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涙囊鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性 涙囊炎が遷延したと思われる1例

2013年11月30日 土曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(11):1611.1614,2013c涙.鼻腔吻合術後,経鼻的持続陽圧呼吸療法により慢性涙.炎が遷延したと思われる1例藤田恭史*1三村真士*1今川幸宏*1布谷健太郎*1佐藤文平*1植木麻理*2池田恒彦*2*1大阪回生病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室ACaseofProlongedChronicDacryocystitisafterEndonasalDacryocystorhinostomybecauseofObstructiveSleepApneaSyndromewithUseofContinuousPositiveAirwayPressureYasushiFujita1),MasashiMimura1),YukihiroImagawa1),KentarouNunotani1),BunpeiSato1),MariUeki2)andTunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,OsakaMedicalCollege目的:涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)後,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)により慢性涙.炎が遷延したと考えられる,閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)を合併した慢性涙.炎の1例を報告する.症例:64歳,男性.10年前からのOSASに対してCPAPを使用,半年前からの左眼流涙,眼脂で大阪回生病院眼科初診.慢性涙.炎を認め,DCRを施行し涙道チューブを挿入した.経過良好であったが,CPAP再開とともに涙.炎が再発し,4カ月後涙道チューブを抜去した結果,1カ月で吻合部が閉塞した.再手術としてCPAPを中止し,涙道内視鏡下で涙道再建術を施行し,涙道チューブを挿入した.術後2カ月で涙道チューブを抜去した結果,CPAPを再開しても涙.炎の再発は認めない.結論:DCR術後,CPAPにより吻合部で鼻汁が逆流し,炎症が遷延化する可能性がある.CPAPを併用する場合は,鼻涙管開口部の形状,Hasner弁の逆流防止効果を期待した,涙道チューブ挿入術のほうが良いと思われる.Purpose:Wereportaprolongedcaseofchronicdacryocystitiscomplicatedwithobstructivesleepapneasyndrome(OSAS)withuseofcontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)afterendonasaldacryocystorhinostomy(DCR).Case:Thepatient,attheageof64,hadbeenusingCPAPfor10years.Hevisiteduswithcontinuousepiphoraandmucoidfluiddischargeof6months’duration.WediagnosedchronicdacryocystitisandperformedDCR.WithresumptionofCPAP,however,thechronicdacryocystitisrecurred.Althoughweremovedthesiliconestentafter4months,theanastomosisbecameobstructedwithin1month.Wereoperated,usingsiliconeintubationtoreconstructtheoriginalnasolacrimalduct.Sincesiliconestentremovalwithin2monthsaftersurgerytherehasbeennorecurrence,evenwithCPAPuse.Conclusion:WesuggestthatCPAPpressurecausedretro-flowofnasalmucusintothelacrimalsac,prolonginginflammationandresultinginreccurrenceofchronicdacryocystitis.WerecommendreconstructivesurgerywithsiliconeintubationincasesofCPAPuse,anticipatingefficacyofthevalveofHasnerandapertureofnasolacrimalduct.