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涙道閉塞と習慣的プール利用の関係

2012年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科29(3):411.414,2012c涙道閉塞と習慣的プール利用の関係近藤衣里*1,2渡辺彰英*2上田幸典*2,3木村直子*2脇舛耕一*2,4荒木美治*2,5木下茂*2*1藤枝市立総合病院眼科*2京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学*3聖隷浜松病院眼形成眼窩外科*4バプテスト眼科クリニック*5愛生会山科病院眼科RelationbetweenAcquiredDacryostenosisandFrequentPoolUseEriKondoh1,2),AkihideWatanabe2),KosukeUeda2,3),NaokoKimura2),KouichiWakimasu2,4),BijiAraki2,5)andShigeruKinoshita2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofOculoplasticandOrbitalSurgery,SeireiHamamatsuGeneralHospital,4)BaptistEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmology,AiseikaiYamashinaHospital日常診療上,涙道閉塞症例のなかに習慣的にプールへ通っている症例や,水泳のインストラクターをしている症例をしばしば経験する.そこで習慣的プール利用と涙道閉塞症の間に因果関係があるか否か,アンケート調査を行い検討した.2003年4月から2009年2月までの間に京都府立医科大学附属病院眼科外来を受診し,涙道閉塞症に対して手術(涙.鼻腔吻合術またはシリコーンチューブ挿入術)を施行した329例にアンケート調査を行い,回答のあった225例(68.4%,以下,涙道閉塞群)について習慣的プール利用との相関を検討した.対照群として男女比・年齢構成に統計的差異を認めず,涙道閉塞・流涙症状のない症例625例についてもアンケート調査を行った.涙道閉塞群では225例中35例(15.6%),対照群では625例中20例(3.2%)が習慣的にプールを利用しており,両群間に統計学的有意差を認めた.習慣的プール利用は涙道閉塞発症のリスクファクターの一つである可能性が示唆された.Indailyclinicalpractice,weoftenencounterpatientswithacquireddacryostenosiswhofrequentlyuseswimmingpools.Weevaluatedtherelationbetweendacryostenosisandfrequentpoolusebymeansofaquestionnairesurveyofdacryostenosispatientswhohadundergonedacryocystorhinostomyorsilastictubeinsertion.Asacontrol,weinvestigated625patientswithoutdacryostenosisastotheirfrequencyofpooluse.Ofthe225dacryistenosispatients,35(15.6%)usedapoolfrequently.Ofthe625patientswithoutdacryostenosis,20(3.2%)usedapoolfrequently.Thisresultsuggeststhepossibilitythatfrequentpooluseisariskfactorforacquireddacryostenosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(3):411.414,2012〕Keywords:涙道閉塞,プール,習慣的,中高年,塩素,結合塩素.dacryostenosis,pool,frequently,middle-elderlyaged,chlorine,chloramines.はじめに日常診療上,後天性涙道閉塞症例のなかに習慣的にプールへ通っている症例や水泳のインストラクターをしている症例をしばしば経験する.涙道閉塞の原因としては,感染,炎症,薬剤,外傷などがあげられるが,明らかなきっかけがなく発症する特発性の涙道閉塞が最も多いとされる.今回筆者らは,習慣的プール利用が涙道閉塞のリスクファクターであるのかどうかを検討するために,涙道閉塞に対して治療を行った症例を対象にアンケート調査を行い,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法2003年4月から2009年2月までの間に京都府立医科大学附属病院(以下,当院)眼科を受診し,涙道閉塞症に対して手術(涙.