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若年女性の外眼角に発症した緑膿菌による難治性結膜肉芽腫の1例

2020年4月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科37(4):476.479,2020c若年女性の外眼角に発症した緑膿菌による難治性結膜肉芽腫の1例三宅瞳宮崎大井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学講座CACaseofRefractoryConjunctivalGranulomaduetoPseudomonasaeruginosaContheLateralCanthusinaYoungFemalePatientCHitomiMiyake,DaiMiyazakIandYoshitsuguInoueCDivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversityC目的:若年女性の外眼角部に,緑膿菌による難治性の結膜肉芽腫を生じた症例を経験した.症例:26歳,女性.左眼外眼角に眼痛・眼脂を伴う腫瘤性病変が出現し前医を受診した.培養にて緑膿菌が検出され,感受性のある抗菌薬が投与されるも改善せず,腫瘤切除を施行されたが症状の改善はなく,再発を認めたため鳥取大学医学部附属病院眼科(以下,当科)へ紹介となった.当科にて再度腫瘤切除を行ったところ,涙石のような黄色い塊が多数認められた.病巣部を広く切開し十分郭清したことによって再発は認められなかった.結論:本症例は涙腺から結膜への排出管に先天異常などがあり,排出管の閉塞による石灰化をベースに感染を起こしたのではないかと考えられた.本症例が難治性であった原因としては,病巣部が閉鎖空間となっていたため抗菌薬の移行が不良であったことが考えられた.CPurpose:WeCreportCaCcaseCofCrefractoryCconjunctivalCgranulomaCcausedCbyCPseudomonasCaeruginosaConCtheClateralCcanthusCofCaCyoungCwoman.CCase:AC26-year-oldCfemaleCvisitedCanotherCclinicCwithCtheCcomplaintCofCaCtumoronthelateralcanthusofherlefteyefollowedbypainanddischarge.PseudomonasaeruginosaCwasdetectedbyculture.However,shewasreferredtousaftertreatmentwithantibioticsandsurgicalexcisionwasunsuccess-ful.CSheConce-againCunderwentCsurgicalCexcision,CandCnumerousCyellowCmassesCresemblingClacrimalCstonesCwereCobserved.Therefore,weremovedallofthemasses,andleftthewoundwidelyopen,resultinginacompletecurewithnorecurrence.Conclusion:Thiscaseofrefractorytumorwasconsideredtobecausedbyasecondaryinfec-tiontocalci.cationduetoblockadeoftheductfromthelacrimalglandtotheconjunctivabyacongenitalanomaly.Moreover,weconsideredthattheclosedspaceoftheinfectiousfociinhibitedthepenetrationofantibiotics.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(4):476.479,C2020〕Keywords:結膜肉芽腫,緑膿菌,涙腺排出管結石.conjunctivalgranuloma,Pseudomonasaeruginosa,lacrimalglandductulestones.Cはじめに結膜良性腫瘍は,乳頭腫や母斑,.胞が多いとされており,肉芽腫はまれである1).また,結膜肉芽腫は,霰粒腫や異物,外傷後,外眼部術後などによって起こる炎症性の肉芽腫で,感染による化膿性の症例の報告は少ない.今回筆者らは,若年女性の外眼角部に,緑膿菌による難治性の結膜肉芽腫を生じた症例を経験したので報告する.I症例患者:26歳,女性.主訴:左眼の眼脂・異物感.現病歴:平成C26年頃より左眼外眼角に腫瘤性病変が出現し,次第に眼痛,眼脂を認めるようになり近医眼科を受診した.抗菌薬点眼,内服加療を行われるも改善せず,平成C27年C9月末頃,左眼外眼角部に排膿を伴う腫瘤性病変が出現し〔別刷請求先〕三宅瞳:〒683-8504鳥取県米子市西町C36-1鳥取大学医学部視覚病態学分野Reprintrequests:HitomiMiyake,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedeicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPANC476(100)図1初診時前眼部写真a:外眼角部に腫瘤を認め,周囲に眼脂を伴っている.b:外眼角腫瘤部を拡大したもの.図2術中写真腫瘤を切除すると奥に涙石のような黄色の塊を多数認めた.たため,前医に紹介された.培養検査にて緑膿菌が検出されたため,1.5%レボフロキサシン点眼,ゲンタマイシン点眼,およびレボフロキサシン内服,セフタジジム点滴が行われるも十分改善しなかった.平成C27年C12月,左眼結膜腫瘤切除・病巣開放を施行された.術後は抗菌薬点眼に加え,1.5%レボフロキサシン結膜下注射を週C1回で施行されたが,やや改善を認めるも効果は限定的であった.イソジン点眼も試みられたが,しみるとの訴えで継続できなかった.また,0.1%フルオロメトロン点眼も一時期投与されたが,眼脂が悪化したとの訴えがあり中止となった.その後腫瘤が再発し,眼脂改善も認めなかったため,平成C28年C4月鳥取大学医学部附属病院眼科(以下,当科)紹介初診となった.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:VD=0.1(1.2C×sph.3.75D(cyl.1.50DAx180°),VS=0.1(1.2C×sph.3.75D(cyl.2.00DCAx5°),図3創部の塗抹鏡検(グラム染色C40倍)グラム陰性桿菌を多数認めた.RT=11CmmHg,LT=12CmmHg.左眼外眼角部に肉芽腫性腫瘤を認め,周囲に眼脂を伴っていた.結膜充血は腫瘤周囲に軽度認められた(図1).角膜・前房・中間透光体・眼底には特記すべき所見はなかった.眼脂を培養に供したところ,やはり緑膿菌が検出された.薬剤感受性検査は前医でも当科初診時に行ったものでも,通常緑膿菌に効果のあるどの抗菌薬にも耐性は認めなかった.抗酸菌培養も行ったが検出されなかった.経過:入院のうえ,肉芽腫をきたす全身性の炎症性疾患の鑑別のため採血を施行したが,いずれも正常範囲内であった.入院C4日目,左結膜腫瘍摘出術を施行.結膜を広く切開し,まず肉芽腫を切除すると,奥のほうに涙小管炎でみられる涙石のような黄色い塊が出てきたため除去した(図2).黄色い塊は多数認められ,確認できたものはすべて取り除いた.最後にポビドンヨードで創部を消毒し,創部は開放した図4切除した腫瘤の病理組織化膿性肉芽腫に一致する所見で悪性所見なし.まま終了した.術中切除した組織は黄色い塊も含めて培養・Creal-timePCR・病理検査に提出した.その結果,創部の塗抹鏡検にてグラム陰性桿菌が多数確認された(図3).培養では緑膿菌は検出されなかった.Real-timePCRでは緑膿菌のCDNAが総量C37,000コピー認められた.病理検査では化膿性肉芽腫に一致する所見で,一部石灰化を示す滲出液様の物質を認め,陳旧化した涙腺分泌液などを思わせる所見だが菌は認められず,悪性所見なしとの結果だった(図4).術翌日よりC1.5%レボフロキサシン点眼C6回/日,ベタメタゾン点眼C4回/日,セフタジジム点滴C2Cg/日の投与を開始.術後経過良好にてC9日目に退院となった.その後外来にて経過をみていたが,術後C4カ月の時点で眼脂や肉芽腫の再発は認めず経過良好にて終診となった(図5).CII考按結膜に肉芽腫を生じた症例の報告は国内では数例散見されたが2.10),多くは異物反応によるものや術後に生じたもので,感染性の症例は結核によるものがC1例あるのみだった11).また,本症例のように涙腺部に涙石のような石灰化を認めた症例は,1972年に長嶋らが12),1981年に藤関らが13)報告しているが,最近の報告はない.一方海外では数件の文献が確認され14.20),緑膿菌感染を引き起こした症例もC1例認められた21).本症例は起因菌も検出されており,長期にわたりさまざまな種類の抗菌薬が投与され,一度は外科的処置が行われているにもかかわらず腫瘤が再発し,難治性だった.そのため,まず薬剤耐性菌である可能性が考えられたが,前医での検査も含め培養結果は毎回緑膿菌しか検出されておらず,薬剤感受性検査でも耐性は認められず,否定的だった.また,緑膿菌以外の菌,とくに肉芽腫を形成しやすい結核菌や非定型抗図5最終診察時写真腫瘍は切除され再発なく,眼脂も認められない.酸菌などに感染している可能性も考え,初診時に抗酸菌培養を行ったが検出されず否定的と考えた,また,そもそも感染性でない腫瘤の可能性も考えたが,とくに全身的な既往歴もなく,採血検査などで異常を認めないことなどからも否定的かと思われた.本症例は当科における手術で,深部に多数の結石を認め,外眼角付近の結膜円蓋部にある主涙腺と副涙腺の開口部までの管に先天異常やClacrimalglandductalepithelialcyst(dac-ryops)などの疾患があり,そこが詰まって石灰化を起こし,それをベースに感染を起こしたのではないかと考えられた.また,病巣が深部にあり,抗菌薬が十分病巣まで移行していなかった可能性が考えられた.そのため今回の手術では結膜を広く切開し,できる限り奥まで術野を広げ,腫瘤をすべて切除し,確認できた黄色い涙石のような塊をすべて摘出した.これが菌石ではないかと思われたが,病理検査の結果からは否定的だった.また,創部を開放したことによって,術後抗菌薬の移行がよくなるよう図った.十分な外科的切除および郭清が奏効し,治癒することができた.若年の女性で,眼脂が慢性に出続けるというのはきわめてまれな事態であり,今回のようなまれな病態が隠れている可能性があり,外科的なアプローチを含め徹底した原因究明が必要であると考えられた.文献1)大島浩一,後藤浩:知っておきたい眼腫瘍診療.p67-68,医学書院,20152)武田憲夫,外岡わか,安倍弘晶:眼窩内木片異物による結膜・眼窩の異物性肉芽腫.眼紀34:1785-1788,C19833)綾木雅彦,藤村博美,大出尚郎:シリコンスポンジ縫着術のC20年後に結膜肉芽腫を発症したC1例.眼科手術C6:295-298,C19984)石田乾二,曽谷治之,絵野尚子ほか:長期間放置された結膜異物.あたらしい眼科15:433-435,C19985)上野一郎,吉川洋,向野利一郎ほか:両眼結膜の腫瘤で発見されたサルコイドーシスのC1例.眼紀C56:274-277,C20056)越前成旭,大越貴志子,山口達夫ほか:結膜下腫瘤の組織診により診断に至ったアレルギー性肉芽腫性血管炎のC1例.臨眼60:1605-1608,C20067)森山涼,中村敏,渡辺孝也ほか:治療が遅れた上眼瞼結膜下異物肉芽腫のC6例.臨眼61:1471-1474,C20078)石嶋漢,加瀬諭,野田実香ほか:角結膜上皮内新生物術後に急速に増大した化膿性肉芽腫のC1例.日眼会誌114:C1036-1039,C20109)福居萌,勝村浩三,服部昌子ほか:ハードコンタクトレンズがC3年間結膜.に残存したC1例.眼科C54:1667-1670,C201210)中沢陽子,植田次郎,横山佐知子ほか:睫毛を含む外眼筋周囲白色塊のために眼球運動障害をきたしたC1例.眼臨紀C6:320-323,C201311)齋藤和子,安積淳,塚原康友ほか:抗結核薬内服が奏効した肉芽腫性結膜腫瘍のC1症例.眼紀51:1035-1038,C200012)長嶋孝次:涙腺排出管結石症のC1例.臨眼C26:105-106,C197213)藤関能婦子,小泉屹:涙腺排出管結石のC2例.臨眼C35:1358-1361,C198114)NaitoH,OshidaK,KurokawaKetal:Atypicalintermit-tentCexophthalmosCdueCtoChyperplasiaCofClacrimalCglandCassociatedCwithCdacryolithiasis.CSurgCNeurolC1:84-86,C197315)BakerCRH,CBartleyGB:LacrimalCglandCductuleCstones.COphthalmologyC97:531-534,C199016)ZaferCA,CJordanCDR,CBrownsteinCSCetal:AsymptomaticClacrimalductuledacryolithiasiswithembeddedcilia.Oph-thalmicPlastReconstrSurgC20:83-85,C200417)HalborgCJ,CPrauseCJU,CToftCPBCeta:StonesCinCtheClacri-malgland:aCrareCcondition.CActaCOphthalmolC87:672-675,C200918)AltenF,DomeierE,HolzFGetal:Dacryolithsinthelac-rimalglandductule.ActaOphthalmolC90:155-156,C201219)KimCSC,CLeeCK,CLeeSU:LacrimalCglandCductstones:Cmisdiagnosedaschalazionin3cases.CanadianJournalofOphthalmologyC49:102-105,C201420)ZhaoJ,XuZ,HanAetal:Ahugelacrimalglandductuledacryolithwithahairynucleus:acasereport.BMCOph-thalmolC18:244-245,C201821)MawnLA,SanonA,ConlonMRetal:PseudomonasdacC-ryoadenitisCsecondaryCtoCaClacrimalCglandCductuleCstone.COphthalmicPlastReconstrSurgC13:135-138,C1997***

病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄が奏効した緑膿菌による壊死性強膜炎の2例

2019年10月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科36(10):1312.1316,2019c病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄が奏効した緑膿菌による壊死性強膜炎の2例厚見知甫明石梓下山剛徳永敬司原ルミ子加古川中央市民病院眼科CTwoCasesofNecrotizingScleritisDuetoPseudomonasAeruginosaCChihoAtsumi,AzusaAkashi,TsuyoshiShimoyama,TakashiTokunagaandRumikoHaraCDepartmentofOphthalmology,KakogawaCentralCityHospitalC症例1:78歳,男性.2013年C4月に左眼の翼状片手術を受け,6月より左眼痛と充血が出現しステロイドおよび抗菌薬点眼にて治療が開始されたが改善せず,当科を紹介受診となった.抗菌薬全身投与後も改善がなく,結膜・強膜融解部分を切開し培養提出を行ったところ,融解した鼻側強膜よりCPseudomonasaeruginosaが検出された.まずC0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩で連日洗浄を開始したが,経過中,他部位に結膜下膿瘍を認めたため,洗浄液をポビドンヨードに変更し,病巣の切除,洗浄を繰り返したところ病巣部は徐々に縮小し,瘢痕治癒した.症例2:69歳,男性.2011年に硝子体出血に対して左眼の水晶体再建術および硝子体切除術が施行された.2016年C10月に左眼痛と充血が出現しステロイドおよび抗菌薬点眼にて治療後も改善せず,当科紹介となった.