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SGLT2阻害薬内服後にドライアイの悪化が観察された2型糖尿病の1例

2020年1月31日 金曜日

《第24回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科37(1):79?83,2020?SGLT2阻害薬内服後にドライアイの悪化が観察された2型糖尿病の1例今井孝俊田中久美子平野資晴横浜市立市民病院糖尿病リウマチ内科ACaseofType2DiabeteswithExacerbationofDryEyeSyndromeaftertheInitiationofanSGLT2InhibitorTakatoshiImai,KumikoTanakaandMotoharuHiranoDepartmentofDiabetesandRheumatology,YokohamaMunicipalCitizen’sHospital症例は73歳,男性.56歳時に糖尿病を指摘され外来加療を継続していたが,73歳時にHbA1c高値持続のため血糖コントロール目的で当院に入院した.入院半年前の眼科診察時にはドライアイを指摘され点眼薬処方を受けていた.入院後,強化インスリン療法とダパグリフロジン(Dapa)5mg内服を開始した.第11病日(Dapa開始8日目)に眼科を定期受診した際に,自覚症状はなかったがドライアイの悪化を指摘された.軽度脱水傾向も認めたが,経過観察の形で第14病日に経口血糖降下薬のみで退院した.なお,入院中に行った神経伝導検査で重度障害の所見を認めた.退院3日後(Dapa開始14日目),羞明を主訴に早期受診した際,血清クレアチニンが1.51mg/dlまで上昇しており,Dapaは中止された.Dapa中止6日後に眼科を再受診した時点では自覚症状は軽快し,ドライアイ所見の改善を認め,Dapa中止1カ月後の採血では腎機能は正常化した.ドライアイ所見の悪化にsodium-glucosecotransporter2(SGLT2)阻害薬開始後の全身性の脱水傾向が関与した可能性が示唆された.Purpose:Toreportacaseoftype2diabeteswithexacerbationofdryeyesyndrome(DES)afterinitiationofsodium-glucosecotransporter-2(SGLT2)inhibitor.Casereport:A73-year-oldmalewitha17-yearhistoryoftype2diabetesmellituswhowasdiagnosedwithDES6-monthspreviouswashospitalizedforthetreatmentofhyperglycemia.Hewastreatedwithinsulinanddapagli?ozin(5mg/day),yetanophthalmicexaminationper?formed8-dayspostdapagli?ozininitiationrevealedadecreasedtear?lmbreak-uptime(BUT)andanexacerba?tionofDES.Threedaysafterdischarge(i.e.,14daysaftertheinitiationofdapagli?ozin),heexperiencedphotopho?biaandhisserumcreatininelevelwaselevated(Cr1.51mg/dl),sodapagli?ozinwasdiscontinued.Sixdayslater,ophthalmicexaminationrevealedthathistear?lmBUTandDESsymptomshadimproved,and1-monthlater,hisserumcreatininelevelwasfoundtobenormal.Conclusions:Incasesoftype2diabeteswithahistoryofDES,dehydrationafterinitiationofSGLT2inhibitorforthetreatmentofhyperglycemiamightpossiblyleadtoexacerba?tionofDES.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(1):79?83,2020〕Keywords:糖尿病,ドライアイ,SGLT2阻害薬,脱水,糖尿病神経障害.diabetesmellitus,dryeyesyndrome,sodium-glucosecotransporter2(SGLT2)inhibitor,dehydration,diabeticneuropathy.はじめにドライアイはvisualdisplayterminals(VDT)作業従事者やコンタクトレンズ装用者以外に高齢者でも多くみられる疾患であるが,糖尿病もリスクファクターとして知られている1).一方,糖尿病の薬物治療において,2014年よりわが国でもNa+/グルコース共輸送担体(sodium-glucosecotrans?porter:SGLT)2阻害薬が使用されるようになっている.SGLTには6種類のアイソフォームがあることが知られ,SGLT1はおもに小腸と腎尿細管上皮細胞,SGLT2はおもに〔別刷請求先〕今井孝俊:〒240-8555神奈川県横浜市保土ヶ谷区岡沢町56横浜市立市民病院糖尿病リウマチ内科Reprintrequests:TakatoshiImai,M.D.,DepartmentofDiabetesandRheumatology,YokohamaMunicipalCitizen’sHospital,56Okazawa-cho,Hodogaya-ku,Yokohama,Kanagawa240-8555,JAPAN尿細管上皮細胞に発現している.ともに細胞内外の濃度勾配に逆らってグルコースを能動輸送し,腎糸球体で濾過されたブドウ糖の約90%がSGLT2で,残りの約10%がSGLT1で再吸収される.SGLT2阻害薬は近位尿細管のSGLT2を選択的に阻害することで尿糖排泄を促し,インスリン非依存経路で血糖改善作用をもたらす薬剤である.近年の大規模臨床試験の結果から,とくに動脈硬化性心血管疾患や心不全,慢性腎臓病を合併した2型糖尿病患者における有用性が注目されている2)が,日本糖尿病学会からのRecommendationにおいて,浸透圧利尿に伴う脱水への注意喚起もなされている.今回,高齢2型糖尿病患者において,SGLT2阻害薬開始後にドライアイの悪化が観察された症例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,男性.既往歴:高血圧,脂質異常症,高尿酸血症,慢性咳嗽,足爪白癬,50代胆?摘出術,58歳ラクナ梗塞,59歳・64歳胃潰瘍,64歳総胆管結石,72歳大腸腺腫内視鏡的粘膜切除術.家族歴:糖尿病の家族歴なし,他に特記事項なし.生活歴:喫煙歴:現在なし,63歳まで20本/日.飲酒歴:焼酎1?2杯/日(40歳まで5合/日).体重歴:過去最高体重98kg.入院前使用薬剤:グリメピリド1mg,アログリプチン25mg/ピオグリタゾン15mg配合錠,メトホルミン1,000mg,シルニジピン20mg,リシノプリル20mg,フェノフィブラート160mg,バイアスピリン100mg/ランソプラゾール15mg配合錠,アロプリノール100mg,ヒアルロン酸ナトリウム点眼薬0.1%(症状に応じて適宜),ナジフロキサシンローション,フルオシノニド軟膏現病歴:56歳時に糖尿病が判明し,60歳からスルホニル尿素薬で薬物療法が開始されたが,2年前からHbA1cが8?10%台で持続し,適宜経口血糖降下薬の調整を受けるも改善がみられないため血糖コントロール目的に当院に入院した.また,当院眼科にも定期的に通院しており,入院半年前の診察時にドライアイを指摘され,涙液層破壊時間(breakuptime:BUT)両側2秒,角膜下方に点状表層角膜症(super??cialpunctatekeratopathy:SPK)を認め,ジクアホソルナトリウム点眼(両眼1日6回)を処方された.入院2カ月前の眼科診察ではBUT両側10秒以上,角膜下方に少々SPKありとドライアイは改善傾向の所見で,ヒアルロン酸ナトリウム点眼屯用のみで経過観察となっていた.入院時に眼科的な自覚症状はなかった.入院時現症:身長181.0cm,体重90.5kg,BMI27.6kg/m2,腹囲105.4cmと肥満を認めた.血圧140/62mmHg,脈拍84bpm整,体温36.3℃.眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄疸なし,甲状腺腫なし,頸動脈雑音なし,胸腹部に異常所見なし,両側下腿浮腫なし.足皮膚に白癬あり.アキレス腱反射は正常だが,下肢振動覚の低下を認め(C128音叉で右5秒,左6秒),足底部タッチテストでは右足は3.61を触知,左足は4.31を触知した.Schellong試験は陰性だった.入院時検査所見(表1):軽度貧血を認めることと,糖尿病のコントロールがHbA1c9.5%と不良で,脂質異常症を合併する以外は尿検査,血算,生化学に明らかな異常を認めなかった.糖尿病関連の検査では,内因性インスリン分泌は十分に保たれており,glutamicaciddecarboxylase(GAD)抗体は陰性であった.細小血管症に関しては,網膜症なく,腎症1期であったが,神経伝導検査の結果では,脛骨神経誘発筋電位低下(<5mV),腓腹神経の導出不良を認め,神経伝導検査による重症度分類3)で重度の判定となる所見であった(表2).臨床経過:入院後,すべての経口血糖降下薬を中止し,1,800kcal/日の食事療法で血糖推移を確認したうえで第3病日から強化インスリン療法を開始.第4病日からダパグリフロジン5mgも追加し糖毒性解除を図った.第8病日の定時採血で血清クレアチニン(Cr)1.16mg/dlと上昇を認め,第11病日に再検したところ,血清Cr1.26mg/dlとさらに上昇していた.入院後もとくに自覚症状はなく経過していたが,本人が入院中の眼科受診を希望したことから第11病日に眼科を受診したところ,BUT右眼5?6秒・左眼3?4秒,角膜下方に少々SPKありとの所見でドライアイの悪化を指摘された.ジクアホソルナトリウム点眼の適応と診断されたが,院内採用薬にないことからヒアルロン酸ナトリウム点眼(両眼1日4回)で対応となった.第12病日からインスリン注射を終了し,第14病日にダパグリフロジン5mgおよびアログリプチン25mg/ピオグリタゾン15mg配合錠の内服で血糖の安定化が得られ退院した.退院後3日目(ダパグリフロジン開始14日目)に,夕方や日差しが強いときに眩しく感じることを主訴に当科予約外受診した.その際の採血では血清Cr1.51mg/dlまで悪化していることからダパグリフロジンを中止し,速やかな眼科受診を指示したが,退院9日目(ダパグリフロジン中止6日目)に眼科を受診.この時点では眼科的な自覚症状は軽快し,診察上BUT右眼8?10秒・左眼8?10秒でSPKは認めず,ヒアルロン酸ナトリウム点眼(両眼1日4回)の継続で経過観察となった.退院1カ月後の当科再診時の採血では血清Cr0.80mg/dlと正常化しており(図1),退院3カ月後の眼科診察ではヒアルロン酸ナトリウム点眼屯用でのフォローとなった.表1入院時検査所見(1)尿検査比重1.013(1.006?1.020)クレアチニン尿酸0.91mg/dl(0.52?1.1)5.1mg/dl(2.5?7.0)pH7.5(4.5?7.5)ナトリウム143mEq/l(135?147)蛋白(-)カリウム4.2mEq/l(3.6?5.0)ケトン(-)クロール108mEq/l(101?111)潜血(-)カルシウム9.3mg/dl(8.2?10.2)末梢血リン3.5mg/dl(2.5?4.6)白血球赤血球ヘモグロビンヘマトクリット血小板5,430/?l(3,500?9,000)4.32×106/?l(4.3?5.6)12.4g/dl(12.9?17.0)39.8%(40?51)209×103/?l(130?370)総コレステロール中性脂肪HDL-CLDL-C空腹時血糖205mg/dl(120?220)265mg/dl(55?150)29.4mg/dl(40.0?62.2)121mg/dl(<140)135mg/dl(70?109)生化学総蛋白6.7g/dl(6.7?8.3)HbA1cグリコアルブミン9.5%(4.6?6.2)22.5%(11.0?16.0)アルブミン4.2g/dl(3.8?5.3)CRP0.1mg/dl(<0.50)総ビリルビンAST0.9mg/dl(0.2?0.9)25IU/l(8?38)免疫GAD抗体<5.0U/ml(0.0?4.9)ALT26IU/l(4?44)内分泌ALPgGTPLDHCPK尿素窒素88IU/l(104?338)21IU/l(0?60)146IU/l(106?211)125IU/l(40?220)13.8mg/dl(8.0?21.0)freeT3freeT4TSHレニン活性アルドステロン2.5pg/ml(1.7?3.7)1.1ng/dl(0.7?1.5)1.42?IU/ml(0.35?4.9)3.1ng/ml/hr(座位0.2?3.9)107.5pg/ml(36.0?240.0)AST:アスパラギン酸・アミノ基転移酵素,ALT:アラニン・アミノ基転移酵素,ALP:アルカリ性リン酸分解酵素,gGTP:gグルタミル・トランスペプチターゼ,LDH:乳酸脱水酵素,CPK:クレアチン・リン酸分解酵素,HDL-C:高比重リポ蛋白コレステロール,LDL-C:低比重リポ蛋白コレステロール,HbA1c:ヘモグロビンA1c,CRP:C反応性蛋白,GAD:グルタミン酸脱炭酸酵素,TSH:甲状腺刺激ホルモン.II考察食事負荷:表2入院時検査所見(2)ドライアイは,さまざまな要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがあると定義され,1.眼不快感,視機能異常などの自覚症状,2.BUTが5秒以下,の両者を有することがわが国の診断基準とされている4).一般にドライアイはVDT作業従事者やコンタクトレンズ装用者以外に高齢者でも多くみられる疾患であるが,糖尿病もリスクファクターとして知られている.また,ドライアイの原因として薬剤の関与も知られており,利尿薬,bブロッカー,抗ヒスタミン薬,抗精神病薬,抗Parkinson薬,抗痙攣薬,アスピリン,抗アンドロゲン薬などがあげられている1,5).一方,SGLT2阻害薬は近位尿細管のSGLT2を選択的に阻害することで尿糖排泄を促し,インスリン非依存経路による血糖改善作用をもたらす経口血糖降下薬であり,とくに動脈硬化性心血管疾患や心不全,慢性腎臓病を合併した2型糖尿病患者における有用性が注目されている2).わが国においても処方数が増加しているが,副作用として浸透圧利尿による脱水や,尿糖排泄に伴う尿路感染症,性器感染症が知られ空腹時血糖135mg/dl,血清C-ペプチド3.09ng/ml食後2時間血糖261mg/dl,血清C-ペプチド4.92ng/ml24時間蓄尿:クレアチニンクリアランス96.3ml/min,微量アルブミン14.4mg/day,尿中C-ペプチド245.8?g/day眼底所見:網膜症なし安静時心電図RR間隔変動係数(CVR-R):1.881%神経伝導検査:脛骨神経F波潜時延長あり(59.9ms)脛骨神経誘発筋電位低下(<5mV)腓腹神経導出不良脈波伝導速度(PWV):右1,674cm/s,左1,590cm/s足関節上腕血圧比(ABI):右1.08,左1.05ている.今回,高齢2型糖尿病患者に対してSGLT2阻害薬を開始後,ドライアイの悪化が観察された症例を経験した.今までにSGLT2阻害薬とドライアイの関連を示す明らかな報告はないが,ダパグリフロジンのインタビューフォームにおける副作用報告として眼乾燥が少数ながらあげられている.本症例は血糖コントロール不良の高齢2型糖尿病であり,かつ神10.09.08.07.02.01.51.00.530.020.010.0入院期間ンlozin5図1臨床経過血漿浸透圧=2×血清Na+BUN/2.8+血糖/18で算出.SU:スルホニル尿素薬,DPP4i:DPP4阻害薬,TZD:チアゾリジン薬,BG:ビグアナイド薬,BUT:涙液層破壊時間.経伝導検査において重度に分類される神経障害を有していた.血糖コントロール不良や糖尿病神経障害の存在,さらにはその重症度により,ドライアイが悪化するという報告があり6?10),加えて本症例ではアスピリン5)やACE阻害薬11)といったドライアイに関連しうる薬剤も使用していた.また,欧米においては,炎症や涙液浸透圧の上昇がドライアイの原因として重視されているが4),涙液浸透圧と全身性脱水が関連するとの報告12,13)や,ドライアイ患者で血漿浸透圧が高いという報告14)から,全身性脱水がドライアイの病態に関与してくる可能性も考えられる.本症例においては経過中,眼症状の自覚がもっとも強いときに眼科診察を受けておらず,ドライアイ以外の眼病変の存在も否定はできないが,元々のドライアイ既往に,重度神経障害を合併したコントロール不良の2型糖尿病,ドライアイに影響する薬剤使用といった背景に,入院中の減塩食徹底によるレニン・アンギオテンシン系阻害薬の効果増強や入院環境下での自由飲水不足に加え,SGLT2阻害薬開始後の浸透圧利尿が全身性脱水を引き起こし,ドライアイを悪化させる要因になったと考えられた.ドライアイの悪化が観察された際には,一般的な眼科診察においても患者の服用薬剤の確認や,全身状態の把握に努めることも重要と考える.謝辞:本論文作成にあたりご助言をいただきました当院眼科スタッフの皆様に深謝いたします.文献1)ClaytonJA:Dryeye.NEnglJMed378:2212-2123,20182)DaviesMJ,D’AlessioDA,FradkinJetal:Managementofhyperglycaemiaintype2diabetes,2018.Aconsensus?reportbytheAmericanDiabetesAssociation(ADA)andtheEuropeanAssociationfortheStudyofDiabetes(EASD).Diabetologia61:2461-2498,20183)馬場正之:神経伝導検査による糖尿病性神経障害の重症度診断.臨床神経生理学41:143-150,20134)島﨑潤,横井則彦,渡辺仁ほか:日本のドライアイの定義と診断基準の改訂(2016年版).あたらしい眼科34:3-8,20175)FraunfelderFT,SciubbaJJ,MathersWD:Theroleofmedicationsincausingdryeye.JOphthalmol2012:doi:10.1155/2012/2858516)KaisermanI,KaisermanN,NakarSetal:Dryeyeindia?beticpatient.AmJOphthalmol139:498-503,20057)ZouX,LuL,XuYetal:Prevalenceandclinicalcharac?teristicsofdryeyediseaseincommunity-basedtype2diabeticpatients:theBeixinjingeyestudy.BMCOphthal-mol18:articleno117,20188)DogruM,KatakamiC,InoueM:Tearfunctionandocu?larsurfacechangesinnoninsulin-dependentdiabetesmel?litus.Ophthalmology108:586-592,20019)AchtsidisV,EleftheriadouI,KozanidouEetal:Dryeyesyndromeinsubjectswithdiabetesandassociationwithneuropathy.DiabetesCare37:e210-e211,201410)MisraSL,PatelDV,McGheeCNJetal:Peripheralneu?ropathyandtear?lmdysfunctionintype1diabetesmelli?tus.JDiabetesRes2014:848659,201411)KalkanAkcayE,AkcayM,CanGDetal:Thee?ectofantihypertensivetherapyondryeyedisease.CutanOculToxicol34:117-123,201512)FortesMB,DimentBC,DiFeliceUetal:Tear?uidosmo?larityasapotentialmarkerofhydrationstatus.MedSciSportsExerc43:1590-1597,201113)WillshireC,BronAJ,Ga?neyEAetal:BasalTearOsmo?larityasametrictoestimatebodyhydrationanddryeyeseverity.ProgRetinEyeRes64:56-64,201814)WalshNP,FortesMB,Raymond-BarkerPetal:Iswhole-bodyhydrationanimportantconsiderationindryeye?InvestOphthalmolVisSci53:6622-6627,2012◆**

