‘線維柱帯切開術’ タグのついている投稿

原発閉塞隅角緑内障に対する隅角癒着解離術併用外方線維柱帯切開術の術後長期成績

2018年8月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科35(8):1139.1143,2018c原発閉塞隅角緑内障に対する隅角癒着解離術併用外方線維柱帯切開術の術後長期成績中村芽衣子徳田直人塚本彩香北岡康史高木均聖マリアンナ医科大学眼科学教室CLong-termOutcomesofTrabeculotomyAbExternoCCombinedwithGoniosynechialysisforPrimaryAngleClosureGlaucomaCMeikoNakamura,NaotoTokuda,AyakaTsukamoto,YasushiKitaokaandHitoshiTakagiCDepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversity,SchoolofMedicine目的:原発閉塞隅角緑内障(PACG)に対する水晶体乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(PEA+IOL),隅角癒着解離術(GSL),外方線維柱帯切開術(LOT)の併用について検討する.対象:PACGに対し初回緑内障手術としてCPEA+IOL+GSL(以下,GSL群),またはCPEA+IOL+GSL+LOT(以下,GSL+LOT群)を施行し,術後C36カ月以上経過観察が可能であったC40例C57眼(平均年齢C70.2C±11.2歳)を対象とした.結果:眼圧,薬剤スコアについては両群ともに術前に比し有意に下降した.累積生存率は術後C36カ月でCGSL群C82.4%,GSL+LOT群C91.3%であった.角膜内皮細胞密度はCGSL+LOT群では術前後で有意差を認めなかったが,GSL群では術後C3年で有意に減少した.結論:PACG眼に対するCPEA+IOL+GSL+LOTは中長期的に有効な緑内障手術である可能性が示唆された.WeCevaluatedCtheClong-termCoutcomesCofCtrabeculotomy(LOT)combinedCwithCgoniosynechialysis(GSL)C,phacoemulsi.cationCandCaspirationCintraocularClensCimplantation(PEA+IOL)C,CforCprimaryCangleCclosureCglaucoma(PACG).Fortypatients(57eyes)whounderwentPEA+IOL+GSL(GSLgroup)orPEA+IOL+GSL+LOT(GSL+LOTgroup)werefollowedupfor36monthspostoperatively.Intraocularpressureanduseofeyedropsshowedsigni.cantdecreaseafterthesurgeryinbothgroups.Thecumulativesurvivalratewas82.4%intheGSLgroupand91.3%intheGSL+LOTgroup.PostoperativecornealendothelialcelldensityintheGSL+LOTgroupwasnotsigni.cantlydi.erentfromthepreoperativevalue.However,intheGSLgroupitwassigni.cantlydecreasedat3yearsaftersurgerycomparedtothepreoperativevalue.WeconcludethatPEA+IOL+GSL+LOTisane.ectivetreatmentforPACGintermsofmedium-andlong-termoutcomes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(8):1139.1143,C2018〕Keywords:原発閉塞隅角緑内障,線維柱帯切開術,隅角癒着解離術,緑内障手術.primaryangleclosureglauco-ma,trabeculotomy,goniosynechialysis,glaucomasurgery.Cはじめに原発閉塞隅角緑内障(primaryCangleCclosureCglaucoma:PACG)の治療法は眼圧上昇の原因がどこに生じているかにより異なる.わが国における緑内障診療ガイドラインのなかでも眼圧上昇の原因が相対的瞳孔ブロックによる場合はレーザー虹彩切開術あるいは虹彩切除術による瞳孔ブロック解除が第一選択とされている1).また,水晶体乳化吸引術(phaco-emulsi.cationCandCaspiration:PEA)は毛様体C,硝子体などの水晶体後方の因子を除く,あらゆる隅角閉塞機序に対して有効であり,PACGに対してCPEAを行うことの有効性についても報告されている2).また,広範囲の周辺虹彩前癒着(peripheralCanteriorCsynechia:PAS)により,線維柱帯が慢性的に閉塞し不可逆的な変化をきたしていることが予想される症例の場合,PEAのみでは眼圧下降が不十分であることが予測され,隅角癒着解離術(goniosynechialysis:GSL)などの緑内障手術との同時手術が選択される3,4).しかし,〔別刷請求先〕中村芽衣子:〒216-8511神奈川県川崎市宮前区菅生C2-16-1聖マリアンナ医科大学眼科学教室Reprintrequests:MeikoNakamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversity,SchoolofMedicine,2-16-1Sugao,Miyamae-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa216-8511,JAPANGSLを併用したCPEAにおいても眼圧コントロールが困難な症例が存在する.このようなことを想定して線維柱帯切除術(trabeculectomy:LEC)という選択肢もあるが,PACGに対するCLECは悪性緑内障5)や術後浅前房などの合併症を発症する可能性が高く危険を伴う.そこで筆者らはCPEAおよび眼内レンズ挿入術(intraocularlensimplantation:PEA+IOL)にCGSLと線維柱帯切開術(trabeculotomyabexterno:LOT)を併用すること(PEA+IOL+GSL+LOT)で,より安全にさらなる眼圧下降の維持が可能なのではないか考えた.このたびCPACG眼に対するCPEA+IOL+GSL+LOTの有効性について検討した.CI対象および方法2008年C4月.2013年C3月に聖マリアンナ医科大学病院にて,白内障を併発したCPACGに対して,初回緑内障手術としてCPEA+IOL+GSL(以下,GSL群),またはCPEA+IOL+GSL+LOT(以下,GSL+LOT群)を施行し,術後C36カ月以上経過観察が可能であったC40例C57眼(平均年齢C70.2C±11.2歳)を対象とした.なお,PACGは発症速度により急性と慢性に分けられる1)が,臨床においては急性型と慢性型の中間型といえる亜急性,または間欠性といえるような症例もあるため,今回の対象においては発症速度による分類は行っていない.術前後の眼圧,薬剤スコア,角膜内皮細胞密度の推移,累積生存率について検討した.薬剤スコアは,抗緑内障点眼薬1剤につきC1点(緑内障配合点眼薬についてはC2点),炭酸脱水酵素阻害薬内服はC2点として計算した.累積生存率については,術後眼圧がC2回連続して基準C1(21CmmHg以上またはC4CmmHg未満)を記録した時点,もしくは,基準C2(16CmmHg以上またはC4CmmHg未満)を記録した時点を死亡と定義とした.基準C1,2とも再手術になった時点も死亡とした.術後経過観察期間中に抗緑内障点眼薬が追加となった症例も存在するが,その時点では死亡として扱わず,生存症例とした.手術は全例同一術者(N.T.)により施行された.2008年C4月.2011年C3月までは全例CPEA+IOL+GSLを施行し,2011年C4月.2013年C3月までは目標眼圧がC14CmmHg以下の症例についてはCPEA+IOL+GSL+LOTを施行し,目標眼圧がC15CmmHg以上の症例についてはCPEA+IOL+GSLを施行した.手術方法は,GSL群ではまずスワンヤコブオートクレーバルブゴニオプリズム(アールイーメディカル)と上野式極細癒着解離針(Inami)を用いてCGSLを施行(上方1象限を除く約C270°)し,その後CPEA+IOLを施行し手術終了とした.GSL+LOT群は,GSL群と同様にCGSLを施行(上方C1象限を除く約C270°)し,その後,結膜輪部を切開し,強膜弁を作製,同一創からCPEA+IOLを施行した.その後,強膜内方弁を作製しCSchlemm管を同定し線維柱帯を切開した.統計学的な検討は対応のあるCt検定,またはCMann-Whit-neyUtestを使用し,p<0.05をもって有意差ありと判定した.なお,本研究は診療録による後ろ向き研究である.CII結果表1に両群の術前の詳細について示す.年齢,眼圧,術前角膜内皮細胞密度に有意差を認めなかったが,Humphrey自動視野計によるCmeandeviation,薬剤スコア,PASindexについては両群間に有意差を認めた(Mann-WhitneyCUtest).図1に各群の術前後の眼圧推移を示す.眼圧はCGSL群では術前平均C29.4C±11.7CmmHgが術後12カ月でC14.3C±3.9mmHg,24カ月でC13.6C±3.2CmmHg,36カ月でC13.3C±3.2CmmHg,CGSL+LOT群で術前C26.3C±8.8CmmHgが術後C12カ月でC13.7C±5.2CmmHg,24カ月でC12.9C±2.0CmmHg,36カ月でC12.8C±表1両群の背景GSL群CGSL+LOT群p値症例数(男女比)2C5例C34眼男性:C8例C11眼女性:1C7例C23眼15例23眼8例14眼7例9眼C.手術施行時平均年齢(歳)C72.0±10.4C67.5±12.0C0.30(Mann-WhitneyUtest)CMeandeviation(dB)C.16.4±4.8C.19.7±4.4C0.02(Mann-WhitneyUtest)眼圧(mmHg)C29.4±11.7C26.3±8.8C0.47(Mann-WhitneyUtest)薬剤スコア(点)C2.4±1.4C3.1±1.3C0.04(Mann-WhitneyUtest)CPASindex(%)C80.9±24.6C64.1±19.2C0.006(Mann-WhitneyUtest)角膜内皮細胞密度(/mm2)C2,395±697C2,697±443C0.13(Mann-WhitneyUtest)54薬剤スコア(点)眼圧(mmHg)3210100術前術後術後術後術後術前術後術後術後術後6カ月12カ月24カ月36カ月6カ月12カ月24カ月36カ月図1各群の術前後の眼圧推移図2各群の術前後の薬剤スコアの推移両群ともに術前と比較し術後有意な眼圧下降を示した.両群ともに術後C1カ月目より薬剤スコアが有意に減少した.*:GSL群Cvs.GSL+LOT群:p<0.05.C*:GSL群Cvs.CGSL+LOT群:p<0.05,**:GSL群Cvs.CGSL+LOT群:p<0.01.C11GSL+LOT群0.80.8GSL群0.6累積生存率累積生存率0.60.40.40.20.20012243601224360観察期間(カ月)観察期間(カ月)図3各群の術後累積生存率(基準1)図4各群の術後累積生存率(基準2)術後C36カ月の累積生存率はCGSL群C82.4%,GSL+LOT術後C36カ月の累積生存率はCGSL群C79.0%,GSL+LOT群C91.3%であった(Logranktestp=0.3701).C群C67.6%であった(Logranktestp=0.2095).C1.9CmmHgと両群ともに術前に比し有意な眼圧下降を示した4,000*(対応のあるCt検定p<0.01).また,術後C21カ月とC33カ月の時点においてCGSL+LOT群はCGSL群よりも有意に眼圧が低くなっていた(Mann-WhitneyUtestp=0.04).図2に各群の術前後の薬剤スコア推移を示す.薬剤スコアはCGSL群では術前平均C2.4C±1.4点が術後C12カ月でC0.3C±0.5点,24カ月でC0.5C±0.6点,36カ月でC0.6C±0.8点,GSL+LOT群で術前C3.1C±1.3点が術後C12カ月でC0.9C±1.0点,24角膜内皮細胞密度(/mm2)3,0002,0001,000カ月でC0.9C±0.9点,36カ月でC0.9C±0.9点と両群ともに術前に比し有意な薬剤スコアの下降を示した(対応のあるCt検定p<0.01).また,術後C9カ月,12カ月,15カ月の時点においてCGSL+LOT群はCGSL群よりも有意に薬剤スコアが高くなっていた(Mann-WhitneyUtestp<0.01).図3,4に各群の術後累積生存率について示す.基準C1では,GSL群,GSL+LOT群の術後C36カ月おける累積生存率(135)0術前術後術前術後GSL+LOT群GSL群図5各群の術前後の角膜内皮細胞密度の推移GSL群では術前後で角膜内皮細胞の有意な減少を認めた(p<0.01).あたらしい眼科Vol.35,No.8,2018C1141はそれぞれC82.4%,91.3%であり,両群間に有意差を認めなかった.基準C2では,GSL群,GSL+LOT群の術後C36カ月おける累積生存率はそれぞれC67.6%,79.0%であり,両群間に有意差を認めなかった.なお,緑内障再手術を施行した症例はCGSL群ではなく,GSL+LOT群ではC1例存在した.緑内障再手術としてはCLECを施行した.図5に各群の術前後の角膜内皮細胞密度の推移について示す.GSL+LOT群では術前C2,696.8C±443.2/mm2が術後C2,603.2±654.0/mm2と術前後で有意差を認めなかったが,GSL群では術前C2,395.3C±696.5/mm2が術後C1,967.0C±614.6/Cmm2と術後C3年で有意に下降した.CIII考按PACGにおいて,房水流失障害が隅角のみに生じているのか,それとも線維柱帯,Schlemm管以降にまで及んでいるのかは術後の経過をみてみないことには確かなことはいえない.PACGに対してCPEA+IOL+GSLを施行しても眼圧コントロールが得られない症例は少なからず存在する.これらの症例についてCLOTまで行っていればさらなる眼圧下降が得られた可能性があると考え,2011年C4月.2013年C3月までに手術適応となったCPACG症例については,目標眼圧がC14CmmHg以下の場合はCPEA+IOL+GSLに加えCLOTを施行し,目標眼圧がC15CmmHg以上の場合はCPEA+IOL+GSLのみを施行した.そのためCGSL+LOT群のほうが術前meanCdeviationは低く,薬剤スコアも高値となっていた.このように今回の対象についてはセレクションバイアスがかかっているため,本検討は今後CPEA+IOL+GSL+LOTの有効性を示すためのパイロットスタディと考えるべきである.以下,今回の結果について考察する.術後眼圧,薬剤スコアについては,両群ともに術前に比し有意な下降を認め,PACGに対するCPEA+IOL+GSL,CPEA+IOL+GSL+LOTの有効性が示された.安藤ら6)はCPEA+IOL+GSLを施行したC65例C78眼について術後有意な眼圧下降を示し,術後C36カ月の眼圧はC15.2C±2.6CmmHgであり,薬剤スコアについても低下したと報告している.そのほかにも同様の報告3,4)は散見され,Schlemm管以降に抵抗がない症例ではCPACGに対するCPEA+IOL+GSLの有効性については異論がないと考える.CPEA+IOL+GSL+LOTは,閉塞隅角の状態をCGSLで開放隅角にしてからCLOTを行う術式である.森村らはCPACGに対してCPEA+IOLにCLOTを併用し,18CmmHg以下への眼圧コントロールが得られた症例はC91%であったが,15mmHg以下となるとC50%であったと報告している7).また,PASがC50%以上の症例においても良好な眼圧下降を示したとされているが,累積生存率については触れられていない.筆者らの検討では,GSL+LOT群の術前CPASはすべての症例においてC50%以上であったものの,術後C16CmmHg以下に眼圧コントロールができた症例は術後C36カ月でC79.0%とGSL群と比較して有意差は認めないものの良好な成績であった.また,術後C21カ月とC33カ月の時点においてCGSL+LOT群はCGSL群よりも有意に眼圧が低くなっていた.安藤らの報告6)ではCPEA+IOL+GSL施行後に眼圧コントロール不良であった症例について,術後CPASがC30%以下であった症例がC3眼(3.8%)に存在し,これらの症例が眼圧コントロール不良となった原因については線維柱帯機能不全としている.このうちC1例(1.3%)については抗緑内障点眼薬で眼圧コントロールが得られず,再手術としてCLOTを施行し,その後眼圧コントロールが良好になったとしている.つまりPACGに対してCGSLを行い,線維柱帯がCPASで覆われていない状態で行うCLOTの有効性を示した症例といえる.この報告と今回の結果を合わせて考えると,GSLにCLOTを追加することでさらなる眼圧下降が得られる可能性があると考えられる.ただし,今回の検討では術前のCPASCindexがCGSL群のほうが有意に高かったことが術後の眼圧推移に影響した可能性も否定できない.薬剤スコアが術後CGSL+LOT群のほうが有意に高い時期が存在したが,視野異常が進行している症例が多かったため術後早期から積極的に点眼加療を再開した症例が多かったためと考える.今回の検討において,GSL群で術後に眼圧コントロール不良となった症例は,緑内障性視神経障害が軽微であり目標眼圧が高めに設定されていた,または目標眼圧は上回っているものの術前眼圧よりもかなり眼圧下降が得られていた,などの理由で再手術を施行していなかった.GSL+LOT群についてはC1例のみ再手術が必要であった.再手術の術式としては,眼圧上昇の原因が線維柱帯やCSchlemm管以降の房水流出障害あると考えられたため,流出路再建術で眼圧コントロールを得ることは困難と判断し線維柱帯切除術を施行した.術後良好な眼圧下降が維持できている.角膜内皮細胞密度については,GSL+LOT群はCLOTを行う分CGSL群よりも手術手技が多くなるため,GSL+LOT群のほうが術後に角膜内皮細胞密度の減少が大きいと予想したが,GSL群のほうが角膜内皮細胞密度への影響が大きかった.この理由として,GSL群はCGSL+LOT群と比較し術前PASが多かったことや,有意差は認めないものの術前の角膜内皮細胞密度が少なかったことなどが影響していると考えられた.前房内から隅角にアプローチする術式では角膜内皮細胞密度がもともと少ない症例やCPASが多い症例では角膜内皮細胞密度の減少について注意すべきと考える.以上,PACG眼に対するCPEA+IOL+GSL+LOTの有効性について検討した.PACGに対しCGSL後にCLOTを追加することによりさらなる眼圧下降が得られる可能性があるため,PACGのなかでも目標眼圧が低い症例などにはCPEA+IOL+GSL+LOTはよい適応となりうると考える.今回の検討は診療録による後ろ向き検討であるため症例間の偏りが存在した.今後はさらに症例数を増やし前向き検討によりCPEA+IOL+GSL+LOTの有効性について検討すべきと考える.文献1)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン(第C3版).日眼会誌116:7-46,C20122)Azuara-BlancoCA,CBurrCJ,CRamsayCCCetCal:E.ectivenessCofearlylensextractionforthetreatmentofprimaryangle-closureCglaucoma(EAGLE):aCrandomisedCcontrolledCtrial.LancetC388:1389-1397,C20163)TaniharaH,NishiwakiK,NagataM:Surgicalresultsandcomplicationsofgoniosynechialysis.GraefesArchClinExpCOphthalmolC230:309-313,C19924)早川和久,石川修作,仲村佳巳ほか:白内障手術と隅角癒着解離術併用の適応と効果.臨眼60:273-278,C20065)EltzCH,CGloorCB:TrabeculectomyCinCcaseCofCangleCcloserCglaucoma-successesCandCfailures.CKlinCMonatsblCAugen-heilkdC177:556-561,C19806)安藤雅子,黒田真一郎,永田誠:閉塞隅角緑内障に対する隅角癒着解離術と白内障同時手術の長期経過.眼科手術C18:229-233,C20057)森村浩之,伊藤暁,高野豊久ほか:閉塞隅角緑内障に対する線維柱帯切開術+超音波乳化吸引水晶体再建術の効果.あたらしい眼科26:957-960,C2009***

