‘線維柱帯切開’ タグのついている投稿

眼内レンズ強膜内固定術後に眼圧上昇をきたし,線維柱帯切開術が奏効した2例

2024年8月31日 土曜日

《第34回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科41(8):1008.1011,2024c眼内レンズ強膜内固定術後に眼圧上昇をきたし,線維柱帯切開術が奏効した2例黒川友貴野村英一植木琴美西勝生岡田浩幸黒木翼井口聡一郎石井麻衣水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室CTwoCasesofTrabeculotomyforHighIntraocularPressureafterIntrascleralIOLFixationYukiKurokawa,EiichiNomura,KotomiUeki,KatsukiNishi,HiroyukiOkada,TsubasaKuroki,SoichiroInokuchi,MaiIshiiandNobuhisaMizukiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicineC緒言:眼内レンズ(intraocularlens:IOL)強膜内固定術後に眼圧上昇をきたし,低侵襲緑内障手術(MIGS)が奏効したC2例を経験したので報告する.症例:症例C1はC45歳,男性.2005年に右白内障手術を施行後,2018年に右眼IOL亜脱臼に対し強膜内固定術を施行された.2020年C12月に右眼の視力低下と眼圧上昇を認め横浜市立大学附属病院眼科を紹介受診した.当院受診時は右眼眼圧C40CmmHgであり,逆瞳孔ブロックの所見は認めず,右眼の隅角には強い色素沈着を認めた.眼内法による線維柱帯切開術を施行され,術後眼圧はC10CmmHg台で経過した.症例C2はC48歳,男性.2019年に右白内障手術を施行され,2022年C3月に右眼CIOL落下に対し強膜内固定術を施行された.同年C4月に右眼痛を主訴に当院に救急搬送され,右眼眼圧はC72CmmHgと著しく高値であった.アセタゾラミド内服下でも右眼眼圧はC41CmmHgであり,逆瞳孔ブロックの所見は認めず,隅角には強い色素沈着を認めた.眼内法による線維柱帯切開術を施行され,術後眼圧はC10CmmHg台で経過した.結語:IOL強膜内固定術後の合併症として眼圧上昇に留意する必要があり,眼内法による線維柱帯切開術が有用な治療法と考えられた.CPurpose:Toreporttwocasesinwhichminimallyinvasiveglaucomasurgery(MIGS)wassuccessfulfortreat-ingCelevatedCintraocularpressure(IOP)afterCintrascleralCintraocularlens(IOL).xation.CCase1:AC45-year-oldCmalewhohadundergoneintrascleralIOL.xationin2018wassubsequentlyreferredtoourhospitalin2020duetodecreasedvisualacuityandelevatedIOPinhisrighteye.Uponexamination,theright-eyeIOPwas40CmmHgandthickCpigmentationCwasCobservedCinCtheCangle.CTrabeculotomyCwasCperformed,CandCIOPCdecreasedCandChasCremainedat10CmmHgpostsurgery.Case2:A48-year-oldmalewhohadundergoneintrascleralIOL.xationinMarch2022,subsequentlypresentedatourhospital1monthlaterduetopaininhisrighteye.Uponexamination,theCright-eyeCIOPCwasC41CmmHgCandCthickCpigmentationCwasCobservedCinCtheCangle.CTrabeculotomyCwasCper-formed,andIOPdecreasedandhasremainedat10CmmHgpostsurgery.Conclusion:Our.ndingsshowwhenele-vatedIOPoccursasacomplicationafterintrascleralIOL.xation,itcane.ectivelybetreatedbyMIGS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(8):1008.1011,C2024〕Keywords:眼内レンズ強膜内固定術,眼圧上昇,低侵襲緑内障手術,線維柱帯切開術.intrascleralCIOLC.xation,highintraocularpressure,microinvasiveglaucomasurgery(MIGS),trabeculotomy.Cはじめに場し,IOL二次挿入術として選択される機会は増えている白内障手術件数の増加に伴い,Zinn小帯脆弱例や術後のが,その長期経過についてはいまだ不明な点も多い.IOL偏位・脱臼を認める患者へ対応する機会は増えている.今回筆者らはCIOL強膜内固定術後に眼圧上昇をきたし,縫合操作を必要としない術式としてCIOL強膜内固定術が登眼内法による線維柱帯切開術が奏効したC2例を経験したので〔別刷請求先〕黒川友貴:〒236-0004横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YukiKurokawa,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPANC1008(136)図1症例1:右眼の前眼部OCT所見前房深度はC3.4Cmmであり,逆瞳孔ブロックは認めなかった.