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当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較

2016年1月31日 日曜日

《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):115.118,2016c当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較上野恵美*1柴田拓也*1黒田有里*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院ComparisonbetweenPatientswithDiabeticRetinopathyandThosewithOtherDiseasesinLowVisionCareatOurHospitalEmiUeno1),TakuyaShibata1),YuriKuroda1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症(DR)患者のロービジョンエイドの傾向を検討する.対象および方法:対象は,2012年10月.2014年10月に補助具選定検査を行った患者110名.A群:DR(30名),B群:黄斑変性・網脈絡膜萎縮(24名),C群:緑内障・網膜色素変性(30名),D群:その他疾患・疾患が重複するもの(26名)に分け,視力の良いほうの眼の矯正視力,患者のニーズ,処方した補助具,身体障害者手帳の取得率を診療録から後ろ向きに調査した.結果:平均対数視力は,A群0.70,B群0.91,C群0.67,D群0.49であった.羞明の訴えは,読字・書字困難の訴えに比べ視力が有意に高かった(p<0.05).A群では,遮光眼鏡の処方数と拡大鏡・携帯用拡大読書器の処方数は,ほぼ同数であった.B群は拡大鏡・携帯用拡大読書器の処方がやや多く,C,D群は遮光眼鏡の処方が多かった.結論:DRは病状が多岐にわたることもあり,処方された補助具もさまざまであった.Purpose:Toconsiderthetendencyoflowvisionaidfordiabeticretinopathy(DR)patients.SubjectsandMethods:Subjectswere110patientswhounderwentanaidselectioncheckfromOctober2012toOctober2014.Patientsweredividedinto4groups:groupA:DR(30patients);groupB:Maculardegenerationandretinochoroidalatrophy(24patients);groupC:Glaucomaandretinitispigmentosa(30patients)andgroupD:otherdiseases(26patients).Inreviewingthemedicalrecordsofthesepatients,weretrospectivelyinvestigatedthevisualacuityofeyeswithbettereyesight,patientneeds,prescribedaidandphysicaldisabilitycertificateacquisitionrate.Results:TheaverageeyesightwasgroupA0.70,groupB0.91,groupC0.67andgroupD0.49logMAR.Patientswhocomplainedofphotophobiahadsignificantlybettereyesightthanpatientswhocomplainedofreadingandwritingdifficulty.(p<0.05)IngroupA,absorptivelensesandmagnifiersorclosed-circuittelevisionwereprescribedtothesameextent.IngroupB,prescriptionofmagnifiersorclosed-circuittelevisionwasslightlygreater.IngroupsCandD,absorptivelenseswereprescribedthemost.Conclusion:ThesymptomsinDRtransferinvariousways,sotheprescribedaidswerealsovarious.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):115.118,2016〕Keywords:糖尿病網膜症,ロービジョン,ロービジョンケア.diabeticretinopathy,lowvision,lowvisioncare.はじめにレーザー光凝固や硝子体手術の技術の向上により,糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)も治療や進行の予防が可能な疾患となりつつある.しかし,内科治療の中断や全身状態の悪化などにより,眼底出血や牽引性網膜.離を起こし,ロービジョン(lowvision:LV)の状態となる患者も後を絶たない.それらの患者のqualityofvision(QOV)を向上させるためには,遮光眼鏡や拡大鏡などのLVエイドが有効である.疾患ごとのLVケアの特徴についての報告は多いが,DRに特化したものは少ない.竹田らはDR群と全疾患群で,処方された補助具の種類に差はなかったとしている1).〔別刷請求先〕上野恵美:〒134-0088東京都江戸川区西葛西3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:EmiUeno,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(115)115 D群白内障第1次硝子体糖尿病網膜症27%加齢黄斑変性7%その他の黄斑変性6%網脈絡膜萎縮8%緑内障12%網膜色素変性15%網膜疾患5%角膜疾患4%視神経疾患3%眼瞼痙攣3%3%過形成遺残2%その他5%A群B群C群図1各群の疾患内訳今回筆者らは,DR以外の疾患も群別に分け,DR患者には他疾患と比較して補助具の処方内容に差異があるかを調査した.I対象および方法対象は2012年10月.2014年10月に当院で補助具選定検査を行った患者110名(男性42名,女性68名),平均年齢は67.3±14.12(平均±標準偏差)歳であった.年齢,優位眼(視力の良いほうの眼)の矯正対数視力,患者のニーズ,身体障害者手帳の所持率,処方した補助具について,診療録から後ろ向きに調査を行った.なお,近用眼鏡には加入度数を強めたハイパワー眼鏡も含めている.今回の調査では,補助具選定検査から処方となった例のみ確認できたため,通常の眼鏡検査から処方になったハイパワー眼鏡は数に含まれていない.対象者を,疾患別に4つの群に分けて検討した.A群はDR30名(27%),B群は黄斑変性・網脈絡膜萎縮24名(21%),C群は緑内障・網膜色素変性30名(27%),D群はその他疾患・疾患が重複するもの26名(25%)である(図1).II結果各群の平均年齢はA群66.2±11.4歳,B群73.9±8.7歳,C群66.2±13.8歳,D群63.7±18.6歳であった.加齢黄斑変性を含むB群が,他の群より有意に年齢が高かった(p<0.05).年代の分布を示す(図2).各群の優位眼の平均対数視力はA群0.70±0.46,B群0.91±0.59,C群0.67±0.57,D群0.49±0.66であった.中心部が障害されやすいB群が一番視力が悪く,B群とD群の間に有意差がみられ,その他の群間では有意差は認められなかった(p<0.05).116あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(%)5040302010010代20代30代40代50代60代70代80代A群B群C群D群図2各群の年齢分布表1各群のニーズ(人)A群B群C群D群羞明1472020読字・書字困難191688羞明と読字・書字困難3003重複あり表2各群のニーズ別障害者手帳取得率(%)A群B群C群D群羞明57.185.785.025.0読字・書字困難42.162.562.550.0各群のニーズはA群では,羞明と読字・書字困難の訴えがほぼ同数であり,B群では読字・書字困難の訴えが多く,C群D群では羞明の訴えが多かった(表1).ただし,すでに遮光眼鏡・近用眼鏡・拡大鏡などを使用している患者もおり,それらを使用すれば不自由がないという場合,ニーズとして出てこないこともあった.優位眼の対数視力の平均は,羞明の訴えの患者は0.60±0.59,書字・読字困難の訴えの患者は0.84±0.54で,羞明の訴えの患者のほうが視力は有意に高かった(p<0.05).また,羞明の訴えは視力に関係なく現れたが,読字・書字困難の訴えは,各群ともおおむね0.80位から出現した.各群のニーズ別の身体障害者手帳,取得率を示す(表2).A群は手帳取得率がやや低く,B群,C群の羞明の訴えの患者は手帳取得率が高かった.各群において処方された補助具の内訳を示す(表3).A群では遮光眼鏡と読字・書字用の補助具が同数であり,拡大鏡の処方のうち約半数の6個がLEDライト付きルーペだった.B群は,ニーズとしては,読字・書字が多かったものの,現在の補助具が合っている,または中心暗点のため倍率を変更しても見え方が変わらない,という理由で読字・書字用補助具の処方とならない例があった.C群には網膜色素変(116) 表3処方した補助具(例数)A群B群C群D群遮光眼鏡1461919読字・書字用補助具(合計)14974拡大鏡11442拡大読書器2300近用眼鏡1031単眼鏡0001タイポスコープ0200性が含まれているため,遮光眼鏡が多かった.D群の多くはニーズがはっきりしており,それに沿った処方がされていた.処方された遮光眼鏡の色系統と視感透過率を数が少ないB群以外で検討すると,A群では視感透過率50.60%代が78.6%を占めた.C群では,屋内用と屋外用を分けて作る症例もあり,視感透過率の高いものと低いものの両極に分かれる傾向がみられた.D群は視感透過率の高いものが多かった(表4).色系統では,A群はグレー系(35.7%),C群はブラウン系(31.6%)・グリーン系(36.8%),D群はグレー系(57.9%)が多かった.III考察今回の筆者らの調査では,DRが全体の27%を占め,DRへの補助具選定の必要性の高さがわかった.小林らの2009年のアンケート調査2)では,優位眼の矯正対数視力が2.0.0.4で,これまでにLVケアを受けたことがない患者のうち,37%がDRであったことから,LVケアを必要とするDR患者が潜在していることが予想される.LVケアを受けるDR患者は,働き盛りの若年者が多いという報告1)もあるが,今回の筆者らの調査では60代以上が約83%を占めた.手術目的で紹介される若い患者も多いが,手術後は紹介元の病院に戻り,当院ではLVケアに至らない例もあったため,50代以下が少ない結果となった.また,若年者でも,すでに仕事を辞め,生活保護を受けており,仕事のために補助具を求める必要がないという患者もいた.今回の調査では高齢の患者が多かったが,国立障害者リハビリテーションセンター(以下,国リハ)のLVクリニックでもその傾向がみられる3).また,65歳以上の視覚障害の原因疾患としてはDRが28%,緑内障が15%という報告もある4).高齢者は全身状態も悪く,補助具を用いて何がしたいかという意志が弱い例も多いことから,動機づけが難しいと思われる.今回の調査の視力の内訳としては,A群では,0.4.1.0の症例が63%を占め,視力良好例が多かった(図3).B群で(117)表4視感透過率別の遮光眼鏡処方数(例数)視感透過率(%)A群B群C群D群11.20013021.30002031.40001041.50103151.60822961.70310171.80206481.900214調光レンズ0010図3各群の視力分布(%)■1.4~■1.04~1.3■0.4~1.0■0.04~0.3■~0(logMAR)A群B群C群D群6.76.763.320.23.325.020.837.54.212.513.313.333.326.713.315.47.726.93.846.2は,83%が優位眼対数視力0.4以下であり,視力障害の顕著な症例が多かった.C群は視野障害が先行することが多く,0.0より良い視力を13%含むが,視力が低下してからLVケアに至る例も多く,平均視力は0.67であった.D群は0.0より良い視力を46%含むが,標準偏差が大きかった.国リハのLVクリニックではDRは視力不良例が多く3),また竹田らの調査1)でも,対数視力0.3以上は3%しかいなかったが,当院ではA群で同等以上の視力が23%いた.今回の調査が補助具選定を行った患者の検討であったため,視力不良の患者は補助具を諦めていたという可能性もある.B群では中心暗点,C群では視野狭窄のような典型的な状況がみられたのに対し,A群では黄斑浮腫や硝子体出血などによる視機能低下の状況は患者ごとに異なった.そのため,A群は,B群とC群の間を取ったようなニーズが表れ(表1),処方された補助具もさまざまで,一定の傾向はなかった.患者のニーズを聞き,現在の視機能の状態を検査し,適切な補助具を処方することが基本となる.DR患者は,読字・書字困難の訴えだけでなく,羞明の訴えも多いことがわかった.一般に羞明の原因は,入射光路に光の散乱を引き起こす病変があることや,眼底に反射を増強する病変があることといわれている5).硝子体手術や白内障手術,レーザー光凝固施行後に羞明を訴えやすいとされている7,8)が,同様の症例でも羞明の訴えがないこともある.まあたらしい眼科Vol.33,No.1,2016117 た,羞明は視力に関係なく現れるため,患者への聴き取りがとくに必要である.DRでは硝子体出血や硝子体手術が度重なる症例もあり,身体障害者手帳の申請時期や補助具を選定する時期の検討が難しいことがある.LVケアを提案しても,外科的治療で治ると考えている患者には受け入れられないこともある.しかし,視力不良期間が長くなるにつれ,LVケアへの希望が減っていくという報告8)もあるため,医師と相談のうえ,比較的早期に補助具の存在を知らせておくような対応が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)竹田宗泰,竹田峰陽:糖尿病網膜症患者に対する視覚補助具の有用性.眼紀54:947-951,20032)小林薫,荻嶋優,宮田真由美ほか:アンケート調査から考える西葛西井上眼科病院のロービジョンケア.日本ロービジョン学会誌9:108-112,20093)久保明夫:糖尿病を伴うロービジョン.月刊眼科診療プラクティス61,ロービジョンへの対応(丸尾敏夫ほか編),p100-101,文光堂,20004)高橋広:高齢者におけるロービジョンケア.眼紀000:1110-1114,20005)梁島謙次:第8章視覚障害の特性別ケア.コンパクト眼科学18ロービジョンケア(梁島謙次編),p231-263,金原出版,20046)西脇友紀:V糖尿病患者のロービジョンケア.眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針(樋田哲夫編),p222227,文光堂,20067)吉田ゆみ子,新井三樹:VI疾患への対応糖尿病網膜症.ロービジョンケア-疾患への対応(新井三樹編),p98-104,メジカルビュー社,20038)林由美子,奥村詠里香,中川拓也ほか:富山大学付属病院眼科におけるロービジョン患者へのアンケート調査結果.日視会誌42:191-199,2013***118あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(118)

