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糖尿病黄斑浮腫の硝子体手術成績に及ぼすカリジノゲナーゼの影響

2016年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(1):145.150,2016c糖尿病黄斑浮腫の硝子体手術成績に及ぼすカリジノゲナーゼの影響伊勢重之古田実石龍鉄樹福島県立医科大学医学部眼科学講座AdjuvantKallidinogenaseinPatientswithVitrectomyforDiabeticMacularEdemaShigeyukiIse,MinoruFurutaandTetsujuSekiryuDepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUnivercitySchoolofMedicine目的:糖尿病黄斑浮腫(DME)に対する硝子体手術成績に及ぼすカリジノゲナーゼ内服の効果を評価する.方法:非盲検前向き単純無作為比較臨床研究.対象は治療歴のないびまん性DME25例25眼.術後にカリジノゲナーゼ(150単位/日)を投与した投与群12例12眼と,投与を行わなかったコントロール群13例13眼である.硝子体手術前,術後1カ月,術後3カ月,術後6カ月の視力と中心窩網膜厚(CFT)の変化を検討した.結果:投与群,コントロール群ともに術後6カ月の視力は有意に改善(p<0.01)したが,両群の視力変化量に差はなかった.術後6カ月の平均CFT変化量は,両群ともに有意に減少(p<0.01)し,CFT変化量に有意差はなかった.硝子体網膜境界面に異常がない16眼(投与群8眼,コントロール群8眼)で比較したところ,投与群のみ術後3カ月,6カ月でCFTが減少(p<0.01)していた.投与群は全例でCFTは減少し,コントロール群よりもCFTが安定している傾向にあった.結論:DMEの硝子体手術後にカリジノゲナーゼを内服することにより,CFTは安定的に改善し,その効果は硝子体牽引がない症例でも認められた.Purpose:Toevaluatetheeffectoforalkallidinogenaseonvisualacuityandcentralfovealthickness(CFT)aftervitrectomyfordiabeticmacularedema(DME).Methods:Thisstudy,designedasanopen-label,prospective,randomized,singleinstitutionalstudy,compared12eyesof12patientswhoreceivedoralkallidinogenasepostoperativelyfor6months(kallidinogenasegroup)with13eyesof13patientswhoreceivednokallidinogenase(controlgroup).MainoutcomemeasurementsincludedlogMARandCFTbeforesurgeryand1month,3months,6monthsaftervitrectomy.Results:LogMARimprovedsignificantlyat6monthsineachgroupascomparedwithbeforesurgery(p<0.01).Therewasnosignificantdifferenceinvisualimprovementbetweenthegroups.MeanCFTofbothgroupsgraduallydecreasedat6months(p<0.01).ThedecrementofCFTat6monthsinthekallidinogenasegroupwasgreaterthaninthecontrolgroup(n.s.).Sixteeneyeswithoutvitreomacularinterfaceabnormalityinopticalcoherencetomographywereanalyzed.ThemeanCFTinthe8eyestreatedwithkallidinogenasesignificantlydecreasedat3months(p<0.01),whereasthe8eyesinthecontrolgroupdidnotshowsignificantdecrementduringthefollow-upperiod.Conclusion:Asanadjunctivetherapy,oralkallidinogenasewaseffectiveinrestoringthemacularmorphologyaftervitrectomyforDME.Theeffectmaybeprominentineyeswithoutvitreomacularinterfaceabnormalities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):145.150,2016〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,カリジノゲナーゼ,中心窩網膜厚,光干渉断層計(OCT),硝子体手術,VEGF.diabeticmacularedema,kallidinogenase,centralfovealthickness,opticalcoherencetomography,OCT,vitrectomy,vascularendothelialgrowthfactor.〔別刷請求先〕伊勢重之:〒960-1295福島市光が丘1番地福島県立医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ShigeyukiIse,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUnivercitySchoolofMedicine,1Hikarigaoka,Fusushimacity960-1295,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(145)145 はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は単純網膜症の時期から視力低下の原因となる.近年の疫学研究では,わが国におけるDMEは110万人に及び,増加傾向にあるといわれている1).Lewisらは,肥厚した後部硝子体膜を伴うDMEに対する硝子体手術の有効性を初めて報告した2).その後,硝子体黄斑境界面異常を有する症例では,硝子体手術が有効であることが多くの臨床症例で確認されている4.11).硝子体手術の奏効機序として,黄斑部の網膜硝子体境界面における機械的牽引の解除,硝子体腔内の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)や炎症性サイトカインの除去,硝子体除去後の硝子体腔内酸素分圧の上昇などが考えられている3).黄斑牽引や硝子体網膜境界面の異常がない症例に対しても硝子体手術の有効性が報告されているが10.13),異論も多く検討の余地がある.安定しない硝子体手術成績の向上を図る目的で,トリアムシノロン(triamcinoloneacetonide:TA)のTenon.下注射14,15)や硝子体注射16,17)の併用も検討されており,短期的には手術成績が改善したとする報告もある.しかし,中長期的には黄斑浮腫の再燃やステロイドによる合併症などが指摘されており,術後成績は必ずしも安定しているとはいえず,長期的な効果を有する治療法の開発が期待されている.カリジノゲナーゼは1988年から網脈絡膜循環改善薬として国内で使用されており,その作用機序は一酸化窒素(NO)産生亢進による血管拡張作用であるとされている18).近年,カリジノゲナーゼは循環改善作用以外に抗VEGF作用をもつことが報告されており18,19),網膜浮腫改善効果も期待される.今回,DMEに対する硝子体手術後にカリジノゲナーゼを投与し,手術成績に与える影響を検討した.I対象および方法研究デザインは非盲検前向き単純無作為比較臨床研究である.本研究は,福島県立医科大学医学部倫理委員会の承認を得て施行した.2012年2月.2013年2月に,福島県立医科大学眼科にてDMEに対して硝子体手術を計画し,術前に同意を得られた30例30眼を対象とした.封筒法での単純無作為割り付けを行い,硝子体手術後にカリジノゲナーゼ150単位/日を6カ月間内服する群(投与群),内服しない群(コントロール群)の2群に分けた.以下のいずれかに当てはまる症例は除外した.除外対象は,血清クレアチニン値3mg/dl以上,HbA1C値10%以上,対象眼白内障がEmery-Little分類GradeIII以上,黄斑浮腫に対するステロイドおよび抗VEGF薬使用の既往,黄斑部光凝固の既往,白内障手術以外の内眼手術歴のある症例である.手術方法は25ゲージ(G)もしくは23Gシステムを用いた経毛様体扁平部硝子体手術で,有水晶体眼は白内障手術を併用した.全例で網膜内146あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016境界膜(internallimitingmembrane:ILM).離を併用した.術中に硝子体やILMの可視化のためにTAまたはインドシアニングリーンを使用した際には,手術終了時にこれらの薬剤を可及的に除去した.術後はステロイド点眼と非ステロイド系消炎薬点眼を3カ月間継続したのち,完全に中止した.ステロイド内服,眼局所注射,黄斑部光凝固,抗VEGF薬投与などの黄斑浮腫に対する追加治療は行わなかった.検討項目はlogMAR視力と光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT,HeidelbergEngineering社製SPECTRALISOCTRまたはZeiss社製CirrusOCTR)による中心窩網膜厚(centralfovealthickness:CFT)および血圧とHbA1C値である.それぞれ術前,術後1カ月,3カ月,6カ月に測定を行った.CFTは中心窩網膜の表層から網膜色素上皮までの距離とし,それぞれのOCTに付属しているソフトウェア上の計測機能を用いて中心窩を手動計測した.OCT所見の判定は既報20,21)に準じ,黄斑部網膜硝子体境界面上に肥厚した後部硝子体膜や黄斑上膜すなわち黄斑部網膜硝子体境界面異常(vitreomacularinterfaceabnormalities:VMIA)の有無を観察した.一般的には硝子体手術の効果が少ないとされるVMIAのない群についても,投与群とコントロール群それぞれのlogMAR視力とCFTの変化量を検討した.統計学的検討は,logMAR視力とCFT,血圧,HbA1C値について,各群内での測定値および変化量をDunnettの多重比較検定を用いて評価した.2群間の有意差検定には,分散分析および繰り返し測定型二元配置分散分析もしくはBonferroni型多重検定を用いて評価した.危険率5%未満を有意差ありとして採択した.II結果通院困難による脱落の5例5眼を除き,25例25眼を解析した.投与群は12例(男性8例,女性4例),年齢は64.3歳(±標準誤差,範囲45.78歳).コントロール群は13例(男性11例,女性2例),平均年齢68.1歳(±3.3,52.78歳)であった.術前の両群間の年齢,CFT,血清クレアチニン値,HbA1C値,平均血圧,脈圧に差はなかったが,視力は投与群が有意(p<0.05)に良好であった(表1).研究期間中はHbA1C値,平均血圧,脈圧に有意な変動はなく,カリジノゲナーゼ投与による重篤な副作用はみられなかった.1.視力変化投与群の平均logMAR視力は,術前0.48±0.06(平均±標準誤差),術後1カ月0.45±0.08(有意差なし,n.s.),術後3カ月0.34±0.04(n.s.),術後6カ月0.28±0.06(p<0.01)であり,持続した改善傾向を示した.コントロール群の平均logMAR視力は,術前0.73±0.08,術後1カ月0.60±0.07(p<0.05),術後3カ月0.50±0.06(p<0.001),術後6カ月(146) 0.52±0.05(p<0.001)と,術後1カ月から改善を示した.術後から投与群が有意に視力良好であり,全経過を通して投与群はコントロール群よりも視力が良好であった(p<0.05)(図1).術前からのlogMAR視力変化量は,コントロール群のほうが術後早期に視力が改善する傾向がみられたが,群間に有意差はなかった(図2).VMIAがない症例のlogMAR視力変化も同様の傾向を示し,コントロール群は術後3カ月.0.17±0.06μm,術後6カ月.0.20±0.08μmで有意に改善し,投与群は術後6カ月で.0.17±0.06μmに改善したが有意差はみられなかった.観察期間を通して群間に差はなかった.2.CFT変化投与群のCFTは,術前521±21μm(平均±標準誤差)で,術後は継続的に減少し,術後1カ月423±23μm(n.s.),術後3カ月378±60μm(p<0.01),術後6カ月286±86μm(p<0.001)となった.コントロール群のCFTは,術前471±71μmから術後1カ月で331±31μm(p<0.01)と有意に減少したが,それ以降は術後3カ月343.9±59.0μm(p<0.05),術後6カ月333.5±33.5μm(p<0.01)となり,有意差はあるもののCFTの変化はみられなかった.いずれの時点でも両群間に有意差はなかった(図3).術前からのCFT変化量は,投与群では継続的に減少したのに対し,コントロール群では術後1カ月で減少したが,それ以降の減少がみられず,むしろ減少幅がやや縮小する傾向がみられた.術後6カ月でのCFT減少量は,両群間に96.7μmの差が生じていたが有意差はなかった(図4).術前VMIAがない症例でCFT変化を検討した.VMIAがない症例は16例16眼で,投与群は8例8眼,コントロール群は8例8眼であった.投与群のCFTは術後6カ月まで減少する傾向を示し,CFT変化量は術後6カ月で.173±37μm(p<0.001)であった.一方,コントロール群のCFT変化量は術後6カ月で.92±84μmとなり術前より減少したが,すべての時点において群間に有意差はなかった(図5).有意差がない原因を探るため個々の症例のCFT変化を検討した(図6).投与群ではCFTが術前表1群別患者背景投与群コントロール群項目(平均±標準誤差)n=12(平均±標準誤差)n=13検定年齢(歳)64.3±2.268.1±3.3ns術前視力(logMAR)0.48±0.060.73±0.08p<0.05中心窩網膜厚(μm)521.1±47.3472±41.5ns血清クレアチニン(mg/dl)0.98±0.141.16±0.11nsHbA1CNGSP(%)6.82±0.186.82±0.25ns平均血圧(mmHg)102.8±2.493.1±4.5ns脈圧(mmHg)57.3±6.664±3.0ns0.90.1投与前1カ月後3カ月後6カ月後0.8投与群(n=12)コントロール群(n=13)##*********0.70.60.50.40.30.20.1-0.2-0.10***logMAR視力logMAR視力-0.3投与群(n=12)******0コントロール群(n=13)投与前1カ月後3カ月後6カ月後-0.4群内比較:Dunnett型多重比較***:p<0.001,**:p<0.01,*:p<0.05(vs投与前)群間比較:分散分析および繰り返し測定型二元配置分散分析#:p<0.05(vsコントロール群)図1群別logMAR視力の経過投与群の平均視力は持続した改善傾向を示した.コントロール群の平均視力は術後1カ月から改善を示した.全経過を通して投与群はコントロール群よりも視力が良好であった.(147)群内比較:Dunnett型多重比較***:p<0.001,**:p<0.01,*:p<0.05(vs投与前)群間比較:Bonferroni型多重検定ns(vsコントロール群)図2群別logMAR視力の変化量視力変化量は,コントロール群のほうが術後早期に視力が改善する傾向がみられたが,群間に有意差はなかった.あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016147 投与前1カ月後3カ月後6カ月後投与群(n=12)コントロール群(n=13)0100200300400500600投与前1カ月後3カ月後6カ月後**********中心窩網膜厚(μm)群内比較:Dunnett型多重比較***:p<0.001,**:p<0.01,*:p<0.05(vs投与前)群間比較:分散分析および繰り返し測定型二元配置分散分析ns(vsコントロール群)図3群別中心窩網膜厚(CFT)の経過投与群のCFTは術後から継続的な減少を示した.コントロール群のCFTは術後1カ月から有意な減少を示したが,それ以降は変化がみられなかった.術後6カ月では投与群がコントロール群を47.1μm下回っていたが,いずれの時点でも両群間に有意差はなかった.投与群(n=8)コントロール群(n=8)*****中心窩網膜厚の変化量(μm)-250-200-150-100-50050投与前1カ月後3カ月後6カ月後群内比較:Dunnett型多重比較***:p<0.001,**:p<0.01(vs投与前)群間比較:Bonferroni型多重検定ns(vsコントロール群)図5群別中心窩網膜厚(CFT)の変化量(黄斑牽引なし)黄斑牽引のない症例におけるCFT変化量は,投与群では術後6カ月まで一貫して減少し,術後3カ月以降は有意差を示した.コントロール群では術前より減少したものの,すべての時点において有意差はなかった.術後6カ月で両群間に81.1μmの差が生じたが,群間に有意差はなかった.よりも増加した症例はなく,ゆっくりと減少する傾向を示すのに対して,コントロール群ではCFT変動幅が大きく,術前よりもCFTが増加した症例が8例中2例にみられた.III考察DMEに対する硝子体手術成績は多数報告されており,148あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016投与群(n=12)コントロール群(n=13)-300-250-200-150-100-500**********中心窩網膜厚の変化量(μm)群内比較:Dunnett型多重比較***:p<0.001,**:p<0.01,*:p<0.05(vs投与前)群間比較:Bonferroni型多重検定ns(vsコントロール群)図4群別中心窩網膜厚(CFT)の変化量CFT変化量は投与群で継続的に減少したのに対し,コントロール群では術後1月以後の改善がみられなかった.術後6カ月では両群間に96.7μmの差が生じていたが,有意差はなかった.投与前1カ月後3カ月後6カ月後300200100投与群-1000(n=8)-200-300-400-500300200100コントロール群0(n=8)-100-200-300-400-500図6群別症例別中心窩網膜厚(CFT)の変化量(黄斑牽引なし)個々のCFT変化量は,投与群ではすべての症例で減少傾向を示し,術前より増加した症例はなかった.コントロール群ではCFT変動幅が大きく,術前よりも増加した症例が8例中2例にみられた.Christoforidisら22)は,硝子体手術は83%の例で黄斑浮腫軽減効果があり,56%の例で視力に何らかの改善があったと報告されている.近年では,一般的に硝子体手術の効果は限定的で,黄斑牽引がみられる症例や中心窩に漿液性網膜.離がある症例に対してのみ有効であるという認識が広まった21,23,24).一方で,黄斑牽引を含めたVMIAのない症例に対投与前1カ月後3カ月後6カ月後(148) しても硝子体手術は有用であるとする報告もあり25),少なくともわが国においては手術の有効性に対する一定の見解は得られていない.鈴木ら26)のDME28例33眼に対するカリジノゲナーゼ単独内服前向き試験で,カリジノゲナーゼ投与後3カ月で有意にCFTの減少を認めている.今回の検討では,硝子体手術後の網膜形態改善に対してもカリジノゲナーゼ投与が有用で,相乗効果が期待できることが示唆された.Sonodaら27)の報告では,DMEに対する硝子体手術成績には炎症性サイトカインであるIL-6が関与するとされている.また,Fukuharaら28)はマウスにおける脈絡膜新生血管モデルで,tissuekallikrein(カリジノゲナーゼ)がVEGF165のisoformであるVEGF164を断片化させる効果を報告している.本報告では,DMEに対する硝子体手術後にカリジノゲナーゼを投与し,非投与症例との差を検討した.両群ともに術後6カ月では視力およびCFTの改善がみられ硝子体手術の有効性が確認できた.両群間で視力およびCFTの改善に差がなかったが,投与群全体でのCFTは継続的に改善したのに対し,コントロール群は術後1カ月以後の継続的改善はみられなかった.コントロール群が早期から急速に視力とCFTが改善したことは,手術による直接的な牽引除去や一時的なVEGF濃度の低下が作用機序となっていたと考えられる.VMIAがない例のみを検討したところ,CFTはカリジノゲナーゼ投与により有意に改善した.それらの個々の症例のCFT変化をみると,コントロール群は術後に増加した例もみられたのに対して,カリジノゲナーゼ投与症例では全例でCFTは減少傾向にあり,CFTの変動が少なかった.このことは,硝子体手術により硝子体腔内のIL-6やVEGFが除去され,術後もカリジノゲナーゼによる抗VEGF効果により網膜の血管透過性減少が持続し,VMIAのない症例においても浮腫改善が促進された可能性が考えられた.カリジノゲナーゼは網膜循環の改善29)や電気生理学的な改善30)も期待できることが報告されている.今後,硝子体手術例に対するカリジノゲナーゼ効果に関しては,レーザースペックルフローグラフィーなどの非侵襲的な微小循環評価法と形態変化を合わせて検討することで,奏効機序をより明確にすることができると考えられる.今回の検討は症例数が少なく,単純無作為割り付けを行ったが,ベースライン視力に差があったため,視力成績の評価が困難であった.今後は層別化無作為化などを行い検討する必要がある.近年のDME発症機序に関する病態理解,OCTや電気生理学的検査の進歩,眼底微小循環の計測装置の開発など,過去には検出不可能であったカリジノゲナーゼの効果が臨床研究でも明らかになってきた.カリジノゲナーゼは内服による長期投与可能な薬剤であり,DMEのように慢性的な病変の治療には有用であると考えられる.今後,そ(149)の作用機序の解明,治療効果のさらなる検討が必要である.文献1)川崎良,山下英俊:疫学に基づいた糖尿病網膜症の管理.月刊糖尿病5:23-29,20132)LewisH,AbramsGW,BlumenkranzMSetal:Vitrectomyfordiabeticmaculartractionandedemaassociatedwithposteriorhyaloidtraction.Ophthalmology99:753759,19923)山本禎子:糖尿病黄斑症に対する硝子体手術─新しい展開を目指して─.あたらしい眼科20:903-907,20034)HarbourJW,SmiddyWE,FlynnHWetal:Vitrectomyfordiabeticmacularedemaassociatedwithathickenedandtautposteriorhyaloidmembrane.AmJOphthalmol121:405-413,19965)ScottDP:Vitrectomyfordiabeticmacularedemaassociatedwithatautpremacularposteriorhyaloid.CurrOpinOphthalmol9:71-75,19986)GandorferA,RohlenderM,GrosselfingerSetal:Epiretinalpathologyofdiffusediabeticmacularedemaassosiationwithvitreomaculartraction.AmJOphthalmol139:638-652,20057)菅原敦史,田下亜佐子,三田村佳典ほか:硝子体黄斑牽引を伴う糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術.あたらしい眼科23:113-116,20068)HallerJA,QinH,ApteRSetal,DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetworkWritingCommittee:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093,20109)OphirA,MartinezMR:Epiretinalmembranesandincompleteposteriorvitreousdetachmentindiabeticmacularedema,detectedbyspectral-domainopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci52:64146420,201110)YamamotoT,AkabaneN,TakeuchiS:Vitrectomyfordiabeticmacularedema:theroleofposteriorvitreousdetachmentandepimacularmembrane.AmJOphthalmol132:369-377,200111)LaHeijEC,HendrikseF,KesselsAGetal:Vitrectomyresultsindiabeticmacularoedemawithoutevidentvitreomaculartraction.GraefesArchClinExpOphthalmol239:264-270,200112)RosenblattBJ,ShahGK,SharmaSetal:Parsplanavitrectomywithinternallimitingmembranectomyforrefractorydiabeticmacularedemawithoutatautposteriorhyaloid.GraefesArchClinExpOphthalmol243:20-25,200513)HoeraufH,BruggemannA,MueckeMetal:Parsplanavitrectomyfordiabeticmacularedema.Internallimitingmembranedelaminationvsposteriorhyaloidremoval.Aprospectiverandomizedtrial.GraefesArchClinExpOphthalmol249:997-1008,201114)木下太賀,前野貴俊,中井考史ほか:糖尿病黄斑浮腫のタイプ別にみた硝子体手術とトリアムシノロンの併用効果.臨眼58:913-917,200415)中村彰,島田佳明,堀尾直市ほか:糖尿病黄斑浮腫に対あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016149 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若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例

