‘細菌性角膜炎’ タグのついている投稿

有水晶体眼の肺炎球菌性角膜炎が眼内に波及した1例

2020年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科37(9):1157.1160,2020c有水晶体眼の肺炎球菌性角膜炎が眼内に波及した1例福澤憲司*1,2吉川大和*1福岡秀記*1永田健児*1外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2町田病院CACaseofPhakicEyewithPneumococcalKeratitisinWhichEndophthalmitisDevelopedKenjiFukuzawa1,2)C,YamatoYoshikawa1),HidekiFukuoka1),KenjiNagata1)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)MachidaHospitalC目的:有水晶体眼にもかかわらず肺炎球菌性角膜炎が眼内に波及したC1例を報告する.症例:77歳の男性.左角膜ヘルペスのため近医通院中であった.2017年C12月中旬に眼痛が出現.角膜病変部の突出を生じ,京都府立医科大学病院に紹介となった.初診時,左眼角膜中央部に角膜穿孔と虹彩嵌頓,穿孔周囲に膿瘍を認めた.細菌性角膜炎を疑いモキシフロキサシンのC1時間毎点眼を開始した.初診後C2日に高度の球結膜浮腫が出現,Bモードで硝子体混濁を認め眼内炎が疑われた.同日角膜移植術と水晶体摘出術を施行し眼内を観察すると,網膜下膿瘍を認め硝子体切除術を施行した.術前に採取した眼脂,術中に採取した硝子体からCStreptococcusCpneumoniaが検出され,初診後C4日よりセフメノキシムの点眼,7日よりアンピシリンの点滴を開始した.速やかに感染は鎮静化したが,視力は光覚弁となった.結論:有水晶体眼でも肺炎球菌性角膜炎が眼内に波及し,重篤な眼内炎へ進展することがあり注意を要する.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCaCphakicCeyeCwithCsevereCpneumococcalCkeratitisCinCwhichCendophthalmitisCdeveloped.Case:A77-year-oldmalewithahistoryofherpetickeratitisinhislefteyewasreferredtoourhospi-talCinCmid-DecemberC2017CafterCexperiencingCpainCandCaCprotrudedCcornealClesion.CUponCexamination,ChisCleftCeyeCshowedcornealperforationandirisprolapse.Wesuspectedbacterialkeratitis,andimmediatelystartedhourlytopi-calCinstillationCofCmoxi.oxacin.CTwo-daysClater,CbulbarCconjunctivalCedemaCdeveloped,CandCultrasoundCindicatedCinfectiousCendophthalmitisCwithCvitreousCopacity.CKeratoplastyCcombinedCwithCcataractCextractionCandCparsCplanaCvitrectomyCwereCperformed.CCulturesCofCaCpreoperativeCeye-dischargeCsampleCandCvitreousCbodyCobtainedCduringCsurgeryCrevealedCStreptococcusCpneumoniae.COnCDayC4,CtopicalCcefmenoximeCwasCstarted,CwithCsystemicCampicillinCaddedonDay7.Endophthalmitisresolved,yetthe.nalvisual-acuityoutcomewaslightperception.Conclusion:CAttentionshouldbepaidtobacterialkeratitis,asendophthalmitiscanrapidlydevelop,eveninphakiceyes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(9):1157.1160,C2020〕Keywords:有水晶体眼,細菌性角膜炎,角膜穿孔,眼内炎,肺炎球菌.phakiceye,bacterialkeratitis,cornealperforation,endophthalmitis,Streptococcuspneumonia.Cはじめに感染性眼内炎を原因からみてみると術後眼内炎が多く1),角膜炎からの二次的な発症,さらには有水晶体眼における眼内への波及はまれである.今回,有水晶体眼にもかかわらず肺炎球菌性角膜炎が眼内炎に波及したC1例を経験したので報告する.CI症例患者:77歳,男性.主訴:視力低下,眼痛.現病歴:左眼壊死性角膜炎のため,2014年C2月に京都府立医科大学眼科(以下,当院)にて治療され,その後は近医にて経過観察されていた.左眼にヘルペス性角膜炎が何度か再発したがアシクロビル眼軟膏で改善した.その後はベタメタゾン点眼C2回/日,トロピカミド点眼C2回/日にて経過観察されていたが,2017年C12月CX日に左角膜潰瘍を生じ,角膜ヘルペスの再燃を疑われた.アシクロビル眼軟膏点入C5回/日を追加されるも改善せず,12月CX+2日に眼痛が出現し〔別刷請求先〕福澤憲司:〒780-0935高知市旭町C1-104町田病院Reprintrequests:KenjiFukuzawa,MachidaHospital,1-104Asahimachi,Kouchi780-0935,JAPANC0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(117)C1157図1初診時前眼部写真図3a初診後2日:前眼部写真図4術中所見虹彩裏面に膿瘍を認める.病変部の突出を認め眼脂も増加したため,同日当院に紹介となった.初診時所見:左眼視力は指数弁であった.細隙灯顕微鏡検査にて角膜中央部の穿孔を認めた.虹彩が嵌頓し,穿孔部周囲に膿瘍を認めた(図1).同日撮影された前眼部光断層計検査(CASIA)では穿孔部の角膜構造は破綻し,浅前房となっ図2初診時前眼部光断層計検査図3b初診後2日:超音波検査図5術後所見ていた(図2).初診後経過:前日まで使用されていたベタメタゾン点眼を中止した.角膜擦過物の検鏡でグラム陽性球菌を認め,眼脂培養を行った.細菌性角膜炎を疑いモキシフロキサシンのC1時間ごとの点眼を開始し,ヘルペスとの混合感染も考えられることからアシクロビル眼軟膏点入C5回/日を継続した.初1158あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(118)点眼モキシフロキサシンレボフロキサシンセフメノキシム点滴バンコマイシンセフタジジムアンピシリンStreptococcuspneumonia(術中硝子体)図6治療経過0C1C2C3C4C5C6C7C8C9101112131415C初診後日数診後C1日に感染巣の悪化を認めなかったため,眼脂培養の結果次第で角膜移植を施行する方針とした.しかし,初診後C2日の朝に高度の眼瞼浮腫,眼球結膜浮腫が出現し(図3a),超音波検査で硝子体混濁を認め眼内炎が疑われた(図3b).同日全層角膜移植術と水晶体摘出術,硝子体手術を施行した.手術ではまず角膜表面の病巣部を除去し,粘弾性物質で前房を形成.トレパンで角膜を打ち抜き,剪刀で切り取った.虹彩裏面が広範囲に水晶体前面と癒着し,フィブリンを含む多くの膿瘍を認めたため,これらを可能な限り吸引,除去し,水晶体を.外摘出した(図4).移植片を縫合し,その後硝子体手術に移行した.眼内に大量の膿瘍があり,それらを硝子体とともに切除,網膜の色調は白色であった.バンコマイシン,セフタジジムを灌流しながらの硝子体手術および,バンコマイシン,セフタジジムの硝子体内注射を行った.網膜.離を起こしている部位を認めたためレーザー照射を施行.シリコーンオイルを注入し手術を終了した.術後,レボフロキサシン点眼C6回/日,ベタメタゾン点眼4回/日,アシクロビル眼軟膏C1回/日で局所治療を開始し,バンコマイシン,セフタジジムの点滴を開始した.術前に採取した眼脂培養からCStreptococcusCpneumoniaが術後C2日に検出され,セフメノキシムC6回/日の点眼を追加した.また,術後C4日に,術中に採取した硝子体の培養からもCStreptococ-cuspneumoniaが検出され点滴をアンピシリンに変更した.術後C4日の段階で網膜電図にて左眼の反応はみられなかった.移植片に感染の再燃なく経過したが,眼内にフィブリンによる混濁が残存したため,初回手術後C10日に再び硝子体手術を施行した.その後フィブリンは消失し,感染,炎症の再燃なく経過したため,初診後C19日で退院となった(図5).2019年C7月,術後C5カ月時点で状態は安定しているが,視力は光覚弁となった.治療経過は図6のとおりである.CII考按感染性眼内炎は,原因によって外因性と内因性に分けられる.外因性眼内炎は白内障手術などの眼内手術,穿孔性眼外傷,感染性角膜炎などによって起炎菌が直達的に波及して生じる1).内因性眼内炎は遠隔臓器から起炎菌が血行性に移行して生じる2).内因性眼内炎のリスクファクターとしては,糖尿病,高齢者,臓器膿瘍があげられる.膿瘍では肝膿瘍,肺炎,中枢神経系感染,心内膜炎,腎尿路感染の順に頻度が多い3).本症例は,全身の感染精査も行ったが,明らかな感染巣はなく,内因性眼内炎は否定的であった.術前に採取した眼脂培養および術中に採取した硝子体からCStreptococcuspneumoniaが検出されたことから,感染性角膜炎から二次的に眼内炎に波及した外因性眼内炎であると考えられた.本症例では,角膜ヘルペスの治療としてベタメタゾン点眼が長期に使用されていた.ベタメタゾン点眼により易感染性となり,感染が成立しやすい環境であったと考えられる.また,角膜感染症におけるステロイド投与は感染所見をマスクして感染を悪化させる可能性がある4).原因菌はCStreptococcusCpneumoniaであった.Streptococ-cuspneumoniaは上気道などに存在するグラム陽性双球菌である.莢膜を有し,好中球による貪食に抵抗するため,StreptococcusCpneumoniaによる角膜炎は重篤になりやすく,深部まで進展して穿孔しやすいといわれている5).感染性角膜炎から眼内炎に波及する例は少ないが,角膜穿孔すると眼内炎発生のリスクとなりうる6).感染性角膜炎から穿孔に至った原因としては,StreptococcusCpneumoniaが重篤になりやすいという理由が主であると考える.早期発症の眼内炎では,急激な視力低下,眼痛などの自覚症状を伴う7)が,角膜(119)あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020C1159ヘルペスによる視力低下がもともと存在したこと,角膜知覚低下も生じていたことなども診断が遅れた一因をなしていると推察された.有水晶体眼であったにもかかわらず眼内へ波及した経路としては,瞳孔を含む領域に角膜感染巣が存在していたことを考えると,角膜穿孔に至り虹彩嵌頓したため,角膜感染巣から直接虹彩上皮側を伝い硝子体側へ病原体が侵入した可能性がある.硝子体手術中に虹彩裏面に著明な膿瘍を認めたことからも,このことが推察される.また,Cloquet管を通る経路も考えられる.毛様体で産生された房水は,胎生期の一次硝子体遺残物と考えられるCClo-quet管を通り,黄斑前の硝子体ポケットに流入することが報告されており8),Cloquet管を通り黄斑前の硝子体ポケットに流入する房水の流れに乗って眼内へと波及した可能性がある.以上,筆者らは眼内炎に進展した肺炎球菌性角膜炎を経験した.有水晶体眼でも角膜穿孔から眼内炎に至る可能性があり注意を要する.文献1)DurandML:BacterialCandCfungalCendophthalmitis.CClinCMicrobiolRevC30:597-613,C20172)喜多美穂里:転移性眼内炎.あたらしい眼科C28:351-356,C20113)JacksonCTL,CEyKynCSJ,CGrahamCEMCetal:EndogenousCbacterialendophthalmitis:AC17-yearCprospectiveCseriesCandCreviewCofC267CreportedCcases.CSurvCOpthalmolC48:C403-423,C20034)外園千恵:角膜感染症の治療におけるステロイドの扱い.眼科グラフィック4:297-301,C20155)感染性角膜炎診療ガイドライン第C2版作成委員会:感染性角膜炎の診断.感染性角膜炎のガイドライン(第C2版).日眼会誌117:472-483,C20136)HenryCR,FlynnHWJr,MillerDetal:Infectiouskerati-tisCprogressingCtoendophthalmitis:aC15-yearCstudyCofCmicrobiology,CassociatedCfactors,CandCclinicalCoutcomes.COphthalmologyC119:2443-2449,C20127)上野千佳子,五味文:硝子体注射後眼内炎.あたらしい眼科28:357-361,C20118)岸章治:黄斑と硝子体.日眼会誌C119:117-143,C2015***1160あたらしい眼科Vol.37,No.9,2020(120)

角膜穿孔に対してシアノアクリレートが有効であった2例

2019年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科36(12):1591.1595,2019c角膜穿孔に対してシアノアクリレートが有効であった2例永田有司子島良平木下雄人小野喬森洋斉宮田和典宮田眼科病院CTwoCasesUsingCyanoacrylateforTreatingCornealPerforationYujiNagata,RyoheiNejima,KatsuhitoKinoshita,TakashiOno,YosaiMoriandKazunoriMiyataCMiyataEyeHospitalC生体接着剤は組織や切断された臓器を接着・被膜する用途でさまざまな領域で使用されている.今回,生体接着剤であるシアノアクリレートを角膜穿孔の治療に使用したC2例を報告する.症例C1はC31歳,女性,右眼の流涙・眼脂を主訴に受診した.矯正視力は手動弁,角膜中央に細胞浸潤を伴う潰瘍があり前房蓄膿を認めた.培養検査ではCMoraxellasp.が同定され,細菌性角膜潰瘍と診断した.抗菌点眼薬・軟膏により膿瘍は改善したが,潰瘍部の菲薄化が徐々に進行し第C19病日に穿孔,前房が消失した.第C25病日にシアノアクリレートを用いた角膜瘻孔閉鎖術を行い,ソフトコンタクトレンズを装用したところ,術翌日には前房が形成された.術後C1年目には矯正視力(0.8)まで改善し,角膜厚はC167Cμmとなった.症例C2はC19歳,男性,角膜ヘルペスと睫毛内反の既往があり,幼少時から角膜上皮障害を繰り返していた.右眼の疼痛・視力低下を主訴に受診し,矯正視力は(0.1),右眼角膜傍中心部に穿孔を認めた.ソフトコンタクトレンズ装用下で抗菌点眼薬により加療し前房は形成されたが,穿孔創は閉鎖しなかったため,第C5病日にシアノアクリレートを用いた角膜瘻孔閉鎖術を行った.術翌日には前房が深くなり術後C1年目には矯正視力(0.5)まで改善,角膜厚はC418Cμmとなった.2例ともシアノアクリレートは自然に脱落し,穿孔部は上皮化していた.両症例とも穿孔創の大きさは約C1Cmm程度であり,経過観察中に血管侵入や結膜充血などの合併症はなかった.シアノアクリレートは小さい穿孔創に対して有効であると考えられる.CBioadhesivesareattractingattentioninvarious.eldsforbondingandcoatingtissuesandcutorgans.HerewereportCtwoCcasesCinCwhichCcyanoacrylate,CaCbioadhesive,CwasCusedCtoCtreatCcornealCperforation.CCaseC1CinvolvedCaC31-year-oldwomanwhopresentedwiththeprimarycomplaintoftearsanddischargewithvisualdisturbanceintherighteye.Uponexamination,anulcerwasfoundinthecenterofthecorneainherrighteyeandMoraxellaCsp.wasCisolatedCfromCtheClesion.CTopicalCantibioticsCtreatmentCunderCtheCdiagnosisCofCbacterialCkeratitisCwasCstarted,Cbuttheulcerbecameperforated,i.e.,1.2×0.9Cmminsize,withdisappearanceoftheanteriorchamberat19-daysafterCinitiatingCtreatment.CSixCdaysClater,CcyanoacrylateCwasCappliedConCtheCcornealC.stula,CwithCtheCpatientCbeingCinstructedtowearasoftcontactlensthereafter.Theanteriorchamberwasformedonthenextday.At12-monthspostoperative,thecorrectedvisualacuity(VA)hadimprovedto(0.8)C,withacornealthicknessof167Cμm.Case2involvedCaC19-year-oldCmaleCwithCaCpreviousChistoryCofCcornealCherpes,Cepiblepharon,CandCfrequentCcornealCulcer-ationCwhoCpresentedCwithCtheCcomplaintCofCpainCandClossCofCvisionCinCtheCrightCeyeCwithCdecreasedCcorrectedCVA(0.1)C.CUponCexamination,CaC0.5×0.5CmmCcornealCperforationCwasCobservedCinChisCrightCeye.CTheCanteriorCchamberCwasnotreformedviathewearingofasoftcontactlens,soweperformedcorneal.stulaclosurewithcyanoacrylateat5dayspostinitialpresentation.Theanteriorchamberdeepenedthenextday.At12-monthspostoperative,hisright-eyeVAimprovedto(0.5)C,withacornealthickness418Cμm.Inbothcases,thesurgicallyappliedcyanoacry-lateCdroppedCo.Cspontaneously,CandCtheCperforatedClesionsCbecameCepithelialized.CInCtheCpresentCcases,CtheCsizeCofCcornealperforationwassmallenoughtobeclosedaftercyanoacrylateapplicationandtoepithelializewithoutvas-cularinvasion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(12):1591.1595,C2019〕Keywords:角膜穿孔,生体接着剤,シアノアクリレート,細菌性角膜炎,前眼部OCT.cornealperforation,tis-sueadhesive,cyanoacrylate,bacterialkeratitis,anteriorsegmentopticalcoherencetomography.C〔別刷請求先〕永田有司:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町C6-3宮田眼科病院Reprintrequests:YujiNagata,MD.,Ph.D.,MiyataEyeHospital,Kurahara6-3,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPANC0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(115)C1591はじめに角膜穿孔は失明や重篤な視力障害をきたす疾患であり,その原因として外傷や感染症,自己免疫性疾患などがあげられる1.3).角膜穿孔に対する治療法として,ソフトコンタクトレンズの装用や房水産生阻害薬などの内服といった保存的治療や4,5),角膜縫合・角膜移植・羊膜移植などの手術が行われている6.8).病態により穿孔創の大きさや部位,創周辺の組織の状態が異なり,保存的加療で治癒しない場合は手術が必要となる.液状の生体接着剤であるシアノアクリレートは,他科領域では皮膚の接着や消化管,血管の吻合に使用されている9.11)シアノアクリレートの主成分は,アクリル酸エステルとシアノ基からなるエチルC2-シアノアクリレートであり,シアノアクリレート単量体が空気中または被着体表面の水分と反応し重合することで硬化する.シアノアクリレートの治療成績について,眼科領域では海外において角膜穿孔に対する検討は行われているが12.14),国内での臨床使用についての報告は少ない15,16).今回,保存的加療で角膜穿孔が治癒しなかった症例に対し,シアノアクリレートを用いて角膜瘻孔閉鎖術を行い,奏効したC2例を経験したので報告する.CI症例〔症例1〕31歳,女性.主訴:右眼の流涙,眼脂.既往歴:特記事項なし.現病歴:2018年C2月に右眼の流涙・眼脂を主訴に前医を受診した.抗菌点眼薬を処方されたが症状は改善せず,同年3月に宮田眼科病院を受診した.初診時所見:視力は右眼手動弁,左眼はC0.7(1.0×+0.5Dcyl.1.0D×180°)であった.前眼部所見では右眼に結膜充血,角膜中央に細胞浸潤を伴う潰瘍および前房蓄膿を認め(図1a),前眼部光干渉断層撮影検査(anterioropticalcoher-encetomography:前眼部COCT)では角膜実質中層までの浸潤巣を認めた.経過:所見から感染性角膜炎を疑い,塗抹擦過標本の検鏡と培養検査を行った.塗抹標本のグラム染色ではグラム陰性桿菌を認めたため,細菌性角膜炎と診断しガチフロキサシン点眼C2時間ごと,トブラマイシン点眼C6回,1%アトロピン硫酸塩水和物・トロピカミドフェニレフリン点眼C1回による治療を開始した.培養検査ではCMoraxellasp.が分離され,点眼を継続した.その後,角膜炎は改善したが潰瘍部が徐々に菲薄化し,第19病日に穿孔し前房が消失した(図1b).前眼部COCT検査で穿孔創の大きさはC1.2CmmC×0.9Cmmであった(図2a).穿孔創閉鎖目的で第C22病日より多血小板血漿点眼液C8回を追加し,第C24病日よりアセタゾラミドをC2日間内服したが創は閉鎖しなかった.このため第C25病日にシアノアクリレート(アロンアルファCACR,三共,1965年に生体組織への適応が承認)を用いた角膜瘻孔閉鎖術を行った.シアノアクリレートの使用方法として,穿孔創周囲に水分があると,接着剤が硬化してしまい操作が困難になるため,まずは創周囲の水分をスポンジで十分に吸収させた.穿孔創を覆うようにシアノアクリレートを塗布し,接着剤が流れない程度に適宜水分を追加した.シアノアクリレートの硬化を確認し,術後にソフトコンタクトレンズ(アキュビューオアシスCR,ジョンソンエンドジョンソン)を装用したところ,術翌日には前房が形成された.術後C7日目の時点では穿孔部にシアノアクリレートが付着していたが(図1c),その後自然に脱落し,術後35日目には穿孔部は上皮化(図1d),穿孔部の角膜厚はC77μm(図2b),矯正視力はC0.3となった.術後C1年目には角膜厚はC167Cμmまで増加し,矯正視力はC0.8まで改善した.結膜充血や角膜への血管侵入といったシアノアクリレートによると考えられる副作用はなかった.〔症例2〕19歳,男性.主訴:右眼痛.既往歴:両眼角膜ヘルペス.10歳時に外斜視に対し,また両眼瞼内反症に対してC10歳時とC16歳時に手術を行った.現病歴:2018年C1月に右眼の痛みと視力低下を自覚し宮田眼科病院を受診した.再診時所見:視力は右眼C0.1矯正不能,左眼C0.8(0.9C×cylC.2.0D×10°)であった.右眼には角膜傍中心部に穿孔を認め(図3a),前眼部COCT検査では前房が消失しており,穿孔創の大きさはC0.5CmmC×0.5Cmmであった(図4a).経過:塗抹擦過標本の検鏡と培養検査では細菌・真菌ともに陰性であり,眼瞼内反による遷延性角膜上皮欠損から角膜穿孔に至ったと診断した.入院したうえで,ソフトコンタクトレンズ装用下でガチフロキサシン点眼C4回,多血小板血漿点眼液C8回を開始したところ,前房は徐々に形成されたが穿孔創は閉鎖しなかった.このため,第C5病日にシアノアクリレートを用いた角膜瘻孔閉鎖術を行い,術後にソフトコンタクトレンズを装用した(図3b).術翌日には前房は深くなり,術後C7日目の時点では穿孔部にシアノアクリレートが付着していた(図3c).その後シアノアクリレートは自然に脱落し,術後C32日目には穿孔部は上皮化(図3d),穿孔部の角膜厚はC121Cμm(図4b),矯正視力はC0.6であった.術後C1年目には角膜厚はC418Cμmまで増加し,矯正視力はC0.5と術前より改善した.経過観察期間を通じ結膜充血や角膜への血管侵入を認めなかった.多血小板血漿点眼液の使用に関しては,宮田眼科病院での倫理委員会での承認を得たうえで,2例とも患者から文章による同意を取得した.d図1症例1の前眼部所見a:受診時の細隙灯顕微鏡所見.角膜中央に細胞浸潤を伴う潰瘍を認める.Cb:第C19病日の前眼部写真.角膜中央が穿孔している.Cc:術後C7日目の細隙灯顕微鏡所見.穿孔部にシアノアクリレートが付着している.Cd:術後C35日目の細隙灯顕微鏡所見.シアノアクリレートは自然に脱落し,穿孔創の上皮化を認める.図2症例1の前眼部OCT像a:穿孔時.前房は消失している.穿孔創の大きさはC1.2CmmC×0.9Cmmであった.Cb:術後C35日目.前房は形成され,穿孔部の角膜厚が術前より増加している.CII考按リレートを使用したC2例である.2例ともシアノアクリレートは自然に脱落し,穿孔部は上皮化した.術前より穿孔部の角膜穿孔の保存的加療として,感染症以外ではソフトコン角膜厚は増加し,矯正視力は改善した.タクトレンズの装用が行われている4).また,前房水が穿孔角膜穿孔に対するシアノアクリレートの有効性に関して,創から持続的に漏出していると創が閉鎖しにくいため,アセSharmaらは穿孔創がC3Cmm以内のC22眼について検討してタゾラミドの内服により前房水の産生を抑制し,上皮化を促いる.穿孔創がC2Cmm以内のC19例では創部の閉鎖を認めたすことも有用と報告されている5).しかしこれらの治療で穿が,創部の大きさがC2.3CmmのC3例のうちC2例で再手術を孔創が閉鎖せず前房の確保が困難である場合は,外科的治療要したとしている17).また,Loya-GarciaらはC3Cmm以内のが必要となる.穿孔創に対してシアノアクリレートを使用した場合は有効で本検討は,角膜穿孔に対して生体接着剤であるシアノアクあったが,4Cmm以上の症例の一部では穿孔創が閉鎖せず,図3症例2の前眼部所見a:受診時の細隙灯顕微鏡所見.角膜傍中心部に穿孔創を認める.Cb:第C5病日の術中の前眼部写真.Cc:術後C7日目の細隙灯顕微鏡所見.穿孔部にシアノアクリレートが付着している.Cd:術後C32日目の細隙灯顕微鏡所見.シアノアクリレートは自然に脱落し,穿孔創の上皮化を認める.Cab図4症例2の前眼部OCT像a:受診時.前房は消失している.穿孔創の大きさはC0.5CmmC×0.5Cmmであった.Cb:術後C32日目.前房は形成され,穿孔部の角膜厚が術前より増加している.シアノアクリレートの再使用や全層角膜移植による追加手術糊の組織学的な検討を行った結果,シアノアクリレートではを要したと報告している18).本検討では両症例とも穿孔創のゼラチン糊と比較したところ角膜混濁や血管侵入などの合併大きさは約C1Cmm程度であり,シアノアクリレートは小さい症が少なかったと,シアノアクリレートの有効性を指摘して穿孔創に対して有効である可能性がある.いる19).本症例では血管侵入・結膜充血などのシアノアクリ生体接着剤を使用した際の眼組織への合併症として,角膜レートによると考えられる副作用がなく,ヒト生体に対する混濁・角膜血管侵入・結膜充血などがある19).Sharmaらはシアノアクリレートによる角膜組織への障害性は少ない可能シアノアクリレートとフィブリン糊の角膜毒性を比較した結性がある.しかしながら,本検討はあくまで一施設における果,フィブリン糊でより角膜血管侵入・巨大乳頭結膜炎など2症例での検討であり,シアノアクリレートの角膜穿孔に対の合併症が少なかったと報告している17).一方,大沼らは家する有効性や毒性に関して,今後さらなる症例の蓄積が望ま兎の角膜穿孔モデルにおいてシアノアクリレートとゼラチンれる.III結語今回,保存的加療で穿孔が治癒しなかった角膜穿孔に対して,シアノアクリレートを用いて角膜瘻孔閉鎖術を行ったC2例を経験した.小さな角膜穿孔創に対するシアノアクリレートを用いた瘻孔閉鎖術は角膜穿孔創の治療に有効であると考えられる.文献1)HussinCHM,CBiswasCS,CMajidCMCetal:ACnovelCtechniqueCtoCtreatCtraumaticCcornealCperforationCinCaCcaseCofCpre-sumedbrittlecorneasyndrome.BrJOphthalmolC91:399,C20072)TiCSE,CScottCJA,CJanardhananCPCetal:TherapeuticCkera-toplastyCforCadvancedCsuppurativeCkeratitis.CAmCJCOph-thalmolC143:755-762,C20073)奥村峻大,福岡秀記,高原彩加ほか:分子標的治療薬により寛解状態であった関節リウマチに生じた角膜穿孔のC1例.あたらしい眼科C36:282-285,C20194)Borucho.SA,DonshikPC:Medicalandsurgicalmanage-mentCofCcornealCthinningsCandCperforations.CIntCOphthal-molClinC15:111-123,C19755)JhanjiV,YoungAL,MehtaJSetal:Managementofcor-nealperforations.SurvOphthalmolC56:522-538,C20116)YokogawaCH,CKobayashiCA,CYamazakiCNCetal:SurgicalCtherapiesCforCcornealCperforations.C10CyearsCofCcasesCinCaCtertiaryCreferralChospital.CClinCOphthalmolC8:2165-2170,C20147)川村裕子,吉田絢子,白川理香ほか:周辺部角膜穿孔に対する治療的表層角膜移植術の術後経過.日眼会誌C123:143-149,C20198)SavinoCG,CColucciCD,CGiannicoCMICetal:AmnioticCmem-branetransplantationassociatedwithacornealpatchinapaediatricCcornealCperforation.CActaCOphthalmolC88:15-16,C20109)佐藤俊,森公一:当院における人工関節置換術創閉鎖の縫合とダーマボンドの比較と評価.中部日本整形外科災害外科学会雑誌C60:869-870,C201710)野口達矢,白井保之,木下善博ほか:胃静脈瘤内視鏡的治療後のCNBCA(n-butyl-2-cianoacrylate)排出時期の検討.日本門脈圧亢進症学会雑誌C24:57-61,C201811)杉盛夏樹,宮山士朗,山城正司ほか:著名なCAVシャントを伴った腎血管筋脂肪種に対してCNBCAおよびエタノールで塞栓術を施行したC1例.InterventionalCRadiologyC33:322,C201812)GuhanCS,CPengCSL,CJanbatianCHCetal:SurgicalCadhesivesCinophthalmology:historyCandCcurrentCtrends.CBrCJCOph-thalmolC102:1328-1335,C201813)VoteBJ,ElderMJ.:Cyanoacrylateglueforcornealperfo-rations:adescriptionofasurgicaltechniqueandareviewoftheliterature.ClinExpOphthalmolC28:437-443,C200014)LaiI,ShivanagariSB,AliMHetal:E.cacyofconjuncti-valCresectionCwithCcyanoacrylateCglueCapplicationCinCpre-ventingCrecurrencesCofCMooren’sCulcer.CBrCJCOphthalmolC100:971-975,C201615)柚木達也,早坂征次,長木康典ほか:N-butyl-cianoacry-lateと保存強膜を用いて角膜移植を行った角膜穿孔のC1例.眼臨97:319,C200316)三戸岡克哉,佐野雄太,北原健二:Terrien周辺角膜変性の穿孔部閉鎖にシアノアクリレートが有効であったC1例.眼科41:1707-1710,C200317)SharmaCA,CKaurCR,CKumarCSCetal:FibrinCglueCversusCN-butyl-2-cyanoacrylateincornealperforations.Ophthal-mologyC110:291-298,C200318)Loya-GarciaCD,CSerna-OjedaCJC,CPedro-AguilarCLCetal:CNon-traumaticCcornealperforations:aetiology,CtreatmentCandoutcomes.BrJOphthalmolC101:634-639,C201719)大沼恵理,向井公一郎,寺田理ほか:各種生体接着剤の角膜裂傷への応用.日眼会誌C116:467-475,C2012***

