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緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”

2011年8月31日 水曜日

1166(10あ6)たらしい眼科Vol.28,No.8,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(8):1166?1171,2011cはじめに慢性疾患である緑内障治療において,点眼の継続性すなわちアドヒアランスの良否が治療効果に及ぼす影響は大きい1,2).一方,自覚症状に乏しく,長期的な点眼使用を余儀なくされる緑内障において良好なアドヒアランスを確保するには,医療側からの積極的対応が求められる.医療側からの対応はしかし,客観性に基づく必要があり,その第一段階としてアドヒアランスに関わる要因のデータ調査と収集が位置づけられる.アドヒアランスに関わるデータは,主としてインタビューやアンケートなどにより調査,収集されている3~9).一般的なデータ調査において,調査者が直接説明し回答を記録するインタビューは,質の高い調査を行うことができる利点があり,調査対象者に質問内容の理解を促すことで,回答の精度〔別刷請求先〕高橋真紀子:〒714-0043笠岡市横島1945笠岡第一病院眼科Reprintrequests:MakikoTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital,1945Yokoshima,Kasaoka,Okayama714-0043,JAPAN緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”高橋真紀子*1,2内藤知子*2溝上志朗*3菅野誠*4鈴村弘隆*5吉川啓司*6*1笠岡第一病院眼科*2岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学*3愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学*4山形大学医学部眼科学講座*5中野総合病院眼科*6吉川眼科クリニックQuestionnaireSurveyonUseofGlaucomaEyedrops:FirstReportMakikoTakahashi1,2),TomokoNaitou2),ShiroMizoue3),MakotoKanno4),HirotakaSuzumura5)andKeijiYoshikawa6)1)DepartmentofOphthalmology,KasaokaDaiichiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OkayamaUniversityGraduateSchoolofMedicine,DentistryandPharmaceuticalSciences,3)DepartmentofOphthalmology,MedicineofSensoryFunction,EhimeUniversityGraduateSchoolofMedicine,4)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,NakanoGeneralHospital,6)YoshikawaEyeClinic緑内障点眼治療のアドヒアランスに関連する要因について調査するために,緑内障点眼治療開始後3カ月以上を経過した広義原発開放隅角緑内障および高眼圧症を対象に,2010年3月から5カ月間に5施設でアンケートを実施した.同時に,年齢,性別,使用薬剤,眼圧,平均偏差(MD)などの背景因子も調べた.男性106例,女性130例,平均年齢65.1±13.0(22~90)歳が対象となった.202例(85.6%)が最近の眼圧を認知し,185例(78.4%)がほとんど指示通りに点眼できていると回答した.指示通りの点眼に関わる因子について検討したところ,女性より男性(p=0.0101),年齢が若いほど(p=0.0028),指示通りの点眼ができていなかった.また,65歳以上の男性は,眼圧を認知している症例ほど有意に指示通りの点眼を行っていた(p=0.0081).Toevaluatethefactorsrelatingtoregimenadherenceinglaucomatreatment,overaperiodoffivemonthsfromMarch2010weconductedaquestionnairesurveyofpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension.Backgroundfactorssuchasage,sex,medicineused,intraocularpressure(IOP)andmeandeviation(MD)wereexaminedatthesametime.Thesubjectscomprised106malesand130females,averageage65.1±13.0years.Responsesindicatedthat202(85.6%)patientswereawareoftheirrecentIOP,andthat185(78.4%)patientsinstilledtheireyedropsinaccordancewithmostinstructions.Whenweexaminedfactorsrelatingtoeyedropinstillationinaccordancewithinstructions,malesmorethanfemales(p=0.0101),andpatientsofyoungerage(p=0.0028),couldnotadheretotheirregimen.Moreover,malesoverage65adheredbetterwhentheywereawareoftheirIOP(p=0.0081).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(8):1166?1171,2011〕Keywords:緑内障,高眼圧症,アンケート調査,アドヒアランス,眼圧.glaucoma,ocularhypertension,questionnaire,adherence,intraocularpressure.(107)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111167や回答率,回収率の向上が期待できる10~13).反面,調査者の恣意的な回答の誘導や,その対応の回答への影響もありうる10,12,13).特に,アドヒアランス調査は医師やスタッフとの対面調査となるため,自己防衛反応から実質的な回答の引き出しが叶わない可能性が否定できない3,10).それに対し,アンケートに自己記入で回答を求める方法は,回答漏れや誤記入,回収率の低下が危惧されるものの,回答における自己開示度は高い12,13).インタビューやアンケートは,その信頼性や実行性から単独施設で施行されることが多い.筆者らもすでに,点眼容器の形状とアドヒアランスとの関連についてインタビュー調査を行い,点眼容器の形状がそのハンドリングを通じて使用性に関わり,アドヒアランスに影響する可能性があることを報告した9).しかし,単独施設における症例収集では偏りなく多数例を収集するのは困難である.そこで,今回,筆者らは緑内障点眼薬使用のアドヒアランスに関連する要因について多施設共同でアンケート調査を行いその結果を解析した.本報では,病状認知度とアドヒアランスの関連を中心に述べ,次報以後では薬剤数や視野障害との関連などについて報告する予定である.I対象および方法2010年3月から5カ月間に,笠岡第一病院,岡山大学病院,愛媛大学病院,山形大学病院,中野総合病院の5施設の外来を受診した広義原発開放隅角緑内障および高眼圧症患者のうち,年齢満20歳以上で,緑内障点眼治療開始後少なくとも3カ月以上を経過し,かつ,アンケート調査に書面での同意を得られた症例を対象とした.一方,1カ月以内に薬剤変更・追加あるいは緑内障手術・レーザーの予定がある患者,過去1年以内に内眼手術・レーザーの既往がある患者,圧平眼圧測定に支障をきたす患者は除外した.なお,本研究は笠岡第一病院,山形大学医学部の倫理委員会の承認を得たうえで実施した.アンケートはあらかじめ原案を作成したうえで,調査参加表1アンケート内容質問1)ご自分の最近の眼圧をご存じですか?(○は1つ)1.知っている2.聞いたが具体的な値は忘れた3.眼圧値は聞いていないと思う質問2)全部で何種類の目薬(メグスリ)をお使いですか?眼科で処方されたもの以外も含めた数を教えてください.(○は1つ)1.1種類2.2種類3.3種類4.4種類以上質問3)緑内障の目薬(メグスリ)は何種類お使いですか?(○は1つ)1.1種類2.2種類3.3種類4.4種類以上質問4)〔緑内障の目薬(メグスリ)を一度に2剤以上ご使用される方〕(一度に1剤のみご使用の方は質問4はとばしてください)緑内障の目薬(メグスリ)を一度に2種類以上点眼する時の間隔を教えてください.(○は1つ)1.すぐつける2.1分程度あける3.3分程度あける4.5分以上あける質問5)緑内障の目薬(メグスリ)を指示通りに点眼できないことがありますか?(○は1つ)1.ほとんどない2.時々ある3.しばしばある質問6)今の緑内障の目薬(メグスリ)の回数にご負担を感じますか?(○は1つ)1.負担を感じる2.どちらともいえない3.負担は感じない質問7)緑内障の目薬(メグスリ)を使っている印象を教えてください.(○は1つ)1.点眼には慣れた2.治療なので仕方ない3.目を守るために頑張っている質問8)緑内障の目薬(メグスリ)をさすのを忘れたことはありませんか?(○は1つ)1.忘れたことはない2.忘れたことがある忘れたことがある方質問8?付問)どの程度忘れられましたか?(○は1つ)1.3日に1度程度2.1週間に1度程度3.2週間に1度程度4.1か月に1度程度質問9)緑内障の目薬(メグスリ)をさす時刻がずれやすいのはどの時間帯でしょうか?(○はいくつでも)1.時刻がずれることはない2.朝3.昼4.夜5.寝る前6.その他()7.さす時刻は決めていない(だいたい夜とか,だいたい寝る前にさすなど)質問9?付問)目薬(メグスリ)をさす時刻がずれる理由を教えてください.(○はいくつでも)1.仕事2.外出3.家事の都合4.休日5.旅行6.外食・飲酒など7.その他質問10)今後,緑内障の目薬(メグスリ)を続けていくことについてどのように思われますか?(○は1つ)1.頑張ろうと思う2.仕方ないと思う3.特になんとも思わない4.その他質問11)もし,緑内障の目薬(メグスリ)が1剤増えるとすれば,これまでの目薬(メグスリ)と一緒に続けられますか?(○は1つ)1.大丈夫2.多分大丈夫3.ちょっと心配4.多分無理だと思う1168あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(108)全施設の担当者とともに質問・回答項目の設定およびアンケートの体裁について十分に検討し,内容を決定した.なお,回答方法は多肢選択法とし,該当する選択肢の番号を○で囲む方式とした.アンケート用紙(表1)は診察終了後に配布,無記名式で行い,回収は回収箱を使用した.原則的に,患者本人が記入する自記式としたが,視力不良により記入困難な場合は,付き添いの家族にアンケートへの記入を求めた.アンケート用紙にはあらかじめ番号を付けて配布し,年齢,性別,使用薬剤,眼圧,平均偏差(meandeviation:MD)などの背景因子は,アンケート回収後にカルテより調査した.なお,MDはアンケート調査日6カ月以内にHumphrey自動視野計のSITAStandardプログラム中心30-2あるいは24-2による視野検査を施行された症例(230例)の結果を調査データとした.回収されたアンケート用紙は各施設において確認し,記載内容に不備がある症例を除外したうえで,あらかじめ作成し各施設に配布されたデータ入力用のエクセルシートに,その結果を各施設において入力した.なお,質問ごとの回答内容が無回答のものは欠損値として扱った.入力結果は独立して収集し,JMP8.0(SAS東京)を用い,t検定,c2検定,Fisherの正確検定により解析した(YK).有意水準は5%未満とした.II結果1.対象および背景因子アンケートを施行し,回収し得たのは237例(回収率100%)だった.アンケート記載は237例中235例(99.2%)が自己記載,家族による記載は2例(0.8%)だった.一方,237例中1例(0.4%)は,後半分の回答欄が空白となっていたためアンケートは無効と判断され,236例の結果が解析対象となった(有効回答率:99.6%).解析対象の性別は男性106例,女性130例で,平均年齢65.1±13.0(22~90)歳だった.緑内障病型は正常眼圧緑内障115例(48.7%),原発開放隅角緑内障109例(46.2%),高眼圧症12例(5.1%)だった.平均眼圧は13.8±2.9(8.0~23.0)mmHg,平均緑内障点眼薬数1.7±0.8(1~4)剤,平均通院頻度8.4±3.5(2~20)回/年で,緑内障点眼治療歴は1年未満7.2%,2年以上3年未満20.3%,4年以上5年未満16.9%,5年以上55.5%だった.2.アンケート回答結果全設問の回答結果を表2に示す.表2アンケート回答結果質問1)回答数236例(回答率100%)1.202例(85.6%)2.25例(10.6%)3.9例(3.8%)質問2)回答数236例(回答率100%)1.72例(30.5%)2.77例(32.6%)3.65例(27.5%)4.22例(9.3%)質問3)回答数236例(回答率100%)1.124例(52.5%)2.56例(23.7%)3.50例(21.2%)4.6例(2.5%)質問4)回答数92例(回答率39.0%)1.4例(4.3%)2.8例(8.7%)3.16例(17.4%)4.64例(69.6%)質問5)回答数236例(回答率100%)1.185例(78.4%)2.47例(19.9%)3.4例(1.7%)質問6)回答数236例(回答率100%)1.12例(5.1%)2.28例(11.9%)3.196例(83.1%)質問7)回答数236例(回答率100%)1.96例(40.7%)2.31例(13.1%)3.109例(46.2%)質問8)回答数233例(回答率98.7%)1.127例(54.5%)2.106例(45.5%)質問8?付問)回答対象者106例中,回答数106例(回答率100%)1.8例(7.5%)2.22例(20.8%)3.26例(24.5%)4.50例(47.2%)質問9)回答数209例(回答率88.6%)1.72例(34.4%)2.16例(7.7%)3.6例(2.9%)4.50例(23.9%)5.35例(16.7%)6.3例(1.4%)7.28例(13.4%)質問9─付問)回答対象者137例中,回答数121例(回答率88.3%)1.14例(11.6%)2.23例(19.0%)3.27例(22.3%)4.6例(5.0%)5.11例(9.1%)6.14例(11.6%)7.29例(24.0%)質問10)回答数236例(回答率100%)1.142例(60.2%)2.58例(24.6%)3.35例(14.8%)4.1例(0.4%)質問11)回答数236例(回答率100%)1.112例(47.5%)2.96例(40.7%)3.27例(11.4%)4.1例(0.4%)(109)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111169質問1)「ご自分の最近の眼圧をご存じですか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,そのうち202例(85.6%)が「知っている」と回答した.一方,「聞いたが具体的な値は忘れた」25例(10.6%),「眼圧値は聞いていないと思う」9例(3.8%)を合わせた34例(14.4%)が眼圧値を認知していなかった(図1).質問3)「緑内障の目薬(メグスリ)は何種類お使いですか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,このうちカルテより調査した緑内障点眼薬数と一致したのは224例(94.9%)だった.質問5)「緑内障の目薬(メグスリ)を指示通りに点眼できないことがありますか?」に対し,回答が得られたのは236例中236例(回答率100%)で,そのうち185例(78.4%)が「ほとんどない」と回答した.一方,「時々ある」47例(19.9%),「しばしばある」4例(1.7%)を合わせた51例(21.6%)が指示通りに点眼できていなかった(図2).3.指示通りの点眼の有無と背景因子の関連質問5)において,指示通りに点眼できないことが「ほとんどない」と回答した群を「ほとんど指示通りに点眼できている」群,「時々ある」あるいは「しばしばある」と回答した群を「指示通りに点眼できないことがある」群とし,背景因子を比較した(表3).この結果,女性より男性(p=0.0101),年齢が若いほど(p=0.0028)指示通りの点眼ができていなかった.眼圧,MD,緑内障点眼薬数,通院頻度については,両群間に有意差はなかった.4.眼圧の認知と指示通りの点眼の関連質問1)において,自分の最近の眼圧を「知っている」と回答した群を「眼圧値を認知している」群,「聞いたが具体的な値は忘れた」あるいは「眼圧値は聞いていないと思う」と回答した群を「眼圧値を認知していない」群とし,指示通りの点眼との関連について検討したところ,統計学的に明らかな関連はなかったが,眼圧を認知している症例ほど指示通りの点眼を行っている可能性(p=0.0625)が推察された(図3a).さらに,性別・年齢層別に検討を行った結果,65歳以上の男性は眼圧を認知している症例ほど有意に(p=0.0081)指示通りの点眼を行っていた.一方,65歳未満の男性および女性では有意な関連は認めなかった(図3b).III考按緑内障点眼治療のアドヒアランスの良否に関連する要因について,多施設でアンケート調査を行った.アンケート内容が多岐にわたるため,今回は病状認知度のアドヒアランスへの影響について検討した.アドヒアランスの評価方法としては,インタビュー,アン表3指示通りの点眼の有無と背景因子の関連背景因子ほとんど指示通りに点眼できている指示通りに点眼できないことがあるp値性別男性75例(40.5%)女性110例(59.5%)男性31例(60.8%)女性20例(39.2%)0.0101*年齢66.4±12.1歳60.3±15.0歳0.0028**眼圧13.9±3.0mmHg13.3±2.6mmHg0.2158**MD?10.16±8.14dB?9.80±8.86dB0.7902**緑内障点眼薬数1.7±0.8剤1.8±0.8剤0.5593**通院頻度8.6±3.6回/年7.7±3.2回/年0.1193***:c2検定,**:t検定.眼圧値を知らない14.4%眼圧値は聞いていないと思う3.8%聞いたが具体的な値は忘れた10.6%眼圧値を知っている85.6%知っている85.6%図1質問1)回答結果時々ある19.9%ほとんど指示通りに点眼できている78.4%指示通りに点眼できないことがある21.6%ほとんどない78.4%しばしばある1.7%図2質問5)回答結果1170あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011ケートにより患者から直接的に使用状況を調査する方法と,点眼モニター,血中・尿中薬剤濃度測定,薬剤使用量・残量調査,薬剤入手率調査などにより客観的に評価する方法がある.点眼モニターによる評価は信頼性が高い14~17)が,装置の大きさや費用,煩雑さなどの点があり調査対象が限定される.このため,主観的評価に留まるものの,インタビューやアンケート法が頻用されている3~7).同一施設のなかで,インタビューあるいはアンケートと点眼モニターの2種類の方法で点眼遵守率を調査した報告によると,Kassら16)はインタビュー97.1%,点眼モニター76.0%,Okekeら17)はアンケート95%,点眼モニター71%と,調査方法により結果にかなり差があることが示されている.今回,主観的評価による影響を最少化するため,調査方法やアンケート内容について事前に検討した.まず,単独施設での症例収集はデータの普遍化・標準化が達成しにくいと考え,多施設共同研究を選択した.また,調査方法は多施設研究においても調査者によるバイアスが生じない自記式アンケート法を採用した.自記式とすることで医師やスタッフの関与をできるだけ排除し,さらに,無記名式として少しでも薬剤使用状況の実態を引き出せるよう企図した.アンケートを○×の二者択一式で回答するclosedquestionで行った場合,その実態を引き出すことがむずかしく,他方,freequestionは自記式においては回答者の負担が大きく,多数例の解析を行ううえでも実行性に問題が残る.そこで,今回は短時間で少ない負担での回答が可能なように,網羅的に回答選択肢を設けた多肢選択法とし,原則的に該当する番号を○で囲んで回答する方式を採用した.これに加えて,アンケート項目の絞り込みと簡潔化にも努めた.質問内容および質問項目数は,回答率,回収率に大きく影響する10,13)からである.たとえば,病状認知は最近の眼圧を認知しているか否かに代表させ,また,点眼がされているか否かの質問もわかりやすさを重視して,今回は「指示通り」の言葉を使用した.この際,質問の言い回し(wording)にも注意した.回答者は一般に質問に対して,潜在的に「はい(Yes)」と答える傾向(yes-tendency)や,調査者の意向を推測し,無意識のうちにその方向に答えようとする傾向がある10,11).このため,「指示通りに点眼できていますか?」と質問するよりも,「指示通りに点眼できないことがありますか?」としたほうが,点眼ができていない場合でも円滑な回答が得られやすいと考えた.さらに,質問文は理解しやすいように要点に下線を引き,選択肢は分離して枠で囲みわかりやすくした.文字の大きさや用紙サイズ,余白の取り方などレイアウトにも配慮し,調査への協力が得られるよう工夫した.また,質問数も11問に絞り込んだ.アドヒアランスの良否に影響を及ぼす因子は多数あるが3~9,18~21),疾患理解度,病状認知度もその重要な要因の一つと考えられる.今回の調査では,眼圧の認知を病状把握の指標として位置づけ,これと指示通りの点眼の関連について検討した.その結果,指示通りの点眼については236例中236例から回答が得られ(回答率100%),そのうち21.6%が時々あるいはしばしば指示通りに点眼できないことがあると回答した.ここで,指示通りの点眼の有無と背景因子との関連を検討したところ,女性より男性,年齢が若いほど指示通りの点眼の実施率が低く,年齢,性別がアドヒアランスに影響する可能性が示された.このため,病状認知度と指示通りの点眼の関連については,性別,年齢層別に分けて検討を行った.なお,年齢は高齢者の公的定義22)を参考に,65歳を境とした2群に分けた.この結果,女性は眼圧の認知にかかわらず,約85%が指示通りの点眼を行っていたのに対し,男性のうち65歳未満では指示通りの点眼実施率は約60%に留まった.一方,65歳以上の男性においては,眼圧を認知している症例では指示通りの点眼の実施率が有意に高く,病状認知度が指示通りの点眼に影響を及ぼす可能性が示唆さ(110)図3眼圧の認知と指示通りの点眼質問5)「緑内障の目薬を指示通りに点眼できないことがありますか?」に対する回答■:ほとんどない■:時々ある■:しばしばあるa:全症例80.2%61.7%60.0%男性65歳未満眼圧値を知っている(n=202)眼圧値を知っている(n=47)眼圧値を知らない(n=5)眼圧値を知らない(n=13)眼圧値を知らない(n=2)眼圧値を知らない(n=14)87.8%*53.8%38.3%40.0%12.2%14.6%2.1%12.1%1.5%*p=0.0081(Fisherの正確検定)15.4%30.8%男性65歳以上眼圧値を知っている(n=41)83.3%100%女性65歳未満眼圧値を知っている(n=48)86.4%78.6%21.4%女性65歳以上眼圧値を知っている(n=66)18.8%眼圧値を知らない67.6%(n=34)26.5%5.9%1.0%b:性別・年齢層別解析あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111171れた.今回,眼圧の認知を病状把握の指標として位置づけたが,年齢が若いほど眼圧値を知っていると回答した症例が多く,眼圧の認知が必ずしも病状認知を反映していない可能性も考えられた.しかし,65歳以上の男性で眼圧の認知と指示通りの点眼に有意な関連が認められたことは,少なくとも高齢者においては病状認知をある程度反映しており,眼圧の認知の有無が病状把握の程度を知るうえで一つの指標となりうると考えた.一方,65歳未満の男性は眼圧を認知していても指示通りの点眼実施率が低く,点眼治療継続の妨げとなる要因についてのさらなる検討が必要と思われた.アンケート調査結果の評価・解釈においては,バイアスの影響を十分考慮しておく必要がある.回収率が低い調査や,無回答者が多い質問では,質問に対する回答者と無回答者の傾向が異なることによって発生する無回答バイアスが生じ,アンケート調査の結果が真実を反映しない可能性がある13).このため,回収率,回答率を高めるべく調査方法やアンケート内容を工夫し,今回は高い回収率,回答率を得た.しかし,同意の得られた症例をアンケート調査対象としたことで,抽出バイアスが生じた可能性があり,結果の評価にも限界があることは否定できない.次報以後に予定している他要因の解析の際にも,バイアスによる影響を留意したうえでの評価を考慮したい.一方,今回の調査の第一段階で病状認知がアドヒアランスに関連することが示唆されたことは興味深い.自覚症状に乏しい慢性疾患である緑内障治療において,アドヒアランスは治療成功の鍵を握る要因である.今回の結果は眼圧の認知をはじめとする病状認知度を高めることが,アドヒアランス向上の第一歩として重要であることを示唆したため報告した.文献1)ChenPP:Blindnessinpatientswithtreatedopen-angleglaucoma.Ophthalmology110:726-733,20032)JuzychMS,RandhawaS,ShukairyAetal:Functionalhealthliteracyinpatientswithglaucomainurbansettings.ArchOphthalmol126:718-724,20083)阿部春樹:薬物療法─コンプライアンスを良くするには─.あたらしい眼科16:907-912,19994)平山容子,岩崎直樹,尾上晋吾ほか:アンケートによる緑内障患者の意識調査.あたらしい眼科17:857-859,20005)吉川啓司:開放隅角緑内障の点眼薬使用状況調査.臨眼57:35-40,20036)仲村優子,仲村佳巳,酒井寛ほか:緑内障患者の点眼薬に関する意識調査.あたらしい眼科20:701-704,20037)生島徹,森和彦,石橋健ほか:アンケート調査による緑内障患者のコンプライアンスと背景因子との関連性の検討.日眼会誌110:497-503,20068)兵頭涼子,溝上志朗,川﨑史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20079)高橋真紀子,内藤知子,大月洋ほか:点眼容器の形状のハンドリングに対する影響.あたらしい眼科27:1107-1111,201010)大谷信介,木下栄二,後藤範章ほか:社会調査へのアプローチ?論理と方法.p.89-119,ミネルヴァ書房,200511)盛山和夫:社会調査法入門.p.88-89,有斐閣,200812)鈴木淳子:調査的面接の技法.p.42-44,ナカニシヤ出版,200913)谷川琢海:第5回調査研究方法論~アンケート調査の実施方法~.日放技学誌66:1357-1361,201014)FriedmanDS,OkekeCO,JampelHDetal:Riskfactorsforpooradherencetoeyedropsinelectronicallymonitoredpatientswithglaucoma.Ophthalmology116:1097-1105,200915)佐々木隆弥,山林茂樹,塚原重雄ほか:緑内障薬物療法における点眼モニターの試作およびその応用.臨眼40:731-734,198616)KassMA,MeltzerDW,GordonMetal:Compliancewithtopicalpilocarpinetreatment.AmJOphthalmol101:515-523,198617)OkekeCO,QuigleyHA,JampelHDetal:Adherencewithtopicalglaucomamedicationmonitoredelectronically.Ophthalmology116:191-199,200918)NordstromBL,FriedmanDS,MozaffariEetal:Persistenceandadherencewithtopicalglaucomatherapy.AmJOphthalmol140:598-606,200519)TsaiJC:Medicationadherenceinglaucoma:approachesforoptimizingpatientcompliance.CurrOpinOphthalmol17:190-195,200620)RobinAL,NovackGD,CovertDWetal:Adherenceinglaucoma:objectivemeasurementsofonce-dailyandadjunctivemedicationuse.AmJOphthalmol144:533-540,200721)LaceyJ,CateH,BroadwayDC:Barrierstoadherencewithglaucomamedications:aqualitativeresearchstudy.Eye23:924-932,200922)伊藤雅治,曽我紘一,河原和夫ほか:国民衛生の動向.厚生の指標57:37-40,2010(111)***