2016年1月31日 日曜日

1246101,23,No.3《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):124.128,2016cはじめに近年,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopa-thy:PDR)に対する硝子体手術は,手術機器の進歩や手術手技の向上に伴い手術成績が向上している1).また術前の抗血管内皮増殖因子の硝子体内注入などにより,手術の安全性も向上している2).しかし一方で,なお治療困難例や予後不良例が存在することも事実である.2型糖尿病患者においては,40歳未満の若年者のPDR例は比較的少ない.今回筆者らは,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の2型糖尿病患者で,PDRに対し複数回の手術を施行したが,予後不良であった症例を4例経験したので報告する.I対象および方法対象は2007年1月.2012年2月の6年間に,2型糖尿病によるPDRに対し初回硝子体手術を行い,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の連続症例4例8眼である.全症例とも初回硝子体手術後,経過観察が可能であり,複数回の追加手術を要した.手術はすべて同一術者が施行した(ND).白内障手術および硝子体手術は,アキュラス(日本アルコン社)もしくはコンステレーションビジョンシステム(日本アルコン社)を使〔別刷請求先〕藤原悠子:〒892-0824鹿児島市堀江町17-1公益財団法人慈愛会今村病院眼科Reprintrequests:YukoFujiwara,DepartmentofOpthalmology,FoundationJiaikai,ImamuraHospital,17-1Horie-cho,Kagoshima892-0824,JAPAN若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例藤原悠子*1,2土居範仁*1坂本泰二*2*1慈愛会今村病院眼科*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科PoorOutcomeofProliferativeRetinopathyCasesamongYoungInsulin-independentDiabeticsYukoFujiwara1,2),NorihitoDoi1)andTaijiSakamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,JiaikaiImamuraHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicineandDentalScience若年発症の増殖糖尿病網膜症は,活動性が高く治療困難例も少なくない.多くは1型で,若年発症2型糖尿病患者の治療成績や転機についての報告はほとんどない.筆者らは2型糖尿病の指摘時年齢および初回硝子体手術時年齢が40歳未満で予後不良であった症例を4例経験した.糖尿病診断時年齢は平均21歳.4例中3例で長期間(平均5.8年)無治療放置期間があり,当科初診時には全例両眼とも増殖糖尿病網膜症であった.平均手術回数は6.1回.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼,光覚を失ったものが4眼であり,きわめて予後不良であった.Amongyounginsulin-independentdiabeticpatients,asignificantnumberdevelopthesevereformofdiabeticretinopathy,althoughtheyaremoreoftenreportedastype1(insulin-dependent)diabetesthanastype2(insulin-independent)diabetes.Wedescribe4patients(8eyes)diagnosedastype2diabeticswho,whentheyunderwentinitialvitreoussurgerybeforetheageof40,hadfinalvisualacuityrankedaspoor.Theiraverageageatdiabetesdiagnosiswas21years.In3ofthe4,duringalongperiodoftimetheyreceivednotreatment.AllwerediagnosedwithPDRatfirstvisittoourdepartment,andrequiredanaverageof6.1surgeriesduringthecourse.Ofthe8eyes,6eventuallydevelopedproliferativevitreoretinopathy,withnorepairofretinaldetachment.Finalvisualacu-itieswere0.1orlessin4eyesandnolightperceptionin4eyes;allpatientshadextremelypooroutcomes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):124.128,2016〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,早期発症2型糖尿病,硝子体手術,予後.proliferativediabeticretinopathy,ear-ly-onsettype2diabetes,vitreoussurgery,prognosis.124(124)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):124.128,2016cはじめに近年,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopa-thy:PDR)に対する硝子体手術は,手術機器の進歩や手術手技の向上に伴い手術成績が向上している1).また術前の抗血管内皮増殖因子の硝子体内注入などにより,手術の安全性も向上している2).しかし一方で,なお治療困難例や予後不良例が存在することも事実である.2型糖尿病患者においては,40歳未満の若年者のPDR例は比較的少ない.今回筆者らは,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の2型糖尿病患者で,PDRに対し複数回の手術を施行したが,予後不良であった症例を4例経験したので報告する.I対象および方法対象は2007年1月.2012年2月の6年間に,2型糖尿病によるPDRに対し初回硝子体手術を行い,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の連続症例4例8眼である.全症例とも初回硝子体手術後,経過観察が可能であり,複数回の追加手術を要した.手術はすべて同一術者が施行した(ND).白内障手術および硝子体手術は,アキュラス(日本アルコン社)もしくはコンステレーションビジョンシステム(日本アルコン社)を使〔別刷請求先〕藤原悠子:〒892-0824鹿児島市堀江町17-1公益財団法人慈愛会今村病院眼科Reprintrequests:YukoFujiwara,DepartmentofOpthalmology,FoundationJiaikai,ImamuraHospital,17-1Horie-cho,Kagoshima892-0824,JAPAN若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例藤原悠子*1,2土居範仁*1坂本泰二*2*1慈愛会今村病院眼科*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科PoorOutcomeofProliferativeRetinopathyCasesamongYoungInsulin-independentDiabeticsYukoFujiwara1,2),NorihitoDoi1)andTaijiSakamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,JiaikaiImamuraHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicineandDentalScience若年発症の増殖糖尿病網膜症は,活動性が高く治療困難例も少なくない.多くは1型で,若年発症2型糖尿病患者の治療成績や転機についての報告はほとんどない.筆者らは2型糖尿病の指摘時年齢および初回硝子体手術時年齢が40歳未満で予後不良であった症例を4例経験した.糖尿病診断時年齢は平均21歳.4例中3例で長期間(平均5.8年)無治療放置期間があり,当科初診時には全例両眼とも増殖糖尿病網膜症であった.平均手術回数は6.1回.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼,光覚を失ったものが4眼であり,きわめて予後不良であった.Amongyounginsulin-independentdiabeticpatients,asignificantnumberdevelopthesevereformofdiabeticretinopathy,althoughtheyaremoreoftenreportedastype1(insulin-dependent)diabetesthanastype2(insulin-independent)diabetes.Wedescribe4patients(8eyes)diagnosedastype2diabeticswho,whentheyunderwentinitialvitreoussurgerybeforetheageof40,hadfinalvisualacuityrankedaspoor.Theiraverageageatdiabetesdiagnosiswas21years.In3ofthe4,duringalongperiodoftimetheyreceivednotreatment.AllwerediagnosedwithPDRatfirstvisittoourdepartment,andrequiredanaverageof6.1surgeriesduringthecourse.Ofthe8eyes,6eventuallydevelopedproliferativevitreoretinopathy,withnorepairofretinaldetachment.Finalvisualacu-itieswere0.1orlessin4eyesandnolightperceptionin4eyes;allpatientshadextremelypooroutcomes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):124.128,2016〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,早期発症2型糖尿病,硝子体手術,予後.proliferativediabeticretinopathy,ear-ly-onsettype2diabetes,vitreoussurgery,prognosis.124(124)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY 用した25ゲージ(G)経結膜小切開硝子体手術を施行した.方法は3-portsystemによる経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)で,初回硝子体手術時,全例後部硝子体未.離であったため人工的に後部硝子体.離を起こし,増殖組織を除去し,可能な限り周辺部まで硝子体を切除した後,眼内光凝固を行った.また周辺まで硝子体を切除するため,初回硝子体手術時に水晶体摘出を併施した.II結果表1~3に全症例の背景・結果を示す.4例中3例は男性,1例は女性.2型糖尿病診断時年齢は平均21歳.加療開始まで平均5.8年の無治療放置期間があり,4例中3例に治療中断歴があった.内科加療開始時の平均HbA1C(JDS)は11.5%であった.当科初診時年齢は平均29歳で,内科加療開始から平均1.75年後で平均HbA1C(JDS)は8.3%,4例中3例が血圧コントロール不良もしくは高血圧加療開始後であった(表1).当科初診時全例両眼ともPDRであり,8眼中3眼は血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)を併発していた.網膜光凝固術の既往があるのは8眼中2眼のみであったが未完成であり,それ以外の症例は硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)のため術前に網膜光凝固を施行することが困難であった.初回硝子体手術時,8眼中5眼表1全症例の当科初診時の全身状態背景症例性別診断時年齢(歳)加療開始までの期間(年)糖尿病加療中断の有無家族歴内科加療開始時HbA1C(%)(JDS値)内科加療開始からの期間(年)HbA1C(%)(JDS値)当科初診時HbCr血圧(mmHg)降圧薬内服の有無1M258.+9.909.915.70.6154/100.2M165++11.858.613.01.01160/92+3F1310+.12.619.012.60.39117/70.4平均M312105.8++11.611.511.755.68.312.11.8613.40.96128/79139/85+JDS:JapanDiabetesSociety.表2全症例の当科初診時眼状態および初回硝子体手術内容症例年齢(歳)DR病期当科初診時状態視力眼圧(mmHg)PRPの有無年齢(歳)手術適応所見術式初回硝子体手術タンポナーデの有無と種類増殖膜の象限数意図的・医原性裂孔の数レーザー数術中網膜1右眼左眼右眼33PDRNVGPDRNVGPDR0.5360.3220.713…343427NVGVHNVGVHVHSF62SF62.30401,5871,5711,400234平均左眼右眼左眼右眼左眼26243229PDRPDRPDRPDRNVGPDR0.5160.1180.01150.04270.81920.8…未完成未完成272424323229.3PPLPPVVHTRDVHTRDVHTRDNVGNVGTRDSO4.4SO4.3SO33.125002021復位1,8141,0461,0821,2591,3731,329DR:糖尿病網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障,PRP:汎網膜光凝固術,VH:硝子体出血,TRD:牽引性網膜.離,SF6:六フッ化硫黄,SO:シリコーンオイル,PPL:経毛様体扁平部水晶体切除術,PPV:経毛様体扁平部硝子体切除術.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016125 表3全症例の最終結果症例観察期間(月)手術回数(回)眼所見最終視力最終眼圧(mmHg)1右眼左眼8545293247.87695451126.1PVR・眼球癆PVR・眼球癆PVRPVRPVRPVRNVGNVG光覚なし光覚なし光覚弁光覚弁光覚弁光覚なし0.08光覚なし..991612151192右眼左眼3右眼左眼4右眼左眼平均PVR:増殖硝子体網膜症,NVG:血管新生緑内障.図1症例3の初診時所見24歳,女性.両眼ともに硝子体出血と牽引性網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症.網膜光凝固術の既往はない.はタンポナーデを要した(表2).平均観察期間は47.8カ月で,平均手術回数は6.1回であった.初回手術後,全症例で複数回の再手術を施行した.再手術内容は,網膜.離の再発または術後非復位に対しては,4眼にガスまたはシリコーンオイル(siliconeoil:SO)によるタンポナーデを用いたPPVを施行した.NVGに対しては,当科初診時にNVGを併発していた症例は3眼,経過観察中に中に発症した症例が1眼あり計4眼にPPVの際に毛様体光凝固を併施した.3眼に円蓋部基底結膜切開による線維柱帯切除術もしくはエクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス(日本アルコン社)挿入を施行した.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼でそのうち3眼は光覚弁,また光覚を失ったものが4眼で,きわめて予後不良であった(表3).III症例呈示〔症例3〕24歳,女性.13歳時に学校検診で尿糖を指摘され入院加療を受けるが,退院後通院していなかった.16歳時,下肢骨.腫手術の際に糖尿病を指摘され,内科加療を再開したが自己中断した.2010年23歳時に倦怠感で近医を受診し,HbA1C12.6%(JDS値)と高値で加療を再開したが,不定期受診であった.2011年10月急に視力低下を自覚し,近医眼科を受診,両眼ともPDRを指摘され,網膜光凝固術を予定していたがVHを発症し,2011年11月28日当科紹介受診となった.初診時所見:VD=(0.1×sph.2.25D(cyl.2.25DAx5°),VS=0.01(n.c.),Tod=18mmHg,Tos=15mmHg.両眼ともにVH・牽引性網膜.離(tractionretinaldetachment:TRD)を伴うPDRであり光凝固の既往はなかった(図1).HbA1C9.0%(JDS値),血圧は117/70mmHgであった.初診後,内科加療を再開した.経過(右眼):網膜光凝固術はVHのため困難であり,2012年1月5日経毛様体扁平部水晶体切除術(parsplanalensectomy:PPL)+PPVを施行した.その後VHとTRDが再燃し,2012年1月12日硝子体手術+SO注入術を施行(126) 図2症例3の最終時所見両眼ともに網膜切除を要した.右眼は部分的な網膜.離が残存している.左眼は増殖硝子体網膜症となり,網膜復位は得られなかった.したが,その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,同年2月9日輪状締結術+PPV+網膜切除(耳・鼻側周辺2象限)+SO注入術,同年3月29日PPV+網膜切除(下方周辺1象限)+SO注入術を施行した.その後NVGとなるが,薬剤で眼圧コントロールが得られている.部分的な網膜.離は残存している.経過(左眼):右眼と同様,網膜光凝固術はVHのため困難であり,2011年12月13日PPL+PPV+SO注入術を施行した.その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,2012年2月2日PPV+網膜切除(下鼻側周辺1象限)+SO注入術を施行,その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,同年3月1日輪状締結術+PPV+網膜切除(上鼻側周辺1象限)+SO注入術,同年5月22日PPV+SO注入術,2013年2月19日PPV+網膜切除(耳側周辺1象限)+SO注入術を施行したが,増殖硝子体網膜症(PVR)となり,網膜復位は得られなかった(図2).IV考察若年発症PDRの報告は,1型糖尿病に比べて2型糖尿病では少ない.Steelら3)は血糖コントロールが良好であったにもかかわらず,2型糖尿病と診断されてから数年以内に急速にPDRに進行し,予後不良であった40歳未満の症例を報告している.同じ若年発症でも1型糖尿病は加療中断により身体症状を伴うのに対し,2型糖尿病は身体症状が発現しにくいため,内科加療開始が遅れやすく治療の自己中断にもつながりやすい.それに伴い眼科受診も遅れやすい.今回筆者らが経験した症例でも,糖尿病の診断から内科加療開始まで平均5.8年の放置期間があり,その後も症例1以外で治療中断歴があった.眼科定期受診もほとんど行われていない状況であった.当科初診時すでに全例がPDRで,網膜光凝固術の既往があるのは症例4のみであったが未完成であり,それ以外の症例はVHを認め術前に網膜光凝固を施行することが困難であった.また初回硝子体手術時8眼中7眼はNVGやTRDを併発しており,8眼中5眼は初回手術時にタンポナーデを必要とした.10代で糖尿病を発症した症例では,親の理解不足もあり内科加療が中断されていた時期があった.網膜光凝固術を勧められても拒否していた例もあり,コンプライアンス不良であることが網膜症進行を助長し,術後視力転帰に影響した可能性がある.30歳未満の若年発症2型糖尿病患者では,糖尿病罹患期間だけではなく,わずかな血圧上昇もPDRへの進行のリスクファクターであるとの報告がある4).筆者らの症例でも4例中3例が血圧コントロール不良もしくは高血圧加療開始後であった.本症例のうち2例は10代で糖尿病の指摘を受けている.欧米では小児の糖尿病のほとんどが1型糖尿病であり,20歳以下の2型糖尿病の発症は数%に過ぎないのに対し,わが国では小児期発症2型糖尿病患者が多い特徴がある5).2型糖尿病では,発症年齢が18.45歳未満の若年発症群のほうが,45歳以上の発症群と比較して,微小血管障害を2倍起こしやすいという報告がある6).また発症年齢が40歳未満群と40歳以上群では,40歳未満群のほうが糖尿病発症から10年後,20年後のいずれも有意に糖尿病網膜症の発症率が高かったという報告もある7).(127)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016127 小児期に糖尿病を発見する有用な手段として学校検尿検査での尿糖検査があるが,それでの2型糖尿病の発見は,1981年以前は1年間で10万人につき1.74人であるのに対し,それ以降は2.76人と1.5倍に増加している8).また15歳未満発症の2型糖尿病患者では,同年代の1型糖尿病患者と比較してPDRが多い傾向にあり,糖尿病治療の1980年代初診群と1990年代初診群の比較では,1990年代のほうがPDR発症頻度が増加している5).またRajalakshmiら9)は10.25歳に糖尿病を診断された若年発症患者では,視力に影響する糖尿病網膜症の罹患率は糖尿病発症から15年を超えると急増し,1型糖尿病では44.1%,2型糖尿病では52.5%と2型で多く,さらに1型糖尿病では発症から10年未満は同様の網膜症発症患者の罹患率は0%なのに対し,2型糖尿病では5年未満でも14.3%であったと報告している.これらから若年発症2型糖尿病患者は増加することが懸念されており,今回報告したような難治例が増加することが考えられる.今回経験した4症例は,いずれも当科初診時点で全例PDRであり,それ以前の眼科受診歴も乏しいものであった.若年発症例では,糖尿病発症時点で家族を含めた病気への理解を深める必要があるとともに,内科・眼科の連携がより重要であると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)鎌田研太郎,臼井嘉彦,坂本純平ほか:増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の成績.臨眼101:385-390,20072)澤田英子,安藤伸朗:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後の視力経過.日眼会誌111:407-410,20073)SteelJM,ShenfieldGM,DuncanLJ:Rapidonsetproliferativeretinopathyinyounginsurin-independentdiabetics.BMJ2:852,19764)OkudairaM,YokoyamaH,OtaniTetal:Slightlyelevatedbloodpressureaswellaspoormetaboliccontrolareriskfactorsfortheprogressionofretinopathyinearly-onsetJapanesetype2diabetes.JDiabetesComplications14:281-287,20005)奥平真紀,内潟安子,大谷敏嘉ほか:80年代と90年代に初診した15歳未満発見糖尿病患者の合併症頻度の比較.糖尿病47:521-526,20046)HillierTH,PedulaKL:Complicationinyoungadultswithearly-onsettype2diabetes.DiabetesCare26:2999-3005,20037)SongSH,GrayTA:Early-onsettype2diabetes:highriskforprematurediabeticretinopathy.DiabetesResClinPract94:207-211,20118)岩本安彦,田嶼尚子,西村理明ほか:若年発症2型糖尿病調査研究委員会報告─若年発症2型糖尿病の実態に関する予備的調査─.糖尿病51:285-287,20089)RajalakshmiR,AmuthaA,RanjaniHetal:PrevalenceandriskfactorsfordiabeticretinopathyinAsianIndianswithyoungonsettype1andtype2diabetes.JDiabetesComplications28:291-297,201410)AhmadSS,GhaniSA:Floriddiabeticretinopathyinayoungpatient.JOphthalmicVisRes7:84-87,201211)LeNguyenTD,MilesR,SavagePJetal:Theassociationofplasmafibrinogenconcentrationwithdiabeticmicrovascularcomplicationsinyoungadultswithearly-onsetoftype2diabetes.DiabetesResClinPract82:317-323,2008***(128)

