‘硝子体変性’ タグのついている投稿

硝子体黄斑牽引症候群を合併した網膜色素変性の1 例

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(137)593《原著》あたらしい眼科28(4):593.596,2011cはじめに網膜色素変性は「視細胞と網膜色素上皮細胞の機能を原発性,びまん性に障害する遺伝性かつ進行性の疾患群」と定義され1),視細胞と網膜色素上皮細胞の疾患であるが,硝子体変性と硝子体牽引を伴い,.胞様黄斑浮腫,網膜前膜,黄斑円孔などの黄斑病変を合併する2.12).網膜硝子体変性に合併した黄斑疾患の手術症例報告が散見されるが,硝子体手術による変性網膜への影響や長期予後は不明な点が多く12),今回筆者らは,網膜色素変性に硝子体黄斑牽引症候群を合併した手術症例の1例を経験したので報告する.I症例症例は57歳,女性.右眼の視力低下のため2007年1月8日に近医を受診し,両眼の網膜色素変性と右眼の網膜前膜と診断された.同年1月15日,手術加療目的にて当院へ紹介受診された.既往歴,家族歴には特記すべき事項は認めなかった.初診時,視力は右眼0.2(0.3×sph+0.75D(cyl.1.25DAx150°),左眼0.3(0.4×sph+0.50D(cyl.0.75DAx30°)〔別刷請求先〕平原修一郎:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:ShuichiroHirahara,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1-Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya-shi,Aichi467-8601,JAPAN硝子体黄斑牽引症候群を合併した網膜色素変性の1例平原修一郎平野佳男安川力吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学ACaseofVitreomacularTractionSyndromeAssociatedwithRetinitisPigmentosaShuichiroHirahara,YoshioHirano,TsutomuYasukawa,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:網膜色素変性に硝子体黄斑牽引症候群を合併した症例を経験したので報告する.症例:症例は57歳,女性で,右眼視力低下を主訴で近医を受診し,両眼網膜色素変性および右眼網膜前膜を指摘された.初診時視力は右眼(0.3),左眼(0.4)で,右眼には網膜前膜,硝子体黄斑牽引症候群を認めた.白内障手術併用25ゲージ硝子体手術を行い,網膜前膜を.離した.術後,黄斑部の牽引は解除され,網膜前膜の再発は認められず,術後最高視力は右眼(0.5)であった.結論:網膜色素変性にはさまざまな黄斑病変を伴うが,硝子体黄斑牽引症候群を合併することはまれである.本症例では,小切開硝子体手術により良好な術後経過を得ているが,硝子体手術後の再増殖や視野狭窄の進展などの報告もあるため,今後の長期的な経過観察が必要である.Background:Acaseofvitreoretinaltractionsyndromeinaneyewithretinitispigmentosaisreported.Casereport:A57-year-oldfemalewhoconsultedaneyedoctorforvisualacuitylossinherrighteyewasdiagnosedwithretinitispigmentosainbotheyesandvitreomaculartractionassociatedwithepiretinalmembraneintherighteye.Best-correctedvisualacuitywas0.3and0.4intherightandlefteyes,respectively.Cataractsurgery-combined25-gaugetransconjunctivalsuturelessvitrectomywasperfomedtoremovetheepiretinalmembranefromtherighteye.Vitreomaculartractionwasreleasedandnorecurrencewasobservedthroughouttheobservationperiod.Visualacuityoftherighteyeimprovedto0.5.Conclusion:Weexperiencedararecaseofvitreomaculartractionsyndromeineyeswithretinitispigmentosa.Inthiscase,25-gaugevitrectomysurgerysuccessfullyrepairedthevitreomaculartractionbyremovingtheepiretinalmembrane,withnorecurrenceandnoworseningofvisualfielddefectpostoperatively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):593.596,2011〕Keywords:網膜色素変性,硝子体黄斑牽引症候群,小切開硝子体手術,網膜前膜,硝子体変性.retinitispigmentosa,vitreomaculartractionsyndrome,smallincisionvitrectomy,epiretinalmembrane,vitreousdegeneration.594あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(138)で,眼圧は右眼15mmHg,左眼13mmHgであった.