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増殖糖尿病網膜症の硝子体手術術後に発生した 後発白内障に前部硝子体切除を行い眼内炎を発症した1 例

2024年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科41(4):449.451,2024c増殖糖尿病網膜症の硝子体手術術後に発生した後発白内障に前部硝子体切除を行い眼内炎を発症した1例齋藤了一高松赤十字病院眼科CACaseofEndophthalmitisfollowingAnteriorVitrectomytoTreataDenseCataractafterVitrectomyandCataractSurgeryinaProliferativeDiabeticRetinopathyPatientAkiraSaitohCTakamatsuRedCrossHospitalC背景:混濁が非常に強い後発白内障に対し,前部硝子体切除(anteriorvitrectmy:Avit)を行い眼内炎を発症した非常にまれなC1例を経験したので報告する.症例:52歳,女性.増殖糖尿病網膜症に対する硝子体・白内障同時手術後に混濁が非常に強い後発白内障が発症した.後発白内障に対してCAvitを行ったところ術後に眼内炎を発症した.即時に抗菌薬灌流下で硝子体切除術を行い良好な予後が得られた.本例は手術施行時の血糖コントロールは比較的不良であった.結論:後発白内障の混濁が非常に強い症例でCAvitを施行する場合には感染のリスクを考慮して血糖コントロールを含めた慎重な対応が必要であると考えられた.CPurpose:Toreportararecaseofpostoperativeendophthalmitisfollowinganteriorvitrectomyforalate-onsetposteriorcataractwithsevereopacity.Case:Thisstudyinvolveda52-year-oldfemaleinwhomaposteriorcata-ractwithsevereopacitydevelopedaftersimultaneousvitreousandcataractsurgeryforproliferativediabeticreti-nopathy.Sinceendophthalmitisdevelopedafewdaysafteranteriorvitrectomyforthesecondarycataract,vitrecto-myCwasCimmediatelyCperformedCunderCantibioticCirrigation,CandCtheCpatientChadCaCgoodCprognosis,CalthoughCtheCpatienthadrelativelypoorglycemiccontrolatthetimeofsurgery.Conclusion:Whenanteriorvitrectomyisper-formedinapatientwithasecondarycataractwithverysevereopacity,carefulmeasures,includingbloodglucosecontrol,arenecessaryduetotheriskofinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(4):449.451,C2024〕Keywords:眼内炎,後発白内障,前部硝子体切除,血糖コントロール.endophthalmitis,aftercataract,anteriorvitrctomy,bloodsugarcontrol.Cはじめに糖尿病患者は,多核好中球の遊走能,接着能,貪食能,殺菌能が低下しており,とくに血糖コントロールが不良の場合は感染を惹起しやすい.硝子体手術後の眼内炎の発生頻度はC0.03.0.05%で比較的まれな疾患である.一方CNd:YAGlaser後.切開術後の眼内炎発生率は症例報告が散見するだけの非常にまれな疾患である1.5).今回筆者らは増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticretinopathy:PDR)に硝子体・白内障同時手術(vitrectomy+PEA+IOL)施行後に発生した後発白内障に対し,前部硝子体切除(anteriorvitrectomy:Avit)を行い眼内炎を発症したC1例を経験したので報告する.CI症例52歳,女性,持病はC2型糖尿病.PDRにて視力低下をきたしC2008年C6月髙松赤十字病院眼科紹介となる.初診時所見:視力は右眼(0.7),左眼(0.4).右眼眼底に多数の網膜新生血管を認め,さらに硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)がみられた.左眼眼底には視神経乳頭鼻〔別刷請求先〕齋藤了一:〒760-0017香川県高松市番町C4-1-3高松赤十字病院眼科Reprintrequests:AkiraSaitoh,M.D.,TakamatsuRedCrossHospital,4-1-3Ban-cho,Takamatsu-shi,Kagawa-ken760-0017,CJAPANC0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(83)C449図1後発白内障に前部硝子体切除を施行する直前の前眼部水晶体上皮細胞の増殖を伴う液状後発白内障を認めた.側に牽引性網膜.離が,後極部に増殖膜が,下方にCVHがみられた.2008年C4.6月に両眼に汎網膜光凝固を施行.その後両眼のCVH増加し右眼視力(0.01),左眼視力(指数弁)に低下した.2008年C11月,右眼CPEA+IOL+vitrectomy+レーザー追加を施行した.このときCHbA1cはC5.6%と良好であった.また,2011年C6月,左眼CPEA+IOL+vitrectomy+レーザー追加を施行.このときもCHbA1cはC6.4%と良好であった.2013年C12月時点で右眼(1.5),左眼(1.2)と経過良好であった.術C10年後のC2018年C8月に右眼視力低下自覚し,矯正視力(0.7)と低下し水晶体上皮細胞の増殖を伴う液状後発白内障を認めた.通常のCNd:YAGレーザーでは治療困難であると判断したため,2018年C8月右眼CAvitを施行した(図1).術後点眼にモキシフロキサシンとベタメサゾンを使用した.このときCHbA1cはC7.2%で食後C3時間血糖C252Cmg/dlと血糖(BS)コントロールは不良であった.術C4日後から右眼の視力低下,眼痛を自覚.術後C5日目に当科受診.右眼に毛様充血,Descemet膜皺襞,前房蓄膿とフィブリン析出がみられて眼底透見不能であった.術後眼内炎と診断した.香川大学眼科に加療をお願いした.同日右眼前房洗浄+vitrectomy(セフタジムとバンコマイシン灌流下で施行).なお,術中採取した硝子体の培養結果では菌は検出されなかった.この際硝子体内の混濁は強かったが網膜所見は大きな異常は認められなかった.術後点眼はバンコマイシン・モキシフロキサシン・ベタメサゾン・セフメノキシムを用いた.術後経過良好でC2022年C11月現在で矯正視力は右眼(1.2),左眼(1.2)であった.II考按糖尿病患者は,多核好中球の遊走能,接着能,貪食能,殺菌能が低下しており,とくに血糖コントロールが不良の場合は感染を惹起しやすい(易感染性).今回両眼の初回手術ではCHbA1c(5.6%,6.3%)は比較的良好であった.感染の発端となった右眼CAvit施行時はCHbA1c7.2%で食後C3時間CBS252Cmg/dlと血糖コントロールは不良であった.周術期CBSコントロールについて文献的に下記のような記載がみられる.1)長期間のCBSを反映するCHbA1cは単独では術後感染症の予測因子とはならない.より重要なのは手術前後の比較的短期間のCBS管理である(谷岡ら)6).2)術前コントロールの目標としては空腹時CBS100.140Cmg/dlもしくは食後CBS160.200Cmg/dl.HbA1cは術直前のCBSコントロールを正確に反映しないと留意する.空腹時CBS200Cmg/dl以上,食後CBS300Cmg/dl以上,尿ケトン体+なら延期すべき.(「糖尿病専門医研修ガイドブック」第C8版)7)後発白内障の場合手術の緊急性はないため,内分泌内科に依頼しより厳密なコントロール下で行うべきであると考えられた.硝子体手術後眼内炎の疫学に関する文献ではCParkJCら8)がCUKでC2年間に行われたC8,443例のCprospectivestudyがあり.このうちC28例に眼内炎の発症(0.033%)がみられた.さらにさまざまなリスクファクターについてCcontrolと比較している.単変量解析で有意差(危険率C0.05未満)があったのはCimmunosuppression(p=0.023),ステロイド点眼投与(p<0.001,ステロイド全身投与(p=0.043),眼科濾過手術(p=0.008),糖尿病網膜症によるCVH(p=0.011)などであった.なお非糖尿病性のCVHは有意でなかった(p=0.37).有意差なしのおもなものとしては糖尿病の罹患(p=0.078),Surgeongrade(p=0.25).さらに多変量解析の結果では有意差があったのはCimmu-nosuppression(p=0.001),ステロイド点眼投与(p<0.001)のみであった.糖尿病の罹患の有無も血糖コントロールが好であればリスクファクターとはいえない結果となった.Nd:YAGlaser後.切開でおきた眼内炎は症例報告が散見されるがまれである.レーザー施行から発症までの期間はC1日.2週と報告されており起炎菌としてはCP.acnes,Strep-tococcusintermedius,Canditaalbicansなどの弱毒菌があげられている.早期の硝子体手術で予後は良好とされている.発生機序としては水晶体.内には抗生物質・免疫能が届きにくいため手術後に嫌気性菌が眼内レンズ周囲の.内に長期間にわたり生息しており,レーザー照射時に水晶体.内に生息していた弱毒菌が前房内や硝子体中に散乱して発症すると考450あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024(84)えられている.今回術前に培養がなされておらず,術中検体の培養結果も陰性であったが,発症がCNd:YAGlaserに準ずるものか,術中の術創からの感染なのかは培養では不明であった.本症例では後発白内障の混濁が強く通常のCNd:YAGlaserでは混濁の除去が困難であると考え硝子体手術で除去を行った.今回起炎菌は不明であったが.手術操作時に前房内,硝子体内に水晶体.内の菌を拡散させ眼内炎を発症し,また,無硝子体眼であるため硝子体混濁は強いが網膜の病変が軽微であった可能性が考えられた.とくに術前後のCBSコントロールに留意し内分泌内科と密に連携すべきであると考えられた.CIII結語後発白内障の混濁が非常に強い症例ではCAvit時にCNd:CYAGlaser施行時と同様の機序で眼内炎を発症する可能性があると考えられた.Nd:YAGlaserを行う場合もCAvitを施行する場合でも感染のCriskを考慮して血糖コントロール,インフォームド・コンセントを含めた慎重な対応が必要であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)CarlsonCAN,CKochDD:EndophthalmitisCfollowingNd:CYAGClaserCposteriorCcapsulotomy.COphthalmicCSurgC19:C168-170,C19882)TetzCMR,CAppleCDJ,CPriceCFWCJrCetal:ACnewlyCde-scribedCcomplicationCofCneodymium-YAGClaserCcapsuloto-my:exacerbationCofCanCintraocularCinfection.CArchCOph-thalmolC105:1324-1325,C19873)板谷慶子,船田雅之,飴谷有紀子ほか:YAGレーザー後発白内障切開後に眼内炎がみられたC1例.臨眼C53:1008-1012,C19994)江島哲至,菅井滋,高木郁江ほか:後発白内障を契機に発症した両眼の細菌性眼内炎のC1例.臨眼C51:957-959,C19975)西悠太郎:Nd:YAGレーザーを用いた後.混濁の後.切開術.あたらしい眼科34:167-171,C20176)谷岡信寿:総論糖尿病と外科手術.臨床外科C77:30-33,C20227)日本糖尿病学会:周術期管理の実際.糖尿病専門医研修ガイドブック第C8版,p411-414,C20208)ParkCJC,CRamasamyCB,CShawCSCetal:ACprospectveCandCnationwideCstudyCinvestingCendoophthalmitisCfollowingCparsplanaCvitrctomy:incidenceCandCriskCfactors.CBrJOphthalmolC98:529-533,C2014***(85)あたらしい眼科Vol.41,No.4,2024C451

