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確認困難な網膜毛様動脈を伴った網膜中心動脈閉塞症の1例

2012年10月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(10):1423.1425,2012c確認困難な網膜毛様動脈を伴った網膜中心動脈閉塞症の1例秋澤尉子*1廣渡崇郎*1石田友香*1真木剛浩*2*1公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院眼科*2石川台駅前眼科ACaseofCentralRetinalArteryOcclusionwithSmallCilioretinalArteryYasukoAkizawa1),TakaoHirowatari1),TomokaIshida1)andTakehiroMaki2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,2)IshikawadaiekimaeEyeClinic網膜中心動脈閉塞症はcherryredspotを示し,視力予後が悪いことで知られるが,網膜中心動脈閉塞症のうち,黄斑部を灌流する網膜毛様動脈を伴う例は比較的視力障害が軽いと指摘されている.今回典型的なcherryredspotを呈さず,視力も比較的良好な症例に遭遇した.検眼鏡的には網膜毛様動脈は確認されなかったが,フルオレセイン蛍光眼底所見でfoveolaを灌流する小さな網膜毛様動脈と網膜中心動脈の閉塞とが確認され,網膜毛様動脈を伴う網膜中心動脈閉塞症の診断を得た.典型的なcherryredspotを示さない症例では必ず注意深い蛍光眼底検査を行い,網膜毛様動脈の存在やその灌流域を確認する必要がある.Purpose:Toreportacaseofcentralretinalarteryocclusion(CRAO)withsmallcilioretinalarterysparing.Case:Thepatient,a66-year-oldotherwisehealthymale,cametoEbaraHospitalhavingexperiencedsuddenlossofvisioninhisrighteye2dayspreviously.Examinationshowedthattheeye’sbest-correctedvisualacuitywas4/20.Ophthalmoscopicexaminationoftheeyeshowedretinaledemainthemacularareaandabsenceofacherryredspot.Fluoresceinangiographydisclosedasmallcilioretinalarterywithfoveolarsparing.Thepatient’svisionimprovedto20/20aweeklater.Conclusion:Becauseofthesmallcilioretinalartery,itwasdifficulttodiagnoseCRAOintheatypicalabsenceofacherryredspot,usingnormalophthalmoscopy.TodiagnoseCRAO,itisimportanttocarefullyexaminethefluoresceinangiograph.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(10):1423.1425,2012〕Keywords:網膜中心動脈閉塞症,網膜毛様動脈,cherryredspot,フルオレセイン蛍光眼底検査.centralretinalarteryocclusion,cilioretinalartery,cherryredspot,fluoresceinangiography.はじめに網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclusion:CRAO)は,急な視力低下で発症し,予後不良な疾患で知られる.Brownら1)は10,000人に1人の発症率であり,60歳代前半に多く,男性に多いと報告し,Hayrehら2)は網膜毛様動脈を伴う例は視力予後がよいとしている.さらに視力予後には網膜毛様動脈の灌流域が関与している3)との報告がある.今回筆者らは発症後2日を経過したCRAOでありながら視力予後が良い例を経験した.検眼鏡所見ではcherryredspotを呈さなかったが,蛍光眼底検査では網膜中心動脈の閉塞の他,小さな網膜毛様動脈を確認したが,これが中心窩を灌流しており視力予後が良い原因と思われた.CRAOでは網膜毛様動脈の確認は視力予後の予測ばかりか,治療方法の選択にも重要である.そのためには注意深い蛍光眼底検査で網膜毛様動脈の灌流域を確認する必要がある.I症例患者:66歳,男性.主訴:右眼の視力低下.現病歴:平成24年3月19日右眼視力低下に気付き,近医を初診した.右眼CRAO疑いで紹介され,21日荏原病院眼科を初診した.既往歴:なし.