山名眼科医院を受診中の1型糖尿病患者の網膜症

2016年1月31日 日曜日

《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):103.109,2016c山名眼科医院を受診中の1型糖尿病患者の網膜症山名泰生*1髙嶋雄二*1松尾雅子*1合屋慶太*2*1山名眼科医院*2こやのせ眼科クリニックRetinopathyinType-1DiabetesYasuoYamana1),YujiTakashima1),MasakoMatsuo1)andKeitaGoya2)1)YamanaEyeClinic,2)KoyanoseEyeClinic平成25年度に当院を受診した1型糖尿病患者は35人.総患者の0.4%で,全糖尿病患者の2%であった.15歳以下の1型発症が40%,16歳以上発症が60%(16.35歳発症29%,36歳以上発症31%)であった.罹病期間別の糖尿病網膜症の有病率は,15年未満では17%,15.34年で69%,35年以上で90%であり,罹病期間が長いほど有病率は高かった.1型糖尿病患者の半数以上で現在のHbA1Cは8.0%以上であった.当院受診中の1型では,15歳以下発症群では罹病期間が長く,網膜症の有病率も高く,増殖網膜症もみられるが,視力は良好な症例も多かったことから早期からの眼科の介入が重要である.Wereport35casesofType-1diabetespresentingretinopathyseenatourclinicsince2013.TheincidenceofType-1diabeteswas0.4%ofalltreatedcaseswithretinopathyand2%ofallwithdiabetes(Type-1andType-2).Ofthese35cases,14(40%)developedType-1diabetesat15yearsoryoungerand21(60%)developedthediseaseat16yearsorolder.Theprevalenceofdiabeticretinopathyperdiseasedurationwas17%of9casesatlessthan15years,69%of16casesatbetween15and34years,and90%of10casesatmorethan35years.TheprevalenceofretinopathyincreasedwithincreasingType-1diabetesduration.Inmorethanhalfthecases,HbA1Cwasmorethan8%.Althoughvisualacuitywasgenerallystable,thisseriesof35casesinourrecentexperienceofType-1diabetespresentedanunusuallyhighincidencerateofdiabeticretinopathy,suggestingtheimportanceofophthalmologicalinterventionfromanearlystage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):103.109,2016〕Keywords:1型糖尿病,糖尿病網膜症,視力,罹病期間,有病率.Type1diabetes,diabeticretinopathy,visualacuity,diseaseduration,prevalencerate.はじめに1型糖尿病(以下,1型)は2型糖尿病(以下,2型)と同じ高血糖の病態を示すが,自己免疫性疾患などが原因とされる.日本人の糖尿病は95%が2型であり,1型は発症頻度が低いために眼科医が1型患者に接する機会は多くはなかった.しかし,最近は小児期に発症した成人の1型患者のみでなく,成人して発症した1型患者も外来で診療する機会が増えてきた.日本臨床内科医会は1997年に行った調査で,糖尿病網膜症の有病率について2型は23%,1型は29%であったと報告している1).今回は山名眼科医院(以下,当院)を受診中の1型患者の病状を把握するために診療記録を調査し,視機能と糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の状態を発症年齢や罹病期間などで比較検討した.I対象および方法平成25年に当院を受診した糖尿病患者1,485名のうち,内科もしくは小児科で1型と診断されて治療中の患者35名を対象に調査した.年齢は17.89歳であった.当院受診中の糖尿病患者における1型患者率は2%であった.また総患者数における1型の患者率は0.4%であった.II結果1.当院受診中の1型患者の概要平成25年に当院受診時の年齢は17.20歳未満1名,20〔別刷請求先〕山名泰生:〒809-0022福岡県中間市鍋山町13-5山名眼科医院Reprintrequests:YasuoYamana,M.D.,Ph.D.,YamanaEyeClinic,13-5Nabeyama-machi,Nakama,Fukuoka809-0022,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(103)103 .29歳2名,30.39歳4名,40.49歳8名,50.59歳9名,60.69歳8名,70.79歳2名,80歳以上1名であった.発症年齢は1.71歳で,発症年齢を15歳以下,16.35歳,36歳以上に分けるとそれぞれ14名(40%),10名(29%)11名(31%)であった.25%20%20%14%15%11%11%10%9%9%9%6%6%6%5%0%罹病期間は,5年未満3名(9%),5.9年2名(6%),10.14年4名(11%),15.19年7名(20%),20.24年3名(9%),25.29年2名(6%),30.34年4名(11%),35.39年5名(14%),40.44年2名(6%),45年以上3名(9%)であった(図1).発症年齢を小児期(15歳以下)発症群,若年期(16.35歳)発症群,壮年期以降(36歳以降)発症群の3群に分け,罹病期間を罹病短期群(15年未満群),中期群(15.34年群),長期群(35年以上群)の3群に分類した.今回の全症例35例を発症期別に表1.表3に示した.全症例の現在の網膜症(DR)病期の内訳は無網膜症(nondiabeticretinopathy:NDR)27眼(39%),単純網膜症(simplediabeticretinopathy:SDR)15眼(21%),増殖前網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:PPDR)18眼(26%),増殖網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)10眼(14%)であった.2.発症年齢群および罹病期間群別の網膜症病期発症年齢群別のDR病期は,小児期発症群ではPDRの割図11型糖尿病患者の5年区切りの罹病期間合が36%と多く,若年期発症群ではPPDRの割合が40%,表1小児期発症症例一覧(n=14)症例No性別年齢発症年齢罹病期間右眼視力左眼視力右網膜症左網膜症HbA1C1男21歳1歳20年0.3(1.0)0.3(1.0)NDRNDR8.5%2男17歳3歳14年0.4(1.5)0.4(1.5)NDRNDR8.3%3男51歳4歳47年1.0(1.5)0.6(1.5)PPDRPPDR7.8%4女53歳6歳47年0.5(0.8)0.7(0.9)PDRPDR7.9%5女26歳9歳17年0.09(1.2)0.09(1.2)SDRNDR9.7%6女49歳10歳39年0.09(1.2)0.1(1.0)NDRNDR8.8%7男51歳10歳41年0.09(1.0)0.08(1.5)SDRSDR7.6%8女38歳10歳28年0.03(1.2)0.03(1.0)SDRSDR10.1%9男46歳11歳35年0.4(1.2)1.0(1.2)PDRPDR7.6%10男46歳13歳33年0.2(1.0)0.3(1.2)NDRNDR8.4%11女50歳13歳37年1.5(n.c.)0.8(1.2)PPDRPPDR8.1%12男45歳13歳32年0.6(0.8)0.6(0.7)PDRPDR9.0%13女58歳14歳44年光覚なし0.02(0.03)PDRPDR7.2%14女63歳15歳48年0.7(1.0)0.7(1.2)PDRPDR6.3%表2若年期発症症例一覧(n=10)症例No性別年齢発症年齢罹病期間右眼視力左眼視力右網膜症左網膜症HbA1C15161718192021222324女女男女女男男女男男52歳35歳60歳44歳40歳39歳47歳37歳64歳54歳19歳20歳21歳23歳25歳26歳27歳28歳34歳35歳33年15年39年21年15年13年20年9年30年19年0.1(1.0)0.6(1.0)0.06(0.7)0.06(0.3)0.3(1.0)0.3(1.2)0.8(1.2)0.9(1.5)0.08(1.2)0.1(n.c.)0.1(1.5)0.1(1.2)0.3(1.0)0.5(1.0)1.5(n.c.)0.7(0.9)0.1(0.3)0.4(0.8)0.6(0.9)1.0(1.5)PPDRPPDRPPDRSDRNDRNDRSDRNDRSDRPPDRPPDRPPDRPPDRSDRNDRNDRSDRNDRSDRPPDR7.4%6.5%10.7%6.6%5.6%7.8%12.9%9.3%9.2%6.3%104あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(104) 表3壮年期発症症例一覧(n=13)症例No性別年齢発症年齢罹病期間右眼視力左眼視力右網膜症左網膜症HbA1C25女55歳36歳19年0.09(0.4)0.4(1.2)NDRSDR9.9%26男66歳37歳29年0.6(1.0)0.5(0.9)PPDRPPDR9.7%27男44歳39歳5年0.8(0.9)0.9(1.0)NDRNDR12.0%28女59歳42歳17年0.4(1.5)1.5(n.c.)NDRNDR7.4%29男62歳46歳16年0.06(n.c.)0.04(n.c.)PPDRPPDR8.6%30女89歳51歳38年0.2(0.8)0.3(0.8)PPDRPPDR7.3%31女60歳56歳4年0.4(0.7)0.2(0.6)NDRNDR9.8%32女69歳57歳12年0.1(0.6)0.1(1.2)NDRSDR8.4%33女63歳59歳4年0.9(1.2)1.5(n.c.)NDRNDR6.0%34男79歳65歳14年0.6(1.0)0.1(0.2)SDRSDR6.9%35女73歳71歳2年0.6(0.9)0.5(1.0)NDRNDR7.3%■NDR■SDR■PPDR■PDR100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%36%40%27%18%14%18%30%55%32%30%小児期若年期壮年期以降(n=14)(n=10)(n=11)図2発症年齢群別の糖尿病網膜症の病期発症年齢は小児期(15歳以下)発症群,若年期(16.35歳)発症群,壮年期以降(36歳以降)発症群の3群に分けた.壮年期以降発症群ではNDRの割合が55%と多かった.また,小児期発症群でのみPDRがみられた(図2).また,罹病期間群別をみると,短期群ではNDRが83%,中期群ではNDR,SDR,PPDRが31%,長期群ではPPDRとPDRが40%と多く,PDRの症例は中期群と長期群でみられた(図3).小児期発症群での糖尿病発症年齢とDRの関係は,NDRは1.13歳で平均7歳.有DRは4.15歳までで平均10歳(SDRは平均10歳,PPDRは平均8歳,PDRは平均12歳)であった.罹病期間とDRの有無との関係は,NDRの罹病年数は罹病14.41年で平均27年,有DRは17.48年で平均38年(SDRは17.28年で平均29年,PPDRでは37.47年で平均42年,PDRでは32.48年で平均41年)であった.若年期発症群の罹病期間とDRの有無との関係は,NDRの罹病年数は罹病9.15年で平均12年,有DRは15.39年で平均25年(SDRは20.30年で平均24年,PPDRでは15.39年で平均27年)であった.壮年期以降発症群の罹病期間とDRの有無との関係は,NDRの罹病年数は罹病2.17年で平均6年,有DRは12.(105)■NDR■SDR■PPDR■PDR100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%17%6%40%31%83%31%40%31%10%10%短期群中期群長期群(n=18)(n=32)(n=20)図3罹病期間群別の糖尿病網膜症の病期罹病期間は罹病短期群(15年未満群),中期群(15.34年群),長期群(35年以上群)の3群に分類した.38年で平均21年(SDRは12.19年で平均15年,PPDRでは16.38年で平均28年)であった.表4に示したように,PDRを発症している10眼の1型発症は小児期であり,罹病期間は30年以上と長期であった.10眼のうち6眼は,当院初診時にすでにPDRを発症していた,また1例2眼を除き矯正視力0.7以上を保っていた.3.発症年齢群および罹病期間群別の視力,HbA1C,低血糖の有無,その他の合併症発症年齢群別の現在の矯正視力を矯正視力0.1未満,0.1.0.6,0.7.0.9,1.0以上に分類すると,小児期および若年期発症群では矯正視力1.0以上が70%以上,壮年期以降発症群でも45%が矯正視力1.0以上であった.罹病期間群別にみても,矯正視力1.0以上は,短期群31%,中期群66%,長期群70%と安定した視力を保っている(表5).また,矯正視力0.1以下の4眼の視力不良の原因は,PDR(2眼)と糖尿病黄斑症(2眼)であった.発症年齢群別に現在のHbA1C値をみると,小児期および壮年期以降発症群でHbA1C8.0以上の割合が57%,55%と多く,若年期発症群では,HbA1C7.0未満と8.0以上の割合がそれぞれ40%であった.罹病期間群別では,短期群と中あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016105 表4増殖糖尿病網膜症を発症した症例一覧症例氏名性別年齢発症年齢罹病期間現在(両眼)現在視力初診時(両眼)硝子体手術手術年齢備考RV=0.5平成16年に左)硝子体出血を起こし,K病院を紹介.1T.T女53歳6歳47年PDR(0.8)LV=0.7(0.9)SDRH27.1.6左)硝子体手術39歳血糖コントロール不良気味であったため,全身状態が落ち着いてから,硝子体手術を施行.平成25年5月,右)硝子体出血平成6年に受診後,平成21年まで受RV=0.4診なし.9F.M男46歳11歳35年PDR(1.2)LV=1.0(1.2)SDRH24.11.13右)硝子体手術44歳平成21年に再受診でSDRであったが,FAG後,中間周辺部に新生血管の形成がみられ,網膜光凝固を施行.H21.6.16PDR(41歳)RV=0.6H16.1.2712K.M男45歳13歳32年PDR(0.8)LV=0.6PDR右)硝子体手術H26.7.135歳初診時よりPDR(34歳)(0.7)左)硝子体手術初診時(48歳)よりPDR13H.Y女58歳14歳44年PDRRV=I.p(-)LV=0.02(0.03)PDRS60年両)硝子体手術29歳S59眼底出血を起こした.S602箇所の大学病院にて両)硝子体手術右)眼球癆14K.F女63歳15歳48年PDRRV=0.7(1.0)LV=0.7(1.2)PDRH17右)硝子体手術55歳K病院からI眼科へ.硝子体出血発症.本人が不安を感じ,当院紹介された.硝子体手術のため,大学病院を紹介.表5発症年齢群および罹病期間群別の矯正視力の比較矯正視力発症年齢罹病期間小児期群若年期群壮年期群短期群中期群長期群0.1未満2眼(7%)0眼(0%)2眼(9%)0眼(0%)2眼(6%)2眼(10%)0.1.0.60眼(0%)2眼(10%)4眼(18%)3眼(17%)3眼(9%)0眼(0%)0.7.0.94眼(14%)4眼(20%)6眼(27%)4眼(22%)6眼(19%)4眼(20%)1.0以上22眼(79%)14眼(70%)10眼(45%)11眼(61%)21眼(66%)12眼(70%)矯正視力0.1以下の4眼の視力不良の原因は,PDR(2眼)と糖尿病黄斑症(2眼)であった.期群ではHbA1C8.0以上が56%,63%と多いが,長期群になるとHbA1C7.0.7.9%の割合が60%と多かった(表6).最近の低血糖をかなりある(以下,「ある」)とほとんどない(以下,「ない」),不明の3つに分けると,発症年齢群別では,小児期および若年期発症群では「ある」の割合が50%以上であったが,壮年期以降発症群では「ある」と「ない」の割合は同じ36%であった.罹病期間群別では短期群と長期群では「ある」が44%,90%,中期群では「ない」の割合が38%と多かった(表7).発症年齢群別および罹病期間群別の白内障手術施行の有無,硝子体手術施行の有無,糖尿病黄斑症発症の有無につい106あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016ては表8に,各群別のその他の眼症状の発症については表9に示した.4.小児期発症群で罹病期間は長期であるにもかかわらず視力良好な症例小児期発症群(表1)の症例6は,10歳で発症し罹病39年の女性で,NDRである.33歳のとき(平成9年)に片眼の白内障手術を施行し,48歳(平成24年)で僚眼の手術を施行した.本症例は筆者(Y.Y.)も眼科医として参加していた第9回福岡小児糖尿病キャンプで14歳のときに眼底検査で一過性に網膜に出血斑を認めたが,その1カ月後再度眼底検査したときには出血斑は消失していた.以後現在までDR(106) 表6発症年齢群および罹病期間群別のHbA1C値の比較HbA1C発症年齢罹病期間小児期群若年期群壮年期群短期群中期群長期群7.0%未満7%40%18%22%25%10%7.0.7.9%36%20%27%22%13%60%8.0%以上57%40%55%56%63%30%表7発症年齢群および罹病期間群別の低血糖の有無低血糖発症年齢群罹病期間群小児期群若年期群壮年期群短期群中期群長期群ある57%50%36%45%25%90%ない21%30%36%33%38%10%不明21%20%27%22%38%0%は認めていない.矯正視力は左右1.2と1.0である.症例9は,11歳で発症し罹病35年の男性で,28歳時(平成7年)にはSDRであったが,41歳(平成20年)で再来したときに,蛍光眼底造影検査でPDRであることがわかり汎網膜光凝固術を施行した.その1年後に右眼に硝子体出血を起こして硝子体手術を施行した症例であり,矯正視力は左右とも1.2である.III考察Kleinら2)は1型のDRの有病率は71%であると報告した.1型を25年間追跡してChatruvediら3)は15.60歳の1型患者を7年観察した結果としてDRの発症は56%で,リスクが高いと報告している.また近年小児期発症の1型については増加していることも報告されている4).わが国での1型の発症割合は糖尿病患者の5%と言われているが,当院を受診中の1型患者の割合は2%と低かった.1型患者はインスリン注射が不可欠であるために,かかりつけ医よりも総合病院の小児科や内科,眼科を受診していることから,単科の診療所である当院への受診率が低いことによると推定される.わが国での小児期発症症例について,樋上5)は東京女子医大の1型糖尿病123名について10年間追跡調査し,HbA1C(JDS)が9%以上であるとDRを発症しやすく,8%以下であるとDR発症は少ないこと,性別では男性では12歳未満発症,女性では9歳未満発症ではDR発症は少ないこと,また25歳を超えた時点でDRを認めないと10年後にもDRの発症が少ないこと,罹病年数については15年でDR発症は40%,PDRの発症は6%であったと報告した.1型受診患者の現在の年齢は50.59歳でもっとも多かった.発症年齢は3.71歳と幅が広かった.発症期群による(107)表8発症年齢群別および罹病期間群別の白内障手術施行の有無,硝子体手術施行の有無と糖尿病黄斑症発症の有無の割合白内障手術施行の有無施行あり施行なし小児期発症群39%61%若年期発症群35%65%壮年期発症群23%77%罹病短期群6%94%罹病中期群34%66%罹病長期群55%45%硝子体手術施行の有無施行あり施行なし小児期発症群25%75%若年期発症群15%85%壮年期発症群5%95%罹病短期群6%94%罹病中期群16%84%罹病長期群25%75%糖尿病黄斑症の有無発症あり発症なし小児期発症群7%93%若年期発症群15%85%壮年期発症群14%86%罹病短期群0%100%罹病中期群19%81%罹病長期群15%85%患者数と割合は小児期発症群12例,若年期発症群10例,壮年期以降発症群11例であり,それぞれ4割,3割,3割であり,受診患者での発症年齢による差は大きくなかった.罹病期間も2.47年と幅広く,15.19年がもっとも多く,あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016107 表9発症年齢群別と罹病期間群別のその他の眼症状病名発症年齢群罹病期間群小児期28眼若年期20眼壮年期22眼短期群22眼中期群30眼長期群18眼糖尿病黄斑症2眼(7%)3眼(15%)3眼(14%)0眼6眼(19%)3眼(15%)DME以外の黄斑浮腫1眼(4%)0眼2眼(9%)1眼(6%)2眼(6%)0眼白内障11眼(20%)9眼(23%)20眼(45%)10眼(28%)19眼(30%)11眼(28%)角膜びらん5眼(18%)2眼(10%)0眼0眼2眼(6%)5眼(25%)緑内障・高眼圧症6眼(11%)5眼(13%)3眼(7%)3眼(8%)6眼(9%)5眼(13%)硝子体手術後眼7眼(25%)3眼(15%)1眼(5%)1眼(6%)5眼(16%)5眼(25%)網膜前膜1眼(4%)2眼(10%)0眼0眼2眼(6%)1眼(5%)網膜裂孔0眼0眼1眼(5%)0眼1眼(3%)0眼網脈絡脈萎縮0眼1眼(5%)0眼0眼1眼(3%)0眼網脈静脈閉塞症0眼0眼1眼(5%)1眼(6%)0眼0眼加齢黄斑変性症0眼0眼1眼(5%)1眼(6%)0眼0眼硝子体手術後眼11眼の手術施行の原因は,PDRのため7眼,網脈静脈閉塞症による黄斑部浮腫のため1眼,黄斑前膜のため3眼であった.ついで35.39年にピークがあった(図1).4歳で発症した51歳の症例と,6歳で発症した53歳の2症例の罹病期間が47年でもっとも長かった.当然のことながら小児期発症患者での罹病期間は長くなっていた(表1).現在のDR病期を平成25年に当院を受診した2型と比較してみると,2型(n=2,902眼)ではNDR61%,SDR20%,PPDR11%,PDR7%,不明1%であったので1型では有意にNDRの割合が低く(p<0.05,c2検定),重症DRの割合が高くなっていた.2型のほうが1型よりもNDRの比率は高く,重症DRの比率は低くなっていたが,2型よりも1型の罹病期間が長いことによるものと推定される.発症年代別のDRの有病率は,小児期発症群と壮年期以降発症群では70%にDRがみられるが,若年期発症群では45%と有病率は低く,DR病期も若くして発症しているほど重症化がみられた(図2).罹病期間群別でDRの有病率を比較すると,短期群,中期群,長期群では短期群ほど有病率は低く,罹病期間が長くなると有病率は高くなり,とくにPDRは小児期発症群にのみ約4割みられ,罹病年数では短期群ではPDRはなく,中期群と長期群の症例であった(図3).PDRの症例はいずれも小児期発症群で罹病期間が中期群と長期群の症例であり,光凝固を施行した年齢も20.45歳(罹病年数は40年)までと幅広かった(表4).矯正視力については1.0以上の症例がもっとも多く,1.0の割合は発症年齢で小児期発症群は8割,若年期発症群では7割,壮年期発症群では半数弱に減少していて,罹病期間では短期群と中期群で6割,長期群では7割であった.小児期発症群では若いうちにDRが進行してしまって視力も不良な一部の症例以外では,重症DRへの進行がなく,病歴が長く108あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016なっても視力は良好なままであった(表5).現在の時点でのHbA1Cは,罹病期間の短期群では約7割が8%以上と不良で,発症年齢別では小児期発症群と壮年期以降発症群で8%以上が5割を超え,若年期発症群では4割であった(表6).DRの病期とHbA1Cの良好不良との間にも,また低血糖の有無との間にも関係はなかった.白内障手術も硝子体手術も小児期発症群と罹病期間の長期群で手術施行比率は高くなっていた.糖尿病黄斑症については小児期発症群では少なく,罹病期間の短期群ではみられなかった(表8).その他の合併症として,緑内障・高眼圧症は小児期発症群と罹病中期群で比率が高かった.壮年期以降発症者では静脈分枝閉塞症と加齢黄斑症がみられ,壮年期発症者での視力低下の原因になっていた(表9).小児期発症12例24眼の発症年齢は1.15歳,罹病年数は14.48年と長かった.DR病期はNDRが9眼(32%),SDRが5眼(18%),PPDRが4眼(14%),PDR10眼(36%)であり,PDRは小児期の5例10眼のみであった.症例数が少ないので比較はむずかしいが,樋上の報告よりも病歴が長いためかNDRの比率が低くPDRの比率が高くなっていた.表1の症例9は,11歳で発症し罹病35年の男性で,28歳時にはSDRであったが,41歳のときに再来したので蛍光眼底造影検査でPDRであることがわかり汎網膜光凝固術を施行した.その1年後に右眼に硝子体出血を起こして硝子体手術を施行した症例である.視力が不良であったのは,14歳で発症した罹病44年の症例13の1例2眼のみであった.この症例は29歳(昭和60年)の頃にPDRとなり当時ようやく普及しつつあった硝子体手術を大学病院で数回にわ(108) たり施行されたが,右眼は眼球癆となり左眼のみ辛うじて視年数も長いこと,またインスリン注射が必須であるために治機能を残すことができた症例であった.現在の手術水準であ療には困難が伴う.しかし,現在では内科・眼科の治療方法ればおそらくもっと良い視機能を保てたであろうと推測されの進歩によりDRの発症や進行の防止が可能な症例も多く,る.症例6は,10歳で発症し罹病39年でNDRの女性であたとえ進行しても視機能を保つことが可能になった.当院受るが,33歳のときに片眼の白内障手術を施行し,48歳で僚診中の1型では,15歳以下発症群では罹病期間が長く,DR眼の手術を施行した.本症例は筆者も参加していた小児糖尿の有病率も高く,PDRもみられるが,視力は良好な症例も病キャンプで14歳のときに眼底検査で一過性に網膜に出血多かったことから早期からの眼科の介入が重要であるといえ斑を認めたが,その1カ月後再度眼底検査したときには出血る.斑は消失していた.以後現在までDRは認めていない.総じて小児期発症群では5例9眼にDRは認めず,1例2眼を除いて視機能も良好に保たれていた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし2型のDR有病率は,平均6.7年の追跡期間中16.8%の患者にDRが発症したとJDCS(JapanDiabetesComplication文献Study)6)では報告されている.小児期発症群でのNDRの罹1)日本臨床内科医会調査研究グループ:糖尿病神経障害に関病期間は14.39年で平均27年と長かった.また若年期とする調査研究第2報糖尿病神経障害.日本臨床内科医会会壮年期以降を合わせた群では罹病期間が2.39年,平均17誌16:353-381,2001年でDRの有病率は43%と高かったが,罹病期間が2.172)KleinR,KleinBE,MossSEetal:TheWisconsinEpide年の短い症例ではDRは認めなかった.有DRの罹病期間はmiologicStudyofDiabeticRetinopathy:XVII.The14-yearincidenceandprogressionofdiabeticretinopathy12.39年であったが,PDRはみられなかった.今後さらにandassociatedriskfactorsintype1diabetes.Ophthalmol病歴が長くなれば小児期発症の1型でもPDRを発症してくogy105:1801-1815,1998る可能性はあると思われる.3)ChaturvediN,SjoelieAK,PortaMetal:Markersof2型と比較すると1型の場合には血糖コントロールは困難insuinresistancearestrongriskfactorsforretinopathyincidenceintype1diabetes.TheEURODIABProspectiveではあるが,患者あるいは保護者の努力により,若年期以降ComplicationsStudy.DiabatesCare14:284-289,2001に発症した1型では罹病年数が長くなってもPDRの発症が4)田嶼尚子,松島雅人,安田佳苗:特集1型糖尿病1型糖尿みられなかったと推定される.しかしながら今後は加齢によ病の疫学.糖尿病42:833-835,1999る白内障,緑内障,静脈閉塞症や加齢黄斑変性症などでの視5)樋上裕子:日本人小児期発症インスリン依存型糖尿病も発症年齢から考察した網膜症出現に関する研究.東女医大誌機能障害の増加が予想される.小児期の症例で罹病30年を66:323-329,1996超えてPDRになっていた症例もあることから,罹病年数が6)YoshidaY,HaguraR,HaraYetal:Riskfactorsfortheさらに長くなれば今後PDRも発症してくるものと考えられ,developmentofdiabeticretinopathyinJapanesetype2内科や小児科との連携を保って経過観察していくことが重要diabeticpatients.DiabetesResClinPract.51:195-203,2001である.IV結語1型は発症も乳幼児から高齢になるまで幅広いこと,罹病***(109)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016109

糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを 実施した1事例

2015年2月28日 土曜日

290あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)290(118)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):290.293,2015cはじめに厚生労働省の「平成19年国民健康・栄養調査報告」によれば,「糖尿病が強く疑われる人」は約890万人(平成14年調査より150万人増),「糖尿病の可能性を否定できない人」は約1,320万人(同440万人増)と推定されており1),日本人の糖尿病患者数は増加を続けている.また,合併症がない場合でも糖尿病という事実は精神的に大きな負荷となり,心理的危機をもたらす2).糖尿病網膜症(網膜症)は視覚障害〔別刷請求先〕荻嶋優:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:YuOgishima,NishikasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを実施した1事例荻嶋優*1黒田有里*1吉崎美香*1猪又麻美子*2佐野英子*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院PsychologicalCareofDiabeticRetinopathyPatientInvolvingMultidisciplinaryCooperationYuOgishima1),YuriKuroda1),MikaYoshizaki1),MamikoInomata2),EikoSano1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症の患者が解決困難な心理的問題を医師とコメディカルが連携して援助し,患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を報告する.症例:43歳,男性.30歳頃から糖尿病で内科治療を行っていた.眼科治療歴はなく40歳時に糖尿病網膜症にて西葛西・井上眼科病院を初診した.増殖網膜症による視力低下で不安が強く,看護師が心理面のケアを行った.経済的な問題に対して医療相談担当者が高額医療費制度を説明した.制度の利用により治療が継続可能となった.硝子体手術と同時にシリコーンオイルが注入され,携帯電話の画面が見えず不安が増した.視能訓練士が補助具の選定を行い,読字が可能となった.医師を中心に看護師,医療相談担当者,視能訓練士が心理面,経済面,視覚のケアを継続したことで,患者の不安は軽減した.結論:多職種が専門分野で患者に携わり支援内容を共有することで,患者に必要な情報の適時的確な提供が可能となった.Purpose:Toreportthecaseofapatientwhosufferedfromdiabeticretinopathywithseverevisualimpair-mentandpsychologicalproblems,whichwereresolvedwiththecooperationofophthalmologistandco-medicalstaff.Case:A43-year-oldmalewithdiabetesmellituswhohadbeentreatedfor3yearsbyaninternistvisitedourclinicwithcomplaintofbilateralvisualloss.Hewasnervous,withfearofblindnessfromproliferativediabeticretinopathyandeconomicproblemsrelatingtosurgicaltreatment.Withtheassistanceofanurseandamedicalconsultant,hispsychologicalproblemswereresolvedbeforetreatmentinvolvingvitrectomyinbotheyes.Botheyeswereinjectedwithsiliconeoil;best-correctedvisualacuitywaspreservedat0.6intherighteyeand0.1intheleft.Postsurgery,hehadaproblemofnearvisionfromhyperopiaduetosiliconeoiltamponade.Theorthoptistofferedopticalaidsforreadinglettersonamobilephone,whichsatisfiedthepatientinregardtocommunicationwithhisfamily.Consequently,cooperationamongophthalmologist,orthoptist,nurseandmedicalconsultantcom-prisedgoodcareforthepatient’spsychological,economicalandvisualproblems.Conclusion:Cooperationbymul-tiplespecialistscangeneratetimelyandaccurateadvicetoeyediseasepatientswhofearblindnessandsurgicaltreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):290.293,2015〕Keywords:糖尿病網膜症,心理的な問題,多職種の連携,適時的確な情報提供.diabeticretinopathy,psychologi-calproblems,cooperationbymultiplespecialists,timelyandaccurateadvice.(00)290(118)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):290.293,2015cはじめに厚生労働省の「平成19年国民健康・栄養調査報告」によれば,「糖尿病が強く疑われる人」は約890万人(平成14年調査より150万人増),「糖尿病の可能性を否定できない人」は約1,320万人(同440万人増)と推定されており1),日本人の糖尿病患者数は増加を続けている.また,合併症がない場合でも糖尿病という事実は精神的に大きな負荷となり,心理的危機をもたらす2).糖尿病網膜症(網膜症)は視覚障害〔別刷請求先〕荻嶋優:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:YuOgishima,NishikasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを実施した1事例荻嶋優*1黒田有里*1吉崎美香*1猪又麻美子*2佐野英子*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院PsychologicalCareofDiabeticRetinopathyPatientInvolvingMultidisciplinaryCooperationYuOgishima1),YuriKuroda1),MikaYoshizaki1),MamikoInomata2),EikoSano1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症の患者が解決困難な心理的問題を医師とコメディカルが連携して援助し,患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を報告する.症例:43歳,男性.30歳頃から糖尿病で内科治療を行っていた.眼科治療歴はなく40歳時に糖尿病網膜症にて西葛西・井上眼科病院を初診した.増殖網膜症による視力低下で不安が強く,看護師が心理面のケアを行った.経済的な問題に対して医療相談担当者が高額医療費制度を説明した.制度の利用により治療が継続可能となった.硝子体手術と同時にシリコーンオイルが注入され,携帯電話の画面が見えず不安が増した.視能訓練士が補助具の選定を行い,読字が可能となった.医師を中心に看護師,医療相談担当者,視能訓練士が心理面,経済面,視覚のケアを継続したことで,患者の不安は軽減した.結論:多職種が専門分野で患者に携わり支援内容を共有することで,患者に必要な情報の適時的確な提供が可能となった.Purpose:Toreportthecaseofapatientwhosufferedfromdiabeticretinopathywithseverevisualimpair-mentandpsychologicalproblems,whichwereresolvedwiththecooperationofophthalmologistandco-medicalstaff.Case:A43-year-oldmalewithdiabetesmellituswhohadbeentreatedfor3yearsbyaninternistvisitedourclinicwithcomplaintofbilateralvisualloss.Hewasnervous,withfearofblindnessfromproliferativediabeticretinopathyandeconomicproblemsrelatingtosurgicaltreatment.Withtheassistanceofanurseandamedicalconsultant,hispsychologicalproblemswereresolvedbeforetreatmentinvolvingvitrectomyinbotheyes.Botheyeswereinjectedwithsiliconeoil;best-correctedvisualacuitywaspreservedat0.6intherighteyeand0.1intheleft.Postsurgery,hehadaproblemofnearvisionfromhyperopiaduetosiliconeoiltamponade.Theorthoptistofferedopticalaidsforreadinglettersonamobilephone,whichsatisfiedthepatientinregardtocommunicationwithhisfamily.Consequently,cooperationamongophthalmologist,orthoptist,nurseandmedicalconsultantcom-prisedgoodcareforthepatient’spsychological,economicalandvisualproblems.Conclusion:Cooperationbymul-tiplespecialistscangeneratetimelyandaccurateadvicetoeyediseasepatientswhofearblindnessandsurgicaltreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):290.293,2015〕Keywords:糖尿病網膜症,心理的な問題,多職種の連携,適時的確な情報提供.diabeticretinopathy,psychologi-calproblems,cooperationbymultiplespecialists,timelyandaccurateadvice. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015291(119)を引き起こすさまざまな眼疾患のなかでも,視力の変化が激しい疾患の一つ3)である.急激な視力低下をきたした場合,日常生活に大きな影響を与えるだけでなく,心理的な負荷も多大なものになる.糖尿病患者は網膜症を治療していく途中で,見えなくなることやそれまでと同じ生活が送れなくなることなどに強い不安を抱くことが多く,治療と並行して心理面を中心としたケアが不可欠である.今回,治療過程において発生した解決困難なさまざまな問題を,医師とコメディカル(看護師,医療相談担当者,視能訓練士)が連携して援助したことによって患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:視力低下,飛蚊症.家族歴:父親が糖尿病.視覚障害があったとのことだった.眼科現病歴:2010年6月から両眼に黒い出血のようなものが見え,近医を受診した.増殖網膜症で硝子体手術を含む治療は困難と診断された.精査および治療目的で西葛西・井上眼科病院(以下,当院)を受診した.内科現病歴:30歳頃,糖尿病の治療を開始した.一時期,血糖降下剤を内服していたが,自己判断で中断した.38歳時,下肢蜂窩織炎を発症した際に血糖値が500mg/dl台であることが判明し,インスリン治療を開始した.インスリン1日2回・自己血糖測定を実施した.その他に高血圧,動脈硬化症,腎症を合併していた.初診時所見:視力は,右眼0.15(0.5×.1.50D),左眼0.08(0.4×.1.50D(cyl.0.50DAx5°),眼圧は,右眼17mmHg,左眼20mmHgであった.中間透光体には異常を認めず,眼底は両眼ともに多数の網膜新生血管と増殖組織がみられ,増殖網膜症(福田分類にてB5)であった.光干渉断層計(OCT)では,両眼に増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認めた(図1).網膜症に対してレーザー光凝固術は未治療,蛍光眼底造影検査は未施行であった.II経過1.治療開始初期の不安に対するケア当院初診時には,前医での説明から前向きな治療はできないという絶望感や,父親と同様に視覚的な症状が進行することへの不安などがあった.また,レーザー光凝固術や蛍光眼底造影検査を受けること自体にも不安があった.これらの不安を看護師が傾聴し,さらに治療と検査の詳細については補足説明を行った.残った不安には,再度医師が必要性や方法を説明し理解が得られた.看護師は,患者がこれ以降の検査・診察を安寧に受けられるよう,携わる職員間で情報を共有した.必要と思われる際図1初診時の眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像多数の網膜新生血管と増殖組織を認める.OCTでは,増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認める.(福田分類B5)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015291(119)を引き起こすさまざまな眼疾患のなかでも,視力の変化が激しい疾患の一つ3)である.急激な視力低下をきたした場合,日常生活に大きな影響を与えるだけでなく,心理的な負荷も多大なものになる.糖尿病患者は網膜症を治療していく途中で,見えなくなることやそれまでと同じ生活が送れなくなることなどに強い不安を抱くことが多く,治療と並行して心理面を中心としたケアが不可欠である.今回,治療過程において発生した解決困難なさまざまな問題を,医師とコメディカル(看護師,医療相談担当者,視能訓練士)が連携して援助したことによって患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:視力低下,飛蚊症.家族歴:父親が糖尿病.視覚障害があったとのことだった.眼科現病歴:2010年6月から両眼に黒い出血のようなものが見え,近医を受診した.増殖網膜症で硝子体手術を含む治療は困難と診断された.精査および治療目的で西葛西・井上眼科病院(以下,当院)を受診した.内科現病歴:30歳頃,糖尿病の治療を開始した.一時期,血糖降下剤を内服していたが,自己判断で中断した.38歳時,下肢蜂窩織炎を発症した際に血糖値が500mg/dl台であることが判明し,インスリン治療を開始した.インスリン1日2回・自己血糖測定を実施した.その他に高血圧,動脈硬化症,腎症を合併していた.初診時所見:視力は,右眼0.15(0.5×.1.50D),左眼0.08(0.4×.1.50D(cyl.0.50DAx5°),眼圧は,右眼17mmHg,左眼20mmHgであった.中間透光体には異常を認めず,眼底は両眼ともに多数の網膜新生血管と増殖組織がみられ,増殖網膜症(福田分類にてB5)であった.光干渉断層計(OCT)では,両眼に増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認めた(図1).網膜症に対してレーザー光凝固術は未治療,蛍光眼底造影検査は未施行であった.II経過1.治療開始初期の不安に対するケア当院初診時には,前医での説明から前向きな治療はできないという絶望感や,父親と同様に視覚的な症状が進行することへの不安などがあった.また,レーザー光凝固術や蛍光眼底造影検査を受けること自体にも不安があった.これらの不安を看護師が傾聴し,さらに治療と検査の詳細については補足説明を行った.残った不安には,再度医師が必要性や方法を説明し理解が得られた.看護師は,患者がこれ以降の検査・診察を安寧に受けられるよう,携わる職員間で情報を共有した.必要と思われる際図1初診時の眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像多数の網膜新生血管と増殖組織を認める.OCTでは,増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認める.(福田分類B5) 表1入院中の手術および屈折変化(1)右眼左眼入院1日目0.1(0.3×.1.50D)0.1(0.5×.1.25D(cyl.1.00DAx180°)入院2日目硝子体手術+シリコーンオイル注入─入院6日目0.02(0.2×+5.50D(cyl.1.50DAx50°)0.1(0.3×.2.00D(cyl.1.00DAx170°)入院9日目─硝子体手術+シリコーンオイル注入入院15日目0.1(0.2×+5.50D(cyl.1.00DAx20°)0.05(0.1×+5.00D)眼鏡処方度数+5.50D(cyl.1.00DAx20°+5.00D表2入院中の手術および屈折変化(2)右眼左眼入院1日目0.02(0.6×+5.50D)0.01(0.15×+6.00D(cyl.1.50DAx150°)入院2日目シリコーンオイル抜去─入院7日目0.08(0.4×.3.50D)0.1(0.3×+6.00D(cyl.1.50DAx150°)入院9日目─シリコーンオイル抜去入院14日目0.1(0.3×.3.00D)0.08(0.2×.5.00D)入院15日目0.06(0.4×.3.50D)0.06(0.2×.4.00D)眼鏡処方度数.3.50D.4.00Dには検査や診察に同席し,不安の軽減を図ることとした.硝子体手術までに外来で計5回のレーザー光凝固術を実施したが,治療後には必ず看護師のところへ立ち寄り,不安な点や気持ちを訴えたため,その都度傾聴した.繰り返し対話を行うことで,糖尿病の治療の重要性を理解し,網膜症治療へ前向きに取り組む傾向がみられた.2.治療費に関する心配についてのケア患者の通院にかかる交通費は往復5,000円であった.患者は自営業で家具職人をしており,視力低下により就業困難な状態であったため,収入面での不安があった.網膜症の状態から,レーザー光凝固術は数回行う必要があり,治療方針を説明する際,医師は通院のしやすさと交通費に配慮し,レーザー光凝固術は近医でも施行可能であると説明した.患者は当院での施行を希望したため,医師の指示により,医療相談担当者から高額療養費制度についての説明をした.話をすると制度の利用により経済的な問題は解決することがわかり,「すごく気が楽になった」と笑顔がみられた.通院治療を継続し,予定どおりレーザー光凝固術を実施した.3.自宅での療養に関するケア患者に日常生活の聞き取りをしてみると,自己管理に不十分な点がみられた.内科から受けた説明や指導内容を理解もしくは実施していないと判断し,当院においても看護師がフットケアやインスリン注射を含めた指導を実施した.今後,視機能が低下しても自宅で療養を行えるよう,妻を同席させた.フットケアは爪の切り方や観察ポイントをイラスト入りの用紙を用いて説明した.インスリン注射は正しい手順で行っていなかったため,衛生的に正しく注射ができるようになることを目標に内科の指導を補足した.入院による硝子体手術が予定されていたため,指導内容は外来看護師と病棟看護師で共有した.4.手術後および入院期間のケア上記のケアを行ったのちに,入院2日目に右眼増殖網膜症に対し硝子体手術を施行し,シリコーンオイルを注入した.入院9日目には左眼の手術を施行し,両眼に屈折の変化が生じ遠視化した(表1).入院中,術前は遠方の家族との連絡に携帯電話のメール機能を使い,仕事に関する指示などを伝えていた.術後は遠視化のため携帯電話の画面が見えなくなり,視覚の急な変化と連絡が取れなくなってしまったことから,焦りと不安が増した.この変化に対し,患者は看護師に不安を訴えた.そして光学的補助具(拡大鏡)の選定を希望した.看護師が視能訓練士に相談し,視能訓練士から医師へ報告した.医師の指示のもと光学的補助具を選定し,貸し出しを行った.病室で拡大鏡(エッシェンバッハブラックルーペR)3.5倍(10D75×50mm)と4倍(16D70mmf)と検眼枠に検眼用レンズを挿入した仮眼鏡をともに使用することで,携帯電話の画面や測定した血糖値を見ることができた.しばらく使用してみると,「携帯電話の画面とボタンが同時に見えない」,「携帯電話画面以外の物もよく見たい」といった不都合や希望が生じたので,再検査をして補助具を変更した.術後の両眼遠視化については,退院後の生活に必要である眼鏡を退院前日に処方した.入院中に使用していた拡大鏡を貸出し,退院後に自宅で5日間試用した.つぎの来院日にクリップ式の拡大鏡(エッシェンバッハラボ・クリップR両眼用)3倍と比較し,日常生活と就業時の使いやすさや満足度を確認したうえでク(120) リップ式の拡大鏡を購入した.硝子体手術から約3カ月後,注入したシリコーンオイルを抜去した.手術後は,両眼とも遠視から近視に大きく変化したため,それまでより裸眼で近方が見やすくなったが,遠方は見えにくくなった.しばらくは屈折度の変化が予測されるが,これまでの眼鏡は使用できないため退院時に新しい眼鏡を装用して帰りたいと強い希望があり,眼鏡処方を行った(表2).装用感は良く,満足していた.術後の定期受診の際,眼鏡の装用感や屈折度の変化に合わせて,眼鏡を再作製した.III考按糖尿病と診断された患者のうち,網膜症の合併症があるのは1割で,そのうち治療を受けている人は7割である.過去のデータからは増加しており1),通院しているにもかかわらず,血糖コントロールがうまくいかないなどの問題から視覚障害をきたす場合も多い.QOLの低下が生じることにより,日常生活の援助や精神的なケアが必要となる.何より糖尿病自体の進行予防が可能になるよう,患者個人に合わせたケアも求められる4).また,受けたケアが患者の満足するものになるかどうかは,患者と医療従事者の信頼関係に大きく左右される.今回の症例は,当院受診当初は治療に望みをもっておらず,常に悲観的であった.しかし,患者自身が感情を発信する場を確立し,医師と看護師が傾聴した結果,患者に安心して治療を受けられる心理的基盤が完成した.かかわるスタッフへの信頼があったからこそ,自身の「不自由」や「不便」を訴え,それを受けて多職種で援助ができた.治療の継続において,経済的な問題は必然的に発生する.網膜症による視覚障害者の場合,合併症による全身状態が原因で就業が困難になり,再就職はきわめて困難な場合が多い5).経済的な面からも,仕事が継続できるような支援が必要で,必要に応じ早い段階からの介入を行う.現在の仕事を継続するという観点からも,ロービジョンケアや視覚障害に対する援助は,患者が必要とした時期に迅速に開始することが望ましい6).「見えなくなった」,「できなくなった」という不自由や不安を放置することで精神的に追い詰められるため,ケアの導入時期も大きなポイントである.本人へのケア以外に,患者を傍らでサポートする周囲の家族や関係者への情報提供も重要である.負ってしまった視覚障害により「読み書き」ができなくなるとQOLの低下が生じる.しかし,見えないことでインスリン注射や血糖値の自己チェックなど,糖尿病自体の管理が困難になると,腎症,神経障害や心筋梗塞などの合併症発症の危険度が増す.周囲の者に病態や管理上の注意点を早期から伝え,患者本人を適切に支えることで,全身疾患である糖尿病の正しい確実な管理が可能となる.網膜症の患者に限らず,患者一人ひとりの心理的ケアを進めていくには,専門職のチームによる総合的なケアが求められる7).とくに中途視覚障害者への援助は,ニーズを正確に把握し,それに対する情報提供をすることで患者のQOL向上をもたらす8).看護師,医療相談担当者,視能訓練士のほか,薬剤師や栄養士などを含めた多職種が専門分野で患者に携わり,その内容をチームとして共有することで,患者に必要な情報だけでなく,患者がそのときに必要としている情報を適時的確に提供することが可能となる.自ら発信ができない患者にも同様の支援を行うために,すべてのコメディカルが,患者の不安や問題点を診察や検査など在院中の様子から見出し,適切な声掛けと傾聴を行えるようにすることが今後の課題である.IV結論医師とコメディカルが連携を取り,医師の指示のもと心理的,経済的,視覚に関するケアをそれぞれ看護師,医療相談担当者,視能訓練士が継続して行ったことで,患者の満足が得られる適切な情報提供ができた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)厚生労働省健康局:平成19年国民健康・栄養調査報告2)石井均:糖尿病網膜症患者の心理と治療.眼紀47:22-27,19963)中村桂子:糖尿病によるロービジョン患者のものの見え方,見えにくさの評価.看護技術48:34-40,20024)諸橋由美子,杉田和枝,百田初栄ほか:視覚障害をもつ糖尿病患者への援助.眼紀48:36-40,19975)山田幸男,平沢由平,大石正夫ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第8報─視覚障害者の就労─.眼紀54:16-20,20036)山田幸男,大石正夫,土屋淳之:糖尿病のロービジョンケア─その実践と課題─.看護技術48:24-27,20027)荒井三樹:糖尿病網膜症による視力低下患者の自立支援─リハビリテーション─.眼紀56:311-315,20058)田中恵津子:眼科臨床における中途視覚障害者に対する対応.日視会誌31:83-88,2002***(121)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015293

腎移植または血液透析導入を契機に糖尿病黄斑浮腫が改善した5 症例

2015年2月28日 土曜日

《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):279.285,2015c腎移植または血液透析導入を契機に糖尿病黄斑浮腫が改善した5症例石羽澤明弘*1,2長岡泰司*1横田陽匡*1高橋淳士*1南喜郎*2吉田晃敏*1*1旭川医科大学眼科学教室*2名寄市立総合病院眼科FiveCasesofImprovementinDiabeticMacularEdemaafterRenalTransplantationorCommencementofHemodialysisAkihiroIshibazawa1,2),TaijiNagaoka1),HarumasaYokota1),AtsushiTakahashi1),YoshiroMinami2)andAkitoshiYoshida1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,NayoroCityGeneralHospital目的:糖尿病性腎症による末期腎不全を合併した糖尿病黄斑浮腫(DME)が,腎移植または血液透析の導入で改善した5症例を経験したので報告する.症例:腎移植となった症例は43歳,男性.DMEに両眼トリアムシノロンTenon.下注(STTA),左眼bevacizumab硝子体注(IVB)施行したが著効せず,中心窩網膜厚(CMT)は右眼464μm,左眼394μm,小数視力は右眼(0.2),左眼(0.5)であった.生体腎移植が施行され,全身の溢水状態は改善し,体重は20kg減少した.腎移植3カ月後,CMTは右眼275μm,左眼285μmに減少し,視力は両眼(0.8)へ改善した.血液透析が導入された4例(平均年齢62.8歳)では,5眼でDMEを認めた..胞様黄斑浮腫(CME),漿液性網膜.離(SRD)をそれぞれ4眼で認めた.2眼でSTTA施行,1眼でIVB施行されたが,著効は示さず,透析導入前の平均CMTは550.8μmであった.透析導入後,平均4.6カ月で全例にDMEの改善が認められ,CME,SRDも全例で消失した.透析導入後の平均CMTは298.6μmであった.結論:腎移植や血液透析による全身溢水状態の改善が,DMEの改善にも繋がることが示唆された.Purpose:Toreport5casesofspontaneousimprovementindiabeticmacularedema(DME)afterrenaltransplantation(RT)orcommencementofhemodialysis(HD).Cases:A43-year-oldmalewithend-stagediabeticnephropathyhadDMEbilaterally.Evenaftersomeconventionalophthalmologicaltreatments,theDMEremained.AfterRT,however,theDMEwascompletelyimprovedbilaterally.Fiveeyesintheremaining4patientswithESKDalsohadDME;themeancentralmacularthickness(CMT)was550.8μmbeforeHD.AftercommencementofHD,theDMEeyeswereimprovedinallcases,andthemeanCMTwasdecreasedto298.6μm.Conclusion:ThesefindingssuggestthattheremovalofasystemicoverflowofbodilyfluidbymeansofRTorHDiscorrelatedtotheimprovementofDME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):279.285,2015〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,糖尿病網膜症,糖尿病性腎症,腎移植,血液透析.diabeticmacularedema,diabeticretinopathy,diabeticnephropathy,renaltransplantation,hemodialysis.はじめに糖尿病網膜症のいずれの病期からも発症しうる糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は,糖尿病による視力低下の重要な要因となっている.DMEの治療に関して,古典的な網膜光凝固のみならず,ステロイド薬や血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)に対する抗体療法など,薬物療法が近年試みられているが1),日常臨床において,これらの治療に抵抗するDME症例が数多く存在する.また一方で,血液透析(以下,透析)や腎移植により,眼局所の治療をせずともDMEが改善する症例があることも報告されている2.4).糖尿病性腎症による末期腎不全(end-stagekidneydisease:ESKD)は,溢水による全身浮〔別刷請求先〕石羽澤明弘:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1丁目1-1旭川医科大学眼科学教室Reprintrequests:AkihiroIshibazawa,DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalUniversity,2-1-1-1MidorigaokaHigashi,AsahikawaHokkaido078-8150,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(107)279 腫をきたすため,ESKDに合併したDMEの病態には,眼局所の内外血液網膜関門の破綻のみならず,腎機能障害による全身溢水が影響している可能性がある.実際に腎症悪化による体重増減に並行するDMEの変化も報告されている5).しかし,近年の抗VEGF療法など眼局所療法に抵抗するDMEにおいて,透析や腎移植により改善する症例が存在することを,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いて形態的かつ定量的に示した報告は,検索しえた範囲では見当たらない.今回筆者らは,腎移植または透析の導入により顕著に改善し,かつ経時的にOCTにより定量できたDMEの5症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕43歳,男性(腎移植著効).2007年7月,両眼の増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)にて旭川医科大学眼科(以下,当科)で汎網膜光凝固術(panretinalphotocoagulation:PRP)施行後,両眼ともに硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)を繰り返していた.VH消退後もDMEは残存し,OCT(RTVue-100R,Optovue社)で測定した中心窩網膜厚(centralmacularthickness:CMT)は右眼650μm,左眼629μm,小数視力(以下,視力)は右眼(0.2),左眼(0.3)であった.2008年7月左眼,9月右眼にトリアムシノロンTenon.下注(subtenontriamcinoloneacetonide:STTA),12月左眼にベバシズマブ硝子体注(intravitrealbevacizumab:IVB)を行い,短期的な効果は得たが,すぐに再発した(図1A).2009年7月,CMTは右眼553μm,左眼534μm,視力は右眼(0.4),左眼(0.2),糖尿病性腎症による低蛋白血症(血清アルブミン値2.4.2.9mg/dl)から,全身浮腫の悪化のため入院し,利尿剤投与などが行われた.両眼のCMTは減少傾向を示すも,.胞様黄斑浮腫(cysticmacularedema:CME)は残存し,2011年1月,CMTは右眼464μm,左眼394μm,視力は右眼(0.2),左眼(0.5)であった(図1A,B).推定糸球体濾過量(estimatedglomerularfiltrationrate:eGFR)は9.0mL/分/1.73m2とESKDのため,同年2月,伯父を臓器提供者とした生体腎移植が行われた.3カ月後,eGFRは46.3mL/分/1.73m2へと改善,血清アルブミン値は4.9mg/dlと低蛋白血症も解消され,溢水の改善から体重は20kg減少した.CMTは右眼275μm,左眼285μmと著明に減少し,CMEは消失,中心窩陥凹も認められた(図1C).視力は両眼ともに(0.8)まで改善した.〔症例2〕72歳,男性(頻回再発後,透析導入).2008年,近医にて両眼の白内障手術,その後PRPが施行された.左眼の遷延するDMEのため,2011年3月に当科へ紹介となった.左眼にびまん性のDMEを認め,CMTは647μm,視力は(0.08)であった.同年4月,7月にIVBを280あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015実施し,9月にSTTAを1回行った.一時的な改善を得たが再発を繰り返し,2012年4月,左眼CMTは649μm,視力は(0.09)であった(図2A,B).eGFRは7.7mL/分/1.73m2とESKDであり,2012年6月に透析導入となった.3カ月後,左眼のCMTは273μmと著明に減少し,中心窩陥凹も認めた(図2C).しかし,視力の改善は(0.3)に留まった.〔症例3〕57歳,男性(硝子体手術後,透析導入).2004年,右眼白内障手術を近医にて施行された.2011年1月,両眼の視力低下を主訴に近医を受診し,両眼のPDRのため当科へ紹介となった.PRP後,右眼にびまん性のDMEを認め,CMTは498μm,視力は(0.9)であった.STTA後,2012年5月にVHが出現した.VHが消退しないため,同年9月に右眼硝子体手術を行った.術後,CMEを認め,CMTは510μm,視力は(0.4)であった(図3A,B).eGFRは6.8mL/分/1.73m2とESKDの進行があり,同年10月に透析導入となった.透析導入後,徐々に黄斑浮腫は改善し,4カ月で右眼CMTは296μm,視力は(1.0)まで改善した(図3C).〔症例4〕54歳,男性(白内障術後,透析導入).2008年2月,両眼のPDRにて当科でPRPを行い,中心窩近傍の毛細血管瘤に局所網膜光凝固も施行した.2009年2月に両眼の白内障手術後,DMEが悪化した.両眼ともに著明なCMEを認め,CMTは右眼529μm,左眼530μm,視力は右眼(0.2),左眼(0.4)であった(図4A,B).eGFRは12.5mL/分/1.73m2とESKDであり,同年7月に透析導入となった.6カ月後,CMTは右眼241μm,左眼291μmへ減少,視力は右眼(0.3),左眼(0.5)となり,logMAR視力換算で1段階程度の改善があった(図4C).〔症例5〕69歳,男性(透析導入のみ).2012年12月,両眼PDRに対するPRP後の遷延するDMEのため当科に紹介となった.左眼に著明な漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を認め,CMTは521μm,視力は(0.8)であった(図5A,B).2013年2月,eGFRは8.8mL/分/1.73m2とESKDのため,眼科的治療を行う前に透析導入となった.1カ月後,SRDは減少し,CMTは390μm,視力は(1.0)へ改善した(図5C).4カ月後にはSRDは消失した(図5D).また,中心窩下脈絡膜厚(subfovealchoroidalthickness:SCT)は,透析前395μm(図5B)であったが,透析導入後のSCTは1カ月,4カ月でそれぞれ,342μm(図5C),340μm(図5D)と減少した.症例のまとめを表1に示す.透析が導入された4例(平均年齢62.8歳)では,5眼でDMEを認めた.CME,SRDをそれぞれ4眼に認めた.2眼にSTTA施行,1眼にIVB施行されたが,著効は示さず,透析導入前の平均CMTは550.8μmであった.透析導入後,平均4.6カ月で全例に(108) L:STTAR:STTAL:IVB全身浮腫悪化で入院加療腎移植右眼:左眼:800700600500400300200中心窩網膜厚(μm)2008年07月2008年11月2009年03月2009年07月2009年11月2010年03月2010年07月2010年11月2011年03月2011年07月L:STTAR:STTAL:IVB全身浮腫悪化で入院加療腎移植右眼:左眼:800700600500400300200中心窩網膜厚(μm)2008年07月2008年11月2009年03月2009年07月2009年11月2010年03月2010年07月2010年11月2011年03月2011年07月A:中心窩網膜厚の経過右眼左眼右眼左眼B:腎移植前C:腎移植後(6カ月)図1症例1の中心窩網膜厚(CMT)の経過(A),腎移植前(B)と後(C)の眼底写真(上段),フルオレセイン蛍光造影写真(FA:後期像,中段),光干渉断層計像(OCT:水平断,下段)A:トリアムシノロンTenon.下注(STTA),ベバシズマブ硝子体注(IVB)により,一時的に改善はするが,浮腫の再発が認められた.全身浮腫悪化による入院,利尿剤投与後,中心窩網膜厚(CMT)は減少傾向を認めたが,浮腫は残存した.B:腎移植前のFAでは蜂巣状の高度な蛍光貯留を認め,OCTでは.胞様黄斑浮腫(CME)を呈している.CMTは右眼464μm,左眼394μm,視力は右眼(0.2),左眼(0.5)であった.C:腎移植から6カ月後,FAでの蛍光漏出は明らかに減少し,OCTではCMEが消失,中心窩陥凹も認めた.CMTは右眼275μm,左眼285μmで,視力は両眼ともに(0.8)まで改善した.DMEの消失が認められた.透析導入後の平均CMTはII考按298.6μm(p<0.01)と有意に改善していた(pairedt-test).糖尿病性腎症によるESKDのため透析導入となる患者は,(109)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015281 IVB①IVB②STTAHD導入中心窩網膜厚(左眼)(μm)800700600500400300200100011年03月11年05月11年07月11年09月12年03月12年01月12年05月12年07月12年09月11年11月IVB①IVB②STTAHD導入中心窩網膜厚(左眼)(μm)800700600500400300200100011年03月11年05月11年07月11年09月12年03月12年01月12年05月12年07月12年09月11年11月A:中心窩網膜厚の経過(左眼)B:透析導入前(OCT:水平断)C:透析導入後(3カ月)図2症例2(左眼)の中心窩網膜厚(CMT)の経過(A)と透析導入前(B)後(C)のOCT像(水平断)A:ベバシズマブ硝子体注(IVB),トリアムシノロンTenon.下注(STTA)により,一時的に改善はするが,浮腫の再発が認められた.B:透析導入前,CMEを呈し,CMTは649μm,視力は(0.09).C:透析導入3カ月後,CMEは消失,CMTは273μm,視力は(0.3)へ改善.B:透析導入前(OCT:水平断)A:透析導入前(右眼)C:透析導入後(4カ月)図3症例3(右眼)の眼底写真(A),透析導入前(B)後(C)のOCT像(水平断)A,B:硝子体手術後,CMEを認め,CMTは510μm,視力は(0.4).C:透析導入4カ月後,CMEは消失,CMTは296μm,視力は(1.0)まで改善.そのほとんどが糖尿病網膜症を有し,その50%以上が最重は透析導入となったDME患者11例22眼において,DME症型のPDRである6).しかし,透析療法が開始継続されるの鎮静化までの期間を眼底写真,蛍光眼底造影(fluoresceinことにより,1.2年で網膜症は非活動型の「燃え尽き網膜fundusangiography:FA)で判定し,DMEの軽減まで平均症」に至ることが多いと報告されている7).一方,DMEへ6.5カ月,消失までは平均14.7カ月の時間を要したと報告しの透析療法の効果を示した研究は意外にも少ない.市川ら2)た.今回,筆者らは透析および腎移植に伴うDMEの改善を282あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(110) 右眼左眼A:透析導入前(眼底写真)B:透析導入前(OCT:水平断)C:透析導入後(6カ月)図4症例4の眼底写真(A),透析導入前(B)後(C)のOCT像(水平断)A,B:白内障術後,CMEを認め,CMTは右眼529μm,左眼530μm,視力は右眼(0.2),左眼(0.4).C:透析導入6カ月後,CMTは右眼241μm,左眼291μmへ減少,視力は右眼(0.3),左眼(0.5)へ改善.395μmB:透析導入前342μmA:透析導入前(左眼)C:透析導入後(1カ月後)340μmD:透析導入後(4カ月後)図5症例5(左眼)の眼底写真(A),透析導入前(B)後(C,D)のOCT像(水平断)A,B:透析導入前,著明な漿液性網膜.離(SRD)を認めた.CMTは521μm,視力は(0.8)であった.中心窩下脈絡膜厚(SCT)は395μmであった.C:透析導入1カ月後,SRDは減少し,CMTは390μm,視力は(1.0)と改善.SCTは342μmへ減少.D:透析導入4カ月後,SRDは消失した.SCTは340μm.(111)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015283 表1症例のまとめ腎移植前腎移植後腎移植症例年齢性別eGFRR/LDMEtypeCMESRDPRPfocalPCSTTAIVB硝子体手術白内障手術CMT小数視力CMT小数視力改善までの期間症例143男9Ldiffuse+.+.+…4640.22750.83Rdiffuse+.+.++..3940.52850.83透析導入前透析導入後透析導入症例年齢性別eGFRR/LDMEtypeCMESRDPRPfocalPCSTTAIVB硝子体手術白内障手術CMT小数視力CMT小数視力改善までの期間症例272男7.7Ldiffuse+.+.++..6490.092750.33症例357男6.8Ldiffuse+++.+.++5100.429614症例453男12.5Rfocal++++…+5440.22410.36Lfocal++++…+5300.42910.56症例569男8.8Ldiffuse.++…..5210.839014平均値62.88.95550.8298.64.6(歳)(mL/分/1.73m2)(μm)(μm)(カ月)eGFR:推定糸球体濾過量(mL/分/1.73m2),diffuse:びまん性DME,focal:局所性(毛細血管瘤からの漏出による)DME,CME:.胞様黄斑浮腫,SRD:漿液性網膜.離,PRP:汎網膜光凝固,focalPC:毛細血管瘤への局所光凝固,STTA:トリアムシノロンTenon.下注,IVB:ベバシズマブ硝子体注,CMT:中心窩網膜厚(μm).OCTで経過観察し,透析導入後平均4.6カ月で浮腫の消失を確認し,CMTは平均550.8→298.6μmと有意に改善した.筆者らは透析導入後にFAを施行しておらず,血管からの漏出が消失したかどうかは定かではないが,今回OCTで観察されたDMEの消失までの期間は,市川らが報告した期間よりは短い.これは,びまん性漏出が完全に消失する前に形態が先行して正常化することを示唆しているのかもしれない.一方,症例1は,透析ではなく,腎移植による腎機能の本質的改善により,体液貯留が改善され(体重は20kg減少)眼科的局所治療なしで,DMEが消失し,視力回復に至った.(,)清水ら4)は腎移植を受けた糖尿病網膜症患者20例40眼を検討し,DMEの改善は6眼中3眼であったと報告した.この報告はOCTが導入される以前のものであり,定量的な浮腫の評価は困難であったと考えられるが,腎移植後の網膜症の予後は良好であり,視力向上例が多いと結論づけている.本症例においても,腎移植によって低蛋白血症が改善されたことにより,血漿膠質浸透圧の低下も改善され,網膜内余剰水分が除水された結果,DMEの改善に至ったと考えられる.腎機能低下に伴う溢水とDMEの関連性を強く示唆する症例と考えられた.近年,DMEの眼科的加療として,抗VEGF療法やステロイド療法が注目され,おもに眼所見(OCT所見)と治療効果については幾多の検討がなされている8).一方で,これらの治療に抵抗性を示す症例の全身状態,とくに腎機能について言及した報告は,検索しえた範囲では見当たらない.IVBやSTTAにても頻回再発をきたしていた症例2では,IVB,STTAともに一過性には効果を示すため,DMEの病態にVEGFを含めた慢性炎症が関与することに議論の余地はない.しかし,透析導入により3カ月でDMEは速やかに改善したことから,繰り返す再発の一因として,腎機能障害による全身溢水の影響があった可能性があると考えた.体重の増減に伴うDMEの増減を認めた症例も報告されており5),本症例においても体液管理の重要性が示唆され,眼科医も全身状態を十分把握し,透析導入時期を含めた内科との連携が必要であると考えられた.手術後も残存したDMEへの透析導入例(症例3,4)においては,硝子体手術による緩徐な改善効果9)や,手術侵襲による一過性の増悪からの自然回復も考えられる.柳ら10)は,硝子体手術後,透析導入により,速やかに軽快したDMEを報告しており,症例3と同様の経過をたどっている.症例4は白内障手術後のDMEの急性増悪であり,STTAなども有効であった可能性がある.しかし,眼局所治療せず,透析導入後に浮腫の消失を認めた.網膜硝子体,そして脈絡膜における炎症と透析療法の関係性は明らかではないが,術後に残存するDMEの改善にも透析導入が有効な症例があると考(112) えられた.さらに,透析導入のみでDMEが改善した症例5では,脈絡膜厚の変化も同時に観察可能であった.本症例では透析導入前に比較し,透析導入後1カ月,4カ月ではSCTは約50μm減少していた.近年,Ulasら11)は,非糖尿病性の透析患者において,単回の透析により,脈絡膜厚は透析後減少することを報告している.糖尿病患者において,透析導入前後の脈絡膜厚の変化をみた文献は筆者らの調べた限り見当たらないが,本症例では,ESKDによる全身溢水により,脈絡膜にも溢水をきたし,脈絡膜厚の増加が観察されたと考えられる.さらに脈絡膜側から漏出した水分や網膜色素上皮の排泄不全が黄斑部のSRDの発生に関与し,透析導入後,脈絡膜の溢水の解消に伴い,脈絡膜厚も減少し,SRDも消失したと推測される.他の症例では画像の質的問題から透析導入前後の脈絡膜厚を評価するのは困難であり,すべての症例で同様の機序を推定することはできないが,透析導入となった5眼中4眼が経過中SRD(+)であった.かねてより,糖尿病による血管障害は脈絡膜にも及んでいることが報告されており12),ESKDによる全身溢水は網膜血管のみならず脈絡膜も介し,上記のようなSRDの形成に関与した可能性があると考えた.腎機能と脈絡膜厚,DMEの関連性については,今後十分な症例数での検討が必要である.これらの5症例を通して,腎移植や透析導入による全身溢水の改善が,DMEの改善にも繋がることが示唆された.今後は,脈絡膜厚測定による脈絡膜の溢水改善や,低蛋白血症の改善に伴ってDMEが改善していく時間経過を,より多数例で前向きに検討していきたいと考えている.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)志村雅彦:総説糖尿病黄斑浮腫.眼科55:1525-1536,20132)市川一夫,蟹江佳穂子,吉田則彦ほか:糖尿病黄斑浮腫と透析療法.眼紀55:258-264,20043)TokuyamaT,IkedaT,SatoK:Effectsofhaemodialysisondiabeticmacularleakage.BrJOphthalmol84:13971400,20004)清水えりか,船津英陽,堀貞夫ほか:腎移植を受けた糖尿病患者の糖尿病網膜症.眼紀48:149-152,19975)宮部靖子,三澤和史,種田紳二ほか:糖尿病腎症悪化による体重増減に並行して糖尿病黄斑浮腫の増減をみた症例.眼紀58:361-368,20076)竹田宗泰,鬼原彰,相沢芙束ほか:糖尿病性網膜症に対する透析療法の影響.眼科31:849-854,19897)徳山孝展,池田誠宏,石川浩子ほか:血液透析症例における糖尿病網膜症.あたらしい眼科11:1069-1072,19948)ShimuraM,YasudaK,YasudaMetal:Visualoutcomeafterintravitrealbevacizumabdependsontheopticalcoherencetomographicpatternsofpatientswithdiffusediabeticmacularedema.Retina33:740-747,20139)HarbourJW,SmiddyWE,FlynnHWJretal:Vitrectomyfordiabeticmacularedemaassociatedwithathickenedandtautposteriorhyaloidalmembrance.AmJOphthalmol121:405-413,199610)柳昌秀,石田由美,今田昌輝ほか:硝子体手術後透析導入により軽快した糖尿病黄斑浮腫の1例.眼臨98:31-33,200411)UlasF,DoganU,KelesAetal:Evaluationofchoroidalandretinalthicknessmeasurementsusingopticalcoherencetomographyinnon-diabetichaemodialysispatients.IntOphthalmol33:533-539,201312)HidayatAA,FineBS:Diabeticchoroidopathy.Lightandelectronmicroscopicobservationsofsevencases.Ophthalmology92:512-522,1985***(113)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015285

