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角膜形状異常をきたした眼瞼腫瘍の1例

2024年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科41(11):1357.1360,2024c角膜形状異常をきたした眼瞼腫瘍の1例鈴木俊也小林顕横川英明高比良雅之杉山和久金沢大学附属病院眼科EyelidTumor-InducedCornealShapeAbnormality:ACaseReportToshiyaSuzuki,AkiraKobayashi,HideakiYokogawa,MasayukiTakahiraandKazuhisaSugiyamaCDepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityHospitalC角膜形状異常がきっかけとなり発見された眼瞼腫瘍のC1例を報告する.患者はC52歳の男性で左眼の遠視化と矯正視力C1.2からC0.9への低下を主訴として金沢大学附属病院を紹介受診した.角膜形状解析にて左眼にのみ角膜不正乱視を認めた.細隙灯顕微鏡にて上眼瞼結膜に腫瘍を認め,それを原因とする角膜形状異常と推察した.手術にて眼瞼腫瘍を切除したところ,左眼の視力は術後C1週間にてC0.4(矯正C0.9)からC0.9(矯正不能)となり,1カ月後にはC1.2(矯正不能)と裸眼視力の向上が得られた.原因不明の視力低下や角膜形状変化がみられた場合には,眼瞼腫瘍も鑑別診断の一つとして念頭におく必要性を再確認した.CPurpose:Toreportthecaseofaneyelidtumorthatwasdiscoveredasaresultofcornealshapeabnormali-ties.CCase:AC52-year-oldCmaleCpresentedCwithCtheCprimaryCcomplaintCofChyperopiaCandCdecreasedCvisualCacuity(VA)inChisCleftCeye.CCornealCtopographyCexaminationCrevealedCcornealCirregularCastigmatismCinCtheCleftCeye,CandCslit-lampCmicroscopyCexaminationCrevealedCaCtumorConCtheCupperCeyelidCconjunctivaCinCthatCeye,CwhichCwasCsus-pectedtobethecauseofthecornealshapeabnormality.Theeyelidtumorwassurgicallyremoved,andVAinthateyeCimprovedCfrom0.4(correctedCto0.9)atC1-weekCpostoperativeCto0.9(uncorrected)and1.2(uncorrected)1Cmonthlater.Conclusions:The.ndingsinthisstudyemphasizetheimportanceofconsideringeyelidtumorsasadi.erentialdiagnosisincasesofunexplainedVAlossandcornealshapechange.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(11):1357.1360,C2024〕Keywords:角膜形状異常,眼瞼腫瘍.cornealshapeabnormalities,eyelidtumor.Cはじめに角膜形状の変化は,視機能に影響を与える重要な要素の一つである1).角膜形状異常の原因は先天的な疾患や後天的な疾患に分類され,後者の代表的な疾患として円錐角膜があげられる.近年の角膜形状解析装置(角膜トポグラフィ)の発達により,より詳細に,より早期に角膜形状異常の発見が可能となってきた2).今回,角膜形状異常がきっかけとなり発見された眼瞼腫瘍のC1例を報告する.CI症例患者:52歳,男性.主訴:左眼視力低下現病歴:左眼の視力低下を自覚し近医眼科を受診した.同眼科のC10年前の診療録と比較すると,原因不明の遠視化と矯正視力の低下を認めたため,精査加療目的で金沢大学附属病院眼科を紹介受診した.既往歴:高血圧.家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.9(1.2C×sph+0.25D(cyl-1.00DAx125°),左眼C0.4(0.9C×sph+2.25D)であった.