———————————————————————-Page11148あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(00)原著あたらしい眼科25(8):11481152,2008cはじめに白内障手術を併用した線維柱帯切開術は,単独手術に比べ,眼圧下降効果が優れていると報告されている1).しかし,濾過手術に比べれば眼圧下降効果は劣り2,3),将来に濾過手術が必要となる可能性があるため上方結膜を広範囲に温存することが望ましいと考えられる.また線維柱帯切開術は濾過手術ではなく術後感染の危険性が少ないため下方からのアプローチが可能である46)が,下方からのアプローチからの線維柱帯切開術と白内障同時手術成績の報告は少ない7).今回,筆者らは白内障手術を併用した線維柱帯切開術を上方からのアプローチ(以下,上方群)と下方からのアプローチ(以下,下方群)による手術成績を比較検討したので報告する.〔別刷請求先〕浦野哲:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ToruUrano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討浦野哲*1三好和*2山本佳乃*1鶴丸修士*1原善太郎*1山川良治*1*1久留米大学医学部眼科学教室*2社会保険田川病院眼科ComparisonbetweenSuperiorly-approachedandInferiorly-approachedTrabeculotomyCombinedwithCataractSurgeryToruUrano1),MutsubuMiyoshi2),YoshinoYamamoto1),NaoshiTsurumaru1),ZentaroHara1)andRyojiYamakawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,SocialInsuranceTagawaHospital白内障手術を併用したサイヌソトミー併用線維柱帯切開術の上方(上方群)および下方からのアプローチ(下方群)について検討した.対象は,上方群は,落屑緑内障41眼と原発開放隅角緑内障15眼の計56眼,平均年齢77歳,経過観察期間17.5カ月.下方群は,落屑緑内障12眼と原発開放隅角緑内障11眼の計23眼,平均年齢69歳,経過観察期間9.4カ月.上方群は12時方向で,下方群は8時方向から行った.眼圧(手術前→最終)は上方群22.4±5.4→14.3±3.4mmHg,下方群21.9±5.9→13.6±2.6mmHg,薬剤スコアは上方群3.3±1.1→0.8±1.1,下方群3.4±1.3→1.0±1.4と有意に低下した.一過性眼圧上昇は上方群11眼(19.6%),下方群5眼(21.7%)とみられたが有意差はなかった.下方群は上方群と同等な成績であり,将来濾過手術をするスペースを確保できる有用な手術法である.Wecomparedsuperior-approachtrabeculotomy(SUP)withinferior-approachtrabeculotomy(INF)incom-binedcataract-glaucomasurgery.TheSUPgroupcomprised56eyes〔exfoliationglaucoma:41eyes;primaryopen-angleglaucoma(POAG):15eyes〕withameanageof77yearsandameanfollow-upperiodof17.5months.TheINFgroupcomprised23eyes(exfoliationglaucoma:12eyes;POAG:11eyes)withameanageof69yearsandameanfollow-upperiodof9.4months.Trabeculotomycombinedwithsinusotomywasperformedatthe12-o’clockpositioninSUPandatthe8-o’clockpositioninINF.Intraocularpressuresignicantlydecreasedto14.3±3.4mmHgfrom22.4±5.4mmHginSUPandto13.6±2.6mmHgfrom21.9±5.9mmHginINF.Transientelevationinintraocularpressurewasobservedin11SUPeyes(19.6%)and5INFeyes(21.7%),buttherewasnosignicantdierencebetweenthetwogroups.INFhadsurgicalresultsequivalenttothoseofSUP,andisusefulinpreservingsuperiorkeratoconjunctivalareasforpossiblelteringsurgeryinfuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11481152,2008〕Keywords:緑内障,トラベクロトミー,同時手術,超音波水晶体乳化吸引術,眼圧.glaucoma,trabeculotomy,combinedsurgery,phacoemulsication,intraocularpressure.1148(102)0910-1810/08/\100/頁/JCLS———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081149(103)検討項目は,眼圧,薬剤スコア,視力,合併症,湖崎分類での視野とした.