糖尿病症例の眼底スクリーニング ─無散瞳デジタル眼底カメラでの検討─

2015年2月28日 土曜日

274あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)274(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):274.278,2015c〔別刷請求先〕反保宏信:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:HironobuTampo,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPAN糖尿病症例の眼底スクリーニング─無散瞳デジタル眼底カメラでの検討─反保宏信*1大河原百合子*1高橋秀徳*1牧野伸二*1佐藤幸裕*2*1自治医科大学眼科学講座*2自治医科大学糖尿病センターFundusScreeninginDiabetics─AnalysisUsingNonmydriaticDigitalFundusCamera─HironobuTampo1),YurikoOkawara1),HidenoriTakahashi1),ShinjiMakino1)andYukihiroSato2)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityDiabeticCenter目的:無散瞳デジタル眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングの有用性と限界を検討した.方法:画角45°のカメラで,1眼につき1,2,4方向のカラー撮影を行った糖尿病症例492例894眼を後ろ向きに調査した.1,2,4方向の順に,網膜症なし,単純,前増殖,増殖網膜症に病期診断して比較した.結果:病期診断の一致率は,1と2方向93.1%,2と4方向98.7%,1と4方向91.7%で,2と4方向の一致率が有意に高率であった.不一致例を具体的に検討すると,4方向での単純網膜症を網膜症なし,前増殖網膜症を単純網膜症としたものが,2方向に比較し1方向で有意に高率であった.結論:1方向は2方向に比較して網膜症の見逃しや,より軽症に判定する比率が有意に高く,病期診断には適さないと考えた.一方,2方向は4方向と非常に高い一致率を示し有用だが,非常に低頻度ながら見逃しや,軽症に判定する可能性がある.Purpose:Toevaluatetheefficacyandlimitationsoffundusscreeningindiabetics,usinganon-mydriaticfun-duscamera.Methods:Weretrospectivelystudied894eyesof492casesthathadundergone1-field,2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographyusinga45°fieldanglenon-mydriaticfunduscamera.Classificationintono,simple,preproliferativeandproliferativeretinopathywasinitiallyperformedusing1-field,then2-fieldandfinally4-fieldcolorfundusphotographs.Results:Agreementonretinopathystagesbetween1-fieldand2-fieldphotographswas93.1%.Agreementsbetween2-fieldand4-field,andbetween1-fieldand4-fieldphotographswere98.7%and91.7%,respectively.Agreementbetween2-fieldand4-fieldphotographswassignificantlyhigherthanthosebetweentheothergroups.Somecases,althoughjudgedtohavesimpleretinopathyonthebasisof4-fieldphotographs,werecategorizedintotheno-retinopathygrouponthebasisof1-fieldand2-fieldphotographs.Also,somecaseswerediagnosedashavingsimpleretinopathyonthebasisof1-fieldand2-fieldphotographs,butwerejudgedtobeinthepreproliferativestageonthebasisof4-fieldphotographs.Suchdisagreementwassignificantlyhigherfor1-fieldphotographsthanfor2-field.Conclusion:Weconcludethat1-fieldphotographsarenotsufficientforgrad-ingretinopathystages,sincetheoverlookingofretinopathyand/ortheunderestimationofretinopathyseverityweresignificantlymorefrequentwith1-fieldphotographsthanwith2-field.Incontrast,sinceretinopathystagesjudgedusing2-fieldand4-fieldphotographswereinverygoodagreement,itisappropriatetojudgeretinopathystagesusing2-fieldphotographs.However,thelimitationsof2-fieldphotographsshouldbetakenintoaccount,asthereisaslightriskofoverlookingretinopathyand/orunderestimatingitsseverity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):274.278,2015〕Keywords:眼底スクリーニング,糖尿病症例,無散瞳眼底カメラ,糖尿病網膜症,カラー眼底写真.fundusscreening,diabeticcases,non-mydriaticfunduscamera,diabeticretinopathy,colorfundusphotography.(00)274(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):274.278,2015c〔別刷請求先〕反保宏信:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:HironobuTampo,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPAN糖尿病症例の眼底スクリーニング─無散瞳デジタル眼底カメラでの検討─反保宏信*1大河原百合子*1高橋秀徳*1牧野伸二*1佐藤幸裕*2*1自治医科大学眼科学講座*2自治医科大学糖尿病センターFundusScreeninginDiabetics─AnalysisUsingNonmydriaticDigitalFundusCamera─HironobuTampo1),YurikoOkawara1),HidenoriTakahashi1),ShinjiMakino1)andYukihiroSato2)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityDiabeticCenter目的:無散瞳デジタル眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングの有用性と限界を検討した.方法:画角45°のカメラで,1眼につき1,2,4方向のカラー撮影を行った糖尿病症例492例894眼を後ろ向きに調査した.1,2,4方向の順に,網膜症なし,単純,前増殖,増殖網膜症に病期診断して比較した.結果:病期診断の一致率は,1と2方向93.1%,2と4方向98.7%,1と4方向91.7%で,2と4方向の一致率が有意に高率であった.不一致例を具体的に検討すると,4方向での単純網膜症を網膜症なし,前増殖網膜症を単純網膜症としたものが,2方向に比較し1方向で有意に高率であった.結論:1方向は2方向に比較して網膜症の見逃しや,より軽症に判定する比率が有意に高く,病期診断には適さないと考えた.一方,2方向は4方向と非常に高い一致率を示し有用だが,非常に低頻度ながら見逃しや,軽症に判定する可能性がある.Purpose:Toevaluatetheefficacyandlimitationsoffundusscreeningindiabetics,usinganon-mydriaticfun-duscamera.Methods:Weretrospectivelystudied894eyesof492casesthathadundergone1-field,2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographyusinga45°fieldanglenon-mydriaticfunduscamera.Classificationintono,simple,preproliferativeandproliferativeretinopathywasinitiallyperformedusing1-field,then2-fieldandfinally4-fieldcolorfundusphotographs.Results:Agreementonretinopathystagesbetween1-fieldand2-fieldphotographswas93.1%.Agreementsbetween2-fieldand4-field,andbetween1-fieldand4-fieldphotographswere98.7%and91.7%,respectively.Agreementbetween2-fieldand4-fieldphotographswassignificantlyhigherthanthosebetweentheothergroups.Somecases,althoughjudgedtohavesimpleretinopathyonthebasisof4-fieldphotographs,werecategorizedintotheno-retinopathygrouponthebasisof1-fieldand2-fieldphotographs.Also,somecaseswerediagnosedashavingsimpleretinopathyonthebasisof1-fieldand2-fieldphotographs,butwerejudgedtobeinthepreproliferativestageonthebasisof4-fieldphotographs.Suchdisagreementwassignificantlyhigherfor1-fieldphotographsthanfor2-field.Conclusion:Weconcludethat1-fieldphotographsarenotsufficientforgrad-ingretinopathystages,sincetheoverlookingofretinopathyand/ortheunderestimationofretinopathyseverityweresignificantlymorefrequentwith1-fieldphotographsthanwith2-field.Incontrast,sinceretinopathystagesjudgedusing2-fieldand4-fieldphotographswereinverygoodagreement,itisappropriatetojudgeretinopathystagesusing2-fieldphotographs.However,thelimitationsof2-fieldphotographsshouldbetakenintoaccount,asthereisaslightriskofoverlookingretinopathyand/orunderestimatingitsseverity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):274.278,2015〕Keywords:眼底スクリーニング,糖尿病症例,無散瞳眼底カメラ,糖尿病網膜症,カラー眼底写真.fundusscreening,diabeticcases,non-mydriaticfunduscamera,diabeticretinopathy,colorfundusphotography. はじめに眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングは,糖尿病網膜症(以下,網膜症)の有病率などを調査する疫学研究1.6),網膜症治療に関する無作為化比較試験7,8),網膜症の早期発見プログラム9)などさまざまな目的に用いられている.また,その実施方法も無散瞳1,2)と散瞳3.9),1.7方向撮影1.9)など多彩である(表1).筆者らは,網膜症を有する症例において,画角50°の眼底カメラを用いて行った散瞳下での4方向と9方向カラー眼底撮影の判定結果を,9方向の蛍光眼底造影の結果との対比を含めて検討し,4方向と9方向カラー撮影の病期診断はほぼ一致しており,4方向カラー撮影で十分との結果をすでに報告した10).今回は,糖尿病症例における無散瞳眼底カメラでの1,2,4方向カラー撮影の判定結果を比較し,病期診断における有用性と限界を検討した.I対象および方法対象は,自治医科大学附属病院・内分泌代謝科へ通院中の糖尿病症例で,当院の生理機能検査部において,2012年3月から2012年9月に網膜症のスクリーニング目的で,無散瞳眼底カメラによるカラー眼底撮影(以下,カラー撮影)を受けた糖尿病症例を後ろ向きに調査し,除外項目に合致しないと判定された492例894眼である.男性264例479眼,女性228例415眼,年齢は19.89歳,平均55.7±14.5歳(平均±標準偏差)であった.カラー撮影は,画角45°の無散瞳デジタル眼底カメラ(NIDEK社製AFC-230)を用い,日本糖尿病眼学会が報告した方法11)に準じて1眼につき4方向の撮影を臨床検査技師が行い,画像はハードディスクに保存された.今回の研究にあたって,ハードディスクに保存されていたそれぞれの画像はファイリングソフトを用いて2方向,4方向カラー写真として合成された(図1).判定は1名の眼底疾患専門医(YS)が行ったが,同一症例の画像を照らし合わせず,①全症例の1方向カラー画像(以下,1方向カラー),②全症例の2方向カラー合成画像(以下,2方向カラー),③全症例の4方向カラー合成画像(以下,4方向カラー)の順に準暗室においてモニター上で行い,網膜症なし(NDR),単純網膜症(SDR),前増殖網膜症(PPDR),増殖網膜症(PDR)に病期分類した.つぎに,同一症例の1,2,4方向カラーを同一モニター上に順次呼び出して比較検討した.除外項目は,①網膜光凝固が施行されているもの,②鮮明な画像が得られなかったもの,③完全な合成画像が得られなかったもの,④網膜静脈閉塞症などの糖尿病網膜症以外の眼底疾患を合併したものとした.網膜症の病期は改変Davis分類12)に基づいて判定した(表2).3個以内の小軟性白斑を認めるが,静脈の数珠状拡張や網膜内細小血管異常(IRMA)がない場合はSDRとした.IRMAの判定は異常に拡張した網膜毛細血管とした.静脈の数珠状拡張とIRMAは,EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)の基準写真8)を参考にして,各所見の下限の写真を設定した(図2).なお,本研究は自治医科大学疫学研究倫理審査委員会の承認を得て行われた.II結果1.撮影条件別の病期の頻度判定された病期の頻度は894眼中,1方向ではNDRが627眼(70.1%),SDR203眼(22.7%),PPDR59眼(6.6%),PDRが5眼(0.6%),2方向ではNDRが585眼(65%),SDR231眼(25.8%),PPDR66眼(7.4%),PDR12眼(1.3%),4方向ではNDRが577眼(64.5%),SDR237眼(26.5表1目的別の撮影方法疫学研究舟形町スタディ(日本)1)画角45°・無散瞳・1方向TheMulti-ethnicStudyofAtherosclerosis(米国)2)画角45°・無散瞳・2方向TheSingaporeMalayEyeStudy(シンガポール)3)画角45°・散瞳・2方向TheLiverpooldiabeticeyestudy(英国)4)画角45°・散瞳・3方向TheBlueMountainsEyeStudy(オーストラリア)5)画角30°・散瞳・5方向†WESDR*(米国)6)画角30°・散瞳・7方向立体無作為化比較試験UKPDS(英国)**7)画角30°・散瞳・4方向††ETDRS(米国)¶8)画角30°・散瞳・7方向立体網膜症早期発見プログラムUKNSC¶¶diabeticeyescreeningprogurame9)画角45°・散瞳・2方向†:黄斑部,視神経のみ立体.††:黄斑部のみ立体.*:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy.**:UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy.¶:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy.¶¶:TheUKNationalScreeningCommittee.(103)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015275 276あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(104)%),PPDR66眼(7.4%),PDR14眼(1.6%)であった.病期の頻度に3群間で有意差はなかった(P=0.12,mxnc2検定,図3).2.病期診断の一致率つぎに病期診断の一致率を検討した.1方向と2方向の一致率は894眼中832眼(93.1%),2方向と4方向は894眼中882眼(98.7%),1方向と4方向は894眼中820眼(91.7%)で,3群間に有意差があり(P<0.001,mxnc2検定),2方向と4方向の一致率が有意に高率であった(P<0.017,Bonferroni法).1方向と4方向,2方向と4方向の不一致例を具体的に検討すると,4方向でSDRと判定されたものをNDRとしたものが1方向で894眼中50眼(5.6%),2方向で894眼中8眼(0.9%)あり,1方向で有意に高率であった(P<0.001,c2検定).同様にPPDRをSDRとしたものが1方向で15眼(1.7%),2方向で2眼(0.2%)あり,やはり1方向で有意に高率であった(P<0.01,Fisherの直接確率計算法).一方,PDRをPPDRやSDRとしたものが1方向で9眼(1.0%,PPDRと判定8眼,SDRと判定1眼),2方向で2眼(0.2%,PPDRと判定2眼)あったが,有意差はなかった(P=0.07,Fisherの直接確率計算法).3.不一致例の提示①4方向でSDRと判定されたものを,1方向と2方向でNDRと判定した症例:1方向と2方向では写らない上方網膜に出血を認めたため,1方向と2方向ではNDR,4方向ではSDRと判定された(図4a).②2方向と4方向でPPDRを,1方向でSDRとした症例:1方向では写らない乳頭上方に軟性白斑を認め,1方向ではSDR,2方向と4方向ではPPDRと判定された(図4b).③2方向と4方向でPDRを,1方向でSDRとした症例:1方向の範囲内にはSDR所見のみ認められたが,1方向では写らない鼻側網膜部分に新生血管を認めたため,1方向ではSDR,2方向と4方向ではPDRと判定された(図4c).III考按筆者らが所属する自治医科大学では,卒業生に9年間の地域医療が義務づけられており,勤務地には眼科医不在な地域が多い.2011年に報告されたアンケート調査13)によれば,糖尿病などによる眼底変化が診断可能と回答した卒業生は約15%と低率である.このため,無散瞳眼底カメラで撮影された画像を用いた遠隔医療による診療支援が可能であるかの予備調査として今回の検討を行った.網膜症を有する症例における散瞳下での4方向と9方向カラー撮影の判定結果を比較検討し,4方向カラー撮影で十分との結論を得たこと10)はすでに述べた.今回の検討では,図1同一眼(左眼)のカラー眼底写真a:1方向カラー眼底写真,b:2方向カラー眼底写真(合成),c:4方向カラー眼底写真(合成).acb(104)%),PPDR66眼(7.4%),PDR14眼(1.6%)であった.病期の頻度に3群間で有意差はなかった(P=0.12,mxnc2検定,図3).2.病期診断の一致率つぎに病期診断の一致率を検討した.1方向と2方向の一致率は894眼中832眼(93.1%),2方向と4方向は894眼中882眼(98.7%),1方向と4方向は894眼中820眼(91.7%)で,3群間に有意差があり(P<0.001,mxnc2検定),2方向と4方向の一致率が有意に高率であった(P<0.017,Bonferroni法).1方向と4方向,2方向と4方向の不一致例を具体的に検討すると,4方向でSDRと判定されたものをNDRとしたものが1方向で894眼中50眼(5.6%),2方向で894眼中8眼(0.9%)あり,1方向で有意に高率であった(P<0.001,c2検定).同様にPPDRをSDRとしたものが1方向で15眼(1.7%),2方向で2眼(0.2%)あり,やはり1方向で有意に高率であった(P<0.01,Fisherの直接確率計算法).一方,PDRをPPDRやSDRとしたものが1方向で9眼(1.0%,PPDRと判定8眼,SDRと判定1眼),2方向で2眼(0.2%,PPDRと判定2眼)あったが,有意差はなかった(P=0.07,Fisherの直接確率計算法).3.不一致例の提示①4方向でSDRと判定されたものを,1方向と2方向でNDRと判定した症例:1方向と2方向では写らない上方網膜に出血を認めたため,1方向と2方向ではNDR,4方向ではSDRと判定された(図4a).②2方向と4方向でPPDRを,1方向でSDRとした症例:1方向では写らない乳頭上方に軟性白斑を認め,1方向ではSDR,2方向と4方向ではPPDRと判定された(図4b).③2方向と4方向でPDRを,1方向でSDRとした症例:1方向の範囲内にはSDR所見のみ認められたが,1方向では写らない鼻側網膜部分に新生血管を認めたため,1方向ではSDR,2方向と4方向ではPDRと判定された(図4c).III考按筆者らが所属する自治医科大学では,卒業生に9年間の地域医療が義務づけられており,勤務地には眼科医不在な地域が多い.2011年に報告されたアンケート調査13)によれば,糖尿病などによる眼底変化が診断可能と回答した卒業生は約15%と低率である.このため,無散瞳眼底カメラで撮影された画像を用いた遠隔医療による診療支援が可能であるかの予備調査として今回の検討を行った.網膜症を有する症例における散瞳下での4方向と9方向カラー撮影の判定結果を比較検討し,4方向カラー撮影で十分との結論を得たこと10)はすでに述べた.今回の検討では,図1同一眼(左眼)のカラー眼底写真a:1方向カラー眼底写真,b:2方向カラー眼底写真(合成),c:4方向カラー眼底写真(合成).acb 表2改変Davis分類11)を基にした今回の病期判定基準単純網膜症:毛細血管瘤,網膜出血,硬性白斑,網膜浮腫,3個以内の小軟性白斑前増殖網膜症:軟性白斑,静脈の数珠状拡張,網膜内細小血管異常増殖網膜症:新生血管,網膜前・硝子体出血,線維血管性増殖膜,牽引性網膜.離100%90%80%70%■:増殖網膜症60%■:前増殖網膜症50%■:単純網膜症40%■:網膜症なし30%20%10%図2下限とした症例のカラー眼底写真0%1方向2方向4方向a:静脈の数珠状拡張(矢印),b:網膜内細小血管異常(矢印).図3撮影条件別の病期の頻度3群間で有意差はなかった(P=0.12,mxnc2検定).ababc図4病期判定が不一致であった症例の4方向カラー眼底写真(合成)2方向は青丸+黄丸,1方向は青丸で示す.a:4方向でSDRを,1方向と2方向でNDRとした症例(矢印:出血).b:2方向と4方向でPPDRを,1方向でSDRとした症例(矢印:軟性白斑).c:2方向と4方向でPDRを,1方向でSDRとした症例(矢印:新生血管).画角45°の無散瞳4方向カラーを,1方向および2方向カラーと比較した.その理由は,4方向カラー撮影では両眼で平均15分を要したためである(未発表データ).また,画角200°の無散瞳1方向撮影で眼底の80%以上の領域をカバーする超広角カラー撮影は,ETDRSの画角30°の散瞳・7方向立体カラー撮影と同等の結果をより短時間で得られるとの報告14)もあるが,地域診療所には高価な装置であるため,従来の画角45°の無散瞳デジタル眼底カメラで検討した.糖尿病網膜症スクリーニングでの画角45°・無散瞳1方向カラーは,大規模な住民ベース研究である舟形町研究1)に用いられている.無散瞳1,3方向と散瞳7方向カラーを比較した報告15)では,網膜症の有無は1方向でも判定可能だが,病期診断には3方向が必要と結論づけられており,1方向は簡便な方法だが病期診断には限界があると思われる.一方,画角45°・無散瞳2方向カラーは,米国のTheMulti-ethnicStudyofAtherosclerosis2)に用いられており,網膜症の有無と病期の判定が行われている.無散瞳2方向と散瞳7方向カラーを比較した報告は検索しえた範囲では見当たらない.EURODIABIDDMComplicationsStudyでは画角45°・散瞳2方向と画角30°・散瞳7方向カラーで網膜症の病期診断が比較され,高い判定一致率が得られ,散瞳2方向カラーは大規模な疫学調査に有用と結論づけられている16).今回,画角45°・無散瞳1,2,4方向カラーで比較したが,(105)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015277 1方向は2方向に比較して網膜症の見逃しや,PPDRをSDRと判定する比率が有意に高く,病期診断には適さないと考えた.一方,2方向は4方向と非常に高い一致率を示し,無散瞳眼底カメラで撮影された画像を用いた遠隔医療による診療支援に応用する際に,より短時間で撮影可能な2方向でも実施できる可能性が示されたと考えた.ただし,4方向でSDRと判定されたものを2方向でNDRとしたものが0.9%,同様にPPDRをSDR,PDRをPPDRとしたものが各0.2%あり,非常に低頻度ながら網膜症の見逃しや,より軽症に判定する可能性があることを十分に認識しておく必要がある.また,これらの結果から,眼底カメラで撮影された画像を遠隔医療による診療支援に用いる場合は,改変Davis分類や新福田分類の単純網膜症に止め,それ以上の病期が疑われる場合は,たとえ通院に困難を伴っても,眼科医の診察を求める必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)川崎良:糖尿病網膜症─舟形町スタディ.日本の眼科79:1697-1701,20082)WongTY,KleinR,IslamAetal:Diabeticretinopathyinamulti-ethniccohortintheUnitedStates.AmJOphthalmol141:446-455,20063)FoongAW,SawSM,LooJLetal:Rationaleandmethodologyforapopulation-basedstudyofeyediseasesinMalaypeople:TheSingaporeMalayeyestudy(SiMES).OphthalmicEpidemiol14:25-35,20074)HardingSP,BroadbentDM,NeohCetal:Sensitivityandspecificityofphotographyanddirectophthalmoscopyonscreeningforsightthreateningeyedisease:theLiverpoolDiabeticEyeStudy.BMJ311:1131-1135,19955)MitchellP,SmithW,WangJJetal:PrevalenceofdiabeticretinopathyinanoldercommunityTheBlueMountainEyeStudy.Ophthalmology105:406-411,19986)KleinR,KundtsonMD,LeeKEetal:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathyXXII:Thetwenty-five-yearprogressionofretinopathyinpersonswithtype1diabetes.Ophthalmology115:1859-1868,20087)UKProspectiveDiabetesStudyGroup:Tightbloodpressurecontrolandriskofmacrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS38.BMJ317:703-713,19988)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Gradingdiabeticretinopathyfromstereoscopiccolorfundusphotographs─anextensionoftheModifiedAirlieHouseClassification:ETDRSreportnumber10.Ophthalmology98:786-806,19919)GillowJT,MuirgrayJA:Thenationalscreeningcommitteereviewofdiabeticretinopathyscreening.Eye15:1-2,200110)反保宏信,大河原百合子,高橋秀徳ほか:糖尿病患者の眼底スクリーニング─散瞳4方向と9方向カラー撮影の比較─.あたらしい眼科30:1461-1465,201311)日本糖尿病眼学会糖尿病網膜症判定基準作成小委員会:薬物治療などに関する糖尿病網膜症判定基準.日本の眼科71:21-28,200012)船津英陽:糖尿病網膜症の分類について教えてください.網膜・硝子体Q&A(小椋祐一郎,山下英俊・編).あたらしい眼科19(臨増):35-37,200213)神田健史,梶井英治,桃井眞里子:自治医大からの地域医療に対する提言─自治医大の実績から見えてくる地域医療に求められる医師像.日本医事新報4573:29-33,201114)SilvaPS,CavalleranoJD,SunJKetal:Nonmydriaticultrawidefieldretinalimagingcomparedwithdilatedstandard7-field35-mmphotographyandretinalspecialistexaminationforevaluationofdiabeticretinopathy.AmJOphthalmol154:549-559,201215)VujosevicS,BenettiE,MassignanFetal:Screeningfordiabeticretinopathy:1and3nonmydriatic45-degreedigitalfundusphotographsvs7standardEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyfield.AmJOphthalmol148:111-118,200916)AldingtonSJ,KohnerEM,MeuerSetal:Methodologyforretinalphotographyandassessmentofdiabeticretinopathy:theEURODIABIDDMComplicationsStudy.Diabetologia38:437-444,1995***(106)

