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片眼性に眼窩先端症候群をきたし,後に十二指腸原発びまん性 大細胞型B 細胞性悪性リンパ腫と診断された1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1266.1271,2022c片眼性に眼窩先端症候群をきたし,後に十二指腸原発びまん性大細胞型B細胞性悪性リンパ腫と診断された1例伊藤裕紀*1後藤健介*2平岩二郎*2*1中部ろうさい病院眼科*2江南厚生病院眼科CACaseofDuodenalDi.useLargeB-CellLymphomainwhichtheInitialSymptomwasOrbitalApexSyndromeHirokiIto1),KensukeGoto2)andJiroHiraiwa2)1)DepartmentofOphthalmology,ChubuRosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KonanKoseiHospitalC目的:眼窩部への圧迫と浸潤により症状が出現し,眼窩先端症候群を呈した転移性十二指腸原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)のC1例を報告する.症例:61歳,男性.2カ月前に右眼瞼腫脹が出現し,いったん改善するもその後再燃,さらに右眼球突出も出現したため,近医眼科より中部ろうさい病院紹介となった.初診時矯正小数視力は右眼光覚なし,左眼C1.5.右眼は眼球突出,眼球運動障害のほか,眼底には脈絡膜ひだがみられ,磁気共鳴画像診断にて右眼窩に腫瘤性病変がみられた.後日,腹痛にて近医内科を受診したところ,腹部にコンピュータ断層撮影にて軟部影がみられ,当院内科紹介となった.生検にて十二指腸原発CDLBCLと診断され,眼窩内腫瘍が転移巣であることが確認された.化学療法により腫瘍は縮小したが,失明に至った.結論:眼窩にCDLBCLが確認された場合,たとえ症状がなくとも原発巣の同定のためには腹部の腫瘍性病変の精査が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCmetastaticCdi.useClargeCB-celllymphoma(DLBCL)ofCtheCorbitCthatCcausedCorbitalapexsyndromeandoptic-nervedysfunction.Casereport:A61-year-oldmalewasreferredtoourdepart-mentwithexophthalmosandeyelidswellinginhisrighteye.Uponexamination,therewasnolightperceptionintheCrightCeyeCandCoculomotorCparalysisCwasCobserved.CMagneticCresonanceCimagingCrevealedCaCmassCinCtheCorbit,CthusCsupportingCorbitalCapexCsyndrome.CAfterCbeingCdiagnosedCasCmetastaticCDLBCLCviaCpathologicalCexaminationCofCtheCduodenum,CsystemicCchemotherapyCwasCinitiated.CTheCtumorCsizeCdecreased,CyetCvisualCacuityCdidCnotCimprove.CConclusion:ForCorbitalCDLBCLCpatients,CsearchingCforCneoplasticClesionsCinCtheCabdomenCmayCbeCanCimportantfactorforidenti.cationoftheprimarylesion,eveniftherearenoabdominalsymptoms.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1266.1271,C2022〕Keywords:眼窩先端症候群,悪性リンパ腫,化学療法.orbitalapexsyndrome,malignantlymphoma,chemo-therapy.Cはじめに眼付属器悪性リンパ腫は眼窩における発生例が多く,眼付属器に原発する場合と,隣接臓器や他臓器の悪性リンパ腫が眼付属器に浸潤,転移する続発性の場合がみられる.眼窩では筋円錐内外を満たすほどの腫瘤を形成する場合があり,眼球突出や眼球運動制限は診断のきっかけとなる.今回,右眼球突出,右眼瞼腫脹をきたし,後日腹部症状の出現により診断に至った十二指腸原発びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫(diffuseClargeCB-celllymphoma:DLBCL)のC1例を経験したので報告する.CI症例61歳,男性.右眼瞼腫脹のため近医眼科を受診.右眼瞼炎を疑われガチフロキサシン点眼液,フルオロメトロン点眼液を処方されいったん改善したが,その後発症時期は不明であるが右眼瞼下垂が出現し,前医受診のC2カ月後に再度右眼〔別刷請求先〕伊藤裕紀:〒455-8530愛知県名古屋市港区港明C1-10-6中部ろうさい病院眼科Reprintrequests:HirokiIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ChubuRosaiHospital,1-10-6Komei,Minato,Nagoya,Aichi455-8530,JAPANC1266(108)図1初診時の眼底写真,超音波画像とMRI画像右眼眼底に脈絡膜ひだ(Ca)を,超音波画像矢状断にて右眼眼窩部に眼球を圧迫する腫瘤性病変(Cb)を,MRI画像にて.の先端に円周状にCT1強調画像にて等信号(Cc),T2強調画像にて等信号.高信号(Cd),DWIにて高信号(Ce),ADCにてやや高信号(Cf)な所見があり,右眼球を圧排,眼窩尖部から眼窩内を占拠するC31C×25C×28Cmm大の腫瘤を認める.内部は腫瘍内出血をきたしているためCDWIにて信号の低下,ADCにて高信号を認める.図2病理画像の結果核腫大したCN/C比の高い異型細胞が密に増殖し,間質に浸潤する像(Ca)をみる.異型細胞は免疫染色にてCD20(Cb),MUM1(Cc),bcl-6(Cd)陽性であった.スケールバー:20Cμm.瞼腫脹が出現したため前医を受診,同点眼で症状改善がみられなかった.さらにC10日後,右眼眼球突出もみられたため中部ろうさい病院(以下,当院)眼科紹介となった.既往歴として高血圧,高脂血症,糖尿病があるが眼科既往はなかった.当院初診時,矯正小数視力は右眼光覚なし,左眼C1.5であった.右眼視力低下の自覚はあったとのことだが発症時期は不明であった.眼圧は右眼C13.0CmmHg,左眼C11.5CmmHg.相対的瞳孔求心路障害(relativeCafferentCpupillarydefect:RAPD)は右眼陽性.右眼は眼瞼下垂のため閉瞼しており,開瞼時上斜視のほか外転障害,上転障害,下転障害がみられた.眼球突出度は右眼C26.0mm,左眼C15.0mmであった.両眼の前眼部,中間透光体に特記すべき異常はみられなかったが,右眼眼底には脈絡膜ひだがみられ(図1a),超音波画像検査では右眼の眼球形態の変化を認め,眼窩部からの圧迫性病変が疑われた(図1b).そのため当日に緊急で磁気共鳴画像(magneticCresonancetomography:MRI)検査を行ったところ,右眼窩に腫瘤性病変がみられ,T1強調画像にて等信号,T2強調画像にて等信号.高信号,拡散強調画像(diffusionweightedCimage:DWI)にて高信号,apparentCdi.usioncoe.cient(ADC)マップにてやや高信号(図1c~f)を呈し,眼窩先端症候群の診断に至った.血液検査にて可溶性インターロイキン(interleukin:IL)-2受容体1,520CU/mlであり,眼窩悪性リンパ腫が疑われた.また,同じ週に腹部中心に鈍痛症状の持続があり,近医内科を受診し,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)にて腹部大動脈右側にC50Cmm大の軟部影がみられたため当院内科紹介となった.