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網膜色素変性症の羞明生起における特異的波長

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1349.1354,2015c網膜色素変性症の羞明生起における特異的波長山田明子*1,2新井田孝裕*2靭負正雄*2仲泊聡*1*1国立障害者リハビリテーションセンター病院*2国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻視機能療法学分野WavelengthPropertyCausingPhotophobiainRetinitisPigmentosaPatientsAkikoYamada1),TakahiroNiida2),MasaoYukie2)andSatoshiNakadomari1)1)Hospital,NationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,2)DivisionofOrthopticsandVisualSciences,Master’sPrograminHealthSciences,GraduateSchoolofHealthandWelfareSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)患者の羞明に特異的な波長光について検討した.対象を直径2°以上の中心視野を有するRP患者20名(RP群)と晴眼者20名(統制群)とし,直径2°円形の単波長刺激(6波長,各波長2段階の強さの12種)を暗室内で擬似ランダムに呈示し,羞明の程度を9段階(1:「眩しさを感じない」から9:「耐えられない眩しさ」まで)から主観的に評価してもらった.群間比較では,RP群は統制群に比べて,484nm0.50logcd/m2時の評価値が有意に高く(p<0.05),9段階の評価値のうち眩しさが強いことを示す「5」以上と評価した人数が有意に多かった(p<0.05).波長間比較では,両群ともに短波長時の評価値が長波長時に比べて有意に高く(p<0.05),RP群は統制群にはみられない484nm時の評価値が高くなる傾向が示された.両群ともに短波長光を遮光することが羞明軽減に有効であり,特にRP患者の遮光眼鏡選定には,484nm付近の波長を考慮に入れた選定の必要性が示唆された.Inthisstudy,weinvestigatedthewavelengthpropertycausingphotophobiainretinitispigmentosa(RP)patients.TwentyRPpatientswith2degreesormoreofcentralvisualfield(RPgroup)and20age-matchedsubjectswithnormalvision(controlgroup)werepresented,pseudo-randomly,with12narrow-bandlightstimuliof2degreesdiameter(twonearluminanceconditionsbysixdifferentwavelengths)inadarkbackground.Subjectsassessedtheseverityofphotophobiaviaasubjectivenine-gradescore(grade1:noglaretograde9:mostintolerable).Thescorefor484nm,0.50logcd/m2intheRPgroupwassignificantlyhigh,andthenumberofRPpatientswhoevaluated5orgreaterwassignificantlylargerthanthatinthecontrolgroup(p<0.05).Inbothgroups,theshort-wavelengthscorewassignificantlyhigherthanthelong-wavelengthscore(p<0.05),andthatof484nmtendedtobehighintheRPgroup.Theresultsofthisstudysuggestthatcuttingshort-wavelengthlightiseffectiveforreducingphotophobia,andinparticular,cuttingaround484nmshouldbeconsideredwhenselectingatintedfilterforRPpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1349.1354,2015〕Keywords:網膜色素変性症,羞明,484nm,遮光眼鏡.retinitispigmentosa,photophobia,484nm,tintedfilter.はじめにロービジョンケアでは,多くの患者が羞明を訴え,その羞明を軽減させるために遮光眼鏡の選定が行われている.羞明をきたす疾患は多岐にわたるが,それぞれの疾患でなぜ羞明が生じるのかといった原因やメカニズムは明らかにされていない.羞明の神経学的メカニズムについては,パラソル細胞や小型二層性神経節細胞を介した神経経路1)や,視交叉部2),後頭葉底部3),メラノプシン含有神経節細胞4)が羞明に関与する可能性が報告されているが,いまだそのメカニズムの全容解明には至っていない.一方,羞明を軽減させる視覚補助具として用いられる遮光眼鏡とは,短波長光が散乱しやすいという理由から,短波長光を選択的に遮光するものが一般的であるが,短波長光がどのような視覚情報伝達によって眩しさを感じるのかは明らかではない.〔別刷請求先〕山田明子:〒359-8555埼玉県所沢市並木4丁目1番地国立障害者リハビリテーションセンター病院Reprintrequests:AkikoYamada,Hospital,NationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,4-1Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8555,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(121)1349 また,遮光眼鏡の選定方法においても,いまだ客観的で統一した方法は確立されていない.その理由としては,羞明そのものが自覚症状であり,客観的に評価することが困難であるということがあげられる.本研究では,羞明を訴える多くの疾患のなかで,さまざまな場面でこれを感じているとされる5)網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)患者を対象とした.多くのRP患者は,診断初期から羞明を訴え,視力や視野が低下しても,なお羞明を訴えることが多い.しかし,「RP患者がなぜ眩しさを感じるのか」「どのような波長に対して眩しさを感じるのか」というRP患者の羞明の実態や原因,発生機序は明らかにされていない.そこで,それを明らかにする手がかりを得るために,動的量的視野検査のV/4視標で直径2°以上の中心視野を有するRP患者と晴眼者に波長の異なる光を呈示し,中心視での羞明の主観的評価を比較した.中心視野が保たれているRP患者が,可視光線領域のどの波長に眩しさを感じるのかを実験的に明らかにし,RP患者の羞明に特異的な波長について検討した.I対象および方法1.