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多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(97)97《第15回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(1):97.102,2011cはじめに糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントの一つが,内科と眼科の連携である.多摩地域では,1997年に内科医と眼科医が世話人となり糖尿病治療多摩懇話会を設立させ,内科と眼科の連携を強化するために両科の連携専用の「糖尿病診療情報提供書」を作成し地域での普及を図った1).〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998八王子市館町1163番地東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji,Tokyo193-0998,JAPAN多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移大野敦梶邦成臼井崇裕田口彩子松下隆哉植木彬夫東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科ChangesinQuestionnaireSurveyResultsamongTamaAreaOphthalmologistsRegardingtheOphthalmologicalNotebookofDiabeticsAtsushiOhno,KuniakiKaji,TakahiroUsui,SaikoTaguchi,TakayaMatsushitaandAkioUekiDepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity目的:2002年に発行された糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)に対する眼科医の意識調査を発行7年目に施行し,発行半年目と2年目の調査結果と比較した.方法:多摩地域の眼科医に対し,1)眼手帳の配布状況,2)眼手帳配布に対する抵抗感,3)「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度,4)受診の記録で記入しにくい項目,5)受診の記録に追加したい項目,6)眼手帳を配布したい範囲,7)文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか,8)眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか,9)内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会,10)眼手帳の広まりについて調査し,各結果を3群間で比較した.結果・結論:眼手帳の配布率はこの5年間で10%上昇し,配布に対する抵抗感は有意に減少し,眼手帳を配布したい範囲は広がる傾向を認め,他院発行の眼手帳を見る機会は有意に増えているが,眼手帳の広まりに対する評価は厳しかった.Purpose:TheOphthalmologicalNotebookofDiabeticswasfirstissuedin2002;sevenyearshavepassedsincethen.Inthisstudy,weexaminedophthalmologistsregardingtheirawarenessoftheNotebook,andcomparedtheresultstothoseofsimilarsurveysconductedsixmonthsandtwoyearsaftertheNotebook’sfirstissuance.Methods:ThesubjectswereophthalmologistsintheTamaarea.Thesurveyitemswere:1)currentstatusofNotebookdistribution,2)senseofresistancetoprovidingtheNotebook,3)clinicalappropriatenessofthedescriptionof“guidelinesforthoroughfunduscopicexamination”,4)fieldsintheNotebookthataredifficulttocomplete,5)itemsthatshouldbeaddedtotheclinicalfindingsfield,6)areainwhichtheNotebookshouldbedistributed,7)whetherornottheNotebookcostnotcoveredbymedicalinsuranceisanobstacletoitspromotion,8)whetherornottheNotebookshouldbeprovidedtopatientsbyophthalmologists,9)frequencyofseeingtheNotebookissuedbyotherhospitals(includingattendingphysicians),and10)promotionoftheNotebook.Wecomparedtheresultsamongthethreegroups.ResultsandConclusion:TherateofNotebookdistributionhasincreasedby10%overthepastfiveyears,andthelevelofresistancetoprovidingithasmarkedlydecreased.ThemajorityofophthalmologistscommentedthattheNotebookshouldbedistributedoverawiderarea,andthefrequencyoftheirseeingitissuedbyotherhospitalshasincreased.Ontheotherhand,theyviewedthepromotionoftheNotebookasbeinginsufficient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):97.102,2011〕Keywords:糖尿病眼手帳,アンケート調査,糖尿病網膜症,眼科・内科連携.OphthalmologicalNotebookofDiabetics,questionnairesurvey,diabeticretinopathy,cooperationbetweenophthalmologistandinternist.98あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(98)またこの活動をベースに,筆者は2001年の第7回日本糖尿病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携─放置中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経て糖尿病眼手帳(以下,眼手帳)の発行に至っている3).眼手帳は,2002年6月に日本糖尿病眼学会より発行されてから7年が経過し,その利用状況についての報告が散見される4~7)が,多摩地域では,眼手帳に対する眼科医の意識調査を発行半年目,2年目,7年目に施行したので,本稿では発行7年目の結果を半年目8),2年目9)の結果と比較した.I対象および方法アンケートの対象は,多摩地域の病院・診療所に勤務している眼科医で,発行半年目96名〔男性56名,女性24名,不明16名,眼科経験年数19.0±11.6(M±SD)年〕,2年目71名(男性43名,女性28名,眼科経験年数20.3±12.9年),7年目68名(男性38名,女性22名,不明8名,眼科経験年数20.6±8.5年)である.なおアンケート調査は,眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者が面接方式で行ったため,回収率はほぼ100%であった.またアンケート用紙の冒頭に,「集計結果は,今後学会等で発表し機会があれば論文化したいと考えておりますので,御了承のほどお願い申し上げます.」との文章を記載し,集計結果の学会での発表ならびに論文化に対する了承を得た.回答者のプロフィールを表1に示すが,年齢は40歳代が最も多く,3群間に有意差を認めなかった(c2検定:p=0.27).勤務施設は診療所がいずれも70%台で,3群間に有意差を認めなかった(c2検定:p=0.64).定期受診中の糖尿病患者数は,半年目に比べて2年目,7年目の患者数が増加していたが,有意差は認めなかった(c2検定:p=0.13).以上の背景ももつ対象において,問1.眼手帳の利用状況についてお聞かせ下さい問2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことに抵抗がありますか問3.眼手帳の1ページの「精密眼底検査の目安」の記載があることは,臨床上適当とお考えですか問4.眼手帳の4ページ目からの受診の記録で,記入しにくい項目はどれですか問5.眼手帳の4ページ目からの受診の記録に追加したい項目はありますか問6.眼手帳を今後どのような糖尿病患者に渡したいですか問7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことは,手帳の普及の妨げになりますか問8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいとお考えですか問9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳を御覧になる機会がありますか問10.【半年目・2年目】眼手帳は広まると思いますか【7年目】眼手帳は広まっていると思いますか上記の問1~10に関するアンケート調査を行い,各問のアンケート結果の推移を検討した.3群間の回答結果の比較にはc2検定を用い,統計学的有意水準は5%とした.II結果1.眼手帳の利用状況(図1)発行半年目の調査時は質問項目として未採用のため,発行2年目と7年目で比較した.その結果,眼手帳の利用状況に有意差はなかったが,7年目の回答において,「積極的または時々配布している」を合わせると63.2%を認め,発行2年目より約10%増加していた.2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感(図1)眼手帳配布に対する抵抗感は,「全くない」がこの5年間表1回答者のプロフィール回答者年齢構成年齢半年目(96)2年目(71)7年目(68)20歳代3.1%(3)5.6%(4)1.5%(1)30歳代28.1%(27)21.1%(15)14.7%(10)40歳代33.3%(32)38.0%(27)38.2%(26)50歳代17.7%(17)16.9%(12)29.4%(20)60歳代11.5%(11)9.9%(7)11.8%(8)70歳代3.1%(3)8.5%(6)2.9%(2)未回答3.1%(3)1.5%(1)回答者勤務施設施設半年目(96)2年目(71)7年目(68)開業医75.0%(72)71.8%(51)76.5%(52)大学病院9.4%(9)9.9%(7)10.3%(7)総合病院7.3%(7)11.3%(8)5.9%(4)一般病院7.3%(7)5.6%(4)2.9%(2)その他2.9%(2)未回答1.0%(1)1.4%(1)1.5%(1)糖尿病患者数患者数半年目(96)2年目(71)7年目(68)10名未満8.3%(8)11.3%(8)8.8%(6)10~29名31.3%(30)16.9%(12)19.1%(13)30~49名19.8%(19)19.7%(14)23.5%(16)50~99名14.6%(14)14.1%(10)14.7%(10)100名以上10.4%(10)29.6%(21)23.5%(16)未回答15.6%(15)8.5%(6)10.3%(7)(99)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201199で14%増加し,「ほとんどない」と合わせて約9割に達し,3群間で有意差を認めた(c2検定:p<0.05).3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度(図1)目安があることおよび記載内容ともに適当との回答が3群とも80%前後を占め,目安の記載自体混乱の元で不必要との回答は4~10%台,目安はあったほうがよいが記載内容の修正は必要との回答は4~7%台にとどまり,3群間に有意差を認めなかった.7年目の回答者において,修正点として「目安としてはこう書くしかないと思うが,増殖前と増殖に関しては参考にならない」「コントロール状態と眼のステージで決めている」「黄斑症についての記載が必要だと思う」の記載があった.4.受診の記録の中で記入しにくい項目(図2)記入しにくい項目を選択した回答者の割合は,半年目47.9%,2年目42.3%,7年目51.5%で,3群間に有意差を認めなかった.7年目の回答者が選択した記入しにくい項目としては,福田分類,変化,白内障が10%を超えており,福田分類は増加傾向を認めた.一方,次回受診予定日,糖尿病網膜症,黄斑症は減少していた.問1.眼手帳の利用状況問2.眼手帳を糖尿病患者へ渡すことへの抵抗感問3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%□積極的に配布している■時々配布している■必要とは思うが配布していない■必要性を感じず配布していない■眼手帳を今回はじめて知った■その他の配布状況■未回答□全くない■ほとんどない■多少ある■かなりある■未回答□適当■不必要■修正が必要■未回答2年目7年目半年目2年目7年目半年目2年目7年目c2検定:p<0.05c2検定:p値0.86c2検定:p値0.55図1問1~3の回答結果問4.受診の記録の中で記入しにくい項目■特にない■ある■未回答■半年目■2年目■7年目0%0%5%10%15%20%25%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目問5.受診の記録の中で追加したい項目の有無c2検定:p値0.46(未回答を除く)糖尿病黄斑症福田分類変化糖尿病網膜症白内障眼圧矯正視力次回受信予定日図2問4,5の回答結果100あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(100)5.受診の記録の中で追加したい項目の有無(図2)追加したい項目は「特にない」が3群とも大多数を占め,「ある」は半年目7.3%,2年目9.9%,7年目14.7%にとどまり,3群間に有意差を認めなかった.追加したい項目があると回答した者において,具体的にはHb(ヘモグロビン)A1Cを記載したものが最も多かった.6.眼手帳を渡したい範囲(図3)発行7年目において眼手帳を渡したい範囲は,すべての糖尿病患者との回答が半年目より18.5%,2年目より5%増加傾向,一方,網膜症の出現してきた患者との回答は,半年目の6割台が2年目と7年目では4割台に減少傾向を認めた.7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか(図3)全くならないが半年目28.1%,2年目21.1%,7年目33.8%,あまりならないが38.5%,43.7%,33.8%,多少なるが19.8%,22.5%,23.5%,かなりなるが5.2%,8.5%,8.8%で,3群間に有意差は認めなかった.8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか(図3)眼科医が渡すべきであるが半年目40.6%,2年目36.6%,問6.眼手帳を渡したい範囲問7.文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか問8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか0%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目■全ての糖尿病患者■網膜症が出現してきた患者■正直あまり渡したくない■その他■未回答■全くならない■あまりならない■多少なる■かなりなる■未回答■眼科医が渡すべき■内科医でも良い■どちらでも良い■未回答c2検定:p<0.10%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目c2検定:p値0.260%20%40%60%80%100%半年目2年目7年目c2検定:p値0.51図3問6~8の回答結果問9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会問10.