‘眼内鉄片異物’ タグのついている投稿

眼球鉄錆症による続発緑内障の1例

2012年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(3):419.423,2012c眼球鉄錆症による続発緑内障の1例野口三太朗*1渡邉亮*2布施昇男*2馬場耕一*3阿部圭子*4山田孝彦*5高橋秀肇*1中澤徹*2*1石巻赤十字病院眼科*2東北大学医学部眼科学教室*3東北大学医学部視覚先端医療学寄附講座*4東北大学医学部病理形態学分野*5山田孝彦眼科ACaseofSecondaryGlaucomaCausedbyOcularSiderosisSantaroNoguchi1),RyoWatanabe2),NobuoFuse2),KoichiBaba3),KeikoAbe4),TakahikoYamada5),HidetoshiTakahashi1)andToruNakazawa2)1)DepartmentofOphthalmology,IshinomakiRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohokuUniversitySchoolofMedicine,3)AdvancedOphthalmicMedicine,TohokuUniversitySchoolofMedicine,4)UniversityschoolofMedicine,5)YamadaTakahikoEyeHospitalDepartmentofHistopathology,Tohoku目的:眼内鉄片異物による眼球鉄錆症により続発緑内障を発症したが,線維柱帯切除術により,眼圧を下降させた1例を報告する.症例:56歳,男性.受傷9カ月後に硝子体混濁,白内障を発症したため白内障手術,硝子体手術を施行したところ,硝子体中には異物が浮遊していた.受傷2年5カ月後より眼圧の上昇を認めたため,線維柱帯切除術を施行した.摘出異物は電子線元素状態分析装置を用いて非破壊的性状解析を行い,線維柱帯は病理組織検査を行った.結果:線維柱帯切除術後,眼圧は下降し特に合併症は認められなかった.また,病理検査にてベルリン青陽性の組織球を認め,摘出異物は7.88.78.8μgの酸化鉄であることが判明した.結論:微量鉄片異物により眼球鉄錆症を発症した症例に対しては,線維柱帯切除術により十分な眼圧下降が得られることが示唆された.Purpose:Acaseofsecondaryglaucomaisreported,whichdevelopedascomplicationofsiderosisduetointraocularironforeignbody.Trabeculectomynormalizedtheintraocularpressure(IOP).Case:Thepatient,a56-year-oldmale,developedvitreousopacityandcataractafter9months,undergoingvitrectomyandphacoemulsification.Afineforeignbodywasfoundfloatinginthevitreousgel.After29monthstheIOPhadbeenraised,trabeculectomywasperformed.TheremovedforeignbodywaselementallyanalyzedviaElectronProbeMicroAnalysis;trabecularmeshworkandiriswereanalyzedbypathologicalmethods.Findings:TrabeculectomynormalizedtheIOPandtherewerenocomplications.Berlinbluestainrevealednumeroushistiocytes,includingsiderosome,inthetrabecularmeshwork.Theforeignbodywasfoundtocomprise7.88.78.8μgoxidizediron.Conclusion:Aslightamountofintraocularironcausedtheocularsiderosis,andtrabeculectomyareeffectiveinrecucingIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):419.423,2012〕Keywords:眼球鉄錆症,眼内鉄片異物,眼外傷,濾過手術,続発緑内障.ocularsiderosis,intraocularironforeignbody,oculartrauma,filteringoperation,secondaryglaucoma.はじめに長期間鉄片異物が眼内に停留すると,眼球鉄錆症をきたすことは古くから知られている.