‘眼窩膿瘍’ タグのついている投稿

眼窩膿瘍をきたした眼窩底骨折の1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1239.1242,2014c眼窩膿瘍をきたした眼窩底骨折の1例玉井一司*1山田麻里*1高野晶子*2間宮紳一郎*3*1名古屋市立東部医療センター眼科*2名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*3間宮耳鼻咽喉科ACaseofOrbitalAbscessafterOrbitalBlowoutFractureKazushiTamai1),MariYamada1),ShokoTakano2)andShinichiroMamiya3)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,3)MamiyaENTClinic目的:眼窩吹き抜け骨折後に眼窩膿瘍を生じた1例を報告する.症例:21歳,男性でラグビーの練習中に右眼部を打撲した.上方視で複視があり,CT(コンピューター断層撮影)で右眼窩底骨折がみられた.複視は上方視のみであったため無治療で経過観察していたが,受傷10日後に右眼球の突出と全方向の運動制限が出現した.CTでは右眼窩下方に異常陰影があり,眼球は上方へ圧排され,上顎洞および篩骨洞に混濁がみられた.急性副鼻腔炎に伴う眼窩膿瘍と診断し,内視鏡下副鼻腔手術により膿汁をドレナージした.術後眼球運動は著明に改善した.結論:眼窩吹き抜け骨折後の副鼻腔炎による眼窩膿瘍は稀な合併症である.内視鏡下副鼻腔手術により眼窩内および副鼻腔の膿汁をドレナージすることが有効と考える.Purpose:Toreportacaseoforbitalabscessafterorbitalblowoutfracture.Case:A21-year-oldmalesufferedblunttraumatohisrightorbitwhileplayingrugby.Hehaddoublevisionatuppergaze.Computedtomography(CT)showedfractureoftherightorbitalfloor.Hewasfollowedwithouttreatmentbecausedoublevisionoccurredonlywithuppergaze.Tendayslater,hereturnedwithexophthalmosandlimitedocularmotilityatallgazesintherighteye.CTdisclosedanabnormalshadowdisplacingtheglobesuperiorlyintheinferiorpartoftherightorbit,andopaquemaxillaryandethmoidalsinuses.Hewasdiagnosedwithacuteparanasalsinusitiswithorbitalabscess.Endoscopicsinussurgerywasperformed,withdrainageofpurulentfluid.Postoperatively,heshowedmarkedimprovement,withincreasedocularmotility.Conclusion:Orbitalabscesswithparanasalsinusitisisararecomplicationoforbitalblowoutfracture.Endoscopicsinussurgerytodrainorbitalandparanasalabscessappearstobeeffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1239.1242,2014〕Keywords:眼窩膿瘍,眼窩吹き抜け骨折,副鼻腔炎,内視鏡下副鼻腔手術.orbitalabscess,orbitalblowoutfracture,paranasalsinusitis,endoscopicsinussurgery.はじめに眼窩底骨折は,眼部鈍的外傷により,急激な眼窩内圧の上昇をきたし,最も脆弱な眼窩下壁に骨折が生じるものである.受傷後に眼球運動障害,複視,眼球運動痛などを呈することが多いが,眼窩内膿瘍をきたすことは稀である1,2).今回,筆者らは,受傷10日後に眼窩内膿瘍を形成し,内視鏡下副鼻腔手術により良好な経過をたどった1例を経験したので報告する.I症例患者:21歳,男性.主訴:両眼複視.現病歴:2010年11月14日,ラグビーの練習中に右眼を他選手の頭部で打撲した.受傷直後から両眼複視があり,11月16日に近医眼科を受診した.右眼窩吹き抜け骨折を疑われ,11月17日に名古屋市立東部医療センター眼科(以下,当科)を紹介され受診した.既往歴,家族歴:特記する所見はない.