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涙囊悪性腫瘍6例の診断と治療

2015年7月31日 金曜日

《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(7):1041.1045,2015c涙.悪性腫瘍6例の診断と治療有田量一吉川洋田邉美香大西陽子高木健一石橋達朗九州大学医学研究院眼科学講座DiagnosisandManagementin6CasesofLacrimal-SacMalignantTumorRyoichiArita,HiroshiYoshikawa,MikaTanabe,YokoOhnishi,Ken-ichiTakagiandTatsuroIshibashiDepartmentofOphthalmology,KyushuUniversity涙.悪性腫瘍は比較的まれな疾患ではあるが,高悪性度な場合もあり原発性鼻涙管閉塞症との鑑別が重要となる.本稿では平成8年2月.平成25年8月に当院で涙.悪性腫瘍と診断された6例について,初発症状(主訴),診断,治療,予後を検討した.主訴は流涙3例,涙.部の発赤腫脹2例,涙.部痛1例であった.視診,触診および皮膚所見から疑ったものが2例,涙.鼻腔吻合術時に発見されたものが1例,血性流涙1例,CTで偶然発見されたものが2例であった.診断は涙.部悪性リンパ腫3例,涙.扁平上皮癌1例,涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例であった.リンパ腫は放射線単独療法もしくは化学療法との併用療法,扁平上皮癌は術前,術後に放射線と眼窩内容除去術,粘表皮癌は腫瘍全摘を行った.粘表皮癌の1例のみで頸部リンパ節に転移を認めた.鼻涙管閉塞症を診断,治療する際には,涙.悪性腫瘍の可能性に留意が必要である.Lacrimal-sacmalignanttumorsarerelativelyrarediseases.Itisdifficulttodifferentiatebetweenalacrimal-sacmalignanttumorandprimarynasolacrimalobstruction.Inthisstudy,weinvestigatedtheinitialsymptoms(primarycomplaint),diagnosis,treatment,andprognosisin6casesoflacrimal-sacmalignanttumorseeninourhospitalfromFebruary1996toAugust2013.Primarycomplaintsincludedepiphora(3cases),rednessandswelling(2cases),andpainaroundthelacrimalsac(1case).Indicatorsusedfortumordiagnosiswereskinfindings(2cases),anintraoperativefindingofdacryocystorhinostomy(1case),abloodyepiphora(1case),andcomputedtomographyfindings(2cases).Diagnosesincludedmalignantlymphomain3cases,squamouscellcarcinomain1case,andmucoepidermoidcarcinomain2cases.Treatmentofthelacrimal-sacmalignanttumorincludedradiationonly,combinedradiation/chemotherapy,andwideresection.Onecaseofmucoepidermoidcarcinomametastasizedtothecervicallymphnode.Thefindingsofthisstudyshowthatspecialattentionshouldbeplacedonthepossibilityofalacrimal-sacmalignanttumorwhentreatingnasolacrimalobstruction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1041.1045,2015〕Keywords:涙.