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1611.1614,2013〕Keywords:涙.鼻腔吻合術,経鼻的持続陽圧呼吸療法,睡眠時無呼吸症候群,Hasner弁,慢性副鼻腔炎.dacryocystorhinostomy,nasalcontinuouspositiveairwaypressure,obstructivesleepapneasyndrome,valveofHasner,chronicsinusitis.〔別刷請求先〕藤田恭史:〒532-0003大阪市淀川区宮原1-6-10大阪回生病院眼科Reprintrequests:YasushiFujita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,1-6-10Miyahara,Yodogawa-ku,Osaka532-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)1611 はじめに慢性涙.炎に対する治療は,大きく涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)と涙道チューブ挿入術に分けられる.特にDCRは慢性涙.炎に対して有効な治療であるが,DCR術後の吻合部は,涙.と鼻腔が直接交通してしまい,いきみ,Valsalva法などにより容易に空気の逆流が生じる1).一方,経鼻的持続陽圧呼吸療法(nasalcontinuouspositiveairwaypressure:CPAP)は,重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructivesleepapneasyndrome:OSAS)に対する治療であり,マスクを介して上気道への陽圧換気を行うことによって,就寝中の気道閉塞を防ぐことができる.Cannonらによると,DCR術後のCPAP装用者においては,CPAP圧設定が8.10mmHgで吻合部からの空気の逆流が生じると報告されている2).今回筆者らはCPAP使用中の慢性副鼻腔炎合併,慢性涙.炎患者に対して,DCR鼻内法を行い,術後CPAPを使用した結果,慢性涙.炎が遷延化,吻合部の閉塞をきたした症例を経験した.この症例に対して涙管チューブ挿入術による涙道再建術を施行した結果,良好な経過を得たので,若干の文献的考察を加えて報告する.I症例患者:64歳,男性,身長167cm,体重67.9kg,BMI(bodymassindex)24.35.主訴:半年前からの左眼流涙,眼脂.既往歴:OSAS,慢性副鼻腔炎.初診時所見:右眼は涙液メニスカスやや上昇,涙液層破壊時間4sec,涙道閉塞はなかった.左眼の涙液メニスカスの上昇を認め,涙液層破壊時間4sec,視力,眼圧,前眼部,中間透光体,眼底に異常はなかった.また両眼にfloppyeyelidを認めた.左涙道内視鏡検査の結果,上下涙小管は問題なかったが,多量の白色粘性膿を涙.内に認め,鼻涙管開口部は閉塞しており,慢性涙.炎と診断した.眼脂,鼻腔細菌培養検査からは,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)が検出された.またOSASで10年来CPAP(RESMED社,オートセットCR)を使用しており,初診時のCPAP圧のmaximumpressuresettingは8.0cmH2O,minimumpressuresettingは4.0cmH2Oであった.II経過MRSAを起因菌とする慢性涙.炎に対して,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄,MRSAに対しては,鼻腔内ムピロシンカルシウム水和物(バクトロバン軟膏R)を使用した.6週間後,全身麻酔下で鼻内法によるDCRを施行した.DCR鼻内法は,上涙点から挿入した涙道内視鏡(FiberTech社製)の光をメルクマールに,硬性鼻内視鏡(STORTZ社製)下に鑿,鎚を使用して涙.中部.下部に7mm程度の骨窓を作製し,涙.粘膜を切開,涙道チューブ2セットを留置した(図1).術中,鼻中隔弯曲による中鼻道狭窄を認めたが,手術は問題なく終了した.術後,患者の自覚症状は改善,通水良好となり慢性涙.炎は治癒した(図2左).しかし,DCR術後2週でCPAPを再開すると同時に,起床時の術眼の眼脂が増加し,自覚症状の悪化を認めた.涙道内視鏡検査の結果,涙道チューブは問題なく留置され,骨窓は大きく開いていたが,吻合部は充血,腫脹し,白色.透明粘性内容物が涙.内に貯留していた(図2中央).CPAPの影響による,吻合部を介した鼻汁の逆流が原因と考えたが,CPAPは中止することが不可能であったため,週1回の64倍希釈ポビドンヨードによる涙.洗浄で経過観察とした.その後,涙.洗浄で眼脂,涙.