初診時所見:視力は右眼0.02(0.2×.3.75D(cyl.0.75D〔別刷請求先〕秋澤尉子:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:YasukoAkizawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashiyukigaya,Ota-ku,Tokyo145-0065,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(107)1423 図1初診時眼底写真(右眼)発症2日後の眼底写真であり,網膜動脈の狭細あり.後極網膜には浮腫があるが,cherryredspotは明瞭でない.図3蛍光眼底写真造影開始後1分1秒造影開始後1分1秒で右眼網膜中心動脈の造影が始まった.Ax70°),左眼0.2(1.5×.3.25D(cyl.1.25DAx70°).眼圧は右眼17mmHg,左眼17mmHg.両眼とも初発白内障あり.検眼鏡では右眼眼底はcherryredspotはなく視神経から後極網膜に不正反射あり,わずかに浮腫を認めたが,網膜毛様動脈は確認できなかった(図1).Goldmann視野では右眼中心4°の比較暗点あり.フルオレセイン蛍光眼底検査を施行したところ,造影開始33秒で右眼視神経乳頭耳側に黄斑部に向かう小さな網膜毛様動脈のみが造影された(図2).37秒では毛様動脈の静脈還流も確認された.さらに1分1秒で右眼網膜中心動脈の造影が始まった(図3).蛍光眼底検査の所見から網膜毛様動脈を伴うCRAOの診断にて3月21日入院となった.血圧194/101mmHgであり,血液検査で随時血糖200mg/dlであり,内科で高血圧・糖尿病1424あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012図2初診時蛍光眼底写真(右眼)造影開始後33秒左下は拡大写真.造影開始後33秒で右眼視神経乳頭耳側に黄斑部に向かう小さな網膜毛様動脈のみが造影された.の診断を得た.CRP(C反応性蛋白)は0.08mg/dlであった.経過:全身的には高血圧に対し内服開始,糖尿病に食事療法を開始した.3月21日からウロキナーゼ12万単位点滴5日間,高圧酸素療法1気圧1時間10日間を施行した.頭部MRI(磁気共鳴画像)を施行し,視神経周囲炎の所見はなかったが,右眼内頸動脈の狭窄が指摘され抗凝固剤の内服開始となった.右眼視力は,3月26日0.1(0.5×.3.75D(cyl.0.75DAx70°),高圧酸素終了時には0.2(1.0×.3.50D(cyl.0.75DAx80°),4月13日には0.2(1.2×.3.5D(cyl.0.75DAx80°)と改善した.Goldmann視野では傍中心比較暗点が残存したが,4月13日退院となった.II考按CRAOは急激な視力低下で発症し,視力予後が不良なことで知られる.Hayrehらによる動物実験で網膜中心動脈の完全閉塞後97分では網膜の機能は回復するが105分では網膜機能に障害が出る4),完全閉塞後4時間を過ぎると網膜の壊死が始まる5)という報告をもとに,発症後4時間以内に治療を開始することが求められている.さらにHayrehら2)はCRAOの視力予後を論じるなかで,治療法・予後の違いがありnon-arteric-CRAO,non-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparing,transientCRAO,artericCRAOの4群に別けて論じる必要があるとし,non-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは視力予後が比較的良いと報告している.自験例は初診時矯正視力は0.2であったが,初診時の眼底検査では,黄斑部に軽度に白濁した網膜浮腫があったが,中心窩周囲には網膜浮腫はなくcherryredspotはなかった.CRAO疑いと診断はしたものの,検眼鏡的には網膜毛様動(108) 脈が確認できなかったため,なぜcherryredspotを呈さないのか,視力低下が軽度なのか,診断が確定できなかった.強度近視6)や網脈絡膜萎縮が高度な症例7)ではCRAOでありながらcherryredspotを呈さないとの報告があるが,自験例では網脈絡膜萎縮はなかった.フルオレセイン蛍光眼底検査を行ったところ,造影開始33秒で黄斑部を灌流する小さな網膜毛様動脈を確認し,44秒で静脈還流を認め,さらに1分を過ぎてから網膜中心動脈の充盈が始まった.蛍光眼底検査の結果から網膜毛様動脈を伴ったCRAOの診断を得,視力低下が軽度な原因も確認できた.一方,視野の中心暗点の鑑別診断として球後視神経炎も検討すべきであり,頭部MRI検査を行ったが,視神経周囲炎などの所見はなく内頸動脈の狭窄がありCRAOの診断と矛盾するものはなかった.ところで,cilioretinalarteryがあれば,CRAOでも視力予後が期待でき,その存在を確認することは重要である.Cilioretinalarteryの発生頻度については諸家の報告がある.Liuら8)は蛍光眼底検査5,000眼の検討で923眼35%にciliaryarteryを確認し,このうち耳側に分布するものが78%,すなわち全体の27%と報告している.