対象対象は,RP患者20名(RP群)と晴眼者20名(統制群)とした.RP群は,国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科を受診し,RPと屈折異常以外の眼疾患および身体障害が認められなかった20名20眼(男性10名,女性10名),平均年齢50.8±12.5歳(28.69歳)とした.また,Goldmann視野計の最大視標であるV/4視標(視標面積:64mm2,視標輝度:1,000asb)で,直径2°以上の中心視野を有する者とした.RP群の良いほうの眼の矯正視力は,小数視力0.06から1.2(中央値:0.45)であった.統制群は,屈折異常以外に特記すべき眼疾患のない者20CDBAXeランプ30cmEBAC眼M50cm図1色光刺激装置(RF2,ニデック社製)光学的構造A:干渉フィルター,B:NDフィルター,C:シャッター,D:パターン,E:絞り,M:ミキシングチューブ.1350あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015名20眼(男性10名,女性10名),平均年齢48.8±14.1歳(23.67歳)とした.統制群の良いほうの眼の矯正視力は,全員小数視力1.2であった.なお,白内障手術後の眼内レンズ挿入眼はRP群20名中8名(7名は着色レンズ,1名はレンズ詳細不明),統制群20名中3名(レンズ詳細不明)であった.2.実験装置単波長光を呈示するために,色光刺激装置(RF2,ニデック社製,図1)を使用した.刺激光は,75Wのキセノン(Xe)ランプを光源とした.検査光路に干渉フィルター(中心波長が400.700nmまで20nmおきのバンドパスフィルター16枚使用)を置き,NDフィルターで等エネルギーとした6).そして,刺激光をミキシングチューブで1点に集光し,黒背景に直径2°の円形視標として呈示した.刺激光のピーク波長は,中心視に関連する423nm(短波長感受性錐体最大感度波長付近),465nm(黄斑色素最大吸収波長付近),484nm(メラノプシン含有神経節細胞最大感度波長付近)544nm(中波長感受性錐体最大感度波長付近),566nm(長波長(,)感受性錐体最大感度波長付近),630nm(長波長感受性錐体の長波長側周辺感受域波長)の6種類とした.刺激光の輝度は,コニカミノルタ社製,分光放射輝度計(CS2000)を用いて測定した.423nmの刺激光において,色光刺激装置で呈示することのできる最大輝度2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)付近の輝度とし,被験者の負担を最小限に抑えるため,分析時に線形補完による計算が可能となる最低単位である2条件を使用した(表1).3.実験手順被験者は,暗室内に置かれた色光刺激装置の顎台で頭部を固定し,裸眼で刺激光を観察した.観察眼は矯正視力の良いほうの眼とし,左右眼の視力が同一の場合には,被験者が自覚的に見やすいほうの眼とした.テスト刺激光の呈示を開始する前に,先行研究7)より眩しさを生じさせにくいと考えられる長波長光である630nmの光を,表1に示したテスト光の輝度よりも低い2.0cd/m2(対数輝度:0.30logcd/m2)の輝度で呈示し,接眼鏡の視度調整と被験者の固視状態を確認した.光に対する固視を確認した後,5分間の暗順応を行った.暗順応の後,表1に示した12種類の色光(6種類の単波長×2条件の輝度)を呈示した.刺激呈示順序は,被験者によって異なるよう擬似ランダムとし,カウンターバランスをとった.被験者には,羞明の有無,程度について表2に示した9段階の評価尺度7)から主観的に評価して口頭で答えるよう教示した.各波長光の呈示時間は最長5秒間とし,被験者が主観的評価を口頭で答えた時点で呈示終了とした.呈示間隔は1分間とし,その間は真っ暗な無光状態とした.被験者に(122) 表1呈示刺激の輝度レベルcd/m2(対数輝度:表2羞明の主観的評価尺度logcd/m2)評価値眩しさのレベルレベル1レベル2423nm2.70(0.43)2.07(0.32)465nm3.39(0.53)2.68(0.43)484nm3.19(0.50)2.29(0.36)544nm3.25(0.51)2.60(0.41)566nm3.07(0.57)2.42(0.38)630nm3.49(0.54)2.89(0.46)1眩しさを感じない23充分に許容できる眩しさ45許容できる限界の眩しさ67気にさわる眩しさ89耐えられない眩しさは,その間,「眼を閉じて,休めてもよい」と教示した.998423nm465nm0.530.43対数輝度(logcd/m2)84.分析方法本実験では,使用した色光刺激装置の構造上,波長間での厳密な等輝度化ができなかった.そこで,各波長の2つの輝度条件の結果から各被験者の2.7cd/m2(対数輝度0.43log765432765432主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値11cd/m2)に対する主観的評価値を以下の線形補完によって推00定し,これを分析に用いた.まず初めに,縦軸に評価値,横軸に輝度となる図上に2条990.430.32対数輝度(logcd/m2)*1bへ代入することで,2点を結んだ直線式を求めた.本研究010では,この直線式から導かれる線上に0.43logcd/m2時の評484nm0.5544nm0.51価値があると仮定し,Xに0.43を代入して0.43logcd/m29対数輝度(logcd/m2)対数輝度(logcd/m2)0.360.41988件の輝度で測定された評価値をプロットし,その2点を結ん77だ直線をY=aX+bと仮定した.そして,この式の2条件6655の輝度で測定された評価値をそれぞれ,Xに輝度,Yに評価4433値を代入して,連立方程式を解き,aとbを求め,Y=aX+22時の評価値を求めた.統計学的検討には,群間比較では,Mann-WhitneyのU検定,群間での人数の比較では2群の比率の差の検定を,波長間検定では,Kruskal-Wallis検定を用いた.II結果1.群間における色光刺激に対する主観的評価の比較統制群とRP群において,12種類の光刺激に対する主観的評価値の中央値を比較した結果を図2に示す.RP群は,統制群に比べて484nmの対数輝度0.50logcd/m2時,630nmの対数輝度0.46logcd/m2において主観的評価値が有意に高かった.しかし,その他の刺激光については,本実験で用いた輝度では群間に差はみられなかった.また,各光刺激の主観的評価値が,白内障手術後に使用する眼内レンズの影響を受けていないかを調べるために,RP群,統制群それぞれにおいて,眼内レンズ挿入眼者と眼内レンズ非装用眼者で各波長における主観的評価値の中央値について比較した.その結果,RP群,統制群ともに眼内レンズ挿入眼者と眼内レンズ非挿入眼者の間には,羞明の評価値に有意な差はみられなかった.(123)630nm*11000.540.46対数輝度(logcd/m2)■統制群(n=20)■RP群(n=20)図2統制群およびRP群の各刺激光に対する主観的評価値中央値の比較RP群は,統制群に比べて484nmの対数輝度0.50logcd/m2時,630nmの対数輝度0.46logcd/m2において主観的評価値が有意に高かった.