《原著》あたらしい眼科39(9):1266.1271,2022c片眼性に眼窩先端症候群をきたし,後に十二指腸原発びまん性大細胞型B細胞性悪性リンパ腫と診断された1例伊藤裕紀*1後藤健介*2平岩二郎*2*1中部ろうさい病院眼科*2江南厚生病院眼科CACaseofDuodenalDi.useLargeB-CellLymphomainwhichtheInitialSymptomwasOrbitalApexSyndromeHirokiIto1),KensukeGoto2)andJiroHiraiwa2)1)DepartmentofOphthalmology,ChubuRosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KonanKoseiHospitalC目的:眼窩部への圧迫と浸潤により症状が出現し,眼窩先端症候群を呈した転移性十二指腸原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)のC1例を報告する.症例:61歳,男性.2カ月前に右眼瞼腫脹が出現し,いったん改善するもその後再燃,さらに右眼球突出も出現したため,近医眼科より中部ろうさい病院紹介となった.初診時矯正小数視力は右眼光覚なし,左眼C1.5.右眼は眼球突出,眼球運動障害のほか,眼底には脈絡膜ひだがみられ,磁気共鳴画像診断にて右眼窩に腫瘤性病変がみられた.後日,腹痛にて近医内科を受診したところ,腹部にコンピュータ断層撮影にて軟部影がみられ,当院内科紹介となった.生検にて十二指腸原発CDLBCLと診断され,眼窩内腫瘍が転移巣であることが確認された.化学療法により腫瘍は縮小したが,失明に至った.結論:眼窩にCDLBCLが確認された場合,たとえ症状がなくとも原発巣の同定のためには腹部の腫瘍性病変の精査が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCmetastaticCdi.useClargeCB-celllymphoma(DLBCL)ofCtheCorbitCthatCcausedCorbitalapexsyndromeandoptic-nervedysfunction.Casereport:A61-year-oldmalewasreferredtoourdepart-mentwithexophthalmosandeyelidswellinginhisrighteye.Uponexamination,therewasnolightperceptionintheCrightCeyeCandCoculomotorCparalysisCwasCobserved.CMagneticCresonanceCimagingCrevealedCaCmassCinCtheCorbit,CthusCsupportingCorbitalCapexCsyndrome.CAfterCbeingCdiagnosedCasCmetastaticCDLBCLCviaCpathologicalCexaminationCofCtheCduodenum,CsystemicCchemotherapyCwasCinitiated.CTheCtumorCsizeCdecreased,CyetCvisualCacuityCdidCnotCimprove.CConclusion:ForCorbitalCDLBCLCpatients,CsearchingCforCneoplasticClesionsCinCtheCabdomenCmayCbeCanCimportantfactorforidenti.cationoftheprimarylesion,eveniftherearenoabdominalsymptoms.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1266.1271,C2022〕Keywords:眼窩先端症候群,悪性リンパ腫,化学療法.orbitalapexsyndrome,malignantlymphoma,chemo-therapy.Cはじめに眼付属器悪性リンパ腫は眼窩における発生例が多く,眼付属器に原発する場合と,隣接臓器や他臓器の悪性リンパ腫が眼付属器に浸潤,転移する続発性の場合がみられる.