一方,Hayrehら2)はCRAO260眼の報告でnon-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは35例,すなわち13%と報告している.Lorentzen9)はCRAO53眼の報告でcilioretinalarteryは12%,Brownら3)は網膜動脈閉塞症187例のうちCRAOは107例,このうちcilioretinalarteryがあったのは28例,すなわち26%と報告している.このように耳側に向かう網膜毛様動脈の頻度は12%から27%と報告によって大きな差がある.網膜毛様動脈の状況は大小さまざまであり,大きな網膜毛様動脈が網膜全体を栄養している症例も報告10)されている.一方,自験例は検眼鏡では確認できず,注意深い蛍光眼底検査で初めて検出できた極小な網膜毛様動脈であった.網膜毛様動脈の頻度の差は人種差というだけではなく検出がむずかしいことも一因と思われる.CRAOの視力予後については,Hayrehら2)がCRAOを前述の4群に分類し,transientとnon-arteric-CRAOwithcilioretinalarterysparingは予後が良いとしている.しかし,網膜毛様動脈はその大きさや灌流部位がさまざまである.網膜毛様動脈の灌流部位に関してBrownら3)は耳側に向かうciliaryarterysparing28例をさらにfoveolaを灌流する12例,paramaculaの半分以上を灌流する例が11例,半分以下を灌流する例が5例と分類し,foveolaを灌流する例はそもそも視力低下が少なく予後が良いと報告した.網膜毛様動脈を伴うCRAOでは,単に網膜毛様動脈が耳側に向かうというのみでなく,その灌流域を確認することが重要である.自験例はごく小さい網膜毛様動脈であったがfoveolaを灌流していたため,発症時の視力低下が少なくかつ治療後視力が1.2という良好な視力予後を得たものと考える.CRAOの治療については,Hayrehらは閉塞後4時間で網膜には不可逆的な変化が生じる5)ので治療は発症後4時間以内に開始すべきであり,自然経過でもある程度の改善があり2),有効な治療はないとしている.このため,CRAOの治療は時間との戦いであり,発症後4時間を過ぎて初診してきた例は多くの施設で治療法はないと診断されてきたのが実情である.一方,Brownら3)はfoveolaを灌流するcilioretinalarteryを伴うCRAOでは閉塞後の浮腫で視力が低下するのであり,浮腫がとれれば視力が改善すると述べている.自験例ではCRAOから2日が経過しており,治療は効果がないとされるところであるが,foveolaに向かう網膜毛様動脈があるので中心窩の血流改善を目的として高圧酸素治療を行い1.2の矯正視力を得た.高圧酸素装置のある病院は限られているが,Brownら3)の考えに従えば,高圧酸素装置がなくてもfoveolaを灌流するcilioretinalarteryを伴うCRAOでは浮腫をとる治療などの可能性がある.今後はCRAOでは注意深く蛍光眼底検査を行って網膜毛様動脈の有無を確認し,灌流域がfoveolaを含んでいる例では発症後時間が経過していても十分な治療を行うようにしていきたい.文献1)SharmaS,BrownGC:Retinalarteryobstruction.In:RyanSJ(ed):Retina.3rded,p1350-1367,CVMosby,StLouis,20012)HayrehSS,ZimmermanMB:Centralretinalarteryocclusion:Visualoutcome.AmJOphthalmol140:376-391,20053)BrownGC,ShieldsJA:Cilioretinalarteriesandretinalarterialocclusion.ArchOphthalmol97:84-92,19794)HayrehSS,KolderHE,WeingeistTA:Centralretinalarteryocclusionandretinaltolerancetime.Ophthalmology87:75-78,19805)HayrehSS,ZimmermanMB,KimuraAetal:Centralretinalarteryocclusion.Retinalsurvivaltime.ExpEyeRes78:723-736,20046)井上亮,生野恭司,沢美喜ほか:強度近視眼に発症した網膜中心動脈閉塞症の一例.眼紀58:549-552,20077)松葉真二,岡本紀夫,三村治:桜実紅斑を呈しなかった網膜中心動脈閉塞症の一例.眼臨紀2:140-142,20098)LiuL,LiuLM,ChenL:IncidenceofcilioretinalarteriesinChinesehanHanpopulation.IntJOphthalmol4:323325,20119)LorentzenSE:Incidenceofciliaryarteries.ActaOphthalmol(Copenh)48:518-524,197010)HedgeV,DeokuleS,MatthewsT:Acaseofacilioretinalarterysupplyingtheentireretina.ClinAnat19:645647,2006(109)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121425