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糖尿病網膜症の治療段階と就業

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(117)2550910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):255259,2009cはじめに糖尿病網膜症(以下,網膜症)は,進行すると急速かつ高度な視力低下をきたし,個人の社会活動および勤労に多大な影響を及ぼす疾患であり,わが国における中途失明原因の第2位であると報告されている1).通常,網膜症発症前(nondiabeticretinopathy:NDR)や単純糖尿病網膜症(simplediabeticretinopathy:SDR)では経過観察,前増殖糖尿病網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:prePDR)および増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)では網膜光凝固,増殖糖尿病網膜症のうち硝子体出血や増殖膜形成による牽引性網膜離,続発性の血管新生緑内障発症例などでは硝子体手術が選択される2).近年,単純糖尿病網膜症や前増殖糖尿病網膜症であっても,高度の視力低下をきたす黄斑浮腫を生じた場合には硝子体手術が有効であると報告され3,4),硝子体手術の適応が拡大されてきている5).慢性疾患全般に共通することではある〔別刷請求先〕佐藤茂:〒591-8025堺市北区長曽根町1179-3大阪労災病院勤労者感覚器障害研究センターReprintrequests:ShigeruSato,M.D.,Ph.D.,ClinicalResearchCenterforOccupationalSensoryOrganDisability,OsakaRosaiHospital,1179-3Nagasone-cho,Kita-ku,Sakai,Osaka591-8025,JAPAN糖尿病網膜症の治療段階と就業佐藤茂恵美和幸上野千佳子澤田憲治澤田浩作大浦嘉仁大八木智仁森田真一坂東肇大喜多隆秀池田俊英大阪労災病院勤労者感覚器障害研究センターRelationbetweenMedicationalStageandOccupationinDiabeticRetinopathyShigeruSato,KazuyukiEmi,ChikakoUeno,KenjiSawada,KosakuSawada,YoshihitoOura,TmohitoOyagi,ShinichiMorita,HajimeBando,TakahideOkitaandToshihideIkedaClinicalResearchCenterforOccupationalSensoryOrganDisability,OsakaRosaiHospital糖尿病網膜症に対する各治療段階における視力,糖尿病コントロール状況,就業状況の変化を調査し,就業者の糖尿病網膜症に対する治療状況と治療の就業へ及ぼす影響を検討した.対象を調査開始時の治療状況で,経過観察群,網膜光凝固群,硝子体手術群の3群に分け各群間で比較した.1年後の視力は,経過観察群および網膜光凝固群では維持されており,硝子体手術群では有意に視力改善が得られていた.糖尿病コントロール状況は,すべての群で有意に改善が得られていた.また治療段階が進むにつれて,平均通院・在院日数は有意に増加していた.調査開始より1年間に眼の病気を理由に退職した例は,硝子体手術群のみにみられた.就業者における糖尿病網膜症の加療,特に硝子体手術を要する症例では,視機能の改善のみではなく,入院期間の短縮など経済的,社会的負担の軽減も考慮する必要があると考えられた.Toevaluatetheconditionsofworkerswithdiabeticretinopathyandtheeectoftheirmedicaltreatmentsonthecontinuityoftheirwork,weinvestigatedchangeinvisualacuity,diabeticretinopathycondition,diabeticcondi-tionandstatusofoccupation.Thesubjectswereclassiedintothreegroupsbystageofmedicaltreatment,i.e.,observation,retinalphotocoagulationandvitrectomy.Meanvisualacuitywasmaintainedintheobservationandretinalphotocoagulationgroups,andwassignicantlyimprovedinthevitrectomygroup.Diabeticconditionwassignicantlyimprovedinallgroups.Duringthetermoftheinvestigation,all4patientswhoresignedfromworkforeyediseasehadundergonevitrectomy.Whentreatingworkerswithdiabeticretinopathy,especiallythosewhoneedvitrectomy,itisimportantnotonlytoimprovetheirvisualacuity,butalsotoeasetheireconomicandsocialburden.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):255259,2009〕Keywords:糖尿病網膜症,網膜光凝固術,硝子体手術,就業.diabeticretinopathy,retinalphotocoagulation,vitrectomy,work.———————————————————————-Page2256あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(118)が,就業している網膜症患者では治療に時間を割くと失職してしまうリスクがあり,逆に治療に時間を割かなければ高度の視力低下をきたし失職するリスクがある.この就業と治療のジレンマの実態を調査することは,網膜症による失職のリスク軽減へ向けて有用であると考えられる.本研究では,就業している網膜症患者に限定し,各治療段階における視力,糖尿病コントロール状況,就業状況とその変化について調査した.調査開始から1年以内に眼の病気を理由として退職した個々の症例についての検討も行った.I対象および方法平成17年1月から平成19年10月の間に大阪労災病院眼科(以下,当科)を受診し,当科にて治療をうけた網膜症患者のうち,独立行政法人労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業」への研究参加の同意を得たのは508例である.これらの症例に対しては,本研究の内容や倫理規定に関する説明と,本研究への参加あるいは不参加が治療の方針に変化をもたらさないことの説明を担当医から十分に行い,理解と同意を得たのち,参加同意書にサインを記入していただいた.全508例のうち,調査開始時に就業しており,かつ1年後のアンケート調査が施行できた167例(男性130例,女性37例)を抽出し,今回の検討対象とした.対象を調査開始時の網膜症の状態により,経過観察群,網膜光凝固群,硝子体手術群の3群に分けた.経過観察群は調査開始時において,網膜光凝固術,硝子体手術などの治療を受けていない者(55例),網膜光凝固群は調査開始時に光凝固を開始した者(38例),硝子体手術群は調査開始時に硝子体手術を受けた者(74例)であった.各群に対して視力,糖尿病コントロール状況,就業状況を調査した.各群とも視力や病期など眼に関連するデータは,基本的に右眼のデータを採用した.ただし,網膜光凝固群や硝子体手術群で左眼のみ加療された症例に関しては,左眼のデータを採用した.視力測定は少数視力表を用いて行い,その結果をlogMAR値へ換算して統計処理した.糖尿病コントロール状況は,アンケートに加え,かかりつけ内科医への照会によって血液検査結果などの情報提供を受けた.就業状況は,アンケートにて調査した.アンケートは,診察および検査など医療行為に関わらない専属の調査員が行った.それぞれ,調査開始後1年の時点で再調査を行い,それらの変化についても検討した.就業に関しては,調査開始から1年以内に退職した例に対しては退職理由を調査した.本研究は,大阪労災病院における倫理委員会による承認を受けて行われた.II結果1.各群の内訳および背景各群の対象症例数は,経過観察群55例,網膜光凝固群38例,硝子体手術群74例であった.対象の年齢分布は,各群ともに5665歳の間にピークを認めた(図1).各群のDavis分類による病期の内訳を表1に示す.SDRやprePDRであっても,黄斑浮腫による視力低下をきたした症例には硝子体手術を施行した.硝子体手術は有水晶体眼(70例)に対しては全例超音波白内障手術を同時に施行した.各群の背景を表2に示す.調査開始時において各群間で明らかな有意差はな2520151050(例)年齢(歳)26303135364041454650515556606165667071757680:経過観察群(55例):網膜光凝固群(38例):硝子体手術群(74例)図1対象症例数の内訳および各群の年齢分布各群ともに5665歳にピークを認めた.表1各群の病期の内訳(例数)経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群NDR3000SDR1631prePDR92412PDR01161計553874NDR:nondiabeticretinopathy,SDR:simplediabeticretinopathy,prePDR:preproliferativediabeticretinopathy,PDR:proliferativediabeticretinopathy.表2各群の調査開始時の背景経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群症例数55例38例74例性別(男/女)47/832/651/23年齢(歳)ns58.9±10.254.1±10.656.9±8.6糖尿病罹病期間(年)ns10.0±7.812.0±9.012.3±8.1空腹時血糖(mg/dl)ns187.9±93.6196.8±97.5178.4±72.8HbA1C(%)ns8.5±2.18.2±1.58.0±1.6BUN(mg/dl)ns15.3±5.716.0±6.118.0±8.7Crea(mg/dl)ns0.8±0.30.9±0.41.1±1.7高血圧(+)38%39%47%(平均±SD)(ns;Kruskal-Wallistest,有意差なし)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009257(119)かったが,治療段階が進むにつれて腎機能の悪化,高血圧の合併頻度の上昇傾向が認められた(表2).2.糖尿病および糖尿病網膜症のコントロール状況調査開始時より1年以上前から継続して通院している症例を通院歴ありとした場合における各群の眼科通院歴,内科通院歴を示す(図2a).経過観察群では55例中27例,網膜光凝固群では38例中29例,硝子体手術群では74例中43例が眼科定期通院していなかった.また各群ともに内科には定期通院していても,眼科には定期通院していない症例が2430%存在していた.調査開始1年後では,各群ともに有意にヘモグロビン(Hb)A1C値が低下していた(Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05;図2b)が,各群ともに腎機能は低下傾向にあり,網膜光凝固群と硝子体手術群では高血圧の合併者が増加傾向にあった(データ未掲載).3.