眼科単科病院を受診する糖尿病患者実態調査

2015年2月28日 土曜日

《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):269.273,2015c眼科単科病院を受診する糖尿病患者実態調査吉崎美香*1中井剛*1栗原恭子*1安田万佐子*1大須賀敦子*1藤谷欣也*1荒井桂子*1大音清香*2井上賢治*2堀貞夫*1*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院QuestionnaireSurveyonPatientAwarenessofDiabeticRetinopathyConductedatanEyeHospitalMikayoshizaki1),TakeshiNakai1),KyokoKurihara1),MasakoYasuda1),AtsukoOosuga1),KinyaFujitani1),KeikoArai1),KiyokaOhne2),KenjiInoue2)andSadaoHori1)1)NishikasaiInoueEyeHospital2)InoueEyeHospital目的:眼科単科病院において糖尿病患者の失明予防対策として患者の実態調査を行い,コメディカルがチーム医療に貢献できることは何かを検討した.対象および方法:2012年9月.2013年3月までの半年間に当院を受診し,同意の得られた糖尿病患者847名に22項目について看護師によるアンケートの聞き取り調査を行い,医師による眼底検査で診断された網膜症病期と比較した.この調査は井上眼科病院倫理委員会の承認を得て実施した.結果:6年以上の糖尿病歴をもつ人が74.3%と多く,96.3%が内科に定期的に通院し,1年以上中断した患者は比較的少なく,眼科に定期的に通院している患者は86.1%と内科通院に比べて低かった.眼合併症の詳しい知識をもつ患者は全体の24.4%と少なかった.自分の網膜症レベルを知っていると回答した患者は131名(15.5%)でほとんどの人が知らなかった.医師の眼底所見による網膜症病期分類は,網膜症なし36.4%,単純網膜症31.9%,増殖前網膜症5.9%,増殖網膜症25.4%であった.自分の網膜症レベルを知っていると回答した患者は131名のうち,正確に回答できた患者は84名(64.1%)であった.結論:糖尿病網膜症に関する知識をもつこと,自分の眼の病状を知ることが糖尿病網膜症による失明を予防するのに重要であるが,眼科単科病院では大学病院と比較して糖尿病に関する知識・認識ともに低かった.糖尿病網膜症の早期発見には,眼科医・内科医の連携が必要であり,患者の診療放置・中断をいかに防ぐかが大切である.眼科コメディカルとして,患者教育の介入,糖尿病連携手帳や糖尿病眼手帳の普及への働きかけが重要である.Purpose:Toinvestigatehowco-medicalstaffinterveneinteamtherapyfordiabeticpatientsbyassessingeachpatient’slevelofawarenessandunderstandingofdiabeticretinopathy(DR)throughanoralquestionnairesurveyinordertopreventblindness.SubjectsandMethods:Anoralquestionnairesurveywasconductedof847consecutivediabeticpatientswhovisitedoureyehospitalbetweenSeptember2012andMarch2013.Thesurveyconsistedofquestionson22itemsthatwereansweredbyeachpatientdirectlytonursesorclinicalassistants.Anophthalmologistexaminedbothfundiofeachpatientbyuseofanophthalmoscope,andtheretinopathystagewasthenjudgedonthemoresevereeye.Results:Mostofthepatientshadsufferedfromdiabetesforalongperiodoftime,and96.3%periodicallyvisitinganinternistwithrarelymorethan1yearbetweenvisits.Incontrast,86.1%periodicallyvisitedanophthalmologist.Lessthan24.4%ofthepatientsrespondedknowledgeablyastomeaningofDR,andalittlemorethanhalf(56.2%)ofthepatientshadreceivedDR-relatedinformationfromtheirdoctors.ThenumberofpatientswhoansweredtoknowtheirDRstagewas131(15.5%),andmostpatientsdidnotknowtheseverityoftheirDR.TheDRstageasassessedbyophthalmoscopywasasfollows:noDR:36.4%;simpleDR:31.9%;pre-proliferativeDR:5.9%;andproliferativeDR:25.4%.TheratioofpatientswhoexactlyknewtheirDRstagewas84of131patients(64.1%).Conclusion:InordertopreventblindnesscausedbyDR,itiscriticalforthepatientstounderstandDRandtheirownstageofthedisease.However,thepatientssurveyedinoureyehospitalwerefoundtobelessknowledgeableaboutDRandtheirrespectivestageofthediseasethanthosesurveyedatotheruniversity-affiliatedhospitals.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):269.273,2015〕〔別刷請求先〕吉崎美香:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5丁目4.9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:MikaYoshizaki,NishikasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(97)269 Keywords:糖尿病網膜症,知識,実態調査,患者教育,失明予防.diabeticretinopathy,awareness,questionnairesurvey,education,blindness.はじめに糖尿病網膜症(以下,網膜症)の発症・進展予防には眼科・内科の連携と,患者自身の定期的な受診・病識が必要であると考えられる.地域密着型眼科単科の中核病院である西葛西・井上眼科病院(以下,当院)では,糖尿病の患者も多く,緊急を要する場合,内科での糖尿病のコントロール状況が把握できない状況下でも手術をしなくてはいけない場合がある.このような状況のなか,眼底検査をして初めて糖尿病と判明する患者や,術前検査で糖尿病が見つかる患者もおり,治療に当たり予期しない全身合併症を発症する場合もある.そこで筆者ら看護師・視能訓練士・薬剤師・管理栄養士は,コメディカルとしてチーム医療に貢献することを目的とし,その準備として,当院を受診する糖尿病患者のアンケートによる実態調査を実施したので報告する.I対象および方法対象:2012年9月10日.2013年3月9日までの半年間に当院を受診した糖尿病患者でアンケート調査の同意を得ることのできた847名(男性508名,女性339名)で,平均年齢は65.5±20.5(平均±標準偏差)歳.方法:看護師による聞き取りアンケート調査結果と,医師の眼底検査による網膜症病期診断を比較した.調査は井上眼科病院倫理委員会の承認を得て実施した.調査項目:眼合併症に対する質問11項目と内科の治療に関する11項目(図1).各質問項目を患者に聞き,回答欄に看護師が○を付け,後に集計を行った.西葛西・井上眼科病院糖尿病患者実態調査平成年月日記載者()ID氏名年齢男・女職業担当医家族構成(独居・同居)(初診・再診)I.糖尿病による眼の合併症に関する質問1.当院を最初に受診されたきっかけ(動機)は何ですか?2.糖尿病で診てもらっている内科の医師から「糖尿病と眼の病気」についての説明を聞いたことがありますか?3.糖尿病が原因で眼が悪くなる事を知っていましたか?4.「知っていた」と答えた方は,糖尿病から眼が悪くなることをどのようにして知りましたか?5.糖尿病と診断されてからこれまでに眼の検査や治療を受けたことがありますか?6.「受けたことがある」と答えた方は,眼の検査や治療を受けたきっかけは何ですか?7.「受けたことがある」と答えた方は,眼の検査や治療を受けたのは糖尿病と分かってからどの位ですか?8.糖尿病網膜症は,無網膜症・単純網膜症・増殖前網膜症・増殖網膜症に分かれますが,現在どの段階か知っていますか?9.糖尿病が原因で眼が悪くなることに対して,不安や心配がありますか?10.今後,糖尿病が原因で眼が悪くならないようにするにはどのような事をしたらよいと思いますか?11.当院で合併症について相談できる場があれば利用したいと思いますか?II.糖尿病治療に関する質問12.糖尿病又は血糖値が高いといわれてどの位になりますか?13.糖尿病の治療を1年以上の間放置してしまった事はありますか?14.今まで糖尿病が原因で入院した事がありますか?15.糖尿病手帳を診察の時に持っていきますか?16.内科の定期検診はどのようにしていますか?17.食事療法と運動療法についてお聞きします1)食事療法をしていますか?2)運動療法をしていますか?18.今までに栄養指導を受けたことがありますか?19.当院でも栄養指導を実施しています.希望しますか?20.薬物療法を行っていますか?21.「はい」の方は医師の指示通りに行えていると思いますか?22.ご自分の血糖コントロールはできていると思いますか?図1アンケート用紙270あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(98) II結果1.眼合併症に関する質問1)当院を受診した動機では,内科医や眼科医からの紹介の患者が45.3%,視機能低下の自覚があったが28.5%,合併症が心配だから8.1%がおもな理由であった(表1).2)糖尿病と眼合併症の関連については,糖尿病から眼が悪くなることを知らない・詳しくは知らないとの回答が75.6%と,ほとんどの患者が糖尿病合併症についての知識がなかった(表2).詳しく知っていたと回答した患者がどのようにして悪くなることを知ったのか?に対しては,内科や眼科の主治医からや糖尿病教室に参加したとの回答が56.3%であった(表3).3)糖尿病と診断されてからこれまでに眼科の検査や手術を受けたことがあり,現在も通院を継続している患者は86.1%,眼科の検査を受けたことがなかった患者は7.9%みられた(表4).4)糖尿病と診断されてから眼の検査を受けるまでの期間は,1年以内28.3%,6年以上経過してから受診したのは35.7%で,眼科を受診し初めて糖尿病と判明した患者は6.0%みられた(表5).2.内科の治療に関する質問1)糖尿病罹病期間では,6年以上の人がほとんどで74.3表1当院を受診したきっかけは何ですか?内科からの紹介157人18.5%眼科からの紹介22726.8見えにくいと感じたから24128.5糖尿病合併症が心配698.1健康診断で異常を指摘435.1その他11013.0表3「詳しく知っていた」と回答した207人に対して:糖尿病から眼が悪くなることをどのようにして知りましたか?(複数回答)内科医から聞いた93人39.4%眼科医から聞いた3213.6糖尿病教室に参加した83.4メディアで知った7029.7友人・知人から聞いた145.9家族から聞いた104.2その他93.8%,そのなかでも11.20年くらいの人がもっとも多かった(表6).2)内科の通院に関しては,96.3%は定期的に通院していて,79.7%の患者は糖尿病の治療を中断したことがなかった(表7,8).3.眼底検査の所見今回の対象者847名の眼底検査による病期分類は,網膜症なし36.4%,単純網膜症31.9%,増殖前網膜症5.9%,増殖網膜症25.4%であった(表9).自分の網膜症レベルを知っていると回答した患者は131名15.5%であった.知っていると回答した患者の詳細は,網膜症なし61.1%,単純網膜症13.4%,増殖前網膜症6.1%,増殖網膜症19.8%であった.これらの患者の医師による眼底所見では,網膜症なし42.7%,単純網膜症26.7%,増殖前網膜症6.1%,増殖網膜症24.4%であった(表10,11).このうち網膜症がないと回答した患者80人の眼底検査の病期は,網膜症なし67.5%,単純網膜症25.0%,増殖前網膜症2.5%,増殖網膜症5.0%であった(表12).また,自分の病期を知らない患者は716名で,網膜症の病期分類は847名の全体の分布とほぼ同じであった(表13).また,糖尿病手帳(糖尿病連携手帳・糖尿病眼手帳含む)を持っていた患者は全体の56.3%で,診察時に手帳を持参していたのは全体の43.0%であった(表14,15).表2糖尿病が原因で眼が悪くなることを知っていましたか?詳しく知っていた207人24.4%知っていたが詳しくは知らない54964.8知らない9110.7表4糖尿病と診断されてからこれまでに眼の検査や治療を受けたことがありますか?受けたことがあり現在も通院中729人86.1%受けたことはあるが現在通院していない516.0受けたことがない677.9表5眼の検査や治療を「受けたことがある」と回答した患者に対して:検査や治療を受けたのは糖尿病とわかってどのくらいですか?糖尿病ではない41人5.3%糖尿病かどうかまだわからない283.61年以内22128.32.5年くらい16220.86.10年くらい15620.011.20年くらい8410.821年以上384.9眼科受診してわかった476.0覚えていない3(99)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015271 表6糖尿病または血糖値が高いといわれてどのくらいになりますか?糖尿病ではない・まだわからない4人0.5%1年以内435.12.5年くらい17120.26.10年くらい19422.911.20年くらい27132.021年以上16419.4表8糖尿病の治療を1年以上放置したことがありますか?ない675人79.7%ある17220.3表10糖尿病網膜症は無網膜症・単純網膜症・増殖前網膜症・増殖網膜症に分かれますがどの段階か知っていますか?知っている131人15.5%知らない71684.5表12網膜症がないと回答した患者80名の所見網膜症レベル医師の所見網膜症なし単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症54人202467.5%25.02.55.0表14糖尿病手帳を持っていますか?持っている477人56.3%持っていない37043.7III考按中村ら6)の報告では,東京女子医科大学糖尿病センターの内科(以下,大学病院)を受診した糖尿病患者の実態調査で,糖尿病罹病期間は,11.20年が32.2%,6.10年26.2%,2.5年19.2%と述べている.眼科単科の地域病院である当院を受診した患者の罹病期間も11.20年32.0%,6.10年22.9%,2.5年20.2%とほぼ同等の割合であった.眼合併症に対する知識としては,大学病院では「詳しく知っている」と回答した患者は54.4%に対して,当院の患者は24.4%,「詳しく知らない・または知らない」患者は大学病院では15.7%に対し,当院の患者では75.6%と大学病院の内科・眼科の連携の取れている病院を受診する患者と眼科単科の中核病院を受診する患者には眼合併症に対する知識に差がみられた.272あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015表7内科の定期検診はどのようにしていますか?症状がなくても通院816人96.3%都合がつけば通院80.9症状があれば受診151.8症状があっても受診しない10その他70.8表9アンケート調査を実施した847名に対する医師による眼底所見網膜症なし308人36.4%単純網膜症27031.9増殖前網膜症505.9増殖網膜症21525.4不明40.5表11網膜症レベルを知っていると回答した患者131名の所見網膜症レベル患者の申告医師の所見網膜症なし80人61.1%56人42.7%単純網膜症1713.43526.7増殖前網膜症86.186.1増殖網膜症2619.83224.4表13自分の網膜症レベルを知らないと回答した716名の医師による眼底所見網膜症なし252人35.2%単純網膜症23532.8増殖前網膜症425.9増殖網膜症18325.6不明40.6表15糖尿病手帳を持っている患者が診察時持参するか持参する364人76.3%持参しない11323.7また,眼科受診理由として「内科の主治医に勧められた」が,大学病院では66.4%,当院では18.5%,「眼の具合が悪いから」が大学病院では13.9%,当院では28.5%,「眼が悪くなることを知ったから(合併症が心配だから)」が大学病院では8.7%,当院では8.1%,「検診で異常を指摘された」が大学病院では2.8%,当院では5.1%,眼科からの紹介が当院では26.8%にみられた.内科・眼科併設の大学病院と,眼科単科の地域病院を受診する患者の動機には大きな違いがみられた.大学病院の糖尿病専門医のいる内科を受診した患者は,内科医より眼科受診を勧められており,眼合併症に対する教育もきちんとされているが,当院を受診する患者は,眼科から(100) の紹介患者が26.8%を占めており,眼科を受診し初めて糖尿病と判明した患者が6.0%みられることから,定期的に健康診断を受けていないか,糖尿病専門医にかかっていない,また内科医より眼科への通院の必要性の説明を受けていないか,聞いていても受診しない患者が多いのではないかと推測される.眼科通院歴に関しては,大学病院では「眼科受診歴があり現在も通院している」が61.8%,当院では86.1%,「通院歴があるが現在は通院していない」が大学病院では33.1%,当院では6.0%,「眼科受診したことがない」が大学病院では4.5%,当院では7.9%であった.当院を受診する患者は,大学病院の患者に比べ眼科に定期的に通院してはいるが,内科受診に関しては96.3%の患者が内科に定期的に通院しており,79.7%の患者が内科通院を1年以上中断したことがなかった結果と比較すると,当院の患者は眼科に定期的に通院しているのは86.1%と眼科通院に対する認識が内科通院に比べて低いと思われた.これは,内科は薬の処方があり,治療をしなくてはいけないという患者の認識があるが,眼科は自覚症状がなければ,自分は大丈夫という思いがあるのではないか,また網膜症の詳しい知識がないのではないかと推測される.眼科通院に対する必要性の教育が重要と思われる.また,当院の患者の眼科的知識としては,網膜症レベルを正確に知っている患者は少なく,自分には網膜症がないと思っている患者の32.5%に網膜症がみられ,眼底所見と患者の認識に差がみられた.認識の違いから今後,診察の放置・中断の原因につながる可能性が危惧される結果であった.また,糖尿病手帳を持っている患者は56.3%と少なく,そのうち23.7%の患者は診察時に手帳を持参していないことがわかった.手帳を診察時に持参していたのは全体の43.0%しかいなかった.大学病院の内科・眼科併設の糖尿病専門病院と眼科単科の地域病院を比較してみると,糖尿病に関する知識,認識ともに低い印象を受ける結果であった.これは,専門病院の内科できちんとした糖尿病教育を受けた大学病院の患者と,糖尿病専門医に受診していない場合もある当院の患者とでは,糖尿病に関する患者教育に違いがあるのではないかと推測される.今後治療・診察の放置中断を予防し,患者の糖尿病による眼合併症の認識を高める意味からも,コメディカルによる内科・眼科との連携の必要性や,糖尿病手帳の普及による患者教育の働きかけが重要と考える.コメディカルが協力し,糖尿病眼手帳の普及,糖尿病眼手帳を活用し,医師と協力し網膜症についての教育・定期的な眼科受診の必要性の説明などを実施していく予定である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)若江美千子,福島夕子,大塚博美ほか:眼科外来に通院する糖尿病患者の認識調査.眼紀51:302-307,20002)菅原岳史,金子能人:岩手糖尿病合併症研究会のトライアル2.眼紀55:197-201,20043)小林厚子,岡部順子,鈴木久美子:内科糖尿病外来患者の眼科受診実態調査.日本糖尿病眼学会誌8:83-85,20034)船津英陽,宮川高一,福田敏雄ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20055)中泉知子,善本三和子,加藤聡:患者の意識改革を目指す糖尿病教育の方向性について─患者アンケート調査から─.あたらしい眼科28:113-117,20116)中村新子,船津英陽,清水えりかほか:内科外来通院の糖尿病患者における意識調査.日眼会誌107:88-93,2003***(101)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015273

