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同名半盲の精査により58歳で発見された鉗子分娩による脳障害の1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1299.1302,2012c同名半盲の精査により58歳で発見された鉗子分娩による脳障害の1例西野和明*1徳田耕一*2吉田富士子*1新田朱里*1齋藤三恵子*1齋藤一宇*1*1回明堂眼科・歯科*2柏葉脳神経外科病院ACaseofForcepsDelivery-RelatedIntracranialTraumaDetectedbyLeftHomonymousHemianopsiaina58-Year-OldPatientKazuakiNishino1),KouichiTokuda2),FujikoYoshida1),AkariNitta1),MiekoSaito1)andKazuuchiSaito1)1)KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,2)KashiwabaNeurosurgicalHospital目的:同名半盲が発見動機になった,鉗子分娩が原因と考えられる脳障害の症例を報告する.症例:58歳,男性.眼鏡処方を目的として来院.緑内障様の視神経乳頭異常がみられ,かつ眼圧が両眼とも22.23mmHgと高かったことから,Goldmann視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が認められた.その後,脳神経外科の頭部MRI(magneticresonanceimaging)検査により,後頭葉の脳障害が発見された.問診上,患者の出生が鉗子分娩であったこと,幼少期から左側の運動障害などがみられたことから,原因は鉗子による物理的な圧迫と考えた.結論:鉗子など器具を使用した分娩の場合,無症候ではあっても脳損傷がみられることもあり,頭部精査が必要なことがある.Purpose:Toreportacaseofforcepsdelivery-relatedintracranialtraumaassociatedwithhomonymoushemianopsia.Case:A58-years-oldpatientwasreferredtoKaimeidoOphthalmicandDentalClinicforeyeglassconsultation.Goldmannperimetry,performedbecauseofhighintraocularpressureandglaucoma-likeopticnerveabnormalities,unexpectedlydisclosedlefthomonymoushemianopsia.Magneticresonanceimagingindicatedahigh-intensitylesionoftherightoccipitallobe.Themainreasonforthisfindingwasconsideredtobephysicaldepressionbyforcepsdelivery,childhoodleftmovementdisordershavingbeenrevealedviaquestionnaireonthecauses.Conclusions:Inafewcaseofinstrumentalbirth,skullradiographicsmayleadtothediscoveryofasymptomaticcomplicationsthatarenotclinicallysignificantandrequirenotherapeuticintervention.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1299.1302,2012〕Keywords:緑内障検査,視野検査,同名半盲,鉗子分娩,脳障害.glaucomaexamination,Goldmannvisualfieldtest,homonymoushemianopsia,forcepsdelivery,intracranialtrauma.はじめに吸引・鉗子分娩は急速遂娩の方法として,しばしば施行される手技である.これらの適応は胎児側,母体側の両面から考えられる.前者は児頭の位置異常などにより分娩第2期が遷延化し,脳虚血による障害を避ける必要がある場合である.後者は母体側に重症な心臓疾患や脳血管異常がある場合などである.しかしながら,吸引・鉗子分娩が適切に施行されなければ,母児の生命予後にかかわる重篤な問題をひき起こすことがある1).吸引分娩による児の眼科的な合併症としては網膜出血が多く,一方,鉗子分娩の合併症としては角膜損傷,外眼部損傷が多いという2).このように眼科的な合併症は児の生命予後を左右するものではないが,生後の視機能に重篤な障害を残す場合もあり,理解しておく必要がある.