内の粘性物質は増減寛解を繰り返していたが,長期留置による合併症も危惧し,術後4カ月で涙道チューブを抜去した.吻合部には充血,腫脹,線維化を認めた.結果,抜去後1カ月で吻合部の再閉塞を認めた(図2右).涙道チューブ抜去後1カ月に再手術を計画した.前回の経験から,CPAPによる涙.炎の遷延化が再発の主原因であると判断し,今回は鼻涙管元来の逆流防止機構の作用を期待して,涙道内視鏡下で涙道再建術を選択した.鼻涙管上部で粘膜は高度線維化をきたしていたが,涙道内視鏡下にdirectendoscopicprobing(DEP)で閉塞を開放し,涙道チューブを1セット留置した.また睡眠科との協議の結果,涙道内へ*図1術中DCR吻合部中鼻甲介(*)の付け根あたりで涙.腔吻合(両矢印:約7mm)を行い,涙点から挿入した涙道内視鏡が鼻内に突き出している.鼻粘膜は全体的に充血腫脹し,慢性鼻炎をきたしている.1612あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(120) ************図2術後経過中の涙道内視鏡所見左から術後3日(CPAP再開前),術後2週(CPAP再開時),術後5カ月(涙道チューブ抜去後1カ月,吻合部再閉塞時).涙道チューブ(*)が挿入された吻合部(矢印)は,CPAP再開後は充血,腫脹した.の鼻汁の逆流を予防するためCPAPを中止し,上気道に圧力のかからない睡眠時無呼吸用口腔内装具(oralapplianceまたはマウスピース)に変更した.涙道チューブ挿入術後,流涙,眼脂は軽快し,涙.炎は改善した.涙道チューブは2カ月間留置後に抜去,術後1カ月半でCPAPを再開したが,術後12カ月の現在まで慢性涙.炎の再発を認めていない.III考察CPAPは,OSASの重症例に対する重要な治療法であり,機械的に上気道に持続陽圧をかけることにより,就寝中の気道閉塞を防ぐ働きがある.一方でCPAP装用による一般的な合併症には,口や鼻の乾燥,ドライアイ,細菌性角結膜炎,floppyeyelidsyndromeなどが報告されている2).今回の症例ではfloppyeyelidsyndromeを合併しており,floppyeyelidsyndromeは眼瞼組織が脆弱化することによって涙液排泄が十分に行えない導涙機能低下性流涙や,それに伴い自浄作用が低下し,起床時に増悪する眼脂,慢性結膜炎の原因となる可能性が指摘されている.他にも肥満,円錐角膜,機械的刺激,高血糖などに合併するとされている3).また過去の報告では,DCR術後にCPAP(圧設定8.10mmHg)を装用することにより吻合部からの空気の逆流が起こり,15mm以上の吻合部作製例では,いきみや鼻かみでも内眼角への空気の逆流を自覚するとしている2,4).今回の症例の特徴は,(1)慢性涙.炎の発症にCPAPの使用,慢性副鼻腔炎,floppyeyelidsyndromeによる涙液排泄障害が関与している可能性があること,(2)DCR術後に再開したCPAPに連動して慢性涙.炎の再発を認めたこと,(3)Hasner弁の効果を期待して行った涙道チューブ挿入術での再手術が有効であったことが挙げられる.まず,本症例の慢性涙.炎発症関連因子であるが,両眼瞼の所見,右眼の涙液メニスカスが若干高いことより両眼ともfloppyeyelidsyndromeによる導涙機能障害があったと考えられた.また(121)Paulsenらによると慢性涙.炎の起因菌は結膜.だけでなく鼻腔内からも供給されるとされ5),慢性副鼻腔炎による多量の鼻汁を伴った鼻粘膜の炎症が,涙道へ波及した可能性もある.さらにCPAPの使用による鼻汁の涙道への逆流および涙道開口部を含む鼻粘膜の乾燥性鼻粘膜障害なども本症例の慢性涙.炎発症に関わった可能性がある.つまり,慢性副鼻腔炎とCPAP使用による涙道への炎症波及と,floppyeyelidsyndromeによる自浄作用の低下が当患者の涙.炎の発症因子となりえた可能性が考えられた.続いてDCR後の慢性副鼻腔炎の再発であるが,DCRの術後となるとさらにCPAPの影響は顕著となる可能性が考えられる.吻合部を介して鼻汁の逆流が容易となることが予想され,さらに鼻内の乾燥は涙.粘膜にも直接影響することが考えられる.実際本症例において,DCR術後特に内眼角からの空気の逆流を自覚し,CPAP装用に連動して起床時の粘液の逆流が増減した.また,涙道内視鏡所見より吻合部の粘膜が長期間にわたって充血,腫脹していたことから,CPAPによる粘膜の乾燥と鼻汁の逆流による涙道粘膜の炎症が遷延していた可能性があり,吻合部の線維性閉塞につながったことが示唆された.さらに再手術においてはこの考察に基づき,できるだけ鼻汁,空気の逆流を避けるためにDEP+涙道チューブ挿入による涙道再建術を行った結果,良好な経過を得た.鼻涙管開口部上部に存在するHasner弁は,鼻腔内圧の上昇に応じて鼻腔側壁に密着し,薄い弁として作用する逆流防止機構があるとされている6).また,鼻涙管開口部自体の形状も涙道を鼻内の環境から守る仕組みがあるとされている.