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梅毒による強膜炎の2 例

2022年5月31日 火曜日

《第54回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科39(5):649.654,2022c梅毒による強膜炎の2例播谷美紀伊沢英知南貴紘曽我拓嗣田中理恵東京大学医学部附属病院眼科CTwoCasesofBilateralSyphiliticScleritisTreatedbyIntravenousPenicillinGandTopicalBetamethasoneMikiHariya,HidetomoIzawa,TakahiroMinami,HirotsuguSogaandRieTanakaCDepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospitalC梅毒によるびまん性強膜炎をC2例経験したので報告する.症例C1はC65歳,男性.ステロイド点眼で症状が改善せずに東京大学医学部附属病院(以後,当院)を紹介受診した.両眼のびまん性強膜炎を認め,血液検査で梅毒血清反応(STS)定量C512倍,トレポネーマ抗体陽性を認め,梅毒による強膜炎と考えられた.髄液検査で神経梅毒の合併と診断された.ペニシリンCG点滴治療,ベタメタゾンC0.1点眼を右眼C3回,左眼C2回で開始し強膜炎は改善した.症例C2は65歳,男性.9カ月前に発症した両眼の充血の増悪と前房内炎症があり,当院を紹介受診した.両眼のびまん性強膜炎と強膜菲薄化,前房内細胞C1+,硝子体混濁,眼底に多発する黄白色の斑状病変を認めた.血液検査でCSTS定量C256倍,トレポネーマ抗体陽性を認め,梅毒による強膜ぶどう膜炎と考えられた.髄液検査で神経梅毒の合併と診断された.ペニシリンCG2点滴,ベタメタゾンC0.1点眼をC6回開始後,強膜ぶどう膜炎は改善した.CPurpose:Toreporttwocasesofsyphilis-relatedbilateraldi.usescleritisthatweretreatedbyadministrationofintravenouspenicillinGandbetamethasoneeyedrops.CaseReports:Case1involveda65-year-oldmalewhowasCreferredCtoCtheCUniversityCofCTokyoCHospitalCdueCtoChyperemia.CUponCexamination,CbilateralCdi.useCscleritisCwasCobserved,CandCtheC.ndingsCofCaCserologicCtestCforsyphilis(STS)andCaCtreponemaCpallidumChemagglutinationassay(TPHA)testCwereCbothCpositive.CCerebrospinalC.uidCexaminationCresultedCinCaCdiagnosisCofCneurosyphilis.CIntravenouspenicillinGandbetamethasoneeyedropswereadministered,andthescleritissubsequentlyimproved.Case2involveda65-year-oldmalewhowasreferredtoourhospitalduetohyperemia.Uponexamination,bilater-aldi.usescleritis,scleralthinning,andanteriorchambercellswereobserved.Fundusexaminationrevealedvitre-ousCopaci.cationCandCyellowishCspottyClesions,CandCSTSCandCTPHACtestCresultsCwereCbothCpositive.CCerebrospinalC.uidCexaminationCresultedCinCaCdiagnosisCofCneurosyphilis.CIntravenousCpenicillinCGCandCbetamethasoneCeyeCdropsCwereCadministered,CandCtheCscleritisCsubsequentlyCimproved.CConclusion:WeCexperiencedCtwoCcasesCofCsyphiliticCdi.usescleritisthatweree.ectivelytreatedviatheadministrationofintravenouspenicillinGandbetamethasoneeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(5):649.654,C2022〕Keywords:梅毒,強膜炎,眼梅毒,神経梅毒,駆梅療法.syphilis,scleritis,ocularsyphilis,neurosyphilis,syphi-listreatment.Cはじめに梅毒の眼症状は多彩であり,ぶどう膜炎,網膜炎,乳頭炎,視神経炎,視神経萎縮,結膜炎,上強膜炎,強膜炎などがみられる1,2).