眼手帳の広まり■かなりある■多少ある■ほとんどない■全くない■未回答■【半年・2年目】かなり広まると思う【7年目】かなり広まっていると思う■【半年・2年目】なかなか広まらないと思う【7年目】あまり広まっていないと思う■どちらともいえない■未回答c2検定:p<0.052年目7年目c2検定:p<0.0050%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%2年目半年目7年目図4問9,10の回答結果(101)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20111017年目36.8%,内科医が渡してもかまわないが30.2%,28.2%,23.5%,どちらでも良いが26.0%,32.4%,39.7%で,3群間に有意差は認めなかった.9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会(図4)半年目は質問項目として未採用のため,2年目と7年目で比較した.その結果,他院で発行された眼手帳をみる機会は,かなりあると多少あるが増加し,ほとんどないと全くないが減少して,2年目より7年目においてみる機会が有意に増えていた(c2検定:p<0.05).10.眼手帳の広まり(図4)この設問において,半年目と2年目は眼手帳の広まりに対する予想を,一方,7年目は現在の広まりに対する評価を質問した.その結果,眼手帳はかなり広まる・広まっているとの回答は20%台で推移しているが,あまり広まらない・広まっていないが倍増し,一方,どちらともいえないが減少して,3群間に有意差を認めた(c2検定:p<0.005).III考按1.眼手帳の利用状況眼手帳の存在自体を今回はじめて知ったとの回答は2年目4.2%,7年目4.4%にとどまり,眼手帳の認知度は約95%であった.船津らにより行われた全国9地域,10道県の眼科医を対象にした,発行1年目の調査5)における認知度は88.6%,6年目の調査7)では95.3%であり,ほぼ同等の結果と思われる.一方,眼手帳の活用度は,積極的と時々配布を合わせて63.2%で,2年目より10%増加していたが,先の発行1年目5)と6年目7)の調査における活用度60.5%,71.6%と比べると,かなり低かった.診療が忙しくてほとんど配布していないとの回答が15~20%,あまり必要性を感じないので配布していないとの回答が10%前後認めており,今後活用度を上げるには「記入すべき項目数の限定」「コメディカルによる記入の協力」など,より利用しやすい方法を考える必要がある.2.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感配布に対する抵抗感は,「全くない」がこの5年間で14%増加し,ほとんどないと合わせて約9割に達しており,時間的余裕と配布の必要性が確保されれば,配布率の上昇が期待できる結果であった.3.眼手帳に「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度「精密眼底検査の目安」の記載が臨床上適当であるとの回答は,3群とも8割前後の高い回答率であったが,一方,目安の記載自体混乱の元で不必要との回答も4~10%台認めた.この結果は,糖尿病の罹病期間や血糖コントロール状況を加味せずに,検査間隔を決めるむずかしさを示唆しており,受診時期は主治医に従うように十分説明してから手帳を渡すことの必要性を改めて示している.4.受診の記録の中で記入しにくい項目7年目の回答において,福田分類,変化,白内障が10%を超えており,特に福田分類は増加傾向を示した.眼手帳とほぼ同じ項目で作成された「内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書」の改良点に関する調査においても,削除希望項目として福田分類の希望が多かった1).また筆者が,非常勤医師として診療に携わっている病院における眼手帳の記入状況において,福田分類は最も記載率が低かった10).福田分類は,内科医にとっては網膜症の活動性をある程度知ることのできる分類であるためぜひ記入していただきたい項目であるが,その記入のためには蛍光眼底検査が必要な症例も少なくなく,眼科医にとっては埋めにくい項目と思われる1).一方,次回受診予定日は,記入しにくいと回答する者が減少していたが,眼科受診放置を防ぐためには,まず次回の受診時期を患者本人および内科主治医に知らせることが重要であり,今回の結果は望ましい方向に進んでいることを示している.5.受診の記録の中で追加したい項目の有無追加したい項目は特にないとの回答が約80~90%であったが,追加希望の項目としてはHbA1Cが多かった.HbA1Cが併記されれば,血糖コントロール状況と網膜症や黄斑症の推移との関連がみやすくなる,眼底検査の間隔が決めやすくなるなどのメリットが考えられ,今後の導入が期待される.6.眼手帳を渡したい範囲すべての糖尿病患者との回答は,半年目で27.1%にとどまり,船津らの発行1年目の調査5)での24.8%との回答結果に近似していた.しかし2年目40.8%,7年目45.6%と増加傾向を示し,6年目の調査7)での31.8%を上回っていた.一方,網膜症の出現してきた患者との回答は,半年目の60%が2年目と7年目は40%強に減少傾向を認めたが,6年目の調査7)での39.6%と近似した結果を示した.眼手帳は,糖尿病患者全員の眼合併症に対する理解を向上させる目的で作成されているため,今後すべての糖尿病患者に手渡されることが望まれる5).7.情報提供書と異なり文書料が保険請求できないことが眼手帳の普及の妨げになるか普及の妨げに全く・あまりならないとの回答が計67.6%で,有意差は認めなかったが前者の比率がやや増えていた.従来連携に用いてきた情報提供書は,医師側には文書料が保険請求できるメリットがあるものの,患者側からみると記載内容を直接見ることができないデメリットもある.今回の結果は,「患者さんに糖尿病眼合併症の状態や治療内容を正しく理解してもらう」という眼手帳の目的を考えると,望まし102あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(102)い方向性を示している.8.眼手帳は眼科医から患者に渡す方が望ましいと考えるか眼科医が渡すべきは比較的横ばいであったのに対し,有意差は認めなかったものの,内科医から渡してもかまわないが減少し,一方,どちらでも良いは増加していた.先に触れたように,精密眼底検査の受診間隔や眼手帳を渡す範囲などには眼科医によって差異があり,その点からも内科医からの配布には慎重な姿勢がみられたと思われる.9.内科主治医を含めて他院で発行された眼手帳をみる機会かなりあると多少あるが増加し,ほとんどないと全くないが減少していたが,眼手帳配布の協賛企業から日本糖尿病眼学会事務局への報告資料によると,東京都における眼手帳の医療機関への配布部数は2003年末で43,833部,2008年末で137,232部,眼手帳の申し込み件数は2003年末で656件,2008年末で2,099件と増加しており,この結果を支持していた.10.眼手帳の広まり眼手帳はあまり広まらない・広まっていないが倍増し,どちらともいえないが著減しており,前項の眼手帳をみる機会の増加と矛盾する結果であった.眼手帳の医療機関への配布部数ならびに眼手帳の申し込み件数は,先に示したように2003年末に比べて2008年末はそれぞれ3.1倍,3.2倍の増加を示しているが,同じく日本糖尿病眼学会事務局資料で東京都の眼科施設における配布率の推移をみると,病院の配布率が2003年末38%,2008年末62%で1.6倍,開業医の配布率が2003年末22%,2008年末30%で1.4倍の増加にとどまっている.すなわち,すでに利用している医療機関での各配布数の伸びが全体の配布部数の増加を支えており,利用施設数はパラレルに増加していないことになり,これが今回の眼手帳の広まりに対する実感につながっている可能性が考えられる.以上のアンケート結果の推移により,眼手帳の配布率はこの5年間で10%上昇し,配布に対する抵抗感は有意に減少し,眼手帳を配布したい範囲は広がる傾向を認め,他院発行の眼手帳をみる機会は有意に増えているが,眼手帳の広まりに対する評価は厳しかった.今後は,さらに多くの医療機関で眼手帳を利用してもらうために,眼手帳の目的を理解してもらうための啓蒙活動ならびに眼手帳のより利用しやすい方法の提案が必要と思われる.謝辞:アンケート調査にご協力頂きました多摩地域の眼科医師の方々に厚く御礼申し上げます.文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,20045)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティス23:301-305,20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳の5年間推移.日眼会誌114:96-104,20108)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の利用状況と意識調査.日本糖尿病眼学会誌9:140,20049)大野敦,粂川真理,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における発行2年目の糖尿病眼手帳に対する意識調査.日本糖尿病眼学会誌11:76,200610)大野敦,林泰博,川邉祐子ほか:当院における糖尿病眼手帳の記入状況.川崎医師会医会誌22:48-53,2005***

糖尿病網膜症術後に硝子体出血が遷延化した症例のVascular Endothelial Growth Factor濃度

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1260あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(00)260(122)0910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):260262,2009cはじめに増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に硝子体出血が遷延化する症例がある.活動性の高い症例や若年者などに多い印象を受けるが,その遷延化の原因として術後に新生血管が維持されている可能性も否定できない.新生血管の維持には血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が必要である1).VEGFはIL(インターロイキン)-1,TNF(腫瘍壊死因子)-aなどの炎症性サイトカインで誘導されることが知られており2,3),手術侵襲や術中の光凝固が炎症を惹起し,活動性の高い症例では術後VEGFが上昇し,新生血管が維持され術後の硝子体出血を遷延化させている可能性がある.しかし,硝子体術後に硝子体液のVEGF濃度を検討した報告は少なくその詳細は不明である.今回,糖尿病網膜症術後に硝子体出血の遷延化がみられた症例の初回手術時と再手術時に硝子体液を採取し,そのVEGF濃度を検討したので報告する.〔別刷請求先〕小林貴樹:〒020-8505盛岡市内丸19-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakakiKobayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,19-1Uchimaru,Morioka020-8505,JAPAN糖尿病網膜症術後に硝子体出血が遷延化した症例のVascularEndothelialGrowthFactor濃度小林貴樹早坂朗石部禎黒坂大次郎岩手医科大学医学部眼科学講座VascularEndothelialGrowthFactorLevelofVitreousHumorinPersistentVitreousHemorrhageafterVitrectomyinProliferativeDiabeticRetinopathyTakakiKobayashi,AkiraHayasaka,TadashiIshibeandDaijiroKurosakaDepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後にみられる硝子体出血の遷延化に血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が関与しているかどうかを検討した.方法:増殖糖尿病網膜症に対し硝子体手術を施行し,初回手術後に硝子体出血が遷延化した症例のうち,VEGF濃度の測定が可能であった5例5眼を対象とした.初回手術後,316週に再手術を行い,各手術時に硝子体液を採取し,VEGF濃度をenzyme-linkedimmunosor-bentassay(ELISA)法で測定した.結果:VEGF濃度は初回手術時1,510±1,518.1pg/ml,再手術時62.6±86.5pg/mlであり,再手術時のVEGF濃度は低下していた.結論:今回の症例では硝子体液中のVEGF濃度は術後316週の時点で著しく低下しており,硝子体出血の遷延化にVEGF濃度は影響していない可能性がある.Todeterminewhethervitreoushumorvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)levelisrelatedtopersistentvitreoushemorrhageaftervitrectomyforproliferativediabeticretinopathy,weevaluated5eyesof5patientswhounderwentvitrectomyforproliferativediabeticretinopathyandhadpersistentvitreoushemorrhageafterthepri-maryoperation.Thepatientsunderwentreoperationat3-16weeksaftertheprimaryoperation.Weobtainedvit-reoushumorateachoperationandmeasuredVEGFlevelbyusingtheenzyme-linkedimmunosorbentassaymeth-od.VEGFlevelwas1,510±1,518.1pg/mlattheprimaryoperationandhaddecreasedto62.6±86.5pg/mlatreoperation.TheVEGFlevelinthevitreoushumorofthesecasesdecreasedremarkablyat3-16weeksaftertheprimaryoperation.ThereisapossibilitythatVEGFleveldoesnotinuencetheprotractionofpostoperativevitre-oushemorrhage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):260262,2009〕Keywords:糖尿病網膜症,血管内皮増殖因子,術後硝子体出血,硝子体.diabeticretinopathy,vascularendothelialgrowthfactor,postoperativevitreoushemorrhage,vitreous.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009261(123)I対象および方法1.対象2004年10月2007年3月の間に岩手医科大学眼科で硝子体手術を施行し,術後に硝子体出血が2週間以上遷延化した糖尿病網膜症症例のうち,初回手術時と再手術時の硝子体液のVEGF濃度を測定しえた5例5眼を対象とした.内訳は男性3例3眼,女性2例2眼,年齢2864歳(平均46.4±14.2歳)であった.増殖糖尿病網膜症5例5眼,うち1例1眼で血管新生緑内障を伴っていた.初回手術の216週に再手術を行った.当科では硝子体術後に硝子体手術の遷延化がみられた場合,初回手術の23週後に再手術を行っているが,症例4ではしばらく再手術の希望がなかったために16週後に施行することになった.出血傾向,抗凝固薬の投与が行われている症例はなかった.2.方法VEGF濃度の測定はQuantikineRhumanVEGFimmuno-assayキット(R&DSystems社,MN,USA)を用いて,enzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)法で行った.すなわち,抗VEGFモノクローナル抗体が固相化されたプレートの各ウェルに検体および標準液を注入し,室温で2時間抗原抗体反応を行った.結合しなかった抗原を十分に洗浄した後,ペルオキシダーゼ標識抗VEGFポリクローナル抗体を加え室温で2時間反応させた.過剰な抗体を十分洗浄して除去した後,酵素反応基質液で発色させ,各ウェルの吸光度を測定した.標準液の測定値から検量線を作成し,各検体のVEGF濃度を算出した.硝子体の採取については,全症例でインフォームド・コンセントを得て行った.方法は,初回手術の場合は硝子体手術を行う際,毛様体扁平部に3ポートを作製した後,眼内灌流を行う前にポリプロピレンチューブを装着した硝子体カッターを眼内に挿入し,硝子体をチューブ内に吸引し,そこから0.20.6ml採取した.再手術の場合は,手術の際にツベルクリンシリンジ付き30ゲージ針を毛様体扁平部に刺入し硝子体液を0.10.2ml採取した.検体は速やかに冷凍し,測定まで80℃で凍結保存した.3.統計解析初回手術時と再手術時の硝子体液中VEGF濃度の統計解析にはMann-Whitney’sUtestを用いた.II結果各検体のVEGF濃度の結果を表1に示した.初回手術時の硝子体中VEGF濃度は64.33,080pg/ml(1,510±1,518.1pg/ml)であった.