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点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80 およびEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(133)1299《原著》あたらしい眼科27(9):1299.1302,2010cはじめに眼科領域における薬物療法の中心は点眼薬である.この点眼薬の多くは,全身投与薬としてすでに開発されている薬剤を点眼薬として製剤化することで開発されてきた.しかし点眼剤の主成分となる薬剤(主剤)のみでは点眼剤は製剤として成り立たず,これに製剤設計上必要な薬剤(添加剤)が加えられ初めて製剤となる1).したがって製剤学的観点から点眼薬について考える際には,その点眼薬に含まれる添加剤の種類,添加目的(効果),傷害性(副作用)についても常に考慮しなければならない.角膜は,眼組織の中で最も外側に位置し,涙液を介して外界と直接接する部位である.そのため角膜は,外傷や感染症をはじめとする種々の外的要因により傷害を受けやすい部位でもある.正常な角膜上皮細胞は細胞伸展能や細胞増殖能を有しており,軽度な上皮傷害は速やかに自己修復される.しかし,重篤な上皮傷害で上皮細胞の機能が低下している場合〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80およびEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響長井紀章*1村尾卓俊*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3兵庫医科大学眼科学教室EffectofPolysorbate80andEthylenediaminetetraaceticAcid(EDTA)InstillationonCornealWoundHealinginRatDebridedCornealEpitheliumNoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YoshimasaIto1,2)andNorioOkamoto3)1)FacultyofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine近年臨床現場において,長期にわたる点眼薬使用などによる角膜傷害が問題視されている.そこで今回,角膜上皮.離ラットを用い,点眼薬中に含まれる添加剤ポリソルベート80およびエチレンジアミン四酢酸(EDTA)が角膜傷害治癒へ与える影響について検討を行った.角膜上皮傷害は麻酔下にて,ブレード(BDMicro-SharpTM)を用いラット角膜上皮を.離することで作製した.添加剤点眼液の点眼はラット角膜.離後3時間間隔で1日5回(5μl)行った.生理食塩水点眼群では角膜上皮.離12時間後で約51%,24時間後で約83%の角膜傷害治癒が認められた.一方,ポリソルベート80およびEDTA点眼群いずれにおいても角膜上皮の創傷治癒の遅延が認められ,その角膜傷害治癒遅延は,点眼液の濃度に比例した.これら添加剤の角膜傷害性を明らかとしていくことは,角膜上皮傷害を有する患者への点眼薬選択を決定するうえで一つの指標となるものと考えられる.Itisknownthatlong-termuseoftheeyedropscancausecornealepithelialcelldamage.Inthisstudy,weinvestigatedtheeffectofpolysorbate80andethylenediaminetetraaceticacid(EDTA),eyedropadditives,oncornealwoundhealinginrats.Theeyedropswereinstilledintorateyes5timesperdayaftercornealepithelialabrasion.Thecornealwoundsintherateyesreceivingsalineonlyshowedapproximately51%healingat12hrand83%healingat24hrafterabrasion.Thecornealwoundhealingrateintherateyesreceivingpolysorbate80andEDTAwaslowerthanthatintheeyesinstilledwithsaline,thecornealwoundhealingratedecreasingwithincreaseinconcentration.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseindesigningfurtherstudiesaimedatreducingcornealdamagecausedbyeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1299.1302,2010〕Keywords:ポリソルベート80,エチレンジアミン四酢酸,角膜傷害治癒,細胞増殖,細胞移動.polysorbate80,ethylenediaminetetraaceticacid,cornealwoundhealing,cellproliferation,cellmigration.1300あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(134)や涙液に異常のある場合(ドライアイ)などでは,しばしば遷延化して治療が困難となる.一般的に点眼剤には保存剤〔ベンザルコニウム塩化物(BAC)など〕,等張化剤(塩化ナトリウム,ホウ酸,グリセリンなど),緩衝剤(リン酸緩衝液,ホウ酸など),必要であれば,界面活性剤(ポリソルベート80など),安定化剤〔エチレンジアミン四酢酸(EDTA)など〕,粘稠化剤〔ポリビニルアルコール(PVA),ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロースなど〕などが含まれる1).