報告する.CI症例〔症例1〕45歳,男性.2005年に右眼の白内障手術を施行され,2016年より右眼緑内障の診断で近医にて加療を開始された.2018年に右眼IOL亜脱臼に対しフランジ法によるCIOL強膜内固定術が施行され,ラタノプロスト,ブリモニジン酒石酸塩点眼にて右眼眼圧はC10CmmHg台後半で経過していた.2020年C6月の視野検査で視野障害の進行を認めたため,リパスジル塩酸塩水和物点眼が追加となり,眼圧はC15CmmHg程度まで下降した.同年C12月の受診時に右眼眼圧C33CmmHgと高値であり,視力低下も伴っていたため横浜市立大学附属病院眼科(以下,当院)を紹介され受診した.既往歴はアトピー性皮膚炎,気管支喘息であった.初診時の視力は,右眼C0.06(0.3C×sph.3.25D(cyl.2.00DAx85°),左眼C0.04(1.2C×sph.8.75D(cyl.0.25DCAx75°),眼圧は右眼C40CmmHg,左眼C12CmmHgであった.右眼は虹彩C2時方向に周辺虹彩切開が施行されており,IOLはC4時-10時の方向に強膜内固定されていた.前房深度はC3.4Cmmであり,前眼部光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomogra-phy:OCT)では逆瞳孔ブロックは認められなかった(図1).虹彩動揺がみられ,隅角には全周性に強い色素沈着(Scheie分類CgradeIII.IV),下方には周辺虹彩前癒着(peripheralCanteriorsynechia:PAS)がみられた(図2).静的量的視野検査,動的量的視野検査を施行すると,右眼はすでに中心視野障害をきたしていた(図3).線維柱帯への色素沈着が強く,若年であることから眼内法による線維柱帯切開術(谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフック使用)を施行された.術後眼圧はC10.17CmmHgで推移し,その後眼圧上昇はみられなかった.〔症例2〕48歳,男性.図2症例1:右眼の隅角所見(下方)全周性に色素沈着がみられ,下方には周辺虹彩前癒着(peripher-alanteriorsynechia:PAS)がみられた.2019年に右眼の白内障手術を施行され,2022年C1月に右眼CIOL落下を認めCIOL摘出およびフランジ法による強膜内固定術を施行された.術後経過は良好であったが,同年C4月に右眼痛と嘔気を認め,近医救急科を受診し精査されたが明らかな異常は指摘されず,眼科疾患を疑われ当院に転院搬送となった.受診時,右眼眼圧はC72CmmHgと著しく高値であり,D-マンニトール点滴を施行し眼圧はC28CmmHgまで下降した.夜間であったため一度帰宅とした.翌日再診時の視力は,右眼C0.15(1.2C×sph.2.25D(cyl.0.50DAx145°),左眼C0.06(1.2C×sph.5.25D(cyl.0.75DAx30°),眼圧は右眼44mmHg,左眼C13CmmHgであった.右眼は虹彩C2時方向に周辺虹彩切開を施行されており,IOLはC4時-10時の方向に強膜内固定されていた.前房深度はC3.5Cmmであり,前房内には色素性の微塵浮遊がみられ,前眼部COCTでは逆瞳孔ブロックの所見は認められなかった(図4).虹彩動揺と隅角には下方優位に全周性に強い色素沈着(Scheie分類CgradeIII.IV)がみられた(図5).線維柱帯への色素沈着が強く,若年であることから眼内法による線維柱帯切開術(谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフック使用)を施行した.術後眼圧はC10.15CmmHgで推移し,その後眼圧上昇はみられていない.高眼圧をきたしてから手術までの期間は約C1週間であり,術後施行した視野検査では明らかな視野障害は認められなかった.CII考按無水晶体眼やCIOL偏位・脱臼例に対するCIOL固定法として,従来はCIOL毛様溝縫着術が行われてきたが,2007年のGaborによる報告以降,IOL強膜内固定術が発展してきた1).2014年に山根らが,ダブルニードルテクニックを報告してから国内でも広く施行されるようになり,年々施行件数は増図3症例1:右眼の静的量的視野検査中心30-2プログラムおよび動的量的視野検査すでに中心視野障害をきたしており,MD値はC.12.02CdBであった.図4症例2:右眼の前眼部OCT所見前房深度はC3.5Cmmであり,逆瞳孔ブロックは認めなかった.加している2).従来の縫着術と比較し,IOL偏位や傾斜が少なく,縫合操作が不要であり,より短時間で行えるなどの利点がある一方で,問題点としては支持部の破損や変形,強膜からの露出の可能性,長期経過が不明である点などがあげられる3).図5症例2:右眼の隅角所見(下方)下方優位に全周性に強い色素沈着がみられた.強膜内固定術後の合併症として,瞳孔捕獲,IOL偏位,黄斑浮腫,硝子体出血,前房出血,一過性の低眼圧・高眼圧などが報告されている4,5).近年,強膜内固定術後の逆瞳孔ブロックにより高眼圧をきたした症例が報告されており,硝子体手術後の無硝子体眼に発生しやすく,レーザー虹彩切開術が有効であるとされている6,7).強膜内固定術後に逆瞳孔ブロックを生じる機序については,虹彩裏面とCIOL間の距離の減少との関連が示唆されており,無硝子体眼,虹彩動揺,隅角色素がリスク因子であることが報告されている6).