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結膜囊と鼻前庭の常在細菌の比較

2011年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科28(11):1613.1617,2011c《原著》あたらしい眼科28(11):1613.1617,2011c星最智*1大塚斎史*2山本恭三*2橋田正継*2卜部公章*2*1藤枝市立総合病院眼科*2旦龍会町田病院ComparisonofConjunctivalandNasalBacterialFloraSaichiHoshi1),YoshifumiOhtsuka2),TakamiYamamoto2),MasatsuguHashida2)andKimiakiUrabe2)1)DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,2)MachidaHospital白内障術前患者295例を対象に,結膜.と鼻前庭の培養検査を施行した.コリネバクテリウム属,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS),黄色ブドウ球菌について結膜.と鼻前庭の保菌率を比較した.結膜.と鼻前庭検出菌の構成割合は類似していたが,鼻前庭から腸球菌は検出されなかった.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌の保菌率は結膜.が0.7%,鼻前庭が1.0%であり有意差を認めなかった.MR-CNSは結膜.よりも鼻前庭の保菌率が有意に高く(p=0.013),鼻前庭保菌者では結膜.保菌率が有意に高かった(p=0.026).メチシリン感受性黄色ブドウ球菌は結膜.よりも鼻前庭の保菌率が有意に高く(p<0.001),鼻前庭保菌者では結膜.保菌率が高くなる傾向を認めた(p=0.068).コリネバクテリウム属では,鼻前庭に比べ結膜.由来株のレボフロキサシン耐性化率が有意に高かった(p<0.001).Conjunctivalandnasalswabsweretakenfrom295preoperativecataractpatientsandculturedforbacteria.ConjunctivalandnasalcarriagerateswerecomparedforCorynebacteriumspecies,methicillin-resistantcoagulasenegativestaphylococci(MR-CNS)andStaphylococcusaureus.Althoughbacterialproportionsintheconjunctivaandnasalvestibuleweresimilar,Enterococcusfaecaliswasnotdetectedvianasalswab.Themethicillin-resistantStaphylococcusaureuscarriageratewas0.7%intheconjunctivaand1.0%inthenasalvestibule.TheMR-CNSnasalcarriageratewassignificantlyhigherthanthatofconjunctiva(p=0.013),theconjunctivalcarriagerateamongnasalcarriersbeingsignificantlyhigherthanamongnon-carriers(p=0.026).Themethicillin-susceptibleStaphylococcusaureusnasalcarriageratewassignificantlyhigherthanthatofconjunctiva(p<0.001),nasalcarrierstendingtohaveahigherconjunctivalcarriagerate(p=0.068).Thelevofloxacin-resistantrateforCorynebacteriumspecieswassignificantlyhigherinconjunctivalstrainsthaninnasalstrains(p<0.001).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(11):1613.1617,2011〕Keywords:黄色ブドウ球菌,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,コリネバクテリウム属,結膜.常在細菌叢,鼻前庭常在細菌叢.Staphylococcusaureus,coagulase-negativestaphylococci,Corynebacteriumspecies,conjunctivalbacterialflora,nasalbacterialflora.はじめに健常結膜.からはコリネバクテリウム属,ブドウ球菌属,レンサ球菌属やEnterococcusfaecalis(腸球菌)が検出されることが多い.結膜.常在細菌に関する過去5年間の他施設からの報告1.5)をみても,各菌種の検出率に大きな違いは認められないことから,これらの菌種がおもに結膜.常在細菌叢を構成していると考えられる.さらに,結膜.常在細菌には菌種ごとに保菌リスクが存在する.白内障術前患者を対象に筆者らが行った調査では,たとえばメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulasenegativestaphylococci:MR-CNS)では眼科通院,他科での手術歴やステロイド内服が保菌率を増加させる因子となり,コリネバクテリウム属では加齢と男性が保菌率を増加させる一方,緑内障点眼薬の使用は保菌率を減少させることなどが明らかとなっている6).しかしながらこの調査では,眼科感染症の起炎菌として重要な黄色ブドウ球菌の保菌リスクを見いだすことができなかった.黄色ブドウ球菌は鼻前庭に好んで生息する細菌である7).鼻前庭は外眼部と解剖学的に〔別刷請求先〕星最智:〒426-8677藤枝市駿河台4-1-11藤枝市立総合病院眼科Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FujiedaMunicipalGeneralHospital,4-1-11Surugadai,Fujieda-shi,Shizuoka426-8677,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(101)1613 も隣接していることから,黄色ブドウ球菌の鼻前庭保菌が結膜.の保菌に影響を与えている可能性が考えられる.さらに近年,結膜.常在細菌におけるフルオロキノロン耐性化が問題となっている.そのなかでも筆者らはMR-CNSとコリネバクテリウム属のフルオロキノロン耐性化率が特に高いことを報告したも隣接していることから,黄色ブドウ球菌の鼻前庭保菌が結膜.の保菌に影響を与えている可能性が考えられる.さらに近年,結膜.常在細菌におけるフルオロキノロン耐性化が問題となっている.そのなかでも筆者らはMR-CNSとコリネバクテリウム属のフルオロキノロン耐性化率が特に高いことを報告した.しかしながら,これら菌種のフルオロキノロン耐性化が外眼部に固有な現象であるかどうかの検討が十分になされていないため,眼科としての抗菌薬適正使用の判断材料が不足しているのが現状である.今回筆者らは,鼻前庭と結膜.