大阪医科大学附属病院における糖尿病眼筋麻痺症例の検討─複視に対する治療法─

2019年10月31日 木曜日

《第24回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科36(10):1307.1311,2019c大阪医科大学附属病院における糖尿病眼筋麻痺症例の検討─複視に対する治療法─筒井亜由美菅澤淳奥英弘戸成匡宏松尾純子西川優子荘野明希中村桂子濵村美恵子稲泉令巳子清水みはる池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CInvestigationofDiabeticOphthalmoplegiaatOsakaMedicalCollegeHospital─TreatmentsforDiplopia─AyumiTsutsui,JunSugasawa,HidehiroOku,MasahiroTonari,JunkoMatsuo,YukoNishikawa,AkiShono,KeikoNakamura,MiekoHamamura,RemikoInaizumi,MiharuShimizuandTsunehikoIkedaCDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeC目的:大阪医科大学附属病院における糖尿病眼筋麻痺の臨床所見および複視に対する治療について検討した.対象および方法:2014年C2月.2018年C5月に複視を主訴として受診し,糖尿病眼筋麻痺と診断されたC15例を対象とした.検討項目は神経麻痺の種類・HbA1c・治癒率・治癒までの期間・複視の治療とした.結果:年齢はC52.83歳,神経麻痺の種類は動眼神経麻痺C2例,滑車神経麻痺C5例,外転神経麻痺C8例で,すべて片眼性であった.滑車神経麻痺のC1例は再発がみられた.全体では,HbA1cは平均C7.4C±1.1%,治癒率はC94%,治癒までの期間は平均C3.9C±3.3カ月であった.複視に対する治療は,膜プリズムC33.3%,遮閉膜C26.7%,眼帯C13.3%,経過観察C26.7%であった.結論:治癒までの期間は既報とほぼ同様で短かったが,複視を軽減するために膜プリズムや遮閉膜を試みる価値があると思われた.CPurpose:Weinvestigatedtheclinical.ndingsandthetreatmentsfordiplopiaindiabeticophthalmoplegiaatOsakaMedicalCollegeHospital.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved15patientswhopresentedwithdiplo-piaandwerediagnosedasdiabeticophthalmoplegia,atourHospitalfromFebruary2014toMay2018.Weretro-spectivelyCinvestigatedCtheCtypeCofophthalmoplegia,Chemoglobin(Hb)A1c,CcureCrate,CelapsedCtimeCperiodCuntilChealing,andtreatmentmethodfordiplopia.Results:Agesrangedfrom52to83years.TypesofophthalmoplegiawereCoculomotorpalsy(n=2)C,Ctrochlearpalsy(n=5)andCabducentpalsy(n=8)C.CAllCcasesCwereCunilateral.COneCrecurrentcasewasobservedinthetrochlearpalsytype.Forallcases,themeanHbA1cscorewas7.4±1.1%,thecureratewas94%,andthemeantimeperioduntilhealingwas3.9±3.3months.Thetreatmentmethodsfordiplo-piaCwereCmembraneprism(33.3%)C,Cocclusionfoil(26.7%)C,eyepatch(13.3%)orCfollow-upobservation(26.7%)C.CConclusions:AlthoughCtheCelapsedCtimeCperiodCuntilChealingCwasCasCshortCasCinCtheCpreviousCreport,CmembraneCprismandocclusionfoilwerefoundtobeusefulande.ectivetreatmentsforrelievingthesymptomsofdiplopia.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(10):1307.1311,C2019〕Keywords:糖尿病,糖尿病眼筋麻痺,複視,膜プリズム,遮閉膜.diabetesmellitus,diabeticophthalmoplegia,diplopia,membraneprism,occulusionfoil(Bangerter)C.Cはじめに糖尿病の合併症はさまざまあるが,眼合併症では糖尿病網膜症をはじめ,白内障,角膜症,視神経症などが存在する.そのなかで,眼球運動障害を生じる糖尿病眼筋麻痺は,比較的予後が良好であるため看過されやすいが,重要な眼合併症の一つである.糖尿病眼筋麻痺はCI型およびCII型糖尿病,それに耐糖能異常のみられる患者に眼筋麻痺を生じ,他に鑑別すべき原因疾患の認められない病態とされており1,2),糖尿病患者の約C1%に認められると報告されている1.7).本疾患は,動眼神経麻痺,滑車神経麻痺,外転神経麻痺などの単神〔別刷請求先〕筒井亜由美:〒569-8686大阪府高槻市大学町C2-7大阪医科大学附属病院眼科Reprintrequests:AyumiTsutsui,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPANC表1神経麻痺別の背景因子動眼神経麻痺滑車神経麻痺外転神経麻痺全体疾患Cn=2(眼)Cn=6(眼)Cn=8(眼)Cn=16(眼)年齢(歳)C62±14.1C64±6.9C75±6.6C69.3±9.3*HbA1c(%)C7.0±0.1C8.0±1.5C7.1±0.8C7.4±1.1治癒率100%83%100%94%治癒までの期間(月)C4.3±3.9C3.6±1.6C4.1±4.2C3.9±3.3痛み100%0%12.5%経障害として発症することが多く,複視を主訴とすることが多い.糖尿病眼筋麻痺の臨床的特徴像についての報告はみられるものの,糖尿病眼筋麻痺による複視に対する具体的な治療についての報告は少ない1.10).今回,大阪医科大学附属病院における糖尿病眼筋麻痺の臨床所見および複視に対する治療について検討したので報告する.CI対象および方法対象は,2014年C2月.2018年C5月に複視を主訴として大阪医科大学附属病院眼科を受診し,糖尿病眼筋麻痺と診断されたC15例(男性C10例,女性C5例),年齢はC52.83歳(平均C69.7±9.5歳)であった.検討項目は,神経麻痺の種類,HbA1c,治癒率,治癒までの期間,疼痛の有無,複視に対する治療とした.なお,今回の治癒については,正面位で顕性の偏位がなく,日常生活において複視を自覚することがないものとした.CII結果1.神経麻痺の種類症例はC15例だが,1例再発例があるためC16眼とした.神経麻痺の種類は,外転神経麻痺がC8眼(50%),滑車神経麻痺がC6眼(38%),動眼神経麻痺がC2眼(12%)であった.すべて片眼性で複合神経麻痺の症例はなかった.麻痺眼は,右眼C10眼,左眼C6眼であった.再発を認めたC1症例は,左眼滑車神経麻痺発症後C1.5カ月で治癒したものの,9カ月後に右眼滑車神経麻痺を発症した.C2.背景因子と臨床症状各神経麻痺別に年齢,HbA1c,治癒率,治癒までの期間,疼痛の有無についてまとめたものを表1に示す.年齢については,外転神経麻痺がやや高齢であった(p<0.05,一元配置分散分析法p<0.05,Tukey-Kramer法).HbA1cは,各神経麻痺間に有意差はみられなかった(ns,一元配置分散分析法).今回治癒に至らなかった残存例は,滑車神経麻痺のC1眼のみであり,治癒率は各神経麻痺間に有意差はみられなかった(ns,Cc2検定).治癒までの期間も,各神経麻痺間に有意差はみられなかった(ns,一元配置分散分析法).疼*p<0.05痛については,動眼神経麻痺はC2眼とも疼痛を伴い,滑車神経麻痺では疼痛を伴うものはなく,外転神経麻痺ではC1眼のみで,神経麻痺間で差がみられた(p<0.01,Cc2検定).動眼神経麻痺のC2症例については,瞳孔異常は認められなかった.糖尿病の推定罹患期間は,0.25.15年(平均C6.0C±5.2年)であり,10年以上C3例,5年以上C3例,5年未満C6例,不明3例であった.今回,眼筋麻痺の発症を契機に糖尿病が発見された症例はなかったが,糖尿病と診断されたが治療を放置していて,眼筋麻痺の発症を契機に内服治療を開始したものがC2例あった.また,治癒までの期間に影響を及ぼす要因として,年齢・HbA1c・糖尿病の罹患期間について検討したが,いずれも相関はみられなかった(年齢:r=0.22,p=0.45HbA1c:Cr=.0.21,Cp=0.46,糖尿病の罹患期間:r=.0.21,Cp=0.52).今回の症例の合併症については,糖尿病網膜症はC3例に認められ,1例が単純糖尿病網膜症,2例が増殖糖尿病網膜症であった.その他合併症では,糖尿病腎症はC4例,高血圧10例,動脈硬化症C1例,末梢神経障害C2例,高脂血症C4例であった.C3.複視に対する治療全症例の偏位量を図1に示す.滑車神経麻痺は比較的偏位量が少ないものが多く,外転神経麻痺は麻痺の程度により偏位量は広範囲に渡っていた.各神経麻痺別の複視に対する治療法を図2に示す.つぎに偏位量と治療法を合わせた図を示す(図3).膜プリズムを処方したのは,5.14CΔの比較的偏位量が少ない症例で,処方したプリズム度数はC4.12CΔであった.偏位量が多くなると遮閉膜や眼帯で対応した.経過観察となったのはC5眼であった.そのうち動眼神経麻痺のC1眼は眼瞼下垂によって日常複視を感じなかったものであった.滑車神経麻痺のC3眼のうち,1眼は頭位で代償したもの,あとのC2眼は再発例であり,この症例は以前にも自然治癒の経験があり,患者自身が治療を希望しなかった.外転神経麻痺のC1眼は,第一眼位で複視の自覚があいまいで治療を希望しなかった.また,眼科で内服治療として,おもにビタミンCBC12製剤や(眼)■動眼神経麻痺滑車神経麻痺■外転神経麻痺543210図1疾患別偏位量縦軸は眼数,横軸が偏位量を表す.偏位量については,疾患により水平と上下偏位の両方ある場合はプリズムの合成した量で示す.~5未満~10~15~20~25~30(⊿)(眼)■動眼神経麻痺滑車神経麻痺■外転神経麻痺☆膜プリズム△遮閉膜○眼帯543210~5~10~15~20~25~30(⊿)図3疾患別偏位量と複視に対する治療法縦軸は眼数,横軸が偏位量を表す.循環改善剤をC16眼中C13眼に処方した.処方しなかった症例は,眼筋麻痺の発症以前より内科で類似の処方を受けていた症例であった.斜視手術による治療については,治癒に至らなかったC1例に対して斜視手術を検討したが,複視の自覚があいまいであったため手術は行わなかった.C4.代.表.症.例代表的な症例を示す.73歳,男性,右眼外転神経麻痺,複視を主訴として近医より紹介受診.既往歴はラクナ梗塞.現病歴は糖尿病,単純糖尿病網膜症.糖尿病の罹患期間は10年,HbA1cはC8.4%.視力は右眼矯正(1.0),左眼矯正(0.9).眼位は近見・遠見ともに内斜視で,右眼に外転制限があり,右方視で内斜視が増大した(図4).Hesschartを図5に示す.この症例は,所持眼鏡にC10CΔの膜プリズムをCbaseoutで麻痺眼である右眼のレンズに貼り付けたところ,正面視で複視が解消した.■膜プリズム■遮閉膜■眼帯■経過観察動眼神経麻痺滑車神経麻痺外転神経麻痺(眼)図2疾患別の複視に対する治療法縦軸は疾患,横軸が眼数を表す.CIII考按神経麻痺の種類について各施設の報告をまとめたものを示す(表2).既報3,4,7,8)では,施設により差があるものの,外転神経麻痺が多い傾向がみられ,今回も同様であった.糖尿病眼筋麻痺の治癒率については,既報では施設により治癒の基準が異なるが,湯口ら3)はC100%,三村ら4)はC93.3%,高橋5)はC100%,有村ら7)はC100%,横山ら9)はC71%と報告しており,今回の報告でもC94%であった.また,三村ら4)は全眼球運動神経麻痺ではC62%,湯口ら3)は糖尿病以外の原因による眼筋麻痺ではC40%という報告をしており,他の原因による神経麻痺に比べ糖尿病眼筋麻痺の予後は良好であると考えられる.治癒までの期間について,既報では,板野ら8)はC14.5C±8.4週,横山ら9)はC2.8カ月,湯口ら3)がC12.6C±6.6週,三村ら4)はC12.6週,有村ら7)はC104日と報告しており,どの報告でもC3.4カ月であった.今回もC3.9C±3.3カ月と同様の結果であり,比較的短期間で治癒すると考えられる.治癒までの期間と年齢・HbA1c・糖尿病の罹患期間には相関はみられず,治癒までの期間に影響を及ぼす因子ではないと考えられる.疼痛については,既報5.8,10)と同様に今回の症例でも動眼神経麻痺ではC2例とも疼痛がみられた.海綿静脈洞部で動眼神経の栄養血管が閉塞し,三叉神経が影響を受けている可能性が推察される.複視に対する治療法は,他の原因による眼筋麻痺と同様で,偏位量が少ない場合はプリズム,偏位量が多い場合は遮閉膜や眼帯が適応となることが多い.今回プリズムを処方した症例の偏位量はC5.14CΔであり,15CΔ以下がプリズムの適応となりやすいと考える.しかし,既報11)ではそれ以上の偏位量でも処方している例もあり,大きな偏位量でもプリズ012345678眼位近見8~10ET’Δ遠見25ET←8~10ET→orthoΔΔ右方視左方視右方視第一眼位左方視図4症例右眼外転神経麻痺Hesschart図5Hesschart(左)と膜プリズムを貼り付けた所持眼鏡(右)右眼の外転制限が認められる.麻痺眼の右眼レンズにC10CΔbaseoutで膜プリズムを貼り付けた.表2神経麻痺の内訳症例数動眼神経麻痺滑車神経麻痺外転神経麻痺報告年板野ら8)C横山ら9)C湯口ら3)C三村ら4)C今回C2241418421641(C15.2%)7(5C0.0%)6(3C3.3%)9(2C1.4%)2(1C2.5%)59(C17.2%)4(2C8.6%)2(1C1.1%)4(9C.5%)5(3C7.5%)124(C67.4%)C6(4C2.9%)C10(C55.5%)C27(C64.3%)C8(5C0.0%)2017201420021998注1:横山らの症例数については再発C3例を含む.注2:三村らの症例数についてはC2例の注視麻痺を含む.ムが適応となるか試してみる価値はあると思われる.神経麻痺別では,動眼神経麻痺は,眼瞼下垂の程度が強い場合は複視を自覚することがないため,複視に対する治療は必要ではない.下垂が軽度の場合は複視を自覚するため治療が必要となる.この場合,向き眼位により偏位が大きく変化するため,プリズムでは両眼単一視が十分に得られず適応となりにくく,遮閉膜や眼帯が適応となる.滑車神経麻痺では,他の神経麻痺と比べ比較的偏位量が少なく,今回の症例でもC1例にみられたように頭位で代償できることもある.水平偏位と上下偏位がともにみられることが多く,プリズムの基底を患者の自覚に基づき微調整可能な場合にはプリズムの適応となる.外転神経麻痺では,麻痺の程度が軽度である場合,頭位で代償できることもあるが,滑車神経麻痺と異なり水平偏位のみの場合が多い.今回の症例でもみられたように,プリズムである程度の範囲で両眼単一視を得ることができるため,プリズムの適応となりやすい.麻痺の程度が高度な場合は度の強いプリズムが必要となるため,収差や違和感が強くなり装用はむずかしく,遮閉膜や眼帯が適応となる.また,一般的に眼筋麻痺では,複視の症状が長期化し固定した症例で,偏位が大きいと斜視手術の適応となる場合もあるが,偏位が少ない場合は組込みプリズムも選択肢の一つとなる.しかし,糖尿病眼筋麻痺は短期間で治癒するため,プリズムは組込みではなく,眼位の改善に応じて取りはずしが可能な膜プリズムが有用である.膜プリズムや遮閉膜は,突然複視を生じ,日常生活に支障をきたして受診する患者に対して,所持眼鏡に貼ることで初診時でもすぐに複視の辛さに対応できる利点がある.遮閉膜は,プリズムと異なり両眼視はできないが,プリズムが適応とならない場合は選択肢の一つとなると思われる.糖尿病眼筋麻痺は,治癒までの期間は一般的に報告されているように短く,他の原因による眼筋麻痺と比べ予後が良好であるが,複視の辛さを軽減するために,膜プリズムや遮閉膜は簡便で試してみる価値があると再認識した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)勝井義和,高橋昭,竹沢英郎:糖尿病眼筋麻痺─本邦報告C151症例の臨床統計分析と外国C3部検例の再評価を中心にして.神経内科23:122-134,C19852)向野和雄,難波龍人,阪本則敏:糖尿病とニューロパチー特に眼球運動障害(診断と治療).眼科CMOOKC46:213-222,C19913)湯口琢磨,海谷忠良:海谷眼科における糖尿病性眼筋麻痺の統計的観察.眼紀C53:104-107,C20024)三村治,鈴木温:糖尿病性眼筋麻痺.眼紀C49:977-980,C19985)高橋洋司:糖尿病性眼筋麻痺.神経内科70:13-21,C20096)奥野泰久,丸毛和男,上田進彦ほか:糖尿病患者に合併した眼筋麻痺.糖尿病23:619-625,C19807)有村和枝,小島祐二郎:糖尿病における外眼筋麻痺.眼臨C89:688-690,C19958)板野瑞穂,菅澤淳,戸成匡宏ほか:大阪医科大学附属病院眼科における糖尿病性眼筋麻痺の検討.眼臨C71:1755-1759,C20179)横山大輔,瀧川円,小野しずかほか:当院における糖尿病眼筋麻痺の予後について.日視会誌43:161-166,C201410)向野和雄,青木繁,庄司治代:糖尿病の神経眼科眼球運動障害.眼紀46:132-137,C199511)筒井亜由美,中村桂子,澤ふみ子ほか:成人の複視に対するフレネル膜プリズムの装用状況.眼臨紀C1:233-239,C2002C***