悪性腫瘍,悪性リンパ腫,粘表皮癌,扁平上皮癌,治療.lacrimalsacmalignanttumor,malignantlymphoma,mucoepidermoidcarcinoma,squamouscellcarcinoma,treatment.はじめに涙.腫瘍は比較的まれであるが,55.72%が悪性腫瘍であり,好発年齢は中高年に多い1,2).涙.悪性腫瘍は上皮性と非上皮性に大きく分けられ,上皮性では扁平上皮癌・粘表皮癌,非上皮性では悪性リンパ腫や悪性黒色腫などが報告されている1,2).涙.悪性腫瘍は予後不良な場合もあり,正確な診断と早期治療が重要となる.今回,筆者らは,当院で診断された涙.悪性腫瘍について鑑別点や治療予後について検討を行ったので報告する.I症例対象は1996年2月.2013年8月に涙.悪性腫瘍と診断された6例.男性3例,女性3例,年齢は41.90歳で,病名は乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例,悪性リンパ腫3例〔粘膜関連リンパ組織型節外性辺縁帯リンパ腫(MALTリンパ腫)2例,びまん性大細胞リンパ腫(DLBCL)1例〕,〔別刷請求先〕有田量一:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学医学部眼科医局Reprintrequests:RyoichiArita,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversity,3-1-1Maidashi,Higashi-Ku,Fukuoka812-8582,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)1041 DD扁平上皮癌1例であった.各疾患の症例を呈示する.〔症例1〕90歳,男性.現病歴:2004年より右)流涙症状があり,2008年近医にて流涙症状に対して涙.鼻腔吻合術鼻外法が予定された.鼻外法は術中直視下に涙.を観察することでき,涙.部に腫瘍性病変が確認された.涙.全体を周囲組織から.離し,可及的に亜全摘が行われた.術中採取した病理組織では悪性所見なく乳頭腫の所見であった(図1A).2011年3月腫瘍再発を認め,当院初診.腫瘍は鼻涙管を経由し,下鼻道.上顎洞内側壁付近へ進展を認めた.鼻腔からの生検にて扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する組織であり(図1B),「粘表皮癌」と診断した.2011年8月鼻涙管を含めた拡大切除を行い,その後再発を認めていない.〔症例2〕41歳,男性.現病歴:主訴は涙.部痛であり,1996年2月初診時左内眼角に涙丘と連続する腫瘍を認め(図1C),手術で切除した.病理組織は乳頭腫の所見であった.腫瘍は涙.原発と考えられ,全摘すると篩骨洞がみえる状態であった.その後3回再発を繰り返し,眼窩深部に浸潤する像が認められたので(図1D,E),拡大切除を施行した.組織は異形が強くなっており,おもに扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する組織であり(図1F)「粘表皮癌」と診断した.その1年半後に頸部リンパ節転移(,)をきたし,左顎下腺摘出ならびに頸部リンパ節ABECF図1涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌症例1A:悪性所見なく乳頭腫の所見.B:扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する.症例2C:左涙.部に涙丘と連続する腫瘤.D,E:左涙.部腫瘤のCT画像(水平断,冠状断).F:扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する.ABCDEF図2涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌におけるp53およびMIB.1免疫染色p53免疫染色A:1996年乳頭腫.p53陽性率6%(発症時).B:2005年乳頭腫.p53陽性率6%(1回目再発時).C:2012年悪性転化した粘表皮癌の頸部転移.p53陽性率35%(頸部リンパ節転移).MIB.1免疫染色D:1996年乳頭腫.MIB-1index17%(発症時).E:2005年乳頭腫.MIB-1index18%(1回目再発時).F:2012年,悪性転化した表皮癌の頸部転移MIB-1index53%(頸部リンパ節転移).1042あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(120) 郭清を行った.