角膜混濁,虹彩異色,白内障,硝子体混濁,網膜変性,網膜.離,緑内障などを発症し,視力予後は不良とされている1.3).また,鉄錆症末期に起こるとされる緑内障は,治療に抵抗し予後は不良といわれている4).また,眼球鉄錆症に対して,摘出微量鉄片を電子顕微鏡にて詳細に形状解析,元素解析,質量解析を行った眼球鉄錆症の報告は少ない.今回筆者らは,受傷約2年後にて眼球鉄錆症による虹彩異色症,続発緑内障を発症し線維柱帯切除術を施行した症例を経験し,また摘出微量鉄片に対し,電子顕微鏡を用いた解析を行ったので報告する.〔別刷請求先〕野口三太朗:〒986-8522石巻市蛇田字西道下71番地石巻赤十字病院眼科Reprintrequests:SantaroNoguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,IshinomakiRedCrossHospital,71Nishimichishita,Hebita-aza,Ishinomaki-shi986-8522,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(131)419 I症例患者:56歳,男性.初診:2008年4月24日.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2005年8月23日,釘の破片が左眼に飛入し近医眼科を受診した.角膜中心下方に角膜穿孔創と思われる瘢痕を認めるも,診察上異物はなく特記すべき所見もなかった(図1).眼窩部X線写真撮影などにて異物は確認されず,レボフロキサシン点眼にて経過観察を行った.2006年4月28日,左眼に徐々に視力低下を認めるも,その他眼痛などの自覚症状を認めなかった.左眼は前眼部清明であったが,白内障の進行,硝子体混濁を認めた.視力は左眼(0.6),眼圧は右眼8mmHg,左眼11mmHg.網膜電図を施行するも,特記すべき所見はなかった.2006年5月9日,左眼硝子体混図1受傷時の前眼部写真角膜中央部下方に角膜穿孔創を認める.濁,白内障に対し水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入術,経毛様体扁平部硝子体切除術を施行した.術中,水晶体前面の線維化や強膜充血が著明であったが角膜穿孔部位は閉鎖していた.5時方向の虹彩根部後方の硝子体中に小異物があり,硝子体カッターにて吸引除去した.異物は網膜には到達しておらず,眼内レンズは.内に固定した.術後合併症はなく経過良好であったが,2007年12月頃より左眼虹彩異色症が明らかとなった.自覚症状はなく経過観察していたが,2008年1月22日,左眼の眼圧が53mmHgまで上昇し,1%ドルゾラミド点眼,ラタノプロスト点眼,チモロールマレイン酸塩点眼,アセタゾラミド内服を開始したところ,翌日には13mmHgまで下降した.その後眼圧経過は良好であったが,2008年3月21日,左眼の眼圧は58mmHgまで上昇した.グリセオール点滴にて左眼の眼圧は20.30mmHg台に下降したため,週2回のグリセオール点滴施行にて経過観察するも眼圧コントロール不良のため,2008年4月24日東北大学病院眼科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×sph+1.0D(cyl.2.25DAx90°),左眼0.3(0.6×sph+0.75D(cyl.1.75DAx90°),眼圧は右眼10mmHg,左眼35mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査で左眼の角膜の6時方向に穿孔創,角膜上皮浮腫を認めた.また,虹彩変色と萎縮を認め(図2),散瞳不良と対光反射の消失を認めた.眼底は透見困難であったが視神経乳頭陥凹拡大を認めた.また,隅角所見は軽度色素沈着を認め図2当院来院時の前眼部写真虹彩脱色素を認める.図3当院初診時のHumphrey視野検査下方に視野欠損を認める.上部暗点は上眼瞼によるもの.420あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(132) 図4当院初診時の網膜電図検査a波,b波は左右差なし.左眼に軽度律動様小波の低下を認める.**AB図5病理組織標本A:HE染色.線維柱帯の硝子様変性を認める.*はSchlemm管.B:ベルリン青染色.ベルリン青染色に陽性組織球を認める(矢印).*はSchlemm管.るも閉塞していなかった.Humphrey視野検査を施行した結果,緑内障性視野変化を認め(図3),網膜電図検査では律動様小波の低下を認めたが,a,b波の低下は認めなかった(図4).手術:眼球内鉄片異物による続発緑内障の疑いにて,2008年5月20日,線維柱帯切除術を施行し,線維柱帯,虹(133)拡大拡大→先傍線:1mmAB図6摘出異物重量測定摘出異物サイズ(対角線)はA:0.43×0.35(mm),B:0.45×0.35(mm).