赤外線画像を用いた強膜弁の観察

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(127)879《第21回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科28(6):879.882,2011cはじめに人間が視覚化することのできる電磁波は,紫外線より長く赤外線より短い0.4.0.75μmの間の波長域である.波長がおよそ0.75.1,000μmの電磁波を赤外線という.そのうち,近赤外線はおよそ0.75.2.5μmの電磁波であり,赤色の可視光線に近い波長をもっている.可視光線に近い特性をもつため,人間には感知できない光として,赤外線カメラや情報機器などに応用されている1).医療領域では,その組織深達度を利用した赤外線カメラシステムによる乳癌のセンチネルリンパ節生検への応用が知られる2.4).眼科領域ではインドシアニングリーンを用いた蛍光眼底造影検査が加齢黄斑変性症などの脈絡膜疾患に広く利用されている5~8).緑内障領域で赤外線を利用した研究としては,Kawasakiらの,サーモグラフィを用いた濾過胞の機能評価の報告がある9)が,赤外線画像を利用して,強膜弁の位置を確認しよう〔別刷請求先〕野村英一:〒236-0004横浜市金沢区福浦三丁目9番地横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:EiichiNomura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPAN赤外線画像を用いた強膜弁の観察野村英一*1伊藤典彦*1野村直子*1安村玲子*1武田亜紀子*1遠藤要子*2杉田美由紀*3水木信久*1*1横浜市立大学医学部眼科学教室*2横浜労災病院眼科*3蒔田眼科クリニックInfraredRayImagingofScleralFlapsafterGlaucomaSurgeriesEiichiNomura1),NorihikoItoh1),NaokoNomura1),ReikoYasumura1),AkikoTakeda1),YokoEndo2),MiyukiSugita3)andNobuhisaMizuki1)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,2)YokohamaRosaiHospital,3)MaitaEyeClinic目的:濾過胞再建術の前に,以前の緑内障手術による強膜弁の位置が確認できることは有用であるが,可視光の所見では確認が困難なことがある.赤外線画像(IR画像)を用いて強膜弁の位置の確認を試みたので報告する.対象および方法:濾過胞機能不全もしくは漏出濾過胞の10例10眼(男性5例,女性5例,平均年齢64±16歳)の強膜弁19カ所を対象に後ろ向きに検討した.可視光画像(眼底カメラによるカラー前眼部撮影)とIR画像(ハイデルベルグ社,スペクトラリスのscanninglaserophthalmoscope:SLO画像)で,四角形の強膜弁の輪部を除いた3辺のうち何辺が見えるかを比較した.結果:可視光画像では1.26±0.26(standarderrorofmean:SEM)辺,IR画像では2.21±0.26(SEM)辺と,IR画像で有意に強膜弁の辺が確認できた(p<0.005Wilcoxon符号順位和検定).結論:IR画像は強膜弁の位置確認に有用であった.MaterialsandMethods:Nineteen(19)scleralflapsfrom10eyesafterglaucomasurgery(10cases,averageage64±16years)wereobservedretrospectively,basedonmedicalrecords.Thenumberofquadrangularscleralflapsidesthatwerevisibleusinginfraredray(IR)imageswascomparedwiththenumbervisibleusingvisiblerayimages.IRimagesofscleralflapsweremadeusingascanninglaserophthalmoscope(SLO)(Heidelberg,Spectralis);visiblerayimagesweremadeusingafunduscamera(KOWA,Vx-10i)incolorphotographingmodefortheanteriorsegmentoftheeyeball.Results:1.26±0.26(SEM)sidesofaquadrangularscleralflapweredetectedusingvisiblerayimages,and2.21±0.26(SEM)sidesweredetectedusingIRimages.ThenumberofscleralflapsidesvisibleusingIRimageswassignificantlyhigherthanthenumbervisibleusingvisiblerayimages(p<0.005Wilcoxonsignedranktest).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):879.882,2011〕Keywords:赤外線,緑内障,緑内障手術,強膜弁,画像化.infraredrays,glaucoma,glaucomasurgery,scleralflap,imaging.880あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(128)とした試みはない.強膜弁は,通常は結膜に覆われているため,細隙灯顕微鏡などによる可視光で正確に確認するのはむずかしいことが多いが,濾過胞再建術の術前に,以前に行われた緑内障手術による強膜弁の位置が確認できることは,手術の方法を考えるうえで有用である.今回筆者らは,赤外線画像(IR画像)を用いることで,近赤外線の組織深達性により,緑内障手術の強膜弁の位置を知ることができないか検討したので報告する.I対象および方法濾過手術後に眼圧上昇により点眼,あるいは内服の追加治療が必要となった濾過胞機能不全,もしくは漏出濾過胞で,2009年6月から2010年8月に当科において濾過胞のカラーの可視光画像とIR画像の撮影が行われた,10例10眼(男性5例,女性5例,平均年齢64±16歳)の強膜弁19カ所を対象に,診療録をもとに後ろ向きに検討した.対象の緑内障の病型の内訳は,慢性閉塞隅角緑内障(CACG)3例,原発開放隅角緑内障(POAG)2例,ぶどう膜炎による続発緑内障2例,血管新生緑内障(NVG)2例,先天緑内障1例であった.また,カラー画像取得の方法は眼底カメラによるもの19カ所であった.IR画像取得の方法はハイデルベルグ社のスペクトラリスの走査型レーザー検眼鏡(scanninglaserophthalmoscope:SLO)によるIR画像によるもの19カ所であった.観察した強膜弁の各部位における最終の術式の内訳は,線維柱帯切除術8カ所,濾過胞再建術2カ所,不明9カ所であった.診療録より手術日が確定した強膜弁は9カ所あり,手術から撮影日までの期間は平均32.0±12.3(SEM)カ月であった(表1).なお,濾過手術を対象としているが,同一眼に含まれる強膜弁に濾過手術以外のものを含んでいた場合は調査対象とした.カラーの可視光画像の取得にあたっては,眼底カメラ(KOWA,Vx-10i)による前眼部撮影を用いた.IR画像の取得にあたっては,ハイデルベルグ社のスペクトラリスのSLOによるIR画像(光源は波長820nmのダイオードレーザー)を用いた.すべての画像は電子カルテの画像ファイリングソフト(PSC,Clio)に取り込み,四角形の強膜弁の輪部を除いた3辺のうち何辺が見えるかを,検者1名により電子カルテの液晶モニター上で比較した.また,この19カ所の強膜弁を対象に可視光画像とIR画像で確認できた強膜弁の辺の数の相関関係について検討した.II結果可視光画像よりもIR画像で強膜弁が良好に透見できた典型例を図1に示した.AB図1ハイデルベルグ製スペクトラリスのIR画像で良好に強膜弁が観察できた1例10時方向の強膜弁は,眼底カメラの可視光画像(A)では0辺,ハイデルベルグのIR画像(B)で3辺(白矢印)が確認できた.表1可視光画像とIR画像の比較検討の対象とした症例の内訳.10例10眼男性5例,女性5例,平均年齢64±16歳の強膜弁19カ所.CACG3例,POAG2例,ぶどう膜炎による続発緑内障2例,NVG2例,先天緑内障1例.カラー画像取得の方法眼底カメラ19カ所.IR画像取得の方法スペクトラリス19カ所.術式の内訳線維柱帯切除術8カ所濾過胞再建術2カ所不明9カ所.撮影までの期間平均32.0±12.3カ月(129)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011881図1の症例は70歳,男性.2007年3月,右眼の虹彩毛様体炎,虹彩に新生血管がみられ,眼圧38mmHg,眼底のCoats病様の血管病変にて当科初診.血管病変の強いぶどう膜炎による血管新生緑内障と診断された.2007年11月ベバシズマブの硝子体注射,2008年2月から汎網膜光凝固術を施行された.2008年4月,10時方向に円蓋部基底で線維柱帯切除術を施行された.2010年5月,緑内障点眼薬併用下に,右眼眼圧は14mmHgとなった.強膜弁は眼底カメラの可視光画像(図1A)では0辺,ハイデルベルグ社のIR画像(図1B)で3辺(白矢印)が確認できた.強膜弁の辺が確認できたのは,カラーの可視光画像では1.26±0.26(SEM)辺,IR画像では2.21±0.26(SEM)辺と,IR画像で有意に強膜弁の辺が確認できた(p<0.005Wilcoxon符号順位和検定)(図2).可視光で確認できる辺の数とIRで確認できる辺の数には,正の相関関係がみられ有意であった(n=19,同順位補正相関係数=0.665,同順位補正p値(両側確率)=0.00478,Spearman順位相関係数の検定)(図3).III考察可視光画像で確認できる強膜弁の辺の数より,IR画像で確認できる辺の数は有意に増加していた.近赤外光は可視光よりも組織深達性があるため,結膜下の強膜弁の位置を知ることができたと考えられる.可視光で検出できる辺の数と赤外線で検出できる辺の数に正の相関がみられたのは,近赤外光が可視光に近い波長特性があるため,結膜の厚みや結膜下組織の影響を同様に受けることを示唆していると考えられた.可視光でも確認できる強膜弁の辺は,IR画像では確認できる辺の数自体の増加はないが,より強膜弁の状態を詳細に確認できた.しかし,可視光でもIR画像でも検知できない強膜弁も一部にみられた.結膜の厚みや,強膜弁の隙間の治癒の程度などにより描出状態が影響を受けると考えられた.線維柱帯切除術と線維柱帯切開術で,ハイデルベルグ社のスペクトラリスを用いたIR画像による強膜弁の描出態度を比較してみた.線維柱帯切除術8カ所,線維柱帯切開術2カ所を対象とした.本研究が濾過手術を対象としていたため,同時期に撮影された線維柱帯切開術と比べた限定的な結果であるが,線維柱帯切除術では1.75±0.52(SEM)辺,線維柱帯切開術では3.00±0.00(SEM)辺がみられ,有意差はみられなかった(Mann-Whitney’sU検定).線維柱帯切開術の結膜は平滑であるため,強膜面の焦点は合いやすいのに対して,線維柱帯切除後の結膜は厚みがあることが多く,強膜面の焦点は合いにくかった.また,線維柱帯切除術の結膜には,網状の模様がみられることがあった.これは,線維柱帯切除後は,結膜表面が不整であること,結膜下組織の増生があること,内部に小さなcyst様構造があること,濾過胞内の水分が存在することなどの影響が考えられた.近年,前眼部OCT(光干渉断層計)のように,近赤外光で断層像を作成する機器が登場している10).今回,すでに普及している機器を利用しても二次元的な像ではあるが強膜弁の位置が確認できた.赤外線による強膜弁の観察は,濾過胞再建術の術前検査に役立つ可能性が示唆された.IV結論IR画像は強膜弁の位置確認に有用であった.濾過胞再建術の術前検査として役立つ可能性が示唆された.3210可視光IR確認できた辺の数(辺)*図2可視光画像とIR画像によって確認できた強膜弁の辺の数の比較対象画像をカラーの可視光画像を眼底カメラの前眼部撮影画像,IR画像をハイデルベルグのIR画像とした場合,カラーの可視光画像では1.26±0.26(SEM)辺,IR画像では2.21±0.26(SEM)辺と,IR画像で有意に強膜弁の辺が確認できた(n=19,p<0.005Wilcoxon符号順位和検定).311124124y=0.6311x+1.4133R2=0.407401230123IRで確認できた辺の数(辺)可視光で確認できた辺の数(辺)図3可視光画像とIR画像で確認できた強膜弁の辺の数の相関関係n=19,同順位補正相関係数=0.665,同順位補正p値(両側確率)=0.00478,Spearman順位相関係数の検定,可視光で確認できる辺の数とIRで確認できる辺の数は正の相関があり有意であった.なお,バブル内中央の数字は,強膜弁の数を表している.882あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(130)文献1)久野治義:赤外線の基礎.赤外線工学,p1-13,社団法人電子情報通信学会,19942)KitaiT,InomotoT,MiwaMetal:Fluorescencenavigationwithindocyaninegreenfordetectinglymphnodesinbreastcancer.BreastCancer12:211-215,20053)小野田敏尚,槙野好成,橘球ほか:インドシアニングリーン(ICG)蛍光色素による乳癌センチネルリンパ節生検の経験.島根医学27:34-38,20074)鹿山貴弘,三輪光春:赤外観察カメラシステム(PDE)の開発と医用応用.MedicalScienceDigest34:78-80,20085)米谷新,森圭介:ICG蛍光眼底造影─読影の基礎.脈絡膜循環と眼底疾患(清水弘一監修),p9-18,医学書院,20046)FlowerRW,HochheimerBF:Clinicaltechniqueandapparatusforsimultaneousangiographyoftheseparateretinalandchoroidalcirculations.InvestOphthalmolVisSci12:248-261,19737)林一彦:赤外線眼底撮影法.眼科27:1541-1550,19858)YannuzziLA,SlakterJS,SorensonJAetal:Digitalindocyaninegreenangiographyandchoroidalneovascularization.Retina12:191-223,19929)KawasakiS,MizoueS,YamaguchiMetal:Evaluationoffilteringblebfunctionbythermography.BrJOphthalmol93:1331-1336,200910)LeungCK,YickDW,KwongYYetal:AnalysisofblebmorphologyaftertrabeculectomywithVisanteanteriorsegmentopticalcoherencetomography.BrJOphthalmol91:340-344,2007***