臨床では,添加剤の一つである保存剤BACの角膜傷害性が問題視されており,BAC非含有の点眼薬(トラバタンズR)なども注目されている.しかし,その他の添加剤についてはほとんど検討されておらず,界面活性剤や安定化剤などの角膜傷害性についても明らかとすることは非常に重要と考えられる.筆者らはこれまで,添加物の角膜傷害性比較を目的とした基礎(invivo)実験系を確立し,BACに強い角膜傷害性が認められることを報告してきた2).今回,このinvivo角膜傷害性比較実験系を用い,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について検討を行った.I対象および方法1.実験動物実験には7週齢のWistarラットを用いた.これらラットは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.動物実験は,近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬ポリソルベート80およびEDTAは和光純薬,生検トレパンはカイインダストリーズ,ブレード(BDMicro-SharpTM,Blade3.5mm,30°)はBectonDickinson,塩酸オキシブプロカイン(ベノキシールR)は参天製薬,フルオレセインは日本アルコンから購入したものを用いた.3.ポリソルベート80およびEDTA点眼液の調製と点眼法ポリソルベート80およびEDTA点眼液の濃度は臨床にて用いられる濃度を参照し決定した.すべての点眼液は0.2μmのメンブランフィルター(Sartorius社)を用いて滅菌濾過を行い,調製した点眼液は滅菌済みの点眼用容器に充.し,使用時まで遮光して保存した.実験時にはこの点眼溶液を,角膜.離直後から3時間間隔(9:00,12:00,15:00,18:00,21:00)で1日5回,実験終了まで点眼(1回50μl)した.対照(Control群)には生理食塩液(大塚製薬)を用いた.4.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析ラットをペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,ソムノペンチルR,共立製薬)にて全身麻酔後,生検トレパンで直径2.5mmの円形に角膜をマーキングした.その後,ブレードで角膜上皮を円形に.離した.角膜上皮欠損部分は角膜.離後0,12,24,36時間後に,1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xにデジタルカメラを装着したものを用いて撮影を行い2),画像解析ソフトImageJにて角膜上皮欠損部分の面積の推移を数値化することで表した.角膜傷害治癒率(%)は,次式(1)にて算出した2).角膜傷害治癒率(%)=(面積.離直後.面積.離0.36時間後)/面積.離直後×100(1)角膜傷害治癒速度は,角膜傷害治癒速度定数(kH,k.1)として表した.角膜上皮.離0.36時間後のkHは,次式(2)で計算した2).Ht=H∞・(1.e.kHt)(2)tは角膜上皮.離後の時間(0.36時間),H∞およびHtは角膜上皮.離∞およびt時間後の角膜傷害治癒率を示す.5.統計解析データは,平均±標準誤差として表した.有意差はStudent’st-testにて解析し,0.05未満のp値を有意な差として示した.II結果図1および2は角膜.離モデルへのポリソルベート80(図1),EDTA(図2)点眼群における角膜傷害治癒率を示す.122436Time(hr)020406080100Cornealwoundhealing(%)*******:0.0%(Saline):0.5%:1.0%:2.0%図2EDTA点眼液点眼が角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~11,*p<0.05,vs生理食塩水点眼群.122436Time(hr)020406080100Cornealwoundhealing(%):0.0%(Saline):0.5%:1.0%:5.0%図1ポリソルベート80点眼液点眼が角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~11.(135)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101301また,表1はポリソルベート80およびEDTA点眼群における角膜傷害治癒速度を示す.ポリソルベート80およびEDTA点眼群いずれにおいても角膜上皮治癒の遅延が認められ,その角膜傷害治癒遅延は,点眼薬の濃度に比例した.ポリソルベート80点眼群の治癒率は,12時間後において0.5%および1%ポリソルベート80点眼群ではControl群の約95%,5%ポリソルベート80点眼群ではControl群の73%程度であった.36時間後ではいずれの濃度においてもほぼ完全に治癒した.一方,EDTAを点眼することで角膜傷害治癒速度は有意に低値を示し,0.5%EDTA点眼群の.離12時間後における治癒率はControl(Saline点眼)群の約75%であり,2.0%EDTA点眼群の治癒率は,24時間後ではControl群の37%であり,36時間後でもControl群の58%であった.III考按近年の眼科領域では,点眼薬の使用による点状表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所への副作用,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えが問題視されている.これらの問題解決のためには臨床と基礎研究の両方面からの観察が重要とされ,実験動物および角膜培養細胞を用い,点眼薬中の主薬や保存剤であるBACが角膜傷害へ与える影響についての研究が多数行われている.