足立区における糖尿病患者に対する重症化予防への取り組み─ UNDER 7%─

2018年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科35(11):1554.1559,2018c足立区における糖尿病患者に対する重症化予防への取り組み─UNDER7%─神前賢一*1,2,3杉浦立*4渡邉亨*4山田冬樹*4早川貴美子*4佐藤和義*5鈴木優*6大高秀明*7増田和貴*7高橋伸治*7馬場優子*7千ヶ崎純子*7江川博文*7小林智春*7鳥山律子*7大山悟*7鈴木克己*8伊東貴志*8*1こうざきアイクリニック*2東京慈恵会医科大学*3足立区眼科医会*4足立区医師会*5足立区歯科医師会*6足立区薬剤師会*7足立区衛生部*8足立区区民部CApproachtoPreventingSeverityofUntreatedDiabetesPatientsinAdachiCity─UNDER7%─KenichiKohzaki1,2,3),TatsushiSugiura4),ToruWatanabe4),FuyukiYamada4),KimikoHayakawa4),KazuyoshiSato5),CMasaruSuzuki6)CHideakiOhtaka7),KazuyoshiMasuda7),ShinjiTakahashi7)CYukoBaba7),JunkoChigasaki7),CHirofumiEgawa7),ChiharuKobayashi7),RitsukoToriyama7)CSatoruOhyama7),,KatsumiSuzuki8)andTakashiIto8)1)KohzakiEyeClinicJikeiUniversitySchoolofMedicine,3)iOphthalmologistsAssociation,4)AdachiMedicalAssociation,5)AdachiDentalAssociation,6)AdachiPharmacistsAssociation,7)AdachiCityO.ceHygieneDivision,8)Adachi,2),Adach,CityO.ceCitizensDivisionC緒言:東京都足立区の糖尿病未治療者に対して重症化予防対策を行い,平成C26年度の結果について報告した.対象および方法:足立区国民健康保険に加入し,足立区特定健診を受診したC40.59歳で,ヘモグロビンCA1c7%以上の糖尿病未治療者を対象とした.方法は自宅に訪問通知書を郵送後,保健師と栄養士が自宅訪問し,検診結果を説明し,生活状況を聞き取り,医療機関受診の勧奨を行った.結果:該当者はC231人で,男性C173人,女性C58人であった.自宅面談はC121人,保健センター面談はC13人,電話相談はC35人であり,合計C169人(73.2%)からいずれかの方法で話を聞くことができた.糖尿病診療科への継続受診者は,132人(57.1%)で,中断者はC48人(20.8%),未治療者はC51人(22.1%)であった.眼科受診者はC70人(30.3%),歯科受診者はC81人(35.1%)であった.結語:保健師および栄養士による面談は,医療機関受診の動機づけに有効であると考えられ,保健師,栄養士を含めたメディカルスタッフと患者を交えた連携が重要と考えられた.CPurpose:WepresentaprojectforpreventingseverityinuntreateddiabeticpatientsinAdachicity.Subjectsandmethods:SubjectsCwereCuntreatedCdiabeticCpatientsCwithChemoglobinCA1c7%CorCmore,CagedC40to59,whohaveCjoinedCAdachiCCityCNationalCInsuranceCandCreceivedCspeci.cCcomprehensiveCmedicalCexamination.CAfterCtheCCitymailedavisitnoticetothesubjects,apublichealthnurseandnutritionistvisitedeachhouse.Subjectsweretheninterviewedastotheresultsofthespeci.ccomprehensivemedicalexamination,lifestyleandrecommendingmedicalinstitute.Results:Visitnoticewasmailedto231patients(173males,58females).Ofthe231,169(73.2%)ChadCsomeCformCofCinterviewCbyCaCpublicChealthnurse:121atChome,C13atCaChealthCcenterCandC35byCtelephoneCcounseling.CPeriodicCvisitsCtoCdiabetesCdepartmentCtotaled132(57.1%)patients;cessationsCnumbered48(20.8%).Untreatedpatientsnumbered51(22.1%).Visitstoophthalmologytotaled70(30.3%)patientsandtodentistry81(35.1%).Conclusions:AnCinterviewCbyCpublicChealthCnurseCandCnutritionistCwasCe.ectiveCinCmotivatingCmedicalCinstitution.CCooperationCbetweenCmedicalCsta.,CincludingCpublicChealthCnurse,CnutritionistCandCpatientsCwasCconsid-eredimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(11):1554.1559,C2018〕〔別刷請求先〕神前賢一:〒121-0815東京都足立区島根C3-8-1山一ビル島根CII-2FこうざきアイクリニックReprintrequests:KenichiKohzaki,M.D.,KohzakiEyeClinic,YamaichibuildingShimaneII-2F,3-8-1Shimane,Adachi-ku,Tokyo121-0815,JAPANC1554(106)Keywords:足立区,特定健診,糖尿病,重症化予防,メディカルスタッフ.AdachiCcity,medicalcare,diabetesmellitus,preventionofseverity,medicalsta.Cはじめに生活習慣病は若年時からの生活環境を改善することで,その発症を予防することができるが,むずかしいのも事実である.InternationalCDiabetesFederationによると糖尿病は世界的に増加傾向にあり1),国ごとにさまざまな対策がなされている2.5).また,近年ではさまざまなCIT機器を利用した介入も試みられている6).これは日本においても同様であり,糖尿病の予防,重症化予防,合併症予防のために,各市町村や各地域の医師会などで特定健診7)をはじめとする積極的な取り組みが行われている.東京都足立区は,以前から区民の健康維持増進に取り組んでいたものの,いずれも本質的な改善には至らなかった.糖尿病に関する新たな事業を発足させるにあたり,過去C10年間の健康調査を行ったところ,①足立区国民健康保険における医療費は糖尿病および腎不全が毎年上位を占め,②糖尿病患者一人当たりの医療費は東京C23区内で最高位であり,③糖尿病患者の腎透析に至る割合は,特別区および東京都の平均値を上回り,④区民は糖尿病が重症化するまで放置する傾向にあるということが判明した8).これらのことを踏まえて,平成C25年に足立区は「糖尿病対策アクションプラン」を発足した.このアクションプランには,「野菜を食べる・野菜から食べることを推進する」「乳幼児期からよい生活習慣づくりを推進する」「糖尿病を重症化させない取り組みを推進する」という三つの基本方針が掲げられている.足立区眼科医会は平成C26年度から,糖尿病を重症化させない取り組みである糖尿病重症化予防対策事業に参加を始めた.この事業では,糖尿病の重症化および合併症により区民の生活の質が低下するのを抑制することを目標としている.今回筆者らは,足立区の糖尿病重症化予防対策における平成C26年度の結果について報告する.本研究は,東京慈恵会医科大学倫理委員会の承認を得て行った〔臨床研究CNo.29-334(8950)〕.CI対象および方法足立区国民健康保険に加入し,平成C26年C5月.平成C27年C3月に足立区特定健診7)を受診した区民のうち,年齢が40.59歳,ヘモグロビンCA1c値がC7%以上,糖尿病未治療者を糖尿病重症化予防対策の対象者とした.対象者はC231人で,男性はC173人(40歳代C79人,50歳代C94人),女性58人(40歳代C20人,50歳代C38人)であった.平均年齢は,40歳代でC45.3C±2.8歳,50歳代でC54.7C±2.9歳であった.また,足立区特定健診の検査内容は身長体重,肥満度,腹囲,血圧の計測,胸部CX線,心電図,血液,尿検査であった.はじめに足立区国民健康保険課より対象者の自宅に訪問通知書を発送した.つぎに保健師および栄養士が自宅を訪問し,本人または家族と面談を行った.自宅での面談が困難な場合は保健センターでの面談や電話による相談を行った.面談時の内容は,過去の通院歴や治療内容の把握,特定健診結果の状況および病気の説明,医療機関への受診の必要性などであった.また,個人の生活習慣の把握および改善へのアドバイス,栄養指導なども行った.その後,対象者の追跡調査を行うために,複数回の訪問や面談を行う症例があった.面談後の各診療科への受診状況,糖尿病網膜症や歯周病の有無の判定,継続通院・中断状況などは,足立区国民健康保険課のレセプトデータから抽出し解析した.対象者の特定健診結果は平均値±標準偏差で示し,平成C26年の厚生労働省の国民健康・栄養調査の結果を基準値とし,年代別および性別ごとに血糖値,ヘモグロビンCA1c値,血圧,脂質代謝,腎機能,肥満度を比較検討した.また,網膜症の有無との関連についても検討した.CII結果今回の対象者C231人は,同年代(40.59歳)の足立区特定健診受診者C17,140人のうちのC1.4%であった.自宅にて面談できたのはC231人中C121人で,訪問回数は延べC263回であった.自宅での面談がむずかしく保健センターで面談できたものはC13人で,延べC26回であった.直接の面談が困難で電話による相談となったものはC35人で,その回数はC236回であった.全体でC231人中C169人(73.2%)にいずれかの方法で聞き取り調査ができた.また,訪問時の面談拒否や不在,自宅の特定ができないものがC62人(26.8%)みられた.訪問時の面談拒否の理由としては,「自己管理しているので必要ない」,「医療機関は信用できない」などが聴取できた.また,このC62人に対して不在票をポスティングしたところ,後日C22人(35.5%)から連絡をもらうことができた.足立区国民健康保険課のレセプトデータによる解析では,面談後に眼科受診をしているものはC70人(30.3%)であり,そのうち網膜症あり(以下,DR+群)と診断されたものは43人(61.4%)で,男性C33人,女性C10人であった.一方で網膜症なし(以下,DRC.群)のものはC27人で,男性C17人,女性C10人であった.歯科受診はC81人(35.1%)で,うちC72人(88.9%)は歯周病の診断を受けていた.面談後に糖尿病診療科へ受診し継続中のものはC132人(57.1%)で,治療歴はあるものの通院を中断した者はC48人(20.8%),面談後も未治療だったのはC51人(22.1%)であった(表1).複数回の面談において,中断者C48人の中断理由は,糖尿病に対する理解不足がC22人(45.8%),このうちC6人は外国人であった.残りのC26人(54.2%)は経済的問題,時間的制約,家庭事情などであった.未治療者C51人の理由は,中断者と同様に糖尿病に対する理解不足が原因と考えられるものはC21人(41.2%)であり,30人(58.8%)が医療不信,経済的問題,時間的制約,家庭事情などであった.対象者の特定健診結果の検討(表2)では,空腹時血糖値およびヘモグロビンCA1c値は性別および年代に関係なく基準値を有意に上回っていた.また,血圧,脂質代謝,腎機能および肥満度に関しても,多くの項目で対象者は有意に高値であった.さらに眼科受診をしたC70人を網膜症の有無で比較すると,DR+群の平均血糖値はC236.7C±98.3Cmg/dlで,40歳代C253.2C±104.7mg/dl,50歳代C223.7C±93.2mg/dlであった.一方でCDRC.群はC190.7C±54.2mg/dlで,40歳代C232.8±85.6mg/dl,50歳代C181.2C±41.5mg/dlであった.血糖値においてはC40歳代,50歳代とも基準値と比較して有意に高値であった.DR+群の血糖値は,40歳代とC50歳代ともにCDRC.群に比べ高い傾向を示したが,有意な差はみられなかった(図1a).同様に平均ヘモグロビンCA1c値ではCDR+群はC10.4C±2.5%で,40歳代C10.8C±2.0%,50歳代C10.1C±2.8%であった.DRC.群ではC8.7C±1.5%で,40歳代C10.1C±1.5%,50歳代C8.4C±1.4%であった.ヘモグロビンCA1c値に関しても血糖値と同様にC40歳代,50歳代ともに有意に高値であった.DR+群のヘモグロビンCA1c値もまた,40歳代とC50歳代ともにCDRC.群に比べ高い傾向がみられ,50歳代においては有意差を認めた(図1b).CIII考按以前より,足立区は区民に対して健康維持についての啓発を行っていたが,本質的な改善には至らなかった.足立区民の平均寿命は東京都の平均を下回り,足立区の医療費は糖尿病および腎不全による部分が上位を占めていた.平成C20年における糖尿病外来患者数の全国比較において,東京都は人口C10万人に対してC123件と報告9)され,全国でC41位であった.しかしながら,足立区国民健康保険課が独自に算出した足立区の糖尿病患者レセプト件数は,人口千人に対して継続中132(C57.1)C..治療歴があるが中断48(C20.8)22(C45.8)26(C54.2)未治療51(C22.1)21(C41.2)30(C58.8)中断・未治療の理由受診状況(n=231)人(%)理解不足その他表1面談後の受診状況表2特定健診結果の比較男性女性40歳代50歳代40歳代50歳代対象者基準値対象者基準値対象者基準値対象者基準値血糖値(mg/dl)C206.3±89.0**C93.3±11.4C189.0±82.7**C97.4±13.7C193.8±56.0**C94.9±13.7C198.1±75.3**C97.0±17.9CHbA1c(%)C9.6±2.2**C5.5±0.3C8.8±2.0**C5.6±0.4C9.2±1.9**C5.5±0.4C9.2±2.2**C5.6±0.5収縮期血圧(mmHg)C136.3±23.0**C124.4±12.1C133.4±16.4C132.7±17.9C134.8±21.5**C118.2±14.7C134.4±16.2**C124.0±15.8拡張期血圧(mmHg)C86.0±13.0**C81.2±10.0C83.2±11.2C85.6±11.3C81.3±12.6C75.8±10.2C81.7±10.5*C77.5±10.2LDL(mg/dl)C146.0±44.3**C119.2±27.2C135.0±39.1**C122.0±30.1C129.5±27.9**C110.0±27.5C149.5±36.8**C129.9±31.0中性脂肪(mg/dl)C244.1±302.5C182.1±131.4C223.4±189.7*C177.0±163.8C167.9±117.9*C111.1±100.0C211.3±171.0**C130.2±80.0HDL(mg/dl)C49.5±13.8**C55.9±16.2C50.8±13.4**C58.6±15.5C54.7±11.4**C67.2±15.7C55.9±11.6**C68.6±15.6尿酸(mg/dl)C5.5±1.3**C6.0±1.4C5.4±1.2*C5.8±1.3C4.5±1.0C4.1±1.0C4.5±1.4C4.5±1.0eGFR(ml/min/1.73mC2)C90.7±17.9**C79.3±12.0C84.5±17.7**C73.5±12.8C96.6±25.4*C82.2±13.3C86.4±15.5**C75.3±13.0Cr(mg/dl)C0.8±0.2**C0.9±0.1C0.8±0.2**C0.9±0.5C0.6±0.1C0.6±0.1C0.6±0.1C0.6±0.1腹囲(cm)C96.3±13.2.92.4±13.2.93.9±14.4.95.2±16.4.BMI(kg/mC2)C28.3±5.1**C24.0±3.6C26.2±4.4**C23.9±3.3C28.0±6.1**C22.2±3.6C27.8±5.3**C22.7±3.6CHbA1c:ヘモグロビンCA1c値,LDL:低比重リポ蛋白,HDL:高比重リポ蛋白,eGFR:推算糸球体濾過量,Cr:クレアチニン値,BMI:BodyMassIndex.UnpairedCtCtestCwithCWelch’scorrection*:p<0.05,**:p<0.01.47.9件で,その医療費も患者一人当たりC1143.8円となり,ある.東京都内で最高位となった(図2).そこで足立区は,平成今回の検討で,面談後の継続通院者は全体のC57.1%であ25年に「糖尿病対策アクションプラン」を発足させ,糖尿った.一方で,継続通院できない理由として,自身の問題,病を重症化させないために訪問面談を取り入れた糖尿病重症化予防対策を開始した.Ca400*訪問面談の取り組みは,日常診療と異なる環境で血糖値や****血糖値(mg/dl)300**ヘモグロビンCA1c値の再確認,病気の説明を受けることができ,さらに食生活や生活習慣の改善に向けての相談も可能200である.この訪問面談が動機づけとなり,医療機関へ導き,継続受診につなげることが今回の事業の目的であり,医師,100歯科医師,薬剤師とメディカルスタッフの役割でもある.糖尿病患者の受診に関して,村田10)はメディカルスタッフがC040歳代50歳代受診行動を支援し,同居家族の存在が受診行動継続への動機CDR+群DR-群基準DR+群DR-群基準づけになると報告し,飯野ら11)は,健診後の眼科受診において,十分な説明と患者の納得が重要であることを報告している.実際の面談では,「受診の際に医師からあまり説明がない」という声も聴取されたため,訪問時の面談内容を充実させることが治療への意識改革と受診率の向上につながる可能性があると考えられた.一般的に未治療の糖尿病患者は,まず糖尿病診療科に受診し,その後に眼科や歯科へ紹介となることが多い.しかしながら,受診の動機づけという観点かヘモグロビンA値(%)1Cb15.010.05.00.0らは,眼科や歯科から糖尿病診療科へ紹介するという違った視点の動機づけも必要であると考えられる.2010年に足立区薬剤師会は「糖尿病診断アクセス革命」12,13)を開始した.これは患者が薬局にて自己指先採血を行い,ヘモグロビンA1c値を簡易測定器にて測定し,薬剤師から説明を受けるという内容である.この革命も薬局から医療機関への受診勧奨であり,違った視点の動機づけとなりうる.とくに過去に受診歴や中断歴がある患者に対しては,再診を促す可能性が(円/人)1,20040歳代50歳代DR+群DR-群基準DR+群DR-群基準図1血糖値およびヘモグロビンA1c値の比較40歳代およびC50歳代の平均血糖値(Ca)は,DR+群およびCDRC.群ともに基準値と比較して有意に高値を示した.平均ヘモグロビンCA1c値(Cb)においても,DR+群およびCDR.群ともに基準値と比較して有意に高値を示した.さらに,50歳代においてはCDR+群とCDRC.群との間に有意差を認めた.UnpairedCtCtestwithWelch’scorrection*:p<0.05,**:p<0.01.(件/千人)60.01,10050.01,00040.090030.080020.070010.06000.0足立区特別区東京都A区B区C区D区E区F区G区H区I区J区K区L区M区N区O区P区Q区R区S区T区U区V区図240~74歳における糖尿病に関する比較(平成27年5月)足立区の糖尿病患者件数と医療費は東京都および特別区平均を有意に上回る.A.V区:足立区以外のC23区.データは東京都国民健康保険連合会「特定健診・保健指導支援システム」より足立区国民健康保険課が独自に算出したものである.また,医療費は保険診療のC10割相当分である.サポートの問題,金銭的な問題,時間的制約などがあげられた.藤原ら14)は医療機関を受診しない理由として,健診結果の軽視,生活の変更に対する抵抗感,家族や経済状況などを報告している.平谷ら15)は,保健指導の基本に,「自分の生活を日常的に振り返る習慣を身に着けさせる」ことの重要性を述べている.以前から「糖尿病患者の病識不足」という言葉があげられているが,今回の対象者もしくは家族は糖尿病の病態を詳しく知らなくても,血糖値が高いこと,食生活の乱れ,生活習慣,受診の必要性などについて意識している様子はうかがえた.しかしながら,経済問題,とくに金銭面や仕事に追われる時間的制約は,医療機関への受診を遠ざける要因となる.Hayashinoら16)の報告からも受診には多方面の介入が重要であり,医師やメディカルスタッフだけではなく,患者自身や家族も医療行為の実践者17)であり,今回の事業を継続することで,医療行為のチームの輪が広がれば,糖尿病受診者の増加と中断者の減少が期待できると考えられた.今回の検討において,糖尿病診療科への継続受診者がC132人(57.1%)であったにもかかわらず,眼科受診者はC70人(30.3%),歯科受診者はC81人(35.1%)に留まった.残念ながら,今回の報告はレセプトを利用しての検討であり,眼科検査の詳細は個人情報の問題から不明である.しかし,眼科受診者C70人の比較では,40歳代とC50歳代の血糖値およびヘモグロビンCA1c値はともにCDR+群がCDRC.群より高く,40歳代でその傾向はより強くみられた.DR+群は,平均血糖値がC200Cmg/dl以上または平均ヘモグロビンCA1c値がC10%以上であり,これに当てはまる対象者は網膜症を発症している可能性が高いと考えられ,今後の面談において活用できると思われる.最後に,今後の事業の問題点として,訪問先が不明,面談の拒否,面談内容が医療者側に伝わらないことがあげられる.面談拒否の理由に,「自己管理しているので必要ない」「医療機関は信用できない」などが聴取できた.加藤ら18)は,雑談方式の勉強会においてお互いの顔を覚えることで,医療への心理的なハードルを下げる働きがあると述べている.初回訪問時に反応なく不在票をポスティングしたC62人中C22人(35.5%)から後日連絡があったことから,患者または家族と何らかのかかわりを継続することが重要であると考えられた.一方,医療機関側,おもに糖尿病診療科では,面談時の内容が不明で診察の際の説明に困惑するという意見があげられた.現状では,患者が受診した際に保健師との面談について話さない限り,対象者かどうかは不明である.今後,患者本人の同意が得られれば,面談内容を医療機関へフィードバックする方法も検討中である.患者自身の意識改革や長年続けてきた生活習慣の改善は短時間ではむずかしく,時間をかけて説明を繰り返す必要があり,そこには患者とメディカルスタッフとの十分なコミュニケーション19)が必要であると思われる.今回の事業から,保健師および栄養士による自宅訪問面談は,受診の動機づけとして有効であると考えられた.保健師,栄養士を含めたメディカルスタッフが患者に寄り添い,繰り返し観察・指導していくことが,糖尿病ひいては糖尿病網膜症の重症化予防に大きく貢献すると考えられた.本内容は,第C22回日本糖尿病眼学会にて報告した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FederationCInternationalDiabetes:IDFCDIABETESCATLASCSeventhCEditionC2015.Chttp://www.diabetesatlas.Corg/2)梶尾裕:世界のなかの糖尿病戦略特に東アジアの糖尿病診療の現状をふまえて.プラクティスC29:516-524,C20123)浅尾啓子:米国の糖尿病事情.プラクティスC29:525-530,C20124)中神朋子:欧州の糖尿病事情デンマークを中心に.プラクティスC29:531-541,C20125)田中治彦,植木浩二郎,門脇孝:世界の糖尿病臨床・研究における日本の位置づけ.プラクティスC29:510-515,C20126)GrockCS,CKuCJH,CKimCJCetal:ACreviewCofCtechnology-assistedCinterventionsCforCdiabetesCprevention.CCurrCDiabCRepC17:107,C20177)厚生労働省:特定健診・特定保健指導について.http://Cwww.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000161103.Chtml8)足立区データヘルス計画:妊娠早期から始める生活習慣病予防.www.gikai-adachi.jp/iinkai/shidai/kousei/pdf/2017C0419houkoku4.pdf9)厚生労働省:平成C21年地域保健医療基礎統計.http://www.Cmhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hoken/kiso/21.html10)村田祐子:糖尿病新規患者の背景が受診継続に影響する要因A病院内科外来における糖尿病新規患者の教育指標を求めて.山口県看護研究学会論文集C2:1-6,C201611)飯野矢住代,井上浩義:糖尿病診断後の網膜症治療状況の実態調査糖尿病網膜症患者の受診行動に影響を及ぼす要因.日本糖尿病教育・看護学会誌C11:150-156,C200712)足立区薬剤師会:http://a1c.umin.jp/index.shtml13)ShonoCA,CKondoCM,CHoshiCSLCetal:Cost-e.ectivenessCofCaNewOpportunisticScreeningStrategyforWalk-inFin-gertipHbA1CCTestingatCommunityPharmaciesinJapan.DiabetesCareC41:1218-1226,C201814)藤原絢子,原祥子:糖尿病が強く疑われる高齢者が受診をしない理由に関する質的研究.島根大学医学部紀要C38:C45-53,C2016C15)平谷恵,中村繁美,中西早百合ほか:特定保健指導の効果に関する検討4年後の状況.日本農村医学会雑誌C64:C34-40,C201516)HayashinoY,SuzukiH,YamazakiKetal:Aclusterran-domizedCtrialConCtheCe.ectCofCaCmultifacetedCinterventionCimprovedthetechnicalqualityofdiabetescarebyprima-ryCcarephysicians:TheCJapanCDiabetesCOutcomeCInter-ventionTrial-2(J-DOIT2)C.DiabetMedC33:599-608,C201617)村上陽一郎:新しい医師・患者関係.jams.med.or.jp/sym-posium/full/100s06.pdf18)加藤公則,上村伯人,布施克也ほか:地域包括糖尿病総合対策新潟県魚沼地域CProject8.内分泌・糖尿病・代謝内科C42:431-437,C201619)西垣悦代,浅井篤,大西基喜ほか:日本人の医療に対する信頼と不信の構造:医師患者関係を中心に.対人社会心理学研究C4:11-20,C2004***

術前に結膜囊より分離されたコリネバクテリウムの薬剤耐性動向調査(2005〜2016 年)

