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眼内レンズ強膜内固定術後に眼圧上昇をきたし,線維柱帯切開術が奏効した2例

2024年8月31日 土曜日

《第34回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科41(8):1008.1011,2024c眼内レンズ強膜内固定術後に眼圧上昇をきたし,線維柱帯切開術が奏効した2例黒川友貴野村英一植木琴美西勝生岡田浩幸黒木翼井口聡一郎石井麻衣水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室CTwoCasesofTrabeculotomyforHighIntraocularPressureafterIntrascleralIOLFixationYukiKurokawa,EiichiNomura,KotomiUeki,KatsukiNishi,HiroyukiOkada,TsubasaKuroki,SoichiroInokuchi,MaiIshiiandNobuhisaMizukiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicineC緒言:眼内レンズ(intraocularlens:IOL)強膜内固定術後に眼圧上昇をきたし,低侵襲緑内障手術(MIGS)が奏効したC2例を経験したので報告する.症例:症例C1はC45歳,男性.2005年に右白内障手術を施行後,2018年に右眼IOL亜脱臼に対し強膜内固定術を施行された.2020年C12月に右眼の視力低下と眼圧上昇を認め横浜市立大学附属病院眼科を紹介受診した.当院受診時は右眼眼圧C40CmmHgであり,逆瞳孔ブロックの所見は認めず,右眼の隅角には強い色素沈着を認めた.眼内法による線維柱帯切開術を施行され,術後眼圧はC10CmmHg台で経過した.症例C2はC48歳,男性.2019年に右白内障手術を施行され,2022年C3月に右眼CIOL落下に対し強膜内固定術を施行された.同年C4月に右眼痛を主訴に当院に救急搬送され,右眼眼圧はC72CmmHgと著しく高値であった.アセタゾラミド内服下でも右眼眼圧はC41CmmHgであり,逆瞳孔ブロックの所見は認めず,隅角には強い色素沈着を認めた.眼内法による線維柱帯切開術を施行され,術後眼圧はC10CmmHg台で経過した.結語:IOL強膜内固定術後の合併症として眼圧上昇に留意する必要があり,眼内法による線維柱帯切開術が有用な治療法と考えられた.CPurpose:Toreporttwocasesinwhichminimallyinvasiveglaucomasurgery(MIGS)wassuccessfulfortreat-ingCelevatedCintraocularpressure(IOP)afterCintrascleralCintraocularlens(IOL).xation.CCase1:AC45-year-oldCmalewhohadundergoneintrascleralIOL.xationin2018wassubsequentlyreferredtoourhospitalin2020duetodecreasedvisualacuityandelevatedIOPinhisrighteye.Uponexamination,theright-eyeIOPwas40CmmHgandthickCpigmentationCwasCobservedCinCtheCangle.CTrabeculotomyCwasCperformed,CandCIOPCdecreasedCandChasCremainedat10CmmHgpostsurgery.Case2:A48-year-oldmalewhohadundergoneintrascleralIOL.xationinMarch2022,subsequentlypresentedatourhospital1monthlaterduetopaininhisrighteye.Uponexamination,theCright-eyeCIOPCwasC41CmmHgCandCthickCpigmentationCwasCobservedCinCtheCangle.CTrabeculotomyCwasCper-formed,andIOPdecreasedandhasremainedat10CmmHgpostsurgery.Conclusion:Our.ndingsshowwhenele-vatedIOPoccursasacomplicationafterintrascleralIOL.xation,itcane.ectivelybetreatedbyMIGS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(8):1008.1011,C2024〕Keywords:眼内レンズ強膜内固定術,眼圧上昇,低侵襲緑内障手術,線維柱帯切開術.intrascleralCIOLC.xation,highintraocularpressure,microinvasiveglaucomasurgery(MIGS),trabeculotomy.Cはじめに場し,IOL二次挿入術として選択される機会は増えている白内障手術件数の増加に伴い,Zinn小帯脆弱例や術後のが,その長期経過についてはいまだ不明な点も多い.IOL偏位・脱臼を認める患者へ対応する機会は増えている.今回筆者らはCIOL強膜内固定術後に眼圧上昇をきたし,縫合操作を必要としない術式としてCIOL強膜内固定術が登眼内法による線維柱帯切開術が奏効したC2例を経験したので〔別刷請求先〕黒川友貴:〒236-0004横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YukiKurokawa,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPANC1008(136)図1症例1:右眼の前眼部OCT所見前房深度はC3.4Cmmであり,逆瞳孔ブロックは認めなかった.報告する.CI症例〔症例1〕45歳,男性.2005年に右眼の白内障手術を施行され,2016年より右眼緑内障の診断で近医にて加療を開始された.2018年に右眼IOL亜脱臼に対しフランジ法によるCIOL強膜内固定術が施行され,ラタノプロスト,ブリモニジン酒石酸塩点眼にて右眼眼圧はC10CmmHg台後半で経過していた.2020年C6月の視野検査で視野障害の進行を認めたため,リパスジル塩酸塩水和物点眼が追加となり,眼圧はC15CmmHg程度まで下降した.同年C12月の受診時に右眼眼圧C33CmmHgと高値であり,視力低下も伴っていたため横浜市立大学附属病院眼科(以下,当院)を紹介され受診した.既往歴はアトピー性皮膚炎,気管支喘息であった.初診時の視力は,右眼C0.06(0.3C×sph.3.25D(cyl.2.00DAx85°),左眼C0.04(1.2C×sph.8.75D(cyl.0.25DCAx75°),眼圧は右眼C40CmmHg,左眼C12CmmHgであった.