の常在細菌叢の共通点や相違点を明らかにすることで,眼感染症の感染経路と眼科領域のフルオロキノロン耐性化問題を考察するうえで有用な知見を得たので報告する.I対象および方法2009年5月から8月までの4カ月間に,高知県の眼科専門病院である町田病院で白内障手術予定の外来患者295例295眼(男性116例,女性179例,平均年齢75.2±8.87歳)を対象とした.外眼部感染症を有する患者,抗菌薬の局所または全身投与を行っている患者は除外した.検体採取は文書による患者の同意を得たうえで行った.検体採取方法は,滅菌生理食塩水で湿らせたスワブで下眼瞼結膜.および同側の鼻前庭をそれぞれ擦過し,輸送培地(BDBBLカルチャースワブプラス)に入れた後にデルタバイオメディカルに送付した.培養はヒツジ血液/チョコレート分画培地,BTB乳頭加寒天培地(bromthymolbluelactateagar)培地,チオグリコレート増菌培地を用いた.結膜.擦過物は好気培養と増菌培養を35℃で3日間行った.鼻前庭擦過物は好気培養のみを35℃で3日間行った.薬剤感受性検査はKBディスク法で行い,レボフロキサシン(LVFX)に対する感受性をClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)の基準(M100-S19)に従って判定した.ただし,コリネバクテリウム属に対するLVFX感受性に関してはCLSIの判定基準が設定されていないため,昭和ディスク法の判定結果を参考にした.本検討では中間耐性は感受性に含めた.ブドウ球菌属のメチシリン耐性の有無はCLSIの基準(M100-S19)に従ってセフォキシチンのディスク法で判定した.本研究では保菌率をおもな検討項目としている.したがって1検体から同一菌種が2株以上検出された場合に限り,1)LVFX耐性株を優先する,2)どちらもLVFX耐性または感受性の場合は多剤耐性株を優先する,という条件の下1株に調整した.検討対象とする菌種は,コリネバクテリウム属,MR-CNS,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus:MSSA),メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)の4菌種である.検討項目としては,1)菌種ごとの結膜.と鼻前庭の保菌率,2)結膜.と鼻前庭検出菌におけるLVFX耐性化率,3)結膜.と鼻前庭保菌の関連性,について比較検討した.統計学的解析はFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果1.結膜.と鼻前庭検出菌の構成結膜.からは全252株が検出され,培養陽性率は65.4%(193/295例)であった.鼻前庭からは全530株が検出され,培養陽性率は96.3%(284/295例)であった.結膜.からの検出菌は,多いものから順にコリネバクテリウム属が111株(44.0%),メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-susceptiblecoagulase-negativestaphylococci:MS-CNS)が63株(25.0%),MR-CNSが32株(12.7%),MSSAが14株(5.6%)であった.鼻前庭からの検出菌は,多いものから順にコリネバクテリウム属が205株(38.7%),MS-CNSが171株(32.3%),MR-CNSが54株(10.2%),MSSAが50株(9.4%)であった.両部位の上位4菌種の構成割合は類似していたが,腸球菌に関しては結膜.から11株(4.4%)とMSSAと同程度検出されている一方,鼻前庭からは検出されなかった(図1).2.結膜.と鼻前庭の保菌率(菌種別)コリネバクテリウム属では,結膜.からのみ検出された症例は22例(7.5%),鼻前庭からのみ検出された症例は116例(39.3%),両部位から検出された症例は89例(30.2%)であった.MR-CNSでは,結膜.からのみ検出された症例は21例(7.1%),鼻前庭からのみ検出された症例は43例(14.6%),両部位から検出された症例は11例(3.7%)であった.MSSAでは結膜.からのみ検出された症例は9例(3.1%),結膜.検出菌鼻前庭検出菌:コリネバクテリウム属:MS-CNS:MR-CNS:MSSA:MRSA:Enterococcusfaecalis:a溶血性レンサ球菌:その他44.0%12.7%25.0%38.7%32.3%10.2%252株530株2.0%5.6%3.8%4.4%0.6%5.1%0.8%9.4%5.6%図1結膜.と鼻前庭検出菌の構成MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.1614あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(102) 01020304050607080保菌率(%)結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭コリネバクテリウム属MR-CNSMSSAp<0.001p<0.05p<0.001図2結膜.と鼻前庭における保菌率の比較MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.01020304050607080保菌率(%)結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭コリネバクテリウム属MR-CNSMSSAp<0.001p<0.05p<0.001図2結膜.と鼻前庭における保菌率の比較MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.3.結膜.と鼻前庭における保菌率の比較(菌種別)コリネバクテリウム属に関しては,結膜.の保菌率は37.6%,鼻前庭の保菌率は69.5%であり,鼻前庭のほうが有意に高かった(p<0.001).MR-CNSに関しては,結膜.の保菌率は10.9%,鼻前庭の保菌率は18.3%であり,鼻前庭のほうが有意に高かった(p=0.013).MSSAに関しては,結膜.の保菌率は4.8%,鼻前庭の保菌率は17.0%であり,鼻前庭のほうが有意に高かった(p<0.001).MRSAに関しては,両部位の保菌率の間に有意差を認めなかった(p=1.0)(図2).4.結膜.と鼻前庭検出菌におけるLVFX耐性化率の比較コリネバクテリウム属のLVFX耐性化率に関しては,結膜.では43.2%(48/111例),鼻前庭では14.6%(30/205例)であり,結膜.のほうが有意に高かった(p<0.001).MR-CNSのLVFX耐性化率に関しては,結膜.では62.5%(20/32例),鼻前庭では51.9%(28/54例)であり,両部位間で有意差を認めなかった(p=0.375).MSSAのLVFX耐性化率に関しては,結膜.では14.3%(2/14例),鼻前庭では4.0%(2/50例)であり,両部位間で有意差を認めなかった(p=0.205)(図3).5.結膜.と鼻前庭保菌の関連性鼻前庭のコリネバクテリウム属保菌の有無で結膜.のコリネバクテリウム属保菌率を比較すると,鼻前庭保菌なしでは24.4%(22/90例)であるのに対し,鼻前庭保菌ありでは43.4%(89/205例)と有意に高かった(p=0.002).鼻前庭のMR-CNS保菌の有無で結膜.のMR-CNS保菌率を比較すると,鼻前庭保菌なしでは8.7%(21/241例)であるのに(103)010203040506070LVFX耐性化率(%)結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭結膜.