久留米大学における若年者の緑内障に対する線維柱帯切開術の成績

2017年12月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(12):1765.1770,2017c久留米大学における若年者の緑内障に対する線維柱帯切開術の成績照屋健一*1山川良治*2*1出田眼科病院*2久留米大学医学部眼科学講座CResultsofTrabeculotomyforTreatmentofGlaucomainYoungPatientsatKurumeUniversityHospitalKenichiTeruya1)andRyojiYamakawa2)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine20歳未満に発症した若年者の緑内障における線維柱帯切開術について検討した.初回手術に線維柱帯切開術を施行し,術後C6カ月以上経過観察できたC24例C39眼を対象とした.発症がC3歳未満の早発型発達緑内障C5例C9眼をCI群,3歳以降の遅発型発達緑内障C11例C18眼をCII群,隅角以外の眼異常を伴う緑内障とステロイド緑内障を合わせたC8例12眼をCIII群とした.各群の術前平均眼圧は,I群がC28.9C±11.2CmmHg,II群がC33.0C±10.1CmmHg,III群がC31.6C±7.4mmHgで,平均経過観察期間は,I群がC8.8C±1.6年,II群がC3.1C±1.8年,III群がC4.1C±2.6年であった.初回手術の成功率は,I群はC100%,II群はC72.2%,III群はC91.7%,全体ではC84.6%であった.39眼中C6眼(15.4%)に追加手術を施行した.若年者の緑内障において,線維柱帯切開術は有効と確認された.CWeCreviewedCtheCsurgicalCoutcomeCofCtrabeculotomyCforCglaucomaCinCyoungCpatientsCatCKurumeCUniversityCHospital.Subjectscomprised39eyesof24patientswithmorethan6months’follow-up,whohadundergonetra-beculotomyCasCtheCprimaryCsurgery.CWeCclassi.edCtheCpatientsCintoC3Cgroups:GroupCI,CdevelopmentalCglaucoma,included9eyesof5patientswithonsetwithin3yearsofage;GroupII,developmentalglaucoma,included18eyesof11patientswithonsetafter3yearsofage;GroupIII,glaucomaassociatedwithotherocularanomaliesandste-roidCglaucoma,CincludedC12CeyesCofC8Cpatients.CTheCaverageCintraocularCpressure(IOP)beforeC.rstCtrabeculotomyCwas28.9±11.2CmmHginGroupI,33.0±10.1CmmHginGroupIIand31.6±7.4CmmHginGroupIII.ThesuccessrateforCinitialCtrabeculotomyCwasC100%CinCGroupCI,C72.2%CinCGroupCII,C91.7%CinCGroupCIIICandC84.6%CinCtotal.CSixCeyes(15.4%)underwentadditionalsurgeries.Trabeculotomyiscom.rmedasusefulforglaucomainyoungpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(12):1765.1770,C2017〕Keywords:若年者,発達緑内障,線維柱帯切開術,眼圧,手術成績.youngpatients,developmentalglaucoma,trabeculotomy,intraocularpressure,surgicale.ect.Cはじめに若年者の緑内障は,発達緑内障と続発緑内障がおもなものと考えられる.発達緑内障は隅角のみの形成異常による発達緑内障と隅角以外の先天異常を伴う発達緑内障に大別される.発達緑内障は先天的な隅角の発育異常により生じる房水流出障害が病因ゆえ,原則として外科的治療が主体になる1).また,小児の緑内障では各種検査が成人同様には行えないなどの側面から診断が遅れる場合も少なくない.さらに,角膜混濁や隅角発生異常,他の眼異常を伴うなど,手術の難度を高くする要素が多い.本疾患は早期の診断と早期手術が重要で,その成否が患児の将来を左右することはいうまでもない.若年者の緑内障の手術療法としては,濾過手術やCtubeshunt手術は術後管理がむずかしく,第一選択の術式として,術後管理が容易な線維柱帯切開術が行われている.今回,筆者らは久留米大学病院眼科(以下,当科)におけ〔別刷請求先〕照屋健一:〒860-0027熊本市中央区西唐人町C39出田眼科病院Reprintrequests:KenichiTeruya,M.D.,IdetaEyeHospital,39Nishitoujin-Machi,Chuo-ku,KumamotoCity860-0027,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(127)C1765る若年者の緑内障の初回手術としての線維柱帯切開術の成績を検討したので報告する.CI対象および方法対象は,20歳未満で発症した緑内障で,1999年C2月.2009年C12月に当科で初回手術として線維柱帯切開術を施行し,6カ月以上経過観察できたC24例C39眼(男性C15例C23眼,女性C9例C16眼)である.初診時平均年齢は,11.0C±8.2歳(1.9カ月.22.5歳)であった.病型の分類は,隅角のみの異常にとどまる発達緑内障のうち,Gorinの分類2)により,3歳未満発症の早発型をCI群,3歳以降発症の遅発型をCII群,隅角以外の眼異常を伴う発達緑内障と続発緑内障をCIII群とした.I群5例9眼,II群11例18眼,III群8例12眼であった.III群の内訳は,Sturge-Weber症候群C2例C2眼,Axen-feld-Rieger症候群C1例C1眼,無虹彩症C2例C4眼,ステロイド緑内障C3例C5眼であった.なお,II群のC3例C5眼は,初診時C20歳を超えていたが,問診や前医からの診療情報から発症はC20歳未満と推測され,さらに隅角所見が全C5眼とも高位付着を認めたため,遅発型発達緑内障と診断した.手術時の平均年齢は,I群でC0.8C±0.9(0.2.3.3)歳,II群でC19.8C±3.9(13.2.26.1)歳,III群でC10.4C±7.5(0.3.20.4)歳であった.術前の平均眼圧は,I群はC28.9C±11.2mmHg,II群はC33.0±10.1CmmHg,III群はC31.6C±7.4CmmHg,術後平均経過観察期間は,I群でC8.8C±1.6年,II群でC3.1C±1.8年,III群でC4.1±2.6年であった(表1).I群で受診の契機になったのはC5例中C4例が片眼の角膜混濁で,そのうちC2眼はCDescemet膜断裂(Haabs線)を認め,反対眼も含めてC9眼すべて角膜径は月齢の基準と比較して拡大していた(表2).他に角膜径の測定を行ったのは,II群の2眼,III群のCSturge-Weber症候群のC2眼であった.II群の2眼はC11.5Cmmで正常であったが,III群のC2眼は,それぞれC12.5CmmとC14Cmmで拡大を認めた.初回手術は熟練した同一術者により,全例に線維柱帯切開術を施行した.初回手術が奏効せず,反対眼は初回から線維柱帯切除術を行ったC1眼と術前すでに視機能がなく,初回から毛様体冷凍凝固術を行ったC1眼,そして初回の緑内障手術を他施設で行っていたC1眼は除外した.また,初回線維柱帯切開術の部位は,I群C9眼すべてとCII群のC1眼,III群のC3眼に対して上方から,他のC26眼は下方から行った.表1対象I群II群III群(n=9眼)(n=18眼)(n=12眼)手術時年齢(歳)C0.8±0.9C19.8±3.9C10.4±7.5術前眼圧(mmHg)C28.9±11.2C33.0±10.1C31.6±7.4術後経過観察期間(年)C8.8±1.6C3.1±1.8C4.1±2.61766あたらしい眼科Vol.34,No.12,2017眼圧は,覚醒状態で測定できる場合は覚醒下にCGoldmann圧平式眼圧計にて測定し,覚醒状態での測定が無理な場合は,全身麻酔またはトリクロホスナトリウム(トリクロリール)と抱水クロラール(エスクレ)投与下で,入眠下にTono-penXLおよびCPerkins眼圧計にて測定した.両測定機器の眼圧値に大きな差がないことを確認し,また差があった場合は,角膜浮腫や角膜径の拡大の有無や視神経乳頭陥凹拡大の程度なども考慮して,おもにCPerkins眼圧計の測定値を採用した.眼圧の評価は,緑内障点眼薬の併用も含めて,覚醒時でC21CmmHg以下,入眠時でC15CmmHg以下を成功とし,2診察日以上連続してその基準値を上回ったとき,または,追加手術をした場合,その時点で不成功とした.手術の適応は,眼圧のほか,視神経乳頭陥凹の拡大の有無,角膜径の拡大の有無,可能な症例では視野の程度などを加味して決定した.初回手術の成功率,術前所見と初回線維柱帯切開術の手術成績,合併症,手術回数,最終成績について,後ろ向きに検討した.CII結果初回手術の成功率は,I群はC100%(9眼中C9眼),II群は72.2%(18眼中C13眼),III群はC91.7%(12眼中C11眼),全体では,84.6%であった(表3).I群のC9眼すべて,初回手術のみで,緑内障点眼薬なしで眼圧コントロールできた.II群では術後C6カ月でC3眼が追加手術となり,2眼は術後C3年で追加手術となった.III群は,生後C3カ月発症のCSturge-Weber症候群のC1眼が,初回手術のC6年後に追加手術となった.その結果,全C39眼の初回手術成績の累積生存率をKaplan-Meier法により生存分析したところ,初回手術後C6カ月累積生存率はC92.2%,3年後はC84.1%,6年後はC75.7%,10年累積生存率はC75.7%であった(図1).術前所見と初回線維柱帯切開術の手術成績について検討した(表4).発症が生後C3カ月未満の早期発症例はC5眼(I群1例C2眼とCIII群CSturge-Weber症候群のC1眼,無虹彩症のC1例C2眼)であったが,成功率はC5眼中C4眼(80%)で,3カ表2I群の術前プロフィール症例発症(月)症状角膜径(mm)Haabs線C1C6角膜混濁C13.0(+)C.無(僚眼)C12.5(.)C2C4角膜混濁C14.5(+)C3C6角膜混濁C13.5(.)C.無(僚眼)C13.5(.)C4C2睫毛内反C13.0(.)C2睫毛内反C12.5(.)C5C6角膜混濁C13.0(.)C.無(僚眼)C12.0(.)表3初回手術成功率(成功眼/眼数)100I群II群III群合計8075.7%(n=9眼)(n=18眼)(n=12眼)(n=39眼)100%72.2%91.7%84.6%60(9/9)(13/18)(11/12)(33/39)4020表4術前所見と初回手術成績0024681012成功数/眼数p値生存期間(年)累積生存率(%)発症3カ月未満C発症3カ月以上C4/529/34C0.588図1全症例の初回線維柱帯切開術の生存率眼圧C30CmmHg以上C眼圧C30CmmHg未満C0.47820/2313/16CFisher’sexactprobabilitytest.表6手術回数手術回数I群II群III群(n=9眼)(n=18眼)(n=12眼)表5初回線維柱帯切開術の合併症1回9C13112回C.31I群II群III群3回C.1C.(n=9眼)(n=18眼)(n=12眼)4回C.1C.Descemet膜.離C..1(8.3%)平均(群別)C1.0C1.4C1.1低眼圧C.2(11.1%)C.一過性高眼圧C.3(16.7%)C.合計(群別)0(0.0%)5(27.8%)1(8.3%)表7最終手術成績I群(n=9眼)II群(n=18眼)III群(n=12眼)手術回数(平均)術前眼圧(mmHg)C最終眼圧(mmHg)C最終成功眼数(成功率)1(1C.0)28.9±11.2Cp=0.03113.2±4.1C9(1C00%)1.4(1C.4)33.0±10.1Cp<C0.000117.6±3.3C15(C83.3%)1.2(1C.1)31.6±7.4p<C0.000114.3±2.112(1C00%)Paired-tCtest(p値<0.05)C月以降群のC34眼中C29眼(85.3%)に対して有意差はなかった.術前眼圧をC30CmmHgで分けてみて検討したが,統計学的有意差はなかった.角膜径に関しては,平均年齢が高いCII群とCIII群では,測定した眼数が各々C2眼ずつと少なく,統計学的に論じることは困難だが,角膜径がC12.5Cmm以上の10眼中C9眼(90%)が初回手術で眼圧コントロールされた.12.5mm以上群で追加手術が必要になったC1眼は角膜径12.5Cmmの早期発症例のCSturge-Weber症候群であった.初回線維柱帯切開術の合併症を表5に示す.II群のC2眼(11.1%)で脈絡膜.離を伴う低眼圧とC3眼(16.7%)に一過性眼圧上昇を認め,III群のC1眼(8.3%)にCDescemet膜.離を認めた.低眼圧をきたしたC2眼は術後C2週までに,眼圧上昇のC3眼はC2カ月までに正常化した.Descemet膜.離のC1眼は視機能に影響することなく経過した.手術回数を表6に示す.