視力の変化調査開始時と1年後の群別平均視力を示す(図3).病期が進むに従い,調査開始時,1年後ともに平均視力は低下していた(Kruskal-Wallistest,p<0.05).経過観察群と網膜光凝固群では1年後の平均視力に有意な変化はなかったが,硝子体手術群では平均視力が有意に改善していた(Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).4.眼科通院日数と就業状況の変化1年間の眼科通院・入院日数を図4に示す.治療段階が進むにつれて有意に通院・入院日数が増加していた(Mann-Whitney’sUtest;p<0.05).調査開始から1年間に退職した症例数を表3に示す.眼の病気を理由に退職したものは硝子体手術群のみ(4例)であった.この4例の詳細を表4に示す.職種はトラック運転手2名,事務員2名であった.視力低下によって退職に至った具体的な理由として,症例2で(%)100806040200a(%)98.587.576.565.5b経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群経過観察群(55例)網膜光凝固群(38例)硝子体手術群(74例):眼科通院歴あり:内科通院歴あり:調査開始時:1年後HbA1C***図2糖尿病コントロール状況a:調査開始時より1年以上前から定期通院をしている場合を通院歴ありとした場合の内科,眼科通院歴.各群ともに眼科通院歴のある例がほぼ半数以下である.また内科通院歴があっても眼科通院していない症例が相当数存在する.b:HbA1C値の変化.各群ともに有意にHbA1C値が改善していた(*:Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).1.21.00.80.60.40.20経過観察群(55例)網膜光凝固群(38例)硝子体手術群(74例):調査開始時:1年後少数視力*****図3各群の視力変化硝子体手術群のみ1年後の視力が有意に改善していた(*:Wilcoxonsigned-rankstest,p<0.05).また治療段階が進むにつれて調査開始時,1年後ともに視力が低下していた(**:Kruskal-Wallistest,p<0.05).統計処理は少数視力をlogMAR値に換算して行った.グラフはlogMAR値を再度少数視力に変換して表示している.2520151050経過観察群網膜光凝固群硝子体手術群:入院:外通院・入院日数(日)***図4各群の通院および入院日数治療段階が進むにつれて,有意に通院および入院日数が長くなっている(*:Mann-Whitney’sUtest,p<0.05).表3調査開始より1年以内に退職した症例の退職理由退職理由眼の病気眼以外の病気病気以外経過観察群(n=55)012網膜光凝固群(n=38)001硝子体手術群(n=74)401———————————————————————-Page4258あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(120)は硝子体手術を受けることが決まった直後に解雇されたとのことである.症例3はコンピュータをおもに使用する仕事をされていたが,画面が見にくく作業ができなくなったとのことであり,症例4では,数字の3,6,8,9がすべて同じに見えて事務作業ができなくなったことを退職の理由としていた.1年間の通院および入院日数は4例ともに網膜光凝固群の平均通院日数を上回っていた.III考按視覚障害が顕著になると仕事の継続は容易ではなく,一度離職すると視覚障害者の再就職はむずかしい6).視覚障害の原因疾患を糖尿病とその他の疾患に分けて就業率を検討した過去の報告では,就業者の割合は糖尿病以外の疾患による視覚障害者が34.0%に対して糖尿病による視覚障害者は16.7%であり,糖尿病網膜症患者の就業率が低かった.視覚障害が原因で仕事を辞めた人は,糖尿病以外の疾患の人は33.0%に対して糖尿病の人は50.0%であった6).このように,視覚障害者の就労,特に糖尿病による視覚障害者の就労は厳しい状況にある.今回,就業している糖尿病網膜症患者における各治療段階での現状を調べ,それぞれの治療が就業の継続につながっているかを検討した.対象の年齢分布は調査開始時において各群ともに5665歳にピークがあり,いわゆる就労年齢の後期以降の症例が多かった.この年齢層においては,糖尿病網膜症がわが国における中途失明原因の第1位であると報告されている1).内科および眼科通院歴をみると,網膜光凝固群や硝子体手術群でも眼科通院歴のあるものは半数以下であった.網膜光凝固群は,軽度視力低下などの自覚症状が出現しはじめる時期にあたる(図3).硝子体手術を要する症例ではかなり視力が下がっている(図3).このことから就業者では,自覚症状が現れてはじめて眼科受診している症例,さらには自覚症状が出ても放置している症例が多く存在することが示唆される.内科通院歴と眼科通院歴の関係をみると,内科は定期通院しているが,眼科は定期通院していない症例が2430%存在した.そのなかには,内科以外の科を専門とする医師に糖尿病治療を受けている患者もおり,糖尿病患者における眼科定期検査の重要性を内科医だけでなく他科の医師にも広く啓蒙する必要があると考えられた.糖尿病のコントロールは,各群ともに有意に改善していた.これは,患者教育により,患者本人に病識が生まれ,血糖管理に注意を払うようになったこと,内科の管理下に置かれたことが考えられる.したがって今回の結果は,糖尿病治療における患者教育や社会的啓蒙の重要性を改めて認識させる結果と思われる.以前筆者らは,糖尿病網膜症に対する硝子体手術により健康関連qualityoflife(QOL)が改善することを報告した7,8).しかし,調査開始から1年以内に退職した症例の退職理由では,眼の病気によると回答した症例は硝子体手術群の4例のみであった(表3).これら4例ではすべて1年間の通院・入院日数が網膜光凝固群の平均通院日数を上回っていた.具体的な職業ではトラック運転手や事務員であり,高いレベルの視機能を要求される職業であった.全体の平均通院・入院日数をみても,硝子体手術群が他の2群に比し有意に長い.こうした背景から,硝子体手術目的に入院した時点で即解雇された症例もあり,網膜症患者の就業継続は視機能だけでなく,職場環境や社会的背景とも関連していることがわかった.近年注目されている低侵襲硝子体手術は,早期の視力回復だけでなく,入院日数や社会復帰への期間が短くなる可能性があり,就業継続のために今後ますます重要になると考えられる.抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrwothfactor:VEGF)抗体の硝子体内投与のような新しい治療法が,日本でも限られた施設のみではあるが開始されている.糖尿病黄斑浮腫に対しても効果が認められるという報告もあり9),通院・入院期間の短縮や社会復帰への期間が短縮される可能性を秘めているので,今後の展開が期待される.謝辞:本研究を施行するにあたり,大阪労災病院勤労者感覚器障害センターの北方悦代氏,廣瀬望氏,藤本妙子氏,瓜生恵氏,葛野ひとみ氏,谷美由紀氏に協力いただいた.なお,本研究は,独立行政法人労働者健康福祉機構「労災疾病等13分野医学研究・開発,普及事業」によるものである.表4眼の病気を理由とした退職者の詳細調査時(術前)1年後通院日数入院日数職種具体的経緯症例160歳,男性IIO対象眼0.011.0710トラック運転手詳細不明反対眼0.80.8症例248歳,男性IIO対象眼0.060.71422トラック運転手硝子体手術受けることが決まった直後に解雇反対眼0.50.6症例360歳,男性IIO対象眼0.150.558事務員パソコンが見にくく作業が困難になった反対眼0.40.5症例459歳,女性IIO対象眼0.50.1138事務員数字の3,6,8,9が判別できなくなった反対眼0.80.7———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009259(121)文献1)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.平成17年度厚生労働省研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究.p263-267,厚生労働省,20052)永田誠,松村美代,黒田真一郎ほか:眼科マイクロサージェリー(第5版),p657-658,エルゼビア・ジャパン,20053)LewisH,AbramsGW,BlumenkranzMSetal:Vitrecto-myfordiabeticmaculartractionandedemaassociatedwithposteriorhyaloidaltraction.Ophthalmology99:753-759,19924)TachiN,OginoN:Vitrectomyfordiusemacularedemaincasesofdiabeticretinopathy.AmJOphthalmol122:258-260,19965)樋田哲夫,田野保雄,根木昭ほか:眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針.p81-85,文光堂,20066)山田幸男,平沢由平,大石正夫ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第8報視覚障害者の就労.眼紀54:16-20,20037)恵美和幸,大八木智仁,池田俊英ほか:糖尿病網膜症の硝子体手術前後におけるqualityoflifeの変化.日眼会誌112:141-147,20088)大八木智仁,上野千佳子,豊田恵理子ほか:糖尿病網膜症の片眼硝子体手術例における健康関連QOLへの僚眼視力の影響.臨眼62:253-257,20089)坂東肇,恵美和幸:抗VEGF抗体─糖尿病黄斑浮腫に対するBevacizumab硝子体内投与の効果.あたらしい眼科24:156-160,2007***

眼内炎・肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病網膜症患者の1例

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(101)2390910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):239242,2009cはじめに肥厚性硬膜炎は脳硬膜の炎症と線維性の肥厚を生じ,多発性脳神経麻痺を中核とする多彩な症候を示す疾患であり1),多彩な原因で起こる2).磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)の発達により診断されることが多くなり3),眼科領域においてもさまざまな眼病変の報告419)が増加してきている.今回眼内炎と肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病患者の1例を経験したので報告する.I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼視力低下.初診:2004年9月8日.現病歴:2003年9月から左眼視力低下があり,2004年9月6日近医を受診し,紹介され国立国際医療センター眼科初診となった.既往歴:47歳頃左眼白内障手術を受けた.