鼻腔吻合術,涙管チューブ挿入術,ブジーによる閉塞部開放術のいずれか)を施行した329例(以下,涙道閉塞アンケート群)にアンケート調査を行い,回答のあった225例(68.4%,以下,涙道閉塞群)について習慣的プール〔別刷請求先〕近藤衣里:〒426-8677藤枝市駿河台四丁目1番11号藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:EriKondoh,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11,Surugadai,Fujieda-city,Shizuoka426-8677,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(123)411 利用と涙道閉塞の関係について検討した.アンケート調査内容は①涙道閉塞症状の発現時期,②治療による症状の変化,③症状発現のきっかけの有無,④習慣的プール利用の有無,その頻度,症状発現時のプール利用年数の4項目である.症状発現時に月1回以上の頻度で最低6カ月以上習慣的にプールを利用しており,かつプール利用開始前には自覚症状および涙道閉塞に対する治療歴がない症例を習慣的プール利用者と判定した.習慣的プール利用者の割合が回答症例に多くなるという偏りを避けるため,アンケート調査では上記の①,②を主たる質問とし,プール利用に関しては4番目の質問とした.習慣的プール利用がある場合にのみ頻度や症状発現時期のプール利用についての詳細を回答してもらう形式とした.対照群として2008年9月に当院眼科を受診した涙道閉塞・流涙症状のない症例689例に対してアンケート調査を行った.症例は一般外来を受診した一定期間の10歳代から80歳代のすべての症例について,外来で習慣的プール利用の有無についてのアンケート調査を行った.そのうち性別・年齢を調整した625例を最終的な対照群とした.涙道閉塞群では症状発現時に月1回以上の頻度で最低6カ月以上プールを利用している場合に習慣的プール利用者と判定したが,対照群では調査時点で月1回以上の頻度で習慣的にプールを利用していた症例を習慣的プール利用者と判定した.調査時点で医学的にプールなどを禁止されている例は除外した.眼疾患に罹患した時点でプール利用を自主的に中止した例はプール利用者と判定した.II結果調査対象症例の男女比は,涙道閉塞アンケート群329例中男性76例(23.1%),女性253例(76.9%),涙道閉塞群225例中男性44例(19.6%),女性181例(80.4%),対照群625例中男性159例(25.4%),女性466例(74.6%)であり,比較群間の性差に統計学的有意差はなかった(図1).年齢構成比は図2のとおり,ほぼ同じような構成であり,平均年齢は涙道閉塞アンケート群64.5歳(17.88歳),涙道閉塞群65.4歳(18.87歳),対照群63.3歳(12.89歳)であった.年齢構成比についても比較群間に統計学的有意差は認めなかった.対照群の疾患構成は緑内障,白内障,ドライアイ,円錐角膜,糖尿病網膜症,黄斑前膜,結膜炎,ぶどう膜炎,翼状片,加齢黄斑変性,黄斑円孔,網膜静脈閉塞症,眼瞼下垂,眼窩骨折など偏りはなく,多種多様な疾患構成となっていた(図3).涙道閉塞群では225例中44例がプール利用ありと回答していたが,そのなかでプール利用前から症状があったと回答したものが4例あり,症状発現時に月に1回以上習慣的にプ412あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012涙道閉塞アンケート群涙道閉塞群76253男性44181男性23.1%19.6%329例225例対照群男性25.4%159466625例図1男女比涙道閉塞アンケート群涙道閉塞群3%2%1%1%3%4%15%34%30%10%2%4%16%33%32%10%2%4%4%対照群■:10歳代5%16%29%31%9%図2年齢比■:20歳代■:30歳代■:40歳代■:50歳代:60歳代■:70歳代■:80歳代ールを利用していたと回答したものは35例(15.6%)であった.年代別にみると40歳代は10例中4例で40.0%,50歳代は37例中7例で18.9%,60歳代は74例中14例で18.9%と高い割合になっていた.一方,対照群では625例中習慣的プール利用者は20人で利用率は3.2%であった.涙道閉塞群のプール利用率15.6%と対照群のプール利用率3.2%の間にきわめて有意な差を認めた(p<0.0001,c2検定)(図4).涙道閉塞群の習慣的プール利用者におけるプール利用の頻度はさまざまであったが,35例中33例が週に1回以上と回答していた(図5).