全症例眼数C39眼のうちC6眼(15.4%)に対して追加手術を行った.6眼の内訳は,II群C4例C5眼,III群のCSturge-Weber症候群のC1例C1眼であった.ステロイド緑内障は初回手術で全症例で眼圧コントロールできた.II群のC2眼は初回手術のC3年後に線維柱帯切開術をC1回追加し,眼圧コントロールできたが,1例C2眼は,1眼にC4回(初回手術のC6カ月後に線維柱帯切開術C1回,その後,線維柱帯切除術C1回,濾過胞再建術をC1回),1眼はC2回(初回手術のC6カ月後に線維柱帯切除術C1回)の手術を行った.他のCII群のC1眼は,3回(初回手術のC6カ月後に線維柱帯切除術C1回,その後濾過胞再建術をC1回)の手術を行った.III群のCSturge-Weber症候群のC1眼は,初回手術のC6年後に線維柱切開術をC1回追加し,その後C2年最終経過観察時点まで眼圧コントロールできた.最終手術成績の結果を表7に示す.I群は,最終平均眼圧C13.2±4.1mmHg,II群で術後C17.6C±3.3mmHg,III群で術後C14.3C±2.1CmmHgとC3群とも術前に比較して,有意に低下した.全症例C39眼中C21眼(53.8%)が緑内障点眼薬なしで眼圧コントロールが可能となった.I群のC9眼全例,III群は無虹彩症のC2例C4眼を除くC8眼は緑内障点眼薬なしで眼圧コントロールが得られた.I群は初回手術のみでC100%,II群とCIII群は追加手術も含めて,最終成功率はそれぞれCII群がC83.3%,III群がC100%,全体でC92.3%であった.CIII考按若年者の緑内障の分類はさまざまな分類2,3)があり,既報4.11)での分類もばらついているが,3歳未満で発症する場合,眼圧上昇により眼球拡大をきたしやすい側面があり,今回筆者らも隅角発生異常のみの発達緑内障に関しては,I群とCII群をC3歳で区切って,治療成績・予後をまとめた.覚醒時の眼圧測定が困難な症例に対しては,入眠時の眼圧を参考にした.全身麻酔下での眼圧に影響を与える因子としては,麻酔薬,麻酔深度,前投薬,麻酔方法があげられるが,これらの要因がどの程度,眼圧に影響を与えているかを正確に判定することは困難と考えられている12).臨床的には,条件を一定にして測定し,結果を比較するという方法がとられている.全身麻酔下の眼圧は既報12,13)によれば,5.7mmHg低めに出るとされ,そのため,入眠時眼圧の基準を15CmmHgを上限とした既報が多いと考えられる.今回の検討では,トリクロホスナトリウムの入眠下でのCPerkins眼圧計での測定を基準にしてC15CmmHgを上限値とした.若年者の緑内障の手術は,一般的に線維柱帯切開術か隅角切開術が選択されることが多く,当科では,初回手術は全例線維柱切開術を施行している.発達緑内障に対する線維柱帯切開術と隅角切開術の成績はCAndersoCn4)によれば,いずれも熟練した術者が行えば,同等の成績が得られるとしている.若年者の線維柱帯切開術において,Schlemm管の位置や形状は症例によってさまざまで,とくに乳児の強膜は成人と違って柔らかく,Schlemm管の同定が困難なことがある.Schlemm管を探すため,わずかな強膜層を残して毛様体が透見できるように強膜弁を作製するのがこつと考えている.Schlemm管あるいはそれらしいものが見つかれば,トラベクロトームを挿入するときにスムーズに入ること,そして可能であればCPosner診断/手術用ゴニオプリズムで挿入されているか確認する.トラベクロトームを回転するときはある程度抵抗があって,かつ前房にスムーズに出てきて,bloodre.uxがあると成功と考えている.Schlemm管らしきものがなく,トラベクロトームが挿入できない,挿入してもすぐ前房に穿孔する症例は,線維柱帯切除術に切り替えざるをえないと考えているが,今回の症例ではなかった.3歳未満発症の早発型発達緑内障の線維柱帯切開術の初回手術成績は,永田らはC75%5),藤田らがC79%6)と報告している.今回筆者らのCI群ではC9眼という少数例ではあるが,全例角膜径がC12Cmm以上に延長していたにもかかわらず,平均経過観察期間C8.8(6.6.11.8)年という長期間において,初回の線維柱帯切開術で,最終的に緑内障点眼薬なしで全症例眼圧コントロールできた.既報7.11,14,15)では,生後2.3カ月未満の早期発症例は難治で予後不良とするものが多い.筆者らの検討では,早期発症のC5眼中C4眼(80%)が初回手術でコントロールできた.早期発症のCI群のC1例C2眼はC10年,無虹彩のC1例C2眼はC3年,最終経過まで初回手術でコントロールできた.早期発症のCSturge-Weber症候群のC1眼は追加手術を要したが,初回手術のC6年後に線維柱帯切開術をC1回追加することで長期のコントロールが得られた.既報9,14)では,2.3カ月未満の早期発症例は,初回線維柱帯切開術が奏効しても,10.15年で再度眼圧上昇をきたす症例が散見され,今後も慎重な経過観察が必要と考えている.その一方で,Akimotoら7)の大規模症例での検討では,2カ月.2歳未満の最終手術成績はC96.3%と非常に高い奏効率を示している.永田ら14)は,このグループの早期診断と治療の成否こそがもっとも決定的に患児の将来の大きな意味をもつとしている.3歳未満の発症例では,高眼圧への曝露期間が長くなると,角膜径拡大に伴いCSchlemm管が伸展し,手術時にCSchlemm管の同定が困難になり,成人例より難度が高くなるとされる14,15).それゆえ,本疾患においては,線維柱帯切開術に熟練した術者が手術を行うべきと考えている.また,確実に線維柱帯切開術を遂行すればかなり長期間にわたって眼圧コントロールが得られることをふまえて,筆者らは,初回の線維柱帯切開術において確実に手術を遂行させることを優先して,年齢によって術野条件のよい上方からのアプローチを行った.角膜径がC14.5Cmmと極端に拡大していたCI群の症例C2や,生後C2カ月発症の早期発症のCI群症例C4など,Schlemm管を同定することがかなり困難な症例が含まれていた.しかし,Schlemm管と同定あるいは考えられた部位にトラベクロトームを挿入・回転することで,初回手術で長期の眼圧コントロールが得られた.追加手術が必要になったC6眼のうち,初回手術後C3年以上(II群のC2眼がC3年,III群CSturge-Weber症候群C1眼がC6年)コントロールできたC3眼は,線維柱帯切開術をC1回追加することで長期にわたる眼圧コントロールが可能であったが,他のC3眼(すべてCII群)はすべて初回手術が奏効せず,半年で追加手術に至り,最終的に線維柱帯切除術まで至った.若年者の線維柱帯切除術は既報16,17)でもCTenon.が厚いことや術後に瘢痕形成しやすいなどの問題が指摘されているように,今回のC3眼はいずれも濾過胞の縮小傾向がみられ,コントロール困難であった.Akimotoら7)の検討でも,2歳以降発症群の最終眼圧コントロール率はC76.4%と,2カ月.2歳発症群のC96.3%に比べて,やや劣る結果となっているが,その理由は検討されていない.これは,Sha.erら18)の原発先天緑内障への隅角切開術においても,2歳までの発症例の成功率がC94%に対して,2歳以降発症例がC38%と極端に不良な結果になっており,2歳以降の発症例のなかに,線維柱帯切開術や隅角切開術に抵抗性を示す症例が存在することを示唆している.今回の筆者らの検討でのCII群も,最終手術成績がC18眼中C15眼(83.3%)と既報と比較しても良好な結果であったが,追加手術になったC5眼中C3眼は最終的にコントロールが困難であった.これに対する考察として,3歳以上の症例は,角膜混濁や角膜径拡大に伴う流涙などの症状をきたしにくく,自覚症状に乏しい面があり,受診に至るまでに長期間経過し,Schlemm管の二次的な変化をきたしていた可能性が考えられた.既報5,14)では,初回の線維柱帯切開術が奏効しない症例でも追加の同手術を行うことで眼圧コントロールが得られる症例が存在するとしているが,今回の筆者らの検討では,初回手術で全例確実に線維柱帯切開術を施行したにもかかわらず,術後眼圧下降が得られなかったC3眼のうちC1眼は,追加で線維柱帯切開術を施行したが奏効しなかった.これらの症例に対する追加術式については今後も検討を要すると考えられた.III群に関しては,さまざまな病態が関与するため,既報でも成績がばらついており,また,ステロイド緑内障を含んでいることから一概に評価することは困難だが,隅角以外の異常を伴う発達緑内障は,隅角のみの異常にとどまる症例に比べて,成績が劣るとされている8,19).筆者らのCIII群のうち,成績のよいステロイド緑内障を除いても,隅角以外の眼異常を合併したC7眼中追加手術を行ったのがC1眼のみで,既報に比べてもきわめて良好な結果であった.追加手術になったSturge-Weber症候群のC1眼は,初回手術がC6年奏効した.本疾患は,眼圧上昇の機序にCSchlemm管,線維柱帯のみでなく,上強膜静脈圧の上昇まで関与するといわれているが,眼圧上昇の機転の主座がどの病巣にあるかを術前から予測することは困難で,また濾過手術での脈絡膜出血やCuveale.usionなどのリスクや術後管理などを考慮すると,やはり初回手術は線維柱帯切開術が望ましいと考えられた.ステロイド緑内障に関しては,治療の原則はステロイドの中止となるが,全身疾患に対する治療の必要性からステロイドの長期投与を余儀なくされ,中止が困難なケースも少なくない.それらのケースで点眼治療が奏効しない場合,外科的治療が必要となる.既報20,21)での若年発症のステロイド緑内障に対する線維柱帯切開術の成績は,いずれも良好な成績となっており,今回のステロイド緑内障C5眼も初回手術で全例コントロールが得られた.今回の検討から,若年者の緑内障のうち,隅角のみの異常にとどまる発達緑内障に関しては,線維柱帯切開術は原因治療であり,奏効した場合は長期の眼圧コントロールが得られることが示された.また,隅角以外の形成異常を伴う発達緑内障とステロイド緑内障に関しても,重篤な合併症が少ないことや術後管理が容易な点からも,若年者において,線維柱帯切開術が第一選択の有効な術式であることが確認できた.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第C3版.日眼会誌116:3-46,C20122)GorinG:Developmentalglaucoma.AmJOphthalmol58:C572-580,C19643)HoskinsCHDCJr,CSha.erCRN,CHetheringtonCJ:AnatomicalCclassi.cationCofCtheCdevelopmentalCglaucoma.CArchCOph-thalmol102:1331-1336,C19844)AndersonCDR:TrabeculotomyCcomparedCtoCgoniotomyCforCglaucomaCinCchildren.COphthalmologyC90:805-806,C19835)永田誠:乳児期先天緑内障の診断と治療.眼臨C85:568-573,C19916)藤田久仁彦,山岸和矢,三木弘彦ほか:先天緑内障の手術成績.眼臨86:1402-1407,C19927)AkimotoM,TaniharaH,NegiAetal:SurgicalresultsoftrabeculotomyCabCexternoCforCdevelopmentalCglaucoma.CArchOphthalmol112:1540-1544,C19948)太田亜希子,中枝智子,船木繁雄ほか:原発先天緑内障に対する線維柱帯切開術の手術成績.眼紀C51:1031-1034,C20009)IkedaH,IshigookaH,MutoTetal:Long-termoutcomeoftrabeculotomyforthetreatmentofdevelopmentalglau-coma.ArchOphthalmol122:1122-1128,C200410)小坂晃一,大竹雄一郎,谷野富彦ほか:先天緑内障の長期手術成績.あたらしい眼科19:925-927,C200211)原田洋介,望月英毅,高松倫也ほか:発達緑内障における線維柱帯切開術の手術成績.眼科手術23:469-472,C201012)坪田一男,平形明人,益田律子ほか:小児の全身麻酔下眼圧の正常範囲について.眼科26:1515-1519,C198413)奥山美智子,佐藤憲夫,佐藤浩章ほか:全身麻酔下における眼圧の変動.臨眼60:733-735,C200614)永田誠:発達緑内障臨床の問題点.あたらしい眼科C23:C505-508,C200615)根木昭:小児緑内障の診断と治療.あたらしい眼科C27:C1387-1401,C201016)野村耕治:小児期緑内障とトラベクレクトミー.眼臨97:C120-125,C200317)SidotiCPA,CBelmonteCSJ,CLiebmannCJMCetCal:Trabeculec-tomyCwithCmitomycin-CCinCtheCtreatmentCofCpediatricCglaucoma.Ophthalmology107:422-429,C200018)Sha.erRN:Prognosisofgoniotomyinprimaryglaucoma(trabeculodysgenesis)C.CTransCAmCOphthalmolCSocC80:C321-325,C1982C19)大島崇:血管腫を伴う先天緑内障の治療経験.眼臨C81:C1992142-145,C198721)河野友里,徳田直人,宗正泰成ほか:若年発症緑内障に対20)竹内麗子,桑山泰明,志賀早苗ほか:ステロイド緑内障にする線維柱帯切開術の成績.眼科手術28:619-623,C2015対するトラベクロトミー.あたらしい眼科C9:1181-1183,***