プロスタグランジン関連眼圧下降薬で惹起された前部ぶどう膜炎

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(115)571《原著》あたらしい眼科28(4):571.575,2011cはじめに緑内障に対する唯一のエビデンスのある治療は眼圧下降である1,2).プロスタグランジン関連眼圧下降薬(以下,PGA点眼薬)は,プロスタグランジンF2a誘導体の刺激により,ぶどう膜強膜経路を介して房水流出を促し,1日1回で優れた眼圧下降効果を示し,ファーストラインの抗緑内障治療薬としての地位を固めている3,4).現在,国内では,イソプロピルウノプロストン,ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストに加えて,2009年10月よりビマトプロスト点眼薬が臨床上使用可能な点眼薬となり,計5種類のPGA点眼薬が使用されている.PGA点眼薬の副作用は,体内代謝が速く血中半減期が短いため,全身的には少ないとされる.眼局所の副作用としては,結膜充血,眼瞼・虹彩色素沈着,多毛,角膜上皮障害などがよく知られている5).また,低頻度ではあるが,深刻な副作用としてぶどう膜炎,.胞様黄斑浮腫などが報告されている6,7).近年,ぶどう膜炎の既往がないにもかかわらず,PGA点眼薬により,前部ぶどう膜炎を生じたとする症例の〔別刷請求先〕山本聡一郎:〒849-8501佐賀市鍋島5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:SoichiroYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANプロスタグランジン関連眼圧下降薬で惹起された前部ぶどう膜炎山本聡一郎岩尾圭一郎平田憲沖波聡佐賀大学医学部眼科学講座AnteriorUveitisAssociatedwithProstaglandinAnalogsSoichiroYamamoto,KeiichiroIwao,AkiraHirataandSatoshiOkinamiDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicineぶどう膜炎の既往のない患者において,プロスタグランジン関連眼圧下降薬(以下,PGA点眼薬)で惹起された前部ぶどう膜炎の臨床的特徴について検討した.佐賀大学眼科で経験した症例5例6眼に,過去に症例報告されている21例28眼を加え,そのぶどう膜炎の特徴について検討した.ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストで前部ぶどう膜炎を発症した.炎症惹起までの期間は1~1,851日(平均149.4±338.8日)であった.前房炎症の程度は大多数の症例ではごく軽度で,炎症惹起前後での眼圧較差は.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)であった.治療は全症例でPGA点眼薬の中止がなされ,22眼(64.7%)ではステロイド点眼治療が施行され,平均18.4±14.8日で消炎された.緑内障診療にあたり,PGA点眼薬の使用で炎症が惹起される可能性を常に念頭に置く必要がある.Weevaluatedtheclinicalcharacteristicsofanterioruveitiscausedbytheinstillationofprostaglandinanalogs(PGA)inpatientswithnopreviousmedicalhistoryofuveitis.Weretrospectivelyinvestigatedtheclinicalrecordsof5patients(6eyes)whohadconsultedourdepartment,andreviewed21reportedpatients(28eyes).Theanterioruveitiswastriggeredbylatanoprost,travoprostandbimatoprost,andoccurredwithin1-1,851days(average,149.4±338.8days).PGA-relateduveitisshowedmildinflammationsintheanteriorchamberinmostcases,andtheintraocularpressurechangesafterinflammationbeing.10to14mmHg(average,.0.78±5.3mmHg).Fortreatment,PGAwaswithheldinallcasesandtopicalcorticosteroidswereinstilledin22eyes(64.7%).ThePGA-relateduveitisimprovedin18.4±14.8days.OurfindingsindicatethatinflammationmustbecarefullymonitoredaftertheadministrationofanyPGA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):571.575,2011〕Keywords:眼炎症,眼圧上昇,緑内障,抗緑内障点眼薬.intraocularinflammation,intraocularpressure,glaucoma,antiglaucomaeyedrop.572あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(116)報告が散見される8~17).しかしながら,いずれの報告も少数の症例報告に留まっており,その臨床的特徴などに関しての詳細は不明である.そこで筆者らは,当院で経験した症例と過去に症例報告されているPGA点眼薬により惹起された前部ぶどう膜炎の臨床的特徴について検討した.I対象および方法対象は佐賀大学医学部附属病院眼科において,1999年5月から2009年5月の期間に,ぶどう膜炎の既往のない緑内障症例のうち,PGA点眼薬開始後に前部ぶどう膜炎を発症した症例について,カルテ記載に基づきレトロスペクティブに調査した.調査項目として,性別,年齢,緑内障病型,手術歴,術後経過期間,PGA点眼以外の点眼数,発症までの期間について調査した.発症時の診察所見として,炎症前後での眼圧変化,角膜浮腫・角膜後面沈着物・前房炎症・虹彩結節・.胞様黄斑浮腫の有無,治療方法,消炎までの期間について調査し,炎症の形態を評価した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計を用いて計測し,前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)により評価した.また,過去に論文報告されているPGA点眼薬に起因する前部ぶどう膜炎症例について,PubMedを用いてprostaglandin,latanoprost,travoprost,bimatoprost,tafluprost,uveitisでキーワード検索を行い,該当する文献検索を行った.上記と同じ項目について調査し,当院症例と合わせて前部ぶどう膜炎の臨床的特徴についてさらに検討した.II結果当院での症例は5例6眼であり,その内訳は男性4眼,女性2眼,年齢は52~86歳(平均74.3±11.7歳)であった(表1).全身性ぶどう膜炎との鑑別に必要と考えられる採血など一般的な全身検索において,異常所見は認めなかった.緑内障病型は,原発開放隅角緑内障3眼,落屑緑内障2眼,発達緑内障1眼であった.手術の既往歴のない症例は2眼であり,2眼で緑内障手術のみ,2眼で緑内障手術および白内障手術が施行されており,すべての症例で手術後半年以上(8.3~38.0カ月)経過していた.PGA点眼薬の種類はすべての症例でラタノプロスト点眼を使用しており,ラタノプロスト点眼以外の併用されていた抗緑内障点眼数は,1~3剤(平均1.7±0.81剤)であった.ぶどう膜炎発症までの期間は138~表1患者背景症例AB-RB-LCDE平均±標準偏差年齢(歳)79757579865274.3±11.7性別男性女性女性男性男性男性緑内障病型POAGPOAGPOAGEGEGDEV緑内障手術既往─LOTLOT─VISCOLOT+SINTLE白内障手術既往─IOLIOL───術後経過期間(月)─8.322.0─32.638.0PGA以外の抗緑内障点眼(剤)2113121.7±0.81発症までの期間(日)2192281381,851312837597.5±663.5EG:落屑緑内障,DEV:発達緑内障,IOL:超音波白内障手術+眼内レンズ挿入術,LOT:線維柱帯切開術,PGA:PGA点眼薬,POAG:原発開放隅角緑内障,SIN:サイヌソトミー,TLE:線維柱帯切除術,VISCO:ピスコカナロストミー.表2診察所見と治療AB-RB-LCDE平均±標準偏差炎症前の眼圧(mmHg)16131421133618.8±14.5炎症時の眼圧(mmHg)18121221155021.3±14.5炎症前後の眼圧較差(mmHg)2.1.202142.5±5.9角膜浮腫──────前房炎症*1+2+2+1+1+1+角膜後面沈着物─+────隅角結節・虹彩結節─++───眼底:.胞様黄斑浮腫──────消炎期間(日)54141108718.7±17.4ステロイド点眼治療+++──+*:aqueouscellulargradingscaleにより分類18).(117)あたらしい眼科Vol.28,No.4,20115731,851日(平均597.5±663.5日)であった.ぶどう膜炎発症前の眼圧は13~36mmHg(平均18.8±14.5mmHg),炎症時の眼圧は12~50mmHg(平均21.3±14.5mmHg)であり,炎症惹起前後での眼圧較差では.2~14mmHg(平均2.5±5.9mmHg)で,うち1眼では14mmHgの著明な眼圧上昇を認めた(表2).前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)2+が2眼,1+が4眼で,角膜後面沈着物を生じた症例は1眼であった.すべての症例で前部硝子体に炎症細胞を認めず,また.胞様黄斑浮腫など眼底異常所見も認めず,前眼部に限局した炎症であった.治療は,全症例ともラタノプロスト点眼が中止され,4眼でステロイド点眼薬で抗炎症加療が施行された.ステロイド点眼薬の内訳は0.1%リン酸ベタメタゾンが2眼,0.1%フルオロメトロン点眼後に0.1%リン酸ベタメタゾンに変更したのが2眼,2眼はラタノプロスト点眼中止のみで消炎がみられた.消炎までの平均期間は5~41日(平均18.7±17.4日)であった.PGA点眼中止後の眼圧コントロールに使用した抗緑内障薬の内訳は,マレイン酸チモロール,ブリンゾラミド,ジピベフリン塩酸塩,塩酸ブナゾシンでもともと併用していた点眼を続行し,消炎後の眼圧コントロールはおおむね良好であった.しかし,炎症惹起前より眼圧ベースラインが20mmHgを越えていた症例Eは,消炎後も眼圧高値のため,最終的にマイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した.つぎにPubMedを用いて文献検索し,PGA点眼薬で前部ぶどう膜炎を惹起した過去の論文報告を10報抽出した.この既報症例21例28眼に当院症例を加えて,計26例34眼でさらに検討を加えた.既報のPGA点眼薬の内訳は,ラタノプロスト点眼の症例が計16例20眼8~12),トラボプロスト点眼の症例が計4例6眼13~16),ビマトプロスト点眼の症例が1例2眼17)であった.26例34眼の内訳は,男性13眼,女性21眼,年齢は46~86歳(平均71.7±8.2歳)であった(表3).緑内障病型は原発開放隅角緑内障19眼,落屑緑内障6眼,発達緑内障1眼,病型不詳8眼であった.手術の既往歴は,7眼で緑内障手術,15眼で白内障手術が施行されていた.PGA点眼薬以外の併用抗緑内障点眼数は0~3剤(平均0.97±0.90剤)であった.ぶどう膜炎発症までの平均期間は1~1,851日(平均149.4±338.8日)で,そのうち点眼開始後14日以内では12眼(35.3%),60日以内では21眼(61.8%)の発症がみられた.炎症惹起前後での眼圧較差は.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)で,5mmHg以上の眼圧上昇を認めた症例は3眼(8.8%)のみであった(表4).前房炎症はaqueouscellulargradingscale18)1+以下のものが22眼(64.7%)で,角膜後面沈着物を生じた症例は5眼(14.7%)であった..胞様黄斑浮腫など眼底異常所見を認める症例はみられなかった.治療は,全症例でPGA点眼薬を中止し,22眼(64.7%)でステロイド点眼薬で抗炎症治療が施行された.消炎までの期間は,5~56日(平均18.4±14.8日)であった.表3患者背景(当院症例および既報)平均±標準偏差性別(眼)男性13(38.0%),女性21(62.0%)発症年齢(歳)46~8671.7±8.2緑内障病型(眼)POAG19EG6DEV1病型不詳8手術既往(眼)緑内障手術7白内障手術15PGA以外の眼圧下降点眼数(剤)0~30.97±0.90発症までの期間(日)1~1,851149.4±338.8EG:落屑緑内障,DEV:発達緑内障,POAG:原発開放隅角緑内障.表4診察所見と治療(当院症例および既報)発症前眼圧(mmHg)21.3±5.9発症時眼圧(mmHg)20.7±8.5炎症前後の眼圧較差(mmHg).0.78±5.3角膜浮腫(眼)3(8.8%)前房炎症*(眼)3+2+1+trace2(5.9%)10(29.4%)10(29.4%)12(35.3%)角膜後面沈着物(眼)5(14.7%.豚脂様2,詳細不明3)隅角・虹彩結節(眼)2(5.9%).胞様黄斑浮腫(眼)0ステロイド点眼(眼)22(64.7%)消炎までの期間(日)18.4±14.8*aqueouscellulargradingscaleにより分類18).574あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(118)III考按PGA点眼薬は,眼炎症を惹起する可能性があり,特にぶどう膜炎症例における使用の際には慎重投与が必要とされている19).過去の報告では1990年代後半に,炎症の既往のない緑内障眼に対するPGA点眼薬で惹起された前部ぶどう膜炎の報告があり,その発症頻度は,Warwarら8)はラタノプロスト点眼で163眼中4.9%に,Smithら9)はラタノプロスト点眼で505例中1%と報告しており低頻度である.そのためいずれの報告も少数の症例報告に留まっており,その臨床的特徴などに関しての詳細は不明である.そこで今回,筆者らはこれまでにPGA点眼薬で前部ぶどう膜炎を惹起した報告を集め,その臨床的特徴について検討した.プロスタグランジン(PG)が眼炎症のメディエータとしての役割を担うことはよく知られている.発症のメカニズムは思索的ではあるが,PGF2aにより虹彩毛様体においてPGE2が放出され20),ホスホリパーゼA2の活性化によって細胞膜のリン脂質からアラキドン酸の放出が刺激され21),結果的にアラキドン酸が炎症誘発性エイコサノイドの産生を増加することにより,眼炎症をひき起こすと考えられている.動物実験においても,高濃度のPGにより眼血液房水関門が破綻し,眼炎症が惹起される22).臨床においては,健常眼で眼炎症のリスクのない28人のボランティアに対しラタノプロストの1日4回2週間点眼を施行し,そのうち15人で軽度の前房細胞の上昇を認めたとする報告23)や,60人の慢性開放隅角緑内障患者におけるラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト点眼による6カ月間のフレアセルメータで,点眼開始前と比較しラタノプロスト群では60.4%,トラボプロスト群では45.5%,ビマトプロスト群では38.5%の前房細胞フレア値が増加したとする報告もある24).今回の検討における臨床所見の特徴として,前房炎症の程度はaqueouscellulargradingscale18)1+以下のものが22眼(64.7%)で,角膜後面沈着物を生じたのは5眼(14.7%)と,炎症の程度は軽度なものが多いと考えられた.炎症惹起前後での眼圧較差は,.10~14mmHg(平均.0.78±5.3mmHg)と,多くの症例では炎症惹起後での眼圧上昇を認めなかった.治療としては,PGA点眼薬中止のみで消炎がみられたものが12眼(35.3%)で,22眼(64.7%)でステロイド点眼薬が施行されており,消炎までの平均期間は,18.4±14.8日といずれも比較的速やかに消炎がみられていた.発症頻度は低いものと考えられるが,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト点眼において前部ぶどう膜炎の発症を認める.PGA点眼薬によりぶどう膜炎が惹起される症例報告があるなか,その優れた眼圧下降作用から,ぶどう膜炎続発緑内障においても炎症がコントロールされている症例に関しては,注意深い経過観察のもと使用するという報告も,2000年代後半から徐々に認められている25~27).しかし,炎症の既往がないにもかかわらずPGA点眼薬により炎症を惹起する症例が少なからず存在することは確かなことであり,使用の際にはやはり注意深い経過観察が必要である.今後の検討課題としては,いまだ報告のないタフルプロスト点眼に起因するぶどう膜炎症例に関してや,ぶどう膜炎眼でのPGA点眼薬使用に際しての炎症・眼圧応答に関する検討があげられる.治療に関しても,PGA点眼薬中止のみで軽快するものもあり,ステロイド点眼加療まで必要かどうかについては,今後さらなる検証が必要と考える.以上,眼炎症の既往がないにもかかわらずPGA点眼薬で惹起された前部ぶどう膜炎の特徴について検討した.炎症の程度や眼圧上昇は軽度なものが多く,PGA点眼薬中止とステロイド点眼加療により比較的容易に消炎できるという特徴を認めた.PGA点眼薬使用の際には,前部ぶどう膜炎の発症についても念頭に置いて,緑内障診療にあたる必要がある.文献1)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudy-Group:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20063)MishimaHK,MasudaK,KitazawaYetal:Acomparisonoflatanoprostandtimololinprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.A12-weekstudy.ArchOphthalmol114:929-932,19964)VanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20055)佐伯忠賜朗,相原一:プロスタグランジン関連薬の特徴─増える選択肢.あたらしい眼科25:755-763,20086)SchumerRA,CamrasCB,MandahlAK:Putativesideeffectsofprostaglandinanalogs.SurvOphthalmol47:219-230,20027)AlmA,GriersonI,ShieldsMB:Sideeffectsassociatedwithprostaglandinanalogtherapy.SurvOphthalmol53:93-105,20088)WarwarRE,BullockJD,BallalD:Cystoidmacularedemaandanterioruveitisassociatedwithlatanoprostuse.Ophthalmology105:263-268,19989)SmithSL,PruittCA,SineCSetal:Latanoprost0.005%andanteriorsegmentuveitis.ActaOphthalmolScand77:668-672,199910)FechtnerRD,KhouriAS,ZimmermanTJetal:Anterioruveitisassociatedwithlatanoprost.AmJOphthalmol126:37-41,199811)WaheedK,LaganowskiH:Bilateralpoliosisandgranu(119)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011575lomatousanterioruveitisassociatedwithlatanoprostuseandapparenthypotrichosisonitswithdrawal.Eye15:347-349,200112)OrnekK,OnaranZ,TurgutY:Anterioruveitisassociatedwithfixed-combinationlatanoprostandtimolol.CanJOphthalmol43:727-728,200813)FaulknerWJ,BurkSE:Acuteanterioruveitisandcornealedemaassociatedwithtravoprost.ArchOphthalmol121:1054-1055,200314)SuominenS,ValimakiJ:Bilateralanterioruveitisassociatedwithtravoprost.ActaOphthalmolScand84:275-276,200615)AydinS,OzcuraF:Cornealoedemaandacuteanterioruveitisaftertwodosesoftravoprost.ActaOphthalmolScand85:693-694,200716)KumarasamyM,DesaiSP:Anterioruveitisisassociatedwithtravoprost.BMJ329:205,200417)PackerM,FineIH,HoffmanRS:Bilateralnongranulomatousanterioruveitisassociatedwithbimatoprost.JCataractRefractSurg29:2242-2243,200318)NussenblattRB,WhitcupSM,PalestineAG:Uveitis:FundamentalandClinicalPractice,2nded,p58-68,Mosby,St.Louis,199619)沖波聡:ぶどう膜炎.眼科44:1632-1638,200220)YousufzaiSY,Abdel-LatifAA:ProstaglandinF2alphaanditsanalogsinducereleaseofendogenousprostaglandinsinirisandciliarymusclesisolatedfromcatandothermammalianspecies.ExpEyeRes63:305-310,199621)KozawaO,TokudaH,MiwaMetal:MechanismofprostaglandinE2-inducedarachidonicacidreleaseinosteoblast-likecells:independence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チモロール点眼の防腐剤有無による眼表面と涙液機能への影響