内科にて透視下胃十二指腸ファイバー検査を施行し,十二指腸病変の病理検査を施行したところ,核腫大した核・細胞質比(nucleo-cytoplasmicratio:N/C比)の高い異型細胞が密に増殖し,間質に浸潤する像がみられた.免疫染色にて異型細胞はCAE1/AE3陰性,CD20,MUM1,bcl-6陽性で,CD3,CD5,CD10,Cyclin-D1陰性,Ki-67陽性率はC90%以上だった(図2)ため,Hansらの分類法により非胚中心CB細胞型CB細胞リンパ腫と診断された.転移性悪性リンパ腫を疑い陽電子放出断層撮影(positronCemissionCtomogra-phy:PET)を施行,右眼窩内腫瘤,心臓に接する軟部腫瘤,膵尾部腹側の軟部腫瘤,下腸管膜動脈分岐レベル腹部大動脈右側の腫瘤,左外腸骨動脈腹側腫瘤に集積がみられた(図3).以上から,AnnArbor病期分類CIV期の多発転移性の十二指腸原発CDLBCLと当院血液内科で診断された.DLBCLに対して同科でリツキシマブ・シクロホスファミド・ドキソルビシン・ビンクリスチン・プレドニゾロンからなるR-CHOP療法をC6クール施行されたところ,腹腔内浸潤の縮小とともに眼窩病変も縮小(図4)し,眼球運動障害・眼瞼下垂は改善したが視力は改善しなかった.また,脈絡膜ひだは改善したが残存している.治療開始からC13カ月経過しているが,同科で化学療法継続中である.CII考按今回,片眼性の眼症状とほぼ同時期に腹部症状が出現し,十二指腸を原発とする眼窩転移性のCDLBCLのC1例を経験した.本症例は十二指腸に病変がみられ,十二指腸病変の生検に(111)d図3PETの結果転移性悪性リンパ腫を疑いCPETを施行したところ,右眼窩内腫瘤(Ca),心臓に接する軟部腫瘤(Cb),膵尾部腹側の軟部腫瘤(Cc),下腸管膜動脈分岐レベル腹部大動脈右側の腫瘤(Cd),左外腸骨動脈腹側腫瘤(Ce)に集積がみられた.よってCDLBCLと診断された.多発する悪性リンパ腫においてCLewinの基準1)では,病変の主体が十二指腸,小腸,大腸に存在すれば他臓器やリンパ節浸潤の有無にかかわらず腸管原発とみなされる.眼窩腫瘍に対しても生検による病理学的診断が望ましいが,眼窩腫瘍の扱いに慣れない一般眼科医にとっては生検にて眼窩病変を採取することは困難であることが多い.眼窩内悪性リンパ腫は一般的にCDWI高信号,ADC低信号2)であり,本症例はCADC高信号ではあるところは典型例からはずれているが,腫瘍内出血により灌流の影響を受けてCADC信号の上昇が起きたものと考えられる.また,眼窩病変と同時期に十二指腸や腹腔内に病変を認めたことを踏まえると,十二指腸を原発とした眼窩転移性のCDLBCLであると考えられた.本症例では腹部症状が強く,腹腔内多発転移がみられ,速やかに治療を開始する必要があったため,あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1269図4治療前後のMRI画像初診時に右眼窩尖部から眼窩内を占拠し,眼球を圧排していた腫瘤(Ca)は,治療後には縮小(Cb)しているのが確認された.眼窩病変の生検は行わずに化学療法を開始した.眼付属器病変も合わせるとCAnnArbor病期分類ではCIV期に該当しており,日本血液学会造血器腫瘍診療ガイドラインに沿ってCR-CHOP療法が施行された.施行後すべての腫瘤に対し縮小傾向がみられ,治療効果が確認された.同様に眼窩病変の縮小も認め,眼球運動や眼球突出,眼瞼下垂は改善したが光覚の回復はみられなかった.視力低下をきたした時期は不明だが,当院受診C2カ月前に眼瞼腫脹を認めており,同時期から眼窩病変が存在していた可能性が高いと思われる.十二指腸には濾胞性リンパ腫(follicularlymphoma:FL)やCMALT(mucosaCassociatedClymphoidtissue)リンパ腫といった低悪性度リンパ腫の発生頻度が高く,十二指腸にDLBCLなどの中悪性度リンパ腫を認めることはまれである3).一方,原発性眼窩悪性リンパ腫としてはCMALTリンパ腫が一番多く,DLBCLやCFLがC2番目に多いといった報告がある4,5).さらに眼窩が原発の悪性リンパ腫は眼窩悪性腫瘍のC43%6)を占めると報告されている.したがって,本症例のように十二指腸を原発とする眼窩転移性のCDLBCLの症例は少ないと考えられる.悪性リンパ腫は病変部によって症状の出現頻度は異なり,十二指腸におけるCDLBCLの場合,潰瘍型の病変であることが多く腸管壁の伸展性が比較的保たれ,管腔が狭小化していても腹部症状が出現することは少ない3).一方で,眼窩悪性リンパ腫が眼窩先端部に浸潤した場合は,視神経や動眼神経,外転神経,三叉神経などのさまざまな神経障害をきたすことが報告されている7.13).そのため本症例のように眼窩と十二指腸に病巣がある場合,原発巣の腹部症状よりも転移巣の眼窩病変による症状のほうが早期に出現することがある.したがって,眼窩悪性リンパ腫を疑った場合,症状の有無にかかわらず,十二指腸などの消化管を含めて早期に全身検査を行うことが重要である.眼窩後方に腫瘍が限局している場合,当院のように腫瘍の生検が困難な施設もあるため,大学病院などに紹介する前に消化管内視鏡検査を含めた全身精査を行うことで早期診断,早期加療につながるケースがあると思われる.CIII結論今回,片眼性の眼球突出・眼瞼腫脹で発見され,眼窩先端症候群により失明に至った転移性十二指腸原発CDLBCLのC1例を経験した.初診時に腹部症状がみられなくとも,消化管悪性リンパ腫の転移巣の可能性があるため,随伴症状の有無にかかわらず腹部を含め全身の腫瘍性病変を精査することが,原発巣の早期発見につながる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LewinCKJ,CRanchodCM,CDorfmanRF:LymphomasCofCtheCgastrointestinaltract;ACstudyCofC117CcasesCpresentingCwithgastrointestinaldisease.CancerC42:693-707,C19782)HaradomeK,HaradomeH,UsuiYetal:Orbitallympho-proliferativedisorders(OLPDs):valueofMRimagingfordi.erentiatingorbitallymphomafrombenignOPLDs.AmJNeuroradiolC35:1976-1982,C20143)赤松泰次,下平和久,野沢祐一ほか:十二指腸悪性リンパ腫の診断と治療.消化管内視鏡27:1142-1147,C20154)FerryJA,FungCY,ZukelbergLetal:Lymphomaoftheocularadnexa;ACstudyCofC353Ccases.CAmCJCSurgCPatholC31:170-184,C20075)瀧澤淳,尾山徳秀:節外リンパ腫の臓器別特徴と治療眼・眼付属器リンパ腫.日本臨牀C73(増刊号C8):614-618,C20156)後藤浩:眼部悪性腫瘍の診断と治療.東京医科大学雑誌C65:350-358,C20077)後藤理恵子,米崎雅史:三叉神経の単神経障害を初発症状とした悪性リンパ腫例.日本鼻科学会会誌C56:103-109,C2017C8)高橋ありさ,川田浩克,錦織奈美ほか:眼症状を伴った小児の副鼻腔原発CBurkittリンパ腫のC1例.眼臨紀C11:349-352,C20189)山本一宏,神田智子,中井麻佐子:Tolosa-Hunt症候群様症状を呈し,篩骨洞病変で診断された悪性リンパ腫のC1症例.日本鼻科学会会誌41:19-22,C200210)浅香力,三戸聡:外転神経麻痺で発症した蝶形骨洞悪性リンパ腫例.耳鼻咽喉科臨床補冊:48-52,201011)米澤淳子,安東えい子,手島倫子ほか:急速な増大を示した眼窩悪性リンパ腫のC1例.眼臨97:107-109,C200312)野澤祐輔,佐藤多嘉之,十亀淳史ほか:非ホジキンリンパ腫の一症例.北海道農村医学会雑誌41:100-102,C200913)三浦弘規,鎌田信悦,多田雄一郎ほか:当院における鼻腔・篩骨洞悪性腫瘍の検討.頭頸部癌39:21-26,C2013***

強膜バックリング術後に眼窩先端症候群を呈し診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の1例

