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角膜内皮移植後一過性に光覚を消失した1例

2016年7月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(7):1070〜1072,2016©角膜内皮移植後一過性に光覚を消失した1例長島崇充*1湯田健太郎*1松澤亜紀子*2林孝彦*1加藤直子*3水木信久*4*1横浜南共済病院眼科*2聖マリアンナ医科大学眼科学教室*3埼玉医科大学医学部眼科学教室*4横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseExhibitingTransientLossofLightPerceptionafterCornealEndothelialTransplantationTakamitsuNagashima1),KentaroYuda1),AkikoMatsuzawa2),TakahikoHayashi1),NaokoKatou3)andNobuhisaMizuki4)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaMinamikyousaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversityHospital,4)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversity角膜内皮移植(DSAEK)は,空気を前房内に注入し,移植片を角膜後面に接着させる術式である.今回,術直後に意図的高眼圧による網膜循環障害を生じた可能性がある1例を経験したので報告する.症例は70歳,男性.白内障と2回の硝子体手術後に右眼水疱性角膜症を発症し,DSAEKを施行した.術中に前房内に空気を注入し,意図的高眼圧を維持し終刀とした.手術2時間後の診察時,前房内の空気は40%ほどであり,眼圧は13mmHgであったが,光覚を消失していた.網膜循環障害を疑い前房穿刺,血管拡張療法を行った.現在の矯正視力は(0.4)である.DSAEKでは,移植片の接着のために意図的高眼圧を要する.しかし,これにより網膜循環障害に陥る可能性があり,術中の眼圧測定,術後診察のタイミングなどの検討が必要である.Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)isasurgicalprocedureinwhichtheimplantisadheredtothecornealposteriorsurfacebyairinjectedintotheanteriorchamber.Wereportacaseinwhichintentionalhighintraocularpressurewasthesuspectedcauseofretinalcirculationfailure.Thepatient,a70-year-oldmale,developedbullouskeratopathy.WeinjectedairintotheanteriorchamberduringDSAEK.Attwohoursaftersurgery,intraocularpressurewas13mmHg.Duringthistime,thepatienthadlostlightperception.Suspectingretinalcirculatorydisorder,weremovedtheairfromtheanteriorchamberandperformedvasodilatortherapy.Currentcorrectedvisionis(0.4).InDSAEK,deliberatehighintraocularpressureisrequiredforgraftadhesion.Thissurgicalproceduremay,however,causecirculatorydisorderoftheretinaaftersurgery.Weshallconsiderthetimetopostoperativeexamination.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1070〜1072,2016〕Keywords:角膜内皮移植,網膜循環不全.cornealendothelialtransplantation,retinalcirculatoryfailure.はじめに角膜内皮移植術は水疱性角膜症など角膜内皮機能不全による角膜混濁への治療に全世界で行われている術式である.DSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)では移植片接着のために前房内へ空気を注入するため,術後空気瞳孔ブロックに注意する必要がある.空気瞳孔ブロックによる眼圧上昇は,網膜視神経の障害から失明に至る重篤な合併症である.今回,空気瞳孔ブロックをきたすことなく網膜循環障害によるものと考えられる視力障害の1例を経験したので報告する.I症例患者:70歳,男性.既往歴:糖尿病性腎症で人工透析.心筋梗塞でステント留置.眼内レンズ(intraocularlens:IOL)落下で硝子体手術後,再落下のため硝子体手術後にIOL縫着.現病歴:上記既往により2013年6月頃より右眼水疱性角膜症を認めるようになり,10月2日右眼移植片縫合を併用したDSAEKを他院にて施行された.その後,移植片機能不全となり視力低下を主訴に当院紹介となった.検査所見:・視力:右眼(0.06×sph+7.00D(cyl−8.00DAx130°),左眼(1.0×sph+1.00D(cyl−3.00DAx90°).・眼圧:右眼11mmHg,左眼8mmHg.・角膜内皮:右眼測定不能,左眼2,563cell/mm2.・角膜厚:右眼971μm,左眼531μm.・前眼部:右眼は水疱性角膜症による角膜混濁.左眼は異常なし(図1)・眼底:右眼はやや透見不良であったが,両眼とも汎網膜光凝固術後であり所見は安定していた.