鼻前庭MR-CNSコリネバクテリウム属MSSAp<0.001図3結膜.と鼻前庭検出菌におけるレボフロキサシン耐性化率の比較LVFX:レボフロキサシン,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.0102030405060結膜.保菌率(%)鼻保菌あり鼻保菌なし鼻保菌あり鼻保菌なし鼻保菌あり鼻保菌なしコリネバクテリウム属MR-CNSMSSAp<0.01p<0.05p=0.068図4結膜.と鼻前庭保菌の関連性MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌.対し,鼻前庭保菌ありでは20.4%(11/54例)と有意に高かった(p=0.026).鼻前庭のMSSA保菌の有無で結膜.のMSSA保菌率を比較すると,鼻前庭保菌なしでは3.7%(9/245例)であるのに対し,鼻前庭保菌ありでは10.0%(5/50例)となり,有意差はないものの結膜.保菌率が高くなる傾向を認めた(p=0.068)(図4).III考按結膜.常在細菌の代表としてコリネバクテリウム属,ブドウ球菌属,レンサ球菌属や腸球菌があげられるが,これらが眼表面に固有の菌種(residentflora)であるのか,あるいは他の部位から影響を受けながら構成されている(transientflora)のかは明らかでない.鼻前庭は眼部と涙道でつながっており,解剖学的にも隣接している.さらに鼻前庭は黄色ブドウ球菌をはじめとした病原細菌が定着しやすい部位でもあるため,鼻前庭との関連を明らかにすることは,眼感染症の感染経路を推測するために重要である.しかしながら,過去に多数例で健常結膜.と鼻前庭の検出菌を比較した報告はなあたらしい眼科Vol.28,No.11,20111615 い.今回筆者らは,健常結膜.と鼻前庭の検出菌を比較することで,結膜.常在細菌の独自性や鼻前庭との共通性を明らかにすることを目的に調査を行った.い.今回筆者らは,健常結膜.と鼻前庭の検出菌を比較することで,結膜.常在細菌の独自性や鼻前庭との共通性を明らかにすることを目的に調査を行った.1.5)では35.92%となっているので,本検討の検出力は他施設とほぼ同等であると考えられた.結膜.検出菌の構成では多い菌種から順に,コリネバクテリウム属,MS-CNS,MR-CNS,MSSAであった.これらは過去5年間の他施設からの報告1.5)と似た結果であった.結膜.擦過物の嫌気培養を行うとPropionibacteriumacnesが分離されることが知られている9)が,本検討では嫌気培養を行っていないため嫌気性菌の評価はできていない.つぎに,鼻前庭擦過物の培養陽性率は96.3%であった.鼻前庭検出菌の構成では多い菌種から順に,コリネバクテリウム属,MS-CNS,MR-CNS,MSSAであり,結膜.検出菌と構成割合が類似していた.したがって,コリネバクテリウム属とブドウ球菌属に関しては,結膜.と鼻前庭の間で菌の移動(自家感染)が行われている可能性が考えられた.特に鼻前庭は結膜.よりも培養陽性率が高く菌量が多い部位と予想されることから,接触感染などを契機に鼻前庭から結膜.に菌が伝播している可能性が考えられた.一方,結膜.と鼻前庭検出菌には相違点もあった.腸球菌は結膜.からは4.4%とMSSAの検出率に近い値であるのに対し,鼻前庭からは検出されなかった.腸球菌は消化管の常在細菌であり,その定着には凝集物質(aggregationsubstance:Agg),表面抗原蛋白(extracellularsurfaceprotein:Esp)やコラーゲン付着因子(adhesintocollagenofEnterococcusfaecalis:Ace)などが関与するといわれている10).他施設からの報告1.5)においても腸球菌は結膜.から3%程度検出されていることから,眼部にも親和性を有している可能性が考えられた.つぎに,コリネバクテリウム属の保菌率は結膜.よりも鼻前庭のほうが有意に高く,さらに鼻前庭のコリネバクテリウム属保菌者では,非保菌者に比べて結膜.のコリネバクテリウム属保菌率が有意に高かった.したがって,結膜.から検出されるコリネバクテリウム属の一部は鼻前庭が供給源になっている可能性が考えられた.しかしながら,両部位から検出されたコリネバクテリウム属のLVFX耐性化率を比較すると,鼻前庭由来株が14.6%であるのに対し,結膜.由来株では43.2%と有意に高かった.結膜.と鼻前庭のフルオロキノロン耐性化率が大きく異なることを考慮すると,両部位にはそれぞれ異なるクローンもしくは菌種が含まれている可能性も考えられた.コリネバクテリウム属に関する過去の報告では,眼部からはCorynebacteriummacginleyiという特定の菌種が検出されることが知られている11).さらに,日本における眼科由来コリネバクテリウム属ではフルオロキノロン耐性化率が高いことも指摘されている12).結膜.由来コリネバクテリウム属が眼部に固有な菌種であるとすれば,日本の結膜.由来コリネバクテリウム属のフルオロキノロン耐性化は抗菌点眼薬の汎用によるものと推測される.今回の検討ではコリネバクテリウム属の菌種同定を行っていないため,結膜.と鼻前庭由来株の菌種レベルでの比較ができていない.結膜.と鼻前庭の関係をさらに明確にするためには16SrRNAのシークエンスによる菌種同定が必要である.つぎに,結膜.のMR-CNS保菌率に関する過去の報告1.5)ではおよそ10.30%と幅がみられる.筆者らが行った結膜.の保菌リスク因子に関する調査では,結膜.のMR-CNS保菌はMS-CNSとは異なり,眼科通院歴,他科での手術歴やステロイド内服歴がリスク因子となることがわかっており,リスク因子が増えるに従って保菌率が約10%から30%へと上昇した6).したがって,施設ごとに結膜.のMR-CNS保菌率に差があるのは,患者層の違いを反映しているためと考えられた.本検討でMS-CNSを検討対象としなかったのは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の多くは表皮ブドウ球菌であり,この表皮ブドウ球菌はほとんどすべてのヒトに定着していること,さらに,ブドウ球菌属の多剤耐性化はメチシリン耐性,すなわちSCCmecの保有状況で大きく異なり,MSCNSでは多くの抗菌薬に感受性で臨床上問題となりにくいためである8).鼻前庭のMR-CNS保菌率に関する報告13.15)では19.65%程度といわれており,結膜.と同様に幅がみられる.鼻前庭のMR-CNS保菌リスク因子として,医療関係者や小児などが指摘されている14).今回の検討では,MR-CNS保菌率は結膜.で10.9%であるのに対し鼻前庭では18.3%と有意に高く,さらに鼻前庭のMR-CNS保菌者では,非保菌者に比べて結膜.のMR-CNS保菌率が有意に高かった.したがって,結膜.から検出されたMR-CNSの一部は,鼻前庭が供給源となっている可能性が示唆された.18.3%という鼻前庭のMR-CNS保菌率を考慮すると,術前結膜.培養だけでは保菌者を見逃す可能性がある.MRCNSに対する抗菌効果が不十分な抗菌点眼薬を術前に用いると,鼻前庭由来MR-CNSによる結膜.の菌交代現象が促進される可能性があるため注意が必要である.結膜.から検出されたMR-CNSにおけるフルオロキノロン耐性については,筆者らはすでに報告している8).そのなかで筆者らは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌のなかでもメチシリン耐性菌のフルオロキノロン耐性化が問題であることを指摘した.