2020年8月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(8):1018.1021,2020c強膜バックリング術後に眼窩先端症候群を呈し診断に苦慮した肥厚性硬膜炎の1例渡邊未奈*1,2蕪城俊克*1武島聡史*1武田義玄*1高木理那*1田中克明*1榛村真智子*1木下望*1高野博子*1梯彰弘*1*1自治医科大学附属さいたま医療センター眼科*2独立行政法人地域医療機能推進機構さいたま北部医療センター眼科CACaseofHypertrophicPachymeningitisComplicatedbyOrbitalApexSyndromeafterScleralBucklingMinaWatanabe1,2),ToshikatsuKaburaki1),SatoshiTakeshima1),YoshiharuTakeda1),RinaTakagi1),YoshiakiTanaka1),MachikoShimmura1),NozomiKinoshita1),HirokoTakano1)andAkihiroKakehashi1)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,SaitamaNorthMedicalCenterC目的:強膜バックリング手術施行後に眼窩先端症候群を呈し,のちにCANCA関連血管炎による肥厚性硬膜炎と診断された症例を経験したので報告する.症例:78歳,男性.左眼下鼻側裂孔原性網膜.離に対し,強膜バックリングを施行.退院後再診日,左眼矯正C0.01と高度の視力低下に加え左眼の視野欠損,動眼・外転・滑車神経麻痺を認めた.左眼の眼窩先端症候群を疑い,ステロイド内服を開始したところ,視力と眼球運動制限の著明な改善と炎症反応低下を認め,治療開始C4カ月後には患眼の矯正視力はC1.2まで回復した.その後,発症C4カ月後頃から嘔気・頭痛症状に加え,右眼の外転神経麻痺を認めた.頭部造影CMRIを施行したところ硬膜の著明な肥厚を認めた.髄液圧は正常であったため低髄液圧症候群は否定的であり,ANCA関連血管炎を背景とした肥厚性硬膜炎の診断に至った.結論:原因がはっきりしない眼窩先端症候群では,肥厚性硬膜炎の可能性を考え頭部造影CMRIの撮像が必須である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCorbitalCapexCsyndromeCfollowingCscleralCbuckling,ClaterCdiagnosedCasChypertro-phicCpachymeningitis,CpossiblyCdueCtoCantineutrophilCcytoplasmicCantibody-associatedvasculitis(AAV).CCase:A78-year-oldCmaleCunderwentCscleralCbucklingCinChisCleftCeye.CAfterCdischarge,CparalysisCinCtheCoculomotorCnerve,CabductionCnerve,CandCtrochlearCnerve,CasCwellCasCsevereCvisualCdisturbance,CwasCobservedCinChisCleftCeye.COrbitalCapexsyndromewassuspected,andoralprednisolonewasadministrated.Posttreatment,hisvisualacuitymarkedlyimproved.CHowever,CatC4-monthsCpostConset,CabductionCnerveCparalysisCinCtheCrightCeyeCoccurredCsimultaneouslyCwithnauseaandheadache.Contrast-enhancedbrainmagneticresonanceimaging(MRI)revealedmarkedthicken-ingofthedura,thusleadingtothediagnosisofhypertrophicpachymeningitis(HP),withAAVpossiblybeingthecause.CConclusion:IfCorbitalCapexCsyndromeCofCanCunknownCcauseCisCobserved,Ccontrast-enhancedCbrainCMRICisCindispensablewhenconsideringthepossibilityofHP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1018.1021,C2020〕Keywords:肥厚性硬膜炎,ANCA関連血管炎,眼窩先端症候群,頭痛,造影MRI.hypertrophicpachymeningi-tis,ANCA-associatedvasculitis,orbitalapexsyndrome,headache,contrast-enhancedMRI.Cはじめに日本人での発症年齢は平均C58.3±15.8歳で2),ほぼ全例で頭肥厚性硬膜炎は,頭蓋底近傍硬膜の慢性炎症性病変による痛・眼窩深部痛を認めるといわれている1).比較的まれな疾頭痛,脳神経麻痺,小脳失調などの神経症状を,眼症状とし患とされていたが,近年のCMRIをはじめとする画像診断のては視力障害,複視,乳頭腫脹などを呈する疾患である1).進歩によりわが国での報告が散見されている.肥厚性硬膜炎〔別刷請求先〕渡邊未奈:〒330-8503さいたま市大宮区天沼町C1-847自治医科大学附属さいたま医療センター眼科Reprintrequests:MinaWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,JichiMedicalUniversity,1-847CAmanuma,Omiya,Saitama330-8503,JAPANC1018(118)の原因として,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcyto-plasmicantibody:ANCA)関連血管炎,IgG4関連疾患,サルコイドーシス,関節リウマチなどが報告されているが3),今回,網膜.離に対して強膜バックリング手術を施行後に多発脳神経麻痺を呈し,後にCANCA関連血管炎による肥厚性硬膜炎と診断された症例を経験した.原因不明の多発脳神経麻痺に遭遇した場合には,本疾患を鑑別疾患として疑い,頭部造影CMRIでの精査行うことの重要性を再認識する教育的な知見が得られたため,ここに報告する.CI症例患者:78歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:前立腺肥大症,55歳時CGuillain-Barre症候群.家族歴:特記事項なし.現病歴:3日前より左眼に飛蚊症を自覚,近医眼科にて左眼網膜.離を指摘され自治医科大学附属さいたま医療センター眼科を紹介受診した.初診時矯正視力は両眼ともC1.2,左眼下鼻側周辺部に裂孔原性網膜.離(図1)を認めた.受診同日に緊急入院となり,全身麻酔下で左眼強膜バックリング法による網膜復位術を施行した.術翌日より網膜復位が得られ,経過良好のため術後C7日目に退院となった.術後C14日目の再診日,左眼矯正視力C0.01と急激な視力低下を認めた.左眼前眼部,中間透光体,眼底に異常所見はなく,網膜.離の再発や視神経乳頭腫脹は認めなかった.しかし,左眼瞼下垂および全方向性の眼球運動障害を認め,動眼・外転・滑車神経麻痺が疑われた.頭痛や眼球運動時痛,顎跛行は認めなかった.左眼限界フリッカ値はC15CHzと低下しており,Goldmann視野検査(図2)でも高度の左視野狭窄・中心暗点を認めた.蛍光眼底造影検査では,造影早期の視神経乳頭周囲の脈絡膜充盈遅延を認めた.血液検査では赤図2バックリング術後14日目左眼Goldmann視野検査高度の左視野狭窄・中心暗点を認めた.血球沈降速度C1時間値C63Cmm,C反応性蛋白(CRP)0.41と亢進していた.鑑別疾患として脳動脈瘤,脳腫瘍のほか,動脈炎性虚血性視神経症,Fisher症候群,重症筋無力症,眼窩先端症候群などが考えられた.