再手術時に採取された硝子体液のVEGF濃度は15.6134pg/ml(62.6±86.5pg/ml)で,初回手術時に対する再手術時のVEGF濃度の割合は7.825.5%であった.全例で初回手術時よりVEGF濃度は有意に低下していた(p<0.05).III考按糖尿病網膜症の硝子体手術後に硝子体出血が遷延化する症例では,手術時の網膜光凝固による網膜のablationが不十分でVEGF分泌が維持され,新生血管が消退していない可能性があるのみならず,手術侵襲により炎症が惹起され一過性にVEGF発現が増加し増殖性変化が高まっている可能性も否定できない2,3).Itakuraら4)はそれを裏付けるように術後536日の長期にわたり硝子体中にVEGFが高いレベルで遷延化して保たれていることを報告している.筆者らは術後再出血を起こす症例では,再増殖や前部硝子体線維血管増殖(anteriorhyaloidalbrovascularproliferation:AHFVP)に移行する例があり,そのような例では術中の徹底した網膜光凝固により網膜のablationを行っても術後VEGF濃度が上昇していることを報告した(第59回日本臨床眼科学会,2005).また,遷延化が長引けばVEGFが依然上昇しており,増殖性変化が進行するのではないかといった危惧も出てくると思われる.そこで今回,術後硝子体出血が遷延化した症例のVEGF濃度を調査し,初回手術時とどのように違っているかを検討した.しかしながら今回の症例では硝子体液中のVEGF濃度は術後216週の時点で著しく低下しており,そのレベルは初回手術時の4.324.5%になっていることが明らかとなっ表1各症例の概要と硝子体液のvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)濃度症例年齢・性疾患再手術までの期間初回手術時のVEGF(pg/ml)再手術時のVEGF(pg/ml)初回手術時のVEGF濃度に対する再手術時のVEGF濃度の割合(%)128歳・男性PDR2週1,87045924.5264歳・女性PDR3週64.315.624.3346歳・女性PDR2週1,4101107.8438歳・男性PDR2週38152.213.7556歳・男性NVG+PDR16週3,0801344.4PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障.———————————————————————-Page3262あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(124)た.このことから初回手術により再手術時にはVEGF分泌が大幅に抑制されていたことがわかり,硝子体出血の遷延化にVEGF濃度は大きく影響していないことが考えられる.今回の症例でVEGF濃度が低下したにもかかわらず硝子体出血が遷延化した原因については,消退途中の新生血管からや術中の網膜裂孔から術後も出血が持続した可能性が考えられる.今回検討した症例のなかにも術中裂孔が生じたものが2例存在した.出血傾向のある症例や抗凝固剤を服用している症例はなかったが,何らかの原因で止血しにくい状態にあったものと思われる.また,新生血管の維持にはVEGFの供給が必要である1)が,網膜光凝固によってVEGF供給が減少しても新生血管の消退までにタイムラグがあり,出血が遷延化している可能性もある.VEGF濃度は個々の症例によってバリエーションがあり,正常値を規定するのは困難であると思われる.たとえば,症例2では64.2pg/mlで増殖性変化をきたしていたのに対し,症例5では3,080pg/mlであった.VEGFは糖尿病網膜症を悪化させる主要因であるが,レセプターなどの感受性の問題や抑制因子の問題5,6),他の増殖因子の介入7,8)などでどの値までVEGFレベルを下げればよいのかは症例ごとに変化してくるものと考えられる.今回は糖尿病網膜症の主要因であるとされているVEGFのみを検討したが,その他の因子により新生血管が維持されている可能性は否定できず,今後の検討が必要である.今回対象になった症例はすべて初回手術時に網膜最周辺部まで徹底した光凝固を施行した.Itakuraらは術後長期にわたり硝子体中にVEGFが高いレベルで保たれていると報告しているが,そのなかで網膜光凝固をどの程度どの範囲まで施行したかについては触れられておらず4),光凝固による網膜ablationの程度の違いが今回の結果との違いになったことが考えられる.今回の結果より,硝子体出血が遷延化した症例の再手術を行う場合は,初回手術で最周辺部までの徹底した光凝固を施行したのであれば,明らかに不足している箇所への追加にとどめ,さらなる鎮静化目的の積極的な凝固斑の間隙への追加は必要ないものと考えられる.光凝固の追加でVEGFの分泌を減少させることには症例によっては限界があると思われ,過剰な凝固は視機能の低下を招くおそれも考えられる.また,超音波エコーなどで網膜離や再増殖が確認されない症例では再手術をせず,しばらく経過をみるのも選択肢の一つであると思われる.今回の症例でも,先に測定しえた症例2,3,5で再手術時にVEGF濃度が上昇していないことがわかっていたので,症例1,4では再手術時に明らかに少ない箇所に光凝固をわずかに追加するにとどめた.しかし,再出血や網膜症の再燃はみられず良好な経過をたどっている.今回の症例は術後遷延化した硝子体出血の症例であった.手術で硝子体出血が消退し,しばらく沈静化していたものに再出血を起こした場合は,今回とは異なりVEGFが上昇している可能性もあると考えられる.これについては今後の検討が必要であるが,AHFVPや強膜創血管新生など重篤な変化に移行している場合もあり注意が必要であると思われる.文献1)TolentinoMJ,MillerJW,GragoudasESetal:Vascularendothelialgrowthfactorissucienttoproduceirisneo-vascularizationandneovascularglaucomainanonhumanprimate.ArchOphthalmol114:964-970,19962)KvantaA:Expressionandregulationofvascularendo-thelialgrowthfactorinchoroidalbroblasts.CurrEyeRes14:1015-1020,19953)YoshidaS,OnoM,ShonoTetal:Involvementofinter-leukin-8,vascularendothelialgrowthfactor,andbasicbroblastgrowthfactorintumornecrosisfactoralpha-dependentangiogenesis.MolCellBiol17:4015-4023,19974)ItakuraS,KishiN,KotajimaMetal:Persistentsecretionofvascularendothelialgrowthfactorintothevitreouscavityinproliferativediabeticretinopathyaftervitrecto-my.Ophthalmology111:1880-1884,20045)SprangerJ,OsterhoM,ReimannMetal:Lossoftheantiangiogenicpigmentepithelium-derivedfactorinpatientswithangiogeniceyedisease.Diabetes50:2641-2645,20016)OgataN,NishikawaM,NishimuraTetal:Unbalancedvitreouslevelsofpigmentepithelium-derivedfactorandvascularendothelialgrowthfactorindiabeticretinopathy.AmJOphthalmol134:348-353,20027)FunatsuH,YamashitaH,NakanishiYetal:AngiotensinIIandvascularendothelialgrowthfactorinthevitreousuidofpatientswithproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthalmol86:311-315,20028)RuberteJ,AyusoE,NavarroMetal:IncreasedocularlevelsofIGF-1intransgenicmiceleadtodiabetes-likeeyedisease.JClinInvest113:1149-1157,2004***

糖尿病網膜症の治療段階と就業

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(117)2550910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):255259,2009cはじめに糖尿病網膜症(以下,網膜症)は,進行すると急速かつ高度な視力低下をきたし,個人の社会活動および勤労に多大な影響を及ぼす疾患であり,わが国における中途失明原因の第2位であると報告されている1).通常,網膜症発症前(nondiabeticretinopathy:NDR)や単純糖尿病網膜症(simplediabeticretinopathy:SDR)では経過観察,前増殖糖尿病網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:prePDR)および増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)では網膜光凝固,増殖糖尿病網膜症のうち硝子体出血や増殖膜形成による牽引性網膜離,続発性の血管新生緑内障発症例などでは硝子体手術が選択される2).近年,単純糖尿病網膜症や前増殖糖尿病網膜症であっても,高度の視力低下をきたす黄斑浮腫を生じた場合には硝子体手術が有効であると報告され3,4),硝子体手術の適応が拡大されてきている5).慢性疾患全般に共通することではある〔別刷請求先〕佐藤茂:〒591-8025堺市北区長曽根町1179-3大阪労災病院勤労者感覚器障害研究センターReprintrequests:ShigeruSato,M.D.,Ph.D.,ClinicalResearchCenterforOccupationalSensoryOrganDisability,OsakaRosaiHospital,1179-3Nagasone-cho,Kita-ku,Sakai,Osaka591-8025,JAPAN糖尿病網膜症の治療段階と就業佐藤茂恵美和幸上野千佳子澤田憲治澤田浩作大浦嘉仁大八木智仁森田真一坂東肇大喜多隆秀池田俊英大阪労災病院勤労者感覚器障害研究センターRelationbetweenMedicationalStageandOccupationinDiabeticRetinopathyShigeruSato,KazuyukiEmi,ChikakoUeno,KenjiSawada,KosakuSawada,YoshihitoOura,TmohitoOyagi,ShinichiMorita,HajimeBando,TakahideOkitaandToshihideIkedaClinicalResearchCenterforOccupationalSensoryOrganDisability,OsakaRosaiHospital糖尿病網膜症に対する各治療段階における視力,糖尿病コントロール状況,就業状況の変化を調査し,就業者の糖尿病網膜症に対する治療状況と治療の就業へ及ぼす影響を検討した.対象を調査開始時の治療状況で,経過観察群,網膜光凝固群,硝子体手術群の3群に分け各群間で比較した.1年後の視力は,経過観察群および網膜光凝固群では維持されており,硝子体手術群では有意に視力改善が得られていた.糖尿病コントロール状況は,すべての群で有意に改善が得られていた.また治療段階が進むにつれて,平均通院・在院日数は有意に増加していた.調査開始より1年間に眼の病気を理由に退職した例は,硝子体手術群のみにみられた.就業者における糖尿病網膜症の加療,特に硝子体手術を要する症例では,視機能の改善のみではなく,入院期間の短縮など経済的,社会的負担の軽減も考慮する必要があると考えられた.Toevaluatetheconditionsofworkerswithdiabeticretinopathyandtheeectoftheirmedicaltreatmentsonthecontinuityoftheirwork,weinvestigatedchangeinvisualacuity,diabeticretinopathycondition,diabeticcondi-tionandstatusofoccupation.Thesubjectswereclassiedintothreegroupsbystageofmedicaltreatment,i.e.,observation,retinalphotocoagulationandvitrectomy.Meanvisualacuitywasmaintainedintheobservationandretinalphotocoagulationgroups,andwassignicantlyimprovedinthevitrectomygroup.Diabeticconditionwassignicantlyimprovedinallgroups.Duringthetermoftheinvestigation,all4patientswhoresignedfromworkforeyediseasehadundergonevitrectomy.Whentreatingworkerswithdiabeticretinopathy,especiallythosewhoneedvitrectomy,itisimportantnotonlytoimprovetheirvisualacuity,butalsotoeasetheireconomicandsocialburden.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):255259,2009〕Keywords:糖尿病網膜症,網膜光凝固術,硝子体手術,就業.diabeticretinopathy,retinalphotocoagulation,vitrectomy,work.———————————————————————-Page2256あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(118)が,就業している網膜症患者では治療に時間を割くと失職してしまうリスクがあり,逆に治療に時間を割かなければ高度の視力低下をきたし失職するリスクがある.この就業と治療のジレンマの実態を調査することは,網膜症による失職のリスク軽減へ向けて有用であると考えられる.本研究では,就業している網膜症患者に限定し,各治療段階における視力,糖尿病コントロール状況,就業状況とその変化について調査した.調査開始から1年以内に眼の病気を理由として退職した個々の症例についての検討も行った.I対象および方法平成17年1月から平成19年10月の間に大阪労災病院眼科(以下,当科)を受診し,当科にて治療をうけた網膜症患者のうち,独立行政法人労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業」への研究参加の同意を得たのは508例である.これらの症例に対しては,本研究の内容や倫理規定に関する説明と,本研究への参加あるいは不参加が治療の方針に変化をもたらさないことの説明を担当医から十分に行い,理解と同意を得たのち,参加同意書にサインを記入していただいた.全508例のうち,調査開始時に就業しており,かつ1年後のアンケート調査が施行できた167例(男性130例,女性37例)を抽出し,今回の検討対象とした.対象を調査開始時の網膜症の状態により,経過観察群,網膜光凝固群,硝子体手術群の3群に分けた.経過観察群は調査開始時において,網膜光凝固術,硝子体手術などの治療を受けていない者(55例),網膜光凝固群は調査開始時に光凝固を開始した者(38例),硝子体手術群は調査開始時に硝子体手術を受けた者(74例)であった.各群に対して視力,糖尿病コントロール状況,就業状況を調査した.各群とも視力や病期など眼に関連するデータは,基本的に右眼のデータを採用した.ただし,網膜光凝固群や硝子体手術群で左眼のみ加療された症例に関しては,左眼のデータを採用した.視力測定は少数視力表を用いて行い,その結果をlogMAR値へ換算して統計処理した.糖尿病コントロール状況は,アンケートに加え,かかりつけ内科医への照会によって血液検査結果などの情報提供を受けた.就業状況は,アンケートにて調査した.アンケートは,診察および検査など医療行為に関わらない専属の調査員が行った.それぞれ,調査開始後1年の時点で再調査を行い,それらの変化についても検討した.就業に関しては,調査開始から1年以内に退職した例に対しては退職理由を調査した.本研究は,大阪労災病院における倫理委員会による承認を受けて行われた.II結果1.各群の内訳および背景各群の対象症例数は,経過観察群55例,網膜光凝固群38例,硝子体手術群74例であった.対象の年齢分布は,各群ともに5665歳の間にピークを認めた(図1).各群のDavis分類による病期の内訳を表1に示す.SDRやprePDRであっても,黄斑浮腫による視力低下をきたした症例には硝子体手術を施行した.硝子体手術は有水晶体眼(70例)に対しては全例超音波白内障手術を同時に施行した.