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学校現場における重傷眼外傷

2019年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科36(4):553.558,2019c学校現場における重傷眼外傷戸塚伸吉*1,2恩田秀寿*2*1とつか眼科*2昭和大学医学部眼科学教室CSevereEyeInjuriesatSchoolNobuyoshiTotsuka1,2)CandHidetoshiOnda2)1)TotsukaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversity,SchoolofMedecineC平成C24年度からC26年度までのC3年間に,日本スポーツ振興センターに報告があり,障害見舞金を支給された東海北陸C7県(愛知,岐阜,三重,石川,富山,福井,静岡)の学校現場における眼外傷症例全C40例を報告した.原因をスポーツとそれ以外の事故に分けると,小学生がスポーツC2例,事故C5例の計C7例,中学生がスポーツC13例,事故2例のC15例,高校生がスポーツC14例,事故C4例のC18例であった.スポーツ眼障害は中高生に多く,中高生の学校内の重傷眼外傷の原因は大部分がスポーツであることがわかった.スポーツの種類別では,ソフトボールを含む野球(18例),フットサルを含むサッカー(9例),その他の順に多かったが,野球でより重症であった.小学生にはしつけや指導・観察と危険作業時の保護眼鏡,中高生はスポーツ眼鏡をすることで,大部分の眼外傷を予防できると考えた.CWeCinvestigatedC40CcasesCofCsevereCeyeCtraumaCatCschoolsCofCsevenCTokaiCHokurikuprefectures(Aichi,CGifu,CMie,Ishikawa,Toyama,FukuiandShizuoka)for3years(2012to2014)thatreceivedexgratiapaymentfromtheJapanCSportCCouncil.CThereCwereC7CcasesCinCtheCelementaryCschools,CwhereCtheCsportsCactivity/accidentCratioCwas5:2;15casesinthejuniorhighschools(ratio13:2)and18casesinthehighschools(14:4)C.Bytypeofsport,baseball(18cases)andfootball(9cases)rankedC.rstCandCsecond.CMoreCsevereCcasesCwereCfoundCinCbaseballCthanCinfootball.Wethinkitisimportanttoeducatestudentsastobehaviorandtheuseofsafetyglasseswhenengag-ingCinCdangerousCactivitiesCinCelementaryCschools,CasCwellCasCtoCinstructCstudentsCtoCwearCsportsCglassesCinCbothCjuniorhighandhighschools,topreventeyeinjuries.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(4):553.558,C2019〕Keywords:眼のけが,眼外傷,予防,スポーツ,スポーツ眼鏡,学校,学校管理.eyeinjury,oculartrauma,prevention,sports,sportsglasses,school,schoolmanagement.Cはじめに学校現場における眼外傷については,スポーツを原因とする報告が多くあるのに対し,学校内の眼外傷をまとめた報告は少ない1.3).その原因と重症度から対策について言及した報告は筆者らの調べた限りなかった.今回,東海北陸C7県という限られた地域ではあるが,過去C3年間の学校現場における眼外傷のC40例について調査し,いくつかの知見が得られたので報告する.CI対象および方法平成C24年度からC26年度までのC3年間に,日本スポーツ振興センターに報告があり,障害見舞金を支給された東海北陸C7県(愛知,岐阜,三重,石川,富山,福井,静岡)の学校現場における眼外傷症例全C40例である.これらの事例は,日本国内の小学校から高等学校までに在籍した生徒に起きた眼外傷事例の一部(47都道府県のうちのC7県)である.スポーツ振興センターでは,障害見舞金支給規定としての重症度分類があり(表1),その規定に該当しなければ見舞金は支給されない.したがって今回のC40例は,後遺障害が残る比較的重傷の眼障害といえる.このC40例について,スポーツ振興センターが公開している統計データをもとに,同センターへ再調査を依頼し詳細をレトロスペクティブに検討した.