.こうした補助診断の有用性について共観する血液腫瘍内科医に働きかける一方で,細胞診・組織診そのものの確実性を高め,少しでも確実に陽性と判断して治療開始時期を早める必要がある.眼内のみの局所病変であれば,近年メソトレキセート,リツキシマブの硝子体腔内投与を行い,軽快した報告例19.21)も増えている.眼内のみの局所病変の症例では生検結果が陰性であっても,臨床経過および補助診断から眼内悪性リンパ腫がきわめて疑わしい状態で,全身の他部位に病変がないなら,積極的に局所治療を行ってみるのがよい.そうすれば,少しでも治療開始時期を早め,視力予後を改善することができると思われる.ただし,局所投与のみで軽快したとする報告例もある一方で,原発性眼内悪性リンパ腫では高頻度に中枢神経系病変を合併する9)といわれており,可能な限り予防的に全身化学療法を行って,生命予後の改善に努めていくことが重要であると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SagooMS,MehtaH,SwampillaiAJetal:Primaryintraocularlymphoma.SurvOphthalmol59:503-516,20142)平形明人,稲見達也,斉藤真希ほか:眼内悪性リンパ腫における硝子体インターロイキン-10,インターロイキン6の診断的価値.眼紀54:820-826,20033)WhitcupSM,deSmetMD,RubinBIetal:Intraocularlymphoma.Clinicalandhistopathologicdiagnosis.Ophthalmology100:1399-1406,19934)太田亜紀,海老原伸行,平塚義宗ほか:眼内悪性リンパ腫診断における硝子体生検の重要性.日眼会誌110:588593,20065)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnosticsignificanceoftheintraocularfluidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383389,20126)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20127)後藤浩:眼内悪性リンパ腫─Intraocularlymphoma─.臨眼50:161-170,20088)CorriveauC,EasterbrookM,PayneD:Lymphomasimulatinguveitis(masuqueradesyndrome).CanJOphthalmol21:144-149,19869)木村圭介,後藤浩:眼内悪性リンパ腫28例の臨床像と生命予後の検討.日眼会誌112:674-678,200810)横田怜二,星和栄,堀田一樹:中枢神経系悪性リンパ腫眼内転移の確定診断に網膜下生検が有用であった1例.臨眼65:827-832,200711)CharDH,LjungBM,MillerTetal:Primaryintraocularlymphoma(ocularreticulumcellsarcoma)diagnosisandmanagement.Ophthalmology95:625-630,198812)田中麻以,後藤浩,竹内大ほか:眼内悪性リンパ腫の診断におけるサイトカイン測定の意義.眼紀52:392-397,199913)石井茂充,臼井嘉彦,松永芳径ほか:視神経乳頭炎と網膜血管炎を主徴とした眼内悪性リンパ腫の1例.日眼会誌115:910-915,201014)ChanCC,BuggageRR,NassemblattRB:Intraocularlymphoma.CurrOpinOphthalmol13:411-418,200215)松井敬子,鎌尾知行,安積淳:血管新生緑内障で初診した転移性眼内悪性リンパ腫の1例.日眼会誌109:434439,200716)SullivanSF,DallowRI:Intraocularreticulumcellsarcoma:Itsdramaticresponsetosystemicchemotherapyandangiogenicpotential.AnnOphthalmol9:401-406,197717)KimMK,SuhC,ChiHSetal:VEGFAandVEGFR2geneticpolymorphismsandsurvivalinpatientswithdiffuselargeBcelllymphoma.CancerSci103:497-503,201218)ShieldsJA,ShieldsCL,EhyaHetal:Fine-needleaspirationbiopsyofsuspectedintraoculartumors.Ophthalmology100:1677-1684,199319)FrenkelS,HendlerK,SiegalTetal:Intravitrealmethotrexatefortreatingvitreoretinallymphoma:10yearsofexperience.BrJOphthalmol92:383-388,200820)OhguroN,HashidaN,TanoY:Effectofintravitreousrituximabinjectionsinpatientswithrecurrentocularlesionsassociatedwithcentralnervoussystemlymphoma.ArchOphthalmol126:1002-1003,2008***(134)