摘出したリンパ節の病理組織は涙.部粘表皮癌と同様の組織像であった.免疫染色において癌抑制遺伝子p53陽性率は1996年(発症時:図2A)6%,2005年(1回目再発時:図2B)6%,2012年(悪性転化後の頸部リンパ節転移:図2C)35%であり,細胞増殖能を示すMIB-1index陽性率は1996年(発症時:図2D)17%,2005年(1回目再発時:図2E)18%,2012年(悪性転化後の頸部リンパ節転移:図2F)53%と,p53およびMIB-1index陽性率が悪性転化後に増加していた.頸部リンパ節郭清後,腫瘍の再発は認めていない.〔症例3〕88歳,男性.現病歴:主訴は流涙であり,CTで涙.部腫瘍が発見され,2013年8月当院初診.涙.部に腫瘍を認め(図3A),CTでは腫瘍は涙.部から鼻涙管を経由し(図3B),鼻内視鏡では下鼻道から鼻腔内に進展,下鼻道前方を充満していた.鼻腔より腫瘍生検を行い,病理組織では小型.中型の異形B細胞のびまん性浸潤を認め(図3C),MALTリンパ腫と診断し,放射線治療後,再発なく経過している.〔症例4〕70歳,女性.現病歴:2001年2月左)涙.部腫脹を自覚し,近医から当院に紹介となった.CTで涙.部腫瘍が発見され,同年6月涙.部から生検を行った.病理組織では小型.中型の異形B細胞のびまん性浸潤を認め,MALTリンパ腫と診断した.放射線治療後,再発なく経過している.〔症例5〕66歳,女性.現病歴:2003年より右)涙.部皮膚の発赤を認めていた.その後増悪し(図3D),涙.部腫瘍を疑われ2011年に当院初診.MRIにて涙.部腫瘤を認め(図3E),経皮的に腫瘍生検を行った.病理組織で大型異型B細胞のびまん性浸潤を認め(図3F),DLBCLと診断し,放射線と化学療法の併用療法を施行した.〔症例6〕69歳,女性.現病歴:主訴は血性流涙であり,2006年CTで涙.部腫瘍が発見され,当院初診.涙.部に腫瘤を認め(図4A),腫瘍は鼻涙管を介して鼻腔内に進展しており(図4B),鼻腔より生検を行った.病理組織では,角化傾向の強い異形細胞の増殖を認め(図4C),扁平上皮癌と診断し,拡大切除および放射線治療を施行した.症例のまとめを表1に示す.6例中3例の主訴は流涙であり,それ以外に涙.部の発赤腫脹2例,涙.部痛1例であった.診断のきっかけは,視診触診および皮膚所見から疑ったものが2例,涙.鼻腔吻合術時に発見されたものが1例,血性流涙1例,CTで発見されたものが2例であった.病理診断は涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例,涙.部悪性リンパ腫3例(MALTリンパ腫2例,DLBCL1例),扁平上皮癌1例であった.粘表皮癌は拡大切除,MALTリンパ(121)ADBECF図3涙.部悪性リンパ腫症例3涙.部MALTリンパ腫A:左涙.部腫瘤.B:左涙.部腫瘤のCT画像.C:小型.中型の異形細胞のびまん性浸潤.症例5涙.部びまん性大細胞リンパ腫DLBCLD:右涙.部腫瘤の増悪(当科初診時).E:右涙.部腫瘤の造影MRI画像.F:大型異型B細胞のびまん性浸潤.腫は放射線単独療法,びまん性大細胞B細胞性リンパ腫は放射線と化学療法の併用療法,扁平上皮癌は拡大切除と放射線治療の併用療法を行った.再発は2例でみられ,粘表皮癌の1例のみで頸部リンパ節に転移を認めた.II考按涙.悪性腫瘍は比較的まれであるが,予後不良な場合もあり正確な診断と早期治療が重要となる.とくに症例1と2では最初の病理組織で涙.部乳頭腫と診断されたにもかかわらず粘表皮癌に悪性転化しており,一度良性乳頭腫と診断されても,その後の悪性転化に注意が必要である.このような乳頭腫から悪性転化したという報告はこれまでに涙.部で2報3,4),結膜で2報5,6)が報告されている.涙.部乳頭腫にはhumanpapillomavirus(HPV)6型と11型7)の関与が示唆されているが,涙.部悪性腫瘍に関連するHPVの遺伝子型は18型8)が示唆されている.また,悪性転化のメカニズムには癌抑制遺伝子p53の変異9)が報告されている.症例2における免疫染色においても,p53および細胞増殖能を示すMIB-1index陽性率が悪性転化後に増加しており,p53の変異が腫瘍の悪性化に影響している可能性が考えられた.涙.悪性腫瘍は流涙や涙.部腫瘤といった原発性鼻涙管閉あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151043 ABCABC図4涙.部扁平上皮癌症例6扁平上皮癌A:左涙.部腫瘤.B:左涙.