《第26回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科39(3):345.349,2022c新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が糖尿病網膜症定期診療へ及ぼす影響土屋彩子平野隆雄若林真澄星山健鳥山佑一時光元温村田敏規信州大学医学部眼科学教室E.ectoftheCoronavirusDisease2019(COVID-19)PandemiconPeriodicalPracticeforDiabeticRetinopathyAyakoTsuchiya,TakaoHirano,MasumiWakabayashi,KenHoshiyama,YuichiToriyama,MotoharuTokimitsuandToshinoriMurataCDepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicineC目的:糖尿病網膜症(DR)患者の通院中断は病状悪化のリスクとなる.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行がCDR定期診療に与える影響について検討した.対象:2019年,2020年のC2.5月に信州大学医学部附属病院眼科糖尿病外来の予約患者について,診療録をもとに患者背景,受診状況,受診キャンセル理由を後ろ向きに検討した.結果:3カ月間の受診予定患者はC2019年がC559例(男C365例,女C194例,年齢C62.1C±11.7歳),2020年がC537例(男C351例,女C186例,年齢C62.6C±11.4歳)で年齢,性別,DR重症度に有意差は認めなかった(p=0.3672,p=0.9811,Cp=0.4322).2019年の受診キャンセルはC41例,2020年はC2019年には認めなかったCCOVID-19の流行を理由とした26例がもっとも多く計C55例であった.結論:2020年のCDR外来受診予約のキャンセルはCCOVID-19を理由としたものがC47%と約半数を占め,COVID-19の流行がCDRの定期診療に影響を及ぼしていることが示唆された.COVID-19流行の収束が不明な現状では,受診が途絶えているCDR患者には医療者側から受診を促すなど,通院を中断させないことが重要である.CPurpose:Interruptionofclinicvisitsbydiabeticretinopathy(DR)patientsincreasestheriskofdiseasewors-ening.HereinweinvestigatedtheimpactoftheCoronavirusDisease2019(COVID-19)onregularDRcare.Meth-ods:Weretrospectivelyexaminedpatientbackgrounds,consultationstatus,andreasonsforconsultationcancella-tionfromthemedicalrecordsofpatientswithappointmentsattheoutpatientclinicforDRatShinshuUniversityHospitalfromFebruarytoMay2019and2020.Results:Intotal,559and537patientswerescheduledforconsul-tationCinC2019CandC2020,Crespectively,CwithCnoCsigni.cantCdi.erencesCinCage,Csex,CorCDRCseverity.CInC2019,C41Cappointmentswerecancelled,while55werecanceledin2020,ofwhich26werecancelledduetoCOVID-19.Con-clusion:InC2020,47%CofDRoutpatientappointmentswerecanceledduetoCOVID-19,suggestingthatthepan-demica.ectedDRoutpatientclinicvisits.WhiletheCOVID-19pandemicisnotyetundercontrol,itisimportanttoencourageDRpatientstocontinueregularclinicalfollow-upvisits.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(3):345.349,C2022〕Keywords:新型コロナウイルス感染症,糖尿病網膜症.COVID-19,diabeticretinopathy.Cはじめにる1).