眼窩では筋円錐内外を満たすほどの腫瘤を形成する場合があり,眼球突出や眼球運動制限は診断のきっかけとなる.今回,右眼球突出,右眼瞼腫脹をきたし,後日腹部症状の出現により診断に至った十二指腸原発びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫(diffuseClargeCB-celllymphoma:DLBCL)のC1例を経験したので報告する.CI症例61歳,男性.右眼瞼腫脹のため近医眼科を受診.右眼瞼炎を疑われガチフロキサシン点眼液,フルオロメトロン点眼液を処方されいったん改善したが,その後発症時期は不明であるが右眼瞼下垂が出現し,前医受診のC2カ月後に再度右眼〔別刷請求先〕伊藤裕紀:〒455-8530愛知県名古屋市港区港明C1-10-6中部ろうさい病院眼科Reprintrequests:HirokiIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ChubuRosaiHospital,1-10-6Komei,Minato,Nagoya,Aichi455-8530,JAPANC1266(108)図1初診時の眼底写真,超音波画像とMRI画像右眼眼底に脈絡膜ひだ(Ca)を,超音波画像矢状断にて右眼眼窩部に眼球を圧迫する腫瘤性病変(Cb)を,MRI画像にて.の先端に円周状にCT1強調画像にて等信号(Cc),T2強調画像にて等信号.高信号(Cd),DWIにて高信号(Ce),ADCにてやや高信号(Cf)な所見があり,右眼球を圧排,眼窩尖部から眼窩内を占拠するC31C×25C×28Cmm大の腫瘤を認める.内部は腫瘍内出血をきたしているためCDWIにて信号の低下,ADCにて高信号を認める.図2病理画像の結果核腫大したCN/C比の高い異型細胞が密に増殖し,間質に浸潤する像(Ca)をみる.異型細胞は免疫染色にてCD20(Cb),MUM1(Cc),bcl-6(Cd)陽性であった.スケールバー:20Cμm.瞼腫脹が出現したため前医を受診,同点眼で症状改善がみられなかった.さらにC10日後,右眼眼球突出もみられたため中部ろうさい病院(以下,当院)眼科紹介となった.既往歴として高血圧,高脂血症,糖尿病があるが眼科既往はなかった.当院初診時,矯正小数視力は右眼光覚なし,左眼C1.5であった.右眼視力低下の自覚はあったとのことだが発症時期は不明であった.眼圧は右眼C13.0CmmHg,左眼C11.5CmmHg.相対的瞳孔求心路障害(relativeCafferentCpupillarydefect:RAPD)は右眼陽性.右眼は眼瞼下垂のため閉瞼しており,開瞼時上斜視のほか外転障害,上転障害,下転障害がみられた.眼球突出度は右眼C26.0mm,左眼C15.0mmであった.両眼の前眼部,中間透光体に特記すべき異常はみられなかったが,右眼眼底には脈絡膜ひだがみられ(図1a),超音波画像検査では右眼の眼球形態の変化を認め,眼窩部からの圧迫性病変が疑われた(図1b).そのため当日に緊急で磁気共鳴画像(magneticCresonancetomography:MRI)検査を行ったところ,右眼窩に腫瘤性病変がみられ,T1強調画像にて等信号,T2強調画像にて等信号.高信号,拡散強調画像(diffusionweightedCimage:DWI)にて高信号,apparentCdi.usioncoe.cient(ADC)マップにてやや高信号(図1c~f)を呈し,眼窩先端症候群の診断に至った.血液検査にて可溶性インターロイキン(interleukin:IL)-2受容体1,520CU/mlであり,眼窩悪性リンパ腫が疑われた.また,同じ週に腹部中心に鈍痛症状の持続があり,近医内科を受診し,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)にて腹部大動脈右側にC50Cmm大の軟部影がみられたため当院内科紹介となった.