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眼窩脂肪容積の増大と続発緑内障をきたした再発性多発性軟骨炎の1例

2016年7月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(7):1066〜1069,2016©眼窩脂肪容積の増大と続発緑内障をきたした再発性多発性軟骨炎の1例石崎典彦*1小嶌祥太*2高井七重*2勝村ちひろ*2小林崇俊*2植木麻理*2杉山哲也*3菅澤淳*2池田恒彦*2萩森伸一*4槇野茂樹*5*1八尾徳州会総合病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室*3中野眼科医院*4大阪医科大学耳鼻咽喉科学教室*5大阪医科大学内科学I教室ACaseofRelapsingPolychondritiswithIncreasedOrbitalFatandSecondaryGlaucomaNorihikoIshizaki1),ShotaKojima2),NanaeTakai2),ChihiroKatsumura2),TakatoshiKobayashi2),MariUeki2),TetsuyaSugiyama3),JunSugasawa2),TsunehikoIkeda2),Shin-ichiHaginomori4)andShigekiMakino5)1)DepartmentofOphthalmology,YaoTokushukaiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,3)NakanoEyeClinic,4)DepartmentofOtolaryngology,OsakaMedicalCollege,5)DepartmentofInternalMedicine(I),OsakaMedicalCollege目的:眼球突出,強膜炎をきたし,続発緑内障を合併した再発性多発性軟骨炎(RP)の症例を経験したので報告する.症例:54歳,男性.両耳介の発赤,腫脹,両眼の充血,眼球突出を認めた.眼圧は右眼18mmHg,左眼33mmHgで,強膜炎および続発緑内障と診断した.さらに,眼所見,耳介軟骨炎と軟骨生検からRPと診断された.保存的治療にても40mmHg以上の高眼圧となったため,線維柱帯切除術および水晶体再建術を施行した.術後の眼圧は20mmHg以下に安定した.眼球突出の精査目的に施行した頭部MRIでは,眼窩脂肪容積の増大を認めた.結論:RPでは眼窩脂肪容積の増大や続発緑内障にも注意が必要と考えられた.Purpose:Toreportacaseofrelapsingpolychondritis(RP)complicatedwithsecondaryglaucomaandexophthalmos.Case:A54-year-oldmalepresentedwithrednessandswellingofbothauricles,andinjectionandproptosisinbotheyes.Uponexamination,hisintraocularpressure(IOP)was18mmHgODand33mmHgOS;hewassubsequentlydiagnosedwithscleritisandsecondaryglaucoma.Inadditiontotheocularfindings,chondritisofbothauriclesandassociatedpathologicalfindingsledtothediagnosisofRP.Despiteconservativetreatment,hisIOPelevatedtomorethan40mmHg.Trabeculectomycombinedwithcataractsurgerywasthereforeperformedonbotheyes;postoperativeIOPthendeclinedtolessthan20mmHg.Subsequentorbitalmagneticresonanceimaging(MRI)performedtoexamineexophthalmosrevealedbilateralincreaseoforbitalfatvolume.Conclusion:OurfindingsshowthatsecondaryglaucomaandexophthalmoscandevelopincasesofRP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1066〜1069,2016〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,続発緑内障,眼窩脂肪,眼球突出,強膜炎.relapsingpolychondritis,secondaryglaucoma,orbitalfat,exophthalmos,scleritis.はじめに再発性多発性軟骨炎(relapsingpolychondritis:RP)は自己免疫が関与する全身の軟骨および類系組織の炎症性疾患と考えられている.眼組織,鼻軟骨,耳介軟骨,内耳,喉頭気管支軟骨,関節軟骨,心弁膜,全身血管,腎臓などに再発性の炎症および組織の変形,破壊を生じ,多彩な局所症状,全身症状を呈する.発症率は3.5人/100万人とまれな疾患であり,発症の男女比はなく,40~60歳代に発症のピークを有するが,10〜80歳代まで発症する1).RPは高頻度に眼合併症を認め,結膜炎,上強膜炎,強膜炎,角膜炎,虹彩炎,脈絡膜炎,網膜静脈分枝閉塞症,虚血性視神経症,眼窩偽腫瘍,外眼筋炎,外眼筋麻痺,眼瞼浮腫などの合併が知られている1~3).今回,筆者らは強膜炎,眼窩脂肪容積の増大,続発緑内障を合併したRPの1例を経験したので報告する.I症例と経過患者:54歳,男性.主訴:両眼の充血.既往歴:30歳頃にC型肝炎に対してインターフェロン療法を受けた.49歳時に顔面挫創に対してデブリードマン,植皮を受けた.高血圧に対して内服加療している.現病歴:中国に滞在中の2008年10月頃より両耳介の発赤,腫脹,11月頃より両眼の充血を自覚した.ウイルス性結膜炎として,ステロイド,ガンシクロビル点眼が行われたが軽快せず,12月に帰国した際に近医の眼科を受診した.