一方,吸引・鉗子分娩による児の頭部や脳損傷は生命予後にかかわる重篤な問題をひき起こすことがあり,さらに熟知する必要がある.それらの合併症は出生後まもなく,あるいは遅くても幼児期あるいは小児期に何らかの症状で発見されることがほとんどである1).しかしながら,今回筆者らは58歳,男性で,眼鏡処方を目的として来院し,緑内障様の視神〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(123)1299 経乳頭の異常所見から視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,さらに脳神経外科の頭部MRI(magneticresonanceimaging)検査により,出生時の鉗子分娩が原因と考えられる後頭葉の脳障害が発見された症例を経験したので報告する.I症例患者:58歳(初診時年齢),男性.主訴:視力低下.既往歴:鉗子分娩.糖尿病,高血圧などの既往はない.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:眼鏡店で視力が不十分だったので,眼科を受診するようアドバイスされた.精査を目的として回明堂眼科・歯科(当院)を受診.初診時所見:2000年4月19日,上記を主訴として当院初診.視力は右眼0.05(1.0×.3.5D(cyl.1.75DAx60°),左眼0.06(0.7×.3.75D(cyl.1.25DAx140°),眼圧はGoldmann圧平眼圧計で右眼23mmHg,左眼22mmHg.細隙灯顕微鏡検査では軽度の白内障が認められる以外は,角膜の透明性など異常はみられなかった.また,角膜内皮細胞密度は右眼2,678cells/mm2,左眼2,690cells/mm2.中心角膜厚は右眼528μm,左眼532μmと大きな異常は認められなかった.周辺前房深度はvanHerick法でGrade4と十分深く,隅角鏡検査でもShaffer分類Grade3.4と開放隅角であった.眼球運動は10プリズム程度の外斜視,回旋性の眼振が認められた.斜視は幼少期から指摘されていたという.眼底検査では両眼ともやや蒼白な視神経乳頭が認められ,陥凹乳頭径比(cup-to-discratio:C/D比)は0.9以上であった(図1a,b).経過:緑内障様の視神経異常からHumphrey視野検査をab図1初診時の視神経乳頭所見(2000年4月19日)眼底検査では両眼ともやや蒼白な視神経乳頭が認められ,C/D比は0.9以上であった.a:右眼,b:左眼.ab図2Goldmann視野検査緑内障様の視神経異常からHumphrey視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,Goldmann視野計でも同所見を確認した.a:左眼,b:右眼.1300あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(124) 図3頭部MRI検査T2強調画像により,右の後頭葉に脳梗塞として矛盾しない高輝度な陰影が確認された(矢頭).この梗塞部位は後頭葉視皮質の前方,中央部,後方のすべてが含まれ,それらが合計して同名半盲の所見を呈したと考えられる.行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,Goldmann視野計でも同所見を確認した(図2a,b).その後脳神経外科へ頭蓋内精査を依頼し,頭部MRIのT2強調画像により,右の後頭葉に脳梗塞と思われる所見が確認された(図3).その原因は鉗子分娩によるものと診断された.その根拠として,まず患者が鉗子分娩の件を記憶していたこと,頭部外傷などの既往がないこと,脳梗塞を含む病歴もなかったことなどがあげられる.さらに小学校の頃,書道では下に書き進むほど左に曲がってしまう,野球のキャッチボールやバッティングなど距離感を必要とするものが苦手,ギターの左の握りなどが苦手であったという幼少時のエピソードが判明し,それらも脳障害と鉗子分娩を関連付ける参考になった.2012年2月9日現在,白内障は多少進行したが,現在の矯正視力は右眼(0.8),左眼(0.6)と問題なく,同名半盲以外の視野の異常はみられない.しかしながら,緑内障様の視神経乳頭の形状と,やや眼圧が22.23mmHgが高いことから,緑内障を予防する目的にて,ラタノプロストを点眼中である.II考按本症の脳障害は眼科的に同名半盲という明らかな障害を併発しながら,当院の初診つまり患者が58歳になるまで発見されなかった珍しい症例である.当初この脳障害の原因は明らかではなかったが,患者が鉗子分娩による出産であったこ(125)とを記憶していたことから,一番有力な原因と考えるようになった.もちろん成人してからの無症候の脳梗塞であるとの考えを否定することはできないが,患者には頭部外傷などの既往がなく,高血圧,糖尿病,脳梗塞などの病歴もみられなかったことや,脳血管障害を有する家族がみられないなど,脳障害の危険因子が少なかったといえる.