頭部単純CCT,単純CMRI,単純CMRAを施行したが,いずれも明らかな異常所見は認めなかった.検査結果と臨床所見から血管炎に伴う虚血性視神経症および眼窩先端症候群を疑い,プレドニゾロン(以下,PSL)内服C30mg/日を開始した.治療開始より矯正視力と眼球運動制限の著明な改善,炎症反応低下が認められたため(図3),PSL内服を漸減した.治療開始C2カ月後には患眼の矯正視力はC1.2まで改善,眼球運動制限もほぼ寛解した.一方,血液検査でCmyeloperoxidase-ANCA(MPO-ANCA)がC16.5CIU/ml(基準値C3.5CIU/ml以下),proteinaseC3CANCA(PR3-ANCA)がC9.9CIU/ml(基準値C2.0CIU/ml以下)と陽性図1初診時左眼眼底写真左眼下鼻側に丈の浅い裂孔原性網膜.離を認めた.0.70.60.50.40.30.20.10治療開始5日後2週間後3週間後1カ月後図3ステロイド内服開始から1カ月の経過概要プレドニゾロン(PSL)内服治療により矯正視力の改善を認めた.a図4発症4カ月後の頭部単純CTおよび頭部ガドリニウム造影MRIa:頭部単純CT.凸レンズ状のCcysticlesionを認め,慢性硬膜下水腫が疑われた.Cb,c:頭部ガドリニウム造影CMRIT1強調画像.硬膜全体の著明な肥厚(.)を認めた.図5治療開始1年6カ月後の左眼Goldmann視野検査視野狭窄・中心暗点は著明に改善した.であることが判明し,背景に全身性血管炎が疑われたため,膠原病内科へ紹介となった.腫瘍やサルコイドーシス,真菌感染,結核感染を疑う検査結果や画像所見は認めなかった.膠原病内科で診察および追加検査を行ったが,すでにステロイド内服が開始されていたこともあり,ANCA関連血管炎を疑う臨床症状は認められず,診断には至らなかった.その後の経過は安定していたが,ステロイド内服をC15mg/日まで減少した発症C4カ月後頃から頭痛・嘔気症状とともに僚眼(右眼)の外転神経麻痺を認めた.視力低下は認めず,神経内科医による診察では,右外転神経単独麻痺との診断であった.頭部単純CCTを施行したところ,両側の前頭葉から側頭葉にかけての脳表に凸レンズ状のCcysticlesionを認め(図4a),慢性硬膜下水腫が疑われた.しかし,それ以外は年齢相応の脳萎縮がみられるのみで,頭蓋内圧亢進による頭痛や嘔吐は否定的であり,右眼外転神経麻痺の原因も不明であった.頭痛,嘔気,外転神経麻痺などの症状とこれまでの臨床経過から肥厚性硬膜炎の可能性を疑い,頭部ガドリニウム造影CMRIを施行したところ,硬膜全体の造影効果を伴う著明な肥厚を認めた(図4b,c).髄液検査は細胞数C14/3μl個(基準値C0.5個以下),総蛋白C76Cmg/dl(基準値C15.50Cmg/dl以下)と軽度上昇,髄圧はC390CmmHC2Oと高値であった.血液,髄液,培養所見からは感染性髄膜炎は否定的であった.末梢血炎症反応の著明な上昇とCMPO-ANCAの再上昇が認められたこと,一連のステロイド用量依存性の多発脳神経麻痺や頭痛などの臨床症状,および造影CMRIでの硬膜全体の肥厚所見から,ANCA関連血管炎を背景とした肥厚性硬膜炎と診断した.入院のうえCPSL20Cmg内服を水溶性CPSL30Cmg静脈内注射に増量したところ,頭痛・嘔気症状と右眼外転神経麻痺は改善を認めた.入院C2週間後には退院となり,退院後は経口アザチオプリン(AZA)100Cmg/日を追加してCPSL内服は漸減した.しかし,PSLをC17.5Cmg/日まで減量した頃よりCCRPの再上昇を認めたため,退院C5カ月後より経口シクロフォスファミド(CPA)をC50Cmg/日から開始しC100Cmg/日まで増量し,炎症反応は改善した.CPAは計C10Cg使用したが,CPAからCAZAに戻したところ一時的な発熱と肝酵素の上昇を認めたためCAZAは中止とした.その後,発症C16カ月後にMPO-ANCAの再上昇を認めたため,PSL40Cmgに増量,以降は漸減しながら経口メトトレキサートC4Cmg/週を追加した後,リツキシマブC500Cmg静注をC2.4カ月ごとに計C6回投与した.視機能については発症当初の左眼の視力障害はステロイド治療により矯正視力C1.2まで回復,左眼の視野障害も著明に改善した(図5).その後両眼に白内障進行による視力低下を認め,左眼は発症C2年C8カ月後に白内障手術を施行,右眼も白内障手術を施行予定である.発症C3年C6カ月後の最終観察時の矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.2で,眼球運動制限に関しても完全寛解の状態を維持している.II考按眼窩先端症候群は視神経管と上眼窩裂に病変の主座をもち,視神経管と上眼窩裂を通る視神経,動眼神経,三叉神経第一枝(眼神経),外転神経に障害を起こす症候群で,全方向性の眼筋麻痺,三叉神経痛,視神経障害を起こす.原因として眼窩先端部の炎症,感染,腫瘍のほか,外傷性,血管性があるとされ,多種多様な疾患が原因となりうる4).頭部CCT,MRI検査は必須であり,とくに脂肪抑制を行ったCSTIR法で眼窩部を撮影し,炎症性が疑われる場合にはガドリニウム造影,血管腫が疑われる場合にはCMRangiographyを追加して行う.感染性や自己免疫疾患が疑われる場合には,末梢血検査,CRPなどの一般血液検査に加え,抗核抗体,CMPO-ANCA,PR3-ANCAなどの自己抗体検査,胸部CX線撮影,髄液検査などが必要となる4).一方,肥厚性硬膜炎は頭蓋底近傍硬膜の慢性炎症性病変により,さまざまな神経症状を呈する疾患である.肥厚性硬膜炎の臨床症状として頭痛,脳神経麻痺,小脳失調,視力障害,複視などをきたすといわれているが,なかでも頭痛はもっとも多い臨床症状とされている1).わが国での報告では,肥厚性硬膜炎において脳神経障害はC61%にみられ,そのうち視神経障害はC43%と最多で,動眼神経・滑車神経・外転神経障害もC40%にみられるなど眼科領域の所見の頻度が高いとされている5).これは硬膜肥厚の好発部位が小脳テント,頭蓋底部,海綿静脈洞部であり,視神経,動眼神経,滑車神経,眼神経,外転神経の走行に近接することによるものと考えられている5).肥厚性硬膜炎による多発脳神経麻痺の病態としては,肥厚した硬膜による直接圧迫・循環障害,神経周膜への炎症細胞浸潤,脳圧亢進などが推測されている6).肥厚性硬膜炎の確立した診断基準はいまだなく確定診断は硬膜生検であるが,侵襲性などの面から生検を行うことはまれであり,臨床的には造影CMRIでの画像診断が用いられること多い7).肥厚性硬膜炎の硬膜肥厚はCMRIではCT1強調画像で低または等信号,T2強調画像で高信号,線維成分の増加につれて低信号を示し,ガドリニウム造影CT1強調画像で著明な造影効果を示す6).しかし,単純CMRIや頭部CCTではしばしば診断が困難であり,ガドリニウム造影CMRIが診断に有用であるとされている8,9).また,硬膜と骨髄脂肪との区別を明確にするためには造影とともに脂肪抑制を行うことが望ましい9,10).本症例では全身麻酔下でのバックリング手術後の多発脳神経麻痺ということもあり,当初緊急性の高い頭蓋内疾患を疑い,頭部単純CCTとCMRIを施行した.MRIを造影せずに施行したことに加え,頭痛症状がなかったこと,末梢血炎症反応の上昇を伴う突然の急激な視力低下のため,血管炎に伴う虚血性視神経症を疑いステロイド投与を急いだことで検査所見や症状がマスクされ,肥厚性硬膜炎の診断に至るまでに時間を要する結果となった.肥厚性硬膜炎の随伴症状として強膜炎や漿液性網膜.離を伴う報告もあるが8),裂孔原性網膜.離術後に肥厚性硬膜炎を発症したという報告はない.今回の症例の網膜.離については蛍光眼底造影検査の所見からは血管炎を疑わせる所見はなく,術後復位が確認されていたこともあり,裂孔原性網膜.離とCANCA関連血管炎・肥厚性硬膜炎には因果関係はないものと考える.一方,本症例の慢性硬膜下水腫を伴う硬膜肥厚のCMRI所見は低髄液圧症候群が原因である可能性も考えられたが,腰椎穿刺時の初圧が高値であったこと,ANCAの抗体価と臨床症状の相関性,ステロイド用量依存性の改善がみられたことからも低髄液圧症候群は否定的であり,ANCA関連血管炎に合併した肥厚性硬膜炎と考えた.今回,強膜バックリング施行後に,ANCA関連血管炎に合併した肥厚性硬膜炎による眼窩先端症候群のC1例を経験した.