両眼の強膜炎と右眼30mmHg,左眼50mmHgの眼圧上昇を指摘され,アセタゾラミド(ダイアモックス®)の内服,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼液(リンデロン0.1%®),チモロールマレイン酸塩持続性点眼液(チモプトールXE0.5%®)が投薬されたうえで,精査加療目的に大阪医科大学附属病院(以下,当院)眼科へ紹介受診となった.当科初診時所見:視力は右眼1.5(矯正不能),左眼0.2(1.0×sph−1.00D).眼圧は右眼18mmHg,左眼33mmHg.前眼部は両眼に結膜および上強膜,強膜のびまん性の充血,左眼に角膜浮腫,前房内フレアを認めた(図1).中間透光体は両眼に軽度の白内障を認めた.眼底は視神経乳頭に緑内障性変化を認めなかった.隅角は両眼ともShafferIV,周辺虹彩前癒着を認めなかった.ヘルテル眼球突出計で右眼20.5mm,左眼21.0mm(base105mm)と両側の眼球突出を認めた.両耳介の発赤,腫脹を認めた.臨床検査所見:CRP0.29mg/dl(基準値<0.25mg/dl),IgG1,246mg/dl(基準値870~1,700mg/dl),IgA247mg/dl(基準値110~410mg/dl),IgM28mg/dl(基準値35~220mg/dl),血清補体価(CH50)68.4U/ml(基準値32.0~48.0U/ml),C3111mg/dl(基準値65~135mg/dl),C432.3mg/dl(基準値13.0~35.0mg/dl)であり,CRP,IgG,血清補体価が高値であった.経過:強膜炎および炎症に伴う続発緑内障と診断し,前医の投薬は継続とした.耳介の発赤,腫脹を認めたため,当院耳鼻咽喉科を受診し,耳介軟骨生検が施行された.両側の耳介軟骨炎およびその病理所見,眼症状からDamianiら4)の診断基準によりRPと診断された.眼炎症所見が軽快しないため,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼液は継続し,0.05%水溶性シクロスポリン点眼液を開始した.アセタゾラミドの内服,チモロールマレイン酸塩持続性点眼液,ブリンゾラミド点眼液(エイゾプト®),ジピベフリン塩酸塩点眼液(ピバレフリン0.1%®)の点眼により眼圧は10〜20mmHg台で経過した.当院の膠原病内科により2009年1月からプレドニゾロン(プレドニン®)55mg/日の投与を開始し,以後漸減した.耳介の発赤,腫脹は軽快したが,両眼充血はやや改善したのみであった.10月受診時に左眼矯正視力0.5に低下し,動的視野検査で左眼の下鼻側に視野欠損を認めた.アセタゾラミドの内服,トラボプロスト点眼液(トラバタンズ®),チモロールマレイン酸塩持続性点眼液,ブリンゾラミド点眼液の点眼下でも両眼圧が40mmHg以上と高値であったので,12月両眼に対して線維柱帯切除術+水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術後は両眼ともに浅前房の傾向,眼内レンズが前方移動する傾向があったが,レーザー切糸やニードリングを行い,濾過胞の形成は良好で眼圧は20mmHg以下で安定した.2015年2月現在,矯正視力は右眼1.2,左眼0.4,眼圧は眼圧下降薬の投与なく,両眼ともに16mmHg,視野は右眼が正常,左眼が下方の視野に欠損を認めており,経過観察中である.初診時より眼球突出を認めていたため,2010年2月に血液検査を施行したが,甲状腺ホルモン,甲状腺刺激ホルモン,甲状腺関連自己抗体に異常を認めなかった.また,眼窩部の磁気共鳴画像法(magneticresonanceimaging:MRI)では外眼筋の肥厚は認めず,T1,T2強調画像で高信号を示す組織が眼窩内に充満していた(図2,3).T1強調画像で高信号であった部分は,short-TIInversionRecovery(STIR)法で一部等信号な部分を認めたが,全体的に抑制されていた(図4).II考察RPに眼症状は51%2)〜65%3)合併する.眼症状としてもっとも多いものとしては,結膜炎,上強膜炎,強膜炎があげられる2,3).上強膜炎,強膜炎はBradleyら2)が本症の14.3%,McAdamら3)が35.2%に認めたと報告しており,本症例でも眼科へ受診する動機となった症状だった.RPの眼球突出については,McAdamら3)が2.9%に認めたと報告しているが,画像診断,病理診断の報告は渉猟した限りではこれまでになかった.本症例の眼窩内の組織は,MRISTIR法でT1強調画像で高信号であった部分に一部等信号な部分を認めたが,全体的に抑制されていたことから,脂肪が主体と考えられた.甲状腺眼症で推測されているように5),本症例でも眼窩内の炎症に続いて,眼窩脂肪組織内に水分の貯留が起こり,眼窩脂肪容積が増大している可能性が考えられた.Crovatoら6)はRPに甲状腺疾患が合併し,眼球突出を認めた症例を報告しているが,本症例では,甲状腺疾患は血液検査から否定的であり,RPに眼窩脂肪容積の増大が合併したと考えられた.本症例の初診時の眼圧上昇の機序としては,以下の2つの可能性が考えられた.第一は強膜炎から線維柱帯炎および上強膜静脈圧の上昇による機序であり,Jabsら7)はびまん性強膜炎の12.1%に高眼圧を認めたと報告している.第二は眼窩脂肪容積が増大したことによる眼窩内圧および上強膜静脈圧の上昇による機序であり,Ohtsukaら8)は一般集団に比して,甲状腺眼症において開放隅角緑内障,高眼圧が多いことを報告している.また,Devら9)は甲状腺眼症に対して眼窩減圧術を行うと眼圧が下がることを報告している.これらの報告から眼窩内組織の増大は眼圧上昇をきたすと推測される.一方で初診後1年が経過して,再度眼圧が上昇したのはステロイド内服,点眼に伴う続発緑内障が合併した可能性を否定できない.本症例は,強膜炎および眼圧上昇により眼科を受診し,耳鼻咽喉科,膠原病内科での精査によりRPの確定診断となった.両眼の強膜炎に加えて耳介の発赤,腫脹を認める場合は,RPを考慮する必要がある.また,RPでは従来報告されてきた合併症に加え,眼窩脂肪容積の増大や続発緑内障にも注意が必要である.本論文の要旨は第21回緑内障学会(福岡)で発表した.