2018年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科35(11):1536.1539,2018c術前に結膜.より分離されたコリネバクテリウムの薬剤耐性動向調査(2005.2016年)神山幸浩*1北川和子*1萩原健太*1,2柴田伸亮*1佐々木洋*1*1金沢医科大学眼科学講座*2公立宇出津総合病院眼科CAntibacterialResistanceofCorynebacteriumsp.DetectedfromCul-de-sacbeforeOcularsurgeries,2005.2016CYukihiroKoyama1),KazukoKitagawa1),KentaHagihara1,2),ShinsukeShibata1)andHiroshiSasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,UshitsuGeneralHospitalC術前に結膜.より分離されたコリネバクテリウムの薬剤耐性について,2005.2007年までのC3年間(前期群)と2014年C1月.2016年C6月までのC2年半(後期群)を比較した.前期群,後期群ともペニシリン,セフェム,カルバペネム,テトラサイクリン,アミノ配糖体では感受性が良好であったが,マクロライド,クロラムフェニコールには耐性株が高率にみられた.フルオロキノロンを代表してレボフロキサシンに対する感受性を検討したが,耐性率は後期群で有意に増加していた(前期群:40.1%,後期群:56.7%).コリネバクテリウム耐性株が増加する因子として年齢が関係したが,性別,糖尿病診断歴,およびC1年以内の眼科受診歴については,有意な差は認められなかった.CWeexaminedthedrugresistanceofCCorynebacteriumsp.isolatedfromthecul-de-sacsofpatientsbeforeeyesurgeryduringtheC.rstterm(2005.2007)andthelatterterm(2014.2016),respectively.Duringbothterms,thesensitivitytopenicillins,cephems,carbapenem,tetracyclineandaminoglycosidewasgood.TheresistanceratewashighCinCmacrolideCandCchloramphenicol.CAsCregardsC.uoroquinolones,CweCexaminedCsensitivityCtoClevo.oxacin.CTheCrateofresistancewashighduringbothterms,therateincreasingduringthelatterterm(from40.1%to56.7%).WhenCexaminingCprobableCfactorsCrelatingCtoCthisCincrease,ConlyCagingCwasCsigni.cant,CwithCnoCmeaningfulCdi.erenceregardingsex,presenceofdiabetesorhistoryofeyedoctorconsultationwithinthepreviousyear.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(11):1536.1539,C2018〕Keywords:コリネバクテリウム,レボフロキサシン,薬剤耐性,結膜.常在菌,周術期感染予防,糖尿病.Cory-nebacteriumsp.,levo.oxacin,drugresistancy,bacterialC.oraincul-de-sac,preventionofperioperativeperiodinfec-tion,diabetes.Cはじめに白内障術後眼内炎の起炎菌は術前結膜.分離菌と一致することが多く,その薬剤感受性を知ることは眼内炎予防策として重要である.フルオロキノロン系抗菌薬としてオフロキサシン(OFLX)がわが国で初めて上市されたのはC1987年であり,その後さまざまなフルオロキノロン点眼薬が登場している.グラム陽性菌,グラム陰性菌に広い抗菌スペクトルを有していることにより,周術期における結膜.の減菌を目的として単独投与されることが多い1).コリネバクテリウムはグラム陽性桿菌でヒトの皮膚,粘膜,腸内に存在し,結膜.の常在細菌叢として高頻度に認められ,その病原性は低いといわれてきたが,近年結膜炎,眼瞼結膜炎,術後眼内炎などを引き起こすことが報告されており2,3),かつコリネバクテリウムのフルオロキノロン系抗菌薬に対する耐性化が問題となっている4).今回,金沢医科大学病院においてC2005.2007年,2014.2016年の期間に術前患者より分離されたコリネバクテリウムついて,薬剤感受性の経年変化,耐性化率の推移について検討するとともに,耐性株が増加する因子として患者側の要因(年齢,性別,糖尿病診断歴,眼科受診歴)についても着目し,それによる耐性化増加の有無も比較したの〔別刷請求先〕神山幸浩:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学C1-1金沢医科大学眼科学講座Reprintrequests:YukihiroKoyama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinada,Kahoku,Ishikawa920-0293,JAPANC1536(88)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(88)C15360910-1810/18/\100/頁/JCOPYで報告する.CI対象および方法1.対象本研究は後方視的観察研究であり,2005年C1月.2007年12月のC3年間(前期群),およびC2014年C1月.2016年C6月のC2年半の間(後期群)に金沢医科大学病院(以下,当院)において術前検査でコリネバクテリウムが検出された患者を対象とした.患者数は,前期群C495名(男性C234名,女性C261名,平均年齢C74.2C±10.1歳)756眼,後期群C85名(男性C43名,女性C42名,平均年齢C77.9C±8.2歳)98眼であった.C2.方法患者カルテより情報を収集した.まず,細菌学的検査でコリネバクテリウムおよびその薬剤感受性について調査した.ちなみに当院での検査法は以下のとおりである.輸送培地(改良アミーズ半流動培地)のスワブを滅菌生理食塩水で湿らせ下結膜.内を拭い,検体を採取した.菌の同定は,増菌培養後のグラム染色でのグラム陽性桿菌の形態確認と,カタラーゼ試験陽性の有無で判定した.薬剤感受性はディスク法で検査し,当院施設基準に基づく阻止円直径値に照らし,感受性(susceptible,17Cmm以上),中間感受性(intermedi-ate,14.16Cmm),耐性(resistant,13Cmm以下)の判定をした.耐性,中間感受性を合わせて耐性率を算出した.当院検査部で採用されている薬剤(抗菌薬名と略号)は以下のとおりであるが,検査時期により若干種類が異なる.なお,上記の患者に対して併せて糖尿病罹患歴の有無および過去C1年以内の眼科受診歴の有無も調査した.統計解析にはCc2検定,多変量ロジスティック回帰分析を用い,解析ソフトはCSPSS(IBMSPSSStatistics,versionC24)を使用した.本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,金沢医科大学医学研究倫理審査委員会の許可を受けて行った(No.1288).C3.検討抗菌薬一覧アンピシリン(ABPC),アンピシリン/スルバクタム(ABPC/SBT),セファクロル(CCL),セフォタキシム(CTX),セフトリアキソン(CTRX),メロペネム(MEPM),ゲンタマイシン(GM),エリスロマイシン(EM),テトラサイクリン(TC),レボフロキサシン(LVFX),クロラムフェニコール(CP),ST合剤(ST).CII結果分離されたコリネバクテリウムの株数は前期群でC756株,後期群でC98株であったが,前期群,後期群ともに各C1株ずつ感受性試験が行えなかったため,薬剤感受性試験に供されたのはそれぞれC755株,97株となった.当院検査部で採用されている薬剤ごとの耐性率を図1に示す.薬剤感受性検査はC2014年C6月C1日にCCPが削除され,バンコマイシン(VCM)が追加されているため,後期群ではCCPについては4例と少数であった.前期群でのそれぞれの抗菌薬に対する耐性率(耐性+中間感受性)は,ABPC:4.2%,ABPC/SBT:0.5%,CCL:0.5%,CTX:1.1%,CTRX:1.1%,MEPM:0.1%,GM:6.9%,EM:52.4%,TC:1.5%,LVFX:40.1%,CP:27.7%,ST:12.3%であった.耐性率の高かったものはCEM(52.4%),LVFX(40.1%),CP(27.7%),ST(12.3%)であり,ペニシリン系およびセフェム系抗菌薬のほとんどに感受性が高かった.後期群ではCABPC:C4.1%,ABPC/SBT:0%,CCL:0%,CTX:0%,CTRX:0%,MEPM:0%,GM:8.2%,EM:63.9%,TC:0%,LVFX:56.7%,CP:75.0%,ST:11.3%,VCM:0%であった.耐性率が高かったものは前期群と同様EM(63.9%),LVFX(56.7%),CP(75.0%),ST(11.3%)であった一方,CCL,CTX,CTRXなどのセフェム系抗菌薬,MEPM,TC,VCMには耐性株はまったく認めなかった.EM,LVFX,CPの耐性率は後期群のほうが有意に高かった(Cc2検定,それぞれp<0.05,p<0.001,p<0.05).年度別にみたCLVFX耐性率を図2に示す.2005年C48.6%,2006年C36.0%,2007年C41.7%であり,前期群全体としては40.1%であったのに対し,後期群ではC56.7%と,有意に増加した(Cc2検定,p<0.05).前期,後期を通してC4つの因子(年齢,性別,糖尿病診断歴,眼科受診歴)およびCLVFX耐性率との関連を多変量ロジスティック回帰分析で解析したところ,年齢のみがリスク因子となった(表1).年齢がC1歳増加することによる調整オッズ比はC1.026(95%信頼区間:1.011.1.042,p=0.001)であった.たとえば,50歳に比べC70歳でのCLVFX耐性化のリスクは約C1.7倍になる.性別(男性),糖尿病診断歴,眼科受診歴の調整オッズ比はそれぞれC0.980(95%信頼区間:0.743.1.292,p=0.884),0.871(95%信頼区間:0.625.1.214,p=0.415),0.802(95%信頼区間:0.558.1.152,Cp=0.232)で,いずれも有意な関連はみられなかった.CIII考按白内障手術をはじめとする内眼手術における細菌性眼内炎の発症原因のほとんどは,術前の消毒により完全に除去されなかった眼瞼皮膚,睫毛,結膜の常在細菌が,手術操作に伴い眼内に侵入し増殖することによるといわれている1,5,6).周術期の感染予防目的として強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルをもつフルオロキノロン系抗菌薬が日常的に使用されているが,常在菌の一つであるコリネバクテリウムのキノロン耐性化の増加が近年問題となっている4).フルオロキノロン薬剤の作用機序は,DNAジャイレース,トポイソメラーゼIVの阻害によるものであり,これにより細胞の増殖を阻害するが,コリネバクテリウムにはCDNAジャイレースだけが(89)あたらしい眼科Vol.35,No.11,2018C1537前期群100%■耐性(R)■中間(I)■感受性(S)100%80%80%60%60%40%20%40%0%20%0%48.6%36.0%41.7%56.7%2005年2006年2007年2014~2016年前期群後期群後期群100%80%60%40%20%42株0%■耐性(R)■中間(I)■感受性(S)■耐性(R)■中間(I)■感受性(S)■耐性(R)■感受性(S)図2年度別LVFX耐性率の推移および前期・後期別LVFX耐性率の比較図1薬剤感受性(前期群・後期群)前期群,後期群ともにペニシリン系,セフェム系,テトラサイクリン,バンコマイシンに対してはほぼすべて感受性であったが,ゲンタマイシン,ST合剤で少数耐性,エリスロマイシン,レボフロキサシン,クロラムフェニコールでの耐性率は高度であった.※略語:ABPC(アンピシリン),ABPC/SBT(アンピシリン/スルバクタム),CCL(セファクロル),CTX(セフォタキシム),CTRX(セフトリアキソン),MEPM(メロペネム),GM(ゲンタマイシン),EM(エリスロマイシン),TC(テトラサイクリン),LVFX(レボフロキサシン),CP(クロラムフェニコール),ST(ST合剤),VCM(バンコマイシン).存在することにより,このアミノ酸が変異して耐性メカニズムを獲得しやすいとされる7).今回の検討でも,コリネバクテリウムのCLVFXに対する耐性率は,2005年からのC3年間ではC40.1%,2014年からのC2年半ではC56.7%と有意に増加していたことにより,耐性率が年々増加している可能性が示唆された.フルオロキノロン系抗菌点眼薬の使用はC1987年のCOFLXに始まる.OFLXはラセミ体であり,薬理学的活性体であるCLVFX(50%)とその鏡像異性体であるデキストロフロキサシン(50%)を含んでいることにより,2000年よりCLVFX単独製剤である点眼薬が登場した.その抗菌活性はCOFLXのC2倍となる.OFLXについでCLVFXの薬剤耐性率に関してコリネバクテリウムを含む術前分離菌を検討した報告では,1995.1999年のCOFLX耐性率はC13.5%からC32.8%へと有意に増加,LVFX耐性率はC2000年でC14.5%,2002年にはC20.5%とやはり増加の傾向がみられている8,9).コリネバクテリウムのCLVFX耐性率については結膜炎を含めた前眼部感染症眼からの分離菌の検討(2003.2004年)でC57.1%10),同じ施設の白内障術前分離菌の検討ではC44.3%(2012.2013年)11)であった.術前患者の耐性率に関しては当院の検討結果と併せて鑑みると,2010年代になってもさらに増加傾向にあることが示唆されたが,感染症眼では耐性率がさ上段:LVFX耐性率の年度別比較を示す.2005,2006,2007年度におけるCLVFX耐性率と比較し,2014.2016年では高率に耐性化が増加した(56.7%).下段:前期群と後期群のCLVFX耐性率の比較を示す.前期群は40.1%,後期群はC56.7%と,有意に増加した(Cc2検定,p<0.05).表1リスク因子ごとの多変量ロジスティック回帰分析オッズ比95%信頼区間p値年齢C1.0261.011.C1.042C0.001性別(男性)C0.9800.743.C1.292C0.884糖尿病診断歴C0.8710.625.C1.214C0.415眼科受診歴C0.8020.558.C1.152C0.232Cらに高くなる可能性が考えられた.その理由の一つとして,感染症眼ではフルオロキノロンを中心とする抗菌薬がすでに投与されていることが考えられた.コリネバクテリウムはCLVFX以外ではCEMに対しても高率に耐性菌が存在し,しかも後期群で有意に増加していた(前期群:52.4%,後期群:63.9%).CPに対しても高率に耐性株がみられたが,後期群では検査薬の変更のためC4株のみの検討であることより,増加の可能性が疑われるにとどまった(前期群:27.7%,後期群:75.0%).フルオロキノロン以外にもコリネバクテリウムのCEM耐性率が高いことについては以前から報告されている9,10).今回,前期群,後期群を通してセフェム系薬剤が高い感受性を示したが,これもコリネバクテリウムのセフェム系薬剤に対する高い感受性,フルオロキノロン系薬剤に対する耐性傾向を述べた秦野らの報告4)と一致するものだった.リスク要因として,年齢,性別,糖尿病診断歴,眼科受診歴を選び,コリネバクテリウムのCLVFX耐性率との関係を検討した.性別,糖尿病診断歴,眼科受診歴のいずれにも有意な関連はみられず,唯一年齢のみが有意なリスク因子とな(90)った.既報でも,糖尿病患者においてフルオロキノロン耐性株を多く認めるものの有意でないことが示され10,11),また,80歳以上の群でCLVFX耐性化率が有意に上昇する報告11)がある.今回の結果もそれらと一致するものであった.糖尿病は易感染性が指摘される疾患であるが,コリネバクテリウム耐性化との関係はなく,また眼科受診により菌への接触リスク,抗菌薬投与による耐性化誘発の可能性が予測されたが,今回の結果では否定された結果となった.コリネバクテリウムの保菌リスクとしては,年齢,性別(男性),緑内障点眼薬の使用が独立した保菌リスク因子であるとする報告12)もあり,年齢が保菌リスクとともに耐性リスクを高める因子と考えられた.今回の検討時期はC2005年からのC3年間(前期群)とC2014年からのC2年半(後期群)であるが,このC10年余に分離されたコリネバクテリウムの株数を比較すると前期群のC755株から後期群のC97株へと減少している.この間に培養方法,同定方法,培養期間に変更はないが,眼科での全分離菌を対象とした当院中央検査室のデータでは前期群ではC30.40%を超えてコリネバクテリウムが分離され,後期群ではC10数%台であったことが,その原因と考えられた.分離率になぜそのような変動がみられたのか不明であるが,もともとコリネバクテリウム検出頻度は施設,検査時期により非常にばらつきが大きい13).2016年のCWattersらの同報告では,コリネバクテリウムを含めた主要細菌の分離率をC10編以上の論文を引用して示しておりコリネバクテリウムの比率はC1980.1990年代ではC40.60%以上であったが,2010年代ではC11%,7.6%と低下している13).本研究でも同様に,時代とともに宿主のコリネバクテリウム保菌率の低下していることが示された結果となったが,低下の理由として生活環境の変動とともに結膜.細菌叢に変化が生じた可能性が考えられた.内眼手術の大部分を占める白内障手術は高齢者に行うことが多い手術であることより,結膜.常在菌に対し適切な抗菌薬を選択し,周術期に投与することは術後眼内炎発症の一つの対策として重要である.抗菌薬としてフルオロキノロン系点眼薬が使用される頻度が高いが5),今回の検討結果ではコリネバクテリウムでは半数以上が耐性であった.しかも耐性率は経年的に有意に増加している.ブドウ球菌においてもメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)ではC60.80%が耐性であることが判明している11).これらの結果は術前の薬剤感受性結果に基づいて周術期の抗菌薬を選択することの重要性を示すものである.当院ではほぼ全例に術前抗菌薬点眼としてモキシフロキサシン(MFLX)を用いているが,コリネバクテリウムがフルオロキノロン耐性である場合には,感受性のあるセフェム系薬剤を併用している.フルオロキノロン耐性化率はその使(91)用頻度と関連していることより,今後も次第に高率となっていく可能性があるが,上記に示した手順を確実に行うことがコリネバクテリウム関連の眼内炎発症予防に有用であると考える.本論文の要旨はC2017年第C54回日本眼感染症学会(大阪)にて発表した.文献1)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科C23:499-503,C20062)JosephCJ,CNirmalkarCK,CMathaiCACetal:ClinicalCfeatures,CmicrobiologicalCpro.leCandCtreatmentCoutcomeCofCpatientsCwithCorynebacteriumendophthalmitis:reviewofadecadefromCaCtertiaryCeyeCcareCcentreCinCsouthernCIndia.CBrJOphthalmolC100:189-194,C20163)井上幸次,大橋裕一,秦野寛ほか:前眼部・外眼部感染症における起炎菌判定:日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査(第一報).日眼会誌C115:C801-813,C20114)秦野寛,井上幸次,大橋裕一ほか:前眼部・外眼部感染症起炎菌の薬剤感受性日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査(第二報).日眼会誌C115:C814-824,C20115)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜.内常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科C23:1062-1066,C20066)河原温,五十嵐羊羽,今野優:白内障手術術前患者の結膜.常在細菌叢の検討.臨眼C60:287-289,C20067)長谷川麻里子,江口洋:【眼感染症の治療-最近のトピックス-】細菌感染症コリネバクテリウム感染症「キノロン耐性との関係」.医学と薬学C71:2243-2247,C20148)KurokawaN,HayashiK,KonishiMetal:Increasingo.ox-acinCresistanceCofCbacterialC.oraCfromCconjunctivalCsacCofCpreoperativeophthalmicpatientsinJapan.JpnJOphthal-molC46:586-589,C20029)櫻井美晴,林康司,尾羽澤.実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科C22:97-100,C200510)松尾洋子,柿丸晶子,宮崎大ほか:鳥取大学眼科における分離菌の薬剤感受性・患者背景に関する検討.臨眼C59:C886-890,C200511)大松寛,宮崎大,富長岳史ほか:白内障手術前患者における通常培養による結膜.内細菌検査.臨眼C68:637-643,C201412)HoshiCS,CHashidaCM,CUrabeK:RiskCfactorsCforCaerobicCbacterialconjunctivalC.orainpreoperativecataractpatients.Eye(Lond)C30:1439-1446,C201613)WattersCGA,CTurnbullCPR,CSwiftCSCetal:OcularCsurfaceCmicrobiomeCinCmeibomianCglandCdysfunction.CClinCExpCOphthalmolC45:105-111,C2017あたらしい眼科Vol.35,No.11,2018C1539