原因のはっきりしない多発脳神経麻痺を認めた場合には,頭痛の有無にかかわらず肥厚性硬膜炎の可能性を考え,頭部造影CMRIを施行することが早期診断・治療に直接寄与し必須であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KupersmithMJ,MartinV,HellerGetal:Idiopathichyper-trophicCpachymeningitis.NeurologyC62:686-694,C20042)YonekawaT,MuraiH,UtsukiSetal:Anationwidesur-veyCofChypertrophicCpachymeningitisCinCJapan.CJCNeurolCNeurosurgPsychiatryC85:732-739,C20143)RudnikA,LaryszD,GamrotJetal:Idiopathichypertro-phicCpachymeningitis─caseCreportCandCliteratureCreview.CFoliaNeuropatholC45:36-42,C20074)栗本拓治:眼窩先端部症候群・上眼窩裂症候群.これならわかる神経眼科(根木昭編),眼科プラクティス5,p236-238,文光堂,20055)植田晃広,上田真努香,三原貴照ほか:肥厚性硬膜炎の臨床像とステロイド治療法に関するC1考察:自験C3症例と文献例C66症例からの検討.臨床神経C51:243-247,C20116)河内泉,西澤正豊:肥厚性硬膜炎.日内会誌C99:1821-1829,C20107)福田美穂,木村亜紀子,増田明子ほか:両耳側半盲を呈した肥厚性硬膜炎のC1例.神経眼科C36:60-65,C20198)福本嘉一,仙石昭仁,宮崎勝徳ほか:漿液性網膜.離を呈した肥厚性硬膜炎のC1例.臨眼C71:1057-1062,C20179)安達功武,伊藤忠,佐藤章子:造影CMRIが診断に有用であった眼窩先端部病変のC2症例.臨眼C68:1741-1748,C201410)橋本雅人:肥厚性硬膜炎による視神経症.眼科C55:667-672,C2013C

眼窩深部痛で発症し眼窩先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症の1例

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1705.1708,2012c眼窩深部痛で発症し眼窩先端症候群をきたした副鼻腔アスペルギルス症の1例竇一博中静隆之佐藤新兵岸本修一上順子森樹郎虎の門病院眼科ACaseofParanasalSinusFungalInfectionDevelopingOrbitalApexSyndromeKazuhiroDou,TakayukiNakashizuka,ShinpeiSato,ShuichiKishimoto,JunkoKamiandMikiroMoriDepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital緒言:副鼻腔真菌症は浸潤型と非浸潤型に分類される.免疫不全患者に発生しやすい浸潤型では眼窩先端症候群を呈することがあり,生命予後も不良である.今回,頭痛を初発症状として,眼窩先端症候群をきたした副鼻腔真菌症の1例を経験したので報告する.症例:2型糖尿病を有し,血液透析療法中の76歳,男性.頭痛,右眼痛のため脳神経外科,神経内科受診するも原因不明.当科受診時は異常を認めなかったが,1カ月後の再診時には視力低下,中心フリッカー値低下を認めた.Magneticresonanceimaging(MRI)では右視神経周囲に高信号域を認め,造影computedtomography(CT)では右下眼窩裂が開大しその内部は軟部組織濃度であった.耳鼻咽喉科・脳神経外科との協診にてステロイドパルス療法が選択されたが,1週間後に病状は増悪し,右眼光覚消失,全眼球運動障害が出現した.b-d-グルカン値が上昇したため生検を行ったところ,Aspergillusfumigatusが検出され診断に至った.抗真菌薬投与,副鼻腔ドレナージを行うも右下眼窩裂の軟部組織病変から隣接する篩骨洞,蝶形骨洞,上顎洞へ感染拡大したたため,副鼻腔根治術を施行した.その後,眼球運動は回復したが光覚を失ったままであった.退院後18カ月経過しているが,再発は認めていない.結語:高齢者,糖尿病といった易感染性の背景をもつ患者が眼窩先端症候群を呈する場合には他科と協力し,真菌感染症を念頭において診療すべきである.Weexperiencedacaseofparanasalsinusfungalinfectionthatdevelopedorbitalapexsyndrome.Thepatient,a76-year-oldmalewithdiabetesmellituswhowasreceivingperiodichemodialysis,complainedofrightperiorbitalpainandheadache,thecauseofwhichcouldnotbedeterminedbyneurologists.Onemonthlater,thevisualacuityofhisrighteyedecreased(0.3);magneticresonanceimagingshowedenhancementaroundtherightopticnerveandcomputedtomographydisclosedadilatedinferiororbitalfissurefilledwithaninhomogeneousmass.OpticneuritisandTolosa-Huntsyndromewasstronglysuspected;steroidpulsetherapywaschosen.Oneweeklater,hisheadachehadreduced,whereashisrighteyehadlostlightsensationanddevelopedophthalmoplegia.Bloodtestrevealedelevatedb-d-glucan;nasalendoscopicbiopsyidentifiedAspergillusfumigatus.Afterantifungaltherapythepatientunderwentdebridementsurgery,whichreducedophthalmoplegiabutdidnotrestorelightsensation.At18monthsafterthesurgerytheoralantifungalagentisstillbeingadministered,withoutdiseaserelapse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1705.1708,2012〕Keywords:眼痛,副鼻腔真菌症,眼窩先端症候群,Tolosa-Hunt症候群.periorbitalpain,paranasalsinusfungalinfection,orbitalapexsyndrome,Tolosa-Huntsyndrome.はじめにて,眼窩先端症候群をきたした副鼻腔真菌症の1例を経験し副鼻腔真菌症は浸潤型と非浸潤型に分類される.免疫不全たので報告する.患者に発生しやすい浸潤型では眼窩先端症候群を呈することがあり,生命予後も不良である.今回,頭痛を初発症状とし〔別刷請求先〕竇一博:〒105-8470東京都港区虎ノ門2-2-2虎の門病院眼科Reprintrequests:KazuhiroDou,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ToranomonHospital,2-2-2Toranomon,Minato-ku,Tokyo105-8470,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)1705 abab図1MRIT2強調画像a:視神経所見,b:篩骨洞所見.右視神経周囲の高信号(矢印)および右篩骨洞内の高信号(矢頭)を認めた.I症例患者:76歳,男性.全身疾患:20年来の2型糖尿病,高血圧があり,数年前より血液透析療法を行っていた.眼科既往歴:両眼とも水晶体再建術,汎網膜光凝固術を施行され,当科に定期通院していた.現病歴:2010年7月上旬より頭痛,右眼痛のため脳神経外科,神経内科受診するも原因不明であった.