融解した鼻側強膜からCPseudo-monasaeruginosaが検出され,症例C1と同様に病巣の切除およびポビドンヨードによる洗浄を行い,最終的に瘢痕治癒した.CPurpose:ToCreportC2CcasesCofCnecrotizingCscleritisCdueCtoCPseudomonasCaeruginosa.CaseReports:Case1involvedCaC78-year-oldCmaleCwhoCwasCreferredCafterCsteroidCandCantibioticCdropsCwereCfoundCine.ectiveCforCtheCtreatmentofpainandhyperemiainhislefteyethatoccurred2monthsafterpterygiumsurgery.Anasalconjunc-tival/scleralCtissueCsamplesCwereCobtainedCforCculture,CandCtreatmentCwithCsystemicCantibioticsCwasCinitiated.CTheCculturesCwereCfoundCpositiveCforCP.Caeruginosa.CTreatmentCwithCsystemicCantibioticsCwasCdiscontinued,CandCdailyCwashingCwithCpovidoneCiodineCwasCinitiated.CHowever,CaCsubconjunctivalCabscessCdevelopedCinCaCdi.erentCarea.CAfterCresection,CtheCdailyCwashingCwithCpovidoneCiodineCwasCresumedCandCtheCsymptomsCwereCresolved.CCaseC2Cinvolveda69year-oldmalewhobecameawareofpaininhislefteye5yearsafterundergoingvitreousandcata-ractCsurgeryCforCaCvitreousChemorrhage.CScleritisCwasCdiagnosed,CandCsteroidCandCantibioticCeyeCdropsCwereCpre-scribed.However,hewasreferredtoourinstitutionafterhissymptomsdidnotimprove.P.aeruginosawasisolatedfromnasalnecrotizingsclera.AsinCase1,dailywashingwithpovidoneiodinewasinitiated,whichresultedintheresolutionofsymptoms.Conclusion:Dailywashingwithpovidoneiodinewasfounde.ectiveforthetreatmentofnecrotizingscleritisduetoP.aeruginosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)36(10):1312.1316,C2019〕Keywords:緑膿菌,壊死性強膜炎,ポビドンヨード,結膜下膿瘍,結膜切開,排膿.Pseudomonasaeruginosa,necrotizingscleritis,povidone-iodine,subconjunctivalabscess,conjunctivalincision,abscessdrainage.Cはじめに類されている1).今回,筆者らはまれな緑膿菌による壊死性壊死性強膜炎はしばしば強膜穿孔をきたす難治性疾患であ強膜炎のC2例を経験し,繰り返し病巣の切開,排膿,16倍る.病因として,自己免疫性疾患に合併するもの,ウイルス希釈ポビドンヨードによる洗浄を施行し,病勢を終息させるや細菌などによる感染によるもの,および特発性のC3群に分ことができたので報告する.〔別刷請求先〕厚見知甫:〒675-8611兵庫県加古川市加古川町本町C439加古川中央市民病院眼科Reprintrequests:ChihoAtsumi,DepartmentofOphthalmology,KakogawaCentralCityHospital,439Kakogawacho,Honmachi,Kakogawa-city,Hyogo675-8611,JAPANC1312(90)〔症例1〕78歳,男性.主訴:左眼痛と充血.現病歴:2013年C6月より左眼痛,充血が出現し近医を受診した.モキシフロキサシン,ベタメタゾン点眼が開始されたが改善せず,精査加療目的に同年C7月某日加古川中央市民病院(以下,当院)紹介となった.既往歴:糖尿病,膵臓癌(手術後).眼科手術歴:2013年C3月左眼白内障手術,2013年C4月左眼翼状片手術(マイトマイシン使用については不詳).初診時所見:視力は右眼(1.0C×sph+1.0D(cyl.1.5DCAx80°),左眼(0.4C×sph.0.5D(cyl.1.5DAx90°),眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C18CmmHgであった.左眼に膿性白色の眼脂と毛様充血および前房蓄膿を認め(図1),眼底には上方と耳側に脈絡膜.離を認めた.血液検査ではCRPは2.01Cmg/dlと軽度上昇,白血球数はC6,040/μlと正常値であった.血沈はC1時間値C59mmと亢進していたが,リウマチ因子は9CIU/ml,抗核抗体はC40倍未満と陰性で,自己免疫性疾患を疑わせる所見は認めなかった.経過:臨床所見から細菌感染によるものを疑い,同日より入院のうえ,モキシフロキサシン,セフタジジム,バンコマイシンの点眼,チエペネムC0.5CgC×2/日の点滴治療を開始した.また,白内障術後C3カ月であったため術後眼内炎の可能性も考え前房洗浄を施行し,前房水を提出したが培養検査の結果は陰性であった.治療開始後も病状に改善傾向がなく,また,鼻側結膜下に白色の膿瘍病巣を認めたため排膿目的に同部位の切開を行ったところ,病巣の底部には硬い板状Ccalci.cationplaque(図2)を認め,周囲の強膜は壊死性変化を伴い菲薄化していた.16倍希釈ポビドンヨードで病巣を洗浄後,切開部は強膜を露出したままとし翌日から連日C0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩を用いてC1日C1回洗浄を行った.入院C1週目に眼脂および切除したCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeruginosaが検出され,薬剤感受性を参考に,点眼液をバンコマイシンからトブラマイシンに変更した.いったんは改善傾向にあったが,入院C3週目に他部位にも同様の結膜下膿瘍(図3)が出現したため,病巣部結膜を切開し排膿を行ったうえで,今回はC16倍希釈ポビドンヨードを用いてC1日C1回の創部洗浄を連日行ったところ,徐々に病巣は縮小した.入院約C6週目で洗眼を中止し,点眼治療のみ継続したところ瘢痕化が得られたため,治療開始からC9週目に退院となった(図4).その後点眼を漸減し中止したが,強膜の強い菲薄化は残存するものの再発は認めていない(図5).〔症例2〕69歳,男性.主訴:左眼痛と充血.現病歴:2016年C10月初旬に左眼痛が出現し近医を受診し図1症例1:初診時前眼部写真結膜毛様充血,前房蓄膿を認める.図2症例1:左眼鼻側融解した結膜下にCcalci.cationplaqueを認める.図3症例1:新たに出現した上方の結膜下膿瘍点眼点滴モキシフロキサシンセフタジジムバンコマイシントブラマイシンチエペネムセフタジジム入院1W3W4W6W9W退院クロルヘキシジン(洗眼)ポビドンヨード(洗眼)切開排膿★★★★図4症例1:治療経過モキシフロキサシン,セフタジジム,バンコマイシンの点眼,チエペネムの点滴治療を開始した.病状に改善傾向がなく,鼻側結膜下に認めたCcalci.cationplaqueを切除し,0.02%クロルヘキシジングルコン酸塩で病巣を連日洗浄した.入院C1週目に眼脂および切除したCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeru-ginosaが検出され,感受性を参考に抗菌薬の点眼,点滴を変更した.入院C3週目に他部位に結膜下膿瘍が出現したため,そのつど病巣を切除しC16倍希釈ポビドンヨードによる洗浄を入院C4週目からC6週目まで繰り返し行った.図5症例1:治療1年後の前眼部写真図7症例2:結膜切開後結膜下にCcalci.cationplaqueを認める.図6症例2:初診時前眼部写真結膜毛様充血,鼻側結膜に白色病巣を認める.た.左眼結膜充血と前房内炎症を認め,モキシフロキサシン,ベタメタゾンの点眼加療が開始されたが,眼痛の増悪と所見の悪化があり,精査加療目的にC10月某日当院紹介となった.既往歴:糖尿病,慢性腎不全(透析中),狭心症.眼科手術歴:2011年左眼硝子体出血に対し白内障手術および硝子体手術.初診時所見:視力は右眼(1.0C×sph.2.0D(cyl.1.5DCAx90°),左眼C0.03(矯正不能),眼圧は右眼C10mmHg,左眼12CmmHgであった.左眼は全周性に球結膜充血と毛様充血があり,鼻側結膜に一部膿状の黄白色病巣(図6)を認めた.角膜には既往の腎不全に伴うと推測される帯状角膜変性部位があり,前房内に軽度の炎症細胞を認めた.眼底には既存のトブラマイシンセフタジジムシプロフロキサシン点眼点滴内服入院1W2W3W4W5W6W7W8W9W10W再入院退院退院ポビドンヨード(洗眼)切開排膿★★★★図8症例2:治療経過モキシフロキサシン,セフメノキシム塩酸塩,トブラマイシンの点眼,セフタジジムの点滴治療を開始した.入院C6日目,結膜下に認めたCcalci.cationplaqueを切除し,16倍希釈ポビドンヨードで洗浄した.眼脂およびCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomonasaeruginosaが検出された.いったんは改善がみられ退院となったが,退院後再度疼痛と下方の結膜充血の悪化をきたしたため,再入院のうえ同様の処置を行った.その際に採取した強膜の膿瘍病変からもCPseudomonasaeruginosaが検出された.その後,多発する結膜下膿瘍に対し切開・洗浄を繰り返し行った.図9症例2帯状角膜変性部に角膜障害を認める.図10症例2:治療開始1年半後の前眼部写真糖尿病網膜症を認めるのみであった.血液検査ではCCRPは0.86Cmg/dlと軽度上昇,白血球数はC6,690/μlであった.リウマチ因子はC9CIU/ml,抗核抗体はC40倍未満と陰性で自己免疫性疾患を疑わせる所見は認めなかった.経過:感染性強膜炎を疑い,同日より入院のうえ,モキシフロキサシン,セフメノキシム塩酸塩,トブラマイシンの点眼,セフタジジムC0.5Cg48時間毎(透析中のため)の点滴治療を開始した.治療開始後も自他覚所見の改善が得られなかったため,入院C6日目に病巣の切開排膿およびC16倍希釈ポビドンヨードによる洗浄を行ったが,その際症例C1と同様に強膜に癒着したCcalci.cationplaqueを認めた.また,周囲の強膜は軟化し,強い壊死性変化も伴っていた(図7).後日,眼脂およびCcalci.cationplaqueの培養からCPseudomo-nasaeruginosaが検出され,薬剤感受性を参考にシプロフロキサシンの内服を追加した.症例C1の経験からC16倍希釈ポビドンヨードで病巣の洗浄を続け,いったんは改善がみられ治療開始C4週目に退院となったが,退院後再度疼痛と下方の結膜充血の悪化をきたしたため,退院後C1週目に再入院のうえ,同部位に対しても再度同様の処置を行った.同部位の強膜は融解し膿瘍を形成しており,その際に採取した,壊死した強膜片からもCPseudomonasaeruginosaが検出されたが,Ccalci.cationplaqueの形成はなかった.その後,切開・洗浄を繰り返したところ,徐々に病巣部が縮小し,瘢痕化が得られたため,発症C10週間で退院となった.当院での治療経過を図に示す(図8).複数回に及ぶ希釈ポビドンヨード洗浄により,帯状角膜変性部に角膜障害が遷延したが血清点眼などで治療を行い,徐々に改善した(図9).治療開始後C1年半が経過し,強膜の菲薄化は残存し,ぶどう膜が透見されているII考按一般的に壊死性強膜炎の病因は感染性自己免疫性,特発性の三つに大別できる1)が,自己免疫性疾患に伴うものが圧倒的に多い.感染性そのものは強膜炎のC5.10%を占める2)と報告されており,とくに緑膿菌による壊死性強膜炎は翼状片切除後の報告が多く,Huangら3)は翼状片切除後の壊死性強膜炎C16例中C13例で培養により緑膿菌が検出されたと報告している.硝子体手術や斜視手術後でも報告はあるが,眼科手術歴と発症までの時期は一定でない4,5).今回のC2症例でも,症例C1は白内障手術後C3カ月,翼状片手術後C2カ月で発症しているが,症例C2では眼手術後C5年が経過してからの発症であった.緑膿菌による壊死性強膜炎の発症機序については明らかではないが,2症例とも既往の手術創と病巣が一致しており,手術後に局所的な強膜の軟化が起こり易感染性の状態が継続していた可能性が高い.また,両者とも既往に糖尿病があり,全身的に免疫機能の低下があったことも影響したと推測される.緑膿菌感染では特徴的なCcalci.cationplaqueを強膜に認めることがあるとされ6),今回のC2症例ともに病変部に同所見が確認され,後日培養で緑膿菌が検出された.緑膿菌感染による壊死性強膜炎は薬物治療のみでは治療に難渋することが多いが,これは菌が産生するプロテアーゼが組織を破壊しバイオフィルムを形成することで,薬剤が病巣部に到達しにくい環境となり,感染の遷延化,難治化に関与している7,8)と考えられている.Calci.cationplaqueはバイオフィルムの結果生じる所見であり,緑膿菌感染を疑う有力な所見となりうる.いったんバイオフィルムが形成されると薬剤は到達しにくくなるため,緑膿菌による強膜炎では外科的治療が有効とされ,その一つに病巣部の膿瘍切除,殺菌作用のあるポビドンヨード液・生食による洗眼9)がある.今回のC2症例でも結膜を切開,排膿し,calci.cationplaqueを切除したうえで洗浄することにより,薬剤の浸透性が増し,殺菌作用が向上したことが病勢の鎮静につながったと考えられた.また,2症例とも初発の病巣と隣接した部位に新たな病巣が出現し,結果的に複数回の外科的治療を要した.これは初回治療の時点で切開部隣接の結膜下に緑膿菌が残存し,感染を再燃させた可能性が高く,初回の切開排膿や病巣切除をできるだけ広く行うことが重要と考えられた.ポビドンヨード液には細菌,ウイルスに幅広く有効で,耐性ができにくいという利点があるが,一方で粘膜障害,角膜障害が生じるリスクもある9)ため,ポビドンヨードによる治療中は角膜障害に注意が必要であると考えられた.他の外科的治療方法として病巣部への保存強膜移植や大腿筋膜移植などの報告があり良好な成績を納めているが10,11),手技の簡便さや薬剤入手の容易さを考慮すると,長期治療期間を要するもののポビドンヨードによる洗浄はどの施設でも施行でき,有効な治療方法と思われる.薬物治療に抵抗し,融解した強膜にCcalci.cationCplaqueを伴う場合は緑膿菌感染の可能性を念頭におき,早期に広範囲の切開・排膿,病巣切除ならびにポビドンヨード液を用いた洗眼などの外科的治療を検討すべきである.文献1)RaoCNA,CMarakCGE,CHidayatAA:Necrotizingscleritis:CAclinic-pathologicstudyof41cases.Ophthalmology92:C1542-1549,C19882)RamenadenCER,CRaijiVR:ClinicalCcharacteristicsCandCvisualCoutcomesCinCinfectioussclerosis:aCreview.CClinCOphthalmolC7:2113-2122,C20133)HuangCFC,CHuangCSP,CTsengSH:ManagementCofCinfec-tiousscleritisafterpterygiumexcision.Cornea19:34-39,C20004)RichRM,SmiddyWE,DavisJL:Infectiousscleritisafterretinalsurgery.AmJOphthalmolC145:695-699,C20035)ChalDL,AlbiniTA,McKeownCAetal:InfectiousPseu-domonasCscleritisCafterCstrabismusCsurgery.CJCAAPOSC17:423-425,C20136)DunnCJP,CSeamoneCCD,COstlerCHBCetal:DevelopmentCofCscleralCulcerationCandCcalci.cationCafterCpterygiumCexci-sionandmitomycintherapy.AmJOphthalmol112:343-344,C19917)亀井裕子:細菌バイオフィルムとスライム産生.あたらしい眼科17:175-180,C20008)戸粟一郎,久保田敏昭,松浦敏恵ほか:緑膿菌による壊死性強膜炎の一例.臨眼57:25-28,C20039)松本泰明,三間由美子,河原澄枝ほか:緑膿菌性壊死性強膜炎のC1例.あたらしい眼科22:1253-1258,C200510)SiatiriCH,CMirzaee-RadCN,CAggarwalCSCetal:CombinedCtenonplastyCandCscleralCgraftCforCrefractoryCPseudomonasCscleritisCfollowingCpterygiumCremovalCwithCmitomycinCCCapplication.JOphthalmicVisRes132:200-202,C201811)児玉俊夫,鄭暁東,大城由美:壊死性強膜炎に対して大腿筋膜移植が奏効したC3例.臨眼65:647-653,C2011***

翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎の1例