岩田8)の提唱した目標眼圧に基づき,術前のGoldmann視野で,I期(Goldmann視野では正常),Ⅱ期(孤立暗点,弓状暗点,鼻側階段のみ),Ⅲ期(視野欠損1/4以上)に分類し,個々の症例の最終眼圧値がそれぞれ19,16,14mmHg以下であった割合を達成率とし,その目標眼圧と視野進行について検討した.なお,Kaplan-Meier生命表法を用いた眼圧のコントロール率の検討では,規定眼圧値を2回連続して超えた時点,炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加また内眼手術を追加した時点をエンドポイントとした.II結果術前の眼圧は,上方群は22.4±5.4mmHg(n=56),下方群は21.9±5.6mmHg(n=23)で,術後1カ月から12カ月まで,両群間ともに13mmHg前後で推移し,18カ月で上方群は14.6±3.7mmHg(n=31),下方群は18.2±10.1mmHg(n=5)であった.両群ともに術前眼圧に比較して有意に下降(p<0.001)し,両群間に有意差はなかった(図1).薬剤スコアは術前において上方群が3.3±1.1点,下方群が3.4±1.3点と両群とも3点以上あったが,術後3カ月は1点以下に減少した.その後,下方群は徐々に増加する傾向がみられた.術後9,12カ月においては下方群が上方群に比べて有意に増加(p<0.05)していた.しかし,最終的に術後18カ月で上方群が0.5±1.1点,下方群が1.5±1.4点で術前の薬剤スコアを上回ることはなかった(図2).Kaplan-Meier生命表を用いた眼圧コントロール率は,20mmHg以下へは,術後2年で,上方群84.0%,下方群87.0%と両群間に有意差はみられなかった(図3).同様に,眼圧14mmHg以下へは,術後2年で,上方群40.2%,下方群39.4%と有意差はみられなかった(図4).視野狭窄にあわせた目標眼圧の達成率は,I期では両群ともに100%達成しており,Ⅱ期では,上方群77%,下方群80%であった.I対象および方法対象は,2003年1月から2006年2月までに,久留米大学病院眼科,社会保険田川病院眼科において,初回手術として,超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術(以下,PEA+IOL)を併用した線維柱帯切開術+サイヌソトミー(以下,LOT)を行い,術後3カ月以上経過観察が可能であった症例66例79眼で,男性41例48眼,女性25例31眼である.内訳は上方群が落屑緑内障41眼,原発開放隅角緑内障15眼の計56眼.下方群が落屑緑内障12眼,原発開放隅角緑内障11眼の計23眼であった.平均術前眼圧(平均値±標準偏差)は,上方群22.4±5.4mmHg,下方群21.9±5.6mmHgで,平均薬剤スコアは,点眼1点,炭酸脱水酵素阻害薬内服2点とすると,上方群は3.3±1.1点,下方群は3.4±1.3点で有意差はなかった.平均年齢は上方群が76.6±1.5歳,下方群が68.9±8.3歳で,上方群に比べて下方群は有意に若かった(p<0.01:Mann-WhitneyのU検定).術後平均観察期間は,上方群は17.5±4.2カ月,下方群は9.4±6.9カ月と有意に下方群が短期間であった(p<0.01:Mann-WhitneyのU検定).手術は,球結膜を円蓋部基底で切開後,輪部基底で4×4mmの3分の1層の強膜外方弁を作製し,さらに同じように輪部基底で,その内方に強膜内方弁を作製,Schlemm管を同定した.その後,前切開し,Schlemm管にロトームを挿入,回転して,PEA+IOLを施行した.その後,強膜内方弁を切除し,外方弁は10-0ナイロン糸4カ所で縫合した.Schlemm管直上の強膜弁両断端を切除してサイヌソトミーを施行した.なお,上方群は,LOTをPEA+IOLと同一創で12時方向から,下方群は,LOTを8時方向から施行し,PEA+IOLは耳側角膜切開で施行した.術後は,前房内に逆流した血液がSchlemm管内壁切開部を覆い,前房流出障害を起こさないように,就寝まではできるだけ左側臥位をとらせた.図1眼圧の経過上方群下方群*********眼圧()()***図2薬剤スコア*の()**上方群下方群スコア()———————————————————————-Page31150あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(104)術後最終視力は術前と比較して2段階以上悪くなった症例は,上方群4眼(7.1%),下方群2眼(8.7%)の計6眼みられた.その原因は視野進行2眼,末期緑内障(湖崎ⅣVb)2眼,後発白内障1眼であった(図7).