原〔別刷請求先〕戸塚伸吉:〒457-0808名古屋市南区松下町C1-1とつか眼科Reprintrequests:NobuyoshiTotsuka,M.D.,Ph.D.,TotsukaEyeClinic,1-1,Matsushita-cho,Minami-ku,Nagoya,457-0808,CJAPANC表1障害等級表(眼障害のみ)等級金額第1級37,700,000円(C18,850,000円)両眼が失明したもの第2級33,600,000円(C16,800,000円)一眼が失明し,他眼の視力がC0.02以下になったもの両眼の視力がC0.02以下になったもの第3級29,300,000円(C14,650,000円)一眼が失明し,他眼の視力がC0.06以下になったもの第4級20,400,000円(C10,200,000円)両眼の視力がC0.06以下になったもの第5級17,000,000円(C8,500,000円)一眼が失明し,他眼の視力がC0.1以下になったもの第6級14,100,000円(C7,050,000円)両眼の視力がC0.1以下になったもの第7級11,900,000円(C5,950,000円)一眼が失明し,他眼の視力がC0.6以下になったもの第8級6,900,000円(C3,450,000円)一眼が失明し,又は一眼の視力がC0.02以下になったもの第9級5,500,000円(C2,750,000円)両眼の視力がC0.6以下になったもの一眼の視力がC0.06以下になったもの両眼に半盲症,視野狭窄又は視野変状を残すもの両眼のまぶたに著しい欠損を残すもの第10級4,000,000円(C2,000,000円)一眼の視力がC0.1以下になったもの正面視で複視を残すもの第11級2,900,000円(C1,450,000円)両眼の眼球に著しい調節機能障害又は運動障害を残すもの両眼のまぶたに著しい運動障害を残すもの一眼のまぶたに著しい欠損を残すもの第12級2,100,000円(C1,050,000円)一眼の眼球に著しい調節機能障害または運動障害を残すもの一眼のまぶたに著しい運動障害を残すもの第13級1,400,000円(C700,000円)一眼の視力がC0.6以下になったもの一眼に半盲症,視野狭窄または視野変状を残すもの正面視以外で複視を残すもの両眼のまぶたの一部に欠損を残し,又はまつげはげを残すもの第14級820,000円(C410,000円)一眼のまぶたの一部に欠損を残し,又はまつげはげを残すもの・()内の金額は通学中およびこれに準ずる場合の障害見舞金額を示す.・一眼の瞳孔異常があり羞明が著しいような場合や中心視野に障害がある場合にはC14級を準用する,などの運用詳細があるがここでは省略する.・日本スポーツ振興センターのホームページ「学校安全Cweb」の中の障害等級表Chttps://www.jpnsport.go.jp/anzen/saigai/seido/tabid/790/Default.aspxより,眼障害のみを抜粋した.因と発生した疾患と重症度,対策について考察した.CII結果外傷の原因,外傷の種類もしくは疾病名,重症度等級,学年を一覧表にした(表2).重症度等級はスポーツ振興センターが公表している等級分類に従った(表1).24年度は20例(症例番号1.20),25年度はC9例(症例番号C21.29),26年度はC11例(症例番号C30.40)と年間C15例前後の報告があった.このC3年間のスポーツ振興センター加入者(小学校,中学校,高校の順に,3,009,015人,1,592,485人,1,557,224人)で発症率を計算すると,約C0.0002%,0.0009%,0.0012%となり,学校内での重傷眼外傷発生率は,小学生ではC50万人に約C1人,中学校,高校ではC10万人に約C1人程度となる.原因をスポーツとそれ以外の事故に分けると小学生がスポーツC2例,事故C5例の計C7例,中学生がスポーツC13例,事故C2例のC15例,高校生がスポーツC14例,事故C4例のC18例となっていた(表2).スポーツ眼外傷C29例のみに注目すると,小学生がC2例,中学生C13例,高校生C14例であり,中高生に多かった.中高生の学校内の重傷眼障害の原因は大部分(中学生が約C87%,高校生が約C78%)がスポーツであることがわかった.スポーツの種類別では,ソフトボールを含む野球(18例),表2全症例の被災年齢,性別,障害等級,傷病名と原因年度CNo.被災年齢性別障害等級主傷病名原因中2男C14外傷性黄斑円孔野球(含軟式)高2男C13硝子体出血,外傷性黄斑円孔サッカー・フットサル高2男C14網膜硝子体出血サッカー・フットサル高1男C8眼球破裂,眼窩骨折野球(含軟式)高2男C8外傷性視神経損傷野球(含軟式)中2男C13眼窩底骨折サッカー・フットサル中3男C13眼窩底骨折,裂孔原性網膜.離テニス(含ソフトテニス)中2男C14切迫黄斑円孔,網膜出血野球(含軟式)24平成年度中1男C14網膜.離サッカー・フットサル中2男C10前房出血,網膜前出血野球(含軟式)小4男C14視野異常サッカー・フットサル中2女C13網膜硝子体出血ソフトボール中2男C14視野異常ソフトボール高3男C12外傷性散瞳,前房出血,硝子体出血ペットボトルロケットによる眼打撲小6男C8外傷性視神経萎縮,外斜視,下斜視転倒時の持ち物による眼打撲高3男C7外傷性視神経症,顔面多発骨折,難聴,その他4Fからの転落,顔面打撲小2男C13眼窩下壁骨折他の児童との衝突中1男C12角膜穿孔,外傷性白内障じゃれあって友のシャーペンで打撲小6男C12角膜穿孔,外傷性白内障工作時の針金で受傷小5男C14網膜振盪症サッカーボールの打撲中2男C14前房出血,硝子体出血,麻痺性散瞳野球(含軟式)高1男C10外傷性視神経症,外傷性脈絡腱断裂野球(含軟式)高2男C14脈絡膜破裂,外傷性散瞳野球(含軟式)25平成年度高2男C8外傷性横斑円孔および網膜裂孔,外傷性網膜打撲壊死サッカー・フットサル高2男C8外傷性視神経症,眼窩骨折野球(含軟式)中2女C11角膜混濁(角膜裂傷),偽水晶体眼グラウンド整備高3男C13硝子体出血,網膜振盪症サッカー・フットサル小6男C12強膜穿孔,外傷性白内障図画工作中,針金が右眼に刺入小5男C13眼窩底骨折他の児童との衝突高1男C12外傷性散瞳ソフトボール高2女C13外傷性脈絡膜断裂,眼窩内側壁骨折ソフトボール高1女C11外傷性白内障バドミントン高2女C14脈絡膜断裂による網脈絡膜萎縮サッカー・フットサル平成年度26中2男C12網膜.