《原著》あたらしい眼科40(10):1348.1353,2023cタモキシフェン低用量内服により網膜症を呈した1例小沼こころ橘晟西島義道小松功生士渡邉友之小川俊平渡邉朗中野匡東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofRetinopathyCausedbyLow-DoseTamoxifenKokoroKonuma,SeiTachibana,EuidoNishijima,KojiKomatsu,TomoyukiWatanabe,ShumpeiOgawa,AkiraWatanabeandTadashiNakanoCDepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineCタモキシフェンは,乳癌術後の再発予防に使用される経口抗エストロゲン薬である.まれな眼副作用として網膜症があり,近年,光干渉断層計(OCT)の普及に伴い早期発見が可能となっている.症例は,乳癌に対してタモキシフェンの低用量内服をC8年継続しているC42歳,女性.1カ月前から右眼の歪視を自覚し,当院紹介受診となった.初診時の視力は,右眼C0.7,左眼C1.2.右眼には,OCTにて中心窩のCretinalcavityと網膜外層の欠損を認め,左眼でも右眼同様の所見がみられた.OCTangiographyでは,右眼に中心窩耳側の毛細血管拡張を疑う所見を認めた.患者の希望でタモキシフェンの内服を継続したが,8カ月の経過でCretinalcavityは遷延しているが初診時よりは改善がみられている.タモキシフェン使用の際は,OCTにより網膜症を早期に発見し,視力障害を予防できる可能性があるため,定期的な眼底の診察により内服継続の可否を検討することが重要である.CTamoxifenisanoralantiestrogenusedtopreventrecurrenceafterbreastcancersurgery.Arareocularsidee.ectCofCtamoxifenCisCretinopathy,CwhichCisCoftenCdetectedCearlyCdueCtoCtheCwidespreadCuseCofCopticalCcoherencetomography(OCT)inrecentyears.Hereinwereportthecaseofa42-year-oldfemalewhohadbeentakinglow-dosetamoxifenfor8yearsandwhowasreferredtoourhospitalafterbecomingawareofdistortedvisioninherrighteye.OCTexaminationrevealedtheretinalcavityandlossofouterretinallayerinherrighteye,andsimilar.ndingsinherlefteye.Atthepatient’srequest,tamoxifenwascontinued.After8months,theretinalcavitywasprolonged,CyetCimprovedCcomparedCtoCatCtheCinitialCvisit.CWhenCweCuseCtamoxifen,CitCisCimportantCtoCexamineCtheCpatient’sCfundusCregularlyCtoCdetermineCwhetherCorCnotCtoCcontinueCuseCofCtheCmedication,CsinceCOCTCcanCeasilyCdetectretinopathyatanearlystageandpossiblyhelppreventvisualimpairment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)40(10):1348.1353,C2023〕Keywords:タモキシフェン,タモキシフェン網膜症,黄斑部毛細血管拡張症,網膜内空洞所見.tamoxifen,Ctamoxifenretinopathy,maculartelangiectasia,retinalcavity.Cはじめにタモキシフェンは,乳癌術後の再発予防や,肺癌に使用される代表的な経口抗エストロゲン薬である.眼副作用として,白内障,両側視神経炎,角膜混濁などがあり,なかでも網膜症は,クリスタリン沈着や黄斑浮腫,網膜外層障害や内層のCretinalcavityなど多彩な所見を呈する1.3).低用量内服に伴うタモキシフェン網膜症は,まれな眼合併症と考えられていたが,近年,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomo-graphy:OCT)の進歩と普及により,早期に診断することが容易となり,近年の報告では低用量の使用においても有病率が増加している2,4.6).