前部ぶどう膜炎はC6.1%,中間部ぶどう膜炎はC8.4%,後部ぶどう膜炎はC76.2%,汎ぶどう膜炎はC8.4%,強膜炎はC0.9%3)と報告されており,眼梅毒のなかで強膜炎は比較的まれである.一方,強膜炎の原因としては,関節リウマチ,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilCcytoplasmicantibody:ANCA)関連血管炎,再発性軟骨炎などが多い4.6).強膜炎のC4.6.18%は感染症が原因である3,7,8)が,そ〔別刷請求先〕播谷美紀:〒113-8655東京都文京区本郷C7C-3-1東京大学医学部附属病院眼科医局Reprintrequests:MikiHariya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital,7-3-1Hongo,Bunkyo,Tokyo113-8655,JAPANCのなかでもっとも多い原因はヘルペスウイルス感染4,6,9)と報告されている.強膜炎の原因としても梅毒はまれである.今回,梅毒による強膜炎と診断した症例C2例を経験し,臨床像を検討した.CI症例提示〔症例1〕65歳,男性.主訴:両眼充血.現病歴:17カ月前に上記主訴にて近医を受診し,上強膜炎と診断された.14カ月前に両眼の白内障手術が施行され,術後のステロイド点眼で強膜充血は改善しなかった.9カ月前に眼圧上昇がみられ緑内障点眼を開始された.7カ月前に緑内障点眼下で両眼C30CmmHg以上の高眼圧となり,ステロイド性高眼圧が疑われたため,リンデロン(0.1%)点眼は中止された.その後眼圧はC15CmmHg以下に低下したものの,フルオロメトロン(0.1%)点眼では充血は改善せず,プレドニゾロンC10Cmgが開始された.症状が改善しないため,本人の希望で当院紹介受診となった.既往歴・家族歴に特記すべきものはなかった.初診時,右眼C1.0Cp(1.2C×cyl.0.75DAx70°),左眼C0.2(0.6pC×sph+1.25D(cyl.2.25DAx80°)で,眼圧は右眼C22CmmHg,左眼C16CmmHgであった.両眼にびまん性強膜炎を認めた(図1)が,前房内炎症は認めなかった.左眼の眼底に分層黄斑円孔を認めたが,両眼ともに明らかな網膜病変や硝子体混濁は認めなかった.血液検査を行ったところ,C反応性蛋白(CRP)0.90Cmg/dl,赤血球沈降速度C40Cmm,リウマチ因子C5CIU/ml以下,抗核抗体陽性,抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)0.5CIU/ml以下,抗好中球細胞質抗体(PR3-ANCA)0.5CIU/ml以下,抗シトルリン化ペプチド抗体C0.6CU/ml未満,梅毒血清反応(serologicCtestCforsyphilis:STS)定量512倍,トレポネーマ抗体陽性を認め,梅毒による強膜炎を疑った.本人が遠方在住のため,近医総合病院内科へ紹介し,髄液検査で髄液細胞数がC152/μlと上昇,STS定量C4倍であり神経梅毒の合併と診断された.また,性感染症のスクリーニングも施行され,尿中クラミジア・トラコマティスPCRが陽性となりアジスロマイシン内服治療が開始された.その他CHBs抗原,HCV抗体,HIV抗体,淋菌は陰性だった.アモキシシリンC3,000CmgとプロベネシドC750CmgをC3週間内服したのち,ペニシリンCG2,400万単位/日をC12日間点滴治療され,眼局所治療としてはベタメタゾンC0.1%点眼図1症例1の前眼部写真a,b:初診時の前眼部写真(Ca:右眼,Cb:左眼).びまん性強膜炎を認める.Cc,d:ペニシリンCG点滴開始後C2週間の前眼部写真(Cc:右眼,d:左眼).強膜充血は消失した.図2症例2の前眼部写真a,b:症例C2の初診時の前眼部写真(Ca:右眼,Cb:左眼).びまん性強膜炎を認める.一部強膜は菲薄化している.Cc,d:ペニシリンCG点滴開始後C2週間の前眼部写真(Cc:右眼,Cd:左眼).強膜充血は消失した.強膜菲薄化によりぶどう膜が透見される.を右眼C3回,左眼C2回で開始した.その後,STS定量はC4倍からC1倍へと改善し,両眼のびまん性強膜炎はアモキシシリン開始後約C1週間で軽快した.両眼のびまん性強膜炎の軽快に伴い,ベタメタゾン点眼を中止したが,その後C3カ月間再発なく当科は終診となった.〔症例2〕65歳,男性.主訴:両眼充血.現病歴:9カ月前に両眼充血で近医眼科を受診するも改善せず,3カ月前に別の眼科を受診し,強膜炎を指摘され,ベタメタゾンC0.1%点眼両眼C4回が開始となった.2週間前に両眼の充血の増悪と前房内細胞を認めたため精査加療目的に当科紹介となった.既往歴は高血圧とCC型肝炎治療後であった.初診時の矯正視力右眼C0.3(1.0CpC×cyl.3.00DCAx90°),左眼C0.3Cp(0.6C×sph.0.50D(cyl.2.50DAx105°),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C13CmmHgであった.