感染を恐れ病院受診に不安を感じる患者は少なくなく,2019年C12月に中国の武漢に端を発した新型コロナウイルCOVID-19が流行し始めたC2020年初めより信州大学医学部ス感染症(CoronavirusDisease,2019:COVID-19)の世界附属病院(以下,当院)全体での外来受診者数も徐々に減少的な流行は医療を含めさまざまな分野に影響を及ぼしていした.眼科外来の対応としてはC2020年C4月C16日に緊急事〔別刷請求先〕土屋彩子:〒390-8621長野県松本市旭C3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:AyakoTsuchiya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,3-1-1Asahi,Matsumoto,Nagano390-8621,JAPANC態宣言が出され不要不急の外出の自粛が要請されたことを受け,担当医が患者へ電話連絡をし,眼科的症状の悪化を認めないようなら受診を延期するよう伝えた.この対応はC2020年C5月C25日に緊急事態宣言が解除されるまで続けた.糖尿病網膜症は国や重症度により推奨される通院間隔に異なる点もあるが,定期的なフォローアップと必要に応じての加療が重要な疾患である2,3).COVID-19流行下での米国における眼科機関での不定愁訴を主訴とした受診の状況4)や英国における糖尿病黄斑浮腫を含めた黄斑疾患患者の受診状況についての報告5)はあるが,わが国においてCCOVID-19の流行が糖尿病網膜症診療へどのような影響を与えているのかについての詳細な報告はまだなされていない.今回,筆者らはCOVID-19の流行が糖尿病網膜症定期診療に与える影響について診療録をもとに後ろ向きに検討した.CI対象および方法当院眼科糖尿病外来にC6カ月以上の通院歴がありC2019年,2020年のC2.5月に受診予約をした患者を対象とした.1カ月以内のレーザー治療歴,3カ月以内の内眼手術歴,治療の臨床試験対象例は除外した.主評価項目は年齢,性別,国際重症度分類による糖尿病網膜症重症度,受診キャンセル数,キャンセル理由で,診療録をもとに後ろ向きに検討した.副次評価項目としてキャンセルした症例のその後の経過について検討した.以下,連続変数については平均±標準偏差で記載した.統計学的検討は連続変数について対応のない検定はノンパラメトリックなCMann-WhitneyUtest,対応のある検定はCWilcoxonの符号付き順位検定,カテゴリーデータについてはCc2検定を用い,p=0.05を有意水準とした.視力は小数視力をClogMAR値に換算し統計処理を行った.CII結果2019年,2020年のC2.5月の当院眼科糖尿病外来の受診予約患者はそれぞれC559人,537人であった.2019年と2020年では平均年齢,性別構成,糖尿病網膜症重症度の割合に有意差は認めなかった(p=0.3672,p=0.9811,p=0.4322).大学病院の特性として重症な患者が多いことが理由と考えられるが,平均受診間隔はC2019年がC2.1C±1.3カ月,2020年はC2.0C±1.3カ月と有意差なく短い傾向を認めた(p=0.4983)(表1).2019年C2.5月の糖尿病網膜症外来の受診予約キャンセル数はC41人,2020年2.5月はC55人とキャンセル数は増加傾向であったが,統計学的な有意差は認めなかった(p=0.0887).2020年のキャンセル理由にはC2019年には認められなかったCCOVID-19流行を理由としたものがC26人(46%)と約半数を占め,もっとも多かった(図1).COVID-19流行を理由にキャンセルしたC26人のうちC20人がC2020年C7月31日までに来院した.2020年C8月C1日までに来院を確認できなかったC6人に対しては,医師が電話で状況を確認した.このうちC4人は遠方に住んでいることから受診を控えたとのことであり,症状に変化がないことを確認し近医を受診するよう指示した.残りのC2人は自己判断で通院を中断していたため,近日中の当院受診を指示した.そのうち一人は電話からC1週間後に来院したが,残りの一人は来院を確認できなかった.以上より,21人がCCOVID-19流行を理由に一度キャンセルしたが,後に再受診した.これらC21人についてさらに受診間隔と視力について検討した.COVID-19流行前の平均受診期間がC66.5C±3.5日であったのに対し,COVID-19流行を理由にキャンセルしてから再受診するまでの平均受診期間はC108.5C±17.5日と有意に延長していた(p<0.001).両眼ともにキャンセル前の最終受診時と比較してキャンセル後の初回受診時に有意な視力低下は認められなかった.(右眼logMAR:0.44C±0.45vs.0.44C±0.42,p=0.77;左眼ClogMAR:0.47C±0.46Cvs.C0.43±0.47,Cp=0.68)(図2).