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発症翌日に強角膜融解穿孔に至ったBacillusによる眼窩蜂巣炎の1例

2019年2月28日 木曜日

《第55回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科36(2):262.268,2019c発症翌日に強角膜融解穿孔に至ったBacillusによる眼窩蜂巣炎の1例川上秀昭*1高橋伸通*1望月清文*2三鴨廣繁*3*1岐阜市民病院眼科*2岐阜大学医学部附属病院眼科*3愛知医科大学病院感染症科CACaseShowingSclerocornealPerforationtheDayafterDevelopmentofBacillusOrbitalCellulitisHideakiKawakami1),NobumichiTakahashi1),KiyofumiMochizuki2)andHiroshigeMikamo3)1)DepartmentofOphthalmology,GifuMunicipalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofClinicalInfectiousDiseases,AichiMedicalUniversityC目的:Bacillus眼感染症は多くは眼外傷にて発症し,受傷後数時間で眼内炎や全眼球炎に至る予後不良な疾患である.今回,眼外傷歴がなく眼窩蜂巣炎にて発症したCBacillus眼感染症を報告する.症例:83歳,女性.ステロイド点滴治療中に突然の左眼の眼痛および視野異常を自覚した.初診時,左眼は上眼瞼の紫紅色と高度腫脹,角膜浮腫,結膜の高度浮腫と充血,眼圧はC80CmmHgを認めた.細菌性眼窩蜂巣炎と診断してセファゾリンにて治療開始したが,翌日(受診C26時間後)に強角膜が融解穿孔した.初診時採血よりCBacilluscereusが検出され,薬剤感受性をみて抗菌薬はクリンダマイシン,メロペネムに変更した.ステロイドおよび手術を併施することで病態の鎮静化は得たが,最終的に眼球癆となった.結論:Bacillus属も眼窩蜂巣炎の起炎菌になる場合があるため,眼症状の急性増悪を念頭において診療にあたるべきである.CPurpose:Mostbacillusocularinfectionsoccurfollowingoculartraumaandsubsequentlydevelopendophthal-mitisorpanophthalmitiswithinafewtimes.Wereportacasethatdevelopedbacillusocularinfectionwithoutocu-lartraumaandinitiallypresentedwithorbitalcellulitis,anextremelyrareC.rstsymptomofbacillusocularinfection.CCase:AnC83-year-oldCfemaleCunderCsystemicCsteroidCtherapyCsuddenlyChadCpainCandCvisualC.eldCabnormalityCinCherlefteye.Theeyeshowedperiorbitalswelling,cornealandconjunctivaledema,andhyperemia.Intraocularpres-surewas80CmmHginthelefteye.Withdiagnosisofpresumedbacterialocularcellulitis,cefazolinwasintravenous-lyadministered.However,thesclerocorneainthelefteyemeltedandruptured26hoursafterstartingthetherapy.CBacilluscereusCwasidenti.edfromabloodsample.Despiteadministrationofclindamycin,meropenemandsteroid,andsurgery,herlefteyebecamephthisic.Conclusion:Weshouldkeepinmindthatbacilluscancauseorbitalcel-lulitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(2):262.268,C2019〕Keywords:Bacillus,Bacilluscereus,眼窩蜂巣炎,強角膜穿孔.Bacillus,Bacilluscereus,orbitalcellulitis,sclero-cornealCperforation.Cはじめに眼窩蜂巣炎はかつては死亡に至ることもあった急性感染症である1).現在でもまれに重篤例に遭遇するが,今日の薬剤の進歩により死亡に至る症例は減少し,治療形態においても入院ではなく外来通院にて治療することも多くなり,適切な抗菌薬を用いれば治療開始後は比較的速やかに軽快する疾患である.一方,Bacillus眼感染症は多くは外傷を契機に発症する急性感染症で,特徴としては受傷後数時間以内に急激に悪化して眼内炎あるいは全眼球炎を呈し,予後は眼球癆あるいは眼球摘出に至るなどきわめて不良な疾患である2).今回,眼外傷歴のない症例において,眼瞼の高度腫脹および紫紅色に変〔別刷請求先〕川上秀昭:〒500-8513岐阜市鹿島町C7-1岐阜市民病院眼科Reprintrequests:HideakiKawakami,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuMunicipalHospital,7-1Kashima-choGifu-shi500-8513,JAPANC262(132)化した所見より眼窩蜂巣炎と診断して治療開始C26時間後に強角膜融解穿孔に至ったCBacillusが原因と思われるC1例を経験したので報告する.CI症例患者:83歳,女性.主訴:左眼の眼痛および視野異常.既往歴:両眼白内障術後(1年前),冠動脈術後,肥満(156cm,71kg),頻尿.現病歴:6日前に体幹に蕁麻疹を発症し近医内科での点滴および内服による治療にていったん軽快するも,4日前には顔面を含めて蕁麻疹の再発と深夜にC39.4℃の高熱もみられたため,3日前より内科病院に入院していた.内科入院時の体温はC37℃で,白血球C3,800,CRP5.7であった.ソルメドロールC125CmgによるC3日間の点滴治療にて蕁麻疹は寛解し,全身状態は変わりなく良好で食欲も旺盛であった.しかし,退院予定日の深夜C2時に突然の左眼眼痛と視野異常を自覚したため,午前C8時に当院へ救急搬送された.現症:受診時のバイタルサインは,血圧C216/107CmmHg,心拍数C100回/分,呼吸数C15回/分,SpOC2:87%,体温C36.4℃であった.激しい頭痛,眼痛および吐気と嘔吐を繰り返していた.初診時眼科学的所見:全身状態不良にて座位になることはb図1初診時の前眼部写真a:左眼は自己開瞼不能で,上眼瞼の高度発赤腫脹とその皮膚中央にびらん様の赤い部位を一つ認める.Cb:左眼の角膜上皮浮腫,球結膜の著明な浮腫と充血を認める.図2頭部および眼窩部CTa:左眼の上眼瞼腫脹と下方眼球周囲の脂肪織混濁を認める.Cb:左眼上眼瞼の高度腫脹を認める.Cc:左眼の球後脂肪織の混濁を認めるが,眼内,眼球壁および外眼筋には異常を認めない.Cd:左の篩骨洞粘膜肥厚と鼻粘膜腫脹を認めるが,液貯留はなく,眼窩骨異常もみられない.図3超音波Bモード像脈絡膜.離を認めるが,硝子体内に異常陰影はみられない.できず,眼科一般検査は手持ちスリットで行った.視力検査は対応不能であり眼圧はアイケアにて右眼C20CmmHg,左眼80CmmHgであった.左眼は自己開瞼不能で,上眼瞼は紫紅色および高度腫脹を呈し,その皮膚中央にびらん様の赤い部位を一つ認めた(図1a).強制開瞼したところ,角膜上皮浮腫,球結膜の著明な浮腫と充血を認めたが,角膜混濁や眼脂はみられなかった(図1b).角膜上皮浮腫のため前房内の詳細は不明であったが深度はやや浅く,虹彩紋理が少しわかる状況であった.眼底は透見不能であった.右眼には異常所見を認めなかった.なお,前医の留置カテーテル部位には発赤,腫脹および疼痛はなかったが同カテーテルは抜去して,新たに輸液ルートを確保した.血液培養のためC2カ所(左上肢と鼠径部)より検体を採取した.頭部および眼窩部CCT所見:左眼は著明な上眼瞼腫脹,下方眼球周囲および球後の脂肪織に濃度上昇がみられた(図2a~c).一方,左眼の眼内,眼球壁,外眼筋には異常はみられなかった(図2c).左の篩骨洞粘膜肥厚と鼻粘膜腫脹を認めたが液貯留はなく眼窩骨異常もみられなかった(図2d).血液所見:白血球高値以外は異常なかったが,翌日にCRPは急上昇した.経過:蕁麻疹の既往,ステロイド点滴治療中,外眼部病態の急性の発症・増悪および前眼部所見より細菌に起因した眼窩蜂巣炎および続発緑内障と診断し,セファゾリンナトリウム(CEZ)1CgC×2回/日,レボフロキサシン点眼液およびトブラマイシン点眼液(各C6回/日),マンニトール点滴,アセタゾラミド内服,抗緑内障点眼C4剤にて治療を開始した.翌朝C8時には,眼痛は軽減するなど大幅に自覚症状の改善がみられ,左眼眼圧はC37CmmHgに下降し,眼瞼腫脹は軽減し他図4治療4日後の前眼部写真a:左眼の上眼瞼皮膚の色調および腫脹は軽快している.Cb:左眼角膜は全体に混濁および変性し,周辺部には菲薄化を認める.力開瞼しやすくなった.しかし,結膜浮腫は閉瞼時に露出するほど高度のままであり,また虹彩紋理および眼底は角膜浮腫にて透見不可であった.