彩異色部を含む切除虹彩を病理検査に提出した.また,採取した眼内異物も性状分析した.術後経過:術後経過は良好で眼圧の上昇もなかった.網膜変性などの所見も認めなかった.病理組織検査結果:虹彩ではベルリン青染色に対して陽性を呈する顆粒状物質を貪食した組織球が多数観察された.線維柱帯では硝子様変性を伴う線維性組織が主体であり,ベルリン青染色に対して陽性を呈する顆粒状物質を貪食した組織球が観察された(図5).眼内異物解析:電子線元素状態分析装置〔ElectronProbeMicroAnalysis:EPMA,JXA-8200EPMA;JEOL(日本電子)製〕を用いて摘出異物の性状解析を行った.異物粒子は2つあり,粒子サイズは平均0.44×0.35mmであった(図5).重量は2粒子合計で7.88.78.8μgであることがわかった.また,走査型電子顕微鏡にて異物表面は腐食し凹凸がみられ,成分は酸化鉄であることが確認できた(図6).II考察眼内異物による眼合併症として,まず異物飛入による機械的な障害により,強角膜穿孔,白内障,水晶体脱臼,硝子体混濁,網膜出血,網膜裂孔が起こる.また,異物による感染症,飛入したものが鉄,銅などであれば金属のイオン化による影響として眼球鉄錆症や眼球銅症などが発症する可能性がある.眼内異物の性状とその構成成分を確認することは合併症の原因究明,経過予測には非常に重要である.今回筆者らが分析に用いた装置はEPMAである.加速した電子線を物質に照射(電子線による励起)する際に生じる,特性X線のスペクトルに注目して,電子線が照射されている微小領域(おおよそ1μm3)における構成元素の検出および同定と,各構成元素の比率(濃度)を分析する装置であり,固体の試料あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012421 ABAB図7摘出異物元素分析A:走査型電子顕微鏡写真.B:元素分析にてFe(鉄)とO(酸素)が主成分.をほぼ非破壊で分析することが可能である.今回の異物に対して筆者らは,粒子の大きさの測定,電子顕微鏡写真観察,元素分析,重量測定を行った.極微量の眼内異物を非破壊的に鉄であることが確認でき,今回の一連の眼症が眼球鉄錆症であることが証明できた.一般的に眼内異物に対してコンピュータ断層撮影法(computedtomography:CT)が最も鋭敏な検出法といわれるが,最小検出能は鉄片なら直径0.2mm,長さ2.0mmとされる5).画像診断で異物が検出されない場合でも,続発緑内障に進行した報告はあり,本症例ではCT検査まで施行されておらず,眼内鉄片は見落とされた形となった.0.4mmの大きさであるためCTを施行したとしても確認できなかった可能性は高い.眼内に飛入する眼内異物は極微量のことが多く,見落とされ長期経過することも多い.実験的には0.01ngという微量の鉄でも眼球鉄錆症を起こすとの報告6)があり,臨床例では鉄含有量38.9ngの異物に対する鉄錆症の報告がある7).眼球鉄錆症を起こすような症例では異物標本は眼内にて腐食し脆くなっているため,一般的に性状解析は困難なことが多い.本症例でも異物標本は腐食が激しく,資料がごく微量であるために重量測定も不可能かと思われた.しかし,EPMAを用いることで7.88.78.8μgという微量異物の性状解析を行うことができた.また,元素分析にてFe(鉄)とO(酸素)が主成分であることより異物は酸化鉄であることが確認できた.Mass%が69.8%であり通常mass%が100%に至らない理由として,試料への電子線のダメージ,試料表面の凹凸,汚れまたは酸化,密度が低いなどさまざまな原因があるが,今回のケースは特に試料表面が平滑ではないので69.8%となったと考えられる.眼球鉄錆症では,網膜電図にて全般的に振幅の減弱,または早期には一時的な増加を示すことが知られ8.10),視機能の回復が期待されるのは網膜電図にてb波の振幅が健眼の50%までの時期であるとされている11).本症例では鉄片異物は422あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012各構成元素の比率ElementMass(%)C10.100O12.483Na3.850P1.428S2.544Cl1.712K1.760Ca1.320Fe34.615Total69.812網膜には到達せずに硝子体内に留まったために急激な網膜変性の著明な進行を伴わず,b波が低下することもなく経過していたと考えられる.併発白内障については,水晶体上皮細胞に鉄イオンが沈着,水晶体上皮細胞が変性し水晶体の透明性維持能の低下を起こすとされ12),本症例では直接的な水晶体の損傷はなかったが,鉄イオンに曝露され受傷約1年後に白内障を発症したと考えられた.眼球鉄錆症における続発緑内障は晩期に合併することが多く,受傷後18カ月から19年の間に起こり,刺激性,炎症性変化がないため何ら治療されずに放置されていた症例ほど続発緑内障を生じやすい1).