文献1)GergelyPJr,PoórG:Relapsingpolychondritis.BestResClinRhematol18:723-738,20042)BradleyLI,LiesengangTJ,MichetCJ:Ocularandsystemicfindingsinrelapsingchondritis.Ophthalmology93:681-689,19863)McAdamLP,O’HanlanMA,BluestoneRetal:Relapsingpolychondritis:Prospectivestudyof23patientsandareviewoftheliterature.Medicine55:193-215,19764)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis.reportoftencases.TheLaryngoscope89:929-946,19795)陳栄家,鹿児島武志,石井康雄ほか:甲状腺眼症における眼窩内脂肪組織の病理組織学的検討.日眼会誌94:846-855,19906)CrovatoF,NigroA,MarchiRDetal:Exophthalmosinrelapsingpolychondritis.ArchDermatol116:383-384,19807)JabsDA,MudunA,DunnJPetal:Episcleritisandscleritis:clincalfeaturesandtreatmentresults.AmJOphthalmol130:469-476,20008)OhtsukaK,NakamuraY:Open-angleglaucomaassociatedwithGravesdisease.AmJOphthalmol129:613-617,20009)DevS,DamjiKF,DeBackerCMetal:Decreaseinintraocularpressureafterorbitaldecompressionforthyroidorbitopathy.CanJOphthalmol33:314-319,1998図1初診時前眼部写真左:右眼,右:左眼.両眼ともに結膜,強膜に充血を認めた.図2頭部MRI:T1強調画像(水平断)高信号を示す組織が眼窩内に充満し,眼球突出を認めた.図3頭部MRI:T2強調画像(冠状断)高信号を示す組織が眼窩内に充満していた.図4頭部MRI:STIR(冠状断)眼窩内のT1強調画像で高信号であった部分は一部等信号な部分を認めたが,全体的に抑制されていた.〔別刷請求先〕石崎典彦:〒581-0011大阪府八尾市若草町1番17号八尾徳州会総合病院眼科Reprintrequests:NorihikoIshizaki,DepartmentofOphthalmology,YaoTokushukaiGeneralHospital,1-17Wakakusachou,Yao-shi,Osaka581-0011,JAPAN0190160-61810/あ160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(141)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610671068あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(142)(143)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161069

長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例

2015年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):913.917,2015c長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例石田暁*1,2西本浩之*1,2池田哲也*2廣田暢夫*3清水公也*2*1横須賀市立うわまち病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室*3横須賀市立うわまち病院脳神経外科ACaseofLong-TermRecurrentOrbitalHemorrhageAkiraIshida1,2),HiroyukiNishimoto1,2),TetsuyaIkeda2),NobuoHirota3)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofOphthalmology,YokosukaGeneralHospitalUwamachi,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity,SchoolofMedicine,3)DepartmentofNeurosurgery,YokosukaGeneralHospitalUwamachi眼窩血腫は突然の眼球突出で発症する.原因は直接の外傷によるものが多いが,その他に血液疾患,血管形成異常,頭蓋内静脈圧の上昇などが報告されている.予後は一般に良好であり,経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,視力低下を残す症例も存在する.症例は65歳,女性.1歳時に転倒して眉間部を机にぶつけ,数日後に右眼球突出を発症し,1カ月で軽快した.その後35歳まで,数年ごとに誘因なく突然の右眼球突出の発作を繰り返した.眼窩血腫と診断され,保存治療で軽快し,精査でも原因不明であった.35歳以降の発症はなかった.今回,起床時に右眼球突出を自覚した.嘔気・嘔吐,眼窩痛,眼球運動時痛を伴った.MRIで内直筋内に発生した眼窩血腫と診断した.発症時,軽快時の2度の血管造影検査では異常を認めなかった.保存治療で視力障害を残さず軽快した.