当院におけるサイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術の短期的術後成績

2017年8月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科34(8):1196.1200,2017c当院におけるサイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術の短期的術後成績本田紘嗣*1野本洋平*1戸塚清人*2高田幸子*1曽我拓嗣*1杉本宏一郎*1中川卓*1*1総合病院国保旭中央病院眼科*2東京大学医学部附属病院眼科・視覚矯正科Short-termResultsofCombinedPhacoemulsi.cation,IntraocularLensandTrabeculotomywithSinusotomyatAsahiGeneralHospitalKojihonda1),YouheiNomoto1),KiyohitoTotsuka2),SachikoTakada1),HirotsuguSoga1),KouichirouSugimoto1)andSuguruNakagawa1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoSchoolofMedicine目的:当院で術後1年間フォロー可能であったサイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術について検討を行った.対象および方法:サイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術を施行した症例のうち,術後1年間フォロー可能であった症例39症例50眼を対象とした.病型,術前後眼圧,術前後点眼スコア,合併症および生存率について検討を行った.結果:眼圧に関しては,術前平均18.0±4.9mmHgから術後1年で13.0±3.3mmHgと下降していた.また,点眼スコアに関しても,術前4.3±1.8から術後1年で2.1±1.6と下降していた.合併症に関しては重篤なものはなかった.生存率に関して,原発開放隅角緑内障と落屑緑内障に有意差は認めなかった.結論:サイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術は重篤な合併症なく,術後眼圧および点眼スコアにおいて下降が得られた.Purpose:Toevaluatethesurgicaloutcomeoftrabeculotomycombinedwithphacoemulsi.cation,intraocularlensimplantationandsinusotomy(LOT+PEA+IOL+SIN).Methods:Weconductedaretrospectivestudy,1yearpostoperatively,ofpatientswhohadundergoneLOT+PEA+IOL+SIN.Analysisincludedtypeofglaucoma,preop-erativeandpostoperativeintraocularpressure(IOP),preoperativeandpostoperativeeyedropscore,postoperativecomplicationsandsurvivalrate.Results:IOPdecreasedfrom18.0±4.9mmHgpreoperativeaverageto13.0±3.3mmHgpostoperativeaverage.Eyedropscoredecreasedfrom4.3±1.8preoperativeaverageto2.1±1.6postop-erativeaverage.Therewasnoseriouspostoperativecomplication,norwasthereanysigni.cantdi.erencebetweenprimaryopen-angleglaucomaandexfoliationglaucomaasregardssurvivalrate.Conclusions:IOPandeyedropscoredecreasedafterLOT+PEA+IOL+SINwithoutseriouscomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(8):1196.1200,2017〕Keywords:緑内障,線維柱帯切開術,サイヌソトミー,同時手術,超音波乳化吸引術,glaucoma,trabeculotomy,sinusotomy,combinedsurgery,phacoemulsi.cation.はじめに緑内障手術はさまざまな術式があるが,その中で線維柱帯切開術は緑内障手術のなかで流出路再建術として濾過胞を作らないため,術中および術後に重篤な合併症が少ない手術である.また,近年になってサイヌソトミーを併用することで術後の一過性眼圧上昇を予防するとともに,さらなる眼圧低下が報告されている1,2).既報では術前平均眼圧が19.8.26.1mmHgでの報告がなされている.今回当院での手術では緑内障や薬物治療を行ったうえで,平均術前眼圧18.0mmHgの緑内障症例で検討を行った.また,原発開放隅角緑内障お〔別刷請求先〕本田紘嗣:〒289-2511千葉県旭市イ1326総合病院国保旭中央病院眼科ReprintAdress:KojiHonda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,1326I,Asahicity,Chiba289-2511,JAPAN1196(122)よび落屑緑内障を中心に緑内障病型による術後眼圧の成績について検討を行った.I方法2013年7月23日.2015年10月28日に,当院でサイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術を行い,術後1年フォロー可能であった39症例50眼について,病型,術前および術後眼圧,術前および術後点眼スコア,合併症,生存率について検討を行った(表1).平均年齢は72.0±8.8歳,術眼は右眼27眼,左眼23眼であった.対象眼は緑内障として診断されたもので,術前に緑内障の薬物治療を行った症例とした.除外基準は,線維柱帯切除術,線維柱帯切開術,レーザー線維柱帯形成術,毛様体光凝固術などの眼圧降下目的の手術を施行されていた症例とした.病型としては,原発開放隅角緑内障がもっとも多く28眼,ついで落屑緑内障が15眼,ステロイド緑内障が3眼,正常眼圧緑内障が1眼,その他が3眼であった.視野としては,湖崎分類IV期までの緑内障を対象とした.1.術.後.評.価眼圧はGoldmann圧平眼圧測定を行い,細隙灯顕微鏡検査および眼底検査により合併症の評価を行った.2.手.術.方.法当院のサイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術の術式は,耳側角膜切開による超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行する.その後,下耳側を基本に二重強膜弁を作製し,Schlemm管を剖出して深層強膜弁は切除する.プローブをSchlemm管に挿入してOcularPosnerGonioprismでSchlemm管への留置を確認した後,プローブを回旋させて線維柱帯切開を行う.強膜弁を10-0ナイロン角針で縫合して,サイヌソトミーを輪部に2カ所作製,結膜を10-0ナイロン丸針で縫合する.前房洗浄を行い,眼圧調整を行い終刀とする.3.術.後.管.理術後点眼はベタメタゾン,レボフロキサシン,ピロカルピ表1対象症例内訳対象眼数39症例50眼性別男性30眼女性20眼手術時平均年齢72.0±8.8歳術眼右眼27眼左眼23眼緑内障病型原発開放隅角緑内障(POAG)28眼(56%)落屑緑内障(PEgla)15眼(30%)ステロイド緑内障(Steroidgla)3眼(6%)正常眼圧緑内障(NTG)1眼(2%)その他(高眼圧症1眼,慢性閉塞隅角緑内障2眼)3眼(6%)ン,ジクロフェナクナトリウムを基本処方とした.術後の目標眼圧は術前眼圧または20mmHg以下とし,眼圧上昇を認めた場合は内服または点眼による薬物療法を行った.術直後の30mmHg以上の眼圧上昇に対しては,サイドポートからの前房穿刺を行った.4.データ解析手術成績判定は,Kaplan-Meier生命表法を用いて,眼圧18mmHg以下および15mmHg以下の生存率を検討した.一過性眼圧上昇も考慮し,術後は1カ月後より生存率の検討を行った.各眼圧が2回連続で規定眼圧を超えた最初の時期をエンドポイントとした.なお,点眼スコアについては,合剤およびアセタゾラミド内服については2として換算した.II結果術前平均眼圧は18.0±4.9mmHgで,術後1年での平均眼圧は13.0±3.3mmHgと下降を認めた.病型別では,原発開放隅角緑内障では術前平均眼圧17.5±4.6mmHgから術後1年での平均眼圧は13.1±3.9mmHgに,落屑緑内障では術前平均眼圧18.0±4.5mmHgから術後1年での平均眼圧は13.3±2.4mmHgに,ステロイド緑内障では術前平均眼圧20.7±9.8mmHgから術後1年での平均眼圧は13.7±2.5mmHgに,正常眼圧緑内障では術前眼圧11.0mmHgから術後1年での眼圧は8.0mmHgに,その他では術前平均眼圧21.1±4.5mmHgから術後1年での眼圧は12.2±2.7mmHgに下降を認めた.眼圧推移としては術翌日および1週間後に眼圧は上昇傾向にあり,2週間で眼圧は安定していた(図1).病型別ではどの病型においても全体と比較してほぼ同様の推移を記録した(図2~5).原発開放隅角緑内障,落屑緑内障ともに術前と比べて有意に眼圧の低下を認めた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).点眼スコアに関しては,術前4.3±1.8から1年後は2.1±1.6と改善を認めた(図6).点眼スコア推移に関しては,2日目より点眼スコアの上昇を認め,その後は安定していた.病型別でみても,原発開放隅角緑内障,落屑緑内障ともに術前と比べて有意に点眼スコアの改善を認めた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05)(図7).ステロイド緑内障に関しては,一過性眼圧上昇に対し使用していた点眼を中止しても眼圧が維持されたため,点眼スコアが低下していったものと考えられる.生存率に関して,18mmHg以下を生存とした場合は,術前50眼から1年後には43眼が生存となった.15mmHg以下を生存とした場合は,術前50眼から1年後には28眼が生存となった(図8,10).病型別では原発開放隅角緑内障と落屑緑内障に差は認めなかった(図9,11).眼圧の上限設定や観察期間が既報によって違うところがあるので,一概に比30眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)252015105観察期間(月)観察期間(月)図1術後眼圧推移:全群(n=50)図2病型別の術後眼圧推移:原発開放隅角緑内障(n=28)35353030眼圧(mmHg)25201510252015105500観察期間(月)観察期間(月)図3病型別の術後眼圧推移:落屑緑内障(n=15)図4病型別の術後眼圧推移:ステロイド緑内障(n=3)35730術前123612術前1236126点眼スコア(点)25520415310250観察期間(月)図5病型別の術後眼圧推移:正常眼圧緑内障(n=1)較はできないが,20mmHg以下でおおむね1年の生存率は90%弱とほぼ同等の生存率であった5,7,10).合併症に関しては,1週間以上続くような前房出血が4眼,Niveauを形成するような前房出血が23眼,フィブリンの析出が6眼,Descemet膜.離が2眼,1週間以内の21mmHgを超えるような一過性眼圧上昇は26眼であった.Descemet膜.離に関して,1眼は前房内に空気を入れたが,もう1眼は経過観察となっていた.いずれも視機能に影響するような10観察期間(月)図6点眼スコア:全群(n=50)*:Wilcoxonsignedranktestp<0.05.重篤な後遺症は残っていなかった.病型別では,原発開放隅角緑内障に術後のフィブリンやDescemet膜.離が生じる場合が多く,前房出血や一過性眼圧上昇は落屑緑内障に多い傾向となった(表2).III考按本研究では,進行性緑内障であることに加えて,将来的な薬物治療の継続やさらなる薬物治療の強化,それに伴う副作術前1236120.90.8POAGPEglaSteroidgla***************生存率点眼スコア(点)0.70.60.50.40.3観察期間(月)観察期間(月)図7点眼スコア比較:病型別(n=50)図8生存率:全群18mmHg(n=50)*:Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05.10.910.90.80.70.8(n=28)(n=15)生存率生存率0.20.10.70.60.60.50.50.40.40.30.30.20.20.10.100024681012024681012観察期間(月)観察期間(月)図9生存率:病型別18mmHg図10生存率:全群15mmHg(n=50)10.90.80.70.60.50.40.30.20.1生存率0024681012観察期間(月)図11生存率:病型別15mmHg表2術中術後合併症(n=50)全群(n=50)POAG群(n=28)PEgla群(n=15)Steroidgla群(n=3)Descemet膜.離2(4%)2(7.1%)0(0%)0(0%)1週間以上続く前房出血4(8%)2(7.1%)2(13.3%)0(0%)Niveauを形成した前房出血23(46%)10(35.7%)10(66.7%)1(33.3%)Fibrin析出6(12%)5(17.9%)0(0%)0(0%)一過性眼圧上昇(>21mmHg,1週間以内)26(52%)14(50%)9(32.1%)1(33.3%)一過性眼圧上昇(>30mmHg,1週間以内)4(8%)1(3.6%)2(13.3%)1(33.3%)用を念頭に手術適応を判断した.また,薬物治療で正常眼圧が達成されていても,年齢,視野障害の程度,他眼の状態,全身状態,生活環境などを加味して手術適応を判断した.当院でのサイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術の術前平均眼圧は18.0±4.9mmHg,術後1年での眼圧は13.0±3.3mmHgの結果となった.既報では術前眼圧が19.8.26.1mmHg,術後1年での眼圧が12.3.18.1mmHgと報告1.9)されており,今回の研究では術後眼圧は既報と同等であった.今回の研究では既報に比べると術前眼圧は低値であり,眼圧下降率としては27.8%と既報の29.7%.48.0%とほぼ同等であった.点眼スコアについて,既報では術前1.9±1.4から6年後1.0±1.0と半分に改善を認めたとの報告があり,本研究でも半分に改善しており,ほぼ同様の結果が得られた5).今回の研究でも緑内障合剤であれば1種類でのコントロールも可能であり,患者のアドヒアランスの向上にも寄与できると考えられた.術中・術後合併症では,全体として1週間以内の21mmHgを超える眼圧上昇は26眼(52%),30mmHgを超えるような一過性眼圧上昇は4眼(8%),前房穿刺の処置を行ったのは1眼であった.既報では30mmHgを超えるような一過性眼圧上昇は20%と報告があり6),本研究は良好な結果であった.また,前房出血が原因の眼圧上昇に対して観血的手術を要した症例は,本研究では認めなかった.また,Niveauを形成するような前房出血は全体の23眼(46%)が認められ,1週間以上の前房出血が持続したのは4眼(8%)であった.7日以上続くような前房出血は8%,フィブリン析出は8%との報告がなされており,既報と同程度であった6).病型別では,原発開放隅角緑内障にDescemet膜.離が2眼(7.1%)に生じ,他の病型には認められなかった.既報ではDescemet膜.離の症例は0%となっており,本症例では合併症として多い結果となった6).今回,眼軸長を含めた解析は行っていないが,近視などによる前房深度などの多様性があったのかもしれない.落屑緑内障に10眼(66.7%)の前房出血が認められ,1週間以上の前房出血は2眼(13.3%)であり,他の病型より多い結果となった.術後の一過性眼圧上昇は9眼(32.1%)で認め,原発開放隅角緑内障に比べると術後早期の眼圧上昇は比較的少ない結果であった.線維柱帯切開術は房水流失の主経路の大きな抵抗となる傍Schlemm管結合組織からSchlemm管内壁を直接開放する術式であり,落屑緑内障は比較的集合管以降の房水動態が保たれており,集合管からの逆流が多いことが考えられる.これらの結果より,緑内障を有する初期から中期の患者で白内障を手術する際は,点眼スコアの改善も考慮し,線維柱帯切開術を併用することが望ましいと考える.一方,7日以内に30mmHg以上の一過性眼圧上昇を認めたものは16.1.34.8%との報告がある3,6,7,11).サイヌソトミー併用により一過性眼圧上昇が少なくなったとはいえ,術後合併症としてかなりの症例数が存在するため,末期緑内障に対してはやはり線維柱帯切除術などを考慮したほうがよいと思われる.ただ,認知機能低下や易感染性などのリスクを有する患者においては,線維柱帯切開術も念頭においてもよいと考えられる.今後,長期的な成績をまとめ,サイヌソトミー併用線維柱帯切開術および白内障同時手術の有効性を検討していく必要があると考えられる.文献1)溝口尚則,黒田真一郎,寺内博夫ほか:開放隅角緑内障に対するシヌソトミー併用トラベクロトミーの長期成績.日眼会誌100:611-616,19962)MizoguchiT,NagataM,MatsumuraMetal:Surgicale.ectsofcombinedtrabeculotomyandsinusotomycom-paredtotrabeculotomyalone.ActaOphthalmicScand78:191-195,20003)TaniharaH,HonjyoM,InataniMetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsi.cationandimplantationofanintraocularlensforthetreatmentofprimary-openangleglaucomaandcoexistingcataract.OphthalmicSurgLasers28:810-817,19974)畑埜浩子,南部裕之,桑原敦子ほか:PEA+IOL+トラベクロトミー+サイヌソトミーの術後早期成績.あたらしい眼科19:761-765,20025)福本敦子,松村美代,黒田真一郎ほか:落屑緑内障に対するサイヌソトミー併用線維柱帯切開術の長期成績.あたらしい眼科30:1155-1159,20136)松原孝,寺内博夫,黒田真一郎ほか:サイヌソトミー併用トラベクロトミーと同一創白内障同時手術の長期成績.JJpnGlaucomaSoc12:30-34,20027)野田理恵,山本佳乃,越山健ほか:落屑緑内障に対する線維柱帯切開術と白内障同時手術の成績.眼科手術26:623-627,20138)小野岳志:開放隅角緑内障に対する白内障同時手術(流出路再建術)トラベクロトミー(トラベクトーム,suture-lot-omyabinterno/externo含む).眼科手術29:182-188,20169)溝口尚則,黒田真一郎,寺内博夫ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとトラベクロトミー単独との長期成績の比較.臨眼50:1727-1733,199610)落合春幸,落合優子,山田耕輔ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとPEA+IOL同時手術の長期成績.臨眼61:209-213,200711)加賀郁子,城信雄,南部裕之ほか:下方で行ったサイヌソトミー併用トラベクロトミーの白内障同時手術の長期成績.あたらしい眼科32:583-586,201512)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1148-1152,200813)FukuchiT,UedaJ,NakatsueTetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsi.cation,intraocularlensimplantationandsinusotomyforexfoliationglaucoma.JpnJOphthalmol55:205-212,2011