右眼は虹彩C2時方向に周辺虹彩切開が施行されており,IOLはC4時-10時の方向に強膜内固定されていた.前房深度はC3.4Cmmであり,前眼部光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)では逆瞳孔ブロックは認められなかった(図1).虹彩動揺がみられ,隅角には全周性に強い色素沈着(Scheie分類CgradeIII.IV),下方には周辺虹彩前癒着(peripheralCanteriorsynechia:PAS)がみられた(図2).静的量的視野検査,動的量的視野検査を施行すると,右眼はすでに中心視野障害をきたしていた(図3).線維柱帯への色素沈着が強く,若年であることから眼内法による線維柱帯切開術(谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフック使用)を施行された.術後眼圧はC10.17CmmHgで推移し,その後眼圧上昇はみられなかった.〔症例2〕48歳,男性.図2症例1:右眼の隅角所見(下方)全周性に色素沈着がみられ,下方には周辺虹彩前癒着(peripher-alanteriorsynechia:PAS)がみられた.2019年に右眼の白内障手術を施行され,2022年C1月に右眼CIOL落下を認めCIOL摘出およびフランジ法による強膜内固定術を施行された.術後経過は良好であったが,同年C4月に右眼痛と嘔気を認め,近医救急科を受診し精査されたが明らかな異常は指摘されず,眼科疾患を疑われ当院に転院搬送となった.受診時,右眼眼圧はC72CmmHgと著しく高値であり,D-マンニトール点滴を施行し眼圧はC28CmmHgまで下降した.夜間であったため一度帰宅とした.翌日再診時の視力は,右眼C0.15(1.2C×sph.2.25D(cyl.0.50DAx145°),左眼C0.06(1.2C×sph.5.25D(cyl.0.75DAx30°),眼圧は右眼44mmHg,左眼C13CmmHgであった.右眼は虹彩C2時方向に周辺虹彩切開を施行されており,IOLはC4時-10時の方向に強膜内固定されていた.前房深度はC3.5Cmmであり,前房内には色素性の微塵浮遊がみられ,前眼部COCTでは逆瞳孔ブロックの所見は認められなかった(図4).虹彩動揺と隅角には下方優位に全周性に強い色素沈着(Scheie分類CgradeIII.IV)がみられた(図5).線維柱帯への色素沈着が強く,若年であることから眼内法による線維柱帯切開術(谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフック使用)を施行した.術後眼圧はC10.15CmmHgで推移し,その後眼圧上昇はみられていない.高眼圧をきたしてから手術までの期間は約C1週間であり,術後施行した視野検査では明らかな視野障害は認められなかった.CII考按無水晶体眼やCIOL偏位・脱臼例に対するCIOL固定法として,従来はCIOL毛様溝縫着術が行われてきたが,2007年のGaborによる報告以降,IOL強膜内固定術が発展してきた1).2014年に山根らが,ダブルニードルテクニックを報告してから国内でも広く施行されるようになり,年々施行件数は増図3症例1:右眼の静的量的視野検査中心30-2プログラムおよび動的量的視野検査すでに中心視野障害をきたしており,MD値はC.12.02CdBであった.図4症例2:右眼の前眼部OCT所見前房深度はC3.5Cmmであり,逆瞳孔ブロックは認めなかった.加している2).従来の縫着術と比較し,IOL偏位や傾斜が少なく,縫合操作が不要であり,より短時間で行えるなどの利点がある一方で,問題点としては支持部の破損や変形,強膜からの露出の可能性,長期経過が不明である点などがあげられる3).図5症例2:右眼の隅角所見(下方)下方優位に全周性に強い色素沈着がみられた.強膜内固定術後の合併症として,瞳孔捕獲,IOL偏位,黄斑浮腫,硝子体出血,前房出血,一過性の低眼圧・高眼圧などが報告されている4,5).近年,強膜内固定術後の逆瞳孔ブロックにより高眼圧をきたした症例が報告されており,硝子体手術後の無硝子体眼に発生しやすく,レーザー虹彩切開術が有効であるとされている6,7).強膜内固定術後に逆瞳孔ブロックを生じる機序については,虹彩裏面とCIOL間の距離の減少との関連が示唆されており,無硝子体眼,虹彩動揺,隅角色素がリスク因子であることが報告されている6).深前房,虹彩の後方弯曲,瞳孔縁のCIOLとの接触が逆瞳孔ブロックの特徴的な所見であるが,今回のC2症例ではすでに周辺虹彩切開が施行されており,前眼部COCTでも逆瞳孔ブロックの所見は認められなかった.今回のC2症例においては共通して隅角に強い色素沈着と虹彩動揺の所見がみられた.虹彩動揺はCIOL脱臼・落下に対しCIOL抜去,強膜内固定術を施行された際の虹彩付近での操作や手術侵襲により生じたものと考えられた.強膜内固定術ではCIOL支持部端をC2.3Cmm強膜内に埋没させるため,光学面は安定する一方で支持部に引き伸ばされる力が加わるとされる2).そのためCIOL支持部は破損しにくい材質が望ましい.ポリメチルメタクリレート(PMMA)製の支持部は先端を把持した際に破損することがあり,剛性ゆえに眼内操作での自由度も低いため,ポリフッ化ビニリデン(PVDF)製が扱いやすいとされる5).また,固定後の安定性はCIOL全長の長いもののほうがよいことから,光学部径C7.0mmでPVDF製支持部を有し支持部間距離C13.2CmmであるエタニティーCX-70S(参天製薬),エタニティーナチュラルCNX-70S(参天製薬)が選択されることが多い.これらのCIOLは支持部角度がC7°に設計されているため,IOL支持部の伸展により虹彩裏面とCIOL光学部間の距離は近くなるものと考えられる.角膜径が大きい場合,支持部にかかる伸展力は強まりさらに近接すると考えられるが,今回のC2症例では角膜水平径はC11.7Cmm,12.3Cmmと正常範囲内であり,虹彩裏面とCIOL光学部の接近量は少なめで逆瞳孔ブロックまでは至らなかった可能性がある.しかし,逆瞳孔ブロックまで至らない場合も,一定量の虹彩裏面とCIOL光学部間の接近により,虹彩の緊張度が乏しい患者では眼球運動に伴い虹彩裏面とCIOLの摩擦は生じやすくなると考えられる.摩擦により散布された色素が線維柱帯に沈着し,色素性緑内障の病態を生じることで眼圧上昇をきたす可能性が示唆された.前立腺肥大症の内服治療患者,外傷や術後で瞳孔偏位や虹彩の緊張低下がみられる患者ではより慎重な経過観察が必要と考えられる.今回のC2症例では谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフックを用いた線維柱帯切開術の施行により眼圧下降が得られた.IOL縫着術後や硝子体手術後の患者においては,より確実な眼圧下降が必要な場合や目標眼圧が低い場合は線維柱帯切除術が選択されることも多い8).しかし,術後合併症として濾過胞感染のリスクがあることに加え,硝子体手術後の患者では結膜状態や術中の眼球虚脱により手術難度が高くなる,駆逐性出血のリスクが高まるなどのデメリットがある.IOL縫着術後や強膜内固定術後の患者における線維柱帯切開術では,前房出血が硝子体腔に回ることが術後合併症の一つであるが,IOLが隔壁となるので回る量は少量であることが多く,今回のC2症例においても術後数週間で自然に消退が得られた.