深前房,虹彩の後方弯曲,瞳孔縁のCIOLとの接触が逆瞳孔ブロックの特徴的な所見であるが,今回のC2症例ではすでに周辺虹彩切開が施行されており,前眼部COCTでも逆瞳孔ブロックの所見は認められなかった.今回のC2症例においては共通して隅角に強い色素沈着と虹彩動揺の所見がみられた.虹彩動揺はCIOL脱臼・落下に対しCIOL抜去,強膜内固定術を施行された際の虹彩付近での操作や手術侵襲により生じたものと考えられた.強膜内固定術ではCIOL支持部端をC2.3Cmm強膜内に埋没させるため,光学面は安定する一方で支持部に引き伸ばされる力が加わるとされる2).そのためCIOL支持部は破損しにくい材質が望ましい.ポリメチルメタクリレート(PMMA)製の支持部は先端を把持した際に破損することがあり,剛性ゆえに眼内操作での自由度も低いため,ポリフッ化ビニリデン(PVDF)製が扱いやすいとされる5).また,固定後の安定性はCIOL全長の長いもののほうがよいことから,光学部径C7.0mmでPVDF製支持部を有し支持部間距離C13.2CmmであるエタニティーCX-70S(参天製薬),エタニティーナチュラルCNX-70S(参天製薬)が選択されることが多い.これらのCIOLは支持部角度がC7°に設計されているため,IOL支持部の伸展により虹彩裏面とCIOL光学部間の距離は近くなるものと考えられる.角膜径が大きい場合,支持部にかかる伸展力は強まりさらに近接すると考えられるが,今回のC2症例では角膜水平径はC11.7Cmm,12.3Cmmと正常範囲内であり,虹彩裏面とCIOL光学部の接近量は少なめで逆瞳孔ブロックまでは至らなかった可能性がある.しかし,逆瞳孔ブロックまで至らない場合も,一定量の虹彩裏面とCIOL光学部間の接近により,虹彩の緊張度が乏しい患者では眼球運動に伴い虹彩裏面とCIOLの摩擦は生じやすくなると考えられる.摩擦により散布された色素が線維柱帯に沈着し,色素性緑内障の病態を生じることで眼圧上昇をきたす可能性が示唆された.前立腺肥大症の内服治療患者,外傷や術後で瞳孔偏位や虹彩の緊張低下がみられる患者ではより慎重な経過観察が必要と考えられる.今回のC2症例では谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフックを用いた線維柱帯切開術の施行により眼圧下降が得られた.IOL縫着術後や硝子体手術後の患者においては,より確実な眼圧下降が必要な場合や目標眼圧が低い場合は線維柱帯切除術が選択されることも多い8).しかし,術後合併症として濾過胞感染のリスクがあることに加え,硝子体手術後の患者では結膜状態や術中の眼球虚脱により手術難度が高くなる,駆逐性出血のリスクが高まるなどのデメリットがある.IOL縫着術後や強膜内固定術後の患者における線維柱帯切開術では,前房出血が硝子体腔に回ることが術後合併症の一つであるが,IOLが隔壁となるので回る量は少量であることが多く,今回のC2症例においても術後数週間で自然に消退が得られた.隅角色素が眼圧上昇機序の主因であると考えられる患者においては,線維柱帯切開術が奏効する可能性があり,低侵襲な術式から治療方針を考慮することが望ましいと考えられた.今回筆者らは,IOL強膜内固定術後に逆瞳孔ブロックを伴わない眼圧上昇を認めたC2例を経験した.IOL強膜内固定術後の合併症として眼圧上昇に留意する必要があり,眼内法による線維柱帯切開術が有用な治療法となる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GaborSGB,PavlidisMM:SuturelessintrascleralposteriorchamberCintraocularClensC.xation.CJCCataractCRefractCSurgC33:1851-1854,C20072)YamaneCS,CInoueCM,CArakawaCACetal:SuturelessC27-gaugeCneedle-guidedCintrascleralCintraocularClensCimplan-tationCwithClamellarCscleralCdissection.COphthalmologyC121:61-66,C20143)太田俊彦:眼内レンズ強膜内固定術:T-.xationtechnique.眼科グラフィック6:45-53,C20174)LiuJ,FanW,LuXetal:Suturelessintrascleralposteriorchamberintraocularlens.xation:Analysisofclinicalout-comesCandCpostoperativeCcomplications.CJCOphthalmol2021:8857715,C20215)蒔田潤,小堀朗:眼内レンズ強膜内固定法の合併症,あたらしい眼科32:1569-1570,C20156)BangCSP,CJooCCK,CJunJH:ReverseCpupillaryCblockCafterCimplantationofascleral-suturedposteriorchamberintra-ocularlens:aretrospective,openstudy.BMCOphthalmolC17:35,C20177)BharathiCM,CBalakrishnanCD,CSenthilS:C“PseudophakicCReverseCPupillaryCBlock”followingCyamaneCtechniqueCscleral-.xatedCintraocularClens.CJCGlaucomaC29:e68-e70,C20208)庄司信行:硝子体手術後の続発緑内障はこう治す.あたらしい眼科26:331-336,C2009***