Rubinstein-Taybi 症候群に伴う発達緑内障に線維柱帯切開術が奏効した1例

2016年6月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(6):899.902,2016cRubinstein-Taybi症候群に伴う発達緑内障に線維柱帯切開術が奏効した1例山田哉子*1小嶌祥太*2中島正之*3植木麻理*2杉山哲也*2柴田真帆*2小林崇俊*2荻原享*4池田恒彦*2*1八尾徳洲会総合病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室*3中島眼科クリニック4)大阪医科大学小児科学教室ACaseofDevelopmentalGlaucomawithRubinstein-TaybiSyndromeSuccessfullyTreatedbyTrabeculotomyKanakoYamada1),ShotaKojima2),MasayukiNakajima3),MariUeki2),TetsuyaSugiyama2),MahoShibata2),TakatoshiKobayashi2),RyoHagihara4)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,YaoTokushukaiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,3)NakajimaEyeClinic,4)DepartmentofPediatrics,OsakaMedicalCollege目的:Rubinstein-Taybi症候群(Rubinstein-Taybisyndrome:RTS)に発達緑内障を合併し,線維柱帯切開術が奏効した1例を経験したので報告する.症例:生後1カ月,男児.在胎37週,2,200gで出生.全身的に多毛で幅広い母指を呈し小児科にてRTSと診断,眼合併症の検索のため眼科紹介となる.初診時,角膜横径は両眼11.5mm,両眼に角膜浮腫,左眼に角膜部分混濁を認めた.眼圧は右眼21.31mmHg,左眼34.41mmHg,視神経乳頭の陥凹乳頭比は右眼0.5,左眼0.7であった.RTSに伴う発達緑内障と診断し,生後40日目に両眼の線維柱帯切開術を施行した.眼圧は術後7日目には右眼8mmHg,左眼13mmHgとなった.術後約6年2カ月を経過し,現在も眼圧コントロール良好である.結論:特徴的な身体所見からRTSが疑われる児は,発達緑内障および前眼部形成異常の合併を疑って眼科的検査を行うことが重要だと考えられた.Purpose:ToreportacaseofdevelopmentalglaucomawithRubinstein-Taybisyndrome(RTS)thatwassuccessfullytreatedbytrabeculotomy.Case:A1-month-oldmalewaspresentedatourdepartmentforinvestigationofRTS-relatedeyeabnormalities.Hehadgeneralhypertrichosis,broadthumbs,andwasdiagnosedwithRTSinthepediatricsdepartment.Atfirstvisit,bothcorneaswereedematousandfocalopacitywasseeninthelefteye.Thehorizontaldiameterofeachcorneawas11.5mm.Intraocularpressure(IOP)was21-31mmHgOD/34-41mmHgOS;cup-to-discratiooftheopticdiscwas0.5OD/0.7OS.WediagnoseddevelopmentalglaucomawithRTSandperformedtrabeculotomyonbotheyesat40dayspost-delivery.Undergeneralanesthesia,IOPwas24mmHgOD/22mmHgOS,yetitgraduallydecreasedto8mmHgOD/13mmHgOSat7dayspostoperatively,remainingcontrolledfor6yearsand2monthsthereafter.Conclusion:ItisimportanttoinvestigateRTS-suspectedinfantsforassociateddevelopmentalglaucomaanddysgenesisoftheanteriorocularsegment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):899.902,2016〕Keywords:Rubinstein-Taybi症候群,発達緑内障,線維柱帯切開術,前眼部形成異常.Rubinstein-Taybisyndrome,developmentalglaucoma,trabeculotomy,dysgenesisofanteriorocularsegment.はじめに角解離,長い睫毛,後方へ回旋した耳介,つきでた鼻翼や下Rubinstein-Taybi症候群(Rubinstein-Taybisyndrome:唇),精神運動発達遅滞を3徴とする先天異常症候群で,わRTS)は1963年にRubinsteinとTaybiが報告1)した,幅広が国では発症率が12万5千出生に1例とまれな疾患であい母指と第一趾,特徴的顔貌(小頭,瞼裂の下方傾斜,内眼る2).責任遺伝子は16番染色体のCBP(CREB-bindingpro〔別刷請求先〕山田哉子:〒581-0011大阪府八尾市若草町1番17号八尾徳洲会総合病院眼科Reprintrequests:KanakoYamada,DepartmentofOphthalmology,YaoTokushukaiGeneralHospital,1-17Wakakusacho,Yao-shi,Osaka581-0011,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(139)899 tein)遺伝子と判明しているが3),検出率は高くなく臨床的診断が重視され,とくに幅広い母指はほぼ全例にみられる2,4,5).眼科的に鼻涙管閉塞,外斜視,発達緑内障,先天性白内障,網脈絡膜コロボーマといった種々の合併症が報告されている6).今回発達緑内障を合併し線維柱帯切開術を施行した1症例を経験したので報告する.I症例患者:生後1カ月,男児.主訴:眼科的スクリーニングの依頼.既往歴:中腸軸捻転症,動脈管開存症.家族歴:母親は36歳,父親は36歳の第2子.第1子は正常出生.血族結婚ではなく,特記すべきことはなし.現病歴:在胎37週3日,骨盤位のため帝王切開にて平成21年8月19日に2,200gで出生.生後7日目に中腸軸捻転症のため開腹整復術を施行した.全身的に体毛が多く,幅広い母指を有し,小児科でRubinstein-Taybi症候群と臨床的に診断された.染色体は検査の結果,正常であった.眼合併症の検索のため9月15日眼科紹介となった.初診時所見:外見は逆蒙古様顔貌,内眼角解離,弓状の眉を有し,全身的に多毛であった(図1).手足の母指は幅広くばち状であった(図2).角膜は右眼:縦径11mm×横径11mm,左眼:縦径10.5mm×横径11mm,両眼浮腫状で左眼に部分混濁を認めた(図3).啼泣のため眼圧測定値は変動を認め,右眼21.31mmHg,左眼34.41mmHg(覚醒下,トノペン)であった.前房は清明で深く,虹彩および水晶体に明らかな異常は認めなかった.眼底検査では,視神経乳頭の陥凹対乳頭比(C/D比)は右眼0.5,左眼0.7と左眼が優位に陥凹が拡大していた(図4)が,その他の異常は認めなかった.超音波生体顕微鏡では虹彩は平坦化しており,強膜岬より後方で隅角に付着していると考えられた.経過:術前は非鎮静下の測定であり眼圧測定値の変動が大きかったが,いずれの測定でも高眼圧で推移した(表1).9月29日(生後40日目)の全身麻酔下での術前眼圧は右眼24mmHg,左眼22mmHg(Perkins圧平眼圧計)であった.高眼圧,角膜径の拡大および視神経乳頭所見から発達緑内障と診断,両眼の線維柱帯切開術を同日施行した.線維柱帯切開術は一重強膜弁で12時方向から切開を行った.Schlemm管は後方への偏位を認めず,解剖学的にほぼ正常位置に同定され(図5),13mmのトラベクロトーム挿入の際に軽度抵抗を認めた.線維柱帯切開時に前房出血を認めたが軽度であった.術翌日は左眼優位に前房出血を認め,眼圧は右眼20mmHg,左眼25mmHgであったが,術後2日目には前房出血は消失しており,眼圧も徐々に下降した(表2).術後7日目には右眼8mmHg,左眼13mmHgとなり,以後眼圧はコ900あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016ントロールは良好であった.手術11カ月後には両眼とも角膜浮腫は消失し,左眼の角膜部分混濁も軽減しており,眼圧は右眼9mmHg,左眼10mmHg,C/D比は右眼0.5,左眼0.5と左眼で陥凹が縮小していた(図4).術後4年2カ月で眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHgで,角膜は右眼:縦径12mm×横径12mm,左眼:縦径12mm×横径11.5mmであった.平成27年11月(6歳3カ月)現在で眼圧は右眼8mmHg,左眼13mmHgで,左眼の角膜部分混濁は軽度であるが残存している.発達指数(developmentalquotient:DQ)は35以下で重度知的障害があるが,TellerAcuityCardsTM(9.6cy/cm,検査距離:55cm)による指差しで視力検査を行い,VD=(0.33×sph+2.5D(cyl.0.75DAx180°),VS=0.33(矯正不能)であった.右眼遠視性乱視のため眼鏡を装用しており,軽度の間欠性外斜視を認めている.涙道通水検査を施行したが,両眼とも異常なく,鼻涙管閉塞は合併していない.II考按今回,筆者らはRTSに発達緑内障を合併した1症例を経験した.RTSに発達緑内障を合併する割合は2.4%程度と報告6)があるが,過去の症例報告7.12)では,本例のように生後1年以内の早発型発達緑内障の報告が多い.流涙,角膜混濁,角膜径の左右差に気づき発達緑内障が発見された症例5,7.9)では線維柱帯切開術,隅角切開術,緑内障点眼で加療されている.隅角の形成異常が軽度とされる遅発型発達緑内障も報告されている13).一方で,前眼部形成異常が強く前部ぶどう腫による眼球突出が進行し,生後半年以内に眼球摘出に至った症例の報告もあり11,12),RTSに合併する隅角および前眼部形成異常の重症度には幅があると考えられる.RTSに伴う緑内障は緑内障診療ガイドライン14)では他の先天異常を伴う発達緑内障に分類され,胎生期の神経堤細胞遊走不全にもとづく隅角形成異常が原因と考えられている15,16).神経堤細胞は胎生5.7週に前眼部の角膜内皮,実質,虹彩実質,隅角線維柱帯へと遊走し分化するため,神経堤細胞の遊走不全の場合,角膜,虹彩,隅角の異常を複数認める可能性がある15.17).神経堤細胞の遊走不全に起因する発達緑内障は他にPeters奇形,強膜化角膜,無虹彩症,Axenfeld-Rieger症候群があげられる.過去の報告でもRTSの眼合併症としてPerters奇形,強膜化角膜,前部ぶどう腫を認めた症例が複数報告されており10,11),RTSの症例の診察では緑内障だけでなく,これらの前眼部形成異常の合併を念頭に考える必要がある.一般に前眼部形成異常が強い発達緑内障は隅角の異常も強く出現し,線維柱帯切開術の有効性は低くなると報告されて(140) 図1顔貌と背部所見顔貌:逆蒙古様顔貌,内眼角解離,弓状の眉が特徴的であった.背部:全身的に多毛であった.図3前眼部所見両眼とも角膜は浮腫状で,左眼に部分混濁が認められた(.).図5術中所見一重強膜弁,Schlemm管(.)は解剖学的に正常位置に存在してた.いる17).今回の症例では左眼の下方に角膜部分混濁を認めており,眼圧の下降とともに軽快傾向であったが,現在も残存しており,軽度の前眼部形成異常を伴った可能性がある.なお,発生学的にSchlemm管は中胚葉由来で前眼部と発生が図2手足手足の母指は幅広くばち状であった(矢印).C/D比:0.5C/D比:0.7C/D比:0.5C/D比:0.5図4視神経乳頭上段:術前.左眼優位に視神経乳頭陥凹が拡大していた.下段:術後.左眼視神経乳頭陥凹は縮小傾向だった.表1術前眼圧測定日9/179/189/29(手術日)右眼(mmHg)21.3128.4424左眼(mmHg)34.4121.2522測定方法覚醒トノペン覚醒トノペン全身麻酔下Perkins異なるため,隅角,前眼部に形成異常がある症例でもSchlemm管の低形成はまれで線維柱帯切開術の際にSchlemm管の同定は比較的容易との報告が散見され16,17),今回の症例でもSchlemm管の同定に苦慮することはなかった.本症例で線維柱帯切開術が有効であった理由として,早期に眼圧上昇が発見され,角膜混濁や角膜径拡大が進行しないうちに手術を施行できたこと,および本症例では前眼部の形成異常が軽度であったことが考えられる.RTSに合併した発達緑内障に線維柱帯切開術が有効であ(141)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016901 表2術後眼圧測定日術後1日術後2日術後3日術後1週間術後1カ月術後3カ月術後11カ月術後4年2カ月術後6年2カ月右眼(mmHg)20176810109148左眼(mmHg)252216131412101613測定方法鎮静Perkins左眼優位に前房出血鎮静Perkins両眼の前房出血消失鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静Perkins鎮静時は体重に応じて,トリクロホスホナトリウムシロップ,抱水クロラール座薬,ミダゾラムを適宜使用した.術前,術後とも眼圧下降薬は使用していない.った1症例について報告した.RTSに合併する発達緑内障の早期発見のために,特徴的な身体所見からRTSが疑われる児は生後より発達緑内障および前眼部形成異常の合併を疑って眼科的検査を行うことが重要だと考えられた.文献:1)RubinsteinJH,TaybiH:Broadthumbsandtoesandfacialabnormalities.Apossiblementalretardationsyndrome.AmJDisChild105:588-608,19632)黒澤健司:Rubinstein-Taybi症候群.小児科診療72:82,20093)PetrijF,GilesRH,DauwerseHGetal:Rubinstein-TaybisyndromecausedbymutationsinthetranscriptionalcoactivatorCBP.Nature376:348-351,19954)塚原正人,辻野久美子:Rubinstein-Taybi症候群.小児内科35:230-231,20035)神原諒子,山田貴之,足立徹ほか:発達緑内障と鼻涙管閉塞を伴ったRubinstein-Taybi症候群の2例.眼科手術26:299-302,20136)GenderenMM,KindsGF,RiemslagCCetal:OcularfeaturesinRubinstein-Taybisyndrome:investigationof24patientsandreviewoftheliterature.BrJOphthalmol84:1177-1184,20007)林みゑ子,北沢克明:先天緑内障を伴ったRubinsteinTaybi症候群の1例.臨眼37:843-846,19838)山口慶子,原敏:先天性緑内障を合併したRubinsteinTaybi症候群.臨眼45:678-679,19919)佐野秀一,箕田健生,小島孚允:先天緑内障を合併したRubinstein-Taybi症候群の1例.臨眼46:694-695,199210)森田由香,岡本史樹,高松俊行ほか:1眼にコロボーマ,他眼にanteriorcleavagesyndromeを伴うRubinstein-Taybi症候群の1例.眼臨94:946-950,200011)松島千景,後藤浩,毛塚潤ほか:SclerocorneaとPeters奇形を合併したRubinstein-Taybi症候群の1例.あたらしい眼科18:105-108,200112)北澤憲孝,川目裕,若林真澄ほか:眼球摘出に至ったRubinstein-Taybi症候群に伴う眼球形成不全.眼臨紀3:378-380,201013)立花敦子,高島弘至,吉岡郁恵ほか:Rubinstein-Taybi症候群に発達緑内障遅発型を合併した1例.眼科53:117121,201114)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:3-46,201215)尾関年則,佐野雅洋,森宏明ほか:神経堤細胞遊走不全と前眼部形成異常.臨眼45:1419-1423,199116)稲谷大:発達緑内障の病態と神経堤細胞の分化遊走.FrontiersinGlaucoma8:184-186,200717)野崎実穂,水野晋一,尾関年則ほか:前眼部形成異常を合併した先天緑内障に対する線維柱帯切開術.臨眼54:331334,2000***902あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(142)