*p<0.05(Mann-WhitneyのU検定)つぎに,統制群とRP群において,等輝度の波長に対する評価値の違いを推定するために,線形補完から推測された2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の各波長の評価値を全被験者で求め,評価値「5:許容できる限界の眩しさ」以上を示した人数について比較した(図3).484nmにおいて,RP群は統制群に比べ,「5」以上と評あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151351566nm887766554433220.570.38対数輝度(logcd/m2) 統制群(n=20)RP群(n=20)9108786*************主観的評価値645432人数2100423465484544566630423465484544566630波長(nm)波長(nm)図3羞明の主観的評価を「5」以上と評価した人数の比率図5RP群の各波長における主観的評価値中央値の比較484nmにおいて,RP群は統制群に比べ,「5」以上と評(n=20)価した人数が有意に多かった(p<0.05).*p<0.05(2群**p<0.01,*p<0.05(Kruskal-Wallis検定)の比率の差の検定)央値は4,465nmでは2,484nmでは3.5,544nmでは2,566nm,630nmでは1を示した.各波長間の評価値を比較*******すると,423nmは465nm,544nm,566nm,630nmに対9して,484nmは,544nm,566nm,630nmに対して有意87**に高い評価値を認めた.その他の波長間においては,有意差6はみられなかった.5******主観的評価値4III考察32*本研究の結果から,晴眼者では423nm,465nm,484nm1といった500nm以下の短波長光で長波長に比べて眩しさを0423465484544566630感じやすいことが示された.そして,RP患者においても波長(nm)423nm,484nmの短波長光で羞明を感じやすいことが示された.これらの結果は,木村ら7)やStringhamら1)の晴眼者図4統制群の各波長における主観的評価値中央値の比較(n=20)**p<0.01,*p<0.05(Kruskal-Wallis検定)価した人数が有意に多かった.しかし,他の波長においては群間に差はなかった.2.各群における色光刺激に対する主観的評価の波長間比較統制群とRP群それぞれにおいて,波長間の特徴を比較するために,2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の線形補完から推測された評価値の中央値を求めた.統制群の結果を図4に示す.423nmにおける評価値の中央値は4,465nmは3,484nmでは2.75,544nmでは1.5,566nmでは1,630nmでは1であった.各波長間の評価値について比較したところ,423nmは484nm,544nm,566nm,630nmに対して,465nmは544nm,566nm,630nmに対して,484nmは566nm,630nmに対して有意に高い評価値を認めた.その他の波長間において有意差はみられなかった.一方,RP群の2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の評価値の中央値を図5に示す.423nmにおける評価値の中1352あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015を対象にした研究結果と一致していた.Stringhamら1)の研究では,短波長のなかでも460nm付近の波長においては,他の短波長光に比べて,羞明を感じにくいことを報告し,その理由として,460nmの光をピークに短波長光を吸収する黄斑色素の影響について指摘している.今回の結果では,晴眼者においては,呈示光の輝度が比較的に低かったためか465nmでの評価値が他の短波長光に比べて低い傾向はみられなかったが,RP患者においては,他の短波長光に比べて465nmで評価値が低くなる傾向がみられ,Stringhamら1)が示した結果と一致した.黄斑色素は,ルテインとゼアキサンチンという2種類のカロチノイドからなり,網膜の中心窩部分に存在し,460nmを最大吸収波長として短波長光を吸収することがよく知られている8).そして,黄斑色素密度は個人差が大きいため正確な正常値は示されておらず,疾患との関連についての研究も少ないのが現状である.よって,RP患者の黄斑色素の状態は明らかではないが,今回の結果からRP患者における羞明と黄斑色素との関連性について今後,検討が必要と思われた.つぎに,RP患者の羞明に特異的な波長について検討した.RP患者は,計算から求めた2.7cd/m2時の評価値を使用し(124) た各波長間の比較では,484nmに対する主観的評価値が,統制群ではみられない423nm時に匹敵する高い評価値を示した.さらに,刺激光をより眩しいと評価していると思われる評価値「5:許容できる限界の眩しさ」以上を示した人数の比率を比較した結果でも,RP群は,統制群に比べて484nmにおいて「5」以上を示す人数が有意に高く,484nmの光で眩しさを感じることが示された.以上の結果からRP群では,484nmの光において羞明を感じるメカニズムが存在するのではないかと考えることができる.本実験では直径2°の光刺激を呈示し,その光を見てもらう方法を用いた.中心窩の直径2°に存在する視細胞の分布については,錐体細胞の多くが存在し,杆体細胞は中心窩直径1°内には,存在しないとされている9).そして,錐体細胞の分布については,従来,短波長感受性錐体(以下,S錐体)は中心窩付近には存在しないとされていたが,Curcioら10)の中心窩のS錐体の分布の研究により,直径2°内にも多くのS錐体が存在することが示された.以上のことから,晴眼者の場合には,中心窩を含む直径2°内には,すべての視細胞が存在していることがわかる.一方,RP患者では,疾患初期から,杆体の変性が生じることが知られている11).本研究のRP患者においても,診察時の問診からすべての被験者が夜盲を訴えており,杆体変性に伴う杆体の機能低下が生じていたと考えることができる.よって,RP患者においては,機能すべき杆体が変性し,光を受容することができず,錐体が光をおもに受容し,網膜神経節細胞へ信号を送っていると推測できる.堀口12)は,網膜色素変性症で生じる羞明のような視細胞変性による羞明に対する一つの仮説として,「1.視細胞変性のため,網膜神経節細胞の入力量が変化して,2.これらの神経節細胞が過敏性を獲得する.3.その結果,閾値が低下するという除神経性過敏が起こる.4.閾値が低下した神経節細胞は屋内光などの弱い入力でも容易に興奮し,脳への出力が増加するために羞明を感じる」と述べている.RP患者で特異的に羞明を生じやすかった484nmは,メラノプシン含有神経節細胞の最大感度波長だけではなく,杆体の最大感度波長付近にも近い.したがって,484nm時の評価値で有意差がみられた理由としては,杆体と錐体の両者と連絡のある神経節細胞が,RPによる杆体の変性から生じた錐体からの入力に対して除神経過敏を生じたのかもしれない.一方,メラノプシン含有神経節細胞は484nmでの感受性が高く,RP患者でも障害されにくいことから,484nm時の羞明の理由として検討すべき候補と考えることもできる.しかし,メラノプシン含有神経節細胞が高輝度で作動すること13),神経節細胞が中心窩の外縁に多く分布すること14)を考慮すると,今回の実験で用いた中心2°と2.7cd/m2という刺激条件からは,その可能性は高くないと思われる.(125)また,630nmの刺激光に対する統制群とRP群の間にみられた有意差(図2)については,RP群においてL錐体からの入力が羞明に何らかの影響を与えていることが推察されるが,そのメカニズムについてはまったく不明である.