角膜移植・濾過手術既往眼に眼内炎を発症した1 例

2022年8月31日 水曜日

《第32回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科39(8):1119.1124,2022c角膜移植・濾過手術既往眼に眼内炎を発症した1例山中碧*1,2赤木忠道*1,3高橋綾子*1須田謙史*1亀田隆範*1池田華子*1三宅正裕*1長谷川智子*1辻川明孝*1*1京都大学大学院医学研究科眼科学教室*2京都桂病院眼科*3新潟大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野生体機能調節医学専攻感覚統合医学講座視覚病態学分野CACaseofEndophthalmitisAfterPenetratingKeratoplastyandTrabeculectomyMidoriYamanaka1,2)C,TadamichiAkagi1,3)C,AyakoTakahashi1),KenjiSuda1),TakanoriKameda1),HanakoO.Ikeda1),MasahiroMiyake1),TomokoHasegawa1)andAkitakaTsujikawa1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,GraduateSchoolofMedicine,KyotoUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoKatsuraHospital,3)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversityC目的:角膜移植・濾過手術後の唯一眼に眼内炎を発症した症例を報告する.症例:58歳,男性,両眼角膜変性症に対して全層角膜移植術の既往がありC16年前に両眼続発緑内障に対して濾過手術を施行されていた.X年末より感冒症状があり翌年C1月C2日に右眼霧視の増悪を自覚し京都大学医学部附属病院眼科を受診した.右眼視力は手動弁,左眼は光覚なし,右眼眼圧C10CmmHg.耳上側に無血管性の濾過胞とその周囲に強い結膜充血を認め,著明な角膜混濁のため前房内や眼底は透見不能だった.濾過胞感染と診断し,抗菌薬治療を開始するも超音波検査で硝子体混濁が増悪したためC1月C4日・9日に内視鏡併用硝子体手術を施行した.内視鏡下では虹彩の表面と網膜前面に多量のフィブリンを認めた.術後眼内炎は鎮静を得られ術後C3カ月時には右眼矯正視力はC0.08に改善した.結論:本症例では角膜混濁のために感染の波及範囲を把握することに難渋したが,眼内内視鏡併用硝子体手術により眼内炎の鎮静を得られた.CPurpose:Toreportacaseofendophthalmitisthatoccurredafterpenetratingkeratoplasty(PKP)andtrabec-ulectomy(TLE)C.Case:Thiscaseinvolveda58-year-oldmalewithahistoryofbilateralPKPforcornealdystro-phyandTLEforsecondaryglaucomawhopresentedattheendofayearwiththeprimarycomplaintofblurredvisioninhisrighteye(theonlyeyewithvision)followingcoldsymptomsandfever.Theobservedischemicblebwithconjunctivalhyperemiasuggestedblebinfection.Theposteriorsegmentoftheeyecouldnotbeobservedduetocornealopacity.Despitetreatmentwithanintravitrealantibioticinjection,theechointensityinthevitreouspro-gressed.CEndoscopicCvitrectomyCperformedConCJanuaryC4,CrevealedCmassiveC.brinConCtheCirisCandCretina.CAtC3-monthsCpostoperative,CtheCinfectionCwasCcontrolledCandCvisualCacuityChadCimprovedCtoC0.08.CConclusion:Endo-scopicvitrectomyisausefulmethodforthetreatmentofendophthalmitisreultingfromblebitiswithcornealopaci-ty.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(8):1119.1124,C2022〕Keywords:濾過胞感染,角膜混濁,眼内炎,眼内内視鏡.blebinfection,cornealopacity,endophthalmitis,endo-scopicvitrectomy.Cはじめに全層角膜移植術の術後は,周辺虹彩前癒着や移植片に対する拒絶反応防止のためのステロイド使用などにより眼圧が上昇し,続発緑内障を発症するリスクがある1,2).緑内障に対する手術治療ではステロイドの影響が大きい患者などでは線維柱帯切開術などの流出路再建術が奏効することもあるが,実際には濾過手術を要することも少なくない3).濾過手術後の感染は視機能予後に大きく影響する重篤な合併症であるが,線維柱帯切除術後に濾過胞感染を発症する確率はC5年間でC2.2%,あるいはC10年間でC2%と報告されており,まれならず発症しうることに注意が必要である4,5).一方で,角膜混濁の高度な症例で濾過胞感染が疑われた場合,眼内への炎〔別刷請求先〕須田謙史:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町C54京都大学大学院医学研究科眼科学教室Reprintrequests:KenjiSuda,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine,54Kawahara-cho,Shogoin,Sakyo-ku,Kyoto606-8507,JAPANC図1初診時の右眼前眼部および超音波Bモード所見a:初診日の前眼部所見.角膜および前房内は混濁していた.Cb:初診日の眼球結膜所見.耳上側に無血管性の濾過胞を認め,周囲は強い充血を認めた.Cc:初診日の超音波CBモード所見.軽度の硝子体混濁を認めた.Cd:初診C2日後の超音波CBモード所見.後極部に高輝度な膜様構造物を認めた.症波及を正確に診断することがむずかしいことが問題点としてあげられる.今回,角膜移植後の唯一眼に施行された線維柱帯切除術後に眼内炎を発症した患者を経験したので報告する.CI症例患者:58歳,男性.主訴:右眼霧視,右眼視力低下.現病歴:小児期より両眼角膜変性症があり,両眼とも複数回の全層角膜移植術の既往があった.25年前に右眼に白内障手術が施行され右眼無水晶体眼となった.16年前に両眼の続発緑内障に対して線維柱帯切除術が施行されたが,左眼は眼圧コントロール不良でC9年前に光覚なしとなっていた.右眼は無水晶体眼用コンタクトレンズを日常装用しており,近医にて定期的に通院加療中であった.右眼矯正視力はC0.2であった.X年C12月C27日頃より感冒症状,発熱がありCX+1年C1月C2日に右眼霧視の増悪を自覚し急病診療所を受診し即日京都大学医学部附属病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.当科初診時現症:右眼視力は手動弁,右眼眼圧はC10mmHgであった.角膜には混濁と著明な結膜血管の侵入を認め,前房内にはフィブリンと思われる混濁を認めた.耳上側に無血管性の濾過胞とその周囲に強い結膜充血を認め(図1a,b),濾過胞からは房水の漏出を認めた.著明な角膜混濁のため眼底は透見不能であり,超音波CBモード検査では軽度の硝子体混濁を認めた(図1c).血液検査では白血球数は8,070/μl(好中球C79%),CRP6.1Cmg/dlと高値を認め,プロカルシトニン弱陽性(0.062Cng/ml)だった.経過:濾過胞感染を疑い眼脂,前房水,血液より検体を採取し培養に提出した後,バンコマイシン塩酸塩(VCM,10図2内視鏡併用硝子体手術中の眼内所見a:初回手術時の前房内所見.内視鏡下では虹彩の表面に多量のフィブリンを認めた(C.).b:初回手術時の眼底所見.網膜前面にも多量のフィブリンを認めた.Cc:再手術時の広角眼底観察システム下での前眼部所見.Cd:再手術時の広角眼底観察システム下での眼底所見.硝子体腔に多量のフィブリンを認めた.前房内のフィブリンを除去することにより,広角眼底観察システムでも後極部は観察可能となった.視神経乳頭の色調は良好であった.e:再手術時の内視鏡下での周辺部網膜所見.一部の網膜血管の白線化を認めた.mg/ml,0.1Cml),セフタジジム水和物(CAZ,20Cmg/ml,0.1Cml)の前房内注射を行いモキシフロキサシン塩酸塩,セフメノキシム塩酸塩のC1時間おきの点眼およびCVCM1g/日,CCAZ1g×2/日の静脈内投与を開始した.しかしC2日後(1月C4日)の超音波CBモード検査で硝子体腔内のエコー輝度の上昇を認めたため(図1d),同日緊急で内視鏡併用硝子体切除術を施行した.内視鏡下では虹彩の表面と網膜前面に多量のフィブリンを認めたためこれらをC25ゲージ硝子体カッターで可及的に切除した(図2a,b).1月2日に採取した前房水培養からインフルエンザ桿菌を同定したためC1月C4日に感受性に合わせて静脈内投与の抗菌薬をセフトリアキソンナトリウム水和物(CTRX)2CgC×2/日に変更した.また,1月C5日からはC36時間おきにCVCM(10mg/ml,0.1Cmg),CAZ(20Cmg/ml,0.1Cmg)を硝子体内注射していたが,再び透見性が悪化し,炎症の増悪が疑われたため,同月C9日に内視鏡併用硝子体手術および濾過胞切除を施行した.内視鏡下で硝子体腔に多量のフィブリンを認め,一部の網膜血管の白線化を認めたが,視神経乳頭の色調は比較的良好だった(図2c,d,e).術中に網膜裂孔形成を認めたため裂孔周囲に網膜光凝固を施行し,シリコーンオイルを留置した.2回目の硝子体手術後,眼内炎は鎮静を得られ,硝子体ならびに眼底の透見性は改善した(図3).1月C15日に抗菌薬静脈内投与を終了した.2月C27日にシリコーンオイル抜去.術後C3カ月時には右眼眼圧はC7mmHg,右眼矯正視力はC0.08に改善した.しかし,術後C1年C3カ月が経過したころより移植片の混濁が進行し,右眼矯正視力がC0.03に低下,右眼眼圧がC17CmmHg程度に上昇した.眼圧下降剤(タフルプロスト,ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩点眼)を使用するも右眼眼圧C22CmmHgに上昇し,術後C2年C3カ月時にマイクロパルス毛様体光凝固術を施行した.X+3年3月(最終受診時),右眼矯正視力はC0.03,右眼眼圧はC12CmmHg(タフルプロスト,ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩点眼下),角膜混濁に対する角膜移植術を検討している.本症例の治療経過を図4に示す.図3術後の右眼前眼部・後眼部所見a:再手術C12日後の前眼部所見,Cb:再手術C1年後のCGoldmann視野検査,Cc:再手術C12日後の眼底所見,Cd:再手術C23日後の眼底COCT画像.眼底の透見性は改善した.(mmHg)30X+3年3月26日MP-CPC25X+1年1月4日X+1年1月9日X+1年2月27日0.07vitrectomyPPV+濾過胞切除+SOSO抜去x+3年203/27時点0.05眼圧15VCM,CAZ前房内投与VCM,CAZ硝子体内投与右矯正視力0.030.030.01右眼圧1012mmHg指数弁5手動弁光覚便0x+1年1/21/41/91/214/1x+2年x+3年VCM+CAZdivCTRXdiv2/32/22図4本症例の治療経過矯正視力当院初診時からの右眼矯正視力(橙折れ線)および右眼眼圧(青折れ線)の推移,および施行した投薬・手術の内容を示す.CAZ:セフタジジム水和物,CMX:セフメノキシム塩酸塩,CTRX:セフトリアキソンナトリウム水和物,MFLX:モキシフロキサシン塩酸塩,MP-CPC:マイクロパルス毛様体光凝固術,PPV:経毛様体扁平部硝子体切除術,SO:シリコーンオイル,VCM:バンコマイシン塩酸塩.II考按本症例はC16年前に施行された線維柱帯切除術で作製された濾過胞からの感染による眼内炎と診断した.本症例には濾過手術の他に複数回の全層角膜移植術の既往,無水晶体眼であり長期のコンタクトレンズ装用の既往,当院受診数日前からの発熱などの要素が随伴していた.鑑別診断としては濾過胞感染の他に1)角膜移植術後の移植片感染や拒絶反応,2)コンタクトレンズ装用に伴う角膜潰瘍,3)内因性眼内炎などが考えられた.角膜移植術後の移植片感染に関しては,移植後C12カ月経過してから感染したという報告がある6).また,移植片の拒絶反応に関しては緑内障手術後にはそのリスクが上昇することも指摘されており,マイトマイシンCCの使用や前房内サイトカインの上昇,血液前房関門の破綻などがその理由として考えられている2).しかし,移植手術から数十年が経過していること,また,前眼部の所見からも移植片感染や拒絶反応を積極的に疑う状態ではなかった.コンタクトレンズ装用に伴う角膜感染の可能性に関しても,角膜上皮欠損を伴っていなかったために否定的であった.内因性眼内炎に関しては初診時の血液検査にてCCRPに高値を認めたものの白血球数の増加が軽微であることから積極的には疑わなかった.図1aで示したように,耳上側の無血管性濾過胞,その周囲の結膜充血および濾過胞からの房水漏出の所見から,濾過胞感染の可能性がもっとも高いと考えた.濾過胞感染のおもなリスクは房水漏出および年齢が若いことであると報告されている4).本症例も初診時に房水漏出を認め,またC58歳と比較的若年であったため感染のリスクは高かったと考えられる.房水漏出に関連した因子としては,無血管性濾過胞であったこと,コンタクトレンズを装用していたことがあげられる.Kimらの報告では濾過胞感染を発症したC24眼のうちC22眼が無血管性濾過胞を有しており5),無血管性濾過胞と濾過胞感染に密接な関連があることが示唆されている.また,Ex-PRESS挿入後の濾過胞感染の報告ではC5例中C2例がコンタクトレンズ装用眼であった(1例が円錐角膜のためにハードコンタクトレンズを,もうC1例が強度近視のためにソフトコンタクトレンズを装用していた)7).いずれの症例でも濾過胞からの房水漏出を認めており,コンタクトレンズによる機械的刺激が房水漏出や濾過胞感染の引き金になっていると考えられるが,コンタクトレンズ表面に形成されるバイオフィルムが細菌感染に関与している可能性も推察されている8).濾過胞感染症はCStageIからCStageIIIbまでのC4段階に分類される4).StageIは濾過胞炎,StageIIは濾過胞炎に加え前房内波及を認めるもの,StageIIIは硝子体内波及を認めるものと定義され,抗菌薬の硝子体内注射や抗菌薬全身投与が選択される.とくに硝子体内波及が高度なものはCStageIIIbと定義され,硝子体混濁が高度であれば速やかに硝子体手術を行う必要がある.本症例では細隙灯顕微鏡所見からは前房内波及は確実であったが,角膜移植術後の角膜混濁が高度であることも影響し硝子体内波及の程度が不明であった.ただし無水晶体眼であることは感染の前房内波及がすなわち硝子体内波及も意味するため,StageIII以上という判断が妥当と考えられた.StageIIIbであれば速やかな硝子体手術が必要と考えられたが,超音波CBモードで硝子体混濁が軽度と判断したこと(図1c),また,角膜混濁眼であるため硝子体手術中の眼内観察が困難であることが予想され,年末年始の休暇中であり人手や器材の十分な確保ができなかったことから,抗菌薬の眼内注射を行う方針とした.StageIIIaでは硝子体内注射を行うことになっているが,無水晶体眼であること,これまでの病歴や手術内容・手術回数の詳細が不明であり濾過胞の数や範囲が特定できなかったことから,抗菌薬は前房内を通じて硝子体側に向けて注射を行った.角膜混濁を合併している患者に硝子体手術を行う際にはいくつかの選択肢が考えられる.大別すると,1)角膜混濁を除去してから硝子体手術を行う(全層角膜移植術との同時手術9),一時的人工角膜の使用10)),2)眼内視認性を向上させるデバイスを使用する(広角観察系システム,眼内内視鏡など)となるが,当院では角膜移植治療を行っておらず,後者しか選択することができなかった.また,昨今日進月歩の改良が行われている広角観察系システムを使用することで本症例でもある程度の眼内観察を行うことができたが(図2c,d)十分な視認性は得られなかったため,眼内内視鏡を併用することとなった(図2e).DeSmetらの眼内炎に関する症例集積研究では,眼内内視鏡が濾過胞感染に対する手術にも使用されており,最終的には眼球摘出を余儀なくされた症例もあった一方で,視機能改善を得られた症例も報告されている11).また,Daveらは角膜混濁を伴う眼内炎の治療に眼内内視鏡を利用し,82%の症例で不要な角膜移植術を回避できたと報告している12).緑内障診療で三次医療を担う施設においては重度の角膜混濁を伴う濾過手術症例が取り扱われることも多いため,角膜混濁を伴うCStageIIIの濾過胞感染に対する対応を常日頃から準備しておくことが望ましい.今回,角膜移植・濾過手術後の唯一眼に眼内炎を発症した症例を経験した.年末年始の休暇中に初診として来院されたため初期対応に難渋したが,眼内内視鏡を併用した硝子体手術により眼内炎は鎮静を得られ,視機能を残存させることができた.角膜混濁を伴う濾過胞感染はまれであるが緊急的に対応を行う必要があるため,常日頃から眼内炎の対応を準備しておくことが望ましい.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)BanittCM,CLeeRK:ManagementCofCpatientsCwithCcom-binedCglaucomaCandCcornealCtransplantCsurgery.CEye(Lond)C23:1972-1979,C20092)KornmannH,GeddeS:Glaucomamanagementaftercor-nealCtransplantationCsurgeries.CCurrCOpinCOphthalmolC27:132-139,C20163)IshiokaM,ShimazakiJ,YamagamiJetal:Trabeculecto-mywithmitomycinCforpost-keratoplastyglaucoma.BrJOphthalmolC84:714-717,C20004)YamamotoCT,CSawadaCA,CMayamaCCCetal:TheC5-yearCincidenceCofCbleb-relatedCinfectionCandCitsCriskCfactorsCafterC.lteringCsurgeriesCwithCadjunctiveCmitomycinC:CCollaborativeCbleb-relatedCinfectionCincidenceCandCtreat-mentstudy2.OphthalmologyC121:1001-1006,C20145)KimCEA,CLawCSK,CColemanCALCetal:Long-termCbleb-relatedCinfectionsCaftertrabeculectomy:Incidence,CriskCfactors,CandCin.uenceCofCblebCrevision.CAmCJCOphthalmolC159:1082-1091,C20156)ChenCH-C,CLeeCC-Y,CLinCH-YCetal:ShiftingCtrendsCinCmicrobialCkeratitisCfollowingCpenetratingCkeratoplastyCinTaiwan.Medicine(Baltimore)C96:e5864,C20177)YarovoyD,RadhakrishnanS,PickeringT-Detal:Blebi-tisCafterCEX-PRESSCglaucomaC.ltrationCdeviceCimplanta-tion-Acaseseries.JGlaucomaC25:422-425,C20168)ZegansME,BeckerHI,BudzikJetal:Theroleofbacte-rialCbio.lmsCinCocularCinfections.CDNACCellCBiolC21:415-420,C20029)DaveCA,CAcharayaCM,CAgarwalCMCetal:OutcomesCofCcombinedCkeratoplastyCandCparsCplanaCvitrectomyCforCendophthalmitisCwithCcompromisedCcornealCclarity.CClinCExperimentOphthalmolC47:49-56,C201910)KimCSH,CKimCNR,CChinCHSCetal:EckardtCkeratoprosthe-sisCforCcombinedCparsCplanaCvitrectomyCandCtherapeuticCkeratoplastyinapatientwithendophthalmitisandsuppu-rativeCkeratitis.CJCCataractCRefractCSurgC46:474-477,C202011)DeCSmetCMD,CCarlborgEAE:ManagingCsevereCendo-phthalmitiswiththeuseofanendoscope.RetinaC25:976-980,C200512)DaveCV,CPappuruCR,CKhaderCMCetal:EndophthalmitisCwithCopaqueCcorneaCmanagedCwithCprimaryCendoscopicCvitrectomyCandsecondaryCkeratoplasty:PresentationsCandoutcomes.IndianJOphthalmolC68:1587-1592,C2020***

トラベクレクトミー術後3 日目に眼内炎を生じた1 例

2022年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科39(4):529.532,2022cトラベクレクトミー術後3日目に眼内炎を生じた1例飯川龍栂野哲哉坂上悠太末武亜紀福地健郎新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学大講座眼科学分野CACaseofEndophthalmitisthatOccurredontheThirdDayafterTrabeculectomyRyuIikawa,TetsuyaTogano,YutaSakaue,AkiSuetakeandTakeoFukuchiCDivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversityC目的:トラベクレクトミー術後C3日目に発症した眼内炎のC1例を経験したので報告する.症例:77歳,男性.慢性眼瞼炎の既往があった左眼の原発開放隅角緑内障に対してトラベクレクトミーを行った.術中,強角膜ブロック作製後の虹彩切除をした際に硝子体脱出があり,脱出した硝子体を切除した.術翌日からC2日目の所見はとくに異常なかったが,術後C3日目に結膜充血,前房蓄膿,硝子体混濁を認めた.細菌性の眼内炎を疑い,抗菌薬の頻回点眼を行ったが所見が急速に悪化したため,緊急で硝子体手術を施行した.術中に採取した前房水からCStaphylococcusaureusが検出され起因菌と考えられた.硝子体手術と抗菌薬投与によって感染は鎮静化したが,濾過胞は瘢痕化し,最終的にはチューブシャント手術を要した.結論:比較的まれとされるトラベクレクトミー術後早期の眼内炎を報告した.本症例では慢性眼瞼炎,硝子体脱出が眼内炎の発症にかかわっていた可能性がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCendophthalmitisCthatCoccurredConCtheCthirdCdayCafterCtrabeculectomy.CCaseReport:AC77-year-oldCmaleCunderwentCtrabeculectomyCinChisCleftCeyeCforCprimaryCopenCangleCglaucoma.CTheCoperatedeyehadahistoryofchronicblepharitis.Duringsurgery,vitreouslossoccurredwheniridectomywasper-formed,andwecuttheprolapsedvitreous.Noabnormal.ndingswereobservedupthrough2dayspostoperative.However,ConCtheCthirdCdayCpostCsurgery,CconjunctivalChyperemia,Chypopyon,CandCvitreousCopacityCwereCobserved.CBacterialCendophthalmitisCwasCsuspected,CandCwasCtreatedCwithCfrequentCadministrationCofCantibioticsCeyeCdrops.CHowever,CtheCconditionCrapidlyCdeteriorated,CsoCvitrectomyCwasCurgentlyCperformed.CStaphylococcusCaureusCwasCdetectedintheaqueoushumor.Althoughvitrectomyandantibioticadministrationsubsidedtheinfection,theblebbecameCscarredCandCeventuallyCrequiredCtubeCshuntCsurgery.CConclusion:ThisCstudyCpresentsCaCrelativelyCrareCcaseofendophthalmitisthatoccurredearlyaftertrabeculectomy.Inthiscase,chronicblepharitisandvitreouspro-lapsemayhavebeenriskfactorsforendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(4):529.532,C2022〕Keywords:緑内障,トラベクレクトミー,眼内炎,硝子体脱出,眼瞼炎.glaucoma,trabeculectomy,endophthal-mitis,vitreousloss,blepharitis.Cはじめにトラベクレクトミーはもっとも眼圧下降の期待できる緑内障手術の一つとして,国内外で広く施行されている術式である.高い眼圧下降効果の反面,早期の合併症として前房出血,低眼圧,濾過胞漏出,脈絡膜.離,脈絡膜出血,悪性緑内障などがあり,中期から晩期の合併症としては低眼圧の遷延による黄斑症,白内障の進行,濾過胞炎やそれに伴う眼内炎が知られている1).とくに濾過胞炎や眼内炎といった濾過胞関連感染症は,患者の視力予後を大きく左右する合併症の一つで,臨床上大きな問題となる.その頻度をCYamamotoらはC5年の経過で累積発生率はC2.2C±0.5%で,濾過胞漏出の存在と若年であることが濾過胞関連感染症のリスクファクターであると報告している2).濾過胞炎に続発する眼内炎は晩期の合併症として知られているが,トラベクレクトミー術後早期眼内炎の報告は少なく,まれであると考えられる.今回,筆者らはトラベクレクトミー術後C3日目に発症した術後〔別刷請求先〕飯川龍:〒951-8510新潟市中央区旭町通C1-757新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚統合医学大講座眼科学分野Reprintrequests:RyuIikawa,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,1-757Asahimachidori,Chuo-ku,Niigata-city,Niigata951-8510,JAPANC図1トラベクレクトミー後3日目の前眼部写真前房内に著明な炎症性細胞を認める.図3図1の数時間後の前眼部写真前房蓄膿を認める.早期眼内炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:77歳,男性.家族歴:特記事項なし.既往歴:(眼)2005年に左眼,2007年に右眼水晶体再建術,左眼レーザー後.切開術後.(全身)高血圧,前立腺肥大症で内服加療中.現病歴:2007年,Goldmann圧平眼圧計(GoldmannCapplanationtonometer:GAT)で右眼眼圧がC20CmmHg,左眼眼圧がC27CmmHgと高値で,左眼にCBjerrum暗点認め,原発開放隅角緑内障の診断で前医にて左眼にラタノプロスト(キサラタン)点眼を開始された.その後,両眼ともC20mmHg以上の眼圧で推移してチモロールマレイン酸塩(チモプトール)を追加された.左眼は適宜点眼を追加するも眼圧はC20CmmHg台前半で推移していた.2018年C1月頃より左眼に眼瞼炎が出現し,ステロイド軟膏を処方されていた.図2トラベクレクトミー後3日目の超音波Bモード画像びまん性の硝子体混濁を認める.2018年C4月頃よりラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合剤(ザラカム),ブリモニジン酒石酸塩(アイファガン),リパスジル塩酸塩水和物(グラナテック)点眼下でも左眼眼圧がC30CmmHg台前半まで上昇し,眼圧コントロール不良にてC2018年C6月,当科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼がC0.06(1.0C×sph.3.50D(cyl.3.75DAx55°),左眼が0.03(0.4C×sph.3.75D(cylC.2.0DAx105°),眼圧は右眼18mmHg,左眼28mmHg(GAT)であった.前房は深く,清明,両眼とも眼内レンズ挿入眼であり,左眼はレーザー後.切開術後であった.眼軸長は右眼C26.0Cmm,左眼C25.9Cmmであった.視野はCHum-phrey24-2で右眼の平均偏差(meandeviation:MD)がC.9.47dB,左眼のCMDがC.22.95dB,Humphrey10-2で左眼のMDがC.24.82CdBであった.左眼には慢性眼瞼炎を認めた.CII経過ステロイド緑内障の可能性も考慮し,当科初診時に軟膏を中止した.しかし,その後も眼圧下降が得られず,2018年7月,左眼にトラベクレクレクトミーを施行した.術前,クロルヘキシジン(ステリクロンW液C0.02)で皮膚洗浄を行い,6倍希釈したCPAヨードで結膜.洗浄を行った.手術は輪部基底結膜切開で施行した.強角膜ブロック作製後の虹彩切除の際に硝子体脱出があり,脱出した硝子体をスプリングハンドル剪刀と吸水性スポンジ(O.S.A;はんだや)で可能な限り切除した.結膜は端々縫合(3針)したあとに連続縫合で閉創し,漏出がないことを確認して手術を終了した.なお,当科では術前や術中の抗菌薬点眼,内服,点滴,術中のヨード製剤などによる術野洗浄はこの当時施行していなかった.術翌日,前房は深く,軽度の炎症細胞を認めた.左眼眼圧はC21CmmHg(GAT)であり,眼球マッサージでC11CmmHgまで下降した.左眼視力は(0.6CpC×sph.4.75D(cyl.2.0DAx110°)であり,眼底透見は良好で,術翌日の所見としてとくに問題はなかった.術翌日より,レボフロキサシン水和物C1.5%(レボフロキサシン),ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムC0.1%(サンベタゾン),トラニラストC0.5%(リザベン)をC1日に各C4回,術後点眼として使用した.術後C2日目も前房炎症は軽度,左眼眼圧はC18CmmHgであり,低眼圧や濾過胞漏出は認めなかった.術後C3日目の午前に,結膜充血,前房内炎症細胞の著明な増加,眼底が透見できないほどの硝子体混濁を認めた(図1,2).濾過胞内には混濁なく,疼痛の自覚はなかった.細菌性の眼内炎を疑い,レボフロキサシン水和物(レボフロキサシン)とセフメノキシム塩酸塩(ベストロン)のC2時間ごと頻回点眼を開始した.しかし,数時間後には前房蓄膿が出現(図3),急速に悪化したため,緊急で硝子体手術を施行した.バンコマイシン塩酸塩(バンコマイシン,10Cmg)とセフタジジム水和物(モダシン,20mg)を混注したC500Cmlの灌流液を用いて,前房洗浄を行い,続いて硝子体混濁と硝子体腔のフィブリンを除去した.術中の網膜所見としては,全体的に血管が白線化し,少量の網膜出血を認めた.菌塊は認められなかった.術中に採取した前房水と硝子体液の培養を行い,前房水からCStaphylococcusaureusが検出された.硝子体液は培養陰性であった.硝子体手術後は,抗菌薬点眼併用で感染の鎮静化が得られ,術翌日の左眼視力は(0.04C×sph.3.0D)であったが,術後C3カ月の時点で,左眼視力は(0.6C×sph.3.50D(cyl.2.25DAx90°)と改善を認めた.しかし,眼底後極部の血管の白線化は残存,濾過胞は瘢痕化し左眼眼圧C26CmmHg(GAT)まで上昇し,Humphrey10-2のCMDはC.30.22dBに悪化した.最終的に術後C5カ月の時点でCAhmed-FP7(NewWorldMedical)によるチューブシャント手術を要した.CIII考察トラベクレクトミー術後早期の眼内炎はまれであると考えられる.トラベクレクトミー術後の早期の眼内炎に関しては,症例報告が散見され,Papaconstantinouら3)は術後C10日目の眼内炎,Katzら4)は術翌日の眼内炎,Kuangら5)は術後C2日目の眼内炎を報告している.頻度としてはC0.1.0.2%5,6)程度とされる.一般的に晩期合併症としての眼内炎は菲薄化した濾過胞からの房水漏出濾過胞関連であり,術後早期の眼内炎の原因は術中の汚染と考えられる4).トラベクレクトミー術後早期の眼内炎の起因菌としてはCLactobacil-lus3),b-hemolyticStreptococcus4),Morganellamorganii5),coagulase-negativeStaphylococcus,Staphylococcusaureus,Streptococcus,Gram-negativeCspecies6)などの報告がある.白内障術後の早期眼内炎に関しては多くがグラム陽性菌で70%がCcoagulase-negativeCStaphylococcus,10%がCStaphy-lococcusaureus,9%がCStreptococcus属,2.2%がCEnterococ-cus属とされ,トラベクレクトミー術後早期においても同様と考えられる7).本症例では慢性の眼瞼炎の存在が,眼内炎のリスクファクターになった可能性がある.白内障術後の眼内炎に関しては,急性または慢性眼瞼炎があると,眼瞼や睫毛が細菌の温床になりリスクが高まるとされる7).早期眼内炎とは異なるが,慢性眼瞼炎はトラベクレクトミー後の濾過胞炎のリスクファクターとされ8),眼瞼炎が感染に関与している可能性は高いと考えられる.眼瞼炎のC47.6%からCStaphylococcusaureusが分離されたとの報告もあり9),本症例では前房水からCStaphylococcusaureusが検出されていることから,起因菌と考えられた.検出菌の薬剤感受性は術後に使用していたレボフロキサシン(LVFX)に対してCS(Susceptible:感受性)であった.術中の硝子体脱出も,眼内炎のリスクになったと考えられる.白内障術後眼内炎に関しては,術中に硝子体脱出があるとC7倍リスクが高くなるという報告がある7).術中に硝子体脱出があった白内障術後眼内炎の起因菌は,症例で検出されたようなグラム陽性菌が多いとされ10),術中の硝子体の汚染が眼内炎の発生率を上げる要因となっている.また,嘉村は白内障手術からの眼内炎発症時期として,CStaphylococcusaureusなどのグラム陽性菌では術後4.7日が多いと報告している11).白内障術後では前房から硝子体,網膜へと感染が進展するのに対して,硝子体術後は細菌が直接硝子体に侵入するため眼内炎の発症期間の平均はC2.3日で白内障手術後の眼内炎よりも早いとされる12).本症例でもこの機序で術後C3日目という比較的早期に眼内炎が生じたと考えられる.Atanassovらはトラベクレクトミー術中の硝子体脱出の頻度はC0.9%と報告している13).トラベクレクトミーでは強度近視,落屑緑内障,トラブルのあった白内障術後などで,術中の硝子体脱出のリスクがある.このような場合は,強角膜ブロックを作製しないCExPRESSなどの術式も検討すべきであるが,本症例はこれらに該当はしなかったため硝子体脱出の原因は不明である.トラベクレクトミー周術期の抗菌薬使用についても再考する必要がある.トラベクレクトミー周術期における抗菌薬の使用に関しては決まったガイドラインがないため,各施設・術者によって大きな差がある.荒木らはC34施設C48名にアンケート調査を行い,術前の抗菌薬点眼はC84%,術中の抗菌薬点滴はC70%,術後抗菌薬内服はC68%の医師が施行していると報告している14).当科にてC2018年にC38施設C38名を対象に施行したアンケート調査では,抗菌薬の使用率は術前点眼がC84%(3日前からが最多でC63%),周術期点滴がC58%,周術期内服がC45%であった.術前点眼に関しては同様の結果であったが,抗菌薬の点滴や内服に関してはその有効性や副作用の問題から,昨今は減少傾向にあると考えられる.術中の術野洗浄に関してはC68%の施設でCPA・ヨードまたはイソジンによる洗浄が行われていた.井上らは,白内障術前の患者を対象にしたレボフロキサシン0.5%の術前点眼の期間別の培養陽性率に関して,術前C3日間点眼群は,術前C1日間点眼群やC1時間C1回点眼群に比べて,眼洗浄終了時や,手術終了時の結膜.培養陽性率が有意に低いことを報告しており15),このことからトラベクレクトミーに関しても術前C3日前から点眼している施設・術者が多いものと思われる.また,井上らは術前のイソジン(適応外使用)やCPA・ヨードによる結膜.洗浄で培養陽率が有意に低下することも報告している.内服や点滴と比べて,術前点眼や術中洗浄は副作用や患者の負担も少なく,エビデンスもある減菌方法であると考えられる.CIV結論トラベクレクトミー術後早期の眼内炎はまれであるが,本症例は慢性眼瞼炎の存在と術中の硝子体脱出が発症にかかわっていた可能性がある.トラベクレクトミー周術期の抗菌薬使用に関して定められたガイドラインはなく,施設ごとの差が大きいことから,周術期の抗菌薬の使用方法について再考する必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)OlayanjuJA,HassanMB,HodgeDOetal:Trabeculecto-my-relatedCcomplicationsCinCOlmstedCCounty,CMinnesota,C1985CthroughC2010.CJAMACOphthalmolC133:574-580,C20152)YamamotoCT,CSawadaCA,CMayamaCCCetal:TheC5-yearCincidenceCofCbleb-relatedCinfectionCandCitsCriskCfactorsCafterC.lteringCsurgeriesCwithCadjunctiveCmitomycinC:CcollaborativeCbleb-relatedCinfectionCincidenceCandCtreat-mentstudy2.OphthalmologyC121:1001-1006,C20143)PapaconstantinouD,GeorgalasI,KarmirisTetal:Acuteonsetlactobacillusendophthalmitisaftertrabeculectomy:Cacasereport.JMedCaseRepC4:203,C20104)KatzLJ,CantorLB,SpaethGL:ComplicationsofsurgeryinCglaucoma.CEarlyCandClateCbacterialCendophthalmitisCfol-lowingCglaucomaC.lteringCsurgery.COphthalmologyC92:C959-963,C19855)EifrigCCW,CFlynnCHWCJr,CScottCIUCetal:Acute-onsetpostoperativeCendophthalmitis:reviewCofCincidenceCandCvisualoutcomes(1995-2001)C.COphthalmicCSurgCLasersC33:373-378,C20026)WallinCO,CAl-ahramyCAM,CLundstromCMCetal:Endo-phthalmitisCandCsevereCblebitisCfollowingCtrabeculectomy.CEpidemiologyandriskfactors;asingle-centreretrospec-tivestudy.ActaOphthalmolC92:426-431,C20147)RahmaniCS,CEliottD:PostoperativeCendophthalmitis:ACreviewCofCriskCfactors,Cprophylaxis,Cincidence,Cmicrobiolo-gy,Ctreatment,CandCoutcomes.CSeminCOphthalmolC33:C95-101,C20188)KimCEA,CLawCSK,CColemanCALCetal:Long-termCbleb-relatedCinfectionsCaftertrabeculectomy:Incidence,CriskCfactors,CandCin.uenceCofCblebCrevision.CAmCJCOphthalmolC159:1082-1091,C20159)TeweldemedhinCM,CGebreyesusCH,CAtsbahaCAHCetal:CBacterialpro.leofocularinfections:asystematicreview.BMCOphthalmolC17:212,C201710)LundstromCM,CFrilingCE,CMontanP:RiskCfactorsCforCendophthalmitisCafterCcataractsurgery:PredictorsCforCcausativeCorganismsCandCvisualCoutcomes.CJCCataractCRefractSurgC41:2410-2416,C201511)嘉村由美:術後眼内炎.眼科C43:1329-1340,C200112)島田宏之,中静裕之:術後眼内炎パーフェクトマネジメント.p14-21,日本医事新報社,201613)AtanassovMA:SurgicalCtreatmentCofCglaucomasCbyCtrabeculectomy-indicationsCandCearlyCresults.CFoliaCMed(Plovdiv)51:24-28,C200914)荒木裕加,本庄恵,石田恭子ほか:白内障手術および濾過手術周術期における抗菌薬・ステロイド点眼薬使用の多施設検討.臨眼72:809-815,C201815)InoueCY,CUsuiCM,COhashiCYCetal:PreoperativeCdisinfec-tionCofCtheCconjunctivalCsacCwithCantibioticsCandCiodinecompounds:aprospectiverandomizedmulticenterstudy.JpnJOphthalmolC52:151-161,C2008***