糖尿病に関する視能訓練士の意識,知識調査

2017年12月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(12):1784.1789,2017c糖尿病に関する視能訓練士の意識,知識調査齊藤瑞希*1上野恵美*1黒田有里*1荒井佳子*1吉崎美香*1山下英俊*3堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院*3山下内科/糖尿病クリニックCSurveysofOrthoptistsinanEyeHospitalRegardingAwarenessandKnowledgeofDiabetesMellitusMizukiSaitou1),EmiUeno1),YuriKuroda1),KeikoArai1),MikaYoshizaki1),HidetoshiYamashita3),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital,3)YamashitaInternalDiabetesMedicalClinic目的:視能訓練士の糖尿病に関する意識をアンケートにより,知識を試験により調査した.対象および方法:対象は井上眼科グループ視能訓練士C49名で,経験年数C5年未満をC1群,5年以上をC2群とし,糖尿病に対する意識調査をアンケートにより,また知識調査を試験により実施した.結果:意識調査アンケートの結果を点数化したところ,1群はC7.9±1.3点(平均±標準偏差),2群はC8.5±1.3点で有意差はなかった(p=0.15).知識調査の正答率はC1群でC66.6%,2群でC67.0%と差はみられなかった.試験問題の分野別正答率はC1群,2群とも糖尿病の合併症の分野がもっとも高く,日常生活の分野がもっとも低い結果であった.2群では意識と知識に中等度の相関がみられた.結論:視能訓練士に対する糖尿病教育が必要な分野は日常生活であることが明らかとなった.CPurpose:Tosurveyorthoptistsinaneyehospitalregardingtheirpresentawarenessandknowledgeofdiabe-tesCmellitus.CSubjectsandMethods:ACtotalCofC49CorthoptistsCworkingCatCourCfacilityCwereCdividedCintoCtwogroups:Group1:27individualswithlessthan5years’experience,andGroup2:22with5years’ormoreexperi-ence.CTheCsubjectsCwereCaskedCtoCanswerCtheCquestionnaireConCawarenessCregardingCdiabetesCmellitus,CandCthenCundergoCaCbriefCexaminationConCknowledgeCofCdiabetes.CTheCresultsCofCeachCquestionnaireCwereCscoredCintoC3Cgrades.CTheCexaminationCconsistedCofC50Cquestions,CwithC2CpointsCgivenCforCeachCcorrectCanswer.CResults:TheawarenessscoresinGroup1were7.9±1.3(mean±SD)andthoseinGroup2were8.5±1.3.Therewasnostatisti-callysigni.cantdi.erencebetweenthegroups(p=0.15).Prevalenceofcorrectexaminationanswerswas66.6%CinGroup1and67.0%inGroup2;thedi.erencewasnotstatisticallysigni.cant.Inbothgroups,prevalenceofcor-rectanswerswashighestforquestionsondiabeticcomplicationsandlowestforquestionsondailylifecare.Moder-atecorrelationwasobservedbetweenawarenessandknowledgeinGroup2(Pearson,r=0.51).CConclusion:Thepresentstudysuggeststhatorthoptistsdeepentheirknowledgeregardingdailylifecareofdiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(12):1784.1789,C2017〕Keywords:糖尿病,視能訓練士,知識調査,意識調査.diabetesmellitus,orthoptists,knowledgeinvestigation,awarenessinvestigation.Cはじめに眼科には全身疾患に起因し,眼症状が発症する疾患が多く存在する.それらの疾患の代表的なものの一つに糖尿病があげられる.厚生労働省の国民健康・栄養調査によると,日本における糖尿病患者はC950万人と急激に増加しており1),西葛西・井上眼科病院(以下,当院)にも糖尿病を有する患者が多数来院する.当院では診察の前に検査を行うことが多く,来院した患者の大半がはじめに視能訓練士と接する.糖尿病は病状により,眼症状の変化,体調の急変が起こる病気であるため,視能訓練士は患者の様子に気を配り,状態に合わせた正しい判断をする必要がある.また,糖尿病療養指導士の役割・機能〔別刷請求先〕齊藤瑞希:〒134-0088東京都江戸川区西葛西C3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:MizukiSaito,M.D.,Ph.D.,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14,Nishikasai,Edogawa,Tokyo134-0088,CJAPAN1784(146)によると,初診時にできる限り多くの患者情報を得ることが,治療方針の決定や療養指導計画に大きな影響力をもつとあることから2),来院後,患者にはじめに接する視能訓練士は糖尿病についての正しい知識が必要であると考えられる.これまでの看護師を対象にした富永らの研究では,質問表を用いて糖尿病看護に関する意識調査を行った結果,経験年数C10年以上とC10年未満では,いずれのカテゴリーにおいても平均点に有意差を認めなかったと報告されているが3),これまで視能訓練士を対象にした糖尿病に対する意識調査や知識調査を考察した報告はない.そこで当院の視能訓練士が糖尿病についてどの程度の意識を有しているかを知るためにアンケートを,また糖尿病の知識についての試験を実施し,当院視能訓練士の糖尿病についての意識・知識の実情を知り,糖尿病に対する意識の向上ならびに知識の習得と今後の教育に役立てることを目的とした.CI対象および方法1.対象対象は井上眼科グループの視能訓練士C49名(男性C8名,女性C41名)であった.49名を業務の大部分が自立してでき,教育にも携わっているかどうかを基準とし,経験年数C5年未満とC5年以上に分けた.経験年数C5年未満(平均経験年数C2.3±1.3年)のC27名をC1群,5年以上(平均経験年数C14.0C±6.2年)のC22名をC2群とした.C2.方法はじめに自らの糖尿病についての意識を調査するため,①意識調査アンケートを実施した(図1).意識調査アンケートは計C5問で分野ごとに分類した.分野CA:病態生理,分野B:診断,分野CC:合併症,分野CD:治療法,分野CE:日常生活とし,よく知っている・知っている・あまり知らないの3段階で回答してもらった.結果では,よく知っているをC3点,知っているをC2点,あまり知らないをC1点に点数化し集計した.②糖尿病の知識について簡潔な試験(図2)を実施した.当院の看護師に協力を依頼し,日本糖尿病学会専門医監修のもとに作成したC1問C2点,計C25問,50点満点の試験問題を使用した.実際の試験用紙に分野と解答,および各問題に対するC1群とC2群の正答率を追記したものが図2である.試験問題はアンケートと同様の分野A.Eに分類した.③意識と知識の相関を知るため,Pearsonの積率相関係数を施行した.CII結果①意識調査アンケートによる合計点数はC1群でC7.9C±1.3点(平均C±標準偏差),2群でC8.5C±1.3点であった(t検定p=0.15)(図3).意識調査アンケートを分野別に比較したところ,各分野でC1群とC2群に有意差はみられなかった(図4).②糖尿病の試験はC1群でC33.3C±4.8点(平均C±標準偏差),2群でC33.5C±4.6点で,正答率はC1群C66.6%でC2群C67.0%と経験年数による有意差はみられなかった(t検定p=0.3)(図5).分野別正答率は,分野CAはC1群C81.9%,2群C81.3%;分意識調査アンケート入職年名前①糖尿病の原因について(分野A:病態生理)よく知っている・知っている・あまり知らない②CHbA1c,血糖値それぞれいくつ位から糖尿病かについて(分野CB:診断)よく知っている・知っている・あまり知らない③糖尿病の合併症について(分野C:合併症)よく知っている・知っている・あまり知らない④糖尿病の治療について(分野D:治療法)よく知っている・知っている・あまり知らない⑤低血糖発作が起きた時の対応について(分野E:日常生活)よく知っている・知っている・あまり知らない図1意識調査アンケートの設問「よく知っている」をC3点,「知っている」をC2点,「あまり知らない」をC1点に点数化し集計した.(147)あたらしい眼科Vol.34,No.12,2017C1785視能訓練士の糖尿病に関する基礎知識の設問月日氏名経験年目正しいものには○,間違っているものには×を記入せよ.(1問C2点)(○)C1.糖尿病は,慢性の高血糖を主徴とする代表疾患である.(×)C2.血糖を下げるホルモンは,グルカゴンである.(×)C3.糖尿病の診断基準として,HbA1c6.5%以上空腹時血糖値140以上などがある.(×)C4.HbA1c(NGSP)は日本の基準値である.(○)C5.1型糖尿病は自己免疫により膵臓が破壊されインスリンが分泌されなくなる病気である.(×)C6.II型糖尿病には遺伝要素はない.(○)C7.糖尿病のC3大合併症は糖尿病網膜症,糖尿病性腎症,糖尿病性神経障害である.(○)C8.糖尿病の慢性合併症は,血管の動脈硬化による狭窄,閉塞によって引き起こされる.(×)C9.多発する軟性白斑の存在は,増殖糖尿病網膜症である.(×)10.網膜症CA2(P)と記載されているのは増殖前糖尿病網膜症である.(×)11.現在,失明の原因疾患の第C1位は糖尿病である.(○)12.血糖のコントロールを良くすると単純網膜症は改善する.(○)13.糖尿病による腎障害が進行すると尿から蛋白が出る.(○)14.糖尿病神経障害を発症すると,足の裏に違和感を感じる.(○)15.神経障害によるしびれは,手足の末端から出現する.(×)16.糖尿病は血糖値が下がり,検査値が正常範囲になれば完治したという.(×)17.血糖値が高い場合は,意識障害は起こらない.(○)18.血糖値が高いと,血圧,悪玉コレステロールなども上がりやすい.(×)19.手術などの大きなストレスがかかると,一般的に血糖値は低下する.(○)20.運動療法は,食後すぐに行うのが良い.(○)21.低血糖症状を疑った場合は,速やかに糖質を摂取する.(×)22.2型糖尿病の場合,インスリン治療は行わない.(×)23.進行性の網膜症がある場合は,急激に血糖を下げる必要がある.(×)24.糖尿病患者には,運転免許取得・継続に関する条件はない.(×)25.糖尿病患者は職業に制限や条件をかけられることはない.分野A:病態生理,分野B:診断,分野C:合併症,分野D:治療法,分野E:日常生活設問分野正答率(%)1群正答率(%)2群C1CAC80.0C75.0C2CAC95.0C80.0C3CBC25.0C35.0C4CBC80.0C65.0C5CAC80.0C95.0C6CAC65.0C75.0C7CCC95.0C95.0C8CCC75.0C75.0C9CBC45.0C30.0C10CBC40.0C35.0C11CAC90.0C75.0C12CCC70.0C75.0C13CCC75.0C75.0C14CCC70.0C70.0C15CCC95.0C100.0C16CAC100.0C90.0C17CCC65.0C65.0C18CAC85.0C85.0C19CAC65.0C75.0C20CDC5.0C0.0C21CDC80.0C100.0C22CDC80.0C80.0C23CDC80.0C95.0C24CEC20.0C5.0C25CEC10.0C25.0図2試験1問C2点,計C25問,50点満点にて採点し,さらにC25問を分野A,B,C,D,Eに分類した.全問題の正答率は1群66.6%,2群67.0%であった.分野Aは1群81.9%,2群81.3%;分野Bは1群48.8%,2群42.5%;分野Cは1群C77.8%,2群C78.6%;分野CDはC1群C61.1%,2群C69.3%;分野CEはC1群C14.8%,2群C13.6%であった.野Bは1群4C8.8%,2群4C2.5%;分野Cは1群7C7.8%,C2群がC1群に比べ点数が高く,有意差がみられた(Ct検定p=群7C8.6%;分野Dは1群6C1.1%,2群6C9.3%;分野Eは10.04).群C14.8%,C2群C13.6%であった(図6).分野CAの正答率がC1その他の分野では有意差はみられなかった.群C2群ともに高く,分野CEの正答率はC5つの分野のなかで③意識と知識の相関:C1群では意識と知識に相関はみられもっとも低い結果となった.分野CDについての設問ではC2なかったが,C2群では意識,知識に中等度の相関がみられた平均点7.9±1.3点8.5±1.3点図3意識調査アンケート結果(点)1群C27名,2群C22名の意識調査アンケートの結果を点数化し,平均点を比較した.2群間に有意差はなかった.(t検定p=0.15).C平均点正答率33.3±4.8点66.6%33.5±4.6点67.0%18.24図5試験結果(点)1群C27名,2群C22名の試験結果の合計点の平均点を比較した.2群間に有意差はなかった(t検定p=0.42).(Pearsonの積率相関係数Cr=0.48)(図7a,b).CIII考察①意識調査:1群は意識調査アンケートによる自己評価にて糖尿病についてC1.5のすべての項目に対し,あまり知らないと評価する職員が多くみられた.これは経験の浅さによる自信不足が原因と考えられる.とくに,低血糖発作時の対応についてC1群は意識調査アンケートにてあまり知らないと答える職員が多い傾向にあった.1群には,今後,自信不足を補う教育が必要と考えられるが,とくに低血糖発作時の対応についての教育が必要であることが意識調査アンケートから読み取ることができた.②知識調査:1群とC2群に共通していた事項として,分野(149)分野A1.6点1.7点分野B分野E1.1点1.3点1.4点1.7点1.8点2.0点1.8点分野D分野C2.0点図4意識調査アンケート分野別比較(平均点)意識調査アンケートの結果を分野別に分け平均点をC1群とC2群で比較した.すべての分野においてC2群間に有意差はなかった(t検定各p>0.05).C81.9%分野A81.3%分野E分野B14.8%48.8%13.6%42.5%61.1%分野D分野C77.8%69.3%78.6%t検定(p<0.05)図6試験分野別正答率(%)試験の結果を分野別に分け平均点をC1群とC2群で比較した.分野CDのみC2群間に有意差がみられた(t検定p=0.04).Aの正答率がもっとも高く,分野CEの正答率がもっとも低かった.また,設問別では設問C20の正答率がもっとも低かった.分野CAは糖尿病の病態生理にかかわる内容である.分野CAの正答率が高かったことは,コメディカルも知っておきたいガイドラインにおおむね準じており4),好ましい結果となった.正答率がもっとも低かった分野CEは患者の日常生活にかかわる内容である.視能訓練士は検査を行うだけではなく,患者への情報提供,ロービジョンケアも行う.また,当院では患者と接する機会が多い視能訓練士が運転免許取得・継続にかかわる問い合わせを患者から受けることがある.そのため,病気に関する知識だけではなく,患者の日常生活にかかわる事項についての知識を有することも重要である5).分野CEの設問C25は糖尿病と職業についての設問で,Cあたらしい眼科Vol.34,No.12,2017C17875050454540403535303025201525201510r2=0.019105Pearson’sr=0.145000123456789101112131415意識調査(点)図7a意識・知識の相関(1群)1群の意識と知識の相関をCPeasonの積率相関係数にて調べた結果を示す.1群では意識と知識に相関はみられなかった(r=0.14).C低血糖が起きたときに危険な職業などでは制限や条件がかけられることがあるということを知っているかを問う目的で作成したが,WHO(世界保健機構)が「糖尿病であることを理由に職業が制限されるべきではない」としているなか,必ず制限や条件をかけられるような印象の文章となっているため正答率に影響を及ぼした可能性があった.また,全C25の設問のなかでもっとも正答率が低かった設問C20に関しても,運動療法を行うのは食間や空腹時ではないことを知っているか問う目的で『糖尿病治療のてびき改訂第C56版』を参考にして作成したが5),具体的な時間はなく「食後」とのみ記されていたため,「運動療法は,食後すぐ行う方が良い」を正解としている.しかし「すぐ」は「直後」とも解釈可能であり,設問として適切な表現ではなかったことと,『糖尿病治療ガイドC2014-2015』では「食後C1時間頃が望ましい」と時間が記されており6),それを読んだことがある職員がいた場合は試験結果に影響を及ぼした可能性があった.1群とC2群に有意差がみられたのは,分野CDの正答率であった.分野CDは治療法にかかわる内容である.治療法には低血糖発作時の対応を問う問題もあり,2群はC1群よりも経験を有しているため,臨床の現場で実際に低血糖発作を起こした患者をC1群よりも多くの職員が経験したことがあるためと推測でき,①の意識調査とも関連していると考えられた.③相関の考察:2群は意識と知識に中等度の相関がみられ,自己の意識を正当に評価する職員が多くみられたが,1群に比べ経験があるにもかかわらず全試験問題の正答率はC2群と大差なかった.このことはC1群は経験の浅さから「あまり知らない」と自己評価した職員が多かったためと思われた.1群のなかでC1年目,2年目,3年目のアンケートと試験の平均点を比較したところ,1年目:アンケートC7.4点・試験0123456789101112131415意識調査(点)図7b意識・知識の相関(2群)2群の意識と知識の相関をCPeasonの積率相関係数にて調べた結果を示す.2群では意識と知識に中等度の相関がみられた(r=0.48).35.3点,2年目:アンケートC8.3点・試験C31.3点,3年目:アンケートC8.0点・試験C33点と,1年目は試験の平均点が一番高いにもかかわらずアンケート平均点が一番低かったことからも実情を反映できているのではないかと推測した.ただし,自己申告制であるため謙遜して答えた場合は意識・知識調査の相関に影響が出ることは否めず,アンケート方法には今後検討が必要である.今回の調査により,視能訓練士の知識が糖尿病患者の日常生活に関する分野で不足していることが明らかとなり,その分野に重点を置いて視能訓練士の教育を行う必要があることがわかった.また,意識と知識の相関を調べた結果,1群は2群と同程度の知識を有しているが知識を有しているという意識が低いことがわかり,意識を向上させることが重要であることがわかった.今後は視能訓練士に試験結果にて点数が低かった分野に重点を置き教育を行うことで知識が向上し,それに伴い糖尿病について知識を有しているという意識も向上することが期待される.今回の意識調査と知識調査の設問に関して不適切と思われる部分があったため詳細に再検討したが,結果が多少変動したものの,結論の変更に至らないことを確認した.今後調査を行う際には十分配慮して行う方針である.CIV結論糖尿病患者に安全な診療を行うためには,視能訓練士が糖尿病について正しい知識を習得する必要があり,今後は知識が保たれているかどうかと,知識に相関し,意識の向上が認められるかどうかを調査するため,試験と意識調査アンケートを期間をあけて繰り返し定期的に行い,視能訓練士の教育に資する必要があると考える.C文献1)中江公裕,増田寛治郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.厚生労働科学研究研究費補助金難治性疾患克服研究事業網脈絡膜・視神経萎縮障害に関する研究平成C17年度統括・分担研究報告書(主任研究者:石橋達朗),p263-267,20062)日本糖尿病療養指導士認定機構編:糖尿病療養指導士の役割・機能.日本糖尿病療養指導士受験ガイドブックC2000,p9-14,20003)富永玲子,松本千佳,松山典子ほか:質問表を用いた糖尿病看護に関する意識調査.糖尿病53:713-718,C20104)石井純:コメディカルも知っておきたいガイドラインC1,2.糖尿病ケア7:225-269,C20105)雨宮伸,石塚達夫,犬飼敏彦ほか:糖尿病と日常生活.糖尿病治療の手びき,改訂第C56版(日本糖尿病学会編・著),p195-200,南江堂,20146)日本糖尿病学会:運動療法.糖尿病治療ガイドC2014-2015.p44-45,文光堂,2014***