しかし,RP群の被験者は,FarnsworthDichotomousTestPanelD-15(LUNEAU社製)での色覚検査において,20名中17名がなんらかの色覚異常を示していたことから,RP群の被験者は,杆体だけではなく,いずれかの錐体にも変性が生じていたことが考えられる.したがって,錐体の変性に伴い網膜神経節細胞の入力量が変化し,除神経性過敏が生じていたと考えることができるかもしれない.今後,症例数を増やし,色覚異常のタイプによる詳細な分析が必要と思われた.今まで,RP患者の羞明軽減には,短波長光が散乱しやすいという理由や,短波長による光障害からの防御という目的から,短波長をカットする遮光眼鏡が一般的に用いられてきたが,RP患者にとって,短波長光が長波長光に比べて眩しさを感じることを示す研究や,短波長を遮光する遮光眼鏡の有効性を示す研究はなかった.今回の結果から,RP患者においても短波長の光において,長波長に比べて羞明を感じやすいことが明らかにされ,特に484nm付近の波長において有意に評価値が高くなることが示された.これによりRP患者の羞明の軽減には,短波長光を遮光する遮光眼鏡が有効であること,484nmの波長を考慮に入れた選定が必要であることが示唆された.今後,さらにRPによって生じる羞明の詳細な実態を明らかにするためには,症例を重ね,遺伝子タイプや視機能と羞明の関連についても検証する必要があると思われた.文献1)StringhamJM,FuldK,WenzelAJ:Actionspectrumforphotophobia.JOptSocAmAOptImageSciVis20:1852-1858,20032)豊口光子,大平明彦,河野智子ほか:羞明が初発症状となった視交叉部への神経膠腫浸潤.あたらしい眼科22:1583-1585,20053)HoriguchiH,KuboH,NakadomariS:Lackofphotophobiaassociatedwithbilateralventraloccipitallesion.JpnJOphthalmol55:301-303,20114)NosedaR,KainzV,JakubowskiMetal:Aneuralmechanismforexacerbationofheadachebylight.NatNeurosci13:239-245,20105)郷家和子:網膜色素変性用眼鏡.眼科診療プラクティス49眼鏡処方,p54-55,文光堂,19996)石田みさ子,..島謙次,三輪まり枝ほか:黄色眼内レンズのスぺクトル感度に及ぼす影響.日眼会誌98:192-196,19947)木村能子,阿山みよし:LEDに対する眩しさ感の年齢差に関する研究.照明学会誌94:120-123,20108)尾花明:黄斑色素量.眼科診療プラクティス25眼のバあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151353 イオメトリー眼を正確に測定する,p345-351,文光堂,9)RodieckRW:TheFirstStepsinSeeing.p206,SinauerAssociates,SunderlandUSA,199810)CurcioCA,AllenKA,SloanKRetal:Distributionandmorphologyofhumanconephotoreceptorsstainedwithanti-bluopsin.JCompNeurol312:610-624,199111)中村誠:網膜色素変性症とその類縁疾患の診断法.眼科ケア27:92-99,200912)堀口浩史:遮光眼鏡と羞明─分光分布から羞明を考える.あたらしい眼科30:1093-1100,201313)堀口浩史,仲泊聡:羞明の科学─遮光眼鏡適合判定のために.視覚の科学31:71-81,201014)福田裕美:メラノプシン網膜神経節細胞に関する研究.日本生理人類学会誌16:31-37,2011***1354あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(126)

網膜色素変性症患者にみられた眼内レンズ前房内脱臼の1例

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(127)699《原著》あたらしい眼科27(5):699.702,2010cはじめに網膜色素変性症は,原発性,びまん性に網膜視細胞と色素上皮の機能が障害される進行性で遺伝性の疾患である.代表的な症状は夜盲,視野狭窄,視力低下,羞明,光視症,飛蚊症,色覚異常などがあり,合併症として白内障や緑内障の合併が多いほか,屈折異常,硝子体異常などがみられる1).特に白内障は後.下混濁を瞳孔領の中央に認めることが多く(成人網膜色素変性症患者の35.51%)2.4),およそ35歳前後と比較的若年のうちに白内障手術が行われることがある5).網膜色素変性症を有していても,白内障手術を行うことによって視力の改善を得られることは多い6,7).ただし,白内障術後には,高度な水晶体.の前.収縮や後.混濁,.胞様黄斑浮腫が生じることが知られており6,8),ときに水晶体偏位9)や白内障術後に眼内レンズの偏位を認めることがある7,10,11).Leeらは網膜色素変性症患者で特に問題なく白内障手術が行われたが,術後に両眼とも眼内レンズが脱臼した例を報告している10).今回,筆者らは網膜色素変性症患者の白内障術後に,片眼は眼内レンズが水晶体.に包〔別刷請求先〕松村健大:〒910-1193福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23-3福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学Reprintrequests:TakehiroMatsumura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalScience,UniversityofFukui,23-3Shimoaizuki,Matsuoka,Eiheiji,Yoshida-gun,Fukui910-1193,JAPAN網膜色素変性症患者にみられた眼内レンズ前房内脱臼の1例松村健大高村佳弘久保江理赤木好男福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学IntraocularLensDislocationtotheAnteriorChamberinaCaseofRetinitisPigmentosaTakehiroMatsumura,YoshihiroTakamura,EriKuboandYoshioAkagiDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalScience,UniversityofFukui緒言:網膜色素変性症においては,水晶体もしくは眼内レンズが硝子体側に脱臼する場合がときにみられる.今回筆者らは,網膜色素変性症患者において両眼の眼内レンズが偏位し,特に片眼は前房内へ脱臼していた症例を経験したので報告する.症例:58歳,男性.12年前に当院にて網膜色素変性症と両眼の白内障を指摘され,超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を施行された.術後12年経過し,両眼の視力低下を主訴に当院再受診.視力は両眼とも光覚弁であり,右眼は眼内レンズが前房内へ脱臼し,左眼は亜脱臼している状態であった.