しかし,これらの症例のうちC7例C12眼でキャンセル前の最終受診時と比較して,キャンセル後の初回受診時に視力低下を認めた.図3に糖尿病黄斑浮腫に対して抗血管内皮増殖因子(vas-cularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法で治療中,COVID-19を理由に受診予約をキャンセルしキャンセル後の初回受診時にキャンセル前最終受診時より症状が悪化していた症例を呈示する.80歳,女性.導入期としてアフリベルセプト硝子体注射をC3カ月連続で施行し,その後,treatCandextentレジメンとしてC1カ月間隔で投与間隔を延長した.2020年C1月にアフリベルセプト硝子体内注射を施行し,次回はC4カ月後のC5月を予定していたが,COVID-19流行を理由に患者自身で予約をキャンセルした.その後患者自身で受診予約を取り直し,本来の予約から約C3カ月遅れたC7月に受診した.キャンセル前は黄斑浮腫はある程度コントロールされ,最高矯正視力もC0.15まで回復していたが,最終受診時からC6カ月経過したC7月に来院した際は中心窩網膜厚が376Cμmと浮腫の悪化を認めた.CIII考按本研究では当院眼科糖尿病外来において,2020年,COVID-19の流行が糖尿病網膜症定期診療にどのような影響を与えているのかについて,2019年の同時期と受診状況・受診キャンセル理由に関して比較検討を行った.その結果,2019年とC2020年で受診予約していた両群の患者背景に大きな差はなかったが,2020年の受診キャンセル数はC55人と2019年のC41人よりも統計学的に有意差を認めないものの多かった.2020年のキャンセル理由として,実際の感染や感染者との濃厚接触を理由としたものはなかったが,感染する表1患者背景2019年(2.C5月)2020年(2.C5月)p値受診予約患者数(人)C559C537C.平均年齢(歳)C62.1±11.7C62.6±11.4C0.3672††男性C/女性(人)C365/194C351/186C0.9811†糖尿病網膜症重症度(人)糖尿病網膜症なしC13C14非増殖糖尿病網膜症C222C193C0.4322†増殖糖尿病網膜症C324C330平均受診間隔(月)C2.1±1.3C2.0±1.3C0.4983†††:c2検定††:Mann-WhitneyUtest2019年41人2020年55人他院入院中2人4%死亡2人4%死亡2人5%4人10%体調不良2人3%図1キャンセル理由の比較2019年C2.5月の糖尿病網膜症外来の予約キャンセル数はC41人,2020年C2.5月は55人で統計学的な有意差は認められなかった(p=0.0887).2020年のキャンセル理由はCCOVID-19の流行がC26人(47%)ともっとも多かった.右眼左眼2.02.0矯正視力(小数)1.51.00.5矯正視力(小数)1.51.00.50.00.0前々回前回キャンセル後前々回前回キャンセル後(キャンセル前初回受診時(キャンセル前初回受診時最終受診時)最終受診時)図2キャンセル後に受診した21人の視力の推移両眼ともにキャンセル前最終受診時と比較してキャンセル後初回受診時に有意な視力低下は認められなかった.ことが怖いなどのCCOVID-19の流行によるものがC26人ともっとも多かった.英国の眼科医療機関ではロックダウンしてから最初のC4週間で予約患者のうちC68%が受診しなかったという報告がある5).一方,本研究ではCCOVID-19の流行を理由に受診予約をキャンセルする患者は全予約患者のうち5%,全キャンセル患者のC47%にとどまった.この乖離の原因として,英国における社会全体のロックダウンと違い,2020年C4月C16日にわが国で出された緊急事態宣言には法的拘束力がないことや,当院がある松本市では検討期間内のCOVID-19の流行がC10万人当たりC5人を超えないレベルであり,他地方と比べ爆発的ではなかったことが考えられる.糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版)3)で増殖糖尿病網膜症はC1カ月にC1回,非増殖前糖尿病網膜症はC2.6カ月に1回,網膜症がなくてもC1年にC1回の眼科診察が推奨されて図3糖尿病黄斑浮腫に対し抗VEGF療法で加療中の80歳,女性CMT:中心窩網膜厚.いるように,糖尿病網膜症は定期的なフォローアップと必要に応じての加療が重要な疾患である.通院治療中断の既往を有する群で糖尿病網膜症と腎症が高頻度にみられることも,この考えを支持する6).2020年C5月C25日,緊急事態宣言が解除されると,観察期間中に受診予約をキャンセルしたC26人のうちC20人がC7月C31日までに来院したことが確認された.受診が確認できなかったC6人については担当医師が電話で状況を確認し,眼科機関への受診を指示した.受診が長期にわたり途絶えている患者には医療者側から受診を促し,通院中断させないことも重要と考えられた.