オートケラトメトリーによる角膜曲率は右眼CKf45.25D,Ks44.00D(角膜曲率平均C44.63D),左眼CKf44.00D,Ks42.75(角膜曲率平均C43.38D)と左右差を認めた.前医眼科でのC10年前の角膜曲率は右眼CKf45.50D,Ks44.00D(角膜曲率平均44.75D),左眼CKf45.75D,Ks44.50(角膜曲率平均C45.13D)であった.眼圧は右眼C15.0CmmHg,左眼C12.0CmmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では両眼ともに結膜充血を認めず,角膜表面および後面に明らかな異常は認めず,前房は深く,細〔別刷請求先〕鈴木俊也:〒920-8641金沢市宝町C13-1金沢大学附属病院眼科Reprintrequests:ToshiyaSuzuki,MD,DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityHospital13-1Takara-machi,Kanazawacity,Ishikawa920-8641,JAPANC図1初診時の前眼部所見a:初診時の左眼.一見すると結膜,角膜,前房に大きな異常を認めず,軽度白内障を認めるのみだった.Cb:初診時の左上眼瞼結膜.表面平滑の腫瘤性病変を認め,長径約C3Cmmだった.Cc:術後C8日目の左眼.術前認めていた腫瘤の内容物が外科的に除去されている.胞浮遊を認めず,水晶体は軽度白内障を認めるのみであり,虹彩にも明らかな異常は認めなかった(図1a).検眼鏡では後眼部に特記する異常は認めなかった.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)(CASIA2,トーメーコーポレーション)検査では右眼に異常パラメータを認めなかったが,左眼の角膜全高次収差(higherCorderCaberra-tions:HOAs)はC0.63Cμm[0.00.0.39]に増大していた(図2).また,角膜前面の屈折力マップでは左眼の角膜鼻上側の屈折力が高く,耳下側方向へ向かい屈折力の低下を認めた(図2b).改めて細隙灯顕微鏡検査を施行したところ,左上眼瞼結膜に表面平滑な長径約C3Cmmの腫瘤性病変を認めた(図1b).これら所見から,上眼瞼結膜腫瘤による角膜の物理的圧迫を原因とする左角膜不正乱視と診断した.治療および経過:眼瞼結膜腫瘤に対する治療として眼瞼結膜面から切開,内容物を除去し外科的加療を施行した.内容物は黄白色の泥状物のみ,病理組織学的検査に提出し終了とした.病理結果は層状角化物や横紋筋組織,線維結合組織を認め,悪性像はみられず,表皮.腫の内容物と矛盾しない結果だった(図3).術後C8日で創部は陥凹しており(図1c),左眼視力C0.9(n.c.)と改善した.さらに術後C27日目には左眼視力C1.2(n.c.)と著明な改善を認め,CASIA2によるCHOAsはC0.26Cμmまで減少し,平均角膜中心屈折力(averagecen-tralCcornealpower:ACCP)は術前C44.2DからC45.0Dと屈折力は増加した(図4).CII考按近年登場した第二世代の前眼部COCTであるCCASIA2は,Fourierドメインと波長掃引光源技術を用いて走査速度・深度・密度,画像分解能をさらに最適化したもので,角膜の評価や前房深度,前房隅角の評価ができる2.4).また,前眼部の構成組織の計測により,緑内障診療への活用や眼内レンズのサイズ決定や術後乱視の追跡にも用いることが可能である.そして角膜の評価機能として,前述したCHOAsなどの検査や,角膜の前面・後面屈折力や角膜厚のカラーマップを表示し直感的にわかりやすくしている.そのため異常値を検出した場合は,一般的なオートレフケラトメーターでは検出できない非対称な角膜乱視をとらえることが可能である.今回の症例では,CAISA2による角膜形状解析が診断や病態理解に有用であった.角膜には正乱視と不正乱視があり,このうち不正乱視は球面レンズおよび円柱レンズでの補正ができない乱視をさす.角膜不正乱視の診断には,前眼部COCTなどの角膜形状解析が必要である.角膜不正乱視の原因として,円錐角膜やペルーシド辺縁角膜変性,翼状片などの角膜疾患をはじめ,眼科手術歴や加齢性変化,そして霰粒腫や麦粒腫といった眼瞼腫瘍が考えられる5.9).これら角膜疾患や眼瞼腫瘍は治療に専門性を有する疾患であることが多く,日常診療において角膜不正乱視を認めた場合は,その原因の追求と治療に難渋することはありえると思われる.眼瞼腫瘍が原因である場合は診ab図2前眼部OCT(CASIA2)の角膜形状解析a:右眼.異常パラメータを認めない.Cb:左眼.HOAsの異常値を認める.