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眼科受診を契機にTreatable Dementiaが判明した1例

2016年2月27日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(2):319.321,2016c眼科受診を契機にTreatableDementiaが判明した1例桐山明子*1加藤能利子*1高橋現一郎*1森田道明*2山寺亘*2常岡寛*3*1東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター精神神経科*3東京慈恵会医科大学眼科ACaseofTreatableDementiaFoundintheWakeofOphthalmologyConsultationAkikoKiriyama1),NorikoKato1),GenichiroTakahashi1),MichiakiMorita2),WataruYamadera2)andHirosiTsuneoka3)1)DepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine,KatsushikaMedicalCenter,2)DepartmentofPsychiatry,JikeiUniversitySchoolofMedicine,KatsushikaMedicalCenter,3)DepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine眼科受診を契機にtreatabledementiaが判明した1例を経験した.症例は79歳,女性で,急性原発閉塞隅角緑内障のため手術が必要であった.しかし,認知症のため全身麻酔での手術が必要と判断された.周術期の認知症状の管理の目的で精神神経科へ依頼したところ,慢性硬膜下血腫によるtreatabledementiaと診断された.脳神経外科で緊急手術となり,術後は認知機能が改善し局所麻酔での手術が可能な状態となった.Wereportacaseoftreatabledementiafoundinthewakeofophthalmologyconsultation.Thepatient,a79-year-oldfemale,requiredsurgeryforacuteprimaryangle-closureglaucoma.However,duetoherdementia,shewasjudgedtorequirethesurgeryundergeneralanesthesia.Aswerequestedpsychiatricserviceforthepurposeofcontrollingdementiabeforeandafterthesurgery,shewasdiagnosedwithtreatabledementiacausedbychronicsubduralhematomaandunderwentanemergencyneurosurgicaloperation.Subsequently,hercognitivefunctionimprovedsufficientlytoenablesurgerywithlocalanesthesia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(2):319.321,2016〕Keywords:認知症,眼科診察,慢性硬膜下出血,全身麻酔,treatabledementia.dementia,ophthalmologicalexamination,chronicsubduralhematoma,generalanesthesia,treatabledementia.はじめに高齢者の増加に伴い,認知症患者が受診する機会が増えていくものと思われる1).認知症の程度により,問診・眼科的検査・治療に苦労することもある.保存的治療が可能な症例では,家族や介護者などキーパーソンとの連携でアドヒアランスの向上を図ることは可能であると思われるが2),手術が必要な場合は,患者の協力が得られないと局所麻酔での手術はむずかしくなる3).したがって今後は眼科医も認知症に対してある程度の知識をもつ必要があると思われる.認知症の一部には,treatabledementia4)とよばれる原因の治療を行うと認知症の改善が期待できるものがある.今回,急性原発閉塞隅角緑内障の疑いで受診した症例が,認知症の精査で慢性硬膜下血腫が認められ,治療により局所麻酔下での手術が可能なまでに認知症が改善した.示唆に富む症例と思われるので,臨床経過を含めて報告する.I症例患者:79歳,女性.主訴:右球結膜充血.現病歴:2014年5月29日周囲の人に右眼の球結膜充血を指摘され近医を受診した.右眼圧47mmHg,浅前房であり急性原発閉塞隅角緑内障の疑いで点眼加療を開始した.右眼圧は下降せず,認知症状のため全身麻酔下での手術が必要と判断され,同年6月5日に当院に紹介となった.既往歴・家族歴:不詳.初診時眼所見:〔別刷請求先〕桐山明子:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:AkikoKiriyama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JikeiUniversitySchoolofMedicine,KatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(159)319 図1初診時右眼前眼部OCT写真視力は右眼=0.1(0.4×.1.00D(cyl.1.00DAx180),左眼=0.2(0.8×+2.00D(cyl.1.75DAx140).眼圧は右眼27,左眼16mmHg.右眼は浅前房(VanHerick2程度)で瞳孔は中等度散大固定していた.角膜の混濁はなく,白内障が認められた.右眼の視神経乳頭陥凹を認めた.左眼も浅前房(VanHerick2程度)であったが,眼圧は正常範囲内で,視神経乳頭に緑内障性の変化を認めなかった.隅角鏡検査は,本人の協力を得られず行えなかったが,前眼部OCT(opticalcoherencetomography)(SS-1000CAIA,TOMEY,名古屋)での撮像は可能であった.右眼は,虹彩が前方に凸で隅角部はとくに鼻側で虹彩と角膜の接触がみられたが(図1),左眼では,前房は浅いものの虹彩と角膜の接触は確認されなかた.初診時の問診では,本人からの訴えはなく,診察や検査で介助が必要であった.