基礎疾患のない健常な女性で,64年の長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例を経験した.A65-year-oldfemalepresentedwithrecurrentorbitalhemorrhagethathadoccurrednumeroustimesoverthepast64years.Attheageof1yearthepatientreportedlyhitthemiddleofherforeheadonadesk,andproptosisoccurredinherrighteyeafewdayslater.Withconservativetreatment,theproptosiswasrelievedwithin1month.Fromthatage,anduntilshewas35yearsold,shehadexperiencedrepeatedsuddenproptosisinherrighteyeeveryfewyearsandwassubsequentlydiagnosedasorbitalhemorrhageinthateye.However,thecausewasunclearandshehadnotexperiencedproptosisinthateyesincethattime.Atthepatient’smostrecentvisit,sheagainpresentedwithright-eyeproptosis,pain,diplopia,nausea,andvomiting.Uponexamination,magneticresonanceimagingrevealedorbitalhemorrhageinhermedialrectusmuscle,andorbitalangiographyshowednovascularanomaly.However,shehadnounderlyingdisease.Thepatientwassubsequentlyconservativelytreatedandtheorbitalhemorrhageunderwentspontaneousregression45dayslaterwithnovisualloss.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):913.917,2015〕Keywords:眼窩血腫,再発,眼球突出,眼窩疾患.orbitalhemorrhage,recurrence,proptosis,orbitaldisease.はじめに眼窩血腫は,眼窩部の外傷によって生じることが多いが,一部の患者では外傷なく発症する.突然の眼球突出で発症し,痛み,複視を伴う比較的まれな疾患である.外傷以外の眼窩血腫の原因としては血液疾患,血管形成異常(vascularmalformations),頭蓋内静脈圧の上昇などが報告されている.予後は一般に良好であり,経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,まれに視力低下を残す症例も存在する.今回,基礎疾患のない女性で,長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,女性.主訴:右眼球突出.既往歴:1950年,1歳時に転倒して眉間部を机にぶつけた.数日後,右眼球突出と嘔気・嘔吐が出現し,1カ月程度で自然に軽快した.以後,2.5年ごとに誘因なく突然の右眼球突出を繰り返した.嘔気,眼球運動時痛を伴い,数日後,眼窩部に皮下出血が出る頃には嘔気,眼球運動時痛は軽快し,1カ月程度で右眼球突出は自然に軽快するというエピ〔別刷請求先〕石田暁:〒238-8567神奈川県横須賀市上町2-36横須賀市立うわまち病院眼科Reprintrequests:AkiraIshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokosukaGeneralHospitalUwamachi,2-36Uwamachi,Yokosuka,Kanagawa238-8567,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(149)913 abソードを繰り返していた.発症時は近医にて内服薬で保存的に治療されていた.1984年,35歳時に最終の発症.この際に他院で血管造影を施行するが,原因不明であった.以後,再発はなかった.その他,既往なし.身長164cm,体重54kgと普通体型.現病歴:2014年10月,起床時に右眼球突出を自覚した.嘔気・嘔吐,眼窩痛,眼球運動時痛を伴った.発症6日目,近医を受診.内頸静脈・海綿静脈洞瘻疑いで発症7日目,当院脳神経外科へ紹介.発症8日目,当科へ診察依頼となった.初診時所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.5D(cyl.2.50DAx175°),左眼1.0(1.2×+0.25D(cyl.1.0DAx135°)であった.眼位は外斜視で,右眼の眼球運動は全方向制限を認め,とくに内転は不良であった(図1a).左眼の眼球運動制限はなく,対光反射は両眼迅速かつ完全で左右差はなかった.瞳孔異常・左右差はなく,相対的入力瞳孔反射異常(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)はなかった.右側の眼瞼腫脹,右眼球結膜浮腫,右眼球突出を認め,Hertel眼球突出計で右眼21mm,左眼14mmであった.眼圧は右眼9mmHg,左眼9mmHgであった.角膜上皮障害はなく,前房内に炎症は認めず,両眼に軽度の白内障を認めた.眼底は視神経乳頭の腫脹や発赤は認めず,左右差はみられなかった.黄斑部に異常はなく,網膜皺襞も認めなかった.血液生化学検査では,血液凝固機能は正常で,血球異常や914あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015図19方向眼位写真a:初診時.右眼球突出,結膜浮腫を認める.右眼の眼球運動は全方向制限を認め,特に内転は不良である.b:発症30日目.右眼の眼球運動は改善.内転は軽度の不良,下転・上転・外転は正常である.炎症反応,糖尿病は認めなかった.初診時(発症7日目)のcomputedtomography(CT)で右眼窩内に高吸収領域を認め,骨破壊像はなかった(図2).同日のmagneticresonanceimaging(MRI)で病変部は内直筋付近にあり,T1強調・T2強調画像とも低信号であった(図3a).発症8日目に血管造影検査を施行したが血管異常は認めなかった.眼窩血腫がもっとも疑われたが,眼窩リンパ腫なども鑑別診断として考えられた.視力低下については,病変による圧迫性視神経症や黄斑部の障害も疑われたが,対光反射正常,眼底正常などの所見から可能性は低いと考えた.右眼は左眼に比べて乱視が強く,病変による眼球の圧迫・前眼部の浮腫により不正乱視(高次収差)が生じたための視力障害をもっとも疑った.浮腫軽減のため0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR)点眼1日4回,フラジオマイシン硫酸塩・メチルプレドニゾロン眼軟膏(ネオメドロールREE軟膏)1日2回を開始した.ベタメタゾン(リンデロンR)4mg静脈注射を3日間投与とした.