全層角膜移植術後の角膜感染症に対する治療的角膜移植術の検討

2018年2月28日 水曜日

《原著》あたらしい眼科35(2):247.252,2018c全層角膜移植術後の角膜感染症に対する治療的角膜移植術の検討脇舛耕一*1,2粥川佳菜絵*1北澤耕司*1,3稗田牧*2山崎俊秀*1稲富勉*2外園千恵*2木下茂*1,3*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学*3京都府立医科大学感覚器未来医療学CRetrospectiveAnalysisofTherapeuticKeratoplastyforCornealInfectionPostPenetratingKeratoplastyKoichiWakimasu1,2)C,KanaeKayukawa1),KojiKitazawa1,3)C,OsamuHieda2),ToshihideYamasaki1),TsutomuInatomi2),ChieSotozono2)andShigeruKinoshita1,3)1)BaptistEyeInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PKP)術後の角膜感染症に対し,治療的角膜移植術を行った症例について検討を行った.対象および方法:バプテスト眼科クリニックにおいて,2003年C1月.2016年C7月にCPKPを行ったC835眼中,細菌または真菌感染症を発症したC33眼のうち,ドナー角膜内に活動性の感染部位を認めるが,ホスト角膜への感染は波及前,あるいは保存的治療によりホスト角膜側の感染が鎮静化したうえで,治療的角膜移植術を行ったC5眼(0.6%)を対象とした.起因菌,発症時年齢,感染症発症までの期間,原疾患,予後および視機能についてレトロスペクティブに検討した.結果:起因菌は細菌がC2眼,真菌がC2眼,起因菌不明がC1眼であった.細菌感染症ではコアグラーゼ陰性ブドウ球菌,レボフロキサシン耐性コリネバクテリウム属を,真菌感染症ではカンジダ属,酵母型真菌を各C1眼に検出した.発症時年齢(中央値)はC75歳(59.88歳),角膜移植から発症までの期間(中央値)はC7.0(1.0.9.6)年であった.原疾患は格子状角膜ジストロフィC2眼,水疱性角膜症C2眼,梅毒性角膜実質炎C1眼であった.治療的角膜移植術後の最終経過観察期間(中央値)はC1.0(0.7.1.2)年であり,5眼全例で透明治癒が得られていた.矯正視力(小数換算)は発症前C0.18,発症後C0.02,治療的角膜移植術後C0.23であった.結論:PKP術後の角膜感染症は,ホスト角膜への感染の波及前,あるいは保存的治療によりホスト角膜側の感染が鎮静化したうえで治療的角膜移植術を行うことで良好な視力予後を得られた.CPurpose:Toanalyzeeyesthatunderwenttherapeutickeratoplastyforcornealinfectionpostpenetratingker-atoplasty(PKP)C.CMethods:OfC835CeyesCthatChadCundergoneCPKPCatCBaptistCEyeCInstituteCfromCJanuaryC2003CtoJuly2016,fromamongthe33eyesthatdevelopedmicrobialkeratitisweretrospectivelyreviewed5eyes(0.6%)CthatChadCundergoneCkeratoplastyCforCmicrobialCkeratitisClocalizedCwithinCtheCdonorCgraftCandCwithCnoCactiveCinfec-tiouslesioninthehostcornea.Microbiologicaletiology,periodbetweenPKPandinfection,primarydisease,visualacuityandprognosiswerealsoevaluatedretrospectively.Results:Infectionsincludedbacterial(2eyes),fungal(2eyes),CandCunknown(1Ceye)C.CTheCbacterialCandCfungalCinfectionsCwereCcausedCbyCmethicillin-resistantCcoagulase-negativeCstaphylococci/levo.oxacin-resistantCCorynebacteriumCspecies,CandCCandidaCspecies/yeast-typeCfungus,respectively.MeanperiodbetweenPKPandinfectiononsetwas7.0years(range:1.0-9.6years)C.PrimarydiseasesprePKPwerelatticecornealdystrophy(2eyes),bullouskeratopathy(2eyes)andsyphilis(1eye)C.Meanlastfol-low-upCperiodCafterCtherapeuticCkeratoplastyCwasC1Cyear(range:0.7-1.2Cyears);donor-corneaCclarityCwasCobtainedinalleyesatthelastfollow-upperiod.Meanbest-correctedvisualacuitywas0.18preinfection,0.02postinfection,CandC0.23CpostCtherapeuticCkeratoplasty.CConclusions:TherapeuticCkeratoplastyCforCpostCPKPCinfectionCenabledbettervisualprognosispreinvasionorposthealingofinfectionatthehostcornea.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(2):247.252,C2018〕〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町C12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KoichiWakimasu,M.D.,BaptistEyeInstitute,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,CJAPANKeywords:全層角膜移植術後角膜感染症,治療的角膜移植術,細菌性角膜炎,角膜真菌症,薬剤耐性菌.postop-erativeinfectionpostpenetratingkeratoplasty,therapeutickeratoplasty,bacterialkeratitis,fungalkeratitis,resis-tantbacteria.Cはじめに全層角膜移植術(penetratingCkeratoplasty:PKP)後角膜感染症は,視機能に影響を及ぼす重篤なCPKP術後合併症の一つである1.21).PKP術後角膜感染症の発症頻度はC1.76.12.1%とされているが2.21),施設による差異があり16),また,発展途上国では発症率が高いとの報告がある7,9,15,16).PKP術後角膜感染症の発症因子としては,縫合糸の緩みやソフトコンタクトレンズの使用,ステロイドの長期投与,遷延性上皮欠損,graftCfailureの存在などが指摘されている1.3,5.8,10.12,14.24).PKP術後角膜感染症の視力予後は一般的に不良であり1,2,5,6,15,16,21),保存的治療のみでは感染症の沈静化が得られても透明治癒を得られる症例はC30-40%とされている1,5,21).一方,角膜感染症に対する治療的角膜移植術は,術後感染の再燃や眼内炎への移行などにより,視機能改善が維持できる症例はC60.80%とされている25.28).今回,バプテスト眼科クリニック(以下,当院)で施行したCPKP術後の角膜感染症に対して,ドナー角膜内には活動性の感染部位を認めるが,ホスト角膜への感染は波及前,あるいは保存的治療によりホスト角膜側の感染が鎮静化したうえで治療的角膜移植術を施行した症例について検討を行ったので報告する.CI対象および方法対象は,2003年1月.2016年7月に当院にてPKPを施行したC835眼中,手術後に細菌性または真菌性の角膜感染症を発症したC33眼のうち,治療的角膜移植術を施行したC5眼(0.6%)である.ヘルペス性角膜炎を含むウイルス性疾患は除外した.また,PKP術後にアカントアメーバ角膜炎を発症した症例は除外した.本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,京都有識者倫理審査委員会承認のもと,患者本人に十分なインフォームド・コンセントを行った後に文書による同意を得て施行した(UMIN000024891).PKP後感染症の起因菌,PKP施行から感染症発症までの期間,発症時年齢,原疾患,発症部位,発症までのCPKP既往,僚眼の視力,予後,角膜内皮細胞密度および視機能についてレトロスペクティブに検討した.治療方法については,発症時にホスト角膜に病変が及んでいない場合は,ただちに治療的角膜移植術を施行した.一方,ホスト角膜に病変が及んでいる例では,抗菌薬あるいは抗真菌薬の投与による保存的治療を行い,ホスト角膜側の感染が鎮静化したうえで,治療的角膜移植術を行った(図1,2).保存的治療の方法は,細菌感染症では菌培養薬剤感受性を考慮してC1.5%レボフロキサシン,0.5%モキシフロキサシン,0.5%セフメノキシムなどのC1時間ごとの点眼,真菌感染症ではC0.1%ミコナゾールのC1時間ごとの点眼およびピマリシン眼軟膏のC1日C5回の点入を行った.起因菌が同定されなかったC1例ではC0.5%モキシフロキサシン,0.1%ミコナゾールのC1時間ごとの点眼を同時に行った.局所ステロイドの使用については,起因菌や炎症の状態などによって症例ごとに中止またはC0.1%フルオロメトロンC1日C2回点眼に変更した.治療的角膜移植術については,病巣を含んだドナー角膜を適切なサイズのトレパンで切除し,ホスト側の角膜には感染巣がないことを確認し,0.25Cmm大きなサイズのドナー角膜をC10-0ナイロンで連続または端々縫合した.移植術後の局所投薬はC0.5%ガチフロキサシンとC0.1%リン酸ベタメタゾンの点眼をC1日C4回とした.手術前が真菌感染症の例では0.1%ミコナゾールの点眼C1日C4回を追加した.全身投薬は,リン酸ベタメタゾンC4CmgとセファゾリンナトリウムC1Cg,マンニトールC300Cmlの点滴をC3日間,リン酸ベタメタゾン1mgとセフカペンピボキシル塩酸塩,アセタゾラミド500Cmgの内服をC5日間,および術後炎症の状態によってメチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウムC125Cmgの静脈注射を追加した.予後については,治療的角膜移植術C6カ月後,最終経過観察の時点での角膜の透明治癒の状態について検討した.視機能については,感染症発症前,発症後,治療的角膜移植術C6カ月後の視力および角膜内皮細胞密度を比較した.統計学的検定については,Kruskal-Wallis検定を用いてCScheffe法による多重比較の検討を行い,p値C0.05未満を統計学的有意水準とした.CII結果1.起因菌,感染症発症までの期間今回対象となった症例はC835眼中C5眼(0.6%,男性C2眼,女性C3眼)であり,起因菌は,細菌を検出した症例がC2眼,真菌を検出した症例がC2眼,細菌学的検査では起因菌が同定できなかったが,細隙灯顕微鏡検査所見から細菌または真菌感染症が疑われた症例がC1眼であった.細菌感染症のうち,培養検査にてメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantCcoagulase-negativeCstaphylococci:MRCNS)を検出した症例がC1眼,コリネバクテリウム属を検出した症例がC1眼であった.培養で検出されたコリネバクテリウム属はレボフロキサシン耐性であった.真菌感染症で症例1症例2症例3症例4症例5図1治療的角膜移植例左が感染症発症前,中央が感染症発症後,右が治療的角膜移植術後である.(症例1)88歳,女性.起因菌はメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.(症例2)64歳,男性.起因菌はコリネバクテリウム属.(症例3)81歳,女性.起因菌はカンジダ属.(症例4)75歳,男性.起因菌は酵母型真菌.(症例5)59歳,女性.起因菌は培養検査,擦過鏡検では検出されなかった.は,培養検査でカンジダ属を検出した症例がC1眼,酵母型真った(表1).菌を検出した症例がC1眼であった.PKP施行から感染症を発症するまでの期間(年,中央値)はC7.0(1.0.9.6)年であ症例1症例3症例4症例5図2治療的角膜移植術前に保存的治療後を施行した症例左が保存的治療前,右が保存的治療後である.左の写真では主感染巣のほかホスト角膜側に浸潤を認める(.)が,右の写真ではドナー角膜内に感染巣は残存する(C.)ものの保存的治療によりホスト角膜側の感染が鎮静化(C.)しており,この後治療的角膜移植を行った.表1各症例の内訳症例性別起因菌発症までの期間(年)発症時年齢(歳)原疾患発症部位PKPの既往(回)僚眼の視力C1女性CMRCNSC6.9C88格子状角膜ジストロフィ瞳孔領C3光覚(-)C2男性コリネバクテリウム属C8.4C64水疱性角膜症縫合糸C4C0.5C3女性カンジダ属C1.0C81梅毒性角膜実質炎縫合糸C1指数弁C4男性酵母型真菌C9.6C75水疱性角膜症瞳孔領C2光覚(-)C5女性不明C6.3C59格子状角膜ジストロフィ縫合糸C1C0.1MRCNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci)表2各症例の矯正視力変化治療的角膜移植術症例発症前発症後6カ月後C1C0.09手動弁C0.1C2C0.1指数弁C0.2C3C0.2C0.02C0.2C4C0.3C0.1C0.2C5C0.4C0.07C0.42.発症時年齢,原疾患,発症部位,発症までのPKPの既往,僚眼の視力感染症発症時の年齢はC75歳(中央値,59.88歳)であり,原疾患は格子状角膜ジストロフィC2眼,水疱性角膜症C2眼,梅毒性角膜実質炎C1眼であった.発症部位は,瞳孔領がC2眼,縫合糸近傍がC3眼であり,発症後感染巣がドナー角膜内に限局しただちに治療的角膜移植術を施行できた症例がC1眼,初診時すでに感染巣がホスト角膜に及んでおり,保存的治療によりホスト角膜側の感染が鎮静化したうえで治療的角膜移植術を行った症例がC4眼であった.発症までにCPKPを施行された回数(中央値)はC2回(1.4回)であり,5眼中C3眼で複数回CPKPを施行されていた.このC3眼における過去のCgraftfailureの原因はすべて自然経過による角膜内皮細胞密度減少によるもので,角膜感染症の既往眼は認めなかった.僚眼の視力については,5眼中C3眼が低視力であった(表1).C3.予後および視力治療的角膜移植術後の最終経過観察期間はC1.0年(中央値,0.7.1.2年)であり,最終観察時C5眼全例(100%)において角膜の透明治癒を得られており,感染の再燃を認めていない.平均矯正視力(小数換算)は,感染症発症前C0.18,発症後C0.02,治療的角膜移植術C6カ月後C0.23であり,治療的角膜移植術後は有意に改善し(p=0.03),感染症発症前と有意差を認めなかった(表2).治療的角膜移植術C6カ月後の角膜内皮細胞密度(中央値)はC2,297(2,038.2,451)であった(表3).C表3各症例の角膜内皮細胞密度変化治療的角膜移植術症例発症前6カ月後C1C1,016C2,038C2測定不能C2,354C3C2,579C2,297C4測定不能C2,451C5測定不能C2,042CIII考按今回の検討で対象となったC5眼は,同検討期間中にCPKPを施行した全C835眼のC0.6%であった.発症の背景について,起因菌は,細菌感染ではCMRCNSやレボフロキサシン耐性コリネバクテリウム属が,真菌では酵母型真菌が検出され,これらは以前に当院で検討した結果とほぼ同様であった20).原疾患では,格子状角膜ジストロフィと水疱性角膜症が多く,発症部位はドナー角膜側の縫合糸近傍や瞳孔領であった.格子状角膜ジストロフィは,PKP術後もホスト角膜上皮がドナー角膜上皮に置き換わることで,角膜上皮の接着不良による角膜上皮障害をきたしやすい.水疱性角膜症でも角膜上皮の接着不良を生じやすく,これら原疾患による角膜上皮障害が感染症発症の一因と考えられた.他の背景因子として,本検討でのC5眼全例で免疫低下をきたす全身疾患は認めなかったが,高齢者やモノクルス症例が多いこと,PKPの複数回施行例が多いこと,PKP術後に低濃度ステロイド点眼を長期継続していたことなどにより,局所の免疫不全状態をきたしていた可能性が高く,これらが感染症発症のリスクファクターと考えられた.治療的角膜移植術後の視機能改善はC60.80%とされており,予後不良例として,感染の再燃や眼内炎への移行が報告されている25.29).再燃のピークは治療的角膜移植術後C6週間以内に認められ,とくに糸状型真菌では再燃の危険性が高く25,28),治療的角膜移植を行うタイミングとして,ホスト角膜側の周辺部に病巣が残った状態で治療的角膜移植を行うと感染の再燃を生じることが報告されている25,29).本検討では,5眼全例で治療的角膜移植術C6カ月後に視機能の改善を認め,最終観察時点で感染の再燃を認めず透明治癒が得られている.その理由として,ホスト角膜側への感染の波及を認めた症例では,保存的治療によりホスト角膜側の感染が鎮静化したうえで治療的角膜移植を行ったことが考えられた.今回の症例のうち,症例C2を除くC4症例はいずれもモノクルスであり,また保存的加療のみにより短期間に透明治癒が得られる状態ではなく,可及的速やかな外科的治療が必要であった.また症例C2のCPKP術後眼は,保存的治療を行ってから光学的移植を行うのが本来であるが,角膜感染症を発症する前からCgraftfailureをきたしており,受診時に感染巣はドナー角膜内に限局し,ホスト角膜への波及や前房内炎症を認めず,グラフトの交換にて感染巣の完全除去が得られる状態であり,加えて患者の強い希望もあったため,治療的角膜移植に踏み切った.しかし,治療的角膜移植術C1年後以降に感染の再燃を認めた症例もあり25,28),引き続き経過観察が必要である.PKP術後の角膜感染症では,ホスト角膜への感染の波及の有無に留意し,ドナー角膜内に感染巣を限局させてから治療的角膜移植を行うことで,感染の再燃を抑制し,光学的角膜移植と同等の改善効果が得られる可能性が高いと考えられた.文献1)兒玉益広,水流忠彦:角膜移植術後感染症の発症頻度と転機.臨眼50:999-1002,C19962)TubervilleCAW,CWoodCTO:CornealCulcersCinCcornealCtransplants.CurrEyeRes1:479-485,C19813)大塚裕子,曽根隆一郎,村松隆次:全層角膜移植術に伴った術後感染症.あたらしい眼科10:419-421,C19934)LamensdorfCM,CWilsonCLA,CWaringCGOCetCal:MicrobialCkeratitisafterpenetratingkeratoplasty.OphthalmologyC89(Sept.Suppl):124,19825)HarrisDJJr,StultingRD,WaringGOIIIetal:LatebacC-terialCandCfungalCkeratitisCafterCcornealCtransplantation.CSpectrumofpathogens,graftsurvival,andvisualprogno-sis.Ophthalmology95:1450-1457,C19846)FongLP,OrmerodLD,KenyonKRetal:Microbialkera-titiscomplicatingpenetratingkeratoplasty.OphthalmologyC95:1269-1275,C19887)Al-HazzaaSA,TabbaraKF:Bacterialkeratitisafterpen-etratingkeratoplasty.OphthalmologyC95:1504-1508,C19888)BatesAK,KirnessCM,FickerLAetal:Microbialkerati-tisafterpenetratingkeeratoplasty.EyeC4:74-78,C19909)AkovaCYA,COnatCM,CKocCFCetCal:MicrobialCkeratitisCfol-lowingCpenetratingCkeratoplasty.COphthalmicCSurgCLasersC30:449-455,C199910)LeaheyAB,AveryRL,GottschJDetal:Sutureabscess-esCafterCpenetratingCkeratoplasty.CCorneaC12:489-492,C199311)中島秀登,山田昌和,真島行彦:角膜移植眼に生じた感染性角膜炎の検討.臨眼55:1001-1006,C200112)WrightCTM,CAfshariCNA:MicrobialCkeratitisCfollowingCcornealCtransplantation.CAmCJCOphthalmolC142:1061-1062,C200613)TsengSH,LingKC:Latemicrobialkeratitisaftercornealtransplantation.CorneaC14:591-594,C199514)VajpayeeCRB,CBoralCSK,CDadaCTCetCal:RiskCfactorsCforgraftCinfectionCinCIndia:aCcase-controlCstudy.CBrCJCOph-thalmolC86:261-265,C200215)VajpayeeRB,SharmaN,SinhaRetal:Infectiouskerati-tisCfollowingCkeratoplasty.CSurvCOphthalmolC52:1-12,C200716)WagonerMD,Al-SwailemSA,SutphinJEetal:BacterialkeratitisCafterCpenetratingCkeratoplasty:incidence,Cmicro-biologicalCpro.le,CgraftCsurvivalCandCvisualCoutcome.COph-thalmologyC114:1073-1079,C200717)VarleyCGA,CMeislerCDM:ComplicationsCofCpenetratingkeratoplasty:graftCinfections.CRefractCCornealCSurgC7:C62-66,C199118)MoorthyCS,CGraueCE,CJhanjiCVCetCal:MicrobialCkeratitisafterCpenetratingCkeratoplasty:ImpactCofCsutures.CAmJOphthalmolC152:189-194,C201119)ConstantinouM,JhanjiV,VajpayeeRB:ClinicalmicrobiC-ologicalpro.leofpost-penetratingkeratoplastyinfectiouskeratitisinfailedandcleargrafts.AmJOphthalmolC155:C233-237,C201320)脇舛耕一,外園千恵,清水有紀子ほか:角膜移植術後の角膜感染症に関する検討.日眼会誌108:354-358,C200421)藤井かんな,佐竹良之,島.潤:角膜移植後の角膜感染症.あたらしい眼科31:1697-1700,C201422)若林俊子,山田昌和,篠田啓ほか:縫合糸膿瘍から重篤な眼感染症をきたした角膜移植眼のC2例.あたらしい眼科C16:237-240,C199923)松岡里佳,高橋徹,渡辺牧夫ほか:縫合糸に起因する難治性角膜浸潤のC1症例.眼紀51:45-47,C200024)岡本敬子,江口洋,秦聡ほか:全層角膜移植術C8年後に生じた角膜縫合糸感染症のC1例.眼紀C54:135-138,C200325)TiCS,CScottCA,CJanardhananCPCetCal:TherapeuticCkeratoC-plastyCforCadvancedCsuppurativeCkeratitis.CAmCJCOphthal-molC143:755-762,C200726)AnshuA,ParthasarathyA,MehtaJSetal:OutcomesoftherapeuticCdeepClamellarCkeratoplastyCandCpenetratingkeratoplastyforadvancedinfectiouskeratitis:acompara-tivestudy.OphthalmologyC116:615-623,C200927)SharmaN,SachdevR,JhanjiVetal:Therapeutickerato-plastyformicrobialkeratitis.CurrOpinOphthalmolC21:C293-300,C201028)ChenWL,WuCY,HuFRetal:TherapeuticpenetratingkeratoplastyCforCmicrobialCkeratitisCinCTaiwanCfromC1987CtoC2001.CAmJOphthalmolC137:736-743,C200429)ShiW,WangT,XieLetal:Riskfactors,clinicalfeatures,andCoutcomesCofCrecurrentCfungalCkeratitisCafterCcornealCtransplantation.Ophthalmology117:890-896,C2010***