〔別刷請求先〕武田憲夫:〒162-8655東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療センター戸山病院眼科Reprintrequests:NorioTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ToyamaHospital,InternationalMedicalCenterofJapan,1-21-1Toyama,Shinjuku-ku,Tokyo162-8655,JAPAN眼内炎・肥厚性硬膜炎を発症した糖尿病網膜症患者の1例武田憲夫*1竹内壮介*2蓮尾金博*3*1国立国際医療センター戸山病院眼科*2同神経内科*3同放射線科ACaseofDiabeticRetinopathywithEndophthalmitisandHypertrophicPachymeningitisNorioTakeda1),SosukeTakeuchi2)andKanehiroHasuo3)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofNeurology,3)DepartmentofRadiology,ToyamaHospital,InternationalMedicalCenterofJapan肥厚性硬膜炎は多彩な原因で起こり,磁気共鳴画像(MRI)の発達により報告例が増加している疾患である.今回眼内炎と肥厚性硬膜炎を合併した糖尿病網膜症患者の1例を報告する.症例は60歳,男性の糖尿病患者で,糖尿病網膜症に対しては網膜光凝固術が施行されていた.左眼は網膜症が悪化し硝子体手術も施行された.以後眼内炎と眼窩蜂巣炎を発症し薬物療法で加療し軽快したが,頭痛が継続した.造影MRIにて肥厚性硬膜炎が発見され,抗生物質を約9カ月間継続し,頭痛は消失しMRI所見も改善した.肥厚性硬膜炎の診断・経過観察には造影MRIが有用であり,治療には長期の抗生物質投与が有効であった.肥厚性硬膜炎と眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化の関連性が推察された.Hypertrophicpachymeningitisoccursduetovariouscauses;casereportsoftheconditionhaveincreasedwiththedevelopmentofmagneticresonanceimaging(MRI).Inthisreport,wepresentthecaseofa60-year-oldmalewhohaddiabeticretinopathywithendophthalmitisandhypertrophicpachymeningitis.Thediabeticretinopathywastreatedbyphotocoagulation,buttheretinopathyinhislefteyeworsenedandvitreoussurgerywasperformed.Endophthalmitisandorbitalcellulitissubsequentlyoccurred;theywereimprovedbyantibiotictherapy,buthead-achepersisted.HypertrophicpachymeningitiswasdetectedbyenhancedMRI.Afterabout9monthsofantibiotictherapy,theheadachehaddisappearedandMRIndingsimproved.MRIwasusefulindiagnosingandfollowingupthehypertrophicpachymeningitis,andantibiotictherapyoveralongperiodwaseective.Itissuggestedthathypertrophicpachymeningitisisrelatedtoendophthalmitis,orbitalcellulitisanddeteriorationofdiabeticretinopa-thy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):239242,2009〕Keywords:肥厚性硬膜炎,眼内炎,糖尿病網膜症,MRI,糖尿病.hypertrophicpachymeningitis,endophthal-mitis,diabeticretinopathy,MRI,diabetesmellitus.———————————————————————-Page2240あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(102)家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力はVD=0.08(1.5×3.00D(cyl0.50DAx80°),VS=0.03(0.3×5.50D(cyl2.00DAx20°),眼圧は右眼18mmHg,左眼17mmHg,両眼開放隅角(Shaer分類Grade3)であった.細隙灯顕微鏡検査では右眼に初発白内障を認め,左眼は眼内レンズ挿入眼であった.眼底検査では両眼に網膜出血・硬性白斑,左眼に黄斑浮腫を認めた.糖尿病は推定発症年齢35歳で未治療,血糖は246mg/dl,ヘモグロビン(Hb)A1Cは11.2%で,早期腎症(第2期)(尿蛋白:0.40g/日),神経症,高血圧(156/80mmHg),高脂血症(総コレステロール:231mg/dl)がみられた.貧血,低アルブミン血症はみられなかった.経過:蛍光眼底造影検査(uoresceinangiography:FAG)にて左眼に網膜無血管野がみられ,増殖前網膜症であり,10月15日から汎網膜光凝固術を施行した.右眼にもFAGで網膜無血管野がみられ増殖前網膜症へと進行したため,2005年3月7日から汎網膜光凝固術を施行した.左眼黄斑浮腫の増悪がみられ,2006年6月1日に左眼硝子体手術を施行した.その後硝子体出血が起こり9月20日に硝子体手術を施行し,術中増殖膜が認められ網膜症が増殖網膜症へと進行していた.術後胞状網膜離が起こり10月5日左眼硝子体手術を施行したが,裂孔は不明であり滲出性網膜離が疑われた.術後網膜は復位していたが浮腫状であった.10月30日より左眼眼圧上昇が起こりアセタゾラミド錠(ダイアモックスR錠250mg)を内服した.硝子体出血と前房出血もみられ,12月18日には視力は0であった.12月25日には虹彩血管新生が顕著に認められた.2007年1月8日に左眼眼痛と頭痛が起こり,1月9日受診した.左眼に角膜浮腫,前房蓄膿,前房内白色塊がみられた.房水を採取しての検査では鏡検で桿菌状細菌がみられたが,培養では菌の発育を認めなかった.細菌性眼内炎と考えたが視力が0のため硝子体手術は行わず,イミペネム・シラスタチンナトリウム(チエナムR)点滴,レボフロキサシン(クラビットR)内服,レボフロキサシン(クラビットR),トブラマイシン(トブラシンR),リン酸ベタメタゾンナトリウム(リンデロンR液),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンPR)点眼で治療した.眼瞼腫脹もみられたため1月17日にコンピュータ断層撮影を施行し,左眼周囲の軟部組織腫脹,上眼瞼結膜の著明な増強,下眼瞼の腫脹,涙腺の腫脹,強膜に沿って後方へも広がるTenonの炎症所見がみられ,眼窩蜂巣炎と考えた.1月23日退院となり外来加療となった.しかし頭痛が継続するため2月14日にMRIを撮影し,硬膜の肥厚がみられ肥厚性硬膜炎と診断した(図1,2).2月16日からミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシンR錠50mg)2錠内服で加療した.2月23日には眼瞼腫脹は減少し,2月28日には左眼は眼球癆となった.MRIで経過観察しながら加療を継続し硬膜炎は約9カ月後の10月31日のMRIで治癒し(図3,4),11月6日にミノサイクリン塩酸塩(ミノマイシンR錠50mg)内服を中止し,以後再発はみられていない.なお,右眼はFAGで網膜無血管野が増加し,3月7日から網膜光図12007年2月14日のGd(ガドリニウム)造影・T1強調MRI(水平断)左眼は右眼に比べてやや小さく,網膜に沿う層状の増強,強膜の増強,視神経に沿うわずかな増強がみられる.眼球周囲の脂肪織にも混濁と増強がみられ,涙腺も軽度腫脹している.図22007年2月14日のGd造影・T1強調MRI(冠状断)左前頭蓋底の硬膜が肥厚し増強されている(矢印).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009241(103)凝固術を追加したが増殖前網膜症のまま経過している.また,原発開放隅角緑内障を認め7月18日から点眼加療を開始した.黄斑部に硬性白斑の沈着を認め視力は低下した.なお,HbA1Cの推移は2006年3月までは9.011.2%,2006年5月以降は7.08.1%であった.軽度の貧血が起こってきた以外は内科での検査所見に著変はみられなかった.II考按肥厚性硬膜炎は宮田ら1)によると2000年までのわが国における文献報告は22例であり,性差はなく,40歳代以降に多く,臨床症候として多いものは末梢性多発性脳神経症候と頭痛であるとされている.診断には画像診断が重要であり,特にMRIの造影後T1強調画像の検討が必要で20),造影によって初めて異常所見が明瞭となることが多い1).したがって,近年の画像診断の進歩により報告が増加してきている1,3).本症には基礎疾患を明らかにすることができない特発性と,なんらかの基礎疾患を有する続発性があり,続発性の基礎疾患としては感染症,膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患,悪性腫瘍などがある2).治療としては特発性の場合はステロイドが最も多く使用されるが,原因が明らかでなくとも抗生物質や抗結核薬が著効する場合もある21).ステロイドで効果が不十分な場合には免疫抑制薬も使用される21).続発性の場合は基礎疾患に対する治療が主体となる21).また組織診断のための生検,脳神経や脳の圧迫症状に対する減圧術などの外科的治療が必要となることもある22).肥厚性硬膜炎の眼科領域における報告419)を検討すると,視神経症などの視神経障害4,5,811,13,1618)と外眼筋麻痺を含めた視神経以外の脳神経障害48,11,1316,18)の報告が多いが,眼振14),眼窩部痛12),眼球突出16),眼周囲炎症性腫瘍12)などの報告もみられる.さらに結膜浮腫9),結膜充血18),毛様充血11,18),強膜菲薄化11,16,18),交感性眼炎12),上強膜炎15,17),強膜炎18),虹彩毛様体炎11,15,18),虹彩の結節様隆起11),軽度眼圧上昇9),毛様体扁平部の黄白色隆起性病変11),硝子体混濁11,18),網膜血管・静脈拡張9),網膜静脈炎15),網膜出血5,9,11),胞様黄斑浮腫5),網膜浸出物15),滲出性網膜離15)といった外眼部および内眼部所見の多彩な報告がなされている.本症例では肥厚性硬膜炎・眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化がみられたが,これらの関連についてはつぎのような機序が考えられる.1)眼窩蜂巣炎の波及により肥厚性硬膜炎が発症した.2)肥厚性硬膜炎から眼窩蜂巣炎・眼内炎が発症した.3)肥厚性硬膜炎・眼内炎・眼窩蜂巣炎・糖尿病網膜症悪化が互いに関連しあっており,肥厚性硬膜炎が糖尿病網膜症を悪化させた.以下に1)3)をそれぞれ考察する.1)鼻性視神経炎から肥厚性硬膜炎を発症した報告14,19)もなされており,眼窩蜂巣炎の波及により肥厚性硬膜炎を発症した可能性が考えられる.2)肥厚性硬膜炎が多彩な眼症状をきたすという報告は多くなされており,肥厚性硬膜炎から眼窩蜂巣炎・眼内炎が発症したことも考えられる.特に左眼には硝子体手術の手術創があったため眼内炎の原因となりえた可能性もある.また視力が比較的早期に0となったことは肥厚性硬膜炎による視神経障害が起こっていたことも否定図32007年10月31日のGd造影・T1強調MRI(水平断)左眼は縮小・変形し眼球癆の状態である.増強は減弱している.眼球周囲の脂肪織の混濁や増強も消失している.図42007年10月31日のGd造影・T1強調MRI(冠状断)左前頭蓋底の硬膜肥厚および増強が消失している(矢印).———————————————————————-Page4242あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(104)はできない.3)門田ら12)は慢性肥厚性脳硬膜炎と眼球癆となっている右眼周囲炎症性腫瘍を合併した左眼の交感性眼炎の1例を報告し,いずれも自己免疫機序が考えられていること,ステロイドで寛解したことからこれらの疾患の関連性を推測しており,本症例においても眼内炎・眼窩蜂巣炎・肥厚性硬膜炎が互いに関連し合っていたことが考えられる.肥厚性硬膜炎により前述のような多彩な眼内病変が起こりえることから,肥厚性硬膜炎が左眼の糖尿病網膜症になんらかの影響を与えていた可能性も否定はできない.硝子体手術を契機にして原因不明の非裂孔原性網膜離を起こしたり,硝子体出血・前房出血・虹彩血管新生など糖尿病網膜症の悪化をきたしたとも考えられる.本症例においては糖尿病網膜症の悪化が頭痛に先行した.しかし上強膜炎と滲出性網膜離のみで経過し,2年後に多発性脳神経麻痺を発症し確定診断に至ったという浅井ら15)の特発性肥厚性硬髄膜炎の報告がみられる.本症例においても肥厚性硬膜炎が以前より存在した可能性があり,糖尿病網膜症への関与も否定はできない.以上をまとめると,本症例においては特発性肥厚性硬膜炎が先に存在し,手術侵襲と相まって糖尿病網膜症を悪化させ,眼窩蜂巣炎と眼内炎を起こしたのではないかと考えた.今回の肥厚性硬膜炎の診断・経過観察には造影MRI検査が有用であり,治療には長期間の薬物療法が有効であった.肥厚性硬膜炎はMRIにより経過観察を行いながら,長期にわたり根気よく加療することが重要である.糖尿病診療においては多彩な病変を起こす肥厚性硬膜炎にも注意を払う必要がある.文献1)宮田和子,藤井滋樹,高橋昭:肥厚性脳硬膜炎の臨床特徴.神経内科55:216-224,20012)伊藤恒,伊東秀文,日下博文:肥厚性脳硬膜炎─基礎疾患との関連─.神経内科55:197-202,20013)瀬高朝子,塚本忠,大田恵子ほか:肥厚性硬膜炎の臨床的検討.脳神経54:235-240,20024)HamiltonSR,SmithCH,LessellS:Idiopathichypertro-phiccranialpachymeningitis.JClinNeuroophthalmol13:127-134,19935)池田晃三,白井正一郎,山本有香:眼症状を呈した肥厚性脳硬膜炎の1例.臨眼49:877-880,19956)JacobsonDM,AndersonDR,RuppGMetal:Idiopathichypertrophiccranialpachymeningitis:Clinical-radiologi-cal-pathologicalcorrelationofboneinvolvement.JNeu-roophthalmol16:264-268,19967)橋本雅人,大塚賢二,中村靖ほか:外転神経麻痺を初発症状とした慢性肥厚性脳硬膜炎の1例.臨眼51:1893-1896,19978)GirkinCA,PerryJD,MillerNRetal:Pachymeningitiswithmultiplecranialneuropathiesandunilateralopticneuropathysecondarytopseudomonasaeruginosa.Casereportandreview.JNeuroophthalmol18:196-200,19989)清水里美,松崎忠幸,宮原保之ほか:肥厚性脳硬膜炎による視神経症の1例.眼科41:673-677,199910)石井敦子,石井正三,高萩周作ほか:視交叉部および周辺に肥厚性硬膜炎を認めた1例.臨眼54:637-641,200011)斉藤信夫,松倉修司,気賀澤一輝ほか:多彩な眼症状を呈した肥厚性硬膜炎の1例.臨眼55:1255-1258,200112)門田健,金森章泰,瀬谷隆ほか:慢性肥厚性脳硬膜炎と眼周囲炎症性腫瘍を合併した交感性眼炎の1例.眼紀53:462-466,200213)永田竜朗,徳田安範,西尾陽子ほか:肥厚性硬膜炎による視神経症の1例.臨眼57:1109-1114,200314)三宮曜香,八代成子,武田憲夫ほか:外転神経麻痺を初発とし肥厚性硬膜炎に至った鼻性視神経炎の1例.眼紀54:462-465,200315)浅井裕,森脇光康,柳原順代ほか:上強膜炎,滲出性網膜離から発症した特発性肥厚性硬髄膜炎の1例.眼臨96:853-856,200216)藤田陽子,吉川洋,久冨智朗ほか:眼窩先端部症候群の6例.臨眼59:975-981,200517)新澤恵,山野井貴彦,飯田知弘:Cogan症候群と視神経症を呈したWegener肉芽腫症による肥厚性硬膜炎の1例.神経眼科22:410-417,200518)上田資生,林央子,河野剛也ほか:肥厚性硬膜炎により眼球運動障害をきたした1例.臨眼60:553-557,200619)宋由伽,奥英弘,菅澤淳ほか:副鼻腔炎手術を契機に発症したアスペルギルス症による眼窩先端症候群の一例.神経眼科23:71-77,200620)柳下章:肥厚性脳硬膜炎の画像診断.神経内科55:225-230,200121)大越教夫,庄司進一:肥厚性脳硬膜炎の内科的治療.神経内科55:231-236,200122)吉田一成:肥厚性脳硬膜炎の外科的治療.神経内科55:237-240,2001***

糖尿病網膜症に高度な黄斑部滲出性網膜剥離を認めた症例

2009年2月28日 土曜日

———————————————————————-Page1(97)2350910-1810/09/\100/頁/JCLS14回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科26(2):235238,2009cはじめに糖尿病網膜症に併発する黄斑部漿液性網膜離には,糖尿病黄斑症の悪化がまず考えられる.しかし,高度な黄斑部漿液性網膜離が出現した場合は,他の疾患の合併なども考える必要がある.今回,安定していた糖尿病網膜症に,中心性漿液性脈絡網膜症を合併し,急激に高度の黄斑部漿液性網膜離を生じた症例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,男性.初診:平成10年1月30日.主訴:左眼視力低下.既往歴:高血圧(この時点では糖尿病は指摘されていなかった).〔別刷請求先〕緒方奈保子:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:NahokoOgata,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,Fumizono-cho10-15,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN糖尿病網膜症に高度な黄斑部滲出性網膜離を認めた症例嶋千絵子*1緒方奈保子*1松山加耶子*1松岡雅人*1和田光正*1髙橋寛二*2松村美代*2*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2関西医科大学附属枚方病院眼科SevereSerousMacularDetachmentinaCaseofQuiescentDiabeticRetinopathyChiekoShima1),NahokoOgata1),KayakoMatsuyama1),MasatoMatsuoka1),MitsumasaWada1),KanjiTakahashi2)andMiyoMatsumura2)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:治療後安定していた糖尿病網膜症に,急激に高度な黄斑部滲出性網膜離を生じ,中心性漿液性脈絡網膜症の併発が疑われた症例を経験したので報告する.症例:65歳,男性.初診時左眼中心性漿液性脈絡網膜症と診断し,光凝固治療を行った.7年後,再診時に両眼増殖糖尿病網膜症を認め,汎網膜光凝固と硝子体手術を施行.以後眼底所見は安定していたが,1年後に突然左眼黄斑部に高度の滲出性網膜離を生じた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査で網膜色素上皮離とその辺縁からの蛍光漏出を認めた.同部に光凝固を行い,網膜離は消失した.結論:糖尿病網膜症に合併する黄斑部の滲出性網膜離には,糖尿病黄斑症の増悪によるものだけではなく,中心性漿液性脈絡網膜症の併発によることがあり,注意を要する.Wereportacaseofsevereserousretinaldetachmentinthemacularregioninquiescentdiabeticretinopathy.Thepatient,a65-year-oldmale,hadbeentreatedwithphotocoagulationinhislefteyeforcentralserouschori-oretinopathy.Sevenyeaslater,hevisitedourhospitalwithdecreasedvisioninbotheyes.Hepresentedwithprolif-erativediabeticretinopathyinbotheyesandunderwentvitrectomyfollwingpanretinalphotocoagulation.Thereafter,hiseyesshowedquiescentcondition.Oneyearslater,severeserousretinaldetachmentinthemacularregionabruptlyoccurredinhislefteye.Fluoresceinangiographyrevealedpigmentepithelialdetachmentaccompa-niedbydyeleakagefromtheedge.Laserphotocoagulationattheleakagepointsledtocompleteimprovement.Serousretinaldetachmentinthemacularregion,originatingfromcentralserouschorioretinopathy,canappeareveninstableproliferativediabeticretinopathy.Itisimportanttodierentiatecentralserouschorioretinopathyfromseverediabeticmacularedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(2):235238,2009〕Keywords:漿液性網膜離,糖尿病網膜症,中心性漿液性脈絡網膜症,色素上皮離,糖尿病黄斑浮腫.serousretinaldetachment,diabeticretinopathy,centralserouschorioretinopathy,pigmentepithelialdetachment,diabeticmacularedema.———————————————————————-Page2236あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(98)家族歴:父が高血圧.現病歴:10日前からの左眼視力低下が出現し,近医より左眼黄斑変性疑いにて紹介受診.初診時所見:視力は右眼矯正1.5,左眼矯正0.7.眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHgで,前眼部には異常なく,中間透光体は両眼とも軽度白内障のみであった.眼底には左眼に黄斑部を含む漿液性網膜離と眼底後極部に網膜毛細血管瘤を認め,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)と,光干渉断層計(OCT)にてmicroripと思われる点状漏出を伴う色素上皮離(PED)を認めた(図1a,b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)では,早期に脈絡膜充盈遅延と脈絡膜静脈の拡張,中後期に脈絡膜異常組織染を認めた(図1c).