0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(105)1473《原著》あたらしい眼科28(10):1473?1476,2011cはじめに健常人の皮膚常在菌はcoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)を筆頭にPropionibacterium,真菌のCandidaなどが知られている1)が,眼周囲皮膚についての報告はほとんどない.眼瞼結膜常在菌については多くの報告があるが,その内訳はブドウ球菌属,腸球菌,Propionibacteriumacnesが多い2).眼科領域における外眼・内眼術後感染を予防にするために術前減菌をいかに行うかが重要であり,ポビドンヨード(povidone-iodine:Pヨード)による眼瞼皮膚消毒は広く行われている.Pヨードは薬剤耐性がなく,ウイルス,細菌,多剤耐性菌,真菌にも殺菌効果がある.外科領域では全般にPヨード(10%原液)による皮膚消毒が行われているが,希〔別刷請求先〕秦野響子:〒251-0052藤沢市藤沢438-1ルミネプラザビル7Fルミネはたの眼科Reprintrequests:KyokoHatano,M.D.,LumineHatanoEyeClinic,438-1Fijisawa,FujisawaCity,Kanagawa251-0052,JAPAN原液と希釈ポビドンヨードの眼部皮膚消毒効果の比較秦野響子秦野寛ルミネはたの眼科ComparisonbetweenPovidone-IodineDilutionsRegardingEfficacyofLidSkinDisinfectionKyokoHatanoandHiroshiHatanoLumineHatanoEyeClinic白内障術前の眼部皮膚消毒において,ポビドンヨード液10%(原液)と16倍希釈溶液の減菌効果を比較検討した.823眼を無作為に原液群と希釈溶液群に分け,白内障手術直前に眼部皮膚消毒を2つの方法にて行った.方法1(原液群203眼,16倍希釈群196眼):ポビドンヨードにて眼部皮膚消毒後,綿球で溶液を拭き取り,頬部皮膚を擦過し培養検査を施行.方法2(原液群210眼,16倍希釈214眼):方法1に加えさらに擦過培養前に,残ポビドンヨードが付着した頬周囲皮膚を生理食塩水を含ませた綿球にて拭き取った後皮膚を擦過し培養検査を施行した.両群の菌検出率と検出菌種の内容を比較検討した.方法1では原液群16.8%,16倍希釈群35.7%にて菌を検出,方法2では原液群24.8%,16倍希釈群42.5%に菌を検出した.両方法とも菌検出率は有意に(p<0.01)原液群において低かった.検出菌の大半は両群ともコアグラーゼ陰性ブドウ球菌であった.眼部皮膚消毒においてポビドンヨードは希釈溶液よりも原液のほうが減菌効果が優れていることが確認された.Purpose:Tocomparelidskinbacterialflorareductionbetweenpovidone-iodine10%(undiluted)solutionand0.6%(diluted)solutionforuseinpreoperativedisinfection.Methods:Consecutiveeyesabouttoundergocataractsurgery(823eyes)wererandomizedintotwogroups,inwhichfacialskinandskinaroundlidswasdisinfectedwitheither10%or0.6%povidone-iodinesolution.Weusedtwodifferentwaysofsamplingfromthedisinfectedskinineachgroup.Method1:Afterpovidone-iodinedisinfection,bacterialculturingwasdonewithswabsamplingfromthedisinfectedfacialskin.Method2:Afterdisinfection,residualpovidone-iodinesolutionwasremovedfromtheskinwithsaline;culturingwasthendonewithswabsamplinginthesamewayasinmethod1.Results:Method1:Bacterialdetectionrateinthe10%povidone-iodinegroupwas16.8%;thatinthe0.