診察C2時間後に「目から血が出た」とのことで診察したところ,1年前に手術したC11時方向の強角膜白内障手術創の融解穿孔と角膜下方C1/4程度の淡白色様混濁および前房消失を認めた.眼底は透見不能のままであったため,超音波CBモード検査を施行したところ,硝子体内に異常陰影は認めなかったが高度の脈絡膜.離を認めた(図3).そのC1時間後,検査部より前日採取の検体の鏡検からグラム陽性桿菌がみられ,またCBacillus属が疑われた.しかし,コンタミネーションの可能性も否定できないと報告された.治療は,強角膜は融解穿孔したものの眼痛および眼瞼病態が改善傾向を得ており,CEZを継続することとした.融解穿孔の機序としては極度の高眼圧および何らかの自己免疫応答発動に高齢および白内障術後創による組織脆弱化などを推測し,ステロイドの眼局所ならびに全身投与を開始した.その後,眼痛は消失し,左眼瞼皮膚の色調および腫脹はさらに改善した(図4a).一方,強角膜創の融解穿孔後,急激な角膜全体の混濁・変性および周辺部角膜の菲薄化がみられ,触診では粘性のあるゼラチン様の弾性を呈していた(図4b).交感性眼炎および頭蓋内への病巣波及の予防として眼球摘出を提案したが,本人および家族ともにかたくなに拒否され承諾を得ることができなかったので,融解穿孔部の被覆目的で結膜被覆術を施行した(図5a).しかし,角膜が脆弱なため5日後には縫合糸がはずれ,また鼻側角膜輪部の融解菲薄化のさらなる進行も認めたため,そのC2日後に全身麻酔下にてGundersen法による結膜被覆術と眼内レンズ摘出を行った(図5b).抗菌薬全身投与は,初診C4日後に得られた感受性試験結果を考慮して,CEZからクリンダマイシン,メロペネムおよびエリスロマイシンに段階的に変更した(表1).2度目の結膜被覆術以降は炎症再燃や創露出はなく病態の鎮静化を得ることができたが最終的に眼球癆となった(図5c).発症からC1年が経過する現在まで左眼の再発ならびに右眼および全身の異常は認めていない.検出菌:初診時に採血したC2カ所の検体からともにCBacil-luscereusが検出された.術中摘出した眼内レンズを用いた培養検査は陰性であった.薬剤感受性試験:カルバペネム系,エリスロマイシン,クリンダマイシン,キノロン系に感受性がみられた.一方,ペニシリン系,セフェム系に耐性を示したほか,アミノグリコシド系やバンコマイシンにも低感受性であった(表1).CII考按Bacillus属は芽胞形成するグラム陽性桿菌で,おもに土壌や水中に生息するとされており,家庭内あるいは医療施設のあらゆるところに棲む環境汚染菌である3).病原性を示すおもな菌種はCB.anthracis,B.cereusである.今回検出されたCB.cereusは食中毒菌として知られているほかに,全身感染症としては感染性心内膜炎,呼吸器疾患,髄膜炎および敗血症などがみられ,その原因として汚染されたリネン,滅菌のたりない透析機器,血液ルートなどがあげられている.眼科領域においては外傷による眼内炎あるいは全眼球炎の報告が多くみられている2).Bacillus属は感染後2.4時間で強い組織融解性を示す複数の外毒素を放出開始するため進行が早く,とくに眼科疾患ではきわめて予後不良とされている2)(表2).わが国におけるCBacillus眼感染症の報告は筆者らが調べた限りC13報(14例C16眼)みられた(表2).内訳は男性C11例,女性C3例で男性に多く,発症年齢はC2.80歳で中央値56歳であった.病態の内訳は眼内炎症タイプがC11眼,角膜炎タイプがC4眼(1眼は眼内炎に移行)および眼瞼腫瘤がC1眼であった.発症原因別では眼外傷がC7例C7眼,転移性はC3例C5眼であり,外傷によるものがやや多かった.外傷の内訳は鉄片による穿孔性眼外傷がC5眼,庭木作業中がC1眼,竹による受傷がC1眼であり,その病態は眼内炎あるいは全眼球炎がC5眼,角膜炎がC1眼,角膜潰瘍から眼内炎に移行したものがC1眼であった.転移性C3例C5眼では,病態はぶどう膜炎が2例C4眼,眼内炎がC1例C1眼であり,既往歴は胃癌と糖尿病,腸間膜リンパ節炎および直腸癌とCIVHがみられた.海外のBacillusによる眼内炎の報告では,発生原因は穿孔性眼外傷がC87.2%ともっとも多く,ついで内眼手術後がC9.3%,転移図5術中および術後の前眼部写真a:初回手術時.1年前の白内障手術創の融解を認める.Cb:2回目の手術C2日後.Gundersen法による結膜による角膜被覆.Cc:術後C8カ月.性がC3.5%であった2).男女比はC4:1で男性に多く,年齢は0.5.80歳で平均年齢はC25歳で比較的若年者に多かった.本例の年齢はC83歳で,わが国のCBacillus眼感染症のなかでは最高齢であり,おそらく海外を含めても同様と思われた.本例の病態は,初診時に左眼上眼瞼が高度腫脹していたこと,CTおよび超音波CBモードにて外眼筋および眼球壁の肥厚,眼内異常陰影がみられなかったことより,左眼眼窩蜂表1薬剤感受性PCG>4CMEPMC≦0.12CCAZ16>CEM=0.12CLVFXC≦0.5CMPIPC>2CDRPMC≦1CCFPN>1C6CCLDM=0.25CCPFXC≦0.5CABPC>8CCEZ>1C6CAMKC≦8CMINO=1CFOMC≦32CPIPCC≦2CCTM>8CGM=2CVCM=1CST>8C0CIPM/CSC≦0.12CCFPN-PI>8CTOBC≦2CLZDC≦2CC/EC≦0.5PCG:ペニシリンCG,MPIPC:5-methyl-3-phenyl-4-isoxazolylpenicillin(オキサシシン),ABPC:アミノベンジルペニシリン(アンピシリン),PIPC:ピペラシリン,IPM/CS:イミペネム/シラスタチン,MEPM:メロペネム,DRPM:ドリペネム,CEZ:セファゾリン,CTM:セフォチアム,CFPN-PI:セフカペンピボキシル,CAZ:セフタジジム,CFPN:セフカペン,AMK:アミカシン,GM:ゲンタマイシン,TOB:トブラマイシン,EM:エリスロマイシン,CLDM:クリンダマイシン,MINO:ミノサイクリン,VCM:バンコマイシン,LZD:リネゾリド,LVFX:レボフロキサシン,CPFX:シプロフロキサシン,FOM:ホスホマイシン,ST:スルファメトキサゾール/トリメトプリム.(MIC:μg/ml)巣炎にて発症してから急速に強角膜炎ならびに高度結膜浮腫を呈したと考えた.初診時から経過中に一度も眼底検査ができていないため断定はできないが,眼内炎に関してはCCT,超音波CBモード像および摘出した眼内レンズを用いた培養結果より否定的と考えた17).Bacillus眼感染症の病態として,わが国のC15眼では経過中に眼窩蜂巣炎を呈した症例はみられたが,海外の報告も含めて本例のように眼窩蜂巣炎で発症した症例は調べえた限りではなかった2).眼窩蜂巣炎の原因病巣として,副鼻腔由来はC60.70%,小児ではC90%,眼瞼由来はC14%程度を占める,そのほかには頻度は少ないが涙.炎,歯科疾患あるいは敗血症などが知られている18).本例における感染源としては,当初より左上眼瞼皮膚からの感染を疑った.その理由として,初診時に左上眼瞼がもっとも強く腫脹・紫紅色を呈し,蕁麻疹発症後で皮膚バリア機能が低下していた可能性があり,しかも眼瞼皮膚中央に発赤点がみられたこと,また高容量ステロイド治療下であったことがあげられる.一方,初診時眼窩CCTにて眼球赤道部付近の眼窩組織に異常がみられないにもかかわらず,眼球後方脂肪織に炎症波及を疑う混濁がみられた点がこの感染経路の確定を困難にしている.つぎに,左眼と同側に篩骨洞粘膜肥厚と鼻粘膜腫脹がみられており,副鼻腔からの炎症波及を考えた.しかし,その程度はごく軽度であり液貯留,骨壁異常あるいは治療歴がないことから,耳鼻咽喉科と放射線科の医師は副鼻腔の関与について否定的であった.そして発症からC1年経過したが鼻部の治療歴および症状は発生していない.他方,汚染されたリネンおよび不十分な留置カテーテル管理によるCBacillus集団感染報告がある19).今回,前医でのリネン汚染に関する調査はしてないが,本例以外にはCBacillus感染症例はみられず,また本例では前医でのカテーテル留置期間はC3日と短いこと,そのカテーテル留置部位に発赤・腫脹・疼痛がなかったこと,および発症前に発熱や悪寒など全身症状がなかったことより留置カテーテル経由の感染は否定的と考えた.眼部以外の全身感染病巣からの血行性転移については,本例はC83歳と高齢ではあるが日々活動的で健康的な生活を送っていたこと,泌尿器,歯牙・歯肉,消化器などの既往歴および現在に至るまで新たな発病がないこと,発症時に発熱,悪寒,悪心および食欲不振などはみられなかったことより否定的と判断した.以上,感染源について検討したが最終的な確定には至らなかった.ただ,過去にも健常者における転移性眼内炎の報告例があること17),本例では初診時CCTにて眼瞼だけでなく球後脂肪織に炎症波及を示唆する混濁がみられたこと,そして血液よりCBacillusが検出された経緯より他の感染部位から血行性にCBacillusが眼部に転移した可能性を完全に否定できない.Bacillus属はCb-ラクタマーゼ産生菌のため,一般にはペニシリン系およびセフェム系には耐性を示し,バンコマイシン,クリンダマイシン,アミノグリコシド系に薬剤感受性を示すとされている.今回検出されたCB.cereusも薬剤感受性試験にてペニシリン系およびセフェム系には耐性を示した(表1).一方,本例は,感受性試験では耐性を示したCCEZ点滴治療にて,臨床的に眼痛の軽快および眼瞼の腫脹および色調の改善を得た.この乖離については,臨床治療効果とCinvitroでの薬剤感受性試験結果は必ずしも一致するとは限らないこと20),Bacillus属の臨床株のうちCCEZに感受性を示すものがC4割強ほどあること2),およびCBacillus属の菌種間で薬剤感受性が異なる可能性があることなどが指摘されている10,12).