硝子体手術後に残存,再燃した糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド(マキュエイド®)硝子体内注射についての検討

2015年10月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科32(10):1487.1491,2015c硝子体手術後に残存,再燃した糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド(マキュエイドR)硝子体内注射についての検討川原周平*1江内田寛*2石橋達朗*3*1国立病院機構小倉医療センター眼科*2佐賀大学医学部附属病院眼科*3九州大学大学院医学研究院眼科学分野IntravitrealInjectionofMaQaidR,aNewTriamcinoloneAcetonide,forDiabeticMacularEdemaRemainingorRecurringafterVitreousSurgeryShuheiKawahara1),HiroshiEnaida2)andTatsuroIshibashi3)1)DepartmentofOphthalmology,KokuraMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:硝子体手術後に残存,再燃した糖尿病黄斑浮腫に対し,トリアムシノロンアセトニド(マキュエイドR)を硝子体内注射し,その経時変化を検討した.対象および方法:対象は5名8眼で,1回の投与を1件とし,計15件について検討した.薬剤は眼灌流液に懸濁し27ゲージ針で硝子体内注射した.結果:中心窩平均網膜厚(CRT)が減少したのは13件(86.6%)で,2件は無効であった.CRTが減少しはじめる時期は1週間以内が11件,1週間以上が2件であった.薬剤の硝子体内平均滞留期間は28日(7.56日)で,黄斑浮腫の再燃を11件(84.6%)に認めた.2件(15%)で軽度の眼圧上昇を認めたが,眼内炎の発生はなかった.結論:硝子体手術後の糖尿病黄斑浮腫に対しマキュエイドR硝子体内注射は安全で有効な治療法となるが,高率で再燃するため繰り返し投与する必要がある.Purpose:ToinvestigatetheresultsofMaQaidR(MaQ),thenewlyreleasedtriamcinoloneacetonide,injectedintothevitreousofeyeswithdiabeticmacularedema(DME)remainingorrecurringaftervitreoussurgery.PatientsandMethods:Eighteyesof5DMEpatientswereadministereda4mgintravitrealinjectionofMaQusinga27-gaugeneedle.Atotalof15injectionswereinvestigatedrespectively.Results:Centralretinalthickness(CRT)decreasedin13injections(86.6%).CRTstartedtodecreasewithin1weekin11injectionsandwithin2weeksin2injections.VisibletracesofMaQpostintravitrealinjectionlastedforanaverageof28days(range:7-56days).DMErecurredin11injections(84.6%).Twoinjections(15%)experiencedmildintraocularpressureelevation,andnopatientsshowednon-infectiousendophthalmitis.Conclusion:IntravitrealinjectionofMaQintoDMEeyespostvitreoussurgerywasfoundtobesafeandeffective.However,repeatinjectionsmightbeneededinDMEeyeswithahighrecurrence.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(10):1487.1491,2015〕Keywords:トリアムシノロンアセトニド(マキュエイドR),糖尿病黄斑浮腫,硝子体内注射,硝子体手術.triamcinoloneacetonide(MaQaidR),diabeticmacularedema,intravitrealinjection,vitreoussugery.はじめに糖尿病黄斑浮腫は糖尿病網膜症のなかでも治療抵抗性の病態で,網膜症進行の程度とは無関係に進行することがある.したがって,一見軽度の網膜症でも,黄斑浮腫があるだけで視力の低下をきたしてしまうことがあり,注意が必要である.糖尿病黄斑浮腫の治療は網膜光凝固術にはじまり,さらに技術の進歩とともに硝子体手術もその治療法の一つとなった.そして近年ではそうした侵襲的治療によらない薬物療法,つまりステロイドや血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬を用いた比較的侵襲の少ない治療が注目されるようになって〔別刷請求先〕川原周平:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:ShuheiKawahara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-1-1Maidahi,Higashi-ku,Fukuoka-shi,Fukuoka812-8582,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(115)1487 きている1,2).しかし,いずれをもってしても,糖尿病黄斑浮腫に対する絶対的治療法とはなりえないのが現状である.これまでは最初の治療として適応外の使用にはなるが比較的侵襲の少ないトリアムシノロンTenon.下注射を行ったり,局所性の黄斑浮腫であれば,原因となる毛細血管瘤の直接光凝固,びまん性であれば格子状光凝固を行ったりしていたが,最近ではVEGF阻害薬硝子体内注が第一選択となりつつある1).そして,それらの治療に反応しない症例に対し,硝子体手術が選択されることがある3).また,硝子体の黄斑部への牽引や黄斑上膜の合併が確認される場合には,初めから硝子体手術が選択されることもある.ところが最終的に硝子体手術を行ったとしても,黄斑浮腫が残存したり,しばらくして再燃することが少なからずあるため,そうなるとつぎの治療がなくなることが多い.硝子体手術後のVEGF阻害薬は眼内滞留期間が短いため効果が期待できず,またその分血中濃度上昇も大きくなることが予想されるため全身合併症が危惧される4).それに対し,トリアムシノロンアセトニドは難溶性ステロイドであり,比較的効果が長期間持続するため有効な治療になりうる.しかし,これまでもっともよく使用されていたトリアムシノロンアセトニドであるケナコルト-AR(ブリストル社)には添加物が含まれているため,それが原因と推測される非感染性眼内炎がたびたび報告された5,6).そのため投与前に添加物を十分に洗浄,除去して投与を行うのだが,それでも非感染性眼内炎が起こることがあった.したがって,硝子体手術後に再燃した黄斑浮腫に対してトリアムシノロンアセトニドを硝子体内注射することに多くの眼科医は抵抗があり,そのような症例にはもはや打つ手がないという状況であった.そんななか,硝子体内注用のマキュエイドR(わかもと製薬)が承認を得た.このマキュエイドRは添加物を含まないトリアムシノロンアセトニドであるため,無菌性眼内炎のリスクがなく安全に硝子体内注射を行えると考えられた.そこで,筆者らは硝子体手術後に残存もしくは再燃した糖尿病黄斑浮腫に対しマキュエイドRを硝子体内注射し,その経過についての検討を行った.I対象および方法平成24年5月.平成25年3月に糖尿病黄斑浮腫に対し当院で硝子体手術を施行し,術後1カ月以上経っても黄斑浮腫が消失しなかった,もしくは再燃した5名8眼を対象とした.内訳は男性4名,女性1名,平均年齢69.3歳.中心窩平均網膜厚(CRT)の測定はZeiss社のCirrusHD-OCTを用いた.黄斑浮腫再燃の定義として,OCTで治療前のCRTと同等,またはそれ以上になったものを再燃とした.マキュエイドR硝子体内注射前の平均CRTは690.0μmであった.手術はAlcon社のコンステレーションRの25ゲージシス1488あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015テムで行い,有水晶体眼は白内障の同時手術も行った.マキュエイドRの硝子体内注射に際しては,まず,マキュエイドR1バイアルにオペガードMA眼灌流液R(千寿製薬)1mlを注入しトリアムシノロンアセトニド濃度が40mg/mlになるように懸濁した.つぎにイソジンで眼瞼の消毒を行い,希釈したPAヨードで眼表面を洗浄,消毒した.角膜を穿刺し0.1ml程度前房水を除去した後,角膜輪部から3.5mmの部位より27ゲージ針でマキュエイドR懸濁液0.1ml(トリアムシノロンアセトニドとして4mg)を硝子体内に注射した.注射後は綿棒でしばらく穿刺部位を圧迫し眼内液の漏出がないことを確認し,最後に細隙灯顕微鏡と倒像鏡を用いて眼表面,眼内の観察を十分に行った.経過観察は眼圧測定,OCTによるCRT測定,眼底検査を行い,黄斑浮腫が減少しはじめる時期,眼内のマキェイドRが消失する時期,黄斑浮腫が再燃する時期,合併症について検討を行った.また,マキュエイドR硝子体内注射後,黄斑浮腫が再燃した症例に対して薬剤の再投与を複数回行ったものが5眼あり,各投与に関して検討を行ったため1回の投与を1件と数え,計15件に対して検討を行った.実際には1回のみの投与が4眼,2回投与が4眼,3回投与が1眼であった.II結果投与前の平均CRTは690.0μmであったが,マキュエイドRの硝子体内注射後1週間で509.3μm,1カ月で449.1μmと有意に減少した(図1).投与後2カ月の平均CRTは557.4μmと投与前と比較して減少してはいたが,再燃傾向があり,有意な低下は認められなかった.2眼については単回の投与で著明に黄斑浮腫の改善がみられ,その後再燃することがなかった(図2).投与を行った15件のうち,実際にCRTが減少したのは13件(86.6%)で,2件は無効であった.投与後6カ月間経過観察ができたのは7件であり,それらの6カ月後の平均CRTは投与前678.6μmから投与後512.1μmと投与前に比べて有意に減少したが,徐々に再燃傾向であった(図3).CRTが減少しはじめる時期は1週間以内が12件(92%),2週間以内が1件(8%)で,効果のあったすべての症例で2週間以内に効果が認められた.眼内のマキェイドRは,硝子体内注射直後は後極一帯に認めたが,翌日以降の診察では硝子体腔の下方に沈殿しているのが観察された(図4).この眼内のマキェイドRが肉眼的に消失する時期は,1週間が1件(6.7%),3週間が2件(13.3%),1カ月が10件(66.7%),2カ月が2件(13.3%)であり,平均滞留期間は28日であった.投与回数ごとに検討すると,初回投与後は平均27.5日,2回目投与後は平均28日,3回目投与後は28日であった.黄斑浮腫が再燃するまでの期間は1カ月が1件(10%),2(116) 8001,2009008001,000700CRT(μm)**CRT(μm)6005006004004003002002001000投与前1W1M2M0投与前1W1M2M経過期間経過期間図1マキュエイドR投与後のCRT経時変化(2カ月)左:全15件の経時変化.右:平均CRTの経時変化.投与後1週間,1カ月までは有意に減少.*******CRT(μm)図2OCT像左:マキュエイドR投与前.著明な黄斑浮腫を認める.右:投与後1週間で黄斑浮腫は消失.9001,000800900700800700600500600CRT(μm)500400400300300200200100100投与前1W01M2M3M4M5M6M0投与前1W1M2M3M4M5M6M経過期間経過期間図3マキュエイドR投与後のCRT経時変化(6カ月)左:6カ月経過観察できた7件のCRT経時変化.右:平均CRTの経時変化.6カ月間にわたり有意な低下がみられた.カ月が4件(36%),3カ月が3件(27%),4カ月が3件(27%)であった.さらに,投与回数ごとに再燃までの期間を検討すると,初回投与後は平均2.25カ月,2回目投与後は平均3.0カ月,3回目投与後は2カ月であった.また,眼内のマキェイドRが消失する前に黄斑浮腫が再燃したものはなかった.合併症として眼圧上昇を認めたものが2件(15%)あり,(117)1件は2回投与眼で2回目の投与後に,2件目は3回投与眼の2回目投与後に生じた.同症例の3回目投与後には眼圧上昇は認めなかった.いずれの眼圧も25mmHg以下であり,ラタノプロスト点眼薬で眼圧は20mmHg以下にコントロールが可能であった.また,眼圧上昇発現時期はともにマキュエイドR硝子体内注射後2カ月半であった.いずれも1カ月以内に正常眼圧に低下し緑内障点眼は不要となった.さらあたらしい眼科Vol.32,No.10,20151489 図4眼底写真左:マキュエイドR投与直後.右:投与翌日.下方に沈殿している.に,マキュエイドR硝子体内注射直後に硝子体出血を認めたものが1件(7%)あったが,出血の程度は視力に影響するほどのものではなかった.この出血は翌日には消失していた.経過中,感染性眼内炎および非感染性眼内炎は認めなかった.最終経過観察期間は異なるが,8眼中6眼で最終的に黄斑浮腫が改善している.III考按糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニドの硝子体内注射は,非感染性眼内炎,眼圧上昇,白内障などの副作用のために敬遠される傾向にあった.そのため近年は副作用が比較的少ないVEGF阻害薬が薬物療法の中心となっているが,その一方でさまざまなスタディにおいてトリアムシノロンアセトニドの有効性が証明されている7.9).糖尿病黄斑浮腫を対象としたマキュエイドR硝子体内注の第II/III相試験では,有硝子体眼において有意に最高矯正視力とCRTの改善が認められている8).本研究ではマキュエイドRを有硝子体眼ではなく無硝子体眼に投与し,糖尿病黄斑浮腫に対する治療効果および経過について検討した.マキュエイドR硝子体注後,多くの症例で黄斑浮腫の改善がみられ,しかもそのほとんどで効果の発現が投与後1週間と早かった.黄斑浮腫改善効果は1カ月目まで続いたが,効果は短期的であり,2.4カ月の間にほとんどが徐々に再燃した.なかには初回投与時には効果がなかったものの2回目の投与では浮腫の改善がみられた症例や,逆に初回は効果があったものの2回目には効果を認めなかった症例もあり,その違いが何によるものかは不明であった.また,すべての症例において初回投与後と2回目投与後で眼内の薬剤滞留期間にはほとんど差がなかったにもかかわらず,2回目の投与後のほうがわずかだが効果が長く持続した.投与回数を重ねるごとに効果の持続期間が長くなっていくのかは今回の検討ではわからないので,今後検討していく必要がある.他のトリアムシノロンアセトニド4mgの有硝子体眼での眼内滞留期間は93±28日(半減期18.7日)と報告されている10)が,マキュエイドRでは52.9%の症例で84日後にも眼内にマキュエイドRの粒子が観察され,大多数が56.168日で消失する8).無硝子体眼においては同様に他のトリアムシノロンアセトニド4mgの半減期は3.2日であり,それから計算すると眼内滞留期間は約16日と考えられるが,本研究でマキュエイドRの平均眼内滞留期間は28日と長かった.その差が何によるものかは今回は具体的に検討していないが,粒子形状の違いがその差を生み出している可能性がある(図5).ケナコルトRは表面が平滑な部分が多いのに対しマキュエイドRは表面がかなり凸凹している.実際にケナコルトRに比べてマキュエイドRは粒子径が大きいため,溶解に時間がかかり眼内滞留時間が長くなっているのかもしれない.2011年に日本網膜硝子体学会主導で行われた調査では,ケナコルトRを硝子体内注射した後の非感染性眼内炎の発症率は1.6%であり,海外での報告(0.2.1.6%)と大差がなかった5).実際には感染性眼内炎と非感染性眼内炎の鑑別が困難なこともあり,一度眼内炎を経験してしまうとそれ以降の投与は躊躇してしまうことが多い.しかし,非感染性眼内炎の原因となりうる添加物を含まないマキュエイドRであれば発症のリスクは低いと考えられる.マキュエイドR硝子体内注の第II/III相試験では有硝子体眼に投与されたが,感染性眼内炎または非感染性眼内炎の発症はなかった8).本研究でも対象数が少ないが眼内炎を起こした症例はなく,マキュエイドR硝子体内注では眼内炎の発生頻度が非常に少ないことが予想される.トリアムシノロンアセトニド硝子体内注の副作用として白1490あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(118) 図5電子顕微鏡像左:ケナコルトR.Bar:2μm.右:マキュエイドR.Bar:5μm.マキュエイドRのほうが粒子が大きい.内障の進行があるが,マキュエイドR硝子体内注後の白内障進行率は35.5%であると報告されている8).今回検討した症例のように眼内レンズ挿入眼であれば白内障進行の心配が不要である.したがって,眼内レンズ挿入眼であれば有硝子体眼の症例でも積極的に投与を検討してよいと思われる.もう一つのトリアムシノロンアセトニド硝子体内注の副作用として眼圧上昇が重要である.有硝子体眼におけるマキュエイドR硝子体内注では29.4%に24mmHg以上の眼圧上昇を認めたが外科的手術に至った症例はなく,いずれも点眼で眼圧のコントロールは可能であったと報告されている8).本研究では眼圧上昇を認めた症例は15%と少なく,比較的軽度の眼圧上昇であり眼圧コントロールも容易であった.これは無硝子体眼のほうが有硝子体眼に比べ薬剤の滞留時間が短いためと考えられる.また,初回投与後と3回目投与後には眼圧上昇を認めず,2回目投与後のみ眼圧上昇を認めた症例があった.投与を繰り返すたびに眼圧上昇のリスクが増していくわけではないことを示唆するのかもしれないが,今回は1件だけなので今後投与症例を重ねて観察していく必要がある.その他,眼圧上昇以外でも繰り返し投与することによって副作用発現が高くなるものはなかった.糖尿病黄斑浮腫に対するVEGF阻害薬硝子体内注は初年度年間約8.9回の繰り返し投与が必要になる7).マキュエイドRも効果は一時的であるが同様に繰り返しの投与を行うことで効果を持続させることが可能であると考えられ,そういう意味ではVEGF阻害薬と同様の使い方ができるかもしれない.さらに,再燃までの期間を考慮すると,マキュエイドRの場合は年間投与回数をVEGF阻害薬のそれ以下に抑えることができると考えられる.繰り返し投与した場合,副作用の発現頻度は増加する可能性があるが,今回は短期間に4回以上繰り返し投与を続けた症例はなかったため,さらに今後検討していく必要がある.今回,硝子体手術後の糖尿病黄斑浮腫に対しマキュエイドR硝子体内注を行ったが,大きな副作用はなく比較的安全(119)でかつ効果的な治療であることがわかった.これまでは硝子体手術後に残存した黄斑浮腫には安全かつ有効な治療法がなかったが,マキュエイドR硝子体内注は新たな治療の選択肢になるといえる.文献1)野崎実穂:糖尿病網膜症・黄斑浮腫の薬物治療(抗VEGF薬の効果).あたらしい眼科32:349-356,20152)後藤早紀子:糖尿病網膜症・黄斑浮腫の薬物治療(ステロイド眼局所,全身治療).あたらしい眼科32:357-360,20153)森實祐基:びまん性糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の現状.あたらしい眼科32:361-367,20154)MoisseievE,WaisbourdM,Ben-ArtsiEetal:Pharmacokineticsofbevacizumabaftertopicalandintravitrealadministrationinhumaneyes.GraefesArchClinExpOphthalmol252:331-337,20145)坂本泰二,石橋達朗,小椋佑一郎ほか:トリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査.日眼会誌115:523-528,20116)MoshfeghiDM,KaiserPK,BakriSJetal:Presumedsterileendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.OphthalmicSurgLasersImaging36:24-29,20057)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR.net):Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077,20108)小椋祐一郎,坂本泰二,吉村長久ほか:糖尿病黄斑浮腫を対象としたWP-0508(マキュエイドR硝子体内注用)の第II/III相試験.あたらしい眼科31:1876-1884,20149)杉本昌彦,松原央,古田基靖ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド製剤(マキュエイドR)の硝子体内注射の効果.あたらしい眼科30:703-706,201310)BeerPM,BakriSJ,SingerDMetal:Intraocularconcentrationandpharmacokineticsoftriamcinoloneacetonideafterasingleintravitrealinjection.Ophthalmology110:681-686,2003あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151491