角膜は両眼とも角膜後面沈着物を認め,前房は透明かつ浮遊細胞を認めず,水晶体は両眼とも核白内障および後.下白内障を認めた.両眼底には,網膜血管の狭細化,および周辺部網膜に骨小体様色素沈着を認め,右眼には網膜前膜に関連して硝子体黄斑牽引症候群を認めた.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では右眼の網膜上に厚い膜状組織があり癒着した硝子体による黄斑部の牽引を認めた(図1).蛍光眼底造影検査では右眼に網膜色素上皮の萎縮による過蛍光と,網脈絡膜萎縮による低蛍光,黄斑部にはpoolingによる過蛍光が認められた.静的量的視野検査にて,両眼とも求心性視野狭窄を認めた.右眼左眼図1初診時の光干渉断層計所見光干渉断層計では右眼の網膜上に厚い膜状組織があり硝子体が癒着しており,網膜の浮腫や.離は明らかでない.図2術後1カ月の眼底所見と光干渉断層計所見網膜前膜は.離され,網膜皺襞がやや残存している.光干渉断層計では網膜上膜と後部硝子体皮質は消失しているが,網膜内の.胞様腔が残存している.術前術後1カ月術後2カ月断層写真Retinalmap図3光干渉断層計所見の経時変化黄斑厚マップにおいて中心窩網膜厚は術前(上段)396μm,術後1カ月(中段)303μm,2カ月(下段)が267μmと減少しており,術後経過とともに肥厚した部分の面積が縮小している(マップの赤と白表示部位).(139)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011595入院後,白内障手術併用による硝子体手術を施行した.極小切開白内障手術を行い,眼内レンズは着色レンズであるHOYA社のYA60BBRを挿入した.その後,アルコン社製アキュラス25ゲージシステムによる小切開硝子体手術で施行した.硝子体切除を行った後,エッカード(Eckerd)マイクロ鉗子で網膜前膜を.離した.黄斑部に広く強く膜状組織が癒着していた.網膜色素変性に関連して変性した後部硝子体皮質の取り残しを避けるために,トリアムシノロンアセトニド懸濁液(筋注用ケナコルト-AR:ブリストル・マイヤーズをオペガードMARにて溶媒を置換・希釈したもの)で硝子体皮質を可視化し,バックブラッシュニードルで可能な限り除去した.術後,網膜前膜はなくなり,OCTでは,右眼の中心窩網膜厚は術前の396μmから,術後1カ月が303μm,2カ月が267μmと減少の経過をたどった(図2,3).術後の網膜前膜の再発は認めていない.術後の視力は術後3カ月で最高視力0.5(矯正不能)が得られ,術後36カ月以上が経過した現在も同様の視力を維持されている.視野狭窄の悪化も認めていない.II考察今回,網膜色素変性に合併した網膜前膜関連の硝子体黄斑牽引症候群に対して,白内障手術および硝子体手術を施行し,術後の経過も良好で視力や視野の悪化を認めていない症例を経験した.網膜色素変性の黄斑病変には,網膜色素上皮や脈絡膜毛細血管の変性萎縮,色素増殖と脱失,.胞様黄斑浮腫,網膜前膜,黄斑円孔などの報告がある2.12).網膜前膜は網膜色素変性には高頻度(10眼中10眼)にみられたという報告がある4).最近ではHagiwaraらによると黄斑疾患の合併率は7.4%と既報に比べると少ないとも述べている12).Wiseらによると網膜前膜は網膜色素変性のうち,特に進行した症例に多くみられる合併症であると指摘されている5).網膜色素変性では早期に後部硝子体.離が起こるという報告がある13)が,実際に網膜色素変性の患者の硝子体手術を行うと,後部硝子体膜が網膜上に残存し,強固に網膜に付着し,後部硝子体.離を作製するのが困難なことが多いと高橋は報告している3).本症例も黄斑部に広く強く膜状組織が癒着しており,トリアムシノロンを使用し,硝子体を可視化させ,残存硝子体を可能な限り除去しており,網膜前膜の再発を認めていない.網膜色素変性に合併した裂孔原性網膜.離に対し,硝子体手術を行った症例報告があり,術中にトリアムシノロンを併用し,残存硝子体ゲルの観察や網膜硝子体癒着の.離に有用であったとの報告をしている14).中村らは,網膜色素変性に合併した網膜前膜に対し,硝子体手術を施行し,術前矯正視力0.3が術後矯正視力0.9と改善し,興味深いことに,術前記録されなかった網膜電図(ERG)の反応に術後変化を認めたと報告している6).南條ら7)は,網膜前膜と牽引性網膜.離が伴った症例への硝子体手術報告をしており,網膜前膜の併発頻度の高い網膜色素変性では牽引性網膜.