今回の検討においても,結膜.由来MR-CNSのLVFX耐性化率は62.5%と検討対象の菌種のなかで最も耐性化率が高かった.しかしながら,結膜.と鼻前庭由来MR-CNSの間でLVFX耐性化率に差を認めなかったことはコリネバクテリウム属とは異なる点であり,これらの結果からMR-CNSのフルオロキノロン耐性化率の上昇は,抗菌薬の全身投与の影響を強く受けていると推測された.1616あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(104) つぎに,結膜.のMSSA保菌率は4.8%であった.過去の報告つぎに,結膜.のMSSA保菌率は4.8%であった.過去の報告によると2.8.6.8%の検出率であり,ほぼ同等の結果であった.黄色ブドウ球菌は鼻前庭が主たる生息部位といわれている.鼻前庭はアポクリン腺や脂腺が豊富な角化上皮組織であり,永続的な保菌者(persistentcarrier)では,アポクリン腺のような特別な部位に黄色ブドウ球菌が定着しているのではないかと推測されているが定かではない7).興味深いことは,健常者における鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌率は日本,欧米を問わずおよそ20.30%とほぼ一定であり,若年者と高齢者の間でも保菌率に大きな差を認めないことである7,17).本検討においても鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌率は17.0%であり20%に近い値となっている.つぎに,多剤耐性菌として重要であるMRSAの保菌率に関しては,結膜.と鼻前庭を合わせても1.7%と低かった.過去の報告では,結膜.1.5)では0.7.2.1%,鼻前庭13.16)では0.2%程度の検出率であることから,今回の筆者らの結果は市中のMRSA保菌率としては一般的な値であると考えられた.本検討では,結膜.と鼻前庭のMSSA保菌率を比較すると鼻前庭のほうが有意に高く,さらに鼻前庭のMSSA保菌者では,非保菌者に比べて結膜.のMSSA保菌率が高くなる傾向を認めた.したがって,結膜.から検出されたMSSAの一部は,鼻前庭が供給源となっている可能性が示唆された.木村らは,症例数は少ないものの前眼部MRSA保菌患者の鼻前庭MRSA保菌率は78%であり,前眼部MRSA非保菌患者の鼻前庭MRSA保菌率11%と比較して有意に高かったと報告している18).さらに,過去に筆者らが行ったStevensJohnson症候群や眼類天疱瘡患者からのMRSA分離株を用いた分子疫学的解析では,同一患者の結膜.と鼻前庭由来MRSAにおけるパルスフィールドゲル電気泳動のバンディングパターンが長期にわたり一致していた(第111回日本眼科学会総会,2007年).したがって,鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌の確認は,眼感染症の診断や治療効果の判定に有用と考えられる.今後は多数の眼感染症患者における鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌について調査を行い,眼感染症と鼻前庭の黄色ブドウ球菌保菌の関連を明確にしていく必要がある.結論としては,鼻前庭は結膜.よりも細菌が検出されやすい部位であり,結膜.のMR-CNSとMSSA保菌の一部は鼻前庭が供給源となっている可能性がある.コリネバクテリウム属のフルオロキノロン耐性化は結膜.検出菌に特徴的であり,フルオロキノロン系抗菌点眼薬の汎用が耐性菌の蔓延を促している可能性がある.今後は適切な抗菌点眼薬の使用を行うためのガイドライン作成が求められる.本論文は第114回日本眼科学会総会で報告した.文献1)岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜.内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,20062)河原温,五十嵐羊羽,今野優ほか:白内障手術術前患者の結膜.常在細菌叢の検討.臨眼60:287-289,20063)白井美惠子,西垣士郎,荻野誠周ほか:術後感染予防対策としての術前結膜.内常在菌培養検査.臨眼61:11891194,20074)宮本龍郎,大木弥栄子,香留崇ほか:当院における眼科手術術前患者の結膜.内細菌叢と薬剤感受性.徳島赤十字病院医学雑誌12:25-30,20075)森永将弘,須藤史子,屋宜友子ほか:白内障手術術前患者の結膜.細菌叢と薬剤感受性の検討.眼科手術22:385388,20096)星最智,卜部公章:白内障術前患者における結膜.常在細菌の保菌リスク.あたらしい眼科28:1313-1319,20117)WertheimHF,MellesDC,VosMCetal:TheroleofnasalcarriageinStaphylococcusaureusinfection.LancetInfectDis5:751-762,20058)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512-517,20109)InoueY,UsuiM,OhashiYetal:Preoperativedisinfectionoftheconjunctivalsacwithantibioticsandiodinecompounds:aprospectiverandomizedmulticenterstudy.JpnJOphthalmol52:151-161,200810)FisherK,PhillipsC:Theecology,epidemiologyandvirulenceofEnterococcus.Microbiology155:1749-1757,200911)FunkeG,Pagano-NiedererM,BernauerW:Corynebacteriummacginleyihastodatebeenisolatedexclusivelyfromconjunctivalswabs.JClinMicrobiol36:3670-3677,199812)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-levelfluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,200813)小森由美子,二改俊章:市中におけるメチシリン耐性ブドウ球菌の鼻腔内保菌者に関する調査.環境感染20:164170,200514)小森由美子,見田貴裕,二改俊章:メチシリン耐性ブドウ球菌の家族内伝播.日本環境感染学会誌23:245-250,200815)渡辺朱理,佐藤法仁,苔口進ほか:歯科衛生士学校生における市中感染型メチシリン耐性ブドウ球菌の保菌調査を通しての感染予防.日本歯科衛生学会雑誌5:69-76,201116)牧野弘幸,畠山秀子,赤沼益子ほか:長野県北信地区におけるMRSAの健常保菌について.医学検査57:11371143,200817)KonnoM,BabaS,MikawaHetal:Studyofupperrespiratorytractbacterialflora:firstreport.Variationsinupperrespiratorytractbacterialflorainpatientswithacuteupperrespiratorytractinfectionandhealthysubjectsandvariationsbysubjectage.JInfectChemother12:83-96,200618)木村直子,外園千恵,東原尚代ほか:前眼部におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の検出と鼻前庭保菌との関連.日眼会誌111:504-508,2007(105)あたらしい眼科Vol.28,No.11,20111617