部腫瘤のCT画像.C:角化傾向の強い異形細胞の増殖.表1各症例のまとめ年齢性側性症状診断のきっかけ病理組織治療観察期間(月)再発転移190男右流涙涙.鼻腔吻合術時乳頭腫粘表皮癌拡大切除(全摘)26+1回.241男左涙.部痛視診・触診乳頭腫粘表皮癌拡大切除(全摘)204+3回+388男左流涙CT画像MALTリンパ腫放射線11..470女左涙.部膨張CT画像MALTリンパ腫放射線156..566女右涙.部発赤視診・触診DLBCL放射線化学療法35..669女左流涙血性流涙扁平上皮癌拡大切除(全摘)放射線86..塞症と類似の臨床症状をきたすことから,鑑別が困難な場合がある.涙.悪性腫瘍の症状を検討した多数例の報告では,血性流涙や鼻出血などはまれで,流涙がもっとも多く,ついで涙.部腫瘤など原発性鼻涙管閉塞症に伴う症状と類似している10,11).筆者らの症例でも6例中3例で主訴は流涙であり,涙.悪性腫瘍と原発性鼻涙管閉塞症を臨床症状から鑑別することはむずかしい.本症例では視診触診・血性流涙・CTで6例中5例が発見されているが,1例は涙.鼻腔吻合術時に偶然発見されたものである.既報においても涙.悪性腫瘍の20.43%は涙.鼻腔吻合術時に偶然発見されている11,12).涙.悪性腫瘍の診断は,画像的,内視鏡的,組織学的に行う.CTおよびMRI画像では,腫瘍の進展・浸潤の評価に有用であり,とくにCTでは骨破壊像,造影MRIは涙.炎との鑑別に有用である.涙道内視鏡検査は涙.内の腫瘍を直接観察可能であり,涙.腫瘍を鑑別するのに有用なツールとなるが,すべての症例で涙道内視鏡で腫瘍が同定できるわけではないので,内視鏡所見だけで腫瘍の存在を完全に否定するべきではない.鼻内視鏡では鼻腔内に進展した腫瘍を同定でき,ときに鼻腔内から生検が可能な場合もあり,行っておくべき検査の一つである.腫瘍の診断や病型は,経皮的に行った生検組織で病理組織学的に決定し,腫瘍の進展や浸潤範囲なども考えながら治療1044あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015法を決定していくのが一般的である.涙.腫瘍は上皮性と非上皮性に大きく分けられ,上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍で治療方針が異なる.既報では,上皮性が非上皮性より多く,上皮性では扁平上皮癌が,非上皮性ではMALTリンパ腫がもっとも多く認められている.上皮性悪性腫瘍の治療は鼻涙管へ進展していることが多く,涙.のみの切除では再発率44%と高率に再発をきたすため,涙小管と鼻涙管を含めた拡大切除と放射線治療の併用が推奨されているが,それでも再発率は13%・死亡率は13.50%と高い1,13).非上皮性悪性腫瘍は悪性リンパ腫が多く,その治療は組織型や年齢,全身病巣の有無によって異なるが,涙.部悪性リンパ腫は高悪性度であることが多く,再発率は33%,5年生存率は65%と報告されている13).本症例では6例中2例で再発をきたしており,既報からも今後の再発や転移に注意しながら経過観察する必要がある.近年,内視鏡の普及などによって原発性鼻涙管閉塞症に対して涙.鼻腔吻合術が普及しつつあるが,鼻涙管閉塞症を診断治療するうえで涙.悪性腫瘍の可能性に留意が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし(122) 文献1)HeindlLM,JunemannAG,KruseFEetal:Tumorsofthelacrimaldrainagesystem.Orbit29:298-306,20102)MontalbanA,LietinB,LouvrierCetal:Malignantlacrimalsactumors.EurAnnOtorhinolaryngolHeadNeckDis127:165-172,20103)ElnerVM,BurnstineMA,GoodmanMLetal:Invertedpapillomasthatinvadetheorbit.ArchOphthalmol113:1178-1183,19954)LeeSB1,KimKN,LeeSRetal:Mucoepidermoidcarcinomaofthelacrimalsacafterdacryocystectomyforsquamouspapilloma.OphthalPlastReconstrSurg27:44-46,20115)HeuringAH,HutzWW,EckhardtHBetal:Invertedtransitionalcellpapillomaoftheconjunctivawithperipheralcarcinomatoustransformation.KlinMonblAugenheilkd212:61-63,19986)StreetenBW,CarrilloR,JamisonR:Invertedpapillomaoftheconjunctiva.AmJOphthalmol88:1062-1066,19797)SjoNC,vonBuchwaldC,CassonnetPetal:Humanpap-illomavirus:causeofepitheliallacrimalsacneoplasia?ActaOphthalmolScand85:551-556,20078)MadreperlaSA,GreenWR,DanielRetal:Humanpapillomavirusinprimaryepithelialtumorsofthelacrimalsac.Ophthalmology100:569-573,19939)YoonBN,ChonKM,HongSLetal:Inflammationandapoptosisinmalignanttransformationofsinonasalinvertedpapilloma:theroleofthebridgemolecules,cyclooxygenase-2,andnuclearfactorkB.AmJOtolaryngol34:22-30,201310)StefanyszynMA,HidayatAA,Pe’erJJetal:Lacrimalsactumors.OphthalPlastReconstrSurg10:169-184,199411)ParmarDN,RoseGE:Managementoflacrimalsactumours.Eye17:599-606,200312)FlanaganJC,StokesDP:Lacrimalsactumors.Ophthalmology85:1282-1287,197813)BiYW,ChenRJ,LiXP:Clinicalandpathologicalanalysisofprimarylacrimalsactumors.ZhonghuaYanKeZaZhi43:499-504,2007***(123)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151045

眼窩原発の粘表皮癌の1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1294.1297,2012c眼窩原発の粘表皮癌の1例中村聡*1宇野仁揮*1大黒浩*2大塚紀幸*3*1苫小牧市立病院眼科*2札幌医科大学医学部眼科学講座*3北海道大学大学院医学研究科分子病理学ACaseofMucoepidermoidCarcinomaofOrbitaSatoshiNakamura1),HitokiUno1),HiroshiOhguro2)andNoriyukiOhtsuka3)1)DepartmentofOphthalmology,Tomakomai-City-Hospital,2)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofPathology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine涙腺原発の粘表皮癌の1例を経験した.症例は79歳,女性,眼瞼腫脹で初診,右上眼瞼の涙腺部には硬い腫瘤がみられ生検を施行したところ悪性腫瘍が疑われた.右眼窩内容除去術を施行し,病理組織学的検査では粘表皮癌と診断された.70Gyの放射線照射を行い,2年後の現在,局所的な再発はなく,遠隔転移もみられていない.Wetreatedacaseoflacrimalglandmucoepidermoidcarcinoma.Thepatient,a79-year-oldfemale,presentedwitheyelidswelling.Therewasafirmmassintheregionoftherightlacrimalglandfossa.Anincisionalbiopsywasperformed,andmalignanttumorwassuspected.Exenterationoftherighteyeandorbitwasperformed.Mucoepidermoidcarcinomawasdiagnosedonthebasisofhistopathologicevaluation.Thepatientthenreceived70Gyofradiation.Therehavebeennorecurrencesfor24monthssinceexenteration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1294.1297,2012〕Keywords:粘表皮癌,涙腺部腫瘍.mucoepidermoidcarcinoma,lacrimalglandtumor.