2型糖尿病患者の血圧日内変動パターンと糖尿病網膜症 との関連

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1397.1402,2014c2型糖尿病患者の血圧日内変動パターンと糖尿病網膜症との関連加藤貴保子*1土居範仁*2鎌田哲郎*3山下高明*4坂本泰二*4宮田和典*1安田美穂*5石橋達朗*5*1宮田眼科病院*2今村病院分院眼科*3今村病院分院糖尿病内科*4鹿児島大学眼科*5九州大学眼科AssociationbetweenDiurnalBloodPressureVariationandDiabeticRetinopathyinType-2DiabetesMellitusKihokoKato(Dozono)1),NorihitoDoi2),TetsurouKamata3),TakehiroYamashita4),TaijiSakamoto4),KazunoriMiyata1),MihoYasuda5)andTatsurouIshibashi5)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,ImamuraBun-inHospital,3)DepartmentofDiabetesMellitus,ImamuraBun-inHospital,4)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKagoshima,5)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKyushu2型糖尿病患者における血圧の日内変動パターンと網膜症との関連について検討した.2型糖尿病の患者84例(男性46例,女性38例)に対して,自由行動下で24時間血圧連続測定を行った.糖尿病網膜症なし(diabeticretinopathyなし:NDR)20例,非増殖糖尿病網膜症(nonproliferativediabeticretinopathy:NPDR)24例,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)40例の3群間に分け,血圧の日内変動を比較した.拡張期血圧では有意差は認めなかったが,収縮期血圧は1日平均,夜間血圧ともにPDRが有意に高かった.日内変動パターンにおいて,NDRは,正常な日内変動が約半数にみられたが,NPDRでは夜間血圧が高くなるパターン(nondipper,riser)が多く,PDRではその傾向が顕著だった.網膜症のある患者では,降圧薬投与にもかかわらず,夜間の血圧も下がりにくく,血圧の日内変動障害が多くなることが示唆された.Associationbetweendiurnalbloodpressure(BP)variationanddiabeticretinopathy(DR)intype-2diabetesmellitus(DM)wasevaluated.AmbulatoryBPof84patients(46males,38females)wasmeasured.VariationindiurnalBPwascomparedbetween3groups:noDR(NDR,n=20),mildtoseverenonproliferativediabeticretinopathy(NPDR,n=24),andproliferativediabeticretinopathy(PDR,n=40).SystolicBPwassignificantlyhigherinthePDRgroupduring24-hour,aswellasduringthenighttime,whiletherewasnodifferenceindiastolicBP.InregardtodiurnalBPvariation,morethanhalfoftheNDRgroupshowednormaldiurnalvariation,whilevariationpatternsthatincreasedBPduringthenighttimewereincreasedinNPDR,aswellasinPDR.InpatientswithDR,itwasdemonstratedthatdecreaseinnighttimeBPwouldnotbeanticipatedandthatabnormaldiurnalbloodpressurevariationincreased,thoughantihypertensiveagentswereused.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1397.1402,2014〕Keywords:2型糖尿病,24時間血圧,糖尿病網膜症,血圧日内変動,非降下型.type2diabetesmellitus,24hourambulatorybloodpressure,diabeticretinopathy,diurnalbloodpressurevariation,nondipper.はじめに夜間,早朝など)の血圧や,血圧変動性を評価することも重糖尿病患者の血圧管理は,大血管障害の予防だけでなく,要であり,特に,日内変動を評価する24時間血圧測定腎症や網膜症の進展抑制にも重要であることはよく知られて(ambulatorybloodpressuremonitoring:ABPM)は,血圧いる.血圧管理において,診察時だけでなく,診察外(家庭,変動性,夜間血圧,早朝血圧,中心血圧を評価でき,有用な〔別刷請求先〕加藤貴保子:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KihokoKatoDozono,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(149)1397 血圧管理法である.1型糖尿病患者においては,夜間の収縮期血圧と糖尿病網膜症の重症度とが関連する1),血圧の日内変動の障害が糖尿病合併症を悪化させる2,3)ことが報告されている.また,1型糖尿病による網膜症では,夜間の血圧が高いという報告も散見される4,5).一方,2型糖尿病患者に対しても,血圧日内変動の障害と腎症や大血管合併症との関連は指摘されている6).しかし,2型糖尿病における網膜症と血圧日内変動パターンとの関連についての報告はほとんどない.本研究では,2型糖尿病患者の24時間血圧を測定し,血圧の日内変動パターンと網膜症の重症度との関連について検討した.I方法2005年から2007年に今村病院分院糖尿病内科および眼科を受診した2型糖尿病の患者84例(男性46例,女性38例)を対象とした.84例のうち,42例は糖尿病内科に血糖コントロール目的または糖尿病性腎症のため教育入院した患者,他は糖尿病網膜症の硝子体手術目的で眼科入院した患者であった.透析,全身状態不良,および重症感染を有した症例は対象から除外した.全例にインフォームド・コンセントを得て,観察研究を行った.内服は,降圧薬内服なしは9例,単剤の降圧薬内服〔ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬),Caブロッカー,bブロッカー,ACE(アンジオテンシン変換酵素)ブロッカー〕は22例,複数投与は47例であった.患者背景として,年齢,性別,BMI(bodymassindex),HbA1C(hemoglobinA1C),HDL(highdensitylipoproteincholesterol),LDL(lowdensitylipoproteincholesterol),高感度CRP(capialreactiveprotein),logMAR視力,罹病期間,クレアチニン,GFR(glomerularfiltrationrate:糸球体濾過量),ヘモグロビン値,R-R間隔変動係数を調査した.さらに,散瞳下で検眼鏡にて眼底検査を行い,網膜症の重症度をAmericanAcademyofOphthalmology(AAO)の提唱した国際重症度分類に従い,糖尿病網膜症なし(DRなし:NDR),非増殖糖尿病網膜症(mild,moderate,severenonproliferativediabeticretinopathy:NPDR),増殖糖尿病網膜症(PDR)の3群に分け検討した.全例に対してガイドラインに基づき自由行動下で24時間血圧測定装置KENZBPMAM300(A&D社)を用いて24時間連続測定を行った.測定は収縮期血圧,拡張期血圧,脈拍を,22時から6時までは2時間ごとに,7時から21時までは1時間ごとに測定した.手術前日から術後7日間には行わず,収縮期血圧が70mmHg以下または250mmHg以上,拡張期血圧が30mmHg以下または130mmHg以上,脈拍が30拍/分以下または200拍/分以上を無効とした.昼中血圧を10時から20時までの平均値とし,夜間血圧を0時か1398あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014ら6時の平均値とした.平均収縮期血圧,夜間収縮期血圧,平均拡張期血圧,夜間拡張期血圧,平均脈拍,夜間脈拍,降圧薬の有無について3群間で比較検討した.さらに,3群における血圧の日内変動パターンの分布を調べた.日内変動パターンは,日中血圧より夜間血圧が20%以上降圧する夜間過降圧型(extreme-dipper),10.20%降圧する正常型(dipper),0.10%降圧する夜間非降下型(nondipper),および昇圧する夜間昇圧型(riser)に分類した7).統計解析には分散分析(analysisofvariance:ANOVA)c2検定,Fisher直接検定法,多重比較検定(Bonferroni法)(,)を用いた.24時間血圧の経時的変化について,NDR,NPDR,PDRのそれぞれの収縮期血圧と拡張期血圧の平均値については,ANOVAによる検定結果で有意となり,かつ多重比較検定(Bonferroni法)で補正したうえでp<0.05,p<0.01であったペアをp<0.05*,p<0.01**と記載した.糖尿病網膜症の程度と,血圧の日内変動パターンとの分割表にはFisherの正確確率検定,両者間の相関関係に関してはSpearmanの相関係数を用いた.p<0.05を統計的に有意差ありとした.II結果各群の内訳は,NDR20例,NPDR24例,PDR40例であった.各群の背景と血圧値を表1に示す.年齢,性別,BMI,HbA1C,HDL,LDL,高感度CRPは3群間で有意差を認めなかった.LogMAR視力は,PDR群で0.36±0.4となり不良であり,他群に対して有意差を認めた(p<0.01).罹病期間(年)は,NPDR,PDRで有意に長かった(p=0.039).クレアチニン(mg/dl)は,PDRでは有意に悪く(p=0.017),腎症ステージ4の症例も多かった.GFRは,網膜症が重症化するほど有意に低下した(p=0.022).ヘモグロビン値は,PDR群で低かった(p<0.01).R-R間隔変動係数が2%未満の割合はPDR群で有意に増えていた.収縮期血圧は,1日平均,夜間血圧ともにPDR群が有意に高かった(p<0.01)が,拡張期血圧は,1日平均,夜間血圧ともに有意差は認めなかった.脈拍,降圧薬の有無では群間差はなかった.網膜症を有する症例(NPDRおよびPDR)の日内変動パターンは,収縮期血圧で正常パターン(dipper)/それ以外のパターンが11/53例,拡張期血圧で16/48例と,網膜症がない場合の8/12例,10/10例と比較して,正常パターン(dipper)が有意に少なかった(p=0.038,0.036).24時間血圧の経時的変化について,NDR,NPDR,PDRのそれぞれの収縮期血圧と拡張期血圧の平均値を図1に示す.NDRでは夜間に血圧が昼間より低下するというおおむね正常な血圧日内変動を示したが,NPDRではその傾向が崩れ,PDRでは夜間の血圧と昼間の血圧は差がなくなり,(150) 表1糖尿病網膜症なし,非増殖糖尿病網膜症,増殖糖尿病網膜症の3群の背景と測定血圧値網膜症なし(n=20)非増殖網膜症(n=24)増殖網膜症(n=40)p値平均年齢(歳)性別(男/女)視力(logMAR)罹病期間(年)BMI(kg/m2)HbA1C(%)(JDS値)HbA1C(%)(NGSP値)クレアチニン(mg/dl)GFRヘモグロビン(g/dl)HDL-cholesterol(mg/dl)LDL-cholesterol(mg/dl)高感度CRPR-R間隔変動2%未満(有/無)収縮期血圧,1日平均(mmHg)収縮期血圧,夜間平均(mmHg)拡張期血圧,1日平均(mmHg)拡張期血圧,夜間平均(mmHg)脈拍,1日平均脈拍,夜間平均降圧薬(有/無)6012/80.0063±0.0098.6±7.426±4.27.9±1.48.3±1.40.8±0.273±2314±1.353±14124±320.09±0.100/9136±13127±1683±1076±1271±963±717/36211/130.0094±0.1814.8±9.024±5.08.1±2.08.5±2.01.0±0.668±3213±2.645±8116±250.09±0.097/12132±12127±1678±774±1071±1063±918/65921/190.36±0.413.7±8.724±3.78.1±2.18.5±2.11.4±1.253±3112±1.948±16125±4.70.11±0.1221/14148±18143±2283±1080±1172±1066±836/40.630.640.005*0.039*0.630.930.930.017*0.022*<0.01*0.160.630.54<0.01*<0.01*<0.01*0.0750.0630.860.250.27BMI=bodymassindex,GFR=glomerularfiltrationrate,HDL=highdensitylipoproteincholesterol,LDL=lowdensitylipoproteincholesterol,高感度CRp=capialreactiveprotein.ANOVA検定(*p<0.05),c2検定,Fisher直接検定法(*p<0.05)現行のHbA1C(%)(NGSP値)はJDS値+0.4%である.ほぼflatになっていた.収縮期血圧では16時から6時にかけてPDRで高い傾向にあった(図1).3群間での日内変動パターンの割合を図2に示す.NDRではdipperが多くみられ,NPDRではdipperの占める割合が減少し,PDRではnondipper,riserが半数以上を占めた.図3は,血圧日内変動パターン別の網膜症の重症度をみたものである.dipperでは,NDRが約半数を占め,nondipper,riserではNDRが減少し,NPDR,PDRの割合が増加していた.糖尿病網膜症の程度と,血圧の日内変動パターンとの傾向に関しては,収縮期血圧では分割表の検定では有意な傾向はなく(p=0.24),Spearmanの相関係数でも有意な傾向はなかった(R=.0.16,p=0.14).拡張期血圧では,分割表の検定では有意な傾向はなかった(p=0.15)が,Spearmanの相関係数では有意な傾向があり(R=.0.26,p=0.017),拡張期では血圧と糖尿病網膜症の間で有意な相関関係を認め,網膜症の病期が悪化するほど,riser,nondipperが増加し,dipperが減少する傾向にあった.III考按今回の検討では,84例中71例で糖尿病内科専門医による(151)降圧薬治療がされているにもかかわらず,網膜症(NPDRおよびPDR)症例では正常な血圧日内変動は少なかった.その理由として,対象が血糖コントロール不良や腎症の教育入院,網膜症のため硝子体手術を要した症例であり,糖尿病の病期の進行した症例が多かったことが考えられる.Kleinらによる,アルブミン尿がなく血圧が正常な1型糖尿病患者194人を対象にした検討では,NDR32%mildNPDRは55%moderateNPDR.PDR13%で,そのうちnondipperの割合はそれぞれ19%,28%,36%であった1).これらの結果は,網膜症が重症化するほどnondipperの割合が増加し,夜間収縮期血圧が高いと網膜症が重症化しやすい可能性を示唆している.このなかでのnondipperの定義は今回筆者らが用いた定義と異なり夜間/昼間>0.9であり,本検討でのnondipperとriserを合わせたものに相当する.今回の検討では,2型糖尿病でアルブミン尿なしに限定しておらず,腎症のある例を多く含み,重症化した網膜症が多いという点も,Kleinらの検討と異なる1).とはいえ,本検討でも重症化した網膜症患者におけるnondipperとriserの割合は,夜間の拡張期血圧および収縮期血圧が高く,Kleinらと同様の結果となった.Kleinらと比較しNDRの患者でも夜間の血圧が高い例があたらしい眼科Vol.31,No.9,20141399 180160140120100806040200S0S4S7S9S11S13S15S17S19S21*************:NDR:NPDR:PDR拡張期血圧(mmHg)収縮期血圧(mmHg)1009080706050403020100*:NDR:NPDR:PDRD0D4D7D9D11D13D15D17D19D21図124時間血圧の経時変化横軸に0時,2時,6時,7.22時までは1時間ごとの時刻を,縦軸に糖尿病網膜症なし,非増殖糖尿病網膜症,増殖糖尿病網膜症の平均血圧を示す.糖尿病網膜症なしでは夜間に血圧が昼間より低下するというおおむね正常な血圧日内変動を示したが,非増殖糖尿病網膜症ではその傾向が崩れ,増殖糖尿病網膜症では夜間の血圧と昼間の血圧は差がなくなり,ほぼflatになり夜間血圧が高くなっていた.収縮期血圧では8時,16時,17時は糖尿病網膜症なしと増殖糖尿病網膜症のみ*p<0.05,18時から6時までは2時以外糖尿病網膜症なしと増殖糖尿病網膜症,非増殖糖尿病網膜症と増殖糖尿病網膜症で有意差があった(*p<0.05,**p<0.01,多重比較検定(Bonferroni法).多かった理由としては,アルブミン尿なし,および正常血圧症例に限定していないことが考えられる.また,今回の症例でも,過去の報告と同じように,罹病期間(年)は,NDRで8.6±7.4(年),NPDRで14.8±9.0(年)で,罹病期間が長くなると網膜症を有する割合が増加していた.1型糖尿病患者において,網膜症の進行と発症に尿中アルブミン排泄量(UAE)と24時間および昼間の拡張期血圧が関連する5),夜間の血圧の上昇によりアルブミン尿を引き起こしやすく,網膜症ありも腎症悪化の要因であった6)との報告があり,これらの関与が考えられる.慢性腎臓病を含め腎機能障害の悪化はnondipperの増加をもたらすことは既報で報告8)されており,今回の結果は腎障害の結果を反映し1400あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014■:riser■:nondipper%■:dipper:extreme-dipper100806040200NDRNPDRPDR収縮期血圧1535401033.345.816.74.2403017.512.5100806040200NDRNPDRPDR拡張期血圧1030501033.329.22512.532.537.5255図23群間における日内変動パターン糖尿病網膜症なしではdipperが約半数であり,非増殖糖尿病網膜症ではdipperの割合が減り,正常でない日内変動を示すnondipper,riser,extreme-dipperが増え,増殖糖尿病網膜症ではその傾向が顕著だった.ている可能性もある.夜間の血圧(特に収縮期血圧)が下がりすぎる,すなわちextreme-dipperにも,網膜症を有する割合が高く,PDRを多く認めた.これについては過去に報告はないが,夜間の血圧の低下は心疾患や脳血管障害のリスクファクター7)であり,眼にも何らかの影響があると思われる.本検討では,網膜症が重症化するほど夜間の血圧が高い傾向にあった.84例中71例が降圧薬内服中であり,複数使用例も多数含むにもかかわらず,夜間の血圧が高かった.高血圧は網膜症を進行させるリスクファクターの一つである10,11)が,血圧の検査は通常診察中や自己測定血圧装置によって行われるため,夜間高血圧はABPMを用いないとみつかりにくい.降圧薬により昼間の血圧はある程度下がっていても,夜間高血圧が残っていると網膜症は重症化する可能性があると考えられる.さらに糖尿病という疾患そのものが患者に与える心理的ストレスにより夜間高血圧がある可能性も考えら(152) れる.また,網膜症の重症化している病期では,降圧薬に抵抗して夜間の血圧が下がりにくい状態にあるのかもしれない.さらに,PDRでは,自律神経障害を伴う症例(R-R間隔変動2%未満)が多かった.Kleinらは,夜間の血圧と網膜症の重症化は,自律神経障害および網膜血管のpoorautoregulationが関与する1)のではないかと考察している.網膜血管のpoorautoregulationにより,網膜血流が増加し,網膜動脈やcapillarybedsに障害を与えるのではないかと推察されている.網膜症悪化や血圧日内変動障害に自律神経障害が関与している可能性が示唆された.高感度CRPについては3群間で特に有意差を認めなかった.高感度CRPと関連のある因子として喫煙,年齢,高脂血症,糖尿病,肝機能,炎症などがあげられるが,症例数が少ないこと,およびさまざまな因子が複雑に絡み合うため9),3群間では有意差がでなかったものと思われる.糖尿病合併症の予防に血圧管理が大変重要なことは周知の事実10,11)であり,2004年のUKPDS69で1,148人の2型糖尿病患者において厳格な血圧コントロールを行った群では7.5年後に硬性白斑,網膜細動脈瘤,軟性白斑の数が少なく,厳格な血圧コントロールは網膜症の進行と視力低下を減らすと報告されている11).また,降圧薬についてはACE,bブロッカーでは有意差はなく11),症例数は少ないが筆者らも同様の結果であった.今回の研究において,網膜症のある患者では降圧薬の投与にもかかわらず,血圧日内変動パターンの障害(nondipper,riser,extreme-dipper)が多いことに加えて,網膜症の進行に先立って夜間高血圧が起こることが示唆された.夜間高血圧への安定した治療介入効果の高い降圧薬の開発により網膜症の発症や進展の抑制をもたらしてくれるかもしれないが,夜間の血圧急降下は心疾患,脳血管疾患などのリスクを高めるため,早期発見,早期治療がやはり重要であると思われる.本研究の限界としては糖尿病は多因子疾患であり,患者のもっている背景すなわち遺伝,生活習慣,環境,体格,性格などひとりとして同一でないことである.また,統計について,NDR,NPDR,PDRの3群比較に関してはANOVAで行い,それぞれの群間比較をBonferroni補正で行った.しかし,この検定を20回行っており,偶然約1回は有意になることになる.収縮期血圧では11の時点で有意差があり偶然にしては有意な時点が多いことと,図表(折れ線グラフ)でも明らかな差があり,有意な差があると判定した.しかしながら,拡張期血圧はグラフ上差はあるが,1回しか有意ではなく偶然有意になった可能性があり,本研究の限界となっている.本論文は第14回日本糖尿病眼学会で発表した.(153)Prevalence(%)Prevalence(%■:糖尿病網膜症なし:非増殖糖尿病網膜症50■:増殖糖尿病網膜症454035302520151050104.212.54016.717.53545.8301533.340Extreme-dipperDipperNondipperRisern=8n=19n=30n=27収縮期血圧504540353025201510501012.555025253029.237.51033.332.5Extreme-dipperDipperNondipperRisern=8n=26n=28n=23拡張期血圧図3血圧日内変動パターン別の網膜症の重症度Dipperでは,糖尿病網膜症なしが多くを占めたが,nondipperでは非増殖糖尿病網膜症,増殖糖尿病網膜症の割合が増え,riserでは増殖糖尿病網膜症が多かった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KleinR,MossSE,SinaikoARetal:Therelationofambulatorybloodpressureandpulseratetoretinopathyintype1diabetesmellitus:therenin-angiotensinsystemstudy.Ophthalmology113:2231-2236,20062)daCostaRodriguesT,PecisM,AzevedoMJetal:Ambulatorybloodpressuremonitoringandprogressionofあたらしい眼科Vol.31,No.9,20141401 retinopathyinnormotensive,normoalbuminurictype1diabeticpatients:a6-yearfollow-upstudy.DiabetesResClinPract74:135-140,20063)LengyelZ,RosivallL,NemethCetal:Diurnalbloodpressurepatternmaypredicttheincreaseofurinaryalbuminexcretioninnormotensivenormoalbuminurictype1diabetesmellituspatients.DiabetesResClinPract62:159-167,20034)PoulsenPL,HansenKW,EbbehojEetal:Nodeleteriouseffectsoftightbloodglucosecontrolon24-hourambulatorybloodpressureinnormoalbuminuricinsulin-dependentdiabetesmellituspatients.JClinEndocrinolMetab85:155-158,20005)PoulsenPL,BekT,EbbehojEetal:24-hambulatorybloodpressureandretinopathyinnormoalbuminuricIDDMpatients.Diabetologia41:105-110,19986)KnudsenST,PoulsenPL,HansenKWetal:Pulsepressureanddiurnalbloodpressurevariation:associationwithmicro-andmacrovascularcomplicationsintype2diabetes.AmJHypertens15:244-250,20027)日本循環器学会:24時間血圧計の使用(ABPM)基準に関するガイドライン(2010年改訂版)8)HermidaRC,SmolenskyMH,AyalaDEetal:Abnormalitiesinchronickidneydiseaseofambulatorybloodpressure24hpatterningandnormalizationbybedtimehypertensionchronotherapy.NephrolDialTransplant9:358368,20139)斉藤憲祐:高感度CRP測定法と新しい展開.LabClinPract20:10-16,200210)EstacioRO,JeffersBW,GiffordNetal:Effectofbloodpressurecontrolondiabeticmicrovascularcomplicationsinpatientswithhypertensionandtype2diabetes.DiabetesCare23(Suppl2):B54-B64,200011)MatthewsDR,StrattonIM,AldingtonSJetal:Risksofprogressionofretinopathyandvisionlossrelatedtotightbloodpressurecontrolintype2diabetesmellitus:UKPDS69.ArchOphthalmol122:1631-1640,2004***1402あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(154)

