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近年の眼部帯状ヘルペスの臨床像の検討

2022年5月31日 火曜日

《第57回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科39(5):639.643,2022c近年の眼部帯状ヘルペスの臨床像の検討安達彩*1,2,3佐々木香る*2盛秀嗣*2嶋千絵子*2髙橋寛二*2*1東北医科薬科大学眼科学教室*2関西医科大学眼科学教室*3東北大学眼科学教室CTheClinicalCharacteristicsofHerpesZosterOphthalmicusinRecentYearsAyaAdachi1,2,3)C,KaoruAraki-Sasaki2),HidetsuguMori2),ChiekoShima2)andKanjiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,TohokuMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,TohokuUnivercityC水痘ワクチン定期接種開始後C5年経過した現在の眼部帯状ヘルペスの臨床像を明らかにする.2018年C1月.2020年C12月に関西医科大学附属病院を受診した眼部帯状疱疹患者はC44例で,平均年齢C64.9歳であった.高齢者に多くみられたが,20代の若者でもみられた.2014年以降の患者数は,皮膚科では増加傾向にあったが眼科では著明な増減は認めなかった.発症時期は,夏のみでなく秋から冬にも認められた.先行症状は不明例を除き多い順に,眼瞼腫脹C13眼,眼部眼部疼痛C8眼であった.眼科初診時に眼所見を認めたものはC35眼(79.5%)であり,結膜充血のみがC6例,経過観察中に偽樹枝状角膜炎がC7眼,角膜浮腫および虹彩炎がC7眼,多発性角膜浸潤がC7眼,強膜炎がC8眼出現した.多発性角膜浸潤,強膜炎を呈するものはそれ以外を呈するものに比べて有意に遷延化した(p<0.05).また,発症後C72時間以内に抗ウイルス薬全身投与が開始された患者は治癒期間が短い傾向にあった.CPurpose:ToCanalyzeCtheCcurrentCcharacteristicsCofCherpesCzosterophthalmicus(HZO)dueCtoCtheCe.ectsCofCroutineCherpesCzosterCvaccinationsC.rstCintroducedCinC2006.CPatientsandMethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedCtheCanalysisCofCtheCmedicalCrecordsCofC44CHZOpatients(meanage:64.9years)seenCatCourChospitalCbetween2018and2020.Results:Our.ndingsrevealedthatHZOwasmorecommonintheelderly,yetalsoseeninyoungsubjects20-30yearsofage.Duringtheobservationperiod,althoughtherewasanincreaseinthetotalnumberCofCHZOCpatientsCseenCatCourCDepartmentCofCDermatology,CthereCwasCnoCchangeCinCtheCnumberCofCthoseCseenCatCourCDepartmentCofCOphthalmology.CTheConsetCofCtheCdiseaseCwasCbimodal,Ci.e.,CoccurringCinCbothCsummerCandCwinter.CTheCprimaryCsymptomsCatCinitialCpresentationCwereCeyelidCswellingCandCpain.COfCtheC44Cpatients,C35(79.5%)hadCocularcomplications;i.e.,Chyperemiaalone(n=6patients)C,Cpseudodendritickeratitis(n=7patients)C,Ccornealedemaandiritis(n=7patients),MSI(n=7patients),andscleritis(n=8patients).Conclusion:TheHZOpatientsinthisstudywerefoundtohavehadsigni.cantlylongerhealingperiodscomparedtothosewhostartedsystemicCadministrationCofCantiviralCmedicationCwithinC72ChoursCpostConset.CSinceCourC.ndingsCareCsubjectCtoCchange,furtherinvestigationisrequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(5):639.643,C2022〕Keywords:水痘帯状疱疹ウイルス,眼部帯状ヘルペス,眼合併症.varicella-zostervirus,herpeszosterophthal-micus,ocularcomplications.Cはじめに帯状疱疹は,通常幼少期に初感染し全身に水痘を引き起こした水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が,脊髄後根神経節,三叉神経節などに潜伏し,加齢や免疫力の低下などによって再活性化されることで発症する.わが国の眼部帯状疱疹については,年齢や眼所見の合併率,臨床症状などC1990年代に多くの臨床統計報告がなされ1.9),鼻疹のある患者で眼合併症が多いという報告7,9)などがよく知られている.その後,抗ウイルス薬の開発とともに報告は減少し,2000年に抗ウイルス薬全身投与の開始が遅れたもので眼合併症が多いなどの報告10)が散見されるが,近年は臨床統計報告はなされていない.〔別刷請求先〕安達彩:〒983-8536宮城県仙台市宮城野区福室C1-15-1東北医科薬科大学眼科学教室Reprintrequests:AyaAdachi,DepartmentofOphthalmology,TohokuMedicalandPharmaceuticalUniversity,1-15-1Fukumuro,Miyagino-ku,SendaiCity,Miyagi983-8536,JAPANCしかし,2014年C10月からわが国で水痘ワクチンの定期接種が開始され,状況は異なってきたことは明らかである.たとえば,皮膚科領域の帯状疱疹大規模疫学調査である宮崎スタディでは,水痘ワクチン定期接種開始後では,開始前に比して年齢・性別・季節性・発症頻度などに明らかな変化が生じていると報告されている11).そこで,水痘ワクチン定期接種による眼部帯状疱疹への影響を明らかにするために,接種開始後C5年となるC2019年を中心としたC3年間,すなわちC2018年C1月.2020年C12月に関西医科大学附属病院(以下,当院)を受診した眼部帯状疱疹患者についてその臨床像を検討した.CI対象および方法対象は,2018年C1月.2020年C12月に当院を受診し,眼部帯状疱疹と診断されたC44例C44眼(男性C20例,女性C24例)である.観察項目は,①C1年ごとの受診患者数,②発症時年齢,③発症月,④受診に至った経緯,⑤眼科初診時の主訴,⑥経過中の主たる眼所見とした.そのうえで,主たる眼所見と治癒期間との関係および抗ウイルス薬全身投与開始時期と治癒期間との関係を,それぞれCc2検定を用いて検討した.なお,患者数のみ,2014年C1月.2020年C12月を対象期Ca500450間とした.治療はいずれの患者も,眼科ではステロイド点眼(0.1%フルオロメトロン点眼,0.1%デキサメサゾン点眼),アシクロビル眼軟膏,皮膚科では抗ウイルス薬(アシクロビル点滴,内服,アメナメビル内服,バラシクロビル内服)全身投与であった.なお,本研究は関西医科大学倫理委員会の承認(多施設共同研究)を得て行った.CII結果当院を受診した帯状疱疹患者数は,皮膚科ではC2014年に397人であったが,その後増加傾向を示し,2020年には449人であった.しかし,眼科ではC2014年の16人から2020年のC19人まで,7年間に明らかな受診数の増減は認めなかった(図1a).発症年齢はC23.88歳(平均C65.1歳)で,70歳代がC15名と最多であり,70歳以上の高齢者が全体の約C52.2%であった.一方,20.30代の若年者にもC5例(11%)の発症を認めた(図1b).発症月は,図1cに示すとおり,2月とC9月を中心に二峰性を示し,夏のみでなく秋から冬にも発症を認めた.受診に至った経路を,眼科を直接受診した経路(眼群),皮膚科や内科など他科から眼科へ紹介となった経路(他-眼群),近医眼科を受診するも帯状疱疹と診断されず,後日他科から眼科へ紹介となった経路(眼-他-眼Cb1614皮膚科眼科■女性■男性4150210050020歳代30歳代40歳代50歳代60歳代70歳代80歳代02014201520162017201820192020(年)c7640012人数(人)350患者数(人)1030082506200人数(人)5432101月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月図1帯状疱疹患者内訳a:当院を受診した帯状疱疹患者数.2014年以降,皮膚科(点線)では徐々に増加傾向にあるが,眼科(実線)では明らかな増加は認めなかった.Cb:性別と年齢分布.