経過:翌日(発症9日目)再診.視力は改善し,右眼0.8(1.2×.0.75D(cyl.0.75DAx5°)と乱視が大きく改善していた.限界フリッカ値はredで右眼37Hz,左眼41Hzであった.Humphrey静的視野計で暗点は認めなかった.発症11日目,右眼球突出は改善傾向を示した.右眼の眼球運動は全方向改善傾向で,内転・下転は不良,上転・外転は正常であった.Hertel眼球突出計で右眼19mm,左眼(150) 14mmであった.造影MRIで病変は造影されず,周囲に造影効果の強い内直筋線維を認め,内直筋内の血腫と確定診断した(図3b).前回のMRIと比較して病変部は縮小していた.発症18日目,右眼の眼球運動は改善傾向で,内転不良,下転・上転・外転は正常であった.Hertel眼球突出計で右眼16mm,左眼13mmと改善傾向であった.発症21日目,血管造影検査を再度施行し,異常認めず.翌日退院となった.発症30日目,視力は右眼(1.2×.0.50D),左眼(1.2×(cyl.0.75DAx115°)で,右眼の眼球運動はさらに改善し,内転は軽度の不良,下転・上転・外転は正常であった(図1b).左方視での複視は残存していた.Hertel眼球突出計で右眼15mm,左眼13mmであった.発症45日目,単純MRI検査で血腫はさらに縮小を認めた(図3c).外来にて経過観察中であるが,発症3カ月後の現在まで再発はない.図2初診時(発症7日目)CT画像右眼窩内に高吸収領域(←)を認める.骨破壊像はない.abc図3MRI画像a:初診時(発症7日目)単純MRI.病変部は内直筋付近にありT1強調・T2強調画像とも低信号である.STIR:shortTIinversionrecoveryは脂肪抑制法.b:4日後(発症11日目)造影MRI.病変は造影されず,周囲に造影効果の強い内直筋線維を認め,内直筋内の血腫と診断した.病変部は縮小傾向である.SPIR:spectralpre-saturationwithinversionrecoveryは脂肪抑制法.c:発症45日目単純MRI.血腫はさらに縮小した.T1強調で低信号,T2強調画像では高信号化した.(151)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015915 II考按McNab1)によると1890年代から,眼窩血腫と推測される報告は散見されるが,画像診断がなかった時代には確定診断・局在診断が困難であった.その後,1970年代にCT,1980年代にMRIが登場し,普及に伴い詳細な報告がなされるようになり,発症年齢は新生児.高齢者と幅広く症例報告がある.症状は有痛性の眼球突出で,複視・眼球運動障害を生じ,ときに嘔気・嘔吐を伴う.片眼が多いが一部に両眼発症の報告もあり,「突然発症」がもっとも特徴的な診断のポイントで,徐々に発症することは少ない1).予後は一般に良好であり経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,まれに不可逆的な視力低下を残す症例も存在する1).Krohelら2)は高齢者ほど視力障害をきたしやすいと報告している.血腫による圧迫性視神経症での視力低下がときにみられ,わが国でも中村ら3)が眼窩先端部症候群をきたし視力低下を残した症例を報告している.発症時に視力低下をきたしたものの保存治療で改善がみられた症例4),手術治療を行って視力の回復を得た症例5)の報告もあり,個々の症例ごとに判断を要するが,重篤な視力低下や眼窩先端部の神経障害を伴う眼窩血腫は,不可逆的な変化をきたす前に手術治療を考慮する必要がある.今回の症例では,初診時に矯正視力0.4と低下を認め,ステロイドの点眼・軟膏・全身投与を行い,翌日には矯正視力1.2と改善した.乱視が初診時右眼0.2(0.4×.0.5D(cyl.2.50DAx175°)から翌日は右眼0.8(1.2×.0.75D(cyl.0.75DAx5°)と大きく改善し,さらに発症30日目には自覚・他覚とも乱視は0になっていた.視力低下は眼窩血腫により眼球の圧迫・前眼部の浮腫が起こり,一過性に軸性乱視とともに不正乱視(高次収差)が生じたことがおもな原因と考えられた.視力低下の原因は他にも黄斑部や視神経の障害などが考えられるが,検眼鏡で黄斑部に異常はなく,眼球後方からの圧迫により生じる網脈絡膜の皺襞や循環障害の所見はみられなかった.また,RAPDや視神経乳頭の異常はなく,画像上globetenting6)は認めず,視神経症の所見もなかった.Globetentingは急性,亜急性の眼球突出で生じる,視神経の牽引障害や循環障害による視力低下を引き起こす,緊急の眼窩減圧が必要な病態であり,画像上,眼球後極の作る角度が120°以下(通常は150°以上である)になると視力予後が急激に悪くなる.また,翌日のHumphrey静的視野計でも,暗点は認めなかった.眼窩血腫へのステロイド治療については,血腫周囲の浮腫軽減目的に全身投与を施行し,保存治療で視力が改善した報告がある4,7).また,今回の症例では,眼窩部の腫脹の割に発赤・熱感がみられず,血液検査で白血球数,C-reactiveprotein(CRP)は正常範囲であり,発熱もなく,感染症は否定的と考えられ,ステロイド投与を施行した.916あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015McNab1)は非外傷性眼窩血腫を解剖的に①びまん性,②局在性(シスト),③骨膜下,④外眼筋関連,⑤眼窩底のインプラント関連,の5つに分類している.また,臨床病理的に①血管形成異常(vascularmalformations),②頭蓋内静脈圧の上昇,③血液疾患,④感染,⑤炎症,⑥新生物,⑦その他,に分類しており,特発性は非常にまれであると述べている.今回の症例は,解剖的に外眼筋関連のタイプに分類される.外眼筋関連の眼窩血腫は,外眼筋内または筋膜内に血腫が存在するもので,McNab1)によると1993.2012年に25例27眼の報告がある.血腫の大きさと急性発症であることから,外眼筋の動脈枝などからの出血と推測されている.特徴は,朝,起床時に発症することが多く,高齢者(平均年齢68歳)に多い.発症部位は下直筋に多く(52%),内直筋は5眼の報告がある.基礎疾患は高血圧が5例,抗凝固薬内服が3例,高コレステロール血症が2例,白血病,心房細動,自己免疫性肝炎,慢性閉塞性気道疾患,甲状腺機能低下症,僧帽弁閉鎖不全が各1例ずつある.治療は,手術が1例,穿刺吸引が1例あるが,病理で出血源が同定された症例はない.