6%povidoneiodinegroupwas35.7%.Method2:Bacterialdetectionrateinthe10%povidone-iodinegroupwas24.8%;thatinthe0.6%povidone-iodinegroupwas42.5%.Bothmethodsshowedsignificantlygreater(p<0.01)bacteriareductioninthe10%povidone-iodinegroup.Mostofthedetectedbacteriawerecoagulase-negativeStaphylococcus(CNS).Conclusions:Inreducingskinbacteriabeforesurgery,anundiluted10%solutionofpovidone-iodineprovidessignificantlygreaterbacteriareductionthanadiluted0.6%solution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1473?1476,2011〕Keywords:眼部皮膚消毒,ポビドンヨード,皮膚常在菌,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.skindisinfection,povidone-iodine,skinbacteriaflora,coagulase-negativeStaphylococcus(CNS).1474あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(106)釈溶液のほうが遊離ヨード濃度が高く,殺菌効果が高いとの報告もある3).実際,眼科での結膜?内の術前消毒は8?16倍希釈液が一般的である.これまでにPヨード原液と希釈溶液を用いた眼部皮膚消毒の殺菌効果についての比較検討の報告はなく,今回筆者らは,白内障手術眼の眼瞼周囲皮膚消毒において比較検討した.両群の菌検出率と検出菌種の内容を報告する.I対象および方法1.対象対象は2009年10月3日?2011年6月6日,ルミネはたの眼科において白内障手術を施行した823眼(男性324眼,女性499眼:延べ眼数)で,平均年齢は72.1±4.2歳であった.2.方法1術前に眼部皮膚の細菌培養検査を施行する旨を患者に説明し同意を書面で得た.患者は無作為に抽出し,Pヨード原液群(以下,原液群)203眼と16倍希釈溶液群(以下,希釈群)196眼に分けた.白内障手術患者における術眼の眼瞼皮膚周囲を含めて,上は眉毛,下は鼻下部,内側は鼻背,外側は耳介までの顔面約1/4の面積を消毒した.まずPヨード(イソジンR,明治製菓)消毒液を染み込ませた滅菌綿球にて皮膚のみを消毒し,その後結膜?内をポリビニルアルコールヨード(PAヨード)8倍希釈を用いて溶液が皮膚面に及ばないように注意しながら60秒間洗浄した.続いて滅菌綿球にて溶液を拭き取った後,1?2分ほど乾燥させた頬部周囲皮膚を輸送用培地カルチャースワブ(BDBBLCultureSwabPlusTM)を用いて擦過した.検体は三菱化学メディエンス(神奈川SO)に培養検査を依頼した.3.方法2Pヨード原液群210眼と16倍希釈群214眼に無作為に分けた.方法1と同様に白内障手術患者における術眼の眼瞼皮膚周囲を含めた顔面約1/4の皮膚を消毒液を染み込ませた滅菌綿球にて消毒し,その後PAヨード8倍希釈を用いて結膜?内を60秒間消毒後,滅菌綿球にて眼瞼周囲液を拭き取った(ここまでは方法1と同様).その後Pヨードが1?2分ほど経ち乾燥した頬周囲皮膚を,生理食塩水を染み込ませた綿球にて肉眼で着色が見えなくなるまで付着ヨードを拭き取り,さらに乾燥綿球で生理食塩水を拭き取り乾燥させた.その後は方法1と同様に皮膚を擦過し培養検査を依頼した.II結果1.結果1(方法1)原液群では203眼中34眼(16.8%)に菌を検出,16倍希釈群では196眼中70眼(35.7%)にて菌を検出した.この結果p<0.01(Fisher検定)と有意に原液群で菌検出率は低かった(図1).検出菌は原液群では表1のようにcoagulasenegativeStaphylococcus(CNS)30株,Bacilliussp.1株,Corynebacteriumsp.1株,Enterobacteraerogenes1株,methicillin-sensitiveStaphylococcusaureus(MSSA)1株の計34株であった.