本例と同様に臨床的にペニシリン系あるいはセフェム系の薬剤にて効果を認めたとする報告もみられる12).本例ではCCEZ点滴開始後に眼瞼は腫脹軽減および色調回復したのに対して,強角膜は融解穿孔および角膜全面の黄白色変性という相反する治療結果を示した.この現象については,眼瞼は血流が豊富なため抗菌薬投与による治療効果が現れやすいのに対して,角膜には血流がないという解剖学的構造の相違によると推察した.今回の治療経験を踏まえ,治療の際には薬剤感受性結果は参考にしつつも,臨床面での治療効果を慎重に把握して診療にあたるべきと改めて考えさせら表2わが国におけるBacillus眼感染症眼症状発症か診断後治療報告年年齢性別病態原因菌種既往歴ら診断までの予後期間(日)抗菌薬ステロイド19834)穿孔性外傷C1C33男L)全眼球炎(鉄片飛入)CB.cereusC―C3CEM,GMC―眼球癆C2C19845)C62男B)ぶどう膜炎転移性CB.cereus胃癌・DM150日ほどCAKM,EMC―R)1.5,CL)0.05C3C19866)C39男L)全眼球炎穿孔性外傷CB.cereusC―C4CFOM,GM,MINOC―眼球癆(鉄片飛入)C19887)穿孔性外傷C4C48女R)眼内炎(鉄片飛入)CB.cereusCNA3日強CNACNA眼球内容除去C5C19918)C10男B)ぶどう膜炎転移性CB.cereus腸間膜C─1CEMプレドニゾロンR)1.0,CL)MHでC0.2リンパ節炎C30Cmg+点眼C6C19979)C2女L)眼瞼腫瘤不明CB.subtilisC―3週ほどCNACNA腫瘤摘出角膜移植・切開後0.1%フルオロメトロC7C200310)C56男R)角膜炎ステロイド点眼CBacillus.sp.C―CNACTOB,CLDM,IPMン治療的角膜移植C80男R)角膜炎庭木作業CB.sphaericusC―CNACCAZ,LVFX,TOBC―C0.8C200311)穿孔性外傷CAMK,IPM,LVFX,8C65男L)眼内炎(鉄片飛入)CB.cereusDM・HTC6CVCM,CLDM0.1%ベタメタゾン角膜混濁でCRD手術不可C9C200712)C56女L)角膜炎瘢痕性角結膜CBacillus.sp.DM・黄斑ジC11CLVFX,SBPC,0.1%フルオロメトロ角膜混濁,角膜血管侵入ストロフィCOFLX,CPRンC10C200713)C74男R)眼内炎転移性CB.cereus直腸癌・IVHC7CNACNA眼球摘出C200814)穿孔性外傷C11C30男L)全眼球炎(鉄片飛入)CB.cereusC―CNACVCM,IPMC―眼球摘出C12C201315)C67男L)眼内炎濾過胞感染CBacillus.sp.C―C3CVCM,CAZ,CPFX,―C1.0CABK,MFLXC201716)L)角膜潰瘍C13C71男→眼内炎竹でつくCB.cereus大腸癌C4CVCM,IPM0.1%ベタメタゾンC0.05CL:lefteye,B:bilateraleye,R:righteye,DM:diabetesmellitus,NA:notavailable,HT:hypertension,IVH:intravenoushyperalimentation,EM:erythromycin,GM:genta-micin,AKM:bekanamycin,FOM:fosfomycin,MINO:minocycline,TOB:tobramycin,CLDM:clindamycin,IPM:imipenem,CAZ:ceftazidime,LVFX:levo.oxacin,AMK:amikacin,VCM:vancomycin,SBPC:sulbenicillin,OFLX:o.oxacin,CPR:cefpirome,CPFX:cipro.oxacin,ABK:arbekacin,MFLX:moxi.oxacin,MH:macularhole,RD:reti-naldetachment.Cれた.Bacillus眼感染症は,感染後C2.4時間で外毒素を放出しはじめて数時間で眼内炎あるいは全眼球炎に至りやすい11).このため土壌汚染がからむ眼外傷例ではCBacillusを考慮して予防的治療を開始すべきという21,22).しかし,本例のように発症直前に明らかな眼外傷歴および発熱を含めた全身状態の異変がない眼窩蜂巣炎では,まして起炎菌が判明してない状況下では,発症後数時間から翌日にかけて急速に訪れる重篤な病態への進行を予測して対策を講じることはむずかしい11).ただ,本例においては初診時に非常に激しい眼痛の訴えと眼圧がC80CmmHgであった点が一般的な眼窩蜂巣炎の病像とは異なっていた.この点を考慮して,初期治療としてセファメジンナトリウム全身投与のみではなく,同時にアミノグリコシド系あるいはカルバペネム系など他の抗菌薬の全身投与および結膜下注射を許容最大投与量にて施行すべきであったと考えている18).最後に,眼窩蜂巣炎では多くはブドウ球菌,レンサ球菌あるいはインフルエンザ菌などが原因となり,ときに重症例がみられるが,現代では一般的には抗菌薬投与にて比較的速やかに軽快する疾患である1).しかし,眼窩蜂巣炎の起炎菌としてCBacillus属も原因となりうる場合があるので,眼症状の急性増悪を念頭において経時的な病状変化の把握を心がけて診療にあたるべきと思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)松生寛子,山本香織,川原陽子ほか:涙腺に睫毛が迷入したことが原因と思われる眼窩蜂窩織炎のC1例.あたらしい眼科25:413-416,C20082)DaveVP,PathengayA,BudhirajaIetal:ClinicalpresenC-tation,CmicrobiologicCpro.leCandCfactorsCpredictingCout-comesinBacillusCendophthalmitis.RetinaC38:1019-1023,C20183)鈴木崇,白石敦,宇野敏彦ほか:洗面所における微生物汚染調査.あたらしい眼科26:1387-1391,C20094)大石正夫,永井重夫:Bacilluscereus全眼球炎.臨眼37:C1175-1178,C19835)平野洋子,高橋堅一,山木邦比古:Bacilluscereusによると考えられる転移性ぶどう膜炎のC1例.臨眼38:407-412,C19846)松本雄二郎,中野秀樹,能勢晴美ほか:BacillusCereusによる全眼球炎のC1例.眼紀37:584-588,C19867)山本明美,布田竜佑:鉄片外傷後の化膿性眼内炎熊本大学眼科過去C22年間の統計.眼紀39:887-893,C19888)野崎奈都子,小暮美津子,若月福美ほか:BacillusCCereusによると思われる腸間膜リンパ節炎とぶどう膜炎.眼紀42:246-251,C19919)高村浩,山口克宏,高橋茂樹:Bacillussubtilisによる眼瞼感染症と考えられたC1例.臨眼51:1061-1063,C199710)鈴木崇,宇野敏彦,三好知子ほか:Bacillus属による角膜炎のC2例.眼紀54:811-814,C200311)高橋知里,杉本昌彦,脇谷佳克ほか:短期間での増悪が観察されたCBacilluscereus眼内炎のC1例.臨眼57:503-506,C200312)山本由紀美,石倉涼子,宮崎大ほか:瘢痕性角結膜上皮疾患患者に発症したCBacillus角膜炎のC1例.あたらしい眼科24:505-508,C200713)飛田秀明,早野悦子:急激な経過をたどったグラム陽性桿菌による内因性眼内炎のC1例.臨眼C61:985-989,C200714)ZhengX,KodamaT,OhashiY:EyeballluxationinBacilC-lusCcereus-inducedCpanophthalmitisCfollowingCaCdouble-penetratingocularinjury.JpnJOphthalmolC52:419-421,C200815)田中宏樹,重安千花,谷井啓一ほか:Bacillus属による遅発性濾過胞感染に伴う眼内炎のC1例.あたらしい眼科C30:C385-389,C201316)添田めぐみ,渡辺芽里,小幡博人:Bacilluscereus菌による重篤な外傷性眼内炎のC1例.臨眼71:1377-1382,C201717)日榮良介,平岡美紀,青木悠ほか:健常成人にみられた眼窩蜂窩織炎と眼内炎の同時発症例.臨眼C71:1873-1879,C201718)加島陽二:【眼科薬物療法】眼窩・涙道眼窩蜂巣炎.眼科54:1470-1475,C201219)笹原鉄平,林俊治,森澤雄司:【いまおさえておきたい注目の微生物C10】セレウス菌(Bacilluscereus)見逃していませんかC?その発熱の原因.InfectionCControlC17:1076-1080,C200820)松永直久:【抗菌薬ブレイクポイントを再考する】感染症診療におけるブレイクポイントの活用法と注意点.臨床と微生物39:9-14,C201221)松本光希:【眼感染症の傾向と対策-完全マニュアル】疾患別診断・治療の進め方と処方例眼内炎外傷性眼内炎.臨眼70:280-285,C201622)上甲武士:外傷性眼内炎の対処法について教えてください.あたらしい眼科17(臨増):72-74,C2001C***

