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網羅的Polymerase Chain Reaction(PCR)検査が診断の補助に有効であった眼トキソプラズマ症の1例

2024年9月30日 月曜日

《第59回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科41(9):1122.1126,2024c網羅的PolymeraseChainReaction(PCR)検査が診断の補助に有効であった眼トキソプラズマ症の1例井本翔*1辻中大生*1南出恵美*1上田哲生*1今北菜津子*2笠原敬*2緒方奈保子*1*1奈良県立医科大学眼科学教室*2奈良県立医科大学感染症内科学講座CACaseofOcularToxoplasmosisDiagnosedbyComprehensivePolymeraseChainReaction(PCR)TestingShoImoto1),HirokiTsujinaka1),EmiMinamide1),TetsuoUeda1),NatsukoImakita2),KeiKasahara2)andNahokoOgata1)1)DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,2)DepartmentofInfectiousDiseases,NaraMedicalUniversityC目的:原因不明の汎ぶどう膜炎に対し,前房水の網羅的CPCR検査によりトキソプラズマ網膜炎と診断し,有効な治療を行うことができたC1例を報告する.症例:70歳代,男性.2カ月前から左眼霧視を自覚し,近医で左眼ぶどう膜炎と診断されて奈良県立医科大学附属病院眼科を紹介受診.初診時矯正視力は右眼C0.8,左眼C0.1,左眼に豚脂様角膜後面沈着物,虹彩後癒着,硝子体混濁を認めた.右眼は炎症所見を認めなかった.血清抗トキソプラズマCIgG,IgM抗体価が高値であり,前房水の網羅的CPCR検査でトキソプラズマ遺伝子を検出し,トキソプラズマ網膜炎と診断した.ピリメタミン,スルファジアジン,ホリナート内服を開始し,6週後滲出斑の改善が得られ内服終了としたが,2カ月後に硝子体混濁の再発を認めた.硝子体手術を施行し,術後クリンダマイシン硝子体内投与を併用し,滲出性病変の鎮静化を得た.結論:網羅的CPCR検査によりトキソプラズマ網膜炎と診断できたことで,有効な治療を行うことができた.CPurpose:ToreportCaCcaseofCpanuveitisthatCwasdiagnosedastoxoplasmosisretinitisbycomprehensivepoly-merasechainreaction(PCR)testingCofCaqueoushumor.Case:Amaleinhis70’swasreferredtoourChospitalwiththeprimarycomplaintCofCblurredvisioninhisleftCeyeforCoverC2months.Uponexamination,hisvisualacuitywas0.8CO.D.CandC0.1CO.S.CKeraticCprecipitates,CposteriorCsynechia,CandCvitreousCopacityCwereCobservedCinCtheCleftCeye.CTherewasnoin.ammatory.ndingCintherightCeye.ThelevelsofCserumanti-ToxoplasmaCimmunoglobulinGandimmunoglobulinMwerehigh.ComprehensivePCRtestingCofCtheaqueoushumordetectedtoxoplasmaCgenes,whichallowedthediagnosisofCtoxoplasmaCretinitis.Anti-toxoplasmaCtreatment,pyrimethamine,sulfadiazine,andfolinatewerestartedorallyfor6weeks.AtC2monthsafterCthetreatmentCwasdiscontinued,thevitreousopacityonce-again.aredup.VitrectomyandintravitrealinjectionofCclindamycinwereperformed,andtheocularin.ammation.nallydisappeared.Conclusion:ComprehensivePCRtestingCwase.ectiveforthediagnosisofCuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(9):1122.1126,C2024〕Keywords:トキソプラズマ網膜炎,網羅的CPCR検査.toxoplasmosisretinitis,comprehensivepolymerasechainreaction(PCR)testing.