見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜剝離手術を受けた1症例

2015年4月30日 木曜日

596あたらしい眼科Vol.5104,22,No.3(00)596(132)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(4):596.598,2015cはじめに眼内に飛入した鉄片異物は,鉄錆症や眼内炎を起こす可能性があり,発見されれば早急に摘出されるべきである.感染性眼内炎は失明に至る可能性があり,鉄錆症は,白内障,網膜色素変性,緑内障を起こし,予後不良である1).白内障手術,硝子体手術が進歩した現在では,視力良好の症例でも,視機能を低下させずに異物を摘出できる.しかし,眼内に異物があるにもかかわらず,自覚症状がなく長期間見逃された多くの報告がある2.7).また,白内障を発症し手術により発見されることや,網膜.離の治療のための硝子体手術中に発見されることもある8).鉄工所勤務中に鉄片が自覚なく眼内に飛入し,虹彩炎と緑内障を発症したが,見逃されたまま緑内障手術を受け,一度は安定したものの網膜.離を発症し,硝子体手術中に鉄片が発見された1症例を報告する.I症例患者:38歳,男性.〔別刷請求先〕田渕大策:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学眼科学教室Reprintrequests:DaisakuTabuchi,M.D,,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-chou,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜.離手術を受けた1症例田渕大策水口忠谷川篤宏堀口正之藤田保健衛生大学眼科学教室ACasethatRequiredSurgeryforGlaucomaandRetinalDetachmentDuetoanOverlookedIntraocularIronForeignBodyDaisakuTabuchi,TadashiMizuguchi,AtsuhiroTanikawaandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine左眼網膜.離のため38歳の男性が当院に紹介された.患者は11カ月前に左眼線維柱帯切開術を受けていた.視力は右眼(1.0),左眼(0.01)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgであった.核白内障と裂孔原性網膜.離を左眼に認めた.白内障,硝子体同時手術を行ったところ,手術中に鉄片異物(1.6×0.6mm)が発見され,強膜創より除去された.網膜.離は再発したが,硝子体手術で復位した.患者は,線維柱帯切除術以前にフライス加工に従事しており,白内障,緑内障,網膜.離は,硝子体手術中に発見された鉄片異物により起きたものであると考えられた.患者が異物の自覚がなかったことが診断を困難にしたが,職歴を含めた予診に注意を払う必要があった.Wereportthecaseofa38-year-oldmalepatientwhowasreferredtoourhospitalduetoretinaldetachmentinhislefteye.Hehadundergonetrabeculotomyinthatsameeye11-monthspriortopresentation.Uponexamina-tion,hisvisualacuitywas1.0ODand0.01OS.Nuclearcataractandrhegmatogenousretinaldetachmentwereobservedinhislefteye,andcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andvitrectomywassub-sequentlyperformed.Duringsurgery,anintraocularironforeignbody(1.6×0.6mminsize)wasfound,andremovedfromthescleralincision.Retinaldetachmentrecurred1-monthlaterandwasreattachedbyasecondvit-rectomy.Thepatienthadengagedinmillingbeforethetrabeculotomywasperformed,andweconcludedthattheironforeignbodythatwefoundcausedthecataract,glaucoma,andretinaldetachmentinhislefteye.Hisunaware-nessoftheforeignbodyinhislefteyemadethediagnosisdifficult,andaddedcareviaamedicalhistoryinterview,includinghisprofessionalexperience,wouldhaveprovedbeneficial.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):596.598,2015〕Keywords:眼内異物,緑内障,線維柱帯切開術,網膜.離,硝子体手術.intraocularironforeignbody,glauco-ma,trabeculotomy,retinaldetachment,vitrectomy.(00)596(132)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(4):596.598,2015cはじめに眼内に飛入した鉄片異物は,鉄錆症や眼内炎を起こす可能性があり,発見されれば早急に摘出されるべきである.感染性眼内炎は失明に至る可能性があり,鉄錆症は,白内障,網膜色素変性,緑内障を起こし,予後不良である1).白内障手術,硝子体手術が進歩した現在では,視力良好の症例でも,視機能を低下させずに異物を摘出できる.しかし,眼内に異物があるにもかかわらず,自覚症状がなく長期間見逃された多くの報告がある2.7).また,白内障を発症し手術により発見されることや,網膜.離の治療のための硝子体手術中に発見されることもある8).鉄工所勤務中に鉄片が自覚なく眼内に飛入し,虹彩炎と緑内障を発症したが,見逃されたまま緑内障手術を受け,一度は安定したものの網膜.離を発症し,硝子体手術中に鉄片が発見された1症例を報告する.I症例患者:38歳,男性.〔別刷請求先〕田渕大策:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学眼科学教室Reprintrequests:DaisakuTabuchi,M.D,,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-chou,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜.離手術を受けた1症例田渕大策水口忠谷川篤宏堀口正之藤田保健衛生大学眼科学教室ACasethatRequiredSurgeryforGlaucomaandRetinalDetachmentDuetoanOverlookedIntraocularIronForeignBodyDaisakuTabuchi,TadashiMizuguchi,AtsuhiroTanikawaandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine左眼網膜.離のため38歳の男性が当院に紹介された.患者は11カ月前に左眼線維柱帯切開術を受けていた.視力は右眼(1.0),左眼(0.01)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgであった.核白内障と裂孔原性網膜.離を左眼に認めた.白内障,硝子体同時手術を行ったところ,手術中に鉄片異物(1.6×0.6mm)が発見され,強膜創より除去された.網膜.離は再発したが,硝子体手術で復位した.患者は,線維柱帯切除術以前にフライス加工に従事しており,白内障,緑内障,網膜.離は,硝子体手術中に発見された鉄片異物により起きたものであると考えられた.患者が異物の自覚がなかったことが診断を困難にしたが,職歴を含めた予診に注意を払う必要があった.Wereportthecaseofa38-year-oldmalepatientwhowasreferredtoourhospitalduetoretinaldetachmentinhislefteye.Hehadundergonetrabeculotomyinthatsameeye11-monthspriortopresentation.Uponexamina-tion,hisvisualacuitywas1.0ODand0.01OS.Nuclearcataractandrhegmatogenousretinaldetachmentwereobservedinhislefteye,andcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andvitrectomywassub-sequentlyperformed.Duringsurgery,anintraocularironforeignbody(1.6×0.6mminsize)wasfound,andremovedfromthescleralincision.Retinaldetachmentrecurred1-monthlaterandwasreattachedbyasecondvit-rectomy.Thepatienthadengagedinmillingbeforethetrabeculotomywasperformed,andweconcludedthattheironforeignbodythatwefoundcausedthecataract,glaucoma,andretinaldetachmentinhislefteye.Hisunaware-nessoftheforeignbodyinhislefteyemadethediagnosisdifficult,andaddedcareviaamedicalhistoryinterview,includinghisprofessionalexperience,wouldhaveprovedbeneficial.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):596.598,2015〕Keywords:眼内異物,緑内障,線維柱帯切開術,網膜.離,硝子体手術.intraocularironforeignbody,glauco-ma,trabeculotomy,retinaldetachment,vitrectomy. 図1左眼初診時の前眼部写真核白内障を認める.現病歴:フライス加工に従事していたが,異物飛入などの自覚はなかった.2009年8月左眼の霧視のため前医を受診した.左眼に虹彩毛様体炎を認め,眼圧は40mmHgであった.眼圧がコントロールできないため,同年9月,左眼線維柱帯切開術が施行され,眼圧は正常化した.2010年5月突然の左眼視力低下のため近医受診し,左眼網膜.離を指摘され,同日当院へ紹介受診した.初診時所見:視力は右眼1.0(1.0×.0.25D(cyl.2.25DAx175°),左眼0.2(0.6×+0.50D(cyl.2.50DAx180°),眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgで,左眼に核白内障(図1)と黄斑に及ぶ耳側裂孔原性網膜.離を認めた(図2).経過:2010年6月左眼に白内障硝子体同時手術を施行した.術中に耳側下方最周辺部の網膜上に被膜に被われない鉄片異物(1.6×0.6mm)を発見し,摘出した(図3).六フッ化硫黄(SF6)ガスを注入して手術終了した.1カ月後,再度網膜.離を起こしたため,硝子体手術を再施行した.術後,網膜は復位し,2年後左眼視力は0.2(0.6×+0.50D(cyl.2.50DAx180°)であり,再.離は認めていない.手術後の全視野刺激網膜電図(erectororetinogram:ERG)は正常であった.II考按眼内鉄片飛入の多くは鉄の加工などによる.フライス加工に従事していた本症例は眼内に異物が入った自覚はなかった.しかし,緑内障手術から硝子体手術まで仕事についておらず,異物は緑内障手術の前に侵入したものと考えられた.本症例左眼の白内障,緑内障,網膜.離はすべてフライス加工時に眼内に侵入した鉄片異物によると考えられた.しかし,本症例はまったく自覚症状がなく,前医も筆者らも鉄片を疑うことはなかった.前医では虹彩炎による眼圧上昇と診断され,緑内障手術が行われた.鉄片の位置は毛様体(133)図2左眼初診時の眼底写真黄斑に及ぶ網膜.離を認める.図3術中写真20G灌流ポートに隣接している金属片を認める.OFFISS40D前置レンズを使用している.扁平部であり,通常の眼底検査では発見が困難であったと考えられた.異物飛入の自覚や疑いを訴えて眼科を受診した場合には,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)やX線写真撮影などが行われ,鉄片異物の診断は比較的容易である9).しかし,まったく異物の自覚症状がなく緑内障などの前眼部疾患で受診した場合には,異物の発見は著しく困難となると思われる.この症例での診断のヒントは職歴のみであった.この症例が網膜.離を発症しなければ,おそらく鉄片異物は発見できなかったと思われる.鉄片が長期間眼内に無症状で滞留した報告はわが国にも数多くあり,滞留期間は1.35年に及ぶ.Duke-Elderによれば,鉄片異物が眼内に存在したにもかかわらず鉄錆症とならない非典型症例には6つの経過がありうるという.1)鉄の含有量が少ないか,鉄片が組織で被われた場合には無症状であたらしい眼科Vol.32,No.4,2015597 ある.2)一度組織に被われ無症状で経過したものの,異物が移動したため著しい炎症を起こし,時に眼球摘出に至る.3)異物が移動していないにもかかわらず,著しい炎症を起こし前房蓄膿,眼球癆に至る.4)異物が自然排出される.5)鉄片異物が小さな場合には,自然吸収されることがある.6)交感性眼炎を起こすことがある10).本症例では,異物侵入より時間は経過しているものの,組織に被われない鉄片異物であり,すでに緑内障を発症していた.放置すればさらに大きな合併症を起こす可能性があった.網膜.離を起こし鉄片が摘出されたことは,この症例には不幸中の幸いであったといえる.1988年の岸本らの報告によれば,緑内障を発症した眼内鉄片異物症例の手術予後は不良であり,網膜.離の手術予後も芳しくないが1),本症例では前医の線維柱帯切開術で眼圧はよくコントロールされ,網膜.離も治癒している.2000年の大内らにより報告された鉄片異物による網膜.離の3症例も治癒している8).これは手術技術の進歩であると考えられる.III結語フライス加工時に眼内に鉄片が飛入したにもかかわらず見逃され,緑内障手術を受け,後に網膜.離を発症し,硝子体手術により異物が発見され摘出された1症例を報告した.今回の症例により,職歴を含めた予診の重要性を再認識した.文献1)岸本伸子,山岸和矢,大熊紘:見逃されていた眼内鉄片異物による眼球鉄症の7例.眼紀39:2004-2011,19882)佐々木勇二,松浦啓之,中西祥治ほか:長年月経過している眼内金属片異物の1例.臨眼82:2461-2464,19883)並木真理,竹内晴子,山本節:1年間放置された眼内異物の1例.眼臨82:2346-2349,19884)尾上和子,宮崎茂雄,尾上晋吾ほか:8年間無症状であった眼内鉄片異物の1例.眼紀45:467-470,19945)来栖昭博,藤原りつ子,長野千香子ほか:28年間無症状であった眼内鉄片異物の症例.臨眼51:1169-1172,19976)青木一浩,渡辺恵美子,河野眞一郎:長期滞留眼内鉄片異物の2例.眼臨94:939-941,20007)及川哲平,高橋嘉晴,河合憲司:受傷1年以上経過後に摘出した7mmの眼内鉄片異物の1例.臨眼63:1495-1497,20098)大内雅之,池田恒彦:硝子体手術中に眼内異物が発見された網膜.離の3例.あたらしい眼科17:1151-1154,20009)上野山典子:眼内異物.眼科MOOK,No5,p100-109,金原出版,197810)DukeElder:SystemofOphthalmology,14:477,HenryKimpton,1972***(134)