右眼に異常は認めなかった.経過:以上より,左眼の中心性漿液性脈絡網膜症と診断し,毛細血管瘤は傍中心窩毛細血管拡張症と診断した.PED辺縁と漏出点に光凝固を施行したところ,3カ月後網膜離は消失し,PEDも扁平化し,視力は矯正1.0まで回復した.しかし,以後受診が途絶えた.平成11年頃より糖尿病を指摘されていたが眼科受診はしなかった.3カ月前からの両眼視力低下を主訴に,7年ぶりに平成17年2月19日眼科受診.視力は右眼矯正0.5,左眼矯正0.2で,両眼ともに眼底に網膜出血と綿花様白斑が多発し,進行した糖尿病網膜症を認めた(図2a).左眼はFAにて広範な無血管野と網膜新生血管を認め,増殖糖尿病網膜症の眼底所見であった.後極部には初診時にも認められたPEDと新たに出現したPEDを認めた(図2b).両眼に汎網膜光凝固を開始し,その後発生した両眼硝子体出血に対して早期早期中期中期動脈相動脈相静脈相静脈相後期後期後期後期中心窩中心窩abc1初診時の左眼眼底所見(H10.1.30)a:FAにて,漏出を伴うPEDと網膜毛細血管瘤を認める.b:OCTにて,黄斑部を含む滲出性網膜離とその上方のPED(矢印)を認める.c:IAにて,上段:動脈相(22秒)で脈絡膜充盈遅延(矢印),中段:静脈相(27秒)で脈絡膜静脈拡張(矢印),下段:後期(12分)に異常脈絡膜組織染(矢印)を認める.ab図2初診から7年後の再診時眼底所見(H17.2.19)a:両眼の眼底写真.綿花様白斑,網膜出血を多数認め,左右同様の糖尿病網膜症を認める.b:左眼のFA.広範な無血管野と網膜新生血管を認め,枠外では以前認めたPED(黒矢印)と,新たに出現したPED(白矢印)を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009237(99)硝子体手術を施行し,以後網膜症は活動性が低下し安定していた(図3).1年後(平成18年6月13日),左眼に突然高度の漿液性網膜離が出現し(図4a),視力は矯正0.09となった.OCTにて黄斑部を含む漿液性網膜離とPEDを認め(図4b),FAでPED辺縁から網膜下への蛍光漏出を認めた(図4c).IAでは,動脈相で脈絡膜充盈遅延と脈絡膜の血管透過性亢進所見を認めた.しかし脈絡膜新生血管を示す網目状血管やポリープ状脈絡膜血管症(PCV)の所見は認めなかった.以上より,中心性漿液性脈絡網膜症の再発と診断し,PED周囲と漏出部に光凝固を施行した.1カ月後,中心窩の漿液性網膜離とPEDは消失した(図5a,b).視力は糖尿病黄斑症による変性萎縮により矯正0.1にとどまったが,その後1年経過した現在も再発なく安定している.II考察糖尿病網膜症に高度な黄斑部漿液性網膜離が出現した場合,糖尿病黄斑浮腫以外で考えられる病態としては,全身状態の変化,加齢黄斑変性の合併,過剰な汎網膜光凝固,中心性漿液性脈絡網膜症の合併,炎症性疾患(原田病,強膜炎,梅毒性ぶどう膜炎など)の合併,その他の疾患(腫瘍,ピット黄斑症候群など)の合併などがあげられる.今回報告した症例は,初診時,中心性漿液性脈絡網膜症と傍中心窩毛細血管拡張症の併発と診断したが,このときすでに糖尿病網膜症があった可能性がある.7年後再診時には増殖糖尿病網膜症となっており,光凝固と硝子体手術にて眼底所見は約1年間安定していた.しかし,左眼に突然高度漿液性網膜離が出現し,FAにてPED辺縁からの強い漏出を認めた.このFA所見より,本症例は糖尿病網膜症に中心性漿液性脈絡網膜症が併発し,漿液性網膜離が出現したと考え,光凝固を施行し,網膜離は消失した.ab図5治癒後の左眼眼底所見(H19.3.17)a:眼底写真,b:OCT.網膜離は消失し,滲出性変化は認めない.図3安定時の左眼FA(H18.2.17)PEDのみ過蛍光を示すが,滲出性変化は認めない.①②①②acb図4漿液性網膜離出現時の左眼眼底所見(H18.6.13)a:眼底写真.黄斑部を含む広範な高度漿液性網膜離が出現.b:aの眼底写真の①②に対応するOCT所見.黄斑部を含む漿液性網膜離とPEDを認める.c:FAにて,PED辺縁からの漏出を認める(矢印).上:早期,下:後期.———————————————————————-Page4238あたらしい眼科Vol.26,No.2,2009(100)糖尿病網膜症とともに,糖尿病脈絡膜症の存在も明らかにされてきており1,2),糖尿病脈絡膜症の組織では,内皮基底膜の肥厚による脈絡膜毛細血管の狭細化,閉塞や脱落,脈絡膜内微小血管異常や血管瘤,新生血管などが知られている.一方,中心性漿液性脈絡網膜症は,脈絡膜血管透過性が亢進し,二次的に網膜色素上皮が障害され,漿液性網膜離が生じると考えられているが,なぜ脈絡膜病変が生じるか,循環不全と血管透過性亢進との関係は不明である.他の眼疾患や全身状態の変化の際に中心性漿液性脈絡網膜症が合併することもある.ステロイドの全身投与による併発はよく知られているが,高血圧性網膜症3)や正常妊娠4)での合併,糖尿病黄斑浮腫に対するステロイド局所治療による発症5)などの報告もある.それぞれ,高血圧性脈絡膜症と同様の変化や,血栓傾向による脈絡膜循環障害から二次性中心性漿液性脈絡網膜症をきたすこと,ステロイドによる色素上皮の損傷修復過程の抑制などが原因と考えられている.糖尿病網膜症では,脈絡膜循環障害や遷延する黄斑浮腫などにより網膜色素上皮の障害を受けやすい.さらに糖尿病網膜症では中心窩脈絡膜血流量が低下しているとの報告もある6).従来少ないとされていた糖尿病網膜症に合併する加齢黄斑変性の報告は散見される79).しかし中心性漿液性脈絡網膜症の合併の報告は筆者らの検索の限りではみられなかった.この理由として,一つには好発年齢の違いがあげられる.中心性漿液性脈絡網膜症は3050歳と比較的若年であり,高齢者には少ないのに対して,糖尿病網膜症は40歳代から増加し60歳代が最も多く,好発年齢に差がある.2つ目の理由として,糖尿病網膜症では網膜血管透過性亢進,網膜色素上皮障害や網膜毛細血管瘤からの漏出所見などを伴うため,中心性漿液性脈絡網膜症を合併しても漏出点がマスクされて糖尿病黄斑浮腫と診断され,診断しにくいことがあげられる.糖尿病網膜症に併発した黄斑部漿液性網膜離は,高度な黄斑部滲出性網膜離の場合,中心性漿液性脈絡網膜症を併発していることもあり,注意を要する.文献1)竹田宗泰:糖尿病脈絡膜症─病態研究の新しい視点─.あたらしい眼科20:919-924,20032)福島伊知郎:糖尿病脈絡膜症の病態と脈絡膜循環.DiabetesFrontier15:293-296,20043)山田英里,山田晴彦,山田日出美:中心性漿液性脈絡網膜症を発症した高血圧性網脈絡膜症.臨眼61:1867-1872,20074)今義勝,永富智浩,西岡木綿子ほか:正常妊娠後期に合併した中心性漿液性脈絡網膜症の1例.臨眼60:473-476,20065)ImasawaM,OhshiroT,GotohTetal:Centralserouschorioretinopathyfollowingvitrectomywithintravitrealtriamcinoloneacetonidefordiabeticmacularedema.ActaOphthalmolScand83:132-133,20056)NagaokaT,KitayaN,SugawaraRetal:Alterationofchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithtype2diabetes.BrJOphthalmol88:1060-1063,20047)KleinR,BarbaraE,ScotEetal:Diabetes,hyperglycemiaandage-relatedmaculopathy.Thebeavereyestudy.Oph-thalmology99:1527-1534,19928)ZylbermannR,LandauD,RozenmanYetal:Exudativeage-relatedmaculardegenerationinpatientswithdiabet-icretinopathyanditsrelationtoretinallaserphotocoagu-lation.Eye11:872-875,19979)宮嶋秀彰,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に伴う脈絡膜新生血管の臨床像と経時的変化.眼紀52:498-504,2001***

眼内毛様体光凝固を施行した血管新生緑内障の3例

2009年1月31日 土曜日

———————————————————————-Page1(113)1130910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(1):113116,2009cはじめに増殖糖尿病網膜症による血管新生緑内障は,網膜虚血に伴う隅角の新生血管・線維組織の増殖が,房水流出抵抗を増大させ,眼圧を上昇させる続発緑内障である.密な広域汎網膜光凝固を行い,網膜症の沈静化,眼圧下降を図るが,徹底した光凝固や硝子体手術を施行したにもかかわらず,眼圧コントロール不良となる症例がある.線維柱帯切除術はこのような血管新生緑内障に有効である.伊藤らは術後3年で62.1%,新垣らは点眼併用にて77.8%が眼圧コントロール良好であったと報告1,2)している.その一方で長期成績については,代謝拮抗薬を併用しても5年で28%程度しか眼圧コントロールできないとする報告3)もある.実際に,徹底した光凝固や硝子体手術を施行したにもかかわらず,隅角新生血管の活動性が高い場合は,術後早期には前房出血が濾過胞の管理を困難にする.術後晩期には強膜弁上に増殖膜を形成し,濾過胞が消失する.また,増殖膜を形成する症例では,ニードリング,濾過胞再建術,別部位への線維柱帯切除術を行っても早期に濾過胞が消失し,難治となることがある.難治性の血管新生緑内障に対して,海外では緑内障バルブ〔別刷請求先〕田中最高:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座眼科学Reprintrequests:YoshitakaTanaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,8-35-1Sakuragaoka,Kagoshima890-8520,JAPAN眼内毛様体光凝固を施行した血管新生緑内障の3例田中最高山下高明山切啓太坂本泰二鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学講座眼科学ThreeCasesofRefractoryNeovascularGlaucomaTreatedbyEndocyclophotocoagulationYoshitakaTanaka,TakehiroYamashita,KeitaYamakiriandTaijiSakamotoDepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicalandDentalSciences隅角新生血管に活動性がある増殖糖尿病網膜症が原因の血管新生緑内障に対して,眼内毛様体光凝固を行い,その効果を検討した.対象は糖尿病網膜症に対して硝子体手術を行い,網膜最周辺部まで光凝固を行ったにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧コントロール不良となった3例4眼.眼内毛様体光凝固(ダイオードグリーン,出力200mW,時間0.2秒,範囲180°)を行い,術前後の眼圧・視力についてレトロスペクティブに調査を行った.術後経過観察期間は2例3眼9カ月,1例1眼7カ月であった.1例2眼では眼圧下降が不十分であったが,2例2眼では経過観察中21mmHg以下に眼圧がコントロールできた.視力の悪化はなく,重篤な副作用は認めなかった.