左上の角膜前面屈折力の形状マップ(axialpower)において,不正乱視を認め,鼻上側の屈折力が高く,耳下側方向へ向かい屈折力の低下を認めた.図3病理所見a:実体顕微鏡写真.b:ヘマトキシリン・エオジン染色.察室で発見可能であるため早期の発見や治療が可能と考えられる.本症例では,眼瞼結膜の腫瘍性病変による角膜不正乱視が惹起され,視力低下を認めた.既報によると,上眼瞼の霰粒腫の大きさと角膜収差間には関連性を認めており,腫瘤が大きいほど角膜周辺部の乱視とCHOAsを増加させ,視力低下の原因となると報告されている10).腫瘤と角膜乱視の関連の報告は多くが霰粒腫による報告であり,そのほか良性腫瘍の報告は数が少ない.術中所見および病理所見,年齢,病歴から考察すると表皮.腫の可能性がもっとも高いと思われた.比較的小さな腫瘤であったため,自覚症状がないことから診断に難渋した症例であったが,小さいにもかかわらず角膜乱視の増加に寄与し,視力低下を引き起こしていた.既報では眼瞼腫瘤の径C5Cmm以上となると角膜乱視やCHOAsの有意な増悪をきたすが10),本症例は腫瘤径C3Cmmと小さかった.これは本症例の腫瘤が剛性のある眼瞼結膜面に局在しており,かつびまん性ではなく限局的に隆起していたため,より強く角膜のひずみを生じた.また,上眼瞼の中央ともっとも角膜乱視を誘発する部位に位置していたことが原因と考えられる.今回,角膜形状異常がきっかけとなり発見された良性眼瞼腫瘍のC1例を経験した.本症例では前眼部COCTによる角膜ab図4CASIA2のトレンド解析a:術前.HOAsのトレンド解析.Cb:術後C27日.ACCPのトレンド解析.形状解析が診断に有用であった.手術加療で視力改善を得られたものの,今後再発の可能性も考え注意深く経過観察をしていく必要がある.眼瞼腫瘍と角膜乱視が関連した報告は少なく,日常診療において本症例のような経過であると見逃されることもありえると思われる.そのため,原因不明の視力低下や角膜形状変化がみられた場合には,上眼瞼反転を含めた診察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SabermoghaddamAA,Zarei-GhanavatiS,AbrishamiM:CE.ectsofchalazionexcisiononocularaberrations.CorneaC32:757-760,C20132)森秀樹:前眼部COCTによる角膜形状解析の特徴と今後.視覚の科学37:122-129,C20163)LuM,WangX,LeiLetal:Quantitativeanalysisofante-riorCchamberCin.ammationCusingCtheCnovelCCASIA2Copti-calcoherencetomography.AmJOphthalmolC216:59-68,C2020C4)SaitoCA,CKamiyaCK,CFujimuraCFCetal:ComparisonCofCangle-to-angleCdistanceCusingCthreeCdevicesCinCnormaleyes.Eye(Lond)C34:1116-1120,C20205)TomidokoroCA,COshikaCT,CAmanoCSCetal:QuantitativeCanalysisCofCregularCandCirregularCastigmatismCinducedCbyCpterygium.CorneaC18:412-415,C19996)OshikaT,TanabeT,TomidokoroAetal:ProgressionofkeratoconusCassessedCbyCfourierCanalysisCofCvideokeratog-raphydata.OphthalmologyC109:339-342,C20027)YoshiharaCM,CMaedaCN,CSomaCTCetal:CornealCtopo-graphicCanalysisCofCpatientsCwithCMoorenCulcerCusingC3-dimensionalCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomog-raphy.CorneaC34:54-59,C20158)KohS,MaedaN,OgawaMetal:Fourieranalysisofcor-nealCirregularCastigmatismCdueCtoCtheCanteriorCcornealCsurfaceindryeye.EyeContactLensC45:188-194,C20199)ChenJ,JingQ,TangYetal:Cornealcurvature,astigma-tism,CandCaberrationsCinCMarfanCsyndromeCwithClensCsub-luxation:evaluationbyPentacamHRsystem.SciRepC8:C4079,C201810)ParkCYM,CLeeJS:TheCe.ectsCofCchalazionCexcisionConCcornealCsurfaceCaberrations.CContCLensCAnteriorCEyeC37:C342-345,C2014C***