内科にて透視下胃十二指腸ファイバー検査を施行し,十二指腸病変の病理検査を施行したところ,核腫大した核・細胞質比(nucleo-cytoplasmicratio:N/C比)の高い異型細胞が密に増殖し,間質に浸潤する像がみられた.免疫染色にて異型細胞はCAE1/AE3陰性,CD20,MUM1,bcl-6陽性で,CD3,CD5,CD10,Cyclin-D1陰性,Ki-67陽性率はC90%以上だった(図2)ため,Hansらの分類法により非胚中心CB細胞型CB細胞リンパ腫と診断された.転移性悪性リンパ腫を疑い陽電子放出断層撮影(positronCemissionCtomogra-phy:PET)を施行,右眼窩内腫瘤,心臓に接する軟部腫瘤,膵尾部腹側の軟部腫瘤,下腸管膜動脈分岐レベル腹部大動脈右側の腫瘤,左外腸骨動脈腹側腫瘤に集積がみられた(図3).以上から,AnnArbor病期分類CIV期の多発転移性の十二指腸原発CDLBCLと当院血液内科で診断された.DLBCLに対して同科でリツキシマブ・シクロホスファミド・ドキソルビシン・ビンクリスチン・プレドニゾロンからなるR-CHOP療法をC6クール施行されたところ,腹腔内浸潤の縮小とともに眼窩病変も縮小(図4)し,眼球運動障害・眼瞼下垂は改善したが視力は改善しなかった.また,脈絡膜ひだは改善したが残存している.治療開始からC13カ月経過しているが,同科で化学療法継続中である.CII考按今回,片眼性の眼症状とほぼ同時期に腹部症状が出現し,十二指腸を原発とする眼窩転移性のCDLBCLのC1例を経験した.本症例は十二指腸に病変がみられ,十二指腸病変の生検に(111)d図3PETの結果転移性悪性リンパ腫を疑いCPETを施行したところ,右眼窩内腫瘤(Ca),心臓に接する軟部腫瘤(Cb),膵尾部腹側の軟部腫瘤(Cc),下腸管膜動脈分岐レベル腹部大動脈右側の腫瘤(Cd),左外腸骨動脈腹側腫瘤(Ce)に集積がみられた.よってCDLBCLと診断された.多発する悪性リンパ腫においてCLewinの基準1)では,病変の主体が十二指腸,小腸,大腸に存在すれば他臓器やリンパ節浸潤の有無にかかわらず腸管原発とみなされる.眼窩腫瘍に対しても生検による病理学的診断が望ましいが,眼窩腫瘍の扱いに慣れない一般眼科医にとっては生検にて眼窩病変を採取することは困難であることが多い.眼窩内悪性リンパ腫は一般的にCDWI高信号,ADC低信号2)であり,本症例はCADC高信号ではあるところは典型例からはずれているが,腫瘍内出血により灌流の影響を受けてCADC信号の上昇が起きたものと考えられる.また,眼窩病変と同時期に十二指腸や腹腔内に病変を認めたことを踏まえると,十二指腸を原発とした眼窩転移性のCDLBCLであると考えられた.本症例では腹部症状が強く,腹腔内多発転移がみられ,速やかに治療を開始する必要があったため,あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1269図4治療前後のMRI画像初診時に右眼窩尖部から眼窩内を占拠し,眼球を圧排していた腫瘤(Ca)は,治療後には縮小(Cb)しているのが確認された.眼窩病変の生検は行わずに化学療法を開始した.眼付属器病変も合わせるとCAnnArbor病期分類ではCIV期に該当しており,日本血液学会造血器腫瘍診療ガイドラインに沿ってCR-CHOP療法が施行された.施行後すべての腫瘤に対し縮小傾向がみられ,治療効果が確認された.同様に眼窩病変の縮小も認め,眼球運動や眼球突出,眼瞼下垂は改善したが光覚の回復はみられなかった.視力低下をきたした時期は不明だが,当院受診C2カ月前に眼瞼腫脹を認めており,同時期から眼窩病変が存在していた可能性が高いと思われる.十二指腸には濾胞性リンパ腫(follicularlymphoma:FL)やCMALT(mucosaCassociatedClymphoidtissue)リンパ腫といった低悪性度リンパ腫の発生頻度が高く,十二指腸にDLBCLなどの中悪性度リンパ腫を認めることはまれである3).一方,原発性眼窩悪性リンパ腫としてはCMALTリンパ腫が一番多く,DLBCLやCFLがC2番目に多いといった報告がある4,5).