他は保存的に治療され,全例で視力低下を残すことはなかった1).再発はまれで,白血病の患者で7カ月間に3回生じた報告8)が1例のみある.今回の症例は,高齢者で起床時に発症し,保存治療で視力低下を残さず,外眼筋関連のタイプの眼窩血腫としておおむね典型的な経過である.しかし,明らかな基礎疾患もなく1.65歳まで長期にわたり多数の再発を繰り返しており,まれな症例と考えられる.発症原因は,病歴から64年前の外傷後の組織癒着などの変化が考えられる.また,1歳時という発症年齢からは先天的な血管形成異常も否定できない.しかし,これまでの血管造影やMRIの精査では,多数の再発を繰り返す原因となるような異常は検出できなかった.今後も慎重に経過観察していく予定である.今回,基礎疾患のない健常な女性で,幼少時の外傷後,誘因なく再発を繰り返す内直筋内の眼窩血腫の1例を経験した.精査で出血の原因となるような異常は検出できなかったが,保存治療で視力障害を残さず軽快した.64年の長期間,再発を繰り返した点が特徴的であった.文献1)McNabAA:Nontraumaticorbitalhemorrhage.SurvOphthalmol59:166-184,20142)KrohelGB,WrightJE:Orbitalhemorrhage.AmJOphthalmol88:254-258,19793)中村靖,橋本雅人,大谷地裕明ほか:眼窩血腫の3例.神経眼科10:269-273,19934)中嶋順子,石村博美,岩見達也ほか:自然発症した眼窩内血腫の1症例.臨眼53:1347-1350,19995)高橋寛二,宇山昌延,泉春暁ほか:自然発症した小児眼(152) 窩血腫の1例.日眼会誌92:182-187,198820026)柿崎裕彦:眼球突出.眼紀56:703-709,20058)ThuenteDD,NeelyDE:Spontaneousmedialrectushem7)平野佳男,松永紀子,玉井一司ほか:急激な視力低下をきorrhageinapatientwithacutemyelogenousleukemia.Jたした貧血による眼窩内血腫の1例.臨眼56:1089-1093,AAPOS6:257-258,2002***(153)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015917

起床時の眼瞼下垂により発見された硬膜動静脈瘻の1例

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1(135)10390910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(7):10391042,2008cはじめに硬膜動静脈瘻(duralarteriovenousstula:duralAVF)は頭蓋内の動静脈シャントの1015%を占め,中高年の女性に好発するが,特に海綿静脈洞部では約80%が女性とされている1).臨床症状はAVFの程度と局在によるが,どの静脈にドレナージされるのかによって多彩に分かれてくる.頭蓋内圧の亢進をきたした場合には重篤な状態を招くため早期の診断治療が望まれるものの,症状が一定でないため病因診断はときに困難である2,3).今回筆者らは,数カ月前から幾つかの施設・診療科によって精密検査を受けたにもかかわらず診断に至ることがなかった患者で,起床時の眼瞼下垂を主訴とし眼科を受診したことがきっかけとなり硬膜動静脈瘻と診断され,的確な治療により改善した1例を経験したので報告する.I症例患者:51歳,女性.初診:平成18年5月11日.主訴:起床時の左眼眼瞼下垂.現病歴:平成18年2月20日から左眼痛と激しい嘔気が8〔別刷請求先〕橋本浩隆:〒305-0021つくば市古来530つくば橋本眼科Reprintrequests:HirotakaHashimoto,M.D.,TsukubaHashimotoOpticalClinic,530Furuku,Tsukuba-shi305-0021,JAPAN起床時の眼瞼下垂により発見された硬膜動静脈瘻の1例橋本浩隆*1,2筑田眞*2小原喜隆*3*1つくば橋本眼科*2獨協医科大学越谷病院眼科*3国際医療福祉大学視機能療法学科ACaseofDuralArteriovenousFistulawithMorningPtosisHirotakaHashimoto1,2),MakotoChikuda2)andYoshitakaObara3)1)TsukubaHashimotoOpticalClinic,2)DepartmentofOphthalmology,DokkyoUniversitySchoolofMedicine,KoshigayaHospital,3)DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare眼瞼下垂で発見された硬膜動静脈瘻(duralAVF)の1例を報告した.症例は51歳,女性で,起床時の左眼眼瞼下垂を主訴として受診した.初診時,左眼の充血がみられるのみであったが,問診により長期間の嘔気,眼球突出,三叉神経第1枝領域の皮膚感覚異常,複視があったことから頸動脈海綿静脈洞瘻を疑った.諸症状に関し近医総合病院にてCT(コンピュータ断層撮影)とMRI(磁気共鳴画像)を事前に受けていたが診断がつかなかった経緯がある.提携病院の脳神経外科でMRA(磁気共鳴血管撮影)と選択的頭部血管造影を行いduralAVFの診断がついた.プラチナコイルによる経静脈的塞栓術が施行され,諸症状は改善された.本疾患のごとくCTやMRIでも診断がつきにくく,多角的な情報からの推察によってやっと診断に結びつく病態もある.