各群の背景を表2に示す.調査開始時において各群間で明らかな有意差はな2520151050(例)年齢(歳)26303135364041454650515556606165667071757680:経過観察群(55例):網膜光凝固群(38例):硝子体手術群(74例)図1対象症例数の内訳および各群の年齢分布各群ともに5665歳にピークを認めた.表1各群の病期の内訳(例数)経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群NDR3000SDR1631prePDR92412PDR01161計553874NDR:nondiabeticretinopathy,SDR:simplediabeticretinopathy,prePDR:preproliferativediabeticretinopathy,PDR:proliferativediabeticretinopathy.表2各群の調査開始時の背景経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群症例数55例38例74例性別(男/女)47/832/651/23年齢(歳)ns58.9±10.254.1±10.656.9±8.6糖尿病罹病期間(年)ns10.0±7.812.0±9.012.3±8.1空腹時血糖(mg/dl)ns187.9±93.6196.8±97.5178.4±72.8HbA1C(%)ns8.5±2.18.2±1.58.0±1.6BUN(mg/dl)ns15.3±5.716.0±6.118.0±8.7Crea(mg/dl)ns0.8±0.30.9±0.41.1±1.7高血圧(+)38%39%47%(平均±SD)(ns;Kruskal-Wallistest,有意差なし)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009257(119)かったが,治療段階が進むにつれて腎機能の悪化,高血圧の合併頻度の上昇傾向が認められた(表2).2.糖尿病および糖尿病網膜症のコントロール状況調査開始時より1年以上前から継続して通院している症例を通院歴ありとした場合における各群の眼科通院歴,内科通院歴を示す(図2a).経過観察群では55例中27例,網膜光凝固群では38例中29例,硝子体手術群では74例中43例が眼科定期通院していなかった.また各群ともに内科には定期通院していても,眼科には定期通院していない症例が2430%存在していた.調査開始1年後では,各群ともに有意にヘモグロビン(Hb)A1C値が低下していた(Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05;図2b)が,各群ともに腎機能は低下傾向にあり,網膜光凝固群と硝子体手術群では高血圧の合併者が増加傾向にあった(データ未掲載).3.視力の変化調査開始時と1年後の群別平均視力を示す(図3).病期が進むに従い,調査開始時,1年後ともに平均視力は低下していた(Kruskal-Wallistest,p<0.05).経過観察群と網膜光凝固群では1年後の平均視力に有意な変化はなかったが,硝子体手術群では平均視力が有意に改善していた(Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).4.眼科通院日数と就業状況の変化1年間の眼科通院・入院日数を図4に示す.治療段階が進むにつれて有意に通院・入院日数が増加していた(Mann-Whitney’sUtest;p<0.05).調査開始から1年間に退職した症例数を表3に示す.眼の病気を理由に退職したものは硝子体手術群のみ(4例)であった.この4例の詳細を表4に示す.職種はトラック運転手2名,事務員2名であった.視力低下によって退職に至った具体的な理由として,症例2で(%)100806040200a(%)98.587.576.565.5b経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群経過観察群(55例)網膜光凝固群(38例)硝子体手術群(74例):眼科通院歴あり:内科通院歴あり:調査開始時:1年後HbA1C***図2糖尿病コントロール状況a:調査開始時より1年以上前から定期通院をしている場合を通院歴ありとした場合の内科,眼科通院歴.各群ともに眼科通院歴のある例がほぼ半数以下である.また内科通院歴があっても眼科通院していない症例が相当数存在する.b:HbA1C値の変化.各群ともに有意にHbA1C値が改善していた(*:Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).1.21.00.80.60.40.20経過観察群(55例)網膜光凝固群(38例)硝子体手術群(74例):調査開始時:1年後少数視力*****図3各群の視力変化硝子体手術群のみ1年後の視力が有意に改善していた(*:Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).また治療段階が進むにつれて調査開始時,1年後ともに視力が低下していた(**:Kruskal-Wallistest,p<0.05).統計処理は少数視力をlogMAR値に換算して行った.グラフはlogMAR値を再度少数視力に変換して表示している.2520151050経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群:入院:外通院・入院日数(日)***図4各群の通院および入院日数治療段階が進むにつれて,有意に通院および入院日数が長くなっている(*:Mann-Whitney’sUtest,p<0.05).表3調査開始より1年以内に退職した症例の退職理由退職理由眼の病気眼以外の病気病気以外経過観察群(n=55)012網膜光凝固群(n=38)001硝子体手術群(n=74)401———————————————————————-Page4258あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(120)は硝子体手術を受けることが決まった直後に解雇されたとのことである.症例3はコンピュータをおもに使用する仕事をされていたが,画面が見にくく作業ができなくなったとのことであり,症例4では,数字の3,6,8,9がすべて同じに見えて事務作業ができなくなったことを退職の理由としていた.1年間の通院および入院日数は4例ともに網膜光凝固群の平均通院日数を上回っていた.III考按視覚障害が顕著になると仕事の継続は容易ではなく,一度離職すると視覚障害者の再就職はむずかしい6).視覚障害の原因疾患を糖尿病とその他の疾患に分けて就業率を検討した過去の報告では,就業者の割合は糖尿病以外の疾患による視覚障害者が34.0%に対して糖尿病による視覚障害者は16.7%であり,糖尿病網膜症患者の就業率が低かった.視覚障害が原因で仕事を辞めた人は,糖尿病以外の疾患の人は33.0%に対して糖尿病の人は50.0%であった6).このように,視覚障害者の就労,特に糖尿病による視覚障害者の就労は厳しい状況にある.今回,就業している糖尿病網膜症患者における各治療段階での現状を調べ,それぞれの治療が就業の継続につながっているかを検討した.対象の年齢分布は調査開始時において各群ともに5665歳にピークがあり,いわゆる就労年齢の後期以降の症例が多かった.この年齢層においては,糖尿病網膜症がわが国における中途失明原因の第1位であると報告されている1).内科および眼科通院歴をみると,網膜光凝固群や硝子体手術群でも眼科通院歴のあるものは半数以下であった.網膜光凝固群は,軽度視力低下などの自覚症状が出現しはじめる時期にあたる(図3).硝子体手術を要する症例ではかなり視力が下がっている(図3).このことから就業者では,自覚症状が現れてはじめて眼科受診している症例,さらには自覚症状が出ても放置している症例が多く存在することが示唆される.内科通院歴と眼科通院歴の関係をみると,内科は定期通院しているが,眼科は定期通院していない症例が2430%存在した.そのなかには,内科以外の科を専門とする医師に糖尿病治療を受けている患者もおり,糖尿病患者における眼科定期検査の重要性を内科医だけでなく他科の医師にも広く啓蒙する必要があると考えられた.糖尿病のコントロールは,各群ともに有意に改善していた.これは,患者教育により,患者本人に病識が生まれ,血糖管理に注意を払うようになったこと,内科の管理下に置かれたことが考えられる.したがって今回の結果は,糖尿病治療における患者教育や社会的啓蒙の重要性を改めて認識させる結果と思われる.以前筆者らは,糖尿病網膜症に対する硝子体手術により健康関連qualityoflife(QOL)が改善することを報告した7,8).しかし,調査開始から1年以内に退職した症例の退職理由では,眼の病気によると回答した症例は硝子体手術群の4例のみであった(表3).これら4例ではすべて1年間の通院・入院日数が網膜光凝固群の平均通院日数を上回っていた.具体的な職業ではトラック運転手や事務員であり,高いレベルの視機能を要求される職業であった.全体の平均通院・入院日数をみても,硝子体手術群が他の2群に比し有意に長い.こうした背景から,硝子体手術目的に入院した時点で即解雇された症例もあり,網膜症患者の就業継続は視機能だけでなく,職場環境や社会的背景とも関連していることがわかった.近年注目されている低侵襲硝子体手術は,早期の視力回復だけでなく,入院日数や社会復帰への期間が短くなる可能性があり,就業継続のために今後ますます重要になると考えられる.抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrwothfactor:VEGF)抗体の硝子体内投与のような新しい治療法が,日本でも限られた施設のみではあるが開始されている.糖尿病黄斑浮腫に対しても効果が認められるという報告もあり9),通院・入院期間の短縮や社会復帰への期間が短縮される可能性を秘めているので,今後の展開が期待される.謝辞:本研究を施行するにあたり,大阪労災病院勤労者感覚器障害センターの北方悦代氏,廣瀬望氏,藤本妙子氏,瓜生恵氏,葛野ひとみ氏,谷美由紀氏に協力いただいた.なお,本研究は,独立行政法人労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業」によるものである.表4眼の病気を理由とした退職者の詳細調査時(術前)1年後通院日数入院日数職種具体的経緯症例160歳,男性IIO対象眼0.011.0710トラック運転手詳細不明反対眼0.80.8症例248歳,男性IIO対象眼0.060.71422トラック運転手硝子体手術受けることが決まった直後に解雇反対眼0.50.6症例360歳,男性IIO対象眼0.150.558事務員パソコンが見にくく作業が困難になった反対眼0.40.5症例459歳,女性IIO対象眼0.50.1138事務員数字の3,6,8,9が判別できなくなった反対眼0.80.7———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009259(121)文献1)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.平成17年度厚生労働省研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究.p263-267,厚生労働省,20052)永田誠,松村美代,黒田真一郎ほか:眼科マイクロサージェリー(第5版),p657-658,エルゼビア・ジャパン,20053)LewisH,AbramsGW,BlumenkranzMSetal:Vitrecto-myfordiabeticmaculartractionandedemaassociatedwithposteriorhyaloidaltraction.Ophthalmology99:753-759,19924)TachiN,OginoN:Vitrectomyfordiusemacularedemaincasesofdiabeticretinopathy.AmJOphthalmol122:258-260,19965)樋田哲夫,田野保雄,根木昭ほか:眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針.p81-85,文光堂,20066)山田幸男,平沢由平,大石正夫ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第8報視覚障害者の就労.眼紀54:16-20,20037)恵美和幸,大八木智仁,池田俊英ほか:糖尿病網膜症の硝子体手術前後におけるqualityoflifeの変化.日眼会誌112:141-147,20088)大八木智仁,上野千佳子,豊田恵理子ほか:糖尿病網膜症の片眼硝子体手術例における健康関連QOLへの僚眼視力の影響.臨眼62:253-257,20089)坂東肇,恵美和幸:抗VEGF抗体─糖尿病黄斑浮腫に対するBevacizumab硝子体内投与の効果.あたらしい眼科24:156-160,2007***

眼内炎・肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病網膜症患者の1例

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(101)2390910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):239242,2009cはじめに肥厚性硬膜炎は脳硬膜の炎症と線維性の肥厚を生じ,多発性脳神経麻痺を中核とする多彩な症候を示す疾患であり1),多彩な原因で起こる2).磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)の発達により診断されることが多くなり3),眼科領域においてもさまざまな眼病変の報告419)が増加してきている.今回眼内炎と肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病患者の1例を経験したので報告する.I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼視力低下.初診:2004年9月8日.現病歴:2003年9月から左眼視力低下があり,2004年9月6日近医を受診し,紹介され国立国際医療センター眼科初診となった.既往歴:47歳頃左眼白内障手術を受けた.〔別刷請求先〕武田憲夫:〒162-8655東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療センター戸山病院眼科Reprintrequests:NorioTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ToyamaHospital,InternationalMedicalCenterofJapan,1-21-1Toyama,Shinjuku-ku,Tokyo162-8655,JAPAN眼内炎・肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病網膜症患者の1例武田憲夫*1竹内壮介*2蓮尾金博*3*1国立国際医療センター戸山病院眼科*2同神経内科*3同放射線科ACaseofDiabeticRetinopathywithEndophthalmitisandHypertrophicPachymeningitisNorioTakeda1),SosukeTakeuchi2)andKanehiroHasuo3)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofNeurology,3)DepartmentofRadiology,ToyamaHospital,InternationalMedicalCenterofJapan肥厚性硬膜炎は多彩な原因で起こり,磁気共鳴画像(MRI)の発達により報告例が増加している疾患である.今回眼内炎と肥厚性硬膜炎を合併した糖尿病網膜症患者の1例を報告する.症例は60歳,男性の糖尿病患者で,糖尿病網膜症に対しては網膜光凝固術が施行されていた.左眼は網膜症が悪化し硝子体手術も施行された.以後眼内炎と眼窩蜂巣炎を発症し薬物療法で加療し軽快したが,頭痛が継続した.造影MRIにて肥厚性硬膜炎が発見され,抗生物質を約9カ月間継続し,頭痛は消失しMRI所見も改善した.肥厚性硬膜炎の診断・経過観察には造影MRIが有用であり,治療には長期の抗生物質投与が有効であった.