結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):719〜723,2016©結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例平木翔子岡本紀夫山雄さやか渡邊敬三橋本茂樹福田昌彦下村嘉一近畿大学医学部眼科学教室ACaseofOrbitalCellulitisfollowingConjunctivitisShokoHiraki,NorioOkamoto,SayakaYamao,KeizoWatanabe,ShigekiHashimoto,MasahikoFukudaandYoshikazuShimomuraDepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine目的:結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例を経験したので報告する.症例:66歳,女性.2014年12月末に後頭部痛を自覚.その後,眼瞼の痛みを自覚し2015年1月5日に近医を受診.左眼の結膜炎と診断され0.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルメトロン点眼をするも改善されないため当科受診となる.初診時矯正視力は右眼1.2,左眼1.0pで,眼圧は右眼17mmHg,左眼23mmHgであった.前眼部所見では右眼は正常であったが,左眼は全周にわたる充血と下方の結膜の浮腫を認め一部は黄色の液体であった.ただし眼脂を認めていない.眼底所見は両眼とも視神経乳頭浮腫はなかった.若干の眼球運動障害があったのでHess試験を施行したところ,左眼の眼球運動障害を認めた.眼窩蜂巣炎を疑いCT検査をしたところ,炎症波及の原因となる副鼻腔炎を認めない眼窩蜂巣炎であった.ただちにセフェピム塩酸塩1g/日の点滴を開始した.その後,自覚症状は改善し結膜所見,Hess試験の所見も改善した.結論:本症例は既往歴に高血圧があるのみで,軽度の結膜炎から眼窩蜂巣炎に至ったと推察した.軽度の結膜炎に眼球運動障害がある場合,眼窩蜂巣炎を念頭に置く必要がある.Purpose:Wereportacaseoforbitalcellulitisthatfollowedconjunctivitis.Case:Thepatient,a66-year-oldfemale,complainedofoccipitalheadachearoundtheendofDecember2014.LatershefeltthepaininherleftlidareaandvisitedanearbyeyecliniconJanuary5,2015.Herconditionwasdiagnosedasconjunctivitis(OS)andtreatedwith0.5%levofloxacinand0.1%fluorometholoneeyedrops.However,thesymptomspersisted;shethereforevisitedourclinic.Atfirstvisittous,herbest-correctedvisualacuitywas1.2(OD)and1.0p(OS).Ocularpressurewas17mmHg(OS)and23mmHg(OU).Totalrednessofthebulbarconjunctiva,withedemainthelowerpart,wasobservedinherlefteye.Insomeareaofthatedema,therewasyellowishfluid.Herrighteyelookednormal.Therewasnosignoflidswellingordischarge.Wefoundmilddisorderinhereyemovement(OS)ontheHesschartdiplopiatest.Thepatientwasdiagnosedwithorbitalcellulitis,basedonlidandconjunctivaswellingandsoftshadowintheorbitaltissueasrevealedbyCTscan.ThesinusitiswasnotapparentonCTscan.Wetreatedherwithcefepime1g/dayDIVandhersymptomsandocularsignswerewelleased.Conclusion:Wesuggestthatthisorbitalcellulitiswasinducedbymildconjunctivitis,sincehergeneralconditionwasquitenormal,despitepastmildhypertension.Weshouldbecarefulwhenseeingmildconjunctivitiscombinedwitheyemovementdisorder.Therecouldbeorbitalcellulitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):719〜723,2016〕Keywords:眼窩蜂巣炎,結膜炎,眼球運動.orbitalcellulitis,conjunctivitis,ocularmotility.はじめに眼窩蜂巣炎は慢性および急性の副鼻腔炎に多く発症し,副鼻腔の未発達な小児によくみられるが,成人でもまれではない.抗菌薬がなかった時代には約25%が死亡し,25%が失明していた.今日でもときに致死的であり,重要な疾患である.今回筆者らは,高血圧があるのみで,軽度の結膜炎と眼球運動障害から画像検査を行い眼窩蜂巣炎の診断に至り抗菌薬の点滴にて速やかに治癒した1例を経験した.眼窩蜂巣炎の早期診断に寄与すると考えられたので報告する.I症例患者:66歳,女性.主訴:違和感(左眼),複視.既往歴:高血圧.現病歴:2014年12月末に後頭部痛を自覚.その後,眼瞼の痛みを自覚し2015年1月5日に近医を受診.左眼の結膜炎と診断され0.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルメトロン点眼をするも改善されないため当科受診となる.初診時所見(2015年1月8日):矯正視力は右眼(1.2×sph+2.00D(cyl−1.00DAx80°),左眼(1.0p×sph+1.25D(cyl−1.00DAx60°).眼圧は右眼17mmHg,左眼23mmHg.前眼部所見では右眼は正常であったが,左眼は全周にわたる結膜充血と下方の結膜の浮腫を認め,一部は黄色の液体であった(図1).ただし眼瞼腫脹と眼脂を認めていない.両眼とも前房に炎症所見はなかった.眼底所見は両眼とも視神経乳頭浮腫はなかった(図2).若干の眼球運動障害があったのでHess試験を施行したところ,左眼の眼球運動障害を認めた(図3).眼窩蜂巣炎を疑いCT検査をしたところ,左眼瞼・眼球結膜は肥厚し,眼窩内に軟部影が広がっていた.涙腺の肥大,副鼻腔炎,骨破壊像は認めなかった(図4).以上の所見より眼窩蜂巣炎と診断し,近医処方の点眼薬の継続に加え,セフェピム塩酸塩1g/日の点滴をただちに開始し3日間投与した.その後はセフカペンピボキシル塩酸塩100mg3錠/日の内服を7日間投与した.II経過1月10日の再診時には自覚症状は改善し,結膜所見はやや改善していた(図5).2月26日にはHess試験の所見も改善した(図6).3月26日の視力は右眼(1.5×sph+1.75D(cyl−1.00DAx80°),左眼(1.2×sph+1.50D(cyl−1.00DAx60°).眼圧は右眼14mmHg,左眼15mmHg.結膜は正常化した.III考按眼窩蜂巣炎は眼窩内の脂肪組織の感染症で,びまん性に化膿性浸潤を生ずる急性化膿性炎症である.ときに限局性化膿巣をつくることがあるが,抵抗力が少なく,かつ静脈系の豊富なところから炎症が容易に拡大しやすく,生命に対しても視力に対しても,重大な障害を及ぼすことがある.原因として小児では副鼻腔炎の眼窩内穿破がもっとも多く,成人では糖尿病や免疫抑制状態患者に多いとされている1〜6).眼科的に救急を要する疾患の一つである.近年の抗菌薬の発達により,以前の死亡率25%前後から激減したが,なお2〜3%の死亡率がある7,8).眼窩蜂巣炎の症状は,1)眼瞼の強い腫脹,開瞼不能,2)球結膜浮腫,3)炎症性眼球突出,4)眼球運動障害,複視,5)三叉神経痛,6)視力障害,7)発熱がある1〜4).本症例は球結膜浮腫と眼球運動のみで,眼窩蜂巣炎に特徴的な眼瞼浮腫・開瞼不能,炎症性の突出を認めなかった.眼窩蜂巣炎は一般的には結膜炎から進展することはないとされているが,高橋ら9)は,ソフトコンタクトレンズ装用中に重篤な結膜炎を初発症状とした眼窩蜂巣炎の1例を報告している.本症例はコンタクトレンズ装用者ではなく,前眼部所見も比較的軽度であった.彼らの症例と同様に健常者であったので原因を究明できなかった.健常者で結膜炎様症状の時期に眼窩蜂巣炎と診断し,適切な治療をすれば有効な治療結果が得られるのではないかと考えた.木村は,眼窩蜂巣炎の一歩手前の前眼窩蜂巣炎というべき症状はまれではないと提唱している11).彼は日常の外来経験から具体例として,他院の抗菌薬の投与で反応しない症例には眼窩周囲の可能性炎症病巣を注意深く検索すべきであると報告している.本症例も近医で抗菌薬が投与されても結膜の所見が改善せず紹介された.若干の眼球運動障害があったのでCTを行ったところ眼窩蜂巣炎の診断に至ったことから,前眼窩蜂巣炎に相当すると思われる.鑑別診断は表1に提示する疾患があげられる1〜5,9).いずれの疾患もCT,MRIが鑑別診断に有用である.眼窩蜂巣炎の起因菌は黄色ブドウ球菌が多く,ついでグラム陽性球菌である肺炎球菌などが多くみられる2,10).小児の場合はHemophilusinfluenzaeが多く重篤化しやすいので注意が必要である2,10).治療法は,細菌検査の結果が待てないときは広域スペクトラムをもつ抗菌薬を投与し,起因菌が黄色ブドウ球菌や肺炎球菌であればペニシリン系,セフェム系,ニューキノロン系の抗菌薬の点滴投与を行う.