糖尿病患者の眼底スクリーニング─散瞳4方向と9方向カラー撮影の比較─

2013年10月31日 木曜日

《第18回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科30(10):1461.1465,2013c糖尿病患者の眼底スクリーニング─散瞳4方向と9方向カラー撮影の比較─反保宏信*1大河原百合子*1高橋秀徳*1牧野伸二*1佐藤幸裕*2*1自治医科大学眼科学講座*2自治医科大学糖尿病センター眼科FundusScreeninginDiabeticPatients─Comparisonbetween4-Fieldand9-FieldColorFundusPhotography,UsingMydriaticDigitalFundusCamera─HironobuTampo1),YurikoOkawara1),HidenoriTakahashi1),ShinjiMakino1)andYukihiroSato2)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityDiabeticCenter目的:眼底カメラでの糖尿病症例の眼底スクリーニングは,無散瞳と散瞳,1.7方向撮影などさまざまである.散瞳下の4方向と9方向カラー撮影を比較した.方法:散瞳下に画角50°のデジタル眼底カメラで,4,9方向カラー撮影と9方向蛍光眼底造影(FA)を行った62例102眼を後ろ向きに調査した.4,9方向カラー撮影,FAの順に判定し,単純,前増殖,増殖網膜症に病期分類して比較した.結果:4方向と9方向カラー撮影の病期診断一致率は98%であった.4方向,9方向カラー撮影とFAの病期診断一致率はいずれも85%で差はなかったが,微細な網膜新生血管をカラー撮影で網膜内細小血管異常と判定していたものが各6%あった.結論:4方向と9方向カラー撮影の病期診断はほぼ一致しており,4方向カラー撮影で十分と考えた.ただし,カラー撮影では微細な網膜新生血管の判定に限界があることに留意する必要がある.Purpose:Variousmethodsoffunduscamerascreeningofdiabeticpatients,suchasnon-mydriaticvs.mydri-aticand1-to7-.eldfundusphotographs,havebeenreported.Wecompared4-.eldand9-.eldfundusphoto-graphs.Methods:Weretrospectivelystudied102eyesof62casesthathadundergone4-.eldand9-.eldcolorfundusphotographyand9-.eld.uoresceinangiography(FA).Classi.cationintosimple,preproliferativeandprolif-erativestageswasinitiallyperformedusing4-.eldcolorfundusphotographs,then9-.eldcolorfundusphoto-graphsand.nallyFA.Results:Theagreementonretinopathystagesbetween4-.eldand9-.eldcolorfundusphotographswas98%.Thatbetween4-.eldcolorfundusphotographsandFA,and9-.eldcolorfundusphoto-graphsandFAwereboth85%.However,.neretinalneovascularizationdetectedbyFAwasdiagnosedasintraretinalmicrovascularabnormalitiesin6%ofboththe4-.eldandthe9-.eldcolorfundusphotographs.Con-clusion:Sinceretinopathystagesjudgedin4-.eldand9-.eldcolorfundusphotographsagreedverywell,wecon-cludedthatitisappropriatetojudgeretinopathystagesusing4-.eldcolorfundusphotographs.However,thelimi-tationinusingcolorfundusphotographstojudge.neretinalneovascularizationshouldbetakenintoaccount.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(10):1461.1465,2013〕Keywords:眼底スクリーニング,糖尿病症例,眼底カメラ,糖尿病網膜症,カラー眼底写真.fundusscreening,diabeticcases,funduscamera,diabeticretinopathy,colorfundusphotography.はじめにグラム9)などさまざまな目的に用いられている.また,その眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングは,実施方法も無散瞳1,2)と散瞳3.9),1.7方向撮影1.9)など多彩網膜症の有病率などを調査するための疫学研究1.6),網膜症である(表1).今回筆者らは,糖尿病網膜症を有する症例に治療に関する無作為化比較試験7,8),網膜症の早期発見プロおける散瞳下での4方向と9方向カラー眼底撮影の病期診断〔別刷請求先〕反保宏信:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:HironobuTampo,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(117)1461表1目的別の撮影方法疫学研究舟形町スタディ(日本)1)画角45°・無散瞳・1方向TheMulti-ethnicStudyofAtherosclerosis(米国)2)画角45°・無散瞳・2方向TheSingaporeMalayEyeStudy(シンガポール)3)画角45°・散瞳・2方向TheLiverpoolDiabeticEyeStudy(英国)4)画角45°・散瞳・3方向TheBlueMountainsEyeStudy(オーストラリア)5)画角30°・散瞳・5方向†WESDR*(米国)6)画角30°・散瞳・7方向立体無作為化比較試験UKPDS**(英国)7)画角30°・散瞳・4方向††ETDRS¶(米国)8)画角30°・散瞳・7方向立体網膜症早期発見プログラムUKNSC¶¶diabeticeyescreeningprogram9)画角45°・散瞳・2方向†:黄斑部,視神経のみ立体.††:黄斑部のみ立体.*:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy.**:UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy.¶:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy.¶¶:TheUKNationalScreeningCommittee.における有用性と限界を,蛍光眼底造影との比較を含めて検討した.I対象および方法対象は,自治医科大学附属病院眼科において2011年9月から2012年10月に,散瞳下の倒像検眼鏡および細隙灯顕微鏡と前置レンズを用いた眼底検査で糖尿病網膜症の診断を受け,網膜症の治療方針を検討する目的で,カラー眼底撮影と蛍光眼底造影を受けた症例を後ろ向きに調査し,次項に述べる3種類の画像が保存され,除外項目に合致しないと判定された62例102眼である.男性39例63眼,女性23例39眼,年齢は42.80歳,平均59.7±9.3歳(平均±標準偏差)であった.3種類の画像とは,散瞳下に画角50°のデジタル眼底カメラ(Kowa社製VX-10i)で,①日本糖尿病眼学会が報告した方法10)に準じた1眼につき4方向のカラー撮影(以下,4方向カラー),②EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)8)で用いられた画角30°の散瞳・7方向立体撮影より広い領域をカバーする9方向カラー撮影(以下,9方向カラー),③9方向の蛍光眼底造影(以下,FA)で得られたものである.なお,9方向カラーおよびFAの具体的な撮影方法は,中心窩を中心とした後極部の写真をまず撮影し,鼻側,鼻上側,上方,耳上側,鼻下側,下方,耳下方,耳側の8方向の写真が後極部の写真と3分の1程度重なるように撮影した.ハードディスクに保存されていたそれぞれの画像はファイリングソフトを用いて合成された(図1).判定は1名の眼底疾患専門医(YS)が行ったが,同一症例の3種類の画像を照らし合わせず,①全症例の4方向カラー,②全症例の9方向カラー,③全症例のFAの順に準暗室においてモニター上で行い,単純網膜症(SDR),前増殖網膜症(PPDR),増殖網膜症(PDR)に病期分類した.つぎに,同一症例の4方向カラーと9方向カラーを同一モニター上に呼び出して比較した.除外項目は,①網膜光凝固が施行されているもの,②鮮明な画像が得られなかったもの,③完全な合成写真が得られなかったもの,④網膜静脈閉塞症,網膜動脈分枝閉塞症,傍中心窩網膜毛細血管拡張症などの糖尿病網膜症以外の眼底疾患を合併したものとした.網膜症の病期は改変Davis分類11)に基づいて判定した(表2).4方向カラーや9方向カラーで小軟性白斑が3個以内あるが,静脈の数珠状拡張や網膜内細小血管異常(IRMA)がない場合はSDRとした.また,FAで1乳頭面積以上の無灌流域がある場合は,静脈の数珠状拡張やIRMAがなくともPPDRとした.カラー写真における静脈の数珠状拡張とIRMAはETDRSの基準写真8)を参考にして,各所見の下限の写真を設定した(図2).なお,IRMAの判定は,カラー写真では異常に拡張した網膜毛細血管,FAでは無灌流域に隣接して認められる異常に拡張した網膜毛細血管で硝子体腔へ拡散する蛍光漏出を伴わないものとした(図3).白線化血管は病期の判定基準に含めなかった.II結果1.撮影条件別の病期の頻度判定された病期の頻度は,4方向カラーでは102眼中SDRが33眼(32%),PPDR57眼(56%),PDR10眼(10%)であったが,網膜症なし(NDR)と判定されたものが2眼(2%)存在した.9方向カラーでは35眼(34%),58眼1462あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(118)表2改変Davis分類11)を基にした今回の病期判定基準単純網膜症毛細血管瘤,網膜出血,硬性白斑,網膜浮腫,3個以内の小軟性白斑前増殖網膜症軟性白斑,静脈の数珠状拡張,網膜内細小血管異常,1乳頭面積以上の無灌流域(蛍光眼底造影所見)増殖網膜症新生血管,網膜前・硝子体出血,線維血管性増殖膜,牽引性網膜.離ab(57%),PDR9眼(9%),FAではSDR28眼(27%),PPDR60眼(59%),PDR14眼(14%)であり,いずれもNDRと判定されたものはなかった.病期の頻度に3群間で有意差はなかった(p=0.73:mxnc2test,図4).2.病期診断の一致率つぎに病期診断の一致率を検討した.4方向カラーと9方向カラーの一致率は102眼中100眼(98%)であった.一方,4方向カラーとFAの一致率,9方向カラーとFAの一致率(119)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131463はいずれも102眼中87眼(85%)であった.不一致は各15眼(15%)あり,FAで確認されたIRMAが4方向および9方向カラーではIRMAと判定されなかったもの各7眼(7%),FAで確認された微細な網膜新生血管が4方向および9方向カラーでIRMAと判定されたもの各6眼(6%),IRMAを網膜新生血管と判定したもの各1眼(1%),IRMAではない網膜血管をIRMAと判定したもの各1眼(1%)であった.3.4方向カラーと9方向カラーの比較最後に,4方向カラーで写らない領域に9方向カラーでどの程度の所見が存在するかを検討したが,102眼中82眼(80%)に何らかの所見を認めた.具体的な所見は,網膜出血が95眼(95%),硬性白斑17眼(17%),白線化血管4眼(4%),軟性白斑と網膜新生血管が各1眼(1%)であった(重複あり,図5).4方向で写らない領域に9方向で網膜出血が存在した95眼中2眼では,SDRがNDRと判定されていた.一方,軟性白斑と網膜新生血管を認めた各1眼は4方向でカバーされる領域にも同じ所見があり,病期診断には影響しなかった.III考按筆者らが所属する自治医科大学では,卒業生に9年間の地域医療が義務づけられており,勤務地には眼科医不在な地域が多い.2011年に報告されたアンケート調査12)によれば,糖尿病などによる眼底変化が診断可能と回答した卒業生は約15%と低率である.このため,眼底カメラで撮影された画像を用いた遠隔医療による診療支援が可能であるかの予備調査として今回の検討を行った.眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングは,疫学研究1.6),無作為化比較試験7,8),網膜症の早期発見プロ1464あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(%)10090807060504030201004方向カラー9方向カラー9方向蛍光眼底造影図4撮影条件別の病期の頻度3群間で有意差はなかった(p=0.73:mxnc2test).(%)1009080706050403020100図54方向で写らない領域に9方向で認めた所見(重複あり)グラム9)などさまざまな目的に用いられている.また,無散瞳1,2)と散瞳3.9),1.7方向撮影1.9)など多彩な実施方法が報告されている(表1).米国で実施された無作為化比較試験であるETDRS8)では,画角30°の散瞳・7方向立体撮影が用いられており,欧米ではこの撮影方法がgoldstandardとされてきた13).日本では立体撮影が普及していないため,今回の検討ではETDRSの撮影方法とあまり差がないとされる日本糖尿病眼学会が報告した画角50°の散瞳・4方向撮影10),ETDRSの撮影方法と同等の領域をカバーできるとされる画角45°の無散瞳・9方向撮影14)に準じ画角がより広く散瞳して実施する画角50°の散瞳・9方向撮影を取り上げた.一方,画角200°の無散瞳・1方向撮影で眼底の80%以上の領域をカバーする超広角撮影は,ETDRSの画角30°の散瞳・7方向立体撮影と同等の結果をより短時間で得られるとの報告15)もあるが,地域診療所には高価な装置であるため,従来の画角50°のデジタル眼底カメラでの検討を行った.今回の検討では4方向カラーと9方向カラーを比較したが,病期診断一致率は非常に高率で,FAとの一致率も差がなかった.4方向で写らない領域に9方向で認めた所見は大部分が網膜出血であった.したがって,日本で広く用いられ(120)ている改変Davis分類や新福田分類を用いる場合は4方向撮影で十分と考えた.カラー眼底撮影の限界として,微細な網膜新生血管を見逃す危険性がある.今回の検討では,4方向カラー,9方向カラーともに6%で微細な網膜新生血管をIRMAと判定していた.また,FAで確認されたIRMAを4方向および9方向カラーではIRMAと判定しなかったものが各7%あった.これらの結果から,眼底カメラで撮影されたカラー写真を遠隔医療による診療支援に用いる場合は,改変Davis分類や新福田分類の単純網膜症に止め,それ以上の病期が疑われる場合は,たとえ通院に困難を伴っても,眼科医の診察を求める必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)川崎良:糖尿病網膜症─舟形町スタディ.日本の眼科79:1697-1701,20082)WongTY,KleinR,IslamAetal:Diabeticretinopathyinamulti-ethniccohortintheUnitedStates.AmJOphthal-mol141:446-455,20063)FoongAW,SawSM,LooJLetal:Rationaleandmethod-ologyforapopulation-basedstudyofeyediseasesinMalaypeople:TheSingaporeMalayeyestudy(SiMES).OphthalmicEpidemiol14:25-35,20074)HardingSP,BroadbentDM,NeohCetal:Sensitivityandspeci.cityofphotographyanddirectophthalmoscopyonscreeningforsightthreateningeyedisease:theLiverpoolDiabeticEyeStudy.BMJ311:1131-1135,19955)MitchellP,SmithW,WangJJetal:Prevalenceofdiabet-icretinopathyinanoldercommunity.TheBlueMountainEyeStudy.Ophthalmology105:406-411,19986)KleinR,KundtsonMD,LeeKEetal:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathyXXII:Thetwenty-.ve-yearprogressionofretinopathyinpersonswithtype1diabetes.Ophthalmology115:1859-1868,20087)UKProspectiveDiabetesStudyGroup:Tightbloodpres-surecontrolandriskofmacrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS38.BMJ317:703-713,19988)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Gradingdiabeticretinopathyfromstereoscopiccolorfundusphotographs─anextensionoftheModi.edAirlieHouseClassi.cation:ETDRSreportnumber10.Ophthalmology98:786-806,19919)GillowJT,GrayJA:TheNationalScreeningCommitteereviewofdiabeticretinopathyscreening.Eye15:1-2,200110)日本糖尿病眼学会糖尿病網膜症判定基準作成小委員会:薬物治療などに関する糖尿病網膜症判定基準.日本の眼科71:21-28,200011)船津英陽:糖尿病網膜症の分類について教えてください.網膜・硝子体Q&A(小椋祐一郎,山下英俊・編).あたらしい眼科19(臨増):35-37,200212)神田健史,梶井英治,桃井眞里子:自治医大からの地域医療に対する提言─自治医大の実績から見えてくる地域医療に求められる医師像.日本医事新報4573:29-33,201113)VujosevicS,BenettiE,MassignanFetal:Screeningfordiabeticretinopathy:1and3nonmydriatic45-degreedigitalfundusphotographsvs7standardearlytreatmentdiabeticretinopathystudy.eld.AmJOphthalmol148:111-118,200914)ShibaT,YamamotoT,SekiUetal:Screeningandfol-low-updiabeticretinopathyusinganewmosaic9-.eldfundusphotographysystem.DiabResClinPrac55:49-59,200215)SilvaPS,CavalleranoJD,SunJKetal:Nonmydriaticultrawide.eldretinalimagingcomparedwithdilatedstandard7-.eld35-mmphotographyandretinalspecial-istexaminationforevaluationofdiabeticretinopathy.AmJOphthalmol154:549-559,2012***(121)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131465

対糖尿病網膜症汎網膜光凝固術における従来法とパターンレーザーの比較

2013年10月31日 木曜日

《第18回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科30(10):1457.1460,2013c対糖尿病網膜症汎網膜光凝固術における従来法とパターンレーザーの比較大久保安希子森下清太家久耒啓吾鈴木浩之佐藤孝樹石崎英介喜田照代植木麻理池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ComparisonbetweenConventionalPanretinalPhotocoagulationandPatternScanLaserPhotocoagulationforTreatingDiabeticRetinopathyAkikoOkubo,SeitaMorishita,KeigoKakurai,HiroyukiSuzuki,TakakiSato,EisukeIshizaki,TeruyoKida,MariUekiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固(PRP)を従来法で行った群(以下,従来群)と,パターンレーザーを用いた群(以下,パターン群)で,視力の変動および中心窩網膜厚の変化量を比較検討する.方法:対象は糖尿病網膜症でPRPの適応となった12例21眼(従来群11眼,パターン群10眼).光凝固はNIDEK社のMC-500Vixiを用いた.術前と術後1カ月のlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力の変化量および術後1カ月に撮影した光干渉断層計(OCT)で中心窩網膜厚の変化量を測定し,比較検討した.結果:従来群,パターン群ともに,logMAR視力・中心窩網膜厚は術前後で有意差は認めなかった.従来群とパターン群を比較しても,視力の変化・中心窩網膜厚の変化量ともに有意な差異はなかった.結論:糖尿病網膜症に対するPRPを従来法とパターンレーザーで行っても,術後早期においては特に差異はないと考えられた.Purpose:Tocomparechangesinvisualacuity(VA)andcentralmacularthicknessfollowingconventionalpanretinalphotocoagulation(PRP)orpatternscanlaserPRPforthetreatmentofdiabeticretinopathy(DR).Methods:Thisprospectivestudyinvolved21eyesof12patientswithDRtreatedbyPRP.Ofthe21eyes,11weretreatedusingconventionalPRPand10weretreatedusingpatternscanlaserPRP.Inallcases,amulticolorscanlaserphotocoagulator(MC-500Vixi;NIDEKCo.,Ltd.,Gamagori,Japan)wasusedtoperformtheoperation.Eachpatient’sVAinlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)unitsandcentralmacularthickness,asmeasuredbyopticalcoherencetomography,wereevaluatedpreoperativelyandat1monthpostoperatively.Results:Nopatientsshowedanysigni.cantchangeinVAorcentralmacularthicknessfollowingeitherconven-tionalPRPorpatternscanlaserPRP.Conclusion:The.ndingsofthisstudysuggestthatthesetwoPRPmethodsareequallye.ectivefortreatingDR.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(10):1457.1460,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,汎網膜光凝固術,パターンスキャンレーザー,中心窩網膜厚.diabeticretinopathy,panretinalphotocoagulation,patternscanlaser,centralmacularthickness.はじめに汎網膜光凝固術(panretinalphotocoagulation:PRP)は網膜無灌流域を有する増殖前糖尿病網膜症,増殖糖尿病網膜症において確立された治療法である.その一方で,黄斑浮腫による視力低下や視野異常などの合併症,治療時の疼痛などが臨床上問題となる.PRPの方法として高出力短時間照射のパターンスキャンレーザーが開発され,2005年に米国FDA(食品医薬品局)で認可された後,日本でも2008年から使用可能となった.疼痛が従来よりも軽度で,凝固斑も均一に多数照射することができ,短時間で照射を行えることから,〔別刷請求先〕大久保安希子:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:AkikoOkubo,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)1457PRPの負担軽減につながる装置としてここ数年で急激に広がりをみせている1.3).レーザー照射による網膜内層への組織障害も少ないといわれている4,5).パターンレーザーの有効性はTOPCON社のPASCALを用いての報告は散見されるが,その他の機械を用いての評価の報告はまだ少数である.今回筆者らはNIDEK社のMC-500Vixiを用いて,PRPを従来の単照射で行った群(以下,従来群)とパターンスキャンレーザーを用いて行った群(以下,パターン群)で,視力の変動および中心窩網膜厚の変化量を比較検討し,合併症の差異を検討したので報告する.I対象および方法大阪医科大学附属病院において,増殖前糖尿病網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:PPDR)でPRPの適応となった13例21眼(従来群11眼,パターン群10眼)を対象として診療録に基づいて後ろ向きに比較検討した.平均年齢は57歳(48.73歳)で,女性8名12眼,男性5例9眼であった.白内障と屈折異常を除く眼科疾患を有する例,観察期間中にトリアムシノロンTenon.下注射を施行した例,6カ月以内の内眼手術の既往がある例,緑内障・ぶどう膜炎の既往のある例は除外した.PRPにはNIDEK社のMC-500Vixiを用いた.従来群は出力160.280mW,照射時間0.3秒,全照射数880.1,890発で,波長はすべてyellowを用い,全例4回の照射で行った.パターン群は,出力300.480mW,照射時間0.02秒,全照射数は1,349.2,582発で,波長はすべてyellowを用い,平均2回で照射を行った(表1).PRPを施行した術者は複数である.検討項目は,術前術後1カ月のlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)により計測した中心窩網膜厚の2項目で比較検討を行った.検定にはpaired-ttestを用いた.II結果従来群ではlogMAR視力は術前0.3±0.32,術後0.22±0.35で,術前後1カ月間で有意差は認めなかった(p=0.54).OCTにより測定した中心窩網膜厚は術前277±229.8μm,術後301±176.0μmで,こちらも同様に術前後で有意な変化は認めなかった(p=0.94)(図1).パターン群においても,logMAR視力は術前0.025±0.26,術後0±0.33で,術前後表1対象従来群パターン群症例照射数出力(mW)照射回数症例照射数出力(mW)照射回数64歳女性,右眼1,142250.280448歳男性,右眼2,240350.3902左眼1,127260.2804左眼2,073350.360246歳女性,右眼1,562220.260448歳男性,右眼1,8214502左眼1,070180.2204左眼1,349450.480158歳女性,右眼1,312160.200455歳女性,右眼2,067350258歳女性,左眼880160.200458歳女性,左眼2,330350273歳男性,右眼1,105160.180464歳女性,右眼1,718300.3802左眼1,066160.1804左眼2,148340.380370歳男性,右眼1,856160.230470歳女性,右眼2,5823002左眼1,890160.2004左眼1,989350272歳男性,左眼1,011160.2004従来群とパターン群の属性を表に示す.従来群は,出力160.280mW,照射時間0.3秒,照射数880.1,890発で全例照射回数は4回行った.パターン群は,出力300.480mW,照射時間0.02秒,照射数は1,349.2,582発で,照射回数の平均は2回で行った.従来群パターン群1.4PRP前PRP後1.4PRP前PRP後図1PRP前後のlogMAR視力の変化量PRP前後でlogMAR視力の変化量を比較した.従来群は術前0.3±0.32,術後0.22±0.35で0.90.9logMAR視力logMAR視力PRP前後で有意差を認めず(p=0.54),パタ0.40.4-0.1-0.1ーン群でも術前0.025±0.26,術後0±0.33と有意差を認めなかった(p=0.52).-0.6-0.61458あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(114)従来群パターン群900PRP前PRP後900PRP前PRP後800中心窩網膜厚(μm)中心窩網膜厚(μm)400300200700300200群は術前277±229.8μm,術後301±176.0μmでPRP前後で有意差を認めず(p=0.94),パターン群でも術前220±151.3μm,術後227±178.5μmと有意差を認めなかった(p=0.35).100100000.2従来群パターン群100従来群パターン群0.10-100-200中心窩網膜厚(μm)図3logMAR視力と中心窩網膜厚の変化量の比較0logMAR視力従来群とパターン群間で視力の変化量と中心窩網膜厚の変化量をそれぞれ比較した.logMAR視力の変化量はp=-0.10.29,中心窩網膜厚の変化量はp=0.69で有意差はみられ-0.2-300なかった.-0.3-0.4で有意差は認めず(p=0.52),中心窩網膜厚は術前220±151.3μm,術後227±178.5μmで,同様に術前後で有意差は認めなかった(p=0.35)(図2).従来群とパターン群の視力の変化量と中心窩網膜厚の変化量を比較検討したが,どちらも視力変化(p=0.29),中心窩網膜厚の変化量(p=0.69)とも有意差は認めなかった(図3).III考按本報告は,PPDR症例に対してのPRPをMC-500Vixiを用いて,従来法とパターン法で行い,視力と中心窩網膜厚の変化を後ろ向きに比較検討したものである.PRP終了後1カ月の時点における比較ではあるが,2項目とも有意な差異は認めなかった.パターンスキャンレーザーの特徴は,従来法と異なり,1ショット当たりの基本設定が高出力かつ短照射時間で,複数のショットを一度にパターン照射することができるところである.1ショット当たりの照射エネルギーが少ないことで,患者への疼痛が軽減され,また網膜への組織障害も少ないとされる.合計で要する照射時間も短時間で済み,PRP完成に要する回数も少なく,総時間も短くなる3).PASCALを用いた過去の報告では,光凝固の効果も同等であるとされている6.8).組織障害については,ウサギ眼において,0.005秒から0.1秒の照射を行い,網膜の組織変化を4カ月間観察した実験(115)-400-500で,照射時間が短いほど網膜組織の障害が少ないことが示されている9).実際に臨床的にも,術前と術1カ月後のOCT画像を比較すると,従来法では網膜内層まで波及していた高輝度反射が,パターン法では網膜色素上皮周囲のみに限局していたとの報告もある5).また,黄斑浮腫などの網膜組織障害に起因する合併症が,パターン法において従来法よりも軽減されている可能性が示唆されている10).また,今回は全例PPDRの症例に対しての照射を検討したが,従来法で施行するか,パターン法を用いるかの選択は術者の主観的基準で選ばれた.パターン法は網膜内層への組織障害が少ないとされる反面,網膜内層の虚血に対する有効性は低いとも考えられる.PDR症例の鎮静化という観点では照射設定によっては不十分であったという報告もある11).短期では糖尿病網膜症の治療効果としてパターン法は従来法と遜色ないことが報告されている6.8)が,長期成績についてはいまだ不明で,今後特に増殖性変化の抑制効果などについては多数例での検討が必要である.どのような症例に対してパターン法を選択するのが適切であるか,また,より低侵襲でかつ治療効果の得られる照射条件はどのようなものであるかなど,さらなる検討が必要であると考える.従来法とパターン法の比較に関しては,PASCALを用いての報告が過去にいくつかなされているが,疼痛の軽減,照射時間の短縮,照射回数の減少などが共通した利点としてあげられている.本報告では疼痛に関しては検討しなかったが,実際PASCALを用いて従来法と比較した臨床試験では,あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131459痛みの自覚が有意に少なかったと報告されている12,13).これは,疼痛のおもな原因は光凝固による脈絡膜への熱拡散とされており,パターン法では障害が網膜色素上皮周囲に限局することと矛盾しない.また,PRP完成にかかる術回数は通常,従来法で平均4回,パターン法では平均2回と短期間で終了できるため,患者,術者ともに負担軽減になることは確かである.治療効果,合併症に長期予後の差異がないとすれば,疼痛や所要時間を考慮すると,パターン法のほうが有利かつ効率的であると考える.いずれにせよ,長期予後に関してはさらなる検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)福田恒輝:マルチカラーパターンスキャンレーザー光凝固装置.眼科手術25:239-243,20122)野崎実穂:PASCAL.眼科手術21:459-462,20083)加藤聡:パターンスキャンレーザー.眼科54:63-67,20124)JainA,BlumenkranzMS,PaulusYetal:E.ectofpulsedurationonsizeandcharacteroflesioninretinalphotoco-agulation.ArchOphthalmol126:75-85,20085)植田次郎,野崎実穂,小椋祐一郎ほか:網膜光凝固後の組織反応の光干渉断層計による評価─PASCALと従来レーザーとの比較.臨眼64:1111-1115,20106)須藤史子,志村雅彦,堀貞夫ほか:糖尿病網膜症における汎網膜光凝固術─従来法とパターン高出力短照射時間法との比較.臨眼65:693-698,20117)MuqitMM,MarcellinGR,StangaPEetal:Single-sessionvsmultiple-sessionpatternscanninglaserpanretinalpho-tocoagulationinproliferativediabeticretinopathy.ArchOphthalmol128:525-533,20108)MuqitMM,MarcellinoGR,StangaPEetal:PASCALpanretinalablationandregressionanalysisinproliferativediabeticretinopathy:ManchesterPascalStudyReport4.Eye25:1447-1456,20119)PaulusYM,JainA,MarmorMetal:Healingofretinalphotocoagulationlesions.InvestOphthalmolVisSci49;5540-5545,200810)MuqitMM,MarcellinoGR,StangaPEetal:Randomizedclinicaltrialtoevaluatethee.ectsofPASCALpanretinalphotocoagulationonmacularnerve.berlayer:Man-chesterPascalStudyReport3.Retina31:1699-1707,201111)ChappelowAV,TanK,KaiserPKetal:Panretinalpho-tocoagulationforproliferativediabeticretinopathy:Pat-ternscanlaserversusargonlaser.AmJOphthalmol153:137-142,201212)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Painresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserpho-tocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye22:96-99,200813)MuqitMMK,MarcellinGR,StangaPEetal:PainresponsesofPASCAL20msmulti-spotand100mssin-gle-spotpanretinalphotocoagulation:ManchesterPascalStudyReport2.BrJOphthalmol94:1493-1498,2010***1460あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(116)