2013年に細菌性角膜炎を疑った病変部からの分離細菌のレボフロキサシン耐性率

2016年4月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(4):584〜588,2016©2013年に細菌性角膜炎を疑った病変部からの分離細菌のレボフロキサシン耐性率石山惣介岩崎琢也野口ゆかり森洋斉子島良平宮田和典宮田眼科病院LevofloxacinResistanceinBacteriaIsolatedfromLesionsofSuspectBacterialKeratitisin2013SosukeIshiyama,TakuyaIwasaki,YukariNoguchi,YosaiMori,RyoheiNejimaandKazunoriMiyataDepartmentofOphthalmology,MiyataEyeHospital目的:2013年に細菌性角膜炎を疑った症例の病変部擦過検体より分離された細菌のレボフロキサシン耐性率を明らかにする.方法:2013年に宮田眼科病院を受診し,細菌性角膜炎を疑った122例123眼を対象とした.初診時に角膜病変擦過物の塗抹鏡検と培養検査を行い,グラム染色所見・分離菌種・レボフロキサシンの薬剤耐性を検討した.結果:塗抹鏡検は38眼(30.9%)が陽性となった.その内訳は,グラム陽性球菌が20眼(51.3%),グラム陽性桿菌が15眼(38.5%),グラム陰性球菌が1眼(2.6%),グラム陰性桿菌が3眼(7.7%)であった.細菌培養は92眼(74.8%)が陽性となり,147株を分離した.内訳は,Propionibacteriumacnes(P.acnes)57株(38.8%),Staphylococcusepidermidis(SE)26株(17.7%),coagulase-negativestaphylococcus(CNS)21株(14.3%),Staphylococcusaureus(SA)18株(12.2%),Corynebacterium属10株(6.8%),その他の細菌が15株(10.2%)であった.レボフロキサシン耐性率はP.acnes5.3%,SE57.7%,CNS28.6%,methicillin-susceptibleSA25.0%,methicillin-resistantSA100.0%,Corynebacterium属60.0%であった.結論:細菌性角膜炎の疑い症例におけるP.acnesを除く主要分離菌におけるレボフロキサシン耐性の増加が示唆された.起因菌の薬剤耐性の傾向を把握することが,適切な抗菌薬選択において重要である.Purpose:Torevealthelevofloxacinresistanceofisolatesfromcorneallesionsofsuspectbacterialkeratitisofpatientswhovisitedin2013.Subjectsandmethods:123corneallesionsof122patientswerescrapedforcytologicalexaminationandforbacterialisolation.IsolatedbacteriawereassessedforlevofloxacinsusceptibilityusingtheClinicalandLaboratoryStandardsInstitutestandard.Results:Microscopicexaminationrevealedbacterialpresencein38lesions(30.9%):Gram-positivecocciin20lesions(51.3%),Gram-positivebacilliin15lesions(38.5%),Gram-negativecocciin1lesion(2.6%)andGram-negativebacilliin3lesions(7.7%).Bacterialexaminationresultedin147isolatesfrom92corneallesions(74.8%):57isolatesofPropionibacteriumacnes(P.acnes)(38.8%);26Staphylococcusepidermidis(SE)(17.7%);21coagulase-negativestaphylococcus(CNS)(14.3%);18Staphylococcusaureus(SA)(12.2%);10Corynebacteriumsp(6.8%);and15otherspecies(10.2%).Levofloxacinresistancesoftheisolatesfromthecorneallesionswere:P.acnes5.3%,SE57.7%,CNS28.6%,methicillin-susceptibleSA25.0%,methicillin-resistantSA100.0%andCorynebacteriumspp.60.0%.Conclusion:Themajoragentscausingbacterialkeratitisshowedincreasedresistancetolevofloxacininpatientswhovisitedin2013.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(4):584〜588,2016〕Keywords:細菌性角膜炎,検出菌,レボフロキサシン,抗菌薬耐性.bacterialkeratitis,isolatedbacteria,levofloxacin,antibioticresistanceはじめに耐性菌の出現は感染症を扱うすべての科に共通した問題である.抗菌薬の使用により耐性菌が選択的に増殖することが知られ,眼科領域においても抗菌点眼薬の反復投与による耐性菌の出現が報告されている1,2).米国のClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)は2008年に肺炎球菌について,髄膜炎と非髄膜炎とで異なるペニシリン感受性判定基準を提唱した3).これは,感染臓器が血液脳関門で守られている中枢神経系の場合,薬剤移行性が悪く,通常の量の抗菌薬では濃度が不十分となり,治療に失敗する可能性がある細菌が存在することを示している.つまり,病巣における抗菌薬濃度が不十分であれば,軽度耐性菌に対しても治療はうまくいかない可能性が高くなる.眼科においては,福田らがキノロン系点眼抗菌薬の眼内移行率について定量的に解析しているが4),眼科領域の抗菌薬の薬物動態についての情報は乏しい.薬剤の抗菌作用だけでなく,薬剤の組織移行性が治療の成否(臨床的な薬剤感受性)にかかわる重要な要素であることが認識されている.耐性菌の全国における発生状況については,厚生労働省が2007年より院内感染対策サーベイランスを実施し,サーベイランス事業に参加医療機関で分離された細菌の情報を把握し,その情報を提供している5).このサーベイランスは,全国的な耐性菌の発生状況を表わしているので,耐性菌を考慮した抗菌薬の選択を適切に行うためには,地域ごとに耐性菌の分離状況を把握する必要がある.眼科領域において細菌感染症の治療薬として広く用いられているのは,キノロン系点眼抗菌薬であり6),オフロキサシン・ノルフロキサシン・ロメフロキサシン・トスフロキサシン・レボフロキサシン・ガチフロキサシン・モキシフロキサシンと,7種類の製剤が入手可能である.本研究では,2013年に宮崎県都城市にある宮田眼科(以下,当院)外来を受診し,細菌性角膜炎を疑い,角膜病変を擦過し,塗抹ならびに細菌分離を行った症例の分離した細菌とそのレボフロキサシン耐性率を検討した.I対象および方法1.対象2013年1月1日〜12月31日に当院を受診した患者のうち,角膜上皮障害と角膜実質内細胞浸潤の存在より,臨床的に細菌性角膜炎を疑った122例123眼を対象とした.症例の性別は男性55例,女性67例.平均年齢は52.4±22.7歳であった.単純ヘルペスウイルス・アカントアメーバ・真菌感染の確定診断例は除外した.2.方法初診時に以下の方法を用いて,細菌学的解析のための検体を角膜病変より採取した.0.4%オキシブプロカイン塩酸塩(ベノキシール®)にて表面麻酔を行い,実体顕微鏡下でスパーテルを用いて上皮を剝離し,病巣を擦過した.院内検査室で塗抹標本を作製し,グラム染色後に鏡検した.培養検査は阪大微生物病研究会に依頼した.感受性の判定はCLSIの基準に準拠した.この基準では薬剤感受性についてはMIC値より判断し,S(感受性)・I(中間)・R(耐性)の3カテゴリに分類する.本研究ではIとRは耐性菌と判断した.レボフロキサシン耐性率を(I+R)/(S+I+R)×100%と定義した.II結果1.角膜病変の擦過検体の形態学的解析123眼の擦過塗抹標本をグラム染色後に鏡検した.38眼(30.9%)の検体に細菌を検出した.1眼の検体では2種類の菌形状(グラム陽性球菌とグラム陰性桿菌)を認めた.その他の眼では1検体につき1つの菌形状を検出した.その内訳は,グラム陽性球菌とグラム陽性桿菌の検出率が高く,グラム陰性球菌とグラム陰性桿菌の検出率は5%未満であった(表1).2.角膜病変の擦過検体からの細菌分離123眼中92眼(74.8%)の角膜擦過検体より細菌が分離された.分離株総計は147株であった.嫌気性菌であるグラム陽性桿菌のPropionibacteriumacnesがもっとも多く分離され(n=57),ついでStaphylococcusepidermidis(n=26),その他のcoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)(n=21),Staphylococcusaureus(n=11)(うち6株がmethicillin-resistantS.aureus)と,分離株におけるグラム陽性球菌の割合は半数近くを占めている.グラム陽性桿菌のCorynebacterium属は10検体より分離された.これ以外に,Streptococcus属,Enterococcusfaecalis,Streptococcuspneumoniae,Micrococcus属,Bacillus属,Neisseriagonorrhoeae,Serratia属,Pseudomonasaeruginosaが分離された(表2).3.角膜病変の塗抹鏡検所見と分離菌の一致率グラム陽性球菌が塗抹検体に検出された場合,75%の症例でグラム陽性球菌が分離された.塗抹標本にグラム陽性桿菌を検出した場合のグラム陽性桿菌の分離率は低く,3例はCorynebacterium属,1例はP.acnesであり,グラム陽性球菌が分離される頻度が高かった(66.6%).グラム陰性球菌が塗抹検体で検出された1例はN.gonorrhoeaeが分離され,両者が一致していた.グラム陰性桿菌の例では1例が一致し,P.aeruginosaが分離され,残りの2例ではグラム陽性球菌が分離されている(表3).4.分離細菌のレボフロキサシン耐性率主要分離細菌のレボフロキサシン耐性率はmethicillinresistantS.aureus(MRSA)の全分離株が耐性菌であり,S.epidermidisとCorynebacterium属,Serratia属は半数以上が耐性であり,coagulase-negativeStaphylococcusとmethicillin-susceptibleS.aureus(MSSA)は20%台の耐性,P.acnesは5%台であった(表4).III考按2013年の当院において細菌性角膜炎を疑った123眼の角膜病変中74.8%が培養陽性であり,約4分の1の症例が分離陰性であった.微生物性角膜炎の病変部からの細菌分離の陽性率は1955〜1979年のNewYorkでは49%7),1985〜1989年のBaltimoreでは40%,1977〜1996年の熊本県では83.3%9),1999〜2003年の栃木県では49.2%10)(真菌感染を除いて算定),2002〜2007年の愛媛県では60%であり11),さらに2003年のわが国の感染性角膜炎サーベイランスでは43.3%(261例中113例)であった6).細菌性角膜炎を臨床的に疑っても病原体が全例より分離できない背景として,分離率が異なる背景として角膜病変が小さいこと,角膜ゆえの過剰の擦過が困難なこと,検査前の抗生物質投与があげられている6,10〜12).本研究で分離された菌種は,それぞれの分離率は異なるものの,これまでの報告とほぼ類似し,2013年の当院における細菌性角膜炎の起因菌は他の年代あるいは他の地域と大幅に異なってはいなかったが,S.pneumoniaeは1例と少なく,Moraxellaは分離されていない.竹澤ら10),木村ら11)の報告でもS.pneumoniaeは少なく,最近の傾向のようである.Moraxella例は熊本大の宮嶋らの解析でも少なく,その理由として地域特異性を挙げている9).本研究で分離されたS.epidermidisのレボフロキサシン耐性率は57.7%であった.2003年の感染性角膜炎全国サーベイランスにおけるS.epidermidisのレボフロキサシン耐性率は22.2%であり13),2013年の当院におけるS.epidermidis分離株のレボフロキサシン耐性率の増加とともに,S.epidermidis以外のCNS,MSSA,Corynebacterium属の耐性菌の割合も増加していた.一方で,2004〜2009年にかけて行われた細菌性結膜炎の5年間の動向調査では,レボフロキサシン耐性菌の増加はないと報告されているが14),木村らの2002〜2009年の解析ではレボフロキサシン耐性菌の増加が指摘されている11).今回の結果と過去の報告の違いは,レボフロキサシン耐性菌の近年における増加を示唆している.その原因としては,キノロン系点眼抗菌薬の使用量の増加があげられる.眼科においてキノロン系点眼抗菌薬の多用と,点眼薬が長期に投与される例の増加が背景と推定されている1).本研究において,角膜病変からもっとも分離されたのはP.acnesであった.しかし,眼表面は好気的環境であり,絶対的嫌気性菌の発育には不適と考えられる.事実,P.acnesが起因と判断した角膜炎の報告は少なく15,16),Underdahlらの報告例は外傷などにより脆弱化した角膜に感染し,視力障害を生じた特殊な例であった.P.acnesはMeibom腺に常在し,眼表面の一過性常在菌であり,本研究において分離されたP.acnesの大多数は一過性に角膜上を通過した細菌で,角膜炎の起因菌ではない可能性が高い.なお,P.acnesのレボフロキサシン耐性率は以前の報告に比較し,ほとんど変化しておらず,前述の他の眼表面常在菌とは抗菌薬感受性に関して異なる推移を示しており,この点について検討する必要性を感じた.上記のP.acnesのように,眼表面には常在細菌叢が存在し,病巣擦過検体に常に紛れ込む可能性を考慮する必要がある.本研究における角膜病巣擦過の培養陽性率は74.8%であったが,塗抹鏡検陽性率は30.9%にすぎなかった.塗抹鏡検陰性のとき,分離細菌株が起因菌か常在細菌かを区別することは難しい.塗抹標本と分離細菌が一致したグラム陰性球菌(N.gonorrhoea)とグラム陰性桿菌(P.aeruginosa)の例では分離細菌を起因菌と判断することに問題はないが,グラム陽性細菌の場合は臨床像を踏まえて総合的に判断する必要を感じる.一方,本来眼表面細菌叢に存在しない細菌が分離された場合は,塗抹標本陰性でも起因菌である可能性は高くなる.感受性菌が起因菌であっても,病変に混在していた耐性をもつ常在菌が分離されることは防げない.今回の研究では受診前の点眼薬を解析していないが,診察前に抗菌薬の点眼を受けていたような細菌性角膜炎例では,耐性菌のみが分離される可能性があり,このような症例で耐性をもつ細菌を起因菌と判定してしまうと,不適切な抗菌薬を選択することが起こりうる.今回の解析では2013年の細菌性角膜炎疑い症例において,起因菌あるいは病変に混入した眼表面細菌叢由来の細菌において,レボフロキサシン耐性率が増加しつつあることが明らかにされた.このような状況下では,起因菌を確定し,その感受性を把握することが重要である.感染性角膜炎の起因菌の診断精度を上げるため,頻回の塗抹鏡検と培養検査は非常に重要と考える.IV結論細菌性角膜炎において,P.acnesを除く主要分離菌におけるレボフロキサシン耐性率の増加が示唆された.キノロン系点眼薬が角膜炎の治療として妥当かは,医療施設のある地域の耐性菌分離状況によって判断すべきである.耐性菌分離率が上昇した場合,塗抹鏡検・培養検査を行い,起因菌とその薬剤感受性を把握することが,適切な抗菌薬選択において重要となる.文献1)FintelmannRE,HoskinsEN,LietmanTMetal:Topicalfluoroquinoloneuseasariskfactorforinvitrofluoroquinoloneresistanceinocularcultures.ArchOphthalmol129:399-402,20112)KimSJ,TomaHS:Antimicrobialresistanceandophthalmicantibiotics:1-yearresultsofalongitudinalcontrolledstudyofpatientsundergoingintravitrealinjections.ArchOphthalmol129:1180-1188,20113)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:PerformanceStandardsforAntimicrobialSusceptibilityTesting;24thInformationalSupplement.CLSIdocumentM100-S24,20144)FukudaM,SasakiH:CalculationofAQCmax:Comparisonoffiveophthalmicfluoroquinolonesolutions.CurrMedResOpin24:3479-3486,20085)厚生労働省院内感染対策サーベイランスhttp://www.nihjanis.jp/report/index.html6)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス:分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20067)AsbellP,StensonS:Ulcerativekeratitis:Surveyof30years’laboratoryexperience.ArchOphthalmol100:77-80,19828)WahlJC,KatzHR,AbramsDA:InfectiouskeratitisinBaltimore.AnnOphthalmol23:234-237,19919)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去20年間の細菌性角膜潰瘍の検討.あたらしい眼科15:223-226,199810)竹澤美貴子,小幡博人,中野佳希ほか:自治医科大学における過去5年間の感染性角膜潰瘍の検討.眼紀56:494-497,200511)木村由衣,宇野俊彦,山口昌彦ほか:愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討.あたらしい眼科26:833-837,200912)三木篤也,井上幸次,大黒伸行ほか:大阪大学眼科における角膜感染症の細菌の動向.あたらしい眼科17:839-843,200013)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染症角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibioticeffectの比較.日眼会誌110:973-983,200614)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,201115)UnderdahlJP,FlorakisGJ,BraunsteinREetal:Propionibacteriumacnesasacauseofvisuallysignificantcornealulcers.Cornea19:451-454,200016)OvodenkoB,SeedorJA,RitterbandDCetal:TheprevalenceandpathogenicityofPropionibacteriumacneskeratitis.Cornea28:36-39,2009〔別刷請求先〕石山惣介:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6街区3号宮田眼科病院Reprintrequests:SosukeIshiyama,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo-shi,Miyazaki885-0051,JAPAN0598140-181あ0/た160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(103)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016585表12013年に細菌性角膜炎を疑った角膜病変部(n=123)の擦過標本の細菌検出陽性眼数検出率(%)*検出菌における割合(%)**グラム陽性球菌2016.351.2グラム陽性桿菌1512.238.5グラム陰性球菌10.82.6グラム陰性桿菌32.47.7計3930.9100*検出率:陽性例/解析眼数(n=123).**検出菌における割合:グラム染色で検出された菌における割合.表22013年に細菌性角膜炎を疑った角膜病変からの分離菌(n=147)株数%*%**好気性グラム陽性球菌7047.677.8Staphylococcusepidermidis2617.728.9coagulase-negativeStaphylococcus***2114.323.3Staphylococcusaureus****1812.220Streptococcus属21.42.2Enterococcusfaecalis10.71.1Streptococcuspneumoniae10.71.1Micrococcus属10.71.1好気性グラム陽性桿菌1510.216.7Corynebacterium属106.811.1Bacillus属42.74.4未同定10.71.1好気性グラム陰性球菌10.71.1Neisseriagonorrhoeae10.71.1好気性グラム陰性桿菌42.74.4Serratia属21.42.2Pseudomonasaeruginosa21.42.2嫌気性菌5738.8Propionibacteriumacnes5738.8*全分離菌における割合.**Propionibacteriumacnesを除いた分離菌における割合.***Staphylococcusepidermidisを除く.****6株がmethicillin-resistantStaphylococcusaureus.表32013年に細菌性角膜炎を疑った角膜病変の塗抹鏡検陽性例(n=39)における細菌分離塗抹陽性菌塗抹陽性眼数aGPC分離aGPR分離aGNC分離aGNR分離嫌気性菌分離分離なしグラム陽性球菌201510022グラム陽性桿菌151030011グラム陰性球菌1001000グラム陰性桿菌3200100aGPC:好気性グラム陽性球菌,aGPR:好気性グラム陽性桿菌,aGNC:好気性グラム陰性球菌,aGNR:好気性グラム陰性桿菌.586あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(104)表42013年に細菌性角膜炎を疑った角膜病変からの分離菌(n=147)のレボフロキサシン耐性率菌種SIR耐性率(%)好気性グラム陽性球菌Staphylococcusepidermidis1101557.7coagulase-negativeStaphylococcus151528.6methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus90325.0methicillin-resistantStaphylococcusaureus006100Streptococcus属2000Enterococcusfaecalis1000Streptococcuspneumoniae1000Micrococcus属010100好気性グラム陽性桿菌Corynebacterium属41560.0Bacillus属4000未同定1000好気性グラム陰性球菌Neisseriagonorrhoeae001100好気性グラム陰性桿菌Serratia属11050.0Pseudomonasaeruginosa2000嫌気性菌Propionibacteriumacnes54035.3(105)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016587588あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(106)