離,硝子体出血,外傷性白内障野球(含軟式)中2男C13隅角後退野球(含軟式)中2女C14外傷性散瞳ソフトボール中2男C13外傷性黄斑円孔野球(含軟式)高2男C8黄斑変性症野球(含軟式)高2男C10左外傷視神経症自転車による自損事故高3男C12眼球破裂,外傷性白内障→眼内レンズ挿入眼技術家庭時,アクリル板加工中の事故(主傷病名は保存された記録用紙に基づく)表3学校別の重傷眼外傷原因分類(人数)眼外傷原因スポーツ事故発生なし合計小学校C2C5C3,009,008C3,009,015中学校C13C2C1,592,470C1,592,485高校C14C4C1,557,206C1,557,224原因別の発症率について,小学校と中学校,小学校と高校には,それぞれCc2検定(Fisherの直接確率検定)で,p=0.000,p=0.000と,どちらも有意な差がある.中学校と高校には有意差は認められない(p=0.720).フットサルを含むサッカー(9例)の順に多く,テニス・バドミントンが各C1例,発生していた.一方,小学生では,スポーツより事故例のほうが多く,これに基づく対策を急ぐ必要があるとわかった.CIII考按小学生から高校生までの学校での外傷を統計的に考察してみる.日本スポーツ振興センターの報告では,眼の外傷だけを数えてみると,小学校でC9.4%,中学校でC6.6%,高校で4.2%と低下していき,全身の外傷に占める割合は高くない4).一方で後遺障害となる外傷のC20%以上が眼の外傷である.今回の症例でも,同時期のC3年間に同センターに報告され障害見舞金を支給された全身の外傷と対比する(眼の外傷/全身の外傷)と,年度別に,48.8%(20/41),25.7%(9/35),16.9%(11/65)であり,合計するとC28.4%(40/141)が,全体のなかの眼の外傷ということになる.眼障害は全身の外傷に占める割合はC10%以下であり,学年が高くなるにつれ頻度は低くなるが,ひとたび発生すると重症化しやすく,後遺障害を残す学校での外傷のうちC4例にC1例以上が眼障害で,歯牙疾患についで多い障害といえる.小学生の眼外傷原因では,スポーツC2例に対してスポーツ以外の事故C5例であった.事故の原因としては衝突C2例と転倒時の持ち物での受傷がC1例であった.これらは,成長発達に従って起こりにくくなる原因と思われる.未熟性から起こる小児の眼外傷へ親の監視や環境面での予防を訴える,18歳以下の眼外傷C353例をまとめた報告5)にも述べられているとおり,集団のなかでの行動に関するしつけや指導者の監視が必要である.残るC2例に工作中の外傷があり,高校生にも1例あった.工作中の針金など鋭利なものを扱う場合や危険な作業を伴う実験などの授業では,やはり注意が必要と思われる.中学校から高校までの重症眼外傷の多くは,スポーツによるものであり,小学校よりも部活動が盛んになり,運動そのものの強度が強くなるために,重症眼外傷が多くなると考えられる.学校別にスポーツとそれ以外の事故による原因に分けた表を発症率で統計処理すれば,中学校や高校に比し小学校では有意にスポーツ以外の事故によるものが多い(表3).小学生と中高生の眼外傷対策は分けて考える必要があると思われた.端的には小学生にはしつけや指導・観察と作業時の保護眼鏡,中高生にはスポーツ眼鏡の装用が必要であると思うが,山形県の学校眼外傷を論じた菅野ら6)の報告にも同様の示唆を読み取れる.スポーツ眼外傷C29例の内訳は,小学生C2例,中学生C13例,高校生C14例であり,中高生に多く,男性C23例,女性C6例と圧倒的に男子に多い.このC29例の重症度を考えると,8級(片眼障害の最重症等級)からC14級(片眼障害の最軽傷等級)までとなっていて,両眼の障害(1.7級)はなかった.スポーツ種類別では野球がC18例,サッカーがC8例で,他の競技に比し圧倒的に多かった.学校内のスポーツ眼外傷の多くは野球とサッカーであることは,過去の報告と同様であり7),競技人口の変遷からサッカーによるものが増加してきていることは実感できる.日本スポーツ振興センターへ報告があった眼外傷すべての原因のスポーツの種類分けをすると,球技が圧倒的に多く,軟式野球やソフトボールを含めた野球がC1位で,サッカーがC2位,つぎにバスケットボールが続く.中学生になるとテニスが,高校になるとバドミントンが加わってくる4).今回のC29例でも原因もまさにその内訳どおりのスポーツが原因であった.過去の報告ともおおむね一致する1,8,9).この原因比率は競技人口に左右されると考えられ,競技人口比で換算した外傷の起こる割合はゴルフをC1としてラグビーは約C13,サッカーは約C10,野球は約C5という報告がある10)が,小学生から高校生までの眼外傷では,野球とサッカーがC2大スポーツであることは間違いない.正確な競技人口数は,児童・生徒であっても知りえず,競技人口あたりの正確な発症率を求めるには競技人口の統計が公表されることに期待したい.網膜.離や脈絡膜破裂や黄斑疾患などを眼底疾患としてひとくくりにすると,原因疾患としては多い順に眼底疾患C21例,眼窩骨折C7例,外傷性白内障C7例,外傷性視神経症C6例,外傷性散瞳C5例,眼球破裂・強膜角膜裂傷がC3例,角膜混濁がC1例となった(重複C10例).外傷性視神経症(7級,8級,8級,8級,10級,10級)と,眼球破裂・強膜角膜裂傷(8級,11級,12級)に比較的視力予後不良の重症例が多く,同様の報告もある11.14).眼窩骨折や外傷性散瞳では軽症例が多く,眼底疾患は中心窩への影響による視力障害が主原因のため重症例,軽症例が混在していた.外傷性視神経症のC6例のうち転倒や転落のC3例以外では,いずれも野球が原因であった.この調査では軟式,硬式の区別がつかないが,その3例は高校生であることからおそらくは硬式ボールと推測され,とくに硬式野球では重症の眼外傷が起こりやすいと考えられる.木村13)はサッカーによる黄斑円孔の発症率が高く重症としたが,近年は観血治療技術の向上から後遺障害の程度が低くなっていると推測される.