疼痛が増悪し,当科受診した.初診時所見:視力は右眼(0.9×sph+1.25D(cyl.2.0DAx100°),左眼(0.9×sph+3.25D(cyl.3.25DAx85°),眼圧は右眼9mmHg,左眼10mmHgであった.角結膜,眼内レンズ,硝子体に異常所見は認められず,眼底には汎網膜光凝固術後のレーザー痕を認めるが,以前と著変がなかったため経過観察となった.臨床経過:症状は改善せず,8月下旬再診時,右眼視力が(0.3)に低下し,中心フリッカー値(CFF)では右眼16Hz,左眼36Hzと左右差を認めた.眼球運動は正常であり,血液検査では特記すべき異常値を認めなかった.Magneticresonanceimaging(MRI)では右視神経周囲に高信号域を認め,右篩骨洞内にも軽度の高信号を認めた(図1).耳鼻咽喉科コンサルトをした結果,篩骨洞の高信号所見は非特異的なものであるとの判断であった.視神経炎を疑い,同日よりプレドニゾロン(プレドニンR)30mg内服を開始し,3日後より入院となった.入院日撮影された造影computedtomography(CT)では,右下眼窩裂が開大し,その内部は軟部組織濃度であった(図2).骨破壊所見は認められなかった.脳神経外科・耳鼻咽喉科と合同カンファレンスを行い,腫瘍性病変や1706あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012図2造影CT右下眼窩裂の開大と軟部組織濃度の病変(矢印)を認めた.Tolosa-Hunt症候群による続発性視神経炎が最も疑わしいとの結論であったが,高齢者かつ透析患者であり開頭術を要するような生検は侵襲性が高いと判断され,診断的治療としてステロイドパルス療法(ソルメドロールR1,000mg)が選択され,入院1週間後より3日間行われた.ステロイドパルス療法開始日に行われた造影MRIでは,右下眼窩裂内にT1・T2強調画像でともに低信号を示す病変を認め,右篩骨洞内にもT1強調画像で低信号,T2強調画像で淡い高信号を示す病変を認めた(図3).ステロイドパルス療法により痛みは改善したが,パルス療法終了後より右眼上転・外転運動障害を認め,その1週間後には右眼瞼下垂,右全外眼筋麻痺,光覚なしとなった.9月下旬の採血にてb-d-グルカン(116) abab図3造影MRIa:T1強調画像,b:T2強調画像.右下眼窩裂内にT1・T2強調画像でともに低信号を示す病変(矢印)を認め,右篩骨洞内にはT1強調画像で低信号,T2強調画像で淡い高信号を示す病変(矢頭)を認めた.図4単純CT右蝶形骨洞内の粘膜肥厚・液体貯留を認めた.値が14.2pg/ml(基準値11以下)に上昇し(9月上旬では8.3pg/ml),CT検査では右蝶形骨洞内の粘膜肥厚・液体貯留を認めた(図4).確定診断のため耳鼻咽喉科にて右内視鏡下鼻副鼻腔手術(篩骨洞,蝶形骨洞開放)を行ったところ,炎症性浮腫状粘膜と貯留液を認めたが明らかな真菌塊は認めなかった.病理検体からは分節とY字分岐を伴う糸状真菌が多量検出され,副鼻腔アスペルギルス感染症(Aspergillusfumigatus)と診断された.術後よりアムホテリシンB(アムビゾームR)投与を開始したが,画像上では篩骨洞内の粘膜浮腫の増悪,上顎洞への液体貯留を認め,真菌感染の進行と考えられた.副鼻腔洗浄ドレナージを連日行い,10月上旬に内視鏡下副鼻腔根治術(蝶形骨洞,上顎洞,篩骨洞の掻爬,洗浄)を施行した.この際も明らかな真菌塊は認められなかった.術後も抗真菌薬治療を継続し,11月上旬に再度生検を行ったが,依然アスペルギルス菌糸が多数認められた.本人および家族がこれ以上の精査,外科的治療を希望しなかったため,抗真菌薬をボリコナゾール(ブイフェンドR),ミカファンギンナトリウム(ファンガードR)などに変更しながら内科的に治療を行った.11月中旬には右眼眼球運動が改善し,軽度の内転・上転・下転運動を認めるようになり,11月下旬には外転運動も認められるようになった.12月中旬には眼球運動は全方向で問題なく認められるようになったが,視力は光覚なしのままであった.CT上も著変がなく,病状は安定していたため,12月下旬退院となった.退院後もイトラコナゾール(イトリゾールR)の内服を継続し,現在も感染症内科外来通院中である.II考察副鼻腔真菌症は非浸潤型と浸潤型に分類され1),非浸潤型は副鼻腔内にとどまり予後良好だが,浸潤型は眼窩や頭蓋内へ進展するため重症化しやすい2).浸潤型は全副鼻腔真菌症例の10%以下であり,頭痛や.部痛,眼痛で始まり,視力障害,眼筋麻痺,眼球突出などが続発することが多い2).また,浸潤型のほとんどは免疫不全患者に発生し,健常者に発生することは非常にまれである3).副鼻腔真菌症の原因菌はアスペルギルスが80%以上を占め,罹患洞は上顎洞,篩骨洞,蝶形骨洞の順に多い2,4).上顎洞真菌症では鼻汁,鼻閉などの鼻症状や.部痛・違和感を伴うことが多いが,蝶形骨(117)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121707 洞真菌症では鼻症状が乏しく,視力障害,頭痛,顔面痛などを訴える2).また,蝶形骨洞を原発巣とする場合,解剖学的に隣接する海綿静脈洞や視神経に浸潤しやすいため浸潤型となりやすく,眼窩先端症候群をひき起こすことがある5,7).眼窩先端症候群とは上眼窩裂を走行する動眼神経,滑車神経,三叉神経,外転神経および視神経の障害を主徴とする症候群で,腫瘍,炎症,外傷など種々の疾患が原因となるが,副鼻腔真菌症もまれに原因となる5.7).鑑別が困難な症例では,ステロイド薬投与後の症状増悪で真菌症に気づくこともあり,過去にはTolosa-Hunt症候群と診断され,ステロイド薬治療後に死亡に至った真菌性副鼻腔炎の症例も報告されている8).副鼻腔真菌症から眼窩先端症候群をきたした場合,頭蓋内浸潤を起こし,真菌の脳血管浸潤により脆弱な真菌性脳動脈瘤が形成され,脳出血や脳梗塞の原因となることがある9,10).頭蓋内浸潤を起こした場合の死亡率は90%を超えるとの報告もある11).そのため,炎症性疾患としてステロイド薬治療を開始する前に,真菌感染を血液検査,画像検査などで除外することは非常に重要であり,画像診断上,疑わしき病変があれば確定診断のため生検術を優先させるべきである.鼻腔などから採取された検体からの菌培養検査では,真菌の検出率は10%程度と低いため,あまり有用ではない4).b-d-グルカン値は陰性例もあるため初期診断に有効でないこともある6)が,陽性例では診断や治療経過・再発の評価に用いられる12).画像診断では,CTでの骨壁・副鼻腔粘膜肥厚,副鼻腔内の軟部陰影・石灰化陰影,骨破壊像が特徴的な所見とされ,特に石灰化陰影は90%以上の症例で認められる2).真菌塊は増殖するとその中央部が壊死に陥り,リン酸カルシウムや硫酸カルシウムが沈着するため,同部はCTで高吸収域となるためと考えられている13,14).また,真菌の産生する蛋白質の影響で,MRIではT1強調画像で低信号,T2強調画像で著明な低信号を呈する15).本症例では初期のCTやMRIで真菌症特有の所見がなく,診断が困難であった.初期のMRI(T2強調画像)においては,篩骨洞の高信号所見があったものの,耳鼻科専門医による読影でも判断が困難なものであった.臨床所見からは腫瘍性病変やTolosa-Hunt症候群などによる続発性視神経炎が最も疑われたが,高齢者かつ透析患者であり開頭術を要するような生検は侵襲性が高いと判断され,診断的治療としてステロイドパルス療法が選択された.ステロイド薬投与が真菌感染の活動を助長した可能性は否定できない.右眼失明,全眼球運動障害などの症状が出現し,b-d-グルカン値も上昇したため,耳鼻科にて生検を行ったところ,アスペルギルスが病理学的に検出され,診断に至った.抗真菌薬投与,副鼻腔ドレナージを行うも右下眼窩裂の軟部組織病変から隣接する篩骨洞,蝶形骨洞,上顎洞へ順次感染が拡大した.根治術後は徐々に改善し,幸いにも生命予後不良な頭蓋内浸潤は起1708あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012きなかったが,罹患眼は光覚を失ったままであった.高齢者,糖尿病といった易感染性の背景をもつ患者が眼窩先端症候群を呈する場合には真菌感染も念頭におく必要がある.特に画像診断上真菌感染を否定できない病巣を認める場合には,確定診断のため積極的に生検を行うべきである.