ヒトの鼻道には呼吸時に強い気流が生じ,この一部が下鼻道内を通過し,吸気時に開口部は下鼻甲介により外鼻孔からの強い気流から庇護される.田中らによると,日本人の鼻涙管開口部は裂孔状で,後下方ないし後内下方を向く型が多いとされ,これにより吸気時の気流を避けることが可能であり,涙道内感染を予防できる巧妙な形態構築があるとしている6).本症例あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131613 において,DCRでは鼻汁,空気の逆流の結果,慢性涙.炎が再発したが,涙道再建術を行うことで,できるだけ逆流を防止し,また今回は鼻涙管開口部を観察することはできなかったが,鼻涙管開口部の形状による逆流防止作用も働いていた可能性がある.現在のところ再発なく良好な結果を得ていることから,鼻涙管の逆流防止機構を生かすことができたのではないかと考えられた.以上より今後のさらなる検討が必要ではあるが,CPAPを装用し,慢性副鼻腔炎を合併した慢性涙.炎に対しては,鼻涙管本来の逆流防止作用を期待し,DCRよりも涙道再建術を選択することで良好な経過を得ることができる可能性があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)孫裕権,大西貴子,原吉幸ほか:涙.鼻腔吻合症例における眼脂培養および鼻腔内メチシリン耐性黄色ぶどう球菌(MRSA)簡易スクリーニングの検討,眼紀56:809812,20052)CannonPS,MadgeSN,SelvaD:Airregurgitationinpatientsoncontinuouspositiveairwaypressure(CPAP)therapyfollowingdacrocystorhinostomywithorwithoutLester-Jonestubeinsertion.BrJOphthalmol94:891893,20103)SowkaJW,GurwoodAS,KabatAG:ReviewofOptometry.Eyelid&adnexa,floppyeyelidsyndrome,p6,JobsonMedicalInformation,NewYork,20104)HerbertHM,RoseGE:Airrefluxafterexternaldacryocystorhinostomy.ArchOphthalmol125:1674-1676,20075)PaulsenFP,ThaleAB,MauneSetal:Newinsightsintothepathophysiologyofprimaryacquireddacryostenosis.Ophthalmology108:2329-2336,20016)田中謙剛:ヒト鼻涙管開口部の位置と形状に関する解剖学的研究.久留米医会誌71:38-52,2008***1614あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(122)

アレンドロネートを内服したステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者の骨密度変化

2013年11月30日 土曜日

《第46回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科30(11):1605.1609,2013cアレンドロネートを内服したステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者の骨密度変化八幡健児大黒伸行大阪厚生年金病院眼科ChangeinBoneDensityafterAlendronateAdministrationinUveitisPatientsReceivingSystemicSteroidKenjiYawataandNobuyukiOguroDepartmentofOphthalmology,OsakaKoseinenkinHospital目的:ステロイド薬全身投与を行ったぶどう膜炎患者へのアレンドロネートの骨密度への効果を検討する.対象および方法:対象はステロイド薬全身療法とアレンドロネート投与が同時期に開始されていたぶどう膜炎患者19例.治療期間中に腰椎・大腿骨頸部の骨密度を計測し変化率を調べ,さらに性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無と骨密度変化率の関連を後ろ向きに検討した.結果:約半年間の経過観察期間では骨密度はほぼ維持されていた.骨密度変化率への上記各検討項目の影響はみられなかった.結論:アレンドロネート投与により短期的にはステロイド薬投与ぶどう膜炎患者の骨密度は維持された.