線維柱帯切除術が効きにくいと予想される症例の眼圧下降手術では,眼内毛様体光凝固は一つの選択肢となりうる.Weconductedaretrospectivestudyofpatientswhohadundergoneendocyclophotocoagulationforneovascularglaucomaduetoproliferativediabeticretinopathy.Thestudyincluded4eyesof3patientswithdiabeticneovascu-larglaucomawhohadpreviouslyundergonesucientpanretinalphotocoagulationwithparsplanavitrectomy.Alleyescontinuedtohaveactiverubeosisiridisandcouldnotmaintainintraocularpressure(IOP).Endocyclophotoco-agulation(diodegreen,200mW,0.2s,180degrees)wasperformedintheseeyes.IOPandvisualacuityweremoni-toredbeforeandafterendocyclophotocoagulation.Thefollow-upperiodwas9monthsin3eyesand7monthsin1eye.PostoperativeIOPwassuccessfullycontrolledin2eyesof2patients,thoughcontrolcouldnotbeachievedin2eyesof1patient.Preoperativevisualacuitywasmaintainedinalleyes,andnoseverepostoperativecomplica-tionswerenoted.Endocyclophotocoagulationisonesurgicaloptionforneovascularglaucomapatientsinwhomrubeosisiridisremainsactive.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(1):113116,2009〕Keywords:毛様体光凝固,血管新生緑内障,硝子体手術,糖尿病網膜症.cyclophotocoagulation,neovascularglaucoma,vitrectomy,diabeticretinopathy.———————————————————————-Page2114あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(114)を用いたインプラント手術で一定の効果をあげているが,日本では認可されておらず,材料の入手,使用に際して問題がある.近年になってアジア人に対する手術成績の報告も増えてきているが,角膜内皮減少,低眼圧などの課題が残っている4,5).一方,毛様体破壊術では,眼球癆の危険性があることや房水産生を低下させることから,一般的には眼圧下降の最終手段とされている.しかし,Pastorらは,術式ごとの眼球癆の頻度を,毛様体冷凍凝固で934%,経強膜レーザー凝固の014%であるのに対し,眼内法(経硝子体法)では2.7%と報告6)しており,内眼手術時のレーザー毛様体破壊は比較的眼球癆になりにくく,直視下で確実に毛様突起を凝固することができることから,近年,難治性血管新生緑内障に対する有効な治療として積極的に施行されつつある.眼内毛様体光凝固は180240°の範囲で出力200700mWの条件で行われ79),Hallerらは73眼を対象として,1年後に87.3%の症例で眼圧コントロール可能であったと報告7)している.眼圧下降効果が濾過胞に頼らない眼内毛様体光凝固は,易出血性で,強膜弁に増殖膜を形成するような血管新生緑内障に特に有効と考えられる.そこで,糖尿病網膜症に対して,徹底した汎網膜光凝固を施行したにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧コントロールが不良となった血管新生緑内障に対し眼内毛様体光凝固を行い,効果の検討を行った.I対象および方法対象は平成17年1月から平成18年12月に鹿児島大学医学部附属病院眼科で,糖尿病網膜症による血管新生緑内障に対して眼内毛様体光凝固を施行した3例4眼である.いずれの症例も硝子体手術の既往があり,その際,最周辺部まで十分な網膜光凝固を行ったにもかかわらず,虹彩および隅角の新生血管が消退せず,眼圧が25mmHg以上になったため手術となった.眼内毛様体光凝固は,通常の硝子体手術時と同様に,上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージでスリーポートを作製.強膜を圧迫内陥し,直視下にダイオードグリーン,出力200mW,時間0.2秒の条件で毛様突起1つに対して23発凝固し,180°の範囲で施行した(図1).圧迫で毛様突起が見えないときは内視鏡を用いて凝固を行った.全例眼内レンズ挿入眼であり,当院で同一術者にて手術を施行した.術前後の眼圧,視力,視野についてレトロスペクティブに調査した.眼圧経過の判定は,術後,緑内障点眼薬を併用しても2回連続して21mmHgを超えた場合に不良とした.〔症例1〕67歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病,高血圧.現病歴:平成8年両眼の白内障手術を施行された.平成9年頃より糖尿病を指摘され,平成14年6月に近医にて増殖糖尿病網膜症に対し汎網膜光凝固を施行されるが,以降受診が途絶えていた.平成15年6月,近医を受診し右眼の血管新生緑内障を指摘され,当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.4(0.8×1.75D(cyl1.25DAx70°),左眼0.04(矯正不能).眼圧は右眼39mmHg,左眼16mmHg.右眼は虹彩および隅角全周に,左眼は虹彩の一部に新生血管を認めた.右眼眼底には新生血管および増殖膜が存在し,左眼は硝子体出血を認めた.臨床経過:初診時より右眼の網膜光凝固を追加したが,血糖コントロールは不良であり糖尿病網膜症の進行を認めたため,平成16年9月,右眼硝子体手術施行.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.その後も眼圧は抗緑内障点眼を3剤使用しても20mmHg台後半で推移し,視野障害の進行を認めたため,平成16年11月右眼の線維柱帯切除術を施行した.しかし,虹彩の新生血管は消退せず,濾過胞が消失し,眼圧は30mmHg以上となった.周辺虹彩前癒着(PAS)は4分の1周に認め,その他の部位にはPASはないものの多数の新生血管を認めた.硝子体出血の再発もあり,眼圧が33mmHgと上昇したため,平成17年10月硝子体手術および眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のヘモグロビン(Hb)A1Cは10.4%と糖尿病のコントロールは不良で,Hbは11g/dlと低下していた(図2).〔症例2〕51歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病.現病歴:平成8年より糖尿病を指摘され内服加療を受けていた.平成16年近医にて糖尿病網膜症の診断を受け,平成図1毛様体光凝固術中写真強膜を圧迫しながら,直視下で毛様突起を光凝固している.毛様体の表面に白色の凝固斑を認める.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009115(115)17年1月より両眼の汎網膜光凝固を開始された.平成18年1月に左眼の白内障手術を施行された.糖尿病黄斑症により視力低下してきたため,当科受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.7(矯正不能).眼圧は右眼16mmHg,左眼18mmHg.虹彩,隅角には新生血管はなかった.右眼眼底には新生血管,左眼には硝子体出血が存在し,両眼ともに黄斑浮腫を認めた.臨床経過:左眼の増殖糖尿病網膜症,糖尿病黄斑症に対し,平成18年6月左眼硝子体手術を施行した.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.その後,眼圧は10mmHg台で落ち着いていた.平成18年10月に虹彩新生血管を認めた.PASを4分の1周に認め,PASのない部分にはSchlemm管充血と少数の新生血管を認めた.眼圧は34mmHgと上昇しており,同月に眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のHbA1Cは6%で,Hbは14.9g/dlであった.〔症例3〕64歳,男性.主訴:視力低下.既往歴:2型糖尿病.現病歴:40歳頃より糖尿病を指摘され内服加療を受けていた.平成17年11月近医眼科を受診,糖尿病網膜症および白内障を指摘された.平成18年1月頃より両眼眼圧が2527mmHgと上昇し,新生血管緑内障の診断となった.2月から3月にかけて両眼の汎網膜光凝固を施行されるも眼圧の上昇を認め,当科を紹介された.初診時所見:視力は右眼0.3(0.6×+1.75D(cyl1.25DAx90°),左眼0.2(0.4×+1.75D).眼圧は右眼36mmHg,左眼42mmHg.両眼に隅角の虹彩前癒着,新生血管を認めた.蛍光眼底造影では両眼ともに広範な無血管野と黄斑浮腫を認めた.臨床経過:平成18年6月に左眼の硝子体手術および白内障手術を,7月に右眼硝子体手術および白内障手術を施行した.硝子体手術は上鼻側および耳側の結膜を切開し,20ゲージシステムで行った.左眼は虹彩・隅角の新生血管が消退せず,PASを2分の1周に認め,眼圧が26mmHgに上昇したため,平成18年9月に眼内毛様体光凝固術を行った.術前のHbA1Cは5.9%で,Hbは13.8g/dlであった.その後,右眼も虹彩・隅角の新生血管が再出現し,PASを4分の1周に認め,眼圧は32mmHgに上昇したため,平成18年12月に眼内毛様体光凝固術を施行した.術前のHbA1Cは7.9%で,Hbは13.8g/dlであった.II結果経過観察期間は,症例1と3が9カ月,症例2は7カ月であった.眼圧は,術後1週間は全症例で著明な下降を認めたが,13週にかけて再上昇し,抗緑内障点眼の追加を必要とした.症例1と2は抗緑内障点眼2剤使用して15mmHg程度にコントロールできたが,症例3は抗緑内障点眼を3剤使用しても両眼とも21mmHgを超え,眼圧コントロール不良となった(図3).術後早期合併症は,硝子体出血を3眼,硝子体腔内フィブリン析出を3眼,前房内フィブリン析出を2眼,5mmHg以下の低眼圧を1眼に認めたが,いずれも自然に軽快した.眼球癆・大量の眼内出血などの重篤な副作用は認めなかった.矯正視力はそれぞれ,術前は手動弁,0.3,0.07,0.3から最終0.4,0.4,0.04,0.3となった.硝子体出血を除去した症例1は出血前と同等の視力に改善し,症例2,症例3では大きな変化はなかった.Goldmann視野はいずれの症例でも明らかな悪化はなかった.隅角および虹彩の新生血管は術後いずれの症例もやや減少したが,最終観察時も残存していた.図2症例1の術前前眼部写真虹彩に新生血管を認める.01020304050術前2468101214162024283236経過観察期間(週)眼圧(mmHg):症例1:症例2:症例3左:症例3右図3眼圧経過図症例1,2は術後眼圧コントロール良好だが,症例3は両眼とも眼圧コントロール不良となった.———————————————————————-Page4116あたらしい眼科Vol.26,No.1,2009(116)III考按症例1,2では一定の眼圧下降効果を認めたが,症例3では両眼とも効果が不十分であった.その原因としては,凝固条件が弱めであったことがあげられる.Hallerらは出力200700mW,範囲240°以上という条件でも眼球癆の合併は2.7%であったと報告7)している.