タモキシフェン網膜症の病態には,Muller細胞の変性が寄与するとされているが2,7,8),その機序の詳細は不明な点も多い.現在,タモキシフェン網膜症に対して有効とされる治療法はタモキシフェンの内服中止であり,中止により網膜所見が改善したとの報告もある7,9).〔別刷請求先〕小沼こころ:〒105-8461東京都港区西新橋C3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:KokoroKonuma,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishi-Shinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPANC1348(90)図1初診時の眼底写真(上)と自発蛍光眼底写真(下)右眼眼底に黄斑円孔様の所見を認め,左眼眼底には異常はなかった.自発蛍光写真では,両眼の中心窩に網膜色素上皮障害に伴う過蛍光がみられた.今回タモキシフェン低用量内服に伴うCretinalcavity,網膜外層の消失を認めた症例について報告する.CI症例症例は,乳癌術後に対し,タモキシフェンC20Cmg/日の内服を,8年継続しているC42歳,女性.1カ月前から右眼の歪視を自覚し近医眼科を受診した.近医で,右眼に黄斑円孔様の所見を指摘されて当院に紹介,受診となった.左眼には自覚症状はなかった.当院初診時,右眼C0.1(0.7C×sphC.0.5D(cyl.2.25DCAx90°),左眼C0.3(1.2C×sph.0.25D(cyl.2.00DCAx80°)と右眼矯正視力が低下していた.前眼部・中間透光体に異常はなかった.検鏡的には右眼眼底に黄斑円孔様の所見を認め,左眼眼底には異常はなかった.自発蛍光写真では,両眼の中心窩に網膜色素上皮障害,もしくは網膜外層障害に伴う過蛍光がみられた(図1).光干渉断層計(OCT)で,右眼中心窩下方の外顆粒層からCinterdigita-tionzone(IZ)まで至るCretinalcavity,eripsoidzone(EZ)とCIZの網膜外層の欠損,内顆粒層から外網状層にかけてのretinalcavityを認めた.左眼は,右眼同様中心窩のCEZとIZの欠損と,内顆粒層から外網状層にかけてのCretinalcavityを認めた(図2).OCTangiographyでは,右眼に中心窩耳側の毛細血管拡張を疑う所見があった(図3).フルオレセイン蛍光造影検査では,両眼の中心窩に網膜外層障害に伴う早期からの過蛍光がみられたが,蛍光漏出は認めなかった.インドシアニングリーン蛍光造影検査では,明らかな脈絡膜血管の異常はなかった(図4).以上の所見からタモキシフェン網膜症と診断し,内服の中止を勧めたが,ご本人の希望により内服は継続したまま経過観察することとなった.初診後,8カ月の経過中,右眼視力はC0.6からC1.0で変動するが明らかな悪化はなく,左眼視力はC1.5が維持されていた.OCT所見は,両眼に初診時にみられた外顆粒層からCIZまで至るCretinalcavityはC2カ月後には縮小しC4からC8カ月後にかけては消失した.両眼網膜内層のCretinalcavityと網膜外層欠損もC8カ月後も遷延しているが縮小傾向である(図5).OCTangiographyにおけるCFAZの形態は経過中も変図2初診時のOCT初診時,右眼中心窩下方の外顆粒層からCinterdigitationzone(IZ)まで至るCretinalcavity(白矢印),eripsoidzone(EZ)とCIZの網膜外層の欠損,内顆粒層から外網状層にかけてのCretinalcavity(白矢頭)を認めた.左眼は,右眼同様中心窩のCEZとCIZの欠損と,内顆粒層から外網状層にかけてのCretinalcavity(白矢頭)を認めた.図3初診時のOCTangiographyのenface画像(上),浅層(中),深層(下)右眼に中心窩耳側の毛細血管拡張を疑う所見を認めた.化は認めなかった.EnCfaceOCTでは,retinalcavityの拡大・縮小は認めず,明らかな進行なく経過している.経過中,患者本人の強い希望でC20Cmg/日のタモキシフェンの内服は継続していた.CII考察タモキシフェン網膜症の特徴的な所見として,網膜内層へのクリスタリン沈着,黄斑浮腫,黄斑円孔などがみられる7,9).1978年にCKaiser-Kupferらによってはじめて報告されたが3),当時はC240.320Cmg/日程度の高用量内服が一般的であった.1983年に,20.40Cmg/日程度のタモキシフェン低用量内服に伴うタモキシフェン網膜症が報告された10).