肥厚性硬膜炎と眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化の関連性が推察された.Hypertrophicpachymeningitisoccursduetovariouscauses;casereportsoftheconditionhaveincreasedwiththedevelopmentofmagneticresonanceimaging(MRI).Inthisreport,wepresentthecaseofa60-year-oldmalewhohaddiabeticretinopathywithendophthalmitisandhypertrophicpachymeningitis.Thediabeticretinopathywastreatedbyphotocoagulation,buttheretinopathyinhislefteyeworsenedandvitreoussurgerywasperformed.Endophthalmitisandorbitalcellulitissubsequentlyoccurred;theywereimprovedbyantibiotictherapy,buthead-achepersisted.HypertrophicpachymeningitiswasdetectedbyenhancedMRI.Afterabout9monthsofantibiotictherapy,theheadachehaddisappearedandMRIndingsimproved.MRIwasusefulindiagnosingandfollowingupthehypertrophicpachymeningitis,andantibiotictherapyoveralongperiodwaseective.Itissuggestedthathypertrophicpachymeningitisisrelatedtoendophthalmitis,orbitalcellulitisanddeteriorationofdiabeticretinopa-thy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):239242,2009〕Keywords:肥厚性硬膜炎,眼内炎,糖尿病網膜症,MRI,糖尿病.hypertrophicpachymeningitis,endophthal-mitis,diabeticretinopathy,MRI,diabetesmellitus.———————————————————————-Page2240あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(102)家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力はVD=0.08(1.5×3.00D(cyl0.50DAx80°),VS=0.03(0.3×5.50D(cyl2.00DAx20°),眼圧は右眼18mmHg,左眼17mmHg,両眼開放隅角(Shaer分類Grade3)であった.細隙灯顕微鏡検査では右眼に初発白内障を認め,左眼は眼内レンズ挿入眼であった.眼底検査では両眼に網膜出血・硬性白斑,左眼に黄斑浮腫を認めた.糖尿病は推定発症年齢35歳で未治療,血糖は246mg/dl,ヘモグロビン(Hb)A1Cは11.2%で,早期腎症(第2期)(尿蛋白:0.40g/日),神経症,高血圧(156/80mmHg),高脂血症(総コレステロール:231mg/dl)がみられた.貧血,低アルブミン血症はみられなかった.経過:蛍光眼底造影検査(uoresceinangiography:FAG)にて左眼に網膜無血管野がみられ,増殖前網膜症であり,10月15日から汎網膜光凝固術を施行した.右眼にもFAGで網膜無血管野がみられ増殖前網膜症へと進行したため,2005年3月7日から汎網膜光凝固術を施行した.左眼黄斑浮腫の増悪がみられ,2006年6月1日に左眼硝子体手術を施行した.その後硝子体出血が起こり9月20日に硝子体手術を施行し,術中増殖膜が認められ網膜症が増殖網膜症へと進行していた.術後胞状網膜離が起こり10月5日左眼硝子体手術を施行したが,裂孔は不明であり滲出性網膜離が疑われた.術後網膜は復位していたが浮腫状であった.10月30日より左眼眼圧上昇が起こりアセタゾラミド錠(ダイアモックスR錠250mg)を内服した.硝子体出血と前房出血もみられ,12月18日には視力は0であった.12月25日には虹彩血管新生が顕著に認められた.2007年1月8日に左眼眼痛と頭痛が起こり,1月9日受診した.左眼に角膜浮腫,前房蓄膿,前房内白色塊がみられた.房水を採取しての検査では鏡検で桿菌状細菌がみられたが,培養では菌の発育を認めなかった.細菌性眼内炎と考えたが視力が0のため硝子体手術は行わず,イミペネム・シラスタチンナトリウム(チエナムR)点滴,レボフロキサシン(クラビットR)内服,レボフロキサシン(クラビットR),トブラマイシン(トブラシンR),リン酸ベタメタゾンナトリウム(リンデロンR液),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンPR)点眼で治療した.眼瞼腫脹もみられたため1月17日にコンピュータ断層撮影を施行し,左眼周囲の軟部組織腫脹,上眼瞼結膜の著明な増強,下眼瞼の腫脹,涙腺の腫脹,強膜に沿って後方へも広がるTenonの炎症所見がみられ,眼窩蜂巣炎と考えた.1月23日退院となり外来加療となった.しかし頭痛が継続するため2月14日にMRIを撮影し,硬膜の肥厚がみられ肥厚性硬膜炎と診断した(図1,2).2月16日からミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシンR錠50mg)2錠内服で加療した.2月23日には眼瞼腫脹は減少し,2月28日には左眼は眼球癆となった.MRIで経過観察しながら加療を継続し硬膜炎は約9カ月後の10月31日のMRIで治癒し(図3,4),11月6日にミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシンR錠50mg)内服を中止し,以後再発はみられていない.なお,右眼はFAGで網膜無血管野が増加し,3月7日から網膜光図12007年2月14日のGd(ガドリニウム)造影・T1強調MRI(水平断)左眼は右眼に比べてやや小さく,網膜に沿う層状の増強,強膜の増強,視神経に沿うわずかな増強がみられる.眼球周囲の脂肪織にも混濁と増強がみられ,涙腺も軽度腫脹している.図22007年2月14日のGd造影・T1強調MRI(冠状断)左前頭蓋底の硬膜が肥厚し増強されている(矢印).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009241(103)凝固術を追加したが増殖前網膜症のまま経過している.また,原発開放隅角緑内障を認め7月18日から点眼加療を開始した.黄斑部に硬性白斑の沈着を認め視力は低下した.なお,HbA1Cの推移は2006年3月までは9.011.2%,2006年5月以降は7.08.1%であった.軽度の貧血が起こってきた以外は内科での検査所見に著変はみられなかった.II考按肥厚性硬膜炎は宮田ら1)によると2000年までのわが国における文献報告は22例であり,性差はなく,40歳代以降に多く,臨床症候として多いものは末梢性多発性脳神経症候と頭痛であるとされている.診断には画像診断が重要であり,特にMRIの造影後T1強調画像の検討が必要で20),造影によって初めて異常所見が明瞭となることが多い1).したがって,近年の画像診断の進歩により報告が増加してきている1,3).本症には基礎疾患を明らかにすることができない特発性と,なんらかの基礎疾患を有する続発性があり,続発性の基礎疾患としては感染症,膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患,悪性腫瘍などがある2).治療としては特発性の場合はステロイドが最も多く使用されるが,原因が明らかでなくとも抗生物質や抗結核薬が著効する場合もある21).ステロイドで効果が不十分な場合には免疫抑制薬も使用される21).続発性の場合は基礎疾患に対する治療が主体となる21).また組織診断のための生検,脳神経や脳の圧迫症状に対する減圧術などの外科的治療が必要となることもある22).肥厚性硬膜炎の眼科領域における報告419)を検討すると,視神経症などの視神経障害4,5,811,13,1618)と外眼筋麻痺を含めた視神経以外の脳神経障害48,11,1316,18)の報告が多いが,眼振14),眼窩部痛12),眼球突出16),眼周囲炎症性腫瘍12)などの報告もみられる.さらに結膜浮腫9),結膜充血18),毛様充血11,18),強膜菲薄化11,16,18),交感性眼炎12),上強膜炎15,17),強膜炎18),虹彩毛様体炎11,15,18),虹彩の結節様隆起11),軽度眼圧上昇9),毛様体扁平部の黄白色隆起性病変11),硝子体混濁11,18),網膜血管・静脈拡張9),網膜静脈炎15),網膜出血5,9,11),胞様黄斑浮腫5),網膜浸出物15),滲出性網膜離15)といった外眼部および内眼部所見の多彩な報告がなされている.本症例では肥厚性硬膜炎・眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化がみられたが,これらの関連についてはつぎのような機序が考えられる.1)眼窩蜂巣炎の波及により肥厚性硬膜炎が発症した.2)肥厚性硬膜炎から眼窩蜂巣炎・眼内炎が発症した.3)肥厚性硬膜炎・眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化が互いに関連しあっており,肥厚性硬膜炎が糖尿病網膜症を悪化させた.以下に1)3)をそれぞれ考察する.1)鼻性視神経炎から肥厚性硬膜炎を発症した報告14,19)もなされており,眼窩蜂巣炎の波及により肥厚性硬膜炎を発症した可能性が考えられる.2)肥厚性硬膜炎が多彩な眼症状をきたすという報告は多くなされており,肥厚性硬膜炎から眼窩蜂巣炎・眼内炎が発症したことも考えられる.特に左眼には硝子体手術の手術創があったため眼内炎の原因となりえた可能性もある.また視力が比較的早期に0となったことは肥厚性硬膜炎による視神経障害が起こっていたことも否定図32007年10月31日のGd造影・T1強調MRI(水平断)左眼は縮小・変形し眼球癆の状態である.増強は減弱している.眼球周囲の脂肪織の混濁や増強も消失している.図42007年10月31日のGd造影・T1強調MRI(冠状断)左前頭蓋底の硬膜肥厚および増強が消失している(矢印).———————————————————————-Page4242あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(104)はできない.3)門田ら12)は慢性肥厚性脳硬膜炎と眼球癆となっている右眼周囲炎症性腫瘍を合併した左眼の交感性眼炎の1例を報告し,いずれも自己免疫機序が考えられていること,ステロイドで寛解したことからこれらの疾患の関連性を推測しており,本症例においても眼内炎・眼窩蜂巣炎・肥厚性硬膜炎が互いに関連し合っていたことが考えられる.肥厚性硬膜炎により前述のような多彩な眼内病変が起こりえることから,肥厚性硬膜炎が左眼の糖尿病網膜症になんらかの影響を与えていた可能性も否定はできない.硝子体手術を契機にして原因不明の非裂孔原性網膜離を起こしたり,硝子体出血・前房出血・虹彩血管新生など糖尿病網膜症の悪化をきたしたとも考えられる.本症例においては糖尿病網膜症の悪化が頭痛に先行した.しかし上強膜炎と滲出性網膜離のみで経過し,2年後に多発性脳神経麻痺を発症し確定診断に至ったという浅井ら15)の特発性肥厚性硬髄膜炎の報告がみられる.本症例においても肥厚性硬膜炎が以前より存在した可能性があり,糖尿病網膜症への関与も否定はできない.以上をまとめると,本症例においては特発性肥厚性硬膜炎が先に存在し,手術侵襲と相まって糖尿病網膜症を悪化させ,眼窩蜂巣炎と眼内炎を起こしたのではないかと考えた.今回の肥厚性硬膜炎の診断・経過観察には造影MRI検査が有用であり,治療には長期間の薬物療法が有効であった.肥厚性硬膜炎はMRIにより経過観察を行いながら,長期にわたり根気よく加療することが重要である.糖尿病診療においては多彩な病変を起こす肥厚性硬膜炎にも注意を払う必要がある.文献1)宮田和子,藤井滋樹,高橋昭:肥厚性脳硬膜炎の臨床特徴.神経内科55:216-224,20012)伊藤恒,伊東秀文,日下博文:肥厚性脳硬膜炎─基礎疾患との関連─.神経内科55:197-202,20013)瀬高朝子,塚本忠,大田恵子ほか:肥厚性硬膜炎の臨床的検討.脳神経54:235-240,20024)HamiltonSR,SmithCH,LessellS:Idiopathichypertro-phiccranialpachymeningitis.JClinNeuroophthalmol13:127-134,19935)池田晃三,白井正一郎,山本有香:眼症状を呈した肥厚性脳硬膜炎の1例.臨眼49:877-880,19956)JacobsonDM,AndersonDR,RuppGMetal:Idiopathichypertrophiccranialpachymeningitis:Clinical-radiologi-cal-pathologicalcorrelationofboneinvolvement.JNeu-roophthalmol16:264-268,19967)橋本雅人,大塚賢二,中村靖ほか:外転神経麻痺を初発症状とした慢性肥厚性脳硬膜炎の1例.臨眼51:1893-1896,19978)GirkinCA,PerryJD,MillerNRetal:Pachymeningitiswithmultiplecranialneuropathiesandunilateralopticneuropathysecondarytopseudomonasaeruginosa.Casereportandreview.JNeuroophthalmol18:196-200,19989)清水里美,松崎忠幸,宮原保之ほか:肥厚性脳硬膜炎による視神経症の1例.眼科41:673-677,199910)石井敦子,石井正三,高萩周作ほか:視交叉部および周辺に肥厚性硬膜炎を認めた1例.臨眼54:637-641,200011)斉藤信夫,松倉修司,気賀澤一輝ほか:多彩な眼症状を呈した肥厚性硬膜炎の1例.臨眼55:1255-1258,200112)門田健,金森章泰,瀬谷隆ほか:慢性肥厚性脳硬膜炎と眼周囲炎症性腫瘍を合併した交感性眼炎の1例.眼紀53:462-466,200213)永田竜朗,徳田安範,西尾陽子ほか:肥厚性硬膜炎による視神経症の1例.臨眼57:1109-1114,200314)三宮曜香,八代成子,武田憲夫ほか:外転神経麻痺を初発とし肥厚性硬膜炎に至った鼻性視神経炎の1例.眼紀54:462-465,200315)浅井裕,森脇光康,柳原順代ほか:上強膜炎,滲出性網膜離から発症した特発性肥厚性硬髄膜炎の1例.眼臨96:853-856,200216)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,200517)新澤恵,山野井貴彦,飯田知弘:Cogan症候群と視神経症を呈したWegener肉芽腫症による肥厚性硬膜炎の1例.神経眼科22:410-417,200518)上田資生,林央子,河野剛也ほか:肥厚性硬膜炎により眼球運動障害をきたした1例.臨眼60:553-557,200619)宋由伽,奥英弘,菅澤淳ほか:副鼻腔炎手術を契機に発症したアスペルギルス症による眼窩先端症候群の一例.神経眼科23:71-77,200620)柳下章:肥厚性脳硬膜炎の画像診断.神経内科55:225-230,200121)大越教夫,庄司進一:肥厚性脳硬膜炎の内科的治療.神経内科55:231-236,200122)吉田一成:肥厚性脳硬膜炎の外科的治療.神経内科55:237-240,2001***

糖尿病網膜症に高度な黄斑部滲出性網膜剥離を認めた症例