2017年5月31日 水曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(5):726.729,2017c翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎の1例馬郡幹也*1戸所大輔*1岸章治*2秋山英雄*1*1群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学*2前橋中央眼科ACaseofNecrotizingScleritisduetoPseudomonasAeruginosathatDeveloped30YearsafterPterygiumSurgeryMikiyaMagoori1),DaisukeTodokoro1),ShojiKishi2)andHideoAkiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)MaebashiCentralEyeClinic緑膿菌による壊死性強膜炎は翼状片手術後にまれに生じ,しばしば強膜穿孔や眼内炎をきたす予後不良の疾患である.筆者らは,翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎を経験した.患者は78歳,女性で,30年前の左眼b線照射併用翼状片手術の既往がある.2015年7月に左眼の鼻側に痛みを伴う白いものができ,近医を受診した.ステロイドの点眼・内服治療に反応せず,群馬大学医学部附属病院を紹介された.左眼の鼻側に結膜下膿瘍および強膜の菲薄化を認め,前房内細胞および虹彩後癒着を伴っていた.後眼部の炎症所見はなかった.病変部強膜の生検を施行し病理検査と細菌培養を行ったところ,細菌培養にて緑膿菌が検出された.緑膿菌による壊死性強膜炎と診断し,抗菌薬の点眼・点滴治療および壊死組織の外科的切除を施行した.約4カ月で強膜の菲薄化を残し治癒した.本症例では細菌培養および壊死組織の切除が診断・治療に有用だった.NecrotizingscleritisduetoPseudomonasaeruginosaisoneofthelate-onsetcomplicationsofpterygiumsur-gery,andoftencausesscleralperforationorendophthalmitis.WedescribeacaseofnecrotizingscleritisduetoP.aeruginosa30yearsafterpterygiumsurgery.A78year-oldfemalewithahistoryofpterygiumexcisionandpost-operativebeta-rayradiationinherlefteyecomplainedofapainfulwhiteplaqueinherlefteyeandwasreferredtoourhospital.Examinationrevealedasubconjunctivalabscessandscleralthinningonthenasalsideoftheeye.Theposteriorsegmentwasintact.Undersuspicionofinfection,scleralbiopsywasperformedandthebacterialcul-tureshowedgrowthofP.aeruginosa.Thepatientwastreatedwithantibioticsandsurgicaldebridement.In.ammationwasresolvedinabout4months,resultinginscleralthinning.Inthiscase,scleraldebridementandbacterialcultureofnecrotictissuewase.ectiveindiagnosisandtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):726.729,2017〕Keywords:翼状片手術,緑膿菌,壊死性強膜炎,強膜生検.pterygiumsurgery,Pseudomonasaeruginosa,necro-tizingscleritis,scleralbiopsy.はじめに壊死性強膜炎は自己免疫によって生じることが多いが,まれに感染によっても生じる.強膜炎の病態としてはもっとも重症であり,ときに強膜穿孔や眼内感染をきたし失明する可能性もある.感染性強膜炎は真菌,細菌,ウイルスなどによって起こり,適切な治療を行うには起因菌の鑑別が重要である.今回,筆者らは翼状片手術の30年後に発症した緑膿菌による壊死性強膜炎を経験したので報告する.I症例患者:78歳,女性.既往歴:高血圧症,高脂血症,虫垂炎手術,30年前に左眼の翼状片手術(b線照射併用).現病歴:2015年7月,左眼の鼻側結膜に白いものができ〔別刷請求先〕馬郡幹也:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MikiyaMagoori,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-39-15Showamachi,Maebashi-shi,Gunma371-3511,JAPAN726(124)図1初診時の前眼部所見左眼鼻側の強膜菲薄化がみられ,calci.cationplaqueを形成している(.).白色沈着の切除壊死組織切除プレドニゾロン内服レボフロキサシン500mg/day内服トリアムシノロンアセトニド球後注射ジベカシン結膜下注射ステロイド点眼1.5%レボフロキサシン点眼トブラマイシン点眼1%アトロピン点眼ピペラシリン4g/day点滴図2強膜生検病変部結膜を切開したのち,バイポーラで止血しながらスプリング剪刃で削ぐようにしてスポンジ状に脆弱化した壊死強膜を切除し,白点線で囲われた範囲の壊死強膜組織を病理および培養検査へ提出した.図3治療経過のまとめ前医および当院における外科的処置および薬剤の投与歴を示す.診断から約4カ月後にすべての点眼薬を終了した.痛みがあり近医を受診した.近医にて白色沈着の切除を施行し,1.5%レボフロキサシン(LVFX)点眼,0.1%リン酸ベタメタゾン点眼,プレドニゾロン内服投与を受けたが増悪したため,10月に群馬大学医学部附属病院(以下,当院)へ紹介となった.初診時所見:矯正視力は右眼0.6,左眼0.3,眼圧は右眼16mmHg,左眼11mmHg,左眼の毛様充血,鼻側に結膜下膿瘍および強膜菲薄化がみられた(図1).角膜は透明で,前房内細胞,虹彩後癒着がみられた.皮質白内障があり,眼底に異常を認めなかった.右眼には皮質白内障以外の異常を認めなかった.経過:左眼の自己免疫性壊死性強膜炎および虹彩炎としてトリアムシノロンアセトニド30mg球後注射を施行し,前医より処方された点眼薬を継続した.しかし,所見の改善がみられないため,1週間後に当院角膜外来を受診した.感染性強膜炎を疑い,強膜生検および培養検査を行った.4%キシロカインで点眼麻酔後,ポビドンヨードで洗眼し,病変部結膜を切開した.その後,バイポーラで止血しながらスプリング剪刃で削ぐようにしてスポンジ状に脆弱化した壊死強膜を切除し,病理および培養検査へ提出した(図2).病変部強膜は結膜で覆わず開放とした.病理組織ではGrocott染色で真菌を認めず,培養検査にて緑膿菌(Pseudomonasaerugi-nosa)が検出された.血液検査では白血球数9,600/μl,C反応性蛋白0.08mg/dlと全身的な炎症所見はみられなかった.【診断1週間後】【診断2週間後】【診断1カ月後】【診断2カ月後】【診断3カ月後】【診断4カ月後】図4前眼部所見の経時変化抗菌薬投与および壊死組織の切除により徐々に炎症所見は改善し,約4カ月で強膜菲薄化を残し治癒した.緑膿菌による壊死性強膜炎と診断し,ステロイドを中止して抗菌薬による治療に変更した.1.5%LVFX点眼6回,トブラマイシン(TOB)点眼6回,1%アトロピン点眼1回,ジベカシン結膜下注射,ピペラシリン(PIPC)点滴4g/日,疼痛に対してロキソプロフェン内服頓用とした(図3).薬剤感受性試験ではPIPC中等度耐性,LVFX感受性だった.治療変更の5日後に前房内炎症が増悪し硝子体混濁が出現したため,壊死強膜の外科的切除(2回目)を施行した.初回は膿瘍形成が疑われる部位のみ強膜切除としたが,2回目は感染が波及していると考えられた鼻側から上方の結膜,Tenon.,および壊死強膜組織を広範囲に切除した.病変部強膜は開放とした.培養検査で再度緑膿菌が検出された.薬剤感受性試験の結果よりPIPC点滴をLVFX500mgの内服に切り替え,充血,炎症は徐々に改善したが,加療から1カ月半経過した時点で上耳側の充血が悪化したため,1週間ごとのジベカシン結膜下注射を計6回施行した.その後,所見の改善に伴い加療から2カ月経過した時点で1%アトロピン点眼,3カ月経過時点でTOB点眼,4カ月経過時点でLVFX点眼も終了とした(図3).鼻側強膜の菲薄化を残し,左眼の最終視力は0.5と改善した(図4).抗菌薬の終了から6カ月後の現在も再発はみられない.II考按本症例は感染性強膜炎を疑い,強膜生検および培養検査を行うことにより診断できた.翼状片手術後晩期の感染であり,b線照射による強膜軟化が感染の誘因となった可能性がある.診断後まもなく炎症の悪化がみられたが,壊死組織の切除を併用することで徐々に鎮静化し,加療開始より約4カ月で治癒した.感染性強膜炎の起因菌としては緑膿菌の頻度がもっとも高く,67.81%を占める1).感染性強膜炎は翼状片手術後,線維柱帯切除術後,バックリング術後,斜視手術後などさまざまな術後感染として起こりうる2.4).各手術において強膜に軟化,菲薄化などが起きるため,感染のリスクが上がると考えられる.さらに緑膿菌は菌体の侵入を容易にするために,外毒素と蛋白分解酵素を細胞外に分泌して宿主細胞を障害するため5),緑膿菌の強膜感染は重篤化の危険がある.本症例は前医でLVFX点眼を約3カ月間投与されたが改善しなかった.過去の報告では強膜に病原微生物が侵入すると長期間定着し,抗菌薬の浸透が不良になるとされている6).また,松本らは膿瘍切除が緑膿菌の菌量を減らす目的で有効だったと報告している7).本症例においても壊死組織を切除したことで菌量を低下させ,病変部強膜への抗菌薬の移行性が改善したことで,強膜穿孔などへの進展を防ぐことができたと考えられる.緑膿菌による壊死性強膜炎の報告例は少ないが,戸栗らは抗菌薬点眼,点滴を施行し入院21日目に切開排膿,治療開始2カ月の時点でcalci.cationplaqueの除去を行い,2カ月半で青色強膜を残して治癒した症例を報告している8).また,寺田らは抗菌薬点眼,全身投与に加えて結膜切開,膿瘍切除,結膜下組織切除を行い,約2カ月で軽快治癒が得られた2例を報告している9).本症例でも抗菌薬の点眼,点滴治療に加え病変部切除を併用し,約4カ月で治癒した.緑膿菌による感染性強膜炎では少なくとも治癒までに2,3カ月はかかるので,根気よく治療を続ける必要があると思われる.本症例では強膜菲薄化部位にcalci.cationplaqueがみられた.Calci.cationplaqueは損傷された異常組織においてカルシウム,リン酸の異常が生じることで形成され,おもに慢性炎症,感染症,外傷後において観察される10).戸栗らの報告でもcalci.cationplaqueが存在しており,特異的所見とはいえないまでも,calci.cationplaqueは感染性強膜炎を示唆する所見としてよいと思われる.壊死性強膜炎は,多くが自己免疫による非感染性によるものが多い.中原らは結膜擦過物の鏡検,培養検査は陰性であったが,強膜生検で多核白血球の浸潤がみられたことにより急性化膿性炎症による感染性強膜炎と診断できた症例を報告している11).自己免疫疾患などによる非感染性によるものか,感染性強膜炎かを鑑別するのに強膜生検は有用であると考えられる.しかし,実際は侵襲手技であるため強膜生検に踏み切るタイミングはむずかしい.ステロイド投与で改善がない,もしくは病変部にcalci.cationplaqueがみられる場合には積極的に感染性強膜炎を疑い,強膜生検を施行するべきであると考える.緑膿菌による壊死性強膜炎は強膜穿孔,眼内炎をきたすと眼球内容除去などが必要になる可能性が高い疾患である.ステロイド治療に反応しない壊死性強膜炎を診た場合,疾患発症の背景を考慮して感染性強膜炎も含めた鑑別診断を行い,適切かつ早期に治療することが肝要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HuangF-C,HuangS-P,TsengS-H:Managementofinfectiousscleritisafterpterygiumexcision.Cornea19:34-39,20002)RamenadenER,RaijiVR:Clinicalcharacteristicsandvisualoutcomesininfectiousscleritis:areview.ClinOphthalmol7:2113-2122,20133)ChaoDL,AlbiniTA,McKeownCAetal:Infectiouspseu-domonasscleritisafterstrabismussurgery.JAAPOS17:423-425,20134)TittlerEH,NguyenP,RueKSetal:Earlysurgicaldebridementinthemanagementofinfectiousscleritisafterpterygiumexcision.JOphthalIn.ammInfect2:81-87,20125)TwiningSS,KirschnerSE,MahnkeLAetal:E.ectofPseudomonasaeruginosaelastase,alkalineprotease,andexotoxinAoncornealproteinasesandproteins.InvestOphthalmolVisSci34:2699-2712,19936)AlfonsoE,KenyonKR,OrmerodLDetal:Pseudomonascorneoscleritis.AmJOphthalmol103:90-98,19877)松本泰明,三間由美子,河原澄枝ほか:緑膿菌性壊死性強膜炎の1例.あたらしい眼科22:1253-1258,20058)戸栗一郎,久保田敏昭,松浦敏恵ほか:緑膿菌による壊死性強膜炎の1例.臨眼57:25-28,20039)寺田裕紀子,子島良平,南慶一郎ほか:外科的療法が奏効した翼状片術後感染性強膜炎の2例.眼臨紀5:574-577,201210)ChenKH,LiMJ,ChengWTetal:Identi.cationofmono-cliniccalciumpyrophosphatedihydrateandhydroxyapa-titeinhumansclerausingRamanmicrospectroscopy.IntJExpPathol90:74-78,200911)中原亜新,鈴木潤,臼井嘉彦ほか:強膜生検にて診断された感染性強膜炎.眼科53:259-262,2011***

In Vitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響

2013年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(12):1754.1760,2013cInVitro眼組織中濃度シミュレーションモデルにおける黄色ブドウ球菌および緑膿菌の殺菌ならびにレボフロキサシン耐性化に対する0.5%あるいは1.5%レボフロキサシンの影響長野敬川上佳奈子河津剛一阪中浩二坪井貴司中村雅胤参天製薬株式会社研究開発本部Effectof0.5%or1.5%LevofloxacinOphthalmicSolutiononBactericidalActivityandEmergenceofLevofloxacinResistanceinStaphylococcusaureusandPseudomonasaeruginosainanInVitroSimulationModelTakashiNagano,KanakoKawakami,KouichiKawazu,KojiSakanaka,TakashiTsuboiandMasatsuguNakamuraResearchandDevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.Invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルを用いて,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する殺菌ならびにレボフロキサシン(LVFX)耐性化に及ぼす0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液の影響を検討した.白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの球結膜あるいは角膜中LVFX濃度推移を測定し,その濃度推移をもとに1日3回点眼のシミュレーションで24時間培地中にこれを再現した.LVFX曝露による菌株の生菌数の変化,LVFX感受性の変化を薬剤感受性ポピュレーション解析により評価した.0.5%LVFX点眼液での結膜濃度シミュレーション条件下の黄色ブドウ球菌株,角膜濃度シミュレーション条件下の緑膿菌株ともに,菌の増殖がみられ,LVFX感受性低下を認めた.一方,1.5%LVFX点眼液での結膜濃度および角膜濃度のシミュレーション条件下では,黄色ブドウ球菌株で静菌作用,緑膿菌株で殺菌作用がみられ,LVFX感受性に変化を認めなかった.1.5%LVFX点眼液は,0.5%LVFX点眼液に比較して,黄色ブドウ球菌と緑膿菌の殺菌および耐性菌出現防止に効果的であることが示唆された.Weevaluatedtheeffectoflevofloxacin(LVFX)ophthalmicsolutiononbactericidalactivityandLVFXresistancedevelopmentinStaphylococcusaureusandPseudomonasaeruginosabysimulatingrabbitoculartissueconcentrationafterinstillationof0.5%or1.5%LVFXophthalmicsolution,inaninvitrosimulationmodel.InamodelsimulatingbulbarconjunctivalorcornealtissueLVFXlevelforonedayfollowing3xdailyinstillationofLVFXophthalmicsolutionsinJapanesewhiterabbits,thechangeinviablebacterialcountorLVFXsusceptibilityofS.aureusorP.aeruginosaafterLVFXexposureintheculturebrothwasdeterminedbypopulationanalysis.The0.5%LVFXsimulationmodelsshowedbothincreasedviablebacterialcountsanddecreasedLVFXsusceptibilitiestoS.aureusinconjunctivaandtoP.aeruginosaincornea.Ontheotherhand,inthe1.5%LVFXsimulationmodel,potentbactericidalactivitieswereshownandnoLVFX-resistantsubpopulationsweredetectedineitherS.aureusorP.aeruginosa.Theseresultsshow1.5%LVFXophthalmicsolutiontobemoreeffectivethan0.5%LVFXophthalmicsolutionforsterilizationandforpreventionofLVFXresistancedevelopmentinbothS.aureusandP.aeruginosa.