発症年齢はC23.88歳(平均C65.1歳)で,男女差は認めなかった.70歳以上の高齢者が全体の約C52.2%を占め,一方,20.30代の若年者もC5例(11%)に認めた.Cc:発症月.2月とC9月を中心に二峰性を示し,夏のみでなく秋から冬にも発症を認めた.表1眼科初診時主訴初診時主訴症例数割合眼瞼腫脹C1329.5%眼部疼痛C818.2%皮疹C511.4%掻痒感C49.1%充血C24.5%違和感C12.3%不明C1125.0%症例数表2眼所見と治癒までの期間との関係所見治癒までの期間.C30日30日.合計結膜充血偽樹枝状角膜炎17C1C18実質浮腫,虹彩炎C多発性角膜浸潤強膜炎C2C12C14Cp=4.67×10.6(<0.05)98■眼群■他-眼群■眼-他-眼群76543210結膜充血偽樹枝状実質浮腫・多発性角膜強膜炎角膜潰瘍虹彩炎上皮下浸潤図2臨床所見の分類と受診経路の関係経過中にみられた臨床所見を受診経緯別に表す.眼-他-眼群は多発性角膜浸潤(1例)と強膜炎(4例)を呈した.表3抗ウイルス薬全身投与開始時期と治癒期間との関係発症.治療開始治癒期間.C30日30日.合計72時間以内C20C7C2772時間以上C8C6C14Cp=0.27(>0.05)図3強膜炎が遷延化した代表症例a:初診C5日目,Cb:治療開始C6週目,Cc:治療開始C10週目.充血発症日に近医眼科受診するも抗菌薬で経過観察され,11日目に皮膚科でアメナメビル内服が投与された眼-他-眼群のC57歳,男性.結節性強膜炎が遷延し,消炎までにC10週間以上を要した.群)のC3群に分類した.その結果,他-眼群はC31例(70.4%)ともっとも多く,続いて眼群はC7例(15.9%),眼-他-眼群はC6例(13.6%)であった.また,それぞれの群における発症から眼科治療開始までの平均日数は,多い順に眼-他-眼群(9.6日),他-眼群(7.0日),眼群(6.7日)であった.眼科初診時主訴については,眼瞼腫脹がC13例(29.5%),眼部疼痛がC8例(18.2%)と最多であり,その両者で約半数を占め,皮疹よりも多かった(表1).前眼部所見については,①結膜充血,②偽樹枝状角膜炎,③実質浮腫,虹彩炎,④多発性角膜浸潤,⑤強膜炎,に分類した.なお,所見が重(91)複した場合は①から⑤の数字の大きいものに分類した.今回,眼所見はC35例すなわち全体のC79.5%に認められた.それぞれの所見を認めた症例数は,①がC6例,②がC7例,③が7例,④がC7例,⑤がC8例であり,所見ごとに明らかな差は認められなかった.また,所見ごとに受診経緯別に表すと,眼群と眼-他群は①から⑤のいずれの所見も呈したが,眼-他-眼群は④多発性角膜浸潤(1例)と⑤強膜炎(4例)を呈した(図2).なお,今回の調査期間では,眼球運動障害や視神経病変を生じたものはなかった.眼所見と治癒期間との関係について表2に示す.眼所見を結膜充血(①),偽樹枝状角膜炎(②),実質浮腫と虹彩炎(③)をCA群とし,多発性角膜浸潤(④)と強膜炎(⑤)をCB群とする二群に分類した.A群では治癒期間がC30日未満であったものはC17例,30日以上であったものはC1例であり,B群では治癒期間がC30日未満であったものがC2例,30日以上であったものはC12例であった.Cc2検定で検討したところ,多発性角膜浸潤と強膜炎を呈する症例は統計学的に有意に治癒期間が長引く傾向にあり(p<0.05),実際C200日を超えて治癒した症例もあった.眼-他-眼群で,強膜炎が遷延化した代表症例を図3に示す.消炎にはC10週間以上要した.抗ウイルス薬全身投与開始時期と治癒期間との関係について,発症から全身投与までの期間をC72時間以内と以上に分けて検討したところ,全身投与がC72時間以内に実施された症例のうち,治癒期間がC30日未満であったものはC20例,30日以上であったものはC7例であった.また,全身投与が発症後C72時間以上経過していた症例のうち,治癒期間がC30日未満であったものはC8例,30日以上であったものはC6例であった.Cc2検定で検討したところ,有意差には至らなかった(p>0.05)ものの,72時間以内に治療が開始された症例ではC30日未満に治癒する症例が多かった(表3).CIII考察皮膚科領域では,水痘ワクチン定期接種開始により帯状疱疹の臨床像に変化が現れたことが宮崎スタディで明らかにされている.