はじめに粘表皮癌は唾液腺や気道粘膜に原発することが多く,涙腺原発の粘表皮癌は非常にまれである.今回筆者らは涙腺由来の粘表皮癌を経験し,眼窩内容除去術を施行し,病理組織学的に悪性度が高かったため局所の放射線照射の併用を行った.この腫瘍の特徴を検討し,治療方法について考察する.I症例症例:79歳,女性.主訴:右上眼瞼外側の腫脹.初診:2010年2月19日.既往歴:78歳で胆石症に対して胆.摘出術をうけている.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:3カ月前より右上眼瞼に腫脹を生じ近医眼科を受診.眼窩蜂巣炎の診断で治療されていたが,上眼瞼の腫脹が増強してきたため,苫小牧市立病院眼科(以下,当科)へ紹介となった.初診時所見:視力はVD=0.3(0.7×+2.0D(cyl.1.0DAx70°),VS=0.2(1.0×+2.5D(cyl.1.0DAx80°).眼圧はRT=16mmHg,LT=14mmHg.前眼部,中間透光体,眼底には軽度の白内障以外に特記所見はなかった.右上眼瞼外側には軽度の腫脹がみられ,触診で涙腺部に一致して弾性硬,可動性のない腫瘤を眼窩骨と眼球の間に触知した.MRI(磁気共鳴画像)検査を施行したところ,涙腺部の腫瘍はT1強調画像で外眼筋と同程度の中等度の信号を呈し,T2強調画像で不均一な低.中等度の信号を示し,腫瘍は薄い被膜を伴っていた(図1).また,外眼角部にも同様の腫瘤がみられた(図2).造影MRIでは不均一な造影増強効果がみられた(図3).全身所見:血液化学的検査では異常を認めなかった.PET-CT(positronemissiontomography-computedtomography)による全身検査では,右眼窩部への集積がみられたが,その他全身に明らかな集積はなかった.臨床経過:2010年4月26日,診断および治療方針を決めるために生検を行った.生検は外眼角部の皮膚を切開して,皮下の腫瘤を切除した.病理組織学的検査では異形成の高い〔別刷請求先〕中村聡:〒053-8567苫小牧市清水町1-5-20苫小牧市立病院眼科Reprintrequests:SatoshiNakamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Tomakomai-City-Hospital,1-5-20Shimizu-cho,Tomakomai-shi053-8567,JAPAN129412941294あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(118)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 図1深部涙腺腫瘍のMRI所見上:T1強調画像.外眼筋と同程度の中等度の信号を呈した(矢印).下:T2強調画像.不均一な低.中等度の信号を示した(矢印).図3ガドリニウム造影によるMRIT1強調画像上:深部の腫瘍.下:外眼角部の腫瘍,不均一な造影増強効果がみられた.腫瘍細胞と硝子化した間質が発達していた.軽度のリンパ球浸潤がみられたがリンパ球の異形成はみられなかった.悪性度の高い未分化癌で腺癌や粘表皮癌が疑われたため,同年5月28日に右眼窩内容除去術を施行した.摘出腫瘍は外眼角部皮下に球形の直径15mm大の白色結節がみられ,また涙腺導管を介して連続性に,開口部の結膜に直径7mm大の娘結節を形成していた(図4).病理組織学的検査では粘表皮癌と診断された.同年7月7日から右眼窩部に1回2Gyで35回,合計70Gyの放射線照射を行った.その後退院し,当科外来で経過観察を行っている.2年後の現在,局所的な再発はなく,遠隔転移も認めていない.病理組織学的所見:ヘマトキシリン-エオジン(HE)染色,(119)図2外眼角部腫瘍のMRI所見上:T1強調画像,下:T2強調画像.図4眼窩内容除去術で摘出した腫瘍の割面外眼角部の皮下には直径15mm大の白色結節病変(矢印)がみられ,涙腺導管(△)を介して連続性に開口部の結膜に直径7mm大の娘結節(▲)を形成していた.