増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例

2015年2月28日 土曜日

286あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation.(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2 288あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1 は7.75%と報告によって差がみられる1,11).その理由の一つはPWSに特徴的な過食にあると考えられている.また,PWS患者では精神発達遅滞や行動異常により,食事,運動,投薬という糖尿病血糖コントロールすべての治療法に対してのコンプライアンス不良から血糖コントロールは不良となる1,10).このような全身的な条件に加えて本人が視覚障害の症状を訴えることが少ないこと,眼科検査や治療に協力を得にくいことから,糖尿病網膜症の発見は必然的に遅れることになる.その結果,若年であってもPDRにまで進行していることがある6.9,12).今回筆者らが報告した症例においても,症例1は29歳で初めて糖尿病と診断を受け,そのときすでに左眼はPDRとなっていた.症例2も26歳で初めてDMを指摘されたが治療を中断することが多く,眼科通院も2年間完全に途絶えたため,初診時には両眼ともに網膜症を認めなかったが,再診時の右眼はPDRとなっていた.眼科治療においては,精神発達遅滞と高度の肥満のために長時間の仰臥位が困難で局所麻酔下の硝子体手術や術後の腹臥位安静,通常の方法での光凝固が困難であったという報告がある12).全身麻酔においても,短頸,小顎症などのため挿管困難や呼吸器合併症を引き起こすリスクが高い13,14).PDRに進展し,手術治療が必要となった場合,全身麻酔は身体への負担が大きくリスクが高いため,局所麻酔による治療の可能性も検討したうえで,内科や麻酔科との緊密な連携をとって手術に臨む必要がある.症例1は,検査や治療には協力的であったため,光凝固治療は外来通院中に局所点眼麻酔のみで通常どおり施行できたが,硝子体手術に要する約1時間を仰臥位安静にすることは困難であると判断した.そのため2度にわたる硝子体手術はいずれも全身麻酔にて施行した.症例2は,診察や光凝固の際に十分な協力が得られたために,硝子体手術も局所麻酔で可能と判断し,早期に硝子体手術を行うことができた.また,両症例ともに若年であったが,完全な硝子体郭清のために両眼の水晶体摘出を併用した.最終受診時の矯正視力は,症例1は右眼(0.04),左眼(0.06),症例2は右眼(0.3),左眼(0.2)であった.両者の視力予後の差は,2症例ともに網膜症の進行はそれほど大きな差がなかったことから,手術が施行できた時期が症例1では遅くなってしまったことと関連があると思われた.最終的な予後改善のためには適切な時期での手術加療が大きく影響する場合がある.症例1では糖尿病自体の発見も遅く,全身麻酔が必要であったことなど,症例2と比較して精神面で不安定であったため,速やかな加療を行いにくかった点があった.硝子体手術を要するような進行したPDRがある場合,全身麻酔を要する症例であればなおさら,担当科と連携をとって早期に手術可否の判断を行い,治療にあたる必要があると思われた.今回筆者らは両眼の硝子体手術を要するPDRを発症した(117)PWSの2例を報告した.治療によって2例とも失明を免れることはできたが,PWSは生存期間が延長してきており,PDR,ひいては失明のリスクが高まると思われる.そのため眼症状の有無にかかわらず早期から眼科を受診してもらうなどの啓発と網膜症の早期発見・早期治療に努めるべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)永井敏郎:Prader-Willi症候群の自然歴.日小児会誌103:2-5,19992)山崎健太郎,新川詔夫:Prader-Willi症候群(PWS).日本臨床別冊領域別症候群シリーズ36骨格筋症候群(下巻).日本臨床社,p481-483,20013)HeredRW,RogersS,BiglanAW:OphthalmologicfeaturesofPrader-Willlisyndrome.JPediatrOphthalmolStrabismus25:145-150,19884)WangX,NoroseK,SegawaK:OcularfindinginapatientwithPrader-Willisyndrome.JpnJOphthalmol39:284289,19955)BassaliR,HoffmanWH,Tuck-MullerCMetal:Hyperlipidemia,insulin-dependentdiabetesmellitus,andrapidlyprogressivediabeticretinopathyandnephropathyinPrader-Willisyndromewithdel(15)(q11-q13).AmJGenet71:267-270,19976)渡部恵,山本香織,堀貞夫ほか:硝子体手術を施行したPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌110:473-476,20067)板垣加奈子,斉藤昌晃,飯田知弘ほか:増殖糖尿病網膜症に至ったPrader-Willi症候群の2例.あたらしい眼科25:409-412,20088)坂本真季,坂本英久,石橋達朗ほか:糖尿病網膜症に対して観血的治療を施行したPrader-Willi症候群の1例.臨眼62:597-602,20089)堀秀行,佐藤幸裕,中島基弘:両眼局所麻酔で増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術が施行できたPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌116:114-118,201210)堀川玲子,田中敏章:Prader-Williと糖尿病.内分泌糖尿病15:528-536,200211)児玉浩子,志賀勝秋:二次性糖尿病.小児内科34:15911595,200212)中泉敦子,清水一弘,池田恒彦ほか:Prader-Willi症候群による糖尿病網膜症に対して双眼倒像鏡用網膜光凝固術を施行した1例.眼紀58:544-548,200713)川人伸次,北畑洋,神山有史:術中気管支痙攣を起こしたPrader-Willi症候群患者の麻酔管理.麻酔44:16751679,199514)高橋晋一郎,中根正樹,村川雅洋:Prader-Willi症候群患者の麻酔経験─拘束性換気障害を呈した成人例─.日臨麻会誌22:300-302,2002あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015289

汎用性のある新しい機構の灌流液残量警報装置の試作

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1711.1716,2014c汎用性のある新しい機構の灌流液残量警報装置の試作小嶋義久*1吉川静香*1内藤二郎*1青木大典*2高橋まゆみ*2*1小嶋病院眼科*2小嶋病院手術部EvaluationofPrototypeIrrigationSolutionLow-LevelAlarmYoshihisaKojima1),ShizukaYoshikawa1),JiroNaito1),DaisukeAoki2)andMayumiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,KojimaHospital,2)DepartmentofOperatingTheater,KojimaHospital眼灌流液の新しい機構の残量警報装置を試作した.この装置は天秤を応用したもので,左側の灌流液用フックに使う灌流液を,右側の残量参照用フックに警報を鳴らしたい残量の同じ製品を吊して使用する.左側の灌流液が減少し右側と同じくらいになったとき,装置は水平状態となり,この状態をセンサーが検知し警報が鳴る仕組みである.これにより灌流液はガラス瓶製品,ソフトバッグ製品いずれも使用可能である.装置の性能を右側の残量参照容器内を100.0mlとしてBSSプラスRのガラス瓶とオペガードネオキットRのソフトバッグで検証した結果,警報鳴動時の残量は前者では80.0±15.2ml(60.0.100.0ml),後者では64.0±9.7ml(50.0.80.0ml)であり,残量低下を確実に検知できた.また,灌流液減少とともに吊り下げ位置が上昇するので,ソフトバッグ製品においては灌流低下を緩徐にする効果も期待できる.Thisalarm’sstructureisbasedonabalancetheory.Usinganinclinationsensor,itcomparestheirrigationsolutionoriginalweightwiththatofthesolutionremaining.Iftheremainingsolutionfallsbelowtheoptionallysetlevelofreference,thealarmtriggersamelody.Inabasicexperiment,weevaluatedtheperformanceofthisalarminreferencecaseswith100.0mlofremainingsolutioninbothbottleandsoftbagproducts.Resultsshowedthatthealarmsuccessfullydetectedlowlevelsinallcases.Forthebottleproducts,thedetectedremaininglevelswere80.0±15.2ml(range:60.0.100.0ml).Forthesoftbagproducts,thelevelswere64.0±9.7ml(range:50.0.80.0ml).Thisnewalarmissuitableforanytypeofirrigationsolutionandmaybeusefulinavoidingincidentsarisingfromlackofirrigationsolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1711.1716,2014〕Keywords:警報装置,灌流液残量,傾きセンサー,天秤,白内障手術,硝子体手術.low-levelalarm,irrigationsolutionremaining,inclinationsensor,balance,cataractsurgery,vitrectomy.はじめに白内障手術や硝子体手術などに用いる灌流液は,通常は白内障手術装置や点滴台に吊して使用するが,術中に残量がなくなると浅前房や眼球虚脱を起こし手術に支障をきたすばかりか,危険な合併症を招くおそれがある.そのため術中に灌流液が空にならないよう常に残量に注意する必要がある1.3).しかし術者を含め,手術室のスタッフが業務に追われると,人の目よりも高い位置にある灌流液の残量低下にはなかなか気づきにくい.灌流液にはガラス瓶に入った製品やソフトバッグの製品があり,内容量は500mlのものが多いが,その他のものもある.製品によっては吊したソフトバッグの重さを検知し,軽くなったときに警報音を出す残量警報装置(図1)や残量低下をわかりやすく表示する装置が使えるが4),これらは他社の製品,特にガラス瓶の製品に使うようには作られていない.そこで,天秤の原理を応用した多様な製品に使える残量警報装置を試作し,その性能を検証したので報告する.I対象および方法1.警報装置の原理と構造試作した警報装置は図2のような形状で,天秤部はベニヤ合板でできており,中央部および両側にステンレス製フック〔別刷請求先〕小嶋義久:〒477-0031愛知県東海市大田町後田97小嶋病院眼科Reprintrequests:YoshihisaKojima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KojimaHospital,97Ushiroda,Ota-machi,Tokai-city,Aichi477-0031,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(145)1711 図1オペガードRネオキット用眼灌流液残量センサー機(千寿製薬)左:本体.右:灌流液を吊り下げたところ.図2試作した残量警報装置の形状と寸法図CH:中央部フック,LH:灌流液用フック,RH:残量参照容器用フック,SU:センサー部.数字の単位はmmである.9090982101403863LHRHCHSU上面図正面図SUMUSWHSB.MUSWBHS回路の概略図図3センサー部の内部SW:電源スイッチ,HS:水銀スイッチ,B:小型電池,MU:メロディー回路.を備えている.装置を介して吊した灌流液の位置がなるべく低くならないように,中央部フックは切り欠き部の中に位置したデザインになっており,水平状態では両側フックと中央部フックの吊り下げ位置の高さの差は9.8cmである.センサー部には,警報装置が水平近くになると通電するように調整した水銀スイッチ,警報音としてメロディーを出すためのメロディーICを搭載した回路,小型電池,電源スイッチが組み込まれている(図3).警報装置の重量は384.3gである.使用する際にまず電源スイッチをONにする.中央部フックを白内障手術装置のポールや点滴台に吊り下げると,そこを支点にした天秤のようになる.右側の残量参照容器用フッ1712あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014クに警報を鳴らしたい残量の灌流液の瓶あるいはバッグを吊し,左側の灌流液用フックに使用する灌流液のものを吊して灌流チューブを接続する.使用中の灌流液の残量が十分ある状態では,装置は左側へ傾いた状態であるが(図4),灌流液が減るにつれ徐々に水平に近づき,装置が水平近くになったとき,すなわち残量が右側と同じくらいの量になったとき,水銀スイッチ中の水銀が動き通電状態となりメロディー音が鳴る.2.警報装置の動作状況の検証〔実験1〕BSSプラスR(Alcon)の空瓶に100.0mlの水を入れたもの(146) AhArAaReference図4BSSプラスRを吊した状態左側が使用中の灌流液,右側が残量参照用の瓶である.図5実験1における測定部位Ah:水平時のフック位置を0とした場合の灌流液用フックの高さ*(cm),Ar:水平時のフック位置を0とした場合の瓶のゴム栓の高さ*(cm),Aa:警報装置の傾き(°).*水平状態のフックの高さより高い場合は+,低い場合は.として計測.を右側の残量参照容器用フックに吊り下げ,水を500.0ml入れたものを左側の灌流液用フックに吊り下げ灌流チューブ(通気フィルター付)を接続した.灌流チューブ内には水をあらかじめ通しておいた.水を流し始め,左側の瓶の液量が減ってメロディーが鳴り始めたときの残量[500.流出量(ml)]を計測した.また同時に,警報装置が水平状態のときの灌流液用フックの位置を基準(0cm)とした場合の灌流液用フックの高さ(Ah),灌流チューブの刺入部である瓶のゴム栓の高さ(Ar),警報装置の傾き角度(Aa)(図5)を残量が50.0ml減るごとに測定した.以上を5回行った.〔実験2〕オペガードRネオキット(千寿製薬)のソフトバッグに100.0mlの水を入れたものを右側のフックに吊り下げ,水を500.0ml入れたものを左側のフックに吊り下げて水を通した灌流チューブを接続した.水を流しメロディーが鳴り始めたときの左側のバック内の残量を計測した.同時に灌流液用フックの高さ(Bh)と,バッグ内の液面の高さ(Bs),警報装置の傾き角度(Ba)(図6)を残量が50.0ml減るごとに測定した.以上を5回行った.実験1,実験2とも,警報装置および瓶またはソフトバッBhBsBa図6実験2における測定部位Bh:水平時のフック位置を0とした場合の灌流液用フックの高さ*(cm),Bs:水平時のフック位置を0とした場合のバッグ内の液面の高さ*(cm),Ba:警報装置の傾き(°).*水平状態のフックの高さより高い場合は+,低い場合は.として計測.(147)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141713 グを,その傍に設置したスケールと鉛直線を示す錘を吊した紐とともにデジタルカメラにて3.2m離れた場所から定点撮影し,得られた写真をAdobePhotoshopRCS6(アドビシステムズ)を用いてコンピュータ画像上で計測し各値を算出した.II結果実験1で用いた,左側の灌流液用フックに吊したBSSプラスRの空瓶の重量は平均348.2±0.4g(n=5)で,500.0mlの水を入れた状態では平均848.2±0.4g(n=5)であった.右側の残量参照容器用フックに吊した瓶の重量は349.0gで,100.0mlの水を入れた状態で449.0gであり,実験中は同じものを使用し,いかなる変更も加えなかった.実験2で用いた,左側に吊したオペガードRネオキットの空バッグの重量は平均39.0±0.4g(n=5)で,500.0mlの水を入れた状態では平均539.0±0.4g(n=5)であった.右側に吊したバッグの重量は39.0gで,100.0mlの水を入れた状態で139.0gであり,実験中は同じものを使用し変更を加えなかった.AhAr(cm)403020100-10-20-30メロディー鳴動開始時残量80.0±15.2ml(range60.0~100.0ml)傾き角度(Aa)5.9±0.9°(range4.4~7.0°)AhArAa(n=5)Aa(°)403020100-10-20-30500450400図7実験1の結果エラーバーは標準偏差を示す.350300250200150残量100500(ml)BhBs(cm)Ba(°)403020100-10-20-30メロディー鳴動開始時残量64.0±9.7ml(range50.0~80.0ml)傾き角度(Ba)5.5±2.2°(range3.1~9.5°)(n=5)BhBsBa403020100-10-20-30500450400350300250200150100500(ml)残量図8実験2の結果エラーバーは標準偏差を示す.1714あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(148) 実験1と実験2の結果をグラフに示す(図7,8).メロディー鳴動開始時の残量は,実験1では80.0±15.2ml,実験2では64.0±9.7mlで,両群間に有意差はなかった(p=0.1,unpairedt-test).同様に鳴動開始時の警報装置の傾き角度は実験1では5.9±0.9°,実験2では5.5±2.2°で,両群間に有意差はなかった(p=0.7,Welchtest).実験1では,残量が減少するとAaは減少し,AhとArは増加した.実験2では残量が減少するとBaは減少し,Bhは増加したが,バッグ内の液面下降によりBsは減少した.Ahの最大値と最小値の差は3.3±0.1cm,Bhの最大値と最小値の差は5.9±0.1cmで有意に後者が大きかった(p<0.001,unpairedt-test).また,Aaの最大値と最小値の差は23.5±0.8°,Baの最大値と最小値の差は44.3±0.8°で有意に後者が大きかった(p<0.001,unpairedt-test).III考察灌流液残量を知るための装置は,これまでにも製品化されたものがあるが使用できる製品が限られていた.今回考案した灌流液残量警報装置は,警報を鳴らしたい量の灌流液が入った容器と,使用中の灌流液の容器の重量を天秤で比較する機構のため,同じ製品の組み合わせで使うことのみを守れば,どのような製品でも使用可能である.今回の実験ではBSSプラスRとオペガードRネオキットを使用したが,どちらも残量低下を確実に検知することができた.また,警報音は焦燥感を煽るブザー音ではなく心地よいメロディーなので,局所麻酔で行う手術環境においても安心して使えると思われる.実験1で瓶のゴム栓の高さを評価したのは,BSSプラスRのようなガラス製の瓶から灌流液が重力落下する場合では,灌流液が大気と接する面,すなわち通気針の先端がボトルの高さを決定するからである.一方,実験2でバッグ内の液面の高さを評価したのは,オペガードRネオキットのようなソフトバッグの場合,バッグ内の液面の高さがボトルの高さを決定するからである5.9).今回の実験からガラス瓶の場合は残量が減少すると天秤の効果で左側フックと灌流用の瓶が上昇すること,すなわちボトルの高さが高くなることがわかった.つまり,残量0mlのときには残量500mlのときに比べ約4cm上昇する.しかし,それは水銀柱に換算した場合約3mmHg程度である.一方,ソフトバッグは灌流液が減少するとバッグ内の液面は下降するものの,残量減少に伴い左側フックは上昇し,液面の下降幅は抑えられた.つまり実験では残量500mlから残量0mlになるまでに液面は約10cm下がり,これは水銀柱換算で約7mmHgの下降であったが,通常使用の場合のオペガードRネオキットの残量500mlから残量0mlまでの液面の下降幅は約16cmであり,水銀柱換算で約12mmHgの下降であるため,この下降幅はおよそ(149)OrrHaaH’q°傾いた場合OqHH’rraamgFm’gF’qa+qa-q図9簡単な計算モデルO:フックの支点,H:左側のフック位置,H’:右側のフック位置,r:OH間距離とOH’間距離,a:∠OHH’と∠OH’Hの角度(°),q:傾き(°),m:Hにかかる灌流液の入った容器の質量,m’:H’にかかる灌流液の入った容器の質量,g:重力加速度,F:Hにかかる反時計回り方向の力,F’:H’にかかる時計回り方向の力.6割に抑えられたことになり,本装置はソフトバッグ製品の残量減少に伴う灌流低下を緩徐にする可能性がある.なお,Ahに比べBhの変化量が大きくなったのは容器の重さの違いによるものと考えられる.つまり,オペガードRネオキットのバッグの重さが39gしかなく,残量500mlのとき,水500mlが入ったバッグ(539g)と対照の水100mlが入ったバッグ(139g)の重さの比は,BSSプラスRの重い瓶に水500mlが入った状態(848g)と対照の水100mlが入った瓶(449g)の重さの比に比べ大きく,この違いが警報装置の傾きの違いとなる.同様に各残量(ただし残量100ml以外)においても傾きに違いが生じ,これらがAhに比べBhの変化量が大きい理由と考えられる.このことは,簡単なモデルを用いて物理学的に計算した場合にわかりやすい.たとえば,本警報装置を本体の重さを無視した図9のような単純なモデルで考えてみる.中央部フックで吊り下げた警報装置が傾斜する場合,左右のフックはフックの支点Oを中心とした円周上を移動することになる.Oから左側のフックHまでの距離および右側のフックH’までの距離をrとする.∠OHH’と∠OH’Hの角度は等しく,これをa°とする.Hあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141715 に質量mの“灌流液の入った容器”を,H’に質量m’の“灌流液の入った容器”を吊り下げq°傾いたとき,Hにかかる反時計回り方向の力Fは,F=mgcos(a+q)H’にかかる時計回り方向の力F’は,F’=m’gcos(a-q)Hにかかる力のモーメントNは,N=r×F=r×mgcos(a+q)H’にかかる力のモーメントN’は,N’=r×F’=r×m’gcos(a-q)つり合いがとれているとき,N=N’となるので,r×mgcos(a+q)=r×m’gcos(a-q)m/m’=cos(a-q)/cos(a+q)aは一定であるので,傾きqは灌流液の入った容器全体の質量の比に依存する10.12).よって,この警報装置の傾きは左右の重さの比に依存するという結果になるが,今回の実験系では装置の重さ,各構成部品の重さや配置による重心位置,傾きによる吊り下げ位置の変化,灌流チューブの重さなど考慮すべき要素が多く,結果を正確に予測できる計算式を導くのは困難である.この残量警報装置の構造上,灌流液を吊す位置は水平状態でのフックの高さの差の9.8cmに加え,灌流液の量により傾いた分低くなるので,実際の手術でこの装置を使用する際はその分を考慮してボトルの高さを設定する必要がある.結果より灌流液が半分(250ml)になったときのAhは.2.2±0.0cm,Bhは.3.3±0.1cmであったので,これに9.8cmを加味し,装置を吊す位置を12.13cm高くすれば問題はないと考える.本装置は白内障手術ばかりでなく硝子体手術において特に有用と思われる.暗室で行う硝子体手術では灌流ボトルの残量低下がわかりにくい一方,残量の監視は重要であるため,使用の意義は高いと考える.補足ではあるが,最近の白内障手術装置や硝子体手術装置のなかには灌流液が減少すると警報を発する機能を有するものがある.たとえばAlcon社のCONSTELLATIONR,CENTURIONRなどがある.本装置はこれらには不要である.それ以外にも灌流液を重力落下で使わない場合,たとえばAlcon社のACCURUSRのVGFIシステム(加圧式灌流圧自動調節装置)やBausch&Lomb社のStellarisRPCのAirForcedInfusionなどの場合は使用には不向きと思う.しかし,これら以外の多くの機器においては本装置は有用であると思われる.今回の実験の結果,考案した灌流液残量警報装置はガラス瓶製品とソフトバッグ製品の両方に使用でき,残量低下を確実に検知できることがわかった.また,本装置はガラス瓶製品を使用の場合,残量低下とともにボトルの高さがやや上昇すること,ソフトバッグ製品においては残量低下に伴うバッグの上昇により液面下降による灌流低下を緩徐にする可能性があることがわかった.文献1)荻野誠周,根木昭,山岸和矢ほか:術中のマイナートラブルの原因・対策・予防.IOLクリニック第1版(永田誠監修),p118-124,医学書院,19922)大鹿哲郎:浅前房.小切開創白内障手術第1版,p140,医学書院,19943)櫻井真彦:駆逐性出血.眼科診療プラクティス53,p42,文光堂,19994)関井英一郎,石井正宏,目加田篤:警告音装置を付けたオペガードネオキット用残量目安計の使用経験.臨眼58:1655-1659,20045)荻野誠周:白内障手術装置.眼科マイクロサージェリー第3版(永田誠監修),p147-152,株式会社ミクス,19936)三好輝行:灌流ボトルの液面高に関する再考察について前編.IOL&RS15:273-275,20017)三好輝行:灌流ボトル(バック)の液面高に関する再考察について中編.IOL&RS15:378-379,20018)品川嘉也:流体のつりあい.医学・生物系の物理学,p7985,培風館,19769)前田昌信:圧力.看護にいかす物理学第2版,p23-31,医学書院,198310)堀口剛:剛体のつり合い.力学の基礎初版,p109-134,技術評論社,201111)江沢洋:ニュートンの運動法則.物理は自由だ[1]力学改訂版,p67-83,日本評論社,200412)赤野松太郎,鮎川武二,藤城敏幸ほか:力のつり合い.医歯系の物理学,p3-18,東京教学社,1987***1716あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(150)

骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例

2014年10月31日 金曜日

1540あたらしい眼科Vol.4100,211,No.3(00)1540(118)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(10):1540.1544,2014cはじめに転移性感染性眼内炎の原因疾患としては肝膿瘍,尿路感染症などが多いとされる1)が,心内膜炎が原因となることがまれにある.筆者らの施設でも小林ら2),盛ら3)が心内膜炎に続発する転移性感染性眼内炎の症例を報告している.今回,基礎疾患に骨髄異形成症候群を持つ患者に生じた心内膜炎が原因と思われる転移性感染性眼内炎の1例を経験したので報告する.I症例症例は63歳,男性.平成22年9月中旬頃から左眼飛蚊症を自覚したため,同年9月30日,近医眼科を受診したと〔別刷請求先〕平本裕盛:〒573-1191大阪府枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuseiHiramoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shin-machi,Hirakatacity,Osaka573-1191,JAPAN骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例平本裕盛山田晴彦星野健髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ACaseofMetastaticInfectiousEndophthalmitiswithMyelodysplasticSyndromeYuseiHiramoto,HaruhikoYamada,TakeshiHoshinoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた,感染性心内膜炎が感染源として考えられる転移性感染性眼内炎の症例を報告する.症例:63歳,男性.既往に骨髄異形成症候群がありステロイド内服治療を受けていた.左眼飛蚊症を自覚して近医眼科を受診.真菌性眼内炎として前医に紹介され加療されたが,硝子体混濁の悪化を認め当院を紹介された.初診時,左眼視力は矯正0.5で濃厚な硝子体混濁を認め,眼底の下方半分が透見不能であった.前医の血液培養でa溶血性レンサ球菌が検出されており,転移性感染性眼内炎を疑い初診日に硝子体手術を行った.術後2日目に循環器内科で感染性心内膜炎と診断され転科となり,後日僧帽弁置換術を行い全身状態は軽快に向かった.眼科での術後経過は良好であり,術後5カ月経過した現在まで視力は矯正1.5を維持し,再発を認めていない.結論:骨髄異形成症候群および感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染巣として念頭に置いておくべきである.Purpose:Wereportacaseofmetastaticinfectiousendophthalmitiscausedbyinfectiveendocarditisaccompa-niedwithmyelodysplasticsyndrome.Case:Thepatient,a63-year-oldmalewithmyelodysplasticsyndrome,hadbeentreatedwithsystemiccorticosteroidforyears.Hepresentedwithfloatersinhislefteye,hadbeendiagnosedashavingfungalendophthalmitisandwastreatedwithananti-fungaldrugs.Despitetheanti-fungaltherapy,how-ever,vitreousopacityincreasedandheconsultedourhospital.Onhisfirstvisit,thelowerfundusofhislefteyewasinvisibleduetothickvitreousopacity.Aspeciesofa-Streptococcushadbeenisolatedfromhisbloodatapre-vioushospital.Wediagnosedthepatientashavingmetastaticinfectiousendophthalmitis,andperformedvitrectomyonthedayofhisfirstvisittoourhospital.Twodaysafterthesurgery,hewasdiagnosedwithinfectiousendocar-ditis.Hewasstartedonsystemicantibacterialtherapyandlaterunderwentmitralvalvereplacementsurgery.Hehadagoodpostoperativecourseinbothsystemicandophthalmologicoperations.Hefinallyachievedvisualacuityof1.5.Conclusion:Myelodysplasticsyndromeandinfectiousendocarditisseemtobeimportantasfundamentaldiseasesandprimaryfociofmetastaticendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1540.1544,2014〕Keywords:骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎,眼内炎,硝子体手術.myelodysplasticsyndrome,infectiveen-docarditis,endophthalmitis,vitrectomy.(00)1540(118)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(10):1540.1544,2014cはじめに転移性感染性眼内炎の原因疾患としては肝膿瘍,尿路感染症などが多いとされる1)が,心内膜炎が原因となることがまれにある.筆者らの施設でも小林ら2),盛ら3)が心内膜炎に続発する転移性感染性眼内炎の症例を報告している.今回,基礎疾患に骨髄異形成症候群を持つ患者に生じた心内膜炎が原因と思われる転移性感染性眼内炎の1例を経験したので報告する.I症例症例は63歳,男性.平成22年9月中旬頃から左眼飛蚊症を自覚したため,同年9月30日,近医眼科を受診したと〔別刷請求先〕平本裕盛:〒573-1191大阪府枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuseiHiramoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shin-machi,Hirakatacity,Osaka573-1191,JAPAN骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例平本裕盛山田晴彦星野健髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ACaseofMetastaticInfectiousEndophthalmitiswithMyelodysplasticSyndromeYuseiHiramoto,HaruhikoYamada,TakeshiHoshinoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた,感染性心内膜炎が感染源として考えられる転移性感染性眼内炎の症例を報告する.症例:63歳,男性.既往に骨髄異形成症候群がありステロイド内服治療を受けていた.左眼飛蚊症を自覚して近医眼科を受診.真菌性眼内炎として前医に紹介され加療されたが,硝子体混濁の悪化を認め当院を紹介された.初診時,左眼視力は矯正0.5で濃厚な硝子体混濁を認め,眼底の下方半分が透見不能であった.前医の血液培養でa溶血性レンサ球菌が検出されており,転移性感染性眼内炎を疑い初診日に硝子体手術を行った.術後2日目に循環器内科で感染性心内膜炎と診断され転科となり,後日僧帽弁置換術を行い全身状態は軽快に向かった.眼科での術後経過は良好であり,術後5カ月経過した現在まで視力は矯正1.5を維持し,再発を認めていない.結論:骨髄異形成症候群および感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染巣として念頭に置いておくべきである.Purpose:Wereportacaseofmetastaticinfectiousendophthalmitiscausedbyinfectiveendocarditisaccompa-niedwithmyelodysplasticsyndrome.Case:Thepatient,a63-year-oldmalewithmyelodysplasticsyndrome,hadbeentreatedwithsystemiccorticosteroidforyears.Hepresentedwithfloatersinhislefteye,hadbeendiagnosedashavingfungalendophthalmitisandwastreatedwithananti-fungaldrugs.Despitetheanti-fungaltherapy,how-ever,vitreousopacityincreasedandheconsultedourhospital.Onhisfirstvisit,thelowerfundusofhislefteyewasinvisibleduetothickvitreousopacity.Aspeciesofa-Streptococcushadbeenisolatedfromhisbloodatapre-vioushospital.Wediagnosedthepatientashavingmetastaticinfectiousendophthalmitis,andperformedvitrectomyonthedayofhisfirstvisittoourhospital.Twodaysafterthesurgery,hewasdiagnosedwithinfectiousendocar-ditis.Hewasstartedonsystemicantibacterialtherapyandlaterunderwentmitralvalvereplacementsurgery.Hehadagoodpostoperativecourseinbothsystemicandophthalmologicoperations.Hefinallyachievedvisualacuityof1.5.Conclusion:Myelodysplasticsyndromeandinfectiousendocarditisseemtobeimportantasfundamentaldiseasesandprimaryfociofmetastaticendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1540.1544,2014〕Keywords:骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎,眼内炎,硝子体手術.myelodysplasticsyndrome,infectiveen-docarditis,endophthalmitis,vitrectomy. 図1初診時眼底写真右眼は網膜滲出斑を1カ所認めた.左眼は硝子体混濁にて眼底透見不良であった.図2初診時眼底写真左眼周辺部網膜には1.5乳頭径大の網膜内膿瘍を認め,膿瘍に向かう白線化した動脈に沿って瘤状の滲出塊が多数観察された.ころ,左眼の網膜滲出斑を指摘された.その際には硝子体混濁はなく,滲出斑も小さかったために,特に治療を行うことなく経過観察となっていた.しかし,2回目の近医再診時に滲出斑が拡大傾向を認め,軽度の硝子体混濁が出現したため,前医眼科を紹介された.前医では左眼の真菌性眼内炎を疑われ抗真菌薬の全身投与が行われたが奏効せず,硝子体混濁の悪化をきたしたため,平成22年10月26日,関西医科大学附属枚方病院眼科(以下,当科)を紹介され受診した.既往症として平成22年6月より骨髄異形成症候群があり,その他脳梗塞,狭心症もあり前医内科で経過観察されていた.家族歴に特記すべきことはなかった.初診時所見としては,視力は右眼0.8(1.5×sph.0.25D(cyl.0.50DAx75°),左眼0.5(0.5×sph+2.00D(cyl.1.50DAx90°),眼圧は両眼とも15mmHgであった.両眼ともに結膜充血,毛様充血を認めず,右眼前眼部には異常所見なく,左眼は前房内に炎症細胞を2+認めた.中間透光体は両眼ともに軽度白内障を認め,右眼は硝子体混濁は認めなかったが,左眼は滲出物を伴う濃厚な硝子体混濁を認め,眼底下方半周は透見不良であった(図1).右眼眼底は黄斑部鼻上側に1/2乳頭径×1/4乳頭径大の網膜滲出斑を1カ所認めたが,血管炎の所見はなかった.左眼耳上側周辺部網膜に1.5乳頭径大の黄白色の網膜内膿瘍の所見を認め,その部から硝子体内に濃厚な硝子体混濁が立ち上っていた.また,膿瘍に向かう白線化した動脈に沿って瘤状の滲出塊が多数観察された(図2).フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)を行ったところ,右眼の網膜滲出斑の部は造影全期を通じて低蛍光であった.左眼は硝子体混濁により描出不良であったが,造影早期から網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出による過蛍光を認めた(図3).また,左眼耳上側周辺部の滲出斑の部は終始ブロックによると思われる低蛍光を示していた.血液生化学検査ならびに血算では,白血球は6,400/μl,赤血球332×104/μl,ヘモグロビン9.5g/dl,ヘマトクリット31.0%,血小板29×104/μlであり,白血球分画において好中球の増加がみられ,CRPは2.198mg/dlと軽度上昇を認めた.また,前医に問い合わせたところ,静脈血の血液培養でグラム陽性球菌(a-Streptococcus)が検出されたとのことであった.骨髄異形成症候群に対して内科でステロイド内服治療中であり,加えて血液培養でグラム陽性球菌が検出されていることから,何らかの感染巣からの転移性感染性眼内炎であると診断した.左眼の硝子体混濁は濃厚であり,抗菌薬の硝子体(119)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141541 図3初診時FA右眼滲出斑は低蛍光を示し,左眼は網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.図4初診時心エコー僧帽弁に疣贅を認める.図5初診から5カ月後FA右眼の低蛍光は消失.左眼の蛍光漏出も消失した.注射などの保存的治療では不十分であると考え,当科初診日術を行った.超音波乳化吸引にて水晶体を摘出したが,眼内に緊急入院のうえ,同日に硝子体手術を行った.手術は25レンズは挿入せず,後に眼内レンズ2次挿入が容易なようにゲージ3ポートシステムを用いた経毛様体扁平部硝子体切除後.を含め水晶体.は温存しておいた.術中,当科での術後(120) 眼内炎の治療方針に準じて眼内灌流液に抗菌薬(バンコマイシン,セフタジジム各々20μg/ml,40μg/ml)を添加した.術中所見として硝子体混濁は網膜膿瘍部にみられた滲出斑と同じ性状の菌塊を疑う滲出物を多く含んでおり,膿瘍部から立ち上るように硝子体中に拡散していた.毛様体付近にも白色の濃厚な滲出物が付着しており,硝子体カッターにて可能な限り切除した.周辺部網膜は脆弱で,硝子体カッターによる硝子体切除時に容易に小さな医原性裂孔を2カ所生じた.眼内に抗菌薬を十分に残存させる目的で液-空気置換は行わず,網膜裂孔周辺の硝子体を十分に郭清しレーザー光凝固を行って手術を終了した.切除した硝子体の細菌培養の結果は陰性であった.術後,感染の原発巣の全身検索のため術翌日に内科にコンサルトしたところ,心雑音を指摘され,心不全症状もみられた.心臓エコー検査を行ったところ,僧帽弁に疣贅が見つかり(図4),感染性心内膜炎と診断された.術後2日目に循環器内科に転科となり,抗菌薬(ペニシリンG2,400万単位/日,ゲンタシン70mg/日,4週間)の点滴が行われたが僧帽弁閉鎖不全のため心不全症状は改善せず,2カ月後の12月20日に循環器外科で僧帽弁置換術が施行された.心臓手術後全身状態は徐々に改善し退院となった.眼科的には硝子体手術後2日目に上方周辺部網膜に裂孔を生じてレーザー光凝固を行ったが,その後の経過は良好で術後5カ月目に行ったFAでは網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出は消失し(図5),視力は左眼矯正1.5に回復した.また,右眼黄斑部近傍にみられた滲出斑は平成23年3月16日受診時には消失していた.II考按転移性感染性眼内炎のうち感染性心内膜炎が原発感染巣である頻度は0.13.9%1,5,6)と比較的まれであるが,症例報告は散見される2.4).感染性心内膜炎は抜歯やカテーテル治療などを契機に心内膜(主として心弁膜)に病原微生物が侵入して感染巣(疣贅)をつくる疾患で,感染症状・心症状・塞栓症など多彩な症状を呈し,適切な治療を行わないと死に至る重篤な疾患である.感染性心内膜炎の起炎菌としては緑色レンサ球菌(Streptococcusviridans)が最も多く,黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus),表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermidis)がそれに次ぐとされるが,細菌以外にも真菌やクラミジアなども原因となりうる.一方,骨髄異形成症候群は骨髄に造血幹細胞の異型クローンが生じることで血球減少,無効造血,血球形態異常が引き起こされる症候群で,造血不全や急性白血病を生じることもある.治療としてステロイド薬や免疫抑制薬が使用される.眼合併症として角膜潰瘍,虹彩炎などが報告されているが,眼内炎を合併する症例も少ないながら報告がある7.9).本症例は基礎疾患に骨髄異形成症候群があり,長期間ステ(121)ロイド内服治療がなされていた.このことからステロイド内服による易感染性が基礎になり感染性心内膜炎を発症し,転移性眼内炎を生じたものと思われた.発症当初,前医で抗真菌薬の全身投与にても改善がみられず,硝子体混濁の悪化を認め当科紹介となった.前医での経過と病歴から非感染性眼内炎の可能性は低く,真菌性眼内炎の悪化もしくは細菌性眼内炎のいずれかであると考えた.術中の培養では原因菌は検出されず,内科での感染性心内膜炎の治療中にも血液培養が行われていたが,抗菌薬による治療開始後であったということもあり原因菌は検出されなかった.治療については濃厚な硝子体混濁を生じていることから,抗菌薬全身投与などの保存的治療では不十分と思われ,手術加療が必要であると判断した.一般に転移性感染性眼内炎の場合,敗血症を起こすなど全身状態が重篤なケースが多くみられる10).本症例においても初診時に全身倦怠感を強く訴えており,原因も不明であったため,眼科的治療を先に行うのか,全身精査,加療を行うのかどちらを優先させるべきか苦慮した.しかし,直前まで前医内科で全身管理され全身状態が安定していたこと,採血でCRPが高値でなかったことから,全身状態については急を要しないと判断し,初診日に緊急で硝子体手術を行い,術後速やかに全身検索をする方針とした.幸い術後2日目に内科で感染性心内膜炎の診断がつき,遅滞なく全身治療を開始することができた.一般に転移性感染性眼内炎の予後はきわめて不良であるが,本症例では例外的に良好な視力を維持することができた.早期に硝子体手術を行えたこともその一因と考えられるが,起炎菌が弱毒菌であり,進行が比較的緩徐であったことの影響が大きいと考えられた.また,前医で行われた血液培養は陽性であったが,当科で行った培養検査では血中,硝子体中,前房水中いずれも陰性であり,眼内液からは起炎菌は証明されなかった.今後,このような症例の場合にPCR法を利用し,少量のサンプルからでも原因菌の検索ができるようなシステムを導入することが必要であると考えられた.感染性心内膜炎による転移性眼内炎の報告は過去に散見することができ,筆者らの施設でも過去に2報の症例報告を行っている.小林ら2)は視力低下を自覚してから2日後に全眼球炎に至り,抗菌薬の全身投与でも消炎できず眼球摘出に至った症例を報告している.この症例の起炎菌はB群溶連菌であり,眼球摘出後,僚眼に炎症の再燃を認め,その際の全身検索で感染性心内膜炎と診断されている.一方,盛ら3)の報告は,抜歯の3カ月後から発熱,全身倦怠感を自覚し,5カ月後に内科で感染性心内膜炎と診断された症例で,両眼ともに前眼部に軽度の炎症と視神経乳頭の充血,網膜下滲出斑およびRoth斑を認めた.この症例の経過は長く,抗菌薬の全身投与のみによって眼の炎症所見は消失し,視力予後は良好であった.この症例の起炎菌は弱毒菌であるStreptococあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141543 cussanguisであった.これら2例ともに本症例と同様に心内膜炎が原因の眼内炎ではあるが,臨床経過は大きく異なっており,その違いは起炎菌の毒性の差によるものであると推察された.本症例も弱毒菌による転移性細菌性眼内炎であり,良い条件がそろえば良好な予後を得ることが可能であると思われた.手術加療を行うことで眼球を温存できる可能性が上がるという報告もある.よって,このような症例においては全身状態が許す限り迅速な手術の適応決定が重要であると考えられた.以上,骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた感染性心内膜炎からの転移性感染性眼内炎の症例を報告した.骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染病巣として念頭に置いておくべき疾患であると思われた.文献1)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌─.日眼会誌95:369-376,19912)小林香陽,藤関義人,髙橋寛二ほか:B群溶連菌による心内膜炎が原因であった内因性転移性眼内炎.日眼会誌110:199-204,20063)盛秀嗣,山田晴彦,石黒利充ほか:感染性心内膜炎から転移性眼内炎を発症し,治癒後に硝子体黄斑牽引症候群を発症した1例.あたらしい眼科28:411-414,20114)髙本やよい,國友隆二,佐々利明ほか:細菌性眼内炎により両眼摘出にいたった三尖弁位感染性心内膜炎の1例.日心外会誌36:348-351,20075)GreenwaldMJ,WohlLG,SellCHetal:Matastaticbacterialendophthalmitis:Acontemporaryreappraisal.SurvOphthalmol31:81-101,19866)JacksonTL,EykynSJ,GrahamEMetal:Endogenousbacterialendophthalmitis:A17yearprospectiveseriesandreviewof267reportedcases.SurvOphthalmol48:403-423,20037)KezukaT,UsuiN,SuzukiEetal:Ocularcomplicationinmyelodysplasticsyndromeaspreleukemicdisorders.JpnJOphthalmol49:377-383,20058)伊丹優子,神林裕行,木村悟ほか:G群b溶連菌による敗血症,眼内炎を認めた骨髄異形成症候群の一例.太田綜合病院学術年報44:1-4,20099)蒸野寿紀,松岡広,藤田識人ほか:低形成骨髄異形成に対する免疫抑制療法後に発症した真菌性眼内炎の1例.和歌山医学60:160,200910)中西秀雄,喜多美穂里,榎本暢子ほか:硝子体手術を施行した転移性細菌性眼内炎の5例.臨眼60:1697-1701,200611)YoonYH,LeeSU,SohnJHetal:ResultofearlyvitrectomyforendogenousKlebsiellapneumoniaendophthalmitis.Retina23:366-370,2003***(122)