正常結膜蝗鰍ゥら分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性 ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1512あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)512(96)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY46回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科27(4):512517,2010cはじめに術後眼内炎の起炎菌が眼瞼からの分離菌と分子疫学的に同一であったとする報告があるように,結膜常在細菌叢は術後眼内炎の起炎菌となりうる1).白内障術後眼内炎の分離菌で最も多いのは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)であり,最近の報告では分離菌の約6割を占めるといわれている2,3).一般にCNSによる術後眼内炎は,治療によく反応すると考えられている.しかしながら近年,術後眼内炎から分離されたCNSのメチシリン耐性やフルオロキノロン耐性を指摘する報告もあり,CNSによる眼内炎発症頻度や治療予後への影響が危惧されるようになってきた4,5).特にメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-resistantcoagulase-negativestaphy-lococci:MR-CNS)の場合は,bラクタム薬に耐性であるため,フルオロキノロン耐性化は重大な問題となる.日本において,今までも結膜常在細菌の検討は多くなされているが,MR-CNSについて大規模かつ詳細に検討した報告は少ない611).今回筆者らは,外来患者における白内障術前の結膜培養から分離されたグラム陽性菌に対して,眼科で使用頻度の高いフルオロキノロン系抗菌薬4剤の感受性を調査し〔別刷請求先〕星最智:〒780-0935高知市旭町1-104町田病院Reprintrequests:SaichiHoshi,M.D.,Ph.D.,MachidaHospital,1-104Asahimachi,Kochi-shi780-0935,JAPAN正常結膜から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性星最智町田病院DiversityofFluoroquinoloneResistanceamongMethicillin-resistantCoagulase-negativeStaphylococciIsolatedfromNormalConjunctivaSaichiHoshiMachidaHospital2007年8月からの1年間に白内障術前の結膜から分離されたグラム陽性菌に対し,フルオロキノロン系抗菌薬4剤(オフロキサシン,レボフロキサシン,ガチフロキサシン,モキシフロキサシン)の薬剤感受性を評価した.メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MS-CNS)では4剤とも85%以上の感受性を示したが,メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MR-CNS)では27.249.3%の感受性であり,MS-CNSに比べて有意に感受性率が低かった(p<0.01).また,MR-CNSは他菌種と比べてフルオロキノロン耐性度に多様性が認められ,第4世代フルオロキノロンに感受性であっても,オフロキサシンまたはレボフロキサシンに耐性を示す株が43.4%含まれていた.Antimicrobialsusceptibilityto4uoroquinoloneantibiotics(ooxacin,levooxacin,gatioxacin,moxioxacin)wasevaluatedforgram-positivecocciisolatedfromnormalconjunctivaofpreoparativecataractpatientsduringaone-yearperiodfromAugust2007.Over85%ofthemethicillin-sensitivecoagulase-negativestaphylococci(MS-CNS)weresensitivetothe4uoroquinoloneantibiotics.However,theuoroquinolonesensitivityofmethicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci(MR-CNS)was27.249.3%,signicantlylowerthanthatoftheMS-CNS(p<0.01).TherewasdiversityofuoroquinoloneresistanceamongMR-CNSstrains;43.4%oftheMR-CNS,apartfromthe23.5%fourth-generationuoroquinolone-resistantstrains,wasooxacinorlevooxacinresistant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):512517,2010〕Keywords:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,フルオロキノロン,結膜常在細菌叢,耐性菌,眼内炎.methicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococci,uoroquinolone,conjunctivalnormalora,antibiotics-resistance,endophthalmitis.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010513(97)た.そのなかで菌種ごとにフルオロキノロン感受性の相違が認められたが,特にMR-CNSに関して注目すべき知見が得られたので,他菌種のフルオロキノロン耐性化状況と比較しながら報告する.I対象および方法対象者は,2007年8月から2008年7月の1年間に,当院で白内障術前検査として結膜培養検査を施行した外来患者990名990眼である.被験者の構成は女性594名,男性396名であり,平均年齢は73.9±10.1歳であった.検体は,下眼瞼結膜を滅菌綿棒にて擦過して輸送培地に接種した後,衛生検査所に送付して培養と薬剤感受性検査を依頼した.嫌気培養は行っていない.