メシチリン耐性ブドウ黄色ブドウ球菌であればバンコマイシンの投与を行う.その他,眼窩切開術,重篤な場合は眼球摘出術,または眼球内容除去術を行う1〜5,8).本症例は木村11)が提唱する眼窩蜂巣炎の一歩手前の前眼窩蜂巣炎であったためか,抗菌薬の点滴で速やかに治癒することができた.一般的には特徴的な眼瞼腫脹,開瞼不能,炎症性の眼球突出があれば眼窩蜂巣炎を疑うが,ごく初期もしくは前眼窩蜂巣炎であれば見逃す可能性がある.抗菌薬を投与しても改善しない結膜炎をみた場合は,結膜浮腫,眼球運動障害もチェックし,眼窩蜂巣炎が疑わしい場合は積極的にCTを施行すべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)前久保知行,中馬秀樹:眼窩炎症性疾患.あたらしい眼科28:1565-1569,20012)中尾雄三:眼窩蜂巣織炎の診断と治療について教えてください.あたらしい眼科17(臨増):108-110,20003)太根節直:眼窩蜂巣炎.眼科救急ガイドブック(臼井正彦編),眼科診療プラクティス,15.p185-187,文光堂,19954)萩原正博:眼窩蜂窩織炎.眼感染症治療戦略(大橋裕一編),眼科診療プラクティス,21.p96-98,文光堂,19965)FerqusonMP,McNabAA:Currenttreatmentandoutcomeinorbitalcellulitis.AustNZJOphthalmol27:375-379,19996)MuephyC,LivingstoneI:OrbitalcellulitisinScotlandincidence,aetiology,managementandoutcomes.BrJOphthalmol98:1575-1578,20147)Duke-Elder:SystemofOphthalmology,VolXIII,PartII,p866-884,HenryKimpton,London,19748)大橋孝平:眼科臨床のために.p142-143,金原出版,19689)高橋秀徳,渋井洋文,松尾寛ほか:結膜炎症状で発症した眼窩蜂巣炎の1例.あたらしい眼科21:1245-1248,200410)木村泰朗:眼窩蜂巣炎.眼の感染・免疫疾患─正しい診断と治療の手引き─(大野重昭・大橋裕一編),p20-23,メディカルビュー社,199711)木村泰朗:前眼窩蜂巣炎症状!?眼の感染・免疫疾患─正しい診断と治療の手引き─(大野重昭,大橋裕一編),p45-46,メディカルビュー社,1997〔別刷請求先〕平木翔子:〒589-8511大阪府大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ShokoHirakiM.D.,DepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine,377-2Ohnohigasi,OsakasayamaCity,Osaka589-8511,JAPAN図1結膜所見左眼で著明な結膜充血と下方に限局した黄色調滲出液を伴う結膜浮腫を認めた.図2初診時眼底所見両眼ともに特記すべき所見を認めなかった.図3初診時Hessチャート左眼の全方向性の眼球運動障害を認めた.図4初診時頭部CT眼瞼,眼球結膜は肥厚し,眼窩内に軟部影(→)が広がっていた.外眼筋,涙腺の肥大,副鼻腔炎,骨破壊像は認めなかった.図52015年1月10日自覚症状は改善し,結膜所見はやや改善を認めた.図62015年2月26日Hessチャート所見は改善している.表1鑑別診断痛み画像備考眼窩炎性偽腫瘍(−)眼瞼,涙腺,外眼筋の腫大悪性リンパ腫(−)生検し病理診断涙腺炎(+)涙腺部涙腺腫大後部強膜炎(+++)強膜の肥厚頸動脈海綿静脈洞瘻(−)上眼動脈の拡大結膜血管拡張海綿静脈洞症候群(−)海綿静脈洞内の血栓,腫瘍IgG4関連疾患(−)眼瞼,涙腺,外眼筋の腫大生検し病理診断,血清IgG4測定甲状腺眼症(−)外眼筋のコカコーラボトル様肥大0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(95)719720あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(96)(97)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016721722あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(98)(99)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016723

治療に苦慮した眼窩蜂巣炎の1例

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):712.716,2013c治療に苦慮した眼窩蜂巣炎の1例石田友香*1廣渡崇郎*1吉丸芳美*2寺尾元*3秋澤尉子*1*1東京都保健医療公社荏原病院眼科*2吉丸眼科医院*3東京都保健医療公社荏原病院耳鼻咽喉科ACaseofRefractoryOrbitalCellulitisTreatedOnlywithAntibioticsTomokaIshida1),ToshioHirowatari1),YoshimiYoshimaru2),HazimeTerao3)andYasukoAkizawa1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,2)YoshimaruEyeClinic,3)DepartmentofOtolaryngology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital筆者らは,軽度の副鼻腔炎から波及したと思われる難治性の眼窩蜂巣炎の成人症例を経験した.症例は37歳,男性.右眼周囲の発赤,腫脹,疼痛を主訴に東京都保健医療公社荏原病院眼科を受診した.視力は両眼とも矯正で(1.5),視野異常もなかった.右眼球は突出し,眼球運動はほとんどみられなかった.Magneticresonanceimaging(MRI)では,右眼窩内上方から内側に眼窩骨膜に沿って眼窩尖部にまで及ぶ不均一で造影増強効果のある病変が検出され,右眼窩蜂巣炎と診断した.原因は右篩骨洞炎と思われた.セフェム系,カルバペネム系の抗生物質点滴投与にて,症状が改善せず,アミノグリコシド系抗生物質の経結膜的球後注射を4回施行したところ,眼瞼の発赤,腫脹,疼痛と眼球運動障害が改善し,後遺症なく保存的療法のみで治癒を得た.眼窩蜂巣炎は,進行により失明や敗血症など生命にかかわる緊急疾患であり,早期診断,治療は重要である.今回いくつかの反省を踏まえ,その治療経過を報告した.Background:Weexperiencedanadultcaseofrefractoryorbitalcellulitiscausedbymildsinusitis.Subject:A37-year-oldmalereferredtousfororbitalcellulitisdeterioration.Observation:Atfirstexamination,weobservedswellingandruborofhisrighteyelid,exophthalmosofhisrighteyeballandocularmotorfailure.Magneticresonanceimaging(MRI)showedanenhancedlargelesionintheupper-nasalorbitandmildethmoidsinuses,whichweconcludedwasthecauseoftheorbitalcellulitis.Wegaveanintravenousdripofbroad-spectrumantibiotics,butwithnoameliorativeeffect;wethereforeadministeredaretrobulbarinjectionofantibiotics.Thiswaseffective;wedidthisthreemoretimes.Thepatientexperiencedremissionoftheeyelidswellingandrubor,hiseyemovementbecamenormalandthediplopiadisappeared.Conclusion:Wereportedrefractoryorbitalcellulitis,withsomeconsiderationregardingthetreatmentanddecisionoftreatmenteffect.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):712.716,2013〕Keywords:眼窩蜂巣炎,磁気共鳴画像(MRI).orbitalcellulitis,magneticresonanceimaging(MRI).はじめに眼窩蜂巣炎は,急性の細菌感染であり,感染経路として副鼻腔から眼窩への炎症の波及が最多である.重症化すると失明に至る場合や,頭蓋内への波及や敗血症など生命に危険を及ぼす場合もあり,速やかな診断と適切な治療を必要とする救急疾患である.一般には抗生物質の全身投与で予後は改善されることが多いが,その効果が低い場合は早急に観血的処置が必要となることもある1).発症年齢は小児(10歳にピーク)と40歳代の二峰性を示すといわれている2).今回,筆者らは,軽度の副鼻腔炎から波及したと思われる難治性の眼窩蜂巣炎の成人症例を経験したので,その治療経過を報告する.I症例患者:37歳,男性.