両眼のびまん性強膜充血と一部に強膜菲薄化を認めた(図2).両眼の前房内細胞C1+で,左眼には微細角膜後面沈着物を認めた.両眼の眼底にびまん性硝子体混濁C1+,左眼眼底優位に多発する黄白色の斑状病変を認めた(図3).斑状病変は,光干渉断層計検査にて網膜色素上皮の結節状の隆起と,ellipsoidzoneの不明瞭化を認めた(図4).蛍光眼底造影検査では,両眼に早期から後期にかけて点状の組織染,一部過蛍光領域を認めた(図5).また,早期から後期にかけて視神経乳頭の蛍光増強を認めた.血液検査では,CRP0.41Cmg/dl,赤血球沈降速度36mm,リウマチ因子5IU/ml以下,抗核抗体陰性,MPO-ANCA0.5CIU/ml以下,PR3-ANCA0.6CIU/ml,抗シトルリン化ペプチド抗体C0.6CU/ml未満,STS定量C256倍,トレポネーマ抗体陽性を認め,梅毒による強膜ぶどう膜炎を疑った.当院感染症内科へ紹介し,髄液検査にて髄液細胞数がC76/μlと上昇,STS16倍であり神経梅毒の合併と診断された.またCHCV抗体は陽性,その他のCHBs抗原,HBs抗体,HIV検査は陰性だった.治療としてペニシリンCG2,400万単位/日をC14日間点滴,ベタメタゾンC0.1%を両眼C6回で開始し,両眼充血は約C2週間で消失,両眼の硝子体混濁はC1カ月でほぼなくなり,眼底の黄白色病変も軽快した.ベタメタゾン点眼は漸減し,治療開始後C4カ月で当院終診となった.図3症例2の眼底写真両眼に硝子体混濁C1+,眼底に多発する黄白色の斑状病変を認めた.図4症例2の左眼眼底に認めた黄白色斑状病変の光干渉断層像網膜色素上皮の結節状の隆起と,ellipsoidzoneの不明瞭化を認めた.II考按今回の症例は,ステロイド点眼で長期間改善しない両眼充血を主訴に紹介受診となったC2症例で,どちらも両眼性にびまん性強膜炎を認めた.血液検査で梅毒が原因として疑われ,髄液検査にて神経梅毒の合併も認めた.ペニシリン全身投与による駆梅療法が施行され,びまん性強膜炎はC2週間ほどで改善し,その後の強膜炎の再発もなかったことから梅毒性強膜炎であったと推測される.梅毒は梅毒トレポネーマによる感染症である.2000年代から世界中でその感染数が再増加3)しており,とくに男性間での接触感染,ドラッグ使用者によるもの,HIV感染の合併例が多いとされる2).眼梅毒も再増加が指摘されており3),眼痛,視野欠損,飛蚊症,光視症,眼圧変動,羞明といったさまざまな症状が生じる1).ほぼすべての眼構造が影響を受けるため,角膜実質炎,中間部ぶどう膜炎,網脈絡膜炎,網膜血管炎,網膜炎,神経周囲炎,乳頭炎,球後視神経炎,視神経萎縮,視神経ゴム腫などが認められる13).梅毒のどの病期でも眼病変は生じうるが,とくに第C2期,第C3期梅毒の眼梅毒が多い10).そのなかで梅毒性強膜炎はまれであり1,3),強膜炎のタイプとしても結節性強膜炎が多い10.14)とされるが,今回のC2症例はびまん性強膜炎であった.また,症例C2は梅毒性強膜ぶどう膜炎であり,梅毒の多彩な病変がうかがえる.梅毒のおもな感染経路は性行為による接触感染である.症例C1の感染経路については,他院内科で治療されており,詳細不明である.症例C2については不特定多数の異性との性的接触が原因として考えられる.既報では梅毒第C2期の患者約C25%に中枢神経系障害が起こりうるとされる13).両症例とも神経梅毒の合併を認めたた図5症例2の蛍光造影検査両眼性に早期から後期にかけて点状の組織染,staining,一部過蛍光領域を認めた.また早期から後期にかけて視神経乳頭の蛍光増強を認めた.め,それぞれの症例の病期について考察した.症例C1は両眼充血が生じてから当科初診までC17カ月,症例C2については両眼充血が生じてからC9カ月経過していた.両症例とも皮膚症状などの他症状はあまりみられず全身状態は良好であった.神経梅毒と眼梅毒ともにどの病期でも起こりうるが,第2期の潜伏期か第C3期の可能性が高いと考えられた.また,眼梅毒であるC68人の患者のC46%が髄液検査を施行され,そのC1/4で神経梅毒が明らかになった2)ことから,眼梅毒と診断した場合には髄液検査による神経梅毒の精査が重要である.神経梅毒合併時の治療はペニシリン全身投与によりC1カ月以内で改善する10,11,13,14)とされ,今回のC2症例とも両眼強膜炎はC2週間程度で速やかに改善し,神経梅毒も改善がみられ有効であったと考える.眼病変に対する局所治療については,局所のみのステロイド使用例では改善と再発を繰り返したという報告14)があり,筆者らの症例でも前医でステロイド点眼が開始されていたものの改善がみられず当科に紹介となっていた.強膜炎を認めた場合,梅毒も鑑別疾患の一つとして考え,全身検査を施行する必要がある.そして梅毒と診断された場合は,ペニシリン全身投与による全身治療が必要である.今回,筆者らは血液検査により梅毒が原因として疑われ,駆梅療法で速やかに改善し,梅毒による強膜炎と診断したC2例を経験した.既報では結節性強膜炎の報告が多いが,2例ともびまん性強膜炎であった.強膜炎の原因疾患としては梅毒の頻度は高くないが,梅毒も強膜炎の鑑別疾患の一つとして忘れてはならない.