定期接種開始前は,帯状疱疹は,高齢者に多いこと,女性に有意に多いこと,夏に多く冬に少ないこと,子育て世代はブースター効果により発症が少ないことなどが明らかであったが,定期接種開始により小児における水痘の減少,それに伴ったブースター効果の減弱による子育て世代の発症率の増加,全体的な患者数や発症率の増加,冬季にもみられるようになり季節性の消失が報告されている11).眼部帯状疱疹は水痘帯状疱疹ウイルス再発による三叉神経第一枝領域の感染症であり,同じようになんらかの影響を受けているのではないかと考えた.今回の結果をみると,眼部帯状疱疹では宮崎スタディにみられるような明らかな重症度,発症頻度の増加は認めなかった.年齢に関しては,1990年代の既報1.9)同様に高齢者に多く,統計上若年者の増加は明らかではなかったが,これまでの報告と異なり,20歳代,30歳代など若年者にも発症していることがわかった.性別に関しては,既報同様,男女差は認めなかったが,皮膚科領域の報告では,授乳,分娩,陣痛にかかわる領域である腰仙部領域に帯状疱疹が生じた例は女性に多いと報告されている11).眼部帯状疱疹は男女差にかかわる領域ではないため,その差が明らかにならなかったと考えられる.また,今回の検討は対象が単一施設での検討であること,同一施設における定期接種前との比較ができていないことも,定期接種による変化を明らかにできなかった理由と推測される.しかし,宮崎スタディと同様に発症時期が冬季のみでなく夏季にもわたり,季節性が消失していることが判明した.ワクチン接種前に春から夏にかけて眼部帯状疱疹が多く発症しているという報告9)もあり,ワクチン接種により水痘流行の季節性が消失したため,帯状疱疹もその影響を受けているのではないかと考えられた.また,地球温暖化による季節性の消失との関連性も推測される.ワクチンの影響以外にも,今回の検討で初めて明らかになったことがC2点ある.一つ目は前医眼科で初診時に早期診断できず,後日皮膚科や内科などの他科から改めて眼科を受診するという受診経路が約C10%あったこと,二つ目は多発性角膜浸潤や強膜炎の所見が遷延化することである.他科から改めて眼科受診となった患者に関しては,遷延化する多発性角膜浸潤や強膜炎を呈することが多く,早期診断の重要性を示唆するものと思われる.帯状疱疹の発症前に,同部位の皮膚に感覚異常や眼部疼痛などの前駆症状が数日間生じることが報告されており12).早期診断のためには,皮疹のみならず先行する眼部疼痛にも注意するべきである.既報12)と同様に今回の結果においても,主訴として眼瞼腫脹・眼部疼痛の占める割合が高い結果であった.初診時皮疹が明らかでなかったとしても,眼部の眼瞼腫脹・眼部疼痛を訴える患者には,帯状疱疹の可能性を念頭に,数日後の再診指示や,皮疹出現に注意するよう促すなど,患者への注意喚起が必要であると考える.また,今回,全身の治療開始が遅れた場合には眼科所見も遷延化する傾向がみられた.早期に全身治療を開始すると眼合併症率が低いという報告13)や,早期の抗ウイルス薬治療とともに眼部疼痛治療を開始すれば急性期眼部疼痛の緩和や帯状疱疹後神経痛の軽減につながるとの報告14)がなされている.眼部帯状疱疹の遷延化予防のためにも,患者CQOLの維持のためにも,早期の診断と皮膚科との迅速な連携の重要性が改めて確認された.多発性角膜浸潤や強膜炎が遷延化する機序は明らかではないが,これらの病態ではウイルス排出量が多いという報告15)もあり,治療が遅延したことにより,病初期のウイルス量が多くなり炎症反応を強く惹起したと考えられる.なお多発性角膜浸潤や強膜炎はC30日を超えて遷延化する症例が高く,初診時に患者に通院・治療期間の長期化を説明すべきであると思われた.今回の検討で,いくつか明らかにできなかったこともある.抗ウイルス薬については,現在アシクロビル,アメナメビルなど数種類の薬剤が開発され使用可能であり,今回の結果に影響した可能性も否定できないが,対象症例の治療に携わった皮膚科での使用方法が一定化されておらず,それぞれの薬剤による影響は今回の調査では検討をすることはできなかった.また,Hatchinson徴候については,後ろ向き研究であったこともありカルテ記載が統一されておらず,明らかにはできなかった.今回,2014年の水痘ワクチン定期接種開始後,5年目となるC2019年を中心としたC3年間の眼部帯状疱疹について検討した.50歳以上に向けた帯状疱疹ワクチン接種もすでに開始され,眼部帯状疱疹の臨床像は,今後も疫学的に変化する可能性があり,引き続き調査が必要であると考える.本研究の統計解析に関して,関西医科大学数学教室北脇知己先生にご指導を賜りました.感謝の意を表します.文献1)三井啓司,秦野寛,井上克洋ほか:眼部帯状ヘルペスの統計的観察.眼臨医報C79:603-608,C19852)田中利和,内田璞,山口玲ほか:眼部帯状ヘルペスについて統計的観察とC2症例の報告.眼臨医報C79:994-999,C19853)原田敬志,横山健二郎,市川一夫ほか:帯状疱疹における眼合併症の統計的観察.