眼科領域においてもステロイド薬全身投与症例には骨粗鬆症の定期精査と治療が必要である.Purpose:Toestimatetheinfluenceofalendronateonbonedensitiesofuveitispatientsconcomitantlyreceivingsystemicsteroid.Subjectsandmethods:Reviewdwere19uveitispatientsconcurrentlyreceivingbothsystemicsteroidandalendronate.Duringthetreatmentperiod,lumbarandfemoralheadbonedensitiesweremeasuredandfollowedperiodically.Therelevanceofsex,meandoseofdailysteroid,andpresenceofpulsetherapytorateofchangewascheckedretrospectively.Results:During6monthsofobservation,patients’bonedensitieswerevirtuallymaintained.Rateofchangewasnotinfluencedundertheestimationitemsinthisstudy.Conclusions:Onashort-termbasis,alendronateadministrationmaintainedthebonedensitiesofpatientswithuveitiswhowerebeingtreatedwithsystemicsteroid.Ophthalmologistsmustbeawareoftheneedforroutinebonedensitychecksandpremedicationbeforeandduringsystemicsteroidadministration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1605.1609,2013〕Keywords:ステロイド性骨粗鬆症,ぶどう膜炎,アレンドロネート.glucocorticoid-inducedosteoporosis,uveitis,alendronate.はじめにステロイド薬はその強力な抗炎症抗免疫作用のためさまざまな疾患の治療に用いられ,眼疾患においても時にステロイド薬全身療法が選択される.特にぶどう膜炎疾患においてはしばしば長期にわたっての使用が必要な場合があり,骨粗鬆症と骨粗鬆症に起因する骨折は看過できない重大な副作用の一つである.報告によるとステロイド薬長期使用者の50%に骨粗鬆症が発症し1),約25%が骨折するとされる2).ステロイド性骨粗鬆症への対応の重要性から欧米では1996年にステロイド性骨粗鬆症管理ガイドラインが公表され,わが国でも1998年に骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関する指針3),ついで2004年にステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン4)が作成された.ガイドラインにおいてはステロイド性骨粗鬆症の治療開始基準と治療法が骨粗鬆症専門医以外にも理解しやすいようにフローチャート式で明快に記されている.〔別刷請求先〕八幡健児:〒553-0003大阪市福島区福島4-2-78大阪厚生年金病院眼科Reprintrequests:KenjiYawata,DepartmentofOphthalmology,OsakaKoseinenkinHospital,4-2-78Fukushima,Fukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)1605 ステロイド性骨粗鬆症への薬物療法はビスフォスフォネー1.5p=0.03ト剤が第一選択薬として推奨されているが,その効果に関する報告は膠原病など他科疾患では多数みられるが眼科疾患においては筆者らが調べた限りで1報5)のみである.本研究で1.3)は大阪厚生年金病院にてステロイド薬全身投与を行ったぶど骨密度(g/cm21.1う膜炎患者への第二世代ビスフォスフォネート剤アレンドロネートの骨密度への効果を検討した.0.9I対象および方法2010年7月1日から2012年1月30日に大阪厚生年金病0.7院眼科でステロイド薬全身投与とアレンドロネート35mg/週が同時期に開始されていた19例,男性10例,女性9例,年齢23.70歳(平均42歳)を対象とした.原因疾患の内訳は,汎ぶどう膜炎9例,原田病5例,急性前部ぶどう膜炎1例,サルコイドーシス1例,眼トキソプラズマ症1例,Behcet病類縁疾患1例,punctateinnerchoroidopathy1例であった.骨密度は腰椎・大腿骨頸部に躯幹骨二重エックス線吸収法(dualenergyX-rayabsorptiometry:DXA法)で計測し,初回計測はステロイド投与開始から平均22.8±15.9日後,0.5初回計測第2回計測図1アレンドロネート投与下の腰椎骨密度変化1.2NS1)の管理と治療ガイドラインに従い,アレンドロネート35mg/週を全身ステロイド投与と同時期に開始し継続した.