アトピー性皮膚炎症例における細菌性角膜炎の検討

2015年4月30日 木曜日

556あたらしい眼科Vol.5104,22,No.3(00)556(92)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):556.560,2015cはじめにアトピー性皮膚炎は,「増悪,寛解を繰り返す掻痒のある湿疹を主病変とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因を持つ」と定義されている1).アトピー性皮膚炎の眼合併症として,円錐角膜,白内障および網膜.離などがあげられ,視力予後に関係する眼合併症として注意喚起されている2).一方,アトピー性皮膚炎のもう一つの合併症として皮膚感染症があげられる.アトピー性皮膚炎では皮膚の易感染性による感染性皮膚疾患として,ブドウ球菌,連鎖球菌による伝染性膿痂疹,単純ヘルペスウイルスによるカポジ(Kaposi)水痘様発疹症,伝染性軟属腫ウイルスによる伝染性軟属腫が多い.さらにこれらの感染性皮膚疾患から角結膜炎に波及し,伝染性膿痂疹ではカタル性結膜炎やブドウ球菌角膜炎3),カポジ水痘様発疹症では単純ヘルペス結膜炎および角膜炎4),伝染性軟属腫では濾胞性結膜炎がみられる5).しかしながら,アトピー性皮膚炎の易感染性を背景に発症する細菌性角膜炎の詳細については不明な点が多い.今回,筆者らは,アトピー性皮膚炎を有する症例に発症した細菌性角膜炎の特徴について検討した.〔別刷請求先〕庄司真紀:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:MakiShoji,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-Kamichou,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPANアトピー性皮膚炎症例における細菌性角膜炎の検討庄司真紀*1,2稲田紀子*1庄司純*1*1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*2東京女子医科大学糖尿病センターStudyofBacterialKeratitisinPatientswithAtopicDermatitisMakiShoji1,2),NorikoInada1)andJunShoji1)1)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,2)DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversitySchoolofMedicineアトピー性皮膚炎を有する細菌性角膜炎症例の臨床的特徴を検討する目的で,患者背景,誘因,角膜炎の臨床所見,アレルギー性結膜疾患の有無,角膜擦過物からの検出菌および薬剤感受性について調査した.対象は,細菌性角膜炎に罹患したアトピー性皮膚炎患者34例(男性22例,女性12例)で,平均年齢は28.6歳±11.2歳(±標準偏差)である.角膜炎の誘因としては,コンタクトレンズ(CL)装用がもっとも多く17例(50%)で,アレルギー性結膜疾患の合併率は23例(68%)であった.角膜擦過物の細菌分離培養検査では19例23株で菌が検出され,methicillin-senstiveStaphylococcusaureus10株が最多であった.アトピー性皮膚炎患者の細菌性角膜炎の特徴は,CL装用者に発症するブドウ球菌角膜炎であった.Purpose:Toidentifytheclinicalcharacteristicsofmicrobialkeratitispatientswithatopicdermatitis.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved36patients(22malesand12females,meanage:28.6±11.2(±SD)years)withatopicdermatitiswhosufferedfrommicrobialkeratitis.Inallpatients,dataregardingpatientdemographics,precipitantsofkeratitis,clinicalobservationofkeratitis,presenceofallergicconjunctivaldiseases,andresultsofbacterialcultivationandantibioticsusceptibilitytestswereevaluated.Results:Forprecipitantsofkeratitis,contactlens(CL)wearwasmostcommon[17of34patients(50%)],andtheincidenceofcomplicationofallergicconjunc-tivaldiseaseswere23of34cases(68%).Inthecornealabrasionspecimensof19patients,23bacterialstrainsweredetectedbythebacterialcultivationtest,with10strainsofmethicillin-sensitiveStaphylococcusaureusbeingtheonesmostisolated.Conclusions:Inthisstudy,theclinicalcharacteristicofbacterialkeratitisinthepatientswithatopicdermatitiswasfoundtobestaphylococcalkeratitisthatdevelopedduetoCLwear.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):556.560,2015〕Keywords:アトピー性皮膚炎,細菌性角膜炎,黄色ブドウ球菌,アレルギー性結膜疾患.atopicdermatitis,bacte-rialkeratitis,Staphylococcusaureus,allergicconjunctivaldisease.(00)556(92)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):556.560,2015cはじめにアトピー性皮膚炎は,「増悪,寛解を繰り返す掻痒のある湿疹を主病変とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因を持つ」と定義されている1).アトピー性皮膚炎の眼合併症として,円錐角膜,白内障および網膜.離などがあげられ,視力予後に関係する眼合併症として注意喚起されている2).一方,アトピー性皮膚炎のもう一つの合併症として皮膚感染症があげられる.アトピー性皮膚炎では皮膚の易感染性による感染性皮膚疾患として,ブドウ球菌,連鎖球菌による伝染性膿痂疹,単純ヘルペスウイルスによるカポジ(Kaposi)水痘様発疹症,伝染性軟属腫ウイルスによる伝染性軟属腫が多い.さらにこれらの感染性皮膚疾患から角結膜炎に波及し,伝染性膿痂疹ではカタル性結膜炎やブドウ球菌角膜炎3),カポジ水痘様発疹症では単純ヘルペス結膜炎および角膜炎4),伝染性軟属腫では濾胞性結膜炎がみられる5).しかしながら,アトピー性皮膚炎の易感染性を背景に発症する細菌性角膜炎の詳細については不明な点が多い.今回,筆者らは,アトピー性皮膚炎を有する症例に発症した細菌性角膜炎の特徴について検討した.〔別刷請求先〕庄司真紀:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:MakiShoji,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-Kamichou,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPANアトピー性皮膚炎症例における細菌性角膜炎の検討庄司真紀*1,2稲田紀子*1庄司純*1*1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*2東京女子医科大学糖尿病センターStudyofBacterialKeratitisinPatientswithAtopicDermatitisMakiShoji1,2),NorikoInada1)andJunShoji1)1)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,2)DiabetesCenter,TokyoWomen’sMedicalUniversitySchoolofMedicineアトピー性皮膚炎を有する細菌性角膜炎症例の臨床的特徴を検討する目的で,患者背景,誘因,角膜炎の臨床所見,アレルギー性結膜疾患の有無,角膜擦過物からの検出菌および薬剤感受性について調査した.対象は,細菌性角膜炎に罹患したアトピー性皮膚炎患者34例(男性22例,女性12例)で,平均年齢は28.6歳±11.2歳(±標準偏差)である.角膜炎の誘因としては,コンタクトレンズ(CL)装用がもっとも多く17例(50%)で,アレルギー性結膜疾患の合併率は23例(68%)であった.角膜擦過物の細菌分離培養検査では19例23株で菌が検出され,methicillin-senstiveStaphylococcusaureus10株が最多であった.アトピー性皮膚炎患者の細菌性角膜炎の特徴は,CL装用者に発症するブドウ球菌角膜炎であった.Purpose:Toidentifytheclinicalcharacteristicsofmicrobialkeratitispatientswithatopicdermatitis.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved36patients(22malesand12females,meanage:28.6±11.2(±SD)years)withatopicdermatitiswhosufferedfrommicrobialkeratitis.Inallpatients,dataregardingpatientdemographics,precipitantsofkeratitis,clinicalobservationofkeratitis,presenceofallergicconjunctivaldiseases,andresultsofbacterialcultivationandantibioticsusceptibilitytestswereevaluated.Results:Forprecipitantsofkeratitis,contactlens(CL)wearwasmostcommon[17of34patients(50%)],andtheincidenceofcomplicationofallergicconjunc-tivaldiseaseswere23of34cases(68%).Inthecornealabrasionspecimensof19patients,23bacterialstrainsweredetectedbythebacterialcultivationtest,with10strainsofmethicillin-sensitiveStaphylococcusaureusbeingtheonesmostisolated.Conclusions:Inthisstudy,theclinicalcharacteristicofbacterialkeratitisinthepatientswithatopicdermatitiswasfoundtobestaphylococcalkeratitisthatdevelopedduetoCLwear.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):556.560,2015〕Keywords:アトピー性皮膚炎,細菌性角膜炎,黄色ブドウ球菌,アレルギー性結膜疾患.atopicdermatitis,bacte-rialkeratitis,Staphylococcusaureus,allergicconjunctivaldisease. あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015557(93)I対象および方法1.対象対象は,2001年1月.2013年12月に日本大学医学部附属板橋病院眼科で加療し,かつ次の①および②の条件を満たした症例である(本研究は,日本大学医学部附属板橋病院臨床研究審査会の承認を得た).①アトピー性皮膚炎を発症している,もしくは既往を有する症例.②細菌性角膜炎と臨床診断し,角膜病巣部から細菌分離培養検査を施行した症例.2.方法本研究における検討項目は,患者背景,角膜炎の誘因,アレルギー性結膜疾患の有無,角膜炎の臨床所見,角膜擦過物からの検出菌,薬剤感受性試験結果の6項目である.a.患者背景・角膜炎の誘因初診時に,角膜炎発症時の年齢および性別について調査するとともに,問診の記録から角膜炎の発症に関連する誘因について調査した.b.アレルギー性結膜疾患の有無初診時の細隙灯顕微鏡所見から,アレルギー性結膜疾患の合併の有無について検討した.アレルギー性結膜疾患は,アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン6)に従って診断と病型分類を行った.c.角膜炎の臨床所見初診時の感染性角膜炎の所見として,角膜潰瘍の形状,角膜endothelialplaque,虹彩炎および前房蓄膿の有無について調査した.d.角膜擦過物からの検出菌・薬剤感受性試験細菌性角膜炎の原因菌検索として,角膜擦過物を直接チョコレート寒天培地に塗抹して細菌分離培養検査をするとともに薬剤感受性試験を行った.II結果1.年齢分布12年間の調査期間における対象症例数は,34例(男性22例,女性12例)であった.発症年齢は28.6±11.2歳(平均±標準偏差)で,発症のピークは25.29歳であり,おもに20代後半から30代前半に多く発症していた(図1).2.角膜炎の誘因細菌性角膜炎の誘因としては,コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用がもっとも多く17例(50%)で,全体の半数を占めた.CLの種類の内訳は,ソフトCL装用が13例,ハードCL装用が4例(円錐角膜に対してハードCL装用3例を含む)であった.その他の誘因は,結膜異物2例,睫毛乱生1例,春季カタルの治療で免疫抑制薬点眼中の症例が1例であり,残りの13例(38%)は明確な誘因が判明しなかった(表1).3.合併するアレルギー性結膜疾患細菌性角膜炎に合併するアレルギー性結膜疾患は,アレルギー性結膜炎16例(47%),春季カタル4例(12%),巨大乳頭結膜炎3例(9%)で,アレルギー性結膜疾患の合併率は34例中23例(68%)であった(図2).さらに,合併するアレルギー性結膜疾患を,CL装用の有無で比較した.CL装用者,すなわちCLが誘因で発症した群においては,アレルギー性結膜炎10例(59%),巨大乳頭結膜炎3例(17%),春季カタル1例(6%)であり,アレルギー性結膜疾患の合併率は17例中14例(82%)であった.CL非装用者,すなわちCL以外の誘因で発症した群においては,アレルギー性結膜炎6例(35%)と春季カタル3例(18%)であり,合併率は17例中9例(53%)であった(図3).4.角膜病巣部からの細菌分離培養検査結果角膜病巣部からの細菌分離培養検査の結果は,34例中19図1発症年齢発症年齢は25.29歳にピークがみられ,おもに20代後半から30代前半に多く発症している.012345678910■:女性■:男性症例数(例)発症年齢5~9歳10~14歳15~19歳20~24歳25~29歳30~34歳35~39歳40~44歳45~49歳50~54歳55~59歳60~64歳表1感染性角膜炎の誘因誘因症例数(例)頻度(%)コンタクトレンズ(CL)装用1750ソフトCL13ハードCL1円錐角膜+ハードCL3結膜異物26睫毛乱生13免疫抑制薬点眼中13誘因不明1338合計34100あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015557(93)I対象および方法1.対象対象は,2001年1月.2013年12月に日本大学医学部附属板橋病院眼科で加療し,かつ次の①および②の条件を満たした症例である(本研究は,日本大学医学部附属板橋病院臨床研究審査会の承認を得た).①アトピー性皮膚炎を発症している,もしくは既往を有する症例.②細菌性角膜炎と臨床診断し,角膜病巣部から細菌分離培養検査を施行した症例.2.方法本研究における検討項目は,患者背景,角膜炎の誘因,アレルギー性結膜疾患の有無,角膜炎の臨床所見,角膜擦過物からの検出菌,薬剤感受性試験結果の6項目である.a.患者背景・角膜炎の誘因初診時に,角膜炎発症時の年齢および性別について調査するとともに,問診の記録から角膜炎の発症に関連する誘因について調査した.b.アレルギー性結膜疾患の有無初診時の細隙灯顕微鏡所見から,アレルギー性結膜疾患の合併の有無について検討した.アレルギー性結膜疾患は,アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン6)に従って診断と病型分類を行った.c.角膜炎の臨床所見初診時の感染性角膜炎の所見として,角膜潰瘍の形状,角膜endothelialplaque,虹彩炎および前房蓄膿の有無について調査した.d.角膜擦過物からの検出菌・薬剤感受性試験細菌性角膜炎の原因菌検索として,角膜擦過物を直接チョコレート寒天培地に塗抹して細菌分離培養検査をするとともに薬剤感受性試験を行った.II結果1.年齢分布12年間の調査期間における対象症例数は,34例(男性22例,女性12例)であった.発症年齢は28.6±11.2歳(平均±標準偏差)で,発症のピークは25.29歳であり,おもに20代後半から30代前半に多く発症していた(図1).2.角膜炎の誘因細菌性角膜炎の誘因としては,コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用がもっとも多く17例(50%)で,全体の半数を占めた.CLの種類の内訳は,ソフトCL装用が13例,ハードCL装用が4例(円錐角膜に対してハードCL装用3例を含む)であった.その他の誘因は,結膜異物2例,睫毛乱生1例,春季カタルの治療で免疫抑制薬点眼中の症例が1例であり,残りの13例(38%)は明確な誘因が判明しなかった(表1).3.合併するアレルギー性結膜疾患細菌性角膜炎に合併するアレルギー性結膜疾患は,アレルギー性結膜炎16例(47%),春季カタル4例(12%),巨大乳頭結膜炎3例(9%)で,アレルギー性結膜疾患の合併率は34例中23例(68%)であった(図2).さらに,合併するアレルギー性結膜疾患を,CL装用の有無で比較した.CL装用者,すなわちCLが誘因で発症した群においては,アレルギー性結膜炎10例(59%),巨大乳頭結膜炎3例(17%),春季カタル1例(6%)であり,アレルギー性結膜疾患の合併率は17例中14例(82%)であった.CL非装用者,すなわちCL以外の誘因で発症した群においては,アレルギー性結膜炎6例(35%)と春季カタル3例(18%)であり,合併率は17例中9例(53%)であった(図3).4.角膜病巣部からの細菌分離培養検査結果角膜病巣部からの細菌分離培養検査の結果は,34例中19図1発症年齢発症年齢は25.29歳にピークがみられ,おもに20代後半から30代前半に多く発症している.012345678910■:女性■:男性症例数(例)発症年齢5~9歳10~14歳15~19歳20~24歳25~29歳30~34歳35~39歳40~44歳45~49歳50~54歳55~59歳60~64歳表1感染性角膜炎の誘因誘因症例数(例)頻度(%)コンタクトレンズ(CL)装用1750ソフトCL13ハードCL1円錐角膜+ハードCL3結膜異物26睫毛乱生13免疫抑制薬点眼中13誘因不明1338合計34100 例(56%)で菌が検出された.同一症例から複数菌の検出が認められた4例を含め,検出株数は23株であった.結果を図4に示す.検出菌は多い順に,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-senstiveStaphylococcusaureus:MSSA)10株,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)4株,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativeStaphylococcus:CNS)3株であり,ブドウ球菌属が23株中17株を占めた.5.薬剤感受性試験結果角膜病巣部から分離された黄色ブドウ球菌14株(MSSA10株,MRSA4株)に対する薬剤感受性試験結果を表2に示す.今回の臨床分離株に対するセフェム系およびカルバペネム系抗菌薬の薬剤感受性は良好であり,また抗菌点眼薬として使用される抗菌薬のなかでは,ゲンタマイシンで4株,エリスロマイシンで2株,レボフロキサシンで1株の耐性菌がみられた.MRSAに対する治療薬として使用されているバンコマイシンでは全株に感受性があり,アルベカシンでは1株の耐性菌がみられた.16例(47%)4例(12%)3例(9%)11例(32%)34例■:アレルギー性結膜炎■:春季カタル:巨大乳頭結膜炎■:所見なし図2感染性角膜炎に合併するアレルギー性結膜疾患アレルギー性結膜疾患は,34例中23例(68%)に合併している.6.アトピー性皮膚炎症例に合併したブドウ球菌角膜炎の前眼部所見の特徴ブドウ球菌角膜炎と確定診断された17例について,前眼部所見の特徴から軽症から重症の4つのグループに分類した.分類は,角膜膿瘍の形状(小円形,不整形,角膜のびまん性混濁)と前房蓄膿の有無とで行った.小円形の角膜潰瘍を呈し前房蓄膿を伴わないグループをG1,不整形膿瘍に前房蓄膿を伴わないグループをG2,不整形膿瘍に前房蓄膿を伴うグループをG3,角膜のびまん性混濁を認めるグループをG4とした.G17例,G25例,G34例,G41例に分類された(図5).III考按アトピー性皮膚炎症例に発症した細菌性角膜炎は,12年間の観察期間で34例であり,おもな発症誘因はCL装用(17■:アレルギー性結膜炎■:春季カタル:巨大乳頭結膜炎■:所見なし1例3例(17%)3例(18%)6例(35%)3例(18%)3例(18%)8例(47%)10例(59%)CLあり(17例)CLなし(17例)(6%)図3コンタクトレンズ装用の有無とアレルギー性結膜疾患の有無コンタクトレンズ(CL)装用者では17例中14例(82%)にアレルギー性結膜疾患の合併がみられ,非CL装用者では17例中9例(53%)にアレルギー性結膜疾患の合併がみられる.検出菌株数(株)菌陰性15例(44%)菌検出19例(56%)ブドウ球菌属17/23株(74%)MSSA(methicillin-senstiveStaphylococcusaureus)MRSA(methicillin-resistantStaphylococcusaureus)CNS(coagulase-negativeStaphylococcus)GroupCStreptcoccus*a-Staphylococcus*Corynebacteriumsp.*Propionibacteriumacnes**Pseudomonasaeruginosa計10431112123株*MSSAと同時検出.**1株のみMSSAと同時検出.図4細菌分離培養結果角膜病巣部からの細菌分離培養から菌が検出された症例は,34例中19例(56%)である.同一症例から複数菌が検出された4例を含め,延べ23株の菌が検出され,17株(74%)がブドウ球菌属である.(94) 表2薬剤感受性試験結果(感受性株数/検体数)MSSA(感受性株数/検体数)SBT/IPM/PCGCEZABKGMEMCLDMMINOVCMSTLVFXTEICABPCCS8/81/810/108/99/107/105/79/109/1010/108/97/78/8MRSA(感受性株数/検体数)ABKGMCLDMMINOVCMSTLVFXTEIC4/42/32/32/34/44/41/22/2SBT/ABPC:スルバクタム/アンピシリン,PCG:ベンジルペニシリン,CEZ:セファゾリン,IPM/CS:イミペネム/シラスタチン,ABK:アルベカシン,GM:ゲンタマイシン,EM:エリスロマイシン,CLDM:クリンダマイシン,MINO:ミノサイクリン,VCM:バンコマイシン,ST:スルファメトキサゾール/トリメトプリム,LVFX:レボフロキサシン,TEIC:テイコプラニンG1G2G3G4角膜膿瘍の形状小円形不整形不整形びまん性混濁前眼部写真前房蓄膿××○透見不可その他Endothelialplaque形成(1例)Endothelialplaque形成(3例)症例数(例)7541図5アトピー性皮膚炎症例に合併したブドウ球菌角膜炎の前眼部所見の特徴(17例)角膜炎の病態を角膜膿瘍の形状と前房蓄膿の有無によって,G1.G4に分類した.G1,G2に分類される症例が多いが,前房蓄膿を伴うG3,非典型的なG4症例もみられる.例)であった.装用していたCLの種類は,ソフトCLが14例と多く,ハードCL装用者4例であった.アレルギー性結膜疾患の合併率は68%であったが,所見のない症例もあり,アレルギー性結膜疾患と細菌性角膜炎との関連は不明であった.しかしながら,CL装用が誘因となった感染性角膜炎症例では,CL装用以外を誘因とする感染性角膜炎症例と比較して統計学的有意差はみられなかったものの,アレルギー性結膜疾患を合併している症例が多かった.ソフトCL装用者の場合,アレルギー性結膜炎を合併することによりソフトCLの汚れや固着などが生じやすくなり,感染性角膜炎のリスクファクターになる可能性があり,CLの処方,ケア方法には注意を要する.また,ハードCL装用者4例のうち3例は円錐角膜患者であり,CLを使用せざるえない症例も多い.アトピー素因を有する円錐角膜患者がハードCLを装用する場合には,注意すべき合併症としてブドウ球菌角膜炎が以前から指摘されている.さらに黄色ブドウ球菌角膜炎を発症した場合には,急性水腫様の角膜所見を呈することが多いとされ7,8),鑑別に注意を要することが指摘されている.本症例においても円錐角膜患者から分離された細菌はMRSAであり,また感染性角膜炎の所見は小円形から類円形であり,既報と類似した所見であったと考えられた.アトピー性皮膚炎症例では,アレルギー性結膜疾患があっても視力矯正を優先してハードCLを装用する場合,およびアレルギー性結膜疾患,とくに軽症のアレルギー性結膜炎の合併が自覚されないままソフトCL装用を始める場合が,感染性角膜炎の重要な危険因子となりうると考えられた.角膜擦過物からの細菌分離培養検査では23株が検出されたが,23株中17株がブドウ球菌属であった.通常,CL関連角膜感染症の原因菌は緑膿菌が多いが,本検討で緑膿菌が検出された1例は免疫抑制薬使用中の春季カタル症例であり,CL装用者から緑膿菌は検出されなかった.アトピー性皮膚炎では,皮膚に黄色ブドウ球菌が定着(colonization)または感染(infection)することが多いとされている9).Parkら10)は黄色ブドウ球菌が皮膚に定着する頻度は,急性期の症例で74%,慢性期の症例で38%,健常対照で3%であったとし,黄色ブドウ球菌の定着が急性期の増悪(95)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015559 因子として注目すべきであるとしている.また,アトピー性角結膜炎症例における結膜.内細菌分離培養結果においてもブドウ球菌属が分離される頻度が高いことが報告されている11).したがって,アトピー性皮膚炎に合併する細菌性角膜炎の原因菌としてブドウ球菌属が多くみられたことは,皮膚からの持ち込み感染,結膜.内細菌の感染などの可能性があると考えられた.今回分離されたブドウ球菌属でかつ薬剤耐性であった菌株はMRSA4株であり,MRCNSはみられなかった.他の株ではセフェム系およびフルオロキノロン系抗菌薬が良好な感受性を示したが,ゲンタマイシンに耐性を示す株がみられた.感染性角膜炎診療ガイドライン12)では,グラム陽性菌による細菌性角膜炎に対する治療には,セフェム系抗菌薬とフルオロキノロン系抗菌薬との併用療法が推奨されているが,今回の臨床分離株の薬剤感受性試験結果からも同様の治療が推奨されると考えられた.また,MRSAに対しては,バンコマイシン軟膏が上市されているほかアミカシンやアルベカシンの自家製剤の使用も報告されている13).しかし,今回の臨床分離株のなかにもアルベカシンに対する耐性株が検出されていることから,耐性菌をさらに増やさないためにも,これらの薬剤の乱用は避けるべきであると考えられた.17例のブドウ球菌角膜炎の重症度は軽症から重症までみられ,4グループ(G1.G4)に分類した.ブドウ球菌角膜炎は表在性膿瘍を形成し,グラム陰性菌感染症に比べて比較的軽症であるとされ,病巣の特徴として円形,類円形または三日月状やひょうたん型の不整型潰瘍とその周囲を取り囲む細胞浸潤があげられている14.16).本検討では,12例が前房蓄膿のないG1,G2であったが,前房蓄膿がみられたG3が4例,もっとも重症であったG4の病巣は非典型的であった.G4の症例はシールド潰瘍に細菌感染した症例であり,基礎疾患の重症度によって修飾され重症化した症例であると考えられた.したがって,アトピー性皮膚炎に合併するブドウ球菌角膜炎は重症化する症例もみられることから,薬剤感受性検査を含めた細菌学的検査を行いながら注意して治療を進める必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン作成委員会:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン.日皮会誌119:1515-1534,20092)ChenJJ,ApplebaumDS,SunGSetal:Atopickeratoconjunctivitis:Areview.JAmAcadDermatol70:569-575,20143)佐藤敦子,岩﨑隆,庄司純ほか:伝染性膿痂疹に合併した角膜膿瘍の1例.日眼会誌102:395-398,19984)塚本裕次,井上幸次,前田直之ほか:アトピー素因のある円錐角膜患者に発症した上皮型角膜ヘルペスの4例.眼紀50:229-232,19995)InoueY:Ocularinfectionsinpatientswithatopicdermatitis.IntOphthalmolClin42:55-69,20026)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン編集委員会:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第2版).日眼会誌114:829-870,20107)西田幸二,井上幸次,中川やよいほか:両眼にAcuteHydrops様所見を呈した角膜感染症の1例.あたらしい眼科7:263-266,19908)遠藤純子,﨑元暢,嘉村由美ほか:急性水症様所見を呈する細菌感染を生じた円錐角膜の2症例.眼科42:711714,20009)菅谷誠:アトピー性皮膚炎と細菌感染.アレルギーの臨床32:497-501,201210)ParkHY,KimCR,HuhISetal:Staphylococcusaureuscolonizationinacuteandchronicskinlesionsofpatientswithatopicdermatitis.AnnDermatol25:410-416,201311)田渕今日子,稲田紀子,庄司純ほか:アトピー性角結膜炎におけるブドウ球菌の関与に関する検討.日眼会誌108:397-400,200412)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第2版).日眼会誌117:467-509,201313)大.秀行:眼感染症Now!薬剤耐性の問題点は?MRSAの治療を教えてください.あたらしい眼科26:139-141,201014)稲田紀子,庄司純,齋藤圭子ほか:アトピー素因を有する患者に合併した角膜感染症の4症例.眼科43:11111115,200115)田渕今日子,稲田紀子,庄司純ほか:アトピー性皮膚炎患者に発症したブドウ球菌性角膜潰瘍の2症例.眼科45:1469-1473,200316)庄司純:細菌性角膜潰瘍.臨眼57:162-169,2003***(96)