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(97)2350910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):235238,2009cはじめに糖尿病網膜症に併発する黄斑部漿液性網膜離には,糖尿病黄斑症の悪化がまず考えられる.しかし,高度な黄斑部漿液性網膜離が出現した場合は,他の疾患の合併なども考える必要がある.今回,安定していた糖尿病網膜症に,中心性漿液性脈絡網膜症を合併し,急激に高度の黄斑部漿液性網膜離を生じた症例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,男性.初診:平成10年1月30日.主訴:左眼視力低下.既往歴:高血圧(この時点では糖尿病は指摘されていなかった).〔別刷請求先〕緒方奈保子:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:NahokoOgata,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,Fumizono-cho10-15,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN糖尿病網膜症に高度な黄斑部滲出性網膜離を認めた症例嶋千絵子*1緒方奈保子*1松山加耶子*1松岡雅人*1和田光正*1髙橋寛二*2松村美代*2*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科SevereSerousMacularDetachmentinaCaseofQuiescentDiabeticRetinopathyChiekoShima1),NahokoOgata1),KayakoMatsuyama1),MasatoMatsuoka1),MitsumasaWada1),KanjiTakahashi2)andMiyoMatsumura2)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:治療後安定していた糖尿病網膜症に,急激に高度な黄斑部滲出性網膜離を生じ,中心性漿液性脈絡網膜症の併発が疑われた症例を経験したので報告する.症例:65歳,男性.初診時左眼中心性漿液性脈絡網膜症と診断し,光凝固治療を行った.7年後,再診時に両眼増殖糖尿病網膜症を認め,汎網膜光凝固と硝子体手術を施行.以後眼底所見は安定していたが,1年後に突然左眼黄斑部に高度の滲出性網膜離を生じた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査で網膜色素上皮離とその辺縁からの蛍光漏出を認めた.同部に光凝固を行い,網膜離は消失した.結論:糖尿病網膜症に合併する黄斑部の滲出性網膜離には,糖尿病黄斑症の増悪によるものだけではなく,中心性漿液性脈絡網膜症の併発によることがあり,注意を要する.Wereportacaseofsevereserousretinaldetachmentinthemacularregioninquiescentdiabeticretinopathy.Thepatient,a65-year-oldmale,hadbeentreatedwithphotocoagulationinhislefteyeforcentralserouschori-oretinopathy.Sevenyeaslater,hevisitedourhospitalwithdecreasedvisioninbotheyes.Hepresentedwithprolif-erativediabeticretinopathyinbotheyesandunderwentvitrectomyfollwingpanretinalphotocoagulation.Thereafter,hiseyesshowedquiescentcondition.Oneyearslater,severeserousretinaldetachmentinthemacularregionabruptlyoccurredinhislefteye.Fluoresceinangiographyrevealedpigmentepithelialdetachmentaccompa-niedbydyeleakagefromtheedge.Laserphotocoagulationattheleakagepointsledtocompleteimprovement.Serousretinaldetachmentinthemacularregion,originatingfromcentralserouschorioretinopathy,canappeareveninstableproliferativediabeticretinopathy.Itisimportanttodierentiatecentralserouschorioretinopathyfromseverediabeticmacularedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):235238,2009〕Keywords:漿液性網膜離,糖尿病網膜症,中心性漿液性脈絡網膜症,色素上皮離,糖尿病黄斑浮腫.serousretinaldetachment,diabeticretinopathy,centralserouschorioretinopathy,pigmentepithelialdetachment,diabeticmacularedema.———————————————————————-Page2236あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(98)家族歴:父が高血圧.現病歴:10日前からの左眼視力低下が出現し,近医より左眼黄斑変性疑いにて紹介受診.初診時所見:視力は右眼矯正1.5,左眼矯正0.7.眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHgで,前眼部には異常なく,中間透光体は両眼とも軽度白内障のみであった.眼底には左眼に黄斑部を含む漿液性網膜離と眼底後極部に網膜毛細血管瘤を認め,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)と,光干渉断層計(OCT)にてmicroripと思われる点状漏出を伴う色素上皮離(PED)を認めた(図1a,b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)では,早期に脈絡膜充盈遅延と脈絡膜静脈の拡張,中後期に脈絡膜異常組織染を認めた(図1c).右眼に異常は認めなかった.経過:以上より,左眼の中心性漿液性脈絡網膜症と診断し,毛細血管瘤は傍中心窩毛細血管拡張症と診断した.PED辺縁と漏出点に光凝固を施行したところ,3カ月後網膜離は消失し,PEDも扁平化し,視力は矯正1.0まで回復した.しかし,以後受診が途絶えた.平成11年頃より糖尿病を指摘されていたが眼科受診はしなかった.3カ月前からの両眼視力低下を主訴に,7年ぶりに平成17年2月19日眼科受診.視力は右眼矯正0.5,左眼矯正0.2で,両眼ともに眼底に網膜出血と綿花様白斑が多発し,進行した糖尿病網膜症を認めた(図2a).左眼はFAにて広範な無血管野と網膜新生血管を認め,増殖糖尿病網膜症の眼底所見であった.後極部には初診時にも認められたPEDと新たに出現したPEDを認めた(図2b).両眼に汎網膜光凝固を開始し,その後発生した両眼硝子体出血に対して早期早期中期中期動脈相動脈相静脈相静脈相後期後期後期後期中心窩中心窩abc1初診時の左眼眼底所見(H10.1.30)a:FAにて,漏出を伴うPEDと網膜毛細血管瘤を認める.b:OCTにて,黄斑部を含む滲出性網膜離とその上方のPED(矢印)を認める.c:IAにて,上段:動脈相(22秒)で脈絡膜充盈遅延(矢印),中段:静脈相(27秒)で脈絡膜静脈拡張(矢印),下段:後期(12分)に異常脈絡膜組織染(矢印)を認める.ab図2初診から7年後の再診時眼底所見(H17.2.19)a:両眼の眼底写真.綿花様白斑,網膜出血を多数認め,左右同様の糖尿病網膜症を認める.b:左眼のFA.広範な無血管野と網膜新生血管を認め,枠外では以前認めたPED(黒矢印)と,新たに出現したPED(白矢印)を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009237(99)硝子体手術を施行し,以後網膜症は活動性が低下し安定していた(図3).1年後(平成18年6月13日),左眼に突然高度の漿液性網膜離が出現し(図4a),視力は矯正0.09となった.OCTにて黄斑部を含む漿液性網膜離とPEDを認め(図4b),FAでPED辺縁から網膜下への蛍光漏出を認めた(図4c).IAでは,動脈相で脈絡膜充盈遅延と脈絡膜の血管透過性亢進所見を認めた.しかし脈絡膜新生血管を示す網目状血管やポリープ状脈絡膜血管症(PCV)の所見は認めなかった.以上より,中心性漿液性脈絡網膜症の再発と診断し,PED周囲と漏出部に光凝固を施行した.1カ月後,中心窩の漿液性網膜離とPEDは消失した(図5a,b).視力は糖尿病黄斑症による変性萎縮により矯正0.1にとどまったが,その後1年経過した現在も再発なく安定している.II考察糖尿病網膜症に高度な黄斑部漿液性網膜離が出現した場合,糖尿病黄斑浮腫以外で考えられる病態としては,全身状態の変化,加齢黄斑変性の合併,過剰な汎網膜光凝固,中心性漿液性脈絡網膜症の合併,炎症性疾患(原田病,強膜炎,梅毒性ぶどう膜炎など)の合併,その他の疾患(腫瘍,ピット黄斑症候群など)の合併などがあげられる.今回報告した症例は,初診時,中心性漿液性脈絡網膜症と傍中心窩毛細血管拡張症の併発と診断したが,このときすでに糖尿病網膜症があった可能性がある.7年後再診時には増殖糖尿病網膜症となっており,光凝固と硝子体手術にて眼底所見は約1年間安定していた.しかし,左眼に突然高度漿液性網膜離が出現し,FAにてPED辺縁からの強い漏出を認めた.このFA所見より,本症例は糖尿病網膜症に中心性漿液性脈絡網膜症が併発し,漿液性網膜離が出現したと考え,光凝固を施行し,網膜離は消失した.ab図5治癒後の左眼眼底所見(H19.3.17)a:眼底写真,b:OCT.網膜離は消失し,滲出性変化は認めない.図3安定時の左眼FA(H18.2.17)PEDのみ過蛍光を示すが,滲出性変化は認めない.①②①②acb図4漿液性網膜離出現時の左眼眼底所見(H18.6.13)a:眼底写真.黄斑部を含む広範な高度漿液性網膜離が出現.b:aの眼底写真の①②に対応するOCT所見.黄斑部を含む漿液性網膜離とPEDを認める.c:FAにて,PED辺縁からの漏出を認める(矢印).上:早期,下:後期.———————————————————————-Page4238あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(100)糖尿病網膜症とともに,糖尿病脈絡膜症の存在も明らかにされてきており1,2),糖尿病脈絡膜症の組織では,内皮基底膜の肥厚による脈絡膜毛細血管の狭細化,閉塞や脱落,脈絡膜内微小血管異常や血管瘤,新生血管などが知られている.一方,中心性漿液性脈絡網膜症は,脈絡膜血管透過性が亢進し,二次的に網膜色素上皮が障害され,漿液性網膜離が生じると考えられているが,なぜ脈絡膜病変が生じるか,循環不全と血管透過性亢進との関係は不明である.他の眼疾患や全身状態の変化の際に中心性漿液性脈絡網膜症が合併することもある.ステロイドの全身投与による併発はよく知られているが,高血圧性網膜症3)や正常妊娠4)での合併,糖尿病黄斑浮腫に対するステロイド局所治療による発症5)などの報告もある.それぞれ,高血圧性脈絡膜症と同様の変化や,血栓傾向による脈絡膜循環障害から二次性中心性漿液性脈絡網膜症をきたすこと,ステロイドによる色素上皮の損傷修復過程の抑制などが原因と考えられている.糖尿病網膜症では,脈絡膜循環障害や遷延する黄斑浮腫などにより網膜色素上皮の障害を受けやすい.さらに糖尿病網膜症では中心窩脈絡膜血流量が低下しているとの報告もある6).従来少ないとされていた糖尿病網膜症に合併する加齢黄斑変性の報告は散見される79).しかし中心性漿液性脈絡網膜症の合併の報告は筆者らの検索の限りではみられなかった.この理由として,一つには好発年齢の違いがあげられる.中心性漿液性脈絡網膜症は3050歳と比較的若年であり,高齢者には少ないのに対して,糖尿病網膜症は40歳代から増加し60歳代が最も多く,好発年齢に差がある.2つ目の理由として,糖尿病網膜症では網膜血管透過性亢進,網膜色素上皮障害や網膜毛細血管瘤からの漏出所見などを伴うため,中心性漿液性脈絡網膜症を合併しても漏出点がマスクされて糖尿病黄斑浮腫と診断され,診断しにくいことがあげられる.糖尿病網膜症に併発した黄斑部漿液性網膜離は,高度な黄斑部滲出性網膜離の場合,中心性漿液性脈絡網膜症を併発していることもあり,注意を要する.文献1)竹田宗泰:糖尿病脈絡膜症─病態研究の新しい視点─.あたらしい眼科20:919-924,20032)福島伊知郎:糖尿病脈絡膜症の病態と脈絡膜循環.DiabetesFrontier15:293-296,20043)山田英里,山田晴彦,山田日出美:中心性漿液性脈絡網膜症を発症した高血圧性網脈絡膜症.臨眼61:1867-1872,20074)今義勝,永富智浩,西岡木綿子ほか:正常妊娠後期に合併した中心性漿液性脈絡網膜症の1例.臨眼60:473-476,20065)ImasawaM,OhshiroT,GotohTetal:Centralserouschorioretinopathyfollowingvitrectomywithintravitrealtriamcinoloneacetonidefordiabeticmacularedema.ActaOphthalmolScand83:132-133,20056)NagaokaT,KitayaN,SugawaraRetal:Alterationofchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithtype2diabetes.BrJOphthalmol88:1060-1063,20047)KleinR,BarbaraE,ScotEetal:Diabetes,hyperglycemiaandage-relatedmaculopathy.Thebeavereyestudy.Oph-thalmology99:1527-1534,19928)ZylbermannR,LandauD,RozenmanYetal:Exudativeage-relatedmaculardegenerationinpatientswithdiabet-icretinopathyanditsrelationtoretinallaserphotocoagu-lation.Eye11:872-875,19979)宮嶋秀彰,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に伴う脈絡膜新生血管の臨床像と経時的変化.眼紀52:498-504,2001***

眼内毛様体光凝固を施行した血管新生緑内障の3例

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(113)1130910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):113116,2009cはじめに増殖糖尿病網膜症による血管新生緑内障は,網膜虚血に伴う隅角の新生血管・線維組織の増殖が,房水流出抵抗を増大させ,眼圧を上昇させる続発緑内障である.密な広域汎網膜光凝固を行い,網膜症の沈静化,眼圧下降を図るが,徹底した光凝固や硝子体手術を施行したにもかかわらず,眼圧コントロール不良となる症例がある.線維柱帯切除術はこのような血管新生緑内障に有効である.伊藤らは術後3年で62.1%,新垣らは点眼併用にて77.8%が眼圧コントロール良好であったと報告1,2)している.その一方で長期成績については,代謝拮抗薬を併用しても5年で28%程度しか眼圧コントロールできないとする報告3)もある.実際に,徹底した光凝固や硝子体手術を施行したにもかかわらず,隅角新生血管の活動性が高い場合は,術後早期には前房出血が濾過胞の管理を困難にする.術後晩期には強膜弁上に増殖膜を形成し,濾過胞が消失する.また,増殖膜を形成する症例では,ニードリング,濾過胞再建術,別部位への線維柱帯切除術を行っても早期に濾過胞が消失し,難治となることがある.難治性の血管新生緑内障に対して,海外では緑内障バルブ〔別刷請求先〕田中最高:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座眼科学Reprintrequests:YoshitakaTanaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,8-35-1Sakuragaoka,Kagoshima890-8520,JAPAN眼内毛様体光凝固を施行した血管新生緑内障の3例田中最高山下高明山切啓太坂本泰二鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座眼科学ThreeCasesofRefractoryNeovascularGlaucomaTreatedbyEndocyclophotocoagulationYoshitakaTanaka,TakehiroYamashita,KeitaYamakiriandTaijiSakamotoDepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences隅角新生血管に活動性がある増殖糖尿病網膜症が原因の血管新生緑内障に対して,眼内毛様体光凝固を行い,その効果を検討した.対象は糖尿病網膜症に対して硝子体手術を行い,網膜最周辺部まで光凝固を行ったにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧コントロール不良となった3例4眼.眼内毛様体光凝固(ダイオードグリーン,出力200mW,時間0.2秒,範囲180°)を行い,術前後の眼圧・視力についてレトロスペクティブに調査を行った.術後経過観察期間は2例3眼9カ月,1例1眼7カ月であった.1例2眼では眼圧下降が不十分であったが,2例2眼では経過観察中21mmHg以下に眼圧がコントロールできた.視力の悪化はなく,重篤な副作用は認めなかった.線維柱帯切除術が効きにくいと予想される症例の眼圧下降手術では,眼内毛様体光凝固は一つの選択肢となりうる.Weconductedaretrospectivestudyofpatientswhohadundergoneendocyclophotocoagulationforneovascularglaucomaduetoproliferativediabeticretinopathy.Thestudyincluded4eyesof3patientswithdiabeticneovascu-larglaucomawhohadpreviouslyundergonesucientpanretinalphotocoagulationwithparsplanavitrectomy.Alleyescontinuedtohaveactiverubeosisiridisandcouldnotmaintainintraocularpressure(IOP).Endocyclophotoco-agulation(diodegreen,200mW,0.2s,180degrees)wasperformedintheseeyes.IOPandvisualacuityweremoni-toredbeforeandafterendocyclophotocoagulation.Thefollow-upperiodwas9monthsin3eyesand7monthsin1eye.PostoperativeIOPwassuccessfullycontrolledin2eyesof2patients,thoughcontrolcouldnotbeachievedin2eyesof1patient.Preoperativevisualacuitywasmaintainedinalleyes,andnoseverepostoperativecomplica-tionswerenoted.Endocyclophotocoagulationisonesurgicaloptionforneovascularglaucomapatientsinwhomrubeosisiridisremainsactive.