タモキシフェン網膜症は,用量依存性に発症するといわれており,総累積投与量がC23.7g未満は発症しにくいという報告もある11).そのため,内服量・内服継続期間により発症率は異なるが,タモキシフェン網膜症の発症率はC6.3.12%程度と報告されている12.14).タモキシフェン網膜症は高用量ではクリスタリン沈着を,低用量では内層のCretinalcavity,黄斑円孔を認めやすいという報告もあり7),近年COCTなど画像検査の普及に伴い,以前はまれな疾患と考えられていたが,発見率が上昇している可能性がある2,12).BMI(bodymassindex)の高値と高脂血症があると,タモキシフェン網膜症の発症率を上昇させるという報告がされている12).タモキシフェン網膜症は,複数の機序で生じると考えられており,まだ原因の詳細は不明な点が多いが,タモキシフェンがリソソームに薬物-脂質複合体を蓄積させることで細胞の酸化障害を誘発し,脂質の異化を阻害するという報IA図4初診時のフルオレセイン蛍光造影検査(上)と,インドシアニングリーン蛍光造影検査(下)フルオレセイン蛍光造影検査では,両眼の中心窩に網膜外層障害に伴う早期からの過蛍光がみられた.インドシアニングリーン蛍光造影検査では,明らかな脈絡膜血管の異常はなかった.告があり15),高CBMI,高脂血症との相関が示唆される.また,タモキシフェン網膜症は,Muller細胞の障害が原因で生じるという報告もある7).Muller細胞は,神経栄養因子の取り込みや,グルタミン酸の取り込みや分解,抗酸化物質のグルタチオンの分泌を行い,神経細胞の保護を行っている.タモキシフェンがCMuller細胞のグルタミン酸アスパラギン酸輸送体を阻害することで,細胞のグルタミン酸代謝やイオンの恒常性が失われるため,網膜浮腫の発生や網膜障害が生じると考えられている7).一方,自発蛍光写真やCOCT上では,Muller細胞の障害に先立ち,RPEの障害を生じている報告もある8).Maenpaaらは,タモキシフェンは,豚や人間のCRPEにおけるグルタミン酸の取り込みを用量依存性に低下させたと報告している16).タモキシフェン網膜症の鑑別診断として,黄斑部毛細血管拡張症C2型がある.タモキシフェン網膜症と黄斑部毛細血管拡張症C2型は,毛細血管瘤や毛細血管の拡張など,類似した所見を認める17).OCTにおけるCEZの不整は,黄斑部毛細血管拡張症C2型では耳側に多く,タモキシフェン網膜症では中心窩に限局しているといわれている18).タモキシフェン網膜症に対し,硝子体手術やトリアムシノロン硝子体注射やTenon.下注射の有用性を示した報告もみられるが1,19),治療は確立しておらず,早期の発見と,速やかな薬剤の中止が重要である.本症例では,右眼の歪視を自覚し当院受診に至ったが,左眼の自覚症状はなく,検鏡的には異常は認めなかった.しかし,タモキシフェンの累積投与量は約C58.4Cgと比較的高値であり,OCTでは内層のCretinalcavity,網膜外層の欠損,FAFでは視細胞層やCRPEの障害を認め,両眼にタモキシフェン網膜症を発症していた.無自覚の症例に対して,画像上にのみ現れる網膜障害を早期発見することで,内服継続による視力障害を予防できる可能性がある.また,本症例では,タモキシフェンの内服を継続しているにもかかわらず,OCTにおける網膜構造の改善を認めている.詳細な理由は不明だが,今後も引き続き長期に経過の確認が必要であると思われる.タモキシフェン使用の際は病歴聴取を行い,定期的なOCTやCOCTangiographyで中心窩の血管形態変化を確認し,タモキシフェン内服継続の可否を検討していくことが重要である.文献1)TorrellCBelzachCN,CVelaCSegarraCJI,CCrespiCVilimelisCJCetal:BilateralCmacularCholeCrelatedCtoCtamoxifenClow-doseCtoxicity.CaseRepOphthalmolC11:528-533,C20202)DoshiCRR,CFortunCJA,CKimCBTCetal:PseudocysticCfovealCcavitationCinCtamoxifenCretinopathy.CAmCJCOphthalmolC156:1291-1298,C20143)Kaiser-KupferMI,LippmanME:Tamoxifenretinopathy.CancerTreatRepC62:315-320,C19784)BehrensCA,CSallamCA,CPembertonCJCetal:TamoxifenCuseCinCaCpatientCwithCidiopathicCmacularCtelangiectasiaCtype2.CCaseRepOphthalmolC9:54-60,C2018図5OCT経過初診C1カ月後,右眼の外顆粒層からCinterdigitationzone(IZ)まで至るCretinalcavity(.)