術後合併症は,術後7日以内に30mmHg以上の一過性眼Ⅲ期では,上方群59%,下方群100%であり,Ⅲ期に対してのみ下方群のコントロールが有意に良好であった(p<0.05).しかし全体では,上方群70%,下方群91%で両群間に有意差はなかった(表1).術前,術後最終の視野を図5に上方群,図6に下方群を示した.視野進行は,上方群3眼(5.4%),下方群3眼(13.0%)の計6眼にみられた.この6眼の視野進行はすべて1段階の進行であり,落屑緑内障,原発開放隅角緑内障の各3眼あった.このうち3眼(50%)は目標眼圧以下にコントロールされていた.表1目標眼圧と達成率時期:目標眼圧上方群眼数(%)下方群眼数(%)p値Ⅰ期:19mmHg以下3/3(100%)3/3(100%)NSⅡ期:16mmHg以下20/26(77%)8/10(80%)NSⅢ期:14mmHg以下16/27(59%)10/10(100%)p<0.05計39/56(70%)21/23(91%)NSNS:notsignicant.(Fisherexactprobabilitytest)図3KaplanMeier生命表でのコントロール率(20mmHg以下)上方群下方群コントロール率()()()の以上は図4KaplanMeier生命表でのコントロール率(14mmHg以下)上方群下方群コントロール率()()()の以上は図5視野の経過(上方群)ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb術前視野ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb:目標眼圧達成眼:目標眼圧非達成眼最終視野図6視野の経過(下方群)ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb術前視野ⅠbⅡaⅡbⅢaⅢbⅣⅤaⅤb:目標眼圧達成眼:目標眼圧非達成眼最終視野図7視力の経過1.50.010.11.00.010.11.01.5HMFCFC入院時視力:上方群:下方群HM最終最視———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081151(105)下方群91%と同等であった.症例数の違いはあるが視野障害が進行した症例には線維柱帯切除術を施行する前に下方からのLOTを施行することも選択肢として考えてよい可能性がある.視野進行した6眼は上方群,下方群の各3眼であった.このうち目標眼圧に達しなかったものは上方群2眼,下方群1眼の計3眼にみられ,下方群の1眼は上方より線維柱帯切除術を追加したが特に問題なく施行できた.術後の一過性眼圧上昇は,著しく視神経萎縮が進行した症例では中心視野が消失する危険性がある.30mmHg以上の一過性の眼圧上昇について発生頻度は,下方群での報告は有水晶体眼で30.8%2)と10.5%5),偽水晶体眼においては20.0%6)であった.白内障同時手術の場合は45.5%7)であり,今回は21.7%であった.白内障手術の付加そのものが眼圧上昇の割合を大きくする要素との報告7)があり,サイヌソトミーを併用すること10)や強膜外方弁の縫合糸を5糸から2糸へと減数したことが一過性眼圧上昇の予防に寄与しているとの報告5)がある.今回はサイヌソトミーを併用していたが,縫合糸は5から4糸へと減少することで一過性眼圧上昇が予防され,2糸までを減少させることでさらに予防できる可能性がある.下方からのLOTを施行する場合の白内障同時手術は耳側角膜切開という組み合わせになる11).しかし白内障手術にて角膜切開は強角膜切開に比べ術後眼内炎の頻度が高率であるとの報告12)があり,そのため白内障同時手術を下方強膜弁同一創から行うほうがよいという考えがある7).久留米大学病院眼科では緑内障・白内障同時手術においてバイマニュアルの極小切開白内障手術(micro-incisioncataractsurgery:MICS)を導入している13).2カ所の19ゲージのVランスを用いた切開とIOLを下方強膜弁からインジェクターを用いて挿入を行えば,通常の耳側角膜切開より感染の危険性は少ないのではないかと考えられる.また術中術者の移動もなく安定して手術することが可能である.上方,下方からのアプローチについて検討したが,眼圧経過,視野経過ともに,有意差は認めなかった.LOT単独手術と同様,白内障手術を併用したLOTを行う場合,将来濾過手術をするスペースを確保するため下方で行うのはよい選択肢であると思われた.本稿の要旨は第17回日本緑内障学会で発表した.文献1)TaniharaH,HonjoM,InataniMetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsicationandimplantationofanintraocularlensforthetreatmentofprimary-openangleglaucomaandcoexistingcataract.OphthalamicSurgLasers28:810-817,1997圧上昇を示した症例は上方群11眼(19.6%),下方群5眼(21.7%)にみられ,術後7日以上続く4mmHg以下の低眼圧は上方群にのみ2眼(3.6%)にみられた.