平成C4年までのC5年間の日本体育・学校センター(現在の日本スポーツ振興センター)から障害共済給付金を受けた眼外傷症例C938名の報告をした長谷川ら3)によれば,8級(356例)が最多であり,野球とサッカーとでは重症度に違いがないとした.その報告より20年経過した現在,サッカーによる黄斑円孔症例やその他の疾患も含めた早期診断や治療技術の向上により,今回の報告での全体の軽症化(等級数の低下)や野球に重症例が多い結果を説明できると考える.個々の症例については,日本スポーツ振興センターの報告に基づくものであり,発症機序の詳細は眼鏡装用も含めて不明であった.スポーツ眼外傷予防として,眼鏡ガラスよりコンタクトレンズを勧める報告もまれにあるが15),スポーツ眼外傷のC90%は,スポーツ眼鏡などの保護眼鏡で防ぐことが可能と考えられているため7,16),成人のみならず,学生スポーツとくに球技ではスポーツ眼鏡が導入されるべき1,17,18)であると考える.スポーツの指導やルール改正により防ぐ方法もある12,19)と思われるが,別に譲る.屈折異常を有する場合には,視機能が不良で運動能力が向上するとは考えにくいという観点から,大前提として適切な屈折矯正は必要である.もちろん眼鏡レンズによる眼外傷の報告20)があるため,ガラスより強いとされたCCRC.39とよばれる古いタイプのプラスチックレンズでは,眼外傷への保護効果は限定的と考えるべきである.島崎10)は,これに関して,眼鏡をしていると眼瞼裂傷や穿孔性眼外傷が起こりやすく,眼窩骨折や外傷性散瞳は起こりにくいと報告した.保護眼鏡の素材については米国規格やヨーロッパ規格などの耐衝撃実験を考慮して21),現時点ではポリカーボネートにすべきである.わが国でもプラスチックレンズの耐久性について実験した報告があり22),ポリカーボネートには及ばないが,プラスチックレンズでも耐衝撃性コートを施せばかなり強くなるとしている.レンズの破損がなければ,穿孔性眼外傷や眼瞼裂傷を含めた眼外傷は,眼鏡装用で防げる可能性が高い.保護眼鏡はとくに,眼外傷が重症化しやすい硬式野球では必須と考える.海外では,16歳以下の開放性眼外傷C893眼のまとめ23),前出のCBuC.anら5),16歳以下のC220例の眼外傷をまとめたもの24)などがあるが,学校保健がわが国ほど発達していないためか,種々雑多の原因があり,それぞれの原因論からの対策を論じてはいない.眼鏡装用により周辺視野が狭くなるとの考えから,眼鏡を装用していることで自転車事故が多くなるとの報告があり25),その根拠に眼鏡枠で確実に視野が障害されること26)と有効視野の障害で自動車事故が増加するとの報告をあげている27).しかし,視野のC50.60°以内は障害されていないこと,有効視野には年齢の要素も関係するため,高齢者でなく,適切な眼鏡と適切な装用状態であれば運動能力への影響は限定的と考えた.ただし,周辺視野に影響する可能性があるレンズひずみの問題や,眼鏡装用による精神的な影響の観点から,眼鏡装用が及ぼす運動能力への影響については,さらに検討を要する.工作などの危険な作業や実験を行うときにも,保護眼鏡を装用することが望まれるが,今回の調査比率から,とくに小学校の工作では保護眼鏡の装用を義務付ける必要があると考える.ただし,耐久性の面ではスポーツ眼鏡に推奨されるほどの強度は必要ないと考える.針金を使用する工作ではCCR-39などのガラスやプラスチックレンズでもよく,爆発もありうる実験では,スポーツ眼鏡と同程度にする必要があるかもしれない.作業内容に応じた保護眼鏡の基準が作られるべきと考える.謝辞:ご協力いただきました独立行政法人日本スポーツ振興センター名古屋支所の皆様に感謝いたします.文献1)宇津見義一:学校での眼外傷とスポーツ用眼鏡.あたらしい眼科30:1101-1107,C20132)長田健二,渋谷勇三,古瀬萠ほか:島根県内C5市の小中学校での校内発生眼外傷の現状.島根医学C26:251-256,C20063)長谷川二三代,川西香,石田俊雄ほか:学校における眼外傷の後遺症について.眼臨C91:638-641,C19974)独立行政法人日本スポーツ振興センター:学校の管理下の災害〔平成C27年版〕.p151-205,C20155)BuC.anK,MatasA,LovricJMetal:Epidemiologyofocu-larCtraumaCinCchildrenCrequiringChospitaladmission:aC16-yearretrospectivecohortstudy.JGlobHealthC7:1-7,C20176)菅野馨,中村洋一:山形県における学校眼外傷の実態.眼臨C89:66-70,C19957)枝川宏:スポーツによる眼外傷.あたらしい眼科C14:C325-334,C19978)枝川宏:スポーツ眼外傷.日臨スポーツ医会誌C20:209-211,C20129)湯川英一,丸岡真治,原嘉昭ほか:天理市立病院における小児スポーツ眼外傷の発生状況.JournalCofCNaraCMedi-calAssociationC58:11-15,C200710)島崎潤:慶大眼科におけるスポーツ眼外傷の統計的観察.眼科C26:1413-1419,C198411)岩田充弘,北村昌弥,浅野徹ほか:スポーツと眼外傷.日職災医誌C49:509-513,C200112)大島剛,黒坂大次郎,田中靖彦ほか:学校スポーツにおける重篤な眼外傷についての検討.眼紀49:539-545,C199813)木村肇二郎:小児のスポーツ眼外傷.あたらしい眼科C8:C1551-1555,C199114)木村肇二郎:学校スポーツにおける眼外傷の重症例についての検討.日災医会誌C37:693-698,C198915)木下雅夫,荻原博実,稲富誠:スポーツによる眼外傷.