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DuttaMajumderP,ChenEJ,ShahJetal:Ocularsyphi-lis:AnCupdate.COculCImmunolCIn.ammC27:117-125,C20192)MargoCE,HamedLM:Ocularsyphilis.SurvOphthalmolC37:203-220,C19923)FurtadoCJM,CArantesCTE,CNascimentoCHCetal:ClinicalCmanifestationsandophthalmicoutcomesofocularsyphilisatCaCtimeCofCre-emergenceCofCtheCsystemicCinfection.CSciCRepC8:12071,C20184)TanakaCR,CKaburakiCT,COhtomoCKCetal:ClinicalCcharac-teristicsandocularcomplicationsofpatientswithscleritisinJapanese.JpnJOphthalmolC62:517-524,C20185)WieringaCWG,CWieringaCJE,CtenCDam-vanCLoonCNHCetal:Visualoutcome,treatmentresults,andprognosticfac-torsCinCpatientsCwithCscleritis.COphthalmologyC120:379-386,C20136)SainzCdeClaCMazaCM,CMolinaCN,CGonzalez-GonzalezCLACetal:Scleritistherapy.OphthalmologyC119:51-58,C20127)HemadyCR,CSainzCdeClaCMazaCM,CRaizmanCMBCetal:SixCcasesofscleritisassociatedwithsystemicinfection,AmJOphthalmologyC114:55-62,C19928)WatsonCPG,CHayrehSS:ScleritisCandCepiscleritis.CBrJOphthalmolC60:163-191,C19769)MurthyCSI,CSabhapanditCS,CBalamuruganCSCetal:Scleritis:Di.erentiatingCinfectiousCfromCnon-infectiousCentities,IndianJOphthalmolC68:1818-1828,C202010)CaseyCR,CFlowersCCM,CJonesCDDCetal:AnteriorCnodularCscleritisCsecondaryCtoCsyphilis.CArchCOphthalmolC114:C1015-1016,C199611)WilhelmusCKR,CYokohamaCM:SyphiliticCepiscleritisCandCscleritis.AmJOphthalmolC104:595-597,C198712)EscottCSM,CPyatetskyD:UnilateralCnodularCscleritisCsec-ondarytolatentsyphilis.ClinMedResC13:94-95,C201513)ShaikhCSI,CBiswasCJ,CRishiP:NodularCsyphiliticCscleritisCmasqueradingCasCanCocularCtumor.CJCOphthalmicCIn.ammCInfectC5:8,C201514)GoelCS,CDesaiCA,CSahayCPCetal:BilateralCnodularCsclero-keratitisCsecondaryCtoCsyphilis-ACcaseCreport.CIndianCJCOphthalmolC68:1990-1993,C2020***

網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(105)8550910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):855859,2008cはじめにペニシリンによる駆梅療法が確立し,梅毒性ぶどう膜炎を診療現場で治療する機会は少なくなっている.しかし,近年梅毒は再び増加傾向にあるとされ1,2),ぶどう膜炎の原因として周知する必要がある.一般に梅毒性ぶどう膜炎は梅毒第二期または第三期にみられ3,4),臨床症状は多彩で特徴的な所見に乏しいとされている57).しかし,後眼部病変としては脈絡網膜炎が一般的とされ,ごま塩眼底(pepper-and-saltfundus)は鎮静化した脈絡膜炎の所見としてよく知られている8).今回,脈絡膜炎ではなく,視神経炎/網膜血管炎で発症した梅毒性ぶどう膜炎の1症例を経験した.ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の重複感染はなかったが,神経梅毒を合併し,通常の駆梅療法に抵抗したので以下に報告する.I症例患者:37歳,男性.