主訴:右眼周囲の発赤,腫脹,疼痛.既往歴・生活歴:職業サーファー,花粉症,イヌを飼っている.現症:2012年3月11日から右上眼瞼の発赤,腫脹と疼痛があり,同日に近医を受診し,霰粒腫の診断で,レボフロキ〔別刷請求先〕石田友香:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:TomokaIshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashiyukigaya,Ota-ku,Tokyo145-0065,JAPAN712712712あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(134)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY サシン500mg1日1回内服と,レボフロキサシン点眼とフルオロメトロン0.1%点眼1日4回を処方された.しかし,5日目に右眼瞼の発赤,腫脹が高度となり,疼痛が悪化し,頭痛も出現したため,3月16日に他医院を受診し,眼窩蜂巣炎の疑いにて,同日に東京都保健医療公社荏原病院眼科(以下,当院)に紹介となった.初診時所見:右上眼瞼の発赤,腫脹が高度であった.右眼眼球結膜は浮腫を伴い充血高度であり,眼球突出していた.霰粒腫を示唆するしこりは触れなかった.角膜から中間透光体,眼底には異常所見はなかった.視力は右眼0.2(1.5×(cyl.2.0DAx80°),左眼1.5(n.c.),Goldmann視野検査は正常範囲であった.副鼻腔造影磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)では,右眼窩内上方から内側に眼瞼皮下から,眼窩骨膜に沿って眼窩尖部にまで及ぶ不均一で造影増強効果のある病変が検出された.隣接する右篩骨洞の軽度の粘膜肥厚と,右鼻腔粘膜の明らかな肥厚を認めた.しかし,明らかな骨破壊や脳への進展はみられなかった(図1).血液検査では,白血球は7,600個/μlと正常範囲内,C-reactiveprotein(CRP)は,1.14mg/dlと軽度上昇であったが,その他には異常値はなかった.体温は正常範囲であった.初診時に採取した右下眼瞼の結膜.の培養は陰性であった.花粉症による水様性鼻漏は軽度であったが,鼻すすりの癖があった.Radioallergosorbenttest(Rast)では,ハウスダスト,ヤケヒョウダニ,スギ,ヒノキが陽性であった.T2W1水平断:入院時T2W1冠状断:入院時図1入院時MRI(3月19日)左:T2W1水平断.右眼窩鼻側から,眼窩骨膜に沿って眼窩尖部にまで及ぶ不均一で造影増強効果のある病変がみられる(矢頭).右:T2W1冠状断.右眼窩内上方に造影増強効果のある病変があり,眼球が偏移している.隣接する右篩骨洞の軽度の粘膜肥厚と,右鼻腔粘膜の明らかな肥厚もみられる.眼瞼腫脹+++++++++++++++++-眼球突出++++++++++++++++++-疼痛+++++++++++++++++-眼球運動障害++++++++++++++++++-図2入院後経過WBC(個/μl)8,7005,4007,8006,2007,400入院後の臨床経過を図にして示す.CRP(mg/dl)5.21.550.540.261.06WBC:白血球.CRP:C-reactiveprotein.CEZ:セファゾリンナトリウム.治療CEZ5g/dayMEPM2g/dayMEPM:メロペネム水和物.AMK:アミカシン硫酸塩.AMK400mg/dayAMK球後注射4回3/193/223/253/263/283/294/54/13入院退院(135)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013713 経過:眼窩蜂巣炎の診断のもと,入院による加療を勧めたが,本人の都合で入院を希望しなかったため,外来でセフォチアム塩酸塩2gを点滴し,帰宅した.翌日も同様の点滴を施行したが改善なく,右眼瞼の発赤,腫脹が著明に悪化していった.3月19日には,白血球8,700個/μl,CRP5.2mg/dlと上昇し,右眼瞼の発赤,腫脹と眼球突出が増悪し,眼球はやや外斜したまま眼球運動がまったくない状態となったため,同日緊急入院となった.入院後経過(図2):3月19日から第二世代セフェム系のセファゾリンナトリウム(cefazolin:CEZ)1g5回/日を点滴投与開始した.3月22日には白血球52,400個/μl,CRP1.55mg/dlと改善し,右眼瞼の浮腫や発赤はやや改善し,疼痛も軽減したが,眼球突出と眼球運動に改善はなかった.3月25日に,疼痛の悪化があり,右眼瞼の腫脹が悪化した.白血球7,800個/μl,CRP0.54mg/dlであり,CRPは改善していたが,白血球数が上昇しており,所見や自覚症状の悪化と合わせ,改善なしと判断し,3月26日から抗生物質点滴を,広域スペクトルをもつメロペネム水和物(mero図3Hessチャート(3月28日)右眼眼球運動が大きく制限されている.T2W1水平断:退院後T2W1冠状断:退院後図4退院後MRI(4月18日)左:T2W1水平断.右:T2W1冠状断.両方とも炎症所見は消失し,正常範囲の画像を示している.714あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(136) penem:MEPM)2g/日に変更した.3月28日には白血球6,200個/μl,CRP0.26mg/dlと改善し,疼痛の改善と,他覚的な腫脹も軽減した.眼球運動も改善しはじめたため,Hessチャートによる評価を開始した(図3).3月29日に眼瞼腫脹と疼痛の訴えがあり他覚的にも腫脹の悪化があった.白血球も7,400個/μl,CRP1.06mg/dlとごく軽度の悪化を認めた.血液検査では軽度の炎症所見であったが,眼瞼腫脹や眼球運動障害の所見は著明であり,MEPMの効果は低いと判断した.そこで同日から,アミカシン硫酸塩(amikacin:AMK)の球後注射を併用した.副鼻腔MRIで炎症の強かった上鼻側の結膜に切開を入れ,27ゲージヒーロンR針でAMK1mlを投与したところ,著明に眼瞼の腫脹が改善し,疼痛も消失した.このため,3月29日からAMKの球後注射を2日おきに3回追加し合計4回行ったところ,眼球運動も著明に改善し,内転障害のみ残存する状態となった.4月3日に副鼻腔MRIを再検したが,右眼窩内の炎症所見が著明に軽減し,膿瘍形成はなかった.残存した炎症所見に対し,AMKの球後注射が著効したことから,抗生物質全身投与を4月5日よりAMK(400mg/日)の点滴に変更した.4月11日にミノサイクリン塩酸塩(minocyclinehydrochloride:MINO)100mg/日の内服に切り替え退院とした.退院後の副鼻腔MRIでは,造影効果のある炎症病変は消失しており,眼球突出もみられなくなっていた(図4).複視の訴えも消失,Hessチャートも正常範囲となった.II考按眼窩蜂巣炎の原因としては,副鼻腔疾患(炎症性,.胞性,腫瘍性,外傷性など)が最多で,ついで眼瞼の化膿性疾患,骨髄炎と報告されている2).副鼻腔から眼窩への感染の進展経路は,直接組織を伝わる経路,骨孔や骨裂隙を経る経路,神経周囲間隙を経て神経に伝わる経路,血管やリンパ管を経る経路が指摘されている.特に篩骨洞と眼窩の間は,篩状板という薄い軟骨でできており,炎症が波及しやすいため,篩骨洞の病変は眼窩蜂巣炎の原因となりやすい3).本症例では,眼瞼に霰粒腫,麦粒腫,涙.炎などの所見はなく,軽度ではあるが,篩骨洞の粘膜の肥厚像があり,副鼻腔炎が契機となり眼窩蜂巣炎を発症したと考えた.また,鼻腔の粘膜の肥厚が著しく,アレルギー検査では,花粉症とイヌのアレルギーが示唆されたことからアレルギー性鼻炎も増悪因子の一つと考えた.患者はサーファーで,毎週サーフィンをして,激しい鼻かみを繰り返し,入院後も鼻すすりの癖がみられた.鼻すすり動作は胸腔内に生じた陰圧が下気道,上気道に波及することによって鼻孔から空気を吸引する動作であり,鼻咽腔に陽圧が発生する.鼻かみ動作も,鼻咽腔に陽圧が発生す(137)る.これらの動作は耳管を通じて中耳圧の変化を起こし,中耳炎の原因となることが指摘されている4).本症例は,小児や免疫不全者ではないが,副鼻腔炎に激しい鼻かみや鼻すすり癖の動作が加わることで,中耳炎と同様の機序で炎症が骨隙や静脈を伝って波及しやくなったために,軽度の副鼻腔炎から重症の眼窩蜂巣炎を発症したと考えられる.副鼻腔炎の評価を造影MRIのみで行ったが,初診時に造影computedtomography(CT)で,副鼻腔炎の厳密な評価,骨の状態の評価,眼窩内の気泡の有無の評価などを行うべきであった.眼窩蜂巣炎の治療の基本は抗生物質の全身投与である.培養の結果が出るまで,広域抗生物質を使用し,原因菌を同定したところでターゲットを絞った抗生物質に変更していくのが一般的である5).金子らは,24.48時間の抗菌薬投与でも改善を認めない場合,視力障害を認める場合,敗血症,髄膜炎などの全身症状が出現する場合,膿瘍が証明され臨床症状を伴う場合に,外科的治療の適応があるとしている6).40%近くが手術となったという報告もある2).今回上記には該当せず外科的治療への移行を行わなかったが,抗生物質の全身投与で速やかに改善したわけではなく,治療に苦慮した.その原因として,原因菌が同定できなかったことがある.結膜.培養も,すでに近医で抗生物質の点眼を投与されている状態であったことと,結膜に膿が露出していたわけではなかったため,菌を検出できなかった.耳鼻咽喉科からの報告では,眼脂のみならず,鼻腔や咽頭からも培養をとっており,これらから菌が検出されている3).