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):113116,2009〕Keywords:毛様体光凝固,血管新生緑内障,硝子体手術,糖尿病網膜症.cyclophotocoagulation,neovascularglaucoma,vitrectomy,diabeticretinopathy.———————————————————————-Page2114あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(114)を用いたインプラント手術で一定の効果をあげているが,日本では認可されておらず,材料の入手,使用に際して問題がある.近年になってアジア人に対する手術成績の報告も増えてきているが,角膜内皮減少,低眼圧などの課題が残っている4,5).一方,毛様体破壊術では,眼球癆の危険性があることや房水産生を低下させることから,一般的には眼圧下降の最終手段とされている.しかし,Pastorらは,術式ごとの眼球癆の頻度を,毛様体冷凍凝固で934%,経強膜レーザー凝固の014%であるのに対し,眼内法(経硝子体法)では2.7%と報告6)しており,内眼手術時のレーザー毛様体破壊は比較的眼球癆になりにくく,直視下で確実に毛様突起を凝固することができることから,近年,難治性血管新生緑内障に対する有効な治療として積極的に施行されつつある.眼内毛様体光凝固は180240°の範囲で出力200700mWの条件で行われ79),Hallerらは73眼を対象として,1年後に87.3%の症例で眼圧コントロール可能であったと報告7)している.眼圧下降効果が濾過胞に頼らない眼内毛様体光凝固は,易出血性で,強膜弁に増殖膜を形成するような血管新生緑内障に特に有効と考えられる.そこで,糖尿病網膜症に対して,徹底した汎網膜光凝固を施行したにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧コントロールが不良となった血管新生緑内障に対し眼内毛様体光凝固を行い,効果の検討を行った.I対象および方法対象は平成17年1月から平成18年12月に鹿児島大学医学部附属病院眼科で,糖尿病網膜症による血管新生緑内障に対して眼内毛様体光凝固を施行した3例4眼である.いずれの症例も硝子体手術の既往があり,その際,最周辺部まで十分な網膜光凝固を行ったにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧が25mmHg以上になったため手術となった.眼内毛様体光凝固は,通常の硝子体手術時と同様に,上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージでスリーポートを作製.強膜を圧迫内陥し,直視下にダイオードグリーン,出力200mW,時間0.2秒の条件で毛様突起1つに対して23発凝固し,180°の範囲で施行した(図1).圧迫で毛様突起が見えないときは内視鏡を用いて凝固を行った.全例眼内レンズ挿入眼であり,当院で同一術者にて手術を施行した.術前後の眼圧,視力,視野についてレトロスペクティブに調査した.眼圧経過の判定は,術後,緑内障点眼薬を併用しても2回連続して21mmHgを超えた場合に不良とした.〔症例1〕67歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病,高血圧.現病歴:平成8年両眼の白内障手術を施行された.平成9年頃より糖尿病を指摘され,平成14年6月に近医にて増殖糖尿病網膜症に対し汎網膜光凝固を施行されるが,以降受診が途絶えていた.平成15年6月,近医を受診し右眼の血管新生緑内障を指摘され,当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.4(0.8×1.75D(cyl1.25DAx70°),左眼0.04(矯正不能).眼圧は右眼39mmHg,左眼16mmHg.右眼は虹彩および隅角全周に,左眼は虹彩の一部に新生血管を認めた.右眼眼底には新生血管および増殖膜が存在し,左眼は硝子体出血を認めた.臨床経過:初診時より右眼の網膜光凝固を追加したが,血糖コントロールは不良であり糖尿病網膜症の進行を認めたため,平成16年9月,右眼硝子体手術施行.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.その後も眼圧は抗緑内障点眼を3剤使用しても20mmHg台後半で推移し,視野障害の進行を認めたため,平成16年11月右眼の線維柱帯切除術を施行した.しかし,虹彩の新生血管は消退せず,濾過胞が消失し,眼圧は30mmHg以上となった.周辺虹彩前癒着(PAS)は4分の1周に認め,その他の部位にはPASはないものの多数の新生血管を認めた.硝子体出血の再発もあり,眼圧が33mmHgと上昇したため,平成17年10月硝子体手術および眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のヘモグロビン(Hb)A1Cは10.4%と糖尿病のコントロールは不良で,Hbは11g/dlと低下していた(図2).〔症例2〕51歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病.現病歴:平成8年より糖尿病を指摘され内服加療を受けていた.平成16年近医にて糖尿病網膜症の診断を受け,平成図1毛様体光凝固術中写真強膜を圧迫しながら,直視下で毛様突起を光凝固している.毛様体の表面に白色の凝固斑を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009115(115)17年1月より両眼の汎網膜光凝固を開始された.平成18年1月に左眼の白内障手術を施行された.糖尿病黄斑症により視力低下してきたため,当科受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.7(矯正不能).眼圧は右眼16mmHg,左眼18mmHg.虹彩,隅角には新生血管はなかった.右眼眼底には新生血管,左眼には硝子体出血が存在し,両眼ともに黄斑浮腫を認めた.臨床経過:左眼の増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑症に対し,平成18年6月左眼硝子体手術を施行した.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.その後,眼圧は10mmHg台で落ち着いていた.平成18年10月に虹彩新生血管を認めた.PASを4分の1周に認め,PASのない部分にはSchlemm管充血と少数の新生血管を認めた.眼圧は34mmHgと上昇しており,同月に眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のHbA1Cは6%で,Hbは14.9g/dlであった.〔症例3〕64歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病.現病歴:40歳頃より糖尿病を指摘され内服加療を受けていた.平成17年11月近医眼科を受診,糖尿病網膜症および白内障を指摘された.平成18年1月頃より両眼眼圧が2527mmHgと上昇し,新生血管緑内障の診断となった.2月から3月にかけて両眼の汎網膜光凝固を施行されるも眼圧の上昇を認め,当科を紹介された.初診時所見:視力は右眼0.3(0.6×+1.75D(cyl1.25DAx90°),左眼0.2(0.4×+1.75D).眼圧は右眼36mmHg,左眼42mmHg.両眼に隅角の虹彩前癒着,新生血管を認めた.蛍光眼底造影では両眼ともに広範な無血管野と黄斑浮腫を認めた.臨床経過:平成18年6月に左眼の硝子体手術および白内障手術を,7月に右眼硝子体手術および白内障手術を施行した.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.左眼は虹彩・隅角の新生血管が消退せず,PASを2分の1周に認め,眼圧が26mmHgに上昇したため,平成18年9月に眼内毛様体光凝固術を行った.術前のHbA1Cは5.9%で,Hbは13.8g/dlであった.その後,右眼も虹彩・隅角の新生血管が再出現し,PASを4分の1周に認め,眼圧は32mmHgに上昇したため,平成18年12月に眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のHbA1Cは7.9%で,Hbは13.8g/dlであった.II結果経過観察期間は,症例1と3が9カ月,症例2は7カ月であった.眼圧は,術後1週間は全症例で著明な下降を認めたが,13週にかけて再上昇し,抗緑内障点眼の追加を必要とした.症例1と2は抗緑内障点眼2剤使用して15mmHg程度にコントロールできたが,症例3は抗緑内障点眼を3剤使用しても両眼とも21mmHgを超え,眼圧コントロール不良となった(図3).術後早期合併症は,硝子体出血を3眼,硝子体腔内フィブリン析出を3眼,前房内フィブリン析出を2眼,5mmHg以下の低眼圧を1眼に認めたが,いずれも自然に軽快した.眼球癆・大量の眼内出血などの重篤な副作用は認めなかった.矯正視力はそれぞれ,術前は手動弁,0.3,0.07,0.3から最終0.4,0.4,0.04,0.3となった.硝子体出血を除去した症例1は出血前と同等の視力に改善し,症例2,症例3では大きな変化はなかった.Goldmann視野はいずれの症例でも明らかな悪化はなかった.隅角および虹彩の新生血管は術後いずれの症例もやや減少したが,最終観察時も残存していた.図2症例1の術前前眼部写真虹彩に新生血管を認める.01020304050術前2468101214162024283236経過観察期間(週)眼圧(mmHg):症例1:症例2:症例3左:症例3右図3眼圧経過図症例1,2は術後眼圧コントロール良好だが,症例3は両眼とも眼圧コントロール不良となった.———————————————————————-Page4116あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(116)III考按症例1,2では一定の眼圧下降効果を認めたが,症例3では両眼とも効果が不十分であった.その原因としては,凝固条件が弱めであったことがあげられる.Hallerらは出力200700mW,範囲240°以上という条件でも眼球癆の合併は2.7%であったと報告7)している.対象となった症例は比較的視機能が保たれていたため,眼球癆にならないよう,凝固範囲は半周とし,出力に関しては,参考にした欧米の報告と比べ,色素の多い日本人で施行することも考慮して200mWと設定した.今回は同一術者によって手術が行われているが,レーザープローブと毛様体の距離,凝固時のぶれ具合は術者間で異なることが予想され,術者ごとに凝固範囲,条件を模索する必要があるのではないかと考えている.術後眼圧コントロールが不良の症例3では,抗緑内障点眼のコンプライアンスが悪く,眼圧変動が大きくなっている.患者の理解が得られれば,追加の手術を検討している.症例はすべて眼内レンズ挿入眼であったが,水晶体の混濁はほとんどなく,強膜圧迫で半周近くの毛様突起が視認できた.そのため,ほとんどは圧迫で毛様体を凝固することができたが,一部は内視鏡を用いないと凝固できなかった.今回の症例ではなかったが,痛みが強く圧迫が困難,水晶体が混濁しているなど,強膜圧迫で毛様突起を確認することが困難な場合が予想されるので,確実に半周以上凝固するためには内視鏡が必要となる.毛様体破壊術にはさまざまな方法があるが,眼内光凝固を採用した理由としては,眼球癆の合併が低率であることに加えて,硝子体術者がいつも施行している手技と大差なく,比較的容易に行えることがあげられる.経強膜毛様体光凝固には特殊な機材が必要であるが,眼内毛様体光凝固は硝子体手術用の機材があれば施行可能であり,たとえば無治療の血管新生緑内障では,初回硝子体手術時に同時に行えるという利点もある.しかし,今回の凝固条件では眼圧コントロールの有効率は50%であり,線維柱帯切除術を上回る手術ではなかった.凝固条件を強くすれば,有効率は上昇することが予想されるが,眼球癆になる可能性がある.このことから,血管新生緑内障においては線維柱帯切除術が無効な症例に行う術式であると考えられる.本研究では対象症例数も少なく,経過観察期間も半年程度であるが,眼内毛様体光凝固術は一定の眼圧下降効果を得られ,重篤な合併症は認めなかった.近年,米国では緑内障手術における毛様体光凝固の割合は増加10)しており,合併症の危険が比較的少ないこと,手技的に濾過手術より簡便であることが一因となっていると思われる.適応・凝固条件・長期的な眼圧下降効果など,検討すべき課題は多いが,わが国においても重要な選択肢の一つとなりうる.今後症例を重ね,さらなる検討をしたいと考えている.文献1)伊藤重雄,木内良明,中江一人ほか:血管新生緑内障でのマイトマイシンC併用線維柱帯切除術成績に影響する因子.眼紀54:892-897,20032)新垣里子,石川修作,酒井寛ほか:血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の長期治療成績.あたらしい眼科23:1609-1613,20063)TsaiJC,FeuerWJ,ParrishRK2ndetal:5-Fluorouracillteringsurgeryandneovascularglaucoma.Long-termfollow-upoftheoriginalpilotstudy.Ophthalmology102:887-892,19954)木内良明,長谷川利英,原田純ほか:Ahmedglaucomavalveを挿入した難治性緑内障の術後経過.臨眼59:433-436,20055)WangJC,SeeJL,ChewPT:ExperiencewiththeUseofBaerveldtandAhmedglaucomadrainageimplantinanAsianpopulation.Ophthalmology111:1383-1388,20046)PastorSA,SinghK,LeeDAetal:Cyclophotocoagula-tion:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmol-ogy.Ophthalmology108:2130-2138,20017)HallerJA:Transvitrealendocyclophotocoagulation.TransAmOphthalmolSoc94:589-676,19968)LimJI,LynnM,CaponeAJretal:Ciliarybodyendo-photocoagulationduringparsplanavitrectomyineyeswithvitreoretinaldisordersandconcomitantuncontrolledglaucoma.Ophthalmology103:1041-1046,19969)SearsJE,CaponeAJr,AabergTMetal:Ciliarybodyendophotocoagulationduringparsplanavitrectomyforpediatricpatientswithvitreoretinaldisordersandglauco-ma.AmJOphthalmol126:723-725,199810)RamuluPY,CorcoranKJ,CorcoranSLetal:UtilizationofvariousglaucomasurgeriesandproceduresinMedi-carebeneciariesfrom1995to2004.Ophthalmology114:2265-2270,2007***

ロービジョン患者の疾患別不自由度の特徴