一方で,点眼薬には主薬や保存剤のほかに,界面活性剤,安定化剤などの添加剤も含まれているが,他の添加剤についてはほとんど検討されておらず,界面活性剤や安定化剤などの角膜傷害性についても明らかにする必要があると考えられる.界面活性剤や安定化剤など添加物の角膜傷害性について評価を行ううえで,試験系の選択は非常に重要である.角膜上皮は5~6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である3).角膜上皮の損傷治癒は,細胞の分裂・増殖,伸展・移動によって行われており,Thoft&Friendはこの角膜上皮の修復機構をXYZ理論(X:細胞分裂,Y:細胞移動,Z:細胞脱落)として,健常な角膜上皮では上記の3つの間にX+Y=Zの公式が成立することを提唱した4).本実験で用いた角膜上皮.離モデルは,角膜上皮を.離することによって人工的にZを増大させた状態(X+Y<Z)である.この角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬や添加剤の角膜傷害性試験はX:細胞分裂およびY:細胞移動へ与える影響について評価を行うものであり,オキュラーサーフェスの状態を維持しつつ,添加剤が角膜上皮細胞分裂および移動機能へ与える影響を検討するのに適している.本研究ではこれら角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬の傷害性比較試験法を用い,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について検討を行った.ポリソルベート80は,主薬の溶解性向上のために多用される界面活性剤であり,皮膚に対する局所刺激性が報告されている5).今回のラット角膜上皮.離モデルを用いた実験系においても,角膜治癒遅延をひき起こしたが,その影響は臨床で問題視されているBACと比較すると軽度であった(表1).EDTAはおもに安定化剤として点眼液に使用されている.またGrantは角膜へのカルシウム沈着に対してキレート作用を有するEDTAが有用であると報告しており6),日本でも帯状角膜変性を中心にEDTAを使用した治療例が報告されている7).今回用いたEDTAは0.5%,1.0%および2.0%であり,臨床で使用実績がある濃度内であるにもかかわらず,いずれの濃度でも対照(生理食塩液)と比較し,有意な角膜傷害治癒率の低下が認められた.さらに,使用濃度によってはBACと同程度の重度の角膜損傷治癒遅延作用が認められた.これらの結果から,点眼液添加剤として現在まで特に問題視されていなかった界面活性剤および安定化剤の濃度にも注意を有する必要性が明らかとなった.今後,角膜傷害性の少ない点眼薬を調製するためには,さらなる研究が必要であり,現在筆者らは等張化剤,緩衝剤,粘稠化剤など,点眼薬調製に用いられる他の添加物が角膜傷害性へ与える影響についても明確にすべく,角膜上皮.離モデルを用い比較検討を行っているところである.以上,本研究で角膜上皮.離モデルを用いたinvivo実験において,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について明らかとした.これら添加剤の角膜傷害性を把握し,過度の添加剤含有を減らすことは点眼薬が角膜へ与える影響の減少へつながるものと考えられ表1ポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害治癒速度定数Concentration(%)Cornealwoundhealingrateconstant(×10.2/hr)Saline5.36±1.29BAC0.0053.33±0.740.0101.54±1.06*0.0200.03±0.01*Polysorbate800.53.93±0.031.03.39±0.255.01.63±0.49*EDTA0.52.46±1.251.00.95±0.43*2.00.07±0.03*BACのデータは点眼薬含有添加剤刺激による角膜上皮傷害程度の指標とするため文献2から引用.平均値±標準誤差,n=4~11.*p<0.05,vs生理食塩水点眼群.1302あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(136)る.また,臨床においての添加剤による角膜傷害性は,多種の添加剤との相乗作用により角膜傷害性をひき起こす可能性を明らかとした.本報告は,今後点眼薬調製および選択の一つの指標になるものと考えられる.文献1)川嶋洋一:点眼薬の設計思想.眼科NewInsight,第2巻,点眼薬─常識と非常識─,メジカルビュー社,19942)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20103)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2aイソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19984)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Zhypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1442-1443,19835)MezeiM,SagerRW,StewartWDetal:Dermatiticeffectofnonionicsurfactants.I.Gross,microscopic,andmetabolicchangesinrabbitskintreatedwithnonionicsurfaceactiveagents.JPharmSci55:584-590,19666)GrantWM:Newtreatmentforcalcificcornealopacity.ArchOphthalmol46:681-685,19897)HoshiaiS,KogaT,NishimuraT:AcaseofcorneoscleralcalcificdepositsfollowingpterygiumsurgeryeffectivelytreatedwithEDTAeyedrops.FoliaOphthalmolJpn51:37-39,2000***