日災医会誌C29:887-890,C198116)LuongCM,CDangCV,CHansonC:TraumaticChyphemaCinCbadmintonplayers:Shouldeyeprotectionbemandatory?CanJOphthalmolC52:143-146,C201717)武田桜子:アスリートの眼外傷とその予防(特集スポーツ視覚研究の最前線).臨床スポーツ医学C32:1182-1187,C201518)AmericanCAcademyCofCPediatrics,CCommitteeConCSportsCMedicineandFitness,AmericanAcademyofOphthalmol-ogy,EyeHealthandPublicInformationTaskForce:Pro-tectiveCeyewearCforCyoungCathletes.COphthalmologyC111:C600-603,C200419)VingerPF:Sorts-related-eye-injury.CACpreventableCproblem.SurvOhthalmolC25:47-51,C198020)今村裕,黒坂大次郎,小口芳久ほか:スポーツ時のプラスチックレンズ(CR-39)の破損による穿孔性眼外傷のC2例.眼紀46:1011-1014,C199521)DainSJ:MaterialsCforCoccupationalCeyeCprotectors.CClinCExpOptomC95:129-139,C201222)有澤武士,黒坂大次郎,大島剛ほか:スポーツにおけるプラスチック製眼鏡レンズの安全性の検討:レンズの耐衝撃性実験.眼紀C50:525-529,C199923)BaturCM,CSevenCE,CAkaltunCMNCetal:EpidemiologyCofCopenglobeinjuryinchildren.JCraniofacSurgC28:1976-1981,C201724)SinghS,SharmaB,KumarKetal:Epidemiology,clinicalpro.leandfactors,predicting.nalvisualoutcomeofpedi-atricoculartraumainatertiaryeyecareofCentralIndia.IndianJOphthalmolC65:1192-1197,C201725)ZhangM,CongdonN,LiLetal:Myopia,spectaclewear,andriskofbicycleaccidentsamongruralChinesesecond-aryschoolstudents.ArchOphthalmolC127:776-783,C200926)SteelCSE,CMackieCSW,CWalshG:VisualC.eldCdefectsCdueCtoCspectacleframes:theirCpredictionCandCrelationshipCtoCUKCdrivingCstandards.COphthalmicCPhysiolCOptC16:95-100,C199627)BallK,OwsleyC,SloaneMEetal:Visualattentionprob-lemsCasCaCpredictorCofCvehicleCcrashesCinColderCdrivers.CInvestOphthalmolVisSciC34:3110-3123,C1993***

眼球鉄錆症による続発緑内障の1例

2012年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(3):419.423,2012c眼球鉄錆症による続発緑内障の1例野口三太朗*1渡邉亮*2布施昇男*2馬場耕一*3阿部圭子*4山田孝彦*5高橋秀肇*1中澤徹*2*1石巻赤十字病院眼科*2東北大学医学部眼科学教室*3東北大学医学部視覚先端医療学寄附講座*4東北大学医学部病理形態学分野*5山田孝彦眼科ACaseofSecondaryGlaucomaCausedbyOcularSiderosisSantaroNoguchi1),RyoWatanabe2),NobuoFuse2),KoichiBaba3),KeikoAbe4),TakahikoYamada5),HidetoshiTakahashi1)andToruNakazawa2)1)DepartmentofOphthalmology,IshinomakiRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohokuUniversitySchoolofMedicine,3)AdvancedOphthalmicMedicine,TohokuUniversitySchoolofMedicine,4)UniversityschoolofMedicine,5)YamadaTakahikoEyeHospitalDepartmentofHistopathology,Tohoku目的:眼内鉄片異物による眼球鉄錆症により続発緑内障を発症したが,線維柱帯切除術により,眼圧を下降させた1例を報告する.症例:56歳,男性.受傷9カ月後に硝子体混濁,白内障を発症したため白内障手術,硝子体手術を施行したところ,硝子体中には異物が浮遊していた.受傷2年5カ月後より眼圧の上昇を認めたため,線維柱帯切除術を施行した.摘出異物は電子線元素状態分析装置を用いて非破壊的性状解析を行い,線維柱帯は病理組織検査を行った.結果:線維柱帯切除術後,眼圧は下降し特に合併症は認められなかった.また,病理検査にてベルリン青陽性の組織球を認め,摘出異物は7.88.78.8μgの酸化鉄であることが判明した.