京都府立医科大学眼科における眼瞼腫瘍の病理組織学的分類と特徴

2024年10月31日 木曜日

京都府立医科大学眼科における眼瞼腫瘍の病理組織学的分類と特徴北野ひかる*1,2渡辺彰英*1中山知倫*1米田亜規子*1外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2バプテスト眼科クリニックCHistopathologicalClassi.cationandFeaturesofEyelidTumorsTreatedattheDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineHikaruKitano1,2)C,AkihideWatanabe1),TomomichiNakayama1),AkikoYoneda1)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)BaptistEyeInstituteC目的:京都府立医科大学附属病院眼科で治療した眼瞼腫瘍の病理組織学的分類および特徴を明らかにする.対象および方法:2009年C1月.2020年C5月に京都府立医科大学附属病院眼科を受診し,生検または切除術を施行した眼瞼腫瘍を対象に,病理組織学的分類と臨床的特徴を後ろ向きに検討した.結果:全C477例の内訳は,良性C330例,悪性147例で,平均年齢は良性C59.1C±18.9歳,悪性C75.1C±13.0歳であった.良性は母斑細胞母斑C112例(33.9%),脂漏性角化症C83例(25.1%)の順に多く,悪性は脂腺癌がC78例(53.1%),基底細胞癌がC50例(34%)で大半を占めた.脂腺癌は上眼瞼中央にもっとも多く発生し,結節型が大半を占めた.脂腺癌C78例中C11例に(14.1%)に転移を認め,耳側病変は他部位と比較して転移率がC22.7%と高かった.結論:眼瞼悪性腫瘍では脂腺癌が半数以上を占め,脂腺癌の耳側病変は他部位と比較して転移率が高く,注意が必要である.CPurpose:Toclarifyhistopathologicaltrendsofeyelidtumorsdiagnosedandtreatedatasingleinstitute.Sub-jectsandMethods:Weretrospectivelyinvestigatedthehistopathologicclassi.cationandclinical.ndingsofeyelidtumorsCdiagnosedCbetweenCJanuaryC2009CtoCMayC2020CatCtheCDepartmentCofCOphthalmology,CKyotoCPrefecturalCUniversityCofCMedicine.CResults:InCaCtotalCofC477CpatientsCseen,C330CbenignCtumorsCandC147CmalignantCtumorsCwereobserved.Meanpatientageatdiagnosisinthebenigntumorandmalignanttumorscaseswas59.1±18.9and75.1±13.0years,respectively.Ofthe477casesseen,thebenigntumorswerenevocellularnevus(112cases,33.9%)andseborrheickeratosis(83cases,25.1%)C,andthemalignanttumorsweresebaceouscarcinoma(SC)(78cas-es,53.1%)andbasalcellcarcinoma(50cases,34%)C.IntheSCcases,thetumorsweremostfrequentlylocatedinthecentralregionoftheuppereyelid,withthemajoritybeingofanodulartype,ofwhichtemporallesionshadthehighestrateofmetastasis(22.7%).CConclusion:SCaccountedformorethan50%Cofthemalignanteyelidtumorsseen,andthetemporallesionsofSChadthehighestrateofmetastasis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(10):1241.1245,C2024〕Keywords:眼瞼腫瘍,病理組織学的分類,疫学,脂腺癌,基底細胞癌.eyelidtumor,histopathologicalclassi.cation,epidemiology,sebaceouscarcinoma,basalcellcarcinoma.Cはじめに眼瞼はさまざまな組織から構成されているため,多種多様な眼瞼腫瘍が存在し,眼科領域の腫瘍に占める割合は高い1).眼瞼腫瘍には,母斑細胞母斑や脂漏性角化症,乳頭腫といった良性腫瘍と,基底細胞癌や脂腺癌といった悪性腫瘍があるが,悪性の場合は切除後の整容面や機能面,生命予後にも影響するため,診察時に腫瘍の組織型を推測することは治療方針や予後を考えるうえで重要であり,頻度の高い腫瘍の種類や特徴を知っておくと有用である.一般的に,眼瞼悪性腫瘍は基底細胞癌,扁平上皮癌,脂腺癌といった上皮性腫瘍が多いといわれている.国外では基底細胞癌の割合が多い国が多く,とくに欧米2,3)では基底細胞〔別刷請求先〕北野ひかる:〒602-8566京都市上京区梶井町C465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:HikaruKitano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPANC症例数90788072706053505243384034302317000~910~1920~2930~3940~4950~5960~6970~7980~8990~年齢20171511991031200図1良性腫瘍330例と悪性腫瘍147例の年齢別分布良性腫瘍はC60歳代にピークがあった.悪性腫瘍はC70歳代がもっとも多く,70歳以上の症例で悪性腫瘍全体の約C4分のC3を占めた.癌が悪性腫瘍のC90%前後を占め,シンガポール4)や香港5),台湾6)などのアジア諸国でも基底細胞癌が多い傾向にある.それに対し脂腺癌は,欧米ではC2.7%,アジア諸国ではC6.12%とまれであることが報告されている2.6).一方でわが国では国外と比較して悪性腫瘍に占める脂腺癌の頻度がC29.C44%1,7)と高いという特徴があるが,日本人の生活スタイルや食生活の変化とともに,その傾向が変化している可能性がある.今回,京都府立医科大学病院眼科(以下,当科)で加療した眼瞼腫瘍を対象に,病理組織学的分類およびその特徴について検討を行ったので報告する.CI対象および方法対象は,2009年C1月.2020年C5月に当科を受診し,生検・切除術を施行し,病理組織検査にて診断が確定した眼瞼腫瘍C477例である.診療録および病理診断部のデータベースを用いて後ろ向きに調査し,良性腫瘍と悪性腫瘍に分け,各群においてそれぞれ,男女比,受診時平均年齢,年齢別分布,病理診断別頻度について検討した.とくに病理診断が脂腺癌と基底細胞癌であった症例について,発症部位と転移率を調べた.さらに脂腺癌については臨床病型の分類についても検討し,診療録,術前写真の情報から結節性病変を有するものをCnodulartype,びまん性の眼瞼肥厚病変を有するものをCdi.usetypeと分類した.今回の検討では,眼瞼縁に発生した腫瘍を眼瞼腫瘍に分類し,瞼結膜に発生した腫瘍は眼瞼腫瘍ではなく結膜腫瘍として除外した..胞は自律性増殖という腫瘍の定義を考えると厳密には腫瘍ではないが,臨床上腫瘍の鑑別疾患として重要なため,今回の検討に加えた.また,霰粒腫は厳密には腫瘍でないため除外した.CII結果今回の対象となった眼瞼腫瘍C477例の内訳は良性がC330例,悪性がC147例であり,それぞれの男女比は,良性が男性C126例(38.2%),女性C204例(61.8%)で,悪性が男性C58例(39.5%),女性C89例(60.5%)であった.受診時の年齢は,良性C59.1C±18.9歳(平均C±標準偏差),悪性C75.1C±13.0歳であった.年齢別分布を図1に示した.良性腫瘍は年齢とともに徐々に症例数が増加し,60歳代にピークがあった.悪性腫瘍はC0.29歳の若年では存在せず,30歳代に初めて1例認めた.70歳代がもっとも多く,80歳以上の症例も多数あり,70歳以上の症例がC111例と悪性腫瘍のC75.5%を占めた.