抗癌薬TS-1®による涙道障害に対して行った涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1302.1304,2013c抗癌薬TS-1Rによる涙道障害に対して行った涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例坂井譲渡部真樹子市立加西病院眼科ACaseofInfectiousKeratitisduringLacrimalIntubationforLacrimalDuctObstructionAssociatedwithTS-1RJoSakaiandMakikoWatanabeDepartmentofOphthalmology,KasaiCityHospital目的:抗癌薬TS-1R(以下,S-1)による涙道障害に対して長期にわたる涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例について報告する.症例:67歳,男性.膵臓癌に対してS-1治療開始4カ月後に両側涙道障害を発症し,涙管チューブを挿入し,留置を継続していたところ,左眼の角膜外傷を契機に重症の細菌性角膜炎を発症した.掻爬した角膜や除去した涙管チューブからMoraxellalacunata,Streptococcusmitis,Neisseriacinereaが検出された.これらはすべて,ガチフロキサシンおよび塩酸セフメノキシムに感受性があり,点眼治療にて改善した.結論:S-1による涙道障害に対して涙管チューブ留置継続が行われるが,感染に留意する必要がある.Purpose:ToreportacaseofinfectiouskeratitisduringlacrimalintubationforlacrimalductobstructionassociatedwithTS-1R(abbreviatedasfollows:S-1).Case:Thepatient,a67-year-oldmalediagnosedwithbilaterallacrimalductobstruction,hadbeenreceivingS-1forpancreascancerfor4months.Thelacrimalintubationsucceededandwaskeptfor5months.At3daysafteraleftcornealtrauma,severekeratitisoccurred.Moraxellalacunata,StreptococcusmitisandNeisseriacinereawereobservedfromdebridedcorneaandtheremovedlacrimaltube.Thekeratitiswascuredwithgatifloxacinandcefmenoximehydrochloride.Conclusion:Long-termlacrimalintubationsassociatedwithS-1shouldbecarefullymonitoredforcornealinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1302.1304,2013〕Keywords:TS-1R,涙道障害,涙管チューブ留置,細菌性角膜炎.TS-1R,lacrimalductobstruction,lacrimalintubation,bacterialkeratitis.はじめに抗癌薬TS-1R(以下,S-1)による眼障害は結膜炎,角膜障害,ドライアイ,涙道障害1.6)などが報告されている.筆者らはS-1による涙道障害についてアンケート方式による多施設研究7)を行い,涙点や涙小管が多くの症例で障害され,高度障害に進展した場合は非常に難治であることを報告した.また,涙管チューブ留置は良好な治療結果を示し,特に,予防的なチューブ留置で良好な結果を得られた反面,S-1投与中にチューブを抜去すると高率に再閉塞してしまうことから,涙道障害を早期発見し,S-1投与中は留置継続が推奨されると示唆した.しかし,長期にわたるチューブ留置は感染の危険性が危惧される.今回,筆者らは,S-1治療によって発生した涙道障害に対して涙管チューブ留置継続を行っている際に,角膜感染症を発症した1例を経験したので報告する.I症例67歳,男性.2000年に糖尿病網膜症にて網膜光凝固治療を受け,左眼は失明したが,右眼の網膜症は安定していた.2011年1月,黄疸を自覚し,膵臓癌・肝転移の診断を受けた.手術加療は行われず,塩酸ゲムシタビン(ジェムザールR)の投与を受けたが,心不全が誘発され,5月から〔別刷請求先〕坂井譲:〒675-2393加西市北条町横尾1-13市立加西病院眼科Reprintrequests:JoSakai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KasaiCityHospital,1-13Yokoo,Hojocho,Kasai675-2393,JAPAN1302(102)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1前房蓄膿を伴う角膜白色病変TS-1R単独治療に切り替えられた.投与から4カ月後の9月に両眼の流涙を自覚し,涙道内視鏡にて両側の涙小管狭窄および鼻涙管閉塞を認め,内視鏡下で涙管チューブを留置した.術後,流涙の症状は消失し,良好な経過のため,チューブ留置を継続し,定期的に涙道通水を行っていた.チューブ留置前に軽度の角膜上皮障害を認めていたが,留置後はきわめて軽度となり,特に点眼治療を行っていなかった.2012年2月,孫の手が右眼に当たり,眼痛および視力低下を自覚し,3日後に当科受診となった.右眼視力は30cm手動弁,矯正不能で,高度の球結膜充血・浮腫,角膜中央に境界不鮮明な白色混濁病変があり,前房蓄膿を伴っていた(図1).中間透光体,後眼部は観察不能であった.角膜感染症を疑い,病巣掻爬し,鏡検したところ,双球菌を多数認めた.ガチフロキサシンおよび塩酸セフメノキシム,トロピカミド・フェニレフリン塩酸塩点眼の頻回点眼を開始した.また,翌日には留置していた涙管チューブを抜去し,細菌培養検査を行った.掻爬した角膜からMoraxellalacunataが,涙管チューブからStreptococcusmitis,Neisseriacinereaが培養同定された.これらの3種の菌はガチフロキサシンおよび塩酸セフメノキシムに感受性があり,角膜および結膜病変は徐々に改善し,視力は手動弁のままであったが,眼痛の自覚症状も消失した.4月には下血,腹水がみられ,内科転科したが,4月12日に永眠された.剖検は行われなかった.II考察2009年1月から2011年12月までの3年間に当院でS-1投与を受けた134名中,角膜障害が11%,涙道障害が8%にみられた(未発表).涙道障害はS-1の販売元の大鵬薬品の薬剤情報によると,17%にみられると記載されており,他の報告でも約10%8,9)の発症と報告されている.S-1は現在,わが国で年間に10万人以上に投与されていることから,毎年,約1万人以上の涙道障害という眼副作用が発生していると推測される.涙道障害は不可逆性になり,進行すると,非常に難治となる.涙点や涙小管が高度に閉塞し,涙道内視鏡のみならず,ブジーさえ涙小管に挿入することが不可能となり,このような場合,経結膜涙.鼻腔吻合術が選択される.しかし,高度な技術と経験が必要とされる手技であり,多施設研究では満足な結果が得られているとはいえなかった7).早期発見,早期手術治療が望まれる所以である.具体的には,涙点拡張や切開,涙道ブジーのみという方法では良好な結果が得られず,涙道のチューブ留置が望ましい.ただし,S-1治療継続中はつねに涙道障害の発生,進行の危険性があり,通常の後天性涙道閉塞における涙管チューブ留置に比べ,一定の期間後にチューブを抜去すると再閉塞の危険性が高い.多施設研究において,留置チューブを抜去した66側のうち16側(約24%)が再閉塞していた7).したがって,チューブの長期留置を行わざるをえないのが現状である.チューブ長期留置の合併症として涙道内肉芽形成や感染症が考えられる.また,S-1の全身副作用として感染症があり,S-1を投与されている患者は免疫抑制状態で易感染性であるという背景がある.眼科関係の感染症についてはS-1投与中にAcinetobactorsp.による角膜炎の報告10)があるが,これはS-1による角膜上皮障害が存在しているところに感染症が起きている.今回の症例では長期の角膜上皮障害の存在,長期の涙管チューブ留置,免疫抑制状態,外傷などの種々の要因によって重篤な角膜感染症を惹起したものと考える.治療には通常の角膜感染症と同様,病巣掻爬,菌同定,適切な薬物治療を行う.経過不良の場合,涙管チューブ抜去やS-1中止を考慮する.S-1継続治療中の涙管チューブ留置に対しての眼感染症予防は困難である.多施設研究において,留置チューブを抜去し,再閉塞した16側は5.7カ月の留置期間中に感染症を認められていない7).この経験から,数カ月ごと,たとえば6カ月ごとに留置チューブを取り替え,付着菌の検索を行うのが対策として考えられるが,患者の全身状態は必ずしも良好ではないことから現実には実施はむずかしい.早期発見が重要であり,密な眼科受診を行い,眼脂などの愁訴に注意をはらう必要がある.S-1の眼副作用には結膜炎,角膜障害,ドライアイ,涙道障害の他に感染症があるという知識をもち,見逃すことなく,早期治療を行うことが必要と考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし(103)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131303 文献1)荒井邦佳,岩崎善毅,木村豊ほか:TS-1投与後早期にHand-FootSyndromeが発症した再発胃癌の1例.癌と化学療法30:699-702,20032)細谷友雅,外園千恵,稲富勉ほか:抗癌薬TS-1Rの全身投与が原因と考えられた角膜上皮障害.臨眼61:969-973,3)坂本英久,坂本真季,濱田哲夫ほか:抗癌剤TS-1R内服による角膜障害の1例.臨眼62:393-398,20084)EsmaeliB,GolioD,LubeckiLetal:Canalicularandnasolacrimalductblockage:AnocularsideeffectassociatedwiththeantineoplasticdrugS-1.AmJOphthalmol140:325-327,20055)伊藤正,田中敦子:経口抗がん剤S-1による角膜障害の3例.日眼会誌110:919-923,20066)塩田圭子,田邊和子,木村理ほか:経口抗癌薬TS-1投与後に発症した高度涙小管閉塞症の治療成績.臨眼63:1499-1502,20097)坂井譲,井上康,柏木広哉ほか:TS-1Rによる涙道障害の多施設研究.臨眼66:271-274,20128)KimN,ParkC,ParkDJetal:LacrimaldrainageobstructioningastriccancerpatientsreceivingS-1chemotherapy.AnnOncol23:2065-2071,20129)SasakiT,MiyashitaH,MiyanagaTetal:Dacryoendoscopicobservationandincidenceofcanalicularobstruction/stenosisassociatedwithS-1.JpnJOphthalmol56:214-218,201210)高橋伸通,小森伸也,望月清文ほか:Acinetobactersp.が検出された抗悪性腫瘍薬TS-1R内服患者に生じた角膜炎の1例.眼科53:263-268,2011***1304あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(104)