増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例

2015年2月28日 土曜日

286あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation.(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2 288あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1 は7.75%と報告によって差がみられる1,11).その理由の一つはPWSに特徴的な過食にあると考えられている.また,PWS患者では精神発達遅滞や行動異常により,食事,運動,投薬という糖尿病血糖コントロールすべての治療法に対してのコンプライアンス不良から血糖コントロールは不良となる1,10).このような全身的な条件に加えて本人が視覚障害の症状を訴えることが少ないこと,眼科検査や治療に協力を得にくいことから,糖尿病網膜症の発見は必然的に遅れることになる.その結果,若年であってもPDRにまで進行していることがある6.9,12).今回筆者らが報告した症例においても,症例1は29歳で初めて糖尿病と診断を受け,そのときすでに左眼はPDRとなっていた.症例2も26歳で初めてDMを指摘されたが治療を中断することが多く,眼科通院も2年間完全に途絶えたため,初診時には両眼ともに網膜症を認めなかったが,再診時の右眼はPDRとなっていた.眼科治療においては,精神発達遅滞と高度の肥満のために長時間の仰臥位が困難で局所麻酔下の硝子体手術や術後の腹臥位安静,通常の方法での光凝固が困難であったという報告がある12).全身麻酔においても,短頸,小顎症などのため挿管困難や呼吸器合併症を引き起こすリスクが高い13,14).PDRに進展し,手術治療が必要となった場合,全身麻酔は身体への負担が大きくリスクが高いため,局所麻酔による治療の可能性も検討したうえで,内科や麻酔科との緊密な連携をとって手術に臨む必要がある.症例1は,検査や治療には協力的であったため,光凝固治療は外来通院中に局所点眼麻酔のみで通常どおり施行できたが,硝子体手術に要する約1時間を仰臥位安静にすることは困難であると判断した.そのため2度にわたる硝子体手術はいずれも全身麻酔にて施行した.症例2は,診察や光凝固の際に十分な協力が得られたために,硝子体手術も局所麻酔で可能と判断し,早期に硝子体手術を行うことができた.また,両症例ともに若年であったが,完全な硝子体郭清のために両眼の水晶体摘出を併用した.最終受診時の矯正視力は,症例1は右眼(0.04),左眼(0.06),症例2は右眼(0.3),左眼(0.2)であった.両者の視力予後の差は,2症例ともに網膜症の進行はそれほど大きな差がなかったことから,手術が施行できた時期が症例1では遅くなってしまったことと関連があると思われた.最終的な予後改善のためには適切な時期での手術加療が大きく影響する場合がある.症例1では糖尿病自体の発見も遅く,全身麻酔が必要であったことなど,症例2と比較して精神面で不安定であったため,速やかな加療を行いにくかった点があった.硝子体手術を要するような進行したPDRがある場合,全身麻酔を要する症例であればなおさら,担当科と連携をとって早期に手術可否の判断を行い,治療にあたる必要があると思われた.今回筆者らは両眼の硝子体手術を要するPDRを発症した(117)PWSの2例を報告した.治療によって2例とも失明を免れることはできたが,PWSは生存期間が延長してきており,PDR,ひいては失明のリスクが高まると思われる.そのため眼症状の有無にかかわらず早期から眼科を受診してもらうなどの啓発と網膜症の早期発見・早期治療に努めるべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)永井敏郎:Prader-Willi症候群の自然歴.日小児会誌103:2-5,19992)山崎健太郎,新川詔夫:Prader-Willi症候群(PWS).日本臨床別冊領域別症候群シリーズ36骨格筋症候群(下巻).日本臨床社,p481-483,20013)HeredRW,RogersS,BiglanAW:OphthalmologicfeaturesofPrader-Willlisyndrome.JPediatrOphthalmolStrabismus25:145-150,19884)WangX,NoroseK,SegawaK:OcularfindinginapatientwithPrader-Willisyndrome.JpnJOphthalmol39:284289,19955)BassaliR,HoffmanWH,Tuck-MullerCMetal:Hyperlipidemia,insulin-dependentdiabetesmellitus,andrapidlyprogressivediabeticretinopathyandnephropathyinPrader-Willisyndromewithdel(15)(q11-q13).AmJGenet71:267-270,19976)渡部恵,山本香織,堀貞夫ほか:硝子体手術を施行したPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌110:473-476,20067)板垣加奈子,斉藤昌晃,飯田知弘ほか:増殖糖尿病網膜症に至ったPrader-Willi症候群の2例.あたらしい眼科25:409-412,20088)坂本真季,坂本英久,石橋達朗ほか:糖尿病網膜症に対して観血的治療を施行したPrader-Willi症候群の1例.臨眼62:597-602,20089)堀秀行,佐藤幸裕,中島基弘:両眼局所麻酔で増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術が施行できたPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌116:114-118,201210)堀川玲子,田中敏章:Prader-Williと糖尿病.内分泌糖尿病15:528-536,200211)児玉浩子,志賀勝秋:二次性糖尿病.小児内科34:15911595,200212)中泉敦子,清水一弘,池田恒彦ほか:Prader-Willi症候群による糖尿病網膜症に対して双眼倒像鏡用網膜光凝固術を施行した1例.眼紀58:544-548,200713)川人伸次,北畑洋,神山有史:術中気管支痙攣を起こしたPrader-Willi症候群患者の麻酔管理.麻酔44:16751679,199514)高橋晋一郎,中根正樹,村川雅洋:Prader-Willi症候群患者の麻酔経験─拘束性換気障害を呈した成人例─.日臨麻会誌22:300-302,2002あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015289

糖尿病患者でのトラボプロスト点眼液の点状表層角膜症と結膜充血に対する影響

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1379.1383,2014c糖尿病患者でのトラボプロスト点眼液の点状表層角膜症と結膜充血に対する影響湯川英一*1,2坂ノ下和弘*3大萩豊*4志水敏夫*5緒方奈保子*2*1ゆかわ眼科クリニック*2奈良県立医科大学眼科学教室*3坂ノ下眼科*4おおはぎ眼科クリニック*5志水眼科EffectsofTraboprostOphthalmicSolutiononSuperficialPunctateKeratopathyandConjunctivalHyperemiainDiabeticPatientsEiichiYukawa1,2),KazuhiroSakanoshita3),YutakaOhagi4),ToshioShimizu5)andNahokoOgata2)1)YukawaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,3)SakanoshitaEyeClinic,4)5)ShimizuEyeClinicOhagiEyeClinic,塩化ベンザルコニウムを含有するプロスタグランジン製剤が単独で投与されている糖尿病を有する緑内障および高眼圧症患者36例36眼に対し,塩化ベンザルコニウムを含有しないトラボプロスト点眼液へ変更することにより,点状表層角膜症と結膜充血に変化がみられるかを検討した.点眼変更後の評価は変更後1カ月目,2カ月目,3カ月目,6カ月目に行った.点状表層角膜症の評価はAD分類を用いてスコア化を行い,また結膜充血に対しては充血の程度に合わせて4段階で評価したところ,点状表層角膜症においては点眼変更後に有意な改善が認められ,結膜充血には有意差は認めなかった.また,同時に測定した眼圧値については点眼変更前と比べて有意差は認めなかったものの,点眼変更前後でのADスコア差とHbA1Cとの間には負の相関関係が認められた.Weinvestigatedwhetherswitchingtotraboprostophthalmicsolutionnotcontainingbenzalkoniumchloridecausesanychangesinsuperficialpunctatekeratopathyandconjunctivalhyperemia.Thestudyinvolved36diabeticpatients(36eyes)whohadglaucomaandocularhypertension,andwhoreceivedasmonotherapyprostaglandinpreparationscontainingbenzalkoniumchloride.At1,2,3and6monthsafterswitching,thepatientswereevaluatedbasedonscoringwithanADclassificationforsuperficialpunctatekeratopathyandwithhyperemiaseverityratingona1.4scaleforconjunctivalhyperemia.Theresultsdemonstratedasignificantimprovementinsuperficialpunctatekeratopathyafterswitching,andnosignificantchangeinconjunctivalhyperemia.Additionally,althoughafterswitchingtherewasnosignificantdifferenceinintraocularpressurelevelsasmeasuredconcomitantly,negativecorrelationwasobservedbetweendifferencesinADscoresandHbA1Caftertheswitch.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1379.1383,2014〕Keywords:トラボプロスト点眼液,糖尿病,点状表層角膜症,ADスコア,HbA1C.Travoprostophthalmicsolution,diabetes,superficialpunctatekeratopathy,ADscore,HbA1C.はじめに緑内障治療の目的は視野を維持することにある.そして,視野維持には眼圧下降が重要な因子であることがこれまでの多くの論文で示されており1.8),わが国ではより大きな眼圧下降効果を期待してプロスタグランジン製剤の点眼薬が多く使用されている.そのなかでもトラボプロスト点眼液は防腐剤として塩化ベンザルコニウム(benzalkoniumchloride:BAC)を使用せず,塩化亜鉛を含有するため,これまでに角膜上皮細胞に対する障害がBAC含有の点眼液よりも少ないことが報告されている9.11).一方で,糖尿病患者においては潜在的に角膜上皮の異常が存在し,内眼手術やレーザー手術などを契機として糖尿病角膜上皮症が発症することがあるこ〔別刷請求先〕湯川英一:〒635-0825奈良県北葛城郡広陵町安部236-1-1ゆかわ眼科クリニックReprintrequests:EiichiYukawa,M.D.,YukawaEyeClinic,236-1-1Abe,Koryo-cho,Kitakatsuragi-gun,Nara,635-0825,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(131)1379 表1患者の背景データ(36例36眼)年齢(歳)*67.0±9.9(48.85)性別(男/女)20/16HbAlc(国際標準値)(%)*6.7±0.7(5.4.8.2)インスリン投与(例数)5糖尿病罹病期間別(例数)5年未満45年以上.10年未満710年以上.20年未満1320年以上12変更前PG製剤(眼数)ラタノプロスト24タフルプロスト10ビマ卜プロスト2併用点眼薬(眼数)ヒアルロン酸ナトリウム7ジクアホソルナトリウム2ピレノキシン3*数値は平均値±標準偏差(最小値.最大値)を示す.HbA1Cは観察開始時の値を示す.PG:プロスタグランジン.とや12),さらには抗緑内障点眼薬を長期にわたり使用することにより,高頻度に角膜上皮障害が発生することが報告されている13,14).そこで今回筆者らは抗緑内障点眼薬としてトラボプロスト以外のプロスタグランジン製剤が単剤で投与されている糖尿病を有する緑内障患者に対して,トラボプロストに切り替えることで点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)と結膜充血に対し,どの程度の影響がみられるかを検討したので報告する.I対象および方法対象は平成24年9月から平成25年5月までに坂ノ下眼科,おおはぎ眼科,志水眼科,ゆかわ眼科のうち,いずれかを受診した糖尿病を有する緑内障および高眼圧症患者のうち,抗緑内障点眼薬としてBAC含有プロスタグランジン製剤が単剤で少なくとも3カ月以上投与され,SPKを認めた36例36眼(男性20例,女性16例,平均年齢67.0歳)とした.ただし,1年以内に内眼手術の既往歴がある症例は対象から除外し,両眼が条件に合った場合は右眼を対象とした.また,抗緑内障点眼薬以外の併用薬の継続使用は可とした.今回の対象となった症例の背景データを表1に示す.これらの症例について,インフォームド・コンセントを得たうえでトラボプロスト点眼液へ変更し,点眼変更前と点眼変更後1カ月目,2カ月目,3カ月目,6カ月目でSPKと結膜充血の程度および眼圧を評価した.SPKの程度はAD分類を用い15),それぞれのポイントを加算(A+D)し,ADスコアとして評価した.結膜充血の程度は充血なしを0ポイント,軽度を1ポイント,中等度を2ポイント,強度を3ポイントとしてスコア化し評価した.眼圧測定はGoldmann圧平式眼圧計を用い,点眼変更前と点眼変更後はすべて同じ時1380あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014間帯で測定した.また,SPKと結膜充血についてはそれぞれ点眼変更前と点眼変更後でのスコア差と,最終観察時でのHbA1C(国際標準値)との相関についても調べた.統計学的な処理については危険率5%未満を有意とした.II結果ADスコアのそれぞれの期間での度数分布を図1に示す.ADスコアは変更前に比べて有意に低下した(Kruskal-Wallis検定にてp<0.001).また,点眼変更前と点眼変更後6カ月目において,併用薬を使用していない群(21例21眼)と併用薬を使用していた群(12例12眼)に分けて検討した結果でも,それぞれの群で変更前に比べて有意な改善を認めた(併用薬なし群ではWilcoxon符号付順位和検定にてp<0.01,併用薬あり群ではWilcoxon符号付順位和検定にてp<0.05).結膜充血スコアのそれぞれの期間での度数分布を図2に示す.充血スコアは点眼変更前後で有意差は認めなった(Kruskal-Wallis検定にてp=0.9712).眼圧に関しては点眼変更前15.3±2.5mmHgであり,点眼変更後1カ月目14.8±3.1mmHg,2カ月目14.8±2.5mmHg,3カ月目14.8±2.6mmHg,6カ月目14.8±2.2mmHgであり,変更前後で有意差は認めなった(一元配置分散分析にてp=0.8834)(図3).また,点眼変更前後でのADスコア差と最終観察時でのHbA1Cとの間には有意な負の相関関係が認められたが(Spearman順位相関係数検定にてp=0.030548,相関係数r=.0.3656)(図4),点眼変更前後での結膜充血スコア差とHbA1Cとの間には有意な相関関係は認められなかった(Spearman順位相関係数検定にてp=0.424899,相関係数r=0.134878)(図5).III考按トラボプロストは,わが国においてラタノプロストについで2007年に販売が開始されたプロスト系プロスタグランジン製剤の抗緑内障点眼液である.その特徴の一つとして従来の防腐剤であるBACを含有せず,代わりに緩衝剤としてのホウ酸/ソルビトールの存在下で塩化亜鉛が殺菌作用を示すsofZiaTMを使用することで,これまでに角膜上皮に対する障害が少ないことが報告されている9.11).そして,糖尿病患者では涙液分泌の量的質的低下,角膜知覚の低下,基底膜異常による上皮細胞と実質との接着低下などにより,角膜上皮障害が生じやすく16.18),さらには抗緑内障薬を含む点眼液を使用することで糖尿病患者では非糖尿病患者に比べて角膜上皮障害が生じやすいことも報告されている19,20).井上ら20)は,角膜上皮障害発生に寄与する因子として,年齢,HbA1C,糖尿病罹病期間,涙液層の状態,角膜知覚,糖尿病網膜症の程度を検討した結果,涙液層の質的低下が上皮障害発生に関与(132) :充血スコア1■:充血スコア0:ADスコア2■:ADスコア040■:ADスコア4■:ADスコア3■:充血スコア3■:充血スコア2403535303010105500変更前変更変更変更変更変更前変更変更変更変更1カ月後2カ月後3カ月後6カ月後1カ月後2カ月後3カ月後6カ月後図1ADスコアの度数分布図2結膜充血スコアの度数分布点眼変更後に角膜所見は有意に改善した.Kruskal-Wallis点眼変更前後で有意差は認めなかった.Kruskal-Wallis検定にてp=2.3×10.4.検定にてp=0.9712.例数(眼)例数(眼)252015眼圧(mmHg)20151050●は平均値を,バーは標準偏差を示す変更前変更変更変更変更HbA1c(%)(最終観察時)98.587.576.565.5-521カ月後2カ月後3カ月後6カ月後-10123(眼数)(36)(36)(33)(33)(33)ADスコア差(変更前スコア-変更後スコア)図3眼圧の推移図4変更前後でのADスコア差(変更前スコア.変更後点眼変更前後で有意差は認めなかった.一元配置分散分析スコア)とHbA1Cの相関にてp=0.8834両者に有意な負の相関関係が認められた.Spearman順位相関係数検定にてp=0.030548,相関係数r=.0.3656.9HbA1c(%)(最終観察時)8.587.576.565.5-53-2-101結膜充血スコア差(変更前スコア-変更後スコア)していたことを報告している.そして,今回の症例をみると併用薬としてヒアルロン酸ナトリウム点眼液が7例に,ジクアホソルナトリウム点眼液が2例に使用されていることから,少なくともこれらの症例では涙液層の異常が生じていることが考えられ,今後引き続きトラボプロストを使用することで,このような点眼薬を中止できるのかは検討していく必要がある.また,角膜上皮障害の発生とHbA1Cについては関連がないことが報告されており20),今回も点眼変更前ADスコアと観察開始時でのHbA1Cとの間では相関関係は認め図5変更前後での結膜充血スコア差(変更前スコア.変更後スコア)とHbA1Cの相関両者に相関関係は認められなかった.Spearman順位相関係数検定にてp=0.424899,相関係数r=0.134878.(133)なかった(Spearman順位相関係数検定にてp=0.578721).しかし,SPK改善の程度を示す指標であるADスコアの差(点眼変更前スコア.点眼変更後スコア)については最終観察時でのHbA1Cが低いほど,すなわち血糖コントロールが良好なほどSPKにより大きな改善がみられたことは興味深あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141381 い(Spearman順位相関係数検定にてp=0.030548,相関係数r=.0.3656).なお,今回の対象ついては糖尿病の罹病期間が5年未満の症例が36例中わずか4例であり,内科的にも治療内容は安定しており,観察開始時でのHbA1CとADスコア差の相関をみても有意差が認められた(Spearman順位相関係数検定にてp=0.017829,相関係数r=.0.3326).ただ今回はSPKの程度評価にAD分類を用いたが,ADスコアは変動が大きく,変動前スコアは変更直前の1回のみで評価を行った.近年は角膜を5象限に分け,それぞれを0.3ポイントで評価するNEI(NationalEyeInstitute)分類21)がより詳細であり,今後検討の余地があるものと考える.結膜充血に関しては海外でBAC含有トラボプロストとラタノプロストでの比較が行われ,Netlandら22)は12カ月の投与にてそれぞれ38.0%と27.6%,Parrishら23)は3カ月の投与にてそれぞれ58.0%と47.1%で,ともにBAC含有トラボプロストのほうが結膜充血が強いことを報告している.一方でAiharaら11)は,ラタノプロスト続行群とラタノプロストからBAC非含有トラボプロストへの切り替え群では3カ月の投与で結膜充血には差がなかったことを報告しており,今回の筆者らの結果も同様であった.ただし変更後1カ月目には3例が脱落しており,その原因として1例は眼圧が20mmHgから23mmHgへと上昇したため,患者の希望により元の点眼へと戻したが,他の2例はともにADスコアに変化はなかったものの,結膜充血スコアが1例は0から2へ,もう1例は1から2へと悪化し,点眼時の刺激感が強いとの訴えにより中止となっている.また,眼圧下降効果についてはラタノプロストからトラボプロストへの変更による臨床研究では,眼圧は下降あるいは同等であるとの報告が多く22.24),今回はラタノプロスト24眼,タフルプロスト10眼,ビマトプロスト2眼からの切り替えであったが眼圧下降に有意差は認めなかった.以上のことから糖尿病を有する緑内障患者のうち,BAC含有抗緑内障点眼薬使用によりSPKが認められる症例に対しては選択肢の一つとしてトラボプロスト点眼薬に変更することも考慮に入れ,さらには比較的血糖コントロールが良好である症例に対しては積極的な変更がSPKの改善にはより有効であると考えられた.文献1)GrantWN,BurkeJF:Whydosomepeoplegoblindfromglaucoma?Ophthalmology89:991-998,19822)MaoLK,StewartWC,ShieldsMB:Correlationbetweenintraocularpressurecontrolandprogressiveglaucomatousdamageinprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol111:51-55,19913)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetween1382あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014untreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19984)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19985)BergeaB,BodinL,SvedberghB:Impactofintraocularpressureregulationonvisualfieldsinopen-angleglaucoma.Ophthalmology106:997-1005,19996)TheAGISInvestigators.TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS):7:Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20007)HeijlA,LeskeMC,BengtssonBetal:Reductionofintraocularpressureandglaucomaprogression:resultsfromtheearlymanifestglaucomatrial.ArchOphthalmol120:1268-1279,20028)LeskeMC,HeijlA,HusseinMetal:Factorsforglaucomaprogressionandtheeffectoftreatment:theearlymanifestglaucomatrial.ArchOphthalmol121:48-56,20039)湖崎淳,大谷伸一郎,鵜木一彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績─眼表面への影響─.あたらしい眼科26:101-104,200910)山崎仁志,宮川靖博,目時友美ほか:トラボプロスト点眼液の点状表層角膜症に対する影響.あたらしい眼科27:1123-1126,201011)AiharaM,OshimaH,AraieMetal:EffectsofSofZiapreservedtravoprostandbenzalkoniumchloride-preservedlatanoprostontheocularsurface─amulticentrerandomizedsingle-maskedstudy.ActaOphthalmol91:e7-e14,201312)大橋裕一:糖尿病角膜症.日眼会誌101:105-110,199713)高橋奈美子,.福みどり,西村朋子ほか:抗緑内障点眼薬の単剤あるいは2剤併用の長期投与による角膜障害の出現頻度.臨眼53:1199-1203,199914)宮崎正人,青山裕美子,落合恵蔵ほか:抗緑内障薬の角膜上皮バリアー機能への影響に対する検討.眼紀49:811816,199815)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,199416)小川葉子,鴨下泉,真島行彦ほか:糖尿病における涙液クリアランスと角結膜知覚の関係.臨眼47:991-994,199317)片上千加子:糖尿病の神経眼科:角膜知覚,涙液.眼紀46:109-114,199518)小川葉子,鴨下泉,吉野健一ほか:糖尿病患者におけるドライアイ.あたらしい眼科9:1867-1870,199219)InoueK,OkugawaK,KatoSetal:Ocularfactorsrelevanttokeratoepitheliopathyinglaucomapatientswihandwithoutdiabetesmellitus.JpnJOphthalmol47:287-290,200320)井上賢治,加藤聡,大原千佳ほか:点眼薬使用中の糖尿病患者における角膜上皮障害.あたらしい眼科18:14331437,200121)LempMA:Reportofthenationaleyeinstitute/industry(134) workshoponclinicaltrialsindryeyes.CLAOJ21:221232,199522)NetlandPA,LandryT,SullivanEKetal:Travoprostcomparedwithlatanoprostandtimololinpatientwithopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol132:472-484,200123)ParrishRK,PalmbergP,SheuWPetal:Acomparisonoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostinpatientswithelevatedintraocularpressure:a12-week,randomized,masked-evaluatormulticenterstudy.AmJOphthalmol135:688-703,200324)KabackM,GeanonJ,KatzGetal:Ocularhypotensiveefficacyoftravoprostinpatientsunsuccessfullytreatedwithlatanoprost.CurrMedResOptin21:1341-1345,2004***(135)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141383