さらにこの脳障害の発見を契機として患者が過去をさかのぼれば,確かに幼少期の運動障害などのエピソードが思い浮かぶという.それらのことから総合して,本症の脳障害の有力な要因は鉗子分娩であると推定した.鉗子分娩に限らず吸引分娩など器具が使用された場合,新生児の臨床的な問題点の有無は精査されるべきであるが,必ずしもそれらのすべての症例に頭部画像診断などがルーチンとして行われる必要はないと考えられている.その理由は鉗子分娩などの後の頭蓋内出血などの脳障害の頻度がそれほど多くはないためである.欧米の報告によれば,後遺症が残る頭蓋内出血の頻度は,正常分娩と吸引,鉗子分娩などを合わせた場合,10,000件の分娩に対して5.6件(0.05.0.06%)の割合とされている1).一方,吸引,鉗子などが使用された場合でも,報告者による多少の差はみられるものの,頭蓋内出血の頻度は0.11.0.34%と正常分娩に比べ数倍高い程度である3.7).わが国でも高木ら2)が,頭蓋内出血の頻度を正常経腟分娩では1,900件中1件(約0.053%)であるのに対して,鉗子分娩では664件中1件(約0.15%),吸引分娩では860件中1件(約0.12%)と報告している.以上の報告から,確かに鉗子分娩,吸引分娩は頭蓋内出血の危険因子ではあるものの,それほど高い頻度で発症するものではない.したがって,分娩器具を使用したすべての新生児に対して,MRIなどの頭蓋内精査を実施することは正しいとは考えられないが,新生児の頭部に陥没骨折などの所見や神経学的な問題が確認される場合には,もちろん積極的に頭部画像診断が行われるべきである1).鉗子分娩による頭蓋内出血のタイプは硬膜下出血,くも膜下出血などがある.近年その原因は,器具による圧迫というより,それ以前の胎児低酸素症に基づくものが多いとされ,吸引分娩,帝王切開術においても発生頻度は変わらないと報告されている5).本症の画像診断の所見は脳梗塞であり脳出血の所見はなく,梗塞周囲が萎縮している所見から古い脳梗塞巣と思われる.本症の鉗子分娩当時の状況は詳細不明であるが,仮に鉗子で頭部に大きな外力が加われば脳ヘルニアと同様,後大脳動脈が閉塞し同領域に脳梗塞をひき起こした可能性がある.このように本症の経験から得られる教訓は,鉗子分娩後に無症候であっても脳損傷が潜在する場合があるということや,視神経乳頭の異常が鉗子分娩の合併症の発見につながる場合もある,ということであった.眼科といえども問診は分あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121301 娩にまでさかのぼらなければならない場合もあるということになる.また本症は,眼科的には同名半盲という大きな問題がありながら,幼少期には大きな自覚症状もなく生活することができた.これは幼いころの障害がいかに柔軟な代償機能によって支えられているか,ということを改めて認識するうえでも本症は貴重な症例と考えられる.本論文の要旨は第5回北海道眼科医会臨床懇話会(札幌)にて口演した.文献1)DoumouchtsisSK,ArulkumaranS:Headtraumaafterinstrumentalbirths.ClinPerinatol35:69-83,20082)高木健次郎,松村英祥,馬場一憲ほか:吸引・鉗子分娩による児の損傷.周産期医学39:1034-1036,20093)MaryniakGM,FrankJB:ClinicalassessmentoftheKobayashivacuumextractor.ObstetGynecol64:431435,19844)PlaucheWC:FetalcranialinjuriesrelatedtodeliverywiththeMalmstroemvacuumextractor.ObstetGynecol53:750-757,19795)TownerD,CastroMA,Eby-WilkensEetal:Effectofmodeofdeliveryinnulliparouswomenonneonatalintracranialinjury.NEnglJMed341:1709-1714,19996)WenSW,LiuS,KramerMSetal:Comparisonofmaternalandinfantoutcomesbetweenvacuumextractionandforcepsdeliveries.AmJEpidemiol153:103-107,20017)DemisieK,RhoadsGG,SmulianJCetal:Operativevaginaldeliveryandneonatalandinfantadverseoutcomes:populationbasedretrospectiveanalysis.BMJ329:24-29,2004***1302あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(126)