隅角色素が眼圧上昇機序の主因であると考えられる患者においては,線維柱帯切開術が奏効する可能性があり,低侵襲な術式から治療方針を考慮することが望ましいと考えられた.今回筆者らは,IOL強膜内固定術後に逆瞳孔ブロックを伴わない眼圧上昇を認めたC2例を経験した.IOL強膜内固定術後の合併症として眼圧上昇に留意する必要があり,眼内法による線維柱帯切開術が有用な治療法となる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GaborSGB,PavlidisMM:SuturelessintrascleralposteriorchamberCintraocularClensC.xation.CJCCataractCRefractCSurgC33:1851-1854,C20072)YamaneCS,CInoueCM,CArakawaCACetal:SuturelessC27-gaugeCneedle-guidedCintrascleralCintraocularClensCimplan-tationCwithClamellarCscleralCdissection.COphthalmologyC121:61-66,C20143)太田俊彦:眼内レンズ強膜内固定術:T-.xationtechnique.眼科グラフィック6:45-53,C20174)LiuJ,FanW,LuXetal:Suturelessintrascleralposteriorchamberintraocularlens.xation:Analysisofclinicalout-comesCandCpostoperativeCcomplications.CJCOphthalmol2021:8857715,C20215)蒔田潤,小堀朗:眼内レンズ強膜内固定法の合併症,あたらしい眼科32:1569-1570,C20156)BangCSP,CJooCCK,CJunJH:ReverseCpupillaryCblockCafterCimplantationofascleral-suturedposteriorchamberintra-ocularlens:aretrospective,openstudy.BMCOphthalmolC17:35,C20177)BharathiCM,CBalakrishnanCD,CSenthilS:C“PseudophakicCReverseCPupillaryCBlock”followingCyamaneCtechniqueCscleral-.xatedCintraocularClens.CJCGlaucomaC29:e68-e70,C20208)庄司信行:硝子体手術後の続発緑内障はこう治す.あたらしい眼科26:331-336,C2009***

単純ヘルペス性角膜輪部炎の臨床所見

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):685.688,2013c単純ヘルペス性角膜輪部炎の臨床所見助村有美高村悦子篠崎和美木全奈都子田尻晶子東京女子医科大学眼科学教室ClinicalExaminationofHerpesSimplexLimbitisYumiSukemura,EtsukoTakamura,KazumiShinozaki,NatsukoKimataandAkikoTajiriDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity目的:角膜ヘルペスの一病型である角膜輪部炎の臨床所見の特徴と経過を明らかにする.方法:2004年4月から2010年3月までに東京女子医科大学病院を受診した角膜ヘルペス患者のうち,細隙灯顕微鏡検査にて角膜輪部炎と診断した21例について臨床所見の特徴,治療経過を検討した.結果:角膜所見は輪部の隆起を伴う充血,微細な角膜後面沈着物を伴う角膜輪部を中心とした実質の浮腫や混濁を呈していた.21例に延べ37回の角膜輪部炎を観察した.21例中11例(52%)には2回以上の再発がみられた.輪部炎の再発は1月が37回中13回と最も多かった.37回中23回(62%)に眼圧上昇を伴っていた.治療にはステロイド点眼薬,アシクロビル眼軟膏,散瞳剤を用い,眼圧上昇時には緑内障治療薬を併用した.結論:角膜輪部炎の再発は少なくなく,眼圧上昇を伴う傾向がみられた.Purpose:Toevaluateclinicalcharacteristicsofcorneallimbitis,asubtypeofherpetickeratitis.Methods:Wereviewedtheclinicalrecordsof21patientswhohadbeendiagnosedwithcorneallimbitisbyslit-lampmicroscopyatTokyoWomen’sMedicalUniversityHospitalfromApril2004toMarch2010.Results:Slit-lampexaminationshowedlimbalhyperemiawithswelling,andedematousoropaquecornealstromawithfinekeraticprecipitates.Atotalof37episodesofcorneallimbitiswereobservedinthe21patients,withtwoormorerecurrencesin11(52%)patients.CorneallimbitisrelapsewasmostcommoninJanuary,comprising13ofthe37episodes.Elevatedintraocularpressure(IOP)wasobservedin23ofthe37episodes(62%).Thepatientsweretreatedwithsteroideye-drops,topicalacyclovirandmydriatics.GlaucomadrugswereaddedincaseswithelevatedIOP.Conclusions:RecurrenceandelevatedIOPwerefrequentlyobservedincorneallimbitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):685.688,2013〕Keywords:角膜ヘルペス,輪部炎,眼圧上昇,毛様充血,輪部腫脹.herpessimplexkeratitis,limbitis,elevatedintraocularpressure,ciliaryinjection,limbalswelling.はじめに角膜ヘルペスは慢性再発性の疾患であり,その経過中にさまざまな病型を呈する.眼ヘルペス感染症研究会の病型分類では上皮型・実質型・内皮型と病型の首座による分類が提唱されている1).輪部炎は角膜輪部の炎症を主体とする特徴的な所見を呈する病型2)であり,内皮型の一型として分類されている.