炎症性疾患と診断され,ステロイド薬全身投与を開始された後で症状が増悪する場合には,改めて感染症の可能性を強く疑う必要がある.文献1)JamesF,HoraMC:Primaryaspergillosisoftheparanasalsinusesandassociatedarea.Laryngoscope75:768-773,19652)大河喜久,佐伯忠彦,渡辺太志:鼻副鼻腔真菌症74例の臨床的検討.耳喉頭頸83:859-864,20113)GirishF,SureshM,AndresAetal:Fungaldiseasesoftheparanasalsinuses.SeminUltrasoundCTMR20:391401,19994)長谷川稔文,雲井一夫:鼻副鼻腔真菌症54例の臨床的検討.耳鼻臨床98:853-859,20055)田中章浩,吉田誠克,諌山玲名ほか:眼窩先端症候群を呈した非浸潤型副鼻腔アスペルギルス感染症の1例.臨床神経51:219-222,20116)鴨嶋雄大,澤村豊,岩崎善信ほか:眼窩先端症候群にて発症した浸潤型副鼻腔.眼窩アスペルギルス症の1例.脳神経外科35:1013-1018,20077)Sivak-CallcottJA,LivesleyN,NugentRAetal:Localisedinvasivesino-orbitalaspergillosis:characteristicfeatures.BrJOphthalmol88:681-687,20048)MarcusMM,WilliamY,AlberDMetal:AspergillusinfectionoftheorbitalapexmasqueradingasTolosa-Huntsyndrome.ArchOphthalmol125:563-566,20079)RobertWH,AlexJ,WilliamBetal:Mycoticaneurysmandcerebralinfarctionresultingfromfungalsinusitis.AJNRAmJNeuroradiol22:858-863,200110)杉山拓,黒田敏,中山若樹ほか:眼窩先端部症候群で発症した内頸動脈浸潤した副鼻腔真菌症の3症例.脳神経外科39:155-161,201111)ColemanJM,HoggGG,RosenfeldJVetal:Invasivecentralnervoussystemaspergillosis:curewithliposomalamphotericinB,itraconazole,andradicalsurgery─casereportandreviewoftheliterature.Neurosurgery36:858-863,199512)NakanishiW,FujishiroY,NishimuraSetal:Clinicalsignificanceof(1-3)-b-D-glucaninapatientwithinvasivesino-orbitalaspergillosis.AurisNasusLarynx36:224-227,200913)StammbergerH,JakseR,BeaufortFetal:Aspergillosisofparanasalsinuses.AnnOtolRhinolLaryngol93:251256,198414)熊澤博文,中村晶彦:上顎洞真菌症のCT像の検討.耳鼻臨床78:1935-1941,198515)ZinreichSJ,KennedyDW,MalatJetal:Fungalsinusitis:diagnosiswithCTandMRimaging.Radiology169:439-444,1988(118)

腺様囊胞癌により眼窩先端部症候群をきたし,短時日で失明に至った1 例

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(133)1455《原著》あたらしい眼科27(10):1455.1458,2010cはじめに腺様.胞癌(adenoidcysticcarcinoma:ACC)は唾液腺や気管などの腺組織から発生するものが多い1,2).眼科領域からの発生の報告は涙腺原発の患者が散見されるが,周囲組織から眼窩に波及する続発ACCはまれである.今回外転神経麻痺で発症してその原因の診断に苦慮し,その後全外眼筋麻痺から短期間に失明した75歳,女性の続発ACC例を経験した.画像診断および病理診断により,上顎洞原発のACCが眼窩先端部に波及したことがわかり,診断の注意点や鑑別点について考察を加え報告する.I症例患者:75歳,女性.主訴:複視,左内眼角部の痛み.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成18年4月3日初診.同年2月ころより物が二重に見えるようになり,3月28日に近医眼科を初診した.左外転神経麻痺の疑いで精査目的にて当科を紹介となった.この間,左内眼角部の痛みを自覚していたが,近医耳鼻科にて診察を受け,X線写真でも異常なしとのことであった.既〔別刷請求先〕長谷川英稔:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:HidetoshiHasegawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minamikoshigaya,Koshigaya,Saitama343-8555,JAPAN腺様.胞癌により眼窩先端部症候群をきたし,短時日で失明に至った1例長谷川英稔鈴木利根筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ACaseofOrbitalApexSyndromeCausedbyAdenoidCysticCarcinomaRapidlyLeadingtoBlindnessHidetoshiHasegawa,ToneSuzukiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital左外転神経麻痺で発症してその原因の診断に苦慮し,その後全外眼筋麻痺から短期間に失明した1症例を報告する.症例は初診時に虚血による左単独外転神経麻痺と診断された1症例である.初期にはCT(コンピュータ断層撮影)およびMRI(磁気共鳴画像)の画像検査で明らかな異常が認められず,診断までに1年を要した.経過中に同側の左全外眼筋麻痺,三叉神経麻痺,視神経障害(失明)が加わり,重篤な眼窩先端症候群をきたした.1年後の画像検査と病理検査により,副鼻腔原発の腺様.胞癌の眼窩先端部への浸潤と診断された.結論:眼窩先端部に腺様.胞癌が発症した場合は進行性の麻痺症状をきたす.眼窩先端症候群の原因として,まれではあるが腺様.胞癌も考慮すべきである.Wereportacaseofadenoidcysticcarcinoma.Initialexaminationdisclosedsolitaryleftabducensnervepalsy.Computedtomography(CT)andmagneticresonanceimaging(MRI)demonstratednoabnormality;thetemporarydiagnosiswasischemicabducensnervepalsy.Afteroneyearoffollow-up,thepatientexhibitedsevereorbitalapexsyndrome,includingipsilateraltotalophthalmoplegia,trigeminalpalsyandopticneuropathy(blindness).RepeatedMRIandhistologicalexaminationfinallyrevealedadenoidcysticcarcinomaarisingfromtheparanasalsinusesandinvadingtheorbitalapex.Patientswithadenoidcysticcarcinomadevelopprogressivecranialnervepalsyintheregionoftheorbitalapex.Adenoidcysticcarcinomaisrare,butisoneofthedifferentialdiagnosesfororbitalapexsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1455.1458,2010〕Keywords:腺様.