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眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例

2016年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科33(5):746〜748,2016©眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例宇田川さち子*1大久保真司*1高比良雅之*1柿﨑裕彦*2杉山和久*1*1金沢大学医薬保健学域医学系眼科学*2愛知医科大学眼形成・眼窩・涙道外科ACaseofTraumaticOculomotorNervePalsyduetoOcularContusionSachikoUdagawa1),ShinjiOhkubo1),MasayukiTakahira1),HirohikoKakizaki2)andKazuhisaSugiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DepartmentofOphthalmology,AichiMedicalUniversitySchoolofMedicine眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例を経験した.症例は22歳,男性.手甲部が右眼部に当たり,同日に金沢大学附属病院・救急外来を受診した.右眼球運動障害,右軽度眼瞼下垂,右眼散瞳(右眼直接・間接反射消失)がみられ,眼窩部CT(computedtomography)で右上下眼瞼皮下血腫,皮下気腫がみられたが,明らかな眼窩壁骨折はなく,眼窩部MRI(magneticresonanceimaging)で右下直筋,外直筋に血腫,腫脹がみられた.約2週間後には,眼瞼下垂は消失,眼球運動障害は徐々に改善し,約3カ月後には正面視と日常生活範囲での複視は消失した.最終受診時には眼瞼下垂や日常生活範囲内での複視はなかったが,右上転障害と右内眼筋障害が残存した.Wereportacaseoftraumaticoculomotornervepalsyduetoocularcontusion.A22-year-oldmale,whohadstruckhisrighteyewiththebackofhishand,visitedKanazawaUniversityHospitalwithmotilitydisorderandmydriasis(lossofbothdirectandindirectreflex)inhisrighteyeandmildrightuppereyelidptosis.Computedtomography(CT)scansshowedsubcutaneoushematomaandemphysemaoftherightupperandlowereyelids,butnoorbitalwallfracture.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedhematomaandswellingintherightinferiorandlateralrecti.Theptosisdisappearedandtheoculomotordisorderimprovedin2weeks;diplopiaatprimarypositionandindailylifedisappearedin3months.Athisfinalvisit(inthe8thmonth),limitedrighteyeelevationandintraocularmuscledisorderstillremained.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):746〜748,2016〕Keywords:眼窩部打撲,外傷性動眼神経麻痺,上転障害,内眼筋障害.ocularcontusion,traumaticoculomotornervepalsy,limitedelevation,intraocularmuscledisorder.はじめに眼部打撲では眼窩吹き抜け骨折の報告が多数みられるが,外傷性動眼神経麻痺の報告は,トラップドア型の眼窩吹き抜け骨折に動眼神経の下斜筋枝が巻き込まれたという2例の報告のみである1).外傷性動眼神経障害の回復は,通常,眼瞼下垂,外眼筋麻痺の順に生じ,瞳孔異常の回復は遅れるとされている2).今回,眼部打撲による外傷性動眼神経麻痺の1例を経験したので報告する.I症例患者:22歳,男性.主訴:眼窩部の打撲と眼痛,眼瞼腫脹.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年7月4日の午前4時頃,ワインのコルクを抜こうとしたときに手甲部が右眼部に当たり,同日に金沢大学附属病院救急外来を受診した.右眼球運動障害がみられ,眼窩部CTで右眼瞼皮下血腫,皮下気腫を認めたが,明らかな眼窩壁骨折はなかった.MRIでは,脳ヘルニアなど頭蓋内病変はなく,動眼神経を圧迫する占拠性病変も認められなかった.また,右眼外直筋,右眼下直筋に血腫,腫脹がみられた(図1b).同日,眼科初診となった.眼科初診時所見:視力は,VD=0.4(0.9×sph+2.00(cyl−1.50DAx160°),VS=1.2(n.c.)であり,右眼に眼瞼腫脹と軽度の眼瞼下垂がみられた.右眼の前眼部所見では,結膜下出血や散瞳がみられた.明所での瞳孔径は右眼6.5mm,左眼2.5mm,暗所でのそれは右眼7.5mm,左眼4.5mmであった.右眼の対光反射は直接・間接ともに消失していた(図1,2).右眼に1%ピロカルピン塩酸塩点眼液を点眼すると縮瞳がみられた.右眼球運動障害を認め,とくに内ひき・下ひき・上ひき制限が著明で,右動眼神経麻痺が疑われた.上方視後すぐに下方視を指示した際に右眼の内方回旋がみられたことより,右滑車神経麻痺の合併はないと思われた.全方向での複視を生じていた.治療:受傷1週間後からステロイドの内服(プレドニゾロン,30mg/日)を開始した.14日後には,眼瞼下垂は消失し,その後,眼球運動障害は徐々に改善した.受傷82日後には,正面視と日常生活範囲での複視が消失していたため,プレドニンの内服を中止とした.最終受診時所見:視力はVD=(1.2×sph+1.25(cyl−0.50DAx5°),VS=(1.2×sph+0.50D),近見視力NVD=0.25(0.9×sph+2.00(cyl−0.50DAx5°),NVS=1.0(1.0×sph+0.50)で,右眼の近見視力測定の際には,+0.75Dの近見加入を必要とした.