主訴:左眼の視力低下および左眼窩深部痛.現病歴:2006年7月上旬より主訴を自覚し,同月21日に〔別刷請求先〕原ルミ子:〒675-8611加古川市米田町平津384-1加古川市民病院眼科Reprintrequests:RumikoHara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KakogawaMunicipalHospital,384-1Hiratsu,Yoneda-cho,Kakogawa675-8611,JAPAN網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例原ルミ子*1三輪映美子*1佐治直樹*2安積淳*3*1加古川市民病院眼科*2兵庫県立姫路循環器病センター神経内科*3神戸大学大学院医学系研究科外科系眼科学分野ACaseofRetinitisinaPatientwithSyphilisRumikoHara1),EmikoMiwa1),NaokiSaji2)andAtsushiAzumi3)1)DepartmentofOphthalmology,KakogawaMunicipalHospital,2)DepartmentofNeurology,HyogoBrainandHeartInstitute,3)DepartmentofSurgeryRelatedDivisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine:梅毒性ぶどう膜炎の一般的臨床所見は脈絡網膜炎とされている.症例報告:37歳,男性.左眼視力低下と眼窩深部痛を自覚し近医を受診,精査加療目的にて加古川市民病院眼科へ紹介された.左眼眼底に視神経乳頭の発赤腫脹と黄斑浮腫を認め,黄斑耳側の血管は強く白鞘化し,網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血があった.梅毒血清反応が高値である以外に異常はなく,梅毒性ぶどう膜炎と診断した.髄液検査結果から神経梅毒の合併も確認された.従来のペニシリン内服治療では眼底所見の改善が得られず,神経梅毒の治療に準じたペニシリン大量点滴治療(ステロイド内服併用)で病勢の収束が得られた.結論:網膜病変の強い梅毒性ぶどう膜炎では,神経梅毒に準じてより強力な治療法を選択する必要があると思われた.Background:Chorioretinitisisacommonpresentationofacquiredsyphiliticuveitis.CaseReport:A37-year-oldmalevisitedanophthalmologistwithacomplaintofblurredvisionofthelefteyewithdeeporbitalpainandwasreferredtoKakogawaMunicipalHospitalforfurtherexaminationandtreatment.Onexamination,hislefteyehaddiscswellingwithhyperemiaandmacularedema.Perivascularexudateswereseenassociatedwithbranchretinalveinocclusion-likeretinalhemorrhageatthetemporalretina.Syphiliticuveitiswasdiagnosedbasedonthelackofanyspecicndingotherthanpositiveresultsofserologyforsyphilis.Thediagnosiswasnarrowedtoneu-rosyphiliswhenresultsofserologictestingofspinaluidwerepositiveforsyphilis.Uveitiswasnotcontrolledbytheusualantiluetictherapybutdisappearedafterhigh-doseintravenouspenicillinandoralcorticosteroidmedica-tion.Conclusions:Incasesofsyphiliticuveitisinwhichtheretinaandopticdiscaremainlyaected,high-dosetherapysuchashasprovenusefulforneurosyphilisshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):855859,2008〕Keywords:梅毒,脈絡網膜炎,神経梅毒,ペニシリン大量点滴治療.syphilis,chorioretinitis,neurosyphilis,mas-sivedosetherapywithpenicillin.———————————————————————-Page2856あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(106)がみられたが,網膜細静脈の淡い過蛍光は網膜全周性にみられた(図3).Goldmann動的量的視野(GP)検査では右眼に異常はなく,左眼では視神経病変および血管病変に一致した,Mariotte盲点から連続する水平性比較暗点が検出された(図4).