硝子体手術を併用して,両眼内レンズ摘出および縫着術を施行した.摘出した水晶体.の光学顕微鏡組織切片像では,高度な前.収縮と.内にa平滑筋アクチンを発現する平滑筋様の伸長した線維細胞が充満した像が観察された.結論:網膜色素変性症元来のZinn小帯の脆弱性に加えて,白内障術後の前.収縮が眼内レンズ脱臼の一因と思われた.脱臼した眼内レンズの摘出および縫着において硝子体手術の併用は有用であった.Wereportacaseofbilateralintraocularlens(IOL)spontaneousdislocationassociatedwithretinitispigmentosa(RP),inwhichtheIOLoftherighteyedislocatedintotheanteriorchamber.Thepatient,a58-year-oldmalediagnosedRPandcataract,receiveduneventfulcataractsurgery.Twelveyearslater,hecomplainedofdiminishedvisualacuityinbotheyes.Intherighteye,theIOLwithcapsularbaghaddislocatedintotheanteriorchamber;inthelefteye,theIOLhaddislocatedintotheanteriorvitreouscavity.ThesurgicalprocedureperformedincludedIOLremoval,vitrectomyandsecondaryIOLscleralfixation.Histologicalmicroscopicexaminationrevealedsevereanteriorcapsularcontractionandfibrocytesfillingthecapsularbagappearinga-smoothmuscleactin.ProgressedanteriorcontractioncombinedwithzonularfiberfragilitymightcauseIOLdislocationintheeyeofRPpatient.ThesurgicalcombinationwithvitrectomywasbeneficialfortheIOLremovalandfixationprocedure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):699.702,2010〕Keywords:眼内レンズ脱臼,網膜色素変性症,前房,Zinn小帯の脆弱性.intraocularlensdislocation,retinitispigmentosa,anteriorchamber,zonularweakness.700あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(128)まれたまま前房内へ脱臼し,他眼は硝子体腔に亜脱臼した1例を経験したので報告し,その成因を摘出した水晶体.の組織標本より検討した.I症例患者:58歳,男性.主訴:両眼視力低下.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:1996年8月に両眼の視力低下を主訴に近医を受診し,眼底に骨小体様色素沈着,網膜血管の狭細化,視神経乳頭の蒼白化といった所見を認め,網膜色素変性症と診断された.両眼の白内障も認め,精査・加療目的で当科へ紹介受診となった.受診時の視力は右眼0.02(矯正不能),左眼0.02(矯正不能)であった.同月,浅前房のため,両眼ともレーザー虹彩切開術を施行された.同年10月に両眼における超音波水晶体乳化吸引術と眼内レンズ挿入術が施行された.術中・術後の合併症はなく,術後視力は右眼0.04(矯正不能),左眼0.03(0.06×.2.0D(cyl.1.0DAx30°)であった.退院後は外来にて経過観察していたが,同年12月に前.収縮と後発白内障を認め,Nd:YAGレーザーにて,右眼は前.切開を,左眼は前.切開と後.切開が施行された.以後,近医にて経過観察を続けていた.現病歴:2008年2月頃からの両眼視力低下を主訴に,手術から12年経過した2008年4月8日に当科を再受診した.再診時眼科所見:視力は両眼ともに光覚弁(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.細隙灯顕微鏡による前眼部観察にて,右眼は眼内レンズおよび水晶体.が前房内へ脱臼しており(図1a),左眼においては硝子体腔に亜脱臼していた(図1b).また,左眼の眼内レンズは耳側が水晶体.から脱出している状態であった.両眼とも瞳孔不整は認めず,角膜内皮細胞密度は右眼2,770/mm2,左眼1,517/mm2であった.経過:2008年4月28日に右眼に対し20ゲージ硝子体切除術を併用して眼内レンズ摘出および縫着術を施行した.同様の手術を左眼に対し5月2日に施行した.術後2週間において視力は右眼0.01(矯正不能),左眼手動弁(矯正不能)と改善した(図1c,d).術後3カ月の角膜内皮細胞密度は右眼2,342/mm2,左眼1,653/mm2であったが,術後1年2カ月経過して,左眼は1,600/mm2とほぼ変化はなかったが,右眼は2,053/mm2と減少していた.摘出した水晶体.から眼内レンズを外し,パラフィン切片作製の後,ヘマトキシリン-エオジン染色を施行した(図2).光学顕微鏡で組織切片を観察すると,前.が高度に収縮し,acbd図1術前後の前眼部写真術前:右眼(a)は眼内レンズおよび水晶体.が前房内へ脱臼しており,左眼(b)は亜脱臼していた.術後:右眼(c),左眼(d)それぞれ眼内レンズを縫着した.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010701.内が平滑筋様の伸長した線維細胞で充満していた.これらは後発白内障で発現がみられる水晶体上皮細胞の線維化マーカーである抗a平滑筋アクチン(a-smoothmuscleactin:a-sma)抗体で陽性であった.II考按網膜色素変性症では,白内障術後に高度な前.収縮や後.混濁,眼内レンズの偏位などを認めることがある6.8,10).今回,筆者らは網膜色素変性症患者に超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術が問題なく行われたが,術後12年経過して,両眼とも眼内レンズが脱臼した例を報告した.過去に,網膜色素変性症患者の白内障術後に,眼内レンズが両眼とも硝子体腔で脱臼した例は報告されている10)が,本症例では右眼の眼内レンズが水晶体.ごと前房内へ脱臼している状態であった.このような例は筆者らの知る限り報告がない.眼内レンズ脱臼の原因として,第一にZinn小帯の脆弱性が影響していると考えられる8,10.13).網膜色素変性症では水晶体自体が脱臼する症例もみられる14)ので,特異的なZinn小帯の脆弱性があるものと考えられる.本症例では白内障手術前に浅前房がみられ,術前からZinn小帯の切裂が一部あった可能性もある.ただし,術前に水晶体振盪や手術中にZinn小帯の異常は確認されなかった.今回,摘出した水晶体.の標本において,高度の前.収縮が組織学的に認められた.a平滑筋アクチンを発現する線維細胞が水晶体.内に充満していたことから,水晶体上皮細胞から線維性の変化が強く起きていたことが示唆され,前.収縮が助長されたものと推測される.Zinn小帯の脆弱性と前.