《原著》あたらしい眼科33(12):1784?1788,2016c侵襲の少ない硝子体内注射用針の開発永井由巳*1髙橋寛二*1篠田明宏*2久呉高博*2*1関西医科大学眼科学教室*2南部化成株式会社DevelopmentofInvasiveSmallIntravitrealInjectionNeedleYoshimiNagai1),KanjiTakahashi1),AkihiroShinoda2)andTakahiroKugo2)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2)NanbuPlasticsCO.,LTD.近年,眼科診療において血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の作用を抑制する抗VEGF薬の硝子体内投与の件数が増加している.個々の症例への投与回数も複数回になることが多く,注射時の患者の疼痛緩和や安全性の向上が望まれる.そこで筆者らは,穿刺時抵抗を低く抑える針の開発を行った.Inophthalmicpractice,recentyearshaveseenanincreaseinthenumberofintravitrealanti-VEGFdruginjectionsthatinhibittheeffectsofvascularendothelialgrowthfactor.Byloweringthepunctureresistanceoftheneedleatthetimeofinjection,itcanbeexpectedthatinjectionscanbeincreasedinbothnumberandsafety,andthatpatientpaincanbealleviated.Wethereforedevelopedaneedleforloweringinjectionresistance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(12):1784?1788,2016〕Keywords:抗VEGF薬,硝子体内注射,注射針,穿刺時抵抗,注射時疼痛.anti-VEGFdrug,intravitrealinjection,needle,resistanceatthetimeofinjection,painatthetimeofinjection.はじめに近年,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の作用を阻害する抗VEGF薬が登場し,眼底疾患,とくに黄斑疾患の治療における硝子体内注射の件数が増加している.最初は加齢黄斑変性のみであった適応疾患も近視性血管新生黄斑症,網膜中心・分枝静脈閉塞症や糖尿病網膜症による黄斑浮腫へと広がり,今後さらに硝子体内注射の件数は増加するものと考えられる.この硝子体注射はどの施設も同じような方法で行っており1),その際に使用する眼科用針は一般的には30ゲージ(G)針であることが多いが,複数回行うことが多い硝子体内注射による強膜などの組織損傷や穿刺時の抵抗を軽減させ,患者の疼痛も緩和するために,さらにゲージの細い針を開発することは重要である.すでに30G針よりも細い針について報告されているが2?4),筆者らはさらに刺入時抵抗が小さく穿刺時疼痛を緩和するうえで,以下の①?③に示すような特徴をもつ31G針の開発に取り組んだ.①従来の針(30G針)よりも切れ味がよく,細いことによる低侵襲性の実現.②穿刺時の抵抗を小さくすることによる痛みと怖さの低減.③針の長さを適正化することによる針先が刺入部の対側網膜に到達するリスクの低減.I開発した針の仕様および評価方法1.針の仕様現在一般的に多く使われている30Gよりも細い31Gの硝子体内注射用針(以下,31G針)を開発した.仕様を表1に示す.今回,比較に用いた30G針は,ニプロ社製ディスポーザブル眼内注射針(30G:製品コード00-221:以下,30G針)である.外径は30G針が0.30mmなのに対し,31G針では0.26mm(?13.3%)である.内径は0.13mmから0.16mm(+23.1%)に拡大し,薬剤注入時の抵抗が小さくなるようにした.針の長さを31G針は12mmにし,穿刺時に対側の網膜を誤って刺すリスクを低下させ,より安全性を高めた(表1).2.評価方法評価は下記の3つの方法により実施し,30G針と比較した.1)ポリウレタンフィルムを使用して,切れ味,針が各部位を通過するときの穿刺時抵抗を測定して各針の評価を行った.また,ポリウレタンフィルムの穿刺痕を観察し,これについても両針の比較評価を行った.2)実際の生体への穿刺に近いものとして,入手が可能である豚眼への刺入時の穿刺時抵抗を測定し評価した.3)実際に31G針で患者に硝子体注射を行い,医師と患者に聞き取り調査を行った.