角膜混濁例に対する白内障および硝子体手術 ―シャンデリア照明と広角眼底観察システムの有用性―

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1519.1522,2014c角膜混濁例に対する白内障および硝子体手術―シャンデリア照明と広角眼底観察システムの有用性―安田優介若生里奈高瀬範明吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Cataract-VitreousCombinedSurgeryAssistedbyChandelierEndoilluminationandWide-AngleViewingSysteminSevereCornealOpacityYusukeYasuda,RinaWako,NoriakiTakase,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences角膜混濁例を有する症例に対し,白内障および硝子体同時手術をシャンデリア照明と広角眼底観察システムを用いて行った.症例は68歳,女性.主訴は2011年6月からの右眼の視力低下.近医で増殖糖尿病網膜症による硝子体出血を指摘され当院紹介受診となった.60歳時の右眼ヘルペス性角膜炎によって角膜中央部に広範囲にわたる混濁がみられ,眼底観察が困難であった.初診時の視力は右眼30cm手動弁,Bモードで下鼻側網膜に.離がみられた.シャンデリアによる後方からの照明を使用して水晶体超音波乳化吸引術を施行し,広角眼底観察システムを併用して25ゲージ(G)硝子体手術を施行した.経過良好で,術後22日に退院した.右眼矯正視力は退院時0.04まで回復した.シャンデリア照明の使用により散乱光の影響を少なくし,水晶体全体を確認しながら安全に白内障手術を施行できた.また,広角眼底観察システム使用により混濁の少ない部位を通して眼底観察が可能であった.Combinedsurgery(cataractandvitrectomy)wasperformedinapatientwithcornealopacity,usingchandelierendoilluminationandawide-angleviewingsystem.Thepatient,a68-year-oldfemalewithvitreoushemorrhageinherrighteyeduetoproliferativediabeticretinopathy,hadseverecornealopacityinherrighteye,whichhadbeentreatedasherpetickeratitis.Thebest-correctedvisualacuityinherrighteyewas30cmhandmotion.Retinaldetachmentinthelowertemporalquadrantwassuspected.Surgerywassuccessfullyperformed,andrightvisualacuityimprovedfromhandmotionto0.04.Inthiscase,chandelierretroilluminationprovidedgoodvisibilitythroughahazycorneainthesurgicalfieldofthecataractsurgery.Ontheotherhand,thewide-angleviewingsystemenabledfundusobservationthroughtherelativelyclearerportionofthecornea.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1519.1522,2014〕Keywords:角膜混濁,白内障手術,硝子体手術,シャンデリア照明,広角眼底観察システム.cornealopacity,cataractsurgery,vitreoussurgery,chandelierretroillumination,wide-angleviewingsystem.はじめに角膜混濁を伴う症例の白内障手術や硝子体手術は眼内の視認性が悪く,術中操作が困難であるため合併症も生じやすい.このような症例における眼内手術には,一時的に人工角膜を用いて手術を施行し,その後に角膜移植を行う方法や1.3),眼内内視鏡を用いる方法がある4,5).人工角膜を使用することによって,術中の眼底の視認性は良好に保たれ,通常の手術手技が可能となるが,角膜の同時移植が必要であることはもちろん,術後炎症が高度で,長期的にみると移植片の生着不全や毛様体機能不全により前眼部の複雑化が起こると報告されている6).また,眼内内視鏡を用いる方法は,視認性が角膜や瞳孔の状態に左右されず,眼底最周辺部までの観察が可能である.しかし,内視鏡手術手技に習熟する必要があること,病巣の立体的把握や双手による操作が困難で繊細な手術を行うには限界があるなど,術後合併症や操作性などの問題が指摘され〔別刷請求先〕若生里奈:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:RinaWako,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(97)1519 図1B.mode水平断下鼻側に網膜.離を認めた.図2手術開始前所見角膜中央部に広範囲にわたる実質混濁を認め,周辺部よりわずかに水晶体を確認できる(下方が12時方向).チストトーム前.フラップ前.切開ライン図3前.切開の様子前.染色なども行うことなく,前.切開を行うことが可能であった.図4術中眼底所見広角眼底観察システム(ResightR)を使用した.眼球を下転し,上方の混濁の少ない部位から眼底を観察することができた.シャンデリア照明カッター視神経乳頭鑷子黄斑1520あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(98) ている7).今回,角膜混濁を伴う増殖糖尿病網膜症に対し,シャンデリア照明と広角眼底観察システムを使用することにより,人工角膜や内視鏡を使用せずに,白内障手術および硝子体手術を施行することのできた1例を経験したので報告する.I症例患者:68歳,女性.主訴:右眼の視力低下.既往歴:32歳時,急性膵臓壊死により1型糖尿病,インスリン導入となった.60歳時,右眼ヘルペス性角膜炎を発症し,治癒したが,角膜中央部に角膜混濁が残存している.現病歴:2011年6月から右眼の視力低下を認めた.近医で増殖糖尿病網膜症による硝子体出血を指摘されたため,同年10月17日に名古屋市立大学病院眼科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼30cm手動弁(矯正不能),左眼0.5(0.9×sph+2.0D(cyl.1.5DAx180°),眼圧は右眼13mmHg,左眼12mmHgであった.右眼の角膜中央部に広範囲にわたる実質混濁を認めた.前眼部には,その他特記すべき所見は認められなかった.また,中等度核白内障を認め,眼底は角膜混濁および硝子体出血のために透見不良であった.Bモードで右眼下鼻側に網膜.離を認めた(図1).経過:シャンデリアによる後方からの照明を使用した水晶体超音波乳化吸引術と広角眼底観察システムを使用した25ゲージ(G)硝子体手術を施行した(図2.4).シャンデリア照明はアルコンエッジプラスRトロッカール用のシャンデリアライトシステムを,光源はコンステレーションR内蔵のキセノンを用いた.まず,5時方向に25Gポートを作製し,シャンデリア照明を設置した.これにより,水晶体.全体を観察することが可能となり,前.切開,超音波乳化吸引を行った.さらに25Gポートを3カ所設置し,広角眼底観察システム(ResightR)を併用して硝子体手術を施行した.硝子体切除を進めていくと,下鼻側に術前から認めていた網膜.離を確認した.意図的裂孔を作製して網膜下液を吸引除去した後,液-空気置換を行った.レーザー光凝固を追加,SF6(六フッ化硫黄)ガスを硝子体内へ注入し,手術終了となった.術後,網膜は復位し経過良好で術後22日に退院した.右眼視力は退院時に矯正0.04へ回復した.II考按角膜混濁を伴う症例において白内障および硝子体手術を施行する際,眼内の視認性を確保することは困難で,合併症も生じやすい.先に述べたように,角膜混濁を伴う眼内手術の方法として,一時的に人工角膜を使用する方法や眼内内視鏡を用いる方法があるが,いずれも問題点が多く手術施行はむ(99)ずかしい.角膜混濁例に対する白内障手術の方法として,前房内にイルミネーションライトを挿入し,前.切開を行う方法が報告されている8).顕微鏡による外部照明では観察光が混濁部位を2回通して検者の眼に入ってくるのに対して,この方法の場合は,光源が角膜下にあるため1回しか角膜を光が透過せず,その結果散乱光の影響を少なくし,観察が容易となる.また,硝子体出血に対して,シャンデリア照明を先に設置し,白内障および硝子体同時手術を行った症例も報告されている9).シャンデリア照明を使用することで,水晶体の後方から照明することになり,前.切開時から視認性が上がるとともに,硝子体手術まで一連の操作をバイマニュアルで行うことが可能である10).今回,筆者らは,白内障手術においてシャンデリア照明を使用することで,前.切開,水晶体分割,乳化吸引など一連の手術手技において,混濁した角膜を通しても良好な視認性と操作性を得ることができ,安全に手術を施行することが可能であった.硝子体手術には,広角眼底観察システムが有用であった.広角眼底観察システムは前眼部付近で観察光がいったん収束する光学経路設計となっているため,小瞳孔など狭い部分を利用しての眼底観察が可能である.角膜混濁も部分的に混濁の少ない部分があればそこを通しての観察が可能である.さらに,非接触型システムの場合,眼球を傾けて,光学経路と角膜透明帯が合致する場所に調節して眼底観察を行うことが可能である.本症例では,眼底の観察が困難な場合は眼内内視鏡の併用も考慮し,術中準備していたが,眼内内視鏡を使用することなく,広角眼底観察システムを用い,術中に眼球を下転して上方の角膜透明帯を通して眼底観察を行い,手術を施行することができた.角膜混濁を伴う症例の白内障および硝子体手術に対し,シャンデリア照明および広角眼底観察システムの使用は比較的簡便で,特別な器具や手技を必要とせず,眼内の視認性を向上させ,安全かつ正確に手術を施行できる一つの方法と考えられる.文献1)LandersMB3rd,FoulksGN,LandersDMetal:Temporarykeratoprosthesisforuseduringparsplanavitrectomy.AmJOphthalmol91:615-619,19812)EckardtC:Anewtemporarykeratoprosthesisforparsplanavitrectomy.Retina7:34-37,19873)古城美奈,中島伸子,外園千恵ほか:人工角膜を用いた網膜硝子体手術6症例.あたらしい眼科22:1289-1293,20054)KitaM,YoshimuraN:Endoscope-assistedvitrectomyinthemanagementofpseudophakicandaphakicretinalあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141521 detachmentswithundetectedretinalbreaks.Retina31:1347-1351,20115)KawashimaM,KawashimaS,DogruMetal:Endoscopyguidedvitreoretinalsurgeryfollowingpenetratingcornealinjury:acasereport.ClinOphthalmol19:895-898,20106)檀上眞次,細谷比左志,池田恒彦ほか:角膜混濁を有する症例に対する硝子体手術.臨眼46:817-820,19927)池田恒彦:角膜混濁に対する硝子体手術.あたらしい眼科25:515,20088)西村栄一,陰山俊之,谷口重雄ほか:角膜混濁例に対する前房内照明を用いた超音波白内障手術.あたらしい眼科21:97-101,20049)JangSY,ChoiKS,LeeSJ:Chandelierretroilluminationassistedcataractextractionineyeswithvitreoushemorrhage.ArchOphthalmol128:911-914,201010)OshimaY,ShimaC,MaedaNetal:Chandelierretroillumination-assistedtorsionaloscillationforcataractsurgeryinpatientswithseverecornealopacity.JCataractRefractSurg33:2018-2022,200711)MorishitaS,KitaM,YoshitakeSetal:23-gaugevitrectomyassistedbycombinedendoscopyandawide-angleviewingsystemforretinaldetachmentwithseverepenetratingcornealinjury:acasereport.ClinOpthalmol5:1767-1770,2011***1522あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(100)