詳しい問診や些細な所見の聴取,病診連携を密にするなど,診療科の敷居を設けない粘り強い診療姿勢が大切と考える.Wereportacaseofduralarteriovenousstula(duralAVF)withmorningptosis,inwhichbrainCT(computedtomography)andbrainMRI(magneticresonanceimaging)attheprevioushospitalhadshowednoremarkablechanges.Thepatient,a51-year-oldfemale,visitedTsukubaHashimotoOpticalClinicwithmorningptosis.Hypere-miawasseeninherlefteye.Weexpectedacarotid-cavernousstula(CCF),inviewofthesymptoms:nausea,proptosis,sensoryabnormalityinthetrigeminalarea(n.ophthalmicus)anddoublevision.MRA(magneticreso-nanceangiography)andselectiveheadangiographywerecarriedoutattheneurosurgerysectionofthehospitalthathasatie-upwithouropticalclinic,duralAVFwasdiagnosed.Thepatientwastreatedsuccessfullywithtransvenousembolization.Carefulreviewsofclinicalhistoriesandexaminations,andcloserelationsbetweenhospi-talsareimportantformakingaccuratediagnoses.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(7):10391042,2008〕Keywords:硬膜動静脈瘻,頸動脈海綿静脈洞瘻,眼瞼下垂,眼球突出,選択的頭部血管造影.duralarteriovenousstula(duralAVF),carotid-cavernousstula(CCF),ptosis,proptosis,selectiveheadangiography.———————————————————————-Page21040あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(136)視神経乳頭には変化はなかった(図2).前医の検査ではHbA1c(ヘモグロビンA1c)値は9.0%であった.聴診器にて左眼窩部で拍動性雑音(bruit)の聴取はなく,耳鳴りなどの自覚症状もなかった.診察は午後の外来受診であったため,午後4時前後に行われた.経過:症状は起床時のみの眼瞼下垂という時間的限定があるため,外来診察時には消失していた.しかし,随伴する症状がすべて左眼窩に関連する神経血管系のものであり,激しい嘔気・嘔吐を伴う時間が長かったことから,初診時には頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernousstula:CCF)を疑った.結膜の充血は局所性の炎症所見の可能性もあると考えたため,抗菌薬(0.3%オフロキサシン)と副腎皮質ステロイド薬(0.1%フルオロメトロン)の点眼を左眼に処方し経過観察を行った.A総合病院に精査内容について問い合わせたが,頸動脈海綿静脈洞瘻を疑う所見はなかった.同年5月22日の再診時には複視の不定期な発生,起床時の眼瞼下垂症状や頭部皮膚症状(三叉神経第1枝領域の感覚異常)の悪化を訴えていた.診察の際には,複視,眼位異常や眼球運動制限はなく,眼圧は右眼19mmHg,左眼18mmHgで拍動に左右日間続いたが沈静.続いて左前頭部の皮膚痛が出たため同年2月27日にA総合病院を受診し,皮膚科にて頭部皮膚の湿疹と診断される.神経内科にて頭部CT(コンピュータ断層撮影)を行ったが異常とはみなされず,また,糖尿病のため眼科も受診したが糖尿病網膜症の診断で経過観察となった.同年3月1日,再度激しい嘔気,頭痛と左眼痛をきたしたため近医B受診.近医Bより総合病院C救急部を紹介され,頭痛薬,制吐薬の投与を受け帰宅する.同年3月12日と14日に激しい嘔吐のため再度C総合病院救急部を受診するが,症状の改善がないためA総合病院を受診しそのまま入院精査となった.MRI(磁気共鳴画像)と内視鏡での上部消化管の検査が行われたが病因診断はつかず,その後,同年4月6日まで糖尿病の教育入院を行い退院となった.同年4月27日から左眼に起床時のみの眼瞼下垂(起床後数時間で改善)が発症するようになり,家族から左眼の眼球突出の指摘もあったため,同年5月11日つくば橋本眼科(以下,当院)の受診となった.既往歴:平成13年から糖尿病にてA総合病院内科に通院加療中.家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼1.2(1.5×0.25D),左眼0.9(1.5×cyl0.50DAx40°).眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHg.Hertel眼球突出計にて眼球突出度は両眼ともに13mmで左右差はなく,眼瞼下垂も両眼でみられなかった.左前眼部所見としては,左眼球結膜の内側から下方にかけて充血(血管怒張)を認めた(図1).眼球運動制限は認めず,瞳孔は同大で,対光反応は両眼ともに異常はなかった.中間透光体には,両眼の初発白内障を認めた.眼底は両眼ともに糖尿病網膜症で新福田分類A-II程度の軽微な変化があったが,図1左眼内下方結膜にみられた充血(a:術前,b:術後)ab図2初診時眼底(a:右眼,b:左眼)糖尿病網膜症は軽度(新福田分類A-II).両視神経乳頭にうっ血は認めず,静脈径や走行にも異常はない.ab———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081041(137)された.術後経過は良好で諸症状も改善し,2週間後退院となった.平成18年11月28日当院再診時視力は,右眼0.9(1.5×0.25D(cyl0.50DAx90°),左眼0.9(1.5×cyl0.75DAx75°).左眼の球結膜の血管怒張は改善していた(図1).左の三叉神経第1枝領域の感覚異常は若干残っているものの,眼瞼下垂や眼球突出の自覚,嘔気の症状も改善し,経過は良好である.II考按頭蓋内の動静脈短絡をきたす疾患としては,脳動静脈奇形と硬膜動静脈瘻の頻度が高く,どちらも重篤な中枢神経系の障害をきたす可能性があることから,的確かつ早期の診断・治療が望まれる.その成因には静脈洞血栓症や外傷,ホルモンなどの諸説があるが,いまだ統一した見解はない.発生の頻度は虚血性病変のおおよそ1015%とされており,年齢的には4060歳代に多い.臨床上の問題として,視脳の皮質静脈や深部静脈への血液の逆流によって,灌流障害や静脈性梗塞,出血などを起こす危険性が指摘されている.海綿静脈洞での発症は女性に多いが,横静脈洞・S状静脈洞部では男女差はない.海綿静脈洞部duralAVFは特発性CCFともよばれている.