限界フリッカー値(CFF)は右眼39Hz,左眼25Hzであった.全身検査所見:胸部X線では異常所見がなく,ツベルクリン反応は陰性で,そのほか血液,生化学検査でも異常はなかった.梅毒血清反応で脂質抗原試験(rapidplasmareagin:RPR)法32倍,ガラス板法8倍,血清トレポネーマ抗原試験(treponemapallidumhemagglutinationassay:TPHA)法が10,240倍と高値を示していた.HIV検査は陰性であった.経過:梅毒性ぶどう膜炎と診断し皮膚科を受診させたが,梅毒を疑わせる皮疹などはないとされた.2006年8月2日より5週間の予定で合成ペニシリンであるアモキシシリン近医を受診したところ,視神経乳頭の発赤腫脹を指摘された.精査加療目的にて同月24日,加古川市民病院眼科へ紹介され受診した.既往歴:右眼不同視弱視(未治療).初診時所見:視力は右眼0.06(0.1×sph+9.0D),左眼0.2(0.3×sph+0.75D),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgであった.前眼部所見では左眼の前房に中等度の炎症細胞と角膜後面沈着物がみられたが,前房蓄膿やフィブリン形成などはなく,中間透光体では軽度の炎症細胞浸潤を伴う硝子体混濁があった.左眼眼底には視神経乳頭の発赤腫脹と黄斑浮腫を認め,黄斑耳側の血管は強く白鞘化し,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)様の網膜出血があった(図1).右眼に異常はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)検査では右眼に異常はなかったが,左眼には造影初期から視神経乳頭からの強い蛍光漏出があり,徐々に増強した(図2).造影後期にかけて,黄斑耳側の白鞘化した網膜静脈からは強い蛍光漏出図1初診時の左眼眼底所見視神経乳頭の発赤腫脹と耳側静脈の白鞘化・網膜静脈分枝閉塞症様の出血を認める.図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)所見(造影初期)視神経乳頭からの強い蛍光漏出を認める.図3初診時の左眼FA所見(造影後期)白鞘化した網膜静脈からの強い蛍光漏出,網膜全体の網膜細静脈からの淡い過蛍光を認める.図4初診時の左眼Goldmann動的量的視野検査視神経および血管病変に一致した水平性比較暗点がみられた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008857(107)II考按厚生労働省の「性感染症サーベイランス研究班」の報告書1)によると,19982000年にかけてわが国では年間4,0005,000例の新規梅毒患者が発生したと推定されている2).一般に免疫反応の確立にもかかわらず,感染が全身に拡大する第二期梅毒(感染後12週2年)の4.6%にぶどう膜炎を発症するとされている10)ので,眼科医は一定頻度で梅毒性ぶどう膜炎に遭遇すると思われる.本症例では高度な網膜血管の白鞘化とBRVO様の出血があり,はじめ結核性のぶどう膜炎が疑われた.しかし,ツベルクリン反応が陰性で,胸部X線でも結核を示唆する陰影はなかった.サルコイドーシスやBehcet病も鑑別にあげられたが,臨床経過や各種検査所見は厚生労働省の診断基準を満たさなかった.一方,血清学検査で梅毒反応は陽性であり,梅毒性ぶどう膜炎と診断し駆梅療法を開始した.しかし,通常の駆梅療法(アモキシシリン内服2週間)では臨床所見に変化がみられず,神経梅毒の治療(ペニシリン大量点滴治療(ステロイド内服併用))の開始後,病勢が急速に衰えた.髄液の血清学検査所見も改善し,最終的に神経梅毒を合併した梅毒性ぶどう膜炎と診断した.なお,神経梅毒とは梅毒トレポネーマ(Treponemapallidum:T.pallidum)が中枢神経に感染し,髄膜,血管,さらに脳脊髄の実質を障害する一連の病態の総称である.神経梅毒の診断基準は1.梅毒血清反応が陽性,2.髄液の炎症所見がある(細胞数および蛋白質の増加),3.髄液中の梅毒血清反応が陽性,4.神経症状があるもの,とされている11).本症例はこの神経梅毒の診断基準をすべて満たしていた.梅毒感染後未治療の場合はその約5%に神経梅毒を発症するといわれている12)が,実際には神経症状がなくとも30%に髄液の異常があるとされて(750mg/日)の経口投与を開始した.同月16日(治療開始2週目)の梅毒血清反応はRPR法2倍,TPHA法640倍と治療効果を認めたが,視力は左眼0.15(0.3)で,眼底所見の改善傾向がなかった.一方,神経梅毒の合併も疑い,同月17日に兵庫県立姫路循環器病センター神経内科を受診させた.神経学的検査では神経伝達速度に異常はなかったが,上下肢の振動覚が低下していた.