Accurus®とConstellation®の硝子体手術成績の比較

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1392.1395,2014c(00)1392(144)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(9):1392.1395,2014cはじめに近年の硝子体手術の進歩は目覚しく,従来の20ゲージ(G)手術から経結膜的に手術可能な23Gもしくは25Gシステムを使用した小切開硝子体手術が主流となり,より低侵襲な手術が可能となった1.8).また,硝子体手術装置も従来は2,500cpm程度の回転数が限界であったが,2011年からわが国においても5,000cpmまで高速回転が可能な新たな手術装置であるConstellationRが承認され使用可能となった.さらに,新たに7,500cpmの高速回転といった手術装置や27Gシステムといった新たな器械や器具の開発・改良も進んできている.筆者はすでにAccurusRとConstellationRの手術成績について検討し報告しているが,症例数も少なく両手術器械の差を確認することができなかった9).そのため今回は,その後に症例数を重ねて再度比較検討を行ったので報告する.〔別刷請求先〕廣渡崇郎:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:TakaoHirowatari,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashi-Yukigaya,Ota-ku,Tokyo145-0065,JAPANAccurusRとConstellationRの硝子体手術成績の比較廣渡崇郎*1澁谷洋輔*1石田友香*2秋澤尉子*3*1公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院眼科*2東京医科歯科大学眼科学教室*3東京都職員共済組合シティ・ホール診療所眼科ComparisonofAccurusRandConstellationRinVitreousSurgeryTakaoHirowatari1),YosukeShibuya1),TomokaIshida2)andYasukoAkizawa3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCooperationEbaraHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalandDentalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,CityHallClinic,MutualAssociationforTokyoMetropolitanGovernmentEmployees目的:AccurusRからConstellationRへ手術器械を変更したことによる硝子体手術成績を検討する.対象および方法:2010年5月から2013年12月までに荏原病院で硝子体手術を施行した連続する94例108眼で,手術器械としてAccurusR(A群),およびConstellationR(C群)を使用した.結果:術前視力はA群がlogMAR1.02,C群がlog-MAR0.89で,術後視力はA群logMAR0.29,C群がlogMAR0.26であった.平均手術時間はA群83.8分,C群63.9分であった.合併症はA群5.0%,C群4.4%に医原性裂孔を認めたが,術後低眼圧,網膜.離は認めなかった.結論:AccurusRからConstellationRへ手術器械を変更することにより,安全性を損なうことなく,より短時間での硝子体手術が可能となった.Purpose:ToevaluatetheefficacyandsafetyofAccurusRandConstellationRforvitreoussurgery.Patientsandmethods:Investigatedwere108eyesof94patientswhounderwentvitrectomy40eyeswithAccurusR(GroupA)and68eyeswithConstellationR(GroupC).Durationofsurgery,preoperativecorrectedvisualacuity,post-operativebestcorrectedvisualacuityandcomplications,includingiatrogenicretinalbreak,postoperativelowintra-ocularpressureandretinaldetachmentwerecompared.Results:ThemeandurationofsurgeryforGroupsAandCwas83.8and63.9minutes,respectively.ThemeanpreoperativecorrectedvisualacuityofGroupsAandCwaslogMAR1.02and0.89,andthepostoperativebest-correctedvisualacuitywaslogMAR0.29and0.26,respectively.Iatrogenicretinalbreakoccurredin5.0%ofGroupAand4.4%ofGroupsC.Noeyehadpostoperativelowintraoc-ularpressureorretinaldetachment.TherewasnosignificantdifferencebetweenGroupAandCregardingdura-tionofsurgery,visualacuityorcomplications.Conclusion:Resultscomfirmedtheefficacyandsafetyofthesevit-rectomysurgerysystems.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1392.1395,2014〕Keywords:硝子体手術,手術時間,視力,合併症.vitreoussurgery,operationperiod,visualacuity,complica-tion. I対象および方法対象は2010年5月から2013年12月までの間に荏原病院で同一術者による硝子体切除術を受けた連続する94例108眼で,平均年齢は66.3±10.2歳(28.87歳),男性62眼,女性46眼であった.全手術において十分な説明を行い文書で同意を得た.硝子体手術装置は前半の40眼においてはAlcon社のAccurusRを(A群),後半の68眼においてはAlcon社のConstellationR(C群)を使用した.白内障同時手術はA群30眼(75%),C群44眼(65%)で施行した(表1).手術開始直前に2%キシロカイン3mlにて球後麻酔を行った.術式は全例3ポートで行い,25G小切開硝子体切除システム(Alcon社egdeplusR)を用い,無縫合で手術を終了した.手術用顕微鏡はZeiss社LumeraTRを使用した.中心硝子体切除には広角観察用レンズOculusBIOMIIRを使用し,周辺硝子体切除は強膜圧迫による直視下観察にて行った.黄斑上膜や内境界膜.離などの黄斑処理はHOYA社HHVRメニスカスレンズ下にて行った.硝子体手術におけるカットレートおよび吸引圧は,中心硝子体切除と周辺硝子体切除においてA群およびC群ともそれぞれ異なる設定を用いた(表2).白内障同時手術は2.8mmの上方強角膜3面切開から超音波乳化吸引術を行い,6mmワンピースアクリルレンズ(AlconAcysofRIQ)を.内に挿入した.検討項目は,両群における術前矯正視力および術後最高矯正視力,手術時間,術中および術後合併症とした.なお,視力は小数視力表にて測定し,指数弁はlogMAR1.85,手動弁はlogMAR2.30,光覚弁は2.90と換算して統表1同時・単独手術の割合A群(眼)C群(眼)全体40(100%)68(100%)単独手術10(25%)24(35%)同時手術30(75%)44(65%)計処理を行った10,11).統計学的検討はFisher直接確率法を用い,p<0.05を有意とした.II結果硝子体手術の適応となった原因疾患で最も多いのは増殖糖尿病網膜症36眼(33.3%)で,ついで黄斑上膜26眼(24.1%),裂孔原性網膜.離18眼(16.7%)であった(表3).術前視力はA群全体ではlogMAR1.02±0.69(平均±標準偏差),単独手術ではlogMAR1.02±0.72,同時手術ではlogMAR1.03±0.6.3であった.C群全体ではlogMAR0.89±0.73,単独手術ではlogMAR0.99±0.87,同時手術ではlogMAR0.81±0.60であった.平均術後最高矯正視力はA群ではそれぞれlogMAR0.29±0.43,0.24±0.34,0.42±0.64であった.また,C群ではそれぞれlogMAR0.26±0.48,0.32±0.54,0.22±0.46であった.また,各視力の最大値,最小値,中央値は別表に示す(表4).術前矯正視力および術後最高矯正視力の差については,すべての群で有意な差はみられなかった.手術時間はA群全体で平均83.8±28.5分,単独手術は63.7±17.0分,同時手術は90.5±28.6分であった.対してC群全体で平均63.9±25.2分,単独手術は55.6±26.5分,同時手術は68.7±24.2分であり,全体,単独手術および同時手術のすべてにおいてC群はA群と比較し有意に手術時表2各硝子体手術装置の設定AcuurusR(A群)ConstellationR(C群)中心硝子体切除灌流圧37mmHg30mmHg吸引圧300mmHg400mmHg回転数1,400cpm5,000cpm周辺硝子体切除灌流圧37mmHg30mmHg吸引圧100mmHg200mmHg回転数2,400cpm5,000cpm表3症例の内訳A群全体A群単独手術A群同時手術C群全体C群単独手術C群同時手術(眼)(眼)(眼)(眼)(眼)(眼)増殖糖尿病網膜症1721519127黄斑上膜72519118裂孔原性網膜.離4041477硝子体出血422202網膜静脈閉塞症321523黄斑円孔312404硝子体混濁101413眼内炎110110(145)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141393 表4術前矯正視力・術後最高矯正視力術前矯正視力術前最大値術前最小値術前中央値術後最高矯正視力術後最大値術後最小値術後中央値A群全体1.02±0.69.0.202.301.000.29±0.43.0.201.000.30A群単独手術1.02±0.720.002.301.000.24±0.34.0.200.700.20A群同時手術1.03±0.63.0.202.001.000.42±0.64.0.101.000.30C群全体0.89±0.73.0.202.901.000.26±0.48.0.202.300.10C群単独手術0.99±0.87.0.202.300.800.32±0.54.0.202.300.20C群同時手術0.81±0.60.0.202.901.000.22±0.46.0.202.000.10(logMAR)表5手術時間全体同時手術単独手術A群(分)83.8±28.590.5±28.663.7±17.0C群(分)63.9±25.268.7±24.255.6±26.5間の短縮が得られた(p<0.01)(表5).合併症については,術中医原性網膜裂孔形成,術後網膜.離および術後低眼圧の発生頻度について検討した.なお,術後低眼圧は5mmHg以下の状態と定義した.術中医原性裂孔形成はA群で2眼(5.0%),C群で3眼(4.4%)で発生した.術後網膜.離および術後低眼圧は両群において0眼(0.0%)であり,両群間ですべての合併症において有意な差はなかった.III考按今回,筆者らが比較検討したConstellationRとAccurusRの手術時間についてはすでに複数の報告がなされている.柳田の報告では硝子体カッターの駆動時間のみを計測・比較し,Rizzoの報告では眼内に硝子体カッターを挿入した時点から抜去した時点までの時間を比較している12,13).どちらの報告においてもAccurusRよりもConstellationRのほうが,有意に手術時間が短くなっており,高速回転硝子体カッターとdutycycleの最適化が硝子体切除に要する時間の短縮に寄与していることが示唆される.また,Murrayらは,AccurusRからConstellationRに手術装置を変更したことにより,1件当たりの手術時間と患者1人当たりの手術室滞在時間が短縮され,結果として1日当たりの硝子体手術件数が増加したと報告している14).また,安藤らも同様にAccurusRからConstellationRに手術装置を変更することによりstage3の黄斑円孔に対する手術時間の短縮が得られたと報告している15).今回の筆者らの検討では,実際の手術における時間短縮の効果を検討する観点から,さまざまな症例に対して執刀開始から手術終了までの手術全体の時間を検討した.今回の報告と最も条件が類似していると考えられるMurraryらの報告と同様に,統計学的に有意な手術時間の減少が得られた.このことからMurrayらが述べているように,手術時間の短縮による手術侵襲の軽減のみならず,結果的に業務の効率化も得られていると考えられる.手術時間に関しては,C群はA群と比較して単独手術では8.1分,同時手術では21.8分の短縮であった.この手術時間短縮効果の差については,同時手術を行った症例の内訳に影響を受けた可能性が考えられる.対象症例のうち,糖尿病網膜症と裂孔原性網膜.離については,増殖組織の処理や.離網膜に対する処理が必要なため,より繊細な手術手技が必要とり,手術時間が長くなる傾向にあったが,同時手術を行った症例のうち上記2疾患の割合はA群で同時手術を行った30例中19例(63.3%),C群で同時手術を行った44例中14例(31.8%)と差があった.そのため,同時手術のほうが単独手術よりも手術時間の短縮が得られた結果となったと考えられる.つぎに合併症については,Rizzoの報告において術中医原性裂孔形成がAccurusRでの21.7%からConstellationRでの1.7%と劇的に減少したとされている.これは,高速回転硝子体カッターによる網膜への牽引の軽減によるものと考えられる.筆者らの検討でもConstellationRにおいても4.4%と低い発生率であったが,両群に有意な差はみられなかった.これはRizzoの報告と比較してAccurusRでの術中医原性裂孔形成が5.0%と低いためと考えられる.また,今回両群とも良好な視力改善効果が得られた.これは両群とも安全かつ低侵襲な手術手技により良好な結果が得られたと考えられる.新規の硝子体手術装置であるConstellationRは高性能な手術装置であり,手術時間の短縮などによる手術侵襲の軽減や,合併症頻度の低下などの点で期待されているが,今回の検討では他の報告と同様に,従来の手術装置であるAccurusRと比較し,安全性を損なうことなく手術時間短縮の観点から優位性が確認できた.文献1)FujiiGY,DeJuanEJr,HumayumMSetal:Anew25-gaugeinstrumentsystemfortransconjunctivalsuture-lessvitrectomysurgery.Ophthalmology109:1807-1812,(146) 20022)RecchiaFM,ScottIU,BrownGCetal:Small-gaugeparsplanavitrectomy:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology117:1851-1857,20103)HubschmanJP,GuptaA,BourlaDHetal:20-,23-,and25-gaugevitreouscuttersperformanceandcharacteristicsevaluation.Retina28:249-257,20084)LakhanpalRR,HumayumMS,deJuanEJretal:Outcomesof140consecutivecasesof25-gausetransconjunctivalsurgeryforposteriorsegmentdisease.Ophthalmology112:817-824,20055)IbarraMS,HermelM,PrennerJLetal:Longer-termoutcomesoftransconjunctivalsutureless25-gaugevitrectomy.AmJOphthalmol139:831-836,20056)OshimaY,ShimaC,WakabayashiTetal:Microincisionvitrectomyanintravitrealbevacizumabasasurgicaladjuncttotreatdiabetictractionretinaldetachment.Ophthalmology116:927-938,20097)佐藤達彦,恵美和幸,坂東肇ほか:増殖硝子体網膜症に対する硝子体手術成績─25ゲージシステム使用例と20ゲージシステム使用例での後ろ向き比較.日眼会誌116:100-107,20128)MuraM,TanSh,DeSmetMD:Useof25-gaugevitrecctomyinmanagementofprimaryrhegmatogenousretinaldetachment.Retina29:1299-1304,20099)廣渡崇郎,石田友香,秋澤尉子:高速回転硝子体切除装置を用いた硝子体手術成績.臨眼67:697-700,201310)Schulze-BonselK,FeltgenN,BurauHetal:Visualacuities“handmotion”and“countingfingers”canbequantifiedwiththeFreiburgvisualacuitytest.InvestOphthalmolVisSci47:1236-1240,200611)GroverS,FishmanGA,AndersonRJetal:Visualacuityimpairmentinpatientswithretinitispigmentosaatage45yearsorolder.Ophthalmology106:1780-1785,199912)RizzoS,Genovesi-EbertF,BeltingC:Comparativestudybetweenastandard25-gaugevitrectomysystemandanewultrahigh-speed25-gaugesystemwithdutycyclecontrolinthetreatmentofvariousvitreoretinaldisease.Retina31:2007-2013,201113)柳田智彦,清水公也:25ゲージ硝子体手術におけるアキュラスとコンステレーション硝子体切除時間の比較.あたらしい眼科29:869-871,201214)MurrayTG,LaytonAJ,TongKBetal:Transistiontonoveladvancedintegratedvitrectomyplatform:comparisionofthesurgicalimpactofmovingfromtheAccurusvitrectomyplatformtotheConstellationVisionSystemformicroincisionalvitrectomysurgery.ClinOphthalmol7:367-377,201315)安藤友梨,田中秀典,谷川篤弘ほか:25ゲージ黄斑円孔手術におけるアキュラスRとコンステレーションRの比較.あたらしい眼科30:1181-1184,2013***(147)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141395

自然閉鎖した外傷性黄斑円孔が再発した1症例

2013年9月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科30(9):1327.1329,2013c自然閉鎖した外傷性黄斑円孔が再発した1症例佐本大輔谷川篤宏中村彰水口忠堀口正之藤田保健衛生大学医学部眼科学教室ACaseofLate-RecurringSpontaneouslyClosedTraumaticMacularHoleDaisukeSamoto,AtsuhiroTanikawa,AkiraNakamura,TadashiMizuguchiandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine症例は,22歳,男性であり,作業中に左眼を受傷し,眼底異常を指摘され紹介受診した.視力は右眼1.2,左眼0.08(矯正不能)であり,左眼眼底には網膜下出血,黄斑円孔を認めた.12週後には黄斑円孔の自然閉鎖を認め,視力は0.6まで改善した.54週後には収縮した黄斑上膜と黄斑円孔の再発がみられ,視力は0.2まで低下した.12週後硝子体手術を施行し,円孔の閉鎖が得られた.視力は0.6に回復した.自然閉鎖した外傷性黄斑円孔は再発の可能性があるが,手術が有効である.A22-year-oldmalewasreferredtoourhospitalbecauseoftraumaticmacularholecausedbylefteyecontusionwhileworking.Visualacuitywas1.2intherighteyeand0.08inthelefteye,thelattershowingsubretinalhemorrhageandamacularhole.By12monthslater,themacularholehadspontaneouslyclosedandvisualacuitywas0.6.However,54weekslater,wefoundepimacularmembraneandareopenedmacularhole.After12weeks,vitrectomywasperformedandtheholewasclosed;theacuityrecoveredto0.6.Spontaneouslyclosedtraumaticmacularholemayreopen,butcanbeclosedbyvitrectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1327.1329,2013〕Keywords:外傷性黄斑円孔,自然閉鎖,再発,硝子体手術,黄斑上膜.traumaticmacularhole,spontaneousclosure,reopening,vitrectomy,epimacularmembrane.はじめに外傷性黄斑円孔のなかでも鈍的外傷による黄斑円孔は自然閉鎖することが多く,3カ月経過観察して自然閉鎖しないものが手術の適応とされる1.4).一度自然に閉鎖した円孔が再び開くことはきわめてまれと考えられるが,現在まで2症例の報告がある5,6).筆者らも鈍的外傷により発生した黄斑円孔が自然閉鎖し,その後再発し,手術により閉鎖した症例を経験したので報告する.I症例患者:22歳,男性.初診:2011年6月17日.現病歴:作業中に電動サンダーにて左眼を受傷.前医にて前房出血と高眼圧を認めたが経過観察にて軽快した.その後,眼底異常を認めたため当院を紹介受診した.既往歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼1.2,左眼0.08(矯正不能),眼圧は右眼13mmHg,左眼11mmHgであった.眼底には網膜下出血,黄斑円孔を認めた.眼底写真とOCT(光干渉断層計)像を図1a,bに示した.経過:初診から2週後,5週後,12週後のOCT所見を図2に示した.2011年9月9日(12週後)には網膜下出血は吸収され,中心部網膜外層の菲薄化と視細胞内節外節接合部の反射の低下を認めるものの,黄斑円孔は自然閉鎖している.視力は0.6(矯正不能)まで改善した.初診から66週後(自然閉鎖より54週後),2012年9月19日には,収縮した黄斑上膜と黄斑円孔の再発がみられた(図3a,b).視力は0.2(矯正不能)まで低下している.2012年11月6日,右眼に硝子体手術を施行した.硝子体.離はなく,人工的に.離を作製した.黄斑上膜を.離した後,内境界膜を.離し,20%SF6(六フッ化硫黄)でガスタンポナーデを行った.手術より3週後には黄斑円孔の閉鎖が認められ(図4a,b),視力は0.6〔別刷請求先〕堀口正之:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasayukiHoriguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-cho,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(127)1327 《初診時》《2週後》《5週後》《12週後》《初診時》《2週後》《5週後》《12週後》図1初診時の眼底写真(a)およびOCT所見(b)網膜下出血と黄斑円孔がみられる.視力は0.08であった.図2初診から2週後,5週後,12週後のOCT所見12週後には黄斑円孔は閉鎖し,網膜下出血も消失した.視力は0.6である.図3初診より44週後の眼底写真(a)およびOCT所見(b)黄斑上膜と黄斑円孔の再発を認めた.視力は0.2に低下した.(矯正不能)まで改善した.その後に再発はなく,視力も維持されている.II考按外傷性黄斑円孔の発生に関しては,種々の説が考えられている.打撃による眼球の変形や衝撃により,黄斑部網膜に裂隙を生じるという説,外傷後の黄斑部の.胞様変化によると1328あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013いう説,外傷後の急激な硝子体.離によるという説がある3,4).今回の症例では硝子体は.離しておらず,また.胞様変化も認められなかったので,黄斑円孔は眼球の変形により発生した可能性が高い.変形による裂隙は変形がなくなれば,自然に閉鎖しても不思議ではないと考える.外傷性黄斑円孔発症のもう一つの可能性は,網膜下出血である.脈絡膜破裂により黄斑下出血が発生し,それにより黄斑円孔となる(128) 図4手術より3週後の眼底写真(a)およびOCT所見(b)黄斑円孔は閉鎖している.視力は0.6に回復した.可能性があるという7).筆者らは黄斑下出血に伴う外傷性黄斑円孔を観察したことはないが,網膜血管瘤などによる黄斑出血では,黄斑前出血と黄斑下出血が同時に存在し,それらが黄斑円孔でつながっていることがある.しかし,今回の症例の網膜下出血は黄斑下にはなく,円孔の原因とは考えにくい.再発の原因は,今回の症例では黄斑上膜である.黄斑上膜が収縮し網膜の牽引となり閉鎖した黄斑円孔を再発させたと考えられる.Kamedaらの症例5)には黄斑上膜は認められず,.胞様変化もなかった.再発の原因は不明である.山本らの症例6)では黄斑上膜が認められた.自然閉鎖から再発までの時間は,今回の症例では54週,Kamedaらの症例では約2年,山本らの症例では約1年であった.自然閉鎖した外傷性黄斑円孔の再発はまれではあるが,本症例も含めた3症例はすべて自然閉鎖から1年以上経過してから再発しており,長期の経過観察が必要である.今回の症例を含めた3例中2例が黄斑上膜を伴っており,黄斑上膜が観察された場合には特に注意を要すると思われた.文献1)KusakaS,FujikadoT,IkedaTetal:Spontaneousdisappearanceoftraumaticmacularholesinyoungpatients.AmJOphthalmol123:837-839,19972)AmariF,OginoN,MatsumuraMetal:Vitreoussurgeryfortraumaticmacularholes.Retina19:410-413,19993)佐久間俊朗,田中稔,葉田野宣子ほか:外傷性黄斑円孔の治療方針について.眼科手術15:249-255,20024)長嶺紀良,友寄絵厘子,目取真興道ほか:外傷性黄斑円孔に対する硝子体手術成績.あたらしい眼科24:1121-1124,20075)KamedaT,TsujikawaA,OtaniAetal:Latereopeningofspontaneouslyclosedtraumaticmacularhole.RetinalCases&BriefReport1:246-248,20076)山本裕樹,佐伯忠賜朗,鷲尾紀彰ほか:外傷性黄斑円孔が自然閉鎖した後に再発がみられた1例.あたらしい眼科29:1291-1393,20127)GassJDM(ed):Post-traumaticmacularholeandfoveolarpit.StereoscopicAtlasofMacularDiseases.4thEdition,p744,Mosby,StLous,1997***(129)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131329