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1754.1760,2013〕Keywords:invitroシミュレーションモデル,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,レボフロキサシン,耐性化.invitrosimulationmodel,Staphylococcusaureus,Pseudomonasaeruginosa,levofloxacin,resistance.〔別刷請求先〕長野敬:〒630-0101奈良県生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発本部Reprintrequests:TakashiNagano,ResearchandDevelopmentDivision,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayama-cho,Ikoma,Nara630-0101,JAPAN175417541754あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(106)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY はじめにレボフロキサシン(LVFX)は,好気性および嫌気性のグラム陽性菌ならびに陰性菌に対し,広い抗菌スペクトルと強い抗菌力を示す.そのLVFXを主成分とするクラビットR点眼液0.5%は2000年に日本で発売されて以降,その優れた抗菌力と高い安全性から,細菌性眼感染症治療薬として臨床現場で最も汎用されている.しかし近年,一部医療機関からLVFXに対する感受性低下を示唆する結果や入院患者における耐性率上昇が報告されるなど,LVFX耐性菌の出現が問題になりつつある1,2).近年,抗菌薬のPK-PD(薬物動態学-薬力学)に関する研究から,抗菌薬の有効性と薬物動態が密接に関連することが明らかとなってきた.全身薬においては,キノロン系抗菌薬の治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータは「血中AUC(濃度-時間曲線下面積)とMIC(最小発育阻止濃度)の比」であり3.6),キノロン系抗菌薬に対する耐性化の抑制には「血中Cmax(最高濃度)とMICの比」が相関する7.10)との報告がある.したがって,安全性面で問題がない限り,血中濃度が高まる高用量で治療することが耐性菌の出現を抑制する観点から望ましい.一方眼科領域では,治療効果や耐性化抑制効果に相関するPK-PDパラメータが明らかにされていないが,細菌に対する殺菌作用や耐性化抑制作用は曝露されるキノロン系抗菌薬の濃度に依存することから,感染組織中のAUCやCmaxが治療効果や耐性化抑制効果に最も相関すると推察される.高濃度LVFX点眼液の眼への影響を検討したClarkらの報告11)によると,サルの角膜上皮創傷治癒モデルにおいて3%LVFX点眼液の1日4回点眼は角膜上皮創傷治癒を遅延させた.また,ウサギの角膜上皮創傷治癒モデルにおいては3%以上のLVFX点眼液が角膜線維芽細胞の消失および角膜浮腫をひき起こし,6%LVFX点眼液が角膜上皮創傷治癒を遅延させた12).しかし,1.5%以下のLVFX点眼液はサルやウサギでみられたそれらの副作用を生じない.したがって,クラビットR点眼液0.5%と同等の眼組織の安全性を確保しつつ,殺菌作用の向上および耐性菌の出現抑制作用が期待できるLVFXの上限濃度は1.5%であると推察された.本試験では,0.5%と1.5%のLVFX点眼液の間で殺菌効果および耐性菌出現抑制効果に差異が認められるかを明らかにする目的で,invitro眼組織中濃度シミュレーションモデルを用いて,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する0.5%LVFX点眼液および1.5%LVFX点眼液の殺菌効果および耐性菌出現抑制効果を比較検討した.I実験材料および方法1.使用菌株外眼部細菌感染症のなかでも発症頻度が高い結膜炎と重篤(107)な症状を呈する角膜炎の主要起炎菌であるメチシリン感受性黄色ブドウ球菌,緑膿菌を対象菌種とし,2007年から2009年に細菌性眼感染症患者より単離された菌株から使用菌株を選択した.黄色ブドウ球菌株は,LVFXのMICが0.5μg/mLの1株(HSA201-00027株),緑膿菌株は,LVFXのMICが0.5μg/mLおよび1μg/mLの2株(HSA201-00089株およびHSA201-00094株)を使用した.2.使用動物雄性日本白色ウサギは北山ラベス株式会社より購入し,1週間馴化飼育後,試験に使用した.本研究は,「動物実験倫理規程」,「参天製薬の動物実験における倫理の原則」および「動物の苦痛に関する基準」の参天製薬株式会社社内規程を遵守し実施した.3.使用薬剤LVFXは第一三共株式会社製を使用し,ウサギ単回点眼時眼組織分布試験には参天製薬で製造した1.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液1.5%)および0.5%LVFX点眼液(クラビットR点眼液0.5%)を用いた.4.実験方法a.ウサギ単回点眼時の眼組織分布日本白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を50μLずつ片眼に単回点眼し,点眼0.25,0.5,1,2,4,6および8時間後にペントバルビタールナトリウムの過麻酔により安楽殺した後,眼球結膜および角膜を採取した(各時点5.6例).湿重量を秤量後,1%酢酸/メタノール=(30/70)1mLを加えビーズ式多検体細胞破砕装置(ShakeMasterAuto,BMS)で均質化後,遠心分離により上清(ホモジネート上清)を得た.内標準溶液〔250ng/mLロメフロキサシン水/アセトニトリル=(10/90)溶液〕200μLを加えた除蛋白プレート(StrataImpactProteinPrecipitationplate,Phenomenex社)に,ホモジネート上清50μLと0.2%酢酸5μLを加えて遠心分離し,濾過された溶出液を溶媒留去した.残渣に移動相75μLを加えて溶解させ,超高速液体クロマトグラフィー(UPLC,Waters)に注入してLVFX濃度を測定した.b.シミュレーションモデルの設定1日3回(8時間間隔)点眼時のウサギ眼組織中濃度シミュレーションモデルでは,日本白色ウサギに0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を単回点眼投与したときの眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移が,8時間おきに3回繰り返されるものとして設定した.各組織のLVFX濃度推移を培地中に再現(各組織中LVFX濃度μg/gをμg/mLに換算)し,菌株に24時間曝露させた.点眼時の眼組織中LVFX濃度推移は,経口投与時の血中LVFX濃度推移に比べ変化が著しいことから,速やかに曝露濃度を変更できるよう,種々濃度のLVFX溶液を準備し,菌株を封入した寒天ゲルを順次移しあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131755 変える手法で検討した.なお,培養液に懸濁した菌株と寒天ゲルに封入した菌株に,LVFXを作用させたときのtime-killcurveは同一であったことから,LVFXは寒天ゲル内に速やかに浸透し,両条件の曝露量に差異はないと考えられた.c.殺菌作用の検討35℃,19時間,ミューラーヒントン(Muller-Hinton)II寒天培地で好気条件下培養した黄色ブドウ球菌株あるいは緑膿菌株をマクファーランド0.5(約1.2×108CFU/mL)で懸濁し,接種菌液とした.この菌液と固化していない2%寒天溶液を等量混合した後,滅菌シャーレ上に200μLずつ滴下し,室温に静置して固化させた.菌株を封入したこの寒天ブロックをシミュレーションモデルのサンプルとし,シミュレーション開始0,8,16および24時間LVFXを曝露した後,回収した(n=3).滅菌マイクロチューブ内で破砕後,生理食塩液を添加し十分混和させた.適宜希釈後,その一定量をミューラーヒントン寒天(MHA)平板上に塗布し,35℃,1日,好気培養した.MHA上のコロニー数を計測して生菌数を算出した.検出限界は20CFU/mLとした.d.ポピュレーション解析シミュレーション開始24時間後の寒天ブロックから調製された菌液を適宜希釈後,LVFX非含有MHA平板および1.16×MICのLVFX含有MHA平板に塗布した.35℃,1日,好気培養後,MHA平板上のコロニー数を測定した.シミュレーション開始前の菌株についても同様の操作を行い,LVFX曝露前後のLVFX感受性ポピュレーションを比較し,感受性の変化を検討した.II結果1.単回点眼投与時の眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液をウサギに50μL単回投与したときの眼球結膜および角膜中LVFX濃度推移を図1に,薬物動態パラメータを表1に示す.0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液の眼球結膜中濃度のTmax(最高血中濃度到達時間)はともに投与後0.25時間で,Cmaxはそれぞれ3.19,14.67μg/gであった.角膜中濃度のTmaxも0.25時間であり,Cmaxは9.02,32.54μg/gであった.0.5%LVFX点眼液と比較して,1.5%LVFX点眼液では,眼球結膜におけるCmaxは約5倍の増加を示し,角膜では約3.5倍の増加がみられた.眼球結膜および角膜におけるAUC0-8hrは点眼液濃度の増加に伴い,3.4倍の増加を示した.2.シミュレーションモデルにおける殺菌作用ウサギ眼組織中濃度シミュレーションモデルでは,寒天ゲルを浸漬させる各LVFX溶液の濃度と時間を,ウサギ眼組1756あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013a282420161284002468点眼後時間(時間):0.5%LVFX:1.5%LVFXb403530252015105002468点眼後時間(時間):0.5%LVFX:1.5%LVFX図1ウサギ単回点眼時の眼球結膜および角膜中LVFX濃度各値は5.6例の平均値を示す.a:眼球結膜LVFX濃度推移,b:角膜LVFX濃度推移.表10.5%あるいは1.5%LVFX点眼液点眼後の眼組織中LVFX濃度の薬物動態パラメータLVFX濃度(μg/g)LVFX濃度(μg/g)薬物動態パラメータ組織CmaxTmaxt1/2AUC0-8hr(μg/g)(hr)(hr)(μg・hr/g)0.5%LVFX眼球結膜3.190.25NC3.10点眼液角膜9.020.251.7016.311.5%LVFX眼球結膜14.670.25NC11.10点眼液角膜32.540.251.4343.26各値は5.6例の平均値を示す.T:最高濃度到達時間.t1/2:消失半減期.NC:Notcalculated,(max)消失相が特定できなかったため算出していない.織中LVFX濃度推移実測値のCmaxおよびAUCと等しくなるように,また移し変え前後のLVFX溶液の濃度変化幅が2倍以上とならないように,最小単位を10分として設定し(図2),24時間曝露後の殺菌効果,耐性菌出現抑制効果を調べた.a.黄色ブドウ球菌HSA201-00027株の生菌数変化を図3に示す.0.5%(108) 100a10108:組織中濃度推移:シミュレーション濃度推移6:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX非含有組織中LVFX濃度(μg/g)生菌数(logCFU/mL)10.142検出限界0.01024680081624時間(時間)培養時間(時間)図2ウサギ眼組織中のLVFX濃度推移を培地中に再現させ:0.5%LVFX:1.5%LVFXたときの濃度推移b10:LVFX非含有1.5%LVFX点眼液,単回点眼時のウサギ眼球結膜組織中濃度推移のシミュレーションを例に示した.組織中濃度推移(実線)生菌数(logCFU/mL)8を反映させつつ,CおよびAUCが等しくなるように,ステップワイズの濃度と曝(max)露時間を設定(点線)した.この濃度推移のLVFX曝露を3回繰り返し,24時間の曝露を行った.642検出限界0培養時間(時間)生菌数(logCFU/mL)1086420:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX非含有081624図4緑膿菌HSA201.00089株およびHSA201.00094株に対する種々濃度LVFXの殺菌効果各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.a:HSA201-00089株,b:HSA201-00094株081624培養時間(時間)HSA201-00089株よりもLVFX感受性の低いHSA201図3黄色ブドウ球菌HSA201.00027株に対する種々濃度LVFXの殺菌効果各値は3例の平均値を示す.CFU:colonyformingunit.LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルでは,曝露直後から生菌数が増加し24時間後まで増加し続け,殺菌作用は認められなかった.一方,1.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルは生菌数が増加せず,静菌作用が認められた.b.緑膿菌HSA201-00089株およびHSA201-00094株の生菌数変化を図4に示す.LVFXに比較的感受性の高いHSA20100089株(LVFXMIC:0.5μg/mL)では,0.5%LVFX点眼液の角膜濃度をシミュレーションして曝露させると,8時間後に生菌数が約1/103まで減少するが,その後増殖し24時間後には初期菌数と同程度になった.一方1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは,8時間後に検出限界以下まで減少し,その後わずかに増殖したが,0.5%LVFX点眼液よりも強い殺菌作用が示された.(109)00094株(LVFXMIC:1μg/mL)においてもほぼ同様の結果で,0.5%LVFX点眼液では,曝露直後に生菌数は約1/102に減少するがその後増殖し,24時間後には初期菌数以上に増加した.一方1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは,16時間後までは検出限界以下で推移し,24時間後にわずかな増殖がみられるのみで,0.5%LVFX点眼液よりも非常に強い殺菌作用が示された.3.曝露24時間後の菌液のポピュレーション解析a.黄色ブドウ球菌HSA201-00027株のポピュレーション解析の結果を図5に示す.0.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルでは,8μg/mLLVFX含有MHA平板でコロニーを形成する株が出現し,使用菌株のLVFX感受性が曝露前に比べて顕著に低下した.一方,1.5%LVFX点眼液の結膜濃度シミュレーションモデルではLVFX感受性が低下したコロニーは観察されず,使用菌株のLVFX感受性の低下を認めなかった.b.緑膿菌HSA201-00089株およびHSA201-00094株のポピュレーあたらしい眼科Vol.30,No.12,20131757 108:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前64200LVFX濃度(μg/mL)0.5124検出限界8生菌数(logCFU/mL)図5LVFX曝露24時間後の黄色ブドウ球菌HSA201.00027HSA201-00094株でも,0.5%LVFX点眼液ではLVFX感受性が低下したコロニーが出現したが,1.5%LVFX点眼液ではLVFX感受性が低下したコロニーの出現は認めなかった.III考察キノロン系抗菌薬においては,invitro血中濃度シミュレーションモデルや免疫抑制動物の局所感染モデルにおける検討ならびにヒトでの臨床試験の成績から,治療効果に相関する主要なPK-PDパラメータはAUC/MICであり3.6),耐性化の抑制にはCmax/MICが相関すると報告されている7.10).株のポピュレーション解析各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.今回,LVFX濃度の違いによる殺菌効果および耐性菌出現抑制効果の差異を調べる目的で,invitroシミュレーションモデルを用いて0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液のウサギa8:0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前642検出限界0LVFX濃度(μg/mL)00.51248における眼組織中濃度をinvitro系に再現し,黄色ブドウ球菌および緑膿菌に対する殺菌作用ならびにLVFX曝露後の耐性菌出現の有無を検討した.