〔別刷請求先〕玉井一司:〒464-8547名古屋市千種区若水1-2-23名古屋市立東部医療センター眼科Reprintrequests:KazushiTamai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,1-2-23Wakamizu,Chikusa-ku,Nagoya464-8547,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(159)1239 図1初診時頭部CT右眼窩下壁骨折があり,眼窩内の軟部組織が上顎洞内に陥入している.ab図3頭部MR眼窩,上顎洞,篩骨洞内の異常陰影は,T1強調像(a)で低信号,T2強調像(b)で高信号を示した.初診時所見:視力は,右眼0.04(1.5×.8.0D(cyl.3.0DAx170°),左眼0.05(1.5×.8.0D(cyl.2.75DAx175°)で,眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.眼位は正面視では正位であったが,右眼上転制限があり,上方視で両眼複視がみられた.前眼部・中間透光体,眼底には両眼とも特記する異常はなかった.頭部CT(コンピュータ断層撮影)で,右眼窩下壁骨折が認められ,眼窩軟部組織が上顎洞内に陥入しており,眼窩内に数カ所気腫がみられた(図1).複視は上方視のみで出現し,自覚的に軽減傾向があったため無治療で経過観察していた.11月24日朝から右眼瞼腫脹が生じ,1240あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014acb図2再診時所見右眼瞼腫脹,眼球突出があり,眼球は上方に偏位している(a).頭部CTでは,眼窩内下方に異常陰影があり,眼球は上方へ圧排されている.右上顎洞,篩骨洞に異常陰影の充満がみられる(b,c).次第に増強した.11月26日からは正面視でも複視が出現するようになったため11月27日当科を再診した.再診時,右上下眼瞼は腫脹し,右眼球の突出,結膜充血がみられ,全方向で運動制限を示した(図2a).右眼視力は矯正1.0,眼圧は22mmHgで眼内に炎症所見はなかった.頭部CTでは,右眼窩内の下方に異常陰影を認め,眼球は上方へ圧排され,下直筋の同定が困難であった.右上顎洞,篩骨洞にも異常陰影の充満がみられた(図2b,c).頭部MRI(核磁気共鳴画像)では異常陰影はT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を呈した(図3).採血検査では,CRP(C反応性蛋白)6.4,(160) WBC(白血球)8,490であった.副鼻腔および眼窩内の膿瘍が疑われるため,当院耳鼻咽喉科に依頼し,同日内視鏡下で右上顎洞および篩骨洞開放術を施行し,多量の膿汁をドレナージした.術後はセフトリアキソンナトリウム点滴(2g/日)を5日間投与した.その後,術中に採取した膿汁の細菌培養検査で化膿レンサ球菌が検出されたため,同菌に感受性のあったクラリスロマイシン内服(400m/日)を投与した.右眼瞼腫脹,眼球突出は,手術翌日から速やかに軽快し,12月17日には上方視でわずかに複視が出現する程度に眼球運動も改善した(図4a).同日の頭部CTでは,右眼窩内の異常陰影は消失し,右上顎洞の粘膜肥厚が残存するものの副鼻腔の含気は良好となった(図4b,c).12月24日には上方視での複視は消失した.抗菌薬の投与は12月24日で終了し,その後再燃はみられていない.II考按眼窩蜂巣炎や眼窩膿瘍は,副鼻腔炎,歯性感染,血行感染などによって引き起こされることが多く3,4),眼窩外傷により生じることは稀である1,2).眼窩壁骨折後に眼窩内炎症を生じる頻度については,Simonらが眼窩骨折497例について検討し,4例(0.8%)に眼窩蜂巣炎がみられ,そのうち2例(0.4%)で眼窩膿瘍に進展したと報告している2).これら4例はいずれも上顎洞や篩骨洞から眼窩に炎症が波及し,蜂巣炎に至っている,受傷から眼窩内炎症が出現するまでの期間については受傷後7日以内の場合が多いが,受傷から5.6週経過して生じた症例もみられる2,5.9).本症例では,受傷後10日後から眼瞼腫脹を自覚しており,その頃には眼窩内に炎症が波及していたことが推定される.受傷前の既往について,Simonらの報告では受傷前から上気道感染の既往があったものが4例中2例あり2),Silverらは3例中2例で副鼻腔炎,他の1例で上気道感染を繰り返していたと述べている6).平田らの症例では,3例中2例で慢性副鼻腔炎を合併していた9).受傷前に上顎洞や篩骨洞の炎症があれば,骨折後に眼窩との間に交通が生じることにより,炎症が眼窩内に波及しやすくなる.したがって,副鼻腔炎の既往がある場合は,骨折後の感染拡大に特に留意が必要である.しかし,本症例のように副鼻腔炎や上気道感染の既往がなくても,受傷後に生じた副鼻腔の炎症が眼窩炎症に進展した報告例がみられる5,8,9).