そもそも,鼻領域からの炎症の波及を考えると,抗生物質全身投与前に耳鼻咽喉科に依頼し鼻腔内の特に篩骨洞に近い部分の培養を取るべきであった.本症例は,セフェム系,カルバペネム系の抗生物質全身投与は無効であった.成人の場合,StreptococcusspeciesやStaphylococcusaureusが原因菌として多いとされており1),それらをターゲットにグラム陽性球菌に強い第一世代セフェム系を選択した.しかし,セフェム系は無効でありターゲット外のグラム陰性桿菌がその原因として考えられた.グラム陰性桿菌の頻度は低いが,緑膿菌の報告は散見される1,3).しかし,抗菌スペクトルを広げてカルバペネム系MEPMの投与を行ったが,それも無効であり,結局はアミノグリコシド系のAMKが有効であった.MEPMの耐性菌として,最近多剤耐性緑膿菌の報告があるが,そのなかで新谷の報告では,2010年の院内の喀痰由来緑膿菌で,AMKの薬剤感受性率は88.9%に対し,MEPMは70.8%であった7).このように,今回MEPMに耐性を獲得しているが,AMKの薬剤感受性が保たれている菌による感染であったために,薬物療法が難航した可能性が高い.また,耐性菌のみならず,眼窩は血流の乏しさによる抗生物質の組織移行性の低さが考えられたため,球後注射によるあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013715 抗生物質投与も行った.眼窩蜂巣炎に対する抗生物質の球後注射という治療に関しては,筆者らの調べた限りでは今まで報告がない.しかし,この方法は,侵襲性が低く,なおかつ今回は有効であったことから,外科的治療を検討する前に試みてよい治療方法と思われる.また,AMKは,当院で白内障手術時に感染予防の結膜下注射で使用してきて,今までそれによる合併症がでていなかったことから,球後注射に採用したが,本症例でも,視神経や眼球運動を含め,特にAMKによると思われる合併症はみられなかった.球後注射による抗生物質投与に関しては,さらに多数の症例による有効性の検討が必要である.治療を選択し,変更していく過程において,その評価方法も重要である.眼窩蜂巣炎では,入院時に発熱があったものは半数以下であり,血液検査もほかの全身感染症に比べると,炎症反応がでにくい傾向にある3).本症例も発熱はなかった.血液所見の炎症反応は中等度で,抗生物質投与後早い時期に正常範囲となったが,眼球突出や眼球運動制限などの臨床所見からは治癒といえる状態ではなかったため,血液所見や体温を指標とすることは困難であった.視診による腫脹,発赤のほかには,疼痛や複視などの自覚症状を指標とするには定量性に欠けることが問題であった.抗生物質終了や変更の分岐点での評価は副鼻腔MRIで行った.これは有用な検査であるが,頻回には行いにくい.そこで,本症例の場合は入院時にまったく眼球運動がなく,治療により改善していったので,眼球運動をHessチャートで評価し,治療効果判定の指標の一つとした.Hessチャートは簡便で,比較もしやすいので,治療効果判定の指標の一つとしては適していると思われる.本症例は治療が難航したが,抗生物質の全身投与のみでなく,球後注射を行ったことで視野障害や視力障害,眼球運動障害を残さずに,保存的治療のみで治癒に至った.難治性眼窩蜂巣炎を経験し,抗生物質の球後注射併用が効いたために保存的療法で治癒可能であった.しかし,上記のようにいくつかの反省点があったため,その経過と治療内容を報告した.今後さらによりよい治療を目指していきたいと思う.文献1)大島浩一:眼窩疾患の取り扱い方─眼窩内感染症─眼科の立場より─.JOHNS25:1097-1101,20092)藤島浩,平形寿孝,木村肇二郎:慶大眼科における眼窩蜂窩織炎の統計的観察.眼紀42:268-272,19913)山岸由佳,名田匡利,横山壽一ほか:副鼻腔炎に併発した眼窩蜂窩織炎に関する報告.日本外科感染症学会雑誌7:299-306,20104)崎川康彦:鼻すすりの病態と生理鼻すすりによる中耳圧・髄液圧の変化.JOHNS16:1045-1048,20005)工藤睦男,古矢彩子,嶋根俊和ほか:眼窩内疾患の取り扱い方眼窩内感染症─耳鼻咽喉科の立場から─.JOHNS25:1102-1105,20096)金子研吾,里和一仁,久保田修ほか:副鼻腔炎による眼窩内合併症─32症例の臨床的検討─.日鼻誌42:130137,20037)新谷雅司:当院(山本第三病院)の分離緑膿菌の薬剤感受性と本菌の薬剤耐性化システム.化学療法の領域26:22632271,2010***716あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(138)

眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1 例

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(141)1307《原著》あたらしい眼科27(9):1307.1309,2010cはじめに桐沢型ぶどう膜炎(acuteretinalnecrosis:ARN)は視力予後のきわめて不良な難治性疾患であり,病因として単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)1)と帯状疱疹ウイルス2)の関与が明らかにされている.進行が急激であることから早期に発見,診断し,抗ウイルス薬を中心とした内科的治療と,時期を逃さずに硝子体手術を中心とした外科的治療を行うことが視力予後を左右する.ARNの臨床所見は角膜後面沈着物や前房内,硝子体に炎症細胞,周辺網膜に網膜壊死病巣や動脈を含む閉塞性血管炎を認めるなどの眼内病変が主であるため3),外眼部病変を伴うARNでは診断が遅れる可能性があり,予後に悪影響を及ぼしかねない.今回筆者らは,眼窩蜂巣炎様症状を併発したARNの1例を経験したので報告する.I症例患者:34歳,男性.主訴:左眼視力低下.〔別刷請求先〕鈴木潤:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:JunSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversityHospital,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1例鈴木潤臼井嘉彦坂井潤一後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofAcuteRetinalNecrosisPresentingwithInflammatoryOrbitalCellulitisJunSuzuki,YoshihikoUsui,Jun-ichiSakaiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:初発症状として眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎(acuteretinalnecrosis:ARN)の1例を報告する.症例:34歳,男性.左眼に眼瞼腫脹と高度な結膜浮腫がみられ,眼底に視神経乳頭の腫脹と鼻側周辺部に黄白色病変,動脈炎が観察された.全身検査では白血球数の上昇はなく,赤沈とCRP(C反応性蛋白)の軽度上昇を認めた.ARNを疑いアシクロビル,ステロイド薬の全身投与を開始したが,眼窩CT(コンピュータ断層撮影)で左眼の眼瞼皮下に炎症を疑わせる陰影が認められたため,眼窩蜂巣炎や眼内炎の可能性も考え,抗生物質の点滴静注を併用した.眼瞼腫脹は改善したが,眼底の黄白色病変は全周に癒合しながら広がり,前房水中より単純ヘルペスウイルス(HSV)-2型が検出されたためARNと診断した.結論:ARNでは眼窩蜂巣炎様症状を併発することがあり,過去の報告と本症例の検討から病因ウイルスがいずれもHSVであること,全身検査では炎症所見が軽度という共通点がみられた.Wereportacaseofacuteretinalnecrosis(ARN)initiallypresentingwithinflammatoryorbitalcellulitis.Thepatient,a34-year-oldmale,hadeyelidedemaandchemosisinhislefteye.Fundusexaminationrevealedopticedema,whitedotsontheperipheralretina,andretinalarteritis.LaboratoryexaminationrevealedslightlyincreasederythrocytesedimentationandC-reactiveprotein,withnoincreaseinwhitebloodcellcount.ARNwasinitiallysuspected;intravenousacyclovirandsteroidwasinitiated.Computerizedtomographyoftheorbitrevealedsofttissueswellingoftheeyelid.Orbitalcellulitisorendophthalmitiswerealsoconsidered.Theorbitalinflammationresolvedrapidly,whereastheyellowish-whitelesionbecameconfluent.ARNwasdiagnosedfromthepresenceofherpessimplexvirus(HSV)type2DNAintheaqueoushumor.ARNmaybeassociatedwithorbitalinvolvementandtheyhavetwocommonfeaturesaspreviouslyreported:1)HSVaspathogen,and2)mildsystemicinflammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1307.1309,2010〕Keywords:桐沢型ぶどう膜炎,眼窩蜂巣炎,単純ヘルペスウイルス.acuteretinalnecrosis,orbitalcellulitis,herpessimplexvirus.1308あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(142)既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:平成21年3月10日に左眼流涙,結膜充血,浮腫を自覚し近医眼科を受診.