その結果,1.5%LVFX点眼液のシミュレーションでは黄色ブドウ球菌に対する静菌効果およびLVFX感受性が低下したポピュレーションの出現抑制効果を示し,そのときのAUC/MIC,Cmax/MICはそれぞれ66.6,29.3であった.一方,殺菌作用がみられず,曝露後に耐性化を生じた0.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MIC,Cmax/MICは18.6,6.4であった.また緑膿菌(LVFXMIC:1μg/mL)の検討では,高い殺菌効果およびLVFXの感受性低下ポピュレーションの出現抑制効果を生菌数(logCFU/mL)生菌数(logCFU/mL)b8642検出限界0LVFX濃度(μg/mL):0.5%LVFX:1.5%LVFX:LVFX作用前0124816図6LVFX曝露24時間後の緑膿菌HSA201.00089株およ示した1.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MICおよびCmax/MICはそれぞれ129.8,32.5で,菌が増殖し,曝露後に耐性化を生じた0.5%LVFX点眼液のシミュレーションのAUC/MIC,Cmax/MICは48.9,9.2であった.Invitroシミュレーションモデルを用いたOonishiらの報告13)によると,黄色ブドウ球菌株のLVFX耐性菌の出現を抑制するのに必要なCmax/MICは10以上であり,今回の筆者らの結果はそれと一致する.今回検討に用いた黄色ブドウ球菌はLVFXに対する累積発育阻止率曲線14)においてMIC80株に相当し,緑膿菌はMIC50株およびMIC80株に相当する眼科新鮮臨床分離株でびHSA201.00094株のポピュレーション解析各値は3例の平均値を示す.検出限界は20CFU/mL.a:HSA201-00089株,b:HSA201-00094株.ション解析の結果を図6に示す.HSA201-00089株において,0.5%LVFX点眼液の角膜濃度シミュレーションモデルで4μg/mLLVFX含有MHA平板でコロニーを形成する株が出現し,使用菌株のLVFX感受性が曝露前に比べて顕著に低下することが示された.1.5%LVFX点眼液では,LVFX感受性が低下したコロニーの出現を認めなかった.1758あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013ある.したがって,1.5%LVFX点眼液であれば,黄色ブドウ球菌株および緑膿菌株の多くで耐性化を防止できる可能性が示唆された.他方,黄色ブドウ球菌のMIC50相当株やメチシリン感受性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌のMIC50およびMIC80相当株について角膜濃度あるいは結膜濃度シミュレーションモデルで検討したところ,それら菌株においては0.5%および1.5%LVFX点眼液のシミュレーションのいずれもLVFX感受性の低下を生じなかった(データ示さず).汎用されている評価系の本シミュレーションモデルでは原因細菌が存在する角膜組織や結膜組織のLVFX濃度推移に(110) 基づき曝露濃度を設定した.ヒトの角膜および結膜組織の濃度推移データを取得することは困難であるため,ウサギの角膜および結膜組織のLVFX濃度推移を代用しており,今回の結果をヒトに外挿することには議論の余地がある.しかしながら,ウサギに0.5%および1.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの角膜LVFX濃度は,15分後にそれぞれ約9μg/gおよび33μg/gを示し,角膜摘出の約15分および約10分前に0.5%あるいは1.5%LVFX点眼液を2回点眼したときのヒト角膜LVFX濃度はそれぞれ約18μg/gおよび約65μg/gであった15,16)ことから,点眼回数の違いを考慮すると角膜濃度推移にヒトとウサギで大きな種差はないと推測された.また,ウサギに0.5%LVFX点眼液を単回点眼したとき眼球結膜LVFX濃度が15分後に約3.2μg/gである一方,ヒトに0.5%LVFX点眼液を単回点眼したときの20分後の眼球結膜LVFX濃度は約2.3μg/gであった17)ことから,眼球結膜濃度についてもヒトとウサギで大きな種差はないと推測された.以上から,ウサギの角膜および結膜濃度で示された耐性化抑制の結果は,ヒトにおいても1.5%LVFX点眼液のほうが0.5%LVFX点眼液よりも耐性化抑制に貢献できることを支持するデータであると推察された.2000年から2004年に実施された薬剤感受性全国サーベイランスでは,LVFXに対する眼感染症由来臨床分離株のMICについて顕著な上昇は認められていないものの,一部の菌種では感受性低下が認められており,引き続き慎重な観察が必要とされている14,18,19).本サーベイランスデータを年齢別に解析したところ,高齢者の黄色ブドウ球菌および緑膿菌のLVFX耐性化率は非高齢者よりも高値であった.さらに,一部の医療機関ではLVFX耐性化が進み,高齢者や老人施設などの一部の患者でLVFX耐性率の上昇が報告されている1,2).したがって,抗菌点眼液の使用頻度が高く,集団生活や全身疾患の影響などにより耐性菌を保菌しやすい患者層を中心に,今後LVFX耐性菌が拡大することが危惧される.耐性菌の出現が大きな問題となっている全身領域では,クラビットR錠500mgのように高濃度製剤が上市され,「highdose,shortduration」といった抗菌薬の適正使用により,耐性菌の出現防止が進められている.LVFX耐性菌の出現および拡大が懸念される眼科領域においても耐性化防止が最重要課題である.今回の検討結果より,1.5%LVFX点眼液は,0.5%LVFX点眼液に比較して,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌および緑膿菌の耐性菌出現防止に効果的である可能性が示唆された.新規抗菌薬の創出がむずかしい現況では,細菌性眼感染症治療薬として最も汎用されているクラビットR点眼液0.5%の高濃度製剤として2011年に発売されたクラビットR点眼液1.5%が医療現場で使用され,よりいっそう適正使用が推進されることにより,将来にわたってLVFX点眼液の有効性を維持し続けることが重要であると(111)考えられる.謝辞:本研究に対するご指導,ご助言を賜りました愛媛大学医学部眼科学教室の大橋裕一教授に深謝いたします.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)村田和彦:眼脂培養による細菌検査とレボフロキサシン耐性菌の検討.臨眼61:745-749,20073)LacyMK,LuW,XuXetal:Pharmacodynamiccomparisonsoflevofloxacin,ciprofloxacin,andampicillinagainstStreptococcuspneumoniaeinaninvitromodelofinfection.AntimicrobAgentsChemother43:672-677,19994)AndesD,CraigWA:Animalmodelpharmacokineticsandpharmacodynamics:acriticalreview.IntJAntimicrobAgents19:261-268,20025)CraigWA:Pharmacokinetic/pharmacodynamicparameters:rationaleforantibacterialdosingofmiceandmen.ClinInfectDis26:1-12,19986)CraigWA:Doesthedosematter?ClinInfectDis33(Suppl3):S233-237,20017)Madaras-KellyKJ,DemastersTA:Invitrocharacterizationoffluoroquinoloneconcentration/MICantimicrobialactivityandresistancewhilesimulatingclinicalpharmacokineticsoflevofloxacin,ofloxacin,orciprofloxacinagainstStreptococcuspneumoniae.DiagnMicrobiolInfectDis37:253-260,20008)PrestonSL,DrusanoGL,BermanALetal:Pharmacodynamicsoflevofloxacin:anewparadigmforearlyclinicaltrials.JAMA279:125-129,19989)BlondeauJM,ZhaoX,HansenGetal:MutantpreventionconcentrationsoffluoroquinolonesforclinicalisolatesofStreptococcuspneumoniae.AntimicrobAgentsChemother45:433-438,200110)BlaserJ,StoneBB,GronerMCetal:ComparativestudywithenoxacinandnetilmicininapharmacodynamicmodeltodetermineimportanceofratioofantibioticpeakconcentrationtoMICforbactericidalactivityandemergenceofresistance.AntimicrobAgentsChemother31:1054-1060,198711)ClarkL,BezwadaP,HosoiKetal:Comprehensiveevaluationofoculartoxicityoftopicallevofloxacininrabbitandprimatemodels.JToxicolCutaneousOculToxicol23:1-18,200412)梶原悠,長野敬,中村雅胤:ウサギ角膜上皮.離後の角膜上皮創傷治癒および前眼部症状に及ぼすレボフロキサシン点眼液の影響.あたらしい眼科29:1003-1006,201213)OonishiY,MitsuyamaJ,YamaguchiK:EffectofGrlAmutationonthedevelopmentofquinoloneresistanceinStaphylococcusaureusinaninvitropharmacokineticmodel.JAntimicrobChemother60:1030-1037,200714)小林寅喆,松崎薫,志藤久美子ほか:細菌性眼感染症患者より分離された各種新鮮臨床分離株のLevofloxacin感受あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131759 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緑膿菌角膜炎における臨床所見の検討 ―新しい代表的所見としてのブラシ状混濁の提言―

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):255.259,2013c緑膿菌角膜炎における臨床所見の検討―新しい代表的所見としてのブラシ状混濁の提言―佐々木香る*1稲田紀子*2熊谷直樹*1出田隆一*1庄司純*2澤充*2*1出田眼科病院*2日本大学医学部視覚科学系眼科学分野ClinicalCharacteristicsofInfectiousKeratitisCausedbyPseudomonasaeruginosa─ProposalofBrush-likeOpacityasNewRepresentativeAppearance─KaoruAraki-Sasaki1),NorikoInada2),NaokiKumagai1),RyuichiIdeta1),JunShoji2)andMitsuruSawa2)1)IdetaEyeHospital,2)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:緑膿菌角膜炎でみられる臨床所見の出現頻度,発症から各臨床所見出現までの日数(発症後日数)を調査し,相互関係を検討すること.対象および方法:対象は,緑膿菌角膜炎32例33眼.代表的所見,潰瘍の形状,その他の所見の出現頻度を算出し,発症後日数との関係をロジスティック回帰解析した.結果:各所見の出現頻度は,輪状膿瘍13眼(39.4%),スリガラス状浸潤31眼(93.9%),前房蓄膿10眼(30.3%),ブラシ状混濁14眼(42.4%)であった.潰瘍の形状は小円形9眼(27.3%),円形.不整形24眼(72.7%)であった.平均発症後日数は,小円形潰瘍1.7日,スリガラス状浸潤1.9日,ブラシ状混濁2.4日,円形.不整形潰瘍2.7日,前房蓄膿2.9日,輪状膿瘍3.4日であった.発症後3日以上の症例で輪状膿瘍の出現頻度が有意に高かった(p=0.007,オッズ比9.00).結論:緑膿菌角膜炎は,代表的所見を示さない症例も多いが,一定の傾向をもって変化すると考えられた.ブラシ状混濁は今後注目に値する所見である.Thepurposeofthisstudywastorevealtheincidenceofclinicalcharacteristicsin33eyeswithinfectiouskeratitiscausedbyPseudomonasaeruginosaandanalyzetherelationshipsbetweenincidenceanddurationfromonset,usinglogisticanalysis.Ringabscesswasrecognizedin39.4%,diffuseinfiltrationin93.9%,hypopyonin30.3%andbrush-likeopacityin42.4%.Ulcerformwasdividedintotwotypes:smallround(27.3%)androundorirregular(72.7%).Thesmallroundulcerappearedat1.7daysafteronset,onaverage.Diffuseinfiltration(1.9days),brush-likeopacity(2.4days),roundorirregularulcer(2.7days),hypopyon(2.9days)andringabscess(3.4days)subsequentlyappeared.Thefrequencyofringabscesswashigherincasesthatlastedmorethan3days(p=0.007,oddsrate:9.00).Inconclusion,theclinicalappearanceofPseudomonaskeratitischangeswiththetimecourse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):255.259,2013〕Keywords:緑膿菌,輪状膿瘍,感染性角膜炎,ブラシ状混濁,前房蓄膿,臨床所見.Pseudomonasaeruginosa,ringabscess,infectiouskeratitis,brush-likeopacity,hypopyon,clinicalcharacteristics.はじめに緑膿菌角膜炎の代表的臨床所見として,「輪状膿瘍,スリガラス状浸潤,前房蓄膿」の3所見が同時期に観察されることがよく知られている1,2).このうち,輪状膿瘍は緑膿菌の産生するエラスターゼと好中球とが反応する場所と報告されている3).スリガラス状浸潤は緑膿菌の内毒素であるLPS(リポ多糖)に対する反応として,角膜実質層間に沿って遊走してきた好中球の遊走とそれに伴う実質障害,さらには内皮障害や角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫とされている4).また,前房蓄膿は,フィブリンを多く含み流動性が乏しく,Behcet病でみられる好中球による前房蓄膿とは異なる性状を示すことが特徴である5,6).しかし,日常診療では,これらの代表的所見以外の臨床所見を含む緑膿菌角膜炎例にも遭遇する.たとえば,小円形の浸潤病巣や,棘状あるいはブラシ状とよばれる角膜潰瘍辺縁部にみられる針状の混濁または刷毛で掃いたような混濁(以下,ブラシ状)などが非代表的臨〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市中央区西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,Ph.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincyo,Chuo-ku,Kumamoto860-0027,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(121)255 床所見としてあげられる.また,逆に代表的臨床所見とされる輪状膿瘍や前房蓄膿がみられない場合もある.これらを踏まえて,今回,緑膿菌角膜炎と確定診断された症例において,臨床所見の出現頻度,発症から臨床所見出現までの日数(発症後日数),および患者背景の調査と相互関係について検討した.I対象および方法本研究は,日本大学医学部附属板橋病院および出田眼科病院における臨床研究審査委員会の承認を得たうえで施行した.1.対象対象は日本大学医学部附属板橋病院眼科,出田眼科病院において平成21年1月から平成23年12月までの約3年間に,角膜擦過物の細菌分離培養検査により確定診断した緑膿菌角膜炎32例33眼である.緑膿菌角膜炎の誘因は,32眼が何らかの種類のソフトコンタクトレンズ装用であり,1眼が外傷であった.2.方法緑膿菌角膜炎の臨床所見は,初診時に細隙灯顕微鏡検査により得られた所見について検討した.臨床所見は,代表的所見として「輪状膿瘍」「スリガラス状浸潤」および「輪状膿瘍」,潰瘍の形状として「小円形潰瘍」および「円形.不整形潰瘍」,その他の所見として「ブラシ状混濁」に分け,初診時における出現頻度を検討した.