非Hodgkinリンパ腫患者に発症した虹彩炎と高眼圧を併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1067.1069,2014c非Hodgkinリンパ腫患者に発症した虹彩炎と高眼圧を併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例上田浩平*1南川裕香*1杉崎顕史*1田邊樹郎*1菅野美貴子*2藤野雄次郎*1*1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科*2河北総合病院眼科CytomegalovirusRetinitiswithOcularHypertensionandIritisinaPatientwithNon-Hodgkin’sLymphomaKoheiUeda1),YukaMinamikawa1),KenjiSugisaki1),TatsuroTanabe1),MikikoKanno2)andYujiroFujino1)1)DepartmentofOphthalmology,JCHOTokyoShinjukuMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KawakitaGeneralHospital非Hodgkinリンパ腫治療後に糖尿病の発症を契機に虹彩炎および眼圧上昇を伴うサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を発症した症例を報告する.症例は60歳,男性.2011年に非Hodgkinリンパ腫を発症し,6月から化学療法を施行.2012年3月には寛解と診断されていた.2012年1月末にペットボトル症候群により高血糖となり糖尿病加療がなされていた.3月末に左眼の霧視,眼圧上昇にて紹介受診した.初診時左眼矯正視力1.2,前医受診時左眼眼圧41mmHg.左眼虹彩炎と網膜に顆粒状滲出斑を認め,前房水polymerasechainreaction(PCR)法でCMV-DNA陽性が確認され,CMV網膜炎と診断した.計4回のガンシクロビルの硝子体注射によりCMV網膜炎は消退した.血液疾患および糖尿病はいずれもCMV網膜炎の危険因子であり,本症では両者によりCMV網膜炎が発症しやすい状態であったと推察された.Thepatient,a60-year-oldmale,hadsufferedfromnon-Hodgkin’slymphomaforwhichheunderwentchemotherapy,achievingcompleteremissioninMarch2012.AttheendofJanuary2012,hedevelopedseverehyperglycemiaduetoPETbottlesyndrome.HefeltblurredvisioninhislefteyeandvisitedourclinicattheendofMarch.Correctedvisualacuitywas1.2andintraocularpressurewas41mmHginthelefteye.Theeyeshowediritisandexudativelesionneartheopticdisc.Cytomegalovirusretinitiswasdiagnosedonthebasisofpolymerasechainreactionoftheaqueoushumor.Intravitreousinjectionsofganciclovirweregiven4times,andthecytomegalovirusretinitisresolvedcompletely.Sincebothchemotherapyanddiabetesmellitusareriskfactorsfortheinductionofcytomegalovirusretinitis,itissuspectedthatbothfactorscausedthedevelopmentofcytomegalovirusretinitisinthispatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1067.1069,2014〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,非Hodgkinリンパ腫,糖尿病,ペットボトル症候群.cytomegalovirusretinitis,non-Hodgkin’slymphoma,diabetesmellitus,PETbottlesyndrome.はじめにサイトメガロウイルス網膜炎はサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が原因の網膜炎である.CMVは成人の約90%が小児期に不顕性感染をしているといわれており,その後,長期にわたり持続感染する.CMV網膜炎はヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染拡大とともに患者数が増加し,広く認識されるようになった.その後,白血病や悪性リンパ腫などの疾患そのものによる免疫能の低下あるいは臓器移植後や悪性腫瘍などでの免疫抑制薬の使用による免疫能の低下した症例,さらには免疫正常者についても糖尿病,ステロイド薬を危険因子としてCMV網膜炎の発症する症例が報告されている1).今回筆者らは,非Hodgkinリンパ腫患者で急性糖尿病発症を契機に発症した高眼圧と虹彩炎を併発したCMV網膜炎の1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕上田浩平:〒162-8543東京都新宿区津久戸町5-1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科Reprintrequests:KoheiUeda,M.D.,JCHOTokyoShinjukuMedicalCenter,5-1Tsukudocho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8543,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(141)1067 I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼の霧視.既往歴:非Hodgkinリンパ腫,境界型糖尿病.現病歴:2011年4月中旬に顎下の腫瘤に気づき,その後の精査で非Hodgkinリンパ腫と診断された.6月末から12月まで化学療法(リツキシマブ+ベンダムスチン)を計6クール施行され,2012年3月の時点で寛解と診断されていた.化学療法の有害事象として食欲不振となり,11月末から清涼飲料水ばかりの摂取が続いていた.2012年1月末に血糖値1,124mg/dlまで上昇,ペットボトル症候群とよばれる急性発症糖尿病と診断され,糖尿病治療を開始された.2012年3月末から左眼の霧視と視野異常を自覚したため,4月初めに総合病院眼科を受診し,眼圧右眼16mmHg,左眼41mmHg,左眼前房中の軽度炎症と網膜に白色滲出斑を認めたため,左眼にベタメタゾン0.1%点眼3x,レボフロキサシン0.5%点眼3xラタノプロスト点眼1x,ドルゾラミド/チモロール配合剤点眼2xを開始された.1週間後,当院を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.4.5D(cyl.1.5D図1初診時左眼眼底写真鼻側網膜に網膜滲出斑を認める.Ax170°),左眼0.07(1.2×sph-5.0D).眼圧は右眼17mmHg,左眼は前医で処方された点眼継続下で15mmHgであった.左眼は角膜に微細な角膜後面沈着物を認め,少数の前房内細胞を認めた.左眼眼底には視神経乳頭鼻側にわずかに出血を伴う顆粒状の網膜滲出斑を認めた(図1).右眼には異常所見は認めなかった.蛍光眼底造影では,白色滲出斑の領域に一致して動静脈炎がみられ,後期にかけて軽度の蛍光漏出がみられた(図2).血液検査では白血球数2,700/μlと低下していたが,分画は好中球60.5%,リンパ球23.9%,単球8.7%,好酸球3.1%,好塩基球0.6%と異常を認めず,CD4/CD8比も0.63と低下を認めず,CD4陽性リンパ球数は248/μlであった.血清の抗帯状疱疹ウイルス(VZV)抗体,抗単純ヘルペスウイルス(HSV)抗体,抗CMV抗体はすべてIg(免疫グロブリン)G陽性であり,IgMの上昇は認めなかった.CMVのアンチゲネミア法であるCMVpp65抗原(C7-HRP)は陰性だった.前房水のpolymerasechainreaction(PCR)法でHSV-DNA陰性,VZV-DNA陰性,CMV-DNA陽性であった.II治療と経過眼所見と前房水PCRによりCMV虹彩炎および網膜炎と診断し,ガンシクロビル1mgの硝子体注射を2012年4月半ばから1週おきに3回,さらにその2週後に1回の計4回施行した.硝子体注射2回目が終了した時点で網膜滲出斑は薄くなってきており,4回目が終了した時点で滲出斑は完全に消失した(図3).以後,ラタノプロスト,ドルゾラミドの点眼は継続しているものの,虹彩炎や網膜炎の再燃は認めていない.黄斑前に硝子体混濁が比較的強く残存したため,5月半ばにトリアムシノロンアセトニド4mg(0.1ml)のTenon.下注射を施行したところ,硝子体混濁は軽減し,自覚症状の改善を得た.図2初診時左眼蛍光眼底写真白色滲出斑の領域に一致して動静脈炎がみられる.図3ガンシクロビル1mg硝子体注射4回施行後の眼底写真網膜滲出斑が消失している.1068あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(142) III考按本症例は網膜炎の所見と前房水PCRでCMVDNA陽性であることからCMV網膜炎と診断した.患者はリンパ腫に対してリツキシマブとベンダムスチンの併用治療を受けていたが,本治療は副作用としてリンパ球を含む白血球減少が高率に起き,CMV感染症が10%に認められる.また,食思不振や吐気が約1/3の患者にみられる2).患者はCMV網膜症発症時点でも白血球減少がみられており,恒常的な白血球減少があったと推測される.また,極度の食思不振がいわゆるペットボトル症候群を招いたものと考えられる.本症は網膜炎の他に虹彩炎,硝子体混濁と高眼圧を伴っていた.AIDS(後天性免疫不全症候群)患者でみられるCMV網膜炎では通常,前眼部炎症はあっても軽微なことが多く,また高眼圧をきたさないが,非AIDSの患者では虹彩炎,硝子体混濁と高眼圧を伴うCMV網膜炎症例が報告されている3).菅原らはわが国でこれまで健常成人に発症したCMV網膜炎症例10例12眼についてまとめているが,8例で虹彩炎や硝子体混濁などの眼内炎症を伴っており,6例で高眼圧がみられていた4).Pathanapitoonらは非AIDSの患者でCMVによる後部ぶどう膜炎あるいは汎ぶどう膜炎を起こした18例22眼について報告しているが,12例14眼は虹彩炎を呈する汎ぶどう膜炎がみられていた5).全症例中13例17眼は免疫能異常か免疫抑制剤の使用を認めたが,17眼中10眼で汎ぶどう膜炎がみられ,免疫正常者以外でもCMV網膜炎に伴って汎ぶどう膜炎を起こすことがわかる.5例は非Hodgkinリンパ腫患者であった.AIDS以外の疾患では免疫機能障害の程度がAIDSと異なり,immunerecoveryuveitis様の反応が同時に起きているために眼内の炎症が随伴すると推測される3).糖尿病もCMV網膜炎の危険因子とされている.前述したわが国の正常人でのCMV網膜炎10例中3例は糖尿病に罹患していた3,6).また,DavisらのHIV陽性者以外に発症したCMV網膜炎15例では,7例は免疫不全がなく,うち4例は糖尿病のある患者であった7).また,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射あるいは硝子体注射後に発症するCMV網膜炎の報告例も糖尿病を有していることが多い8).糖尿病がCMV網膜炎の危険因子である理由は定かではないが,吉永らは糖尿病では白血球変形能の低下,網膜血流減少による灌流圧低下,網膜血管内皮細胞の接着分子の発現亢進などにより,網膜血管に白血球の接着が増加し,網膜微小循環に捕捉されやすいということが報告されていることから,糖尿病ではCMVの潜伏感染している白血球が網膜微小循環に捕捉されやすい状態になっている可能性をあげている3).本症も血糖が一時1,000mg/dlを超えており,このことがCMV網膜炎を発症した原因の一つと考えられた.以上から,本症は非Hodgkin病に糖尿病の急性増悪が重なり,それが契機となってCMV網膜炎を発症したものと推測した.完全な免疫不全患者以外にもCMV網膜炎を生じる可能性があり,一時的な免疫能低下や糖尿病が発症の契機となりうる.AIDSなどの重篤な免疫抑制状態でなくともCMV網膜炎も念頭に入れて診療をする必要があると考える.文献1)八代成子:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科49:11891198,2007v2)OhmachiK,NiitsuN,UchidaTetal:MulticenterphaseIIstudyofbendamustineplusrituximabinpatientswithrelapsedorrefractorydiffuselargeB-celllymphoma.JClinOncol31:2103-2109,20133)吉永和歌子,水島由佳,棈松徳子ほか:免疫能正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎.日眼会誌112:684687,20084)菅原道孝,本田明子,井上賢治ほか:免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科28:702-705,20115)PathanapitoonK,TesabibulN,ChoopongPetal:Clinicalmanifestationsofcytomegalovirus-associatedposterioruveitisandpanuveitisinpatientswithouthumanimmunodeficiencyvirusinfection.JAMAOphthalmol131:638645,20136)松永睦美,阿部徹,佐藤直樹ほか:糖尿病患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科15:1021-1024,19987)DavisJL,HaftP,HartleyK:RetinalarteriolarocclusionsduetocytomegalovirusretinitisinelderlypatientswithoutHIV.JOphthalmicInflammInfect3:17-24,20138)DelyferMN,RougierMB,HubschmanJPetal:Cytomegalovirusretinitisfollowingintravitrealinjectionoftriamcinolone:reportoftwocases.ActaOphthalmolScand85:681-683,2007***(143)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141069

眼部帯状疱疹における角膜炎発症の関連因子

2014年6月30日 月曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(6):879.881,2014c眼部帯状疱疹における角膜炎発症の関連因子齋藤勇祐亀井裕子三村達哉五嶋摩理松原正男東京女子医科大学東医療センター眼科RiskFactorofKeratitisinHerpesZosterYusukeSaito,YukoKamei,TatsuyaMimura,MariGotoandMasaoMatsubaraDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast2011年4月.2013年2月までに当院を初診した三叉神経領域の帯状疱疹患者69人について疱疹の発生部位,眼炎症の発生頻度と種類,また患者背景との関連について診療録をもとに後ろ向きに検討を行った.疱疹の部位は前額部のみが21例で最も多く,前額部から眼瞼に及ぶものが18例,前額部から眼瞼,鼻梁に及ぶものが14例であった.眼炎症は24例に認めた.偽樹枝状角膜炎のみを生じた患者は15例,偽樹枝状角膜炎,角膜実質炎および虹彩炎を認めた患者が5例,角膜実質炎および虹彩炎を認めた患者が3例,虹彩炎のみを認めた患者が1例であった.全身疾患を有する患者は29例で,このうち糖尿病が8例であった.糖尿病の患者は眼炎症の発生するオッズ比が高かったが有意差はみられなかった.65歳以上の患者はそれ以外の患者と比較し眼炎症の発生するオッズ比が高く有意差がみられた.男女,また高血圧の有無で有意差はみられなかった.Thisretrospectivestudywasperformedonpatientsaffectedwithvaricella-zostervirusinthetrigeminalnerveareawhoweretreatedatourhospitalfromApril2011toFebruary2013.Weinvestigatedskinlesions,ocularcomplicationsandsystemicbackgrounds.Ofthe69patients,skinlesionswereforeheadonlyin21patients,foreheadanduppereyelidin18patients,andbridgeofthenoseinadditiontoallthesein14patients.Inflammationsoftheeyewereseenin24patients,15patientshadpseudodendritickeratitisonly,5patientshadkeratitisparenchymatosa,iridocyclitisandpseudodendritickeratitis,3patientshadkeratitisparenchymatosaandiridocyclitis,and1patienthadiridocyclitisonly.Patients65andoverweresignificantlycomplicatedwithocularinflammation,comparedtothoseunder65(oddsratio3.32).Patientswithdiabeteswerealsolikelytobeassociatedwithocularsymptoms(oddsratio2.35).Nosignificantdifferenceswerefoundbetweensexes.Hypertensionwasnotasignificantriskfactor.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(6):879.881,2014〕Keywords:水痘帯状疱疹ウイルス,眼部帯状疱疹,糖尿病,偽樹枝状角膜炎.varicella-zostervirus,herpeszosterophthalmicus,diabetesmellitus,pseudodendritickeratitis.はじめに日常診療において眼炎症を伴う眼部帯状疱疹はしばしば経験する疾患の一つである1,2).しかし,その具体的な頻度や臨床所見,さらに関連する危険因子の具体的な検討報告は,わが国では少ない3.6).眼病変の診断,早期治療開始は重症化を防ぐ観点からも重要であり,そのためには危険因子や臨床症状の実際を把握しておくことが肝要となる.今回,筆者らは眼部帯状疱疹がどのような臨床症状を呈し,また眼炎症を発症するにあたり欧米での報告と差異がみられるのかを調査した.また,免疫系に関与する疾患の代表例として糖尿病を,その他の疾患として高血圧を取り上げ,眼炎症の発生に関連があるかを診療録をもとに後ろ向きに調査し,疾患集積性がみられるのか,また具体的にどの程度の関与がみられるのかに関する検討を行った.また,日常診療においては高齢者および女性の患者が多い印象があるが,実際に眼炎症の発生率にも差異があるのかに関して同時に検討を行った.I方法本研究は,東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行った.対象は東京女子医科大学東医療センター眼科を平成23〔別刷請求先〕齋藤勇祐:〒116-8567東京都荒川区西尾久2-1-10東京女子医科大学東医療センター眼科Reprintrequests:YusukeSaito,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,2-1-10Nishiogu,Arakawa,Tokyo116-8567,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(105)879 年4月1日.平成25年2月28日までの間に初診し,かつ初診時診療録に帯状疱疹の病名登録がある症例のうち,すでに皮膚科で確定診断のついた69例とし,診療録をもとに患者背景と初診時点での臨床所見を後ろ向きに調査検討した.患者背景として性別,年齢(65歳以上,65歳未満)ならびに糖尿病,高血圧を含む全身疾患の有無を,臨床所見として帯状疱疹の発生部位(前額部,眼瞼,鼻梁)と眼炎症の種類を検討項目とした.眼炎症は偽樹枝状角膜炎,角膜実質炎,虹彩炎の発生を調査し,結膜炎のみの症例に関しては検討対象から除外した.患者背景についてそれぞれ頻度の多かったリスク因子の有無,また年齢,性差によるリスクをオッズ比にて比較検討し,さらに統計解析ソフトSPSSR,MicrosoftExcelR2010を用いたc2検定を利用し有意差を評価した.II結果調査対象は男性27例,女性42例の合計69例で平均年齢は61.4歳であった.このうち65歳以上の患者は36名,65歳未満の患者は33名であった.全身疾患を有する者は29例(42%)で,高血圧19例,糖尿病8例,ほかにアトピー前額部のみ前額部+眼瞼21例(30%)18例(26%)眼瞼のみ6例(9%)前額部+眼瞼+鼻梁14例(20%)眼瞼+鼻梁6例(9%)鼻梁のみ4例(6%)(n=69)図1皮疹の分布疱疹の部位は前額部のみが21例(30%)で最も多く,前額部から眼瞼に及ぶものが18例(26%),前額部から眼瞼,鼻梁に及ぶものが14例(20%)であった.表1眼炎症と性別,年齢との関係(N=69)男性女性65歳以上65歳以下眼炎症あり915177眼炎症なし18271926性別と眼炎症との間には関連がなかった.65歳以上の患者では眼炎症を発生する比率が有意に高かった(オッズ比3.32,p=0.044).(n=65)880あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014や関節リウマチがみられた.疱疹は前額部のみに分布したものが21例(30%)で最も多く,前額部から眼瞼に及ぶものが18例(26%),前額部から眼瞼,鼻梁に及ぶものが14例(20%)であった(図1).前額部のみに皮疹を認める症例で眼炎症を起こしている症例は,今回の検討ではみられなかった.患者集団の眼炎症の発症は24例(35%)であった.また,鼻部に皮疹を認めた症例では眼炎症を有するものが17例,眼炎症のないものが7例であり,鼻部に皮疹がない患者集団(眼炎症あり7例,なし38例)と比較し有意に眼炎症の発生が多かった(p<0.001).眼炎症の内訳は偽樹枝状角膜炎のみのものが15例(22%)で最も多く,偽樹枝状角膜炎,角膜実質炎および虹彩炎を合併した症例が5例(7.2%),角膜実質炎に虹彩炎を合併した症例が3例(4.3%),虹彩炎のみ認めた症例が1例(1.4%)であった(図2).性別と眼炎症との間には関連がなかった(p=0.955).65歳以上の患者では眼炎症を発生するオッズ比が高く有意差がみられた(オッズ比3.32,p=0.044)(表1).糖尿病患者では眼炎症の発生するオッズ比が高かったものの有意差はみられなかった(オッズ比2.35,p=0.46).高血圧と眼炎症には有意差はみられなかった(オッズ比偽樹枝状角膜炎のみ15例(22%)眼炎症なし45例(65%)(n=69)図2眼炎症の種類と内訳眼炎症の発症は24例(35%)で,そのうち偽樹枝状角膜炎が15例(22%)で,偽樹枝状角膜炎+角膜実質炎+虹彩炎5例(7.2%),角膜実質炎+虹彩炎3例(4.3%),虹彩炎が1例(1.4%)であった.表2眼炎症と患者のもつ疾患との関連偽樹枝状角膜炎+角膜実質炎+虹彩炎5例(7.2%)角膜実質炎+虹彩炎3例(4.3%)虹彩炎のみ1例(1.4%)糖尿病あり糖尿病なし高血圧あり高血圧なし眼炎症あり417815眼炎症なし4401126糖尿病の患者では眼炎症の発生するオッズ比が高かったが有意差は得られなかった(オッズ比2.35,p=0.46).高血圧と眼炎症との関連はオッズ比1.26であり有意差はみられなかった(p=0.90).(糖尿病に関する検討はn=65,高血圧はn=60にて検討)(106) 1.26,p=0.90)(表2).III考察皮疹の分布領域は前額部のみに分布するものが最も多く,前額部から眼瞼に及ぶもの,前額部から眼瞼,鼻梁に及ぶものと続いた.過去の文献ではHutchinson領域の皮疹の分布を主体として検討したものが多く,臨床での3領域の分布を検討したものは少ない.前額部に皮疹が出現することが多いことが示されたが,やはりよく知られているとおりHutchinson領域を含む鼻梁の皮疹が眼炎症に関与していることが改めて確認される結果となった.臨床において以前より指摘されているように6),鼻の皮疹のある症例には改めて注意が必要であるといえる.眼部に発生する帯状疱疹は女性のほうがやや多いという報告が散見される5,7)が,眼部帯状疱疹集団の中での眼炎症の発生の性差に関しての検討を行った文献は少ない.今回の症例集団においては男女間で発生の有意差は検出されなかった.帯状疱疹の発症率とは異なり,帯状疱疹患者集団の中での眼炎症の発症率と性差には相関がないことがうかがえる結果となった.男女にかかわらず帯状疱疹患者を診察した際には,眼炎症発生に注意が必要であるということが改めて示された.年齢と眼炎症との関連に関しては,年齢が上昇するにつれ眼炎症の発生率が上昇するという報告がみられる8).Borkarらは,65歳以上の患者で眼部帯状疱疹における眼炎症の発生確率は65歳未満の発生率の5倍であったと報告している9).今回の検討でも同様に,有意差をもって高齢者での発生率が高いことが示された.高齢者は若年者に比べて免疫機能が低いと考えられ,このことが発症率の違いに関与していると考えられる.高齢の帯状疱疹患者を診察する際にはより一層の注意を必要とすることが確認された.全身疾患との合併に関して,今回の調査では糖尿病と高血圧のみを取り扱った.今回の検討の中では症例数が不足したこともあり,統計学的に有意差を出すには至らなかったが,糖尿病合併帯状疱疹患者で眼炎症の発生が高くなるという傾向があった.また,その一方で高血圧患者との相関はみられず,複数の疾患をもっている患者において眼炎症が多く発生するというより,免疫応答に関連する疾患に眼炎症が関与していることが改めて確認された.今回の調査期間中には急性網膜壊死などの重篤な合併症に至った症例や,帯状疱疹のリスクとして認知されているエイズウイルス陽性例や骨髄移植患者などの重傷免疫不全症例7)には遭遇しなかったが,さらに症例数を重ねることでこれらとの関連に関しても調査を進められると考えられる.文献1)Pavan-Langston:Herpeszosterophthalmicus.Neurology45:50,19952)SeversonEA,BaratzKH,HodgeDOetal:HerpeszosterophthalmicusinOlmstedcounty,Minnesota:havesystemicantiviralsmadeadifference?ArchOphthalmol121:386,20033)TomkinsonA,RoblinDG,BrownMJ:Hutchinson’ssignanditsimportanceinrhinology.Rhinology33:180-182,19954)三井啓司,秦野寛,井上克洋:眼部帯状ヘルペスの統計的観察皮膚病変と眼合併症との関連.眼臨医報79:603608,19855)安藤一彦,河本ひろ美:眼部帯状疱疹の臨床像.臨眼54:385-387,20006)松尾明子,松浦浩徳,藤本亘:三叉神経領域におけるHutchinson徴候:35例の検討.川崎医会誌34:291-295,20087)PuriLR,ShresthaGB,ShahDNetal:Ocularmanifestationsinherpeszosterophthalmicus.NepalJOphthalmol3:165-171,20118)LiesegangTJ:Herpeszosterophthalmicusnaturalhistory,riskfactors,clinicalpresentation,andmorbidity.Ophthaimology115:S3-S12,20089)BorkarDS,ThamVM,EsterbergEetal:Incidenceofherpeszosterophthalmicus:resultsfromthepacificocularinflammationstudy.Ophthalmology120:451-456,2013***(107)あたらしい眼科Vol.31,No.6,2014881