症状発現時までの平均プール利用年数は6.11カ月1例,1.2年5例,3.5年9例,6.10年6例,11.20年3例,21年以上1例,未記入10例であった.涙道閉塞群のプール利用の有無による平均年齢を比較すると,習慣的にプールに行く症例の平均年齢60.1歳とプールに行かない症例の平均年齢66.4歳の間に有意な差を認めた(p<0.01,t検定)(図6).しかし,対照群のプールに行く症(124) 例数14010203040506070809010012ドライアイ緑内障10白内障円錐角膜例数8糖尿病網膜症黄斑上膜6結膜弛緩症角膜移植後4角膜炎結膜炎2強膜炎ぶどう膜炎0角膜潰瘍・びらん週1回週2回週3回週4回週5回週6回毎日月2回加齢黄斑変性頻度翼状片黄斑円孔網膜.離図5涙道閉塞群におけるプールの利用頻度網膜静脈閉塞症(中心・分枝)利用頻度はさまざまであった.眼瞼下垂眼類天疱瘡眼窩骨折p<0.01(t検定)コンタクトレンズ障害内反症その他7066.4歳60.1歳686664図3対照群疾患構成多種多様な疾患構成となっていた.p<0.0001(c2検定)年齢(歳)6260585654205215.6%50ありなし15プール利用10図6涙道閉塞群におけるプール利用の有無による平均年齢の比較3.2%利用率(%)50涙道閉塞群対照群図4涙道閉塞群と対照群のプール利用率比較きわめて有意な差を認めた.例の平均年齢61.8歳とプールに行かない症例の平均年齢60.8歳との間には有意差は認めなかった(p=0.66,t検定).III考按後天性の涙道閉塞の原因としては,涙小管炎や結膜炎などの感染,炎症,腫瘍などによる物理的閉塞,涙小管断裂などの外傷,点眼薬や化学療法薬などの薬剤,放射線などがあげられるが,最も多いのは特にきっかけがなく発症する特発性涙道閉塞とされる.性別や年代別には若年者では流行性角結膜炎やヘルペス結膜炎後に多く,涙点閉塞や涙小管閉塞が多いとされている.高齢者では女性に多く,顔面骨の性差やエストロゲンレベルの低下による粘膜の変化が関与し,鼻涙管閉塞が多いとされている.筆者らは中年の症例でプールへ習慣的に通うという症例が比較的多いという日常診療上の印象と,水泳のインストラクターをしている症例を続けて経験したことから,涙道閉塞症(125)に対して手術治療を行った症例について習慣的プール利用の有無に関するアンケート調査を行った.今回の調査結果より,涙道閉塞群の15.6%にプール利用の習慣があったことから,習慣的プール利用は涙道閉塞発症のリスクファクターの一つである可能性があると考えられた.涙道閉塞群の40歳代から60歳代で習慣的プール利用率が高く(20.7%),習慣的プール利用は中年前後での涙道閉塞発症のリスクファクターとなる可能性が示唆された.涙道閉塞症を組織学的に検討した報告によると,涙道閉塞は下行性には涙点から,上行性には鼻腔内からの粘膜の炎症とそれに伴う浮腫からなると報告されている1).閉塞の程度によって軽度ならば慢性活動性炎症,中等度は慢性線維化組織の増殖性硬化性変化,重度は上皮下完全線維化がみられるとされている1.3).解剖学的な涙道の径にも関係があり,狭いほうが閉塞しやすいといわれている4).他の涙道閉塞症のリスクファクターとして,過去の文献ではチモロールの長期点眼5)や,エピネフリン長期点眼によるメラニンの蓄積6)があげられているが,これらの点眼薬による涙道閉塞と炎症との関連性はいまだ十分には解明されていない.プール利用における閉塞の原因の一つとして水中の塩素のあたらしい眼科Vol.29,No.3,2012413 影響している可能性が考えられる.塩素は角膜上皮バリアに障害を及ぼし,ゴーグルなしで水泳をすると角膜上皮構造に障害を与える可能性があると報告されており,プール利用時にはゴーグル着用が望ましいとの報告もある7,8).プールや水道水に溶けている塩素には遊離塩素と結合塩素があり,塩素くささやプール室内の機器のさびの原因はおもにこの結合塩素とされている9).さらに眼や鼻咽頭の刺激感の原因物質でもあり,アトピー性皮膚炎や呼吸器疾患,喘息の悪化に関与することが示唆されている8,10.12).結合塩素は遊離塩素が汗や体の汚れや尿,化粧品や整髪剤,水着に付着している洗剤などが水中に溶けて生じたアンモニア化合物と反応して生じる13)ため,たとえ水中に細菌やウイルスがいなくても水の汚れで塩素は消毒効果が落ち,刺激が強くなっていく.プールの衛生基準に定められている水質基準としては,残留遊離塩素濃度は0.4mg/l以上,1.0mg/l以下であることとされているが,結合塩素に変われば当然遊離塩素の濃度は低下する14)ため,水道とプールは遊離塩素の濃度はほぼ同じでも有害な結合塩素の濃度はかなり異なっているということになる.以上のことから,結合塩素による涙道粘膜の変化が習慣的プール利用に涙道閉塞が関与する原因として考えられる.