潰瘍は直径3mm未満のものを小円形,3mm以上のものを円形.不整形とした.また,自覚症状出現から初診日までの日数を発症後日数として検討した.3.統計学的解析各臨床所見の出現と有意に関係がある背景因子を選ぶために,年齢,性別,発症後日数との関係をロジスティック回帰解析で検討した.なお,年齢は,40歳未満と40歳以上,発症後日数は2日以内と3日以上との2値変数とした.p<0.05の危険率を有意として判定した.II結果1.代表症例a.代表症例128歳,男性.2週間頻回交換型ソフトコンタクトレンズ(以下,2W-FRSCL)を装用したまま就寝し,充血,疼痛を感じ,2日目に受診した.初診時の前眼部写真および所見を図1に示す.潰瘍の形状は小円形で,輪状膿瘍や前房蓄膿は認めず,局所的なスリガラス状浸潤がみられた.なお,ブラシ状混濁はなかった.b.代表症例215歳,男性.2W-FRSCL装用中に眼痛が出現.2日目に256あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(.)小円形ブラシ状混濁(.)スリガラス状浸潤(局所+)前房蓄膿(.)図1代表症例1の前眼部写真(28歳,男性)代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(.)不整形ブラシ状混濁(+)スリガラス状浸潤(局所+)前房蓄膿(.)図2代表症例2の前眼部写真(15歳,男性)矢印で示したブラシ状混濁を認める.受診した.初診時の前眼部写真および所見を図2に示す.潰瘍の形状は不整形で,輪状膿瘍がみられ,前房蓄膿はみられず,局所的なスリガラス状浸潤がみられた.病変周辺に棘状のブラシ状混濁がみられた.(122) (%)図4代表的所見およびブラシ状混濁の出現頻度の比較前房蓄膿ブラシ状混濁全体スリガラス状浸潤局所輪状混濁円型/不整形角膜潰瘍小円型0123456発症後日数(日)図5各臨床所見のみられた平均発症後日数スリガラス状浸潤(局所・全体)前房蓄膿輪状膿瘍12345(発症後日数)0ブラシ状混濁小円形潰瘍不整形潰瘍図6代表的所見の平均発症後日数からみたブラシ状混濁の出現時期見の平均発症後日数を時系列で示す.3.臨床所見出現の背景因子の検討輪状膿瘍を呈する所見の危険因子を検討したところ,発症後3日以上経過した症例に有意に多くみられた(p=0.007,オッズ比9.00).スリガラス状混濁は,有意差はないが,発症後3日以上経過した症例でやや多い傾向にあった(p=0.033).さらに,発症後3日以上の症例に限って,輪状膿瘍の出現頻度が高い因子を検討したところ,前房蓄膿がみられないこと(p=0.005),40歳未満であること(p=0.024),円形.不整形潰瘍がみられること(p=0.019)が有意な因子であった.また,ブラシ状混濁がない(p=0.050)傾向があったが,有意ではなかった.あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013257代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(+)不整形ブラシ状混濁(+)スリガラス状浸潤(全体+)前房蓄膿(.)図3代表症例3の前眼部写真(29歳,男性)矢印で示した大きなブラシ状混濁を認める.c.代表症例329歳,男性.1日使い捨てソフトコンタクトレンズを自己判断で3日間使用した後,眼痛を自覚し,3日目に受診した.初診時の前眼部所見は,不整形の潰瘍に輪状膿瘍と角膜全体にわたるスリガラス状浸潤を認めた.前房蓄膿はなかったが,ブラシ状混濁がみられた(図3).2.臨床所見の出現頻度および発症後日数今回,対象となった症例は,男性20例,女性12例,33眼,平均年齢は31.5歳(レンジ:16.86歳)であり,自覚症状出現から受診までの平均発症後日数は2.4日(レンジ:0.7日)であった.その内訳は0日2眼,1日4眼,2日14眼,3日10眼,4日0眼,5日,6日,7日はそれぞれ1眼ずつであった.臨床所見の出現頻度は,輪状膿瘍13眼(39.4%),角膜全体にわたるスリガラス状浸潤19眼(57.6%),局所的なスリガラス状浸潤は12眼(36.4%),前房蓄膿10眼(30.3%)で,一方,ブラシ状混濁は14眼(42.4%)でみられた.潰瘍の形状は小円形9眼(27.3%)および円形.不整形24眼(72.7%)であった.各代表的所見とブラシ状混濁の出現頻度の比較を図4に示した.各々の所見がみられた平均発症後日数は,小円形潰瘍1.7日,スリガラス状浸潤1.9日,ブラシ状混濁2.4日,円形.不整形潰瘍2.7日,前房蓄膿2.9日,輪状膿瘍3.4日であった.図5は各臨床所見の平均発症後日数を標準偏差とともに表わしたものである.また,図6にブラシ状混濁と各臨床所(123)020406080100輪状膿瘍スリガラス状混濁前房蓄膿ブラシ状混濁 つぎに,ブラシ状混濁を呈する所見の危険因子を検討したが,年齢・性別・輪状膿瘍・潰瘍の形状・スリガラス状浸潤・前房蓄膿のいずれの項目とも有意な関係はみられなかった.逆に,ブラシ状混濁を呈さない所見の危険因子としては,「発症後3日以上経過しており,男性であること」(p=0.047)があげられた.III考按今回の検討から,緑膿菌角膜炎は初診時にはいわゆる代表的所見を示さない症例が多く,特にブラシ状混濁は輪状膿瘍や前房蓄膿と同程度にみられ,注目すべき所見であることがわかった.ブラシ状混濁は,いくつかの論文ですでに指摘されている所見であり2,7.9),真菌でみられるhyphatelesionとの鑑別が必要な所見ではあるが,緑膿菌角膜炎でみられる特徴的な角膜浸潤病巣とされている.その本態は病巣辺縁の細胞浸潤あるいは実質細胞の反応などと推測されている.今回の検討により,その出現頻度が非常に高いものであることが確認され,今後注目すべき所見と考えられた.このブラシ状混濁の平均出現日数は,小円形潰瘍と円形.不整形潰瘍の平均出現日数の間であり,スリガラス状浸潤より遅く,前房蓄膿や輪状膿瘍より早い日数であった.症例数が限られており,それぞれの平均発症日数は僅差であることから断言はできないが,緑膿菌が定着して感染が成立した後,輪状混濁や前房蓄膿といった生体防御の免疫機構が著しくなる前にブラシ状混濁が出現する可能性がある.すなわち,病巣辺縁の菌の増殖とそれに対する細胞浸潤あるいは周辺実質細胞の反応という考えを支持する結果と考えられた.一方,輪状膿瘍や前房蓄膿は緑膿菌角膜炎の代表所見と認識されていながら,その出現頻度は意外と低いことが明らかとなった.緑膿菌角膜炎の臨床所見を検討し,分類を提唱した中島らも,初診時の所見としては輪状膿瘍よりも円形膿瘍のほうが多いことを指摘している2).平均受診日数が2.4日と比較的早期に受診する例が多く,一昔前と違ってMIC(最小発育阻止濃度)の低い広域抗菌薬の使用が容易であるため,最終像を呈する前に受診し,回復に向かった症例が多いと考えられる.したがって「輪状膿瘍,スリガラス状浸潤,前房蓄膿」の3つの代表所見が同時期にみられるのはあくまでも最終像であり,そのまま診断基準には該当しないと考えられ,臨床診断において注意が必要であることが示唆された.潰瘍の形状については,小円形が円形.不整形よりも早期に出現する傾向から,臨床所見が時間経過とともに一定の傾向で進行することが示唆された.近年,ソフトコンタクトレンズ装用患者において,ブドウ球菌による角膜炎に類似した小円形の緑膿菌角膜炎が指摘されており10),株による差,時間経過,患者自身の個体差,局所における酸素分圧の影響な258あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013どが考えられているが,今回の結果からは,感染成立後の早期の所見である可能性が示唆された.各検討項目のロジスティック回帰解析の結果からは,輪状膿瘍は発症3日以上が有意な危険因子であることが判明した.輪状膿瘍は緑膿菌の産生するエラスターゼと感染により角膜輪部から遊走する好中球が出会って反応することが本態と報告されている3).播種された菌量にもよるが,一般的な臨床症例において,感染成立後,輪状膿瘍を呈するに十分な免疫反応を惹起するためには,3日以上の日数が必要であることが示唆された.前房蓄膿に関しても,平均発症日数は3日弱であり,有意差はみられなかったが同様の経過と考えられた.さらに,輪状膿瘍は,前房蓄膿やブラシ状混濁を伴わない症例に多くみられる傾向にあった.ブラシ状に伸展していく菌に対して好中球が多量に浸潤して,輪状膿瘍を形成することでブラシ状所見をマスクした可能性や,輪状膿瘍により菌と免疫反応の均衡がとれ,前房の反応を生じなかった可能性が推測される.極早期の緑膿菌角膜炎では,輪状膿瘍や前房蓄膿は形成されず,加えて,緑膿菌の株によってエラスターゼの産生能は異なっており,輪状膿瘍が出現しない症例もあると考えられる.したがって,患者背景から緑膿菌角膜炎が疑われるが,輪状膿瘍や前房蓄膿がみられない症例においては,ブラシ状混濁を探すことが一つの診断補助になると考えられた.本検討においては,できるだけ個人による臨床所見の取り方に偏りがないように配慮して,角膜を専門とする医師3人で症例の所見を確認した.しかし,それでもなお,ブラシ状混濁の有無については,ややわかりにくい症例が存在し,今後も症例数を増やして検討することが必要であると考えられた.ブラシ状混濁の意義についても,モデルを用いた実験的検討や共焦点レーザー顕微鏡を用いた観察が必要である.緑膿菌角膜炎は,菌体そのものの活動性以外に,外毒素による炎症反応を強く惹起する.臨床所見を詳細に解析し,どのような病態であるかを推測することは,早期発見のみならず,再燃の危険なく消炎を図るための有用な情報と考えられた.本稿の要旨は第49回日本眼感染症学会で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)堀眞輔:コンタクトレンズ診療における感染性角膜炎の診断と眼科臨床検査.日コレ誌53:219-223,20112)伊豆野美帆,亀井裕子,松原正男:コンタクトレンズ装用者に発症した緑膿菌角膜潰瘍3例の検討.日コレ誌52:270-273,20103)IjiriY,MatsumotoK,KamataRetal:Suppressionof(124) polymorphonuclearleucocytechemotaxisbyPseudomonasaeruginosaelastaseinvitro:astudyofthemechanismsandthecorrelationwithringabscessinpseudomonalkeratitis.IntJExpPathol75:441-451,19944)VanHornDL,DavisSD,HyndiukRAetal:ExperimentalPseudomonaskeratitisintherabbit:bacteriologic,clinical,andmicroscopicobservations.InvestOphthalmolVisSci20:213-221,19815)後藤浩:【眼内炎症診療のこれから】診察前眼部.眼科プラクティス16,p24-29,文光堂,20076)杉田直:【眼感染症の謎を解く】臨床所見から推理する!前房蓄膿.眼科プラクティス28,p48-50,文光堂,20097)宇野敏彦:CLケア教室(第36回)CL装用者の角膜浸潤.日コレ誌52:285-287,20108)熊谷聡子,崎元丹,稲田紀子ほか:コンタクトレンズ関連角膜潰瘍の1例.眼科51:923-926,20099)中島基宏,稲田紀子,庄司純ほか:コンタクトレンズ装用者に発症した緑膿菌角膜炎23例の臨床所見の検討.眼科53:1029-1035,201110)細谷友雅,神野早苗,榊原智子ほか:コンタクトレンズ関連緑膿菌感染へのステロイド投与の影響.眼科54:173179,2012***(125)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013259

緑膿菌性角膜潰瘍におけるドリペネム水和物の使用経験

2011年2月28日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(113)267《原著》あたらしい眼科28(2):267.271,2011cはじめにコンタクトレンズ(CL)に関連した角膜感染症の原因微生物のなかで細菌性のものとしては緑膿菌による感染が最も多い1~3).緑膿菌性角膜潰瘍の治療ではニューキノロンおよびアミノグリコシドの局所投与が主体となるが,重症の角膜潰瘍では点眼を補う目的で点滴投与などの全身投与が行われている.しかし緑膿菌に対して優れた抗菌活性を有する抗菌薬はさほど多くはみられず,また抗菌力が強いとされるイミペネム/シラスタチン(IPM/CS)は副作用の点で第一選択薬とはなりがたい.そのような現状において2005年に発売され〔別刷請求先〕清水一弘:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:KazuhiroShimizu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsukicity,Osaka569-8686,JAPAN緑膿菌性角膜潰瘍におけるドリペネム水和物の使用経験清水一弘勝村浩三服部昌子山上高生向井規子池田恒彦大阪医科大学感覚器機能形態医学講座眼科学教室ClinicalExperiencewithDoripenemHydrateinPseudomonasaeruginosa-relatedCornealUlcerKazuhiroShimizu,KouzouKatsumura,MasakoHattori,TakaoYamagami,NorikoMukaiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollegeコンタクトレンズ(CL)関連角膜感染症の原因菌として緑膿菌が多いが,緑膿菌に対して活性を有する抗菌薬は少ない.緑膿菌性角膜潰瘍治療ではニューキノロンおよびアミノグリコシドの局所投与が主体となるが,点眼を補う目的で薬物動態-薬力学(PK-PD)理論に基づきドリペネム水和物(DRPM)1日3回投与を試みたので報告する.2008年5月から6カ月間に角膜潰瘍で治療を受けた34眼中,病巣より緑膿菌が検出され入院を要した5例5眼(25~43歳)に抗菌点眼液に加えDRPM250mgの1日3回投与を行った.全例で有害症状は認められなかった.DRPMは角膜潰瘍に適応症を有し,眼組織移行性も良好で緑膿菌に対する抗菌活性はカルバペネム系抗菌薬で最も強い.また,デヒドロペプチダーゼ-Iに安定なことからカルバペネム系抗菌薬でみられる腎障害が他薬剤に比べても少ない.緑膿菌感染に対し抗菌力が強く安全性も高いDRPMは眼科領域においても安全である.AlthoughPseudomonasaeruginosaisthemaincauseofcontactlens(CL)-relatedcornealinfection,fewdrugshaveantibacterialactivityagainstP.aeruginosa.AlthoughanewquinoloneoraminoglycosideantibioticislocallyappliedtotheeyesinthecurrentstandardtreatmentofPseudomonascornealulcer,wehaveattemptedathreetimes-daily(TID)regimenofdoripenemhydrate(DRPM),basedonpharmacokinetic-pharmacodynamic(PK-PD)theory,tosupplementtheeffectofanantibioticophthalmicsolution.Weherebyreportourstudyresults.Wetreated34eyeswithcornealulcerduring6monthsbeginningMay2008,anddetectedP.aeruginosainthelesionsin5eyesof5patients(age:25to43years),whorequiredhospitalization.WeadministeredDRPM250mgTIDtothe5patients,inadditiontoanantibioticophthalmicsolution.Theclinicalefficacyratewas100%,andnoneofthesepatientshadadversereactions.DRPMisindicatedforthetreatmentofcornealulcer,andamongthecarbapenemantibioticshasthemostpotentantibacterialactivityagainstP.aeruginosa,withgoodpenetrationfromthebloodstreamintooculartissues.Sinceitisstableagainstdehydropeptidase-I,itlessfrequentlyinducesrenalimpairment,whichisoftencausedbyothercarbapenemantibiotics.DRPM,withitspotentantibacterialactivityagainstP.aeruginosainfectionanditsgoodsafetyprofile,canbesafelyusedinthefieldofophthalmology.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(2):267.271,2011〕Keywords:緑膿菌,角膜潰瘍,カルバペネム系抗菌薬,コンタクトレンズ,ドリペネム水和物.Pseudomonasaeruginosa,corneaulcer,carbapenemantibiotics,contactlens,doripenemhydrate.268あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(114)たドリペネム水和物(DRPM)は他科感染症領域において緑膿菌に対して抗菌力のある薬剤と認知されている4)が,比較的新しい薬剤であるため眼科領域における報告は少ない.