虚血性視神経症の臨床的背景

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):449.452,2014c虚血性視神経症の臨床的背景春木崇宏*1,2市邉義章*2清水公也*2*1海老名総合病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室ClinicalBackgroundsofIschemicOpticNeuropathyTakahiroHaruki1,2),YoshiakiIchibe2)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity目的:虚血性視神経症患者の臨床的背景を検討した.対象および方法:2001年1月.2010年12月までに虚血性視神経症の診断で入院加療した患者41例44眼(男性27名,女性14名,平均年齢67.6歳)の診療録を基に,その背景因子につき後ろ向きに検討した.結果:男性が66%,発症年齢は65.69歳にピークがみられ,初診時視力は0.01.0.1未満が多かった.ステロイドは全体の88%で使用し,非動脈炎性にステロイド使用した場合の視力改善率は50%であった.糖尿病の合併は20%で,糖尿病合併群は合併しない群と比べ最終視力が不良で,vWF(vonWillebrandfactor)値が高かった.結論:虚血性視神経症に糖尿病の合併率は低いが重要な発症危険因子の一つであり,視力予後不良因子になる可能性が示唆された.非動脈炎性に対するステロイド治療は今後,多施設による前向きな検討が必要である.Purpose:Toreporttheclinicalbackgroundofpatientswithischemicopticneuropathy(ION).Subjectandmethod:Weretrospectivelyinvestigatedtheclinicalbackground,basedonmedicalrecords,of44eyesof41patientswithION(27male,14female;averageage:67.6years)whohadbeenhospitalizedforischemicopticneuropathybetweenJanuary2001andDecember2010.Results:Peakonsetagerangedfrom65.69years;66%ofthepatientsweremale.Manyofthosehadinitialvisualacuityof0.01.0.1.Ofallpatients,88%weretreatedwithsteroid;50%ofthosewithnon-arteriticIONwhoreceivedsteroidshowedimprovedvisualacuity.Thosewithassociateddiabetescomprised20%;thediabetesgrouphadpoorprognosiscomparedwiththenon-diabetesgroup,andhadahighlevelofvonWillebrandfactor(vWF)onthebloodtest.Conclusions:Thediabeticincidenceofcomplicationwaslow,butdiabeteswasanimportantonsetriskfactor.IONpatientswithdiabetesmayhavepoorvisualprognosis.Steroidtherapyfornon-arteriticIONwillrequireprospectiveexaminationatmanyinstitutionsinthefuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):449.452,2014〕Keywords:虚血性視神経症,非動脈炎性,糖尿病,ステロイド,RAPD.ischemicopticneuropathy,non-arteritic,diabetes,steroid,RAPD.はじめに虚血性視神経症は中高年における代表的視神経疾患であり,大きく動脈炎性と非動脈炎性に分類される.動脈炎性は側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎)の他に,結節性多発動脈炎,全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythematosus:SLE)などが原因疾患としてあげられるが採血上,赤沈やC反応性蛋白(C-reactiveprotein:CRP)の上昇がみられ,また巨細胞性動脈炎の最終診断は側頭動脈の生検によってなされる.一方,非動脈炎性は動脈硬化,心筋梗塞,高血圧,糖尿病,血液疾患などが背景因子として考えられており,わが国では動脈炎性は少なく非動脈炎性が多い.本症は50歳以上の発症がほとんどだが,まれに若年者にも発症することがあり,その場合前述した基礎疾患の他に小乳頭など先天的な眼局所の異常が危険因子になるとされている1.4).過去にも本症の背景因子に関する報告はあるが5,6),今回,筆者らは当科に虚血性視神経症で入院した患者の検査データ,治療などの診療録を基に分析し,改めてその臨床的背景を検討してみたので報告する.〔別刷請求先〕春木崇宏:〒243-0433海老名市河原口1320海老名総合病院眼科Reprintrequests:TakahiroHaruki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,1320Kawaraguchi,Ebina,Kanagawa243-0433,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(145)449 I対象2001年1月.2010年12月までの10年間に虚血性視神経症の診断で入院加療した患者41例44眼で男性27名,女性14名,平均年齢は67.6歳であった.虚血性視神経症の診断は発症年齢が40歳以上,片眼性の急激な視力または視野障害,限界フリッカー値の低下,相対的求心路瞳孔障害(relativeafferentpupilarydefect:RAPD)陽性を絶対条件とし,造影剤検査で視神経,脈絡膜の充盈遅延または欠損があり,コンピュータ断層撮影(CT),磁気共鳴画像(MRI),また髄液検査で圧迫や脱髄を含め異常なく,さらに動脈炎性は赤沈,CRP,vWF(vonWillebrandfactor)値の上昇を参考事項とした.II方法,検討項目診療録を基に性別,年齢,左右の割合,視力,前部虚血性視神経症と後部虚血性視神経症の割合,赤沈,CRP,vWF値,トリグリセリド,総コレステロールなど発症に関すると考えられる血液データ,自己抗体の有無,乳頭の大きさの評価としてWakakuraらのDM/DD比7),糖尿病の有無,治療につき後ろ向きに検討した.III結果男女比は66%と男性に多く,発症年齢は男女ともに65.69歳にピークがみられ,さらに高齢になると減っていくという傾向があった(図1).発症眼は右眼発症が55%,左眼発症が45%であった.また,乳頭の蒼白浮腫を呈する前部虚血性視神経症と乳頭に異常がない後部虚血性視神経症の割合は,前部虚血性が78%を占めた.初診時視力は0.01.0.1未満が多く,光覚弁や手動弁など重篤な視力障害は少なかった(図2).初診時で多かった0.01.0.4までの視力の割合は最終視力では減少し,日常読み書きが可能な視力とされている0.5以上が66%を占めた(図3).小数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力に変換し,0.2以上の変化を改善あるいは悪化とした場合の視力予後をみてみると,改善39%,不変50%,悪化11%であった(図4).視野異常は虚血性視神経症に特徴的といわれている水平性は31%で中心性が54%,その他が14%であった.血液データの結果において,まず赤沈は男性の場合,年齢/2,女性は(年齢+10)/2を正常上限とすると40例中13例(33%)が高値であり,これらの症例を動脈炎性の疑い(生検をしていないため)とし,正常範囲内であった27例(67%)を非動脈炎性とした.つぎに基準値以上を高値とした場合,CRPが26%,血管内皮障害の指標となるvWF値は65%において高値であった.その他,トリグリセリドは41%,450あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014総コレステロールは28%で高値,さらに35%で抗核抗体が陽性であった.つぎに,視神経乳頭の大きさの評価として眼底写真を用いDM/DD比を計算した.DM/DD比3.0以上を小乳頭,2.4未満を大乳頭とすると,虚血性視神経症発症のリスクファクターといわれている小乳頭は計測できた36例中8例(22%)であった.また,乳頭が大きい例は1例のみ(3%)にみられた.治療に関しては,ステロイドパルス(メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム1,000mg/日を3日間)施行後にプレドニゾロンの内服漸減をする方法が68%と最も多く,ついで内服のみが15%,ステロイドパルスのみが5%,計88%でステロイドを使用していた(図5).非動脈炎性にも27例中22例(82%)にステロイドを使用していた(表1)が,使用した22例中18例(82%)は,いわゆる乳頭浮腫をきたしている前部虚血性であった.前述と同様の基準でlogMAR値0.2以上を視力改善とすると,改善率は非動脈炎性でステロイドを使用した場合は50%,動脈炎性は全例ステロイドを使用していたが視力改善率は30%であった.最後に糖尿病の合併は,当院基準値HbA1C5.8%(JDS)を超えるものを糖尿病とした場合,その割合は41例中8例,20%という結果であった.また,HbA1C7%を超えるようなコントロール不良例はなかった.糖尿病を合併する群(8例)と,しない群(33例)でその臨床的背景を比較してみると糖尿病合併群のほうが最終視力不良で,vWF値が高かった(表2).IV考按水平性視野障害は虚血性視神経症の特徴的な視野異常といわれている2.5,8)が,今回の検討では31%にとどまり,約半数54%が中心性であった.この結果は中心性視野障害でも虚血性視神経症を念頭に置かなければいけないという従来から指摘されていることが再確認された.本疾患の診断は他のデータや所見と併せ慎重に進めていく必要がある.今回の検討では後部虚血性視神経症は22%で,ほとんどが乳頭腫脹を伴う前部虚血性であった.視神経の眼球に近い部分(篩状板付近)は毛様動脈系の短後毛様動脈から血流の供給を受けており,通常この血管閉塞によるものはいわゆる蒼白浮腫とよばれる視神経の腫脹をきたす(前部虚血性視神経症).短後毛様動脈は脈絡膜の栄養血管でもあり,フルオレセインやインドシアニングリーン蛍光眼底造影検査で,脈絡膜の循環不全が検出されることにより診断が可能である1,3,4,9.11).一方,後部虚血性視神経症の眼底は正常で,視神経の後部はおもに軟膜動脈から血流の供給を受けており,先に述べた蛍光眼底造影検査では異常が検出されない.他疾患との鑑別がむずかしいところではあるが,今回の検討では(146) 症例数男性(n=27)女性(n=14)121086420眼数1.210.90.80.70.60.50.40.30.20.10.01~指数弁手動弁光覚弁14121086420症例数男性(n=27)女性(n=14)121086420眼数1.210.90.80.70.60.50.40.30.20.10.01~指数弁手動弁光覚弁1412108642045~4950~5455~5960~6465~6970~7475~7980~84少数視力年齢(歳)図1発症年齢分布と男女比図2初診時視力11%50%39%0.5~0.01~0.4~手動弁~光覚弁39%66%55%28%4%4%2%2%初診時改善不変悪化(n=44)視力最終視力図4視力予後図3初診時視力と最終視力表1非動脈炎性視神経症に対する治療非動脈炎性27例前部虚血性後部虚血性5%ステロイド使用(n=22)18(82%)4(18%)ステロイド非使用(n=5)3(60%)2(40%)12%15%68%ステロイドパルス後内服内服のみ表2各検討項目の中央値ステロイド非使用ステロイドパルスのみ糖尿病合併なし糖尿病合併あり(n=33)(n=8)(n=41)図5治療方針片眼性,急激発症で乳頭腫脹がなく,MRI,髄液検査においても視神経の炎症所見を認めなかったものを除外診断にて後部虚血性視神経症と診断したが,後部虚血性視神経症の割合が低いことは診断が困難であることも関与しているものと思われる.また,放射線照射の既往や真菌感染はいずれの症例にも認めなかった.近年,急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOOR)を代表とする一見眼底が正常な網膜疾患も存在するので,虚血性視神経症の診断は網膜電図(ERG)や光干渉断層計(OCT)を用いた網膜疾患の鑑別も必須で,慎重になされるべきであると考える.虚血性視神経症の治療は,動脈炎性ではステロイドパルス療法などただちにステロイドの大量療法を開始,以後赤沈やCRPなどの血液データも参考にしながらゆっくり漸減して(147)年齢(歳)67.570.0初診視力(logMAR)0.401.05最終視力(logMAR)*0.051.02赤沈(mm/h)15.029.5CRP(mg/dl)0.0650.252vWF*176.5227.0*p<0.05Wilcoxonのt検定.いくことが推奨されている3,8,10,12).また,ステロイドの投与により僚眼の発症予防にもなることもわかっている13).一方,非動脈炎性では一般的には,原因疾患の治療やコントロール,抗血小板薬,循環改善薬,ビタミン剤の投与が推奨されているが,治療に関し明確なエビデンスはない14,15).今回,動脈炎性の疑いと診断したのは33%であり,既報6)と同様にわが国では動脈炎性は少ない結果であった.血液データの赤沈の値で今回は診断しているが,一般的に高齢者や糖尿病患者では赤沈は亢進しており,血液データのみでは診断はつかず,確定診断には側頭動脈など動脈の生検が必要である.しかし,実際の臨床の現場では本症が高齢者に多いこあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014451 とや生検を拒否する患者も多く全例に生検を行うことは困難であり,なるべく侵襲性の少ない検査による診断基準の作成が望まれる.動脈炎性の場合,ステロイドの使用は異論のないところであると思うが,問題は非動脈炎性の治療である.Hayrehらは,2008年に乳頭腫脹を伴った非動脈炎性前部虚血性視神経症に対するステロイド療法の有用性を述べている.ステロイド治療をした場合,発症から2週間以内で視力は69.8%,視野は40.1%で改善,それに対し無治療では視力は40.5%,視野は24.5%の改善にとどまったと報告し,ステロイドの有効性として①ステロイド使用でより速い視神経乳頭の浮腫改善,②視神経乳頭における毛細血管の圧迫減少,③視神経乳頭の血流改善,④低酸素状態の軸索機能の回復,さらに⑤フリーラジカルによる視神経ダメージの抑制をあげている15).この論文には賛否両論はある16,17)が,決定的な治療法がない現段階では非動脈炎性の場合,乳頭腫脹のみられる前部虚血型に対しては血糖のコントロールや全身状態に問題がなければステロイド治療も選択肢の一つにしてよいのではと考えるが,今後,多施設による多数例の前向きな検討をしていく必要がある.糖尿病における視神経疾患として乳頭は腫脹するものの視力低下がない,あるいは軽度な糖尿病乳頭症,そして急激な視力,視野障害で発症する虚血性視神経症が知られている18,19).従来から非動脈炎性虚血性視神経症の全身危険因子として糖尿病があげられている20).しかし,今回の結果のように臨床上,虚血性視神経症で糖尿病合併例を経験することはむしろ少なく,過去の報告でも虚血性視神経症の糖尿病合併率は今回の検討と同様に20%21),逆に糖尿病の虚血性視神経症の合併率は0.2.0.5%とされている22).Leeらは,68歳以上の糖尿病患者25,515人と,この患者群と同人数の対照群の非動脈炎性前部虚血性視神経症の発症率を後向きに比較検討しており,糖尿病は非動脈炎性前部虚血性視神経症発症リスクを有意に増大させることを報告している23).今回の検討では虚血性視神経症を発症した時点で糖尿病の合併は少なかったとはいえ,この報告にあるように糖尿病は非動脈炎性前部虚血性視神経症の発症リスクを増大させるので,やはり重要な全身危険因子として管理されるべきと考える.V結論虚血性視神経症の臨床的背景は過去と同様の結果であった.本症に糖尿病の合併率は低いが重要な発症危険因子の一つであると同時に,視力予後不良因子にもなる可能性が示唆されたためその管理は十分になされるべきと考える.非動脈炎性虚血性視神経症に対する治療は,今回の結果で452あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014はステロイドの有効例もみられたが今後,多施設による多数例の前向きな検討が必要である.文献1)山上明子:視神経乳頭異常を呈する視神経疾患のみかた.日本の眼科83:728-733,20122)三村治:視神経炎と虚血性視神経症はこうして見分ける.臨眼65:794-798,20113)田口朗:動脈炎性虚血性視神経症の診断と治療.神経眼科27:4-10,20104)宮崎茂雄:虚血性視神経症の臨床.日本医事新報4279:66-70,20065)柳橋さつき,佐藤章子:虚血性視神経症の治療成績.臨眼58:1743-1747,20046)太田いづみ,太田浩一,吉村長久:前部虚血性視神経症の検討.眼紀54:979-982,20037)WakakuraM,AlvarezE:Asimpleclinicalmethodofassessingpatientswithopticnervehypoplasia.Thediscmaculardistancetodiscdiameterratio(DM/DD).ActaOphthalmol65:612-617,19878)大野新一郎:神経疾患.眼科53:789-796,20119)中馬秀樹:虚血性視神経症.眼科51:1353-1359,10)中馬秀樹:動脈炎性虚血性視神経症.眼科51:675-683,200911)加島陽二:虚血性視神経症.眼科52:1571-1575,201012)石川裕人,三村治:虚血性視神経症(動脈炎性を含めて).眼科54:1511-1515,201213)BirkheadNC,WagenerHP,ShickRM:Treatmentoftemporalarteritiswithadrenalcorticosteroids;resultsinfifty-fivecasesinwhichlesionwasprovedatbiopsy.JAmMedAssoc163:821-827,195714)大野新一郎:非動脈炎性前部虚血性視神経症.眼科51:783-789,200915)HayrehSS,ZimmermanMB:Non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,200816)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症の治療の可能性と問題点.神経眼科27:41-50,201017)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症にステロイド投与は有効か?あたらしい眼科29:763-769,201218)中村誠:糖尿病関連視神経症.臨眼62:1836-1841,200819)加藤聡:網膜症以外の眼合併症.臨眼61:136-141,200720)HayrehSS,JoosKM,PodhajskyPA,LongCR:Systemicdiseasesassociatedwithnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.AmJOphthalmol118:766-780,199421)井上正則:糖尿病.新臨床神経眼科学,p234-235,メディカル葵出版,200122)船津英陽,須藤史子,堀貞夫:糖尿病眼合併症の有病率と全身因子.日眼会誌97:947-954,199323)LeeMS,GrossmanD,ArnoldAcetal:Incidenceofnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:increasedriskamongdiabeticpatients.Ophthalmology118:959963,2011(148)