結論:微量鉄片異物により眼球鉄錆症を発症した症例に対しては,線維柱帯切除術により十分な眼圧下降が得られることが示唆された.Purpose:Acaseofsecondaryglaucomaisreported,whichdevelopedascomplicationofsiderosisduetointraocularironforeignbody.Trabeculectomynormalizedtheintraocularpressure(IOP).Case:Thepatient,a56-year-oldmale,developedvitreousopacityandcataractafter9months,undergoingvitrectomyandphacoemulsification.Afineforeignbodywasfoundfloatinginthevitreousgel.After29monthstheIOPhadbeenraised,trabeculectomywasperformed.TheremovedforeignbodywaselementallyanalyzedviaElectronProbeMicroAnalysis;trabecularmeshworkandiriswereanalyzedbypathologicalmethods.Findings:TrabeculectomynormalizedtheIOPandtherewerenocomplications.Berlinbluestainrevealednumeroushistiocytes,includingsiderosome,inthetrabecularmeshwork.Theforeignbodywasfoundtocomprise7.88.78.8μgoxidizediron.Conclusion:Aslightamountofintraocularironcausedtheocularsiderosis,andtrabeculectomyareeffectiveinrecucingIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):419.423,2012〕Keywords:眼球鉄錆症,眼内鉄片異物,眼外傷,濾過手術,続発緑内障.ocularsiderosis,intraocularironforeignbody,oculartrauma,filteringoperation,secondaryglaucoma.はじめに長期間鉄片異物が眼内に停留すると,眼球鉄錆症をきたすことは古くから知られている.角膜混濁,虹彩異色,白内障,硝子体混濁,網膜変性,網膜.離,緑内障などを発症し,視力予後は不良とされている1.3).また,鉄錆症末期に起こるとされる緑内障は,治療に抵抗し予後は不良といわれている4).また,眼球鉄錆症に対して,摘出微量鉄片を電子顕微鏡にて詳細に形状解析,元素解析,質量解析を行った眼球鉄錆症の報告は少ない.今回筆者らは,受傷約2年後にて眼球鉄錆症による虹彩異色症,続発緑内障を発症し線維柱帯切除術を施行した症例を経験し,また摘出微量鉄片に対し,電子顕微鏡を用いた解析を行ったので報告する.〔別刷請求先〕野口三太朗:〒986-8522石巻市蛇田字西道下71番地石巻赤十字病院眼科Reprintrequests:SantaroNoguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,IshinomakiRedCrossHospital,71Nishimichishita,Hebita-aza,Ishinomaki-shi986-8522,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(131)419 I症例患者:56歳,男性.初診:2008年4月24日.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2005年8月23日,釘の破片が左眼に飛入し近医眼科を受診した.角膜中心下方に角膜穿孔創と思われる瘢痕を認めるも,診察上異物はなく特記すべき所見もなかった(図1).眼窩部X線写真撮影などにて異物は確認されず,レボフロキサシン点眼にて経過観察を行った.2006年4月28日,左眼に徐々に視力低下を認めるも,その他眼痛などの自覚症状を認めなかった.左眼は前眼部清明であったが,白内障の進行,硝子体混濁を認めた.視力は左眼(0.6),眼圧は右眼8mmHg,左眼11mmHg.網膜電図を施行するも,特記すべき所見はなかった.2006年5月9日,左眼硝子体混図1受傷時の前眼部写真角膜中央部下方に角膜穿孔創を認める.濁,白内障に対し水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入術,経毛様体扁平部硝子体切除術を施行した.術中,水晶体前面の線維化や強膜充血が著明であったが角膜穿孔部位は閉鎖していた.5時方向の虹彩根部後方の硝子体中に小異物があり,硝子体カッターにて吸引除去した.異物は網膜には到達しておらず,眼内レンズは.内に固定した.術後合併症はなく経過良好であったが,2007年12月頃より左眼虹彩異色症が明らかとなった.自覚症状はなく経過観察していたが,2008年1月22日,左眼の眼圧が53mmHgまで上昇し,1%ドルゾラミド点眼,ラタノプロスト点眼,チモロールマレイン酸塩点眼,アセタゾラミド内服を開始したところ,翌日には13mmHgまで下降した.その後眼圧経過は良好であったが,2008年3月21日,左眼の眼圧は58mmHgまで上昇した.