家族の話では,2,3年前から認知機能が悪化し,受け答えがやや困難となっていたとのことである.ただし,専門医による認知症の精査は受けておらず,内科受診歴を確認できず,現在は施設に入所しており,全身状態が不明であった.家族も患者の既往歴など,詳細な全身状態を把握していなかった.眼圧上昇・浅前房を認めたため,点眼加療または手術を検討することになった.眼圧上昇は,水晶体の膨隆に伴う浅前房によるものと思われるため,手術は水晶体摘出術の適応であると考えた.今後の点眼加療の負担を理由に,家族は手術を強く希望された.認知機能障害の程度から,局所麻酔での手術は不可能と考えられたため,入院にて全身麻酔での白内障手術(水晶体摘出術および眼内レンズ挿入術)を予定した.認知症の精査と周術期の管理について,精神神経科に依頼した.認知症の精査目的で撮影した頭部CT検査で左側頭頂部に慢性硬膜下血腫,大脳鎌下ヘルニアを認めたため(図2),脳神経外科に紹介となった.脳神経外科にて,緊急手術で穿頭血腫洗浄術が施行されることとなったため,白内障手術は中止となった.脳神経外科の手術後は,病棟の看護師の管理のもと点眼治療を継続し,眼圧は改善傾向にある.術後の頭部所見の改善に伴い(図3),認知症状の改善を認め,局所麻酔での手術が320あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016図2術前頭部CT図3術後頭部CT可能となったが,リハビリテーションの目的で転院したため,眼科の手術は当面は見合わせることで,患者も家族も同意した.今後は,全身状態の回復を待って,患者や家族の希望があり,眼科的に必要であれば手術を行うこととした.II考按眼科診療において,認知症などを有する診察・検査・治療が困難な高齢者に対して,対応に苦慮することがある2,3).正確な診断ができないことは,治療方針の決定,とくに保存的治療と手術治療の選択に迷うことになり,病状の悪化に繋がりかねない.治療にあたっては,精神神経科や内科,麻酔科のみならず,家族や介護人などのキーパーソンや看護師な(160) どと協力・連携した体制を整えて診療にあたることが重要であると考える.患者の協力が得られない場合は,通常の眼科的検査を行えないこともあるが3),病状の把握のためには,簡略的に検査を行うことや代替えの検査を行うことも考えていくことが必要である.今回は,隅角鏡検査はできなかったが,代わりに前眼部OCT検査で,隅角部の状態を観察することができた.前眼部OCTは,短時間で非接触型の検査であり,認知症患者にも施行可能であると思われた.眼科では高齢の患者が多く,認知症患者と接する機会も多い1).そのため,認知症に対してもある程度の知識を有しておく必要があると考えられる.本症例は,認知症状を呈していたが,精神神経科での精査の結果,慢性硬膜下血腫によるtreatabledementiaと診断された.治療できる認知症の場合,適切な時期に治療を行う必要があり,原疾患を見逃して全身麻酔での眼科手術を行っていた場合には,生命に危険が及んでいた可能性もあったと思われた.認知症とは一度正常に達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続的に低下し,日常生活に支障をきたすようになった状態をいい,それが意識障害のないときにみられるとされている5).有病率は65歳以上の約15%である.原因はAlzheimer病と血管性認知症が約90%を占めている6).認知症の診断は発症時期,エピソード,記憶障害の内容,長谷川式簡易知能評価スケールによる問診を行う7).その後,器質性病変の否定を行うためCT,MRIなどの画像検査を行う7).認知症のなかで見逃してはいけないのが,原因に対する治療を行うことで改善が期待できるtreatabledementiaである.慢性硬膜下血腫,正常圧水頭症,脳腫瘍,代謝・内分泌疾患,炎症性疾患などがtreatabledementiaとしてあげられるが,とくに慢性硬膜下血腫と正常圧水頭症が多い4).本症例でも慢性硬膜下血腫手術後に認知機能が改善し,局所麻酔での手術も可能となった.以上のことから,認知症のため全身麻酔での手術を検討する前にはtreatabledementiaを鑑別する必要があると考えられる.Treatabledementiaは数日.数カ月と進行が早く,とくに慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症では転倒・頭部打撲の既往,歩行障害,失禁,認知機能障害が症状としてあげられるため,これらのことを問診で確認することが重要と考えられる.ただし,患者本人は覚えていないことや,聴取できないこともあるため,家族や介護人などキーパーソンからの情報収集が重要となる.一方,家族や周囲の人が年齢から認知症と思い込んで,専門医の診断を受けていないことも多々見受けられる.また,認知症高齢者をもつ家族・介護者の負担も大きく,通院や治療が困難なこともある8).医療や地域などの連携による家族や介護者の負担を軽減する方法も整備されるべきであると思われた.文献1)宇治幸隆,森恵子,杉本昌彦ほか:認知症患者の眼科受診動機.日本の眼科86:469-472,20152)丸本達也,小野浩一:独居認知症患者に対する眼科医療の問題点ヘルペス性ぶどう膜炎の1例を経験して.臨眼68:559-562,20143)福岡秀記:【生活習慣病・老年疾患と認知症】視覚障害と認知症.GeriatricMedicine52:785-788,20144)杉山博通,数井裕光,武田雅俊:認知症診断・治療の実際Treatabledementia正常圧水頭症,慢性硬膜下血腫,薬剤性認知症の診断と治療.総合臨床60:1869-1874,20115)認知症疾患治療ガイドライン作成合同委員会:“認知症疾患治療ガイドライン2010”コンパクト版2012,2,医学書院,20126)SekitaA,NinomiyaT,TanizakiYetal:TrendsinprevalenceofAlzheimer’sdiseaseandvasculardementiainaJapanesecommunity:theHisayamaStudy.ActaPsychiatrScand122:319-325,20107)畑田祐,橋本衛,池田学:【認知症の原因・予防から診断・治療まで】認知症の診断診断の進め方.臨床と研究91:873-878,20148)中井康貴,中山慎吾,古瀬徹:在宅認知症高齢者の介護・医療サービス利用家族介護者が感じる困難・負担感.厚生の指標59:23-29,2012***(161)あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016321