収縮が互いにどのように関連しているかは不明であるが,Zinn小帯が脆弱であるが故に,前.収縮が高度に起こる可能性がある.逆に前.切開面の収縮が,さらにZinn小帯へ負荷を与えることで脆弱性を助長し,脱臼に至った可能性も考えられる.第二に脱臼の原因として,レーザー虹彩切開術を施行したことが影響している可能性も考えられる.レーザー虹彩切開術を施行した後,水晶体が自然に前房内へ脱臼した例は数例報告されており15,16),網膜色素変性症患者においても,高眼圧後にレーザー虹彩切開術を施行した後,両眼水晶体の前房内脱臼を認めた例が報告されている14).レーザー虹彩切開術後眼に対する白内障手術において,Zinn小帯の脆弱性は臨床的によく経験されるが,本症例ではレーザー虹彩切開術を施行されて12年が経過しており,脱臼との関連性がどこまであるのか明らかではない.SeongらはZinn小帯が緩んでいるため,水晶体が虹彩裏面へ付着し,硝子体圧が一気に上昇したことで,水晶体が前房内へ押し出されたという仮説をたてている15)が,本症例においても同様の機序が起こったのではないかと予想される.白内障手術の前.収縮と後.混濁に対し,Nd:YAGレーザーで前.切開と後.切開を施行していることも,Zinn小帯に負荷を与えることとなり,眼内レンズの脱臼に影響していると推測される10,14).また,角膜内皮細胞密度に関しては,左眼は術前後にほとんど変化を認めなかったが,右眼は術直後に2,342/mm2と軽度の減少を認め,術後1年2カ月経過して,2,053/mm2とさらに減少していた.右眼は眼内レンズが前房内へ脱臼していたため,角膜内皮細胞への影響が左眼よりも大きかったのではないかと推測され,今後もさらなる減少が生じないか,注意深い経過観察が必要であると考えられる.今回,脱臼した眼内レンズの摘出および縫着において硝子体手術を併用した.持続灌流によって硝子体腔の安定性を高め,眼内レンズの摘出および縫着を容易に行うことが可能であった.さらに十分な硝子体切除を行うことで,術後網膜.離の危険性を低下させることができると思われ,硝子体手術の併用は有用であったと考えられる.文献1)BersonEL,RosnerB,SandbergMAetal:Ocularfindingsinpatientswithautosomaldominantretinitispigmentosaandrhodopsin,proline-347-leucine.AmJOphthalmol111:614-623,19912)HeckenlivelyJ:Thefrequencyofposteriorsubcapsularcataractinthehereditaryretinaldegenerations.AmJOphthalmol93:733-738,19823)BastekJV,HeckenlivelyJR,StraatsmaBRetal:Cataractsurgeryinretinitispigmentosapatients.Ophthalmology89:880-884,19824)FishmanGA,AndersonRJ,LourencoP:Prevalenceofposteriorsubcapsularlensopacitiesinpatientswithretinitispigmentosa.BrJOphthalmol69:263-266,19855)NewsomeDA,StarkWJ,MaumeneeIH:Cataractextrac-ヘマトキシリン-エオジン染色,×200抗a-sma抗体による免疫染色(DAB発色),×200(前.側)(後.側)(前.側)(後.側)図2摘出した水晶体.の組織切片像高度の前.収縮が認められ,水晶体.内は線維性物質で充満している.線維性物質は抗a-sma抗体陽性である.702あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(130)tionandintraocularlensimplantationinpatientwithretinitispigmentosaorUsher’ssyndrome.ArchOphthalmol104:852-854,19866)JacksonH,Garway-HeathD,RosenPetal:Outcomeofcataractsurgeryinpatientwithretinitispigmentosa.BrJOphthalmol85:936-938,20017)DelBeatoP,TanzilliP,GrengaRetal:Isitusefultoperformcataractsurgeryinretinitispigmentosapatient?InvestOphthalmolVisSci38:868,19978)HayashiK,HayashiH,MatsuoKetal:Anteriorcapsulecontractionandintraocularlensdislocationafterimplantsurgeryineyeswithretinitispigmentosa.Ophthalmology105:1239-1243,19989)SatoH,WadaY,AbeYetal:Retinitispigmentosaassociatedwithectopialentis.ArchOphthalmol120:852-854,200210)LeeHJ,MinSH,KimTY:Bilateralspontaneousdislocationofintraocularlenseswithinthecapsularbaginaretinitispigmentosapatient.KoreanJOphthalmol18:52-57,200411)GrossJG,KokameGT,WeinbergDV:In-the-bagintraocularlensdislocation.AmJOphthalmol137:630-635,200412)RachipalliR,SrinivasK:Capsulorhexisphimosisinretinitispigmentosadespitecapsulartentionringimplantation.JCataractRefractSurg27:1691-1694,200113)並木真理,田上勇作,森野以知朗ほか:眼内レンズ移植後の高度の前.収縮・混濁についての毛様体鏡所見と前.組織所見.日眼会誌97:716-720,199314)KwonYA,BaeSH,SohnYH:Bilateralspontaneousanteriorlensdislocationinaretinitispigmentosapatient.KoreanJOphthalmol21:124-126,200715)SeongM,KimMJ,TchanH:Argonlaseriridotomyasapossiblecauseofdislocationofacrystallinelens.JCataractRefractSurg35:190-192,200916)KawashimaM,KawakitaT,ShimazakiJ:Completespontaneouscrystallinelensdislocationintotheanteriorchamberwithsevercornealendothelialcellloss.Cornea26:487-489,2007***

網膜色素変性症に伴う.胞様黄斑浮腫に対して硝子体手術が有効と思われた1 例