良性腫瘍,悪性腫瘍それぞれの病理組織学的分類を,頻度の高い順に表1,2に示した.良性腫瘍C330例のうち,おもなものは母斑細胞母斑C112例(33.9%),脂漏性角化症C83例(25.1%),粉瘤(表皮.胞)36例(10.9%),肉芽腫C14例(4.2%)であった.悪性腫瘍C147例でおもなものは脂腺癌C78例(53.1%),基底細胞癌C50例(34%),扁平上皮癌C12例(8.2%)であり,このC3疾患で眼瞼悪性腫瘍のC95.2%を占めた.脂腺癌C78例の臨床病型はCnodularCtype66例(84.6%),Cdi.usetype12例(15.4%)であり,53例(67.9%)が上眼瞼病理診断性別症例数(%)年齢平均年齢±標準偏差男女母斑細胞母斑C27C85112(C33.9)C56.0±18.5脂漏性角化症C34C4983(C25.1)C66.4±14.3粉瘤(表皮.胞)C14C2236(C10.9)C58.3±19.6肉芽腫C7C714(C4.2)C58.6±19.3脂腺腺腫C5C611(C3.3)C71.0±11.8乳頭腫C3C710(3)C50.4±23.5.胞C8C210(3)C57.9±20.9脂腺過形成C3C47(2C.1)C71.6±9.2黄色腫C3C47(2C.1)C61.3±8.6血管腫C3C25(1C.5)C53.6±27.1疣贅C2C24(1C.2)C51.3±20.3その他C17C1431(C9.4)C50.1±23.8計C126C204330(C100)C59.1±18.9その他:伝染性軟属腫,黄色肉芽腫,線維腫,毛母腫,顆粒細胞腫,石灰化上皮腫,神経鞘腫,多形腺腫,毛包腺腫,反応性リンパ過形成,偽癌性軟属腫,管状腺腫など.表2眼瞼悪性腫瘍147例の病理組織学的分類病理診断性別計症例数(%)年齢平均年齢±標準偏差男女脂腺癌C29C4978(C53.1)C74.2±13.6基底細胞癌C18C3250(34)C77.3±11.7扁平上皮癌C8C412(C8.2)C71.1±14.8悪性黒色腫C1C34(2C.7)C73.8±6.2Merkel細胞癌C1C01(0C.7)C105鼻腔癌浸潤C1C01(0C.7)C71Bowen病C0C11(0C.7)C78計C58C89147(C100)C75.1±13.0Cに局在していた.NodularCtype66例の部位は上眼瞼がC44例,下眼瞼がC22例であった.nodulartypeをさらに鼻側,中央部,耳側に分類すると,3例は明確に分類することができず,分類可能だったC63例はそれぞれC12例,29例,22例であった.計C6分割にすると,上眼瞼中央部がC23例と最多で,ついで上眼瞼耳側C13例,下眼瞼耳側C9例,上眼瞼鼻側7例であった.脂腺癌C78例中C11例(14.1%)に転移を認めたが,そのうちC10例がCnodulartypeであった.部位別の転移率は鼻側12例中C2例(16.7%),中央部C29例中C3例(10.3%),耳側22例中C5例(22.7%)であった.耳側の脂腺癌転移例C5例のうちC4例はまず耳前リンパ節への転移を認めたが,その他の脂腺癌転移例C6例(di.usetypeのC1例も含める)は全例,頸部リンパ節への転移を認めた.転移例C11例中C3例(全体のC3.8%)はリンパ節転移にとどまらず,眼窩内および脳・髄腔内転移を認めたものがC1例,全身転移を認めたものがC1例,肺転移を認めたものがC1例あり,全身転移を認めた症例についてはその後死亡した.基底細胞癌C50例中C37例(74%)が下眼瞼に局在し,転移例はなかった.脂腺癌と同様にC6部位に分類すると,下眼瞼鼻側がC14例と最多で,ついで下眼瞼中央部C12例,下眼瞼耳側C9例であった.なお,2例は下眼瞼の広範囲に及んでおり,局在による分類は不可能であった.CIII考按今回の対象となった眼瞼腫瘍C477例のうち,330例が良性,147例が悪性であった.悪性腫瘍を疑う場合は生検または切除術を行い,病理組織学検査に供するのに対して,臨床所見より良性とみなす場合は積極的に手術加療しない場合もあることより,良性腫瘍の症例数は実臨床ではさらに多いと考えられる.したがって,他施設との単純な比較はできないが,母斑細胞母斑および脂漏性角化症が多くを占めるという今回の結果は,国内外の既報1,2,7,8)と同様であった.