なお,穿刺時抵抗の測定にあたっては,30G針,31G針のどちらの針も構造的に先端部,ジャンクション部,アゴ部,胴部とがあるので,その部位ごとの抵抗値を測定した(図1).1)試験用フィルムの選定と穿刺時抵抗の測定①硬度と厚さの異なるポリウレタンフィルムを数種用意した.②30G針を用意したポリウレタンフィルムに穿刺し,実際の硝子体注射時とほぼ同じ穿刺時の感覚のポリウレタン使用することとした.③穿刺時抵抗を測定するにあたって,イマダ社製の最大荷重5Nのデジタルプッシュプルゲージを装着したオートグラフ/万能試験機を使用した.測定時の穿刺速度は20mm/minとし,ポリウレタンフィルムに対して30G針と31G針の両者を垂直に穿刺し,それぞれの抵抗値を測定した(図2).測定はそれぞれの針について5回とした.④穿刺時にできる穿刺痕をそれぞれの針について計測した.穿刺した後のポリウレタンフィルムを縦方向に伸長して穿刺口を開口させ,穿刺痕の写真撮影を行った.2)豚眼による穿刺時抵抗測定①今回の穿刺時抵抗測定に使用する豚眼は,摘出してから28?30時間以内のものを使用した.②穿刺方法は,ポリウレタンフィルムのときと同じように,30G針と31G針で各々5眼ずつ行った.穿刺時抵抗測定は,イマダ社製のデジタルプッシュプルゲージを使用し,測定時の穿刺速度は20mm/minとして豚眼に垂直に刺さるように穿刺した(図3).③豚眼は測定当日に豚処理施設で豚眼摘出後,保冷容器に入れて研究施設へ持ち帰ったものを利用した.個体間,摘出からの経過時間による影響が大きいことも考えられたので,豚眼の摘出後の経過時間(4?6時間,10?12時間,22?30時間,35?37時間)による穿刺時抵抗への影響も確認した.3)臨床症例における使用今回,31G針を関西医科大学附属病院眼科で硝子体注射を受けた患者40人に使用した(今回使用した31G針はすでに眼科硝子体内注射用針としての使用認可取得済み).10名の医師がそれぞれ4名の患者に使用した.眼球刺入時の抵抗について各医師から注射後の聞き取りを行い,注射された患者には,これまでの注射時の痛みとの比較を聞き取り調査した.患者には従来の30G針から31G針に変更しての注射であることは告げずに行った.II測定結果1.試験用フィルムによる穿刺時抵抗の測定結果ポリウレタンフィルムに30G針,31G針を穿刺した結果を図4と表2とに示す.両者とも穿刺すると先端部,ジャンクション部と抵抗値が上がり,アゴ部が穿通するときに最大の抵抗値を示した.それぞれの針についての実測値は表2のとおりであるが,F0(先端部)の穿刺時抵抗は30G針に比べて31G針では36%低減しており,穿刺時抵抗およびストロークが小さくなっていることから切れ味が改善されていることがわかる.F1(ジャンクション部)先端刺入後からジャンクション部を乗り越えるまでの穿刺時抵抗については30%低減しており,この部位でも抵抗が改善されていた.F2(アゴ部)については30G針,31G針ともに同等の値を示した.F3(胴部)についての穿刺時抵抗は,30G針より31G針で17%低減していた.2.試験用フィルム穿刺口の観察結果穿刺時に使用したポリウレタンフィルムに開けられた穿刺痕を30G針と31G針とで5眼ずつ比較した.測定は,穿刺試験で使用したポリウレタンフィルム(t=0.3mm)をクリップで挟み込み,屈曲した箇所に,垂直方向からに針を穿刺し,穿刺痕が少し開いている状態を作り,穿刺箇所をマイクロスコープにより拡大計測した.従来の30G針ではカット長が平均0.285mm(0.244?0.273mm;SD=0.010)であったのに対して,今回の31G針のカット長は平均0.235mm(0.219?0.238mm;SD=0.007)とカット長が0.05mm有意に短くなっていた(p=0.0018<0.01)(図5).3.豚眼による穿刺時抵抗の測定結果30G針と31G針とにおける測定結果を図6と表3とに示す.両者の針による穿刺時抵抗値はポリウレタンフィルムにおける結果と同じように,30G針のときよりも31G針のときのほうが低い値を示し,31G針の最大穿刺時抵抗値は46%低減していた.4.豚眼の抽出経過時間による穿刺時抵抗への影響確認試験結果豚眼の死後摘出時間と穿刺時抵抗値との関係を図7と表4に示す.死後から摘出時間が長いほど,30G針,31G針ともに最大穿刺時抵抗値は高くなったが,31G針の穿刺時抵抗のほうが低い値を示した.5.臨床症例での結果今回,31G針を延べ40名の患者に使用したが,使用した10名の医師すべてから,従来の30G針よりも刺入時の抵抗が少なく,抜去時の刺入部からの逆流もほとんど認めなかったという回答を得た.また,この31G針で注射を受けた患者の半数で,これまでの注射時よりも痛みが小さいとの感想であった.III考察近年,加齢黄斑変性に抗VEGF薬の硝子体注射を行うようになり,その後,強度近視性血管新生黄斑症,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対しても適応が拡大され,硝子体注射の実施件数は激増している.