グリセオール点滴にて左眼の眼圧は20.30mmHg台に下降したため,週2回のグリセオール点滴施行にて経過観察するも眼圧コントロール不良のため,2008年4月24日東北大学病院眼科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×sph+1.0D(cyl.2.25DAx90°),左眼0.3(0.6×sph+0.75D(cyl.1.75DAx90°),眼圧は右眼10mmHg,左眼35mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査で左眼の角膜の6時方向に穿孔創,角膜上皮浮腫を認めた.また,虹彩変色と萎縮を認め(図2),散瞳不良と対光反射の消失を認めた.眼底は透見困難であったが視神経乳頭陥凹拡大を認めた.また,隅角所見は軽度色素沈着を認め図2当院来院時の前眼部写真虹彩脱色素を認める.図3当院初診時のHumphrey視野検査下方に視野欠損を認める.上部暗点は上眼瞼によるもの.420あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(132) 図4当院初診時の網膜電図検査a波,b波は左右差なし.左眼に軽度律動様小波の低下を認める.**AB図5病理組織標本A:HE染色.線維柱帯の硝子様変性を認める.*はSchlemm管.B:ベルリン青染色.ベルリン青染色に陽性組織球を認める(矢印).*はSchlemm管.るも閉塞していなかった.Humphrey視野検査を施行した結果,緑内障性視野変化を認め(図3),網膜電図検査では律動様小波の低下を認めたが,a,b波の低下は認めなかった(図4).手術:眼球内鉄片異物による続発緑内障の疑いにて,2008年5月20日,線維柱帯切除術を施行し,線維柱帯,虹(133)拡大拡大→先傍線:1mmAB図6摘出異物重量測定摘出異物サイズ(対角線)はA:0.43×0.35(mm),B:0.45×0.35(mm).彩異色部を含む切除虹彩を病理検査に提出した.また,採取した眼内異物も性状分析した.術後経過:術後経過は良好で眼圧の上昇もなかった.網膜変性などの所見も認めなかった.病理組織検査結果:虹彩ではベルリン青染色に対して陽性を呈する顆粒状物質を貪食した組織球が多数観察された.線維柱帯では硝子様変性を伴う線維性組織が主体であり,ベルリン青染色に対して陽性を呈する顆粒状物質を貪食した組織球が観察された(図5).眼内異物解析:電子線元素状態分析装置〔ElectronProbeMicroAnalysis:EPMA,JXA-8200EPMA;JEOL(日本電子)製〕を用いて摘出異物の性状解析を行った.異物粒子は2つあり,粒子サイズは平均0.44×0.35mmであった(図5).重量は2粒子合計で7.88.78.8μgであることがわかった.また,走査型電子顕微鏡にて異物表面は腐食し凹凸がみられ,成分は酸化鉄であることが確認できた(図6).II考察眼内異物による眼合併症として,まず異物飛入による機械的な障害により,強角膜穿孔,白内障,水晶体脱臼,硝子体混濁,網膜出血,網膜裂孔が起こる.また,異物による感染症,飛入したものが鉄,銅などであれば金属のイオン化による影響として眼球鉄錆症や眼球銅症などが発症する可能性がある.眼内異物の性状とその構成成分を確認することは合併症の原因究明,経過予測には非常に重要である.今回筆者らが分析に用いた装置はEPMAである.加速した電子線を物質に照射(電子線による励起)する際に生じる,特性X線のスペクトルに注目して,電子線が照射されている微小領域(おおよそ1μm3)における構成元素の検出および同定と,各構成元素の比率(濃度)を分析する装置であり,固体の試料あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012421 ABAB図7摘出異物元素分析A:走査型電子顕微鏡写真.B:元素分析にてFe(鉄)とO(酸素)が主成分.をほぼ非破壊で分析することが可能である.今回の異物に対して筆者らは,粒子の大きさの測定,電子顕微鏡写真観察,元素分析,重量測定を行った.極微量の眼内異物を非破壊的に鉄であることが確認でき,今回の一連の眼症が眼球鉄錆症であることが証明できた.一般的に眼内異物に対してコンピュータ断層撮影法(computedtomography:CT)が最も鋭敏な検出法といわれるが,最小検出能は鉄片なら直径0.2mm,長さ2.0mmとされる5).画像診断で異物が検出されない場合でも,続発緑内障に進行した報告はあり,本症例ではCT検査まで施行されておらず,眼内鉄片は見落とされた形となった.0.4mmの大きさであるためCTを施行したとしても確認できなかった可能性は高い.眼内に飛入する眼内異物は極微量のことが多く,見落とされ長期経過することも多い.実験的には0.01ngという微量の鉄でも眼球鉄錆症を起こすとの報告6)があり,臨床例では鉄含有量38.9ngの異物に対する鉄錆症の報告がある7).眼球鉄錆症を起こすような症例では異物標本は眼内にて腐食し脆くなっているため,一般的に性状解析は困難なことが多い.本症例でも異物標本は腐食が激しく,資料がごく微量であるために重量測定も不可能かと思われた.しかし,EPMAを用いることで7.88.78.8μgという微量異物の性状解析を行うことができた.また,元素分析にてFe(鉄)とO(酸素)が主成分であることより異物は酸化鉄であることが確認できた.Mass%が69.8%であり通常mass%が100%に至らない理由として,試料への電子線のダメージ,試料表面の凹凸,汚れまたは酸化,密度が低いなどさまざまな原因があるが,今回のケースは特に試料表面が平滑ではないので69.8%となったと考えられる.眼球鉄錆症では,網膜電図にて全般的に振幅の減弱,または早期には一時的な増加を示すことが知られ8.10),視機能の回復が期待されるのは網膜電図にてb波の振幅が健眼の50%までの時期であるとされている11).