希釈群では表2のようにCNS62株,Bacilliussp.4株,Enterobacteraerogenes1株,Escherichiacoli1株,MSSA4株の計72株であった.2.結果2(方法2)原液群では210眼中52眼(24.8%)に菌を検出,16倍希釈群では214眼中91眼(42.5%)に菌を検出した.この結果p<0.01(Fisher検定)と有意に原液群で菌検出率は低かった(図1).検出菌は原液群では表3のようにCNS45株,MSSA4株,Enterobacteraerogenes3株,Bacilliussp.1株,Escherichiacoli1株,Enterococcusfaecalis1株,Streptococcusagalactiae1株,ブドウ糖非発酵菌1株,酵母1株の計53株であった.希釈群では表4のようにCNS85株,MSSA3株,Enterobacteraerogenes2株,Micrococcussp.図1Pヨード眼部皮膚消毒による菌検出率原液群と希釈群の比較.05101520253035404550方法1方法2菌検出率(%):原液群:希釈群***p<0.01Fisher検定表2方法1希釈群における検出菌菌種株数CNS62Bacillussp.4Enterobacteraerogenes1Escherichiacoli1MSSA4計72表1方法1原液群における検出菌菌種株数CNS30Bacillussp.1Corynebacteriumsp.1Enterobacteraerogenes1MSSA1計34(107)あたらしい眼科Vol.28,No.10,201114751株,Enterobacteriaceae1株,Citrobacterfreundii1株,ブドウ糖非発酵菌2株の計95株であった.方法1と方法2の原液群同士の比較では,方法1では203眼中34眼(16.8%),方法2では210眼中52眼(24.8%)で菌が検出された.方法2のほうが菌検出率は高かったが有意差は認めなかった.方法1と方法2の希釈群同士の比較では,方法1では196眼中70眼(35.7%),方法2では214眼中91眼(42.5%)で菌が検出された.こちらも同様に方法2のほうが菌検出率は高かったが有意差は認めなかった.検出菌はCNSが全体の254株中222株(87.4%)と大半を占めていた.III考察今回の筆者らの報告結果から,術前眼部皮膚消毒に関してはPヨード原液のほうが希釈溶液より検出菌株数が明らかに少なく,殺菌効果が高いことが確認された.今回筆者らは異なる2つの方法で検体を採取した.方法1と方法2はPヨードにて眼部皮膚を消毒,乾燥までの過程は同様であるが,Pヨードが残留付着した皮膚を擦過した(方法1)か,付着していない生地の皮膚を擦過した(方法2)かの違いがある.有意差はないものの,方法2のPヨードが付着していない皮膚からのほうが原液群,希釈群においても菌検出率が高く,菌種数も多かった.これは方法1では擦過時に,皮膚に残留したPヨードが培地内に混入し,培地内にて遊離ヨードが働き殺菌した可能性がある.いずれにしてもどちらの方法においてもPヨード原液群においてより高い減菌効果を示した.Pヨード液には,ヨードと複合体を形成する非イオン界面活性剤であるポリビニルピロリドンとポリオキシエチレン系界面活性剤が含まれている.ポリオキシエチレン系界面活性剤は有機物の汚れへの透過性の助長,洗浄・乳化作用をもち4),徐々に遊離された遊離ヨードが水を酸化することで発生するH2OI+が細菌,ウイルスの膜蛋白に直接働きやすくなることにより殺菌効果を示す.そのためポリオキシエチレン系界面活性剤濃度が低い希釈Pヨード液は,皮膚消毒に関しては効果が不十分である可能性がある.実験的には0.1%溶液が最もヨードを遊離しやすく殺菌効果が高いとされている3).消費された遊離ヨードは不活化されるため新たに供給が必要となるが,高濃度ヨードにおいては周囲から濃度依存性に遊離ヨードが補給される.したがって,皮膚消毒に関しては両者の含有率が高い原液Pヨードのほうが効果持続性も高く有効であると考えられ,今回の結果からもその可能性が示唆された.Pヨードの眼手術時結膜?内の殺菌効果に関しては,術前結膜?洗浄にはPヨード1%よりも5%溶液のほうが減菌効果が高い5),白内障術前数回のヨード点眼よりもヨード溶液にて洗浄を行うほうが殺菌効果が高い6),術中眼表面をくり返し希釈ヨード(0.25%)で洗浄することで終刀時の前房内より細菌は検出されず白内障術後眼内炎予防に有用7)などの報告がある.希釈溶液の場合は殺菌持続時間が短いため,くり返しの洗浄における遊離ヨードの供給が必要であり,殺菌持続性を保つことが重要である.