インプラント挿入術後はインプラント近くのわずかな結膜障害 でも感染症を生じる

2021年8月31日 火曜日

《第31回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科38(8):941.944,2021cインプラント挿入術後はインプラント近くのわずかな結膜障害でも感染症を生じる相川菊乃木内理奈谷山ゆりえ尾上弘光坂田創徳毛花菜村上祐美子岩部利津子奥道秀明廣岡一行木内良明広島大学大学院医歯薬学総合研究科視覚病態学CACaseinwhichaSlightConjunctivalLacerationNeartheImplantCausedInfectionPostBaerveldtGlaucomaImplantSurgeryKikunoAikawa,RinaKinouchi,YurieTaniyama,HiromitsuOnoe,HajimeSakata,KanaTokumo,YumikoMurakami,RitsukoIwabe,HideakiOkumichi,KazuyukiHirookaandYoshiakiKiuchiCDepartmentofOphthalmologyandVisualscience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversityC目的:インプラントの露出を繰り返し複数回の眼内炎をきたした症例を経験したので報告する.症例:17歳,男子.両眼先天白内障のためC1997年,0歳時に広島大学病院眼科で両眼白内障手術を受けた.眼圧がC2007年頃から上昇し始め,続発緑内障のためC2008年C1月に両眼線維柱帯切開術を行ったが,眼圧のコントロールが不良のため,2012年C7月に右眼の耳上側からバルベルト緑内障インプラント(BGI)挿入術を,2015年C1月に右眼耳下側からCBGI挿入術を行った.2015年C3月にベール状の硝子体混濁が出現し,眼内炎を発症したと考えられた.耳上側に露出したC10-0ナイロン糸が感染の原因と考えられた.2019年C2月には耳下側から挿入したチューブの上の結膜に小さな裂孔が見つかりそのC5日後には眼内炎を生じた.いずれの感染も抗菌薬投与と硝子体手術で軽快した.結論:インプラント挿入後はわずかな結膜障害でも感染症を生じると考えられた.CPurpose:Toreportacaseofrecurrentendophthalmitisassociatedwithimplantexposurepostsurgery.CaseReport:Thisstudyinvolveda17-year-oldmalewithahistoryofcongenitalcataractswhohadundergonebilater-alcataractsurgeryin1997whenhewaslessthan1yearold.Hisintraocularpressure(IOP)begantoincreasein2007,CandCbilateralCtrabeculotomyCwasCperformedCinC2008CforCsecondaryCglaucoma.CHowever,CIOPCremainedChighCpostCsurgery,CandCBaerveldtCglaucomaCimplantCsurgeryCwasCperformedCinChisCrightCeyeCsuperotemporallyCinCJulyC2012andinferotemporallyinJanuary2015.Postsurgery,vitreousturbidityappearedinhisrighteyeduetoendo-phthalmitis,withtheinfectionthoughtpossiblycausedbyexposed10-0nylonsuture.InFebruary2019,aslightconjunctivalCperforationConCtheCinferotemporallyCimplantCtubeCwasCfound,CandC5CdaysClater,CendophthalmitisCoccurred.CBothCinfectionsCwereCtreatedCbyCantibioticCadministrationCorCvitrectomy.CConclusion:PostCglaucomaCdrainagedevicesurgery,evenslightconjunctivallacerationsneartheimplantcanleadtoinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(8):941.944,C2021〕Keywords:緑内障,バルベルト緑内障インプラント,結膜障害,眼内炎.glaucoma,Baerveldtglaucomaimplant,conjunctivallaceration,endophthalmitis.CはじめにGDD)が用いられる.インプラント挿入術の合併症には,イ緑内障の外科的治療の一つにインプラント挿入術があり,ンプラント露出,チューブ閉塞,複視,角膜浮腫,出血,感緑内障ドレナージデバイス(glaucomaCdrainagedevice:染,白内障,眼圧コントロール不良1.5)などがあげられる.〔別刷請求先〕相川菊乃:〒734-8551広島市南区霞C1-2-3広島大学大学院医歯薬学総合研究科視覚病態学Reprintrequests:KikunoAikawa,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,1-2-3,Kasumi,Minami-ku,Hiroshima734-8551,JAPANC図12015年4月の右眼結膜所見耳上側に露出したC10-0ナイロン糸があり(),同部位からの房水の漏出があった.なかでも,インプラントの露出はインプラント挿入術後の感染リスクの一つとして考えられている.結膜障害によるCGDDの露出は,術後感染の一因であるが,わずかな結膜障害は見落とされることが多い.今回,筆者らはインプラント挿入術後に眼内炎を繰り返した症例を経験した.結膜のわずかな損傷が感染の原因と考えられたので報告する.CI症例患者:17歳,男子.主訴:右眼の視野のゆがみ.既往歴:1997年C9月(0歳時)に両眼先天白内障に対して両眼白内障手術が行われた.術後は視力矯正のためハードコンタクトレンズを使用していた.2007年頃から両眼続発緑内障に対して点眼加療されていたが眼圧は上昇していた.2008年C1月に両眼線維柱帯切開術(trabeculotomy:TLO),図22019年2月の前眼部所見右眼耳下側から挿入したCBGIのチューブ上の結膜に小裂孔()があった.角膜浮腫や毛様充血があり,前房内炎症細胞C3+であった.2008年C2月に右眼CTLO+右眼下眼瞼内反症手術が行われたが眼圧コントロールは不良であり,2012年C7月に右眼バルベルト緑内障インプラント(BaerveldtglaucomaCimplant:BGI)挿入術(耳下側)を行った.その後もC2012年C12月に左眼CTLO,2014年C10月に右眼チューブフラッシュを行った.現病歴:術後,右眼にはドルゾラミド・チモロールを点眼していたが,2014年C10月下旬頃から眼圧がC20CmmHgを上回るようになった.タフルプロスト,ブリモニジンを追加したが眼圧はさらに上昇したため,2015年C1月にC2個目の右眼CBGI挿入術(耳上側)を行った.術後約C1カ月半後に右眼のゆがみを自覚したため,その翌日に近医を受診したところ,右眼の硝子体出血と網膜.離を疑われた.同日広島大学病院眼科に紹介されて再受診した.再診時,視力は右眼C0.05(現用コンタクトレンズ装用時の矯正視力),左眼C30Ccm/h.m(矯正不能)であった.眼圧は右眼C4CmmHg,左眼C23CmmHg(icareCR)であった.右眼前眼部所見では,結膜の充血はなく,角膜は透明であり,前房深度は正常で,炎症細胞はなかった.また,チューブの閉塞はなかったものの先端に白色点状物質があった.無水晶体眼であった.眼底は検眼鏡的に網膜.離の所見はなかったが,ベール状の硝子体混濁があった.また,網膜血管の白線化はなかった.経過:ベール状の硝子体混濁に対して頻回の経過観察を行ったが,増悪はなかった.2015年C4月(術後C3カ月後)の外来受診時には,眼底所見の変化はなかったが,右眼耳上側の結膜にわずかな裂傷を見つけた.結膜は軽度の充血があり,前房内は炎症細胞C1+で温流があったが,創部から房水の漏出はなかった.チューブやプレートは覆われている状態であった.眼圧は右眼C6CmmHg,左眼C22CmmHgであった.感染を防ぐ目的でエリスロマイシン・コリスチン軟膏外用,レボフロキサシン点眼,セフジニル内服加療とした.そのC7日後の外来受診時,結膜の充血や,前房内の炎症細胞の変化はなかった.前房は正常深度であったが,7日前の創部と同部位の耳上側結膜上にC10-0ナイロン糸が露出しており,同部から房水の漏出があった(図1).眼圧は右眼C3CmmHgと低下していた.硝子体混濁の増悪はなかったため,まずはリークを止めて菌体の侵入を防ぐことで感染リスクを下げる目的で,同日に結膜縫合術+強膜パッチを行った.角膜輪部から5Cmm程度の強膜をC1/8サイズにした保存強角膜片を使用した.術中の前房水の培養検査ではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantCStaphylococcusaureus:MRSA)が検出された.術後はレボフロキサシン点眼およびセフメノキシム点眼,セフジニル内服で加療した.結膜縫合術+強膜パッチ後,前眼部所見は改善し,10日目に前房内炎症細胞消失,35日目には硝子体混濁が軽快した.4年後のC2019年C2月の外来受診時に右眼の結膜に小裂孔があった.裂孔はC2012年に右眼耳下側から挿入したCBGIのチューブの上に位置していた.両眼にタフルプロスト点眼,ドルゾラミド・チモロール点眼を行っており,眼圧は右眼12CmmHg,左眼C22CmmHgであった.感染予防のため右眼にゲンタマイシン点眼を開始して,3月に強膜パッチ術を予定した.しかし,7日後の受診時には毛様充血があり,前房内炎症細胞C3+で眼底も透見不良であり,すでに右眼内炎をきたしていた(図2).同日に右眼硝子体手術と強角膜パッチを行った.術中の硝子体液の培養検査は陰性であった.術後はモキシフロキサシンおよびセフメノキシム点眼を行い,しだいに軽快した.CII考按2015年のC1度目の結膜障害は,前眼部所見から積極的に感染を疑わなかったが,感染予防目的で行った強膜パッチ術と抗菌薬投与により改善した.患者は無水晶体眼であり,結膜障害部からチューブを介して眼内に感染が波及していた可能性がある.2019年のC2度目の結膜障害も,軽微であったにもかかわらず眼内炎を生じ,硝子体手術および強膜パッチによって軽快した.インプラント挿入術は緑内障に対する外科的治療の一つである.GDDはチューブとプレートで構成されており,房水は眼球内に挿入されたチューブを通ってプレートへ流れる.インプラント挿入術の合併症には,インプラント露出,チューブ閉塞,複視,角膜浮腫,出血,感染,白内障,眼圧コントロール不良1.5)などがあげられる.そのうち眼内炎はGDD手術の合併症としてはまれで,後ろ向き研究でその発生率はC0.9.6.3%という報告があり6),インプラントの露出はそのリスクの一つとして考えられている.TubeCVersusTrabeculectomy(TVT)studyではC5年間でCBGI術後患者のC5%にチューブの露出が生じていたとの報告がある1).また,井上らの報告では,2012年からC2017年に行われたBGI術後C68例C75眼においてC4眼(5%)でインプラントの露出があった7).以上よりインプラントの露出はまれではなく,術後感染症のリスクであり早急な外科的治療が必要とされている2).インプラント露出の危険因子として,下方からのインプラント挿入8),過去に眼科手術の既往があること9),血管新生緑内障10),糖尿病患者のCBG102-350の使用11),若年であること12)などがあげられる.また,GDDと結膜の摩擦が強いため白人よりアジア人のほうがインプラントの露出リスクが高いと報告されている11).本症例では,若年であり,手術を何度も繰り返していることや,2回目の露出では下方からインプラントを挿入していることもリスクとして考えられる.その一方で,GDDに続発する結膜障害は,頻度やリスク因子,管理,結果に関しての報告が乏しく,インプラントが覆われていれば外科的修復は行われず,通常は軽症な合併症として見落とされることが多い2).本症例は,結膜裂傷を生じたがインプラントは結膜に覆われた状態であった.しかし,結膜裂傷を介してチューブと結膜表面に交通が生じたため,プレートの露出はないもののチューブが眼外と接触し露出したような状態となった.これにより,チューブの表面を伝って強膜の刺入部から眼内に細菌が侵入し,感染を起こしたと推測した.ゆえに,わずかな結膜障害のみであっても,菌の侵入経路となる可能性があり軽視できないと考えられる.GeddeらはCBGI挿入後に眼内炎をきたしたC4例すべてにおいてチューブの露出があったと報告している.感染は,菌がチューブを介して眼内へ侵入することで生じるため,チューブ露出に対する強膜パッチの使用が求められている6).2015年のC1度目の感染は,硝子体混濁を生じてから経過が長期化していた.検出されたCMRSAはコンタミネーションであった可能性があり,弱毒菌による感染症のため前眼部や眼底所見の変化に乏しかったと考えられる.2019年のC2度目の感染は硝子体液からは菌体は検出されなかったが,臨床所見からは明らかに眼内炎を生じていた.本症例では感染所見としては軽微であった.結膜障害に気づいた時点で,抗菌薬投与を行い,早期の強膜パッチの手術を予定した.比較的早い段階での対応により感染の重症化を防ぐことができたが,発見時のより早い段階で強膜パッチを行うことができていれば,感染予防に有効であったかもしれない.本症例より,わずかな結膜障害であっても眼内炎を生じるリスクがあると考えられる.結膜障害に対して,早急な対応が求められ,なかでも強膜パッチ術が有効であると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GeddeCSJ,CHerndonCLW,CBrandtCJDCetal:PostoperativecomplicationsintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)CstudyCduringC.veCyearsCofCfollow-up.CAmCJCOphthalmolC153:804-814,C20122)Ge.enCN,CBuysCYM,CSmithCMCetal:ConjunctivalCcompli-cationsCrelatedCtoCAhmedCglaucomaCvalveCinsertion.CJGlaucomaC23:109-114,C20143)KrishnaCR,CGodfreyCDG,CBudenzCDLCetal:Intermediate-termoutcomesof350-mm2CBaerveldtglaucomaimplants.OphthalmologyC108:621-626,C20014)OanaCS,CVilaJ:TubeCexposureCrepair.CJCCurrCGlaucomaCPractC6:139-142,C20125)BudenzCDL,CFeuerCWJ,CBartonCKCetal:PostoperativeCcomplicationsintheAhmedBaerveldtComparisonStudyduringC.veCyearsCofCfollow-up.CAmCJCOphthalmolC163:C75-82,C20166)GeddeCSJ,CHerndonCLW,CBrandtCJDCetal:LateCendo-phthalmitisCassociatedCwithCglaucomaCdrainageCimplants.COphthalmologyC108:1323-1327,C20017)井上俊洋:Baerveldtチューブシャント手術後インプラント露出症例の検討.日眼会誌C123:824-828,C20198)LevinsonCJD,CGiangiacomoCAL,CBeckCADCetal:GlaucomaCdrainagedevices:riskCofCexposureCandCinfection.CAmJOphthalmolC160:516-521,C20159)ByunCYS,CLeeCNY,CParkCK:RiskCfactorsCofCimplantCexposureCoutsideCtheCconjunctivaCafterCAhmedCglaucomaCvalveimplantation.JpnJOphthalmolC53:114-119,C200910)KovalCMS,CElCSayyadCFF,CBellCNPCetal:RiskCfactorsCforCTubeCshuntexposure:ACmatchedCcase-controlCstudy.CJOphthalmolC2013:196215,C201311)EdoCA,CJianCK,CKiuchiY:RiskCfactorsCforCexposureCofCBaerveldtCglaucomaCdrainageimplants:aCcase-controlCstudy.BMCOphthalmol20:364,C202012)ChakuCM,CNetlandCPA,CIshidaCKCetal:RiskCfactorsCforCtubeexposureasalatecomplicationofglaucomadrainageCsurgery.ClinOphthalmolC10:547-553,C2016***