今まで輪部炎で再発し,その後角膜ヘルペスと診断された症例は散見される3)が,多数例の角膜ヘルペスについて臨床経過を詳細に検討した報告は少ない.一方,角膜ヘルペスの経過中に眼圧上昇を伴う場合,輪部炎の所見を呈する頻度が高いことから3),角膜輪部炎を角膜ヘルペスの一病型と認識し,臨床像を把握し治療にあたることは重要と思われる.今回,角膜ヘルペスの経過中に観察された角膜輪部炎の臨床的特徴,眼圧上昇との関連,治療法について検討した.I対象および方法2004年4月から2010年3月までの6年間に東京女子医科大学病院を受診し,樹枝状角膜炎再発時にウイルス学的検査により角膜ヘルペスと確定診断された患者のうち,経過中に細隙灯顕微鏡所見から角膜輪部炎と診断された21例〔男性6例,女性15例,年齢61±12(平均値±標準偏差)歳(35〔別刷請求先〕助村有美:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:YumiSukemura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(107)685 .80歳)〕を対象とした.21例の輪部炎の再発回数,再発時期,細隙灯顕微鏡所見の特徴,眼圧上昇の有無,治療方法と経過についてレトロスペクティブに検討した.なお,眼圧測定にはGoldmann圧平式眼圧計を用い,22mmHg以上を眼圧上昇とした.II結果1.細隙灯顕微鏡所見の特徴特徴的な所見として,輪部結膜の隆起を伴う充血と,隣接する角膜輪部を中心とした実質の浮腫,混濁が認められた(図1).角膜混濁は実質深層に著明で,微細な角膜後面沈着物を伴っていた.フルオレセイン染色では角膜輪部に限局した上皮浮腫が観察された.また,輪部炎の所見から連続して図1細隙灯顕微鏡所見の特徴全周性の輪部結膜に隆起を伴う充血と,周辺部の実質の浮腫,混濁がみられる.図2楔形混濁限局性の輪部結膜の隆起と充血がみられ,連続して角膜周辺部から中央部に頂点を向けた楔形混濁がみられる.角膜実質深層の楔形混濁を伴っていたもの(図2)が5回,周辺部の樹枝状角膜炎を合併したものが1回観察された.輪部炎の範囲は限局したものから全周に及ぶものまであった.2.再発回数と再発時期今回の観察期間に受診した角膜ヘルペス患者は100例であり,そのうち輪部炎の再発は21例(21%)に観察された.21例には延べ37回(平均1.8回/症例)の再発がみられた.輪部炎の再発が複数回観察された症例は11例(52%)あり,内訳は2回が7例,3回が3例,4回が1例であった.輪部炎が複数回再発した症例において,再発時の部位は同じとは限らなかった.月別では11.2月に多く,なかでも1月に37回中13回(35%)と最も多かった.3.眼圧眼圧上昇は37回の輪部炎において23回(62%)に認められた.輪部炎再発時の最高眼圧は25.4±7.5mmHg(22.48mmHg)であった.輪部炎の範囲が1/3周未満だった19回のうち眼圧上昇は6回(32%)に,1/3周以上の18回では17回(94%)に眼圧上昇を伴っており,それぞれの平均眼圧は1/3周未満で17.8±6.9mmHg,1/3周以上で33.1±7.8mmHgであった.4.治療方法輪部炎の治療としてステロイド点眼薬,アシクロビル眼軟膏,アトロピン点眼薬を用い,実質型角膜ヘルペスに準じた治療を行った.樹枝状角膜炎を伴った1回以外は全症例でステロイド点眼薬として0.1%ベタメタゾン点眼液を1日2.3回で開始し,炎症所見の改善に伴い漸減した.アシクロビル眼軟膏は1日1.3回とし,内服は併用しなかった.眼圧上昇を呈した23回のうち21回では緑内障治療薬を用い,そのうち12回は点眼薬に加えアセタゾラミド錠を内服した.緑内障治療薬としてはプロスタグランジン関連薬13回,b遮断薬5回,炭酸脱水酵素阻害薬1回であり,多剤併用は2回であった.眼圧上昇は治療開始後,輪部腫脹の改善に伴い正常化し,その期間は全症例で2週間を超えるものはなかった.5.代表症例(図3)患者は62歳,女性.1986年4月初診時,全周性の輪部炎と角膜中央に樹枝状角膜炎を認め,眼圧は38mmHgであった.その後も2006年3月までの20年間に複数回の再発(樹枝状角膜炎2回,実質炎4回,輪部炎15回)を起こしていた.2006年4月,2日前から右眼霧視と異物感を自覚し当科を再診した.再発時矯正視力:右眼(0.7),左眼(1.0),眼圧:右眼36mmHg,左眼14mmHg.細隙灯顕微鏡所見は全周に輪部腫脹を伴う著明な毛様充血,角膜実質の浮腫と混濁,微細な角膜後面沈着物,輪部に限局した上皮浮腫が観察された(図1).治療は炎症に対し0.1%ベタメタゾン点眼3.4回/日と,1%アトロピン点眼1回/日,アシクロビル眼686あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(108) ラタノプロスト点眼アセタゾラミド錠内服1%アトロピン点眼アシクロビル眼軟膏0.1%ベタメタゾン点眼全周の輪部炎0.02%デキサメタゾン0.02%フルオロメトロン38mmHg14mmHg15mmHg眼圧再発10日目2カ月5カ月1年図3全周性の輪部炎を再発した症例の治療と経過軟膏点入2.3回/日を行い,眼圧上昇に対しラタノプロスト点眼とアセタゾラミド錠を併用した.治療開始10日後には輪部炎の所見は改善し,眼圧も14mmHgまで下降したためラタノプロスト点眼薬とアセタゾラミド錠の内服は中止し,ステロイド点眼薬を漸減した.III考察角膜ヘルペス症例の経過中に観察できた21例の輪部炎の臨床的特徴を検討した.検討した輪部炎は,ウイルス学的に確定診断された上皮型角膜ヘルペスの既往を有する症例の臨床経過において観察されたものであり,これらは角膜ヘルペス再発の一病型であると診断できる.観察期間の6年間に受診した角膜ヘルペス患者の21%に輪部炎再発を認め,以前に筆者らが行った検討2)でも14%と再発病型の頻度としては少なくない印象がある.また,輪部炎の再発は複数回みられる場合があり,角膜ヘルペスの病型として認識しておく必要があると思われる.輪部炎の所見から連続した角膜実質深層の楔型混濁を伴っていたものは5回認められ,この所見は大橋らによる角膜内皮炎の臨床病型分類4)の傍中心部浮腫型(2型)に類似していた.原因不明の角膜内皮炎の原因として近年,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が注目され5),単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)や水痘帯状疱疹ウイルスに比べ頻度が高いことが報告されている6).しかし,典型的なCMV角膜内皮炎では角膜浮腫は周辺部から始まり,進行性で,角膜後面沈着物が線状や円形に配列することが特徴の一つにあげられているが,今回観察した輪部炎に伴う角膜後面沈着物に特徴的な配列はみられず,細隙灯顕微鏡所見からも鑑別は可能であると思われる.検討した輪部炎のうち,輪部炎再発時に62%で眼圧上昇を伴っていた.以前,筆者らが行った検討7)で角膜ヘルペス(109)284例中の眼圧上昇について検討したが,輪部炎の再発頻度は眼圧上昇を起こさなかった角膜ヘルペスで4.8%であったのに比べ,眼圧上昇時には76.5%であった.