フィブリン析出は上方群において1眼(1.8%)みられたが,数日後に消失する軽度なものであった.全例においてbloodreuxを認め,1週間以上遷延した症例はなかった.また,処置の必要なDescemet膜離や浅前房を生じた症例はなく,術後合併症の発生に有意差はみられなかった.サイヌソトミーによる濾過効果のために丈の低い平坦な濾過胞が生じるがほとんど短期間に消失して,残存している症例はなかった.なお,術中合併症はみられなかった.III考按松原ら9)の報告によれば,上方アプローチによるLOTと同一創白内障同時手術の術後成績は,視力低下につながる重篤な合併症の少ない安全な術式であり,20mmHg以下への眼圧コントロールは術後3年で94%,5年で86.8%,眼圧下降効果においても長期的に1415mmHgにコントロールされるとしている.下方からの報告は,LOTの単独手術の成績5),偽水晶体眼に対しの成績6),同一創からのLOTと白内障手術の成績7)があり,どれも上方アプローチと同様な眼圧効果の結果となっている.今回の検討においてもまず上方群は術後24カ月の眼圧は14.1±4.1mmHg(n=16),眼圧コントロール率が20mmHg以下へは84.0%,14mmHg以下へは40.2%と過去の報告と同等の手術成績であった.下方群は術後18カ月の眼圧は16.2±3.6mmHg(n=5),眼圧コントロール率が20mmHg以下へは87.0%,14mmHg以下へは39.4%という結果であり,上方群と比較して,今回の成績は過去の報告とも同等の成績であった.薬剤スコアにおいては,術前と比較して術後は両群ともに有意に減少していたが,全体的に薬剤スコアは下方群と上方群を比較して下方群の薬剤スコアが高かった.下方群は徐々に増加傾向がみられ,術後9,12カ月後では上方群と比較して下方群が有意に高かった.術後18カ月では1点前後に落ち着いて両群間に有意差はなかった.今回は白内障同時手術を施行しておりLOT単独より眼内の炎症が強く起こっている可能性がある.また落屑緑内障も多く含まれておりこれらのことがこの時期に下方隅角の線維柱帯に影響を与え下方群は薬剤スコアが高い可能性も否定はできない.しかし,下方群のほうが症例も少なく経過観察期間が短いため,今後のさらなる経過観察を待つ必要がある.視野狭窄の程度に基づいた目標眼圧の達成率は,Ⅰ期とⅡ期においては上方群と下方群は同等の結果であった.Ⅲ期(目標眼圧14mmHg以下)においては上方群59%,下方群100%と有意差がみられた(p<0.05).合計では上方群70%,———————————————————————-Page51152あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(106)らしい眼科23:673-676,20068)岩田和雄:低眼圧緑内障および開放隅角緑内障の病態と視機能障害.日眼会誌96:1501-1531,19929)松原孝,寺内博夫,黒田真一郎ほか:サイヌソトミー併用トラベクロトミーと同一創白内障同時手術の長期成績.あたらしい眼科19:761-765,200210)熊谷英治,寺内博夫,永田誠:TrabeculotomyとSinuso-tomy併用手術の眼圧.臨眼46:1007-1011,199211)溝口尚則:トラベクロトミー・白内障同時手術.永田誠(監):眼科マイクロサージェリー,p474-482,エルゼビア・ジャパン,200512)CooperBA,HolekampNM,BohigianGetal:Case-con-trolstudyofendophthalmitisaftercataractsurgerycom-paringscleraltunnelandclearcornealwounds.AmJOphthalmol136:300-305,200313)山川良治,原善太郎,鶴丸修士ほか:極小切開白内障手術と緑内障同時手術.臨眼60:1379-1383,20062)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:TrabeculotomyPro-spectiveStudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,20003)堀暢英,山本哲也,北澤克明:マイトマイシンC併用トラベクレクトミーの長期成績─眼圧コントロールと視機能─.眼科手術12:15-19,19994)寺内博夫,永田誠,黒田真一郎ほか:緑内障の術後成績(Trabeculectomy+MMC・Trabeculotomy・Trabeculoto-my+Sinusotomy).眼科手術8:153-156,19955)南部裕之,尾辻剛,桑原敦子ほか:下方から行ったトラベクロトミー+サイヌストミーの成績.眼科手術15:389-391,20026)鶴丸修士,三好和,新井三樹ほか:偽水晶体眼緑内障に行った下方からの線維柱帯切開術の成績.眼臨100:859-862,20067)石井正宏,目加田篤,岡田明ほか:下方同一創からのトラベクロトミーと白内障同時手術の術後早期経過.あた***