本症例では鉄片異物は422あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012各構成元素の比率ElementMass(%)C10.100O12.483Na3.850P1.428S2.544Cl1.712K1.760Ca1.320Fe34.615Total69.812網膜には到達せずに硝子体内に留まったために急激な網膜変性の著明な進行を伴わず,b波が低下することもなく経過していたと考えられる.併発白内障については,水晶体上皮細胞に鉄イオンが沈着,水晶体上皮細胞が変性し水晶体の透明性維持能の低下を起こすとされ12),本症例では直接的な水晶体の損傷はなかったが,鉄イオンに曝露され受傷約1年後に白内障を発症したと考えられた.眼球鉄錆症における続発緑内障は晩期に合併することが多く,受傷後18カ月から19年の間に起こり,刺激性,炎症性変化がないため何ら治療されずに放置されていた症例ほど続発緑内障を生じやすい1).臨床的特徴は慢性の経過をたどり,隅角は開放性でかつ房水産生量が低下しており,経過は原発開放隅角緑内障に類似するとされる.線維柱帯,Schlemm管を覆う内皮細胞の細胞質内に鉄イオンがフェリチンとしてびまん性に蓄積し,細胞の変性崩壊をきたし,内皮細胞の機能が傷害され過剰の細胞外要素を蓄積し発症する13,14).本症例においては受傷されてから異物の摘出までに9カ月かかり,緑内障発症までに2年弱の期間がある.鉄イオンが房水流に乗り前房内にまで充満し,併発白内障,硝子体混濁を発症,手術により異物は除去されたが,残存する鉄イオンが十分に除去されずフェリチンとして隅角内皮細胞に蓄積し,2年の経過を経て続発緑内障の発症に至ったと考えられる.また,病理検査にて線維柱帯に硝子化を伴っていることが確認され,これによる眼圧上昇が考えられた.眼球鉄錆症の治療としてはまずは眼内異物の摘出である.続発緑内障を併発した段階では摘出だけでは眼圧降下は得られることは少ない.また,3価鉄イオンに強い親和力をもち早期眼球鉄錆症に有効とされているデフェロキサミンやエチレンジアミン四酢酸(ethylenediaminetetraaceticacid:EDTA)などのキレート剤の投与も,この段階では効果は期待できない15).一般に,薬剤では眼圧のコントロールはつかず,最終的に観血的手術が必要となってくる例がほとんどである.過去,眼球鉄錆症の報告は多数あるが,線維柱帯切開(134) 術のみで眼圧コントロールのついた症例は少なく,線維柱帯切除術にまで至った例が多い.フェリチンの沈着が線維柱組織のみでなくSchlemm管にまで及んでいることが原因と考えられ,眼球鉄錆症の続発緑内障の観血的手術療法は線維柱帯切除術が第一選択ではないかと考える.今回,2年間の経過を経て続発緑内障の発症にまで至った眼球鉄錆症に対し,EPMAを用いて眼内異物の性状解析を行った.極微量の鉄片にても眼球鉄錆症を発症し,鉄片除去後も続発緑内障の発症する可能性があり,降圧には線維柱帯切除術が第一選択である可能性が示唆された.文献1)Duke-ElderS,PerkinsES:SystemofOphthalmology.Vol.14,p525-534,HenryKimpton,London,19722)GerkowiczK,ProstM,WawrzyniakM:Experimentalocularsiderosisafterextrabulbaradministrationofiron.BrJOphthalmol69:149-153,19853)TawaraA:Transformationandcytotoxicityofironinsiderosisbulbi.InvestOphthalmolVisSci27:226-236,19864)三木耕一郎,竹内正光,出口順子ほか:眼球鉄症の検討.臨眼42:520-524,19885)土屋美津保,柳田隆,高比良雅之ほか:眼内異物によってひき起こされた続発緑内障の1例.臨眼45:956-957,19916)MasciulliL,AndesonDR,CharlesS:Experimentalocularsiderosisinthesquirrelmonkey.AmJOphthalmol74:638-661,19727)神田智,上原雅美,前田英美ほか:前房内に自然排出した眼内異物の症例.臨眼46:183-186,19928)SievingPA,FishimanGA,AlexanderKRetal:Earlyreceptorpotentialmeasurementsinhumanocularsiderosis.ArchOphthalmol101:1716-1720,19839)AlgvereP:Clinicalstudiesontheoscillatorypotentialsofthehumanelectroretinogramwithspecialreferencetothescotopicb-wave.ActaOphthalmol(Copenh)46:9931024,196810)渡辺郁緒,三宅養三:ERG,EOGの臨床.p122-125,医学書院,198411)中内美智子エリーゼ,柿栖米次,安達恵美子:半年間経過観察をみた眼内鉄片異物症例のERG変化.臨眼83:762764,198912)八木良友,松本康宏,城月祐高ほか:眼球鉄錆症にみられた白内障の1例.あたらしい眼科11:959-962,199413)田原昭彦,猪俣孟:眼鉄錆症における前房隅角の微細構造.眼紀33:703-712,198214)保谷卓男,宮崎守人,瀬川雄三ほか:金ならびに鉄の培養人線維柱組織に及ぼす影響.あたらしい眼科11:647-651,199415)内野充,平田肇:眼球鉄錆症の治療.眼紀36:103109,1978***(135)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012423