2011年4月30日 土曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(103)559《原著》あたらしい眼科28(4):559.562,2011cはじめに抗緑内障点眼薬は長期にわたって使用するため,慢性的な副作用が問題となることが多い.bブロッカー点眼による眼表面への悪影響の報告は,角膜知覚の低下1),涙液層の不安定化2~5),涙液の産生低下2,4),結膜の杯細胞数の減少4)などさまざまなものがある.これらの変化は,点眼薬に含まれる防腐剤によってもひき起こされうるが,bブロッカーそのものによる変化との区別ははっきりしない.先に筆者らは,bブロッカーであるチモロール点眼の防腐剤を含むものと含まないものを比較し,防腐剤含有群で角膜上皮障害がみられたことを報告した7)が,今回症例数を増やし,防腐剤の有無によるbブロッカー点眼の眼表面と涙液に対する影響をプロスペクティブに検討したので報告する.I方法対象は,東京歯科大学市川総合病院眼科外来および両国眼科クリニックにて,高眼圧症,正常眼圧緑内障,原発開放隅角緑内障の診断を受け,抗緑内障点眼薬の初回投与をうける〔別刷請求先〕石岡みさき:〒151-0064東京都渋谷区上原1-22-6みさき眼科クリニックReprintrequests:MisakiIshioka,M.D.,MisakiEyeClinic,1-22-6Uehara,Shibuya-ku,Tokyo151-0064,JAPANチモロール点眼の防腐剤有無による眼表面と涙液機能への影響石岡みさき*1,2,4島.潤*2,3八木幸子*2坪田一男*2,3*1みさき眼科クリニック*2東京歯科大学市川総合病院眼科*3慶應義塾大学医学部眼科学教室*4両国眼科クリニックProspectiveComparisonofTimololEyedropswithandwithoutPreservatives:EffectonOcularSurfaceandTearDynamicsMisakiIshioka1,2,4),JunShimazaki2,3),YukikoYagi2)andKazuoTsubota2,3)1)MisakiEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital,3)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,4)RyogokuEyeClinic抗緑内障点眼薬の初回投与を受ける39名を,防腐剤(塩化ベンザルコニウム)含有チモロール点眼を使用する群と,防腐剤非含有のチモロール点眼を使用する群に無作為に割り付け,眼表面と涙液機能への影響を前向きに3カ月にわたり観察した.両群とも点眼開始1カ月後より有意に眼圧の低下を認めた.涙液機能,角膜知覚は点眼前後と治療群間に差を認めなかった.角膜のフルオレセイン染色は,防腐剤含有群に増加傾向を認め,涙液層破壊時間は防腐剤含有群にて有意に短縮し,非含有群にて有意に延長していた.今回の結果より,チモロール点眼使用にあたっては,眼表面や涙液への防腐剤の影響を考慮する必要があると考えられた.Weconductedarandomized,prospectivecomparativestudyof39patientswhousedantiglaucomamedicationforthefirsttimeduringaperiodof3months.Patientswererandomlyassignedeither0.5%timololeyedropswithbenzalkoniumchlorideaspreservative(TIM+BAK)or0.5%timololwithoutpreservative(TIM-BAK).Intraocularpressurereducedsignificantlyinbothgroupsateveryexaminationpoint.Nodifferenceswerenotedincornealsensitivityorteardynamicsbetweenpre-andpost-treatmentineithergroup.Eyesusingtimololwithpreservativesshowedslightlyhighercornealfluoresceinscoresthandideyesusingtimololwithoutpreservative.Tearbreak-uptimedecreasedintheeyeswithtimololwithpreservativeandincreasedintheeyeswithtimololwithoutpreservative.Whencornealcytotoxicityisobservedinpatientsundertopicalmedication,theadverseeffectsofpreservativesshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(4):559.562,2011〕Keywords:チモロール,点眼,塩化ベンザルコニウム,防腐剤,緑内障.timololmaleate,eyedrops,benzalkoniumchloride,presservatives,glaucoma.560あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(104)患者とし,すでに抗緑内障点眼薬を使用している者,人工涙液以外の点眼を使用している者,コンタクトレンズを使用している者は対象から除外した.試験実施に先立ち,東京歯科大学市川総合病院倫理委員会,および両国眼科クリニック治験審査委員会において,試験の倫理的および科学的妥当性が審査され承認を得た.すべての被験者に対して試験開始前に試験の内容および予想される副作用などを十分に説明し理解を得たうえで,文書による同意を取得した.なお,本試験はヘルシンキ宣言に基づく原則に従い実施された.防腐剤として塩化ベンザルコニウム(BAC)を含む0.5%チモロール(チモプトールR,参天製薬,万有製薬)〔以下,BAC(+)〕と防腐剤を含まない0.5%チモロール(チマバックR,日本点眼薬研究所,現在製造中止)〔以下,BAC(.)〕のいずれかを封筒法にて無作為に割り付け,検査は表1のスケジュールに従い行った.チマバックRはミリポアフィルターRつきの点眼であり,チモプトールRとは防腐剤の有無の点のみ異なり,他の添加物,pH,浸透圧などは同じである.眼圧測定は非接触型眼圧計を用いた.視野検査はGoldmann視野計,あるいはHumphrey視野計を用い,投与前と3カ月後の検査には同種器械を使用した.視野の評価は,Goldmann視野計においては暗点の出現あるいは拡大により判定し,Humphrey視野計ではMD(平均偏差)値の変化により判定した.生体染色は1%フルオレセイン2μlを結膜.に滴下し,角膜を上部,中央,下部の3カ所をそれぞれ0から3点と評価し,その合計をスコアとした(最低0点,最高9点).涙液層破壊時間(tearbreak-uptime:BUT)は3回測った平均をとり,Schirmerテストは5%フルオレセインを1μl結膜.に滴下した5分後に麻酔なしで施行した.涙液クリアランステストはSchirmer試験後の試験紙のフルオレセイン濃度で判定し8),Schirmer値に涙液クリアランステストのlog値をかけた値tearfunctionindex9)も評価の対象とした.角膜知覚はCochetBonnet角膜知覚計にて角膜中央部を測定し,換算表にてg/mm2に換算し比較した.投与前のSchirmerテスト値が多い片眼を評価対象とし,3カ月の観察期間を終了した39名(男性17名,女性22名,平均年齢59.7±11.5)について解析を行った.内訳を表2に示す.結果は平均値(±標準偏差)で表した.統計学的検定は,眼圧,BUTのグループ間,グループ内の比較にはANOVA(analysisofvariance),フルオレセイン染色スコアについては群間比較にWilcoxon’sranksumtestを,群内比較にはWilcoxon’smatchedpairessingned-rankstestを用いた.Schirmerテスト,クリアランステスト,tearfunctionindex,角膜知覚の群間,群内比較はStudentt-testを用いた.II結果眼圧はBAC(+)群では18.1±4.7mmHg(投与前),15.5±3.4mmHg(1カ月),15.3±2.9mmHg(2カ月),15.4±3.7mmHg(3カ月)と有意に低下し(p<0.001,p<0.01,p<0.001),同様にBAC(.)群でも17.6±3.9mmHg(投与前),13.7±2.6mmHg(1カ月),14.6±2.8mmHg(2カ月),15.0±3.1mmHg(3カ月)と有意に低下した(p<0.001,p<0.001,p<0.01).両群間に差は認められなかった(図1).投与前後で視力,C/D(陥凹乳頭)比,視野の変化はみら表1検査スケジュール開始前1カ月2カ月3カ月視力○○眼圧○○○○眼底検査○○視野検査○○Schirmerテスト○○涙液クリアランステスト○○フルオレセイン染色○○○○Tearbreak-uptime○○○○角膜知覚○○表2症例の内訳BAC(+)(n=19)BAC(.)(n=20)平均年齢(標準偏差)62.9(9.5)56.7(12.7)性別(男性:女性)4:1513:7原疾患高眼圧症30正常眼圧緑内障1217開放隅角緑内障430123投与期間(カ月)眼圧(mmHg)**********4035302520151050:BAC(+):BAC(-)図1治療前後の眼圧の変化両群とも治療開始前より眼圧は有意に低下した(*:p<0.01,**:p<0.001).両群間に差はみられなかった.(105)あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011561れなかった.涙液検査(Schirmerテスト,クリアランステスト,tearfunctionindex),角膜知覚検査は投与3カ月後において両治療群間に差を認めず,また各治療群の治療前後での差も認めなかった(表3).フルオレセインスコアはBAC(.)群では0.30±0.73(投与前),0.45±0.94(1カ月),0.21±0.42(2カ月),0.30±0.66(3カ月)と変化を認めなかった.BAC(+)群では0.53±0.96(投与前),0.79±1.13(1カ月),0.95±0.91(2カ月),1.11±1.45(3カ月)と,やや増加傾向がみられたが有意差は認められなかった.また,両群間に有意差は認められなかった(図2).投与3カ月後の時点でスコアが2以上,あるいは3以上の症例数を両群間で比較したが,差は認められなかった.BUTはBAC(.)群では6.4±3.8秒(投与前),7.4±4.1秒(1カ月),7.3±3.3秒(2カ月),8.7±3.0秒(3カ月)と延長がみられ,3カ月の時点で有意差を認めた(p<0.01).BAC(+)群では,5.6±2.7秒(投与前),3.9±2.3秒(1カ月),3.8±2.1秒(2カ月),4.5±2.7秒(3カ月)と短縮傾向にあり,投与開始1,2カ月の時点で有意差を認めた(p<0.01,p<0.01).治療群間においては,1,2,3カ月のそれぞれの時点で有意差を認めた(p<0.01,p<0.001,p<0.001)(図3).III考察前回の筆者らの報告7)では,投与3カ月後にBAC(+)群において角膜のフルオレセインスコアがBAC(.)群より増加し,BUTは投与1カ月後より3カ月後までBAC(.)群がBAC(+)群に比べ有意に延長していた.今回有意差はなかったが,BAC(+)群で角膜上皮障害が出やすい傾向が同様にみられ,BUTはBAC(+)群で短縮,BAC(.)群で延長という前回の報告と同じ結果となった.これまでbブロッカー点眼を使用すると,角膜知覚が低下することにより瞬目回数の減少と涙液分泌減少が生じ,その結果角膜上皮障害が起きると考えられてきた1,2,4)が,今回の報告では防腐剤の有無にかかわらず角膜知覚,涙液分泌量ともに投与前後で変化していなかった.角膜知覚に関してはいろいろな報告があるが,Weissmanらは綿花ではなく角膜知覚計を用いれば年齢が高いグループにおいてbブロッカー点眼使用後に知覚が低下すると報告している1).彼らの報告では平均年齢49歳のグループで知覚低下がみられているが,今回の筆者らの報告は平均年齢が60歳近いが知覚低下はみられていない.Weissmanの報告は点眼10分後の調査であり,bブロッカー点眼による角膜知覚低下は一過性である可能性もある.涙液分泌に関しては,今回は点眼開始前に涙液分泌量がSchirmer値で平均10mm以上という涙液分泌が多いグループのため,点眼による涙液分泌減少がみられなかったとも考えられるが,涙液分泌が十分にあり点眼による減少が起きなくとも,また角膜知覚が低下しなくても,BACによりBUT短縮は起きるという結果になった.表3涙液検査,角膜知覚検査月BAC(+)BAC(.)p値Schirmerテスト(mm/5分)013.7(11.2)14.9(12.2)0.76313.1(12.7)17.1(10.6)0.29涙液クリアランステスト(log2)05.1(1.7)5.0(1.5)0.8435.2(1.6)4.9(1.4)0.67Tearfunctionindex074.9(73.7)78.1(69.8)0.89375.5(81.2)89.0(66.9)0.58角膜知覚(g/mm2)00.48(0.15)0.59(0.57)0.4330.46(0.15)0.49(0.24)0.690123投与期間(カ月)涙液層破壊時間(秒):BAC(+):BAC(-)151050***♯♯♯♯♯図3治療前後のtearbreak.uptime(BUT)の変化BAC(+)群では治療開始1,2カ月においてBUTの短縮がみられ,BAC(.)群では治療開始3カ月においてBUTの延長がみられた(*:p<0.01).治療開始1,2,3カ月の時点で両群間に差を認めた(#:p<0.01,##:p<0.001).01投与期間(カ月)フルオレセインスコア2332.521.510.50-0.5-1:BAC(+):BAC(-)図2治療前後のフルオレセインスコアの変化両群内での治療前後,両群間でのスコアに有意差は認められなかった.562あたらしい眼科Vol.28,No.4,2011(106)BACによる細胞障害は以前より知られ10),BUTの短縮,涙液層の不安定化,角膜上皮バリアの破壊はBACが界面活性剤として作用し,涙液層の脂質を変化させるためと考えられている3,5).これらの変化は1回の点眼によっても起きると報告されている3,5).BACによって生じたBUTの短縮は,BACを含まない点眼に変更しても戻りにくいという報告がある6).今回は,3カ月という比較的短期間の投与であり,しかもチモロール単剤投与であったため,防腐剤の有無による差異が明確に出なかった可能性もある.実際の臨床でしばしばみられる,長期間にわたる点眼薬の使用時,点眼の多剤併用時,そしてもともと角膜上皮障害やドライアイがある症例には,点眼剤に含まれる防腐剤による悪影響に留意すべきと考えられる.今回もBAC(.)群でBUT延長がみられた.角膜上皮障害の有無によりBUTのデータに影響が出る可能性も考えたが関連は認められず,その原因は不明である.今回防腐剤を含まないチモロール点眼を使用しても眼表面への悪影響は認めなかった.投与期間が3カ月と短期間であるため,チモロール点眼剤そのものの角膜上皮や涙液層への悪影響はないと断定はできないが,今回の結果から,防腐剤含有のbブロッカー点眼使用中に角膜上皮障害を認めた場合には,防腐剤の影響も考えたほうがよいことが示唆された.文献1)WeissmanSS,AsbellPA:Effectsoftopicaltimolol(0.5%)andbetaxolol(0.5%)oncornealsensitivity.BrJOphthalmol74:409-412,19902)ShimazakiJ,HanadaK,YagiYetal:Changesinocularsurfacecausedbyantiglaucomatouseyedrops:prospective,randomisedstudyforthecomparisonof0.5%timololv0.12%unoprostone.BrJOphthalmol84:1250-1254,20003)IshibashiT,YokoiN,KinoshitaS:Comparisonoftheshort-termeffectsonthehumancornealsurfaceoftopicaltimololmaleatewithandwithoutbenzalkoniumchloride.JGlaucoma12:486-490,20034)HerrerasJM,PastorJC,CalongeMetal:Ocularsurfacealterationafterlong-termtreatmentwithanantiglaucomatousdrug.Ophthalmology99:1082-1088,19925)BaudouinC,deLunardoC:Shorttermcomparativestudyoftopical2%carteololwithandwithoutbenzalkoniumchlorideinhealthyvolunteers.BrJOphthalmol82:39-42,19986)KuppensEVMJ,deJongCA,StolwijkTRetal:Effectoftimololwithandwithoutpreservativeonthebasaltearturnoveringlaucoma.BrJOphthalmol79:339-342,19957)石岡みさき,島崎潤,八木幸子ほか:bブロッカー点眼と防腐剤が涙液・眼表面に及ぼす影響.臨眼58:1437-1440,20048)小野真史,坪田一男,吉野健一ほか:涙液のクリアランステスト.臨眼45:1143-1149,19919)XuKP,YagiY,TodaIetal:Tearfunctionindex:Anewmeasureofdryeye.ArchOphthalmol113:84-88,199510)BursteinNL:Cornealcytotoxiciyoftopicallyapplieddrugs,vehiclesandpreservatives.SurvOphthalmol25:15-30,1980***

前眼部光干渉断層計(RTVue-100®)を用いた線維柱帯切除術後濾過胞の観察

2011年3月31日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(127)435《原著》あたらしい眼科28(3):435.439,2011cはじめに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は,おもに眼底観察,特に黄斑疾患の観察や,その病態評価での有用性が認められ著しく発展した.最近は,前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)により前眼部観察にも適応が拡大され,角膜,結膜,前房,隅角の定量的,客観的解析が可能となり,さまざまな前眼部疾患の病態解明に貢献している.また,前眼部OCTは従来から前眼部観察に用いられてきた超音波生体顕微鏡とは異なり,眼組織に接触せず非侵襲的に前眼部断層像を取得できるという特徴がある.RTVue-100R(Optovue社製)は眼底観察用として開発されたスペクトラルドメインOCTであり,おもに網膜疾患や緑内障の病態評価に用いられているが,前眼部撮影用レンズ(corneaanteriormodule:CAM)を装着することで前眼部〔別刷請求先〕清水恒輔:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1丁目1-1旭川医科大学眼科学講座Reprintrequests:KosukeShimizu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahikawaMedicalCollege,2-1-1-1Midorigaokahigashi,Asahikawa078-8510,JAPAN前眼部光干渉断層計(RTVue-100R)を用いた線維柱帯切除術後濾過胞の観察清水恒輔*1川井基史*1花田一臣*2坪井尚子*1山口亨*1阿部綾子*1吉田晃敏*1*1旭川医科大学眼科学講座*2同医工連携総研講座EvaluationofTrabeculectomyBlebsUsingAnteriorSegmentOpticalCoherenceTomography(RTVue-100R)KosukeShimizu1),MotofumiKawai1),KazuomiHanada2),NaokoTsuboi1),ToruYamaguchi1),AyakoAbe1),andAkitoshiYoshida1)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofMedicineandEngineeringCombinedResearchInstitute,AsahikawaMedicalCollege線維柱帯切除術後濾過胞(濾過胞)をRTVue-100R(Optovue社製)に前眼部撮影用レンズ(corneaanteriormodule:CAM)を装着して観察した.RTVue-100Rは波長840nmの眼底観察用光源を使用しているため,波長1,310nmの光源を使用する前眼部光干渉断層計と比較して組織深達度は低いが,解像度が高いという特徴がある.本装置を用いて房水漏出のある術後早期濾過胞を観察すると,房水漏出部位において濾過胞結膜と角膜輪部との離開が観察できた.また,縫合閉鎖により房水漏出が消失すると,同部位が濾過胞結膜上皮と角膜上皮で覆われる所見が得られた.RTVue-100Rを用いると,濾過胞結膜上皮と角膜上皮が描出でき,濾過胞表層における組織構造の観察が可能であった.WeimagedtrabeculectomyblebsusingtheRTVue-100R(Optovue,Inc.,Fremont,CA)withthecornealanteriormodule.Becausethisopticalcoherencetomography(OCT)instrument,whichwasdevelopedforfundusimaging,employsan840-nmwavelengthlightsource,tissuepenetrationislessthanthatofotheranterior-segment(AS)-OCTinstrumentsemployinga1,310-nmwavelengthlightsource.However,imagesofhigheraxialresolutionmaybeobtainedusingtheRTVue-100R.Inacaseofleakingbleb,theconjunctivawasseparatedfromthecorneallimbusatthesiteoftheblebleakintheearlypostoperativeperiod.Aftertheblebleakwasresolvedbysuturerepair,weobtainedanimageofthesite,coveredbyconjunctivalandcornealepithelium.UsingthisAS-OCTinstrument,weobtainedimagesoftheblebandcornealepitheliumandhistologicimagesofsuperficialfeaturesinthebleb.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(3):435.439,2011〕Keywords:緑内障,前眼部光干渉断層計,線維柱帯切除術,濾過胞.glaucoma,anteriorsegmentopticalcoherencetomography,trabeculectomy,bleb.436あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(128)OCTとしても使用可能である.本装置は波長840nmの眼底観察用光源を使用しているが,これは前眼部に特化した他の前眼部OCT(波長1,310nm)と比較して短波長である.前眼部は眼底とは異なり組織表面の凹凸が多く,さらに強膜や結膜,虹彩といった不透明組織を含んでいる.したがって,短波長光源を使用する本装置を用いて前眼部を撮影した場合,組織深達度が不足するため十分な観察を行えない可能性がある.しかし一方で,本装置は解像度が高いという特徴があり,花田ら1)は本装置を用いて糖尿病角膜症での上皮の治癒過程を詳細に観察した.近年,前眼部OCTを用いて細隙灯顕微鏡では観察に限界のある線維柱帯切除術後濾過胞(濾過胞)の内部構造を非侵襲的に評価できることが報告2,3)されているが,本装置を用いて濾過胞を観察した報告はない.今回筆者らは,RTVue-100Rを前眼部OCTとして用い,濾過胞の観察を行ったので報告する.I対象および方法対象は,円蓋部基底結膜弁を用いて線維柱帯切除術を施行後,房水漏出が認められず良好な眼圧が長期間維持されている濾過胞(機能性濾過胞)を有する1例(症例1)と,術後早期濾過胞を有する2例である(症例2,3).濾過胞の観察には,細隙灯顕微鏡とRTVue-100RにCAMを装着した前眼部OCT(図1)を用いた.眼圧はGoldmann圧平眼圧計で測定した.II症例〔症例1〕68歳,女性.続発閉塞隅角緑内障に対する線維柱帯切除術後64日目の所見である.眼圧は8mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,濾過胞形状はびまん性であった(図2a).角膜輪部に対して垂直に長さ6mmのラインスキャンを行ったところ(図2b),広い強膜弁上腔と濾過胞壁内のマイクロシストが観察された.また,結膜切開部位における濾過胞結膜と角膜輪部の接触幅は長く,同部位は濾過胞結膜上皮と角膜上皮で覆われていた(図2c).〔症例2〕71歳,男性.全層角膜移植術後に発症した続発閉塞隅角緑内障に対する線維柱帯切除術後10日目の所見である.眼圧は9mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,濾過胞はびまん性であった(図3a).Seidel試験は陰性であった(図3b).角膜輪部に対して垂直に長さ6mmのラインスキャンを行ったところ(図3c),症例1と同様に,結膜切開部位における濾過胞結膜と角膜輪部の接触幅は長く,同部位は濾過胞結膜上皮と角膜上皮で覆われていた(図3d).〔症例3〕74歳,男性.原発開放隅角緑内障に対する線維柱帯切除術後9日目の所見である.眼圧は4mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,濾過胞はやや縮小していた*SS250μmabc図2症例1(機能性濾過胞)の細隙灯顕微鏡およびRTVue-100Rによる画像所見a:細隙灯顕微鏡所見.濾過胞はびまん性である.b:撮影部位(ラインスキャンの長さは6mmで角膜輪部に垂直である).c:広い強膜弁上腔,マイクロシスト(矢頭)が観察できる.濾過胞結膜と角膜輪部の接触幅は長く(破線矢印),結膜切開部位は上皮によって覆われている(*).SS:強膜弁上腔.図1前眼部撮影用レンズ(corneaanteriormodule:CAM)を装着したRTVue-100R(Optovue社製)の外観(129)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011437abcd*SS250μm図3症例2(房水漏出のない術後早期濾過胞)の細隙灯顕微鏡およびRTVue-100Rによる画像所見a:細隙灯顕微鏡所見.濾過胞はびまん性である.b:Seidel試験.房水漏出は認められない.c:撮影部位(ラインスキャンの長さは6mmで角膜輪部に垂直である).d:濾過胞結膜と角膜輪部の接触幅は長く(破線矢印),結膜切開部位は上皮によって覆われている(*).SS:強膜弁上腔.abcdefSSSSSS250μm250μm250μm図4症例3(房水漏出のある術後早期濾過胞)の細隙灯顕微鏡およびRTVue-100Rによる画像所見a:細隙灯顕微鏡所見.濾過胞はやや縮小している.b:Seidel試験.房水漏出を認める.c:撮影部位(ラインスキャンの長さは6mmで角膜輪部に垂直である).d:濾過胞結膜と角膜輪部は離開している(矢印).e:房水漏出部位を縫合閉鎖後翌日の所見.縫合部位における濾過胞結膜上皮と角膜上皮の再生は不完全である(矢印).f:縫合閉鎖後9日目の所見.縫合部位は再生した上皮で覆われている(矢印).SS:強膜弁上腔.438あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(130)(図4a).Seidel試験は陽性であった(図4b).角膜輪部に対して垂直に長さ6mmのラインスキャンを行ったところ(図4c),症例1,2とは異なり,房水漏出部位において濾過胞結膜と角膜輪部は離開していた(図4d).その後,同部位からの房水漏出が遷延したため10-0ナイロン糸で縫合閉鎖したところ,翌日のSeidel試験は陰性となり,眼圧は15mmHgに上昇した.このときの画像所見では,縫合部位における濾過胞結膜上皮と角膜上皮の描出は不鮮明であった(図4e)が,縫合閉鎖9日後の所見では,同部位における上皮の存在が確認できた(図4f).Seidel試験は陰性を維持しており,眼圧は18mmHgであった.III考按RTVue-100Rを前眼部OCTとして用いた報告には,角膜厚4),涙液メニスカス5,6)を対象としたものがあるが,濾過胞を対象とした報告はない.前眼部OCTを用いた濾過胞観察では,Singhら2)はプロトタイプの前眼部OCT(CarlZeiss社製)を用いて,機能性濾過胞では濾過胞壁が厚く,機能不全の濾過胞では濾過胞の丈が低く,強膜窓が閉塞していたと報告した.またMullerら3)は,スリットランプに接続した前眼部OCT(Heidelberg社製)を用いて濾過胞を観察し,機能性濾過胞では低信号で,マイクロシスト,粗な内部構造が観察されたと報告した.今回筆者らは,RTVue-100Rを用いて濾過胞を観察したところ,濾過胞深部の描出は不鮮明であったが,濾過胞壁とその内部に存在するマイクロシスト,強膜弁上腔の描出が可能であった.さらに,本装置を用いて得られた画像所見で特徴的であったのは,濾過胞結膜上皮と角膜上皮を描出でき,それらの経時変化を観察できたことである.OCTには1,310nmと840nmの波長を採用する様式がある.波長1,310nmのOCTは解像度が25μm以下と低いが,組織深達度は7mmと高く,おもに前眼部観察用に使用されている.一方,波長840nmのOCTは,組織深達度が2~2.3mmと低いが解像度は5μmと高いため鮮明な画像が得られるという特徴があり7),おもに眼底観察用として使用されている.Singhら8)は,前眼部OCTである波長840nmのCirrusHD-OCTR(CarlZeiss社製)と,波長1,310nmのVisanteOCTR(CarlZeiss社製)を用いて得られた濾過胞所見を比較したところ,前者では濾過胞内腔,強膜弁,強膜弁下腔,強膜窓など濾過胞深部の検出力は劣っていたが,濾過胞壁内部構造の検出には優れていたと報告しており,短波長光源を使用する前眼部OCTは濾過胞壁の観察に有用であると考えられる.今回,筆者らが用いたRTVue-100RはSinghらが使用した前眼部OCTと同じ波長840nmの光源を使用している.したがって,長波長光源を使用する前眼部OCTでは検出困難な濾過胞表層の組織構造が観察できたと考えられた.また,本装置はスペクトラルドメインOCTであるためタイムドメインOCTと比較して撮影時間が0.01~0.15秒と短く,被験者の眼球運動に左右されにくいという特徴もある.そこで,濾過胞結膜上皮と角膜上皮の所見について着目すると,症例1,2に示した機能性濾過胞と房水漏出のない術後早期濾過胞では,結膜切開部位が濾過胞結膜上皮と角膜上皮で覆われている様子が観察できた.このような所見を認める場合,症例2のように術後早期であっても房水漏出が生じにくく,良好な濾過胞が維持されることが示唆された.一方,症例3に示した房水漏出のある術後早期濾過胞では,房水漏出部位において濾過胞結膜と角膜輪部は離解していた.本症例では保存的に経過観察を行ったが,同部位からの房水漏出が遷延したため,10-0ナイロン糸で縫合閉鎖した.翌日の所見では縫合部位における濾過胞結膜上皮と角膜上皮の再生は不完全であったが,9日後には再生した上皮で覆われていた.その後も房水漏出は再発せずに良好な濾過胞が維持された.本症例では,房水漏出部位の縫合閉鎖により房水漏出が減少または消失すると,同部位において濾過胞結膜上皮と角膜上皮の再生が促進される様子を観察できたと考えられた.このように,RTVue-100Rを前眼部OCTとして使用すると,濾過胞表層の組織構造を観察することが可能であった.しかし先にも述べたとおり,眼底観察用に開発された本装置を用いて濾過胞深部を観察するのには限界があり,本装置を濾過胞観察に適応する際には観察部位を限定する必要があると思われる.以上,RTVue-100Rを用いて濾過胞観察,特に濾過胞表層の組織構造を観察できることが確認できた.今後症例を積み重ね,本装置を線維柱帯切除術後早期管理の補助装置として活用できるか否かを検討していきたい.本稿の要旨は第20回日本緑内障学会(2009年11月,沖縄県)において発表した.文献1)花田一臣,五十嵐羊羽,石子智士ほか:前眼部光干渉断層計を用いて観察した糖尿病角膜症.あたらしい眼科26:247-253,20092)SinghM,ChewPT,FriedmanDSetal:Imagingoftrabeculectomyblebsusinganteriorsegmentopticalcoherencetomography.Ophthalmology114:47-53,20073)MullerM,HoeraufH,GeerlingGetal:Filteringblebevaluationwithslit-lamp-adapted1310-nmopticalcoherencetomography.CurrEyeRes31:909-915,20064)IshibazawaA,IgarashiS,HanadaKetal:CentralCornealThicknessMeasurementswithFourier-DomainOpticalCoherenceTomographyversusUltrasonicPachymetry(131)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011439andRotatingScheimpflugCamera.Cornea,inpress5)WangY,ZhuangH,XuJetal:Dynamicchangesinthelowertearmeniscusafterinstillationofartificialtears.Cornea29:404-408,20106)KeechA,FlanaganJ,SimpsonTetal:TearmeniscusheightdeterminationusingtheOCT2andtheRTVue-100.OptomVisSci86:1154-1159,20097)川名啓介,大鹿哲郎:前眼部OCT検査の機器機器一覧.あたらしい眼科25:623-629,20088)SinghM,SeeJL,AquinoMCetal:High-definitionimagingoftrabeculectomyblebsusingspectraldomainopticalcoherencetomographyadaptedfortheanteriorsegment.ClinExperimentOphthalmol37:345-351,2009***