症状として今回の海綿静脈洞部のものをあげると,眼球突出,結膜充血,眼圧上昇,拍動性雑音,外眼筋麻痺,頭痛,動眼神経麻痺,視力障害,が知られている4).CTやMRIで上眼静脈の拡張を認めることもあるが,MRAでは頸動脈系からの流入血管描出をはっきり認めることができる5,6).最終的な確定診断法は,血管造影であ差はなかった.結膜の充血は改善がまったくみられなかったため点眼薬の使用は中止とし,提携病院であるC総合病院の脳神経外科に頸動脈海綿静脈洞瘻の疑いで紹介した.C総合病院脳神経外科で,MRI,MRA(磁気共鳴血管画像),選択的頭部血管造影が行われた結果,両側性の海綿静脈洞部duralAVF(Barrowの分類:TypeC)の診断となった(図3,4).平成18年6月19日手術目的にてD総合病院に紹介となり,プラチナコイルによる経静脈的塞栓術が施行図3MRA像矢頭:側頭葉前方を灌流する静脈の逆流.矢印短:上眼静脈(SOV)の逆流.矢印長:左内頸動脈後方に海綿静脈洞と思われる描出.図4選択的頭部血管造影像矢頭:外頸動脈造影,多数の流入動脈を認める.矢印:海綿静脈洞が描出されている.左側面像右側面像———————————————————————-Page41042あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008である本例で第1枝領域のみに影響(前頭部痛)が出ていたのは,海綿静脈洞内での影響よりも頭蓋内の痛覚受容器の刺激を自覚していた可能性も考えられる.眼科診療においては日常脳神経に近い部位を観察することが多く,脳神経系疾患の発見の糸口をつかむことが多いが,専門科による精査が行われた場合にはそれ以上の精査は通常行われることは少ない.しかし,本疾患のごとくCTやMRIでも診断がつきにくく,多角的な情報からの推察によってやっと診断に結びつく病態もあることから,詳しい問診や些細な所見の聴取,病診連携を密にするなど,診療科の敷居を設けない粘り強い診療姿勢が大切と考える.稿を終えるにあたり,本報告に際し御指導を賜りました獨協医科大学越谷病院眼科の鈴木利根先生に深謝いたします.文献1)興梠征典,高橋睦正:画像診断:脳.臨床画像15:394-404,19992)安部ひろみ,本村由香,木許賢一ほか:うっ血乳頭で発見された硬膜動静脈瘻の1例.臨眼61:1455-1459,20073)deKeizerR:Carotid-cavernousandorbitalarteriovenousstulas:ocularfeatures,diagnosticandhemodynamicconsiderationsinrelationtovisualimpairmentandmor-bidity.Orbit22:121-142,20034)小西善史,塩川芳昭:硬膜動静脈瘻・奇形.脳神経57:757-765,20055)鈴木利根,瀬川敦,内野泰ほか:片側外転神経麻痺─海綿静脈洞付近の病変について─.神経眼科24:185-189,20076)BhattiMT,PetersKR:Aredeyeandthenareallyredeye.SurvOphthalmol48:224-229,20037)SergottRC,GrossmanRI,SavinoPJetal:Thesyndromeofparadoxicalworseningofdural-cavernoussinusarterio-venousmalformations.Ophthalmology94:205-212,19878)柴田俊太郎,近藤邦彦,島田賢ほか:著明なうっ血乳頭を呈した後頭蓋窩硬膜動静脈奇形の1例.眼臨86:1862-1866,19929)秋山朋代,松橋正和,小柳宏ほか:頭蓋内血管病変が原因のうっ血乳頭による高度視力障害.眼紀45:82-86,199410)柏井聡:良性頭蓋内圧亢進症とその治療について教えてください.あたらしい眼科21(臨増):115-117,200411)富田斉,金上貞夫,松原正男:うっ血乳頭が唯一の所見であった特発性頭蓋内圧亢進症(偽脳腫瘍)の1例.臨眼60:357-361,2006(138)る.流入血管は各種の動脈より分枝した硬膜動脈群で,流出静脈は直接静脈洞に入るか,正常の場合に静脈洞に流入するそれぞれの頭蓋内静脈を逆流する1).眼科の領域では,充血のため当初は結膜炎や強膜炎として治療されることが多い7).また,うっ血乳頭により発見された報告例が近年いくつかあるが,予後として不幸な転機をとることも少なくない2,8,9).眼科の日常診療においてはCTやMRIなどを使用する機会があまりないこともあり,本疾患では検眼鏡的な観察や詳しい問診などからの少ない情報から推察し診断へと導くことが必要となる.本症例の主訴は,起床時の眼瞼下垂であった.検眼鏡的所見ではうっ血乳頭も認めず左眼の鼻側結膜の充血のみであり,眼球突出も診察時にはなく,複視も不定期な出現で,他覚的所見に乏しい状況であった.診察の時間が夕方であったことから,主訴である眼瞼下垂も観察することはできなかった.本症例においてCCFを疑わせた所見の一つは,問診により得られた数カ月間続いた嘔気の症状であった.本症例は血糖コントロールがHbA1c値で9.0%程度と高く,血管の硬化が予想されたことと,激しい嘔吐による血圧の一過性異常上昇が危惧されたことから,当初はそれらが原因となり海綿静脈洞内での動脈血管の破綻をきたしCCF発症につながった可能性があると考えた.しかし,結果として選択的頭部血管造影において両側性のduralAVFの診断がついたことから,嘔気・嘔吐は発症の原因ではなく,本疾患からの頭蓋内圧亢進による症状であったことが判明した.頭蓋内圧亢進症状の継続は視機能にとっても悪影響を及ぼすため,不可逆性変化が起こる前に診断治療ができたことは幸いであった10,11).頭蓋内圧亢進は早朝起床時に最も強くなる.すなわち,睡眠時には呼吸は抑制的であり換気が悪いため,脳血流の炭酸ガス分圧(Pco2)が増加することにより脳の血管が拡張し,脳の容積は増加する.起床直後はこのために頭蓋内圧は亢進しているが,覚醒後は換気が改善されるため,Pco2が低下し頭蓋内圧は低下する.起床時にのみ眼瞼下垂が発症したことは,この頭蓋内圧亢進が海綿静脈洞内で動眼神経に関与したものと推察される.また,頭蓋内テント上の病変により,痛覚受容器がある架橋静脈や脳底部の動脈,硬膜などに加わった刺激は,三叉神経第1枝を介して知覚されることが知られている.海綿静脈洞には三叉神経第1,2枝が走行しているが,テント上病変***