線維柱帯切開術を施行したDown症候群を伴う発達緑内障の1例

2016年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(1):133.139,2016c線維柱帯切開術を施行したDown症候群を伴う発達緑内障の1例小澤由明*1,2東出朋巳*1杉山能子*1杉山和久*1*1金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学*2南砺市民病院眼科TrabeculotomyinaCaseofDevelopmentalGlaucomawithDownSyndromeYoshiakiOzawa1,2),TomomiHigashide1),YoshikoSugiyama1)andKazuhisaSugiyama1)1)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DepartmentofOphthalmology,NantoMunicipalHospital目的:まれなDown症候群を伴う発達緑内障に対し線維柱帯切開術を施行した1例を経験したので報告する.症例:生後6カ月,女児.抗緑内障薬物治療に抵抗性を示し角膜浮腫を伴っていた.全身麻酔下検査で眼圧は右眼34mmHg,左眼33mmHg,陥凹乳頭径比は両眼0.7,角膜径は両眼13mm,隅角検査で虹彩高位付着を認めた.両眼に線維柱帯切開術を施行後,両眼とも角膜浮腫は消失し陥凹乳頭径比は0.3に改善した.術後111カ月間の測定眼圧は,薬物治療の追加なしで両眼12mmHg程度に安定した.中心角膜厚は両眼400μm以下,眼軸長は両眼25mm以上であった.考察と結論:Down症候群を伴う両眼の発達緑内障に対し線維柱帯切開術が長期に奏効している.角膜が菲薄化し強度近視になったのは,乳児期の高眼圧だけでなくDown症候群に伴う膠原線維異常が関与した可能性がある.Purpose:WereportararecaseofdevelopmentalglaucomawithDownsyndromethatreceivedtrabeculotomy.Case:A6-month-oldfemalewithDownsyndromeandbilateralcornealedemawasresistanttoanti-glaucomatousmedicaltherapy.OcularexaminationundergeneralanesthesiashowedIOP(intraocularpressure)R.E.:34mmHg,L.E.:33mmHg;cup-to-discratio0.7andcornealdiameter13mm;gonioscopyrevealedanterioririsinsertionsineacheye.Aftertrabeculotomyonbotheyes,cornealedemadisappeared,andcup-to-discratioreducedto0.3.For111monthssincesurgery,measuredIOPshavebeenmaintainedaround12mmHgineacheyewithoutmedication.Centralcornealthicknesshasremainedlessthan400μmandaxiallengthhasexceeded25mmineacheye.Discussion:TrabeculotomyhasbeensuccessfulfordevelopmentalglaucomawithDownsyndromeforalongterm.Thinnercorneaandhighmyopiaarepossiblytheresultnotonlyofocularhypertensionduringinfancy,butalsoofcollagenfiberabnormalityinassociationwithDownsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):133.139,2016〕Keywords:ダウン症候群,発達緑内障,線維柱帯切開術,眼圧,中心角膜厚.Downsyndrome,developmentalglaucoma,trabeculotomy,intraocularpressure,centralcornealthickness.はじめに発達緑内障は,胎生期における前房隅角の形成異常が原因で眼圧上昇をきたす緑内障で,早発型,遅発型と他の先天異常を伴う発達緑内障の3型に分類される1).早発型は,生後早期からの高度な眼圧上昇に伴って,角膜浮腫・混濁,Haab’sstriae(Descemet膜破裂)を認めるだけでなく,組織柔軟性に起因した眼軸長の伸長,角膜径の増大,角膜厚の菲薄化などの特徴的な所見を示す2).遅発型は前房隅角の形成異常が軽度なために3.4歳以降に初めて眼圧上昇を認めるため,早発型のような特徴的な徴候を欠き,視野進行を認めるまで気づかれないことが多く,成人になってから発症することさえある3).他の先天異常を伴う発達緑内障には,無虹彩症,Axenfeld-Rieger症候群,Peters奇形,SturgeWeber症候群,神経線維腫症,PierreRobin症候群,Rubinstein-Taybi症候群,Lowe症候群,Stickler症候群,先天小角膜,先天風疹症候群などがあり,発達緑内障のほか〔別刷請求先〕小澤由明:〒920-8641金沢市宝町13番1号金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学Reprintrequests:YoshiakiOzawa,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa,Ishikawa920-8641,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(133)133 に特徴的な眼合併症を伴う3,4).発達緑内障は約80%が生後1年以内に診断され3,5,6),発症頻度は国や人種によって差があるが,わが国では早発型と遅発型を合わせたものが約11万人に1人,Peters奇形が約40万人に1人,AxenfeldRieger症候群とSturge-Weber症候群がそれぞれ約60万人に1人,無虹彩症と角膜ぶどう腫が各々約121万人に1人との報告5)がある.Down症候群に緑内障が合併する頻度ついては,わが国で0%との報告7)があり,海外でも多くの報告が1%以下であるとしている8.12).しかし一部に6.7%(4人)13),5.3%(10人)14),1.9%(3人)15)という報告もあるので緑内障の合併には注意が必要であるが,Down症候群児の出生が600.800人に1人であることから,発症率は0.01%以下と推定される.一方,Down症候群に伴う眼合併症には,瞼裂異常,屈折異常,眼球運動障害,涙道疾患,白内障のほか,円錐角膜16,17)やBrushfield斑17,18)といった膠原線維異常に起因した所見の報告が多い7.17)が,緑内障の合併はまれなこともあり,前述の疫学調査に含まれた症例のほかに症例報告がわずかにあるのみである.一般的に,発達緑内障は薬物療法に抵抗性を示し,眼球成長期の持続的な高眼圧が視機能障害の原因となるため,診断後早急に手術加療する必要がある3,4).視機能障害として,強度軸性近視のほか,菲薄化した角膜も術後の眼圧管理において注意すべき問題である.今回筆者らは,Down症に伴う両眼性の発達緑内障というまれな症例に対し,生後早期の線維柱帯切開術が奏効し,長期に良好な経過が得られている1例を経験したので報告する.I症例患児:6カ月,女児.家族歴:特記事項なし.現病歴:2005年6月20日,在胎38週,体重3,242gで出生した.生後1カ月検診でDown症候群を指摘され,眼科的精査のため同年10月19日に前医へ紹介された.軽度の筋緊張低下と巨舌を認めたが,心疾患や白血病などの重大な全身合併症は認めなかった.両眼に角膜浮腫および角膜混濁を認め眼圧が32.57mmHgであったため,0.5%チモロ上方左眼下方右眼図1全身麻酔下検査時(2006年2月21日,生後8カ月)の前眼部写真手術顕微鏡での前眼部観察のため上方が足側で下方が頭側,左側が右眼で右側が左眼である.下段はスリット照明による観察.両眼に軽度の角膜浮腫を認める.134あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(134) 図2全身麻酔下検査時(2006年2月21日,生後8カ月)の隅角写真右眼下方の隅角.虹彩高位付着と一部に虹彩突起を認める.図4全身麻酔下検査時(2007年9月11日,2歳2カ月,術後19カ月)の左眼散瞳下検査上耳側の水晶体に混濁を認めた.手術顕微鏡での観察のため倒像.ール両眼2回を処方されたが,その後の眼圧も右眼39mmHg,左眼28mmHgと高値のため,2006年1月11日に金沢大学附属病院眼科へ紹介された.初診時所見:トリクロホスナトリウムによる催眠鎮静下で,眼圧は右眼32mmHg,左眼24mmHg(トノペンR)であった.手持ち細隙灯顕微鏡検査では,右眼に角膜浮腫・混濁を認め,左眼は角膜清明で,両眼とも前房は深く前房内に炎症所見は認めなかった.眼底検査では,両眼とも視神経乳頭に同心円状陥凹(陥凹乳頭径比0.7)を認めた.経過:乳幼児への安全性を考慮し,当科初診時に0.5%チモロール両眼2回をイソプロピルウノプロストン両眼2回とプリンゾラミド両眼2回に変更したうえで,2006年2月21日(生後8カ月)に全身麻酔下での眼科的精査を施行した.(135)図3全身麻酔下検査時(2006年2月21日,生後8カ月)の超音波生体顕微鏡検査上段が右眼耳側,下段が左眼下側の隅角.両眼とも虹彩の平坦化および菲薄化を認め,前房深度は深く,隅角は開大している.毛様体の扁平化と角膜の菲薄化も認める.眼圧は,右眼34mmHg,左眼33mmHg(トノペンR)で,両眼とも軽度の角膜浮腫を認めた(図1).両眼の角膜径は13×13mm(横径×縦径),中心角膜厚(centralcornealthickness:CCT)は,右眼468μm,左眼504μm,隅角所見では虹彩高位付着を認めた(図2).超音波生体顕微鏡では,前房深度が深く虹彩が平坦化(図3)していた.眼底所見は,両眼とも視神経乳頭に同心円状陥凹を認め,陥凹乳頭径比は両眼とも0.7であった.非散瞳下では中間透光体に明らかな異常は認めなかった.以上の所見から手術加療が必要と判断し,全身麻酔下検査に引き続き両眼の線維柱帯切開術を施行した.手術は右眼,左眼の順に施行した.手術手技:両眼とも同様に,①円蓋部基底で結膜切開し,②12時の強膜を止血して4×4mmの2重強膜弁を作製した後,③Schlemm管を開放し,④両側に径15mmのトラベクロトームを挿入後,⑤ゴニオプリズムでトラベクロトームの位置を確認して回転・抜去し,⑥深層弁を切除して浅層弁を10-0ナイロンRで2糸縫合後,結膜縫合した.術後経過:術後10日目のトリクロホスナトリウムによる催眠鎮静下での眼圧は,眼圧下降薬を使用することなく両眼15mmHg(トノペンR)であり,角膜浮腫も消失していた.あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016135 図5全身麻酔下検査時(2007年9月11日,2歳2カ月,術後19カ月)の右眼視神経乳頭手術顕微鏡下でスリット照明と硝子体レンズを使用して観察(倒像).手術時と比較し陥凹乳頭径比が0.3に減少していた.051015202530354045-1012345678910眼圧(mmHg)右眼(mmHg)左眼(mmHg)術後年数(year)図7眼圧経過生後246日,全身麻酔下で精査後,両眼TLO施行.術前までは,イソプロピルウノプロストンとプリンゾラミドを点眼していたが,術後より111カ月間,眼圧下降薬の点眼なしで,右11.6±3.0mmHg,左11.8±3.2mmHgを維持している.矢印:両眼トラベクロトミー施行,術後は両眼に眼圧下降薬の追加はしていない.その後も催眠鎮静下での測定眼圧は良好のまま経過し,外来通院にて経過観察を継続した.2007年9月11日(2歳2カ月,術後19カ月)に再び全身麻酔下で精査を行ったところ,角膜径は,右眼12.5mm(横径),左眼12.5mm(横径)と角膜径の増大は認めなかった.CCTは,右眼363μm,左眼369μmであり,術前に認めた角膜浮腫の影響がなくなったことで著明な菲薄化が確認された.眼軸長は右眼24.76mm,左眼24.80mm,屈折値は右136あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016図6眼底写真(2012年10月4日,7歳3カ月,術後79カ月)上段が右眼,下段が左眼の視神経乳頭写真.右眼陥凹乳頭径比はさらに減少した.眼:.11.50D(cyl.0.75DAx75°,左眼:.10.00D(cyl.3.00DAx90°(トロピカミド+フェニレフリン塩酸塩による調節麻痺下)と強度の軸性近視が認められた.この時期のTAC(TellerAcuityCards)による両眼視力は(0.02)であったため,屈折矯正眼鏡による弱視治療を開始した.また,左眼の瞳孔領から離れた白内障(図4)以外には,両眼とも中間透光体に明らかな異常は認めなかった.全身麻酔下の眼圧は,右眼10mmHg,左眼11mmHg(トノペンR)であり,陥凹乳頭径比は両眼0.3(右眼:図5)に減少していた.2010年11月4日(5歳4カ月,術後56カ月)に再び施行した全身麻酔下での精査では,角膜径は右眼12.5mm(横径),左眼12.5mm(横径)と変化は認めず,CCTは右眼395μm,左眼373μm,眼軸長は右眼25.62mm,左眼26.26mmであった.2012年10月4日(7歳3カ月,術後79カ月)に,トリク(136) ロホスナトリウムによる催眠鎮静下で検査を施行し,眼圧は右眼11mmHg,左眼12mmHg,陥凹乳頭径比は0.3であった(図6).この時期の屈折値は右眼:.12.00D(cyl.2.00DAx90°,左眼:.9.00D(cyl.1.00DAx90°(シクロペントレート調節麻痺下)であった.発達遅延のためLandolt環による視力検査はできなかったが,絵視標によるこの時期の視力は,VD=(0.1),VS=(0.1)であった.最終観察時である2015年6月4日(9歳11カ月,術後111カ月)にトリクロホスナトリウムによる催眠鎮静下で施行した検査では,眼圧が右眼12mmHg,左眼12mmHg,陥凹乳頭径比は0.3のままであった.この時期の屈折値は右眼:.12.50D(cyl.3.00DAx90°,左眼:.11.00D(シクロペントレート調節麻痺下)であった.絵視標によるこの時期の視力は,VD=(0.15),VS=(0.15)であった.術後111カ月間の眼圧は,眼圧下降薬の使用なしで,右眼11.6±3.0mmHg,左眼11.8±3.2mmHg(トノペンRおよびicareR)に安定していた(図7).II考按Down症候群は,21番染色体のトリソミーを呈する常染色体異常症で,わが国でも出生600.700人に対し1人と発症頻度が高く,多彩な全身合併症17)が知られており,眼合併症状も多岐にわたる7.17).