診断に苦慮したLeber 遺伝性視神経症の1 例

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(139)139《原著》あたらしい眼科28(1):139.143,2011cはじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy)は1871年にLeberによってはじめて報告された遺伝性視神経疾患である1).おもに10歳代から30歳代にかけての男性に多く,両眼性の急性または亜急性の視力低下で発症し,左右発症時期の差はあっても最終的には両眼の視神経萎縮へと進行する2).以前は臨床所見と家族歴によって診断され,確定診断は容易ではなかったが,1988年Wallaceら3)によりNADH(ジハイドロニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)デヒドロゲナーゼのサブユニット4領域にあるミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列11778番目に位置するグアニンのアデニンへの変換(以下,11778番変異)〔別刷請求先〕南野桂三:〒570-8507守口市文園町10-15関西医科大学附属滝井病院眼科Reprintrequests:KeizoMinamino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,10-15Fumizono-cho,Moriguchi,Osaka570-8507,JAPAN診断に苦慮したLeber遺伝性視神経症の1例南野桂三*1安藤彰*1竹内正光*2髙橋寛二*3小池直子*1小林かおる*1秋岡真砂子*1河合江実*1白紙靖之*4森秀夫*5西村哲哉*1*1関西医科大学附属滝井病院眼科*2竹内眼科医院*3関西医科大学附属枚方病院眼科*4しらかみ眼科*5大阪市立総合医療センター眼科AnAtypicalCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyKeizoMinamino1),AkiraAndo1),MasamitsuTakeuchi2),KanjiTakahashi3),NaokoKoike1),KaoruKobayashi1),MasakoAkioka1),EmiKawai1),YasuyukiShirakami4),HideoMori5)andTetsuyaNishimura1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,TakiiHospital,2)TakeuchiEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital,4)ShirakamiEyeClinic,5)DepartmentofOphthalmology,OsakaCityGeneralHospitalLeber遺伝性視神経症はミトコンドリアDNAの異常により発症する遺伝性視神経疾患で,若年男性に多く最終的に両眼の視神経萎縮に至る.筆者らは56歳の男性で家族歴がなく副鼻腔炎の手術既往があるため鑑別に苦慮したが,最終的に遺伝子検査によってLeber遺伝性視神経症と判明した1例を経験した.本症例は両眼の緑内障で治療を受けるも比較的急速に視野障害が進行し,視神経炎を疑われて紹介された.診断に苦慮した原因として,56歳とLeber遺伝性視神経症の好発年齢よりも高齢であったこと,8人兄弟であるが本人のみ異母兄弟であることが後ほど判明したこと,緑内障性視神経萎縮のため乳頭発赤などLeber遺伝性視神経症の初期変化が明瞭に認められなかったことなどが考えられた.視神経炎症状を呈し,診断がつかない症例ではLeber遺伝性視神経症を考慮する必要がある.A56-year-oldmalewasreferredtoourhospitalforsuspectedopticneuritis.Hehadbeentreatedforglaucoma,withnohistoryofsinusitisorfamilyhistory.Best-correctedvisualacuity(BCVA)was0.02and0.08inhisrightandlefteye,respectively.Visualfieldexaminationdisclosedcentralscotomaintherighteyeandsuperonasalvisualfielddefectintheleft.MitochondrialDNAanalysisrevealedpointmutationat11778,leadingtoadiagnosisofLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).Thepresentcasewasdifficulttodiagnosebecauseoftheelderlyage(56years)ascomparedtothepredominantonsetageofLHON,ahalf-brotherin8brothers,andthefactthathyperemiaoftheopticdisc,acharacteristicinitialchangeofLHON,hadnotbeenobservedduetoglaucomatousopticatrophy.LeftBCVArecoveredto0.5morethanoneyearlater,perhapsasaresultofcomparativeconservationofthemacularnervefibers.Whenapatientwithblurredvisionofuncertainetiologyisexamined,itisimportanttoruleoutLHONregardlessofpatientageandhyperemiaoftheopticdisc.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(1):139.143,2011〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,緑内障,遺伝子診断,視力回復,黄斑線維束.Leber’shereditaryopticneuropathy,glaucoma,analysisofmitochondrialDNA,recoveryofbestcorrectedvisualacuity,macularnervefivers.140あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(140)がLeber遺伝性視神経症と特異的に関連する事例が報告され診断に応用されるようになった.現在までに11778番塩基変異以外にもLeber遺伝性視神経症の発症に強く関与する,いわゆるprimarymutationはmtDNAの6カ所以上報告されている4~6).そのうちの3460番変異,11778番変異,14484番変異の3つの変異でLeber遺伝性視神経症の90%近くを占め7,8),わが国では90%が11778番変異を有する9).今回筆者らは56歳の男性で,初診時に他院で両眼の緑内障の診断がついており家族歴がないことや副鼻腔炎の手術の既往があることから臨床診断に苦慮したが,最終的に遺伝子検査で11778番変異がみられLeber遺伝性視神経症と診断した1例を経験した.I症例患者:56歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:平成20年6月頃から両眼の視力低下を自覚して近医(内科)を受診,視野欠損を疑われ,平成20年6月6日に総合病院眼科を紹介となる.そこでの初診時視力は両眼とも矯正視力1.0以上あり,初診時眼圧は両眼とも24mmHgであった.眼底所見では両眼とも視神経乳頭の高度な陥凹拡大(両眼ともC/D比〔陥凹乳頭比〕0.8~0.9)と右眼に黄斑部を含む神経線維層欠損(NFLD),左眼に上下のNFLDを認めた.視野検査では両眼ともNFLDに一致した視野欠損を認めたことから,両眼原発開放隅角緑内障と診断され,緑内障点眼(ラタノプロスト点眼を両眼に1回/日)を処方され,6月24日の再診時に眼圧が右眼16mmHg,左眼15mmHgであった.十分に眼圧下降が得られたと判断され,定期的な経過観察のため近医を紹介された.この近医で平成20年の7月に2回定期診察されたが,両眼とも矯正視力は1.0以上あり,眼圧も右眼は17~19mmHg,左眼は16mmHgであった.しかし,視力低下の自覚が強くなり,患者本人が別の近医を平成20年8月1日に受診した.その近医での初診時視力は右眼矯正0.1,左眼矯正0.9,眼圧は前医の緑内障点眼使用下で右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.ここでも両眼の視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ともC/D比0.9)とNFLD以外の異常所見は認められず,両眼原発開放隅角緑内障と診断された.以後経過観察中に緑内障点眼を追加された(ブリンゾラミド点眼を両眼に2回/日)が,さらに自覚症状が悪化し(視力は9月3日では右眼矯正0.08,左眼矯正0.6,10月24日では右眼矯正0.02,左眼矯正0.2,10月31日では右眼矯正0.03,左眼矯正0.06),急速な視野の進行と視力低下を認めたため11月1日に関西医科大学附属滝井病院を紹介受診となる.既往歴:19歳時に副鼻腔炎に対して手術加療.生活歴:喫煙歴,飲酒歴なし.嗜好に特記すべきことなし.家族歴:両親,8人兄弟(男性3人,女性5人)に眼科疾患なし.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+1.0D(cyl.2.0DAx80°),VS=0.08(0.08×sph.0.5D(cyl.0.5DAx90°),眼圧はラタノプロスト点眼およびブリンゾラミド点眼を両眼に使用して右眼14mmHg,左眼12mmHgであった.中心フリッカー値は右眼10.6Hz,左眼17.8Hzと低下していたが,瞳孔反応は正常で相対的入力瞳孔反射異常(RAPD)はみられなかった.両眼とも前眼部および中間透光体に異常なく隅角はShaffer分類Grade3~4であった.眼底は両眼とも視神経に高度な視神経乳頭の陥凹拡大(両眼ab図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼とも高度な視神経乳頭陥凹拡大と右眼には黄斑線維束を含むNFLD,左眼には上下にNFLDがみられる.(141)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011141ともC/D比0.9)とNFLDが認められた(図1).視野検査で右眼の中心暗点と左眼の鼻上側の視野欠損が認められた(図2).経過:頭部コンピュータ断層撮影(CT)では占拠性の頭蓋内病変や副鼻腔炎所見はみられず,磁気共鳴画像(MRI)〔STIR(shortinversiontimeinversion-recovery)法〕では視神経の高信号は認められなかった.視覚誘発反応画像システム(VERIS)では右眼に軽度の感度低下を認めたが,急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)やoccultmaculardystrophyなどを疑う所見は認められなかった(図3).血液検査では白血球8,000/μl,赤血球417×104/μl,赤沈13mm/hr,C反応性蛋白(CRP)0.02mg/dl,抗核抗体陰性,リウマチ因子3IU/ml,TP(トレポネマ・パリズム)抗体陰性,ACE(アンギオテンシン変換酵素)19.9IU/l,ビタミンB14.5μg/dl,ビタミンB212.7μg/dl,ビタミンB12590pg/mlと正常で炎症性疾患や栄養障害性視神経症は否定的であった.フルオレセイン蛍光眼底造影所見では,両眼とも血流障害や視神経の過蛍光などの所見は認められなかった(図4).臨床経過ab図3VERIS(平成20年11月6日)a:右眼,正常.b:左眼,軽度の感度低下.ab図2Goldmann視野(初診時)a:左眼.上下のビエルム領域の暗点がつながり,内部イソプターが穿破したために生じたような鼻上側の視野欠損がみられる.b:右眼.中心暗点がみられる.142あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(142)や臨床所見から球後視神経炎が示唆されたため,11月27日に入院のうえステロイドパルス療法を施行したが効果は認められなかった.入院中に再度家族歴を問診しなおしたところ,8人兄弟であるが本症例のみ異母兄弟であることが判明したため,ミトコンドリア遺伝子検査を行い,mtDNA11778番塩基対に点突然変異が認められLeber病と診断した.コエンザイムQ10とビタミンB12の内服およびラタノプロスト点眼とブリンゾラミド点眼を続け,平成21年12月8日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.2,平成22年2月9日の視力は右眼矯正0.05,左眼矯正0.5,平成22年5月11日の視力は右眼矯正0.09,左眼矯正0.8,平成22年7月6日の視力は右眼矯正0.06,左眼矯正1.0と左眼視力は経時的に回復した.II考按Leber遺伝性視神経症はおもに10歳代から30歳代にかけての男性に両眼性に急性または亜急性の視力低下で発症する2)が,今回筆者らは56歳で発症した1例を経験した.本症例では当初視神経炎,虚血性視神経症,遺伝性視神経症,中毒性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどを疑ったが生活歴や家族歴から遺伝性視神経症,中毒性視神経症は考えづらく,虚血性視神経症,栄養障害性視神経症,鼻性視神経症,AZOORなどの鑑別のためにCT,MRI,VERIS,血液検査,フルオレセイン蛍光造影(FA)を施行したが確定診断には至らなかった.最終的に遺伝子検査により診断が確定したが,好発年齢から外れていることや,視神経乳頭陥凹拡大が高度でLeber遺伝性視神経症で特徴的とされる視神経乳頭発赤と乳頭周囲の毛細血管拡張などの所見が検眼所見やFA所見でも明らかではなく,8人兄弟で本人が異母兄弟であることがわからなかったため診断に苦慮した.総合病院眼科初診時では視力は両眼とも矯正1.0,眼圧は右眼24mmHg,左眼24mmHgと高く視神経乳頭陥凹拡大もC/D比0.8~0.9と高度で,視野も右眼中心暗点と左眼鼻上側の視野欠損がみられ,両眼ともNFLDの部位と一致することから緑内障があったことは間違いないと思われる.このためLeber遺伝性視神経症の初期変化を捉えられなかった可能性が高い.自覚症状がでてからすぐに眼科を受診してacbd図4フルオレセイン蛍光眼底造影写真(初診時)a:右眼早期(50秒),b:左眼早期(56秒),c:右眼後期(5分57秒),d:左眼後期(5分50秒).両眼とも視神経乳頭からの蛍光漏出や網膜血管,網膜に異常を認めない.(143)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011143視力が良好であったことからも眼科初診時がLeber遺伝性視神経症の萎縮期であった可能性は低い.現在までにわが国でのLeber遺伝性視神経症を伴うmtDNAの点変異と緑内障の相関を調べた報告では両疾患が合併する可能性はまれであり10),本症例は緑内障にmtDNAの点変異を伴い,Leber遺伝性視神経症を発祥していることから疫学的にまれな症例と思われる.しかしLeber遺伝性視神経症の萎縮期には視神経乳頭の陥凹が認められHeidelbergretinaltomography(HRT)の緑内障判定プログラムで73%が緑内障と判断されるという報告があり11),本症例のように緑内障にLeber遺伝性視神経症が合併している場合は慎重な判断が必要である.Leber遺伝性視神経症の特徴として黄斑線維束のNFLDがあげられるが,本症例では右眼には黄斑線維束を含む高度なNFLDが存在し,左眼には視神経乳頭の上下の高度なNFLDが存在するが黄斑線維束には明らかなNFLDは認められなかった.Leber遺伝性視神経症における視力回復は,Mariotte盲点につながる傍中心暗点の一部に感度のよい領域が出現して,ごく狭い限られた部分で感度が回復する.このような中心暗点はfenestratedcentralscotomaとよばれている12).本症例では,確定診断後に1年以上経過してから左眼の視力が矯正1.0まで改善している.これは左眼には黄斑線維束に高度なNFLDが存在しないことから,黄斑部の神経線維層が比較的保たれ,左右でNFLDの部位と程度に差があり視力予後に影響したと考えられた.11778番変異に伴うLeber遺伝性視神経症の視力回復はきわめてまれであり9),本症例は予後良好であったといえる.今回,現病歴,既往歴,生活歴,家族歴,臨床所見から鑑別診断が困難であった11778番変異によるLeber遺伝性視神経症の症例を経験した.Leber遺伝性視神経症の好発年齢は若年であるが,Mashimaらはわが国におけるLeber遺伝性視神経症について11778番変異である69人の年齢分布では4~50歳(平均24.6歳)であったと報告している9).本症例のように56歳のLeber遺伝性視神経症発症はまれなものと考えられるが,視神経炎症状を呈し確定診断がつかない場合はLeber遺伝性視神経症を考慮する必要があると思われた.文献1)LeberT:Ueberhereditareundcongenital-angelegteSehnervenleiden.GraefesArchClinExpOpthalmol2:249-291,18712)HottaY,FujikiK,HayakawaMetal:ClinicalfeaturesofJapaneseLeber’shereditaryopticneuropathywith11778mutationofmitochondrialDNA.JpnJOphthalmol39:96-108,19953)WallaceDC,SinghG,LottMTetal:MitochondrialDNAmutationassociatedwithLeber’shereditaryopticneuropathy.Science242:1427-1430,19884)BrownMD,WallaceDC:SpecutrumofmitochondrialDNAmutationsinLeber’shereditaryopticneuropathy.ClinNeurosci2:138-145,19945)LamminenT,MajanderA,JuvonenVetal:Amitochondrialmutationat9101intheATPsynthase6geneassociatedwithdeficientoxidativephosphorylationinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet56:1238-1240,19956)DeVriesDD,WentLN,BruynGWetal:GeneticandbiochemicalimpairmentofmitochondrialcomplexIactivityinafamilywithLeberhereditaryopticneuropathyandhereditaryspasticdystonia.AmJHumGenet58:703-711,19967)HowellN:PrimaryLHONmutations:Tryingtoseparate“fruyt”from“chaf”.ClinNeurosci2:130-137,19948)MackeyDA,OostraRJ,RosenbergTetal:PrimarypathogenicmtDNAmutationsinmultigenerationpedigreswithLeberhereditaryopticneuropathy.AmJHumGenet59:481-485,19969)MashimaY,YamadaK,WakakuraMetal:SpectrumofpathogenicmitochondrialDNAmutationsandclinicalfeaturesinJapanesefamilieswithLeber’shereditaryopticneuropathy.CurrEyeRes17:403-408,199810)InagakiY,MashimaY,FuseNetal:MitochondrialDNAmutationswithLeber’shereditaryopticneuropathyinJapanesepatientswithopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol50:128-134,200611)MashimaY,KimuraI,YamamotoYetal:OpticdiscexcavationintheatrophicstageofLeber’shereditaryopyicneuropathy:comparisonwithnormaltensionglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol241:75-80,200312)StoneEM,NewmanNJ,MillerNRetal:VisualrecoveryinpatientswithLeber’shereditaryopticneuropathyandthe11778mutation.JClinNeuro-opthalmol12:10-14,1992***