はじめにトキソプラズマ網膜炎は,トキソプラズマ原虫(Toxoplas-magondii)が網脈絡膜の細胞内に寄生して汎ぶどう膜炎を生じる疾患である.トキソプラズマ原虫は,ウシ,ブタ,ヒツジ,ウマなどを中間宿主とし,ネコを終宿主とする1).ヒトへの感染は,トキソプラズマ原虫に感染した中間宿主の生肉の摂取や,ネコの糞便に含まれる.胞体を汚染された土や水とともに経口摂取することによるとされる1).また,感染した妊婦から胎盤経由での胎児への垂直感染や臓器移植による先天性感染が知られている.〔別刷請求先〕井本翔:〒634-8521奈良県橿原市四条町C840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShoImoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara-shi,Nara634-8521,JAPANC1122(80)図1左前眼部所見a:豚脂様角膜後面沈着物(C→),虹彩後癒着(C→)を認める.Cb:隅角では周辺虹彩前癒着(C←)を認める.今回,原因不明の汎ぶどう膜炎に対し前房水の網羅的ポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainreaction:PCR)検査を行い,トキソプラズマ網膜炎と診断でき,有効な治療を行えた症例を経験したので報告する.CI症例患者:70歳代,男性.現病歴:某年CX-2月下旬から左眼霧視を自覚し近医を受診.左眼ぶどう膜炎と診断されC0.1%ベタメタゾン点眼で加療開始された.いったん症状は改善したが,X月上旬より左眼霧視再燃し視力低下が進行したため,X月CY日(第C0病日)に奈良県立医科大学附属病院眼科を紹介受診となった.既往歴:2型糖尿病(HbA1c9.0%),腸閉塞治療後,片頭痛.両眼前増殖糖尿病網膜症,左眼網膜裂孔に対して網膜光凝固施行後.海外渡航や生肉摂取歴はなく,猫との接触もなかったが,自宅庭に野良猫が来ており,その場所での農作業やガーデニングはしていたとのこと.矯正視力:右眼(0.8C×sph+1.25D(cyl.0.75DCAx110°),左眼(0.1C×sph+1.50D(cyl.1.25DCAx130°).眼圧:右眼C19mmHg,左眼C17mmHg.前眼部所見:右眼は明らかな炎症所見なし.左眼は毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,虹彩後癒着,周辺部虹彩前癒着を認めた(図1).眼底所見:右眼は明らかな異常所見はなし.左眼には硝子体混濁があり,網膜上方に境界不明瞭の白色滲出性病変と周辺血管の白鞘化を認めた(図2).フルオレセイン蛍光造影:眼底病変部は造影早期に低蛍光,造影後期には病変周囲が過蛍光となり,中央部には低蛍光が持続するCblackcenterの所見を呈した.周辺動静脈からの蛍光漏出があり,網膜血管炎を示唆する所見であった図2左眼眼底写真境界不明瞭な白色の滲出性病変(.)と周辺血管の白鞘化を認める.(図3).血清学的検査:血液検査の結果を別表に示す(表1).トキソプラズマ抗体価は第C10病日に結果が判明し,免疫グロブリン(immunoglobulin:Ig)G抗体がC77CU/ml,IgM抗体がC3.7CC.O.Iと上昇を認めいずれも陽性であった.前房水CPCR検査:感染性ぶどう膜炎を疑い,第C7病日にウイルス性ぶどう膜炎に対する前房水CPCR検査を施行したが,対象となるウイルスはすべて陰性であった(図4).そのため,さらなる原因検索のため第C14病日後にC24項目の病原微生物CDNAを同定することが可能である眼感染症網羅的PCR12連Cstrip検査を神戸アイセンター病院に依頼した.第20病日に結果(表2)が判明し,トキソプラズマ原虫のみ陽図3FA所見:造影剤投与1分後(a)と5分後(b)の写真病変部は造影早期に低蛍光,造影後期に周囲が過蛍光で中央部に低蛍光となるCblackcenterを伴う.表1血清学的検査の結果Lane抗CSS-A抗体<1.0(U/ml)抗CSS-B/La抗体<1.0(U/ml)ループスアンチコアグラントC1.6TG抗体<10.0(U/ml)抗CTPO抗体<9.0(U/ml)CACEC19.6(U/ml)Lane1:PositivecontrolLane2:Patient’ssample血清単純ヘルペスウイルスC32倍血清サイトメガロウイルスC32倍血清トキソプラズマClgGC77(U/ml)CHSV-2血清トキソプラズマClgMC3.7(C.0.1)CHSV-1b-Dグルカン<6.0(pg/ml)CEBV梅毒CTP抗体C0(S/CO)CHHV-6VZVMPO-ANCA<1.0(S/CO)CCMVRFC8(U/ml)CKL-6C316(U/ml)可溶性CIL-2レセプターC413(U/ml)図4前房水PCR検査の結果表2眼感染症網羅的PCR12連Strip検査の結果定性CPCR定量CPCR定性CPCR定量CPCRCHSVl(.)