図5腫瘍組織のHE染色標本腫瘍は硝子化した間質が発達し,そのなかには扁平上皮様細胞と中間型細胞,粘液産生を伴う腫瘍細胞を認めた.あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121295 図6腫瘍組織のalcianblue染色標本粘液細胞がみられ,青色に染まる粘液物質を有していた.periodicacidSchiffstain(PAS染色),alcianblue染色を行い,光学顕微鏡的に検索した.腫瘍は硝子化した間質が発達しており,そのなかには紡錘形から多辺形の細胞で核も円形の扁平上皮様細胞や中間型細胞と細胞質のやや明るく粘液産生を伴う腫瘍細胞からなっていた.腫瘍細胞はシート状に胞巣を形成して増殖する所見がみられた.腫瘍細胞は核の大小不同,異型な核や異常核分裂像が散見され,細胞間橋を有していた(図5).Alcianblue染色では粘液細胞がみられ,青色に染まる粘液物質を有していた(図6).また,PAS染色でも粘液物質を有する粘液細胞がみられた(図7).以上の所見から本症例は粘表皮癌と診断された.粘液産生細胞の割合が乏しく,扁平上皮様細胞が多いことから低分化型で悪性度の高いGrade3の粘表皮癌と診断された.II考按粘表皮癌は1945年Stewartら1)によってmucoepidermoidtumorとして記載された.粘表皮癌は唾液腺や気道粘膜に発生することが多い.唾液腺原発の粘表皮癌では,中年図7腫瘍組織のPAS染色標本粘液物質を有する粘液細胞がみられた.層に好発するが,小児に発生することもある2,3).涙腺での発生は非常にまれであり,国内では8例が報告されている4.11)(表1).発症年齢は50.80歳で,中年から高齢に好発している.Eviatarら12)の涙腺原発粘表皮癌のreviewでも中年から高齢に好発しているが,12歳の小児に発症した例もみられる.今回筆者らはMRIによる検査を行ったが,MRIの画像について言及している報告は少ない.Warnerら13)は,MRI検査ではT1強調画像で高信号を呈するとしているが,本症例ではあてはまっていなかった.木村ら10)の報告では,腫瘍はT1強調画像で筋肉よりもわずかに高い中等度の信号強度を呈し,T2強調画像で不均一な低.中程度の信号を呈していた.ガドリニウム静注後のT1強調画像では,全体に不均一な造影増強効果がみられた.本症例のMRIによる画像所見でも木村らの報告例と比較的類似したMRI所見を呈していた.また,本例では涙腺導管を介して2つの腫瘤がみられ,その外側を皮膜が覆っている所見がみられた.眼窩原発の粘表皮癌は症例数が少なく,予後のまとまった表1涙腺で発生した粘表皮癌の国内報告例一覧症例報告者年齢(歳)・性別悪性度治療1松尾(1978)51・男性軽度Kronlein手術,rad2星野(1980)67・男性高度En3高橋(1984)65・男性高度Ex,rad4吉田(1984)81・男性高度Ex5藤江(1993)53・女性中等度Ex6響(1995)75・女性軽度Ex7木村(2000)66・男性中.高度En,chem,rad8松崎(2011)38・男性軽.中度Ex9本例79・女性高度En,radrad:放射線照射,En:眼窩内容除去術,Ex:腫瘍摘出術,chem:化学療法.術後経過8カ月生存2年2カ月生存1年3カ月で死亡3カ月で死亡1年6カ月生存5年5カ月生存6カ月生存2年生存2年生存1296あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(120) 統計データの報告がない.粘表皮癌は,扁平上皮様細胞と粘液産生細胞からなり,その移行型の中間型細胞がみられることもある.粘液産生細胞にはPAS,alcianblue,mucicarmineなどのムチン染色に陽性を呈するムチンがみられる.粘液産生細胞の割合が多く,扁平上皮様細胞が少なく,異型性に乏しいほど高分化型で予後は良好であり,粘液産生細胞の割合が乏しく,扁平上皮様細胞が多く,細胞異形成が著しいほど低分化型で予後は不良である.Thorvaldssonら14)は唾液腺原発粘表皮癌の12年生存率で,悪性度の低いGrade1では100%,Grade2では97%,Grade3では43%と報告している.Seifertら15)は唾液腺原発粘表皮癌の5年生存率で高分化型では95%,中分化型では80.90%,低分化型では25.30%と報告している.低分化型の粘表皮癌では高分化型,中分化型の粘表皮癌に比べて極端に生命予後が不良になっている.涙腺原発粘表皮癌の国内報告例では(表1),悪性度が高い症例では5例中2例が死亡している.