また,疾患が再燃すれば再投与を行うので患者一人に行う回数も増加している.こういった背景や合併症予防の観点からも,硝子体注射を行う際の侵襲は小さいことが望まれる.今回,刺入口の面積を小さくし,刺入時の抵抗も低くする目的で31G針の開発を行った.どの注射針も先端部からジャンクション部,アゴ部を経て針の胴部へと至る.穿刺時の抵抗値は,これら各部のなす角度や針の太さの影響を受ける.今回,試用した31G針の各部の角度を調節して外径を0.30mmから0.26mmに小さくすることで,従来の30G針よりポリウレタンフィルムで21%,豚眼で40%程度低い抵抗値を得た.すでに販売されている31G針(デントロニクス社製31G針)は外径が0.28mmであるのに対して,今回筆者らが開発した31G針は外径が0.26mmと細く,これまで多く使用されている30G針(ニプロ社製30G針)の内径が0.15mmに対して,今回開発した31G針は内径が0.16mmとほぼ同じ内径を確保していることから,穿刺時抵抗は小さく,薬剤注入時の抵抗は従来の針と変わらない針となった.今回の31G針の穿刺時抵抗値が小さくなったことによると考えられるが,硝子体注射実施医の注射針刺入時に感じた抵抗は従来針よりも小さく,また患者の感じる痛みも軽減していた.おわりに今回の硝子体内注射用の針の開発により,繰り返し行うことが多い硝子体内注射を受ける患者への侵襲を小さくすることで,注射時の痛みの軽減や創口の狭小化による感染リスクの低減を図ることができると思われ,より硝子体内注射を安全に行うことに寄与できると思われる.文献1)永井由巳:抗VEF薬投与時の注意点.あたらしい眼科30:1689-1693,20132)PulidoJS,ZobitzME,AnKN:Scleralpenetrationforcerequirementsforcommonlyusedintravitrealneedles.Eye(Lond)21:1210-1211,20073)HultmanDI,NewmanEA:Amicro-advancerdeviceforvitrealinjectionandretinalrecordingandstimulation.ExpEyeRes93:767-770,20114)EatonAM,GordonGM,WafapoorHetal:Assessmentofnovelguardedneedletoincreasepatientcomfortanddecreaseinjectiontimeduringintravitrealinjection.OphthalmicSurgLasersImagingRetina44:561-568,2013〔別刷請求先〕永井由巳:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-9関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:YoshimiNagai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity.2-5-1,Shinmachi,Hirakata,Osaka573-1010,JAPAN1784(106)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1従来品と検討した針の仕様比較表図1穿刺時抵抗─カヌラ評価箇所の位置関係図2穿刺時抵抗値を測定する際に使用したデジタルプッシュプルゲージメーカー:(株)イマダ,仕様:ZP-5N,穿刺スピード:20mm/min.図3豚眼への穿刺(107)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161785図4ポリウレタンフィルム穿刺時抵抗測定結果a:30G針(従来品)による穿刺結果.b:31G針による穿刺結果.F0:先端部,F1:ジャンクション部,F2:アゴ部,F3:胴部.表230G針と31G針とのポリウレタンフィルム穿刺時抵抗値の結果1786あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(108)図5ポリウレタンフィルム穿刺時抵抗測定時の穿刺痕比較図6豚眼における穿刺時抵抗測定結果a:30G針(従来品)による穿刺結果.b:31G針による穿刺結果.表3豚眼における穿刺試験結果(各群n=5)(109)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161787図7豚眼の摘出時間と穿刺時最大抵抗値表4穿刺時最大抵抗値(平均値(gf):各群各時間枠につきn=5)1788あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(110)