対象となった症例は比較的視機能が保たれていたため,眼球癆にならないよう,凝固範囲は半周とし,出力に関しては,参考にした欧米の報告と比べ,色素の多い日本人で施行することも考慮して200mWと設定した.今回は同一術者によって手術が行われているが,レーザープローブと毛様体の距離,凝固時のぶれ具合は術者間で異なることが予想され,術者ごとに凝固範囲,条件を模索する必要があるのではないかと考えている.術後眼圧コントロールが不良の症例3では,抗緑内障点眼のコンプライアンスが悪く,眼圧変動が大きくなっている.患者の理解が得られれば,追加の手術を検討している.症例はすべて眼内レンズ挿入眼であったが,水晶体の混濁はほとんどなく,強膜圧迫で半周近くの毛様突起が視認できた.そのため,ほとんどは圧迫で毛様体を凝固することができたが,一部は内視鏡を用いないと凝固できなかった.今回の症例ではなかったが,痛みが強く圧迫が困難,水晶体が混濁しているなど,強膜圧迫で毛様突起を確認することが困難な場合が予想されるので,確実に半周以上凝固するためには内視鏡が必要となる.毛様体破壊術にはさまざまな方法があるが,眼内光凝固を採用した理由としては,眼球癆の合併が低率であることに加えて,硝子体術者がいつも施行している手技と大差なく,比較的容易に行えることがあげられる.経強膜毛様体光凝固には特殊な機材が必要であるが,眼内毛様体光凝固は硝子体手術用の機材があれば施行可能であり,たとえば無治療の血管新生緑内障では,初回硝子体手術時に同時に行えるという利点もある.しかし,今回の凝固条件では眼圧コントロールの有効率は50%であり,線維柱帯切除術を上回る手術ではなかった.凝固条件を強くすれば,有効率は上昇することが予想されるが,眼球癆になる可能性がある.このことから,血管新生緑内障においては線維柱帯切除術が無効な症例に行う術式であると考えられる.本研究では対象症例数も少なく,経過観察期間も半年程度であるが,眼内毛様体光凝固術は一定の眼圧下降効果を得られ,重篤な合併症は認めなかった.近年,米国では緑内障手術における毛様体光凝固の割合は増加10)しており,合併症の危険が比較的少ないこと,手技的に濾過手術より簡便であることが一因となっていると思われる.適応・凝固条件・長期的な眼圧下降効果など,検討すべき課題は多いが,わが国においても重要な選択肢の一つとなりうる.今後症例を重ね,さらなる検討をしたいと考えている.文献1)伊藤重雄,木内良明,中江一人ほか:血管新生緑内障でのマイトマイシンC併用線維柱帯切除術成績に影響する因子.眼紀54:892-897,20032)新垣里子,石川修作,酒井寛ほか:血管新生緑内障に対する線維柱帯切除術の長期治療成績.あたらしい眼科23:1609-1613,20063)TsaiJC,FeuerWJ,ParrishRK2ndetal:5-Fluorouracillteringsurgeryandneovascularglaucoma.Long-termfollow-upoftheoriginalpilotstudy.Ophthalmology102:887-892,19954)木内良明,長谷川利英,原田純ほか:Ahmedglaucomavalveを挿入した難治性緑内障の術後経過.臨眼59:433-436,20055)WangJC,SeeJL,ChewPT:ExperiencewiththeUseofBaerveldtandAhmedglaucomadrainageimplantinanAsianpopulation.Ophthalmology111:1383-1388,20046)PastorSA,SinghK,LeeDAetal:Cyclophotocoagula-tion:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmol-ogy.Ophthalmology108:2130-2138,20017)HallerJA:Transvitrealendocyclophotocoagulation.TransAmOphthalmolSoc94:589-676,19968)LimJI,LynnM,CaponeAJretal:Ciliarybodyendo-photocoagulationduringparsplanavitrectomyineyeswithvitreoretinaldisordersandconcomitantuncontrolledglaucoma.Ophthalmology103:1041-1046,19969)SearsJE,CaponeAJr,AabergTMetal:Ciliarybodyendophotocoagulationduringparsplanavitrectomyforpediatricpatientswithvitreoretinaldisordersandglauco-ma.AmJOphthalmol126:723-725,199810)RamuluPY,CorcoranKJ,CorcoranSLetal:UtilizationofvariousglaucomasurgeriesandproceduresinMedi-carebeneciariesfrom1995to2004.Ophthalmology114:2265-2270,2007***

ロービジョン患者の疾患別不自由度の特徴

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(145)8950910-1810/08/\100/頁/JCLS《原著》あたらしい眼科25(6):895898,2008cはじめに視機能の低下は,それまで視覚を用いて支障なく行っていた動作や読み書き,歩行などの行動を困難にし,視覚障害者の生活の質(qualityoflife:QOL)の低下をもたらす.一方,視覚障害等級は,視力・視野障害の程度によって判定されており,視覚障害者の障害程度を評価する基準として定められたものである〔身体障害者福祉法施行規則第5条(昭和25年4月6日厚生省令15)〕.しかし,視力,視野ともに他〔別刷請求先〕柳澤美衣子:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院眼科・視覚矯正科Reprintrequests:MiekoYanagisawa,DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,7-3-1Hongou,Bunkyou-ku,Tokyo113-8655,JAPANロービジョン患者の疾患別不自由度の特徴柳澤美衣子*1,2国松志保*1加藤聡*1北澤万里子*1田村めぐみ*1落合眞紀子*1庄司信行*2,3*1東京大学大学院眼科・視覚矯正科*2北里大学大学院医療系研究科・臨床医科学群・眼科学*3北里大学医療衛生学部・リハビリテーション学科・視覚機能療法学専攻QualityofLifeCharacteristicsEvaluationinPatientswithVariousOcularDiseasesMiekoYanagisawa1,2),ShihoKunimatsu1),SatoshiKato1),MarikoKitazawa1),MegumiTamura1),MakikoOchiai1)andNobuyukiSyoji3)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKitasatoGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,KitasatoUniversity,SchoolofAlliedHealthSciences目的:ロービジョン(LV)患者の不自由度について調査を行い,疾患ごとに等級別に検討した.方法:外来を受診した269例中の受診が多かった上位3疾患(緑内障108例,黄斑変性44例,糖尿病網膜症34例)の186例を対象とした.障害等級分布は,1・2級100例,3・4級44例,5・6級42例であった.Sumiの問診票により不自由度を数値化後,総和を項目数で除した不自由度を算出し,等級別に比較検討をした.結果:1・2級で緑内障と糖尿病網膜症,または緑内障と黄斑変性の間に有意差を認めた(p=0.0005,ANOVA).黄斑変性,糖尿病網膜症にて等級間に有意差を認めた(p<0.0001,ANOVA)が,緑内障では,等級間で不自由度に有意差はなかった(p=0.06,ANOVA).結論:1・2級において緑内障は黄斑変性,糖尿病網膜症に比べ,不自由度が有意に低く,黄斑変性では等級別に不自由度が異なった.Toinvestigatedierencesinqualityoflife(QOL)characteristicsamongvariousdiseasesinpatientswithvisu-alhandicaps,weanalyzedtheQOLcharacteristicsassociatedwiththreediseasesin186visuallyhandicappedJapa-nesepatients(glaucoma:108cases,maculardegeneration:44cases,diabeticretinopathy:34cases).Usingapre-viouslydevelopedquestionnaire,weassesseddisabilityindexes(DI),asaQOLcharacteristicinpatientswiththesediseases.Regardingrst-andsecond-gradehandicaps,totalDIdieredbetweenglaucoma+diabetespatientsandglaucoma+maculardegenerationpatients(p=0.0005,ANOVA).TheDIdieredbetweenhandicapsinmaculardegeneration+diabetespatients(p<0.0001,ANOVA).Inpatientswithglaucoma,theDIdidnotdieramongvisu-alhandicapgrades(p=0.06,ANOVA).Withrst-andsecond-gradehandicaps,theDIofpatientswithglaucomawaslowerthanthoseofpatientswithotherdiseases.Inaddition,theDIofpatientswithmaculardegenerationdieredaccordingtothegradeofvisualhandicap.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):895898,2008〕Keywords:視覚障害,視覚障害等級,不自由度,ロービジョン,緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症.visualim-pairment,visualhandicapgrades,thedisabilityindexes,lowvisioncare,glaucoma,maculardegeneration,diabeticretinopathy.———————————————————————-Page2896あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(146)1・2級と3・4級の間で差がみられることが多く,実際に1・2級と3・4級で不自由度に相違がみられるかを調べるために,視覚障害等級を1・2級,3・4級,5・6級の3段階に再分類し,3疾患それぞれにおける不自由度の相違を等級別に比較検討を行った.全症例,全疾患において総合不自由度の相違を,分散分析(ANOVA)を用いて比較し,Tukey-Kramerにて検討した.全解析において,p<0.05を有意と覚的な評価であるため,視覚障害等級が必ずしも視覚障害者のQOLを正しく反映しているとは限らない1).