緑内障の合併に関して,LizaSharminiらが6.7%(4例)と報告13)しているが,彼らの報告のなかの4例のうち,2例は発達緑内障,1例は緑内障疑い,1例は慢性ぶどう膜炎に伴う続発性緑内障であったと考察で述べている.Caputoらは5.3%(10例)と報告14)しているが詳細は不明であり,他の疫学調査報告8.10,12,15)も発達緑内障と記載されているものもあるが詳細不明である.一方で所見や治療経過などについて書かれた症例報告は,筆者らが調べた限りでは,Down症候群以外の先天異常を合併しないものでは,Traboulsiらの5症例の報告19),白柏らの1症例の報告20),McClellanらの1症例の報告21),およびJacobyらの1症例の報告22)のみである.しかし,McClellanらの症例は47歳で発症した毛様体ブロック緑内障,Jacobyらの症例は42歳で発症した悪性緑内障であり,どちらも発達緑内障ではない.また,Down症候群以外の先天異常も伴うものでは,Rieger奇形を伴っていたDarkらの報告23)と,ICE症候群を伴っていたGuptaらの報告24)があるが,どちらの報告もDown症候群ではないほうの先天異常に特徴的な所見が原因で緑内障を発症している.筆者らの症例のように,Down症候群以外の先天異常を伴わない発達緑内障であるTraboulsiらの5症例と白柏らの1症例について以下で比較検討してみる.なお,本症例を含め全症例でステロイド治療歴はない.隅角所見については,Traboulsiらの報告では1症例での(137)みで記載されており,両眼に虹彩根部からSchwalbe線に至る半透明膜を認め,右眼に線維柱帯から虹彩根部に伸びる白い虹彩歯状突起を認めたと記されている.また,白柏らの症例では右眼の虹彩高位付着と色素沈着と記されている.筆者らの症例も両眼の虹彩高位付着であった.治療に関して,Traboulsiらの症例は,4例が両眼でgoniotomyを施術され,1例が両眼でトラベクロトミーを施術されてすべて有効であったと記されている.白柏らの症例は,右眼のみの発症でND:YAGレーザー隅角穿刺術とbブロッカー点眼でいったん眼圧は正常化したが,再び上昇してトラベクロトミーを施術され,その後は緑内障点眼なしで経過良好であったと記されている.筆者らの症例もトラベクロトミーが奏効した.したがって,Down症候群の隅角異常は染色体異常との因果関係は不明だが,隅角所見と手術成績から他の発達緑内障と共通するものと考えられる.Catalanoはその希少性から染色体異常とは無関係に発症するものと考えている17).角膜厚について,Down症候群児では正常小児のCCT(500.600μm程度)より50μm程度薄いことが知られているが25,26),本症例での術後19カ月でのCCT(右眼363μm,左眼369μm)は,Down症候群児のCCTの平均値(約490μm)と比べて約25%も菲薄化していた.Traboulsiらの報告も白柏らの報告も角膜厚についての記載はなかった.薄い角膜厚によって眼圧測定値が過小評価されることが報告されており,角膜厚による眼圧補正に関して,Kohlhaasら27)が前房カニューラとGoldmann眼圧計を用いて導いた健常成人に対する眼圧補正回帰式ΔIOP=(.0.0423×CCT+23.28)mmHgを報告している.これによると,CCTが550μmよりも100μm薄いと約4mmHg眼圧が低く測定されることになる.しかし,これはCCTが462.705μmの範囲で決められたものであるうえ,Down症候群児では角膜性状が健常児と同等とは限らず,本症例に適用することはできない(本症例ではさらに眼圧測定にトノペンRおよびi-careRを使用した).したがって,先天異常を伴う発達緑内障では,角膜性状が先天異常の種類によってもまたDown症候群児間でも同等とは限らず,角膜厚もさまざまであるので,眼圧測定値を過去の文献データなどとは単純には比較できず,病状管理には眼圧以外の指標も重要である.本症例では,術後の乳頭陥凹の回復28)が維持されていたことから,術後の眼圧コントロールは良好であったと考えられる.白柏らの症例は20歳で発見された片眼の症例であるが,術後に乳頭陥凹が回復したことを乳頭形状立体解析装置(TopconIMAGEnet)によって証明している.乳頭陥凹の回復に関しては健常成人での報告もあり29,30),組織柔軟性が高い小児では陥凹乳頭径比が眼圧コントロールのよい指標である.しかし,早発型発達緑内障の術後で乳頭陥凹を認めない場合でも著明な眼軸伸長を認めた症例を松岡らが報告31)しており,眼軸長にも注あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016137 意が必要である.本症例では,2歳2カ月(術後19カ月)での眼軸長が25mm弱と,健常児の21.22mm32)に比べると3mm程度も長く,等価球面度数で.11.00D以上の強度軸性近視となっていた.Down症候群児に屈折異常が多いことは数多く報告されているが7.15,33),わが国において,富田らの報告では,健常児と同様に遠視が多いことが示されている一方で近視側には幅広い分布を示すことが示されており,.6D以上の強度近視が4.0%,そのうち.10D以上の強度近視も413眼中12眼(2.9%)に認めたと記されている7).また,伊藤らの報告も同様の傾向を示しており,.6.0D以上の強度近視が278眼中6眼(2.2%)に認めたと記されている33).彼らの報告にはどちらも緑内障の合併例はない.一方,発達緑内障を合併したDown症候群では,Traboulsiらの症例5例10眼中4例7眼が.8.00D以上の強度近視であった.したがって,Down症候群児では何らかの近視化要因があるために,早発型の発達緑内障を合併すると高眼圧による眼球伸展によってより高度の近視となる可能性がある.その機序として,薄い角膜,円錐角膜やBrushfield斑に関連する膠原線維異常が強膜にも存在し,眼圧負荷による眼球伸展が起こりやすいことが示唆される.本症例では,眼圧下降後の2歳2カ月(術後19カ月).5歳4カ月(術後57カ月)の38カ月間での眼軸伸長は,右眼で+0.86mm,左眼で+1.46mmであった.健常児の成長曲線31)によるとこの年齢では約+0.7±0.9mm(平均±標準偏差)の眼軸伸長があることから,本症例での眼軸伸長は健常児の2標準偏差以内にあり,眼軸伸長から推測すると眼圧経過は良好であったと考えられる.一方,弱視治療開始前の最高両眼視力(0.02)(TACで両眼視力しか測定できず)に対し,弱視治療開始から最終観察時までの絵視標による視力は,VD=(0.15),VS=(0.15)と向上していたが,こうした高度の軸性近視は弱視だけでなく網膜.離のリスクも高くなるので,強度近視に伴う眼底疾患にも注意が必要である.前述のTraboulsiらの5症例の報告では,強度近視の4例中,長期に経過観察できた2例が最終的には網膜.離により高度の視力障害を残したと記されている19).おわりに今回筆者らは,Down症候群を伴う両眼性の発達緑内障というまれな症例に対し,生後早期の線維柱帯切開術が奏効し10年という長期にわたり良好な経過が得られている1例を報告し,現在も経過観察中である.Down症候群では膠原線維異常も認められるが,1歳未満の急激な眼球成長期における高眼圧曝露が角膜の菲薄化と強度軸性近視を残したと考えられるため,できる限り早期に眼圧を正常化し,こうした視機能障害を軽減させることが重要である.138あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016文献1)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン.日眼会誌116:1-46,20122)HenriquesMJ,VessaniRM,ReisFAetal:Cornealthicknessincongenitalglaucoma.JGlaucoma13:185-188,20043)前田秀高,根木昭:小児緑内障.眼科43:895-902,20014)勝島晴美:先天緑内障の治療.臨眼56:241-244,20025)滝沢麻里,白土城照,東郁郎:先天緑内障全国疫学調査結果(1992年度).あたらしい眼科12:811-813,19956)BardelliAM,HadjistilianouT,FrezzottiR:Etiologyofcongenitalglaucoma.Geneticandextrageneticfactors.OphthalmicPaediatrGenet6:265-270,19857)富田香,釣井ひとみ,大塚晴子ほか:ダウン症候群の小児304例の眼所見.日眼会誌117:749-760,20138)RoizenNJ,MetsMB,BlondisTA.:OphthalmicdisordersinchildrenwithDownsyndrome.DevMedChildNeurol36:594-600,19949)WongV,HoD:OcularabnormalitiesinDownsyndrome:ananalysisof140Chinesechildren.PediatrNeurol16:311-314,199710)KimJH,HwangJM,KimHJetal:CharacteristicocularfindingsinAsianchildrenwithDownsyndrome.Eye(Lond)16:710-714,200211)FimianiF,IovineA,CarelliRetal:IncidenceofocularpathologiesinItalianchildrenwithDownsyndrome.EurJOphthalmol17:817-822,200712)CreavinAL,BrownRD:OphthalmicabnormalitiesinchildrenwithDownsyndrome.JPediatrOphthalmolStrabismus46:76-82,200913)Liza-SharminiAT,AzlanZN,ZilfalilBA:OcularfindingsinMalaysianchildrenwithDownsyndrome.SingaporeMedJ47:14-19,200614)CaputoAR,WagnerRS,ReynoldsDRetal:Downsyndrome.Clinicalreviewofocularfeatures.ClinPediatr28:355-358,198915)KarlicaD,SkelinS,CulicVetal:TheophthalmicanomaliesinchildrenwithDownsyndromeinSplit-DalmatianCounty.CollAntropol35:1115-1118,201116)CullenJF,ButlerHG:Mongolism(Down’ssyndrome)andkeratoconus.BrJOphthalmol47:321-330,196317)CatalanoRA:Downsyndrome.SurvOphthalmol34:385-398,199018)DonaldsonDD:Thesignificanceofspottingoftheirisinmongoloids(Brushfield’sspots).ArchOphthalmol65:26-31,196119)TraboulsiEI,LevineE,MetsMBetal:InfantileglaucomainDown’ssyndrome(trisomy21).AmJOphthalmol105:389-394,198820)白柏麻子,白柏基宏,高木峰夫ほか:発育異常緑内障と種々の眼疾患を合併したダウン症候群の1例.眼紀41:21082111,199021)McClellanKA,BillsonFA:SpontaneousonsetofciliaryblockglaucomainacutehydropsinDown’ssyndrome.AustNZJOphthalmol16:325-327,1988(138) 22)JacobyB,ReedJW,CashwellLF:MalignantglaucomainapatientwithDown’ssyndromeandcornealhydrops.AmJOphthalmol110:434-435,199023)DarkAJ,KirkhamTH:CongenitalcornealopacitiesinapatientwithRieger’sanomalyandDown’ssyndrome.BrJOphthalmol52:631-635,196824)GuptaV,KumarR,GuptaR,SrinivasanGetal:BilateraliridocornealendothelialsyndromeinayounggirlwithDown’ssyndrome.IndianJOphthalmol57:61-63,200925)EverekliogluC,YilmazK,BekirNA:DecreasedcentralcornealthicknessinchildrenwithDownsyndrome.JPediatrOphthalmolStrabismus39:274-277,200226)AslanL,AslankurtM,YukselEetal:CornealthicknessmeasuredbyScheimpflugimaginginchildrenwithDownsyndrome.JAAPOS17:149-152,201327)KohlhaasM,BoehmAG,SpoerlEetal:Effectofcentralcornealthickness,cornealcurvature,andaxiallengthonapplanationtonometry.ArchOphthalmol124:471-476,200628)QuigleyHA:Childhoodglaucoma:resultswithtrabeculotomyandstudyofreversiblecupping.Ophthalmology89:219-226,198229)PedersonJE,HerschlerJ:Reversalofglaucomatouscuppinginadults.ArchOphthalmol100:426-431,198230)ShinDH,BielikM,HongYJetal:Reversalofglaucomatousopticdisccuppinginadultpatients.ArchOphthalmol107:1599-1603,198931)松岡洋一郎,宇田高広,山本正治ほか:先天緑内障の術後管理における眼軸長測定の重要性.あたらしい眼科21:691-694,200432)立神英宣,文順永,山本節:小児の眼軸長について.眼紀31:574-578,198033)伊藤史絵,中村桂子,濱村美恵子ほか:ダウン症児の屈折管理と眼合併症の検討.日本視能訓練士協会誌38:177184,2009***(139)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016139