ラタノプロストからタフルプロストへの切り替えによる長期効果

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)1727《原著》あたらしい眼科27(12):1727.1730,2010cはじめに現在,プロスト系プロスタグランジン点眼薬は緑内障治療の第一選択薬である.初のプロスト系製剤であるラタノプロスト(キサラタンR,ファイザー)は10年以上の臨床使用経験を有し,効果・安全性が確立されている1).タフルプロスト(タプロスR,参天製薬)は,ラタノプロストよりFP受容体親和性が強く2),ベンザルコニウム塩化物(以下,BAC)濃度が低い.ディンプルボトルR3)によるアドヒアランス向上も期待される.両者は薬理学的に類似しているが,プロスト系プロスタグランジン製剤に対する反応には個人差を含む差異が指摘されている4).眼圧には季節変動5)があるとされるが,ラタノプロストとタフルプロストの長期経過を,季節変動を考慮してprospectiveに観察した報告はほとんどない.今回筆者らは,プロスタグランジン点眼薬単剤治療患者と他〔別刷請求先〕中野聡子:〒879-5593大分県由布市挾間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座Reprintrequests:SatokoNakano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasama-machi,Yufu-shi,Oita879-5593,JAPANラタノプロストからタフルプロストへの切り替えによる長期効果中野聡子*1,2久保田敏昭*1*1大分大学医学部眼科学講座*2公立おがた総合病院眼科Long-TermEfficacyofTafluprostafterSwitchingfromLatanoprostSatokoNakano1,2)andToshiakiKubota1)1)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MunicipalOgataGeneralHospital緑内障・高眼圧症患者71例71眼を対象とした.ラタノプロストを1年間使用後,タフルプロストに切り替え,さらに1年間経過観察し,眼圧下降効果,安全性,使用感をprospectiveに比較した.季節変動を考慮し比較した結果,単剤治療群およびチモロール併用群の両者で,ラタノプロストとタフルプロストの眼圧下降効果は同等で,いずれも1年間にわたり有意に眼圧が下降し,視野も維持されていた.ラタノプロスト単剤治療31眼中,未治療時眼圧からの下降率が20%未満の眼圧下降不良例が11眼あったが,タフルプロスト変更後,眼圧下降不良例の割合が有意に減少した.ラタノプロストとタフルプロストの副作用として軽度の球結膜充血と角膜上皮障害があった.球結膜充血の程度はほぼ同等で,角膜上皮障害はタフルプロストでやや少ない傾向であった.点眼容器の利便性,差し心地に対する患者評価は,ラタノプロストよりタフルプロストが優れていた.Aprospectivestudywasperformedtoevaluatethelong-termefficacyandsafetyoftafluprost(TaprosR)afterswitchingfromlatanoprost(XalatanR).Subjectscomprised71eyesof71patients(21primaryopen-angleglaucoma,46normal-tensionglaucomaand4ocularhypertension)thatwetreatedwithlatanoprostfor1year,thenswichedtotafluprostfor1year.Every3monthsweevaluatedintraocularpressure(IOP),adversereactionsandfacilityofadministeringtheeyedrops.TafluprosthadahypotensiveeffectsimilartothatoflatanoprostandsignficantlydecreasedIOPatalltimepoints,ascomparedtoIOPwithoutmedication.Tafluprostwaseffectiveaswellasinlatanoprostnonresponders(IOPhaddecreasedbylessthan20%).Latanoprostandtafluproststabilizedthevisualfieldfor1year.Adverseeffectsrelatingtolatanoprostandtafluprost,suchasconjunctivalhyperemiaandsuperficialpunctatekeratitis,wereobservedinafewpatients,butthefindingsweremild.Manypatientspreferredtafluprosttolatanoprostbecauseoftheeaseofadministeringtheeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1727.1730,2010〕Keywords:タフルプロスト,緑内障,眼圧,長期経過,前向き研究.tafluprost,glaucoma,intraocularpressure,long-term,prospectivestudy.1728あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(96)剤併用患者について,まずラタノプロストを1年間使用し,季節変動を含めた効果と安全性を検討した後に,タフルプロストに切り替え,さらに1年間観察し両者を比較したので報告する.I対象および方法1.対象対象は,公立おがた総合病院眼科外来にて3カ月以上ラタノプロストを使用し,アドヒアランスが良好で眼圧が安定している緑内障・高眼圧症患者71例71眼である.このうち,ラタノプロスト単剤治療群は38例38眼,チモロール(チモプトールR点眼液0.5%,参天製薬)併用群は28例28眼,チモロールとドルゾラミド(トルソプトR点眼液1%,萬有製薬)併用群は5例5眼であった.除外基準は,3年以内にレーザー治療を含む内眼手術の既往を有する症例,活動性の眼感染症,炎症性眼疾患や,眼乾燥症,角膜ヘルペスを含む角膜疾患を有する症例,コンタクトレンズ装用,角膜屈折矯正手術の既往がある症例,正確な眼圧測定を妨げる疾患を有する症例,視野に影響する他の疾患を有する症例,炭酸脱水酵素阻害薬全身投与,副腎皮質ステロイド薬投与などの眼圧に影響する薬剤使用している症例,使用薬剤にアレルギーがある症例とした.対象眼は,未治療時の眼圧が高い眼とし,同値の場合は右眼とした.試験は公立おがた総合病院の倫理規定に従い行い,対象患者には試験の内容を口頭で十分に説明し同意を得た.2.方法2008年1月に被験者を選定後,まず1年間ラタノプロストを使用し,1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後に問診,眼圧測定,細隙灯顕微鏡検査を行った.タフルプロストへの変更を承諾した被験者について,2008年12月にwashout期間なしでタフルプロストに変更し,変更1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後に同様に検査を行った.他剤併用群では,併用薬は継続とした.眼圧は同一検者がGoldmann圧平眼圧計で測定し,測定時刻は午前中,症例ごとに同一時間帯とした.試験開始前とラタノプロスト継続12カ月後,タフルプロスト変更12カ月後に静的視野検査(HumphreyFieldAnalyzer,CarlZeissMeditec)中心30-2プログラムを行った.副作用について,球結膜充血の程度を4段階(なし,軽度,中等度,重度)で評価し,角膜上皮障害の程度をAD(AreaDensity)分類7)で評価した.試験終了時に容器の利便性と差し心地についてアンケート調査を行った.容器の利便性は容易に点眼瓶を把持し滴下できること,差し心地は刺激感がないことを評価基準として,優れている点眼薬を回答させた.3.検討項目単剤治療群とチモロール併用群,チモロール・ドルゾラミド併用群について,それぞれラタノプロスト点眼時の眼圧と,1年後同月のタフルプロスト変更後の眼圧をpaired-ttestで比較した.季節変動について,1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後の測定値をSteel-Dwass多重比較で検討した.視野について,試験開始前とラタノプロスト継続12カ月後,タフルプロスト変更12カ月後のmeandeviation(MD)値をSteel-Dwass多重比較法で比較した.続いて,単剤治療群について,平均眼圧下降率が20%未満を眼圧下降不良例8)とし,その割合をFisher’sexacttestで検討した.副作用の頻度をFisher’sexacttestで検討し,球結膜充血と角膜上皮障害の程度をWilcoxonmatched-pairssigned-ranktestで比較した.最後に,容器の利便性と差し心地をFisher’sexacttestで検討した.各統計学的手法は正規検定後に選択し,p<0.05(両側検定)を有意とした.II結果被験者71例のうち,10例が観察期間中に脱落した.脱落理由はタフルプロスト変更の承諾が得られなかったものが4例,受診自己中止が6例であった.すべての試験を完了した61例のうち,単剤治療群31例の内訳は,男性15例,女性16例,年齢74.6±10.9(平均値±標準偏差)歳,原発開放隅角緑内障(POAG)6眼,正常眼圧緑内障(NTG)22眼,高眼圧症(OH)3眼,未治療時3回の平均眼圧は17.4±3.2mmHgであった.チモロール併用群25例の内訳は,男性6例,女性19例,年齢77.0±8.0歳,POAG8眼,NTG16眼,OH1眼,未治療時眼圧は18.3±5.4mmHg,チモロール・ドルゾラミド併用群5例の内訳は,男性4例,女性1例,年齢76.8±6.5歳,POAG3眼,NTG2眼,未治療時眼圧は17.4±4.7mmHgであった.1.眼圧の年間推移a.単剤治療群ラタノプロスト点眼時は13.7±2.6mmHg(2008年1月),13.4±2.7mmHg(3月),13.0±2.5mmHg(6月),13.3±2.9mmHg(9月),13.8±2.6mmHg(12月)で,すべての測定時点で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(p<0.001).タフルプロスト変更後は13.0±2.3mmHg(2009年1月),12.7±2.9mmHg(3月),13.1±2.9mmHg(6月),13.4±2.6mmHg(9月),14.0±2.6mmHg(12月)で,同様に未治療時眼圧から有意に下降していた(p<0.001).両者の同じ月の眼圧を比較すると有意差はなく,眼圧下降効果は同等であった(図1).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.b.チモロール併用群ラタノプロスト点眼時は14.4±3.4mmHg(2008年1月),14.4±4.0mmHg(3月),14.2±4.1mmHg(6月),15.2±4.1mmHg(9月),15.0±4.9mmHg(12月)で,すべての測定(97)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101729時点で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(1,3,6月p<0.001,9,12月p<0.01).タフルプロスト変更後は14.0±3.5mmHg(2009年1月),14.5±3.5mmHg(3月),13.4±3.2mmHg(6月),14.0±3.8mmHg(9月),14.7±3.4mmHg(12月)で,同様に未治療時眼圧から有意に下降していた(p<0.001).両者の同じ月の眼圧を比較すると有意差はなく,眼圧下降効果は同等であった(図2).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.c.チモロール・ドルゾラミド併用群ラタノプロスト点眼時は13.4±3.8mmHg(2008年1月),14.0±2.8mmHg(3月),14.0±4.1mmHg(6月),14.6±3.9mmHg(9月),14.6±3.8mmHg(12月)で,6,9,12月で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(9月p<0.05,6,12月p<0.01).タフルプロスト変更後は12.4±4.3mmHg(2009年1月),12.6±4.3mmHg(3月),11.4±4.3mmHg(6月),13.4±6.3mmHg(9月),11.6±3.4mmHg(12月)で,3,6,12月で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(p<0.05).両者の同じ月の眼圧を比較すると,6月のみタフルプロストで有意に眼圧が低値であった(p<0.01)(図3).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.2.視野単剤治療群の試験開始前MD値は.4.79±4.48dB,ラタノプロスト継続12カ月後.5.05±4.69dB,タフルプロスト変更12カ月後.4.39±4.46dBと有意な変化はなかった.同様に,チモロール併用群の試験開始前MD値は.7.93±6.47dB,ラタノプロスト継続12カ月後.7.66±5.94dB,タフルプロスト変更12カ月後.8.35±7.55dB,チモロール・ドルゾラミド併用群の試験開始前MD値は.11.60±10.28dB,ラタノプロスト継続12カ月後.11.42±10.14dB,タフルプロスト変更12カ月後.11.87±10.52dBと有意な変化はなかった.3.ラタノプロスト眼圧下降不良例単剤治療群31眼中,ラタノプロスト眼圧下降不良例は11眼(35.4%)あった.このうち4眼でタフルプロスト変更後20%以上の眼圧下降が得られ,眼圧下降不良例の割合が有意に減少した(p<0.05).逆に,タフルプロスト眼圧下降不良例は8眼(25.8%)あり,このうち1例はラタノプロストのほうが眼圧が低値であった.4.副作用単剤治療群31眼中,球結膜充血の頻度はラタノプロスト8眼(25.8%),タフルプロスト7眼(22.6%),程度はラタノプロスト0.4±0.8点,タフルプロスト0.4±0.7点といずれも有意差はなかった.角膜上皮障害の頻度はラタノプロスト6眼(19.4%),タフルプロスト2眼(6.5%)で,程度は密度・範囲ともラタノプロスト0.2±0.4点,タフルプロスト0.1±0.2点といずれも有意差はなかったが,タフルプロストで軽度の傾向にあった.副作用による投与中止例はなかった.5.使用感全患者61例中,点眼容器の利便性が良いとした点眼はラ2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNSNSNSNS図2眼圧の年間推移(チモロール併用群)(paired-ttestNS:Statisticallynotsignificant,n=25)2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNSNSNSNS図1眼圧の年間推移(単剤治療群)(paired-ttestNS:Statisticallynotsignificant,n=31)2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNS**NSNS図3眼圧の年間推移(チモロール・ドルゾラミド併用群)(paired-ttest**:p<0.01,NS:Statisticallynotsignificant,n=5)1730あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(98)タノプロストが1.6%,タフルプロストが23.0%で,両者を比較するとタフルプロスト選択患者が多かった(p<0.001).差し心地が良いとした点眼はラタノプロストが3.3%,タフルプロストが11.5%で,タフルプロスト選択患者が多かった(p<0.05).他の患者は両者は同等に良いと評価した.III考按点眼薬切り替え試験では,被験者選定でアドヒアランスが向上し,薬効が過大評価されるHawthorne効果6)が生じるとされる.Swichback試験が有用であるが,眼圧の季節変動5)に注意を要する.今回筆者らはこれらを考慮し,被験者を選定後,1年間ラタノプロストを使用し季節変動を含めた経過観察を行った後にタフルプロストに変更し,同様に1年間経過観察を行った.単剤治療群において,ラタノプロストとタフルプロストはいずれも,1年間有意に眼圧が下降し,視野も維持されていたことから,両者は同等の効果をもつ有用な薬剤と考えられる.近年,各種プロスト系プロスタグランジン点眼薬とチモロールとの合剤が発売されている.今回のチモロール2回点眼併用群の検討では,ラタノプロストとタフルプロストいずれとの併用でも効果は同等であった.チモロール・トルソプト併用群では症例数は少ないが,未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していない月もあり,3剤併用が必要となる症例では手術を含めた他の治療を考慮する必要があると考えられる.今回の検討では有意な季節変動はなかったが,既報5)と同様,冬季にやや高値となる傾向にあった.ラタノプロスト眼圧下降不良例で,薬理学的に類似するタフルプロスト変更後に眼圧が下降した.これはタフルプロストのFP受容体親和性の強さやディンプルボトルRによるアドヒアランス向上の影響と考えられる.しかし,タフルプロストの球結膜充血は,FP受容体親和性が強いにもかかわらずラタノプロストと同等であった.プロスト系製剤間の切り替え時は充血が目立たないとされるが,眼圧下降不良例への反応と考え合わせると,両者の薬理学的機序に微妙な差がある可能性もある.プロスト系プロスタグランジン(PG)点眼薬はおもにFP受容体を介して作用する9)が,ほかにPGD210)やPGE211)による作用や,matrixmetalloproteinase活性化による房水流出抵抗低下が関与12)する可能性が指摘されており,点眼薬間の反応の差は,各経路に対する反応の複雑なバランスに起因する可能性も考えられる.角膜上皮障害については,有意差はないもののタフルプロストで軽度であった.これはタフルプロストのBACや基剤の濃度が低いことが影響していると考えられる.2010年からタフルプロストのBAC濃度はさらに低減されており,さらなる安全性の向上が期待できる.わが国の緑内障の有病率は高く,ほとんどが慢性に経過することから,使用感の良さはアドヒアランスを向上させる重要な因子である13).対象者に高齢者が多く積極的にいずれかの点眼を選択する症例は少なかったが,選択した患者のなかでは点眼容器の利便性,差し心地のいずれもタフルプロストの評価が高かった.以上から,特にラタノプロスト眼圧下降不良例で,タフルプロスト切り替えを試みる価値があると考えられる.ただし,タフルプロスト眼圧下降不良例の存在には注意を要すると考えられた.文献1)北澤克明,ラタノプロスト共同試験グループ:ラタノプロスト点眼液156週間長期投与による有効性および安全性に関する多施設共同オープン試験.臨眼60:2047-2054,20062)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20043)兵頭涼子,溝上志朗,川崎史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20074)YildirimN,SahinA,GultekinS:Theeffectoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostoncircadianvariationofintraocularpressureinpatientswithopen-angleglaucoma.JGlaucoma17:36-39,20085)KleinBE,KleinR,LintonKL:IntraocularpressureinanAmericancommunity.TheBeaverDamEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci33:2224-2228,19926)FrankeRH,KaulJD:TheHawthorneexperiments:Firststatisticalinterpretation.AmSociolRev43:623-643,19787)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19948)DuBinerHB,MrozM,ShapiroAMetal:Acomparisonoftheefficacyandtolerabilityofbrimonidineandlatanoprostinadultswithopen-angleglaucomaorocularhypertension:athree-month,multicenter,randomized,doublemasked,parallel-grouptrial.ClinTher23:1969-1983,20019)OtaT,AiharaM,NarumiyaSetal:TheeffectsofprostaglandinanaloguesonIOPinprostanoidFP-receptordeficientmice.InvestOphthalmolVisSci46:4159-4163,200510)WoodwardDF,HawleySB,WilliamsLSetal:StudiesontheocularpharmacologyofprostaglandinD2.InvestOphthalmolVisSci31:138-146,199011)WangRF,LeePY,MittagTWetal:Effectof8-isoprostaglandinE2onaqueoushumordynamicsinmonkeys.ArchOphthalmol116:1213-1216,199812)OhDJ,MartinJL,WilliamsAJetal:Analysisofexpressionofmatrixmetalloproteinasesandtissueinhibitorsofmetalloproteinasesinhumanciliarybodyafterlatanoprost.InvestOphthalmolVisSci47:953-963,200613)KosokoO,QuigleyHA,VitaleSetal:Riskfactorsfornoncompliancewithglaucomafollow-upvisitsinaresidents’eyeclinic.Ophthalmology105:2105-2111,1998