今回,緑膿菌性角膜潰瘍治療において,薬物動態-薬力学(pharmacokinetics/pharmacodynamics:PK/PD)理論に基づくDRPM水和物1日3回投与を行った5例を経験したので報告する.I対象および方法1.対象2008年5月から6カ月間に大阪医科大学眼科(以下,当院)で角膜潰瘍の治療を行った34眼中,病巣より緑膿菌が検出され,なおかつ入院を要した重症の5症例.対象症例の内訳は女性3名,男性2名,年齢は24~43歳,全員が2週間頻回交換型CL装用者であった(表1).CLケアに問題がある症例が多くみられた.〔症例1〕24歳,女性.両眼の違和感と右眼の視力低下で近医受診,その日のうちに当院紹介受診.右眼の角膜膿瘍と周囲のすりガラス状混濁,眼脂の付着など緑膿菌感染に特徴的な所見がみられた(図1).左眼にも充血がみられた.塗抹・培養・CL保存液のすべての検体から緑膿菌が検出された.CLのケース交換はしていなかったとのこと.右眼初診時視力5cm手動弁.一般血液検査で白血球11,670/μl,生化学検査でCRP(C反応性蛋白)1.83mg/dlと上昇.基礎疾患なし.〔症例2〕31歳,女性.右眼眼痛で近医受診,翌日に当院紹介受診.右眼の輪状膿瘍と前房蓄膿,粘性眼脂の付着がみられた.病巣およびCL保存液から緑膿菌検出.右眼視力(0.2).基礎疾患なし.一般血液検査および生化学検査異常なし.〔症例3〕43歳,女性.右眼眼痛で近医受診,2日目に当院紹介受診.右眼に輪状膿瘍とその周囲のすりガラス状混濁,前房蓄膿がみられた.病巣およびCL保存液から緑膿菌検出.CLは毎日洗浄するも丁寧に擦り洗いはしていなかったとのこと.右眼視力(0.03).一般血液検査で白血球11,420/μl,生化学検査でCRP0.75mg/dlと上昇.〔症例4〕33歳,男性.右眼眼痛,充血にて来院.CLの昼夜連続装用が多く,近医で角膜上皮障害を指摘されていた.右眼の角膜膿瘍と周囲のすりガラス状混濁がみられた.病巣およびCL保存液から緑膿菌検出.右眼視力(0.01).基礎疾患なし.一般血液検査および生化学検査異常なし.〔症例5〕27歳,男性.右眼眼痛で近医受診,翌日に紹介受診.右眼の輪状膿瘍とその周囲のすりガラス状混濁がみられた.視力は30cm手動弁.基礎疾患なし.一般血液検査および生化学検査異常なし.図1症例1の右眼前眼部写真角膜膿瘍と周囲のすりガラス状混濁がみられる.視力は5cm手動弁.10日間の点滴の追加治療にて白血球・CRPとも正常化し,視力は(0.2)で瘢痕治癒した.表1対象症例の内訳症例鏡検培養CLケースから検出治療前視力治療後視力所見治療期間1G(.)菌緑膿菌緑膿菌5cm手動弁(0.2)角膜膿瘍とすりガラス状混濁,白血球・CRP上昇27日間2G(.)菌G(+)菌緑膿菌Corynebacterium緑膿菌(0.2)(0.9)輪状膿瘍,前房蓄膿28日間3G(.)菌緑膿菌緑膿菌(0.03)(0.3)輪状膿瘍,前房蓄膿,白血球・CRP上昇,すりガラス状混濁40日間4G(.)菌G(+)菌緑膿菌Coryneformbacteria緑膿菌(0.01)(0.3)角膜膿瘍とすりガラス状混濁43日間5G(.)菌緑膿菌緑膿菌30cm手動弁(0.7)輪状膿瘍,すりガラス状混濁28日間G(+):Grampositive,G(.):Gramnegative.(115)あたらしい眼科Vol.28,No.2,20112692.方法初診日当日に細隙灯顕微鏡検査で角膜の輪状膿瘍とその周囲のすりガラス状混濁および粘性の眼脂など臨床的特徴から緑膿菌感染にほぼ間違いないと診断できた対象患者5症例に対し,塗抹・培養検査を施行後に入院のうえ,治療としてガチフロキサシン(GFLX)およびトブラマイシン(TOB)抗菌点眼液を1時間ごとに夜間就寝時を除いて頻回点眼した.さらに抗菌点眼液に加え初診日当日(入院日)よりDRPM250mgの1日3回点滴投与を行い安全性の検討を行った.DRPMの全身投与は症例1~5まで各々10日間,6日間,11日間,8日間,6日間,平均8.2日間行った.全例で初診時に病巣から採取した検体の塗抹・培養検査および薬剤感受性試験を行った.薬剤感受性試験は広域スペクトル型ペニシリンのアンピシリン(ABPC)とピペラシリン(PIPC),第1世代セフェム系のセファゾリン(CEZ),第3世代セフェム系のセフォタキシム(CTX),セフタジジム(CAZ),カルバペネム系のIPM,メロペネム(MEPM),DRPM,アミノグリコシド系のゲンタマイシン(GM),アミカシン(AMK),TOB,フルオロキノロン系のレボフロキサシン(LFLX),GFLX,テトラサイクリン系のミノサイクリン(MINO)の14薬剤について行った.点滴開始前に一般血液検査および生化学検査を施行し,必要に応じて追跡調査した.II結果症例1~5は各々入院期間19日間,8日間,25日間,10日間,7日間,平均13.8日間.瘢痕治癒まで各々27日間,28日間,40日間,43日間,28日間,平均33.2日間を要した.5症例のなかで最も治療期間が長かった症例3においてはDRPM投与前の一般血液検査で白血球11,420/μl,生化学検査でCRP0.75mg/dlと上昇していたが,DRPM投与5日後には白血球8,300/μl,生化学検査でCRP0.45mg/dlと改善傾向がみられ,14日後には白血球7,530/μl,生化学検査でCRP0.11mg/dlと白血球数およびCRP値とも正常化した.DRPM投与中には全例でアレルギー反応など全身的副作用は生じなかった.視力に関して各症例の初診時と治療後の瘢痕治癒時の矯正視力の経過をみたところ,各々,症例1は5cm手動弁→(0.2),症例2は(0.3)→(0.9),症例3は(0.03)→(0.3),症例4は0.01(矯正不能)→(0.3),症例5は30cm手動弁→(0.7)と全例改善傾向を示した.薬剤感受性試験の結果,全例ともカルバペネム系のDRPM,IPM/CS,MEPM,アミノグリコシド系のGM,TOB,ニューキノロン系のLFLX,GFLXなどの感受性が高かった.点眼液との併用で全例で瘢痕治癒に持ち込めた.III考按CL関連角膜感染症の多くはCLケアに問題があるといわれている5)が,なかでも緑膿菌性角膜感染症は点眼液のみで透明治癒する軽症例から角膜に瘢痕が残存したり,なかには角膜穿孔に至る重症例まで存在する.緑膿菌性角膜潰瘍にはアミノグリコシドの局所投与が有効であるが,角膜混濁などによる著しい視力低下などの後遺症の発現が予想される重症例においては入院による点滴治療が望ましいと考えられる.現状でも多くの施設で重症の角膜潰瘍に対しては抗菌薬の点滴治療を施行されているが,点滴をせずに視力障害が残った場合,十分な治療を行わなかったと判断される可能性もある6).頻回点眼のほうが角膜内濃度の上昇に有効であるが,夜間は点眼は困難となるため,それを補うため点滴を行うことは妥当であったと考えられる.このような現状において多種存在する抗菌薬のなかから全身投与を行うとすれば何が適当か検討する必要があると考えた.今回はDRPMの眼科領域での使用に問題が生じないかの判定を主眼としたため症例を限定し,①角膜潰瘍の病巣部より緑膿菌が検出された,②基礎疾患など全身的には問題のない症例,③ニューキノロン(GFLX)およびアミノグリコシド系(TOB)抗菌点眼液を各1剤投与されている以外に点眼液を使用されていない症例を対象とした.緑膿菌性角膜潰瘍におけるニューキノロンおよびアミノグリコシドの抗菌点眼液の頻回点眼は,治療としてゴールデンスタンダードとなっている7)ため,すでに投与されている場合は継続投与とした.視力に関しては全例で角膜潰瘍は消失するも角膜上皮下および実質層に角膜混濁が残存し,瘢痕治癒に至ったため矯正視力(1.0)以上を獲得することはできなかったが,5症例とも初診時より改善した.5cm手動弁~(0.2)であった5症例の治療前視力が治療後は(0.2)~(0.9)となり,5症例すべてで改善した.治療前視力のよかったほうが治療後の視力がよい傾向にあった.教科書などにも緑膿菌性角膜潰瘍の治療に関して推奨される薬剤の処方例が掲載されているが,点滴に関しては特に統一性はなく医師の経験に基づいて投与されていることが多いようである.このような現状において抗菌薬の全身投与を行うなら適応症と適応菌種を考慮して投与することが望ましいと思われた.角膜潰瘍を適応症として取得しているおもだった注射用抗菌薬にはカルバペネム系のIPM/CS,DRPM,セフェム系の塩酸セフォゾプラン(CZOP),セフトリアキソンナトリウム(CTRX),モノバクタム系のアズトレオナム(AZT)などがあり,よく使用されているセフェム系のCAZは緑膿菌を適応菌種として認められているが,角膜潰瘍の適応症は認められていない.そのなかで緑膿菌にも適応菌種を持ち合わせて270あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011(116)いるのはIPM/CS,DRPM,CZOPだけである(表2).近年抗菌薬の臨床効果と相関を示すPK/PD理論に基づく投与法が推奨されており,カルバペネム系抗菌薬の臨床効果は原因菌の最小発育阻止濃度(minimalinhibitoryconcentration:MIC)を血中濃度が上回る時間すなわちtimeaboveMIC(%)を40%以上獲得することで最大殺菌作用が得られるといわれている8)(図2).キノロンなどは濃度依存性に効果を発揮するが,カルバペネム系は時間依存的に殺菌効果がある(表3).特に抗菌力が強いとされているIPM/CS,DRPMが入るカルバペネム系は時間依存的に殺菌作用があることから2回投与よりも3回投与にして投与間隔を短くすることでより高い臨床効果が期待できるとされている9).DRPMのデヒドロペプチダーゼ-I(DHP-I)に対する代謝安定性に関しては,IPM/CSは腎臓に多く存在するDHP-Ⅰという酵素により速やかに分解されてしまうが,DRPMは90分後で20%しか分解されず安定性が高くなっている10)(図3).DHP-Iによって生じた分解産物により腎毒性が生じるといわれている11)ためで,DHP-Iに安定なDRPMはカルバペネム系抗菌薬のなかでも腎障害が少ないのも特長である.大阪医科大学眼科の緑膿菌31株に対するおもだった薬剤のMICを比較した結果において,全例で瘢痕治癒に持ち込めたことより点眼も含めた抗菌薬の臨床効果における有効率は高いと考えられる.今回の症例の薬剤感受性試験の結果もアミノグリコシド系のGM,TOB,ニューキノロン系のLFLX,GFLXは良好で,緑膿菌に対する薬剤感受性は従来いわれているのと同様の結果を得た.さらに注射薬ではIPM/CS,MEPM,DRPMの感受性が良好で,カルバペネム系の緑膿菌に対する抗菌力の強さが改めて示された.症例1と3においては点滴施行前に角膜潰瘍に伴った炎症によると思われる白血球数上昇とCRP高値がみられたが,点滴施行によっても悪化することはなく,消炎とともに数値の改善がみられたことより肝臓,腎臓機能を含めた全身への影響は少ないと考えられた.また,DRPM投与中にアレルギー反応など全例で全身的な副作用は生じなかった.対象症例が角膜潰瘍を患っているものの基礎疾患がなく高齢者のいない群であることも考慮する必要があるが,CL関連角膜潰瘍罹患者層の背景はおおむね同じ年代の健康者と考えられるため,この一群の疾患に使用するなら安全と考えてよいと思われる.DRPMは緑膿菌に最も優れた抗菌力を示し,眼科領域にも適応症が取れており,組織移行が良く12),腎毒性が少ない時間血中濃度Cmax(最高血中濃度)MICTimeaboveMICTAM)Cmax/MICAUCAUC/MIC(血中濃度時間曲線下面積)(MIC以上の持続時間)(CmaxとMICの比)(AUCとMICの比)図2PK.PDパラメータ1008060402000306090反応時間(min):DRPM:MEPM:IPM残存率(%)図3ヒト腎由来DHP.Iに対する代謝安定性(invitro)加水分解活性:0.500U/ml(GDPA基質).表3抗菌薬の効果と相関するPK.PDパラメータ抗菌薬臨床効果と関連が強いPK/PDパラメータ抗菌活性の特徴キノロン系薬ケトライド系薬アミノグリコシド系薬AUC/MICCmax/MIC濃度依存性の殺菌作用ペニシリン系薬セフェム系薬カルバペネム系薬TimeaboveMIC(TAM)時間依存性の殺菌作用表2注射用抗生物質製剤の適応症と適応菌種薬剤名角膜潰瘍緑膿菌PIPC.+CPR.+CZOP++CFPM.+SBT/CPZ.+IPM++MEPM.+PAPM.+BIPM.+DRPM+++:適応症+:適応菌(117)あたらしい眼科Vol.28,No.2,2011271ことが特長と思われる.今回はニューキノロンおよびアミノグリコシドの局所投与や他の点滴薬剤との比較検討を行ったわけではないので明らかな有効性は論じられないが,健康人に投与する限り重大な合併症をひき起こす可能性は少ないものと思われる.対象症例が10~40歳代のCLユーザー層であったため,より高齢者にDRPMが安全かどうかはさらなる検討が必要と思われる.以上のことより緑膿菌感染に対して抗菌力が強く,比較的安全性も高いため緑膿菌性角膜潰瘍の重症例に点滴を行うとすればDRPMも選択肢の一つと考えられた.本論文の要旨は第46回日本眼感染症学会にて発表した.文献1)秦野寛:コンタクトレンズと細菌感染.日コレ誌38:122-124,19962)中村行宏,松本光希,池間宏介ほか:NTT西日本九州病院における感染性角膜炎.あたらしい眼科26:395-398,20093)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症の実態と疫学.日本の眼科80:693-698,20094)吉田勇,藤村享滋,伊藤喜久ほか:各種抗菌薬に対する2004年臨床分離好気性グラム陰性菌の感受性サーベイランス.日化療会誌56:562-579,20085)宇野俊彦:コンタクトレンズケア.日本の眼科80:699-702,20096)深谷翼:判例にみる眼科医療過誤(その2)細菌性(緑膿菌性)角膜潰瘍と医師の治療上の過失.眼臨80:2430-2433,19867)井上幸次,日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:769-809,20078)DrusanoGL:Preventionofresistance:agoalfordoseselectionforantimicrobialagents.ClinInfectDis36:42-50,20039)CraigWA:Pharmacokinetic/pharmacodynamicparameters:rationaleforantibacterialdosingofmiceandmen.ClinInfectDis26:1-10,199810)山野佳則,川井悠唯,湯通堂隆ほか:Doripenemのヒトdehydropeptidase-Iに対する安定性.日化学療会誌53:92-95,200511)灘井雅行,長谷川高明:腎における薬物の排泄機構.医学のあゆみ215:495-500,200512)大石正夫,宮永嘉隆,大野重昭ほか:Doripenemの眼組織移行性と眼科領域感染症に対する臨床効果.日化療会誌53:313-322,2005***

鳥取大学における若年者の角膜感染症の現状

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(91)8150910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(6):815819,2009cはじめに近年,角膜感染症の若年化が問題となっており,2003年に行われた感染性角膜炎の全国サーベイランス1)においても,年齢分布は二峰性を示し,60歳代以外に20歳代にもピークを生じていた.さらに,若年層ではコンタクトレンズ(CL)使用中の感染が9割以上を占め,わが国の感染性角膜炎の発症の低年齢化の大きな原因として,CLの使用がある1,2).この10数年間に,使い捨てソフトCL(DSCL)や頻回交換ソフトCL(FRSCL)の登場により,装用者は急激に増加し,CLの使用状況は大きく変わっている.約1,500万人を超えるといわれるCL装用者がいるなか,近年,CL使用の低年齢化が起こり,10歳代,20歳代の若者の使用が増〔別刷請求先〕池田欣史:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:YoshifumiIkeda,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN鳥取大学における若年者の角膜感染症の現状池田欣史稲田耕大前田郁世大谷史江清水好恵唐下千寿石倉涼子宮大井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学CurrentStatusofInfectiousKeratitisinStudentsatTottoriUniversityYoshifumiIkeda,KohdaiInata,IkuyoMaeda,FumieOtani,YoshieShimizu,ChizuToge,RyokoIshikura,DaiMiyazakiandYoshitsuguInoueDivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity近年,角膜感染症の若年化が問題となっており,重症例が増加している.今回,当院での若年者の角膜感染症の現状を報告する.2004年1月2008年2月に入院加療した角膜感染症患者のうち,発症年齢が30歳未満であった13例14眼を対象に,コンタクトレンズ(CL)使用状況・治療前後の視力・起炎菌について検討した.発症年齢1428歳.男性5例5眼,女性8例9眼.11例で頻回交換ソフトCL,1例でハードCLを使用していた.初診時視力が0.5以下は9例10眼,0.1以下は6例7眼であった.治療後の最高視力は比較的良好であったが,0.04にとどまった例が1例,治療的角膜移植施行例が1例あった.推定起炎菌はアカントアメーバ4眼,細菌10眼であり,分離培養で確認されたものは緑膿菌2眼,黄色ブドウ球菌2眼,セラチア1眼,コリネバクテリウム1眼であった.