有水晶体眼の肺炎球菌性角膜炎が眼内に波及した1例

2020年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科37(9):1157.1160,2020c有水晶体眼の肺炎球菌性角膜炎が眼内に波及した1例福澤憲司*1,2吉川大和*1福岡秀記*1永田健児*1外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2町田病院CACaseofPhakicEyewithPneumococcalKeratitisinWhichEndophthalmitisDevelopedKenjiFukuzawa1,2)C,YamatoYoshikawa1),HidekiFukuoka1),KenjiNagata1)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)MachidaHospitalC目的:有水晶体眼にもかかわらず肺炎球菌性角膜炎が眼内に波及したC1例を報告する.症例:77歳の男性.左角膜ヘルペスのため近医通院中であった.2017年C12月中旬に眼痛が出現.角膜病変部の突出を生じ,京都府立医科大学病院に紹介となった.初診時,左眼角膜中央部に角膜穿孔と虹彩嵌頓,穿孔周囲に膿瘍を認めた.細菌性角膜炎を疑いモキシフロキサシンのC1時間毎点眼を開始した.初診後C2日に高度の球結膜浮腫が出現,Bモードで硝子体混濁を認め眼内炎が疑われた.同日角膜移植術と水晶体摘出術を施行し眼内を観察すると,網膜下膿瘍を認め硝子体切除術を施行した.術前に採取した眼脂,術中に採取した硝子体からCStreptococcusCpneumoniaが検出され,初診後C4日よりセフメノキシムの点眼,7日よりアンピシリンの点滴を開始した.速やかに感染は鎮静化したが,視力は光覚弁となった.結論:有水晶体眼でも肺炎球菌性角膜炎が眼内に波及し,重篤な眼内炎へ進展することがあり注意を要する.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCaCphakicCeyeCwithCsevereCpneumococcalCkeratitisCinCwhichCendophthalmitisCdeveloped.Case:A77-year-oldmalewithahistoryofherpetickeratitisinhislefteyewasreferredtoourhospi-talCinCmid-DecemberC2017CafterCexperiencingCpainCandCaCprotrudedCcornealClesion.CUponCexamination,ChisCleftCeyeCshowedcornealperforationandirisprolapse.Wesuspectedbacterialkeratitis,andimmediatelystartedhourlytopi-calCinstillationCofCmoxi.oxacin.CTwo-daysClater,CbulbarCconjunctivalCedemaCdeveloped,CandCultrasoundCindicatedCinfectiousCendophthalmitisCwithCvitreousCopacity.CKeratoplastyCcombinedCwithCcataractCextractionCandCparsCplanaCvitrectomyCwereCperformed.CCulturesCofCaCpreoperativeCeye-dischargeCsampleCandCvitreousCbodyCobtainedCduringCsurgeryCrevealedCStreptococcusCpneumoniae.COnCDayC4,CtopicalCcefmenoximeCwasCstarted,CwithCsystemicCampicillinCaddedonDay7.Endophthalmitisresolved,yetthe.nalvisual-acuityoutcomewaslightperception.Conclusion:CAttentionshouldbepaidtobacterialkeratitis,asendophthalmitiscanrapidlydevelop,eveninphakiceyes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(9):1157.1160,C2020〕Keywords:有水晶体眼,細菌性角膜炎,角膜穿孔,眼内炎,肺炎球菌.phakiceye,bacterialkeratitis,cornealperforation,endophthalmitis,Streptococcuspneumonia.Cはじめに感染性眼内炎を原因からみてみると術後眼内炎が多く1),角膜炎からの二次的な発症,さらには有水晶体眼における眼内への波及はまれである.今回,有水晶体眼にもかかわらず肺炎球菌性角膜炎が眼内炎に波及したC1例を経験したので報告する.CI症例患者:77歳,男性.主訴:視力低下,眼痛.現病歴:左眼壊死性角膜炎のため,2014年C2月に京都府立医科大学眼科(以下,当院)にて治療され,その後は近医にて経過観察されていた.左眼にヘルペス性角膜炎が何度か再発したがアシクロビル眼軟膏で改善した.その後はベタメタゾン点眼C2回/日,トロピカミド点眼C2回/日にて経過観察されていたが,2017年C12月CX日に左角膜潰瘍を生じ,角膜ヘルペスの再燃を疑われた.アシクロビル眼軟膏点入C5回/日を追加されるも改善せず,12月CX+2日に眼痛が出現し〔別刷請求先〕福澤憲司:〒780-0935高知市旭町C1-104町田病院Reprintrequests:KenjiFukuzawa,MachidaHospital,1-104Asahimachi,Kouchi780-0935,JAPANC0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(117)C1157図1初診時前眼部写真図3a初診後2日:前眼部写真図4術中所見虹彩裏面に膿瘍を認める.病変部の突出を認め眼脂も増加したため,同日当院に紹介となった.初診時所見:左眼視力は指数弁であった.細隙灯顕微鏡検査にて角膜中央部の穿孔を認めた.虹彩が嵌頓し,穿孔部周囲に膿瘍を認めた(図1).同日撮影された前眼部光断層計検査(CASIA)では穿孔部の角膜構造は破綻し,浅前房となっ図2初診時前眼部光断層計検査図3b初診後2日:超音波検査図5術後所見ていた(図2).初診後経過:前日まで使用されていたベタメタゾン点眼を中止した.角膜擦過物の検鏡でグラム陽性球菌を認め,眼脂培養を行った.細菌性角膜炎を疑いモキシフロキサシンのC1時間ごとの点眼を開始し,ヘルペスとの混合感染も考えられることからアシクロビル眼軟膏点入C5回/日を継続した.初1158あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(118)点眼モキシフロキサシンレボフロキサシンセフメノキシム点滴バンコマイシンセフタジジムアンピシリンStreptococcuspneumonia(術中硝子体)図6治療経過0C1C2C3C4C5C6C7C8C9101112131415C初診後日数診後C1日に感染巣の悪化を認めなかったため,眼脂培養の結果次第で角膜移植を施行する方針とした.しかし,初診後C2日の朝に高度の眼瞼浮腫,眼球結膜浮腫が出現し(図3a),超音波検査で硝子体混濁を認め眼内炎が疑われた(図3b).同日全層角膜移植術と水晶体摘出術,硝子体手術を施行した.手術ではまず角膜表面の病巣部を除去し,粘弾性物質で前房を形成.トレパンで角膜を打ち抜き,剪刀で切り取った.虹彩裏面が広範囲に水晶体前面と癒着し,フィブリンを含む多くの膿瘍を認めたため,これらを可能な限り吸引,除去し,水晶体を.外摘出した(図4).移植片を縫合し,その後硝子体手術に移行した.眼内に大量の膿瘍があり,それらを硝子体とともに切除,網膜の色調は白色であった.バンコマイシン,セフタジジムを灌流しながらの硝子体手術および,バンコマイシン,セフタジジムの硝子体内注射を行った.網膜.離を起こしている部位を認めたためレーザー照射を施行.シリコーンオイルを注入し手術を終了した.術後,レボフロキサシン点眼C6回/日,ベタメタゾン点眼4回/日,アシクロビル眼軟膏C1回/日で局所治療を開始し,バンコマイシン,セフタジジムの点滴を開始した.術前に採取した眼脂培養からCStreptococcusCpneumoniaが術後C2日に検出され,セフメノキシムC6回/日の点眼を追加した.また,術後C4日に,術中に採取した硝子体の培養からもCStreptococ-cuspneumoniaが検出され点滴をアンピシリンに変更した.術後C4日の段階で網膜電図にて左眼の反応はみられなかった.移植片に感染の再燃なく経過したが,眼内にフィブリンによる混濁が残存したため,初回手術後C10日に再び硝子体手術を施行した.その後フィブリンは消失し,感染,炎症の再燃なく経過したため,初診後C19日で退院となった(図5).2019年C7月,術後C5カ月時点で状態は安定しているが,視力は光覚弁となった.治療経過は図6のとおりである.CII考按感染性眼内炎は,原因によって外因性と内因性に分けられる.外因性眼内炎は白内障手術などの眼内手術,穿孔性眼外傷,感染性角膜炎などによって起炎菌が直達的に波及して生じる1).内因性眼内炎は遠隔臓器から起炎菌が血行性に移行して生じる2).内因性眼内炎のリスクファクターとしては,糖尿病,高齢者,臓器膿瘍があげられる.膿瘍では肝膿瘍,肺炎,中枢神経系感染,心内膜炎,腎尿路感染の順に頻度が多い3).本症例は,全身の感染精査も行ったが,明らかな感染巣はなく,内因性眼内炎は否定的であった.術前に採取した眼脂培養および術中に採取した硝子体からCStreptococcuspneumoniaが検出されたことから,感染性角膜炎から二次的に眼内炎に波及した外因性眼内炎であると考えられた.本症例では,角膜ヘルペスの治療としてベタメタゾン点眼が長期に使用されていた.ベタメタゾン点眼により易感染性となり,感染が成立しやすい環境であったと考えられる.また,角膜感染症におけるステロイド投与は感染所見をマスクして感染を悪化させる可能性がある4).原因菌はCStreptococcusCpneumoniaであった.Streptococ-cuspneumoniaは上気道などに存在するグラム陽性双球菌である.莢膜を有し,好中球による貪食に抵抗するため,StreptococcusCpneumoniaによる角膜炎は重篤になりやすく,深部まで進展して穿孔しやすいといわれている5).感染性角膜炎から眼内炎に波及する例は少ないが,角膜穿孔すると眼内炎発生のリスクとなりうる6).感染性角膜炎から穿孔に至った原因としては,StreptococcusCpneumoniaが重篤になりやすいという理由が主であると考える.早期発症の眼内炎では,急激な視力低下,眼痛などの自覚症状を伴う7)が,角膜(119)あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C1159ヘルペスによる視力低下がもともと存在したこと,角膜知覚低下も生じていたことなども診断が遅れた一因をなしていると推察された.有水晶体眼であったにもかかわらず眼内へ波及した経路としては,瞳孔を含む領域に角膜感染巣が存在していたことを考えると,角膜穿孔に至り虹彩嵌頓したため,角膜感染巣から直接虹彩上皮側を伝い硝子体側へ病原体が侵入した可能性がある.硝子体手術中に虹彩裏面に著明な膿瘍を認めたことからも,このことが推察される.また,Cloquet管を通る経路も考えられる.毛様体で産生された房水は,胎生期の一次硝子体遺残物と考えられるCClo-quet管を通り,黄斑前の硝子体ポケットに流入することが報告されており8),Cloquet管を通り黄斑前の硝子体ポケットに流入する房水の流れに乗って眼内へと波及した可能性がある.以上,筆者らは眼内炎に進展した肺炎球菌性角膜炎を経験した.有水晶体眼でも角膜穿孔から眼内炎に至る可能性があり注意を要する.文献1)DurandML:BacterialCandCfungalCendophthalmitis.CClinCMicrobiolRevC30:597-613,C20172)喜多美穂里:転移性眼内炎.あたらしい眼科C28:351-356,C20113)JacksonCTL,CEyKynCSJ,CGrahamCEMCetal:EndogenousCbacterialendophthalmitis:AC17-yearCprospectiveCseriesCandCreviewCofC267CreportedCcases.CSurvCOpthalmolC48:C403-423,C20034)外園千恵:角膜感染症の治療におけるステロイドの扱い.眼科グラフィック4:297-301,C20155)感染性角膜炎診療ガイドライン第C2版作成委員会:感染性角膜炎の診断.感染性角膜炎のガイドライン(第C2版).日眼会誌117:472-483,C20136)HenryCR,FlynnHWJr,MillerDetal:Infectiouskerati-tisCprogressingCtoendophthalmitis:aC15-yearCstudyCofCmicrobiology,CassociatedCfactors,CandCclinicalCoutcomes.COphthalmologyC119:2443-2449,C20127)上野千佳子,五味文:硝子体注射後眼内炎.あたらしい眼科28:357-361,C20118)岸章治:黄斑と硝子体.日眼会誌C119:117-143,C2015***1160あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(120)

前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を生じた流行性角結膜炎の1例

2017年6月30日 金曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(6):880.882,2017c前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を生じた流行性角結膜炎の1例佐渡一成*1西口康二*2横倉俊二*2*1さど眼科*2東北大学病院眼科ACaseofEndophthalmitisAssociatedwithEpidemicKeratoconjunctivitisKazushigeSado1),KojiMNishiguchi2)andSyunjiYokokura2)1)SadoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmoligy,TohokuUniversity今回筆者らは,流行性角結膜炎(EKC)による眼内炎の1例を報告する.症例は48歳の男性.2日前からの右眼疼痛,発赤,視力低下を主訴に,さど眼科を土曜日の午後に受診した.初診時,右眼角膜上皮欠損だけでなく,前房蓄膿およびフィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を認め,視力は右眼0.07,左眼は1.2であった.入院での精査・加療目的で紹介した東北大学病院で,アデノウイルス抗原が検出されたため,局所抗生物質とステロイドの点眼による外来での治療が選択された.16日後には治癒し,視力は0.9に回復した.筆者らが調べたかぎりでは,本例は激しいぶどう膜炎(眼内炎)を伴うEKCの最初の報告である.Wedescribeacaseofendophthalmitisassociatedwithepidemickeratoconjunctivitis(EKC).A48-year-oldmalepresentedtoourclinicwithrighteyepain,rednessandworseningvisionof2days’duration.Whenweexam-inedhim,therewasnotonlycornealerosion,butalsoahypopyon(pus)and.brinoidreactioninhisrightanteriorchamber.Visualacuitywas0.07intherighteyeand1.2intheleft.AtTohokuUniversityHospital,adenovirusantigenwasdetectedandtopicalantibioticsandsteroidweregiven.By16dayslater,hisvisionhadrecoveredto0.9.Toourknowledge,thisisthe.rstcaseofEKCwithendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):880.882,2017〕Keywords:流行性角結膜炎,前房蓄膿,フィブリン析出,ぶどう膜炎,眼内炎.epidemickeratoconjunctivitis,hypopyon,.brinoidreaction,uveitis,endophthalmitis.はじめに流行性角結膜炎(epidemickeratoconjunctivitis:EKC)は感染力がきわめて強いため,児童・生徒であれば,感染の恐れがなくなるまで登校禁止となる(学校保健安全法).また,成人の場合でも原則的に出勤停止となり,とくに入院患者や医療従事者の感染は患者への二次感染を引き起こすことがあるので,感染拡大に注意しなければならない疾患である.今回は,前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎のため,当初は入院での精査・加療を想定して東北大学病院(以下,大学病院)に紹介したものの,大学病院の担当医が入院前にEKCに気づき,外来治療にて治癒した症例を経験したので考察を加えて報告する.I症例患者:48歳,男性.既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:2日前からの右眼視力低下,充血,疼痛,眼瞼腫脹を訴え(眼脂の訴えはなかった),2015年8月,ロシアからの帰国後空港から直接,さど眼科(以下,当院)を受診した.初診時所見:受付で右眼の充血を認めたため視力などの検査の前に細隙灯顕微鏡で診察したところ,図1~3のような前房蓄膿,フィブリン析出,角膜上皮欠損を認めたため,この時点で大学病院に紹介すべきだと判断した(左眼には異常を認めなかった).そして,急速に悪化する可能性を考え〔別刷請求先〕佐渡一成:〒980-0021仙台市青葉区中央2-4-11水晶堂ビル2Fさど眼科Reprintrequests:KazushigeSado,M.D.,SadoEyeClinic,2-4-11ChuoAoba-ku,Sendai-shi,Miyagi980-0021,JAPAN880(122)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(122)8800910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1前房蓄膿(初診時)図3角膜上皮欠損(初診時)て,視力を確認したところ,視力は右眼0.07(矯正不能),左眼は矯正(1.2)であった.経過:土曜日の午後であったため,視力が確認できたところで大学病院眼科の当直医に電話で状況を説明し精査・加療を依頼した.大学病院に紹介して数時間後に,大学病院から「念のためアデノウイルス抗原の検出検査を行ったところ陽性であった」と電話連絡があった(塗抹検査,培養,PCRなどは行っていない).翌日(日曜日)の大学病院での再診時,びらんは改善していたため,細菌の混合感染も完全には否定できないものの,今後は当院で経過観察することになった.大学病院よりガチフロキサシン右眼1日4回点眼,フルオロメトロン0.1%右眼1日4回点眼,トロミカミド・フェニレフリン右眼1日4回点眼,オフロキサシン眼軟膏右眼1日6回点入が処方された.2日後の月曜日に当院再診.びらん,前房蓄膿,フィブリンのすべてが明らかに減少しており,3日後には,びらん消失,前房蓄膿,フィブリンともに(±).10日後には結膜充血軽度,角膜混濁軽度となり,16日後には軽度の角膜混濁が残っていた(図4)が,後眼部にも異常図2フィブリン析出(初診時)図4角膜混濁(16日後)は認めなかったことから治癒と判断した.矯正視力も(0.9)と改善していた.II考察EKCは感染力が強いため,院内感染に注意しなければならない疾患である.8型のEKC27例中3例に軽度の虹彩炎を伴っていたという報告1)はあるが,前房蓄膿やフィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を伴ったEKCという報告はみつからなかった.しかし,本例はアデノウイルス抗原の検出検査が陽性であったこと,病原体に対する特異的な治療ではなく,ニューキノロン系抗菌点眼薬および眼軟膏,ステロイド点眼薬と散瞳薬による治療だけで短期間に治癒した臨床経過から(塗抹検査,培養,PCRなどの精査は行っていないが)EKCが原因であったと考えている.当院では,充血などEKCを疑う症状がある患者が来院した場合は,①他の患者との接点を減らすために受付直後に「EKCコーナー」に案内し,②問診票記入などの準備ができ次第,診察している.(123)あたらしい眼科Vol.34,No.6,2017881筆者は,前房蓄膿・フィブリン析出を伴うぶどう膜炎を認めた時点でEKCの可能性をまったく考えなくなり,眼内炎として大学病院に精査・加療を依頼する必要があると判断してしまった.「アデノウイルス抗原陽性」という連絡を受けた後で振り返ってみると,患者はロシアから帰国直後に当院を受診していた.2日前から症状があったと話していたので,海外にいたこともあり,まったくの無治療で2日間放置したことが前房蓄膿・フィブリン析出の一因になったと思われるが,それでもまれなケースである.海外で罹患したEKCであることから(ウイルス分離やPCR法による型別鑑定は行っていないが)知られていない型によるEKCであった可能性もある.また,治癒後に角膜混濁を認めた(図4)ことから,当初は角膜びらんであったものが未治療であったために当院受診時には潰瘍に進行(悪化)していた可能性が高いと考えている.EKCで角膜びらんが生じることはめずらしいことではない2).また,角膜びらんに前房炎症を伴い,ぶどう膜炎などと間違われることもある3).この意味ではEKCにフィブリン析出・前房蓄膿を伴うことはありうることである.一方で,フィブリン析出・前房蓄膿が認められた場合は眼内炎の状態であり,もし感染性眼内炎であれば永続的な視力低下をきたす可能性もあるため,入院のうえ集中的に検査・治療が行われることも多い.EKCは院内感染拡大の危険が高い疾患なので,極力入院させないように注意しなければならないが,感染性眼内炎であれば,入院のうえタイミングを逃さずに必要な治療を行わなければならないということを考えると,今後は内眼手術の既往がなく,全身的に日和見感染の可能性が低い患者の眼内炎を経験した場合は,EKCの可能性を確認することが重要である.今回,大学病院の担当医が気づかなければ,院内感染とその拡大を生じた危険があった.眼内炎治療のために入院を検討する際には,アデノウイルス検査陰性のEKCの場合もあるもあることを踏まえて,慎重な判断が重要である.本稿の要旨は第53回日本眼感染症学会において報告した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DarougarS,GreyRH,ThakerUetal:Clinicalandepide-miologicalfeaturesofadenoviruskeratoconjunctivitisinLondon.BrJOphthalmol67:1-7,19832)下村嘉一編集:眼の感染症.p140,金芳堂,20103)井上幸次,山本哲也,大路正人ほか編集:一目でわかる眼疾患の見分け方,上巻,角結膜疾患,緑内障.p114,メジカルビュー,東京,2016***(124)