さらに,輪部炎の範囲が広いほど眼圧が高い傾向にあり,これらのことから,角膜ヘルペスの経過中にみられる眼圧上昇には輪部炎との関連が推測される.角膜ヘルペスの再発は三叉神経節に潜伏したウイルスが何らかの誘因により活性化し,三叉神経を経由して角膜へ到達し樹枝状角膜炎として再発する.角膜に分布する三叉神経のルートは三叉神経第1枝から分岐した鼻毛様体神経から,一部は毛様体神経節を通過し短後毛様体神経となり,一部は長後毛様体神経として角膜とともに隅角組織や強膜表層に分枝を出しながら角膜輪部に至る.Nagasatoら8)が生体共焦点顕微鏡を用いて角膜ヘルペス患者の上皮下角膜神経の形態学的変化を病型別に比較し,内皮型では上皮型や実質型と異なり上皮下神経の破壊がみられなかったことから,内皮型の再発に関わる三叉神経のルートが異なる可能性を示唆している.一方,Amanoら9)が眼圧上昇を伴った治療に抵抗性の角膜内皮炎に対し線維柱帯切除術を行い,切除した手術標本の線維柱帯などからHSV抗原を検出している.角膜ヘルペスの既往は明らかでない症例だが,線維柱帯へのHSVによる侵襲が眼圧上昇をひき起こす原因になっている可能性が示唆されている.これらのことから,今回観察された輪部炎の病態の一つには角膜周辺部の内皮や線維柱帯に分布する長後毛様体神経経由のHSV再発が線維柱帯の炎症の原因となり眼圧上昇を起こした可能性が推測される.今回輪部炎の治療として,ステロイド点眼薬とアシクロビル眼軟膏,アトロピン点眼薬を用い,眼圧上昇に対し緑内障治療薬を併用した.過去にラタノプロスト点眼液が樹枝状角膜炎の再発への関与が報告10)されているが,これらの薬剤の再発に対する直接的因果関係は明らかでなく,短期間の使用では樹枝状角膜炎の再発はみられず安全に使用できるものと考えた.眼圧上昇に対しては適切なステロイド点眼薬による消炎とともに緑内障治療薬の積極的な使用による速やかな眼圧下降が望ましいと思われる.今回の検討では抗ウイルス薬としては全例アシクロビル眼軟膏を用い,バラシクロビル内服は行わなかった.輪部炎に対しアシクロビル内服を併用している報告もある3)が,輪部に炎症が限局する場合や,免疫抑制状態といったcompromisedhostでなければ局所投与での治療が可能と思われる.角膜ヘルペスの経過中に眼圧上昇や輪部付近の充血を認めた場合,鑑別の一つに角膜輪部炎も念頭におき診断や治療にあたることが重要と思われた.角膜ヘルペスの病型としての輪部炎の病態は不明だが,さらなる病態解明には今後前眼部OCT(光干渉断層計)や超音波生体検査による線維柱帯付近の形状変化や前房水PCR(polymerasechainreaction)によあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013687 るウイルス学的検討が必要と思われた.文献1)大橋裕一,石橋康久,井上幸次ほか:角膜ヘルペス新しい病型分類の提案.眼科37:759-764,19952)高村悦子:単純ヘルペス性輪部炎の診断と治療.日本の眼科63:637-640,19923)遠藤直子,庄司純,稲田紀子ほか:輪部炎で再発した角膜ヘルペスの2症例.眼科44:1939-1944,20024)大橋裕一,真野富也,本倉真代ほか:角膜内皮炎の臨床病型分類の試み.臨眼42:676-680,19885)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20086)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Prevalenceandfeaturesofkeratitiswithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-222,20107)吉野圭子,高村悦子,高野博子ほか:角膜ヘルペスにおける眼圧上昇.臨眼45:1207-1209,19918)NagasatoD,Araki-SasakiK,KojimaTetal:Morphologicalchangesofcornealsubepithelialnerveplexusindifferenttypesofherpetickeratitis.JpnJOphthalmol55:444-450,20119)AmanoS,OshikaT,KajiYetal:Herpessimplexvirusinthetrabeculumofaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol127:721-722,199910)WandM,GilbertCM,LiesegangTJ:Latanoprostandherpessimplexkeratitis.AmJOphthalmol127:602-604,1999***688あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(110)

プロスタグランジン関連眼圧下降薬で惹起された前部ぶどう膜炎

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(115)571《原著》あたらしい眼科28(4):571.575,2011cはじめに緑内障に対する唯一のエビデンスのある治療は眼圧下降である1,2).プロスタグランジン関連眼圧下降薬(以下,PGA点眼薬)は,プロスタグランジンF2a誘導体の刺激により,ぶどう膜強膜経路を介して房水流出を促し,1日1回で優れた眼圧下降効果を示し,ファーストラインの抗緑内障治療薬としての地位を固めている3,4).現在,国内では,イソプロピルウノプロストン,ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストに加えて,2009年10月よりビマトプロスト点眼薬が臨床上使用可能な点眼薬となり,計5種類のPGA点眼薬が使用されている.PGA点眼薬の副作用は,体内代謝が速く血中半減期が短いため,全身的には少ないとされる.眼局所の副作用としては,結膜充血,眼瞼・虹彩色素沈着,多毛,角膜上皮障害などがよく知られている5).また,低頻度ではあるが,深刻な副作用としてぶどう膜炎,.胞様黄斑浮腫などが報告されている6,7).近年,ぶどう膜炎の既往がないにもかかわらず,PGA点眼薬により,前部ぶどう膜炎を生じたとする症例の〔別刷請求先〕山本聡一郎:〒849-8501佐賀市鍋島5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:SoichiroYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANプロスタグランジン関連眼圧下降薬で惹起された前部ぶどう膜炎山本聡一郎岩尾圭一郎平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座AnteriorUveitisAssociatedwithProstaglandinAnalogsSoichiroYamamoto,KeiichiroIwao,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicineぶどう膜炎の既往のない患者において,プロスタグランジン関連眼圧下降薬(以下,PGA点眼薬)で惹起された前部ぶどう膜炎の臨床的特徴について検討した.