そのため視覚障害者のQOL評価として視覚障害者の視点に立脚した指標が必要であると考えられるようになってきた.以前からロービジョン(LV)患者の日常生活のQOLを調査する報告は数報あり27),緑内障,黄斑変性などの疾患別のQOLの評価なども報告されている8,9).以前の国松らの報告7)では,QOLの評価としてSumiの問診票10)を用いて疾患別にLV患者の不自由度を調査し,視覚障害等級との相関を検討しており,全体では障害等級と不自由度の相関があったと報告している.しかし同程度の等級でも疾患によって不自由度に差があるかどうか詳細は不明である.そこで今回筆者らは,国松らと同じSumiの問診票を用いてLV患者の不自由度を調査し,疾患ごとに視覚障害等級別の不自由度を比較検討した.I対象および方法2002年4月から2007年6月に東京大学医学部附属病院眼科(以下,当院)LV外来を受診し,視覚障害による障害者手帳を取得している269例(男性149名,女性120名)中,受診が多かった上位3疾患の186例を対象とした.3疾患の内訳は,緑内障108例,黄斑変性44例,糖尿病網膜症34例であり,対象の平均年齢は66.7±13.8歳であった.各疾患(緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症)別に,年齢,男女比,視覚障害等級の内訳を表1に示す.それぞれの相違を,分散分析(ANOVA)を用いて比較し,Tukey-Kramerにて検討した.年齢においてのみ疾患別に有意差がみられ,特に黄斑変性と緑内障,黄斑変性と糖尿病網膜症で黄斑変性の年齢が有意に高い結果となった.対象症例に対して,Sumiの問診票を用い,問診より「文字,文章,歩行,移動,食事,着衣整容,その他」(表2)の7項目に関し,不自由さを数値化(非常に不便=2,やや不便=1,ほとんど不便を感じない=0)し,総和を項目数で除した値を患者の総合不自由度として評価した.疾患別の視覚障害等級の分布の差についてはc2検定を行った.視覚障害者手帳取得者に対する福祉サービスにおいて表1背景(歳)男/女(人数)1・2級/3・4級/5・6級(人数)緑内障10865.0±15.070/3873/19/16黄斑変性4472.4±10.623/2110/19/15糖尿病網膜症3464.9±10.818/1617/6/11p*0.007*0.25*<0.0001***ANOVA,**c2検定.表2Sumiの問診票1)新聞の見出しの大きい文字は読めますか.2)新聞の細かい文字を読めますか.3)辞書などの細かい文字は読めますか.4)電話帳や住所録の活字は読めますか.5)駅の料金表や路線図は見えますか.読字(文章)6)文章の読み書きに不自由を感じますか.7)縦書きの文章を書くとき,曲がってしまうことはよくありますか.8)文章を一行読んだ後,次の行に移るとき,見失うことはよくありますか.歩行(家の近所への外出について)9)見づらくて歩きづらいことはありますか.10)ひとりで散歩はできますか.11)信号を見落とすことはありますか.12)歩行中,人やものにぶつかることはありますか.13)階段を昇り降りするとき,つまずくことはよくありますか.14)道路に段差があったとき,気づかないことはありますか.15)知人とすれ違っても,相手から声をかけられないとわからないことはありますか.16)人や走行中の車が脇から近づいてくるのがわからないときがありますか.移動(交通機関(電車,バス,タクシーなど)を利用した外出)17)見づらくて外出に不自由を感じることはありますか.18)知らないところに外出するとき,付き添いは必要ですか.19)タクシーを拾うとき,空車かどうかわからないことはありますか.20)電車やバスでの移動に不自由を感じますか.21)夜間の外出は見づらくて不安を感じますか.食事22)見づらくて食事に不自由を感じることはありますか.23)見づらくて食べこぼしたりすることはありますか.24)お茶やお湯を注ぐとき,こぼすことはよくありますか.25)おはしでおかずをつかむとき,つかみそこねることはありますか.着衣整容26)下着の表裏がわかりづらいことがありますか.27)お化粧やひげ剃りの際,自分の顔は見えますか.その他28)テレビは見えますか.29)床に落とした物を探すのに苦労することがありますか.30)電話に顔を近づけないとかけづらいことがありますか.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008897(147)3・4級,5・6級のそれぞれで総合不自由度に有意差があり,糖尿病網膜症では1・2級の総合不自由度が3・4級,5・6級に比べ有意に高い結果となった.緑内障の1・2級の総合不自由度が有意に低くなった原因として,疾病の進行過程が大きく影響すると思われる.緑内障ではおもな障害が求心性視野障害であり,それも比較的長い時間をかけてゆっくり進行する疾患であると考えられる.それに比べ,黄斑変性のおもな障害は中心視力障害であり,糖尿病網膜症では視力障害と視野障害の両方であり,レーザー瘢痕や網膜血管床閉塞領域,牽引性網膜離などによる不規則な視機能低下を伴うこともある.以上のことから,緑内障の1・2級の総合不自由度が低かった原因を考えると,障害の進行がゆっくりである疾患では不自由さに徐々に慣れていくため不自由さを訴える程度が軽くなった,つまり不自由度が低くなったと考えられる.疾病の進行過程を考えてみると,徐々に視機能を失っていく疾患とある時を境に急に視機能が低下する疾患を比較すると,ある時点で同じ視機能の状態であったとしても不自由さの自覚は異なると考えられる.たとえば,緑内障や網膜色素変性症などのように比較的障害の進行が徐々に進む疾患の場合は,不自由さにも徐々に慣れていき,不自由さの訴えが少なくなると考えられる.一方,ある時を境に急に症状が変化することが比較的起こりやすい黄斑変性や糖尿病網膜症は不自由さに慣れていないため不自由さを強く訴える傾向があるのではないかと考えられた.そのうえ,障害者手帳の申請の視覚に関する2つの項目のうち,緑内障患者では,視野障害がおもな原因であり,求心性視野障害のほうが重度障害に認定されやすい可能性も考えられた.黄斑変性や糖尿病網膜症のようにおもな障害が視力障害でした.II結果原因疾患の上位3疾患(緑内障,黄斑変性,糖尿病網膜症)において,視覚障害等級1・2級で比較したときのみ3疾患に有意差がみられた(p=0.0005,ANOVA,図1).緑内障と黄斑変性,緑内障と糖尿病網膜症それぞれで有意差がみられ(緑内障:1.32±0.40,黄斑疾患:1.62±0.19,糖尿病網膜症:1.67±0.22,Tukey-Kramer),緑内障の1・2級の総合不自由度が黄斑変性,糖尿病網膜症の総合不自由度に比べ有意に低い結果となった.一方,3・4級,5・6級においては3疾患で有意差はみられなかった(それぞれp=0.86,p=0.68,ANOVA).また視覚障害等級間における総合不自由度を検討してみると,黄斑変性,糖尿病網膜症において視覚障害等級別に有意差がみられた(両者ともp<0.0001,ANOVA,図2).黄斑変性では,どの等級間でも有意差があり(1・2級:1.62±0.19,3・4級:1.27±0.36,5・6級:0.95±0.37,Tukey-Kramer),糖尿病網膜症では,1・2級の総合不自由度が3・4級,5・6級に比べ有意に高い結果となった(1・2級:1.67±0.22,3・4級:1.26±0.35,5・6級:1.04±0.41,Tukey-Kramer).緑内障では視覚障害等級別に総合不自由度の差はなかった(p=0.06,ANOVA).III考按本研究では,疾患別,視覚障害等級別にLV患者の不自由度を知るために,当院を受診したLV患者に対して,視機能の評価とともにSumiの問診票を用いて,総合不自由度について調査した.等級別で検討してみると緑内障1・2級の総合不自由度が,黄斑変性,糖尿病網膜症に比べ有意に低い結果となった.疾患別でみてみると,黄斑変性では1・2級,図2疾患別における視覚障害等級の不自由度緑内障では等級間の不自由度に有意差はみられなかった(p=0.06).黄斑変性ではどの等級間でも有意差がみられ(p<0.0001),糖尿病網膜症では1・2級と3・4級,1・2級と5・6級で有意差がみられた(p<0.0001).*NS*:ANOVA,Tukey-Kramer21.61.20.80.40緑内障黄斑変性糖尿病網膜症総合不自由度**NS**:1・2級:3・4級:5・6級図1視覚障害等級別における3疾患の不自由度1・2級において3疾患の不自由度に有意差がみられた(p=0.0005).3・4級,5・6級では有意差はみられなかった(p=0.86,p=0.68).NSNSNS*:ANOVA,Tukey-Kramer21.61.20.80.401・2級3・4級5・6級総合不自由度**:緑内障:黄斑変性:糖尿病網膜症———————————————————————-Page4898あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(148)2)ScottIU,ScheinOD,WestSetal:Functionalstatusandqualityoflifemeasurement:amongophthalmicpatient.ArchOphthalmol112:329-335,19943)平島育美,山縣祥隆,並木マキほか:兵庫医科大学病院眼科におけるQualityofLifeアンケート調査.眼紀51:1134-1139,20004)西脇友紀,田中恵津子,小田浩一ほか:ロービジョン患者のQualityofLife(QOL)評価と潜在的ニーズ.眼紀53:527-531,20025)MendesF,SchaumbergDA,NavonSetal:Assessmentofvisualfunctionaftercornealtransplantation:Thequal-ityoflifeandpsychometricassessmentaftercornealtransplantation(Q-PACT)study.AmJOphthalmol135:785-793,20036)柳澤美衣子,国松志保,加藤聡ほか:重度視覚障害者における疾患別生活不自由度.あたらしい眼科23:1235-1238,20067)国松志保,加藤聡,鷲見泉ほか:ロービジョン患者の生活不自由度と障害等級.日眼会誌111:454-458,20078)湯沢美都子,鈴鴨よしみ,李才源ほか:加齢黄斑変性のqualityoflifeの評価.日眼会誌108:368-374,20049)浅野紀美江,川瀬和秀,山本哲也:緑内障患者のQualityofLifeの評価.あたらしい眼科23:655-659,200610)SumiI,ShiratoS,MatsumotoSetal:Therelationshipbetweenvisualdisabilityandvisualeldinpatientswithglaucoma.Ophthalmology110:332-339,2003ある疾患では,「見ようとする対象が見えない」ため,不自由さを本人がより自覚しやすく,不自由さを強く訴えることもあげられる.そのため最も自覚しやすいと考えられる視力の値が低くなれば,不自由さの自覚も比例して大きくなることが考えられる.このことが黄斑変性,糖尿病網膜症において1・2級,3・4級,5・6級の等級間で総合不自由度に有意差があった原因と思われる.以上の観点から,LV患者の視覚障害による不自由さを知るには,実際の視力,視野などの視機能の状態だけでなく,現在に至るまでどのように症状が変化してきたかという経過も知る必要がある.今後,LV患者のQOLを詳細に知るためには障害の経過を含めた状態,視野の障害部位による不自由度の差など視機能の状態を細かく分けて調べることが必要であると思われた.また視覚障害による各疾患に特有な日常生活への影響を評価するためには,総合不自由度の比較だけでなく,「読字」や「歩行」などの項目別にみた不自由度の検討も今後必要である.文献1)山縣祥隆:視野障害者の日常生活における能力障害の評価.眼紀58:269-273,2007***