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(145)8950910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):895898,2008cはじめに視機能の低下は,それまで視覚を用いて支障なく行っていた動作や読み書き,歩行などの行動を困難にし,視覚障害者の生活の質(qualityoflife:QOL)の低下をもたらす.一方,視覚障害等級は,視力・視野障害の程度によって判定されており,視覚障害者の障害程度を評価する基準として定められたものである〔身体障害者福祉法施行規則第5条(昭和25年4月6日厚生省令15)〕.しかし,視力,視野ともに他〔別刷請求先〕柳澤美衣子:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院眼科・視覚矯正科Reprintrequests:MiekoYanagisawa,DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,7-3-1Hongou,Bunkyou-ku,Tokyo113-8655,JAPANロービジョン患者の疾患別不自由度の特徴柳澤美衣子*1,2国松志保*1加藤聡*1北澤万里子*1田村めぐみ*1落合眞紀子*1庄司信行*2,3*1東京大学大学院眼科・視覚矯正科*2北里大学大学院医療系研究科・臨床医科学群・眼科学*3北里大学医療衛生学部・リハビリテーション学科・視覚機能療法学専攻QualityofLifeCharacteristicsEvaluationinPatientswithVariousOcularDiseasesMiekoYanagisawa1,2),ShihoKunimatsu1),SatoshiKato1),MarikoKitazawa1),MegumiTamura1),MakikoOchiai1)andNobuyukiSyoji3)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKitasatoGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,KitasatoUniversity,SchoolofAlliedHealthSciences目的:ロービジョン(LV)患者の不自由度について調査を行い,疾患ごとに等級別に検討した.方法:外来を受診した269例中の受診が多かった上位3疾患(緑内障108例,黄斑変性44例,糖尿病網膜症34例)の186例を対象とした.障害等級分布は,1・2級100例,3・4級44例,5・6級42例であった.Sumiの問診票により不自由度を数値化後,総和を項目数で除した不自由度を算出し,等級別に比較検討をした.結果:1・2級で緑内障と糖尿病網膜症,または緑内障と黄斑変性の間に有意差を認めた(p=0.0005,ANOVA).黄斑変性,糖尿病網膜症にて等級間に有意差を認めた(p<0.0001,ANOVA)が,緑内障では,等級間で不自由度に有意差はなかった(p=0.06,ANOVA).結論:1・2級において緑内障は黄斑変性,糖尿病網膜症に比べ,不自由度が有意に低く,黄斑変性では等級別に不自由度が異なった.Toinvestigatedierencesinqualityoflife(QOL)characteristicsamongvariousdiseasesinpatientswithvisu-alhandicaps,weanalyzedtheQOLcharacteristicsassociatedwiththreediseasesin186visuallyhandicappedJapa-nesepatients(glaucoma:108cases,maculardegeneration:44cases,diabeticretinopathy:34cases).Usingapre-viouslydevelopedquestionnaire,weassesseddisabilityindexes(DI),asaQOLcharacteristicinpatientswiththesediseases.Regardingrst-andsecond-gradehandicaps,totalDIdieredbetweenglaucoma+diabetespatientsandglaucoma+maculardegenerationpatients(p=0.0005,ANOVA).TheDIdieredbetweenhandicapsinmaculardegeneration+diabetespatients(p<0.0001,ANOVA).Inpatientswithglaucoma,theDIdidnotdieramongvisu-alhandicapgrades(p=0.06,ANOVA).Withrst-andsecond-gradehandicaps,theDIofpatientswithglaucomawaslowerthanthoseofpatientswithotherdiseases.Inaddition,theDIofpatientswithmaculardegenerationdieredaccordingtothegradeofvisualhandicap.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):895898,2008〕Keywords:視覚障害,視覚障害等級,不自由度,ロービジョン,緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症.visualim-pairment,visualhandicapgrades,thedisabilityindexes,lowvisioncare,glaucoma,maculardegeneration,diabeticretinopathy.———————————————————————-Page2896あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(146)1・2級と3・4級の間で差がみられることが多く,実際に1・2級と3・4級で不自由度に相違がみられるかを調べるために,視覚障害等級を1・2級,3・4級,5・6級の3段階に再分類し,3疾患それぞれにおける不自由度の相違を等級別に比較検討を行った.全症例,全疾患において総合不自由度の相違を,分散分析(ANOVA)を用いて比較し,Tukey-Kramerにて検討した.全解析において,p<0.05を有意と覚的な評価であるため,視覚障害等級が必ずしも視覚障害者のQOLを正しく反映しているとは限らない1).そのため視覚障害者のQOL評価として視覚障害者の視点に立脚した指標が必要であると考えられるようになってきた.以前からロービジョン(LV)患者の日常生活のQOLを調査する報告は数報あり27),緑内障,黄斑変性などの疾患別のQOLの評価なども報告されている8,9).以前の国松らの報告7)では,QOLの評価としてSumiの問診票10)を用いて疾患別にLV患者の不自由度を調査し,視覚障害等級との相関を検討しており,全体では障害等級と不自由度の相関があったと報告している.しかし同程度の等級でも疾患によって不自由度に差があるかどうか詳細は不明である.そこで今回筆者らは,国松らと同じSumiの問診票を用いてLV患者の不自由度を調査し,疾患ごとに視覚障害等級別の不自由度を比較検討した.I対象および方法2002年4月から2007年6月に東京大学医学部附属病院眼科(以下,当院)LV外来を受診し,視覚障害による障害者手帳を取得している269例(男性149名,女性120名)中,受診が多かった上位3疾患の186例を対象とした.3疾患の内訳は,緑内障108例,黄斑変性44例,糖尿病網膜症34例であり,対象の平均年齢は66.7±13.8歳であった.各疾患(緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症)別に,年齢,男女比,視覚障害等級の内訳を表1に示す.それぞれの相違を,分散分析(ANOVA)を用いて比較し,Tukey-Kramerにて検討した.年齢においてのみ疾患別に有意差がみられ,特に黄斑変性と緑内障,黄斑変性と糖尿病網膜症で黄斑変性の年齢が有意に高い結果となった.対象症例に対して,Sumiの問診票を用い,問診より「文字,文章,歩行,移動,食事,着衣整容,その他」(表2)の7項目に関し,不自由さを数値化(非常に不便=2,やや不便=1,ほとんど不便を感じない=0)し,総和を項目数で除した値を患者の総合不自由度として評価した.疾患別の視覚障害等級の分布の差についてはc2検定を行った.視覚障害者手帳取得者に対する福祉サービスにおいて表1背景(歳)男/女(人数)1・2級/3・4級/5・6級(人数)緑内障10865.0±15.070/3873/19/16黄斑変性4472.4±10.623/2110/19/15糖尿病網膜症3464.9±10.818/1617/6/11p*0.007*0.25*<0.0001***ANOVA,**c2検定.表2Sumiの問診票1)新聞の見出しの大きい文字は読めますか.2)新聞の細かい文字を読めますか.3)辞書などの細かい文字は読めますか.4)電話帳や住所録の活字は読めますか.5)駅の料金表や路線図は見えますか.読字(文章)6)文章の読み書きに不自由を感じますか.7)縦書きの文章を書くとき,曲がってしまうことはよくありますか.8)文章を一行読んだ後,次の行に移るとき,見失うことはよくありますか.歩行(家の近所への外出について)9)見づらくて歩きづらいことはありますか.10)ひとりで散歩はできますか.11)信号を見落とすことはありますか.12)歩行中,人やものにぶつかることはありますか.13)階段を昇り降りするとき,つまずくことはよくありますか.14)道路に段差があったとき,気づかないことはありますか.15)知人とすれ違っても,相手から声をかけられないとわからないことはありますか.16)人や走行中の車が脇から近づいてくるのがわからないときがありますか.移動(交通機関(電車,バス,タクシーなど)を利用した外出)17)見づらくて外出に不自由を感じることはありますか.18)知らないところに外出するとき,付き添いは必要ですか.19)タクシーを拾うとき,空車かどうかわからないことはありますか.20)電車やバスでの移動に不自由を感じますか.21)夜間の外出は見づらくて不安を感じますか.食事22)見づらくて食事に不自由を感じることはありますか.23)見づらくて食べこぼしたりすることはありますか.24)お茶やお湯を注ぐとき,こぼすことはよくありますか.25)おはしでおかずをつかむとき,つかみそこねることはありますか.着衣整容26)下着の表裏がわかりづらいことがありますか.27)お化粧やひげ剃りの際,自分の顔は見えますか.その他28)テレビは見えますか.29)床に落とした物を探すのに苦労することがありますか.30)電話に顔を近づけないとかけづらいことがありますか.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008897(147)3・4級,5・6級のそれぞれで総合不自由度に有意差があり,糖尿病網膜症では1・2級の総合不自由度が3・4級,5・6級に比べ有意に高い結果となった.緑内障の1・2級の総合不自由度が有意に低くなった原因として,疾病の進行過程が大きく影響すると思われる.緑内障ではおもな障害が求心性視野障害であり,それも比較的長い時間をかけてゆっくり進行する疾患であると考えられる.それに比べ,黄斑変性のおもな障害は中心視力障害であり,糖尿病網膜症では視力障害と視野障害の両方であり,レーザー瘢痕や網膜血管床閉塞領域,牽引性網膜離などによる不規則な視機能低下を伴うこともある.以上のことから,緑内障の1・2級の総合不自由度が低かった原因を考えると,障害の進行がゆっくりである疾患では不自由さに徐々に慣れていくため不自由さを訴える程度が軽くなった,つまり不自由度が低くなったと考えられる.疾病の進行過程を考えてみると,徐々に視機能を失っていく疾患とある時を境に急に視機能が低下する疾患を比較すると,ある時点で同じ視機能の状態であったとしても不自由さの自覚は異なると考えられる.たとえば,緑内障や網膜色素変性症などのように比較的障害の進行が徐々に進む疾患の場合は,不自由さにも徐々に慣れていき,不自由さの訴えが少なくなると考えられる.一方,ある時を境に急に症状が変化することが比較的起こりやすい黄斑変性や糖尿病網膜症は不自由さに慣れていないため不自由さを強く訴える傾向があるのではないかと考えられた.そのうえ,障害者手帳の申請の視覚に関する2つの項目のうち,緑内障患者では,視野障害がおもな原因であり,求心性視野障害のほうが重度障害に認定されやすい可能性も考えられた.黄斑変性や糖尿病網膜症のようにおもな障害が視力障害でした.II結果原因疾患の上位3疾患(緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症)において,視覚障害等級1・2級で比較したときのみ3疾患に有意差がみられた(p=0.0005,ANOVA,図1).緑内障と黄斑変性,緑内障と糖尿病網膜症それぞれで有意差がみられ(緑内障:1.32±0.40,黄斑疾患:1.62±0.19,糖尿病網膜症:1.67±0.22,Tukey-Kramer),緑内障の1・2級の総合不自由度が黄斑変性,糖尿病網膜症の総合不自由度に比べ有意に低い結果となった.一方,3・4級,5・6級においては3疾患で有意差はみられなかった(それぞれp=0.86,p=0.68,ANOVA).また視覚障害等級間における総合不自由度を検討してみると,黄斑変性,糖尿病網膜症において視覚障害等級別に有意差がみられた(両者ともp<0.0001,ANOVA,図2).黄斑変性では,どの等級間でも有意差があり(1・2級:1.62±0.19,3・4級:1.27±0.36,5・6級:0.95±0.37,Tukey-Kramer),糖尿病網膜症では,1・2級の総合不自由度が3・4級,5・6級に比べ有意に高い結果となった(1・2級:1.67±0.22,3・4級:1.26±0.35,5・6級:1.04±0.41,Tukey-Kramer).緑内障では視覚障害等級別に総合不自由度の差はなかった(p=0.06,ANOVA).III考按本研究では,疾患別,視覚障害等級別にLV患者の不自由度を知るために,当院を受診したLV患者に対して,視機能の評価とともにSumiの問診票を用いて,総合不自由度について調査した.等級別で検討してみると緑内障1・2級の総合不自由度が,黄斑変性,糖尿病網膜症に比べ有意に低い結果となった.疾患別でみてみると,黄斑変性では1・2級,図2疾患別における視覚障害等級の不自由度緑内障では等級間の不自由度に有意差はみられなかった(p=0.06).黄斑変性ではどの等級間でも有意差がみられ(p<0.0001),糖尿病網膜症では1・2級と3・4級,1・2級と5・6級で有意差がみられた(p<0.0001).*NS*:ANOVA,Tukey-Kramer21.61.20.80.40緑内障黄斑変性糖尿病網膜症総合不自由度**NS**:1・2級:3・4級:5・6級図1視覚障害等級別における3疾患の不自由度1・2級において3疾患の不自由度に有意差がみられた(p=0.0005).3・4級,5・6級では有意差はみられなかった(p=0.86,p=0.68).NSNSNS*:ANOVA,Tukey-Kramer21.61.20.80.401・2級3・4級5・6級総合不自由度**:緑内障:黄斑変性:糖尿病網膜症———————————————————————-Page4898あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(148)2)ScottIU,ScheinOD,WestSetal:Functionalstatusandqualityoflifemeasurement:amongophthalmicpatient.ArchOphthalmol112:329-335,19943)平島育美,山縣祥隆,並木マキほか:兵庫医科大学病院眼科におけるQualityofLifeアンケート調査.眼紀51:1134-1139,20004)西脇友紀,田中恵津子,小田浩一ほか:ロービジョン患者のQualityofLife(QOL)評価と潜在的ニーズ.眼紀53:527-531,20025)MendesF,SchaumbergDA,NavonSetal:Assessmentofvisualfunctionaftercornealtransplantation:Thequal-ityoflifeandpsychometricassessmentaftercornealtransplantation(Q-PACT)study.AmJOphthalmol135:785-793,20036)柳澤美衣子,国松志保,加藤聡ほか:重度視覚障害者における疾患別生活不自由度.あたらしい眼科23:1235-1238,20067)国松志保,加藤聡,鷲見泉ほか:ロービジョン患者の生活不自由度と障害等級.日眼会誌111:454-458,20078)湯沢美都子,鈴鴨よしみ,李才源ほか:加齢黄斑変性のqualityoflifeの評価.日眼会誌108:368-374,20049)浅野紀美江,川瀬和秀,山本哲也:緑内障患者のQualityofLifeの評価.あたらしい眼科23:655-659,200610)SumiI,ShiratoS,MatsumotoSetal:Therelationshipbetweenvisualdisabilityandvisualeldinpatientswithglaucoma.Ophthalmology110:332-339,2003ある疾患では,「見ようとする対象が見えない」ため,不自由さを本人がより自覚しやすく,不自由さを強く訴えることもあげられる.そのため最も自覚しやすいと考えられる視力の値が低くなれば,不自由さの自覚も比例して大きくなることが考えられる.このことが黄斑変性,糖尿病網膜症において1・2級,3・4級,5・6級の等級間で総合不自由度に有意差があった原因と思われる.以上の観点から,LV患者の視覚障害による不自由さを知るには,実際の視力,視野などの視機能の状態だけでなく,現在に至るまでどのように症状が変化してきたかという経過も知る必要がある.今後,LV患者のQOLを詳細に知るためには障害の経過を含めた状態,視野の障害部位による不自由度の差など視機能の状態を細かく分けて調べることが必要であると思われた.また視覚障害による各疾患に特有な日常生活への影響を評価するためには,総合不自由度の比較だけでなく,「読字」や「歩行」などの項目別にみた不自由度の検討も今後必要である.文献1)山縣祥隆:視野障害者の日常生活における能力障害の評価.眼紀58:269-273,2007***