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インフリキシマブ中断後,神経症状が顕性化したBehçet病の1例

2015年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科32(5):755.758,2015cインフリキシマブ中断後,神経症状が顕性化したBehcet病の1例三橋良輔毛塚剛司臼井嘉彦鈴木潤後藤浩東京医科大学眼科学教室ACaseofBehcet’sDiseaseinwhichNeurologicalSymptomsAppearedafterDiscontinuationofInfliximabTreatmentRyosukeMitsuhashi,TakeshiKezuka,YoshihikoUsui,JyunSuzukiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity目的:抗ヒト腫瘍壊死因子(TNF)-a抗体であるインフリキシマブ(INF)はBehcet病によるぶどう膜網膜炎に有効な治療薬であるが,INF治療の自己中断後に,重篤な神経病変をきたした1例を経験したので報告する.症例:38歳,男性.近医よりBehcet病が疑われたため当院を紹介され,INF治療を開始した.INF導入後,眼発作はほぼ抑制され,視力も0.6前後に回復した.その後,計33回にわたる治療を行い経過良好であったが,通院が途絶え,治療が中断された.4カ月後に中枢神経症状が出現し,磁気共鳴画像(MRI)で脳幹に腫瘍を思わせる病変がみられたが,臨床経過から神経Behcet病を疑い,ベタメタゾン内服治療を行った.治療2カ月後に撮像したMRIでは病変は縮小しており,INF治療も再開され,その後は中枢神経症状,眼症状ともに落ち着いている.結論:INF治療の中止に際しては眼症状のみならず,眼外症状の再燃や顕性化にも注意を払う必要がある.Purpose:Infliximab(INF),ananti-humantumornecrosisfactor(TNF)-aantibody,isahighlyeffectivetreatmentforuveoretinitisinBehcet’sdisease.WereportacaseofocularBehcet’sdiseaseinwhichanewneurallesiondevelopedafterdiscontinuationofINFtreatment.Case:A38-year-oldmalewasreferredtoTokyoMedicalUniversityHospitalbecauseofsuspectedocularBehcet’sdisease.WeconfirmedthediagnosisandstartedINFtreatment.Aftertreatmentinitiation,ocularattacksduetoBehcet’sdiseasewerealmostcontrolled,andvisualacuitywasrestoredto0.6.Afterthe33thtreatment,however,thepatientdroppedoutoftreatmentbecauseoffatigue.Fourmonthsaftertreatmentdiscontinuation,amasslesioninthebrainstemwasdetectedbymagneticresonanceimaiging(MRI)atanotherhospital;neuro-Behcet’sdiseasewassuspectedfromtheclinicalcourse.Thepatientwasthentreatedwithoralbetamethasone.Twomonthslater,anMRIscanshowedshrinkageoftheneurallesion,andINFtreatmentwasrestarted.Thereafter,withINFandsteroidtherapy,bothcentralnervousandocularsymptomsofBehcet’sdiseaseimproved.Conclusion:AfterdiscontinuingINFtreatment,itisnecessarytopayattentionnotonlytoeyesymptoms,butalsotorecurrenceormanifestationofextraocularsymptoms.arashiiGanka(JournaloftheEye)32(5):755.758,2015〕Keywords:ベーチェット病,インフリキシマブ,神経ベーチェット病,ぶどう膜炎.Behcet’sdisease,infliximab,neuro-Behcet’sdisease,uveoretinitis.はじめに抗ヒト腫瘍壊死因子(TNF)-a抗体であるインフリキシマブ(INF)の使用が認可されて以来,難治性Behcet病の治療の選択肢が増えた.INFは既存の治療法に比べて,Behcet病による眼炎症発作を強力に抑制することが多数報告されている1.5).しかし,INF治療の中止に伴い症状の再燃や悪化をきたす可能性もある一方,本治療法の中止に関する基準は現在のところ確立されていない.