離を発症する頻度が高いことが予想されると述べており,牽引性網膜.離が中心窩に進行した場合の硝子体手術の有効性を報告している.このように,網膜色素変性で視機能に影響していると考えられる網膜前膜を合併した症例では手術療法を積極的に選択してもいいかもしれない.しかし,手術後の合併症に関する報告も認められる.鈴木ら8)は,網膜色素変性に伴う黄斑部の牽引性網膜.離に対し硝子体手術で後部硝子体.離の完成と網膜前膜.離を施行したが,術後4カ月目に網膜前膜の再発を認め,7カ月後に網膜.離を伴う増殖硝子体網膜症に進行したと報告している.竹田ら9)は,硝子体手術後に周辺視野の悪化を報告している.当時は,トリアムシノロンによる硝子体を可視化する技術がなかったため,薄い後部硝子体皮質が残存して,再増殖をきたしたものと思われる.最近の小切開硝子体手術に比較して手術侵襲が大きかった可能性も示唆される.ただ,今回の症例では現在のところ経過良好であるが,長期的な硝子体手術の影響については今後の評価が必要である.古田ら10)は,網膜前膜による黄斑部牽引性網膜.離をきたした症例を報告しており,その長期的予後についても言及している.術後視力の改善は認めたものの,約7年間の経過中,瞭眼に対して明らかに術眼の中心視野が悪化し,視力が低下したと報告しており,術後の硝子体腔酸素分圧の上昇による酸化反応の増強など眼内環境変化の影響も否定できないとしている.また,硝子体手術により網膜色素変性が進行し,網膜光凝固をした部位に網膜色素上皮が過剰反応を示し網膜色素上皮細胞の増殖がみられ,これは継続的に起こる反応と考えられ長期的な経過観察が必要であると述べている.中村ら11)の報告では,網膜色素変性の患者の黄斑円孔に対する硝子体術後に,輪状暗点の内方への拡大と視力の悪化が認められ,内境界膜を.離する際の機械的侵襲,眼内照明による光傷害,インドシアニンングリーンによる網膜色素上皮障害の可能性について指摘している.このように,網膜色素変性の眼に対する硝子体手術の長期予後は不明な点があり,手術適応は慎重に検討し,施行する場合,低侵襲な術式を選択する必要があると考えられる.文献1)MarmorMF,AguirreG,ArdenGetal:Retinitispigmentosa,asymposiumonterminologyandmethodsofexamination.Ophthalmology90:126-131,19832)FishmanGA,FishmanM,MaggianoJetal:Macular596あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(140)lesionsassociatedwithretinitispigmentosa.ArchOphthalmol95:798-803,19773)高橋政代:[網膜色素変性症の診療アップデート]網膜色素変性の黄斑病変.眼科44:65-70,20024)HansenRI,FriedmanAH,GartnerS:Theassociationofretinitispigmentosawithpreretinalmaculargliosis.BrJOphthalmol61:597-600,19775)WiseGN,BellhornMB,FriedmanAHetal:Clinicalfeaturesofidiopathicpreretinalmacularfibrosis.AmJOphthalmol79:349-357,19756)中村誠,丹羽敬,朴昌華ほか:硝子体手術により網膜前膜を除去した網膜色素変性症の1例.眼臨97:1017,20037)南條由佳子,池田恒彦,森和彦:網膜色素変性症に黄斑部牽引性網膜.離を合併した1症例.臨眼53:483-487,19998)鈴木幸彦,三上尚子,中沢満ほか:網膜前膜により牽引性網膜.離に至った網膜色素変性症の1例.眼臨95:944-947,20019)竹田洋子,堀田一樹,平形明人ほか:網膜色素変性症に合併した黄斑円孔に対する硝子体手術の経験.眼臨92:286-290,199810)古田実,石龍鉄樹,加藤桂一郎:黄斑部牽引性網膜.離を合併した網膜色素変性症の1例.眼臨96:234-238,200211)中村秀夫,早川和久,我謝猛ほか:網膜色素変性症に合併した黄斑円孔に対する硝子体手術.臨眼59:1367-1369,200512)HagiwaraA,YamamotoS,OgataKetal:Macularabnormalitiesinpatientswithretinitispigmentosa:prevalenceonOCTexaminationandoutcomesofvitreoretinalsurgery.ActaOphthalmol2010Mar8〔Epudaheadofprint〕13)HikichiT,AkibaJ,TrempeCL:Prevalenceofposteriorvitreousdetachmentinretinitispigmentosa.OphthalmicSurg26:34-38,199514)上笹貫太郎,山切啓太,土居範仁:網膜色素変性症の網膜.離に硝子体手術を行った2症例.あたらしい眼科23:1625-1627,2006***