若年者角膜感染症でも特に重症例が増加しており,早期の的確な診断・治療の重要性とともにCL装用における感染予防策の必要性が示唆された.WereportthecurrentstatusofinfectiouskeratitisinstudentsatTottoriUniversity.Wereviewedtherecordsof14eyesof13patientsbelow30yearsofageamongthosetreatedforinfectiouskeratitisatTottoriUniversityHospitalfromJanuary2004toFebruary2008.Patientswereevaluatedastomethodofcontactlensuse,visualacuitybeforeandaftertreatmentandmicrobiologicaletiology.Theagedistributionrangedfrom14to28years.Ofthe13patients,11usedfrequent-replacementsoftcontactlensesand1usedhardcontactlenses.Atinitialvisit,thevisualacuityof10eyes(9patients)waslessthan20/40,andthatof7eyes(6patients)waslessthan20/200.Bettervisualacuitywasnotedaftertreatmentinallbut2cases,1ofwhichhadpoorvisualacuity,theotherhav-ingreceivedpenetratingkeratoplasty.ThepresumedcausativeagentswereAcanthamoebaspeciesin4eyesandbacteriain10eyes.SomeofthesewereprovenbyculturingtobePseudomonasaeruginosa(2eyes),Staphylococ-cusaureus(2eyes),Serratiamarcescens(1eye)andCorynebacterium(1eye).Reportsofyoungercasesofcontactlens-relatedsevereinfectiouskeratitishavebeenontheincrease.Theimportanceofearlyproperdiagnosisandtreatmentisindicated,asistheneedforstrategyinpreventingcontactlens-relatedinfectiouskeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):815819,2009〕Keywords:角膜感染症,若年者,アカントアメーバ,緑膿菌,コンタクトレンズ.infectiouskeratitis,younggeneration,Acanthamoeba,Pseudomonasaeruginosa,contactlens.———————————————————————-Page2816あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(92)加している.今後ますます若年者のCL原因の感染性角膜炎が増加すると予想される.啓発活動も含めた意味で,今回筆者らは,鳥取大学における角膜感染症のうち,特に30歳未満の若年者を対象に,CLの使用状況・起炎菌・初診時視力・治療後視力などについて検討し,予防策について考察したので報告する.I対象および方法対象は,鳥取大学医学部附属病院眼科において2004年1月から2008年2月までの約4年間に,入院加療を要した角膜感染症117症例(ヘルペス感染を含む)のうち,30歳未満の13例14眼(男性5例5眼,女性8例9眼)である.117症例に対する若年者の割合と若年者全例の年齢・性別・発症から当院紹介までの日数・初診時視力・治療後最高視力・起炎菌・前医での治療の有無・ステロイド使用歴の有無・CLの種類や使用状況についての検討を行った.II結果角膜感染症117症例全体の若年者の年代別の割合を図1に示す.2004年は5.9%,2005年は0%,2006年は9.5%と低かったが,2007年には21.4%と上昇し,2008年には1月,2月のみで,42.9%と高かった.なお,30歳未満13例表1全症例(13例14眼)の内訳症例年齢(歳)性別患眼発症から当院初診までの日数起炎菌初診時視力治療後最高視力前医での治療114女右42アカントアメーバ0.81.2あり(ステロイド)217女右4細菌0.81.2なし322男右11細菌0.091.0なし注1415女左3セラチア0.91.2あり528女右14アカントアメーバ0.21.0あり(ステロイド)621男左22アカントアメーバ0.41.5あり719男左2緑膿菌0.51.0あり(ステロイド)816女左3細菌手動弁/30cm0.9あり928男左3細菌1.21.5なし1024女右4黄色ブドウ球菌0.030.9なし24女左4黄色ブドウ球菌0.011.2なし1118女左33アカントアメーバ指数弁/15cm1.2注2あり(ステロイド)1216女左4緑膿菌手動弁/10cm0.04あり1323男左2コリネバクテリウム0.030.6なし注1:知的障害およびアレルギーあり.注2:治療的全層角膜移植術施行後の視力.症例CLの種類CL誤使用の有無1FRSCL(1M)無2FRSCL(2W)有(就寝時装用)3なし4FRSCL(2W)無5FRSCL(2W)無6FRSCL(2W)無7FRSCL(1M)有(使用期限超え,消毒不適切)8FRSCL(1M)有(連続装用,消毒不適切)9FRSCL(2W)有(連続装用,消毒不適切)10HCL有(消毒不適切)HCL有(消毒不適切)11FRSCL(1M)有(消毒不適切)12FRSCL(1M)有(就寝時装用,消毒不適切)13FRSCL(2W)有(連続装用,消毒不適切)05101520253035402004年2005年2006年2007年2008年(12月):30歳以上:30歳未満2/34(5.9)0/27(0)2/21(9.5)6/28(21.4)3/7(42.9)症例数(人)図1鳥取大学における角膜感染症の若年者の割合の推移(13/117症例)上段の数値は年別の若年者数/全症例数(若年者の割合)を示す.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009817(93)14眼の内訳(表1)は,男性5例5眼,女性8例9眼で,発症年齢は1428歳(平均20±5歳)であり,10歳代が7例と半数近くを占めていた.初診時矯正視力は0.5以下が9例10眼で,0.1以下が6例7眼と重症例が目立った.治療後最高視力は0.6以上が11例12眼で,1.0以上が9例9眼と比較的良好であった.しかし,最終的に1例は治療的角膜移植術を行い,1例は最終視力0.04と視力不良であった.症例3は知的障害とアレルギー性結膜炎があり,角膜潰瘍を生じた例で,それ以外は,全例CL使用者で,11例にFRSCL,1例にハードCL(HCL)の装用を認めた.なお,CLの洗浄,擦り洗い,CLケースの定期交換などの適切な消毒を行っていない症例や,CLの使用期限を守らない,就寝時装用,連続装用など不適切なCL装用状況が8例9眼で認められた.推定起炎菌は細菌が10眼,アカントアメーバが4眼で,細菌10眼のうち6眼が分離培養できたが,アカントアメーバは分離培養できておらず,検鏡にて確認した.HCL使用の1例2眼で黄色ブドウ球菌が検出され,FRSCLでは緑膿菌が2眼,セラチアとコリネバクテリウムが1眼ずつ検出された.なお,セラチアは主要な細菌性角膜炎の起炎菌であり1),病巣部より分離培養できたことから起炎菌と判断した.コリネバクテリウムは結膜の常在菌であり,角膜での起炎性は低いが,この例では病巣部よりグラム陽性桿菌を多量に認め,分離培養結果も一致し,好中球の貪食像も認められたため起炎菌とした.また,発症から当院へ紹介されるまでの日数は平均11日であるが,アカントアメーバ角膜炎は平均28日と約1カ月かかっていた.さらに,前医で治療を受けた8例中半数の4例にステロイドの局所または全身投与がなされており,そのうち,3例がアカントアメーバであった.ここで重症例の症例11と12の経過を報告する.〔症例11〕18歳,女性.現病歴:平成19年12月7日左眼眼痛と充血を主訴に近医を受診し,角膜上皮障害にてSCL装用を中止し,抗菌薬,図3症例11:左眼前眼部写真(平成20年1月22日)ステロイド中止後に角膜混濁は悪化した.図5症例11:ホスト角膜の切片(ファンギフローラYR染色)ホスト角膜にアカントアメーバシスト(矢印)が散在した.図2症例11:初診時左眼前眼部写真(平成20年1月8日)角膜中央に円形の角膜浸潤と毛様充血を認め,角膜擦過物よりアカントアメーバシストを認めた.VS=15cm/指数弁.図4症例11:左眼前眼部写真(平成20年3月12日)2月26日に治療的全層角膜移植術を施行した.VS=(1.0).———————————————————————-Page4818あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(94)角膜保護薬の点眼にて経過観察されていた.12月26日に,角膜後面沈着物が出現し,ヘルペス性角膜炎と診断され,ステロイド点眼・内服を追加されるも,改善しないため,平成20年1月7日に鳥取大学医学部附属病院眼科を紹介となった.なお,CLは1日15時間以上使用し,CLの消毒はマルチパーパスソリューション(multi-purposesolution:MPS)を使用し,週に23回しか消毒しておらず,CLケースもほとんど交換していなかった.初診時所見:左眼視力は15cm指数弁で,角膜中央に円形で境界不明瞭な角膜浸潤と角膜浮腫および上皮欠損を生じており,特に下方では潰瘍となっていた(図2).治療:角膜擦過物のファンギフローラYR染色にてアカントアメーバシストが確認されたため,アカントアメーバ角膜炎との診断で,ステロイド中止のうえ,角膜掻爬に加え,イトラコナゾール内服,0.02%クロルヘキシジン・フルコナゾール・1%ボリコナゾール点眼,オフロキサシン眼軟膏の三者併用療法を開始した.ステロイド中止後,角膜混濁は悪化し(図3),ピマリシン点眼に変更するも,治療に反応せず,角膜混濁もさらに悪化したため,平成20年2月26日に治療的全層角膜移植術を施行した(図4).術後,再発を認めず,矯正視力1.2と安定した.なお,角膜移植時に切除したホスト角膜片の病理検査でのファンギフローラYR染色にてアカントアメーバシストが認められた(図5).〔症例12〕16歳,女性.現病歴:平成20年2月7日からの左眼眼痛にて翌日近医を受診し,角膜上皮離の診断にて点眼加療された.2月9日角膜混濁が出現し,抗菌薬の点眼・内服を追加されるも改善せず,2月10日に,角膜潰瘍と前房蓄膿が出現したため,同日,鳥取大学医学部附属病院眼科を紹介となった.なお,CLは1日16時間以上使用し,毎日MPSにて消毒はしていたが,擦り洗いは週に1回程度であり,ときどき装用して就寝することもあった.初診時所見:左眼視力は10cm手動弁で,角膜中央に輪状膿瘍,角膜潰瘍を認め,さらに,前房蓄膿を伴っていた(図6).治療:急速な進行と臨床所見から,緑膿菌感染と判断し,イミペネムの点滴,ミクロノマイシン点眼,オフロキサシン眼軟膏にて治療を開始した.角膜擦過物の塗抹鏡検にてグラム陰性桿菌を認め,後日培養にて緑膿菌を検出した.治療にはよく反応し,翌日には前房蓄膿は消失し,角膜潰瘍は徐々に軽快した.しかし,最終的に角膜中央に混濁を残して治癒し(図7),最終視力は0.04と良好な視力を得られなかった.III考按2003年の角膜サーベイランス1)での年齢分布のグラフにおけるCL非使用の感染性角膜炎の年齢分布は,1972年から1992年にかけての報告を集計した金井らの論文にみられる60歳代にピークをもつ感染性角膜炎の年齢分布2)とあまり変わっていない.このことから,使用しやすいSCL(DSCL,FRSCL)の登場により,CL使用者(おもに若年者)が急激に増加し,その安易な使用によって,CL使用者の感染性角膜炎が上乗せされた形となり,10歳代,20歳代にもう1つのピークが生じたとみてとれる.さらに,10歳代の感染はほぼ100%CL関連であり,20歳代もCL使用が89.8%であったと報告されている.しかも,20歳代の割合が60歳代を上回る状況となっている1,3).20歳代のCL関連の感染の増加はCL使用割合がその年代に多いためと推察されるが,10年後,20年後には,これがさらに上の年代へと拡大していく危険性をはらんでいる.今回,筆者らは30歳未満の若年者を対象にデータ解析を行ったが,CL関連が92.3%であり,レンズの不適切な使用によると思われる感染が大半を占めていた.若年者の失明は以後のQOL(qualityoflife)を大きく損なうため,早期発見と適切な早期治療が必須である.図6症例12:初診時左眼前眼部写真(平成20年2月10日)角膜中央に輪状膿瘍と前房蓄膿を認めた.VS=10cm/手動弁.図7症例12:左眼前眼部写真(平成20年3月11日)最終的に角膜中央に混濁を残して治癒した.VS=0.04(n.c.).———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009819(95)今回の4例のアカントアメーバ角膜炎では,症状発生から適切な治療までに2週間から約1カ月半が経過しており,そのうち3例はヘルペス感染との診断にて,ステロイド加療がされており,最終的に1例に治療的角膜移植術を施行した.そのため,眼科医の早期の適切な診断と治療が重要となってくる.CL装用者の場合には,ヘルペスと思われる上皮・実質病変が存在しても,ヘルペスよりもアカントアメーバの感染をまず念頭に置き,前房内炎症が生じていても,ステロイド投与の開始については慎重に考慮する必要がある.また,SCL装用による両眼性アカントアメーバ角膜炎も報告46)されており,診断,治療が困難な場合には,早急に角膜疾患の専門家のいる病院へ紹介することが重要である.一方,細菌感染の場合は,アメーバと異なり進行が速いため,症状発生から紹介までは約4日と短く,抗菌薬頻回点眼・点滴を含めた早期治療が大切となる.細菌性角膜感染炎ではアカントアメーバ角膜炎よりも診断が容易であるが,緑膿菌では進行が速く,重症化するため,症例12のように治癒しても社会的失明の状態となる.若年者の角膜感染による失明を防止するには,CL関連感染角膜感染症の存在とその予防策について,若年のCL装用者に十分知識をもってもらうことが重要である.さらに,CLケースの洗浄や交換が行われていなかった例や,インターネットにて購入した例もあり,眼科専門医の適切な指導のもと,CLの処方のみならず,洗浄液も処方箋による販売が行われる体制が望ましいのではないかと思われる.現にシリコーンハイドロゲルレンズにおいて,洗浄液との相性があわず,上皮障害をひき起こす場合もあり79).眼科医がしっかりとCL装用者のCL使用状況を把握するうえでも,CLと洗浄液とを同時に眼科医が処方できるようにすべきではないかと考える.今回の症例に使用されたSCLはすべてFRSCLであり,適切に使用した症例でも,感染をひき起こしていることを考慮すると,感染予防という点では,現行のMPSでは限界があり,煮沸消毒に及ばないと考えられる10).また,適切に使用すれば外部からの細菌の持ち込みがないという点において,DSCLへの変更も留意する必要がある.一番の問題点はCL使用者がCLの利便性のみにとらわれ,CLの危険性に関して無知であることである.これは,各CLメーカーの宣伝の影響が大きいと考える.SCLのパンフレットには注意事項は裏面に小さな字で記載されているのみで,内容も「調子よく使用し,異常がなくても,定期検査は必ず受けてください」・「少しでも異常を感じたら,装用を中止し,すぐに眼科医の診察を受けてください」といった,当たり障りのない文句が書かれている.適切な使用を怠ると,感染性角膜炎になり,失明する可能性があることを説明し,実際の感染性角膜炎の写真を掲載するなどして,視覚的に訴えていく必要がある.タバコの外箱に記載されている肺癌の危険性と同様に,常時手にとるCLのパッケージへも失明の可能性ありとの記載があると,CL装用者への啓発となると考える.今後も,若年性CL関連角膜感染症は増加していくと推察されるため,CL装用指導と角膜感染症発症についてのCL装用者への啓発の重要性を改めて認識する必要性がある.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20062)金井淳,井川誠一郎:我が国のコンタクトレンズ装用による角膜感染症.日コレ誌40:1-6,19983)宇野敏彦:コンタクトレンズの角膜感染症予防法.あたらしい眼科25:955-960,20084)WilhelmusKR,JonesDB,MatobaAYetal:Bilateralacanthamoebakeratitis.AmJOphthalmol145:193-197,20085)VoyatzisG,McElvanneyA:Bilateralacanthamoebakera-titisinanexperiencedtwo-weeklydisposablecontactlenswearer.EyeContactLens33:201-202,20076)武藤哲也,石橋康久:両眼性アカントアメーバ角膜炎の3例.日眼会誌104:746-750,20007)JonesL,MacdougallN,SorbaraLG:Stainingwithsili-cone-hydrogelcontactlens.OptomVisSci79:753-761,20028)植田喜一,稲垣恭子,柳井亮二:化学消毒剤による角膜ステイニングの発生.日コレ誌49:187-191,20079)工藤昌之,糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと消毒剤との相性.あたらしい眼科22:1349-1355,200510)白石敦:マルチパーパスソリューション(MPS)の現況および問題点.日本の眼科79:727-732,2008***