1.5%レボフロキサシン点眼液と0.3%ガチフロキサシン点眼液の白内障手術当日点眼における結膜囊減菌化試験

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1339.1343,2015c1.5%レボフロキサシン点眼液と0.3%ガチフロキサシン点眼液の白内障手術当日点眼における結膜.減菌化試験藤紀彦*1,3近藤寛之*1田原昭彦*1坂本雅子*2*1産業医科大学眼科学教室*2(財)阪大微生物病研究会*3小波瀬病院ConjunctivalSacSterilizationwith1.5%Levofloxacinor0.3%GatifloxacinOphthalmicSolutionsontheDayofCataractSurgeryNorihikoTou1,3),HiroyukiKondo1),AkihikoTawara1)andMasakoSakamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,2)MicrobialDiseasesofOsakaUniversity,3)ObaseHospitalTheResearchFoundationfor目的:1.5%レボフロキサシン(LVFX)点眼液と0.3%ガチフロキサシン(GFLX)点眼液の白内障手術当日点眼の減菌効果について検討した.対象および方法:2012年5月.11月に白内障手術を実施した患者85例122眼を対象とした.投与方法は,1.5%LVFX点眼液または0.3%GFLX点眼液を術当日手術2時間前より20分ごと3回,以後30分ごとに点眼した.点眼前,術直前に結膜.を擦過し,細菌の培養,同定および薬剤感受性検査を行った.結果:点眼前の菌検査で直接培養が陽性であった37例47眼に対する術前減菌化率は1.5%LVFX群で53.6%(15/28眼),0.3%GFLX群で52.6%(10/19眼)であった.結論:手術2時間前からの点眼による1.5%LVFX点眼液と0.3%GFLX点眼液の減菌効果に差はなかった.減菌化率が低いことから,術前の点眼期間は考慮する必要がある.Purpose:Toexaminethesterilizationefficaciesof1.5%levofloxacin(LVFX)and0.3%gatifloxacin(GFLX)ophthalmicsolutionsinstilledonthedayofcataractsurgery.Methods:Eighty-fivepatients(122eyes)undergoingcataractsurgerywereexamined.Onthedayofsurgery,1.5%LVFXor0.3%GFLXwasadministeredbyeyedropsat2-hoursbeforesurgery(threeinstillationsat20-minuteintervals,andthenonceevery30minutes).Theconjunctivalsacwasscrapedbeforethepreoperativeadministrationandimmediatelybeforesurgery.Theisolatedmicrobialstrainswerethenidentifiedandassessedforantibacterialsusceptibility.Results:Theperioperativesterilizationratesdidnotdifferbetween1.5%LVFX(53.6%;15/28eyes)and0.3%GFLX(52.6%;10/19eyes).Conclusions:Thesterilizationefficaciesofthe1.5%LVFXand0.3%GFLXsolutionsweresimilarwhentheywereadministeredby2-hoursbeforesurgery.Sincethesterilizationefficacieswerelow,theoptimaltimetoadministerthedropsbeforesurgeryneedstobefurtherexamined.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1339.1343,2015〕Keywords:レボフロキサシン点眼液,ガチフロキサシン点眼液,白内障手術,術前減菌化,眼内炎.levofloxacinophthalmicsolution,gatifloxacinophthalmicsolution,cataractsurgery,perioperativesterilization,endophthalmitis.はじめに白内障手術に伴う感染性眼内炎は,その頻度や原因,そして発症予防についてさまざまな検討がなされてきた.抗菌点眼薬による術前の結膜.内の減菌化は,眼内炎を予防する手段の一つとして広く行われている.レボフロキサシン(LVFX)は,内服,注射などさまざまな剤型があり,キノロン系抗菌薬のなかでもっとも汎用されている薬剤である.点眼薬では0.5%LVFX点眼液(製品名:クラビットR点眼液0.5%,参天製薬,以下0.5%LVFX)がその有効性と安全性から汎用されてきたが,その反面,細菌に対するLVFXの感受性低下の報告も少なくない1.3).筆者らも以前,全科の入院患者および外来患者から採取した眼脂より培養同定した細菌に対するLVFXの感受性を検討したところ,グラム陽性菌に対する耐性率が約70%であったことを報告してい〔別刷請求先〕藤紀彦:〒807-8555北九州市八幡西区医生ケ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorihikoTou,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Kitakyusyu807-8555,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(111)1339 る4).2011年に,1.5%LVFX点眼液(製品名:クラビットR点眼液1.5%,参天製薬,以下1.5%LVFX)が発売された.0.5%LVFXより前房への移行性が高く,眼内炎予防が期待される薬剤であるが,周術期の減菌化に対する報告5,6)は少ない.また,0.5%LVFXの3週間点眼投与により耐性菌への菌交代が示唆された報告7)や,抗菌薬の耐性化は総投与量に比例するとの報告8)もあることから,投与期間の短縮など,より適正な使用方法の検討が求められている.産業医科大学病院では,白内障手術時に0.3%ガチフロキサシン(GFLX)点眼液(製品名:ガチフロR点眼液0.3%,千寿製薬,以下0.3%GFLX)を使用し,手術当日および術後4週間の点眼を行っている.0.3%GFLXは,眼内炎の主要起炎菌に対する十分な抗菌力を有するとともに,MIC上昇を軽減する9,10)などの特徴があり,さらにこれまでの使用経験によりその有効性と安全性が十分に確認できている.そこで今回,筆者らは,0.3%GFLXを対照薬とし1.5%LVFXの手術当日点眼における白内障手術患者の結膜.内検出菌の減菌化率について検討した.I対象および方法本研究は事前に産業医科大学倫理委員会の承認を取得し,患者からの文書による同意を得たうえで実施した.1.対象2012年5月.11月に白内障手術を予定し産業医科大学病院に来院した20歳以上の男女を対象とした.同意取得時に次の事項のいずれかに該当する患者は対象から除外した.(1)観察期間中に抗菌薬の投与(全身投与および点眼を含む頭部への局所投与)が避けられない者(手術当日のみフルオロキノロン以外の全身薬は併用可).(2)観察期間中に抗炎症薬の投与(手術当日まで点眼を含む頭部への局所投与,手術当日以降全身投与)が避けられない者.(3)本試験期間中にコンタクトレンズ装用を希望する者.(4)フルオロキノロン系抗菌薬に対し,アレルギーあるいは重大な副作用の既往のある者.(5)重篤な基礎疾患,合併症を有するなどの理由で研究者らが本試験への参加に支障があると判断した者.2.使用薬剤および投与方法抗菌薬は,1.5%LVFXまたは0.3%GFLXを用い,手術当日の手術2時間前より20分ごと3回,以後30分ごとに継続点眼した.なお,術後は手術翌日から1日3回4週間点眼した.3.菌検査抗菌薬点眼開始前(以下,点眼前),手術当日の術直前(以下,術前)に細菌検査を実施した.細菌検査に用いる検体は,1340あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015滅菌綿棒で結膜.を擦過することにより採取し,輸送用培地(ANAポート)に入れ凍結保存した後,(財)阪大微生物病研究会に送付した.直接培養は,5%羊血液加コロンビア寒天培地またはチョコレート寒天培地にて36.5℃,好気下で24.48時間,または5%羊血液加コロンビア寒天培地にて36.5℃,嫌気下で1.5日間で分離培養した.直接培養で細菌の増殖が認められなかった場合,臨床用TGC培地にて36.5℃で1.2週間増菌培養を行った.細菌の発育を認めた検体は直接培養および増菌培養ともに細菌同定検査を行った.同定された細菌について,眼科用薬剤感受性プレートSG17(栄研化学,東京)にて最小発育阻止濃度(MIC)(μg/ml)測定を行った.4.評価方法1.5%LVFX群および0.3%GFLX群における手術当日の点眼開始前に対する減菌化率を算出し,薬剤間の減菌化の比較を行った.減菌化率は,菌陰性眼数/点眼開始前菌陽性眼数×100(%)とし,直接培養における減菌化率を算出した.結果の解析は,c2検定で行い,有意水準は両側5%とした.また,直接培養および増菌培養を含めた減菌化率も同様に算出した.MICが測定可能であった主要な菌については,MIC90を算出した.薬剤感受性の判定はCLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute)基準に準拠し,MIC値に応じて,「S」を感性,「I」を中間,「R」を耐性と区別し,耐性の割合について評価した.なお,Corynebacteriumspp.は設定がないため,ブドウ球菌属の値を代用した.II結果1.症例の内訳(表1)本研究には85例122眼(1.5%LVFX:42例58眼,0.3%GFLX:43例64眼)が登録された.ここから,点眼前または術前の菌検査が未実施の5眼(1.5%LVFX:5眼),増菌培養を含めて点眼前の菌検査が陰性であった24眼(1.5%LVFX:7眼,0.3%GFLX:17眼)を除く,66例93眼(1.5%LVFX:33例46眼,0.3%GFLX:33例47眼)が直接培養および増菌培養の評価対象となった.このうち,直接培養のみの評価対象は37例47眼(1.5%LVFX:22例28眼,0.3%GFLX:15例19眼)であった.2.菌検査結果点眼前の菌検査で直接培養のみで陽性であった37例47眼からは73株(1.5%LVFX:49株,0.3%GFLX:24株)が検出され,その割合はCorynebacteriumspp.が42.5%(31/73株),Propionibacteriumacnesが21.9%(16/73株),Staphylococcusepidermidisが13.7%(10/73株)の順でグラム陽性菌が多くを占めた.また,直接培養および増菌培養が陽性であった66例93眼より158株(1.5%LVFX群:85株,0.3%GFLX群:73(112) 株)が検出された(図1).このなかで多く検出された菌は,Propionibacteriumacnesでその割合は37.3%(59/158株)であった.次いで,Corynebacteriumspp.が21.5%(34/158株),Staphylococcusepidermidisが17.1%(27/158株)であった.表1症例の内訳1.5%0.3%LVFX群GFLX群合計症例数22例28眼15例19眼37例47眼平均年齢73.0±9.872.1±15.972.7±12.5直接培養(歳)男性13例17眼6例8眼19例女性9例11眼9例11眼18例症例数33例46眼33例47眼66例93眼直接培養平均年齢72.4±9.772.2±12.272.3±11.0+(歳)増菌培養男性18例27眼15例22眼33例女性15例19眼18例25眼33例0.6%3.2%0.6%2.5%37.3%7.0%17.1%2.5%0.6%3.2%2.5%1.3%21.5%StaphylococcusaureusMRSAStaphylococcusepidermidisCNS(S.epidermidisを除く)StreptococcuspneumoniaeStreptococcusspp.EnterococcusfaecalisEnterococcusspp.Corynebacteriumspp.Propionibacteriumacnesその他グラム陽性菌Morganellamorganiiその他グラム陰性菌3.手術前減菌化率点眼前菌陽性眼を対象とした直接培養による手術前減菌化率は,1.5%LVFX群で53.6%(15/28眼),0.3%GFLX群で52.6%(10/19眼)であり,両群間に統計学的に有意な差は認められなかった(c2検定,p=0.9495).また,直接培養および増菌培養による手術前減菌化率は,1.5%LVFX群で30.4%(14/46眼),0.3%GFLX群で17.0%(8/47眼)であり,両群間において統計学的に有意な差は認められなかった(c2検定,p=0.1280)(表2).菌別の手術前減菌化率は,直接培養で検出されたすべての菌において1.5%LVFX群69.4%(34/49株),0.3%GFLX75.0%(18/24株),直接培養および増菌培養では1.5%LVFX群60.0%(51/85株),0.3%GFLX群57.5%(42/73株)であった.直接培養および増菌培養における検出菌ごとの手術前減菌化率は,表3に示した.表2術前減菌化率(結膜.内由来菌)直接培養直接培養+増菌培養LVFX群GFLX群LVFX群GFLX群点眼前菌陽性眼28194647菌陽性眼1393239菌消失眼1510148術前減菌化率(%)53.652.630.417図1点眼開始前検出菌158株(直接培養+増菌培養)表3検出菌別手術前減菌化率(直接培養および増菌培養)1.5%LVFX群0.3%GFLX群減菌化例/採用例減菌化率(%)減菌化例/採用例減菌化率(%)Staphylococcusaureus1/2.3/3.MRSA2/2.2/2.Staphylococcusepidermidis10/1662.54/1136.4CNS(S.epidermidisを除く)1/2.2/2.Streptococcuspneumoniae1/1…Streptococcusspp.2/3.2/2.Enterococcusfaecalis1/2.0/2.Enterococcusspp…2/2.Corynebacteriumspp.10/18508/1650Propionibacteriumacnes16/325013/2748.1その他グラム陽性菌6/61005/5100Morganellamorganii1/1…その他グラム陰性菌..1/1.合計51/856042/7357.5症例数が5例未満の場合,菌別減菌化率の算出は行わなかった.(113)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151341 4.点眼前後の薬剤感受性点眼前に直接培養または増菌培養により検出され,かつMICが測定できたおもな検出菌の各薬剤におけるMIC90は次のとおりであった.Corynebacteriumspp.34株のMIC90はLVFXが128μg/ml(0.25.>128μg/ml),GFLXが32μg/ml(0.25.128μg/ml),Staphylococcusepidermidis27株のMIC90は,LVFXが64μg/ml(0.25.>128μg/ml),GFLXが16μg/ml(0.25.64μg/ml),Propionibacteriumacnes15株のMIC90はLVFXが1μg/ml(0.25.16μg/ml),GFLXが0.5μg/ml(0.25.0.5μg/ml)であった.また,CLSI基準によるおもな検出菌の耐性率は,LVFX,GFLXでそれぞれ,Corynebacteriumspp.で73.5%(25/34株),64.7%(22/34株),Staphylococcusepidermidisで59.3%(16/27株),55.6%(15/27株),Propionibacteriumacnesで6.7%(1/15株),0.0%(0/15株)であった.III考察内眼手術前患者の結膜.内常在菌に対するLVFX耐性状況を検討した櫻井らの報告1)では,StaphylococcusepidermidisのLVFX耐性率は24.8%であり,キノロン耐性株も少なからず検出されている.また,0.5%LVFXの3週間点眼投与においてStaphylococcusepidermidisの薬剤感受性とキノロン耐性決定領域遺伝子変異との関係を検討したMiyanagaらの報告7)では,methicillin-resistantStaphylococcusepidermidisの割合は点眼前33%で,点眼3週間後には73%と上昇している.このとき,同様の条件で投与した0.3%GFLXでは点眼前43%,点眼3週間後40%と差はなかった.一方,結膜.から分離されたmethicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococciのキノロン耐性について検討した星らの報告2)では,GFLXやモキシフロキサシンなどの第4世代のキノロンには感受性であってもオフロキサシンやLVFXに耐性を示す株が43.4%とキノロン間でも差があることが示唆されている.今回,点眼前に検出されたStaphylococcusepidermidisに対するLVFXおよびGFLXの耐性率をCLSI基準に準拠し算出したところ,59.3%,55.6%と高く,Staphylococcusepidermidisのキノロンに対する耐性化が示唆された.LVFXだけでなくGFLXの耐性率が高くなっている理由としては,フルオロキノロン間での交叉耐性が認められるとの羽藤らの報告11)より,LVFXの耐性率の増加とともにGFLXの耐性率も増加している可能性が考えられた.一方,点眼前のStaphylococcusepidermidisに対するMICは,LVFXでは0.25.>128μg/mlと広範囲に分布し,術前においても128μg/ml未満の株が検出され,高濃度製剤であっても1回の点眼では,高度耐性株を減菌できないことが示唆された.GFLXでは0.25.64μg/mlと広範囲に分布1342あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015していたが,点眼前も術前もMICが128μg/ml以上を示すような高度耐性株は認められなかった.このように耐性率は同程度であっても,MICでは差が認められた.0.5%LVFXと0.3%GFLXを比較した矢口らの報告12)では,手術前1週間,1日4回点眼による減菌化率は,0.5%LVFX群で70.0%,0.3%GFLX群で74.3%であった.また,望月ら13)は,白内障および緑内障周術期の術前減菌化率を検討し,術前3日前から1日4回点眼したときの術前減菌化は0.5%LVFX群が93.3%,0.3%GFLX群が95.8%であったと報告している.今回の1.5%LVFXと0.3%GFLXの減菌化率は,それぞれ53.6%と52.6%であった.これは,施設,投与方法および培養条件などに違いがあるとはいえ,既報の結果と比べても低い値だと考えられる.志熊ら14)は,点眼日数による減菌化率を検討し,0.5%LVFX点眼を1日5回点眼したときの手術前1日点眼群での減菌化率は88.2%,手術前3日点眼群では95.8%であり,有意差は認められていないものの3日点眼のほうが高い傾向にあったと報告している.また,日本眼感染症学会が術前点眼を検討した報告15)でも,1日前投与より3日前点眼の減菌効果が高く,より眼内炎の予防に適していると結論づけられている.また,1.5%LVFX点眼の減菌化を検討した南ら5)およびSuzukiら6)の報告では,手術3日前から1日3回投与で検討を行っており,減菌化率はそれぞれ93%,86.7%であった.これらの報告からすると,今回の術前減菌化率の低さは術前の点眼期間に依存する結果と考えられ,高濃度製剤である1.5%LVFX点眼液であっても術前の点眼期間を考慮する必要があると考えられた.今回の検討から,1.5%LVFXと0.3%GFLXの減菌化率は差がなかった.また,過去の報告と比較して術前の減菌化率が低いことより術前の点眼期間を考慮する必要があることが示唆された.今後,使用方法については,さらなる検討が必要であると考えられた.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512-517,20103)小前恵子,山上聡,亀井裕子ほか:内眼手術前患者の結膜.内常在菌と薬剤耐性.眼臨紀4:1137-1140,20114)藤紀彦,山下美恵,田原昭彦:眼脂培養からの同定菌のフルオロキノロンに対する耐性の比較検討.臨眼60:703706,20065)南雅之,長谷川裕基,藤澤邦見:レボフロキサシン点眼1.5%の周術期無菌化療法.臨眼67:1381-1384,2013(114) 6)SuzukiT,TanakaH,ToriyamaKetal:Prospectiveclinicalevaluationof1.5%levofloxacinophthalmicsolutioninophthalmicperioperativedisinfection.JOculPharmacolTher29:887-892,20137)MiyanagaM,NejimaR,MiyaiTetal:Changeindrugsusceptibilityandthequinolone-resistancedeterminingregionofStaphylococcusepidermidisafteradministrationoffluoroquinolones.JCataractRefractSurg52:151-161,20088)NeuhauserMM,WeinsteinRA,RydmanRetal:Antibioticresistanceamonggram-negativebacilliinUSintensivecareunits:implicationsforfluoroquinoloneuse.JAMA289:885-888,20039)TakeiM,FukudaH,KishiiRetal:Targetpreferenceof15quinolonesagainstStaphylococcusaureus,basedonantibacterialactivitiesandtargetinhibition.AntimicrobAgentsChemother45:3544-3547,201110)FukudaH,KishiiR,TakeiMetal:Contributionsofthe8-methoxygroupofgatifloxacintoresistanceselectivity,targetpreference,andantibacterialactivityagainstStreptococcuspneumoniae.AntimicrobAgentsChemother45:1649-1653,200111)羽藤晋,南川洋子,山田昌和:結膜.から分離されたブドウ球菌に対する二変量ノンペラメトリック密度を用いた薬剤感受性分布解析.あたらしい眼科24:663-667,200712)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科23:499-503,200613)望月英毅,高松倫也,木内良明:ガチフロキサシンとレボフロキサシン点眼による白内障および緑内障周術期の減菌効果.臨眼64:231-237,201014)志熊徹也,松本哲哉:白内障術前患者の結膜.内常在菌と培養方法の検討.眼臨101:254-258,200715)InoueY,UsuiM,OhashiYetal:Preoperativedisinfectionoftheconjunctivalsacwithantibioticsandiodinecompounds:aprospectiverandomizedmulticenterstudy.JpnJOphthalmol52:151-161,2008***(115)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151343