経過:上記にて右移植片機能不全による水疱性角膜症の診断で,2014年8月14日に全身麻酔下にてDSAEKを行った.前回の角膜創から機能不全の移植片を除去し,新しい移植片を通常の術式どおり挿入した.その後32G鋭針にて前房内を空気で全置換し移植片を接着した.術中の眼圧はトノペンXL®(米国ライカート社)で測定し35mmHgであった.15分待機し移植片の接着を確認した後,前房内の空気を一部抜去し眼圧を20mmHgに調整し手術終了とした.術後2時間の所見は,前房内空気40%,眼圧13mmHg,視力は光覚弁なしであった.空気瞳孔ブロックを疑う所見は認めず,眼底には桜実紅斑を認めなかったが,網膜循環障害による視力障害の可能性が高く緊急処置を行った.まずは前房穿刺による空気抜去を行い眼圧を下降(8mmHg)させ,血管拡張療法(ニトログリセリン0.3mg舌下投与,プロスタグランジン点滴療法)を行った.術翌日の朝には光覚を回復し視力は0.05(0.07×sph+6.50D(cyl−5.00DAx90°)であった.移植片の接着は良好であり,蛍光眼底造影検査では腕眼時間18秒と軽度遅延を認めたものの血流は再開していた.網膜電位図では右眼のa波b波は著明に低下していた.動的量的視野検査では明らかな視野障害は認めず,視神経疾患は否定的であった.その後,再度視力障害をきたすことなく経過良好につき退院となった.術3カ月後の視力は(0.4p×sph+3.00D(cyl−5.00DAx70°)であり,角膜の透明性の改善に伴い視力の改善を認めた.網膜電位図も徐々に改善が認められた(図2).II考按DSAEK術後に,空気瞳孔ブロックを生じなくても一過性眼圧上昇に伴い網膜循環障害をきたす危険性があることを学習した.網膜動脈障害は,眼圧と血圧のバランスで起こり,高眼圧・低血圧で起こりやすい1).動物実験の高眼圧モデルでは,1時間の虚血で有意な網膜障害が出現するとされている2).網膜動脈閉塞症で治療により回復できる時間帯は発症後90~100分以内とされる3).本症例は蛍光眼底検査で還流の遅延を認めており網膜循環不全の関与が大きいと考えられた.医原性網膜中心動脈閉塞症の発生機序はいまだ解明されていないが,網膜中心動脈への直接的な障害や麻酔薬による障害,麻酔薬による圧排の関与が推察されている4).また,眼球周囲への麻酔薬投与は網膜中心動脈の収縮を引き起こすという既報も認められる.網膜中心動脈閉塞症のリスクファクターとして高血圧や心疾患などの関与もあげられる.本症例は,全身既往として糖尿病性腎症・心筋梗塞によるステント留置があり血管閉塞リスクが非常に高かったと考えられる5~7).上記より角膜内皮移植(DSAEK/DMEK)では個々の症例ごとに前房内空気量や眼圧の管理を行うべきであり,全身の循環不全にも考慮し,手術や術後管理を行う必要性があると考えられた.本症例経験後,当院では空気注入後1時間後に診察を行うようにしている.文献1)PolkJD,RugaberC,KohnGetal:Centralretinalarteryocclusionbyproxy:acauseforsuddenblindnessinanairlinepassenger.AviatSpaceEnvironMed73:385-387,20022)RosenbaumDM,RosenbaumPS,SinghMetal:Functionalandmorphologiccomparisonoftwomethodstoproducetransientretinalischemiaintherat.JNeuroophthalmol21:62-68,20013)McDonaldHR,EliottD,FullerDGetal:Complicationsofgeneralanesthesiausingnitrousoxideineyeswithpreexistinggasbubbles.Retina22:569-574,20024)KleinML,JampolLM,CondonPIetal:Centralretinalarteryocclusionwithoutretrobulbarhemorrhageafterretrobulbaranesthesia.AmJOphthalmol93:573-577,19825)HørvenI:Ophthalmicarterypressureduringretrobulbaranaesthesia.ActaOphthalmol(Copenh)56:574-586,19786)Vinerovsky,RathEZ,RehanyUetal:Centralretinalarteryocclusionafterperibulbaranesthesia.JCataractRefractSurg30:913-915,20047)HazinR,DixonJA,BhattiMT:Thrombolytictherapyincentralretinalarteryocclusion:cuttingedgetherapy,standardofcaretherapy,orimpracticaltherapy?CurrOpinOphthalmol20:210-218,2009図1術前所見右眼の水疱性角膜症を認める.図2術翌日の所見a,b:前眼部所見.角膜の透明性の改善と移植片の接着良好を認める.c:動的量的視野検査.視神経疾患を疑う傍中心暗点は認めない.d:網膜電位図.右眼のa波・b波の低下を認める.〔別刷請求先〕長島崇充:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:TakamitsuNagashima,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPAN1070(144)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(145)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610711072あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(146)