機序として,眼窩壁骨折後は,骨片や浮腫,出血などにより,副鼻腔の開口部が閉鎖されてドレナージ効果が失われるため洞内に感染が生じやすくなり,さらに貯留した血液が細菌の繁殖を促す培地として作用し,感染拡大を助長することが考えられる4,6).眼窩感染の誘引として,受傷後に強く鼻をかむことを指摘した報告がみられる2,6,8,9).Simonらの症例2)では,4例中2例で,福田らの報告9)では,3例すべてで外傷後に強く鼻を(161)abc図4内視鏡下副鼻腔手術3週間後の所見右眼瞼腫脹,眼球突出は消失し,眼位は正位となった(a).頭部CTでは,眼窩内の異常陰影は消失し,下直筋が同定される.右上顎洞の粘膜肥厚がみられるが,含気は良好である(b,c).かんだ既往があった.これらのなかには受傷後5週経過して眼窩感染を生じた症例も含まれており2),受傷後はやや長期にわたって,鼻を強くかまないように指導することが望ましいと考える.受傷後に感染予防の目的で,抗菌薬を投与することについては議論がある2,6.8).予防投与を推奨する報告6,8)もみられるが,Simonらは,4例中3例で受傷直後から経口抗菌薬が投与されていたにもかかわらず眼窩蜂巣炎を発症したことから感染予防効果を疑問としており2),今後さらに多数の症例で比較検討することが必要と思われる.あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141241 治療については,抗菌薬全身投与による保存的治療で軽快した例もみられるが2,5),ほとんどの場合はドレナージや副鼻腔手術を必要とする2,4,6.9).特に眼窩膿瘍を形成した場合は,視神経障害や頭蓋内へ感染進展の可能性があるため速やかな対応が必要である.本症例ではCTおよびMRIで膿瘍性病変が眼窩下方に充満し,視神経への炎症波及が危惧されたため,緊急で耳鼻咽喉科医による内視鏡下副鼻腔手術を行った.眼窩下壁骨折部を介して眼窩内膿瘍の吸引除去が可能であった.起炎菌としては,黄色ブドウ球菌,レンサ球菌,表皮ブドウ球菌などのグラム陽性菌が報告されているが5.9),嫌気性菌も指摘されており2),嫌気性培養も必須である.本症例では,膿瘍の細菌培養から化膿連鎖球菌が検出され,感受性のある抗菌薬の使用により再燃なく良好な経過が得られた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)BurmJS,ChungCH,OhSJ:Pureorbitalblowoutfracture:newconceptsandimportanceofmedialorbitalblowoutfracture.PlastReconstrSurg103:1839-1849,19992)SimonGJB,BushS,SelvaDetal:Orbitalcellulitis:ararecomplicationafterorbitalblowoutfracture.Ophthalmology112:2030-2034,20053)O’RyanF,DiloretoD,BarderDetal:Orbitalinfections:clinical&radiographicdiagnosisandsurgicaltreatment.JOralMaxillofacSurg46:991-992,19884)HarrisGJ:Subperiostealabscessoftheorbit.ArchOphthalmol101:751-757,19835)GoldfarbMS,HoffmanDS,RosenbergS:Orbitalcellulitisandorbitalfracture.AnnOphthalmol19:97-99,19876)SilverHS,FucciMJ,FlanaganJCetal:Severeorbitalinfectionasacomplicationoforbitalfracture.ArchOtolaryngolHeadNeckSurg118:845-848,19927)PatersonAW,BarnardNA,IrvineGH:Naso-orbitalfractureleadingtoorbitalcellulitis,andvisuallossasacomplicationofchronicsinusitis.BrJOralMaxillofacSurg32:80-82,19948)DhariwalDK,KitturMA,FarrierJNetal:Post-traumaticorbitalcellulitis.BrJOralMaxillofacSurg41:21-28,20039)平田佳史,角谷徳芳,伊藤芳憲ほか:眼窩骨折後に眼窩膿瘍を発症した3例.日形会誌29:12-18,2009***1242あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(162)