白内障術後眼内炎の発症におけるアルミニウムの関与の検討

2015年5月31日 日曜日

《第48回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科32(5):705.710,2015c白内障術後眼内炎の発症におけるアルミニウムの関与の検討山川直之片平晴己上田俊一郎水澤剛後藤浩東京医科大学臨床医学系眼科学分野InvolvementofAluminumintheOnsetofEndophthalmitispostCataractSurgeryNaoyukiYamakawa,HarukiKatahira,ShunichiroUeda,TsuyoshiMizusawaandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUnivresity目的:わが国で特定の眼内レンズを使用した白内障術後に,遅発性眼内炎が多発し,摘出された眼内レンズから微量のアルミニウムが検出され,眼内炎との関与が疑われた.そこで家兎硝子体内にアルミニウムを注入し,炎症反応の有無について検討した.方法:有色家兎の片眼にアルミニウムを,対照として僚眼にBSSPLUSRを硝子体内へ注入した.事前にアルミニウムで感作した家兎にも同様の処置を施した.経過を細隙灯顕微鏡検査,前房フレア測定,摘出眼球の病理組織学的検索によって検討した.結果:注入後1日目にはアルミニウム注入眼および対照眼ともに同程度のフィブリン析出とフレアの上昇を認めた.病理組織検索では隅角付近に存在する細胞の密度が高く観察されたが,対照と有意な差はなかった.アルミニウムで感作した家兎においてもとくに強い炎症反応は認められなかった.結論:家兎の眼内に微量のアルミニウムを懸濁液として注入しただけでは炎症反応は生じない.Objective:InJapan,delayed-onsetendophthalmitisoccurredatahighfrequencypostcataractsurgeryduetotheuseofaspecificbrandofintraocularlens(IOL).TraceamountsofaluminumweredetectedintheextractedIOLs.Therefore,involvementofaluminuminendophthalmitiswassuspected.Inthisstudy,weexaminedwhetherornotintravitrealinjectionofaluminumintorabbiteyeselicitsaninflammatoryresponse.Methods:Usingcoloredrabbits,weperformedintravitrealinjectionofaluminumintooneeyeandBSSPLUSR(AlconLaboratories,Inc.FortWorth,TX)sterileintraocularirrigationsolutionintothefelloweyeasacontrol.Thesameprocedureswerealsoperformedinrabbitspreviouslysensitizedbyaluminum.Theclinicalcoursewasobservedbyslit-lampmicroscopyexamination,measurementofflareintheanteriorchamber,andhistopathologicalexaminationofenucleatedeyes.Results:Onday1afterinjection,thesamedegreesoffibrindepositionandflarewereobservedinthealuminum-injectedandcontroleyes.Histopathologicalexaminationshowedahigherdensityofcellsinthevicinityoftheangleinthealuminum-injectedeyes,buttherewasnosignificantdifferenceinthecontroleyes.Nostronginflammatoryresponsewasfoundinthealuminum-sensitizedrabbits.Conclusions:Intravitrealinjectionoftraceamountsofaluminumsuspensionaloneintorabbiteyesdoesnotelicitinflammatoryresponse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):705.710,2015〕Keywords:眼内レンズ,眼内炎,アルミニウム,家兎,遅発性.intraocularlens,endophthalmitis,aluminium,rabbit,lateonset.はじめに2011年11月から2013年2月にかけ,特定の眼内レンズ(intoraocularlens:IOL)iSertRMicro(モデル251,255)およびAF-1iMics1(モデルNY-60)(いずれもHOYA社製)が挿入された白内障術後に,通常より高頻度に眼内炎が発症するという報告があった.すなわち,一般的には0.052%1)と報告されている白内障術後眼内炎が,これらのIOL挿入後には0.244%と,5倍近くの数字であることが判明した(メーカー算出のIOL挿入枚数から割り出した発症頻度).その大多数が非感染性の眼内炎と思われる臨床症状を呈し,ステロイド治療によく反応したことから,toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)2)に類似した病態であることが推測された.しかし,発症のピークが術後1.2カ月と比較的遅い時期にみられた点は,通常のTASSとは異なっていた.この眼内炎の発症原因の一つとして,アルミニウムの関与〔別刷請求先〕山川直之:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野Reprintrequests:NaoyukiYamakawa,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUnivresity,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(95)705 が推定された.その理由は,シンガポールにある同IOLの製造工場で,IOLを洗浄する治具の表面処理をアルマイトからテフロンコートに変更した時期と眼内炎発症の時期が一致した点,さらに患者から摘出されたIOL表面からアルミニウムの付着が確認されたことにある3).洗浄用治具のテフロンコートへの変更は治具自体によるレンズの傷を防ぐ目的で行われたが,このテフロン樹脂が劣化によって.離し,母材であるアルミニウム合金が露出してIOL表面に付着したと考えられている.また,回収されたIOLに付着していたアルミニウムの量は,1枚あたり多くてもISOに定められている無機物付着量0.2μg以下であったとメーカーから厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)へ報告されている.以上の背景を踏まえ,本研究では家兎を用いアルミニウムが眼内に及ぼす影響について,硝子体内にアルミニウムの投与を行うことによって,炎症反応の有無を確認した.今回の実験ではアルミニウムがより長期間に眼内に滞留するよう,前房内ではなく,硝子体内への注入を行った.また,アルミニウムに感作された状態,すなわち,あらかじめアルミニウムを接種した家兎の硝子体内にアルミニウム投与を行い,同様に炎症反応が惹起されるか否かについて検討した.I実験材料および実験方法1.アルミニウム懸濁液(Al懸濁液)の作製アルミニウムは,実際にIOL洗浄治具に使用されていたものと同じA2017合金を使用し,無菌的にジルコニアセラミックスヤスリを用いて粉末状にした後,70μm(CellStrainer,BDFalcon)の篩をかけて粒子の大きさを一定に揃えた.その後,眼内灌流液0.0184%(BSSPLUSR,アル表1前眼部炎症症状の重症度判定基準症状判定基準重症度点数眼脂著明な眼脂中等度の眼脂わずかな眼脂なし3点2点1点0点結膜充血著明な充血中等度の充血軽度の充血なし3点2点1点0点角膜混濁混濁(虹彩透見不能)散在性またはびまん性の浮腫部分的な浮腫なし3点2点1点0点フィブリン析出前房全体を満たすフィブリン部分的に満たすフィブリンわずかなフィブリンなし3点2点1点0点コン)で2種類の濃度(0.4μg/100μl,4μg/50μl)に調整し,実験に使用した.2.実験動物有色家兎(ダッチラビット:体重1.5.2kg)雄8匹を実験に使用した.3.観察項目a.細隙灯顕微鏡検査硝子体注入前,硝子体注入後1,3,7,9,14,21,28,35,49,63日目に細隙灯顕微鏡による前眼部の観察を行い,表1のような重症度判定基準に従い,炎症の程度をスコア化して評価した.b.前房フレア測定興和社製FM-600(マニュアル測定モード)を使用し,硝子体注入前,硝子体注入後1,3,7,9,14,21,28,35,49,63日目にフレア値を測定した.c.病理組織学的検索硝子体注入後63日目にペントバルビタールナトリウム注射液(ソムノペンチルR,共立製薬)の静脈内投与により家兎を安楽死させ,眼球を摘出した.眼球に割を加え,10%中性緩衝ホルマリン液内に静置し,48時間以上固定した.その後は型どおり細切後,上昇エタノール系列で脱水した.パラフィンで包埋後,薄切切片を作製しヘマトキシリン・エオジン染色により光学顕微鏡による観察を行った.4.実験方法実験(1):Al懸濁液硝子体注入家兎は0.4%塩酸オキシブプロカイン点眼液(べノキシールR,参天製薬),トロピカミド・塩酸フェニレフリン点眼液(ミドリンPR,参天製薬),レボフロキサシン点眼液(クラビットR0.5%,参天製薬)の点眼後,ペントバルビタールナトリウム(ソムノペンチルR,共立製薬)約30mg/kgとキシラジン塩酸塩(セラクタールR,バイエル製薬)約5mg/kg,および滅菌蒸留水の混合液を腹腔内に注射して全身麻酔を行った.16倍希釈のポビドンヨード液(イソジンR液10%,明治製菓)を用いて洗眼し,手術用顕微鏡下に角膜輪部から30G針で前房水を採取の後,毛様体扁平部から27G針で家兎の片眼にAl懸濁液(右眼:0.4μg/100μlまたは4μg/50μl)を硝子体内へ注入した.対照として僚眼にBSSPLUSR(左眼:100μlまたは50μl)を硝子体内へ注入した.表2Al注入処置後の点眼スケジュール硝子体注入後1.7日目8.21日目22.35日目36.63日目散瞳薬○○..ステロイド○…抗菌薬○…NSAIDs○○○.○:点眼(2回/日),.:点眼なし.706あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(96) 注入翌日から表2に示したタイムスケジュールで点眼を行っムフェナックナトリウム点眼液(ブロナックR0.1%,千寿製た.点眼薬には散瞳薬としてトロピカミド・塩酸フェニレフ薬)を使用した.リン点眼液(ミドリンPR,参天製薬),ステロイド薬として実験(2):アルミニウム感作した家兎に対するAl懸濁液デキサメタゾン点眼液(D・E・X0.1%,日東メディック)硝子体注入抗菌薬としてレボフロキサシン点眼液(クラビットR0.5%,(,)Al懸濁液(4mg/ml)と完全フロインドアジュバンド参天製薬),非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)としてブロ(DIFCO)を1:1の割合で乳化混和し,家兎の背部の皮下にab注入前日目日目日目日目日目日目日目日目日目日目0:BSSPLUS.■:BSSPLUS.■:Al懸濁液■:Al懸濁液50μl100μl4μg/50μl0.4μg/100μl重傷度点数3注入前日目日目日目日目日目日目日目日目日目日目0:BSSPLUS.■:BSSPLUS.■:Al懸濁液■:Al懸濁液50μl100μl4μg/50μl0.4μg/100μl3重傷度点数2211図1実験(1)における前眼部炎症の推移a:角膜混濁,b:フィブリン析出.各値は2例の平均値を示す.散瞳薬,NSAIDs,ステロイド,抗菌薬処置前1日目3日目7日目9日目日目日目日目日目日目日目:BSSPLUS.:BSSPLUS.:Al懸濁液:Al懸濁液50μl100μl4μg/50μl0.4μg/100μlPhotoncount/ms50.040.030.020.010.00.0散瞳薬,NSAIDsNSAIDs点眼なし60.0図2実験(1)における前房フレア値の推移各値は2例の平均値を示す.aabb図3実験(1)における隅角付近の病理組織染色(代表例,63日目)a:Al懸濁液(4μg),b:BSSPLUSR.(97)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015707 注射してAlによる感作を行った.この免疫操作の1カ月後に実験(1)と同様,アルミニウムを硝子体内へ注入した.その後の点眼も実験(1)と同様に行った.II実験結果実験(1)のAl懸濁液硝子体注入後には眼脂,結膜充血,角膜混濁,前房内のフィブリン析出などの症状が認められa3た.角膜混濁とフィブリン析出をスコア化した推移を図1に示す.角膜混濁は,Al懸濁液注入および対照のいずれも非常に軽微な所見であった(図1a).フィブリンの析出は,Al懸濁液注入および対照のいずれも注入後3日目まで一過性にみられたが,両者の間に明らかな差はみられなかった(図1b).図2に前房フレア値の推移を示す.注入後1日目には前房穿刺と硝子体注入操作によって生じたと考えられるフレb3:BSSPLUS.50μl■:BSSPLUS.100μl注入前日目日目日目日目日目日目日目日目日目日目0:BSSPLUS.■:BSSPLUS.■:Al懸濁液■:Al懸濁液50μl100μl4μg/50μl0.4μg/100μl重傷度点数重傷度点数22■:Al懸濁液4μg/50μl■:Al懸濁液0.4μg/100μl11日目日目0図4実験(2)における前眼部炎症の推移a:角膜混濁,b:フィブリン析出.各値は2例の平均値を示す.散瞳薬,NSAIDs,ステロイド,抗菌薬:BSSPLUS.:Al懸濁液:Al懸濁液100μl4μg/50μl0.4μg/100μl散瞳薬,NSAIDsNSAIDs点眼なしPhotoncount/ms60.050.040.030.020.010.0:BSSPLUS.50μl0.0図5実験(2)における前房フレア値の推移各値は2例の平均値を示す.aabb図6実験(2)における隅角付近の病理組織像(ヘマトキシリン・エオジン染色,63日目)a:Al懸濁液(4μg),b:BSSPLUSR.両者の間にとくに有意差は認められない.708あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(98) ア値の上昇がみられたが,とくにAl懸濁液注入によって強い炎症が惹起されることはなかった.図3に注入63日目における隅角付近の病理組織像の代表例を示す.Al懸濁液注入(図3a)および対照(図3b)のいずれも,線維柱帯付近に存在する細胞の密度が高く観察されたが,正常眼と比較して有意な差ではなく両者の間にも明らかな差は認められなかった.実験(2)のアルミニウム感作した家兎に対するAl懸濁液硝子体注入では,前眼部症状として眼脂,結膜充血,角膜混濁,前房内のフィブリン析出などの症状が同様に観察された.角膜混濁も実験(1)と同様に軽微な症状であった(図4a).また,フィブリンの析出は実験(1)の結果と同様,注入操作に伴う一過性の反応がみられるのみで,アルミニウムによる感作の影響は確認されなかった(図4b).前房フレア値の推移では,注入後1日目に一過性の上昇がみられるのみで,アルミニウムに感作された家兎の硝子体にアルミニウムを注入しても,とくに強い炎症反応は認められなかった(図5).病理組織学的にも実験(1)と同様,Al懸濁液注入(図6a)および対照(図6b)との間に明らかな差はみられなかった.III考按生体に対するアルミニウムの毒性4,5)については歯科用インプラント材料の分野で報告があり,培養細胞を直接アルミニウム板の表面で培養すると生存率が著しく低下することが報告されている.また,眼に対する影響については,IOL表面に付着した微量のアルミニウムを含む金属が眼内にあっても炎症反応がみられなかったとする報告6)があり,実験的に家兎前房内にアルミニウム粉末を投与した報告7)では,1眼あたり20μgのアルミニウムを投与すると結膜浮腫,フレアの出現,虹彩血管拡張,フィブリン析出などの炎症反応が生じたという.今回の実験で,家兎の眼内(有硝子体眼の硝子体中)に微量のアルミニウム懸濁液を投与したのみでは,有意な炎症反応は惹起されないことが明らかとなった.また,家兎がアルミニウムに確実に感作されたかについては確認していないが,アルミニウムを事前に免疫した家兎の眼内にアルミニウム懸濁液を投与しても,とくに強い炎症反応は惹起されなかった.その理由の一つとして,微量のアルミニウムが眼内(前房や硝子体)に存在しても,房水循環などにより眼外に速やかに排出されることでとくに問題は生じないものと考えられた.しかし,実際の眼内炎では眼内レンズとともにアルミニウムは水晶体.内に長期間留まって水晶体上皮細胞やマクローファージなどの免疫担当細胞との反応を起こす可能性やアルミニウム自身に起こる何らかの変性によって引き起こされる反応,さらに患者自身のアルミニウムに対する反応性の違いなども考えられる.こうしたアルミニウムの曝露される状況の違いによって,今回は炎症反応が生じなかったものと考えられた.これまで遅発性の眼内炎でTASS様の症状を生じた事例としては,MemoryLensRを用いた白内障手術における報告8)がある.その原因の一つとしてレンズを研磨する酸化アルミニウムの可能性が推測されているが,明らかな病因の特定には至っていない.アルミニウムはインフルエンザ9),三種混合,B型肝炎,HPVなどのさまざまなワクチンに添加されるアジュバントの原料である.アルミニウムが有するアジュバントとしてのメカニズムについては不明な点が多いとされてきたが,近年になってアルミニウムのアジュバントが直接マクロファージなどに作用してプロスタグランジンEを産生させ,Th2タイプの免疫反応を誘導10)したり,NALP3インフラマゾームを介して自然免疫を活性化するとの報告11)がみられる.なかでも好中球の遊走とその細胞死を誘導し,その細胞から放出される網状のDNA自体がアジュバントとなり,自然免疫を活性化することが明らかとなっている12).白内障手術では術中に水晶体上皮細胞が生体の免疫系に曝露され,さらには手術操作に伴い炎症細胞の局所への浸潤という眼内環境の変化が生じる.したがって白内障手術の際に,本来ならば眼内にあるはずのないアルミニウムがIOLに付着して眼内に持ち込まれ,マクロファージや水晶体上皮細胞などに直接作用して遅発性の眼内炎を生じた可能性は否定できない.今後,こうようなアルミニウムが有する免疫系への作用について,白内障手術という特殊な環境における影響を考慮した検討が必要と考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorsegmentinflammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19922)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOphthalmolScand85:848-851,20073)大鹿哲郎:HOYA社眼内レンズ挿入後の眼内炎症lateonsetTASSについて.IOL&RS28:177-179,20144)岡崎義光,SethumadhavanRao,麻尾茂夫ほか:相対細胞増殖率に及ぼすTi,Al,V濃度の影響.日本金属学会誌9:890-896,19965)岡崎義光,勝田真一,古木裕子ほか:相対細胞増殖率に及ぼすAl酸化皮膜の影響.日本金属学会誌9:897-901,1996(99)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015709 6)MathysKC,CohenKL,BagnellCR:Identificationofunknownintraocularmaterialaftercataractsurgery:evaluationofapotentialcauseoftoxicanteriorsegmentsyndrome.JCataractRefractSurg34:465-469,20087)CalogeroD,BuchenSY,TarverMEetal:Evaluationofintraocularreactivitytometallicandethyleneoxidecontaminantsofmedicaldevicesinarabbitmodel.Ophthalmology119:e36-e42,20128)JehanFS,MamalisN,SpencerTSetal:Postoperativesterileendophthalmitis(TASS)associatedwiththememorylens.JCataractRefractSurg26:1773-1777,20009)多田善一:H5N1インフルエンザワクチン.医学のあゆみ234:185-189,201010)KurodaE,IshiiKJ,UematsuSetal:SilicacrystalsandaluminumsaltsregulatetheproductionofprostaglandininmacrophagesviaNALP3inflammasome-independentmechanisms.Immunity34:514-526,201111)EisenbarthSC,ColegioOR,O’ConnorWetal:CrucialrolefortheNalp3inflammasomeintheimmunostimulatorypropertiesofaluminiumadjuvants.Nature453:11221126,200812)MarichalT,OhataK,BedoretDetal:DNAreleasedfromdyinghostcellsmediatesaluminumadjuvantactivity.NatMed17:996-1002,2011***710あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(100)

骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例

2014年10月31日 金曜日

1540あたらしい眼科Vol.4100,211,No.3(00)1540(118)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(10):1540.1544,2014cはじめに転移性感染性眼内炎の原因疾患としては肝膿瘍,尿路感染症などが多いとされる1)が,心内膜炎が原因となることがまれにある.筆者らの施設でも小林ら2),盛ら3)が心内膜炎に続発する転移性感染性眼内炎の症例を報告している.今回,基礎疾患に骨髄異形成症候群を持つ患者に生じた心内膜炎が原因と思われる転移性感染性眼内炎の1例を経験したので報告する.I症例症例は63歳,男性.平成22年9月中旬頃から左眼飛蚊症を自覚したため,同年9月30日,近医眼科を受診したと〔別刷請求先〕平本裕盛:〒573-1191大阪府枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuseiHiramoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shin-machi,Hirakatacity,Osaka573-1191,JAPAN骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例平本裕盛山田晴彦星野健髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ACaseofMetastaticInfectiousEndophthalmitiswithMyelodysplasticSyndromeYuseiHiramoto,HaruhikoYamada,TakeshiHoshinoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた,感染性心内膜炎が感染源として考えられる転移性感染性眼内炎の症例を報告する.症例:63歳,男性.既往に骨髄異形成症候群がありステロイド内服治療を受けていた.左眼飛蚊症を自覚して近医眼科を受診.真菌性眼内炎として前医に紹介され加療されたが,硝子体混濁の悪化を認め当院を紹介された.初診時,左眼視力は矯正0.5で濃厚な硝子体混濁を認め,眼底の下方半分が透見不能であった.前医の血液培養でa溶血性レンサ球菌が検出されており,転移性感染性眼内炎を疑い初診日に硝子体手術を行った.術後2日目に循環器内科で感染性心内膜炎と診断され転科となり,後日僧帽弁置換術を行い全身状態は軽快に向かった.眼科での術後経過は良好であり,術後5カ月経過した現在まで視力は矯正1.5を維持し,再発を認めていない.結論:骨髄異形成症候群および感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染巣として念頭に置いておくべきである.Purpose:Wereportacaseofmetastaticinfectiousendophthalmitiscausedbyinfectiveendocarditisaccompa-niedwithmyelodysplasticsyndrome.Case:Thepatient,a63-year-oldmalewithmyelodysplasticsyndrome,hadbeentreatedwithsystemiccorticosteroidforyears.Hepresentedwithfloatersinhislefteye,hadbeendiagnosedashavingfungalendophthalmitisandwastreatedwithananti-fungaldrugs.Despitetheanti-fungaltherapy,how-ever,vitreousopacityincreasedandheconsultedourhospital.Onhisfirstvisit,thelowerfundusofhislefteyewasinvisibleduetothickvitreousopacity.Aspeciesofa-Streptococcushadbeenisolatedfromhisbloodatapre-vioushospital.Wediagnosedthepatientashavingmetastaticinfectiousendophthalmitis,andperformedvitrectomyonthedayofhisfirstvisittoourhospital.Twodaysafterthesurgery,hewasdiagnosedwithinfectiousendocar-ditis.Hewasstartedonsystemicantibacterialtherapyandlaterunderwentmitralvalvereplacementsurgery.Hehadagoodpostoperativecourseinbothsystemicandophthalmologicoperations.Hefinallyachievedvisualacuityof1.5.Conclusion:Myelodysplasticsyndromeandinfectiousendocarditisseemtobeimportantasfundamentaldiseasesandprimaryfociofmetastaticendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1540.1544,2014〕Keywords:骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎,眼内炎,硝子体手術.myelodysplasticsyndrome,infectiveen-docarditis,endophthalmitis,vitrectomy.(00)1540(118)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(10):1540.1544,2014cはじめに転移性感染性眼内炎の原因疾患としては肝膿瘍,尿路感染症などが多いとされる1)が,心内膜炎が原因となることがまれにある.筆者らの施設でも小林ら2),盛ら3)が心内膜炎に続発する転移性感染性眼内炎の症例を報告している.今回,基礎疾患に骨髄異形成症候群を持つ患者に生じた心内膜炎が原因と思われる転移性感染性眼内炎の1例を経験したので報告する.I症例症例は63歳,男性.平成22年9月中旬頃から左眼飛蚊症を自覚したため,同年9月30日,近医眼科を受診したと〔別刷請求先〕平本裕盛:〒573-1191大阪府枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuseiHiramoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shin-machi,Hirakatacity,Osaka573-1191,JAPAN骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例平本裕盛山田晴彦星野健髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ACaseofMetastaticInfectiousEndophthalmitiswithMyelodysplasticSyndromeYuseiHiramoto,HaruhikoYamada,TakeshiHoshinoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた,感染性心内膜炎が感染源として考えられる転移性感染性眼内炎の症例を報告する.症例:63歳,男性.既往に骨髄異形成症候群がありステロイド内服治療を受けていた.左眼飛蚊症を自覚して近医眼科を受診.真菌性眼内炎として前医に紹介され加療されたが,硝子体混濁の悪化を認め当院を紹介された.初診時,左眼視力は矯正0.5で濃厚な硝子体混濁を認め,眼底の下方半分が透見不能であった.前医の血液培養でa溶血性レンサ球菌が検出されており,転移性感染性眼内炎を疑い初診日に硝子体手術を行った.術後2日目に循環器内科で感染性心内膜炎と診断され転科となり,後日僧帽弁置換術を行い全身状態は軽快に向かった.眼科での術後経過は良好であり,術後5カ月経過した現在まで視力は矯正1.5を維持し,再発を認めていない.結論:骨髄異形成症候群および感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染巣として念頭に置いておくべきである.Purpose:Wereportacaseofmetastaticinfectiousendophthalmitiscausedbyinfectiveendocarditisaccompa-niedwithmyelodysplasticsyndrome.Case:Thepatient,a63-year-oldmalewithmyelodysplasticsyndrome,hadbeentreatedwithsystemiccorticosteroidforyears.Hepresentedwithfloatersinhislefteye,hadbeendiagnosedashavingfungalendophthalmitisandwastreatedwithananti-fungaldrugs.Despitetheanti-fungaltherapy,how-ever,vitreousopacityincreasedandheconsultedourhospital.Onhisfirstvisit,thelowerfundusofhislefteyewasinvisibleduetothickvitreousopacity.Aspeciesofa-Streptococcushadbeenisolatedfromhisbloodatapre-vioushospital.Wediagnosedthepatientashavingmetastaticinfectiousendophthalmitis,andperformedvitrectomyonthedayofhisfirstvisittoourhospital.Twodaysafterthesurgery,hewasdiagnosedwithinfectiousendocar-ditis.Hewasstartedonsystemicantibacterialtherapyandlaterunderwentmitralvalvereplacementsurgery.Hehadagoodpostoperativecourseinbothsystemicandophthalmologicoperations.Hefinallyachievedvisualacuityof1.5.Conclusion:Myelodysplasticsyndromeandinfectiousendocarditisseemtobeimportantasfundamentaldiseasesandprimaryfociofmetastaticendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1540.1544,2014〕Keywords:骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎,眼内炎,硝子体手術.myelodysplasticsyndrome,infectiveen-docarditis,endophthalmitis,vitrectomy. 図1初診時眼底写真右眼は網膜滲出斑を1カ所認めた.左眼は硝子体混濁にて眼底透見不良であった.図2初診時眼底写真左眼周辺部網膜には1.5乳頭径大の網膜内膿瘍を認め,膿瘍に向かう白線化した動脈に沿って瘤状の滲出塊が多数観察された.ころ,左眼の網膜滲出斑を指摘された.その際には硝子体混濁はなく,滲出斑も小さかったために,特に治療を行うことなく経過観察となっていた.しかし,2回目の近医再診時に滲出斑が拡大傾向を認め,軽度の硝子体混濁が出現したため,前医眼科を紹介された.前医では左眼の真菌性眼内炎を疑われ抗真菌薬の全身投与が行われたが奏効せず,硝子体混濁の悪化をきたしたため,平成22年10月26日,関西医科大学附属枚方病院眼科(以下,当科)を紹介され受診した.既往症として平成22年6月より骨髄異形成症候群があり,その他脳梗塞,狭心症もあり前医内科で経過観察されていた.家族歴に特記すべきことはなかった.初診時所見としては,視力は右眼0.8(1.5×sph.0.25D(cyl.0.50DAx75°),左眼0.5(0.5×sph+2.00D(cyl.1.50DAx90°),眼圧は両眼とも15mmHgであった.両眼ともに結膜充血,毛様充血を認めず,右眼前眼部には異常所見なく,左眼は前房内に炎症細胞を2+認めた.中間透光体は両眼ともに軽度白内障を認め,右眼は硝子体混濁は認めなかったが,左眼は滲出物を伴う濃厚な硝子体混濁を認め,眼底下方半周は透見不良であった(図1).右眼眼底は黄斑部鼻上側に1/2乳頭径×1/4乳頭径大の網膜滲出斑を1カ所認めたが,血管炎の所見はなかった.左眼耳上側周辺部網膜に1.5乳頭径大の黄白色の網膜内膿瘍の所見を認め,その部から硝子体内に濃厚な硝子体混濁が立ち上っていた.また,膿瘍に向かう白線化した動脈に沿って瘤状の滲出塊が多数観察された(図2).フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)を行ったところ,右眼の網膜滲出斑の部は造影全期を通じて低蛍光であった.左眼は硝子体混濁により描出不良であったが,造影早期から網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出による過蛍光を認めた(図3).また,左眼耳上側周辺部の滲出斑の部は終始ブロックによると思われる低蛍光を示していた.血液生化学検査ならびに血算では,白血球は6,400/μl,赤血球332×104/μl,ヘモグロビン9.5g/dl,ヘマトクリット31.0%,血小板29×104/μlであり,白血球分画において好中球の増加がみられ,CRPは2.198mg/dlと軽度上昇を認めた.また,前医に問い合わせたところ,静脈血の血液培養でグラム陽性球菌(a-Streptococcus)が検出されたとのことであった.骨髄異形成症候群に対して内科でステロイド内服治療中であり,加えて血液培養でグラム陽性球菌が検出されていることから,何らかの感染巣からの転移性感染性眼内炎であると診断した.左眼の硝子体混濁は濃厚であり,抗菌薬の硝子体(119)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141541 図3初診時FA右眼滲出斑は低蛍光を示し,左眼は網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.図4初診時心エコー僧帽弁に疣贅を認める.図5初診から5カ月後FA右眼の低蛍光は消失.左眼の蛍光漏出も消失した.注射などの保存的治療では不十分であると考え,当科初診日術を行った.超音波乳化吸引にて水晶体を摘出したが,眼内に緊急入院のうえ,同日に硝子体手術を行った.手術は25レンズは挿入せず,後に眼内レンズ2次挿入が容易なようにゲージ3ポートシステムを用いた経毛様体扁平部硝子体切除後.を含め水晶体.は温存しておいた.術中,当科での術後(120) 眼内炎の治療方針に準じて眼内灌流液に抗菌薬(バンコマイシン,セフタジジム各々20μg/ml,40μg/ml)を添加した.術中所見として硝子体混濁は網膜膿瘍部にみられた滲出斑と同じ性状の菌塊を疑う滲出物を多く含んでおり,膿瘍部から立ち上るように硝子体中に拡散していた.毛様体付近にも白色の濃厚な滲出物が付着しており,硝子体カッターにて可能な限り切除した.周辺部網膜は脆弱で,硝子体カッターによる硝子体切除時に容易に小さな医原性裂孔を2カ所生じた.眼内に抗菌薬を十分に残存させる目的で液-空気置換は行わず,網膜裂孔周辺の硝子体を十分に郭清しレーザー光凝固を行って手術を終了した.切除した硝子体の細菌培養の結果は陰性であった.術後,感染の原発巣の全身検索のため術翌日に内科にコンサルトしたところ,心雑音を指摘され,心不全症状もみられた.心臓エコー検査を行ったところ,僧帽弁に疣贅が見つかり(図4),感染性心内膜炎と診断された.術後2日目に循環器内科に転科となり,抗菌薬(ペニシリンG2,400万単位/日,ゲンタシン70mg/日,4週間)の点滴が行われたが僧帽弁閉鎖不全のため心不全症状は改善せず,2カ月後の12月20日に循環器外科で僧帽弁置換術が施行された.心臓手術後全身状態は徐々に改善し退院となった.眼科的には硝子体手術後2日目に上方周辺部網膜に裂孔を生じてレーザー光凝固を行ったが,その後の経過は良好で術後5カ月目に行ったFAでは網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出は消失し(図5),視力は左眼矯正1.5に回復した.また,右眼黄斑部近傍にみられた滲出斑は平成23年3月16日受診時には消失していた.II考按転移性感染性眼内炎のうち感染性心内膜炎が原発感染巣である頻度は0.13.9%1,5,6)と比較的まれであるが,症例報告は散見される2.4).感染性心内膜炎は抜歯やカテーテル治療などを契機に心内膜(主として心弁膜)に病原微生物が侵入して感染巣(疣贅)をつくる疾患で,感染症状・心症状・塞栓症など多彩な症状を呈し,適切な治療を行わないと死に至る重篤な疾患である.感染性心内膜炎の起炎菌としては緑色レンサ球菌(Streptococcusviridans)が最も多く,黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus),表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermidis)がそれに次ぐとされるが,細菌以外にも真菌やクラミジアなども原因となりうる.一方,骨髄異形成症候群は骨髄に造血幹細胞の異型クローンが生じることで血球減少,無効造血,血球形態異常が引き起こされる症候群で,造血不全や急性白血病を生じることもある.治療としてステロイド薬や免疫抑制薬が使用される.眼合併症として角膜潰瘍,虹彩炎などが報告されているが,眼内炎を合併する症例も少ないながら報告がある7.9).本症例は基礎疾患に骨髄異形成症候群があり,長期間ステ(121)ロイド内服治療がなされていた.このことからステロイド内服による易感染性が基礎になり感染性心内膜炎を発症し,転移性眼内炎を生じたものと思われた.発症当初,前医で抗真菌薬の全身投与にても改善がみられず,硝子体混濁の悪化を認め当科紹介となった.前医での経過と病歴から非感染性眼内炎の可能性は低く,真菌性眼内炎の悪化もしくは細菌性眼内炎のいずれかであると考えた.術中の培養では原因菌は検出されず,内科での感染性心内膜炎の治療中にも血液培養が行われていたが,抗菌薬による治療開始後であったということもあり原因菌は検出されなかった.治療については濃厚な硝子体混濁を生じていることから,抗菌薬全身投与などの保存的治療では不十分と思われ,手術加療が必要であると判断した.一般に転移性感染性眼内炎の場合,敗血症を起こすなど全身状態が重篤なケースが多くみられる10).本症例においても初診時に全身倦怠感を強く訴えており,原因も不明であったため,眼科的治療を先に行うのか,全身精査,加療を行うのかどちらを優先させるべきか苦慮した.しかし,直前まで前医内科で全身管理され全身状態が安定していたこと,採血でCRPが高値でなかったことから,全身状態については急を要しないと判断し,初診日に緊急で硝子体手術を行い,術後速やかに全身検索をする方針とした.幸い術後2日目に内科で感染性心内膜炎の診断がつき,遅滞なく全身治療を開始することができた.一般に転移性感染性眼内炎の予後はきわめて不良であるが,本症例では例外的に良好な視力を維持することができた.早期に硝子体手術を行えたこともその一因と考えられるが,起炎菌が弱毒菌であり,進行が比較的緩徐であったことの影響が大きいと考えられた.また,前医で行われた血液培養は陽性であったが,当科で行った培養検査では血中,硝子体中,前房水中いずれも陰性であり,眼内液からは起炎菌は証明されなかった.今後,このような症例の場合にPCR法を利用し,少量のサンプルからでも原因菌の検索ができるようなシステムを導入することが必要であると考えられた.感染性心内膜炎による転移性眼内炎の報告は過去に散見することができ,筆者らの施設でも過去に2報の症例報告を行っている.小林ら2)は視力低下を自覚してから2日後に全眼球炎に至り,抗菌薬の全身投与でも消炎できず眼球摘出に至った症例を報告している.この症例の起炎菌はB群溶連菌であり,眼球摘出後,僚眼に炎症の再燃を認め,その際の全身検索で感染性心内膜炎と診断されている.一方,盛ら3)の報告は,抜歯の3カ月後から発熱,全身倦怠感を自覚し,5カ月後に内科で感染性心内膜炎と診断された症例で,両眼ともに前眼部に軽度の炎症と視神経乳頭の充血,網膜下滲出斑およびRoth斑を認めた.この症例の経過は長く,抗菌薬の全身投与のみによって眼の炎症所見は消失し,視力予後は良好であった.この症例の起炎菌は弱毒菌であるStreptococあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141543 cussanguisであった.これら2例ともに本症例と同様に心内膜炎が原因の眼内炎ではあるが,臨床経過は大きく異なっており,その違いは起炎菌の毒性の差によるものであると推察された.本症例も弱毒菌による転移性細菌性眼内炎であり,良い条件がそろえば良好な予後を得ることが可能であると思われた.手術加療を行うことで眼球を温存できる可能性が上がるという報告もある.よって,このような症例においては全身状態が許す限り迅速な手術の適応決定が重要であると考えられた.以上,骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた感染性心内膜炎からの転移性感染性眼内炎の症例を報告した.骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染病巣として念頭に置いておくべき疾患であると思われた.文献1)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌─.日眼会誌95:369-376,19912)小林香陽,藤関義人,髙橋寛二ほか:B群溶連菌による心内膜炎が原因であった内因性転移性眼内炎.日眼会誌110:199-204,20063)盛秀嗣,山田晴彦,石黒利充ほか:感染性心内膜炎から転移性眼内炎を発症し,治癒後に硝子体黄斑牽引症候群を発症した1例.あたらしい眼科28:411-414,20114)髙本やよい,國友隆二,佐々利明ほか:細菌性眼内炎により両眼摘出にいたった三尖弁位感染性心内膜炎の1例.日心外会誌36:348-351,20075)GreenwaldMJ,WohlLG,SellCHetal:Matastaticbacterialendophthalmitis:Acontemporaryreappraisal.SurvOphthalmol31:81-101,19866)JacksonTL,EykynSJ,GrahamEMetal:Endogenousbacterialendophthalmitis:A17yearprospectiveseriesandreviewof267reportedcases.SurvOphthalmol48:403-423,20037)KezukaT,UsuiN,SuzukiEetal:Ocularcomplicationinmyelodysplasticsyndromeaspreleukemicdisorders.JpnJOphthalmol49:377-383,20058)伊丹優子,神林裕行,木村悟ほか:G群b溶連菌による敗血症,眼内炎を認めた骨髄異形成症候群の一例.太田綜合病院学術年報44:1-4,20099)蒸野寿紀,松岡広,藤田識人ほか:低形成骨髄異形成に対する免疫抑制療法後に発症した真菌性眼内炎の1例.和歌山医学60:160,200910)中西秀雄,喜多美穂里,榎本暢子ほか:硝子体手術を施行した転移性細菌性眼内炎の5例.臨眼60:1697-1701,200611)YoonYH,LeeSU,SohnJHetal:ResultofearlyvitrectomyforendogenousKlebsiellapneumoniaendophthalmitis.Retina23:366-370,2003***(122)