補助療法としての活性型ビタミンD3,K2などの投与は行って0.4いない.初回計測第2回計測統計解析は初回から第2回の骨密度の変化率については図2アレンドロネート投与下の大腿骨頸部骨密度変化pairedt-test,骨密度変化率の群別比較ではunpairedt-testを用い検討した.本研究において患者データの使用については患者本人に文2.0第2回計測は初回から平均185.7±49.3日後に行われた.初回から第2回計測の骨密度変化率と,それに対する性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無との関連を後ろ向きに検討した.ステロイド薬1日平均投与量については10mgで2群に分け比較した.アレンドロネート投与の適応基準はステロイド性骨粗鬆症骨密度(g/cm20.80.6書での同意を得ている.II結果初回から第2回骨密度計測の期間に使用されていた1日平骨密度変化率(%)1.0均ステロイド薬投与量は6.8.55.9mg/日(平均14.78mg/日),ステロイド薬投与総量は980.3,647.5mg(平均2,475.6mg)であった(いずれもプレドニゾロン換算).そのうち,ステロイドパルス施行例が4例含まれている.また,アレンドロネートの投与はステロイド薬全身療法開始日から2±3.5日後に開始されていた.0.0腰椎+1.2+0.2(Mean±SE)大腿骨ステロイド薬投与患者におけるアレンドロネート投与下の図3アレンドロネート投与6カ月後の腰椎および骨密度の初回計測と第2回計測の平均値はそれぞれ腰椎で大腿骨頸部骨密度変化率1606あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(114) 表1アレンドロネート投与6カ月後の骨密度変化率への各項目の影響腰椎変化率大腿骨変化率nMean±SE(%)p値Mean±SE(%)p値性別女性男性9101.48±0.811.04±0.980.740.71±1.75.0.33±1.510.66ステロイド1日平均投与量10mg未満10mg以上514.0.04±0.95.2.15±0.740.231.70±0.760.99±1.450.23ステロイドパルスパルス無パルス有1540.96±0.732.33±1.190.39.0.29±1.221.87±2.940.45いずれの項目においても有意差はみられなかった.0.99±0.03g/cm2,1.01±0.03g/cm2(p=0.03),大腿骨頸部で0.73±0.03g/cm2,0.73±0.03g/cm2(p=0.46)と腰椎において有意な増加,大腿骨では有意差がみられなかった(図1,2).これを変化率で表すと腰椎がプラス1.2±2.7%,大腿骨がプラス0.2±4.9%と約半年間の経過観察期間では骨密度はほぼ維持されていた(図3).アレンドロネート投与下の骨密度変化率と性別,ステロイド薬1日平均投与量(<10mg≦),ステロイドパルス治療の有無の関連について検討したが,それぞれ有意な差はみられなかった(表1).また,ステロイド薬1日平均投与量については15mg,20mgで2群に割り付けた場合も調べたが,いずれの場合においても有意差はみられなかった(非表示データ).III考按ステロイド性骨粗鬆症へのビスフォスフォネートの骨折抑制効果は無作為対象比較試験でのエビデンスによると椎体骨折を40.90%抑制するとされている6.8).また,骨密度変化では12カ月後の腰椎骨密度変化率はSaagら7)がプラセボ+0.2%,治療群+2.5%,Adachiら8)がプラセボ.0.77%,治療群+2.8.+3.7%と,ビスフォスフォネートによるステロイド性骨粗鬆症への骨量減少阻止効果が確認されている.眼科領域でのステロイド性骨粗鬆症へのビスフォスフォネートの効果の報告は池田らの報告5)があり,全身ステロイド薬投与の25例(ぶどう膜炎24名,視神経炎1名)をアレンドロネート投与群,活性型ビタミンD3製剤アルファカルシドール投与群の2群に無作為割り付けし,アレンドロネート群は9カ月後の骨密度はほぼ維持,アルファカルシドール群では骨密度減少がみられている.今回の研究においてもステロイド薬全身投与ぶどう膜炎患者におけるアレンドロネート使用6カ月後の骨密度量は腰椎+1.2%,大腿骨+0.2%と薬剤投与前後でほぼ同等量に維持され,既報と同様の結果が得られた.本研究は後ろ向き研究であるためステロイド薬使用の自(115)然経過との骨密度変化の差は不明だが,少なくとも骨密度減少はみられなかった.ステロイド性骨粗鬆症における新規脊椎圧迫骨折に及ぼす有意な因子は年齢の増加,既骨折の存在,骨塩量の低値,男性であるとされる9).また,ステロイド薬の1日の投与量は骨折リスクと相関する10).このような骨折リスクの高いケースでは予防治療の必要性がより高まると考えられる.