細菌性結膜炎および細菌性角膜炎に対する1.5%レボフロ キサシン点眼液(DE-108点眼液)の第III相臨床試験

2012年5月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科29(5):669.678,2012c細菌性結膜炎および細菌性角膜炎に対する1.5%レボフロキサシン点眼液(DE-108点眼液)の第III相臨床試験大橋裕一*1井上幸次*2秦野寛*3外園千恵*4*1愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野*2鳥取大学医学部視覚病態学*3ルミネはたの眼科*4京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学PhaseIIIClinicalTrialof1.5%LevofloxacinOphthalmicSolution(DE-108)inBacterialConjunctivitisandBacterialKeratitisYuichiOhashi1),YoshitsuguInoue2),HiroshiHatano3)andChieSotozono4)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,3)HatanoEyeClinic,4)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:細菌性結膜炎および細菌性角膜炎患者における1.5%レボフロキサシン点眼液(1.5%LVFX点眼液,DE-108点眼液)の有効性と安全性を検討する.対象および方法:細菌性結膜炎患者221例,細菌性角膜炎患者17例を対象にオープンラベルで多施設共同試験を実施した.有効性は抗菌点眼薬臨床評価のガイドラインおよび日本眼感染症学会の効果判定基準に従い臨床効果より,安全性は副作用の発現率より評価した.結果:有効率は細菌性結膜炎で100.0%(170/170例),細菌性角膜炎でも100.0%(6/6例)であった.著効率は細菌性結膜炎で90.6%(154/170例),細菌性角膜炎で100.0%(6/6例)であった.副作用発現率は2.9%(7/238例)で,重篤な副作用は認められなかった.結論:1.5%LVFX点眼液は外眼部感染症に対して高い有効性と安全性を示した.また,高い著効率から,早期のqualityoflife改善が期待される.Purpose:Toevaluatetheefficacyandsafetyof1.5%levofloxacin(LVFX)ophthalmicsolutionintreatingbacterialconjunctivitis(BC)andbacterialkeratitis(BK).SubjectsandMethods:221patientswithBCand17patientswithBKenrolledinanopen-labeled,multicenterstudy.Efficacyandsafetywereevaluatedonthebasisofclinicalefficacyandtheincidenceofadversedrugreactions(ADR),respectively.Result:Theefficacyratewas100.0%forbothBCgroup(170/170)andBKgroup(6/6).Therespectivemarkedefficacyrateswere90.6%(154/170)and100.0%(6/6).TheoverallincidenceofADRwas2.9%(7/238).NoseriousADRwasobserved.Conclusion:Theseresultsindicatethat1.5%LVFXophthalmicsolutionishighlyeffectiveagainstmajorbacterialinfectionsoftheexternaleye,withgoodsafety.Inaddition,thehighmarkedefficacyratesuggeststhat1.5%LVFXophthalmicsolutionmightimprovepatientqualityoflifeduringtheearlyperiodofdisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(5):669.678,2012〕Keywords:細菌性結膜炎,細菌性角膜炎,レボフロキサシン,キノロン系,第III相臨床試験.bacterialconjunctivitis,bacterialkeratitis,levofloxacin,quinolone,phaseIIIclinicaltrial.はじめに広い抗菌スペクトル,強い抗菌力,そして良好な組織移行性から,キノロン系抗菌点眼薬が外眼部感染症治療の第一選択薬として使用されている.これまでに数多くのキノロン系抗菌点眼薬が開発されているが,そのなかでも,レボフロキサシン(levofloxacin:LVFX)は,中性付近での水溶性が高く,良好な眼内移行を示すことから最も点眼液に適しており1,2),0.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液0.5%)として2000年に発売されて以来,高い有効性と安全性をもとに汎用されてきた.〔別刷請求先〕大橋裕一:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野Reprintrequests:YuichiOhashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon,Ehime791-0295,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(89)669 キノロン系抗菌薬は,細菌のDNAジャイレースおよびト表2試験実施医療機関一覧(試験実施時,順不同,敬称略)ポイソメラーゼIVを阻害することによりDNA複製を阻止することで抗菌力を示す.PK-PD(PharmacokineicsPharmacodynamics)理論からは濃度依存的な薬剤に分類されており,安全性面で問題がない限りにおいて,眼組織中濃度を最大限に高めることで治療効果のさらなる向上と耐性菌の出現抑制も期待できるとされている3,4).1.5%LVFX点眼液は,LVFXの高い水溶性を活かし,従来の0.5%LVFX点眼液を高濃度化した製剤である.ウサギでの検討において用量依存的な眼組織移行を示すことが確認されており1),ヒトにおいても高い眼組織移行が期待されるほか,その非臨床試験結果から,クラビットR点眼液0.5%と同等の安全性を確保できると推察されている5).実際,アメリカではすでに,1.5%LVFX点眼液(販売名IQUIXR)が,2007年より角膜潰瘍を対象疾患として医療現場で使用されており,多数例において,その有効性および安全性が確認されているところである6).わが国ではこれまで治療効果の向上および耐性菌出現抑制を目的とした高濃度キノロン系抗菌点眼薬の臨床試験の報告はない.今回,高濃度製剤化した1.5%LVFX点眼液について,細菌性結膜炎および細菌性角膜炎を対象とし,有効性と安全性をオープンラベルの多施設共同試験で検討したので報告する.I対象および方法本試験は,ヘルシンキ宣言に基づく原則に従い,薬事法第14条第3項および第80条の2ならびに「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)」を遵守し,以下の対象および方法で実施された.1.対象おもな選択基準・除外基準は表1に示した.対象は全国24医療機関(表2)において受診した細菌性結医療機関名試験責任医師名医療法人社団さくら有鄰堂板橋眼科医院板橋隆三さど眼科佐渡一成堀之内駅前眼科黒田章仁医療法人社団博陽会おおたけ眼科つきみ野医院大竹博司医療法人湘陽会ルミネはたの眼科秦野寛医療法人社団秀光会かわばた眼科川端秀仁医療法人社団富士青陵会なかじま眼科中島徹むらまつ眼科医院村松知幸たはら眼科田原恭治医療法人仁志会西眼科病院岩西宏樹医療法人社団景和会大内眼科大内景子医療法人幸友会岡本眼科クリニック岡本茂樹医療法人聖光会鷹の子病院眼科島村一郎医療法人社団馨風会徳島診療所中川尚高田ようこアイクリニック高田洋子金井たかはし眼科高橋義徳東京女子医科大学東医療センター眼科松原正男医療法人社団シー・オー・アイいしだ眼科石田玲子医療法人創正会イワサキ眼科医院岩崎直樹杉浦眼科杉浦寅男医療法人財団神戸海星病院眼科片上千加子医療法人出田会出田眼科病院佐々木香る医療法人社団松六会道玄坂糸井眼科医院糸井素純特定医療法人財団明徳会総合新川橋病院眼科薄井紀夫膜炎および細菌性角膜炎患者であり,選択基準は7歳以上の性別および入院・外来を問わない患者で,細菌性結膜炎患者の場合は眼脂および結膜充血のスコアがそれぞれ(+)以上,細菌性角膜炎患者の場合は角膜浸潤のスコアが(+)以上の症例とした.試験開始前にすべての被験者に対して試験の内容および予想される副作用などを十分に説明し,理解を得たうえで,文書による同意を取得した.表1おもな選択基準および除外基準1)おもな選択基準(1)7歳以上である(2)臨床所見より細菌性結膜炎または細菌性角膜炎と診断された患者で,以下の基準を満たす①細菌性結膜炎:眼脂および結膜充血のスコアがそれぞれ(+)以上②細菌性角膜炎:角膜浸潤のスコアが(+)以上2)おもな除外基準(1)臨床所見より,細菌以外による眼感染またはこれらの混合感染が否定できない(2)臨床所見より,アレルギー性結膜炎が疑われる,または試験期間中に症状が発現する恐れがある(3)同意取得3カ月以内に内眼手術(レーザー治療を含む)および角膜屈折矯正手術の既往を有する(4)試験期間中に使用する予定の薬剤に対し,薬物アレルギーの既往歴がある(5)同意取得前1週間以内に抗生物質,合成抗菌薬が投与された(6)同意取得前1週間以内に副腎皮質ステロイド剤(眼瞼以外への皮膚局所投与は可とする)が投与された(7)コンタクトレンズの装用が必要である670あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(90) 表3検査・観察スケジュール有害事象については,被験薬との因果関係は問わず,被験0日目3日目7日目14日目試験中止時薬投与後に観察されたすべての自覚症状の発現・悪化および試験責任医師・分担医師が医学的に有害と判断した他覚所見被験者背景○の発現・悪化を有害事象とした.また,有害事象のうち,被点眼遵守状況○○○○自覚症状○○○○○験薬との因果関係が明確に否定できないものを副作用とし他覚所見○○○○○た.視力検査○○○臨床検査については0日目および試験終了時または中止時臨床検査○○○に,血液学的検査,血液生化学検査および尿検査を実施し,細菌検査○○○○○臨床検査値の異常変動の有無を確認した.有害事象○○○○○眼科的検査については0日目および試験終了時または中止時に,5m試視力表(またはそれに相当するもの)を用いて2.試験方法視力を測定し,その推移について検討した.a.試験薬剤4.併用薬剤および併用療法被験薬である1.5%LVFX点眼液として,1ml中にLVFX試験期間中の併用薬剤に関しては,被験薬以外の抗菌薬水和物15mg含有する防腐剤を含まない微黄色.黄色澄明(抗生物質,合成抗菌薬),副腎皮質ステロイド剤(眼瞼を除な水性点眼液を用いた.く皮膚局所投与は可)およびすべての眼局所投与製剤を禁止b.試験デザイン・投与方法した.ただし,細菌性角膜炎に対する散瞳剤の点眼は認め本試験はオープンラベルによる多施設共同試験として実施た.した.また,試験期間中の併用療法に関しては,眼に対するレー被験者から文書による同意取得後,試験期間に移行した.ザー手術,観血的手術およびコンタクトレンズの装用を禁止被験薬の用法用量は細菌性結膜炎については1回1滴,1した.日3回とし,細菌性角膜炎については1回1滴,1日3.85.評価方法回(症状に応じて適宜増減可)とした.点眼期間は14日間a.有効性(許容範囲17日以内)とした.ただし,すべての自覚症状・主要評価項目は,臨床効果とし,抗菌点眼薬臨床評価のガ他覚所見が消失した場合には7日目で終了可とした.イドライン(案)および日本眼感染症学会の制定した効果判試験開始時(0日目),3日目,7日目,14日目の来院時に定基準(1985年)に基づき,「著効」,「有効」,「無効」,「悪表3のスケジュールに定められた検査・観察を実施した.化」の4段階に分類し,本剤の評価を行った(表4).3.検査・観察項目および検査・観察時期副次評価項目は,検出菌の消失日数,主症状の消失日数,被験者背景については年齢,性別および眼の合併症の有無主症状,自覚症状・他覚所見の合計スコアの推移とした.などに関する情報を収集した.両眼が細菌性結膜炎または細菌性角膜炎を罹患していた場自覚症状については異物感,流涙,眼痛,眼掻痒感および合には,選択基準を満たし,かつ主症状の点数が高いほうの羞明について,その症状の程度を確認し(.).(+++)点で点眼を評価対象眼とし,主症状の点数が同じ場合には,自覚症数化した.他覚所見については眼脂,結膜充血,結膜浮腫,状・他覚所見の点数の合計が高いほうの眼とした.また,合眼瞼腫脹,角膜浸潤,角膜上皮欠損,前房内炎症,角膜浮腫計スコアも同じ場合には,右眼を評価対象眼とした.および毛様充血について,その所見の程度を確認し(.).初診時の細菌検査で複数の菌が検出された場合において(+++)点で点数化した.自覚症状,他覚所見の点数化の基準は,特定菌(Haemophilusinfluenzae,Moraxellaspecies,は以下のとおりとした.Pseudomonasaeruginosa,Streptococcuspneumoniae,(+++):症状・所見が高度のものStaphylococcusaureus)が検出された場合はこれを起炎菌と(++):症状・所見が中等度のものし,特定菌以外の菌のみが検出された場合は検出された菌す(+):症状・所見が軽度のものべてを起炎菌として取り扱った.(±):症状・所見がほぼないものb.安全性(.):症状・所見がないもの安全性は,有害事象および副作用,臨床検査値の異常変細菌検査については評価対象眼の患部を綿棒で擦過して検動,眼科的検査(視力検査)結果の推移をもとに評価した.体を採取し,カルチャースワブに封入し,三菱化学メディエ6.解析方法ンス株式会社が分離,同定および薬剤感受性試験を実施し有効性の解析対象集団の検討には,最大の解析対象集団た.(FAS:FullAnalysisSet)を対象とし,診断名別に解析を(91)あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012671 表4臨床効果判定基準著効:3日目の観察までに検出菌が消失し,かつ7日目の観察までに主症状が消失しているもの.ただし7日目の観察までに自覚症状・他覚所見の合計スコアが1/4以下にならないものは有効とする.有効:以下1.3のいずれかを満たすもの.1.7日目の観察までに検出菌が消失し,かつ14日目の観察までに主症状が消失しているもの.ただし14日目の観察までに自覚症状・他覚所見の合計スコアが1/4以下にならないものは無効とする.2.3日目の観察までに検出菌が消失し,かつ7日目の観察までに自覚症状・他覚所見の合計スコアが1/2以下になったもの.3.検出菌が消失しなくても,7日目の観察までに自覚症状・他覚所見の合計スコアが1/3以下になったもの.無効:有効以上に該当する効果を示さなかったもの.悪化:有効以上に該当する効果を示さず,かつ主症状または自覚症状・他覚所見の合計スコアが0日目の観察より悪化したもの.検出菌の消失とは,以下のいずれかを満たす場合とする.①0日目の細菌検査で,特定菌(インフルエンザ菌,モラクセラ菌,緑膿菌,肺炎球菌,黄色ブドウ球菌)が検出され,以降の細菌検査でその特定菌が検出されなかった場合(特定菌以外の菌の有無は問わない).②0日目の細菌検査で,特定菌が検出されないが,特定菌以外の菌が検出され,以降の細菌検査でその菌が検出されなかった場合.行った.主要評価項目である臨床効果については,分布を集計し,有効率の95%信頼区間を算出した.副次評価項目のうち,検出菌の消失日数および主症状の消失日数については,3日目,7日目,14日目,消失せずに分類し,分布を集計した.主症状および自覚症状・他覚所見の合計スコアの推移については,時期別の測定値を示し,0日目に対する前後比率の集計を行い,対応あるt検定を行った.安全性の解析対象集団の検討には,被験薬を少なくとも1回点眼し,安全性に関する何らかの情報が得られている被験者を対象とし,診断名別に解析を行った.安全性の解析のうち,有害事象および副作用については,発現例数と発現率を集計した.また,臨床検査値については,各検査項目別の異常変動の発現例数と発現率を集計し,連続量データについては,対応のあるt検定を,順序尺度データに関しては符号検定を行った.視力検査については,対応のあるt検定を行った.検定の有意水準は両側5%とし,信頼区間は両側95%とした.解析ソフトはSASversion9.1(SASInstituteInc.,Cary,NC)を用いた.II結果1.被験者背景文書同意が得られ,試験に組み入れられた症例は238例(細菌性結膜炎221例,細菌性角膜炎17例)であった.そのうち,菌陰性例などを除く176例(細菌性結膜炎170例,細菌性角膜炎6例)が有効性解析対象集団としてFASに採用された.また,238例(細菌性結膜炎221例,細菌性角膜炎17例)すべてが安全性解析対象集団として採用された(図1).FASにおける被験者背景を表5に示す.年齢の平均は50.8±22.2歳,8.87歳の幅広い患者層が組み入れられた.2.有効性a.臨床効果本剤の点眼による臨床効果を疾患別に図2に示した.有効率(著効または有効であった症例の割合)は,細菌性有効性解析対象(FAS)の被験者:176例細菌性結膜炎:170例細菌性角膜炎:6例安全性解析対象の被験者:238例細菌性結膜炎:221例細菌性角膜炎:17例文書同意を得た被験者:238例細菌性結膜炎:221例細菌性角膜炎:17例安全性解析対象除外:0例細菌性結膜炎:0例細菌性角膜炎:0例有効性解析対象(FAS)除外:62例細菌性結膜炎:51例細菌性角膜炎:11例図1有効性および安全性の解析対象集団の内訳672あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(92) 表5被験者背景項目分類細菌性結膜炎細菌性角膜炎合計例数1706176性別男性女性83(48.8)87(51.2)2(33.3)4(66.7)85(48.3)91(51.7)年齢Minimum.MaximumMean±SD15歳未満(小児)15歳以上(非小児)65歳未満(非高齢者)65歳以上(高齢者)8.8750.4±22.14(2.4)166(97.6)105(61.8)65(38.2)27.8362.8±24.20(0.0)6(100.0)2(33.3)4(66.7)8.8750.8±22.24(2.3)172(97.7)107(60.8)69(39.2)眼の合併症の有無なしあり122(71.8)48(28.2)4(66.7)2(33.3)126(71.6)50(28.4)例数(%).■:著効:有効全体(n=176)90.9%9.1%細菌性結膜炎90.6%9.4%(n=170)細菌性角膜炎(n=6)100.0%0102030405060708090100割合(%)図2臨床効果細菌性結膜炎および細菌性角膜炎の著効率はそれぞれ90.6%および100.0%,有効率はいずれも100.0%であった.結膜炎で100.0%(170/170例),細菌性角膜炎でも100.0%(6/6例)であり,無効例および悪化例は認められなかった.著効率(著効であった症例の割合)は,細菌性結膜炎で90.6%(154/170例),細菌性角膜炎で100.0%(6/6例)であった.b.初診時検出菌消失日数初診時検出菌の消失日数を表6に示した.3日目までに検出菌が消失した症例の割合は,細菌性結膜炎で95.3%(162/170例),細菌性角膜炎で100.0%(6/6例)であった.細菌性結膜炎の1例(検出菌:Corynebacteriumspecies,a-hemolyticstreptococci)を除くすべての症例において,7日目までに検出菌の消失を認めた.c.主症状消失日数主症状の消失日数を表7に示した.7日目までに主症状が消失した症例の割合は,細菌性結膜炎で96.5%(164/170例),細菌性角膜炎で100.0%(6/6例)であった.細菌性結膜炎の2例を除くすべての症例において,14日目までに主症状の消失を認めた.(93)表6初診時検出菌消失日数分類例数3日目7日目14日目消失せず細菌性結膜炎170162(95.3)7(4.1)0(0.0)1(0.6)細菌性角膜炎66(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)全体176168(95.5)7(4.0)0(0.0)1(0.6)例数(%).表7主症状消失日数分類例数3日目7日目14日目消失せず細菌性結膜炎170115(67.6)49(28.8)4(2.4)2(1.2)細菌性角膜炎64(66.7)2(33.3)0(0.0)0(0.0)全体176119(67.6)51(29.0)4(2.3)2(1.1)例数(%).d.主症状スコア,自覚症状・他覚所見の合計スコアの推移主症状スコアの推移を図3に示した.細菌性結膜炎および細菌性角膜炎のいずれにおいても,主症状スコアは,0日目と比較して3日目から有意な改善を認めた.(細菌性結膜炎:3日目,7日目および14日目いずれもp<0.001,細菌性角膜炎:3日目および7日目ではp<0.001,14日目ではp値算出不能)自覚症状・他覚所見の合計スコアの推移を図4に示した.細菌性結膜炎および細菌性角膜炎のいずれにおいても,自覚症状・他覚所見の合計のスコアは,0日目と比較して3日目から有意な改善を認めた.(細菌性結膜炎:3日目,7日目および14日目いずれもp<0.001,細菌性角膜炎:3日目および7日目ではp<0.001,14日目ではp=0.007)e.臨床分離株の薬剤感受性試験に登録された238例より分離された菌株数は330株であった.おもな検出菌はグラム陽性球菌が44.5%(147/330株),グラム陽性桿菌が27.3%(90/330株)であった.臨床あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012673 ***************:細菌性結膜炎:細菌性角膜炎***************:細菌性結膜炎:細菌性角膜炎162.014120日目***********:細菌性結膜炎:細菌性角膜炎合計スコア1.5主症状スコア108641.00.520******0.03日目7日目14日目0日目3日目7日目14日目n=(170)(170)(167)(70)(6)(6)(6)(2)図3主症状スコアの推移(実測値)細菌性結膜炎および細菌性角膜炎のいずれにおいても,主症状スコアは,0日目と比較して3日目から有意な改善を認めた.(***:p<0.001,対応あるt検定)分離株のLVFXに対する薬剤感受性を表8に示した.特定菌に分類される菌種に対するLVFXのMIC90(90%最小発育阻止濃度)は,Staphylococcusaureus(MSSA)で0.5μg/ml,Streptococcuspneumoniaeで1μg/ml,Haemophilusinfluenzaeで≦0.06μg/mlであった.また,Corynebacteriumspecies,Staphylococcusepidermidis(MRSE)およびStaphylococcusepidermidis(MSSE)に対するLVFXのMIC90について,Corynebacteriumspeciesで128μg/ml,Staphylococcusepidermidis(MRSE)で4μg/ml,Staphylococcusepidermidis(MSSE)で0.25μg/mlであった.f.初診時検出菌別の臨床効果本試験より初診時に検出された菌の初診時検出菌別の臨床効果を表9に示した.MIC90が比較的高値であったCorynebacteriumspeciesを含め,検出されたすべての菌種において有効率100.0%であった.3.安全性a.有害事象および副作用本試験に登録した238例,全例が安全性解析対象集団として採用された.試験期間中に発現した有害事象および副作用の発現率を表10に,副作用一覧を表11に示した.有害事象の発現率は10.9%(26/238例,28件)で,副作用の発現率は2.9%(7/238例,7件)であった.最も多く認められた副作用は「眼刺激」1.3%(3/238例,3件)であった.0.5%LVFX点眼液から1.5%LVFX点眼液に高濃度化することにより新たに認められた副作用は,軽度の「味覚異常(苦味)」0.8%(2/238例,2件)のみであった.有害事象の発現による中止例は2.1%(5/238例,5件)で認められた.そのうち副作用の発現による中止例は「じんま674あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012n=(170)(170)(167)(70)(6)(6)(6)(2)図4自覚症状・他覚所見の合計スコアの推移(実測値)細菌性結膜炎および細菌性角膜炎のいずれにおいても,自覚症状・他覚所見の合計のスコアは,0日目と比較して3日目から有意な改善を認めた.(***:p<0.001,**:p<0.01,対応あるt検定)疹(両大腿部の湿疹および四肢の掻痒感)」の1例のみであった.本事象は軽度であり被験薬投与中止後に速やかに消失した.本事象を含め,認められたすべての副作用の程度は軽度であり,試験期間中または試験期間終了後に速やかに回復した.また,年齢や性別による,副作用の発現率および重症度の差はみられなかった.b.臨床検査値の異常変動薬剤との因果関係が否定できない臨床検査値の異常変動は認められなかった.c.眼科的検査(視力検査)臨床的に問題となる視力の変動は認められなかった.III考察今回,0.5%LVFX点眼液を高濃度製剤化した1.5%LVFX点眼液の有効性と安全性を,細菌性結膜炎および細菌性角膜炎を対象としたオープンラベルの多施設共同試験により検討した.細菌性結膜炎および細菌性角膜炎に対する有効率は,いずれも100.0%であり,高い臨床効果が認められた.細菌性結膜炎および細菌性角膜炎でそれぞれ90.6%および100.0%と非常に高い著効率を示し,早期からQOL(qualityoflife)の改善が期待できる薬剤であることがうかがわれた.過去にも,本試験と同様の有効性評価基準を用いて,多くのキノロン系抗菌点眼薬が臨床試験において評価されてきた7.19)が,小児対象の試験のように患者層が限定されているケースや症例数が少数のケースを除き,有効率100.0%を示した報告はこれまでにない.過去に実施された臨床試験(第II相試験,第III相試験,一般臨床試験の累計)での0.5%(94) 表8臨床分離株のLVFXに対する薬剤感受性分類菌名株数薬剤MICrangeMIC50MIC80MIC90Staphylococcusaureus(MSSA)35LVFX0.12.0.50.250.250.5Staphylococcusaureus(MRSA)1LVFX8.8───Staphylococcusepidermidis(MSSE)32LVFX≦0.06.20.250.250.25Staphylococcusepidermidis(MRSE)26LVFX0.12.8444グラム陽性球菌Coagulasenegativestaphylococci10LVFX0.12.10.250.50.5Streptococcuspneumoniae27LVFX0.25.10.511GroupGstreptococci2LVFX0.25.0.5───a-hemolyticstreptococci10LVFX0.12.2111Enterococcusfaecalis4LVFX0.5.1111グラム陽性桿菌Corynebacteriumspecies90LVFX≦0.06.>1280.564128Klebsiellaoxytoca2LVFX≦0.06.≦0.06───Enterobacteraerogenes1LVFX≦0.06.≦0.06───Enterobacterspecies1LVFX≦0.06.≦0.06───Serratiamarcescens2LVFX≦0.06.0.12───Proteusmirabilis1LVFX1.1───Proteusvulgaris1LVFX≦0.06.≦0.06───Providenciarettgeri1LVFX0.25.0.25───Pantoeaagglomerans5LVFX≦0.06.≦0.06≦0.06≦0.06≦0.06Citrobacterkoseri1LVFX≦0.06.≦0.06───グラム陰性桿菌Burkholderiacepacia1LVFX0.5.0.5───Stenotrophomonasmaltophilia1LVFX1.1───Acinetobactercalcoaceticus1LVFX≦0.06.≦0.06───Acinetobacterspecies2LVFX0.5.0.5───Alcaligenesxylosoxidans10LVFX1.2122Alcaligenesfaecalis1LVFX1.1───Comamonasacidovorans4LVFX0.12.0.120.120.120.12Sphingomonaspaucimobilis1LVFX0.25.0.25───Nonglucosefermentativegram-negativerods6LVFX≦0.06.20.250.52Haemophilusinfluenzae19LVFX≦0.06.≦0.06≦0.06≦0.06≦0.06嫌気性グラム陽性菌Propionibacteriumacnes30LVFX0.5.0.50.50.50.5Anaerobicgram-positiverods1LVFX0.25.0.25───嫌気性グラム陰性菌Prevotellaspecies1LVFX0.25.0.25───全体330LVFX≦0.06.>1280.518※3株未満の場合はMIC値を算出せず.LVFX点眼液(クラビットR点眼液0.5%)の著効率は,細菌性結膜炎および細菌性角膜炎に対して,それぞれ64.5%および71.4%であり,今回の1.5%LVFX点眼液の著効率はこれらの値を大きく上回っている.さらに,これまでに報告されている他のキノロン系抗菌点眼薬の著効率についてみても,0.3%ガチフロキサシン点眼液の細菌性結膜炎に対する57.6%10),細菌性角膜炎に対する44.4%11),0.5%モキシフ(95)ロキサシン点眼液の細菌性結膜炎に対する46.0%17)および53.8%19),細菌性角膜炎に対する30.0%18),0.3%トスフロキサシン点眼液の細菌性結膜炎に対する37.5%14)および38.0%15),細菌性角膜炎に対する36.4%14)の数値を1.5%LVFX点眼液の著効率は凌駕している.同様の傾向は,菌あるいは症状消失率にもうかがえる.たとえば,1.5%LVFX点眼液の場合,初診時検出菌が3日目あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012675 表9初診時検出菌別臨床効果臨床効果疾患名菌名例数著効有効無効悪化有効率Staphylococcusaureus(MSSA)3433(97.1)1(2.9)0(0.0)0(0.0)100.0Staphylococcusaureus(MRSA)11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Staphylococcusepidermidis(MSSE)3028(93.3)2(6.7)0(0.0)0(0.0)100.0Staphylococcusepidermidis(MRSE)2322(95.7)1(4.3)0(0.0)0(0.0)100.0Coagulasenegativestaphylococci87(87.5)1(12.5)0(0.0)0(0.0)100.0Streptococcuspneumoniae2520(80.0)5(20.0)0(0.0)0(0.0)100.0GroupGstreptococci22(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0a-hemolyticstreptococci87(87.5)1(12.5)0(0.0)0(0.0)100.0Enterococcusfaecalis44(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Corynebacteriumspecies7463(85.1)11(14.9)0(0.0)0(0.0)100.0Klebsiellaoxytoca22(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Enterobacteraerogenes11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Enterobacterspecies11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0細菌性結膜炎Serratiamarcescens11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Proteusmirabilis11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Proteusvulgaris11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Pantoeaagglomerans44(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Citrobacterkoseri11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Burkholderiacepacia11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Acinetobactercalcoaceticus11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Alcaligenesxylosoxidans77(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Comamonasacidovorans33(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Nonglucosefermentativegram-negativerods22(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Haemophilusinfluenzae1716(94.1)1(5.9)0(0.0)0(0.0)100.0Propionibacteriumacnes1310(76.9)3(23.1)0(0.0)0(0.0)100.0Anaerobicgram-positiverods10(0.0)1(100.0)0(0.0)0(0.0)100.0Prevotellaspecies11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Staphylococcusaureus(MSSA)11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0細菌性角膜炎Staphylococcusepidermidis(MSSE)11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Corynebacteriumspecies55(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0Serratiamarcescens11(100.0)0(0.0)0(0.0)0(0.0)100.0例数(%).表10有害事象および副作用の発現率項目細菌性結膜炎細菌性角膜炎合計例数22117238有害事象24(10.9)2(11.8)26(10.9)副作用6(2.7)1(5.9)7(2.9)例数(%).676あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012までに消失した症例の割合は,細菌性結膜炎で95.3%,細菌性角膜炎で100.0%,主症状が7日目までに消失した症例の割合は,細菌性結膜炎で96.5%,細菌性角膜炎で100.0%であったが,他方で,過去に実施されたクラビットR点眼液0.5%の臨床試験(第II相試験,第III相試験,一般臨床試験の累計)における,3日目までに初診時検出菌が消失した症例の割合は,細菌性結膜炎で84.1%,細菌性角膜炎で90.0%,主症状が7日目までに消失した症例の割合は,細菌性結(96) 表11副作用発現率一覧細菌性結膜炎細菌性角膜炎全体器官大分類(SOC)基本語(PT)発現率:6/221(2.7)重症度発現率:1/17(5.9)重症度発現率:7/238(2.9)重症度軽度中等度高度軽度中等度高度軽度中等度高度眼刺激2(0.9)──1(5.9)──3(1.3)──眼障害眼掻痒症1(0.5)─────1(0.4)──小計3(1.4)──1(5.9)──4(1.7)──味覚異常2(0.9)─────2(0.8)──神経系障害小計2(0.9)─────2(0.8)──皮膚およびじんま疹1(0.5)─────1(0.4)──皮下組織障害小計1(0.5)─────1(0.4)──合計(件数)6──1──7──例数(%).膜炎で78.0%,細菌性角膜炎で86.7%にとどまっている.また,0.5%モキシフロキサシン点眼液についても,3日目までに初診時検出菌が消失した症例の割合は,細菌性結膜炎で76.3%17)および82.3%19),細菌性角膜炎で70.0%18),主症状が7日目までに消失した症例の割合は,細菌性結膜炎で60.4%17)および70.0%19),細菌性角膜炎で40.0%18)であり,1.5%LVFX点眼液には及ばない.このように,1.5%LVFX点眼液による早期の菌消失は視機能の維持・改善に,早期の症状消失は患者のQOL向上につながることが大いに期待される.本試験における初診時検出菌については,グラム陽性菌の割合が高く,細菌性結膜炎の場合,Corynebacteriumspecies,Staphylococcusepidermidis,Staphylococcusaureus,Propionibacteriumacnes,Streptococcuspneumoniae,Haemophilusinfluenzaeが上位を占めた.1.5%LVFX点眼液はグラム陰性菌のほか,MIC90が比較的高値を示したCorynebacteriumspeciesを含むグラム陽性菌に対しても高い臨床効果を示しており,すべての菌種に対して有効以上であった.なお,本試験で臨床分離された菌株の薬剤感受性を,クラビットR点眼液0.5%の発売後の5年間(2000年5月から2004年12月まで)で実施された全国サーベイランスの薬剤感受性結果20.22),ならびにCOI(Core-NetworkofOcularInfection)による細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間(2004年11月から2009年12月まで)の動向調査23)と比較しても顕著な低下はない.ただし,MICが高値を示す菌種も一部検出されており,これについては引き続きその動向を慎重に追跡していく必要がある.1.5%LVFX点眼液の副作用の発現頻度は2.9%であり,他の抗菌点眼薬の副作用発現率(1.69.5.83%:クラビットR(97)点眼液0.5%,ガチフロR点眼液0.3%,ベガモックスR点眼液0.5%およびオゼックスR点眼液0.3%の添付文書より)と比較して同程度の安全性であった.投与中止に至った副作用として「じんま疹」1例がみられたが,これは,クラビットR点眼液0.5%およびその他のキノロン系抗菌点眼薬でもこれまで認められている範疇のものである.その他の副作用の程度はすべて軽度であり,高濃度化することにより新たに認められた副作用は,LVFXの原薬の苦味に由来すると思われる軽度の「味覚異常(苦味)」2例のみであり,また,副作用の発現率や重症度について,年齢および性別による差はみられなかった.米国ではすでに2007年より,角膜潰瘍を対象疾患として1.5%LVFX点眼液(販売名IQUIXR)が,医療現場で使用されているが,安全性に関する問題は特に認められていない.一方で,今回の対象疾患は細菌性結膜炎および細菌性角膜炎に限定されているため,今後は,他の疾患での安全性の確認は必要である.近年,PK-PD理論のもと,抗菌薬の有効性は薬物動態と密接に関連することが示されている.全身薬の領域では,高用量製剤であるクラビットR錠500mgが2009年7月より販売されており,PK-PDの観点から,高い治療効果と耐性菌の出現抑制に期待が寄せられている.本剤についても,invitroシミュレーションモデルにおいて,0.5%LVFX点眼液よりも優れた,Staphylococcusaureus(MSSA)およびPseudomonasaeruginosaに対する耐性化の抑制効果を有することが確認されている.細菌性眼感染症の診療においては,起炎菌が特定できない場合,疾患・菌種によっては症状の進行が急速で予後不良の場合もあるため24.27),重症化を阻止するには,早期診断に加えて早期治療を確実かつ効果的に行うことが肝要である.幅広い菌種に対して高い有効性と安全性を併せ持つ1.5%あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012677 LVFX点眼液の登場により,重症患者への治療もより効率的となり,結果として,医療現場での満足度が高まることが期待される.ただし,世界的に抗菌薬の創出が困難な状況下では,無用な耐性菌の出現を抑制するために,本剤の適正使用を推進していくことが重要である.文献1)河嶋洋一,高階秀雄,臼井正彦:オフロキサシンおよびレボフロキサシン点眼液の薬動力学的パラメーター.あたらしい眼科12:791-794,19952)佐々木一之,三井幸彦,福田正道ほか:点眼用抗菌薬の眼内薬動力学的パラメーターとしてのAQCmaxの測定.あたらしい眼科12:787-790,19953)佐藤玲子,谷川原祐介:2.抗菌薬のPK/PD.医薬ジャーナル41:67-74,20054)PrestonSL,DrusanoGL,BermanALetal:Pharmacodynamicsoflevofloxacin:anewparadigmforearlyclinicaltrials.JAMA279:125-129,19985)ClarkL,BezwadaP,HosoiKetal:Comprehensiveevaluationofoculartoxicityoftopicallevofloxacininrabbitandprimatemodels.JToxicolCutanOculToxicol23:1-18,20046)McDonaldMB:Researchreviewandupdate:IQUIX(levofloxacin1.5%).IntOphthalmolClin46:47-60,20067)臼井正彦:レボフロキサシン点眼液の臨床第二相試験─多施設二重盲検法─.あたらしい眼科14:299-307,19978)臼井正彦:レボフロキサシン点眼液の臨床第III相試験─多施設二重盲検法─.あたらしい眼科14:641-648,19979)臼井正彦:レボフロキサシン点眼液の第三相一般臨床試験.あたらしい眼科14:1113-1118,199710)大橋裕一,秦野寛:細菌性結膜炎に対するガチフロキサシン点眼液の臨床第III相試験(多施設無作為化二重盲検比較試験).あたらしい眼科22:123-131,200511)大橋裕一,秦野寛:0.3%ガチフロキサシン点眼液の多施設一般臨床試験.あたらしい眼科22:1155-1161,200512)秦野寛,大橋裕一,宮永嘉隆ほか:小児の細菌性外眼部感染症に対するガチフロキサシン点眼液の臨床成績.あたらしい眼科22:827-831,200513)北野周作,宮永嘉隆,大野重昭:新規ニューキノロン系抗菌点眼薬トシル酸トスフロキサシン点眼液の急性細菌性結膜炎を対象としたプラセボとの二重遮蔽比較試験.あたらしい眼科23(別巻):55-67,200614)北野周作,宮永嘉隆,大野重昭ほか:新規ニューキノロン系抗菌点眼薬トシル酸トスフロキサシン点眼液の細菌性外眼部感染症を対象とするオープン試験.あたらしい眼科23(別巻):68-80,200615)北野周作,宮永嘉隆,大野重昭ほか:ニューキノロン系抗菌点眼液TN-3262a(0.3%トシル酸トスフロキサシン点眼液)の細菌性結膜炎を対象としたレボフロキサシンとの二重遮蔽比較多施設共同試験.あたらしい眼科23(別巻):95-110,200616)北野周作,宮永嘉隆,大野重昭ほか:新規ニューキノロン系抗菌点眼薬トシル酸トスフロキサシン点眼液の小児の細菌性外眼部感染症を対象とする非対照非遮蔽多施設共同試験.あたらしい眼科23(別巻):118-129,200617)下村嘉一,大橋裕一,松本光希ほか:細菌性結膜炎に対するMoxifloxacin点眼液の臨床第III相比較試験─多施設無作為化二重遮蔽比較試験─.あたらしい眼科24:1381-1394,200718)松本光希,大橋裕一,臼井正彦ほか:細菌性角膜炎(角膜上皮炎,角膜潰瘍)に対するMoxifloxacin点眼液の臨床第III相試験─多施設共同試験─.あたらしい眼科24:13951405,200719)岡本茂樹,大橋裕一,臼井正彦ほか:細菌性外眼部感染症に対するMoxifloxacin点眼液の臨床第III相試験(多施設共同試験).あたらしい眼科24:1661-1674,200720)松崎薫,小山英明,渡部恵美子ほか:眼科領域における細菌感染症起炎菌のlevofloxacin感受性について.化学療法の領域19:431-440,200321)松崎薫,渡部恵美子,鹿野美奈ほか:2002年2月から2003年6月の期間に細菌性眼感染症患者より分離された各種新鮮臨床分離株のLevofloxacin感受性.あたらしい眼科21:1539-1546,200422)小林寅喆,松崎薫,志藤久美子ほか:細菌性眼感染症患者より分離された各種新鮮臨床分離株のLevofloxacin感受性動向について.あたらしい眼科23:237-243,200623)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,201124)松本光希:2.感染症細菌性角膜潰瘍.眼の感染・免疫疾患正しい診断と治療の手引き,p28-33,メジカルビュー社,199725)井上幸次,大橋裕一,浅利誠志ほか:感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:769-809,200726)松本光希:細菌性角膜炎の起炎菌別の特徴のポイントは?.あたらしい眼科26(臨増):20-22,200927)北川和子:細菌性角膜炎の治療のポイントは?あたらしい眼科26(臨増):32-34,2009***678あたらしい眼科Vol.29,No.5,2012(98)