眼科C28:241-247,C19864)八木純平,福田昌彦,安本京子ほか:眼部帯状ヘルペスの眼所見および治療について.眼紀C37:1021-1026,C19865)内藤毅,新田敬子,木内康仁ほか:当教室における眼部帯状ヘルペスについて.あたらしい眼科C7:1359-1361,19906)林研,辻勇夫:飯塚病院における眼部帯状ヘルペスの検討.眼紀C42:1536-1541,C19917)味木幸,鈴木参郎助,新保里枝ほか:眼部帯状ヘルペスにみられる眼合併症とその長期化に影響を及ぼす因子について.日眼会誌C99:289-295,C19958)松田彰,田川義継,阿部乃里子ほか:水痘・帯状ヘルペスウイルスによる角膜病変.臨眼C49:1519-1523,C19959)関敦子,野呂瀬一美,吉村長久:眼部帯状ヘルペス臨床像の検討.眼紀C47:673-676,C199610)安藤一彦,河本ひろ美:眼部帯状疱疹の臨床像.臨眼C54:C385-387,C200011)白木公康,外山望:帯状疱疹の宮崎スタディ.モダンメディア60:251-264,C202012)神谷齋,浅野喜造,白木公康ほか:帯状疱疹とその予防に関する考察.感染症誌84:694-701,C201013)HardingCSP,CPorterSM:OralCacyclovirCinCherpesCzosterCophthalmicus.CurrEyeResC10(Suppl):177-182,C199114)漆畑修:帯状疱疹の診断・治療のコツ.日本医事新報C4954:26-31,C201915)InataCK,CMiyazakiCD,CUotaniCRCetal:E.ectivenessCofCreal-timeCPCRCforCdiagnosisCandCprognosisCofCvaricella-zosterCvirusCkeratitis.CJpnCJCOphthalmolC62:425-431,C2018C***

角膜病変を初発とした眼部帯状ヘルペス

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):841.844,2013c角膜病変を初発とした眼部帯状ヘルペス梅屋玲子*1,3木村泰朗*1,2深尾真理*1,2木村千佳子*1*1上野眼科医院*2順天堂大学附属順天堂医院眼科*3順天堂東京江東高齢者医療センター眼科CaseReportofHerpesZosterOphthalmicusOnsetwithOcularPainandAtypicalCornealLesionReikoUmeya1,3),TairoKimura1,2),MariFukao1,2)andChikakoKimura1)1)UenoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,JyuntendoTokyoKotoGeriatricMedicalCenter点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)で発症し,遅れて水疱が生じた眼部帯状ヘルペス(herpeszosterophthalmicus:HZO)を経験した.40歳,男性.頻回交換型ソフトコンタクトレンズ装用中,右眼異物感を主訴に来院した.右眼角膜にSPKを1カ所認めた.2日後眼痛が著明となり,SPKの増加を認めたが偽樹枝状病変はみられなかった.4日後鼻根と鼻背に2カ所水疱が出現し,その後広がったため眼部帯状ヘルペスと診断した.抗ウイルス薬の投与で角膜所見は軽快したが,2週間後に虹彩炎,2カ月後に上強膜炎,5カ月後に角膜実質浅層の混濁を合併しステロイド薬で治療した.HZOは典型的皮膚所見を伴えば診断が比較的容易であるが,病初期に皮膚所見を伴わない場合もあり,SPKのみで眼痛が著明な場合もHZOを考慮に入れ注意深い頻回診察が必要である.Anatypicalcaseofherpeszosterophthalmicus(HZO)withsuperficialpunctatekeratopathy(SPK)astheprimarysymptomwasexperienced.A40-year-oldmalevisitedourclinicbecauseofforeignbodysensationinhisrighteye.Hewasadailydisposablecontactlensuser,andhisrighteyeexhibitedsuperficialcorneallesion.Ontheseconddayhisocularpainbecamesevere,withsomeSPK.Onthefourthday,2blistersappearedonhisnose;HZOwasdiagnosed.Althoughanantiviralagentwasprescribed,hedevelopedlimbitis,uveitisandanteriorstromalinfiltratesonhiscorneaduringthefollowing5months.HZOdiagnosisisnotverydifficult,becauseofthetypicalskinlesion.Withoutthetypicalskinlesioninthefirststage,however,wemustconsidersevereocularpainaspossiblyrelatingtotheprimarysymptomofHZO;carefulobservationisthereforerecommendedinsuchinstances.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):841.844,2013〕Keywords:眼部帯状ヘルペス,点状表層角膜症,水疱,角膜実質混濁.herpeszosterophthalmicus,superficialpunctatekeratopathy,blister,anteriorstromalinfiltrates.はじめに水痘帯状ヘルペスウイルス(varicellazostervirus:VZV)は初感染で水痘を起こした後,宿主の神経節に潜伏する.眼部帯状ヘルペス(herpeszosterophthalmicus:HZO)では約50%の頻度で眼症状をひき起こすことが知られている1).臨床診断は通常皮疹により容易であるが,ときに無疹性のVZV感染症であるzostersineherpeteの病態を呈することがあり,その診断に苦慮する場合がある.今回筆者らは,非定型的な角膜病変で初発し,皮疹が遅れて出現したHZOを経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:右眼異物感.家族歴・既往歴:特記すべきことなし.現病歴:平成23年7月,頻回交換型ソフトコンタクトレンズを使用中に,前日からの右眼異物感を訴え受診した.初診時所見:視力は右眼0.06(1.2×.4.50D(cyl.1.50DAx155°),左眼0.08(1.2×.4.25D(cyl.0.50DAx40°),眼圧は右眼15mmHg,左眼12mmHgであった.前眼部で〔別刷請求先〕梅屋玲子:〒110-0015東京都台東区東上野3-15-14上野眼科医院Reprintrequests:ReikoUmeya,M.D.,UenoEyeClinic,3-15-14Higashiueno,Taito-ku,Tokyo110-0015,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)841 図12日後の右眼前眼部写真フルオレセイン染色陽性の点状表層角膜症(矢印)を認めた.図34日後の右眼前眼部写真(強拡大)角膜輪部周辺に浸潤とフルオレセイン染色陽性の上皮障害,輪部炎を認めた.は,右眼角膜周辺部2時方向にフルオレセインに染色される1カ所の上皮障害を認め,結膜充血を軽度伴っていた.中間透光体,眼底に異常所見を認めず,左眼には異常はみられなかった.経過:以上からコンタクトレンズによる角膜上皮障害と診断し,0.1%ヒアルロン酸ナトリウムを処方し経過観察とした.しかし2日後の再診時,眼痛の自覚は悪化し,夜間は市販の鎮痛薬を内服しないと就眠できなかった.右眼角膜周辺部の上皮障害が耳側と上方にも散在.3.4カ所のフルオレセイン染色陽性の点状表層角膜症を呈し(図1),結膜充血はやや増強していた.Thygeson点状表層角膜炎を疑い,0.1%フルオロメトロンを追加処方した.この時点では眼瞼を含む皮膚症状を認めなかった.4日後,眼痛の自覚は変わらず,鼻根部と鼻背に2カ所水疱形成が認められ(図2),右結膜充842あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013図24日後の皮膚所見鼻根部と鼻背に2カ所水疱(矢印)を認めた.血の増強と角膜輪部周辺に浸潤を伴う角膜上皮障害と輪部炎(図3)を認めたが,偽樹枝状病変は認めなかった.フルオレセインに染色された上皮の周囲はやや盛り上がっていた.単純ヘルペスまたは帯状疱疹ヘルペスによる所見を疑い,0.1%フルオロメトロン点眼を中止.アシクロビル眼軟膏の1日5回投与と0.5%レボフロキサシン点眼の1日4回投与を開始した.その時点での採血で得られたVZVの補体結合反応(complementfixation:CF)値は32倍であった.6日後,三叉神経第1枝領域に水疱を伴う広範な皮疹が出現,その臨床所見よりHZOと診断.同日より塩酸バラシクロビル3g/日の内服と眼瞼,鼻部にビタラビン軟膏(2回/日)の塗布を追加した.