髄液検査ではリンパ球主体の細胞数の増加と蛋白質の増加があり(表1),髄液中のTPHA2,560倍,uorescenttreponemaantibodyabsorp-tion(FTA-ABS)が80倍と高値であったため神経梅毒と診断され,CentersforDiseaseControlandPrevention(以下,CDC)の神経梅毒の治療ガイドライン9)に準じた治療が開始された.同月18日よりペニシリン大量点滴(注射用ベンジルペニシリンカリウム;2,400万単位/日)をプレドニゾロン内服(30mg/日)と併用して開始した.治療開始後網膜静脈の白鞘化が消失し,同時に髄液検査所見(表2)と神経学的検査所見も改善した.しかし,視神経乳頭上に新生血管が生じ,FA検査では耳側網膜の無灌流領域が出現したため網膜光凝固術を施行した.その後,黄斑部および上方網膜に増殖変化が起こり一部牽引性網膜離も出現した(図5).光干渉断層計(OCT)でも黄斑上の強い増殖変化と牽引による黄斑浮腫が確認された.FA検査では全体の炎症は消退していたが,強い増殖変化を生じていた.視力も左眼0.2(0.2)と改善がみられなかったため,11月30日に硝子体手術を施行した.現在までに視神経乳頭の発赤腫脹および静脈の拡張は消失した.GPでは初診時の比較暗点が消失し,CFFも左眼38Hzと改善した.左眼視力は(0.9)である.図5ペニシリン大量点滴治療後の左眼眼底所見黄斑上方網膜にかけての強い増殖変化と一部牽引性網膜離を認める.耳側網膜には網膜光凝固術が施行されている.表1ペニシリン大量点滴治療前の髄液検査所見(2006年8月17日)細胞数628/3↑リンパ球主体(基準値015個)糖41mg/dl(基準値5075mg/dl)蛋白質83.1mg/dl↑(基準値1041mg/dl)TPHA2,560倍↑(基準値10未満)FTA-ABS80倍↑(基準値1未満)リンパ球主体の細胞数の増加と蛋白質の増加を認める.TPHA:treponemapallidumhemagglutinationassay,FTA-ABS:uorescenttreponemaantibodyabsorption.表2ペニシリン大量点滴治療後の髄液検査所見(2006年9月21日)細胞数84/3(基準値015個)糖53mg/dl(基準値5075mg/dl)蛋白質44.6mg/dl(基準値1041mg/dl)TPHA80倍(基準値1.0未満)FTA-ABS5倍(基準値4.0以下)細胞数の軽度増加はあるが,治療前に比べ著明に減少している.また,蛋白質はほぼ正常域である.———————————————————————-Page4858あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(108)浮腫をきたした場合にはステロイドが必要ではないかという報告2022)もある.実際にはステロイド併用なしで治癒した報告2325)も多い.今後,ステロイドの併用に関しても検討の余地がある.以上,神経梅毒を合併した梅毒性ぶどう膜炎の1例を報告した.一般の駆梅療法が奏効しない視神経炎/網膜血管炎が強い梅毒性ぶどう膜炎においては,神経梅毒の合併を常に念頭におき,治療にあたるべきである.文献1)熊本悦明,塚本泰司,利部輝男ほか:日本における性感染症(STD)流行の実態調査─2000年度のSTD・センチネル・サーベイランス報告─.性感染症学雑誌13:147-167,20022)橋戸円,岡部信彦:わが国における性感染症の現状.化学療法の領域21:1083-1089,20053)KanskiJJ:Uveitis.p34-39,Butterworths,London,19874)松尾俊彦:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼57:191-195,20035)後藤浩:全身疾患と眼性感染症と眼.眼科45:335-342,20036)横井秀俊:硝子体・網膜病変の診かた(2)梅毒.眼科46:1527-1532,20047)鈴木重成:梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス47,感染性ぶどう膜炎の病因診断と治療(臼井正彦編),p14-18,文光堂,19998)Duke-ElderS,PerkinsES:Diseaseoftheuvealtract.SystemofOphthalmology,Ⅸ,p297-321,HenryKimpton,London,19669)CentersforDiseaseControlandPrevention:1998Guide-linesfortreatmentofsexuallytransmitteddiseases.MMWRMorbMortalWklyRep47(RR-1):1-118,199810)MooreJE:Syphiliticiritis.Astudyof249patients.AmJOphthalmol14:110-126,193111)松室健士,納光弘:炎症性疾患スピロヘータ感染症梅毒トレポネーマ.別冊領域別症候群シリーズ神経症候群Ⅰ.日本臨牀26:615-619,199912)VermaA,SolbrigMV:Syphilis,Bradley,NeurologyinClinicalPractice.p1496-1498,Butterworth,Philadelphia,200413)高津成美:真菌,スピロヘータ,原虫および寄生虫感染神経梅毒.ClinNeurosci23:801-803,200514)松村雅義,中西徳昌:HIV感染と合併した梅毒性ぶどう膜炎の2例.