本研究では受診予約キャンセル後に受診したC21人の視力は,両眼ともにキャンセル前最終受診時と比較してキャンセル後初回受診時に有意な視力低下は認めなかった.しかし,このうち視力低下を認めた例をC7例C12眼認めたように,予約キャンセルによる受診間隔の延長は視力予後に影響する可能性は否定できない.また,近年,糖尿病黄斑浮腫に対して抗CVEGF療法が第一選択として用いられ,定期的な診察を行い必要時に薬剤投与を行うCproCrenataや患者ごとに薬剤への反応性をみながら投与間隔を短縮・延長するCtreatCandextendといったレジメンで治療が行われることが多い7).このようなレジメンで治療を行っている患者では図3で呈示した症例のように,受診のキャンセルは病状悪化に直結することがある.加齢黄斑変性に対して抗CVEGF療法を行っている患者にはアムスラーチャートなどを用いた自宅でのセルフチェックや症状悪化時には担当医に相談するよう明確に指示することも提案されており8),糖尿病網膜症患者,とくに抗CVEGF療法を行っている糖尿病黄斑浮腫患者には同様の指導を行うことも必要と考えられる.また,COVID-19流行下においては緊急を要さない患者におけるスマートフォンなどを用いたオンライン診療の活用が提言されている9).オンライン診療には診断の確度,責任の所在,コストなどが課題として残るが,今後,推進していく必要がある分野と思われる.2月からC5月と短期間の検討ではあるが,2020年の糖尿病外来受診予約のキャンセルはCCOVID-19を理由としたものがC47%と約半数を占め,2019年の同時期と比べ多く,COVID-19の流行が糖尿病網膜症の定期診療に影響を及ぼしていることが示唆された.通院中断により病状が悪化する症例も散見され,受診が途絶えている糖尿病網膜症患者には医療者側から受診を促すなど,通院を中断させないことが重要と考えられた.また,COVID-19流行の収束がはっきりとしない現状(2021年C1月投稿時)では,今後,患者によるセルフチェックやオンライン診療も検討課題と考えられる.(本稿の要旨については第C26回日本糖尿病眼学会総会において発表を行った)文献1)HuangC,WangY,LiXetal:ClinicalfeaturesofpatientsinfectedCwithC2019CnovelCcoronavirusCinCWuhan,CChina.CLancetC395:497-506,C20202)SolomonCSD,CChewCE,CDuhCEJCetal:DiabeticCretinopa-thy:aCpositionCstatementCbyCtheCAmericanCDiabetesCAssociation.DiabetesCareC40:412-418,C20173)日本糖尿病眼学会診療ガイドライン委員会:日本糖尿病網膜症診療ガイドライン(第C1版).日眼会誌C124:955-981,C20204)StarrMR,IsrailevichR,ZhitnitskyMetal:Practicepat-ternsCandCresponsivenessCtoCsimulatedCcommonCocularCcomplaintsCamongCUSCOphthalmologyCCentersCduringCtheCCOVID-19Cpandemic.CJAMACOphthalmolC138:981-988,C20205)StoneCLG,CDevenportCA,CStrattonCIMCetal:MaculaCser-viceCevaluationCandCassessingCprioritiesCforCanti-VEGFCtreatmentCinCtheClightCofCCOVID-19.CGraefesCArchCClinCExpOphthalmolC258:2639-2645,C20206)田中麻理,伊藤裕之,根本暁子ほか:2型糖尿病患者における治療中断の既往と血管合併症との関係.糖尿病C58:C100-108,C2015C7)平野隆雄:A.iberceptとCranibizumabの比較,新しい抗C1149-1156,C2020VEGF薬の紹介.眼科C60:879-885,C20189)DamodaranCS,CBabuCN,CArthurCDCetal:Smartphone8)KorobelnikCJF,CLoewensteinCA,CEldemCBCetal:GuidanceCassistedCslitClampCevaluationCduringCtheCCOVID-19Cpan-forCanti-VEGFCintravitrealCinjectionsCduringCtheCCOVID-demic.IndianJOphthalmolC68:1492,C2020C19Cpandemic.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC258:***