今回筆者らは涙道閉塞と習慣的プール利用について検討を行った結果,習慣的プール利用は特に中年以降の涙道閉塞発症のリスクファクターである可能性を示すことができた.今後,涙道の閉塞部位による検討,ゴーグル使用の有無による検討,プールの利用頻度による検討などを加えることによってさらに具体的なリスクファクターとしての関与を解明できる可能性がある.さらに,塩素が眼表面に与える影響は過去に報告されている7,8)が,涙道粘膜上皮への影響の検討はなされておらず,これを行うことによりプール利用と涙道閉塞の関係を解明できる可能性がある.また,習慣的プール利用によって中年以降に涙道閉塞が発症しやすいことは,塩素が加齢による涙道の形態・組織学的変化とも関連していると考えられる.今後さらに涙道閉塞と習慣的プール利用(結合塩素曝露)の関係を検討し,プールの水質基準を含めて,プール利用者における涙道閉塞の予防方法について検討する必要があると考えられた.文献1)PaulsenFP,ThaleAB,MauneSetal:Newinsightsintothepathophysiologyofprimaryacquireddacryostenosis.Ophthalmology108:2329-2336,20012)LinbergJV,McCormickSA:Primaryacquirednasolacrimalductobstruction.Ophthalmology93:1055-1062,19863)MaurielloJAJr,PalydowyczS,DeLucaJ:Clinicopathologicstudyoflacrimalsacandnasalmucosain44patientswithcompleteacquirednasolacrimalductobstruction.OphthalPlastReconstrSurg8:13-21,19924)JanssenAG,MansourK,BosJJetal:Diameterofthebodylacrimalcanal:normalvaluesandvaluesrelatedtonasolacrimalobstruction:assessmentwithCT.AJNRAmNeuroradiol22:845-850,20015)SeiderN,MillerB,BeiranI:Topicalglaucomatherapyasariskfactorfornasolacrimalductobstruction.AmJOphthalmol145:120-123,20086)SpaethGL:Nasolacrimalductobstructioncausedbytopicalepinephrine.ArchOphthalmol77:355-357,19677)IshiokaM,KatoN,KobayashiAetal:Deleteriouseffectsofswimmingpoolchlorineonthecornealepithelium.Cornea27:40-43,20088)北野周作,吉村能至:プールと眼.日本の眼科56:539546,19859)五十嵐敦之:夏のアトピー性皮膚炎のスキンケア.チャイルドヘルス10:319-321,200710)JacobsJH,SpaanS,vanRooyGBetal:Exposuretotrichloramineandrespiratorysymotomsinindoorswimmingpoolworkers.EurRespirJ29:690-698,200711)MassinN,BohadariaAB,WildPetal:Respiratorysymptomsandbronchialresponsivenessinlifeguardsexposedtonitrogentrichlorideinindoorswimmingpools.OccupEnvironMed55:258-263,199812)ThickettKM,McCoachJS,GerberJMetal:Occupationalasthmacausedbychloraminesinindoorswimming-poolair.EurRespirJ19:827-832,200213)RichardsonSD,DeMariniDM,KogevinasMetal:What’sinthepool?Acomprehensiveidentificationofdisinfectionby-productsandassessmentofmutagenicityofchlorinatedandbrominatedswimmingpoolwater.EnvironHealthPerspect118:1523-1530,201014)野々村誠:水中の残留塩素の分析.生物試料分析30:97-104,2007***414あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(126)