細菌性角膜炎からアカントアメーバ角膜炎に移行したと考えられる1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(91)805《第46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(6):805.808,2010cはじめにアカントアメーバは淡水や土壌に広く分布する原生動物であり,アカントアメーバがひき起こす角膜炎は1974年に英国1),1975年に米国2)において相ついで報告され,わが国では1988年に石橋ら3)によって初めて報告された.本来は外傷に伴い,非常にまれに認められる疾患であったが,近年コンタクトレンズ(CL)装用者の重症角膜感染症として広く認められるようになり,特にここ数年わが国ではmultipur-〔別刷請求先〕大谷史江:〒683-8504米子市西町86鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:FumieOtani,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FactoryofMedicine,TottoriUniversity,86Nishimachi,Yonago683-8504,JAPAN細菌性角膜炎からアカントアメーバ角膜炎に移行したと考えられる1例大谷史江*1宮.大*1池田欣史*1矢倉慶子*1井上幸次*1八木田健司*2大山奈美*3*1鳥取大学医学部視覚病態学*2国立感染症研究所寄生動物部*3倉敷中央病院眼科ACaseofAcanthamoebaKeratitisfollowingBacterialKeratitisFumieOtani1),DaiMiyazaki1),KeikoYakura1),YoshitsuguInoue1),KenjiYagita2)andNamiOyama3)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FactoryofMedicine,TottoriUniversity,2)ParasitismZoology,InstituteforNationalInfectiousDisease,3)DivisionofOphthalmology,KurashikiCentralHospital症例は35歳,男性で,2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズを使用していた.左眼痛と視力低下に対し,近医眼科で抗菌薬,抗ウイルス薬を処方されたが軽快しないので鳥取大学眼科を紹介受診した.角膜中央に小円形の浸潤巣を認め,アカントアメーバ角膜炎と特定できる所見を認めず,まず細菌性角膜炎を疑い治療を開始したが,角膜擦過物のファンギフローラYR染色でアカントアメーバcystを検出したため,アカントアメーバ角膜炎と診断し治療を変更した.角膜擦過物のreal-timePCR(polymerasechainreaction)でもアメーバDNAが検出され,後にアカントアメーバが分離培養された.抗真菌薬の点眼および内服,クロルヘキシジン点眼ならびに病巣掻爬にて病巣は軽快したが,治癒過程では病巣の中央が陥凹した.これはアカントアメーバ角膜炎の瘢痕期には通常認めず,細菌性角膜炎における瘢痕期の所見に一致すると考えられた.細菌感染がアカントアメーバ感染の温床となるといわれているが,本症例は角膜上でそれが生じていることを示唆する症例と考えられた.Thepatient,a35-year-oldmalewhowasa2-weektypefrequent-replacementsoftcontactlensuser,complainedofpainanddecreasedvisualacuityinhislefteye.Sincetopicalantibacterialandantiviraladministrationhadresultedinnotherapeuticresponse,hewasreferredtoTottoriUniversityHospital.Initially,bacterialkeratitiswassuspectedbecauseofthepresenceofsmall,roundinfiltratesinthecenterofthecorneaandnocharacteristicfindingsofacanthamoebakeratitis.Thediagnosis,however,wassubsequentlychangedtoacanthamoebakeratitis,sinceacanthamoebacystsweredetectedfromtheFungifloraYRstainingofcornealscrapings.Later,acanthamoebaDNAwasdetectedbyreal-timepolymerasechainreactionofthecornealscrapings,andacanthamoebawasisolatedbyculturing.Thelesionimprovedfollowingtheadministrationoftopicalandoralantifungals,topicalchlorhexidineandepithelialdebridement.Theresultantscarformedadent,whichischaracteristicofbacterialkeratitis,butnotofacanthamoebakeratitis.Thefindingsinthiscaseindicatethatbacterialinfectioncanbeabaseforacanthamoebainfectionofthecornea.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):805.808,2010〕Keywords:アカントアメーバ角膜炎,細菌性角膜炎,ファンギフローラYR染色.acanthamoebakeratitis,bacterialkeratitis,FungifloraYRstainig.806あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(92)posesolution(MPS)を使用した頻回交換CLの使用者での発症が急激に増加している4).石橋ら3,5)は,その臨床経過を初期,移行期,完成期の3期に分類し,病期による臨床像の違いを明確にした.一方,塩田ら6)もアカントアメーバ角膜炎の病期分類を行っており,臨床経過を1.初期,2.成長期,3.完成期,4a.消退期,4b.穿孔期,5.瘢痕期と5つに分類している.これは石橋ら3,5)の分類に末期像を追加した分類となっている.アカントアメーバ角膜炎の初期の臨床所見は非常に多彩で,特徴的な所見がみられないと的確な診断をするのは困難であると思われる.今回筆者らは細菌性角膜炎の所見を呈した病巣から早期にアカントアメーバを検出し,治療し得た症例を経験したので報告する.I症例患者:35歳,男性.主訴:左眼痛,視力低下現病歴:2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズを使用していた.2週間で交換するものを,期限を超えて3週間程度装用することが多かった.洗浄保存にはMPSを使用していたが,こすり洗いはほとんど行っていなかった.平成20年9月8日より左眼痛と視力低下を自覚し,9月11日に近医受診し,左眼角膜炎の診断でレボフロキサシン点眼,プラノプラフェン点眼,ヒアルロン酸点眼を処方された.9月22日には羞明と眼痛が悪化したため倉敷中央病院眼科へ紹介された.左眼に角膜混濁を認め,レボフロキサシン点眼継続にて経過をみられるも,軽快しなかった.9月24日よりヘルペス感染を疑い,アシクロビル眼軟膏を追加された.9月29日には混濁部に潰瘍を生じ,前房内に炎症細胞が出現した.アシクロビル眼軟膏は中止し,10月1日にアカントアメーバ感染疑いにて鳥取大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.1(1.2×sph.7.0D),左眼0.3(0.6×sph.6.5D)であった.左眼結膜にはほぼ全周に強い毛様充血を認めた.角膜は全体に軽度の浮腫があり,瞳孔領9時の位置に辺縁不明瞭な白色浸潤を認め,混濁の周辺から角膜中央にかけて淡いびまん性の表層混濁を呈していた(図1).下方に強い輪部浮腫を伴っていたが,放射状角膜神経炎は認めなかった.角膜後面には多数の微細な角膜後面沈着物を認め,前房内には軽度の炎症細胞を認めた.経過:白い円形の浸潤巣より,レボフロキサシン耐性菌による細菌感染を最も疑い,入院のうえ,モキシフロキサシン,ミクロノマイシンの頻回点眼,オフロキサシン眼軟膏,セファゾリン点滴を開始した.また,病巣の擦過を行い,細菌・真菌培養へ提出するとともにグラム染色,ファンギフローラ図1初診時の前眼部写真瞳孔領9時の位置に辺縁不明瞭な白色混濁を認め,混濁の周辺から角膜中央にかけてびまん性の表層混濁を呈していた.図2入院翌日のフルオレセイン染色写真9時の浸潤はやや拡大し,耳下側に向かって上皮の淡い混濁と不整が出現した.図3治癒期の前眼部写真病巣は全体に淡くなるとともに,中央が陥凹してきた.(93)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010807YR染色を行いreal-timePCR(polymerasechainreaction)でHSV(herpessimplexvirus)とVZV(varicella-zostervirus)のスクリーニングを行った.入院翌日,初診時の角膜擦過物の検鏡を行ったところ,グラム染色ではグラム陽性球菌を検出した.ファンギフローラYR染色ではアメーバcystと考えられる像が認められた.HSV,VZVのDNAは陰性であった.細菌に対する治療開始後,微細な角膜後面沈着物は著明に減少したが,毛様充血は依然強く,下方の輪部浮腫はむしろ増強していた.9時の浸潤はやや拡大し,病巣から耳下側へ向かって上皮の淡い混濁と不整が出現した(図2).そこでアカントアメーバに対する治療に変更し,0.05%クロルヘキシジン液と0.2%フルコナゾールの頻回点眼,イトラコナゾールの内服,週2回の病巣掻爬を開始した.抗菌薬の使用はモキシフロキサシン点眼とオフロキサシン眼軟膏のみとした.また,再度確認のため混濁部の擦過を行い,real-timePCRにてアカントアメーバDNAの検索を行い,国立感染症研究所へアメーバの分離培養を依頼した.その結果,real-timePCRでは6.5×103コピーのアカントアメーバDNAが検出され,培養検査でも後にアカントアメーバが分離培養された.細菌,真菌培養は最終的に陰性であった.治療変更後,充血,輪部浮腫は徐々に軽快した.9時の病巣は全体に淡くなるとともに,中央が陥凹し,細菌性角膜炎における瘢痕期と矛盾しない所見を呈してきた(図3).10月21日(治療変更後18日目)には毛様充血,輪部浮腫も大きく改善した.混濁はさらに淡くなり,この日の混濁部の角膜擦過物のPCRからはアメーバDNAは検出されなかった.10月24日の擦過でもアメーバDNAは検出されず,2回連続で陰性となったため,10月30日に当科退院となった.退院時視力は矯正0.7であった.退院後は紹介もとの倉敷中央病院にて通院加療中であり,発症約3カ月後の平成20年12月受診時の矯正視力は1.2と良好であった.II考按アカントアメーバは広く土壌や淡水などに分布し,周囲の環境に応じて栄養型(trophozoite)と.子型(cyst)に変化するという特徴をもつ.栄養型は周囲の環境が好条件のときにみられ,細菌などの蛋白源を捕食し,増殖していく..子型は周囲の環境が悪化したときにみられ,堅固なセルロース様構造をした二重壁に囲まれており,薬剤に抵抗性を示す7).アカントアメーバ角膜炎は外傷やCL装用に伴う角膜障害からアカントアメーバが角膜内に侵入増殖して発症するといわれている.Jonesら2)の予備実験では,動物モデルを使って傷害角膜にアカントアメーバを感染させても,単独ではなかなか感染が成立せず,アカントアメーバと細菌を同時に接種すると感染が成立するとしている.アカントアメーバ属の大半は他の細菌類を捕食して増殖することがよく知られているが,本症の患者のレンズケースからはアカントアメーバと同時に高頻度に細菌が分離培養されており8),レンズケース内でのアカントアメーバの増殖に細菌が関与し,さらには本症発症に関連していると推測される.アカントアメーバ角膜炎の初期病変は非常に多彩で,上皮型角膜ヘルペスによく似た偽樹枝状病変,放射状角膜神経炎,点状・線状・斑状の角膜上皮下混濁,角膜輪部の充血および浮腫,強い結膜毛様充血,前房内の炎症細胞の出現などが特徴であるといわれている5).本症例においては,初診時から強い毛様充血と角膜輪部浮腫を認めていたが,アカントアメーバに特徴的とされる偽樹枝状病変,放射状角膜神経炎,斑状上皮下混濁は認めなかった.一方,本症例では初診時より白い小円形の表層浸潤巣を呈しており,治癒過程においては浸潤巣の中央が陥凹してきた.これらの所見は細菌性角膜炎を示唆するものであり,特に瘢痕期に平坦化や陥凹を示すことはアカントアメーバではあまりなく,形状変化が少ないことがアカントアメーバ角膜炎の一つの特徴であるといわれている.本症例では,誤ったCL使用法により角膜上皮が障害を受け,そこにケース内で増殖した細菌とアメーバが付着し,まず増殖しやすい細菌が増え,細菌性角膜炎を起こしたと推測された.この時点で抗菌薬が投与され細菌は死滅し,この死滅した細菌を捕食してアメーバが増殖して,アカントアメーバ角膜炎を続発してきたと思われた.細菌感染がアカントアメーバ感染の温床となるといわれているが,本症例は角膜上でそれが生じていることを示唆する症例であると考えられた.アカントアメーバ角膜炎の確定診断には病変部にアカントアメーバの寄生を証明する必要があり,角膜の病巣部から得られた擦過標本もしくは生検材料を用いて直接検鏡,分離培養でアメーバの検出を行う必要がある.しかしながら,病巣擦過物の直接検鏡はサンプルの採取に技術を要し病初期には検出されにくく,分離培養においては検出までに時間を要し,量的に少ないとうまく検出できないという欠点がある.現在ではconfocalmicroscopy,HRA(HeidelbergRetinaAngiograph)cornealmoduleやPCRによる補助診断の併用も早期診断に有用であると報告されている.PCRにより培養検査でアカントアメーバが検出できなかった症例に対し,アカントアメーバ角膜炎の診断が可能であったとの報告9,10),培養検査よりPCRのほうがアカントアメーバの検出感度が高いとの報告11)がなされている.本症例では病巣擦過物のreal-timePCRを行い,初診時の診断の一助としただけでなく,入院中は治療効果判定の指標としてもPCRを利用した.PCRは検体が微量でも検出可能であり,短時間で結果が得られることから,早期診断,早期治療が望まれるアカントアメーバ角膜炎において非常に有808あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(94)用な検査であると考えられた.文献1)NagingtonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfectionoftheeye.Lancet28:1537-1540,19742)JonesDB,VisvesvaraGS,RobinsonNMetal:AcanthamoebapolyphagakeratitisandAcanthamoebauveitisassociatedwithfatalmeningoencephalitis.TransOphthalmolSocUK95:221-232,19753)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの一例─臨床像,病原体検査法および治療についての検討.日眼会誌92:963-972,19884)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症の実体と疫学.日本の眼科80:693-698,20095)石橋康久,本村幸子:アカントアメーバ角膜炎の診断と治療.眼科33:1355-1361,19916)塩田洋,矢野雅彦,鎌田泰夫ほか:アカントアメーバ角膜炎の臨床経過の病期分類.臨眼48:1149-1154,19947)山浦常,中川尚,木全奈都子:アカントアメーバ.大橋裕一,望月學編,眼微生物事典,p260-267,メジカルビュー社,19968)JonesDB:Acanthamoeba─Theultimateopportunist?AmJOphthalmol102:527-530,19869)ZamfirO,YeraH,BourcierTetal:DiagnosisofAcanthamoebaspp.keratitiswithPCR.JFrOphtalmol29:1034-1040,200610)並木美夏,増田洋一郎,浦島容子ほか:Polymerasechainreaction法で診断されたアカントアメーバ角膜炎の1例.臨眼57:777-780,200311)OrdanJ,SteveM,NigelMetal:PolymerasechainreactionanalysisofcornealepithelialandtearsamplesinthediagnosisofAcanthamoebakeratitis.InvestOphthalmolVisSci39:1261-1265,1998***

愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(109)8330910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(6):833837,2009cはじめに感染性角膜炎においては,病巣部より起炎菌を同定し,その起炎菌に感受性のある抗微生物薬を投与して治療することが求められる.しかし,実際には起炎菌の同定ができず,経験的な薬剤選択のもとに治療を開始し,その治療効果をみながら薬剤の変更を行うといった状況は少なくない.さらに第一線に立つ医療機関ですでに治療が開始された後に基幹病院に紹介されるような場合,細菌学的検査が治療開始後になることもある.近年,抗菌薬の開発と普及により,メチシリン耐性黄色ブ〔別刷請求先〕木村由衣:〒737-0046呉市中通2-3-28木村眼科内科病院Reprintrequests:YuiKimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KimuraEyeandIntermedicalHospital,2-3-28Nakadori,Kure-shi,Hiroshima737-0046,JAPAN愛媛大学眼科における細菌性角膜炎症例の検討木村由衣*1,2宇野敏彦*1山口昌彦*1原祐子*1島村一郎*1,3鈴木崇*1山西茂喜*1大橋裕一*1*1愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野*2木村眼科内科病院*3鷹ノ子病院眼科BacterialKeratitisTreatedatEhimeUniversityHospitaloverthePastFiveYearsYuiKimura1,2),ToshihikoUno1),MasahikoYamaguchi1),YukoHara1),IchiroShimamura1,3),TakashiSuzuki1),ShigekiYamanishi1)andYuichiOhashi1)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KimuraEyeandIntermedicalHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TakanokoHospital目的:愛媛大学医学部附属病院眼科において入院加療を行った細菌性角膜炎の臨床的特徴について検討する.方法:対象は2002年11月以降5年間に入院加療を行った48例49眼.発症誘因,培養結果,視力予後などにつきレトロスペクティブに検討した.結果:発症誘因では外傷・異物が15眼,コンタクトレンズ(CL)装用10眼などであった.CL装用者は誘因のない症例より視力予後が良好であった.培養検査を行った43眼のうち,細菌検出は26眼(60%)37株であり,その内訳はcoagulasenegativeStaphylococcus(CNS)8株,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methi-cillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)3株を含むStaphylococcusaureus6株,Pseudomonasaeruginosa5株などであった.培養検査時点で抗菌薬未使用の15眼のうち13眼(87%)が培養陽性であったが,使用例28眼では13眼(46%)であった.結論:細菌性角膜炎の主要起炎菌としてCNS,S.aureus,P.aeruginosaがあげられた.CL装用など,発症の誘因により起炎菌および視力予後に違いがあることが示唆された.WereviewedthecharacteristicsofbacterialkeratitiscaseshospitalizedatEhimeUniversityHospital.Thesub-jectscomprised48patients(49eyes)whowerehospitalizedandtreatedbetweenNovember2002andOctober2007.Retrospectivelyanalyzedparametersincludedinfectiontrigger,bacterialcultureresultsandvisualprognosis.Themajorfactorspredisposingtocornealinfectionwereinjury/foreignbody(15cases)andcontactlens(CL)use(10cases).ThevisualoutcomewasstatisticallybetterinCLwearers.Ofthe37casesinwhichculturingwasper-formed,19bacterialstrainswereisolatedfrom26cases(60%),including8strainsofCNS(7ofStaphylococcusepi-dermidis),6strainsofStaphylococcusaureus(3ofmethicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA),and5strainsofPseudomonasaeruginosa.Ofthe15casesthathadnotreceivedtopicalantibiotictherapy,cultureresultswerepositivein13cases(87%).Incontrast,ofthe28casesthathadinitiatedtopicalantibiotictherapy,only13(46%)wereculturepositive.Incasesofbacterialkeratitis,themostcommonpathogenswereCNS,S.aureusandP.aeruginosa.Pathogensandvisualprognosismaybeinuencedbypredisposingfactors,suchasCLwear.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):833837,2009〕Keywords:細菌性角膜炎,発症誘因,培養検査,視力予後.bacterialkeratitis,triggersoftheinfection,bacterialculture,visualprognosis.———————————————————————-Page2834あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(110)ドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)を代表とする薬剤耐性菌の台頭が叫ばれて久しい.眼科領域でもニューキノロンを中心とした広域スペクトルの抗菌点眼薬の普及は,感染性角膜炎の起炎菌プロフィールに大きな影響を与えているものと考える.今回筆者らは愛媛大学医学部附属病院眼科(以下,当科)において過去5年間に入院加療を行った感染性角膜炎の症例について,細菌学的および臨床的特徴をレトロスペクティブに検討した.一定期間に加療した感染性角膜炎を集計し,全体の臨床像を把握することは今後の治療方針の参考となり,また病診連携のあり方を考えるうえで有益であると思われるので報告する.I対象対象は2002年11月から2007年10月までの5年間,当科にて入院加療を行った細菌性角膜炎48例49眼である.この診断は細菌学的検査に基づいたもののほかに臨床所見,治療に対する効果による臨床的診断を含んだものである.細菌培養検査を施行したものは全例角膜病巣の擦過物を検体としている.なお,当院における耐性の判断は臨床検査標準協会(ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:CLSI)のものに準じている.今回は,細菌性角膜炎と診断した症例につき,発症の誘因,前医における治療,当科での培養結果,当科における治療内容,視力予後などについて検討した.対象症例は平均年齢62.15歳(794歳),男性17例,女性31例であった.なお,視力予後あるいは視力改善度の判定には視力をlogMAR視力に換算ののちKruskal-Wallis検定において有意水準5%で判定した.II.結果1.発症の誘因・背景因子について感染の直接的な誘因および背景因子は対象の48例中39例(81%)に認められた(表1).直接的な原因と考えられる外傷および異物が15眼(例),コンタクトレンズ(CL)装用が10眼(例)(うちソフトCL装用者は7眼)であった.このほか,角膜移植術を中心とした眼科手術歴を有する症例,および眼表面疾患を有する症例が多いという結果であった.2.培養検査陽性率と検出菌の内訳培養検査結果では,検査未施行例の6眼を除く43眼中,培養検査陽性は26眼で60%であった.1症例から複数菌が検出されたものも含まれるため検出株の合計は37株であった.この内訳を表2に示す.多く検出された菌としてcoag-ulasenegativeStaphylococcus(CNS),Corynebacteriumsp.,MRSAを含めたStaphylococcusaureusなどがあげられた.培養陽性となった26眼のうちCL装用者は4眼であった.この4眼からは合計6株の細菌が検出され,その内訳はPseudomonasaeruginosa3株,CNS3株であった.これとは別に紹介元の眼科施設で行った細菌学的検査が陽性であったという報告が4眼について得られた.このうち1眼からはStaphylococcusaureusとa-Streptococcusの2株が,残りの3眼からはそれぞれStaphylococcusaureus,Streptococcuspneumoniae,Moraxellasp.が1株ずつ検出されていた.Streptococcuspneumoniaeが検出された1眼については当科でも同じ菌を検出したが,そのほかの3眼においては当科の細菌学的検査では培養陰性であった.3.抗菌薬処方の有無と培養検査結果表3に当科初診時点での抗菌点眼薬使用の有無と培養陽性表1誘因・背景因子<眼局所>外傷・異物15例コンタクトレンズ装用10例眼科手術既往12例(うち角膜移植術後7例)眼表面疾患(手術既往の症例を除く)4例<全身>アトピー性皮膚炎1例糖尿病7例重複してカウント.表3抗菌薬使用の有無と培養陽性率抗菌薬使用の有無培養有(28眼)無(15眼)陽性1313陰性152培養陽性率46%87%表2培養検査結果CNS8株(うちS.epidermidis7株)Corynebacteriumsp.7Staphylococcusaureus6(うちMRSA3株)Pseudomonasaeruginosa5Streptococcuspneumoniae2b-Streptococcus2Micrococcussp.1Streptococcuspyogenes1Enterococcusfaecalis1Klebsiella1GNF-GNR(glucosenon-fermentinggram-negativerod)1Bacillus1Nocardia1———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009835(111)率の関係を示す.当科受診時点で抗菌点眼薬を使用していた例は全例,紹介元の前医によって処方されたものであった.抗菌点眼薬使用中であった28眼のうち13眼(46%)が培養陽性であり,抗菌点眼薬未使用例15眼中13眼(87%)で培養陽性であった.前医で抗菌薬が処方されていた症例で,当科初診時点での培養陽性率が低いという結果となった.4.検出菌の薬剤感受性について検出された菌の薬剤感受性試験結果から,おもな薬剤に対する耐性率とその菌種についてまとめた(表4).検出された37株中,セファゾリン耐性株6株(16.2%),レボフロキサシン耐性株10株(27.0%),ゲンタマイシン耐性株11株(29.7%)であった.今回の検討対象となったMRSA3株はセファゾリンのみならずレボフロキサシン,ゲンタマイシンにも耐性を示していた.セファゾリン・レボフロキサシン・ゲンタマイシンのいずれかに耐性を示したものは合計19株であり,17眼から検出されていた.このうち9眼は前医にてすでに抗菌薬が処方されており,さらにそのなかの3眼は慢性結膜炎や角膜移植術などの眼科手術後,長期間抗菌点眼薬が使用されていた.5.培養検査結果による治療変更について日常臨床では培養検査で得られた菌種や薬剤感受性結果を受けて抗菌薬の変更を行うことも少なくない.今回の対象症例において抗菌点眼薬の変更がどの程度行われたのか検討した.培養検査が陽性であった26眼のうち,使用していた抗菌薬が検出菌に対し感受性を有していることが判明し,そのまま治療を続行したものが15眼(58%)であった.使用している抗菌点眼薬に対し耐性であっても治療効果がすでに得られていたために薬剤の変更を行わなかった例は4眼(15%)であった.薬剤感受性結果を受けて点眼薬の変更を行ったものは4眼(15%)であった.このうち2眼はMRSAを検出し,セフメノキシムをアルベカシン自家調整点眼に変更したものが1眼,さらにバンコマイシン自家調整点眼およびトブラマイシンを併用していた1眼でトブラマイシンを中止しアルベカシン自家調整点眼に変更していた.残りの3眼(12%)は当初角膜真菌症を疑い抗真菌薬を投与していたもので,培養検査で細菌を検出した時点で抗菌点眼薬による治療に変更している.6.初診時視力と最終視力の検討48例中6例は痴呆などにより視力検査が不能であったため,42例43眼につき検討を行った.視力は2段階以上の改善が18眼と全体の42%を占めており,不変例が21眼(49%),悪化例が4眼で全体の9%となった.視力予後にはどのような因子が影響しているのか検討を行った.図1は当科の培養検査における細菌検出の有無と視力予後についての結果である.培養陽性であり視力経過も追えた24眼のうち2段階以上の視力改善は13眼(54%),不変10表4主要な薬剤ごとの耐性率と菌種セファゾリン耐性株耐性率16.2%MRSA3*Pseudomonasaeruginosa2Streptococcuspneumoniae1*計6レボフロキサシン耐性株耐性率27.0%MRSA3*Corynebacteriumsp.4S.epidermidimis2*Nocardia1計10ゲンタマイシン耐性株トブラマイシン耐性株耐性率29.7%MRSA3*S.epidermidimis2*b-Streptococcus2Streptococcuspneumoniae2*Streptococcuspyogenes1Enterococcusfaecalis1計11*重複してカウント.1.00.10.01n.d.m.m.s.l.null0.1初診時視力最終視力1.00.01s.l.m.m.n.d.:培養陽性:培養陰性図1菌検出の有無と視力予後培養検査未施行の3眼を除く.1.00.10.01n.d.m.m.s.l.null0.1初診時視力最終視力1.00.01s.l.m.m.n.d.:抗菌点眼薬使用:抗菌点眼薬未使用図2初診時点での抗菌点眼薬使用の有無と視力予後———————————————————————-Page4836あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(112)眼(42%),2段階以上の悪化1眼(4%)であった.培養陰性例と比較したが,菌検出の有無が視力予後に明らかな影響を与えるとはいえなかった.当科初診時点ですでに前医で処方された抗菌点眼薬を使用していたか否かと視力予後の関係をみたものが図2である.視力を追えた抗菌点眼薬使用例28眼のうち視力改善が14眼(50%),不変12眼(43%),悪化2眼(7%)であった.視力が大幅に改善した例で初診時にすでに抗菌点眼薬を使用していたものが多い傾向にあったが,統計学的に有意な差を認めることはできなかった.つぎに感染に至った誘因と視力予後の関係について検討した.図3はこれら誘因別に視力予後を検討した結果である.外傷および異物が誘因であった症例の最終視力は比較的良好であったが,誘因の認められなかった症例の視力予後と統計学的に有意差は認められなかった.一方,CLが発症の誘因であった症例は誘因の認められなかった症例と比較し,視力予後は有意に勝っていた.III考察愛媛大学眼科において過去5年間に入院加療を行った細菌性角膜炎の症例について検討したところ,培養陽性率は60%であった.過去の報告16)における菌の検出率は39.083.3%と施設によりさまざまであるが,これらを平均すると51%との考察6)もあり,筆者らの結果もほぼこれに一致するものであった.培養陽性率がそれほど高くなかったおもな理由として当科初診時点ですでに抗菌点眼薬が処方され使用中であった症例が多いことがあげられる.これはこれまでの報告6,7)でも指摘されていることであるが,筆者らの検討でも抗菌点眼薬使用中での細菌培養陽性率は46%と低い結果となった.一旦抗菌薬の使用が開始されると,起炎菌の同定は困難となり,細菌性角膜炎の確定診断の障害になりうると考えられる.第一線の医療機関においても抗菌点眼薬による治療開始前に細菌学的検査を行い,この情報を紹介先にも伝えるといった病診連携の重要性を改めて再認識させられるものである.2003年Bourcierら8)は細菌性角膜炎の検出菌の65%はグラム陽性球菌であり,このうちCNSが多くを占めていた結果を報告している.中林らの報告5)や竹澤らの報告6)はともに筆者らの報告と同様に入院加療を行った症例についてのものであり,Staphylococcusaureus,CNS,Streptococcuspneumoniae,Pseudomonasaeruginosaなどが主体であった.筆者らの今回の検討における検出菌はStreptococcuspneu-moniaeが少ない傾向にあったが,中林らおよび竹澤らの報告5,6)とほぼ同様の傾向を示しており,わが国における比較的重症な細菌性角膜炎の一般的な起炎菌プロフィールと考えてよいと思われた.竹澤ら6)の報告によると,レボフロキサシン耐性株は21.2%(7/33株),ゲンタマイシン耐性株は27.3%(9/33株)認められている.また宮嶋ら4)もオフロキサシン耐性株は22.2%(2/9株)と報告している.筆者らの検討における耐性株の割合は,これら過去の報告と比較してやや高い傾向がみられた.薬剤耐性菌を検出した症例には前医にてすでに抗菌薬が処方されていた症例や長期間の抗菌点眼薬使用の履歴がある症例が多くみられた.起炎菌が耐性菌であったために治療に難渋し当科紹介に至った例や抗菌点眼薬の長期使用により薬剤耐性菌が誘導され角膜炎が発症した症例が含まれているためと考えられる.広域スペクトルをもつニューキノロン系薬剤の普及に伴い,さらなる耐性株の増加が危惧される.今回筆者らは視力予後にどのような因子が影響しているのか,検討を行った.菌を検出し,この薬剤感受性試験の結果を受けて薬剤の選択を行うのが基本であり,これが早期の治癒に貢献するものと考えられる.しかし,今回の検討では菌検出の有無は視力予後に影響を与えないという結果であった.この理由として,前医からの抗菌点眼薬による治療で菌量が減った時点で紹介を受けた,または,元来菌量の少ない症例であったなどの要因により培養陰性例でも比較的視力予後の良いものが多かったという解釈も成り立つが,詳細は不明である.Pachigollaら9)は菌を検出できなかった例(“ster-ilegroup”)では角膜穿孔や眼内炎など重篤な併発症が少なかったと報告している.培養検査で陰性になることは起炎菌同定ができないというマイナスの側面をもつのは確かであるが,同時に視力予後を含めた治療経過の見込みについてはプラスの面もありうると考えられる.Keayら10)は感染性角膜炎の発症誘因について考察している.この報告によると最も多かった誘因は外傷で全体の36.4%,続いてCL装用が33.7%であった.CL装用が誘因となっている症例は他の誘因によるものに比べ有意に年齢が低く,グラム陰性菌の頻度が高かったと報告している.筆者らの検討では直接的な誘因として外傷・異物が最も多く,続1.00.10.01n.d.m.m.s.l.null0.1初診時視力最終視力1.00.01s.l.m.m.n.d.:外傷・異物:コンタクトレンズ*:誘因なし**p0.05(Kruskal-Wallis検定)図3発症の誘因と視力予後———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009837(113)いてCL装用であった.CL装用者の過半数はソフトCL装用者であった.これはCL装用を誘因とする角膜感染症において,ソフトCL装用が誘因となる症例のほうが多かったという過去の報告13,11,12)と一致するものである.CL装用者の起炎菌としてはCNS,Pseudomonasaeruginosa,Serratiaspp.の頻度が高いとされている15).2003年の1年間,日本全国の24施設において感染性角膜炎の動向を把握する目的で全国サーベイランスが行われた13).このサーベイランスは入院・外来を含めた検討であるが,20歳代以下の症例の9割程度がCL装用者であったという.また従来型のソフトCLおよび2週間交換などの頻回交換ソフトCLではグラム陰性桿菌が検出菌として特に頻度が高いことが示されている.今回の対象症例のなかでCL装用者での培養陽性は4眼のみであったが,このうち3眼でPseudomonasaeruginosaが検出されていた.Pseudomonasaeruginosaが起炎菌である場合,短期間で重篤になりやすいと考えられているが,入院加療を条件とした今回の検討で本菌がCL装用者の主要検出菌であったことがきわめて妥当なものと思われた.なお,筆者らのレトロスペクティブの検討では使用していたCLの種類や消毒液の情報が収集できておらず,CLケアの観点での検討を行うことはできなかった.発症の背景因子として角膜移植を中心とした眼科手術歴,あるいは眼表面疾患をもつ症例が少なくないことが判明した.角膜上皮のバリア機能の低下,長期にわたる抗菌点眼薬使用による正常細菌叢の修飾,ステロイド点眼薬の使用による易感染性といったさまざまな要因が複合的に関与していると考えられた.全身的疾患としては糖尿病が数例認められた.しかし今回の検討では糖尿病の重症度・治療経過についての検討は行っておらず,糖尿病自体の有病率が高い点を考慮すると感染性角膜炎との関連性については慎重に判断する必要があるものと思われた.文献1)杉田美由紀,田中直彦,磯部裕ほか:細菌(真菌)性角膜炎の最近7年間の統計.臨眼41:629-633,19872)北川和子,浅野浩一,佐々木一之ほか:最近6年間に経験した細菌性角膜炎.眼科34:1259-1265,19923)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去20年間の細菌性角膜潰瘍の検討.あたらしい眼科15:223-226,19984)宮嶋聖也,松本光希,奥田聡哉ほか:熊本大学における過去3年間の細菌性角膜潰瘍症例の検討.あたらしい眼科17:390-394,20005)中林條,美川優子,沖波聡ほか:佐賀医科大学における最近10年間の感染性角膜潰瘍の検討.眼紀53:368-372,20026)竹澤美貴子,小幡博人,中野佳希ほか:自治医科大学における過去5年間の感染性角膜潰瘍の検討.眼紀56:494-497,20057)三木篤也,井上幸次,大黒伸行ほか:大阪大学眼科における角膜感染症の最近の動向.あたらしい眼科17:839-843,20008)BourcierT,ThomasF,BorderieVetal:Bacterialkerati-tis:predisposingfactors,clinicalandmicrobiologicalreviewof300cases.BrJOphthalmol87:834-838,20039)PachigollaG,BlomquistP,CavanaghHD:Microbialkera-titispathogensandantibioticsusceptibilities:a5-yearreviewofcasesatanurbancountyhospitalinnorthTexas.EyeContactLens33:45-49,200710)KeayL,EdwardsK,NaduvilathT:Microbialkeratitispredisposingfactorsandmorbidity.Ophthalmology113:109-116,200611)北川和子,都筑春美,佐々木一之ほか:細菌性角膜感染症の検討.眼紀37:435-439,198612)秦野寛:細菌性角膜炎.眼科38:567-573,199613)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,2006***