臨床的特徴は慢性の経過をたどり,隅角は開放性でかつ房水産生量が低下しており,経過は原発開放隅角緑内障に類似するとされる.線維柱帯,Schlemm管を覆う内皮細胞の細胞質内に鉄イオンがフェリチンとしてびまん性に蓄積し,細胞の変性崩壊をきたし,内皮細胞の機能が傷害され過剰の細胞外要素を蓄積し発症する13,14).本症例においては受傷されてから異物の摘出までに9カ月かかり,緑内障発症までに2年弱の期間がある.鉄イオンが房水流に乗り前房内にまで充満し,併発白内障,硝子体混濁を発症,手術により異物は除去されたが,残存する鉄イオンが十分に除去されずフェリチンとして隅角内皮細胞に蓄積し,2年の経過を経て続発緑内障の発症に至ったと考えられる.また,病理検査にて線維柱帯に硝子化を伴っていることが確認され,これによる眼圧上昇が考えられた.眼球鉄錆症の治療としてはまずは眼内異物の摘出である.続発緑内障を併発した段階では摘出だけでは眼圧降下は得られることは少ない.また,3価鉄イオンに強い親和力をもち早期眼球鉄錆症に有効とされているデフェロキサミンやエチレンジアミン四酢酸(ethylenediaminetetraaceticacid:EDTA)などのキレート剤の投与も,この段階では効果は期待できない15).一般に,薬剤では眼圧のコントロールはつかず,最終的に観血的手術が必要となってくる例がほとんどである.過去,眼球鉄錆症の報告は多数あるが,線維柱帯切開(134) 術のみで眼圧コントロールのついた症例は少なく,線維柱帯切除術にまで至った例が多い.フェリチンの沈着が線維柱組織のみでなくSchlemm管にまで及んでいることが原因と考えられ,眼球鉄錆症の続発緑内障の観血的手術療法は線維柱帯切除術が第一選択ではないかと考える.今回,2年間の経過を経て続発緑内障の発症にまで至った眼球鉄錆症に対し,EPMAを用いて眼内異物の性状解析を行った.極微量の鉄片にても眼球鉄錆症を発症し,鉄片除去後も続発緑内障の発症する可能性があり,降圧には線維柱帯切除術が第一選択である可能性が示唆された.文献1)Duke-ElderS,PerkinsES:SystemofOphthalmology.Vol.14,p525-534,HenryKimpton,London,19722)GerkowiczK,ProstM,WawrzyniakM:Experimentalocularsiderosisafterextrabulbaradministrationofiron.BrJOphthalmol69:149-153,19853)TawaraA:Transformationandcytotoxicityofironinsiderosisbulbi.InvestOphthalmolVisSci27:226-236,19864)三木耕一郎,竹内正光,出口順子ほか:眼球鉄症の検討.臨眼42:520-524,19885)土屋美津保,柳田隆,高比良雅之ほか:眼内異物によってひき起こされた続発緑内障の1例.臨眼45:956-957,19916)MasciulliL,AndesonDR,CharlesS:Experimentalocularsiderosisinthesquirrelmonkey.AmJOphthalmol74:638-661,19727)神田智,上原雅美,前田英美ほか:前房内に自然排出した眼内異物の症例.臨眼46:183-186,19928)SievingPA,FishimanGA,AlexanderKRetal:Earlyreceptorpotentialmeasurementsinhumanocularsiderosis.ArchOphthalmol101:1716-1720,19839)AlgvereP:Clinicalstudiesontheoscillatorypotentialsofthehumanelectroretinogramwithspecialreferencetothescotopicb-wave.ActaOphthalmol(Copenh)46:9931024,196810)渡辺郁緒,三宅養三:ERG,EOGの臨床.p122-125,医学書院,198411)中内美智子エリーゼ,柿栖米次,安達恵美子:半年間経過観察をみた眼内鉄片異物症例のERG変化.臨眼83:762764,198912)八木良友,松本康宏,城月祐高ほか:眼球鉄錆症にみられた白内障の1例.あたらしい眼科11:959-962,199413)田原昭彦,猪俣孟:眼鉄錆症における前房隅角の微細構造.眼紀33:703-712,198214)保谷卓男,宮崎守人,瀬川雄三ほか:金ならびに鉄の培養人線維柱組織に及ぼす影響.あたらしい眼科11:647-651,199415)内野充,平田肇:眼球鉄錆症の治療.眼紀36:103109,1978***(135)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012423