の範囲や網膜外層の欠損範囲は著変なかった.左眼は視細胞層の欠損は改善したが,retinalCcavity(.)の範囲は大きく変化がなかった.初診C2カ月後,両眼のCretinalcavity(.)の範囲は縮小した.初診C4カ月後,右眼の網膜外層欠損とCretinalcavity(.)は増大なく,左眼のCretinalcavity(.)(そもそも元からCretinalcavityでは?)は縮小した.初診半年後,右眼の網膜外層の欠損範囲に著変なかったが,左眼のCretinalcavity(.)は増大した.初診C8カ月後,右眼のretinalcavity(.)は改善しており,網膜外層欠損も残存しているが,範囲は縮小傾向であった.また,左眼のCretinalcavity(.)は改善を認めた.5)ShinkaiA,SaitoW,HashimotoY,IshidaSetal:Improve-mentsinvisualacuityandmacularmorphologyfollowingcessationCofCanti-estrogenCdrugsCinCaCpatientCwithCanti-estrogenCmaculopathyCresemblingCmacularCtelangiectasiaCtype2.BMCOphthalmolC19:1-4,C20196)GhassemiCF,CMasoomianCB,CKhodabandehCACetal:CTamoxifenCinducedCpachychoroidCpigmentCepitheliopathyCwithCreversibleCchangesCafterCdrugCdiscontinuation.CIntCMedCaseRepJC27:285-289,C20207)VindingT,NielsenNV:RetinopathycausedbytreatmentwithCtamoxifenCinClowCdosage.CActaCOphthalmolC61:C45-50,C19838)TangCR,CShieldsCJ,CSchi.manCJCetal:RetinalCchangesCassociatedCwithCtamoxifenCtreatmentCforCbreastCcancer.CEyeC11:295-297,C19979)KimCHA,CLeeCS,CEahCKSCetal:PrevalenceCandCriskCfac-torsCofCtamoxifenCretinopathy.COphthalmologyC127:555-557,C202010)Nay.eldCSG,CGorinMB:Tamoxifen-associatedCeyeCdis-ease.Areview.JClinOncolC14:1018-1026,C199611)MaenpaaH,MannerstromM,ToimelaTetal:GlutamateuptakeCisCinhibitedCbyCtamoxifenCandCtoremifeneCinCcul-turedCretinalCpigmentCepithelialCcells.CPharmacolCToxicolC91:116-122,C200212)LeeCS,CKimCHA,CYoonCYHCetal:OCTCangiographyC.ndingsCofCtamoxifenretinopathy:SimilarityCwithCmacu-larCtelangiectasiaCtypeC2.COphthalmolCRetinaC3:681-689,C201913)ParkCYJ,CLeeCS,CYoonCYHCetal:One-yearCfollow-upCofCopticalcoherencetomographyangiographymicrovascular.ndings:macularCtelangiectasiaCtypeC2CversusCtamoxifenCretinopathy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC260:C3479-3488,C202214)JengCKW,CWheatleyHM:IntravitrealCtriamcinoloneCace-tonidetreatmentoftamoxifenmaculopathywithassociat-edCcystoidCmacularCedema.CRetinCCasesCBriefCRepC9:C64-66,C2015C***