臨眼49:979-983,199515)TamesisRR,FosterCS:Ocularsyphilis.Ophthalmology97:1281-1287,199016)ChessonHW,HeelngerJD,VoigtRFetal:EstimatesofprimaryandsecondarysyphilisrateinpersonswithHIVintheUnitedStates,2002.SexTransmDis32:265-269,200517)占部冶邦:最近の性病の傾向と治療の進歩梅毒.臨床と研究70:408-412,199318)後藤晋:疾患別くすりの使い方梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス11,眼科治療薬ガイド(本田孔士編),p138-139,文光堂,1994いる13).梅毒性ぶどう膜炎はT.pallidumが血流を介して眼内組織に到達し,炎症が惹起された病態である.一般に臨床症状は虹彩毛様体炎や脈絡網膜炎など多彩で,特徴的な所見はないとされる57).しかし,梅毒が散見された時代の古典的成書によれば,梅毒性ぶどう膜炎の一般型は脈絡網膜炎であり,脈絡膜毛細血管板からの炎症細胞浸潤がBruch膜/網膜色素上皮を侵して進展する8)とされている.一方,本症例は視神経乳頭病変や高度に白鞘化した網膜静脈炎があり,FA検査では乳頭上新生血管や静脈壁の染色がみられた.視野ではMariotte盲点と連なる水平性半盲があり,最終的に血管新生を伴う増殖性変化から硝子体手術を要した.これらは,本症例の病巣の主座が視神経や網膜血管にあったことを示唆しており,上述した梅毒性ぶどう膜炎の一般的臨床所見と異なる.こうした臨床像は近年のHIV感染を伴う梅毒性ぶどう膜炎に類似例をみつけることができる14).HIV感染が早くから社会問題化した米国では,梅毒とHIVとの重複感染に警鐘がならされてきた15).HIV感染者では梅毒性ぶどう膜炎の頻度が非感染より有意に高いこと,神経梅毒を早期から発症しやすいこと16)がよく知られている.本症例でHIV感染は証明されなかったが,感染の比較的早い時期に神経梅毒を発症しており,こうした場合梅毒性ぶどう膜炎は視神経や網膜を主座とする病巣を形成しやすいのではないか,と思われた.一般に駆毒治療に関しては,感染後2年以内の早期梅毒では十分なペニシリンを少なくとも10日間投与すればT.pal-lidumが死滅し,梅毒は完治すると証明されている17).梅毒性ぶどう膜炎についても梅毒第二期以降に出現するため,治療は一般の駆梅療法第二期に準じて行うとされている18).しかし,神経梅毒ではより強力な治療が必要とされる.CDCの神経梅毒の治療ガイドライン9)によれば,水性ペニシリン静脈注射(以下,静注)(ペニシリンG1,800万2,400万単位/日)を1014日間施行することが推奨されている.これはPolnikornら19)が水性ペニシリン静注(ペニシリンG2,400万単位/日),および水性ペニシリン静注(ペニシリンG200万単位/日)とプロベネシド内服(2g/日)を施行した症例で,T.pallidumに殺菌的に作用する髄液ペニシリン濃度が検出されたとの報告などに則っている.本症例では通常の駆梅療法で十分な治療効果を得られず,神経梅毒の治療開始後に病勢の収束をみた.網膜や視神経は中枢神経系と連続性のある組織である.本症例のように脈絡網膜炎ではない,視神経炎/網膜血管炎とすべき梅毒性ぶどう膜炎には,神経梅毒に準じて初期からペニシリン大量点滴治療が選択されるべきである,と思われた.今後,症例を重ねて検証する必要がある.なお,副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)の併用に関しては統一した見解はなく,特に視神経症や胞様黄斑———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008859(109)どう膜炎(田野保雄編),p122-123,メジカルビュー社,199923)新井根一,滝昌弘,稲葉浩子:視神経網膜炎で発見された2期梅毒の1例.臨眼61:197-201,200724)中山亜紀,高橋康子,大島隆志ほか:梅毒性網脈絡膜炎の4例.眼紀43:991-997,199225)菅英毅,岩城陽一:梅毒性ぶどう膜炎の1例.臨眼49:1453-1455,199519)PolnikornN,WitoonpanichR,VorachitMetal:Penicillinconcentrationsincerebrospinaluidafterdierenttreat-mentregimensforsyphilis.BrJVenterDis56:363-367,198020)玉置泰裕:梅毒性視神経網脈絡膜炎の2例.臨眼45:113-117,199121)吉川啓司,馬場裕行,井上洋一ほか:梅毒性ぶどう膜炎の1例.眼紀40:2167-2174,198922)安藤一彦:梅毒.新図説臨床眼科講座第7巻,感染症とぶ***