今回筆者らは,INF治療の自己中断後に重篤な神経Behcet病と思われる症状を呈した1例を経験したので報告〔別刷請求先〕三橋良輔:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:RyosukeMitsuhashi,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjyuku,Shinjyukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(145)755 する.I症例患者:39歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:2005年に左眼の視力低下を自覚し,近医受診.網膜静脈分枝閉塞症と診断され,治療を開始されたが,右眼にも同様の症状,所見がみられた.増悪と寛解を繰り返すため,Behcet病が疑われ,2006年2月に東京医科大学眼科に紹介受診となった.初診時眼所見:視力は右眼0.1(矯正不能),左眼0.1(0.2×sph.1.50D),眼圧は右眼12mmHg,左眼14mmHgであった.前眼部所見は前房に炎症細胞は認めなかったが,角膜後面沈着物があり,隅角にはpigmentpelletがみられた.中間透光体に異常はなく,眼底は両眼に視神経乳頭の発赤,黄斑浮腫が認められた(図1).眼外症状は口腔粘膜の再発性アフタ潰瘍,関節痛,カミソリ負けなどの症状がみられた.ヒト白血球抗原(HLA)検索では,HLA-B51陰性,HLA-A26陽性であった.経過:不全型Behcet病と診断し,コルヒチン1mg/日の内服治療を開始した.その後,黄斑浮腫に対してトリアムシノロンのTenon.下注射を施行した.一時,黄斑浮腫の改善を認めたが,初診から3カ月後に右眼の視力低下(0.03),眼底に網膜静脈分枝閉塞症様出血と滲出性変化を伴った眼炎症発作を繰り返した(図2).さらに左眼にも同様の所見がみられたため,プレドニゾロン30mg/日の内服を開始した.しかし,その後も発作と寛解を繰り返すため,翌年の2007年5月よりINF点滴(5mg/kg)単独療法として治療を開始した.その後,小発作を起こすこともあったが,両眼ともに矯正視力0.6まで改善した.しかし,INFを33回施行したが,34回目(2012年2月)に来院せず,治療中断となった.INF中止4カ月後に右片麻痺,構音障害が出現したため,近医脳外科受診となった.造影磁気共鳴画像(MRI)上,T2強調で脳幹部の左側に15mm径の結節病変があり,病変に図1初診時眼底所見両眼の視神経乳頭の発赤と黄斑浮腫を認める.図2眼炎症発作時の眼底所見両眼に網膜静脈閉塞症様の出血と滲出性変化がみられる.756あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(146) 図3神経症状出現時の造影MRI所見脳幹部の左側に15mm径の結節病変(白矢印)があり,結節病図4神経症状発症から2カ月後の造影MRI所見変に沿ってリング状増強効果がみられる.病変部周辺は不規則脳幹部の腫瘤(白矢印)は縮小している.な高信号を呈している.図5神経症状消失後の眼底所見両眼とも視神経乳頭の発赤や黄斑浮腫はなく,経過は落ち着いている.沿ってリング状増強効果がみられた.また,病変周辺に不規則な高信号を呈していた(図3).脳浮腫改善のため,ベタメタゾン4mg,グリセオール200mlを静脈注射された.近医では脳腫瘍が疑われたため,腫瘤精査の目的で東京医科大学病院脳神経外科受診となった.改めて撮像したMRI上,前医受診時と比較し腫瘤の著明な縮小がみられ(図4),さらに不全型Behcet病の既往,ステロイドにより中枢神経症状改善が認められたことから神経Behcet病が疑われた.髄液検査は患者の拒否により施行できなかった.経過中の眼所見は両眼ともに矯正視力0.6であり,炎症所見はみられなかったが(図5),神経Behcet病発現のことも考え合わせ,INF治療を再開した.その後,中枢神経症状の改善を認め,現在に至るまで眼症状,中枢神経症状ともに落ち着いている.II考按神経Behcet病はBehcet病の約10%に認められ,男性が女性に比べて3.4倍多く,なかでも中枢神経症状は発症後6.7年経過して発症することが多いとされる6,7).遺伝的素因としてBehcet病はHLA-B51の保有率が高いことが知られているが,神経Behcet病ではより高いと報告されている6,7).初期症状としては頭痛,頭重感,中枢神経症状としては四肢麻痺,片麻痺,対麻痺,構音障害や複視などがあげられ,後期症状にはうつ病や統合失調症,記名障害などの精神症状がみられることが多い6,7).検査所見としては髄液検査にて髄液圧の上昇,好中球とリンパ球の増加,インターロイキン(IL)-6の上昇がみられる.MRIではT1強調で低信号から等信号,T2強調で高信号を示し,病変部位は大脳皮質,脳幹,脊髄とさまざまであるが,脳幹が多い6,7).治療としてはステロイドが有効とされているが8),近年ではINFが有効という報告もある9.11).慢性進行型神経Behcet病にはステロイド抵抗性の症例もある6).一方,少量のメトトレキサート(MTX)パルス療法が有効との報告もある12).これらの報告も踏まえ,本症例に対してはリウマチ・膠原病内科などとも相談のうえ,INF治療を再開することにした.今回,本症例の腫瘤が発生した原因として,2つの可能性があると考えられた.1つは悪性腫瘍に代表されるINFの(147)あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015757 副作用によるものである.