眼瞼下垂や日常生活範囲内での複視は認められなかったが,右眼の上転障害が残存し(図3a,b),対光反射および輻湊時の縮瞳が不十分であった(図3c).II考按外傷による動眼神経麻痺は,二次性のものが多く,重症頭部外傷に伴う脳ヘルニアが原因で生じるものが大多数であり,それ以外の一次性によるものは1%程度といわれている3,4).一次性動眼神経麻痺である外傷性動眼神経単独麻痺は比較的まれであり,発生頻度は0〜15%と報告されている5,6).しかし,一次性の動眼神経麻痺は比較的よく回復するので,報告自体は少数ではあるが,実際はそれほどまれなものではないと考えられる.眼部打撲では眼窩吹き抜け骨折の報告が多数みられるが,外傷性動眼神経麻痺の報告は,トラップドア型の眼窩吹き抜け骨折に動眼神経の下斜筋枝が巻き込まれたという2例の報告のみである1).本症例では,MRIで右眼外直筋,右眼下直筋に血腫,腫脹がみられた.眼瞼下垂は眼瞼浮腫の消失とともに受傷14日後には消失したため,動眼神経麻痺による眼瞼下垂ではなく,眼瞼浮腫および皮下血腫によるものと考えられた.瞳孔は,1%ピロカルピン塩酸塩点眼液によって縮瞳がみられたことから,瞳孔括約筋の障害による外傷性散瞳ではなく,副交感神経線維の障害であることが示唆された.右眼の近見視力測定時に+0.75Dの付加が必要であり,調節力の低下が示唆されたこと,また,対光反射および輻湊時の縮瞳が左眼に比べて不十分であったことからも,上記推測が支持されるものと考える.軽微な外傷による毛様体神経節障害はよく知られているところではあるが,本症例も右眼部打撲によって,毛様体神経節障害が生じ動眼神経の副交感神経の障害が残存したと考えられる.瞳孔障害に関しては,頭部外傷による一次性動眼神経麻痺の報告では,腹側表面を走行する瞳孔線維がとくに損傷され内眼筋麻痺は難治性となる7)ことが指摘されている.上転障害の残存については,下直筋の筋内出血により,治癒過程で瘢痕化もしくは線維化が生じたためと考えられる.その結果,下直筋の伸展障害が生じ,上転障害が残存したものと推測される.また,動眼神経内においてpupillaryfiberは中脳を出た直後は背内側表面を走行し,硬膜貫通部周囲では腹側表面を走行するが8),この解剖学的特徴から,外傷の際には動眼神経下枝がもっとも影響を受けやすいと考えられる.本症例ではとくに下直筋,下斜筋,副交感神経線維の障害が生じ,それに加え,下直筋の伸展障害による上転障害が合併したと推測された.しかし,今回はfocedductiontest(牽引試験)を施行していないため,上転障害の原因が伸展障害によるものであるのか,神経麻痺によるものであるのかの鑑別は困難である.以上のことから,外傷による外眼筋の物理的損傷および動眼神経麻痺が合併した眼球運動障害である可能性が示唆された.本症例では,眼球運動障害はある程度の改善がみられたが,瞳孔運動障害,調節障害すなわち,内眼筋障害の回復は十分ではなかった.文献1)KakizakiH,ZakoM,IwakiMetal:Incarcerationoftheinferiorobliquemusclebranchoftheoculomotornerveintwocasesoforbitalfloortrapdoorfracture.JpnJOphthalmol49:246-252,20052)KaidoT,TanakaY,KanemotoYetal:Traumaticoculomotornervepalsy.JClinNeurosci13:852-855,20063)MemonMY,PaineWE:Directinjuryoftheoculomotornerveincraniocerebraltrauma.JNeurosurg35:461-464,19714)NagasekiY,ShimizuT,KakizawaTetal:Primaryinternalophthalmoplegiaduetoheadinjury.ActaNeurochir97:117-122,19895)ChenCC,PaiYM,WangRFetal:Isolatedoculomotornervepalsyfromminorheadtrauma.BrJSportsMed39:e34,20056)MuthuP,PrittyP:Mildheadinjurywithisolatedthirdnervepalsy.EmergMedJ18:310-311,20017)勝野亮,小林士郎,横田裕行ほか:一次性動眼神経麻痺をきたした軽症頭部外傷の2症例.BRAINandNERVE:神経研究の進歩60:89-91,20088)角田茂,京井喜久男,内海庄三郎ほか:一側性動眼神経単独麻痺に関する研究.奈良医学雑誌37:605-609,1986図1a初診時の9方向むき眼位写真正面視では右眼外斜視,右眼は上転,下転,内転障害が著明である.図1b初診時,MRI(冠状断面)の脂肪抑制併用T1強調画像(左),脂肪抑制併用T2強調画像(右)頭蓋内病変はなく,右外直筋,右下直筋に血腫,腫脹がみられた(矢印).図2初診時の瞳孔所見(暗室)左眼2.5mm,暗室では右眼7.5mm,左眼4.5mmで瞳孔不同がみられた.右眼は直接・間接対光反射は消失,左眼は直接および間接対光反射は迅速かつ完全であった.図3a最終受診時(受傷後252日)の9方向眼位写真右上方視時に右眼の遅動がみられる.図3b最終受診時(受傷後252日)のHess赤緑試験の結果右眼の上転制限がみられる.図3c右眼の瞳孔所見(細隙灯顕微鏡スリット光による直接対光反射)右眼に細隙灯顕微鏡の強いスリット光を当てても,直接対光反射は不十分であった.〔別刷請求先〕宇田川さち子:〒920-8641石川県金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学系眼科学Reprintrequests:SachikoUdagawa,DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa,Ishikawa920-8641,JAPAN0794160-181あ0/た160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(123)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016747748あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(124)