2 剤併用投与をタフルプロスト単独投与に変更した場合の眼圧下降効果

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(91)1573《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(11):1573.1575,2010cはじめに2008年12月,緑内障および高眼圧症治療薬剤として新しいプロスタグランジン(PG)F2a誘導体であるタフルプロスト(タプロスR)0.0015%が参天製薬より発売された.タフルプロストはプロスト系PG製剤であり,プロスタノイドFP受容体に高い親和性をもつため強力な眼圧下降効果が期待できる点眼液である.また,他のプロスト系PG製剤と違い,わが国で初めて創製されたプロスト系PG製剤である.既存のPGF2a誘導体1剤とタフルプロストとの眼圧下降効果の比較はなされているが,2剤併用とタフルプロスト1剤単独使用の眼圧下降効果の評価はあまりなされていない.今回,筆者らは既存のプロスト系PG製剤,つまり,ラタノプロスト(キサラタンR:ファイザー社製)もしくはトラボプロスト(トラバタンズR:日本アルコン社製)とブリンゾラミド(エイゾプトR:日本アルコン社製)との2剤併用点眼していた症例をタフルプロストの単独投与に変更した場合の眼圧下降効果を比較検討した.I対象および方法対象は当院において既存のプロスト系PG製剤とブリンゾ〔別刷請求先〕小林茂樹:〒981-0913仙台市青葉区昭和町1-28小林眼科医院Reprintrequests:ShigekiKobayashi,M.D.,KobayashiEyeClinic,1-28Showamachi,Aoba-ku,Sendai981-0913,JAPAN2剤併用投与をタフルプロスト単独投与に変更した場合の眼圧下降効果小林茂樹小林守治小林眼科医院IntraocularPressure-ReducingEffectsofShiftfromProstaglandinFormulation-BrinzolamideCombinationtoTafluprostMonotherapyShigekiKobayashiandMoriharuKobayashiKobayashiEyeClinic目的:既存のプロスタグランジン(PG)製剤と新しく開発されたタフルプロストとの比較はなされているが,2剤併用点眼とタフルプロスト単独点眼との比較検討はあまりなされていない.今回,PG製剤とブリンゾラミドの2剤を併用点眼していた症例をタフルプロストの単独点眼に変更した場合の眼圧下降効果を比較検討した.対象および方法:対象は2剤併用していた広義の開放隅角緑内障および高眼圧症の症例23例42眼.方法は2剤併用点眼時とタフルプロスト単独点眼変更後の眼圧を比較し,解析には受診時眼圧の平均値を用いた.結果:2剤併用点眼時の平均眼圧は10.9mmHg,タフルプロスト単独点眼後の平均眼圧は11.3mmHg(p=0.0013)であった.変更前と比較して眼圧が不変であったのは32眼(76%)であった.結論:タフルプロストの単独投与に変更後も眼圧は維持され,点眼の簡便性においても好評であった.Purpose:Toinvestigatetheintraocularpressure(IOP)-reducingeffectsofshiftingfromprostaglandinformulation-brinzolamidecombination(combinationtherapy)totafluprostmonotherapy.Subjects:Subjectscomprised23patients(42eyes)thathadbeenreceivingthecombinationtherapy.Methods:MeanIOPonreceivingthecombinationtherapywascomparedwiththataftershiftingtotafluprostmonotherapy.Results:IOPdidnotchangein32eyes(76%),demonstratingtheeffectivenessoftafluprostmonotherapy.Conclusions:IOPdidnotchange,andinstillationconveniencewasgood.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1573.1575,2010〕Keywords:緑内障,タフルプロスト,ラタノプロスト,トラボプロスト,ブリンゾラミド.glaucoma,tafluprost,latanoprost,travoprost,brinzolamide.1574あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(92)ラミドの2剤併用した正常眼圧緑内障(NTG)15例28眼,原発開放隅角緑内障(POAG)6例11眼および高眼圧症2例3眼,合計23例42眼(男性13例23眼,女性10例19眼)であり,年齢は76.0±9.7歳であった.3例5眼は当院初診時より人工水晶体眼であったが,その他の対象症例すべてに内眼手術の既往はなく,特に全例において,緑内障手術の既往はなかった.対象である患者には今回,タフルプロスト単独投与に変更することに対する意義を十分に説明し,インフォームド・コンセントを得たが従来の2剤併用点眼治療を要望した症例は対象症例より除外した.方法は外来受診時眼圧をノンコンタクトレンズトノメーターで3回測定し,その平均値を受診時眼圧値とし,解析には,各治療期間中に得られたすべての外来受診時眼圧の平均値を用いた.II結果対象症例のうち1症例2眼がタフルプロスト単独点眼に変更後,眼圧が1カ月で2mmHg以上,上昇した.この症例に関してはブリンゾラミドを追加投与し,経過観察としたため対象症例より除外した.既存のプロスト系PG製剤とブリンゾラミドの2剤併用点眼していた治療期間は1.9±1.0年間(平均値±標準偏差)であり,タフルプロスト単独点眼投与に変更してからの治療期間は4.2±1.2カ月間(平均値±標準偏差)であった.既存のプロスト系PG製剤とブリンゾラミドの2剤の併用点眼時の平均眼圧は10.9mmHg,タフルプロスト単独点眼後の平均眼圧は11.3mmHgと有意に0.4mmHgの上昇を認めた(p=0.0013,Wilcoxon符号付順位検定).しかし,変更前と比較して,変更後1mmHg以内の眼圧変動を臨床的に不変と定義すると,32眼(76%)の変更後の眼圧は不変であり,1mmHgを超えた眼数は10眼(24%)であった(図1).変更前眼圧が12mmHg以上の症例11眼は図1上,変更後,眼圧が下降傾向にあるが,変更前平均眼圧は13.5mmHg,変更後平均眼圧13.7mmHgと有意な差を認めなかった(p>0.62,Wilcoxonの符号付順位検定).眼圧は変更前,変更後において同等と考えられる.III考按プロスト系PG製剤として1999年,ラタノプロスト(キサラタンR)が発売された.ラタノプロストはPGF2aの17位にフェニル基を導入した誘導体を開発することで,PGのプロスタノイドFP受容体への選択性が向上し,房水のぶどう膜強膜流出のみを増加させ眼圧下降を示す1).もともとPGF2aの骨格である15位の水酸基は眼圧下降などのPGF2aの生理活性に必須であると考えられていたため2),その後,開発されたトラボプロスト(トラバタンズR)も基本骨格はラタノプロストと同様であり,17位にフェニル基,15位に水酸基をもつ15位ヒドロキシ型PG誘導体である.今回,開発されたタフルプロストは従来開発されたプロスト系PG製剤と異なり,PGF2aの骨格である15位の水酸基と水素基を2つのフッ素に置換した15位ジフルオロ型PG誘導体であるため,従来のプロスト系PG製剤よりもプロスタノイドFP受容体に対する親和性が高まったと考える3,4)(図2a.d).特に実験的にはプロスタノイドFP受容体に対する親和性はタフルプロストとラタノプロストを比較すると,タフルプロストはラタノプロストの12倍4),トラボプロストとラタノプロストを比較すると,トラボプロストの親和性はラタノプロストの2.8倍であると推定されるため3),現在発売されているプロスト系PG製剤のプロスタノイドFP受容体に対すHOHOOOOFFd:タフルプロストHOHOa:天然型PGF2ab:ラタノプロストc:トラボプロストHOHOOOHH10155120HOOOHOHHOHOCF3OOOHOH図2天然型PGF2aおよび既存のプロスト系製剤とタフルプロストの構造46810121416184681012141618変更後眼圧(mmHg)変更前眼圧(mmHg)a517b図12剤併用時(変更前)とタフルプロスト単独点眼に変更後の眼圧変化a:変更前眼圧と変更後眼圧が同値であるライン.b:変更後1mmHgの眼圧上昇ライン.bの対角線以下の変更後眼圧値を変更前と比較して不変と考えると32眼(76%)の眼圧は不変であり,眼圧値が変更後1mmHgを超えた眼数は10眼(24%)であった.(93)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101575る親和性はタフルプロスト>トラボプロスト>ラタノプロストの順と考えられ5),眼圧下降効果と相関があると思われる.今回,筆者らはこのタフルプロストの強力な眼圧下降効果を期待し,プロスト系PG製剤であるラタノプロストもしくはトラボプロストとブリンゾラミドの2剤併用していた症例をタフルプロスト1剤のみに変更し,眼圧下降効果を比較検討した.その結果,2剤併用時より平均0.4mmHgと有意に眼圧上昇を認めたが,1mmHg以内の眼圧上昇であり,変更前後の眼圧は不変と考えられる.しかし,変更前眼圧測定期間は変更後の眼圧測定期間に比べ長期であり,今後,変更後の眼圧測定を継続することは重要と思われる.これらのタフルプロストの眼圧下降効果の有効性は他のプロスト系PG製剤とは違う物理化学的,薬理学的特性によるものと思われる.つまり,タフルプロストのフッ素導入の効果はプロスタノイドFP受容体以外にほとんど作用しない高い選択性4)により活性が増強され,フッ素の物理化学的特性により生体内でも化学的においても代謝,分解は非常に受けにくく,薬剤としての安定性に優れている.その物理化学的メカニズムは以下の3つの特性によると考えられる6)(図3).1)フッ素(F)原子は立体的に水素(H)原子についで小さい原子である.2)フッ素(F)原子は電気陰性度が最も大きく,次が酸素(O)原子であり,しかも両原子は結合距離がきわめて近い.3)フッ素(F)原子は結合解離エネルギーが最も大きく,炭素,フッ素(C-F)結合は非常に切れにくいが,炭素,酸素(C-O)結合は切れ易い.つまり,切れ易いということは代謝を含め反応を受け易いと考えられる.したがって,フッ素は水素のように作用し,酸素のようにも作用する.前述したようにタフルプロストはPGF2aの骨格である15位の水酸基と水素基を2つのフッ素に置換したことで,タフルプロストが他のプロスト系PG製剤よりも活性,安定性,薬物動態が優れていると推定される.タフルプロスト点眼液は1日1回の点眼投与で十分であるだけでなく室温保存が可能であり,遮光の必要もないことからタフルプロスト単独点眼投与変更後の患者の評価は23症例全例で点眼の簡便性において好評であった.このように点眼遵守(コンプライアンス)や自発的点眼(アドヒアランス)7)においてもタフルプロスト単独点眼投与の有効性が示唆された.IV結論タフルプロストの単独投与に変更後も眼圧は維持され,また,点眼の簡便性においても好評であったことから,タフルプロストは既存のPG製剤とブリンゾラミド併用療法からの変更薬剤として有用であると思われる.なお,当院と参天製薬株式会社との間に利益相反の関係はない.文献1)野村俊治,橋本宗弘:新規緑内障治療薬ラタノプロスト(キサラタンR)の薬理作用.薬理誌115:280-286,20002)ResulB,StjernschantzJ:Structure-activityrelationshipsofprostaglandinanaloguesasocularhypotensiveagents.CurrOpinTherPat82:781-795,19933)SherifNA,KellyCR,CriderJYetal:OcularhypotensiveFPprostaglandin(PG)analogs:PGreceptorsubtypebindingaffinitiesandselectivities,andagonistpotenciesatFPandotherPGreceptorsinculturedcells.JOculPharmacolTher19:501-515,20034)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20045)OtaT,MurataH,SugimotoEetal:Prostaglandinanaloguesandmouseintraocularpressure:Effectsoftafluprost,latanoprost,travoprost,andunoprostone,considering24-hourvariation.InvestOphthalmolVisSci46:2006-2011,20056)熊懐稜丸:フッ素の特性と生理活性.フッ素薬学─基礎と実験─(小林義郎,熊懐稜丸,田口武夫),続医薬品の開発・臨時増刊,p7-11,廣川書店,19937)TsaiJC:Medicationadherenceinglaucoma:approachesforoptimizingpatientcompliance.CurrOpinOphthalmol17:190-195,2006***元素(X)HFOC電気陰性度2.24.03.52.5結合距離(CH3-X,Å)1.091.391.431.54v.d.Waals(半径,Å)1.201.351.401.85abc結合解離エネルギー(CH3-X,kcal/mol)991168683図3フッ素の物理化学的特性(文献6より一部改変)a:フッ素(F)は電気陰性度が最も大きく,つぎが酸素(O)であり,結合距離も近い.b:フッ素(F)は立体的には水素(H)についで小さな原子である.c:フッ素(F)は結合解離エネルギーが最も大きく,C-F結合は非常に切れにくいがC-O結合は切れやすい(反応を受け易い).

小乳頭眼における網膜神経線維層厚と視野障害の相関

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(117)1439《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(10):1439.1443,2010cはじめに日本人においては開放隅角緑内障の約90%が正常眼圧緑内障であり1),その早期発見にはこれまでの眼圧測定に代わって視神経乳頭や乳頭周囲網膜を中心とした眼底検査が重要である.しかし小乳頭や視神経乳頭低形成では,緑内障性の変化の同定が困難で診断に苦慮することも少なくない.一方近年,眼底画像診断装置の発展は著しく,緑内障領域においても視神経乳頭形状や網膜神経線維層の定量的,客観的な測定が可能になってきている.代表的なものとして走査レーザーポラリメーター(LaserDiagnosticTechnologies,SanDiego,CA,USA,以下GDxVCC)や光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),共焦点走査レーザー眼底鏡(Heidelbergretinatomography:HRT)などがあり,緑内障診療における有用性が多数報告されている2~4).そこで今回はGDxVCCを用いて小乳頭眼における網膜神経線維層厚(RNFLT)と視野障害の相関を解析し,緑内障診断におけ〔別刷請求先〕高橋浩子:〒285-8765佐倉市江原台2-36-2聖隷佐倉市民病院眼科Reprintrequests:HirokoTakahashi,M.D.,SeireiSakuraCitizenHospital,2-36-2Eharadai,Sakura-shi,Chiba285-8765,JAPAN小乳頭眼における網膜神経線維層厚と視野障害の相関高橋浩子*1藤本尚也*2渡辺絵美*1田中梨詠子*1今井哲也*1山本修一*3*1聖隷佐倉市民病院眼科*2井上記念病院眼科*3千葉大学大学院医学研究院眼科学CorrelationbetweenRetinalNerveFiberLayerThicknessandVisualFieldLossinEyeswithSmallOpticDiscHirokoTakahashi1),NaoyaFujimoto2),EmiWatanabe1),RiekoTanaka1),TetsuyaImai1)andShuichiYamamoto3)1)DepartmentofOphthalmology,SeireiSakuraCitizenHospital,DepartmentofOphthalmology,2)InoueMemorialHospital,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,ChibaUniversityGraduateSchoolofMedicine走査レーザーポラリメーター(GDxVCC)を用いて小乳頭眼における網膜神経線維層厚(RNFLT)と視野障害の相関を解析し,緑内障診断におけるその有用性を検討した.対象は緑内障精査を施行した小乳頭眼23例23眼.GDxVCCの乳頭周囲リング上のRNFLTの平均(TSNIT平均),その標準偏差(TSNIT標準偏差),nervefiberindicator(NFI)とHumphrey自動視野計中心30-2のmeandeviation(MD)値とpatternstandarddeviation(PSD)値との相関を検討した.またRNFLTの上・下の平均値と下・上半視野平均閾値との相関も解析した.TSNIT平均とMD値(r=0.441,p=0.035),PSD値(r=.0.606,p=0.0021)はそれぞれ有意な相関を示した.NFIとMD値,PSD値,および上・下RNFLT平均値と対応する半視野平均閾値も相関を認めた.23例中8例を原発開放隅角緑内障と診断した.RNFLT測定は眼底検査で診断がむずかしい小乳頭眼において緑内障の診断・鑑別に補助的な判断情報となりうることが示唆された.WeusedGDxVCCtoinvestigatethecorrelationbetweenretinalnervefiberlayerthickness(RNFLT)andvisualfieldlossin23patients(23eyes)withsmallopticdisc.ThefollowingRNFLTparametersweremeasuredandevaluated:TSNITaverage,TSNITstandarddeviation,nervefiberindicator(NFI),superioraverageandinferioraverage.UsingPearson’scorrelationcoefficientstest,westudiedthecorrelationbetweenGDxparametersandmeandeviation(MD),andthepatternstandarddeviation(PSD)oftheHumphrey30-2program.Wealsostudiedthecorrelationbetweensuperioraverageandlowervisualfields,andbetweeninferioraverageanduppervisualfields.AllexceptTSNITstandarddeviation,MDandPSDshowedsignificantcorrelation.Ofthe23eyeswithsmallopticdisc,glaucomawasdiagnosedin8eyesbyGDxVCC.RNFLTmeasurementsobtainedbyGDxVCCmightbeusefulfordiagnosingglaucomainpatientswithsmallopticdisc.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1439.1443,2010〕Keywords:GDxVCC,網膜神経線維層厚,小乳頭,緑内障,診断.GDxVCC,retinalnervefiberlayerthickness(RNFLT),smallopticdisc,glaucoma,diagnosis.1440あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(118)る有用性を検討した.I対象および方法1.対象2006年9月から2009年6月に聖隷佐倉市民病院眼科で緑内障精査を施行した症例のなかで小乳頭を有した23例23眼(男性15例,女性8例)を対象とした.年齢は41~87歳(平均62.7歳),等価球面度数は.12Dから+2.5D(平均.4.8D)であった.視神経乳頭径に対する視神経乳頭中心から黄斑部中心窩までの距離の比(distancebetweenthecentersofthediscandthemacula/discdiameter:DM/DD比)をとり,DM/DD比が3.0以上を小乳頭と診断した5).DM/DD比の計測は散瞳下眼底撮影で得られた眼底写真をもとに算出した.対象23眼のDM/DD比の平均値は3.69±0.39(3.18~4.57)であった.内眼手術の既往,他の網膜疾患を有するものは除外した.緑内障の診断は緑内障診療ガイドライン6)に準じ,正常開放隅角かつ視神経乳頭と網膜神経線維層に緑内障性形態的変化を有し,それに対応した視野異常(Anderson基準)を伴う症例のうち他の疾患や先天異常を認めないものを原発開放隅角緑内障(広義)とした.また本研究ではGDxVCCによる網膜神経線維層厚の菲薄化を網膜神経線維層の障害とみなした.視神経乳頭所見と網膜神経線維層に特徴的な変化を有するものの,それに対応した視野欠損が認められない症例を緑内障疑いとした.上部視神経低形成(SSOH)は,上方乳頭辺縁部の菲薄化および上方網膜神経線維層欠損とそれに対応した下方視野欠損を呈する場合に診断した.鼻側視神経低形成は鼻側乳頭辺縁部および鼻側RNFLTの菲薄化とそれに対応した耳側視野欠損を呈する場合に診断した.傾斜乳頭は,乳頭の耳側および下方に傾斜がみられ,明らかな網膜神経線維層の菲薄化なしに上方に視野異常をきたした場合に診断した.2.方法GDxVCC,Humphrey自動視野計(HFA),散瞳下眼底撮影のすべての検査を6カ月以内に行った.GDxVCCの測定は,2人の検者が無散瞳下に直径3.2mmの乳頭周囲リング部のRNFLTを測定した,付属のソフトウェア(version5.5.0)にて測定スコア7以上のデータを採用し,標準的なパラメータであるTSNITaverage(乳頭周囲リング上のRNFLTの平均:以下TSNIT平均),superioraverage(上側120°象限内のRNFLTの平均),inferioraverage(下側120°象限内のRNFLTの平均),TSNITStd.Dev.(TSNIT平均の標準偏差),nervefiberindicator(NFI)を解析した.視野検査はHFA中心閾値30-2SITA-Standardを行い,視野指標のMD値,PSD値を解析対象とした.固視不良,偽陰性・偽陽性20%未満を採用した.各測定点の閾値を上下に分けてそれぞれの測定ポイントの合計を算出し,その合計値を測定ポイント(上下ともに38ポイント)で割った値をそれぞれ上半視野平均閾値,下半視野平均閾値として解析した.両眼のうち検査結果の信頼性の高いほうを解析対象とした.GDxVCCによるTSNIT平均とHFAのMD値,PSD値とのそれぞれの相関,TSNITStd.Dev.,NFIとHFAのMD,PSDとの相関,GDxVCCでのsuperioraverageとHFAの下半視野平均閾値との相関,GDxVCCのinferioraverageとHFAによる上半視野平均閾値との相関解析をそれぞれ行った.相関解析には,Pearsonの相関係数を求め危険率5%未満を統計学的有意とした.表1GDxVCC測定値とHFA測定値の相関(n=23)rpTSNIT平均vsMD値0.4410.035TSNIT平均vsPSD値.0.6060.0021NFIvsMD値.0.4890.018NFIvsPSD値0.5520.063Superioraveragevs下半視野平均閾値0.5610.0053Inferioraveragevs上半視野平均閾値0.4760.021TSNITStdDevvsMD値0.1370.53TSNITStdDevvsPSD値0.1830.40GDxTSNIT平均(μm)GDxTSNIT平均(μm)MD値(dB)PSD値(dB)ab-15-10-5-005101520806040200806040200図1GDxTSNIT平均とHFAMD・PSD値の相関(n=23)a:GDxTSNIT平均とHFAMD値は有意の相関が認められた(r=0.441,p=0.035).b:GDxTSNIT平均とHFAPSD値は有意の相関が認められた(r=.0.606,p=0.0021).(119)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101441II結果表1および図1~3に示すように,TSNIT平均とMD値の間,TSNIT平均とPSD値との間(図1a,b),NFIとMD値の間,NFIとPSD値の間(図2a,b),superioraverageと下半視野平均閾値の間,inferioraverageと上半視野平均閾値の間(図3a,b)にそれぞれ有意な相関を認めた.TSNITStd.Dev.とMD値,PSD値の間には相関を認めなかった.前述の診断基準に従って23例のうち,8例が開放隅角緑内障(広義)(図4),2例が緑内障疑い,2例がSSOH,1例が鼻側視神経低形成,4例が傾斜乳頭と診断された.その他の6例は高眼圧症1例,明らかな緑内障性視野変化を認めなかった3例,視野異常を認めるものの確定診断には至らなかった2例であった.III考按緑内障眼においては,HFAのMD値,PSD値とGDxVCCのすべてのパラメータで統計学的に有意な相関を示すことがすでに報告されている2,3).今回,緑内障性の変化の同定が困難で診断に苦慮することも少なくない小乳頭眼を対象に,GDxVCCの各パラメータと視野障害の相関を検討した結果,TSNIT平均およびNFIとHFAのMD値,PSD値の間で緑内障眼と同様に有意な相関が認められた.また徳田ら4)はGDxVCCとspectraldomainOCTによるRNFLTの解析の際に上下視野別の相関についても検討し,GDxVCCにおいてはsuperioraverageとHFAの下半視野平均閾値との相関がinferioraverageと上半視野平均閾値との相関に比べより有意であったとしている.その理由の一つとして乳頭周囲脈絡膜萎縮(parapapillaryatrophy:PPA)の存在をあげている.GDxVCCによるRNFLTの測定において,近視型乳頭では乳頭周囲リングがPPAにかかることがあり,この場合非典型的複屈折パターン(atypicalretardationpattern:ARP)が起こり,RNFLTの測定値が不正確になる可能性がある.このPPAは耳側,下耳側に高頻度で観察される7)ためinferioraverageと上半視野平均閾値との相関結果に影響した可能性があるとしている.今回の症例においても23例中7例で乳頭周囲リングがPPAにかかっていたためARPを認め,また上下RNFLTと視野との相関ではsuperioraverageとHFAの下半視野閾値のほうがより高い相関を示した.視神経低形成には,乳頭全体の低形成である小乳頭と部分低形成が知られている.一般に小乳頭は陥凹も小さく緑内障GDxNFIGDxNFIMD値(dB)PSD値(dB)ab-15-10-5-005101520120100806040200120100806040200図2GDxNFIとHFAMD・PSD値の相関(n=23)a:GDxNFIとHFAMD値は有意の相関が認められた(r=.0.489,p=0.018).b:GDxNFIとHFAPSD値は有意の相関が認められた(r=0.552,p=0.0063).GDxSuperioraverage(μm)GDxInferioraverage(μm)HFA下半視野平均閾値(dB)HFA上半視野平均閾値(dB)ab0510152025303505101520253035100806040200100806040200図3半視野における相関(n=23)a:GDxSuperioraverageとHFA下半視野平均閾値の相関(r=0.561,p=0.0053).b:GDxInferioraverageとHFA上半視野平均閾値の相関(r=0.476,p=0.021).1442あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(120)性の特徴的な所見がわかりにくく,乳頭変化が軽度に見えても広範な視野異常を伴っていることも多い.また,部分低形成には上方の視神経の低形成であるSSOHや鼻側視神経低形成などがあるが,これら低形成による視野異常と緑内障との鑑別は必ずしも容易ではなく,診断に苦慮することも多い8).Unokiら9)や高田ら10)は視神経低形成の診断においてOCTによるRNFLTの測定がその診断に非常に有用であったと報告している.今回対象となった小乳頭23例のうち診断を確定できた症例は開放隅角緑内障(広義)が8例,緑内障疑いが2例,SSOH2例,鼻側視神経低形成1例,傾斜乳頭4例であった.これら診断のついた13例のうち,緑内障3例,SSOH2例,鼻側視神経低形成1例の計6例では,乳頭所見が軽微であったり豹紋状眼底で網膜神経線維層欠損がわかりにくいなどで眼底所見とそれに対応する視野検査結果の同定が困難であったが,GDxVCCでは視野障害と一致するRNFLTの菲薄化を認めており,その測定結果が診断に特に有用であったといえる.Mederiosらは緑内障眼における画像解析の精度と乳頭サイズの影響を検討した結果,OCT,GDxVCCは乳頭解析のHRTに比し,小乳頭ほどその精度が向上し初期緑内障異常検出が優れていたとしている11).今回示した症例(図4)でもごく早期の緑内障性視野障害と一致するRNFLTの菲薄化をGDxVCCで認めた.また,今回の対象群では明らかな視野障害を認めない,またはごく軽度な視野障害のみを認める症例も含まれているが,網膜神経線維層と有意な相関を認めており,GDxVCCがRNFLTの軽微な変化を検出しえた可能性も考えられる.今回筆者らはRNFLTの計測にGDxVCCを用いたが,緑内障眼においてOCT,GDxVCC,HRTによるRNFLT測定値とMD値の相関を比較検討した結果,OCT,GDxVCC,HRTの順に有意な相関を示したとした報告もあり3),近年ではOCTによるRNFLTの計測が一般化してきている.しかしながら,何らかの理由でOCTによる測定が困難な環境下においてはGDxVCCによるRNFLTの計測結果も小乳頭眼における緑内障の補助診断の一助になりうると考えられた.以上,小乳頭眼におけるRNFLTと視野障害の相関を検討した結果,緑内障眼と同様にRNFLTと視野は有意に相関した.眼底検査で診断がむずかしい小乳頭眼において,緑内障やSSOHなどを含む視神経低形成の診断・鑑別の際,網膜神経線維層厚測定は補助的な判断情報となりうることが示唆された.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpriabdecf図4症例:70歳,男性,右眼DM/DD比が3.3の小乳頭であり(a,d),乳頭陥凹は垂直C/D0.6で乳頭耳側下方の辺縁部の菲薄化がみられる.HFA(b,e)では鼻側に3点以上連続した暗点,GDx(c,f)で下耳側に網膜神経線維層厚の菲薄化がみられ緑内障と診断した.(121)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101443maryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)今野伸介,西谷直子,大塚賢二:緑内障眼における視野障害と新しいGDxAccessVCCによる網膜神経線維層厚の関係.眼臨98:276-278,20043)早水扶公子,山崎芳夫,中神尚子ほか:緑内障眼における網膜神経線維層厚測定値と緑内障性視神経障害との相関.あたらしい眼科23:791-795,20064)徳田直人,井上順,上野聰樹:GDxVCCRとCirrusHD-OCTRによる網膜神経線維層厚の解析─上下視野別の相関について─.あたらしい眼科26:961-965,20095)WakakuraM,AlvarezE:Asimpleclinicalmethodofassessingpatientswithopticnervehypoplasia.Thediscmaculadistancetodiscdiameterratio(DM/DD).ActaOphthalmol65:612-617,19876)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20067)大久保真司:乳頭周囲網脈絡膜萎縮(PPA)と脈絡膜萎縮の違いと意味は?あたらしい眼科25:84-86,20088)藤本尚也:読影シリーズIVまぎらわしい例その1Discのアノマリーを伴う例.FrontiersinGlaucoma10:59-64,20099)UnokiK,OhbaN,HoytWF:Opticalcoherencetomographyofsuperiorsegmentaloptichypoplasia.BrJOphthalmol86:910-914,200210)高田祥平,新田耕治,棚橋俊郎ほか:Superiorsegmentaloptichypoplasiaを含む視神経低形成の2家系.日眼会誌113:664-672,200911)MedeirosFA,ZangwillLM,BowdCetal:Influenceofdiseaseseverityandopticdiscsizeonthediagnosticperformanceofimaginginstrumentsinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci47:1008-1015,2006***