さらに眼窩が原発の悪性リンパ腫は眼窩悪性腫瘍のC43%6)を占めると報告されている.したがって,本症例のように十二指腸を原発とする眼窩転移性のCDLBCLの症例は少ないと考えられる.悪性リンパ腫は病変部によって症状の出現頻度は異なり,十二指腸におけるCDLBCLの場合,潰瘍型の病変であることが多く腸管壁の伸展性が比較的保たれ,管腔が狭小化していても腹部症状が出現することは少ない3).一方で,眼窩悪性リンパ腫が眼窩先端部に浸潤した場合は,視神経や動眼神経,外転神経,三叉神経などのさまざまな神経障害をきたすことが報告されている7.13).そのため本症例のように眼窩と十二指腸に病巣がある場合,原発巣の腹部症状よりも転移巣の眼窩病変による症状のほうが早期に出現することがある.したがって,眼窩悪性リンパ腫を疑った場合,症状の有無にかかわらず,十二指腸などの消化管を含めて早期に全身検査を行うことが重要である.眼窩後方に腫瘍が限局している場合,当院のように腫瘍の生検が困難な施設もあるため,大学病院などに紹介する前に消化管内視鏡検査を含めた全身精査を行うことで早期診断,早期加療につながるケースがあると思われる.CIII結論今回,片眼性の眼球突出・眼瞼腫脹で発見され,眼窩先端症候群により失明に至った転移性十二指腸原発CDLBCLのC1例を経験した.初診時に腹部症状がみられなくとも,消化管悪性リンパ腫の転移巣の可能性があるため,随伴症状の有無にかかわらず腹部を含め全身の腫瘍性病変を精査することが,原発巣の早期発見につながる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LewinCKJ,CRanchodCM,CDorfmanRF:LymphomasCofCtheCgastrointestinaltract;ACstudyCofC117CcasesCpresentingCwithgastrointestinaldisease.CancerC42:693-707,C19782)HaradomeK,HaradomeH,UsuiYetal:Orbitallympho-proliferativedisorders(OLPDs):valueofMRimagingfordi.erentiatingorbitallymphomafrombenignOPLDs.AmJNeuroradiolC35:1976-1982,C20143)赤松泰次,下平和久,野沢祐一ほか:十二指腸悪性リンパ腫の診断と治療.消化管内視鏡27:1142-1147,C20154)FerryJA,FungCY,ZukelbergLetal:Lymphomaoftheocularadnexa;ACstudyCofC353Ccases.CAmCJCSurgCPatholC31:170-184,C20075)瀧澤淳,尾山徳秀:節外リンパ腫の臓器別特徴と治療眼・眼付属器リンパ腫.日本臨牀C73(増刊号C8):614-618,C20156)後藤浩:眼部悪性腫瘍の診断と治療.東京医科大学雑誌C65:350-358,C20077)後藤理恵子,米崎雅史:三叉神経の単神経障害を初発症状とした悪性リンパ腫例.日本鼻科学会会誌C56:103-109,C2017C8)高橋ありさ,川田浩克,錦織奈美ほか:眼症状を伴った小児の副鼻腔原発CBurkittリンパ腫のC1例.眼臨紀C11:349-352,C20189)山本一宏,神田智子,中井麻佐子:Tolosa-Hunt症候群様症状を呈し,篩骨洞病変で診断された悪性リンパ腫のC1症例.日本鼻科学会会誌41:19-22,C200210)浅香力,三戸聡:外転神経麻痺で発症した蝶形骨洞悪性リンパ腫例.耳鼻咽喉科臨床補冊:48-52,201011)米澤淳子,安東えい子,手島倫子ほか:急速な増大を示した眼窩悪性リンパ腫のC1例.眼臨97:107-109,C200312)野澤祐輔,佐藤多嘉之,十亀淳史ほか:非ホジキンリンパ腫の一症例.北海道農村医学会雑誌41:100-102,C200913)三浦弘規,鎌田信悦,多田雄一郎ほか:当院における鼻腔・篩骨洞悪性腫瘍の検討.頭頸部癌39:21-26,C2013***