山名眼科医院開院時から20年以上継続して受診している糖尿病患者の網膜症進行と視力障害の原因

2013年10月31日 木曜日

山名眼科医院開院時から20年以上継続して受診している糖尿病患者の網膜症進行と視力障害の原因山名泰生*1松尾雅子*1髙嶋雄二*1合屋慶太*2*1山名眼科医院*2こやのせ眼科クリニックDiabeticRetinopathy:Long-TermFollow-upofVisionLossandVisualAcuityYasuoYamana1),MasakoMatsuo1),YujiTakashima1)andKeitaGoya2)1)YamanaEyeClinic,2)KoyanoseEyeClinic山名眼科医院は1987年7月に開院して2007年で20周年を迎えた.この間の糖尿病患者の受診状況について,また2010年まで継続受診している糖尿病患者88名の網膜症と視力の変化や進行悪化の原因について調査した.開院時は総外来患者数6,824名に対して糖尿病患者数342名で糖尿病患者の割合は5%,2010年の総外来患者数は11,475名で糖尿病患者は1,783名,糖尿病患者の割合15.5%であった.20年間に糖尿病患者は増加したが,有網膜症は減少し,初診患者の増殖網膜症の比率は有意(p<0.001)に減少していた.20年以上経過観察できた88症例のうち単純網膜症からの寛解が1割にみられた.網膜症の進行は5割で,そのうち重症網膜症への進行は4割であった.視力0.6以下に低下した症例は2割であった.そのうち糖尿病網膜症による視力障害は5割であった.網膜症進行原因は,受診中断と血糖コントロール不良であった.無網膜症の6割は経年的に進行し,増殖前網膜症では5年以内に増殖網膜症に進行していた.網膜光凝固や硝子体手術の進歩により,重症網膜症患者も長期にわたり視力を保持できるようになった.Aim:Toreportindetailthelong-termfollow-up(over20years)ofvisionlossandvisualacuityindiabeticretinopathy.Subjects:Subjectswere88patientsexaminedattheYamanaEyeClinic,Fukuoka,Japancontinuouslyformorethan20years,fromJuly1987toDecember2010.Results:Ofallpatientsseenattheoutpatientclinicfrom1987to1988,atotalof5%presentedwithdiabetes;thisnumberincreasedto15%by2010.Thenumberofpatientswithretinopathydecreased,whilethenumberofnewpatientswithproliferativeretinopathydecreasedsigni.cantly(p<0.001).Atotalof10%achievedfullremissionfromsimpleretinopathy;another50%showedprogressionofretinopathy.Ofthe50%,atotalof40%progressedtosevereretinopathy.About20%showeddecreaseinvisualacuitybelow20/32;halfofthoseinvolvedvisuallossduetodiabeticretinopathy.Throughreti-nalphotocoagulationandvitreoussurgery,patientswithsevererretinopathywereabletosustainvisualacuityoverthelongterm.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(10):1451.1455,2013〕Keywords:糖尿病網膜症,長期経過観察,予後,視力障害,糖尿病網膜症の有病率.diabeticretinopathy,long-termfollow-up,prognosis,visualloss,prevalenceofdiabeticretinopathy.はじめにわが国での糖尿病患者数は開院時1987年と比較して著しく増加している.しかし,久山町研究では増殖前網膜症や増殖網膜症に進行した網膜症の比率は減少していると報告1)され,筆者も身体障害1級の糖尿病網膜症の発症は減少していることを全国臨床糖尿病医会(以下,全臨糖)の調査結果として報告した2).山名眼科医院(以下,当院)は1987年7月に開院して2007年で20周年を迎えた.開院時に眼鏡処方を希望してきた患者で,両眼に硝子体出血を伴う糖尿病増殖網膜症のため視力障害をきたした患者が受診してきた.この患者は,これまでに眼科を受診したことがなかった.この症例を経験して,糖尿病患者教育と地域での糖尿病診療連携の構築の重要性を認識して,この2つのことを目標に掲げ診療してき〔別刷請求先〕山名泰生:〒809-0022福岡県中間市鍋山町13-5山名眼科医院Reprintrequests:YasuoYamana,M.D.,Ph.D.,YamanaEyeClinic,13-5Nabeyama-machi,Nakama,Fukuoka809-0022,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(107)1451I目的開院時(1987年7月から1988年)(以下,開院時)から1990年に初診して,2010年まで20年以上受診している糖尿病患者の網膜症・視力・眼治療法・視力低下原因・ヘモグロビン(Hb)A1C〔以下,HbA1CはNGSP値(国際標準値)で表記〕・内科治療法の変遷や当院での開院時と20年後の糖尿病患者の患者数や新患数,再来受診状況,受診患者の網膜症病期などの変化と網膜光凝固や硝子体手術などの手術治療の長期有用性を明らかにする.II対象および方法開院時に受診した患者6,824名のうち初診糖尿病患者342名のなかで,22.23年間継続受診糖尿病患者32名.1989年に受診した患者6,947名のうち初診糖尿病患者438名のなかで,21年間継続受診糖尿病患者33名.1990年に受診した患者7,452名のうち初診糖尿病患者579名のなかで,20年間継続受診糖尿病患者23名.この3年半の総受診患者21,223名のうち初診糖尿病患者1,372名のなかで,20年以上継続受診糖尿病患者合計88名を対象にカルテより調査した.III結果1.糖尿病患者の外来受診状況について開院時と2010年の糖尿病患者に占める糖尿病網膜症の有病率については,開院時は糖尿病患者342名(684眼)に対して網膜症のある眼数は684眼中270眼(39%),2010年は糖尿病患者1,783名(3,566眼)に対して網膜症のある眼数は3,566眼中1,841眼(52%)と網膜症の有病率は増加していた.開院時,1997年と2011年の初診糖尿病患者の網膜症病期の変化を比較すると,無網膜症の患者は,開院時414眼(61%),10年後の1997年355眼(65%),24年後の2011年は204眼(73%)と初診時の無網膜症の比率は増加し,有網膜症は各病期とも比率は減少していた(表1).2.20年以上継続受診糖尿病患者について20年以上継続受診糖尿病患者88名の初診時と2010年の糖尿病治療法の変化については,食事療法のみが20%から3%に減少し,インスリン治療が7%から41%に増加した.経口剤は31%から38%とあまり変化はみられなかった.初診時と2010年の血糖コントロールの変化を初診時と現在のHbA1Cを用いて日本糖尿病学会の優良不可分類で表した.優(6.2%未満)が11%から6%,不可(8.4%以上)が62%から16%に減少し,良(6.2.6.8%)が3%から24%,不十分(6.9.7.3%)が5%から20%,不良(7.4.8.3%)が19%から34%に増加した.初診時と2010年の網膜症病期の推移については,20年以上継続受診糖尿病患者の全176眼のうち,無網膜症は98眼(56%)から44眼(25%)と半分に減少し,単純網膜症も48眼(27%)から36眼(21%)とやや減少した.増殖前網膜症は22眼(12%)から60眼(34%)と3倍近く増加し,また増殖網膜症は8眼(5%)から36眼(20%)と4倍に増加し表1糖尿病患者の初診時の網膜症病期別分類糖原病患者数無網膜症(眼)単純網膜症(眼)増殖前網膜症(眼)増殖網膜症(眼)開院時342名414(61%)140(20%)58(8%)72(11%)1997年259名335(65%)110(21%)42(8%)31(6%)2011年139名204(73%)47(17%)19(7%)8(3%)無網膜症比率は開院時から10年後の1997年には増加し,23年後の2011年にはさらに増加していた.反対に有網膜症は各病期とも比率は減少していた.特に増殖網膜症は有意に減少していた(p<0.001,c2独立性の検定m×n分割表).表220年以上継続受診糖尿病患者88名(176眼)の初診時と2010年の網膜症病期の変化2010年の網膜症病期無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症初診時の網膜症病期無網膜症(98眼)39眼(40%)21眼(21%)22眼(22%)16眼(16%)単純網膜症(46眼)5眼(11%)12眼(26%)19眼(41%)10眼(22%)増殖前網膜症(24眼)0眼0眼22眼(92%)2眼(8%)増殖網膜症(8眼)0眼0眼0眼8眼(100%)20年経過して無網膜症は約半数に減少し,単純網膜症もやや減少した.増殖前と増殖網膜症は増加した.1452あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(108)初診時と2010年の網膜症病期の変化は,初診時無網膜症98眼のうち,単純,増殖前,増殖網膜症に進行したのは約2割ずつで,合計6割が有網膜症に進行した.単純網膜症48眼のうち,1割が無網膜症に軽快したものの,4割が増殖前網膜症に,2割が増殖網膜症に進行していた.増殖前網膜症22眼のうち,1割弱が増殖網膜症に進行した(表2).初診時よりも網膜症が進行した90眼の進行原因は,一時的な受診中断55眼(61%),血糖コントロール不良29眼(32%),急激なコントロールのため2眼(2%),その他が4眼(5%)であった.網膜光凝固が施行された眼数は,単純網膜症が2眼(1%),増殖前網膜症が59眼(34%),増殖網膜症36眼(20%)の合計97眼(55%)であった(表3).光凝固を施行した単純網膜症の2眼は,糖尿病黄斑症を発症していた.硝子体手術が施行された眼数は,176眼のうち11眼(6%)であった.硝子体手術が施行された11眼のうち,単純網膜表320年以上継続受診糖尿病患者88名(176眼)の眼科治療:網膜光凝固の有無無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症光凝固施行0眼2眼(1%)59眼(34%)36眼(20%)光凝固なし44眼(25%)34眼(19%)1眼(1%)0眼網膜光凝固は97眼に施行されたが,半数弱は未施行であった.単純網膜症2眼は,糖尿病黄斑症に対して局所光凝固が施行されていた.症が1眼(9%),増殖前網膜症が3眼(27%),増殖網膜症が7眼(64%)であった.単純網膜症1眼および増殖前網膜症3眼は,糖尿病黄斑症に対して硝子体手術が施行されていた.白内障手術の施行の有無に関しては,64%(112眼)が片眼もしくは両眼に手術を施行していた.36%(64眼)が白内障手術を経験しておらず,その理由として視力良好(41眼,64%),白内障なし(14眼,22%),調査後に手術施行,手術希望なしなどがあった.2010年の視力不良の割合は,初診時からすでに視力不良が21眼(12%),初診時より視力低下が37眼(21%),視力安定(変化なし)が118眼(67%)であった.初診から2010年までの間で視力低下した37眼の視力低下の原因として,網膜症の悪化(4眼,11%),糖尿病黄斑症・黄斑浮腫のため(14眼,38%),黄斑疾患(加齢黄斑変性など)のため(5眼,14%),白内障のため(5眼,14%),緑内障のため(7眼,19%),その他(網膜中心動脈閉塞症など)(2眼,5%)があげられる.白内障は糖尿病によるものと加齢によるものとは区別がつかなかった.初診時より視力が低下した37眼の初診時の網膜症病期は,無網膜症が18眼(49%),単純網膜症が12眼(32%),増殖前網膜症が4眼(11%),増殖網膜症が3眼(8%)であった.2010年には,初診時無網膜症から増殖網膜症に進行した患者が19%と最も多かった(表4).初診時よりも網膜症が進行した割合は,176眼のうち90表42010年現在視力不良37眼の初診時と現在の網膜症病期2010年の網膜症病期全体無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症初診時の網膜症病期無網膜症18眼(49%)4眼(11%)3眼(8%)7眼(19%)4眼(11%)単純網膜症12眼(32%)0眼3眼(8%)4眼(11%)5眼(14%)増殖前網膜症4眼(11%)0眼0眼4眼(11%)0眼増殖網膜症3眼(8%)0眼0眼0眼3眼(8%)2010年視力不良である眼の割合は,初診時に無網膜症で2010年に増殖前網膜症に進行した眼が最も高かった.表5初診時より網膜症の病状が進行した90眼(全体の51%)の網膜症の病状が安定した時期全体NDR→SDRNDR→PPDRNDR→PDRSDR→PPDRSDR→PDRPPDR→PDR1年.5年12眼(13%)1眼(1%)1眼(1%)05眼(6%)3眼(3%)2眼(2%)6年.10年21眼(23%)5眼(6%)04眼(4%)9眼(10%)3眼(3%)011年.15年15眼(17%)4眼(4%)6眼(7%)3眼(3%)1眼(1%)1眼(1%)016年以上42眼(47%)10眼(11%)15眼(17%)9眼(10%)5眼(6%)3眼(3%)0NDR:無網膜症,SDR:単純網膜症,PPDR:増殖前網膜症,PDR:増殖網膜症.初診時よりも網膜症が進行した90眼の網膜症が安定した時期を5年ごとに眼数で示す.無網膜症から単純網膜症へは年数につれて徐々に進行比率は高くなっており,無網膜症から増殖前網膜症と増殖網膜症へは10年経ってから進行比率が高くなっている.増殖前網膜症から増殖網膜症への進行は5年以内に起こっていた.(109)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131453初診時に無網膜症で2010年の視力が1.0以上の割合が最も高か初診時の網膜症病期無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症2010年視力0.1未満2眼(1%)2眼(1%)2眼(1%)2眼(1%)0.1.0.63眼(2%)4眼(2%)7眼(4%)2眼(1%)0.7.1.014眼(8%)13眼(7%)10眼(6%)0眼1.0以上79眼(45%)27眼(15%)5眼(6%)4眼(2%)2010年の網膜症病期無網膜症単純網膜症増殖前網膜症増殖網膜症2010年視力0.1未満2眼(1%)2眼(1%)11眼(6%)5眼(3%)0.1.0.65眼(3%)3眼(2%)16眼(9%)12眼(7%)0.7.1.018眼(10%)17眼(10%)22眼(13%)12眼(7%)1.0以上19眼(11%)12眼(7%)13眼(7%)7眼(4%)った.各病期で視力不良と視力良好の割合をみると,増殖網膜症以外の各病期では視力良好の割合が高いことがわかる.眼(51%)であった.初診時より網膜症が進行した原因として,一時的な受診中断が61%(55眼),血糖コントロール不良が31%(29眼),急激なコントロールのため2%(2眼),その他が5%(4眼)であった.初診時より網膜症が進行した90眼の網膜症の病状が安定した時期は,1.5年で安定が12眼(13%),6.10年で安定が21眼(23%),11.15年で安定が15眼(17%)で,16年以上で安定が42眼(47%)と最も割合が多かった.各網膜症病期が安定した時期を表5に示した.新しい出血,白斑,浮腫などの出現が半年以上みられないことを網膜症の病状が安定した時期とする.2010年の視力と初診時の網膜症病期は,2010年の視力が1.0以上の患者は,初診時に無網膜症が45%と多く,ついで単純網膜症が15%と多かった.視力1.0以上についで0.7.1.0未満が多くなっていて網膜症による差はなかった(表6).2010年の視力と網膜症は,0.7.1.0未満が比較的に多く,ついで1.0以上,0.1.0.6以下,0.1未満であり,視力良好では無網膜症が多く,進行した網膜症の比率は少なかった.視力が不良になるにつれて,網膜症病期は進行していたが大きな差ではなかった(表7).IV考察1.糖尿病患者の外来受診状況について網膜症は経年的に進行することが知られており,糖尿病網膜症の有病率は,一般的に20.30%と報告されている7).当院受診糖尿病患者でも開院時での網膜症有病率は39%であったが,2010年は54%と増加していた.久山町研究では重症網膜症は減少していると報告されている1)が,当院でも初診時の糖尿病患者に限ると開院時と2011年の網膜症病期別比率では無網膜症が増加しており,特に増殖網膜症は減少傾向であった(p<0.001)(表1).1,372名の糖尿病患者のうち20年以上当院を受診している患者は88名,継続受診率は6.4%であった.継続受診できた患者の比率は高くないが20年という期間と初診時の年2010年の視力と網膜症病期においては,無網膜症と単純網膜症では,視力不良の眼数に比べると視力良好が約5倍多いが,増殖前網膜症と増殖網膜症では,視力良好と視力不良の眼数はあまり差がなかった.齢,高齢化に伴う家庭的な事情など同一医療機関を受診できる患者は多くないと考えられる.実際に受診中断者に対する調査では連絡のつかない患者や,死亡,施設入所などで受診できない患者も多い8).2.20年以上継続受診糖尿病患者について内科的な治療状況について,血糖コントロールの指標であるHbA1Cが優と不可が減少し,ほどほどのコントロールに変化していた.食事療法のみの患者が減少して経口血糖降下剤やインスリン注射に移行し,経口剤はインスリンに移行した症例と差し引きでみかけ上は変化がなかった.罹病年数が長くなるにつれてインスリン注射の症例が増加していた.網膜症について,無網膜症は半数に減少し,増殖前網膜症と増殖網膜症は増加した.特に増殖前網膜症が3割に増加していた.一方,単純網膜症の1割は無網膜症になっていた.増殖前網膜症から増殖網膜症への進行は1割のみであった.病期が進行したのは約半数であった(表2).増殖前網膜症が増加しているにもかかわらず増殖網膜症への進行が少ない理由としては網膜光凝固により増殖網膜症への進行が防止されたからであると推測される.網膜症進行の時期は表5に示すように無網膜症からは経年ごとに進行がみられたが,増殖前網膜症から増殖網膜症へは5年以内に進行していたことは,眼科初診時に網膜症がすでに進行していたことと血糖コントロール不良が多いこととを合わせて病期が急速に進行した可能性が高いことを示している.初診時よりも網膜症が進行した原因として多いのは,一時的な受診中断であった.内科受診の中断は中石らによる全臨糖での調査結果では22%と報告され9),眼科では船津らによると病院受診患者では約20%,診療所受診患者では約45%とされ10),当院での受診中断も最近でも2割前後となっており3)糖尿病診療にとって受診中断防止は重要な問題である.視力について,本稿では矯正視力が0.7未満を視力不良とした.当院初診後に視力障害を起こしたのは2割しかなく,1454あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(110)約7割は視力が0.7以上で良好であった.2010年の矯正視力1.0以上の症例での初診時網膜症は無網膜症が半数弱と多かった(表6)が,現在の視力が良好であった群では網膜症病期による差はなくなり(表7),網膜症は進行しても光凝固や硝子体手術などの眼科的治療により長期にわたり視力を保持できるようになったということであると推定される.網膜光凝固は約半数に施行されていたが,20年の長期にわたっても半数は光凝固未施行のままですむ症例も多いことがわかった.開院時に光凝固をしていない患者85名のうちHbA1C値が確認できた患者37名のHbA1Cの平均値は9.1%であった.2010年に光凝固をしていない患者38名のうちHbA1C値が確認できた患者31名のHbA1C平均値は6.9%であった.糖尿病黄斑症に対しての光凝固は単純網膜症,増殖前網膜症,増殖網膜症に施行し(表3),硝子体手術は全体の1割弱に施行され,そのうちの6割は増殖網膜症で残りの4割は糖尿病黄斑症に対して施行されていた.白内障手術は約6割に施行されていたが,約3割はまだ手術の適応がなく,1割は調査時点で手術予定であった症例と手術希望がなかった症例であった.2010年に視力不良である37眼では初診時無網膜症から2010年に増殖網膜症に進行した症例での比率が高かった(表4).結果の項でも示したように,長期間になると加齢により発症する疾患も多くなり,視力低下は糖尿病網膜症のみではなくさまざまな疾患によることも明らかになった.糖尿病に関連する疾患については,毎回の診療時に眼科所見のみでなく糖尿病連携手帳で血糖コントロールや血圧などの全身状態を確認して患者にコメントすることも必要である.加齢黄斑変性症のように糖尿病とは無関係の眼科特有の疾患が発症してくることも念頭に置いて網膜のみならず前眼部,あるいは黄斑部や視神経乳頭の陥凹などにも注意して毎回の診療を行っていくことで上記の疾患に早期対応ができるように心がけていくことが重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)安田美穂:糖尿病網膜症一次予防のエビデンス─久山町研究から─.あたらしい眼科24:1287-1290,20072)山名泰生,三木英司,清水昇ほか:糖尿病による視覚障害─全国臨床糖尿病医会施設における実態調査─.糖尿病50:365-372,20073)山名泰生,麻生宣則,板家佳子ほか:糖尿病診療連携の構築─内科と眼科,かかりつけ医と専門医.日本糖尿病眼学会誌16:26-30,20114)山名泰生:糖尿病眼合併症対策の努力チーム医療の重要性眼科の立場から.日本糖尿病眼学会誌3:43-46,19985)山名泰生,松尾雅子,纐纈有子ほか:眼科医院での糖尿病患者の網膜症─現状および対策とこれからの糖尿病診療.DiabetesJ36:162-166,20086)山名泰生,赤司朋之,麻生宣則ほか:福岡県における糖尿病診療連携と山名眼科医院における糖尿病診療.DiabetesHorizons─PracticeandProgress─2:1-6,20137)船津英陽,須藤史子,堀貞夫ほか:糖尿病眼合併症の有病率と全身因子.日眼会誌97:947-1954,19938)山名泰生,松尾雅子,纐纈有子ほか:糖尿病治療中断による危険な病態.眼科医の視点から..PRACTICE24:167-173,20079)中石滋雄,大橋博,栗林信一ほか:糖尿病治療中断者の実態調査.PRACTICE24:162-166,200710)船津英陽:医療連携による糖尿病放置・中断対策.眼紀55:10-13,2004***(111)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131455