胞癌,眼窩先端症候群,外転神経麻痺,失明,副鼻腔.adenoidcysticcarcinoma,orbitalapexsyndrome,abducensnervepalsy,blindness,paranasalsinuses.1456あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(134)往歴として47歳時にBasedow病,その他は特に認めなかった.当科初診時所見:視力はVD=0.5(0.8×+0.5D(cyl+2.5DAx175°),VS=0.5(0.9×cyl+2.0DAx180°),眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.眼位は30プリズムの内斜視を認め,著しい左眼の外転制限を認めた(図1).瞳孔径は3mmで不同なく,三叉神経領域に左右差や低下は認めなかった.前眼部・中間透光体には軽度白内障を認め,眼底は異常所見を認めなかった.初診時に行った頭部CT(コンピュータ断層撮影)では海綿静脈洞から眼窩先端付近,および橋付近にも異常はみられず,左外転神経麻痺をきたす器質的異常は不明であった(図2).経過:初診時の診断は虚血障害による左外転神経麻痺とし,メチコバールR内服,サンコバR点眼で経過観察することとした.しかし,その後症状・所見ともまったく回復傾向がみられず,発症2カ月後には左眼点眼時に感覚がないことを訴え,診察でも左三叉神経第1枝領域と第2枝領域の知覚低下がみられるようになった.このため発症2カ月後にMRI(磁気共鳴画像)を行ったが,眼窩先端付近などにやはり異常を認めなかった.その後さらに経過をみていたが,発症4カ月後には症状がさらに悪化し,眼瞼下垂が出現して,運動制限も全方向になった(図3).以後症状は持続し,左眼周囲のしびれ感も加わった.半年を過ぎて矯正視力はVD=(0.9×0.5D(cyl+2.5DAx180°),VS=(0.8×cyl+2.5DAx180°)と変化がなかったが,眼球運動所見は回復傾向がみられなかった.この間,脳神経外科への受診を勧めるも患者の協力が得られなかったが,神経内科の受診では橋付近の小梗塞という診断で経過観察となった.また,炎症性も考え治療的診断の意味も含めてプレドニゾロン内服を1日量20mgより漸減投与するも効果がなかった.発症1年後,瞳孔径が右眼3.0mm,左眼4.25mmで対光反応が消失し,色がわかりにくいとの訴えがあり,左眼視力障害が出現した.この時期に行ったCTおよびMRIで初めて左眼窩先端から海綿静脈洞に広範囲の異常陰影がみられ,視神経付近で副鼻腔から浸潤する異常信号を認め,眼窩下方ではさらに広範囲な異常信号がみられた(図4).以上の所見から脳神経外科にて副鼻腔原発腫瘍の眼窩内浸潤と診断された.耳鼻科における左蝶左眼右眼図1初診時Hess眼球運動検査(平成18年4月3日)著しい左眼の外転制限が認められる.図3症例の各眼位の写真正面および垂直,水平5方向の眼位写真と,左下段は左眼瞼下垂.右下段は瞳孔写真である.左眼は各方向ともまったく動いていないことがわかる.図2初診時CT所見(平成18年4月3日)海綿静脈洞から眼窩先端付近,および橋付近にも異常はみられず,左外転神経麻痺をきたす異常は不明であった.(135)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101457形骨篩骨洞開放術による腫瘍生検の結果はACCの診断となり(図5),他臓器への転移は認めず放射線治療(60Gy)が行われた.初診より1年後の平成19年4月には左眼視力は光覚弁なしとなり,2年後の現在でも全外眼筋麻痺の状態である.II考按腺様.胞癌は,1859年にBillrothにより副鼻腔原発の円柱腫(cylindoroma)として最初に報告され,現在では腺様.胞癌(adenoidcysticcarcinoma)の呼称に統一されている3).40歳代に最も多く,女性のほうが男性よりもやや多い1,2,4).副鼻腔原発などの耳鼻科領域での報告が多く,眼科での報告は涙腺原発の症例が散見されるのみである5,7,8).涙腺原発のACCの臨床症状は他の眼窩部腫瘍と同様に,眼球突出のほか,眼球運動障害および偏位,眼瞼下垂および腫脹の頻度が高い1).今回は上顎洞から眼窩内へ浸潤したため,眼球運動神経麻痺,三叉神経麻痺および視神経障害という典型的かつ重篤な眼窩先端症候群をきたした.ACCの進行は比較的緩徐であるがきわめて悪性度が高く,浸潤性に周囲に増殖し眼窩骨壁の破壊や鼻出血や顔面知覚鈍麻を示し,神経周囲にも浸潤し局所の疼痛の原因になる.摘出手術後にも局所再発をくり返すことが多く,転移も多いことが知られている.転移する場合,血行性に肺やリンパ節,骨や脳にも転移しやすい1,4).今回のような高齢者の片眼性外転神経麻痺は,一般に虚血(微小循環障害)が原因の場合が多く約3カ月ほどで回復する良性の麻痺が多い.今回筆者らが体験した症例も,くり返し行われた画像診断にはじめは異常が認められず,そのような良性の原因を考えた.しかし2カ月を経過したあたりから眼球運動障害が悪化し,次第に全外眼筋麻痺に進行した.最終的には副鼻腔原発ACCの眼窩内浸潤の診断となり,視神経も障害され失明となった.このような高齢者でしかも画像所見に異常が乏しいものであっても,注意深く臨床経過を見守る必要があることが強く示唆された.頭蓋内腫瘍が外転神経麻痺を起こす病態としては,海綿静脈洞付近の病変による直接障害と頭蓋内圧亢進による間接的障害が考えられる.本症例は副鼻腔原発の腫瘍が伸展拡大し,眼窩先端部から海綿静脈洞付近に浸潤したと推定される.この部位でほかに鑑別されるべき病変としては非特異的炎症(Tolosa-Hunt症候群),その他の腫瘍(転移性,鼻咽頭腫瘍,リンパ腫),感染症(アスペルギルス,カンジダの真菌,ヘルペス),頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernousfistula:CCF),血栓症などがある.本症例のように当初の画像診断で病変がみつからないこともあるので,症状の変化に注意しながらくり返し再検査する必要がある.図41年後のCTおよびMRI所見左:頭部CTにて眼窩先端から海綿静脈洞に広範囲の異常陰影を認める.右:MRI(T2強調画像)でも視神経の高さで副鼻腔から浸潤する異常信号がみられる.図5摘出組織の病理組織像スイスチーズ様またはcribriformpattern6)とよばれる,腺様.胞癌に特徴的な所見がみられる(原倍率30倍).1458あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(136)文献1)笠井健一郎,後藤浩:涙腺に原発した腺様.胞癌の臨床像と予後.眼臨101:441-445,20072)後藤浩,阿川哲也,臼井正彦:眼窩腫瘍の臨床統計.臨眼56:297-301,20023)FrishbergBM:Miscellaneustumorsofneuro-ophthalmologicinterest.ClinicalNeuro-ophthalmology6thed(edbyMillerNetal),vol2,p1679-1714,LippincottWilliamsWilkins,Philadelphia,20054)山本祐三,坂哲郎,高橋宏明:腺様.胞癌の基礎と臨床.耳鼻臨床84:1153-1160,19915)金子明博:腫瘍全摘出のみで長期経過良好な涙腺腺様.胞癌の2例.臨眼62:285-290,20086)小幡博人,尾山徳秀,江口功一:涙腺の上皮性腫瘍─多形腺腫と腺様.胞癌.眼科47:1341-1345,20057)AdachiK,YoshidaK,UedaRetal:Adenoidcysticcartinomaofthecavernoudregion.NeurolMedChir(Tokyo)46:358-360,20068)ShikishimaK,KawaiK,KitaharaK:PathologicalevaluationoforbitaltumoursinJapan:analysisofalargecaseseriesand1379casesreportedintheJapaneseliterature.ClinExperimentOphthalmol34:239-244,2006***