細菌性角膜炎臨床分離株に対するFractional Inhibitory Concentration Indexを用いた抗菌薬併用効果の検討

2008年11月30日 日曜日

———————————————————————-Page1(91)15610910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(11):15611565,2008cはじめに細菌性角膜炎は,日常臨床においてよく遭遇する疾患で,近年,コンタクトレンズ装用者に急増している.初期例を取り扱うことの多い第一線の診療現場では,臨床所見と的確な問診,起炎菌リスト(コンタクトレンズ関連細菌性角膜炎を含む感染性角膜炎の原因菌を調査した全国サーベイランスの結果が役立つ1))などから,初診時におおよその原因菌を予測し,有効と考えられる抗菌点眼薬を投与しているのが実情〔別刷請求先〕鈴木崇:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室Reprintrequests:TakashiSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon-shi,Ehime791-0295,JAPAN細菌性角膜炎臨床分離株に対するFractionalInhibitoryConcentrationIndexを用いた抗菌薬併用効果の検討鈴木崇大橋裕一愛媛大学医学部眼科学教室EectofAntibioticCombinationagainstBacteriaIsolatedfromKeratitisUsingFractionalInhibitoryConcentrationIndexTakashiSuzukiandYuichiOhashiDepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicineEhimeUniversity細菌性角膜炎の治療においては,抗菌スペクトルを補う目的で複数の抗菌点眼薬をしばしば併用するが,他方,副次効果として,併用によって互いの薬剤の抗菌力が増強する可能性も考えられる.今回,細菌性角膜炎からの臨床分離株(ブドウ球菌属22株,レンサ球菌属5株,グラム陰性桿菌7株)に対して,レボフロキサシン(LVFX)+セフメノキシム(CMX),LVFX+トブラマイシン(TOB),LVFX+エリスロマイシン(EM),LVFX+クロラムフェニコール(CP)の併用効果をinvitroにおいて検討した.チェッカーボード法により,併用抗菌薬の単独使用時の最小発育阻止濃度(MIC)と併用時のMICを測定し,fractionalinhibitoryconcentrationindex(FICindex)=[併用時のMIC(a)/単独時のMIC(a)]+[併用時のMIC(b)/単独時のMIC(b)]を算出したところ,ブドウ球菌属・レンサ球菌属に対してはLVFX+CMXの平均FICindexが最も低く,グラム陰性桿菌に対してはLVFX+TOBのFICindexが最も低かった.これらの結果は,細菌性角膜炎に対して通常われわれが行っているempirictherapy(グラム陽性球菌→LVFX+CMX,グラム陰性桿菌→LVFX+TOB)の合目的性をさらに高めるものである.Infectiouskeratitisisusuallytreatedwithabroadcombinationofantibacterialeyedrops,inordertocovertheentireantibacterialspectrum.Combinationsofantibacterialagentsmayresultinincreasedantibacterialactivity.Totestthispossibility,weinvestigatedtheeectofcombinationsoflevooxacin(LVFX)withcefmenoxime(CMX),tobramycin(TOB),erythromycin(EM)andchloramphenicol(CP)oninfectiouskeratitisbacterialisolates(22iso-latesofStaphylococcussp.,5isolatesofStreptococcussp.and7isolatesofgram-negativerods).Acheckerboardmicrotitrationmethodwasusedtodeterminetheminimuminhibitoryconcentration(MIC)andfractionalinhibitoryconcentration(FIC)index(FIC=[MICofcombination(a)/MICofdrug(a)alone]+[MICofcombination(b)/MICofdrug(b)alone]).ThelowestaverageFICindexesoccurredwithLVFX+CMXinStaphylococcussp.andStrep-tococcussp.,andwithLVFX+TOBingram-negativerods.TheseresultsindicatethatLVFX+CMXandLVFX+TOBcombinationsareeectivefortreatmentofkeratitiscausedbygram-positivecocciandgram-negativerods,respectively〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(11):15611565,2008〕Keywords:細菌性角膜炎,FICindex,最初発育阻止濃度,併用効果.bacterialkeratitis,FICindex,themini-muminhibitoryconcentration,theeectofcombinations.———————————————————————-Page21562あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(92)である.細菌性角膜炎の治療,特にempirictherapyでは,抗菌点眼薬が併用される場合が多い.おもな目的は,抗菌スペクトルを広げ,できるだけ多くの菌種をカバーする点にある2)が,抗菌点眼薬の併用にさらなる付加価値があるか否かは明らかにされていない.近年,抗菌薬の併用効果の指標として,fractionalinhibitoryconcentrationindex(FICindex)がよく用いられている3).そこで今回,細菌性角膜炎から分離された臨床株に対する汎用抗菌点眼薬のFICindexを算出し,抗菌薬の併用増強効果について比較検討した.I方法対象は,20022006年の間に愛媛大学医学部付属病院眼科で加療した細菌性角膜炎患者から分離された細菌34株である(表1).検討薬剤の軸はニューキノロン系抗菌薬のlevooxacin(LVFX)とし,その併用薬として,cefmenoxi-me(CMX),tobramycin(TOB),erythromycin(EM),およびchloramphenicol(CP)を選択した.抗菌薬の最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)ならびにFICindexの測定は,CLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute)4,5)およびASM(TheAmericanSocietyforMicrobiology)6)に準じた微量液体希釈法を用い,チェッカーボード法にて実施した.LVFXと各種併用薬剤を種々の濃度に組み合わせた液体培地(cation-adjustedMueller-Hintonbroth:CAMHB,レンサ球菌属はCAMHB+2.5%ウマ溶血液を使用した)に菌液を接種し,35℃で好気培養した.1624時間の培養後に,菌の発育が認められないwellの最小の薬剤濃度をMICとし,FICindexを下記の計算式に従い算出した.FICindex= 併用時のMIC(a)/単独時のMIC(a)+併用時のMIC(b)/単独時のMIC(b)FICindexは小数点以下4桁目を四捨五入して小数点以下3桁で表記した.また,得られたFICindexから,FICindex≦0.5を相乗作用,0.5<FICindex≦1を相加作用,1<FICindex≦2を不関,FICindex>2を拮抗作用と判定した.II結果1.LVFXとの併用によるFICindex全34株の菌種別のFICindexの平均値±標準偏差と,上記評価基準に基づいた分類を表2に示す.ブドウ球菌属(22株)のFICindexは,LVFX+CMXで1.05±0.48と最も優れており,つぎにLVFX+TOBが1.38±0.59で続いた.LVFX+CMX,LVFX+TOBの組み合わせにおいて相加作用を示した菌株の割合は,それぞれ82%,55%であったのに対し,LVFX+EM,LVFX+CPでは,それぞれ,9%,5%ときわめて少なかった.また,レンサ球菌属(5株)に対するFICindexの平均値±標準偏差は,LVFX+CMXで1.05±0.33と,ブドウ球菌属と同じく,最も良好な結果となり,つぎにLVFX+CPが1.20±0.45で続いた.一方,グラム陰性桿菌(7株)におけるFICindexは,LVFX+CMX,LVFX+TOBが,それぞれ1.04±0.44,1.04±0.46と良好な数値を示した.本試験では,すべての菌種に対して相乗作用を示した併用薬剤の組み合わせ,または,拮抗作用を示した併用薬剤の組み合わせは認められなかった.2.併用によるMICの変化ブドウ球菌属において,FICindexの良好であったLVFX+CMX,LVFX+TOBの併用時のMICの変化をMIC累積曲線(図1)とMIC80(表3)で示す.LVFXの感受性は単独では0.12128<μg/mlであったが,CMXあるいはTOBとの併用時には,それぞれ0.015128<μg/ml,0.015128<μg/mlへと高度耐性株を除いて,2倍から8倍程度,MIC累積曲線が感性側へシフトした.また,LVFX単独時表1対象とした臨床分離株菌名株数Methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus(MSSA)6CoagulasenegativeStaphylococcus(CNS)16Streptococcuspneumoniae3StreptococcusspeciesotherthanS.pneumoniae2Pseudomonasaeruginosa5Klebsiellaoxytoca1Serratiamarcescens1合計34表2菌種別のFICindexと評価FICindex評価の割合(%)Mean±SDRange相加不関ブドウ球菌属LVFX+CMX1.05±0.480.56328218LVFX+TOB1.38±0.590.50825545LVFX+EM1.91±0.291.02.0991LVFX+CP1.95±0.211.02.0595レンサ球菌属LVFX+CMX1.05±0.330.7528020LVFX+TOB1.73±0.610.62522080LVFX+EM1.35±0.600.7526040LVFX+CP1.20±0.451.02.08020グラム陰性桿菌LVFX+CMX1.04±0.440.7528614LVFX+TOB1.04±0.460.53128614LVFX+EM1.20±0.570.6252.07129LVFX+CP1.17±0.590.752.07129———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081563(93)のMIC804μg/mlが,CMX併用時およびTOB併用時ともに2μg/mlとなり,2倍の抗菌力増強効果を示した.一方,CMXにおいても,LVFXとの併用により,CMXのMIC累積曲線は左方へシフトした.また,CMX単独時のMIC802μg/mlが,LVFX併用時には1μg/mlと2倍の抗菌力増強効果を示した.TOBの場合には,LVFXとの併用によるMIC累積曲線の変化はみられなかった.表4に,レンサ球菌属において,FICindexの良好であったLVFX+CMXの併用におけるMICの変化を示す.Strep-tococcuspneumoniaeの1株を除き,LVFX+CMXの併用下では,LVFXあるいはCMX単独時よりも,それぞれの抗菌力が24倍に増強していた.図1ブドウ球菌属における各種抗菌薬の単独使用時,併用時のMIC累積曲線LVFXのMIC累積曲線CMXのMIC累積曲線TOBのMIC累積曲線:LVFX単独:LVFX(TOB併用下):LVFX(CMX併用下):CMX単独:CMX(LVFX併用下):TOB単独:TOB(LVFX併用下)0.0150.030.060.120.250.51248163264128128<0.030.060.120.250.5124811010090807060504030201000.0150.030.060.120.250.512481632表5グラム陰性桿菌に対するLVFX,CMX,TOBの単独使用時,併用時のMICの変化菌名MIC(μg/ml)LVFXCMXTOB単独CMX併用下TOB併用下単独LVFX併用下単独LVFX併用下P.aeruginosa0.50.250.25840.50.25P.aeruginosa0.50.120.251680.50.25P.aeruginosa10.50.516810.03P.aeruginosa0.50.120.2516810.5P.aeruginosa0.50.120.2516810.5K.oxytoca0.030.030.030.030.030.50.5S.marcescens0.250.120.120.120.060.50.12表4レンサ球菌属に対するLVFX,CMXの単独使用時,併用時のMICの変化菌名MIC(μg/ml)LVFXCMX単独併用単独併用1S.pneumoniae10.250.50.252S.pneumoniae110.0080.0083S.pneumoniae10.50.120.034Streptococcusspp.*0.50.250.0150.0045Streptococcusspp.*0.50.250.0150.008*StreptococcusspeciesotherthanS.pneumoniae.表3ブドウ球菌属における各種抗菌薬の単独使用時,併用時のMIC80MIC80(μg/ml)LVFX単独4LVFX(CMX併用下)2LVFX(TOB併用下)2CMX単独2CMX(LVFX併用下)1TOB単独4TOB(LVFX併用下)2———————————————————————-Page41564あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(94)表5に,グラム陰性桿菌に対してFICindexの良好であったLVFX+CMX,LVFX+TOBの併用下におけるMICの変化を示す.Klebsiellaoxytocaの1株を除いて,LVFX+TOBの併用により,LVFXおよびTOBの抗菌力は単独時に比べて232倍に増強した.また,同じくK.oxytocaの1株を除いて,LVFX+CMXの併用により,LVFXの抗菌力はLVFX単独時よりも24倍増強した.CMXの抗菌力も,CMX単独時に比較してLVFX併用により2倍増強したが,グラム陰性桿菌に対するCMXのMICがもともと高値のため,抗菌作用は低いレベルにとどまった.III考察細菌性角膜炎の治療においては,原因菌の同定後,最も感受性の良好な薬剤を集中投与するのが理想的である.しかしながら,ときに重症化し,瘢痕形成などで視力低下をきたす場合もある点で,当初のempirictherapyにおいては複数の抗菌点眼薬を使用するケースが多い.近年行われた眼感染症学会の疫学調査によれば,コンタクトレンズ装用者を中心に,ブドウ球菌属,レンサ球菌属などのグラム陽性球菌と,緑膿菌やセラチア属を代表とするグラム陰性桿菌が,細菌性角膜炎の原因菌の大部分を占めているため1),受診時にどちらのタイプの感染かをある程度想定し,治療を開始するのが実際的である.臨床的には,グラム陽性球菌が単発で円形もしくは楕円形の細胞浸潤を,グラム陰性桿菌が輪状膿瘍や不整形の浸潤を示すこと,また,場合によっては角膜擦過物の塗抹検査結果などから,おおよその原因菌推測が可能であるが,原因菌に感受性が高いと思われる抗菌薬点眼を単独で使用すべきか,別の系統を併用すべきかについての議論は抗菌スペクトルの拡大という論点以外にはなかったといえる.今回,筆者らが行ったFICindexの検討より,抗菌薬点眼の併用が,原因菌に対する幅広いスペクトルのカバーに加えて,互いの薬剤の抗菌力増強という副次効果を生む可能性が示された.具体的には,ブドウ球菌属・レンサ球菌属に対してはLVFX+CMXの併用が,グラム陰性桿菌に対してはLVFX+TOBの併用が最もFICindexが低く,また,併用されたどちらの薬剤についても,単独時よりも併用時においてMICが低くなることが明らかとなった.すなわち,臨床所見や病歴などからグラム陽性球菌かグラム陰性桿菌のいずれであるかを類推し,前者の場合にはLVFX+CMXを,後者の場合にはLVFX+TOBを投与するのが合目的的といえる.ブドウ球菌属においては,LVFX+CMXの組み合わせが最も優れていたが,LVFX+TOBの併用でも,相加作用を示す株が55%と比較的多くを占めた.TOB自体のMICはLVFXによって変化しなかったが,LVFXのMICはTOBの存在下で,単独時よりも低下し,また,LVFX単独では比較的MICの高い株が,TOBの併用によって低くなる傾向もみられたのは注目に値する.実際,TOBが外眼部の感染症に第一選択として使用される頻度はほとんどないため,ブドウ球菌属に対する感受性は逆に回復する傾向にある.この意味で,LVFX+TOBの組み合わせは,ブドウ球菌角膜炎の治療において,意外に有効なオプションとなる可能性もある.なお,今後は,増加しつつあるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)やメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS)に対する併用効果について検討する必要があるであろう.一方,株数が5株と少ないため十分な検討はできなかったが,レンサ球菌属に関してはLVFX+CMXおよびLVFX+CPの組み合わせに併用効果が認められた.特に,CMXとの併用によって,レンサ球菌属に比較的低感受性のLVFXの抗菌力が向上する点は,大きなメリットと考えられる.グラム陰性桿菌に関しては,LVFX+TOB,LVFX+CMXのFICindexが良好であった.興味深いことに,Pseudomonasaeruginosaの5株に対するLVFXのMICは,CMXあるいはTOBとの併用により単独時よりも低下していた.特に,CMXの存在下にLVFXのMICが1/4にまで低下している株が5株中3株もあり,併用により,むしろTOBよりもLVFXの抗菌力を増強させる傾向が認められた.もちろん,CMX自体のグラム陰性桿菌に対する抗菌力が強くないため,第一選択薬とはなりえないが,LVFXの抗菌力を増強させる点において,グラム陰性桿菌に対してもLVFX+CMXの併用が有用である可能性は十分にある.細菌性角膜炎に対する抗菌薬投与の指標としては,MIC以外にpostantibioticeect(PAE)などがよく知られている7).これらに加えて,FICindexは薬剤間の併用効果を評価しうる有益な指標であり,その結果は,複数の抗菌点眼薬を併用することの多い角膜炎の診療を考えるうえで重要である.FICindexの有用性は他科領域においても細菌性髄膜炎などの治療方針に有効であると報告されており,実際,難治性MRSA感染症に対して,FICindexが良好な薬剤を併用したところ,良好な治療効果が得られたとの報告もある8,9).ニューキノロン系の抗菌点眼薬は外眼部感染症の第一選択薬として長年汎用されており,徐々に感受性の低下も認められる.したがってinvitroでの結果ではあるが,今回の知見は,ニューキノロン系と他系統の抗菌点眼薬の併用がより優れた治療効果をもたらす期待をわれわれに抱かせるものである.今後とも,対象菌株を増加させるとともに,併用抗菌薬のバリエーションも拡大し,検討を重ねていく必要がある.謝辞:本検査についてご協力いただいた三菱化学メディエンス・化学療法研究室の松崎薫様,雑賀威様,佐藤弓枝様に御礼申し上げます.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081565(95)文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディーグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況─.日眼会誌110:961-972,20062)日本眼感染症学会:特集・感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:769-809,20073)渋谷泰寛,大野高司,伊東紘一:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌に対するvancomycinとcephem系薬の併用効果.日本化学療法学会雑誌51:621-625,20034)Performancestandardsforantimicrobialsusceptibilitytesting;Seventeenthinformationalsupplement(CLSIM100-S17,2007)5)Methodsfordilutionantimicrobialsusceptibilitytestsforbacteriathatgrowaerobically;Approvedstandard─seventhedition(CLSIM7-A7,2006)6)Clinicalmicrobiologyprocedureshandbook;secondedi-tion(ASM,2004)7)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibiticeectの比較.日眼会誌110:773-983,20068)相沢治朗,石和田稔彦,黒木春郎ほか:細菌性髄膜炎の初期治療における臨床細菌学的検討.日本化学療法学会雑誌51:115-119,20039)大塚喜人,島村由起男,吉部貴子ほか:TEICとCMZの併用が著効した心臓大血管術後のMRSA感染症の2例.TheJapaneseJournalofAntibiotics56:55-60,2003***