セリシン添加抗緑内障薬がSV40 不死化ヒト角膜上皮細胞増殖作用へ与える影響

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(129)1295《原著》あたらしい眼科27(9):1295.1298,2010cはじめに現在の臨床における治療法としては,抗緑内障点眼薬による薬物療法が第一選択とされている.一方,点状表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えで点眼薬の中止および変更を余儀なくされ,薬剤選択が困難なことや眼圧コントロールが問題視されている.これら抗緑内障薬の角膜傷害には,点眼薬中に含まれる主薬,保存剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の生理状態が関与することが明らかとされ,臨床と基礎研究の両方面からの観察が抗緑内障薬の低角膜傷害性療法開発には重要である1).カイコ繭は絹糸になるフィブロイン(70~80%)とそれを包むセリシン(20~30%)から構成されている.従来,この〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPANセリシン添加抗緑内障薬がSV40不死化ヒト角膜上皮細胞増殖作用へ与える影響長井紀章*1村尾卓俊*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3兵庫医科大学眼科学教室SericinAdditiontoAnti-glaucomaEyeDrops:EffectonProliferationofCornealEpithelialCellLineSV40(HCE-T)NoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YoshimasaIto1,2)andNorioOkamoto3)1)FacultyofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine抗緑内障薬は臨床にて多用されているが,長期にわたる使用は角膜傷害をひき起こすことが知られている.本研究ではSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用い,角膜傷害治癒作用を有するセリシンを抗緑内障薬へ添加することによる角膜上皮細胞増殖抑制作用への影響について検討を行った.抗緑内障薬は市販製剤であるb遮断薬(チモプトールR),プロスタグランジン製剤(レスキュラR,キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(デタントールR),a,b受容体遮断薬(ハイパジールR),副交感神経作動薬(サンピロR)の7種を用いた.本研究の結果,抗緑内障薬へセリシンを添加することにより,角膜上皮細胞増殖抑制作用の強さは各種単剤処理時と比較し軽減した.このセリシンによる軽減効果は,今回用いたすべての点眼薬において認められた.本知見は,低刺激点眼薬開発を目指すうえできわめて有用であると考えられる.Anti-glaucomaeyedropsarefrequentlyusedinclinicaltreatment,anditisknownthattheirlong-termusecancausecornealepithelialcelldamage.Inthisstudy,weinvestigatedtheeffectofthesericinadditiontovariousanti-glaucomaeyedropsoncornealepithelialcelllineSV40(HCE-T)proliferation.Usedinthisstudywere7eyedroppreparations:b-blocker(TimoptolR),prostaglandinagent(ResculaR,XalatanR),topicalcarbonicanhydraseinhibitor(TrusoptR),a1-blocker(DetantolR),a,b-blocker(HypadilR)andparasympathomimeticagent(SanpiloR).Withthecombinationofsericinandanti-glaucomaeyedrops,cellproliferationinhibitiondecreasedincomparisonwithuseofasingletypeofconventionalanti-glaucomaeyedrops.Theresultsofcombiningsericinandanti-glaucomaeyedropsprovideusefulinformationfordevelopmentofanti-glaucomaeyedropsthatdonotcausecornealepithelialcellsdamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1295.1298,2010〕Keywords:セリシン,抗緑内障薬,SV40不死化ヒト角膜上皮細胞,緑内障,細胞増殖.sericin,anti-glaucomaeyedrops,humancorneaepithelialcelllineSV40,glaucoma,cellproliferation.1296あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(130)カイコ繭由来の絹蛋白質であるセリシンは,生糸から絹糸への精錬の過程において除去され廃棄物として扱われていた.しかし近年,細胞死抑制作用など生物化学領域においてその活性が認められ注目されている2).