佐賀大学眼科で経験した症例5例6眼に,過去に症例報告されている21例28眼を加え,そのぶどう膜炎の特徴について検討した.ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストで前部ぶどう膜炎を発症した.炎症惹起までの期間は1~1,851日(平均149.4±338.8日)であった.前房炎症の程度は大多数の症例ではごく軽度で,炎症惹起前後での眼圧較差は.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)であった.治療は全症例でPGA点眼薬の中止がなされ,22眼(64.7%)ではステロイド点眼治療が施行され,平均18.4±14.8日で消炎された.緑内障診療にあたり,PGA点眼薬の使用で炎症が惹起される可能性を常に念頭に置く必要がある.Weevaluatedtheclinicalcharacteristicsofanterioruveitiscausedbytheinstillationofprostaglandinanalogs(PGA)inpatientswithnopreviousmedicalhistoryofuveitis.Weretrospectivelyinvestigatedtheclinicalrecordsof5patients(6eyes)whohadconsultedourdepartment,andreviewed21reportedpatients(28eyes).Theanterioruveitiswastriggeredbylatanoprost,travoprostandbimatoprost,andoccurredwithin1-1,851days(average,149.4±338.8days).PGA-relateduveitisshowedmildinflammationsintheanteriorchamberinmostcases,andtheintraocularpressurechangesafterinflammationbeing.10to14mmHg(average,.0.78±5.3mmHg).Fortreatment,PGAwaswithheldinallcasesandtopicalcorticosteroidswereinstilledin22eyes(64.7%).ThePGA-relateduveitisimprovedin18.4±14.8days.OurfindingsindicatethatinflammationmustbecarefullymonitoredaftertheadministrationofanyPGA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):571.575,2011〕Keywords:眼炎症,眼圧上昇,緑内障,抗緑内障点眼薬.intraocularinflammation,intraocularpressure,glaucoma,antiglaucomaeyedrop.572あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(116)報告が散見される8~17).しかしながら,いずれの報告も少数の症例報告に留まっており,その臨床的特徴などに関しての詳細は不明である.そこで筆者らは,当院で経験した症例と過去に症例報告されているPGA点眼薬により惹起された前部ぶどう膜炎の臨床的特徴について検討した.I対象および方法対象は佐賀大学医学部附属病院眼科において,1999年5月から2009年5月の期間に,ぶどう膜炎の既往のない緑内障症例のうち,PGA点眼薬開始後に前部ぶどう膜炎を発症した症例について,カルテ記載に基づきレトロスペクティブに調査した.調査項目として,性別,年齢,緑内障病型,手術歴,術後経過期間,PGA点眼以外の点眼数,発症までの期間について調査した.発症時の診察所見として,炎症前後での眼圧変化,角膜浮腫・角膜後面沈着物・前房炎症・虹彩結節・.胞様黄斑浮腫の有無,治療方法,消炎までの期間について調査し,炎症の形態を評価した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計を用いて計測し,前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)により評価した.また,過去に論文報告されているPGA点眼薬に起因する前部ぶどう膜炎症例について,PubMedを用いてprostaglandin,latanoprost,travoprost,bimatoprost,tafluprost,uveitisでキーワード検索を行い,該当する文献検索を行った.上記と同じ項目について調査し,当院症例と合わせて前部ぶどう膜炎の臨床的特徴についてさらに検討した.II結果当院での症例は5例6眼であり,その内訳は男性4眼,女性2眼,年齢は52~86歳(平均74.3±11.7歳)であった(表1).全身性ぶどう膜炎との鑑別に必要と考えられる採血など一般的な全身検索において,異常所見は認めなかった.緑内障病型は,原発開放隅角緑内障3眼,落屑緑内障2眼,発達緑内障1眼であった.手術の既往歴のない症例は2眼であり,2眼で緑内障手術のみ,2眼で緑内障手術および白内障手術が施行されており,すべての症例で手術後半年以上(8.3~38.0カ月)経過していた.PGA点眼薬の種類はすべての症例でラタノプロスト点眼を使用しており,ラタノプロスト点眼以外の併用されていた抗緑内障点眼数は,1~3剤(平均1.7±0.81剤)であった.ぶどう膜炎発症までの期間は138~表1患者背景症例AB-RB-LCDE平均±標準偏差年齢(歳)79757579865274.3±11.7性別男性女性女性男性男性男性緑内障病型POAGPOAGPOAGEGEGDEV緑内障手術既往─LOTLOT─VISCOLOT+SINTLE白内障手術既往─IOLIOL───術後経過期間(月)─8.322.0─32.638.0PGA以外の抗緑内障点眼(剤)2113121.7±0.81発症までの期間(日)2192281381,851312837597.5±663.5EG:落屑緑内障,DEV:発達緑内障,IOL:超音波白内障手術+眼内レンズ挿入術,LOT:線維柱帯切開術,PGA:PGA点眼薬,POAG:原発開放隅角緑内障,SIN:サイヌソトミー,TLE:線維柱帯切除術,VISCO:ピスコカナロストミー.表2診察所見と治療AB-RB-LCDE平均±標準偏差炎症前の眼圧(mmHg)16131421133618.8±14.5炎症時の眼圧(mmHg)18121221155021.3±14.5炎症前後の眼圧較差(mmHg)2.1.202142.5±5.9角膜浮腫──────前房炎症*1+2+2+1+1+1+角膜後面沈着物─+────隅角結節・虹彩結節─++───眼底:.胞様黄斑浮腫──────消炎期間(日)54141108718.7±17.4ステロイド点眼治療+++──+*:aqueouscellulargradingscaleにより分類18).