Toxic Anterior Segment Syndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):421.426,2014cToxicAnteriorSegmentSyndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例阿部真保清水一弘出垣昌子田尻健介向井規子勝村浩三小嶌祥太池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofToxicAnteriorSegmentSyndromeComplicatedwithSecondaryGlaucomaandBullousKeratopathyMahoAbe,KazuhiroShimizu,MasakoIdegaki,KensukeTajiri,NorikoMukai,KohzoKatsumura,SyotaKojimaandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は内眼術後の無菌性の眼内炎で,手術器具滅菌後の残存薬液や物質,細菌由来のエンドトキシンなどが誘因になることが報告されている.重篤例では角膜内皮障害や虹彩損傷を生じることがある.今回TASSが疑われ,水疱性角膜症と続発緑内障に至った1例を経験したので報告する.症例:68歳,女性.左眼白内障手術翌朝より角膜浮腫が著明となり,改善しないため当院を受診した.左眼矯正視力0.01,眼圧52mmHg,前房内炎症に加え,多量の虹彩色素が内皮面に付着していた.TASSを疑い治療を行った.眼圧は緑内障濾過手術によりコントロールされたが,水疱性角膜症を発症した.結論:重篤なTASSでは,続発緑内障や水疱性角膜症をきたすことがあり,早期診断,早期治療が重要である.内眼手術後早期の眼内炎の原因の一つとしてTASSは念頭においておく必要がある.Purpose:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)isanon-infectiousendophthalmitisthatcanoccurafterintraocularsurgery.Reportedly,itmightbecausedbyresidualchemicalsandsubstancesadheringtosurgicalinstrumentspost-sterilization,orbybacterialendotoxin.Severecaseshavebeenreportedasresultingincornealendothelialdysfunctionandirisdamage.WeherereportaseverecaseofTASScomplicatedwithsecondaryglaucomaandbullouskeratopathy.Case:A68-year-oldfemalepresentedwithseverecornealedemainherlefteye1dayaftercataractsurgery.Clinicalfindingsfailedtoimprove;shewaslaterreferredtoourhospital.Initialexaminationinourclinicshowedcorrectedvisualacuityinherlefteyeat0.02pandintraocularpressure(IOP)of52mmHg.Theaffectedeyeexhibitedsevereinflammationintheanteriorchamber,aswellasalargeamountofirispigmentonthecornealendothelialsurface.Onthebasisofthoseclinicalfindings,wediagnosedthiscaseasTASS.AfterfilteringglaucomasurgeryIOPwascontrolled,butbullouskeratopathydevelopeddespitetreatment.Conclusion:OurfindingsshowthataseverecaseofTASSmightcausesecondaryglaucomaandbullouskeratopathy,andthatTASSisapossibledifferentialdiagnosiswhensevereanterior-chamberinflammationoccursafterintraocularsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):421.426,2014〕Keywords:toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),無菌性眼内炎,眼内炎,角膜浮腫,滅菌.toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),non-infectiousendophthalmitis,endophthalmitis,cornealedema,sterilization.はじめに1980年以降,白内障手術後に無菌性の前眼部炎症の重症例Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)とは内眼術後が数例報告され,1992年,Monsonらが白内障手術後の無に非感染性の物質によって発症する術後炎症反応である.菌性の起炎物質による前眼部炎症をTASSと命名した1).〔別刷請求先〕阿部真保:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MahoAbe,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)421 TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的な臨床所見である.フィブリン形成は虹彩表面や眼内レンズ(IOL)の表面にみられ,びまん性の角膜浮腫は広範囲にわたる角膜内皮細胞の傷害を意味する.また重症例では虹彩傷害も生じ,不可逆性となると不整な瞳孔,散瞳不良,さらには線維柱帯まで傷害される.発症初期の眼圧は下降するが,不可逆的な線維柱帯の傷害から高眼圧,続発緑内障となる.また角膜浮腫も遷延化すると,水疱性角膜症に至り角膜移植を施行された重症例も報告されている.今回,TASSが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症に至った重症例を経験したので報告するI症例症例は68歳,女性.近医にて両眼白内障に対して,平成20年12月5日に右眼,12月9日に左眼の超音波水晶体乳化吸引術とIOL挿入術を施行された.両眼とも術前の状態に特記事項はなく,耳側角膜切開(角膜乱視軽減のため)で施行されており,手術時間は10分,術中トラブルなどなく手術を終了した.右眼は経過良好であったが,左眼は術翌日より著明な角膜浮腫,前房内炎症を認め,眼圧は32mmHgであった.レボフロキサシン,ベタメタゾン,ジクロフェナクナトリウムの左眼1日4回点眼に加え,アセタゾラミドの内服を開始した.また翌々日,感染性眼内炎の可能性は低いと考え,ベタメタゾン0.5mg3錠,分1の内服を開始,またその翌日よりヘルペスの可能性を考慮し,抗ヘルペス治療(塩酸バラシクロビル内服6錠,分3)を開始した.しかし消炎および眼圧下降治療に反応せず,症状の増悪を認めたため,術後6日目に当院紹介受診となった.元々既往歴や家族歴に特記事項はなく,当院初診時視力はVD=0.3(0.4×sph+1.0D(cyl.2.0DAx70°),VS=0.01(better×sph.1.0D),眼圧はRT=12mmHg,LT=52mmHg,右眼の視力不良の原因は元々弱視眼であった可能性が高いと思われた.左眼は著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に多量の虹彩色素の付着を認めた.眼内レンズ表面にはフィブリンが蓄積し,前房は深く,細胞(++)程度の炎症が疑われたが,角膜所見により前房内は透見不良であり(図1a,b),また眼底も乳頭判別可であるが,透見不良であった.しかし,Bモードエコーでは異常を認めなかった.当科初診時,前房穿刺を施行し,前房水の細菌培養検査を施行した(結果:陰性).レボフロキサシン1日4回点眼,ベタメタゾン1日6回点眼,ブロムフェナクナトリウム1日2回点眼とアセタゾラミド2錠分2,L-アスパラギン酸カリウム4錠分2の内服を開始した.翌日も眼圧下降はみられ422あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ず,前眼部所見の改善もなかったため,TASSを念頭におき,プレドニゾロン10mg/日の内服を開始した.しかしほとんど改善傾向はなく,50mmHg前後の高眼圧が持続した.3日目,D-マンニトールの点滴と,マレイン酸チモロール持続性剤の点眼を開始したが,点滴後も眼圧下降はわずかであり,著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に沈着した多量の虹彩色素などの前眼部所見もほとんど改善しなかった(図2).4日目,前房洗浄を施行し,多量の虹彩色素が排出された.虹彩には脱色素がみられ,瞳孔は塩化アセチルコリンに反応せず,散大したままであった.5日目,プレドニゾロンを20mg/日に増量し,ラタノプロストと塩酸ジピベフリン点眼を追加した.炎症所見の改善も乏しく,6日目ベタメタゾンの結膜下注射を施行した.初診時と比べると,角膜浮腫,前房内炎症はわずかながら改善傾向にあったが,依然として,眼圧は50mmHg前後と高値であった(図3a,b).経過中患者は強い眼痛を訴え,前房穿刺後に痛みが和らぐ状態であった.感染の懸念はあったが,結局,前房穿刺を連日施行することとなった.高眼圧の持続による神経障害が危惧され,8日目に施行したUBM(超音波生体顕微鏡)では(図4),隅角は閉塞しており,一部は器質的閉塞をきたしていると思われた.手術による眼圧下降が必要と判断し,9日目にトラベクレクトミーを施行した.術後は,眼球マッサージ,lasersuturelysisにて10mmHg台で安定し,13日目退院となった.術後もレボフロキサシン点眼4回/日,ベタメタゾン点眼4回/日,オフロキサシン眼軟膏点入1回/日,プレドニゾロン内服5mg/日を行った.しかし,その3カ月後と6カ月後,眼圧コントロールが再度不良となり,2度の濾過胞再建術を施行した.眼圧はコントロールされたが角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力はVS=(0.01×sph+0.5D(cyl.1.5DAx100°)であった(図5).今回の症例について,前医に問い合わせたところ,眼周囲皮膚の消毒(眼瞼,睫毛,眉毛)をポビドンヨード(イソジン液)で行い,眼球,結膜.の洗眼は10%ポビドンヨードで行っていた.麻酔は4%キシロカインの点眼麻酔のみで施行していた.手術器具の滅菌法は高圧蒸気滅菌(オートクレープ)と過酸化水素ガスプラズマ滅菌の併用であった.原因として手術侵襲や術中の薬剤の流入(麻酔薬)などは否定的で,手術に使用した器具の滅菌法や洗浄過程,手術に用いた灌流液などを調べたが,当科で普段施行している白内障手術症例と特に違いは認められなかった.また前後同一施設内で本症を疑うものはなく,過去にも同様の症例の発症はなかった.II考按まったく既往歴のない,手術もまったく問題なく終了した(118) abab図1初診時前眼部写真a:著明な角膜浮腫を認める.b:多量の虹彩色素が角膜内皮面へ付着している.図2初診時より3日目の前眼部写真角膜浮腫,Descemet膜皺襞,角膜後面虹彩色素沈着は持続し,前眼部所見は改善しなかった.症例で術翌日より著明な角膜浮腫と前房内炎症,高眼圧を生じた症例をみた際,考えられる原因は何か.まずは感染性眼内炎と薬剤性(麻酔薬の混入)が考えられた.しかし,術翌日と非常に早期の発症であり,角膜全体の著明な浮腫と角膜後面の多量の虹彩色素の沈着など,感染性眼内炎とは様相が異なると考えた.また,麻酔薬の混入に関しては術者によるとまったく心当たりはないとのことで,完全には否定できないが,可能性としては非常に低いと思われた.その他考えられるものとして,非感染性物質による異物反応が疑われた.「はじめに」の項で述べたが,白内障手術後の無菌性の起因物質による前眼部炎症はTASSと命名され,さまざまな報告があるが,本症に非常に類似している.起因物質としては,抗菌薬眼軟膏の前房内迷入,点眼液中の防腐剤,BSS(balancedsaultsolution)中のエンドトキシン,手術器具の残留洗浄剤,変性した粘弾性物質,眼内レンズの研(119)ab角膜浮腫,Descemet膜皺襞結膜充血眼内レンズ図3初診時より7日目の前眼部写真(a)とシェーマ(b)a:角膜後面の虹彩色素の沈着は減少し,角膜浮腫,前房内炎症は軽度改善傾向を認める.b:シェーマ.磨剤などの報告がある.TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的とされ,重篤なものでは虹彩傷害を生じる.今回の症例はそのすべてを満たしており,TASSが最も疑われた.また,その他の鑑別として,ヘルペスの再発の可能性や,多量の虹彩色素が角膜裏面に沈着していたことよりpigmentdispersionsyndrome(色素散布症候群)についても考えた.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014423 adcbadcb図4UBM所見閉塞隅角を認め,一部は器質的閉塞をきたしていると思われる.a:上側,b:鼻側,c:下側,d:耳側.図52度の濾過胞再建術施行後の前眼部写真角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力は矯正0.01であった.しかし,白内障手術後の角膜ヘルペスは報告例が少なく,術後再発としては上皮型(樹枝状,地図状角膜炎)を呈する場合が多いとされている.実質型角膜ヘルペスの一病型としての角膜ぶどう膜炎は,角膜実質浮腫とその裏面に限局して生じる豚脂様角膜後面沈着物を特徴とする虹彩毛様体炎を認める.また,それと同様,三叉神経節に潜伏したHSV(単純性疱疹ウイルス)-1の再活性化により角膜ヘルペスに併発しない,片眼性の急性虹彩毛様体炎が発症することもある.また,VZV(水痘・帯状疱疹ウイルス)の再活性化によって発症する眼部帯状ヘルペスにおいては,約1/3が豚脂様角膜後面沈着物を伴う急性肉芽腫性虹彩毛様体炎を発症し,なかには顔面の皮疹を伴わず発症するものも報告されている.今回の症例では,ヘルペスの可能性も考慮し,術後3日目より塩酸バラシクロビルの内服(6錠,分3)を開始している.手術侵襲により潜伏していたHSV-1やVZVの再活性化が起こり,角膜病変や顔面の皮疹を伴わない,急性虹彩毛様体炎が発症したと考えられなくもないが,まったく既往がなく,手術も問題なく終了した症例で,一晩でここまで急激な変化が起こるとは考えにくく,またそのような報告もなかった.今回の症例では前房水のPCR(polymerasechainreaction)は施行されていない.バルトレックスの内服が奏効しなかったことはヘルペスを否定するものとはならないが,今回の症例の原因としては考えにくいと思われた.色素散布症候群とは虹彩が後方に凹になっており,虹彩裏面とZinn小帯の摩擦により虹彩色素上皮から前眼部組織に色素が散布される症候群である.眼圧上昇は不安定で,散瞳薬や激しい運動で色素が散乱し,眼圧上昇をきたすが,隅角に著明な色素沈着が生じて発症する色素性緑内障に進展するまでの年数や割合には統一見解はない.常染色体優性遺伝であり,発症年齢は20.30代,男性が女性の2倍多く,近視若年者に多いとされている.角膜後面中央部の紡錘型の色素沈着や隅角色素沈着,UBMで後方に屈曲した虹彩が特徴的である.今回の症例では術前に隅角検査やUBMは行われていないが,角膜後面や水晶体の色素散布所見はなく,虹彩委縮なども認めなかった.また,眼圧上昇などの既往歴もなく,近視若年男性という疫学的にも元々色素散布症候群であった可能性は低いと思われる.また類似の機序で生じるものに術後遷延性虹彩炎(iris424あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(120) 表1TASSの原因塩化ベンザルコニウムLiu2001消毒薬(ディスオーパR)幸野2005手術機器の残留薬剤Hellinger2006BSS中のエンドトキシンKutty2008I/Aハンドピースの付着残留物川辺2011ICGの残留渡辺2011chafingsyndrome)があるが,IOLが非対称固定であったり,.外固定されたとき,また,IOLのループが表裏に固定されたときに生じるとされている.虹彩運動によりIOL光学部が虹彩裏面を擦過することにより色素散布を起こし,色素散布症候群同様,慢性虹彩炎や色素性緑内障の原因となる.しかし,今回の手術は,IOLは.内中央部に固定された状態で手術を終了しており,術翌日,一晩で閉瞼眼帯下に著明な角膜浮腫まできたす原因とは考えにくい.TASSは2005年米国でCytosol社製のBSS中のエンドトキシンが原因と考えられる無菌性の眼内炎が複数例発症したことが2008年Kuttyらによって報告され,広く注目を集めるようになった2).近年わが国でもTASSの報告例が散見される.2009年には大井らにより原因は特定できていないがTASSが疑われる2例が報告され3),2011年には,川辺らによるI/A(灌流・吸引)ハンドピースの付着残留物が原因とされる白内障手術後の7例7眼の連続発症が報告されている4).また,同年渡辺らよりICG(インドシアニングリーン)の残留が原因とされる白内障手術後のTASSの1例5)や,井上による両眼性のTASS6)が報告されている.両眼白内障手術後それぞれの手術眼でTASSが発症し,薬剤や手術器具へのアレルギー反応が原因と考えられている.それ以前にもTASSの原因物質の同定を試みた貴重な報告があり,原因は多岐にわたることが知られている(表1).塩化ベンザルコニウム(Liuら,2001)7),消毒薬(ディスオーパR)(幸野ら,2005)8),手術機器の残留薬剤(Hellinger,2006)9)などがある.しかし,TASSは無菌性であれば,手術中に眼内に持ち込まれるすべてのものが原因となりうるため,原因物質の同定を試みても特定することが非常にむずかしいのが実情である.今回の症例もまったくの孤発例であり,原因の特定はできていない.しかし,原因を特定できなくても,手術器具の洗浄や滅菌法の改善など手術システム自体を一つ一つ見直し,今後の発症予防に最善を尽くすことが大切である.また,TASSの診断においては,同様に内眼術後の眼内炎症をきたす疾患である細菌性眼内炎との鑑別がきわめて重要となる.細菌性眼内炎とTASSの鑑別を表2に示す10).最も大きな違いは,手術から発症までの時間である.TASSは(121)表2TASSと術後細菌性眼内炎との鑑別TASS細菌性眼内炎発症24時間以内術後3.7日後症状霧視眼痛,眼脂,充血角膜浮腫2+浮腫1+前房Cell1+.3+Cell3+Fibrin1+.3+Fibrin一定せずHypopyon1+Hypopyon3+硝子体鮮明硝子体炎ステロイドに対する反応良好不良多くは24時間以内と細菌性眼内炎と比較して明らかに発症が早期である.細菌性眼内炎の発症は早くても2日程度を要し,一旦患者が見えるようになった後に発症することが多いのに対して,TASSは良くなる間もなく直後に発症する.また,TASSの典型例ではびまん性角膜浮腫を生じるのに対して,細菌性眼内炎では角膜病変が顕著というわけではない.その他TASSの特徴としては,眼所見の割に眼痛が軽度であること,炎症は前房内だけに留まっており硝子体混濁は伴わないことなどが挙げられる.今回の症例の眼痛は高眼圧によるものと考えられる.また,TASSは,過去の報告にもあるように,軽度なものから続発緑内障や水疱性角膜症に至る重篤なものまで程度には非常に差がある.実際,本症例では細菌性眼内炎をまず疑った.しかし,手術翌日という極早期に発症していること,著明な角膜浮腫,角膜後面の多量の虹彩色素の沈着などの前眼部所見より,細菌性眼内炎の可能性は低いと考えられ,術後2日目からTASSを疑い,少量であるが,ステロイドの内服を開始している.TASSはまったく問題なく手術を終了した症例であっても,術翌日より高度の眼内炎症をきたすので,術者としては動揺するが,細菌性眼内炎とするには疑問な点がいくつか認められる.TASSも術後炎症の鑑別診断の一つとして考えておく必要がある.治療であるが,細菌性眼内炎とは対照的にTASSでは早期のステロイド治療が奏効するとされる.軽度なものでは非ステロイド性の抗炎症薬でも寛解するとされ,通常の術後点眼薬で軽快する.炎症がやや強い例でも術後細菌性眼内炎として治療されている例も多数あると思われる.しかし今回は,術後2日目よりTASSが疑われ,少量のステロイド(ベタメタゾン1.5mg/日)の内服を開始したが奏効せず,当院紹介後の術後7日目よりプレドニゾロン10mg/日のステロイド治療を行ったが,最終的にステロイドが奏効したとは言い難い経過を辿った.もう少し早期にステロイドを増量できていれば,今回の症例よりも良好な経過を辿った可能性もある.しかし,TASSのなかでも本症例のような重篤な症例の報告は非常に少ない.ステロイドが奏効せあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014425 ず,硝子体手術を施行し,改善したものや,改善せず,眼圧コントロールが困難となり視力が低下したもの,またステロイドにより前房内炎症の改善が得られても,角膜内皮細胞の著しい減少を認め,角膜移植を施行したものなどの報告がある.しかし,現段階では,このような重症例に対してステロイド治療がどこまで奏効するのかは不明であり,今後のさらなる症例の蓄積が必要である.術後眼内炎としては細菌性眼内炎の頻度が圧倒的に高いので,まず細菌性を疑うべきであるがわが国ではTASSの報告例はわずかであり,本疾患に対する認識自体が非常に乏しい.TASSは程度にもよるが早期に対応すれば良好な経過を辿る可能性があることに加え,手術器具の滅菌や洗浄など手術システムの改良により,連続発症することを未然に防止することも可能である.よってまず本疾患の存在を知っておくことが重要である.文献1)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorsegmentinflammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19922)KuttyPK,FosterTS,Wood-KoobCetal:Multistateoutbreakofanteriorsegmentsyndrome,2005.JCataractRefractSurg34:585-590,20083)大井彩,小早川信一郎,松本直ほか:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)が疑われた2症例.IOL&RS23:229-236,20094)川辺幹子,近藤峰生,加賀達志ほか:I/Aハンドピースへの付着残留物により発症したと考えられるTASSのoutbreak.眼臨紀4:216-221,20115)渡辺一郎,越智順子,家木良彰ほか:前.染色に用いたインドシアニングリーンが原因と考えられた白内障術後のtoxicanteriorsegmentsyndromeの1例.臨眼65:11051109,20116)井上昌幸:両眼性のToxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科28:237-238,20117)LiuH,RoutleyI,TeichmannKDetal:Toxicendothelialcelldestructionfromintraocularbenzalkoniumchloride.JCataractRefractSurg27:1746-1750,20018)幸野敬子,土坂寿行,前田利根ほか:フタラール消毒液(ディスオーパR)による白内障手術後の水泡性角膜症.臨眼59:1705-1709,20059)HellingerWC,HasanSA,BacalisLPetal:Outbreakoftoxicanteriorsegmentsyndromefollowingcataractsurgeryassociatedwithimpuritiesinautoclavesteammoisture.InfectControlHospEpidemiol27:294-298,200810)臼井嘉彦:Toxicanteriorsegmentsyndromeの診断と治療.日本の眼科79:1709-1710,2008***426あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(122)