死亡した2例は局所切除が行われ,生存している3例では眼窩内容除去術が行われている.Eviatarら12)の涙腺原発粘表皮癌のreviewでも悪性度の低いGrade1およびGrade2では生命予後が良好であるのに対して,悪性度の高いGrade3では死亡例が多くみられる.特にGrade3で生存している症例は眼窩内容除去を施行されているのは注目すべき点である.悪性度の高い粘表皮癌の症例に対しては眼窩内容除去術を行い,腫瘍とともに周囲の組織を含めて広範囲に切除する必要があると思われる.涙腺原発粘表皮癌に対する放射線療法は国内の報告例では,松尾ら4)が7,000radのライナック照射を,高橋ら6)は4,000radのリニアック照射を,木村ら10)は60Gyの放射線照射を行っている.筆者らの症例では病理学的所見で悪性度が高かったため,局所再発防止のため70Gyの放射線照射を施行した.Jakobssonら16)は粘表皮癌に対する放射線の感受性は低いと報告している.粘表皮癌に対する放射線治療の報告例は少なく,放射線による効果は現在のところ不明であり,今後より多くの症例による検討が必要である.文献1)StewartFW,FooteFW,BeckerWF:Mucoepidermoidtumorsofsalivaryglands.AnnSurg122:820-844,19452)KrollsSO,TrodahlJN,BoyersRC:Salivaryglandlesionsinchildren.Cancer30:459-469,19723)NagaoK,MatsuzakiO,SaigaHetal:HistopathologicalstudiesonparotidglandtumorsinJapanesechildren.VirchowsArchPatholAnatHistol388:263-272,19804)松尾信彦,長谷川栄一,藤原久子ほか:涙腺原発の粘表皮癌の一例.眼紀29:1011-1111,19785)星野元宏,市川宏:名大眼科22年間における眼科腫瘍109例の検討─第2報,発生頻度および病理組織像について─.眼紀31:648-656,19806)高橋博之,横山寧恵,片岡和洋ほか:涙腺に原発した粘表皮癌の1例.臨床皮膚科38:1145-1148,19847)吉田雅子,雨宮次生:涙腺原発粘表皮癌の1症例.眼臨78:695-699,19848)藤江直子,三村康男,谷崎勍ほか:涙腺部粘表皮癌の1例.あたらしい眼科10:1421-1426,19939)響徹,鈴木純一,小成賢二ほか:眼科領域にみられたmucoepidermoidcarcinomaの2例.臨眼49:719-723,199510)木村久理,阿部俊明,所敏広ほか:涙腺原発の粘表皮癌の1例.臨眼54:1339-1343,200011)松崎晶子,川上智子,青山肇ほか:涙腺の粘表皮癌の1例.診断病理28:90-93,201112)EviatarJA,HornblassA:Mucoepidermoidcarcinomaofthelacrimalgland.25casesandareviewandupdateoftheliterature.OphthalmicPlastReconstrSurg9:170181,199313)WarnerMA,WeberAL,JakobiecFA:Benignandmalignanttumorsoftheorbitalcavityincludingthelacrimalgland.NeuroimagingClinNorthAm6:123-142,199614)ThorvaldssonSE,BeahrsOH,WoolnerLBetal:Mucoepidermoidtumorsofthemajorsalivaryglands.AmJSurg120:432-438,197015)SeifertG,BrocheriousC,CardesaAetal:WHOinternationalhistologicalclassificationoftumors.Tentasivehistologicalclassificationofsalivarygland.PatholResPract186:555-581,199016)JakobssonPA,BlanckC,EnerothCM:Mucoepidermoidcarcinomaoftheparotidgland.Cancer22:111-124,1968***(121)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121297