検査対象菌種はコリネバクテリウム属,CNS,黄色ブドウ球菌,腸球菌(Enterococcusfaecalis),a溶血性レンサ球菌の5菌種であり,ブドウ球菌属に関してはメチシリン耐性の有無で区別し,メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(methicillin-sensitivecoagulase-negativestapylococci:MS-CNS),MR-CNS,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-sensitiveStaph-ylococcusaureus:MSSA)およびメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)のそれぞれについて薬剤感受性を評価した.CNSに対するメチシリン耐性の判定法は,2009年のClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)基準の改訂により,オキサシリンのディスク法による判定が除外され,オキサシリンの最小発育阻止濃度(MIC)の測定あるいはセフォキシチンのディスク法による判定のみとなった.本検討では,オキサシリンのディスク法による判定であり,2009年の改訂は加味されていない.薬剤感受性検査はKBディスク法で行い,オフロキサシン(OFLX),レボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),モキシフロキサシン(MFLX)に対する感受性をCLSIの判定基準に従って感受性(S),中間耐性(I),耐性(R)の3つに分類した.腸球菌とa溶血性レンサ球菌に対するオフロキサシンの感受性検査は行っていない.また,コリネバクテリウム属に対するフルオロキノロン4剤,腸球菌に対するMFLX,a溶血性レンサ球菌に対するLVFX,GFLXおよびMFLXに関しては,CLSIの判定基準が設定されていないため,昭和ディスク法の判定結果を参考にして衛生検査所が判定した結果を用いた.統計学的検討に関してはFisherの直接確率検定を用い,有意水準は5%とした.II結果990名990眼から全1,032株の細菌が分離された.培養陽性率は72.8%であった.コリネバクテリウム属が44.8%,CNSが35.5%であり,この2菌種で全体の80.3%を占めた.また,本検討の調査対象菌種である黄色ブドウ球菌,腸球菌とa溶血性レンサ球菌も含めると,全体の91.6%を占めた(表1).菌種ごとのフルオロキノロン感受性を表2に示す.a溶血性レンサ球菌ではLVFX,GFLX,MFLXの感受性率はそれぞれ83.9%,93.5%,93.5%と良好であり,薬剤間で感受性に有意差を認めなかった.腸球菌ではLVFX,GFLX,MFLXの感受性率はそれぞれ91.7%,94.4%,94.4%と良好であり,薬剤間で感受性に有意差を認めなかった.コリネバクテリウム属ではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率はそれぞれ57.1%,59.7%,63.0%,62.8%と低い傾向があったが,薬剤間で感受性に有意差を認めなかった.黄色ブドウ球菌に関しては,MSSAではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率はすべて88.6%と良好であった.一方,MRSAではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率はすべて0%とMSSAに比べて不良であった.CNSに関しては,MS-CNSではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率はそれぞれ85.7%,87.0%,89.6%,90.0%と良好であった.薬剤間の感受性の比較では,OFLXとLVFX間では有意差を認めなかったが,LVFXとGFLXまたはMFLX間で有意差を認めた(p<0.05).GFLXとMFLX間では有意差を認めなかった.一方,MR-CNSではOFLX,LVFX,GFLX,MFLXの感受性率は27.2%,29.4%,46.3%,49.3%と低く,特にOFLXとLVFXについては耐性率のほうが高かった.そこでMS-CNSとMR-CNSの2群間でフルオロキノロン感受性の違いを比較したところ,4剤すべてにおいて有意差を認めた(すべてp<0.01).また,薬剤間の感受性の比較では,MS-CNSと同様,OFLXとLVFX間では有意差を認めず,LVFXとGFLXまたはMFLX間で有意差を認めた(p<0.01).GFLXとMFLX間では有意差を認めなかった.MR-CNSのその他の特徴として,他菌種と比較して中間耐性を示す株の割合がOFLX,LVFX,GFLX,MFLXでそれぞれ5.9%,20.6%,31.6%,29.4%と多く認表1分離菌の内訳菌種株数割合(%)コリネバクテリウム属46244.8メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌23022.3メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌13613.2メチシリン感受性黄色ブドウ球菌444.3メチシリン耐性黄色ブドウ球菌60.6腸球菌363.5a溶血性レンサ球菌313.0その他のグラム陽性球菌282.7グラム陰性桿菌555.3グラム陰性球菌40.4合計1,032100———————————————————————-Page3514あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(98)めた.中間耐性株の割合が多いことから,MR-CNSのフルオロキノロン耐性度に多様性があることが示唆された.そこでMR-CNSを(1)フルオロキノロン4剤すべてに感受性,(2)OFLXのみ耐性,(3)OFLXとLVFXに耐性,(4)4剤すべてに耐性という4群に分けたところ,図1に示すようにそれぞれ33.1%,16.9%,26.5%,23.5%となり,眼科で使用するフルオロキノロンに対して耐性度が異なる株で構成されていた.III考按結膜常在細菌の疫学調査においては,被験者の選択条件が重要となる.今回の検討では,白内障手術対象者の多くを占める高齢者の結膜常在細菌に注目した.選択基準としては,なるべくバイアスがかからないように外来患者を対象とした.また,総合病院における眼科では,院内の他科受診者が占める割合が高くなる可能性があるが,当院は眼科のみを表2菌種ごとのフルオロキノロン感受性菌種株数感受性割合(%)OFLXLVFXGFLXMFLXコリネバクテリウム属462S57.159.763.062.8I3.91.70.90.9R39.038.536.136.4MS-CNS230S85.787.089.690.0I1.72.66.55.2R12.610.43.94.8MR-CNS136S27.229.446.349.3I5.920.631.629.4R66.950.022.121.3MSSA44S88.688.688.688.6I0000R11.411.411.411.4MRSA6S0000I0000R100100100100腸球菌36SNT91.794.494.4INT2.800RNT5.65.65.6a溶血性レンサ球菌31SNT83.993.593.5INT6.500RNT9.76.56.5MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.OFLX:オフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン,GFLX:ガチフロキサシン,MFLX:モキシフロキサシン.NT:未検査.S:感受性,I:中間耐性,R:耐性.020406080100④23.5%③26.5%②16.9%①33.1%図1異なるフルオロキノロン耐性度で構成されるMRCNS①:OFLX,LVFX,GFLX,MFLXに感受性な株,②:OFLXのみに耐性な株,③:OFLXとLVFXに耐性な株,④:OFLX,LVFX,GFLX,MFLXに耐性な株.OFLX:オフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン,GFLX:ガチフロキサシン,MFLX:モキシフロキサシン.