左眼の視力低下,高眼圧,角膜浮腫と前房炎症細胞を認め,虹彩炎,続発緑内障と診断され,3月12日東京医科大学病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼1.2(矯正不能),左眼0.08(0.2×sph.4.0D),眼圧は右眼16mmHg,左眼33mmHgであった.左眼の上下眼瞼は腫脹し(図1),結膜充血と浮腫が著明であった(図2).前眼部,中間透光体所見は左眼に前房炎症細胞(1+),中.小型の角膜後面沈着物を認めた.左眼眼底は後極部に視神経乳頭の腫脹を認め,周辺部には顆粒状の黄白色病変と網膜動静脈炎がみられた(図3).右眼には特記すべき所見を認めなかった.全身検査所見:末梢血液像では白血球数7,500/μl,赤血球数515万/μl,血小板27.6万/μlと異常なく,赤沈が16mm(正常範囲15未満)とわずかに亢進していた.生化学検査ではCRP(C反応性蛋白)0.8mg/dl(正常範囲0.3以下)と軽度上昇を認めるも,その他に異常値を認めなかった.ツベルクリン反応は陰性(3mm×5mm)で,結膜擦過物を用いた細菌培養検査は陰性であった.経過:外眼部および前眼部所見は非典型的であったが眼底所見よりARNを疑い,当院受診日にただちに入院,右眼前房水を採取しpolymerasechainreaction(PCR)法によるウイルスDNAの検索を行い,同時にリン酸ベタメタゾンの点眼のほかアシクロビル2,250mg/日とリン酸ベタメタゾン6mg/日の全身投与を開始した.翌日に眼窩CT(コンピュータ断層撮影)を行ったところ,左眼は眼瞼と眼球周囲に高反射領域が認められたため(図4),眼窩蜂巣炎や感染性眼内炎の可能性も考慮し,セファゾリンナトリウム1g/日の点滴静注も併用した.治療開始後2日目には眼瞼腫脹は改善したが,眼底の黄白色病変は全周に癒合しながら拡大していった.初診時に行ったPCR検査の結果から前房水中にHSV-2型が検出されたため,眼窩蜂巣炎様所見を伴ったARNと診図1当科初診時の顔面写真左眼瞼腫脹を認める.図3当科初診時の左眼眼底写真周辺部に網膜動静脈炎,顆粒状黄白色病変がみられる.図2当科初診時の左眼前眼部写真著しい結膜充血,浮腫を認める.図4眼窩CT写真左眼眼瞼および眼球周囲の軟部組織にhighdensityareaがみられる.(143)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101309断し,抗菌薬の投与はまもなく中止した.眼瞼腫脹は軽快したが網膜壊死が進行したため,治療開始後9日目に左眼の水晶体摘出,硝子体切除術,輪状締結術を行った.術後は眼瞼腫脹の再発もみられず,網膜.離を生じることなく推移し,平成22年8月に至る現在まで経過観察中である.II考按眼窩内病変を伴うARNはこれまでに少数例ながら報告されており4.9),その発症機序についてさまざまな考察がなされている.藤井ら5)は,三叉神経第1枝が眼窩や上眼瞼,涙腺に分布していることから,ヘルペスウイルスが眼内病変と同様に眼窩蜂巣炎様所見の原因となりうるとしている.しかし,涙腺の生検を行った2例の報告7,8)ではヘルペスウイルスは検出されていない.また,抗ウイルス薬のみでは眼瞼腫脹が改善しなかった例4)やステロイド薬のみで眼瞼腫脹が軽快する例7,9)もあることから,ARNに伴う眼窩内病変におけるヘルペスウイルスの関与については結論が出ていない.本症例では結膜擦過物に対して細菌培養検査のみ行ったが,涙液も含めてPCR検査を行うことでヘルペスウイルスの関与を証明できた可能性も考えられた.一方で抗生物質の全身投与のみで眼瞼腫脹が改善した例はなく,自験例も含めて全身検査でも白血球数の上昇やCRPの異常高値を示した報告がないことから,眼窩内病変は細菌感染によるものではないことが推測される.今回の症例では抗ウイルス薬とステロイド薬,抗生物質がほとんど同時に投与されたため,眼窩蜂巣炎様症状の消退に何が効果を示したのかは不明であるが,全身的な炎症反応がほとんどみられなかったことから,少なくとも細菌感染の関与はなかったものと思われる.初発症状についても眼窩内病変を認めるARNでは通常のARNとは異なった特徴がみられる.ARNの初発症状として最も一般的なのものは充血,霧視,視力低下などである10)が,眼窩内病変を認めるARNでは眼痛や眼瞼腫脹,結膜浮腫,眼瞼下垂といったものが多い.本症例においても初発症状は流涙,結膜充血,浮腫であり,その後に視力低下を自覚したことから,典型的なARNの初発症状とは異なっていた.初発症状が非典型的であることや外眼部病変を認めることに加え,眼窩内病変が眼底病変に先行する場合や,硝子体混濁などのために眼底病変が確認できない場合,ARNの診断が困難となる可能性がある.しかし,眼窩内病変についてはステロイド薬のみで軽快する可能性があるものの,眼内病変についてはやはり抗ウイルス薬による治療が必須であり,治療の遅れにより不可逆的な視機能障害が残った症例4,7)や,僚眼にARNが発症した報告6)もみられる.幸い本症例では眼底病変が初診時より確認可能であったため,初診時に前房水を用いたウイルスDNAの検索を行い,比較的早期に抗ウイルス療法を行うことができた.本症例と過去の報告とを比較するといくつかの共通点がみられる.これまで眼窩内病変を認めるARNとして報告されたもののうち,眼内液の検索が行われた症例では検出されたウイルスはいずれもHSV(1型もしくは2型)であった.本症例においても前房水からHSV-2型が検出されたことから,HSVが眼窩内病変を伴うARNの病態に関与していることが推察される.また,眼窩蜂巣炎様の所見を呈するものの,白血球数などの全身の炎症マーカーの異常値は軽度であり,いずれも本症例に認められたように赤沈のわずかな亢進とCRPの軽度上昇を認めるのみであった.これらの事実からHSVによるARNであること,全身の炎症マーカーの異常値が軽度であることは,特殊な病態を呈するARNの診断を誤らないための重要な点と考えられた.ARNの1病型として眼窩蜂巣炎様の眼付属器病変がみられることを認識しておくことが早期診断,治療のために最も重要ではあるが,同時にこのような病態にはいくつかの共通項目があることが判明した.本論文の要旨は第43回日本眼炎症学会で発表した.文献1)LewisML,CulbertsonWW,PostJDetal:Herpessimplexvirustype1.Acauseoftheacuteretinalnecrosissyndrome.Ophthalmology96:875-878,19892)CulbertsonWW,BlumenkranzMS,PeposeJSetal:Varicellazostervirusisacauseoftheacuteretinalnecrosissyndrome.Ophthalmology93:559-569,19863)HollandGNandtheExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol117:663-667,19944)TornerupNR,FomsgaardA,NielsenNV:HSV-1-inducedacuteretinalnecrosissyndromepresentingwithsevereinflammatoryorbitopathy,proptosis,andopticnerveinvolvement.Ophthalmology107:397-401,20005)藤井清美,中山智寛,猪原博之ほか:眼窩蜂巣炎症状を伴った桐沢型ブドウ膜炎の1例.臨眼55:1211-1215,20016)松尾真理,丸山耕一,国吉一樹ほか:眼窩内病変を合併した急性網膜壊死の1例.眼臨97:449-452,20037)FooK,SmallK,AlexanderDetal:Acuteretinalnecrosisassociatedwithpainfulorbitopathy.ClinExperimentOphthalmol31:270-272,20038)RozenbaumO,RozenbergF,CharlotteFetal:Catastrophicacuteretinalnecrosissyndromeassociatedwithdiffuseorbitalcellulitis:acasereport.GraefesArchClinExpOphthalmol245:161-163,20079)YamanA,OzbekZ,SaatciAOetal:Unilateralacuteretinalnecrosisinitiallypresentingwithpainfulorbitopathy.AnnOphthalmol40:180-182,200810)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計的観察.眼臨101:61-64,2007