緑内障患者に対する炭酸脱水酵素阻害薬の点眼回数が及ぼす眼圧の検討

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(113)1435《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(10):1435.1438,2010c緑内障患者に対する炭酸脱水酵素阻害薬の点眼回数が及ぼす眼圧の検討大槻智宏*1森田哲也*1庄司信行*1,2冨岡敏也*3有本あこ*4原直人*4鈴木宏昌*5清水公也*1*1北里大学医学部眼科学教室*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学*3日立横浜病院眼科*4神奈川歯科大学附属横浜クリニック眼科*5社会保険相模野病院眼科IntraocularPressure-loweringEffectsofTopicalCarbonicAnhydraseInhibitorsinGlaucomaTomohiroOtsuki1),TetsuyaMorita1),NobuyukiShoji1,2),ToshiyaTomioka3),AkoArimoto4),NaotoHara4),HiromasaSuzuki5)andKimiyaShimizu1)1)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofRehabilitation,OrthopticsandVisualScienceCourse,KitasatoUniversity,SchoolofAlliedHealthSciences,3)DepartmentofOphthalmology,HitachiYokohamaHopspital,4)DepartmentofOphthalmology,KanagawaDentalCollegeYokohamaClinic,5)DepartmentofOphthalmology,SagaminoHospital炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)であるブリンゾラミドとドルゾラミドでは推奨される点眼回数が異なるため日中眼圧変動を測定し,眼圧下降効果の維持の違いについて前向き研究を行った.ブリンゾラミド1日2回点眼を2カ月以上継続している緑内障患者18例34眼(男性6例11眼,女性12例23眼)を対象とした.変更前とドルゾラミド点眼(1日3回)に変更後2カ月目に眼圧を測定した(9時,12時,15時).両点眼とも朝7時に点眼し,ドルゾラミドの昼の点眼は13時とした.そして,各測定時間における眼圧および,12時から15時にかけての眼圧変動を両点眼で比較した.各測定時間において,両点眼薬で眼圧に有意差はなかったが,12時と15時の眼圧の変動幅を比較すると,ブリンゾラミドでは0.7±2.2mmHg上昇したのに対して,ドルゾラミドでは.0.3±1.6mmHgと低下しており,統計学的に有意に眼圧低下を認めた(p=0.02,対応のあるt検定).CAI2回点眼時に12時から15時の眼圧が2mmHg以上上昇していた8眼についてみると,1日3回点眼に変更し昼の点眼を追加したことで,12時よりも15時の眼圧が下がった症例は4眼,残りの4眼も上昇幅が±1mmHg以内に小さくなり,すべての症例で昼の点眼が有効であったことが示された.CAI患者の日中の眼圧が高い場合は,昼の点眼を追加したほうが午後の眼圧下降効果に有効な可能性が示唆された.Purpose:Tocompareintraocularpressure-loweringeffectbetweentwocarbonicanhydraseinhibitors,brinzolamideanddorzolamide,inpatientswithglaucoma.Patientsandmethods:Subjectsofthisprospectivestudycomprised34eyesof18glaucomapatients(11eyesof6males,23eyesof12females;meanage63±10years).Intraocularpressurewasmeasuredat9,12,and15o’clockduringathree-times-dailyregimenwithtopicalbrinzolamideonly,followedbytwomonthsofathree-times-dailyregimenoftopicaldorzolamideonly.Results:At9,12,and15o’clock,therewasnosignificantdifferencebetweenthetwocarbonicanhydraseinhibitorsintermsofintraocularpressure.Inthecaseofbrinzolamide,however,themeasurementsat15o’clockwerehigherby0.7±2.2mmHgthanthoseat12o’clock,whileinthecaseofdorzolamidethemeasurementsat15o’clockwerelowerby.0.3±1.6mmHgthanthoseat12o’clock.Thedifferenceineffectbetweenthetwodrugsaccordingtothetimeadministeredwasstatisticallysignificant(p=0.02,pairedt-test).Conclusions:Theresultssuggestthatadditionalapplicationatnoonwouldbeeffectiveinpatientswhoseintraocularpressureincreasedindaytimewithtopicalcarbonicanhydraseinhibitorsb.i.d.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1435.1438,2010〕〔別刷請求先〕大槻智宏:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室Reprintrequests:TomohiroOtsuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0373,JAPAN1436あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(114)はじめに緑内障薬物治療においては,プロスタグランジン製剤,b遮断薬が第一選択薬としておもに使用され1),効果不十分な場合に炭酸脱水酵素阻害薬(CAI)などが併用薬として使用されている2~4).わが国ではCAI点眼液として1999年5月に0.5%ならびに1%のドルゾラミド点眼薬が,2002年12月に1%ブリンゾラミド点眼薬が承認された.臨床試験により,それぞれの薬剤の点眼回数は1%ドルゾラミド点眼薬では「1回1滴,1日3回点眼」が推奨され,一方,1%ブリンゾラミド点眼薬では「通常1回1滴,1日2回点眼,十分な効果が得られない場合は1日3回点眼する」が推奨されている.筆者らの調べた限り,ブリンゾラミド点眼薬から1%ドルゾラミド点眼薬への変更の報告は3報しかなく,1%ドルゾラミド点眼薬3回点眼にしても眼圧下降効果に変化がなかったという報告5,6)と,有意に眼圧下降したという報告7)がある.切り替えにより眼圧が有意に下降した理由として,眼圧測定時間が症例ごとに異なっていたために薬剤の効果発現時間と測定時間の関係が結果に影響している可能性が示唆されていた.つまり,症例によって点眼効果のピーク値とトラフ値の時間の眼圧が混在していたため有意差が出た可能性がある.そこで今回,筆者らはブリンゾラミド点眼薬(1日2回点眼)を使用中の緑内障患者を1%ドルゾラミド(1日3回点眼)に変更し,日中の眼圧変動を測定しCAIの点眼回数の違いが日中の眼圧変動に及ぼす影響を検討した.I対象および方法対象はブリンゾラミド1日2回点眼を2カ月以上継続している原発開放隅角緑内障(広義)患者のうち,文書で同意のとれた症例18例34眼(男性6例11眼,女性12例23眼)を対象とした.病型は原発開放隅角緑内障(狭義)8眼,正常眼圧緑内障26眼であった.平均年齢は63.9±10.9歳(平均±標準偏差51~81歳)であり,併用薬剤は,b遮断薬(4例7眼),ab遮断薬(4例6眼),プロスタグランジン系薬剤(12例24眼)であった.併用薬剤の点眼時間はCAI変更前後ともに,それぞれの添付文書の使用方法に基づき,1日2回点眼の薬剤は7時,19時に点眼し,プロスタグランジン系薬剤は23時に点眼とした.炎症のある症例や術後早期などの症例は除外した.併用薬剤はそのまま継続した.眼圧測定当日のスケジュールはブリンゾラミド点眼薬1日2回点眼(7時,19時)を2カ月以上継続している患者を対象に,朝7時の1回目点眼後,9時,12時,15時にGoldmann圧平眼圧計で眼圧を測定し,その後休薬期間なしで1%ドルゾラミド3回点眼(7時,13時,19時)に変更し,2カ月以上継続した後に,朝7時の1回目点眼後,9時,12時に眼圧測定し,13時にドルゾラミド2回目点眼後の15時に再度眼圧を測定した.眼圧の前後の測定は同一検者が行った.CAIブリンゾラミド2回点眼時とCAIドルゾラミド3回点眼時の各時間での眼圧,および眼圧変動幅について検討した.なお,本研究は北里大学病院の倫理委員会の承認を得て行った(北里大学医学部・大学病院倫理委員会承認番号:C倫07-367).II結果18例のうち1例はドルゾラミド点眼薬に変更後2週間で頭痛,動悸を自覚したため中止とし,残り17例32眼での眼圧の検討とした.眼圧はブリンゾラミド2回点眼時(ベースライン眼圧),9時15.4±3.2mmHg,12時15.6±3.7mmHg,15時16.1±3.2mmHgであり,ドルゾラミド3回点眼時9時15.6±3.2mmHg,12時16.1±3.7mmHg,15時15.7±3.5mmHgであった(表1).各時間において変更することによる眼圧下降効果に有意差は認めなかった(9時p=0.60,12時p=0.24,15時p=0.40).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):0000.0000,2010〕Keywords:緑内障,炭酸脱水酵素阻害薬,眼圧,日内変動.glaucoma,carbonicanhydraseinhibitor,intraocularpressure,diurnalvariation.表1結果―各時間での比較9時12時15時CAI2回点眼時(ベースライン眼圧)15.4±3.2mmHg15.6±3.7mmHg16.1±3.2mmHgCAI3回点眼時(切り替え後眼圧)15.6±3.2mmHg16.1±3.7mmHg15.7±3.5mmHgp=0.60p=0.24p=0.40Paired-ttest:各時間で有意差なし.n=32.表2眼圧変動幅9時~12時CAI2回点眼時0.2±2.2mmHgCAI3回点眼時0.5±2.0mmHg有意差なしp=0.54(paired-ttest)12時~15時CAI2回点眼時0.7±2.2mmHgCAI3回点眼時.0.3±1.6mmHg有意差ありp=0.02(paired-ttest)(n=32)(115)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101437つぎに9時と12時の眼圧変動幅(12時の眼圧.9時の眼圧)で比較したところ2回点眼時0.2±2.2mmHg,3回点眼時0.5±2.0mmHgと両薬剤で有意差はみられなかった(p=0.54)が,12時と15時の眼圧変動幅(15時の眼圧.12時の眼圧)では,2回点眼時0.7±2.2mmHg,3回点眼時.0.3±1.6mmHgとなり有意差を認めた(p=0.02)(表2).また,2回点眼時に12時から15時の眼圧が2mmHg以上上昇していた8眼は,1日3回したことで,12時よりも15時の眼圧が下がった症例は4眼,残りの4眼も上昇幅が±1mmHg以内に小さくなった(表3).一方,2回点眼時,12時から15時にかけての変動幅が±1mmHg以内であった不変例18眼では,昼の点眼後2mmHg以上の下降がみられた改善例が4眼,不変のままが13眼であった.最後に2回点眼時に2mmHg以上下降していた6眼においては,昼の点眼を加えてもさらに下降した症例はなかった(表3).III考按これまで,1%ドルゾラミド点眼薬(1日3回点眼)をブリンゾラミド点眼薬(1日2回点眼)に変更した報告は多数あり,変更後有意に下降した報告8,9)や,変わらなかったとする報告10~13)があることから,両薬剤の眼圧下降作用はほぼ同等と考えられている.しかし,眼圧測定時間が1回であり,同時刻でない報告が多いため,薬剤の眼圧降下作用のピーク値やトラフ値などの持続時間の影響は検討されていないことが結果に影響している可能性がある.今回の結果では,ブリンゾラミド点眼薬(1日2回点眼)を1%ドルゾラミド点眼薬(1日3回点眼)に変更し,2カ月間投与して眼圧を測定したところ,各測定時間における平均眼圧値は,ブリンゾラミド2回点眼時(ベースライン眼圧)とドルゾラミド3回点眼時で差はみられなかった(表1).このことより,今回の筆者らの結果でも同等の眼圧下降効果と考えられる.つぎに9時と12時の眼圧変動幅(12時の眼圧.9時の眼圧)は2回点眼時も3回点眼時も両薬剤で有意差はみられなかった.9時,12時では眼圧,眼圧変動幅に有意差がないことより,両薬剤の午前中の効果は同等と考えられる.しかし12時と15時の眼圧変動幅(15時の眼圧.12時の眼圧)は2回点眼時0.7±2.2mmHgと眼圧は上昇傾向を示したのに対し,3回点眼時.0.3±1.6mmHgとなり眼圧変動幅は小さくなり,有意な眼圧下降を認めた.今回のCAI2回点眼時と,CAI3回点眼時の違いは12時に眼圧測定後の13時の点眼の有無である.ブリンゾラミド,ドルゾラミドは点眼後約2時間でピーク値を認め,12時間でトラフ値を認めるとされている14).このことより,CAI2回点眼時は朝と夜の2回の12時間おきの点眼になるため,夕方になると薬剤の効果が低下し眼圧が上昇してきてしまう可能性が考えられる.今回,眼圧変動幅に有意差が認められた12時.15時は,ドルゾラミドによる13時の点眼による点眼の効果のピークを再度迎えることにより,日中の眼圧上昇を抑えられたことが考えられる.しかし一方で,アドヒアランスを考えると1日2回点眼のほうが良いと考えられ,はたしてすべての症例で3回点眼する必要があるのかどうかも検討が必要と考えた.そこで今回の症例を3つの群に分けて検討した.まず2回点眼時に12時から15時の眼圧が2mmHg以上上昇していた症例についてみると,1日3回に変更し昼の点眼を追加したことで,4眼は12時よりも15時の眼圧が下がり,残りの4眼も上昇幅が±1mmHg以内に小さくなり,すべての症例で昼の点眼が有効であったことが示された.一方,2回点眼時,12時から15時にかけての変動幅が±1mmHg以内であった不変例18眼では,昼の点眼後2mmHg以上の下降がみられた改善例が4眼,不変のままが13眼であった.最後に2回点眼時に2mmHg以上下降していた6眼においては,昼の点眼を加えてもさらに下降した症例はなかった.以上の結果から,すべての症例を1日3回点眼にするのではなく,昼から夕方にかけての眼圧上昇がみられる症例の場合は昼の点眼を追加し,そうでない症例はあえて昼の点眼を行う必要はないのではないかと考えられる.なお,1例のみドルゾラミド点眼後に頭痛を訴えた症例があった.直接の因果関係ははっきりしないが,同薬剤を中止後に軽減しており,その後とくに後遺障害を残すことはなかった.しかし,同薬剤の臨床試験時の安全性評価症例602例中0.3%にやはり頭痛がみられたと報告されており(薬剤添付文書),使用時には注意が必要である.結論としてCAIはアドヒアランスの面からは点眼回数が少ないほうが有利と考えられるが,昼の点眼を行ったほうが午後の眼圧下降効果に有効な可能性があるので,薬剤選択や点眼回数の決定の際は患者の日中の眼圧変動を測定し,その変動に応じた選択が望ましい.今後の課題として,今回は眼圧変動に左右差があるという報告15)に基づき1例2眼を対象としたが,今後症例数を増やし1例1眼でも同様の結果となるか検討する必要性がある表3昼の点眼の効果2回点眼時,12時.15時の眼圧変動幅による分類①上昇例(2mmHg以上):8眼3回点眼で下降:4眼,上昇幅の減少:4眼→すべての症例で昼の点眼有効②不変例(±1mmHg以内):18眼3回点眼で改善4眼,不変のまま13眼,悪化1眼③下降例(2mmHg以上):6眼3回点眼でさらに下降した症例はなかった→昼の点眼はあまり効果がなかった1438あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(116)と思われる.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20062)ShojiN:Brinzolamide:efficacy.safetyandroleinthemanagementofglaucoma.ExpertReviewofOphthalmology2:695-704,20073)ShojiN,OgataH,SuyamaHetal:Intraocularpressureloweringeffectofbrinzolamide1.0%asadjunctivetherapytolatanoprost0.005%inpatientswithopenangleglaucomaorocularhypertension:anuncontrolled,openlabelstudy.CurrMedResOpin21:503-507,20054)緒方博子,庄司信行,陶山秀夫ほか:ラタノプロスト単剤使用例へのブリンゾラミド追加による1年間の眼圧降下効果.あたらしい眼科23:1369-1371,20065)今井浩二郎,森和彦,池田陽子ほか:2種の炭酸脱水酵素阻害点眼薬の相互切り替えにおける眼圧下降効果の検討.あたらしい眼科22:987-990,20056)NakamuraY,IshikawaS,SakaiHetal:24-hourintraocularpressureinglaucomapatientsrandomizedtoreceivedorzolamideorbrinzolamideincombinationwithlatanoprost.ClinOphthalmol3:395-400,20097)井上賢治,塩川美菜子,若倉雅登ほか:ブリンゾラミド2回点眼からブリンゾラミド,ドルゾラミド3回点眼への変更による眼圧下降効果.臨眼63:63-67,20098)長谷川公,高橋知子,川瀬和秀:ドルゾラミドからブリンゾラミドへの切り替え効果の検討.臨眼59:215-219,20059)秦桂子,田中康一郎,杤久保哲男:1%ドルゾラミドから1%ブリンゾラミドへの切り替えにおける降圧効果.あたらしい眼科23:681-683,200610)TsukamotoH,NomaH,MukaiSetal:Theefficacyandoculardiscomfortofsubstitutingbrinzolamidefordorzolamideincombinationtherapywithlatanoprost,timolol,anddorzolamide.JOculPharmacolTher21:395-399,200511)小林博,小林かおり,沖波聡:ブリンゾラミド1%とドルゾラミド1%の降圧効果と使用感の比較─切り替え試験.臨眼58:205-209,200412)InoueK,WadaSA,WakakuraMetal:Switchingfromdorzolamidetobrinzolamide:effectonintraocularpressureandpatientcomfort.JpnJOphthalmol50:68-69,200613)久保田みゆき,原岳,久保田俊介ほか:ドルゾラミドからブリンゾラミドへの切り替え試験後の眼圧下降効果の比較.臨眼58:301-303,200414)ValkR,WeberC,SchoutenJetal:Intraocularpressureloweringeffectsofallcommonlyusedglaucoma.DrugsOphthalmol112:1177-1185,200515)TakahashiM,HigashideT,SugiyamaKetal:Discrepancyoftheintraocularpressureresponsebetweenfelloweyesinone-eyetrialsversusbilateraltreatment:Verificationwithnormalsubjects.Glaucoma17:169-174,2008***