塩酸バラシクロビルは7日間投与した.図4に急性期の経過を示す.次第に右角膜上皮障害と結膜充血は改善し,疼痛も消退を認めたが,14日後,右前房内炎症細胞の出現と角膜裏面沈着物を認め,虹彩炎を呈していた.0.1%ベタメタゾンと塩酸トロピカミド・フェニレフリン点眼を1日4回開始.炎症の軽快に伴い点眼回数を減らし,虹彩炎発症後ほぼ2週間で軽快した.初診から2カ月後,3時と6時に上強膜炎を呈したため,0.1%フルオロメトロン点眼を処方.それから約2カ月後に治癒した.初診から5カ月後,右眼の霧視を自覚し再受診した際に,右角膜実質の浅層に大小さまざまな斑状の角膜実質浅層混濁(anteriorstromalinfiltrates)(図5)を認めた.特に,初診時に角膜上皮障害が認められた部位には混濁が強く認められた.前眼部OCT(光干渉断層計)では,混濁に一致して角膜実質浅層に高反射が認められ,反射の輝度は混濁の強いところで高く,混濁が淡いところで弱く検出された(図6).0.02%フルオロメトロン点眼により,混濁も次第に減少し霧視の自覚も消失したため,点眼を中止したが,現在まで角膜炎や虹彩炎の再燃を認めていない.初診から9カ月後に,2回目のCF値は8倍で低下を確認している.(120) 塩酸バラシクロビル3g/日治療角膜炎皮疹虹彩炎症状病日1234567891011121314151617181920212223242526272829303132333435363738フルオロメトロンヒアルロン酸ナトリウム0.5%レボフロキサシン3回/日トロピカミド・塩酸フェニレフリン4回/日ビタラビン軟膏0.1%ベタメタゾン4回/日3回/日アシクロビル眼軟膏異物感眼痛VZV補体結合値32倍図4急性期の経過図55カ月後の前眼部写真(強拡大)角膜実質に大小さまざまな斑状上皮下混濁が散在してみられた.図6前眼部OCTでの右眼角膜実質混濁所見角膜実質浅層に混濁(矢印)がみられた.II考按HZOは通常三叉神経第1枝領域の皮疹を伴うため診断が容易であるが,当症例は,皮疹より先に角膜病変が初発し,偽樹枝状病変を伴わなかったため,初診時の診断が困難であった.角膜病変は,従来指摘されている偽樹枝状角膜炎の所見ではなく,単なる点状表層角膜症であった.偽樹枝状以外の角膜病変のみが初発したHZOの報告は少なく2),今回の症例のように点状表層角膜症で初発したHZOの報告はない.中年男性で,片眼発症であり,Thygeson点状表層角膜炎と(121)しては非典型的であったが,小さい点状の病変が集合したような所見からそれを疑い,0.1%フルオロメトロン点眼を追加投与した.一方で,皮疹を欠く眼部帯状ヘルペス(zostersineherpete:ZSH)の場合は診断が困難である.ZSHの報告における眼症状は,偽樹枝状角膜炎,円盤状角膜炎,虹彩毛様体炎,強膜炎,網膜炎などがあり,特に報告が多いのは虹彩毛様体炎で,ステロイド薬点眼治療に反応せず続発緑内障になり線維柱帯切除術が施行されている例もある3).ZSHに角膜症状を伴うもの,伴わないもの両者が報告されており,角膜所見が存在しない場合には,片眼性の疼痛の既往に注意してあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013843 問診することが重要である.Silversteinらはエイズ患者に発症した角膜浮腫のみを呈した症例にて前房水からpolymerasechainreaction(PCR)法によりVZVDNAを確認しZSHと診断している2).皮疹が出現していても,単純ヘルペスウイルスに起因する皮疹でHZOの皮疹に類似するzosteriformherpessimplexの報告があるので注意が必要である4).Uchidaらは偽樹枝状角膜病変が皮疹に先行したHZOを帯状ヘルペスウイルス抗原蛍光抗体法により証明し報告している5).Kandoriらは皮膚病変の既往がないぶどう膜炎患者の治療中に,後から角膜中央部に巨大な偽樹枝状病変および角膜浸潤が出現し,角膜上皮擦過物からPCRでVZV角膜ぶどう膜炎と診断した症例を報告している6).HZOの確定診断にはウイルス分離が重要であるが,涙液や前房水からウイルスを分離培養するのは施設や費用の点で日常臨床では困難である.また,PCR法は病因ウイルスを推定するのに大変有用であり,この方法によりZSHと診断された円板状角膜炎2)や虹彩毛様体炎7)の症例が報告されている.しかし,PCRも常時施行できる施設は限られ,PCR検査の外注は可能であるが保険適用がないため費用の問題がある.CF値の高値は診断価値があるとされており8),本症例では32倍と高値であったため,VZVの診断において有用な一助となった.角膜所見の程度に比して強い右眼周囲の疼痛を伴ったことも本症例の特徴であった.