(.)トキソカラ(.)(.)CHSV2(.)(.)結核(.)(.)CVZV(.)(.)梅毒(.)(.)CCMV(.)(.)アクネ菌(.)(.)CHHV6(.)(.)クラミジア(.)(.)CEBV(.)(.)CHTLVl(.)(.)CHHV7(.)(.)アカントアメーバ(.)(.)CHHV8(.)(.)カンジダアルビカンス(.)(.)真菌C28CS(全般)(.)(.)カンジダグラブラータ(.)(.)細菌C16CS(全般)(.)(.)カンジダクルセイ(.)(.)トキソプラズマ(+)C3.3×10CE4copies/mlアスペルギルス(.)(.)CADV(.)(.)フザリウム(.)(.)性であった.前眼部,眼底所見,前房水の眼感染症網羅的PCR12連Cstrip検査結果を総合し,眼トキソプラズマ症と診断し,第C21病日より治療を開始した.治療経過:本症例は,まずスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)(900mg/日)で治療を開始したが,投与後より副作用と思われる腎機能障害の進行を認めたため,2週間でCST合剤の投与を中止した.第C35病日より熱帯病治療薬研究班による研究(jRCTs071180092)に参加し,ピリメタミン(50Cmg/日),スルファジアジン(1,500Cmg/日),ホリナート(5Cmg/週C3日間)の内服を開始した.臨床研究のプロトコルで最長のC6週間で投与を終了し,網膜滲出性病変は縮小傾向にあったので,経過観察とした.しかし,3剤内服終了から約C2カ月後,豚脂様角膜後面沈着物と硝子体混濁の再発を認め,第C133病日よりアセチルスピラマイシンを開始したが,第C140病日には虹彩新生血管を認めピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服を再開した.再度C6週間投与したが硝子体混濁の改善を得られず,第175病日に硝子体出血が合併し,第C189病日に硝子体手術を施行した.また,術後クリンダマイシン硝子体内注射(1.0mg/0.05Cml)を週C1回とアジスロマイシン内服(500Cmg/日)を追加した.その後,矯正視力はC0.03程度であるが滲出性病変の鎮静化を得た.CII考按本症例は診断に苦慮したぶどう膜炎に対して,眼感染症網羅的CPCR12連Cstrip検査が診断に有用であったC1例であった.一般に眼トキソプラズマ症の診断には,血清学的検査による血清トキソプラズマCIgG抗体,IgM抗体の抗体価上昇,特徴的な眼底所見やフルオレセイン蛍光造影の所見から診断する.眼局所のみの感染の場合は,眼内で抗体が産生されることから,Goldmann-Witmer係数の抗体率2)から診断することもある.近年では,前房水や硝子体液中のトキソプラズマ原虫のCDNAを検出することがもっとも確実な診断方法である3).本症例では,先に原因不明の汎ぶどう膜炎に対してウイルス性ぶどう膜炎に対する前房水CPCR検査を施行したが,原因病原体を特定できず,診断に至るまで時間を要した.また,眼トキソプラズマ網膜炎は,通常,片眼性の限局性滲出性網脈絡膜炎として発症するが,約C30%に両眼性の発症を伴う場合がある4).また,非典型的な例もあるため他疾患によるぶどう膜炎,とくに感染性ぶどう膜炎との鑑別が重要になってくる.StripPCR検査を利用すれば,主要な病原微生物を網羅的に検出することができ,感染性ぶどう膜炎に対する診断の迅速化につながる.中野らの報告によると,CStripPCR法は従来の定量的CPCR法とほぼ同等の感度特異度をもち,1度の検査で複数の原因についての結果が得られるとされている5).さらに,トキソプラズマ抗体の採血結果が判明するまで,外注検査では通常時間を要する場合が多く,本症例でもC10日間を要した.一方でCStripPCR法は検体到着からC1.2日程度で結果が判明し,治療が開始できる点で優位性をもっているといえる.また,本症例では血清サイトメガロウイルス,単純ヘルペスウイルスの抗体価が上昇していたことから,採血検査のみからではこれらとの鑑別が問題となったが,StripPCR検査によって,より確実に診断を行うことができた.治療であるが,眼トキソプラズマ症の治療は,欧米ではピリメタミンとスルファジアジンに加え,ホリナートを併用するC3剤内服療法による治療が中心である6)が,わが国ではこれらの薬剤は未承認薬であり,トキソプラズマに対して適応を有する認可された薬剤はない.これらの治療薬を日本国内において使用する場合は,現時点においては,熱帯病治療薬研究班の研究参加という形でしか使用できない.これらの薬剤が処方困難な場合に代替薬としてCST合剤,アセチルスピラマイシン,クリンダマイシン,アジスロマイシンなどが使用されることが多い7).また,眼科領域においてはアセチルスピラマイシンが眼内移行性良好であるとされ,選択されることが多い.