皮膚は消毒直後は無菌に近く滅菌されるが,間もなく毛包管や汗腺などから残存した菌が出現して元に戻る1).そのため眼部皮膚消毒に関しては一定量,持続した殺菌効果をもっていることが望ましいと考えられる.殺菌に必要な菌との接触時間も2?4分3)必要であるが,Pヨード原液では眼部皮膚塗布後から溶液がほぼ完全に乾燥するまでの数分は一定の遊離ヨードが供給されると考えられ,殺菌効果の持続性も高いと思われる.そのため高濃度のPヨード原液は今回の筆者らの結果からも眼部皮膚消毒に関しては希釈溶液より減菌効果が高いことが示唆された.検出された菌は原液群,希釈群ともにCNSが全体の検出菌254株中222株(87.4%)であり大半を占めていた.その他はBacillius属,Enterobacter属,ブドウ糖非発酵菌などが1?4株ずつ検出されたのみであった.この内容は江口ら8)の報告と類似している.皮膚の常在菌はCNSが最も多いとされている従来の記載と一致する結果であった1).外科分野全般において術前の皮膚消毒は術野に菌を持ち込表3方法2原液群における検出菌菌種株数CNS45MSSA4Enterobacteraerogenes3Bacillussp.1Escherichiacoli1Enterococcusfaecalis1Streptococcusagalactiae1ブドウ糖非発酵菌1酵母1計53表4方法2希釈群における検出菌菌種株数CNS85MSSA3Enterobacteraerogenes2Micrococcussp.1Enterobacteriaceae1Citrobacterfreundii1ブドウ糖非発酵菌2計951476あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(108)まないための非常に重要なステップである.白内障を含めた内眼手術に関しても術後眼内炎を防ぐため,一方法としてPヨード原液による眼瞼を含めた皮膚消毒は非常に重要であり,不可欠であると考えられる.今後の課題として,皮膚で得られた今回の結果を踏まえて,結膜?内消毒においてもPヨードの希釈倍率による減菌効果と持続性のさらなる検討が必要と考えられる.文献1)中山浩次:常在細菌叢.戸田細菌学(吉田眞一,柳雄介編)改訂32版,II-8,p175-176,南山堂,19992)HaraJ,YasudaF,HigashitsutsumiM:Preoperativedisinfectionoftheconjunctivalsacincataractsurgery.Ophthalmologica211(Suppl1):62-67,19973)BerkelmanRL,HollandBW,AndersonRL:Increasedbactericidalactivityofdilutepreparationsofpovidoneiodinesolutions.JClinMicrobiol15:635-639,19824)岩沢篤郎,中村良子:ポビドンヨード製剤添加物の殺菌効果・細胞毒性への影響.環境感染16:179-183,20015)FergusonAW,ScottJA,McGaviganJetal:Comparisonof5%povidone-iodinesolutionagainst1%povidoneiodinesolutioninpreoperativecataractsurgeryantisepsis:aprospectiverandomiseddoubleblindstudy.BrJOphthalmol87:163-167,20036)MinodeKasparH,ChangRT,SinghKetal:Prospectiverandomizedcomparisonof2differentmethodsof5%povidone-iodineapplicationsforanteriorsegmentintraocularsurgery.ArchOphthalmol123:161-165,20057)ShimadaH,AraiA,NakashizukaHetal:Reductionofanteriorchambercontaminationrateaftercataractsurgerybyintraoperativesurfaceirrigationwith0.25%povidone-iodine.AmJOphthalmol151:11-17,20118)江口甲一郎,多田桂一,中尾てる子ほか:眼部手術野の消毒に関する検討.眼臨80:911-917,1986***