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1(131)4130910-1810/09/\100/頁/JCLSあたらしい眼科26(3):413417,2009cはじめに網膜色素変性症(RP)に伴う黄斑病変として,黄斑円孔や黄斑前膜,黄斑浮腫が報告1)されている.今回筆者らは,1年以上持続した薬物治療に抵抗するRPに伴う胞様黄斑浮腫(CME)に対して硝子体手術を行い,術後改善が認められた1例を経験したので報告する.I症例患者:47歳,男性.現病歴:3年前からの夜盲,視力低下を主訴に,2005年8月10日,近医を受診した.硝子体中に軽度の炎症細胞および黄斑浮腫を認め,後部ぶどう膜炎の疑いで,当院紹介とな〔別刷請求先〕田内慎吾:〒060-8604札幌市中央区北11西13市立札幌病院眼科Reprintrequests:ShingoTauchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital,West13,North11,Chuo-ku,Sapporo-shi,Hokkaido060-8604,JAPAN網膜色素変性症に伴う胞様黄斑浮腫に対して硝子体手術が有効と思われた1例田内慎吾木下貴正竹田宗泰市立札幌病院眼科ACaseinwhichVitrectomySeemedtobeEectiveforCystoidMacularEdemaAssociatedwithRetinitisPigmentosaShingoTauchi,TakamasaKinoshitaandMuneyasuTakedaDepartmentofOphthalmology,SapporoCityGeneralHospital目的:網膜色素変性症(RP)に伴う胞様黄斑浮腫(CME)に対して,硝子体手術が有効と思われた1例を経験したので報告する.症例:47歳,男性.3年前からの夜盲,視力低下を主訴に,2005年8月10日,近医を受診した.硝子体に軽度の炎症細胞および黄斑浮腫を認め,後部ぶどう膜炎の疑いで,当院紹介となった.初診時視力は右眼(0.8),左眼(0.9)であった.眼底は網膜動脈狭細化,色素沈着を伴う網膜変性があり,網膜電図(ERG)は消失型で典型的なRPを認めた.黄斑部に高度のCMEを伴っていた.炭酸脱水酵素阻害薬(アセタゾラミド)の投与を行い,一時的に改善傾向があるものの再燃と視力低下をくり返した.術前視力は右眼(0.8)(2007年8月8日)で,同年9月10日,右眼硝子体手術を施行した.術後,CMEは改善し,2008年4月15日,矯正視力は右眼(0.9)となった.結論:薬物治療に抵抗するRPに伴うCMEに対する硝子体手術は有効である可能性がある.Wereportacaseinwhichvitrectomyseemedtobeeectiveforcystoidmacularedema(CME)associatedwithretinitispigmentosa(RP).Thepatient,a47-year-oldmale,hadacheckupfromalocaldoctoronAugust10,2005,withchiefcomplaintofnightblindnessanddecreasedvisualacuityofthreeyears’duration.Mildinammatoryvitreouscellsandmacularedemawereseen.Becauseofsuspectedposterioruveitis,hewasreferredtoourdepartment.Atinitialexamination,hisvisualacuitywas(0.8)righteyeand(0.9)lefteye.Thefundusshowedretinalarterynarrowingandretinaldegenerationwithpigmentation.Asfortheelectroretinogram(ERG),itsatnessreectedtypicalRP.ExtensiveCMEwasalsonotedinthemaculararea.Weadministeredcarbonicanhydraseinhibitor(acetazolamide)fortheCME,butitshowedonlytemporaryimprovement,followedbyrecur-renceandvisualloss.OnApril8,2007,visualacuitywas(0.8)righteye;weperformedvitrectomyonSeptember10.CMEdecreasedpostoperatively;correctedvisualacuityhadimprovedto(0.9)righteyeonApril15,2008.Vit-rectomymaybeeectiveforCMEwithpharmacotherapy-resistantRP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):413417,2009〕Keywords:網膜色素変性症,胞様黄斑浮腫,硝子体手術.retinitispigmentosa,cystoidmacularedema,vitrectomy.———————————————————————-Page2414あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(132)った.既往歴:高血圧症で内服中.家族歴:母親に夜盲(+).初診時所見(2005年8月23日):視力は,右眼0.6(0.8×0.75D),左眼0.7(0.9×0.75D).眼圧は,右眼12mmHg,左眼13mmHg.細隙灯顕微鏡では,前眼部:角膜,前房は異常なし.中間透光体:初発白内障(両眼),硝子体cell+(右眼2+,左眼1+).眼底:両眼底で網膜動脈の狭細化,アーケード外の網膜の変性を認めた.視神経萎縮は認めなかった.両眼にCMEと思われる所見を認めた.フルオレセイン蛍光造影(FA)(2005年9月2日):右眼のFA早期像(図1)で,周辺部には点状の色素沈着が散在していた.Vasculararcade付近から赤道部にかけて,網膜色素上皮の萎縮によるびまん性顆粒状の過蛍光(windowdefect)があり,左眼も同様の所見を呈していた.FA後期像(図2)では,両眼のCMEと思われる蛍光貯留および乳頭部に蛍光漏出を認めた.GP(Goldmann視野計測)(2005年8月26日):両眼に地図状の暗点を認めた.フラッシュERG(網膜電図)(2005年8月26日):a波,b波の振幅低下(消失型)を認めた.光干渉断層計(OCT)(2005年9月2日):両眼の中心窩網膜の肥厚および内部に胞様変化を認めた.以上の所見より,RPおよびそれに伴うCMEと診断した.治療の経過:図3に示すように,2006年7月11日より,アセタゾラミド750mg/日(3×n)およびアスパラKR3T/日(3×n)の内服を開始した.9月13日,両眼の矯正視力1.0まで改善し,アセタゾラミドを休薬した.1カ月後,両眼の視力低下を認めたため,内服を再開した.再開後の視力は改善傾向で,アセタゾラミドの長期投与による全身性の副作用も懸念されたため,翌年2月28日,再び休薬とした.OCTの推移(図4)では,アセタゾラミド休薬後,両眼のCMEの悪化を認めた.内服再開後,CMEは左眼では軽減したが,右眼ではわずかな軽減にとどまった.経過のなかで,OCT上,両眼ともに後部硝子体膜は後極部網膜に広範囲で接着しており,膜の肥厚や黄斑にかかる牽引は認められなかった.