(117)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115731,851日(平均597.5±663.5日)であった.ぶどう膜炎発症前の眼圧は13~36mmHg(平均18.8±14.5mmHg),炎症時の眼圧は12~50mmHg(平均21.3±14.5mmHg)であり,炎症惹起前後での眼圧較差では.2~14mmHg(平均2.5±5.9mmHg)で,うち1眼では14mmHgの著明な眼圧上昇を認めた(表2).前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)2+が2眼,1+が4眼で,角膜後面沈着物を生じた症例は1眼であった.すべての症例で前部硝子体に炎症細胞を認めず,また.胞様黄斑浮腫など眼底異常所見も認めず,前眼部に限局した炎症であった.治療は,全症例ともラタノプロスト点眼が中止され,4眼でステロイド点眼薬で抗炎症加療が施行された.ステロイド点眼薬の内訳は0.1%リン酸ベタメタゾンが2眼,0.1%フルオロメトロン点眼後に0.1%リン酸ベタメタゾンに変更したのが2眼,2眼はラタノプロスト点眼中止のみで消炎がみられた.消炎までの平均期間は5~41日(平均18.7±17.4日)であった.PGA点眼中止後の眼圧コントロールに使用した抗緑内障薬の内訳は,マレイン酸チモロール,ブリンゾラミド,ジピベフリン塩酸塩,塩酸ブナゾシンでもともと併用していた点眼を続行し,消炎後の眼圧コントロールはおおむね良好であった.しかし,炎症惹起前より眼圧ベースラインが20mmHgを越えていた症例Eは,消炎後も眼圧高値のため,最終的にマイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した.つぎにPubMedを用いて文献検索し,PGA点眼薬で前部ぶどう膜炎を惹起した過去の論文報告を10報抽出した.この既報症例21例28眼に当院症例を加えて,計26例34眼でさらに検討を加えた.既報のPGA点眼薬の内訳は,ラタノプロスト点眼の症例が計16例20眼8~12),トラボプロスト点眼の症例が計4例6眼13~16),ビマトプロスト点眼の症例が1例2眼17)であった.26例34眼の内訳は,男性13眼,女性21眼,年齢は46~86歳(平均71.7±8.2歳)であった(表3).緑内障病型は原発開放隅角緑内障19眼,落屑緑内障6眼,発達緑内障1眼,病型不詳8眼であった.手術の既往歴は,7眼で緑内障手術,15眼で白内障手術が施行されていた.PGA点眼薬以外の併用抗緑内障点眼数は0~3剤(平均0.97±0.90剤)であった.ぶどう膜炎発症までの平均期間は1~1,851日(平均149.4±338.8日)で,そのうち点眼開始後14日以内では12眼(35.3%),60日以内では21眼(61.8%)の発症がみられた.炎症惹起前後での眼圧較差は.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)で,5mmHg以上の眼圧上昇を認めた症例は3眼(8.8%)のみであった(表4).前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)1+以下のものが22眼(64.7%)で,角膜後面沈着物を生じた症例は5眼(14.7%)であった..胞様黄斑浮腫など眼底異常所見を認める症例はみられなかった.治療は,全症例でPGA点眼薬を中止し,22眼(64.7%)でステロイド点眼薬で抗炎症治療が施行された.消炎までの期間は,5~56日(平均18.4±14.8日)であった.表3患者背景(当院症例および既報)平均±標準偏差性別(眼)男性13(38.0%),女性21(62.0%)発症年齢(歳)46~8671.7±8.2緑内障病型(眼)POAG19EG6DEV1病型不詳8手術既往(眼)緑内障手術7白内障手術15PGA以外の眼圧下降点眼数(剤)0~30.97±0.90発症までの期間(日)1~1,851149.4±338.8EG:落屑緑内障,DEV:発達緑内障,POAG:原発開放隅角緑内障.表4診察所見と治療(当院症例および既報)発症前眼圧(mmHg)21.3±5.9発症時眼圧(mmHg)20.7±8.5炎症前後の眼圧較差(mmHg).0.78±5.3角膜浮腫(眼)3(8.8%)前房炎症*(眼)3+2+1+trace2(5.9%)10(29.4%)10(29.4%)12(35.3%)角膜後面沈着物(眼)5(14.7%.豚脂様2,詳細不明3)隅角・虹彩結節(眼)2(5.9%).胞様黄斑浮腫(眼)0ステロイド点眼(眼)22(64.7%)消炎までの期間(日)18.4±14.8*aqueouscellulargradingscaleにより分類18).574あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(118)III考按PGA点眼薬は,眼炎症を惹起する可能性があり,特にぶどう膜炎症例における使用の際には慎重投与が必要とされている19).過去の報告では1990年代後半に,炎症の既往のない緑内障眼に対するPGA点眼薬で惹起された前部ぶどう膜炎の報告があり,その発症頻度は,Warwarら8)はラタノプロスト点眼で163眼中4.9%に,Smithら9)はラタノプロスト点眼で505例中1%と報告しており低頻度である.そのためいずれの報告も少数の症例報告に留まっており,その臨床的特徴などに関しての詳細は不明である.そこで今回,筆者らはこれまでにPGA点眼薬で前部ぶどう膜炎を惹起した報告を集め,その臨床的特徴について検討した.プロスタグランジン(PG)が眼炎症のメディエータとしての役割を担うことはよく知られている.発症のメカニズムは思索的ではあるが,PGF2aにより虹彩毛様体においてPGE2が放出され20),ホスホリパーゼA2の活性化によって細胞膜のリン脂質からアラキドン酸の放出が刺激され21),結果的にアラキドン酸が炎症誘発性エイコサノイドの産生を増加することにより,眼炎症をひき起こすと考えられている.動物実験においても,高濃度のPGにより眼血液房水関門が破綻し,眼炎症が惹起される22).臨床においては,健常眼で眼炎症のリスクのない28人のボランティアに対しラタノプロストの1日4回2週間点眼を施行し,そのうち15人で軽度の前房細胞の上昇を認めたとする報告23)や,60人の慢性開放隅角緑内障患者におけるラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト点眼による6カ月間のフレアセルメータで,点眼開始前と比較しラタノプロスト群では60.4%,トラボプロスト群では45.5%,ビマトプロスト群では38.5%の前房細胞フレア値が増加したとする報告もある24).今回の検討における臨床所見の特徴として,前房炎症の程度はaqueouscellulargradingscale18)1+以下のものが22眼(64.7%)で,角膜後面沈着物を生じたのは5眼(14.7%)と,炎症の程度は軽度なものが多いと考えられた.炎症惹起前後での眼圧較差は,.