免疫正常者の眼トキソプラズマに対して,ST合剤はピリメタジン+スルファジアジンの代替療法となるとの報告8)もされており,クリンダマイシンは全身加療のみならず硝子体注射でも代替療法となるなど,代替治療の報告はさまざまあるが,それらのエビデンスは乏しい実態がある.近年,アセチルスピラマイシン耐性のトキソプラズマの報告も散見されるため9),本症例では,ST合剤で治療開始したが,薬剤性の腎機能障害が出現したため,治療効果を得られる前に投与中止となってしまった.ピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服療法は,6週間で治療効果を得られていたが,その後再燃を認めた.眼内炎症所見が強い場合には,ピリメタミン,スルファジアジンに加えて網膜保護目的に副腎皮質ステロイド全身投与の併用が推奨されているが,本症例においてはコントロール不良の糖尿病があったため,3剤内服のみで治療を開始する方針とした.入院管理し厳重な血糖コントロールのもとで副腎皮質ステロイド全身投与の併用で加療すれば,眼内炎症の再燃は発生せず,最終視力の低下を防ぐことができた可能性があると考える.また,眼トキソプラズマ症の再発のリスクファクターとして,40歳以上の症例,初回発症例,1乳頭径以上の病変を伴う症例など10)が報告されており,本症例においても再発リスクを考慮し慎重に経過観察を行う必要があった.ピリメタミン+スルファジアジン+ホリナート内服療法は,臨床研究のプロトコルではC6週間の投与が最長であるが,経過に応じて投与延長や代替薬の追加が可能であれば,再発を防ぐことができた可能性があると考える.眼トキソプラズマ症に対する欧米での標準的な治療薬は,容易に使用することはできないので,このような疾患に対してより早期に治療介入するためにも,網羅的CPCR検査を利用して診断を迅速に行うことが重要である.謝辞:本研究は,AMED新興・再興感染に対する革新的医薬品等開発推進事業「わが国における熱帯病・寄生虫症の最適な診断治療予防体制の構築」(課題番号:23fk0108639h0002)により実施された.この研究に参加するにあたり,ご協力いただいた熱帯病治療薬研究班代表である宮崎大学医学部医学科感染症学講座寄生虫学分野丸山治彦先生,国立国際医療研究センター病院国際感染症センター山元佳先生に心より感謝申し上げます.文献1)日本医療研究開発機構熱帯病治療薬研究班:寄生虫症薬物治療の手引き改訂第C10.2版,p33-36,C20202)杉田直:ポリメラーゼ連鎖反応(PCR),Goldmann-Wit-mer比(Q値).あたらしい眼科25:1491-1496,C20083)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetal:DiagnosisCofCocularCtoxoplasmosisCbyCtwoCpolymeraseCchainreaction(PCR)examinations:qualitativemultiplexandquantitativereal-time.JpnJOphthalmolC55:495-501,C20114)HoganCMJ,CKimuraCSJ,CO’ConnorGR:OcularCtoxoplasmo-sis.ArchOphthalmolC72:592-600,C19645)NakanoCS,CTomaruCY,CKubotaCTCetal:EvaluationCofCaCmultiplexCStripCPCRCtestCforCinfectiousuveitis:ACpro-spectiveCmulticenterCstudy.CAmCJCOphthalmolC213:252-259,C20206)MontoyaCJG,CLiesenfeldO:Toxoplasmosis.CLancetC363:C1965-1976,C20047)de-la-TorreCA,CStanfordCM,CCuriCACetal:TherapyCforCocularCtoxoplasmosis.COculCImmunolCIn.ammC19:314-320,C20118)ZhangY,LinX,LuF:Currenttreatmentofoculartoxo-plasmosisCinimmunocompetentCpatients:aCnetworkCmeta-analysis.ActaTropC185:52-62,C20189)山名智志,武田篤信,長谷川英一ほか:ピリメタミンにより加療した眼トキソプラズマ症のC2例.日眼会誌C125:C122-128,C202110)Cifuentes-GonzalezCC,CRojas-CarabaliCW,CPerezCAOCetal:RiskfactorsforrecurrencesandvisualimpairmentinpatientsCwithCoculartoxoplasmosis:ACsystematicCreviewCandmeta-analysis.PLOSONEC18:e0283845,C2023***