本研究においてアレンドロネート投与下の骨密度変化率と性別・ステロイド薬1日平均投与量・ステロイドパルス治療の有無の各項との関連についてはいずれにおいても差はみられず,高骨折リスク症例に対しても骨密度に関してはアレンドロネートによる減少抑制効果がみられた可能性がある.骨粗鬆症は骨強度の低下を特徴とし骨折のリスクが増大した病態である.また,骨強度は骨密度に加えて骨質により決定される.概念的に骨強度は骨密度70%,骨質30%で構成されると定義され,骨密度は骨粗鬆症における骨折リスクの主要な因子である.ステロイド薬は骨形成の低下と骨吸収の亢進によって骨密度と骨質を低下させ,結果としてステロイド性骨粗鬆症が生じる.ただし,骨密度は骨塩量として測定可能だが,骨質は骨の微細構造,代謝回転,石灰化度,マトリックスの質などの総和と考えられており,これを臨床の場で評価するのはむずかしい.今回のステロイド薬投与ぶどう膜炎患者へのアレンドロネートの効果の検討は,ステロイド性骨粗鬆症の骨強度における骨密度のみを評価したものと位置づけられる.わが国のステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン4)では骨折リスクへの影響の大きい順に治療開始の基準が規定されている.経口ステロイド薬を3カ月以上使用する患者が対象とされ,①すでに脆弱性骨折があるまたは治療中に骨折がある,②骨密度が低下している,③5mg/日以上のステロイド薬投与がある,のいずれかに該当する場合一般的指導と薬物治療が推奨されている.一般的指導とは,生活指導,栄養指導,運動療法を指し,経過観察は骨密度測定と胸あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131607 腰椎X線撮影を定期的(6カ月.1年ごと)に行うとされる.薬物治療はビスフォスフォネートが第一選択薬,活性型ビタミンD3,K2が第2選択薬にあげられている(上記ガイドライン4)は医療情報サービスMindshttp://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0046/G0000129/0046で確認できる).ただし,ステロイド性骨粗鬆症は骨折リスクが高く,治療が行われ骨密度が維持されていても将来の骨折発生を完全に予防できるわけではないことに注意が必要である.また,ステロイド薬の骨への影響は投与開始後3カ月以内に始まり6カ月でピークとなる1)ため,ビスフォスフォネートの治療開始時期はステロイド薬開始後早期が望ましい.ビスフォスフォネート剤の副作用として顎骨壊死が近年注目されている.その発症頻度は低いながらも重篤で,現在のところ病態が十分解明されておらず予防法についても十分な知見が集積されていない.ビスフォスフォネート製剤に関連した顎骨壊死に関するポジションペーパー11)によれば,データベースに基づく推計で経口ビスフォスフォネート服用者における発生頻度は0.85/10万人/年である.一方,ステロイド薬長期投与患者の約25%が骨折2)の不利益を被り,リスクベネフィットの観点からはベネフィットが勝り現時点では骨折リスクの高い症例では積極的なビスフォスフォネート剤の使用が推奨されるという整形外科領域からの意見12)もある.現時点では高齢者が骨折した場合に臥床からの回復が困難であることも考え合わせると副作用の説明を十分にしたうえでビスフォスフォネート剤を投与するほうが望ましいと思われる.前述のようにステロイド性骨粗鬆症はステロイド薬使用における頻度の高い副作用であるが,残念ながら他の副作用に比べると注意が払われていないケースが散見される.紅林らが2003年に大学病院の全診療科に行ったステロイド薬合併症のアンケート調査13)では糖尿病のスクリーニング検査は92.5%が行われていたものの,骨粗鬆症の検査は47.8%のみの施行であった.こういった情勢に対し2004年に策定されたステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドラインはステロイド性骨粗鬆症の予防と治療の啓蒙に重要な役割を果たしており,その例として皮膚科領域でのステロイド薬投与患者に対しての骨粗鬆症治療のアンケート調査がある.2001年の皮膚科医218名へのアンケート14)では,ステロイド性骨粗鬆症の定期精査が14.2%に行われていたが,2005年のガイドライン公表を経て,第2報として2007年の皮膚科医211名へのアンケート15)では定期精査が21.8%と大幅な上昇がみられた.これに類した眼科領域での調査はなされておらず現況は不明だが,一部を除き多くの眼科医のステロイド性骨粗鬆症への意識はおそらく低いと思われる.眼科領域においてもステロイド薬投与患者にはガイドラインに準じた骨密度の定期的な測定と骨粗鬆症予防治療が推奨される.1608あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013おわりに半年間の経過観察期間ではアレンドロネート投与によりステロイド薬投与ぶどう膜炎患者の骨密度は維持されていた.