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010515(99)標榜する病院であるため,高知県内の広い地域からの受診者を対象とすることができた.したがって本検討では,市中の一般的な高齢者の結膜常在細菌を反映しているといえる.今回の検討では,コストの関係上,ディスク法を用いて薬剤感受性を評価しているが,中間耐性と耐性を区別することで感受性の相違をなるべく明瞭化するよう配慮した.また,OFLXからMFLXまでグラム陽性菌への抗菌力が異なる4剤のフルオロキノロンについて調査することで,各フルオロキノロン間での感受性の相違が確認できるように工夫した.その結果,菌種ごとにフルオロキノロンの感受性の特徴を明らかにすることができた.MSSA,MS-CNS,腸球菌とa溶血性レンサ球菌の4菌種では,すべてのフルオロキノロンに対して83%以上の良好な感受性を示した.一方,コリネバクテリウム属では,すべてのフルオロキノロンに対して約40%が耐性を示した.今回の検討では最小発育阻止濃度を測定していないため単純な比較はできないが,結膜由来コリネバクテリウムの約半数がフルオロキノロン耐性とする過去の報告と同様の結果であった12).MRSAに関しては,分離株数が6株と少なく,感受性を検討するうえでは十分とはいえないものの,すべての株がフルオロキノロン耐性であった.これは,日本のMRSAの80%以上がフルオロキノロン耐性とする過去の報告とほぼ同様の結果であった13).最後にCNSでは,他の菌種よりも複雑な耐性化状況を有していた.一番注目すべきは,黄色ブドウ球菌と同様にメチシリン耐性の有無でフルオロキノロン耐性化率が異なっていたことである.つまり,MS-CNSにおいてはフルオロキノロンについて良好な感受性を示す一方,MR-CNSではフルオロキノロンの耐性化率が有意に高かった.この結果から,CNSにおいて術後感染症で特に注意すべきなのはMR-CNSの結膜保菌であることが示唆された.また他の特徴として,MR-CNSではOFLXからMFLXへとグラム陽性菌への抗菌力が強い薬剤になるにつれて,段階的に感受性率が高くなり,特にLVFXと第4世代フルオロキノロンであるGFLXやMFLXの間で感受性に有意差を認めた.この傾向は,耐性株は少ないながらもMS-CNSでも認められた.しかしながら,MR-CNSにおいてGFLXやMFLXなどの第4世代フルオロキノロン感受性株は76.5%存在するものの,そのなかにはOFLXまたはLVFXに耐性の株が43.4%も含まれていたことには注意すべきである.これは,第4世代フルオロキノロン耐性化への予備群が相当数存在していることを示しており,将来的に第4世代フルオロキノロン耐性株の蔓延が懸念される.過去に健常者の結膜常在細菌についての検討は多くなされているが,MS-CNSとMR-CNSを区別し,さらにフルオロキノロン耐性も含めて調査した報告は少ない.過去の報告を表3にまとめた.このなかで,堀らの検討では嫌気性培養も施行しているため,アクネ菌などの嫌気性菌を除外した場合のMR-CNSの分離割合に換算している.また,櫻井ら9)の報告では,MR-CNSの分離頻度が0.78%と他の報告と比べて極端に低い.ブドウ球菌のメチシリン耐性の有無はオキ表3結膜常在MRCNSのフルオロキノロン耐性に関する過去の報告報告年報告者対象平均年齢(歳)全分離株中の割合(%)メチシリン耐性率(%)OFLX耐性率(%)LVFX耐性率(%)1998年大ら65歳以上の入院患者81.6MSSEMRSE43.514.424.8SE全体MSSEMRSE34─362003年関ら66歳以上の通所介護施設利用者81.5MS-CNSMR-CNS29.122.844CNS全体MS-CNSMR-CNS29.3─66.7CNS全体MS-CNSMR-CNS19.5─44.42005年櫻井ら内眼手術前患者70MSSEMRSE42.30.781.7SE全体MSSEMRSE24.8──2006年岩ら白内障術前患者76MSSEMRSE2420.546.2MSSEMRSE2050MSSEMRSE5.7102007年宮本ら内眼手術前患者─MS-CNSMR-CNS38.433.246MS-CNSMR-CNS14.2762009年堀ら眼科術前患者66.3MS-CNSMR-CNS30.318.538MS-CNSMR-CNS13.981.8SE:表皮ブドウ球菌,MSSE:メチシリン感受性表皮ブドウ球菌,MRSE:メチシリン耐性表皮ブドウ球菌,CNS:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.OFLX:オフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン.———————————————————————-Page5516あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(100)サシリンの耐性度で判定することが多いが,黄色ブドウ球菌ではMICが4μg/ml以上であるのに対し,CNSでは0.5μg/ml以上と同じブドウ球菌属でも基準が異なる.櫻井らの報告ではCNSのメチシリン耐性の判定方法の記載がないため何ともいえないが,他の報告とは異なった判定基準を用いたためにMR-CNSの検出率が低く評価されている可能性も否定できない.櫻井らの報告を除いて個々の報告を比較してみると,MR-CNSの分離菌に占める割合は14.433.2%とある程度幅があるものの,本検討の13.2%と類似しており,保菌率が経年的に増加している傾向はみられないようである.また,フルオロキノロン耐性化率に関しても経年的に増加しているとはいいにくい.むしろ,MR-CNSの保菌率やフルオロキノロン耐性化率は,年齢や入院の有無などの検査対象者の条件によって異なる可能性が考えられる.今回の検討では,菌種ごとにフルオロキノロンの耐性化率や耐性度に相違がみられた.その理由としては,菌の遺伝型の多様性,フルオロキノロン耐性メカニズム,宿主への保菌リスクなどが菌種ごとに異なることが考えられる.つまり,MSSA,MS-CNS,a溶血性レンサ球菌や腸球菌では,市中の健常者の皮膚,口腔や腸管に広く分布する常在細菌であり,分離菌株ごとの遺伝型には幅広い多様性があると考えられる.この場合,フルオロキノロンを使用することで染色体遺伝子に突然変異が生じ,耐性菌は生じるであろうが,遺伝型の多様性に埋もれてしまい耐性化率としては低く評価されると考えられる.一方,コリネバクテリウム属は,MS-CNSと同様に皮膚や結膜の主たる常在細菌であり,市中の健常者に広く分布している細菌であるにもかかわらず,フルオロキノロンの耐性化率が高い.その理由の一つに,ブドウ球菌やレンサ球菌よりもフルオロキノロンへの高度耐性化が起こりやすいという点があげられる.ブドウ球菌やレンサ球菌では,gyrAとparCというDNA合成に関わる2つの遺伝子が突然変異を積み重ねていくことによってフルオロキノロンに段階的に耐性となっていく14).