本症例にみられたMRIで脳幹のリング状増強効果を呈する腫瘍には悪性リンパ腫や膠芽腫があげられるが,これらにはステロイドが著効することはなく,原因としては否定的であった.他にもINF治療の副作用として多発性硬化症に代表される脱髄性疾患が報告されているが13,14),そのほとんどはINF治療中に発症しており,本症例ではINF中止から4カ月後に発症したエピソードからも,脱髄性疾患は否定的であった.以上より,INFの副作用による可能性は少ないと考えた.一方で,神経Behcet病にINFが有効との報告から9.11),脳幹に腫瘤性病変が発生した原因として,INFの中断による可能性が考えられた.すなわち,本症例はINF治療中には神経Behcet病が抑制されていたが,自己中断後に顕性化した可能性が考えられた.当症例ではもともと眼外症状として頭痛があり,これが神経Behcet病の初期症状であった可能性も否定はできない.本症例では髄液検査を施行していないが,ステロイドやINF治療に反応がみられたことや,不全型Behcet病の既往より,最終的に本症例にみられた脳幹の病変は神経Behcet病によるものと考えた.現在のところ,眼症状に対するINF治療の中止に関しては明確な基準はないが,本治療法の中止に際しては,眼症状のみならず,眼外症状の再燃や顕性化の可能性にも注意を払う必要があると考えられた.本稿の要旨は第47回日本眼炎症学会(2013)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NakamuraS,YamakawaT,SugitaMetal:Theroleoftumornecrosisfactor-alphaintheinductionofexperimentalautoimmuneuveoretinitisinmice.InvestOphthalmolVisSci35:3884-3889,19942)河合太郎,多月芳彦:Behcetによる難治性網膜ぶどう膜炎に対する抗ヒトTNFaモノクローナル抗体レミケードRの有効性と安全性.眼薬理23:11-17,20093)SuhlerEB,SmithJR,GilesTRetal:Infliximabtherapyforrefractoryuveitis:2-yearresultsofaprospectivetrial.ArchOphthalmol127:819-822,20094)Al-RayesH,Al-SwilemR,Al-BalawiMetal:SafetyandefficacyofinfliximabthrepyinactiveBehcet’suveitis:anopen-labeltrial.RheumatolInt29:53-57,20085)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Efficasy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofinfliximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1368,20046)菊地弘敏,廣畑俊成:神経ベーチェット.リウマチ科40:519-525,20087)KawaiM,HirohataS:CerebrospinalfluidB2-microglobluininneuro-Behcet’ssyndrome.JNeurolSci179:132139,20008)SchmolckH:Largethalamicmassduetoneuro-Behcetdisease.Neurology65:436,20059)HirohataS,SudaH,HashimotoT:Low-doseweeklymethotrexateforprogressiveneuropsychiatricmanifestationsinBehcet’sdisease.JNeurolSci159:181-185,199810)SawarH,McGrathHJr,EspinozaLR:Successfultreatmentoflong-standingneuro-Behcet’sdiseasewithinfliximab.JRheumatol32:181-183,200511)FujikawaK,IdaH,KawakamiAetal:Successfultreatmentofrefractoryneuro-Behcet’sdiseasewithinfliximab:acasereporttoshowitsefficacybymagneticresonanceprofile.AnnRheumDis66:136-137,200712)RibiC,SztajzelR,DelavelleJetal:EfficacyofTNFablockadeincyclophosphamideresistantneuro-Behcetdisease.JNeurolNeurosurgPsychiatry76:1733-1735,200513)WolfSM,SchotlandDL,PhilipsLL:InvolvementofnervoussysteminBehcet’ssyndrome.ArchNeurol12:315325,196514)HirohataS,IshikiK,OguchiHetal:Cerebrospinalfluidinterleukin-6inprogressiveneuro-Behcet’ssyndrome.ClinImmunolImmunopathol82:12-17,1997***758あたらしい眼科Vol.32,No.5,2015(148)