ただし,本研究では対照群をおいていないためにその臨床的有効性についてはさらなる検討が必要である.眼科領域においてもステロイド薬全身投与症例にはステロイド性骨粗鬆症ガイドラインに準じた定期精査と治療が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LaneNE,LukertB:Thescienceandtherapyofglucocorticoid-inducedboneloss.EndocrinolMetabClinNorthAm27:465-483,19982)ACRtaskforceonosteoporosisguidelines:Recommendationsforthepreventionandtreatmentofglucocorticoidinducedosteoporosis.ArthritisRheum39:1791-1801,19963)折茂肇,山本逸雄,太田博明ほか:骨粗鬆症の治療(薬物療法)に関するガイドライン.OsteoporosisJpn6:205253,19984)TheSubcommitteetoStudyDiagnosticCriteriaforGlucocorticoid-InducedOsteoporosis:Guidelinesonthemanagementandtreatmentofglucocorticoid-inducedosteoporosisoftheJapaneseSocietyforBoneandMineralRe-search(2004).JBoneMinerMetab23:105-109,20055)池田光正,福田寛二,浜西千秋ほか:ステロイド性骨粗鬆症への取り組み.OsteoporosisJpn14:558-561,20066)SatoS,OhosoneY,SuwaAetal:EffectofintermittentcyclicaletidronatetherapyoncorticosteroidinducedosteoporosisinJapanesepatientswithconnectivetissuedisease:3yearfollowup.JRheumatol30:2673-2679,20037)SaagKG,EmkeyR,SchnitzerTJetal:Alendronateforthepreventionandtreatmentofglucocorticoid-inducedosteoporosis.NEnglJMed339:292-299,19988)AdachiJD,SaagKG,DelmasPDetal:Two-yeareffectsofalendronateonbonemineraldensityandvertebralfractureinpatientsreceivingglucocorticoids.ArthritisRheum44:202-211,20019)田中郁子,大島久二:ステロイド性骨粗鬆症の診断と治療に関する縦断研究.OsteoporosisJpn11:11-14,200310)VanStaaTP,LeufkensHG,CooperC:Theepidemiologyofcorticosteroid-inducedosteoporosis:ameta-analysis.OsteoporosInt13:777-787,200211)YonedaT,HaginoH,SugimotoTetal:Bisphosphonaterelatedosteonecrosisofthejaw:positionpaperfromtheAlliedTaskForceCommitteeofJapaneseSocietyforBoneandMineralResearch,JapanOsteoporosisSociety,JapaneseSocietyofPeriodontology,JapaneseSocietyforOralandMaxillofacialRadiology,andJapaneseSocietyofOralandMaxillofacialSurgeons.JBoneMinerMetab28:(116) 365-383,201014)古川福実,池田高治,瀧川雅浩ほか:皮膚科領域における12)宗圓聰:ビスフォスフォネート製剤の功罪.骨粗鬆症治ステロイド使用とステロイド骨粗鬆症に対する予防的治療療10:186-191,2011の実態.西日本皮膚64:742-746,200213)紅林昌吾,合屋佳世子,北村哲宏ほか:ステロイド療法の15)古川福実,池田高治,佐藤伸一ほか:皮膚科領域における合併症に関する医師の意識と管理状況.OsteoporosisJpnステロイド使用に伴うステロイド骨粗鬆症に対する予防的12:377-383,2004治療の実態(第二報).西日本皮膚71:209-215,2009***(117)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131609