一方,コリネバクテリウム属はparCに相当するホモログが存在せず,gyrAの変異のみでフルオロキノロンに高度耐性化することができるといわれている15).またその他の理由として,コリネバクテリウム属のなかでフルオロキノロンに耐性であるのはCorynebacteri-ummacginleyiといわれており,この菌種が皮膚よりも眼への親和性が強いことにより,フルオロキノロン点眼の影響を受けやすい可能性も考えられる12).最後に,MRSAやMR-CNSでは他の菌種とはまったく異なった機序が考えられる(図2).ブドウ球菌属は,ブドウ球菌カセット染色体mec(Staphylococcalcassettechromosomemec:SCCmec)とよばれる数十Kbpの巨大な遺伝子断片が,染色体の特定の部位に挿入されることでメチシリン耐性を獲得する.その際,必然的にメチシリン耐性ブドウ球菌は遺伝型に制限を受けながら,メチシリン感受性菌とは異なった進化をたどることとなる.また,MR-CNSやMRSAは入院患者など種々の保菌リスクを有する宿主のなかで蔓延する.このような宿主は抗菌薬の使用頻度が高いこともあり,抗菌薬の選択圧により,限られたクローンに由来する株が蔓延することとなる.MRSAでは特にこの現象が顕著であり,日本で分離される病院型MRSAは分子疫学的に互いに近縁で,薬剤感受性傾向も類似している13).MR-CNSにおいても,MRSAと同様の機序で薬剤耐性化が進んでいると考えられ,将来的にフルオロキノロン耐性の蔓延化と高度耐性化しやすい状況にあると推察される.今後のフルオロキノロン耐性化傾向を注意深く観察するためには,CNSにおいてもメチシリン感受性のSCCmecの挿入度耐性高度耐性度耐性抗菌薬強い抗菌薬種々の保菌リスク限定された遺伝型とMS-CNS/MSSAMS-CNS/MSSAの生MSSAMRSASCCmec多様な遺伝型gyrAとparCの変異図2ブドウ球菌属におけるフルオロキノロン耐性蔓延化の模式図MSSA:メチシリン感受性黄色ブドウ球菌,MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌,MS-CNS:メチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,MR-CNS:メチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,SCCmec:ブドウ球菌カセット染色体mec.———————————————————————-Page6あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010517(101)有無で区別して薬剤感受性を評価すべきであろう.文献1)BannermanTL,RhodenDL,McAllisterSKetal:Thesourceofcoagulase-negativestaphylococciintheEndoph-thalmitisVitrectomyStudy.Acomparisonofeyelidandintraocularisolatesusingpulsed-eldgelelectrophoresis.ArchOphthalmol115:357-361,19972)MollanSP,GaoA,LockwoodAetal:Postcataractendophthalmitis:incidenceandmicrobialisolatesinaUnitedKingdomregionfrom1996through2004.JCata-ractRefractSurg33:265-268,20073)LalwaniGA,FlynnHWJr,ScottIUetal:Acute-onsetendophthalmitisafterclearcornealcataractsurgery(1996-2005).Clinicalfeatures,causativeorganisms,andvisualacuityoutcomes.Ophthalmology115:473-476,20074)RecchiaFM,BusbeeBG,PearlmanRBetal:Changingtrendsinthemicrobiologicaspectsofpostcataractendo-phthalmitis.ArchOphthalmol123:341-346,20055)HerperT,MillerD,FlynnHWJr:Invitroecacyandpharmacodynamicindicesforantibioticsagainstcoagu-lase-negativestaphylococcusendophthalmitisisolates.Ophthalmology114:871-875,20076)大秀行,福田昌彦,大鳥利文:高齢者1,000眼の結膜内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19987)関奈央子,亀井裕子,松原正男:高齢者の結膜内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,20038)岩﨑雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,20069)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術前患者の結膜常在細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,200510)宮本龍郎,大木弥栄子,香留崇ほか:当院における眼科手術術前患者の結膜内細菌叢と薬剤感受性.徳島赤十字病院医学雑誌12:25-30,200711)HoriY,NakazawaT,MaedaNetal:Susceptibilitycom-parisonsofnormalpreoperativeconjunctivcalbacteriatouoroquinolones.JCataractRefractSurg35:475-479,200912)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-leveluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,200813)PiaoC,KarasawaT,TotsukaKetal:Prospectivesur-veillanceofcommunity-onsetandhealthcare-associatedmethicillin-resistantStaphylococcusaureusisolatedfromauniversity-aliatedhospitalinJapan.MicrobiolImmunol49:959-970,200514)HooperDC:FluoroquinoloneresistanceamongGram-positivecocci.LancetInfectDis2:530-538,200215)SierraJM,Martinez-MartinezL,VazquezFetal:Rela-tionshipbetweenmutationsinthegyrAgeneandqui-noloneresistanceinclinicalisolatesofCorynebacteriumstriatumandCorynebacteriumamycolatum.AntimicrobAgentsChemother49:1714-1719,2005***