図5に示すように,2月28日のアセタゾラミド休薬後,再び両眼の視力低下を認め,中心窩網膜は肥厚した.4月アセタゾラミド750mg/日数視力右眼OCT左眼OCT左眼右眼1.41.210.80.60.40.22006年7/118/99/13①④②⑤③⑥10/1812/202/282007年図3治療の経過(1)OCT欄の①⑥の数字は図4のOCT像に対応.図1フルオレセイン蛍光造影(右眼早期,2005年9月2日)周辺部に点状の色素沈着の散在を認めた.また,網膜色素上皮の萎縮による過蛍光(windowdefect)を認めた.右眼(12分53)左眼(13分43)図2フルオレセイン蛍光造影(後期,2005年9月2日)両側のCMEと思われる蛍光の貯留を認めた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009415(133)13日に内服再開後,6月15日時点で両眼ともに視力は改善し,中心窩網膜厚も改善した.しかし,右眼ではわずかな改善にとどまり,8月8日の時点でCMEが持続していたため,患者への十分な説明と同意を得て,9月10日,右眼のみ硝子体手術を行った.手術の概要:アルコン社の23ゲージシステムを用いた.トリアムシノロンを使用して後部硝子体離(PVD)を作製し,内境界膜(ILM)は離しなかった.水晶体は温存した.術中,特に合併症はなかった.術後の経過:図5にみるように右眼硝子体手術後,OCTで中心窩網膜厚は244.2297.9μmと改善し,視力は,2008年4月15日現在,0.9を保っている.これに対して,左眼はアセタゾラミド休薬後,中心窩網膜の肥厚が449.3527.4μmと持続し,視力も(0.4)(0.7)と低下傾向である.2008年1月11日のOCT(図6)上,右眼のCMEは軽減し,左眼はCMEが持続している.現在まで手術を行っていない左眼に対し,硝子体手術を施行した右眼のみ,視力およびCMEの改善を認めた.II考按RPでCMEが生じるメカニズムとして,網膜色素上皮のポンプ作用の障害2),抗網膜抗体による自己免疫反応による炎症3),硝子体による黄斑の機械的牽引4),などが報告されているが,まだ不明なところが多い5).RPにおけるCMEの発生率は1020%という報告6,7)もある.本症例では,術前のOCT上,硝子体による黄斑の牽引は確認されなかった.RPに伴うCMEに対する治療は,薬物治療として,ステロイドや炭酸脱水酵素阻害薬の内服,眼内局所投与が報告8,9)①③②⑤④⑥悪化悪化軽減わずかに軽減図4OCTの推移①→②:CME悪化,②→③:CMEわずかに軽減,④→⑤:CME悪化,⑤→⑥:CME軽減.経過のなかで,OCT上,両眼ともに硝子体による黄斑の牽引は認められなかった.1.41.210.80.60.40.27006005004003002001000中心窩網膜厚小数視力右眼OCT⑦9/10,右眼硝子体手術施行アセタゾラミド750mg/日視力1.41.210.80.60.40.26005004003002001000(μm)2/282007年2008年4/136/158/810/411/1512/271/114/15中心窩網膜厚小数視力左眼OCT⑧視力図5治療の経過(2)図中の⑦,⑧の数字は図6のOCT像に対応.———————————————————————-Page4416あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(134)されている.海外では,アバスチンRを硝子体腔に投与したという報告10)もある.今回筆者らは,CMEに対してアセタゾラミドを3度にわたり750mg/日(3×n)使用し,一時的に効果を認めたが,休薬により再燃をくり返した.このため,右眼のみ硝子体手術を実施した.RPに伴うCMEに対する薬物治療については,投与間隔および効果の持続,長期投与による副作用などの問題点が残されている.RPに伴うCMEに対して硝子体手術を行った最近の報告では,国内では,玉井らが,術後2カ月でCMEが再発したと報告4)している.海外では,Garciaらが,術後観察期間1年で,12例中10例(83.3%)で視力,CMEが改善したと報告11)している.今回筆者らは,薬物治療に抵抗するRPに伴うCMEに対して硝子体手術を施行し,術後の経過は良好であった.このような病態に対して,症例によっては硝子体手術は有効である可能性があり,薬物治療に抵抗し,中心窩網膜厚や視力が進行性に悪化する症例には試みても良い治療と考えられる.しかし,今回は1例のみの経験であり,引き続き慎重な経過観察をしていく予定である.本論文の要旨は,第46回北日本眼科学会(ポスター講演)にて報告した.文献1)高橋政代:網膜色素変性の黄斑病変.眼科44:65-70,20022)NewsomeDA:Retinaluoresceinleakageinretinitispig-mentosa.AmJOphthalmol101:354-360,19863)HeckenlivelyJR,JordanBL,AptsiauriN:Associationofantiretinalantibodiesandcystoidmacularedemainpatientswithretinitispigmentosa.AmJOphthalmol127:565-573,19994)玉井洋,和田裕子,阿部俊明ほか:網膜色素変性に伴う胞様黄斑浮腫と硝子体手術.臨眼56:1443-1446,20025)高橋牧,岸章治:胞様黄斑浮腫をきたす疾患.眼科50:721-727,20086)FetkenhourCL,ChoromokosE,WeinsteinJetal:Cystoidmacularedemainretinitispigmentosa.TransSectOph-thalmolAmAcadOphthalmolOtolaryngol83:515-521,19777)FishmanGA,MaggianoJM,FishmanM:Foveallesionsseeninretinitispigmentosa.ArchOphthalmol95:1993-1996,1977⑦右眼左眼⑧図6術後のOCT(2008年1月11日)硝子体手術を施行した右眼にCMEの改善が認められた.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009417(135)8)KimJE:Intravitrealtriamcinoloneacetonidefortreat-mentofcystoidmacularedemaassociatedwithretinitispigmentosa.Retina26:1094-1096,20069)ScorolliL,MoraraM,MeduriAetal:Treatmentofcys-toidmacularedemainretinitispigmentosawithintravit-realtriamcinolone.ArchOphthalmol125:759-764,200710)MeloGB,FarahME,AggioFB:Intravitrealinjectionofbevacizumabforcystoidmacularedemainretinitispig-mentosa.ActaOphthalmolScand85:461-463,200711)Garcia-ArumiJ,MartinezV,SararolsLetal:Vitreoreti-nalsurgeryforcystoidmacularedemaassociatedwithretinitispigmentosa.Ophthalmology110:1164-1169,2003***