地域(発表年)期間悪性総数眼瞼悪性腫瘍に占める割合脂腺癌基底細胞癌扁平上皮癌悪性腫瘍の男女比男C/女当院(本研究)2009.C2020C14753.1%34%8.2%C39.5/60.5聖隷浜松病院1)(C2014)2005.C2013C9831%48%15%記載なし東京医科大学病院7)(C2022)1995.C2019C41244%36%9%C43.9/56.1香港5)(C2011)1997.C2009C3611.1%75%5.6%C44.4/55.6台湾6)(C2006)1979.C1999C11207.9%65.1%12.6%C53.3/46.7シンガポール4)(C1999)1968.C1995C32510.2%84%3.4%C49.8/50.2ギリシャ2)(C2015)1983.C2012C3510%86%7%記載なし米国3)(C1999)1976.C1990C1740%90.8%8.6%C50/50ブラジル8)(C2018)2000.C2012C3246.8%69.8%17%C49/51C悪性腫瘍のもっとも若年の症例はC33歳の脂腺癌であったが,若年性の悪性腫瘍の既報に関しては,Shieldsらによる17歳の脂腺癌の症例や9),国内でもC29歳の扁平細胞癌や,31歳の脂腺癌,基底細胞癌の症例がある7).年齢的に悪性腫瘍の可能性が低そうではあっても,生検あるいは切除した腫瘍の病理組織検査で確認することが重要であると考える.眼瞼悪性腫瘍の頻度について,国内外の他施設との比較を表3に示す.今回の検討では女性がC60%以上と男性よりも多かった.この理由として,平均寿命が女性のほうが高いため,生命予後に影響の少ない眼科領域の腫瘍に関して女性患者が多くなった可能性や,女性のほうが男性に比較して健康や整容面への意識が高いため,早く眼瞼病変に気づき受診した可能性,眼瞼悪性腫瘍自体の有病率に性差がある可能性などがある.わが国は国外より眼瞼悪性腫瘍全体における脂腺癌の頻度が高いという特徴があるが1,7),今回の検討では眼瞼悪性腫瘍全体の半数以上を脂腺癌が占めており,当科はとくに脂腺癌の占める割合が高かった.その理由として,当科の専門外来は脂腺癌の切除後の眼瞼再建術も積極的に行っており,悪性を疑うような症例をはじめ,悪性の診断後や他施設での治療後のセカンドオピニオンとしての紹介も多く,結果的に悪性度の高い脂腺癌の症例が集まりやすいことが考えられる.脂腺癌は,欧米人ではCdi.usetypeが多いと報告されているが9),日本人ではCnodulartypeが多いとされており10,11),人種差のある腫瘍であることが知られている.本検討でも既C1244あたらしい眼科Vol.41,No.10,2024報に一致した結果であった.人種差や臨床像に差があることからなんらかの遺伝子背景があると推測されるが,脂腺癌についての遺伝子検索はこれまであまり行われておらず,はっきりしたことがわかっていない.脂腺癌はそのほとんどが瞼板内のマイボーム腺より発生するため眼瞼縁や瞼結膜に認めることが多く,マイボーム腺の数が多い上眼瞼の発生が多いといわれている9).本検討でも上眼瞼の発生が多かったが,さらなる検討で上眼瞼中央が全体の約C3分のC1を占めていることがわかった.脂腺癌の領域リンパ節転移,遠隔転移については,既報9,11.15)では,それぞれC8.23%,2.14%と報告されており,今回も同様の結果であった.AmericanJointCommit-teeonCancerによって定義された眼瞼腫瘍のCTNM分類で,T分類が脂腺癌転移の予測因子になりうると示唆している報告11.15)が多い.筆者らは今回その検討は行っていないものの,転移率について部位別に検討したところ,とくに眼瞼耳側は約C4分のC1の確率で転移しており,他部位に比較してリンパ節転移しやすい可能性が考えられた.また,その転移先として,眼瞼耳側病変の転移例は耳前リンパ節への転移を認める症例が大半であったのに対し,他部位の転移例はすべて頸部リンパ節への転移を認めており,これはリンパ流によって転移先が規定されるからであり,それに留意して経過観察する必要があると考える.基底細胞癌は紫外線曝露との関連があるとされており,上眼瞼は常時瞬目で動くうえ,眉毛により紫外線曝露を受けにくく,相対的に紫外線曝露が多い下眼瞼に発生しやすいと考えられている.今回の検討でも下眼瞼に多く発生しており,全症例で転移を認めなかった.今回の検討では,眼瞼悪性腫瘍のうち女性の割合が高く,脂腺癌が半数以上を占めた.脂腺癌は上眼瞼中央部の発生が多く,耳側病変は転移率が高く注意が必要である.眼瞼悪性腫瘍を疑った際には,必要に応じて積極的に生検を施行し,(96)利益相反北野ひかるなし渡辺彰英なし中山知倫なし米田亜規子なし外園千恵F(IV)参天製薬株式会社,サンコンタクトレンズ株式会社,CorneaGen文献1)末岡健太郎,嘉鳥信忠,笠井健一郎ほか:聖隷浜松病院眼形成眼窩外科における過去C9年間の眼窩,眼瞼,結膜腫瘍の検討.