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)と,多くの症例では炎症惹起後での眼圧上昇を認めなかった.治療としては,PGA点眼薬中止のみで消炎がみられたものが12眼(35.3%)で,22眼(64.7%)でステロイド点眼薬が施行されており,消炎までの平均期間は,18.4±14.8日といずれも比較的速やかに消炎がみられていた.発症頻度は低いものと考えられるが,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト点眼において前部ぶどう膜炎の発症を認める.PGA点眼薬によりぶどう膜炎が惹起される症例報告があるなか,その優れた眼圧下降作用から,ぶどう膜炎続発緑内障においても炎症がコントロールされている症例に関しては,注意深い経過観察のもと使用するという報告も,2000年代後半から徐々に認められている25~27).しかし,炎症の既往がないにもかかわらずPGA点眼薬により炎症を惹起する症例が少なからず存在することは確かなことであり,使用の際にはやはり注意深い経過観察が必要である.今後の検討課題としては,いまだ報告のないタフルプロスト点眼に起因するぶどう膜炎症例に関してや,ぶどう膜炎眼でのPGA点眼薬使用に際しての炎症・眼圧応答に関する検討があげられる.治療に関しても,PGA点眼薬中止のみで軽快するものもあり,ステロイド点眼加療まで必要かどうかについては,今後さらなる検証が必要と考える.以上,眼炎症の既往がないにもかかわらずPGA点眼薬で惹起された前部ぶどう膜炎の特徴について検討した.炎症の程度や眼圧上昇は軽度なものが多く,PGA点眼薬中止とステロイド点眼加療により比較的容易に消炎できるという特徴を認めた.PGA点眼薬使用の際には,前部ぶどう膜炎の発症についても念頭に置いて,緑内障診療にあたる必要がある.文献1)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudy-Group:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20063)MishimaHK,MasudaK,KitazawaYetal:Acomparisonoflatanoprostandtimololinprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.A12-weekstudy.ArchOphthalmol114:929-932,19964)VanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20055)佐伯忠賜朗,相原一:プロスタグランジン関連薬の特徴─増える選択肢.あたらしい眼科25:755-763,20086)SchumerRA,CamrasCB,MandahlAK:Putativesideeffectsofprostaglandinanalogs.SurvOphthalmol47:219-230,20027)AlmA,GriersonI,ShieldsMB:Sideeffectsassociatedwithprostaglandinanalogtherapy.SurvOphthalmol53:93-105,20088)WarwarRE,BullockJD,BallalD:Cystoidmacularedemaandanterioruveitisassociatedwithlatanoprostuse.Ophthalmology105:263-268,19989)SmithSL,PruittCA,SineCSetal:Latanoprost0.005%andanteriorsegmentuveitis.ActaOphthalmolScand77:668-672,199910)FechtnerRD,KhouriAS,ZimmermanTJetal:Anterioruveitisassociatedwithlatanoprost.AmJOphthalmol126:37-41,199811)WaheedK,LaganowskiH:Bilateralpoliosisandgranu(119)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011575lomatousanterioruveitisassociatedwithlatanoprostuseandapparenthypotrichosisonitswithdrawal.Eye15:347-349,200112)OrnekK,OnaranZ,TurgutY:Anterioruveitisassociatedwithfixed-combinationlatanoprostandtimolol.CanJOphthalmol43:727-728,200813)FaulknerWJ,BurkSE:Acuteanterioruveitisandcornealedemaassociatedwithtravoprost.ArchOphthalmol121:1054-1055,200314)SuominenS,ValimakiJ:Bilateralanterioruveitisassociatedwithtravoprost.ActaOphthalmolScand84:275-276,200615)AydinS,OzcuraF:Cornealoedemaandacuteanterioruveitisaftertwodosesoftravoprost.ActaOphthalmolScand85:693-694,200716)KumarasamyM,DesaiSP:Anterioruveitisisassociatedwithtravoprost.BMJ329:205,200417)PackerM,FineIH,HoffmanRS:Bilateralnongranulomatousanterioruveitisassociatedwithbimatoprost.JCataractRefractSurg29:2242-2243,200318)NussenblattRB,WhitcupSM,PalestineAG:Uveitis:FundamentalandClinicalPractice,2nded,p58-68,Mosby,St.Louis,199619)沖波聡:ぶどう膜炎.眼科44:1632-1638,200220)YousufzaiSY,Abdel-LatifAA:ProstaglandinF2alphaanditsanalogsinducereleaseofendogenousprostaglandinsinirisandciliarymusclesisolatedfromcatandothermammalianspecies.ExpEyeRes63:305-310,199621)KozawaO,TokudaH,MiwaMetal:MechanismofprostaglandinE2-inducedarachidonicacidreleaseinosteoblast-likecells:independence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