筆者らもこれまで,このセリシンに角膜傷害治癒促進効果があることを見出し,眼科領域におけるセリシンの有効利用の可能性を報告してきた3).さらに筆者らは以前に,抗緑内障点眼薬の角膜傷害におけるinvitroスクリーニング試験として,抗緑内障点眼薬の角膜傷害性比較を目的とした基礎(invitro)実験系「ヒト角膜上皮細胞を用いたinvitro角膜傷害試験」を確立し報告してきた4).そこで今回,現在臨床現場で多用されているb遮断薬(チモプトールR),プロスタグランジン製剤(レスキュラR,キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(デタントールR),a,b受容体遮断薬(ハイパジールR),副交感神経作動薬(サンピロR)の異なる抗緑内障点眼薬7種へセリシンを添加することで,角膜傷害性がどのように変化するのかを明らかにすべく,このinvitro角膜傷害試験法4)を用いて検討を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は理化学研究所より供与されたSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,100IU/mlペニシリン(GIBCO社製),100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO社製)および5%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物抗緑内障点眼薬は市販製剤であるb遮断薬(0.5%チモプトールR),プロスタグランジン製剤(0.12%レスキュラR,0.005%キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(1%トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(0.01%デタントールR),a,b受容体遮断薬(0.25%ハイパジールR),副交感神経作動薬(1%サンピロR)の7剤を用いた.セリシン(30kDa)はセイレーン株式会社より供与されたものを用いた.3.抗緑内障点眼薬による細胞処理法HCE-T(50×104個)をフラスコ(75cm2)内に播種し,HCE-Tがフラスコ中に80%存在するようになるまで培養した5,6).この細胞を,0.05%トリプシンにて.離し,細胞数を計測後,96穴プレートに100μl(10×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.表1には今回用いた抗緑内障薬に含まれる添加物を,表2にはセリシンおよび抗緑内障点眼薬の添加量を示す〔抗緑内障薬はPBS(リン酸緩衝生理食塩水)にて希釈を行った〕.表2に示した添加量にて24時間培養後,各wellにTetraColorONE(生化学社製)20μlを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定することで細胞増殖抑制を表した.各処理とも培地中に含まれるpHインジケーターのフェノールレッドが中性を示すことを確認し,同実験を3.7回くり返した.本研究では,細胞増殖抑制率は下記の計算式により算出した4).細胞増殖抑制率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100筆者らはすでに,今回用いた抗緑内障には細胞増殖抑制率の変動が認められ,その細胞増殖抑制率が約50%となる薬剤希釈率はレスキュラR(98)>キサラタンR(70)>チモプトールR(30)>デタントールR(22)>ハイパジールR(22)>トルソプトR(18)>サンピロR(6)であることを報告している.この結果を基に本実験では,細胞増殖抑制率の変動が認められる薬剤希釈率を用いた4).また,セリシン(pH7)は終濃度0.1%となるように設定し行った.II結果図1には,細胞増殖抑制率が約50%となる薬剤希釈率付表1各種抗緑内障点眼薬に含まれる添加物抗緑内障点眼薬添加物チモプトールRベンザルコニウム塩化物,リン酸二水素Na,水酸化Na,リン酸水素NaレスキュラRベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,等張化剤,pH調節剤キサラタンRベンザルコニウム塩化物,リン酸二水素Na,等張化剤,リン酸水素Na,トルソプトRベンザルコニウム塩化物,ヒドロキシエチルセルロース,D-マンニトール,クエン酸Na,塩酸デタントールRベンザルコニウム塩化物,濃グリセリン,ホウ酸,pH調節剤ハイパジールRベンザルコニウム塩化物,リン酸二水素K,リン酸水素Na,塩酸,塩化NaサンピロRパラオキシ安息香酸プロピル,パラオキシ安息香酸メチル,クロロブタノール,酢酸Na,ホウ酸,ホウ砂,pH調節剤表2抗緑内障点眼薬の添加量培地PBS薬剤セリシン未処理50μl50μl0μl0μl単剤処理50μl25μl25μl0μlセリシン添加薬剤処理50μl0μl25μl25μlPBS:リン酸緩衝生理食塩水.(131)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101297近における角膜上皮細胞増殖抑制効果と,これら薬剤処理群にセリシンを添加した際の角膜上皮細胞増殖抑制率の変化を示す.薬剤のみの刺激ではいずれの処理群においても30~80%程度の細胞増殖抑制効果であった.この希釈率における抗緑内障に0.1%セリシンを添加したところ,本実験で用いたすべての抗緑内障点眼薬群において有意な細胞増殖抑制効果の低下が認められた.III考按抗緑内障薬による角膜傷害性の程度を検討するにあたり,その評価法の選択は非常に重要である.角膜上皮は5~6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である7).筆者らは以前に,抗緑内障点眼薬の角膜傷害におけるinvitroスクリーニング試験として,抗緑内障点眼薬の傷害性比較を目的としたinvitro角膜実験を確立し報告してきた4).