臨眼C68:463-470,C20142)AsproudisCI,CSotiropoulosCG,CGartziosCCCetal:EyelidCtumorsattheUniversityEyeClinicofIoannina,Greece:CAC30-yearCretrospectiveCstudy.CMiddleCEastCAfrCJCOph-thalmolC22:230-232,C20153)CookCBECJr,CBartleyGB:EpidemiologicCcharacteristicsCandCclinicalCcourseCofCpatientsCwithCmalignantCeyelidCtumorsinanincidencecohortinOlmstedCounty,Minne-sota.OphthalmologyC106:746-750,C19994)LeeCSB,CSawCSM,CEongCKGACetal:IncidenceCofCeyelidCcancersinSingaporefrom1968to1995.BrJOphthalmolC83:595-597,C19995)MakCST,CWongCACM,CIoCIYFCetal:MalignantCeyelidCtumorsCinCHongCKongC1997-2009.CJpnCJCOphthalmolC55:C681-685,C20116)LinCHY,CChengCCY,CHsuCWMCetal:IncidenceCofCeyelidCcancersCinTaiwan:AC21-yearCreview.COphthalmologyC113:2101-2107,C20067)GotoCH,CYamakawaCN,CKomatsuCHCetal:EpidemiologicalCcharacteristicsCofCmalignantCeyelidCtumorsCatCaCreferralChospitalinJapan.JpnJOphthalmolC66:343-349,C20228)DamascenoCJC,CIsenbergCJ,CLopesCLRCetal:LargestCcaseCseriesCofCLatinCAmericanCeyelidCtumorsCoverC13-yearsCfromCaCsingleCcenterCinCSaoCPaulo,CBrazil.CArqCBrasCOftal-molC81:7-11,C20189)ShieldsJA,DemirciH,MarrBPetal:Sebaceouscarcino-maCofCtheeyelids:personalCexperienceCwithC60Ccases.COphthalmologyC111:2151-2157,C200410)渡辺彰英:脂腺癌の臨床.あたらしい眼科C32:1717-1718,C201511)WatanabeCA,CSunCMT,CPirbhaiCACetal:SebaceousCcarci-nomaCinJapaneseCpatients:clinicalCpresentation,CstagingCandoutcomes.BrJOphthalmolC97:1459-1463,C201312)EsmaeliB,NasserQJ,CruzHetal:AmericanJointCom-mitteeonCancerTcategoryforeyelidsebaceouscarcino-maCcorrelatesCwithCnodalCmetastasisCandCsurvival.COphthal-mologyC119:1078-1082,C201213)LamSC,LiEYM,YuenHKL:14-yearcaseseriesofeye-lidCsebaceousCglandCcarcinomaCinCChineseCpatientsCandCreviewofmanagement.BrJOphthalmolC102:1723-1727,C201814)TakahashiY,TakahashiE,NakakuraSetal:RiskfactorsforClocalCrecurrenceCorCmetastasisCofCeyelidCsebaceousCglandCcarcinomaCafterCwideCexcisionCwithCpara.nCsectionCcontrol.AmJOphthalmol171:67-74,C201615)SaHS,RubinML,XuSetal:Prognosticfactorsforlocalrecurrence,metastasisandsurvivalforsebaceouscarcino-maoftheeyelid:observationsin100patients.BrJOph-thalmolC103:980-984,C2019***