三叉神経領域に限らず,皮膚症状を欠き,疼痛のみでVZVの感染を疑うことは早期治療のために必要である.VZVの場合,帯状ヘルペス後神経痛(postherpeticneuralgia:PHN)が問題となり,発疹出現から72時間以内の抗ウイルス薬投与がPHNの軽症化と期間短縮につながるとされている9).しかし,多くの症例では水疱発症後2日以上経過して受診することが多くPHNの一因になっている可能性が指摘されている10).今回の症例では当初VZVは考えにくかったが,頻回の診察により水疱を鼻根部と鼻背に観察しHZOを強く疑い,水疱発症とほぼ同日に抗ウイルス薬の治療が開始できた.現在PHNの訴えはない.HZOにおいては,皮疹が先行するもの,皮疹を伴わないもの,皮疹が遅れて出てくるものと種々想起する必要がある.本症例の特徴的臨床所見を以下に示して要約する.1)点状表層角膜症を初発とし,皮疹が遅れて出現したHZOを経験した.2)角膜所見に比して強い眼部痛を認めた.経過中に鼻根部と鼻背に2カ所水疱形成が認められ,さらに皮疹は三叉神経第1枝領域に広がり典型的皮疹を呈し,HZOと診断した.皮疹出現と同日に採血したCF値は32倍で,診断の有用な一助となった.HZO罹患後は,発症後1週目には全例16倍844あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013以上に血清CF値の上昇が認められた,との報告11)もあり,今回の結果はCF値検査の適応時期を検討するのに重要な情報であると思われる.3)経過中,4日後に輪部炎,2週間後に虹彩炎,2カ月後に上強膜炎を併発し,5カ月後に角膜実質浅層に小円形浸潤が出現,VZVの多彩な病変を呈した.4)前眼部OCTは角膜実質浅層の混濁病変の部位と広がりの判定に有用であった.5)前眼部所見で説明できない強い眼部疼痛を有する症例においては,HZOも考慮に入れ注意深い頻回な診察が必要と思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LiesegangTJ:Herpeszosterophthalmicusnaturalhistory,riskfactors,clinicalpresentation,andmorbidity.Ophthalmology115:S3-12,20082)SilversteinBE,ChandlerD,NegerRetal:Disciformkeratitis:acaseofherpeszostersineherpete.AmJOphthalmol123:254-255,19973)吉貴弘佳,相馬実穂,中林條ほか:眼部帯状疱疹に先行して発症したヘルペス性ぶどう膜炎の1例.眼紀58:219221,20074)YamamotoS,ShimomuraY,KinoshitaSetal:Differentiatingzosteriformherpessimplexfromophthalmiczoster.ArchOphthalmol112:1515-1516,19945)UchidaY,KanekoM,OnishiY:Ophthalmicherpeszosterwithouteruption.ActaXXIVInternationalCongressofOphthalmology:876-879,19836)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Twocasesofvaricellazosterviruskeratitiswithatypicalextensivepseudodendrites.JpnJOphthalmol53:549-551,20097)YamamotoS,TadaR,ShimomuraYetal:Detectingvaricella-zostervirusDNAiniridocyclitisusingpolymerasechainreaction:Acaseofzostersineherpete.ArchOphthalmol113:1358-1359,19958)下村嘉一:水痘帯状ヘルペスウイルス感染症.眼の感染・免疫疾患:正しい診断と治療の手引き(大野重昭,大橋裕一編),p58-61,メジカルビュー社,19979)GalluzziKE:Managingstrategiesforherpeszosterandpostherpeticneuralgia.JAmOsteopathAssoc107:S8-13,200710)川島眞,鈴木和重,本田まりこほか:帯状疱疹患者の受診時期に影響を与える疾患認知と受診までの行動.帯状疱疹患者アンケート調査結果.臨皮65:721-728,201111)田中康夫,張野正誉,檀上真次ほか:眼部帯状ヘルペス診断における血清補体結合反応の有用性.眼紀34:23542357,1983(123)