このHCE-Tによるinvitro角膜実験は,個体差やオキュラーサーフェスの状態の要因をすべて同一条件の状態で評価することが可能なため,薬剤自身が有する角膜上皮細胞分裂機能への影響を検討するのに適している.そこで本研究では,臨床現場で多用されている7種の異なる抗緑内障点眼薬の角膜傷害性が,セリシンと併用することでどのように変化するのかについてこのinvitro角膜実験を用いて検討した.HCE-Tを用いた結果において,抗緑内障点眼薬の細胞増殖抑制作用はレスキュラR>キサラタンR≫チモプトールR>デタントールR>ハイパジールR>トルソプトR≫サンピロRの順であった4).この結果は,実際の臨床現場における抗緑内障点眼薬による角膜上皮傷害の頻度と類似していた.一方,いずれの抗緑内障薬もセリシンを組み合わせることで抗緑内障薬単剤処理と比較し細胞増殖抑制率が有意に軽減された.セリシンは細胞増殖促進作用を有することが知られており,筆者らもまたこのHCE-T細胞へのセリシン処理により細胞増殖が増大することを報告している3).したがって,このセリシンの細胞増殖促進作用が抗緑内障薬による角膜上皮細胞増殖傷害の軽減をもたらすものと示唆された.一方で,点眼薬調製には主薬以外にもさまざまな添加物が用いられている(表1).添加物は点眼薬の種類において異なっており,その濃度も均一ではない.なかでも品質の劣化を防ぐ目的で用いられる保存剤ベンザルコニウム塩化物は細胞増殖抑制をひき起こす主要な要因とされている.今回用いた7種の抗緑内障薬においても細胞傷害性を示すと考えられる添加物であるベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,パラベン類,ホウ酸をはじめ多くの添加物が用いられていた.これら多くの異なる添加物を含む抗緑内障薬7種すべてにおいて,セリシンが有意にその角膜上皮細胞増殖傷害の軽減を示したという結果は,セリシンの角膜上皮細胞増殖促進効果が現在点眼薬調製に用いられている添加物においてほとんど影響を受けないことを意味し,点眼製剤への新規添加物としてセリシンの応用が期待された.現在,筆者らはこのセリシンと抗緑内障薬との合剤が角膜傷害性へ与える影響を明確にすべく角膜上皮.離モデルを用いたinvivo実験において,セリシン含有抗緑内障薬の角膜サンピロR48希釈倍率細胞増殖抑制率(%)020406080100*チモプトールR希釈倍率細胞増殖抑制率(%)0204060801002832*レスキュラR希釈倍率96100細胞増殖抑制率(%)020406080100*細胞増殖抑制率(%)020406080100キサラタンR6872希釈倍率*トルソプトR1620希釈倍率細胞増殖抑制率(%)020406080100*2024希釈倍率細胞増殖抑制率(%)020406080100デタントールR**2024希釈倍率ハイパジールR細胞増殖抑制率(%)020406080100**図1セリシン添加抗緑内障薬が角膜上皮細胞増殖抑制率へ与える影響□:単剤処理,■:セリシン添加薬剤処理.平均値±標準誤差.n=3.7*p<0.05vs対応する単剤処理群(Student’st検定).1298あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(132)傷害性について解析を行っているところである.加えて,セリシンを添加することにより,従来の添加剤自身の役割にどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることは非常に重要である.したがって,セリシンが保存剤として知られるベンザルコニウム塩化物の保存性作用に対しどのような影響を与えるのかについても検討を行っているところである.以上,本研究では同一条件下において,抗緑内障点眼薬自身が有する細胞増殖抑制作用に対するセリシンの保護効果を明らかとした.これら細胞増殖抑制作用は,臨床においては涙液能低下などの他の作用により相乗的に角膜上皮細胞増殖抑制作用をひき起こすと考えられることから8),今回のinvitroの結果を基盤とした臨床結果のさらなる解析を行うことで,抗緑内障薬による角膜傷害性とセリシンの保護効果がより明確になるものと考えられた.文献1)徳田直人,青山裕美子,井上順ほか:抗緑内障薬が角膜に及ぼす影響:臨床とinvitroでの検討.聖マリアンナ医科大学雑誌32:339-356,20042)寺田聡:セリシンを利用した無血清培地の開発とその応用.生物工学会誌86:387-389,20083)NagaiN,MuraoT,ItoYetal:Enhancingeffectofsericinoncornealwoundhealinginratdebridedcornealepithelium.BiolPharmBul32:933-936,20094)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるinvitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科25:553-556,20085)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSci42:2942-2948,20016)TalianaL,EvansMD,DimitrijevichSDetal:Theinfluenceofstromalcontractioninawoundmodelsystemoncornealepithelialstratification.InvestOphthalmolVisSci42:81-89,20017)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2aイソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19988)大規勝紀,横井則彦,森和彦ほか:b遮断剤の点眼が眼表面に及ぼす影響.日眼会誌102:149-154,2001***