治療に苦慮した乾癬ぶどう膜炎による続発緑内障の1例

2015年8月31日 月曜日

《第25回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科32(8):1201.1204,2015c治療に苦慮した乾癬ぶどう膜炎による続発緑内障の1例田川小百合*1陳進輝*1田川義晃*1新明康弘*1大口剛司*1木嶋理紀*1宇野友絵*1石嶋漢*1新田卓也*2南場研一*1石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*2回明堂眼科・歯科ACaseofRefractorySecondaryGlaucomaAssociatedwithPsoriaticUveitisSayuriTagawa1),ShinkiChin1),YoshiakiTagawa1),YasuhiroShinmei1),TakeshiOhguchi1),RikiKijima1),TomoeUno1),KanIshijima1),TakuyaNitta2),KenichiNamba1)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Sapporo,Japan,2)Kaimeido-ophthalmologyanddentalclinic症例は45歳の男性で,10数年前より乾癬の診断を受け,数年前から両眼にぶどう膜炎による発作を繰り返し,プレドニゾロン内服とステロイド点眼治療を受けていた.繰り返す発作と眼圧上昇のため,北海道大学病院眼科を受診,左眼眼圧のコントロール不良に対し,左マイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行した.術後数カ月間にわたる遷延性の低眼圧が持続したため,毛様体機能不全による房水産生能低下を考え,左強膜弁縫合術を行った.その後,左眼眼圧は落ち着いたが,半年後に右眼の続発緑内障をきたし,さらに左眼眼圧の再上昇をきたしたため,前回の経過を踏まえ,右眼に360°suturetrabeculotomy変法,左眼に240°trabeculotomy変法を施行した.右眼の眼圧は良好だったが,3カ月後に左眼眼圧が再上昇したため,左眼濾過胞再建術を追加した.その後は両眼とも眼圧が10mmHg前後と落ち着いている.A45-year-oldmalepatientwhohadbeendiagnosedwithpsoriasisformorethan10yearsandwhohadrecurrentattacksofbilateraluveitiswastreatedwithoralandtopicalsteroidsforseveralyearsatanotherfacility.Hewaslaterreferredtoourhospitalduetoelevatedintraocularpressure(IOP)inhislefteye,andwetreatedthateyebyperformingtrabeculectomywithmitomycinC.Postoperativeocularhypotonycontinuedforseveralmonthsafterthetrabeculectomy.Sincethereductionofaqueoushumorproductionappearedtocausetheocularhypotony,weperformedanadditionalsurgerytosuturethescleralflaptightly.Hisleft-eyeocularhypotonyrecovered,yet6-monthslaterbilateralocularhypertensionemerged.Therefore,weperformedamodified360-degreesuturetrabeculotomyonhisrighteyeandamodified240-degreetrabeculotomyonhislefteye.Asaresult,theIOPinhisrighteyewascontrolled,buttheIOPinhislefteyeincreasedagainafter3months,leadingtoblebreconstructionsurgeryofhislefteye.Consequently,theIOPinbotheyessettledatapproximately10mmHg.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(8):1201.1204,2015〕Keywords:乾癬,ぶどう膜炎,続発緑内障,線維柱帯切除術,線維柱帯切開術.psoriasis,uveitis,secondaryglaucoma,trabeculectomy,trabeculotomy.はじめに乾癬に伴うぶどう膜炎は,ときに前房蓄膿を伴う前房炎症型の発作を起こし,再発を繰り返すことが知られている1).今回筆者らは,乾癬に伴うぶどう膜炎の続発緑内障に対するマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術(LEC)後に,毛様体機能不全が原因と思われる持続性の低眼圧の症例を経験した.さらにその後両眼の高眼圧を呈したため,右眼に360°suturetrabeculotomy(S-LOT)変法を,左眼に240°のtrabeculotomy(LOT)を施行したので,その経過について報告する.I症例患者:45歳,男性.主訴:視曚感.〔別刷請求先〕田川小百合:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野Reprintrequests:SayuriTagawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Kita-15,Nishi-7,Kita-ku,Sapporocity,Hokkaido060-8638,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)1201 既往歴:高血圧症,頸椎圧迫骨折,骨粗鬆症,心筋炎(心不全にて入院加療歴あり),左眼眼内レンズ挿入眼.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:尋常性乾癬の診断を受けてから10数年,シクロスポリンで加療された.数年前に両眼の前部ぶどう膜炎を発症し,乾癬に伴うぶどう膜炎と診断された.その後はステロイド薬の内服と点眼にてコントロールされていたが,繰り返す眼炎症と眼圧上昇のため,北海道大学病院眼科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.3(0.8×.1.50D),左眼0.2(0.8×.1.25D(cyl.1.25DAx75°).眼圧は右眼13mmHg,左眼22mmHg(アセタゾラミド内服,0.1%ベタメタゾン点眼,緑内障点眼3剤点眼継続下).前眼部所見は右眼2+flare,2+cellsで,右眼のみ全周に虹彩後癒着があり,左眼は2.3+flare,2+cellsであった.隅角所見は,右眼に異常はなく広隅角.左眼は周辺虹彩前癒着が2カ所あり,Shaffer4,色素はScheieIIであった.中間透光体は右眼に軽度の核性白内障を認め,左眼は眼内レンズ挿入眼であった.右眼の視神経乳頭には緑内障性変化はみられなかったが,左眼は視神経乳頭陥凹比0.7の緑内障性変化を認めた.臨床経過:プレドニゾロン(PSL)5mg内服は継続とし,アセタゾラミド内服および抗緑内障点眼を追加したが,左眼眼圧が40.50mmHgと高眼圧を持続したため,術1週間前よりPSLを20mgへ増量し,左眼にMMC併用LECを施行した.術後矯正視力は左眼(0.7),術後3カ月間の左眼眼圧は3.7mmHgであった.濾過胞は平坦で,浅前房が持続していた.術4カ月後,突然左眼視力低下を訴えて当科を再診した.このときの視力は右眼0.3(0.5×.0.50D),左眼手動弁(矯正不能)で,前房は消失していた.また,濾過胞は平坦で,Seidel現象はみられなかった(図1).超音波生体顕図1左眼前眼部写真(線維柱帯切除術後3カ月)前房は消失し,平坦な濾過胞がみられた.左前房消失左強膜フラップ縫合術左眼濾過胞再建術左眼240°LOT右眼360°S-LOT6050403020100右眼圧左眼圧03カ月6カ月9カ月12カ月15カ月図2経過のまとめMMC併用線維柱帯切除術後に左前房が消失した時点からの治療経過と眼圧の推移.左眼強膜フラップ縫合術後に眼圧は一旦落ち着いたが再び上昇し,両眼に線維柱帯切開術を施行した.その後,左眼はまた眼圧が再上昇したため,左濾過胞再建術を追加した.眼圧(mmHg)1202あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(136) 微鏡検査(UBM)にて,明らかな毛様体の前方回旋は認めず,脈絡膜.離などもみられなかった.粘弾性物質(ヒーロンVR)および空気を計4回前房内へ注入したが,いずれも1週間.10日間で再び浅前房となり,低眼圧を呈した.炎症による毛様体産生機能の著しい低下が原因と考え,ステロイドパルス療法を施行するも,改善はみられなかった.左眼前房消失から1カ月後に結膜を切開して強膜弁を確認したところ,房水の濾過が確認されたため,左眼強膜弁縫合術を施行した.術後の左眼前房は深く保たれ,眼圧も良好となった.その後PSLを徐々に漸減して様子をみていたところ,左眼眼圧が徐々に上昇し始めたため,ドルゾラミド/チモプトール配合点眼,タフルプロスト点眼,ブリモニジン点眼を順次追加した結果,左眼眼圧は10mmHg前後に落ち着いた.しかし,その後右眼眼圧が徐々に上昇しため,抗緑内障点眼やアセタゾラミド内服を追加し,PSLを10mgから20mgへ増量したが眼圧は低下しなかった.右眼に360°S-LOT変法を施行し,右眼眼圧は10mmHg台前半に落ち着いた.しかし,左眼眼圧もほぼ同時期に上昇したため,左眼に240°LOT(180°S-LOT変法+60°金属ロトームによるLOT)施行し,両眼圧とも10台前半に落ち着いた.しかし,その3カ月後,左眼眼圧が45mmHgへ再上昇したため,左眼に濾過胞再建術を施行し,現在まで両眼圧とも良好に経過している(図2).II考按本症例は乾癬に伴うぶどう膜炎に続発した緑内障で,左眼の眼圧コントロールが不良であったため,左眼MMC併用LECを行うも術後持続的な低眼圧に陥った.さらに,経過中に僚眼であった右眼の眼圧上昇もきたしたため,右眼360°S-LOT変法を施行し,眼圧は下降した.一方,左眼は強膜弁閉鎖後に再度眼圧上昇がみられたため,左眼240°LOTを施行したが3カ月後に眼圧が上昇し,最終的に濾過胞再建術を施行して眼圧が落ち着いた.本症例にみられた経過について考えてみたとき,①なぜ,左眼はMMC併用LEC後に前房が消失したのか?②なぜ,右眼は360°S-LOT変法により良好な術後経過が得られたのか?③なぜ,左眼は240°LOT変法により一時的に眼圧は落ち着いたが,数カ月で再度眼圧上昇をきたしたのか?という疑問が生じる.①については,乾癬性ぶどう膜炎のような繰り返す前眼部発作に伴う続発緑内障は,房水産生機能の低下と流出路抵抗の上昇の両方を伴っていることがあり,非生理的な流出路を作るMMC併用LECはそのバランスを大きく崩す可能性がある.本症例において左眼MMC併用LEC後に前房消失をきたした際には,すでに度重なる発作のため房水産生機能が低下した状態で濾過したため,持続的な低眼圧が生じたと考(137)えられた.言い換えれば,術前に房水産生機能が低下していたにもかかわらず,それを上回る流出路抵抗の上昇があったため,結果的に眼圧上昇が引き起こされていたと推察される.②については,360°S-LOT変法は原発開放隅角緑内障(POAG)だけでなく,ぶどう膜炎を含む続発開放隅角緑内障(SOAG)にも有効とされる2).線維柱帯流出路の流出抵抗を改善するLOTはMMC併用LECと異なり生理的な流出路をそのまま使用するため,低眼圧を生じにくく,良好な結果が得られたのではないかと考えられた.③については,左眼の240°LOT後の再眼圧上昇は,右眼に比べて左眼の炎症が遷延していたため,炎症によって切開部の閉塞やSchlemm管以降の流出路抵抗が増大した可能性があると考えられた.左眼のLOTについては,LECにより線維柱帯を切除した箇所は通糸できないため,180°S-LOT変法と金属ロトームによる60°の切開により,計240°の切開を行った.今回の眼圧下降効果が切開範囲の違いによるものなのかどうかは,今後症例を積み重ねての検討が必要であると考えられる.また,左眼の濾過胞再建術後に過濾過による浅前房をきたしていない点については,房水産生量が安定したことに加え,初回手術と異なり一度癒着した後の濾過胞であったため,濾過胞内に適度な肉芽腫や癒着などが存在し,結膜下での吸水あるいは排水能力に乏しいために,初回のMMC併用LEC時よりも房水産生と濾過量のバランスがとれているものと考えられた.眼圧は基本的に房水産生と房水流出のバランスによって決まる.眼内にぶどう膜炎などの炎症が生じると,たとえ毛様体の房水産生が低下しても房水流出抵抗が上昇して房水流出が減少すると考えられる.したがって,眼内の炎症による房水産生低下が房水流出減少を上回れば,結果的に眼圧は下降するし,房水流出減少が房水産生低下を上回れば眼圧は上昇すると考えられる.実際,過去の報告でも炎症により眼圧は上昇することも下降することもあると報告されている3,4).Kaburakiらの報告によれば,POAGとSOAGに対するMMC併用LECの成績を比較したところ,成功率は変わらなかったが,晩期合併症として持続的な低眼圧が指摘されている5).乾癬に伴うぶどう膜炎のような炎症が持続することによる続発緑内障では,房水産生能が著しく低下していることがあり,濾過手術時には注意が必要であると考えられた.一方,本症例が示すように,生理的な流出路を使うLOTは,房水産生機能が著しく低下している場合でも術後浅前房をきたすことがないという点においては安全である.しかし,術後予後に関してはMMC併用LECの予後と同様に,術後炎症のコントロールが重要と考えられる5).さらに,ぶどう膜炎の症例におけるLOTの線維柱帯の切開範囲と眼圧下降効果については,さらなる症例の積み重ねと長期的な経過観察あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151203 が必要であると考えられた.原疾患である尋常性乾癬については,ステロイドの使用や漸減・中止により膿疱性乾癬へ移行する場合があり,実は皮膚科分野ではステロイド使用は禁忌である6).しかし,本症例の場合,当院受診時にはすでにPSLを内服しており,炎症の再燃などのリスクがあるため,ステロイド内服を継続せざるをえなかった.また,シクロスポリンやステロイドの使用がすでに長期間に及んでおり,腎機能障害や骨粗鬆症など全身的な合併症もあるため,今後はインフリキシマブなどの生物製剤による治療も検討していく必要があると思われた7).利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)奥貫陽子,毛塚剛司,臼井嘉彦ほか:乾癬に伴うぶどう膜炎の検討.臨眼62:897-901,20082)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodified360-degreesuturetrabeculotomytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglaucoma:Apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,20123)沖坂重邦,猪俣孟:毛様体の炎症反応の多様性─臨床と基礎の融合─.日眼会誌108:717-749,20044)田内芳仁,板東康晴,小木曽正博:Behcet病患者の眼発作時における血液房水関門障害と眼圧変動.臨眼47:373376,19935)KaburakiT,KoshinoT,KawashimaHetal:InitialtrabeculectomywithmitomycinCineyeswithuveiticglaucomawithinactiveuveitis.Eye23:1509-1517,20096)難病情報センター:膿胞性乾癬診療ガイドラインTNF-a阻害薬を組み入れた治療指針20107)渡邉裕子,蒲原毅,佐野沙織ほか:インフリキシマブが有効であった乾癬性ぶどう膜炎の1例と乾癬性ぶどう膜炎の当科4症例および本邦報告例のまとめ.日皮会誌122:2321-2327,2012***1204あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(138)

見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜剝離手術を受けた1症例

2015年4月30日 木曜日

596あたらしい眼科Vol.5104,22,No.3(00)596(132)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(4):596.598,2015cはじめに眼内に飛入した鉄片異物は,鉄錆症や眼内炎を起こす可能性があり,発見されれば早急に摘出されるべきである.感染性眼内炎は失明に至る可能性があり,鉄錆症は,白内障,網膜色素変性,緑内障を起こし,予後不良である1).白内障手術,硝子体手術が進歩した現在では,視力良好の症例でも,視機能を低下させずに異物を摘出できる.しかし,眼内に異物があるにもかかわらず,自覚症状がなく長期間見逃された多くの報告がある2.7).また,白内障を発症し手術により発見されることや,網膜.離の治療のための硝子体手術中に発見されることもある8).鉄工所勤務中に鉄片が自覚なく眼内に飛入し,虹彩炎と緑内障を発症したが,見逃されたまま緑内障手術を受け,一度は安定したものの網膜.離を発症し,硝子体手術中に鉄片が発見された1症例を報告する.I症例患者:38歳,男性.〔別刷請求先〕田渕大策:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学眼科学教室Reprintrequests:DaisakuTabuchi,M.D,,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-chou,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜.離手術を受けた1症例田渕大策水口忠谷川篤宏堀口正之藤田保健衛生大学眼科学教室ACasethatRequiredSurgeryforGlaucomaandRetinalDetachmentDuetoanOverlookedIntraocularIronForeignBodyDaisakuTabuchi,TadashiMizuguchi,AtsuhiroTanikawaandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine左眼網膜.離のため38歳の男性が当院に紹介された.患者は11カ月前に左眼線維柱帯切開術を受けていた.視力は右眼(1.0),左眼(0.01)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgであった.核白内障と裂孔原性網膜.離を左眼に認めた.白内障,硝子体同時手術を行ったところ,手術中に鉄片異物(1.6×0.6mm)が発見され,強膜創より除去された.網膜.離は再発したが,硝子体手術で復位した.患者は,線維柱帯切除術以前にフライス加工に従事しており,白内障,緑内障,網膜.離は,硝子体手術中に発見された鉄片異物により起きたものであると考えられた.患者が異物の自覚がなかったことが診断を困難にしたが,職歴を含めた予診に注意を払う必要があった.Wereportthecaseofa38-year-oldmalepatientwhowasreferredtoourhospitalduetoretinaldetachmentinhislefteye.Hehadundergonetrabeculotomyinthatsameeye11-monthspriortopresentation.Uponexamina-tion,hisvisualacuitywas1.0ODand0.01OS.Nuclearcataractandrhegmatogenousretinaldetachmentwereobservedinhislefteye,andcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andvitrectomywassub-sequentlyperformed.Duringsurgery,anintraocularironforeignbody(1.6×0.6mminsize)wasfound,andremovedfromthescleralincision.Retinaldetachmentrecurred1-monthlaterandwasreattachedbyasecondvit-rectomy.Thepatienthadengagedinmillingbeforethetrabeculotomywasperformed,andweconcludedthattheironforeignbodythatwefoundcausedthecataract,glaucoma,andretinaldetachmentinhislefteye.Hisunaware-nessoftheforeignbodyinhislefteyemadethediagnosisdifficult,andaddedcareviaamedicalhistoryinterview,includinghisprofessionalexperience,wouldhaveprovedbeneficial.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):596.598,2015〕Keywords:眼内異物,緑内障,線維柱帯切開術,網膜.離,硝子体手術.intraocularironforeignbody,glauco-ma,trabeculotomy,retinaldetachment,vitrectomy.(00)596(132)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(4):596.598,2015cはじめに眼内に飛入した鉄片異物は,鉄錆症や眼内炎を起こす可能性があり,発見されれば早急に摘出されるべきである.感染性眼内炎は失明に至る可能性があり,鉄錆症は,白内障,網膜色素変性,緑内障を起こし,予後不良である1).白内障手術,硝子体手術が進歩した現在では,視力良好の症例でも,視機能を低下させずに異物を摘出できる.しかし,眼内に異物があるにもかかわらず,自覚症状がなく長期間見逃された多くの報告がある2.7).また,白内障を発症し手術により発見されることや,網膜.離の治療のための硝子体手術中に発見されることもある8).鉄工所勤務中に鉄片が自覚なく眼内に飛入し,虹彩炎と緑内障を発症したが,見逃されたまま緑内障手術を受け,一度は安定したものの網膜.離を発症し,硝子体手術中に鉄片が発見された1症例を報告する.I症例患者:38歳,男性.〔別刷請求先〕田渕大策:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学眼科学教室Reprintrequests:DaisakuTabuchi,M.D,,1-98Dengakugakubo,Kutsukake-chou,ToyoakeCity,Aichi470-1192,JAPAN見逃された眼内鉄片異物により,緑内障手術,網膜.離手術を受けた1症例田渕大策水口忠谷川篤宏堀口正之藤田保健衛生大学眼科学教室ACasethatRequiredSurgeryforGlaucomaandRetinalDetachmentDuetoanOverlookedIntraocularIronForeignBodyDaisakuTabuchi,TadashiMizuguchi,AtsuhiroTanikawaandMasayukiHoriguchiDepartmentofOphthalmology,FujitaHealthUniversitySchoolofMedicine左眼網膜.離のため38歳の男性が当院に紹介された.患者は11カ月前に左眼線維柱帯切開術を受けていた.視力は右眼(1.0),左眼(0.01)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgであった.核白内障と裂孔原性網膜.離を左眼に認めた.白内障,硝子体同時手術を行ったところ,手術中に鉄片異物(1.6×0.6mm)が発見され,強膜創より除去された.網膜.離は再発したが,硝子体手術で復位した.患者は,線維柱帯切除術以前にフライス加工に従事しており,白内障,緑内障,網膜.離は,硝子体手術中に発見された鉄片異物により起きたものであると考えられた.患者が異物の自覚がなかったことが診断を困難にしたが,職歴を含めた予診に注意を払う必要があった.Wereportthecaseofa38-year-oldmalepatientwhowasreferredtoourhospitalduetoretinaldetachmentinhislefteye.Hehadundergonetrabeculotomyinthatsameeye11-monthspriortopresentation.Uponexamina-tion,hisvisualacuitywas1.0ODand0.01OS.Nuclearcataractandrhegmatogenousretinaldetachmentwereobservedinhislefteye,andcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andvitrectomywassub-sequentlyperformed.Duringsurgery,anintraocularironforeignbody(1.6×0.6mminsize)wasfound,andremovedfromthescleralincision.Retinaldetachmentrecurred1-monthlaterandwasreattachedbyasecondvit-rectomy.Thepatienthadengagedinmillingbeforethetrabeculotomywasperformed,andweconcludedthattheironforeignbodythatwefoundcausedthecataract,glaucoma,andretinaldetachmentinhislefteye.Hisunaware-nessoftheforeignbodyinhislefteyemadethediagnosisdifficult,andaddedcareviaamedicalhistoryinterview,includinghisprofessionalexperience,wouldhaveprovedbeneficial.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):596.598,2015〕Keywords:眼内異物,緑内障,線維柱帯切開術,網膜.離,硝子体手術.intraocularironforeignbody,glauco-ma,trabeculotomy,retinaldetachment,vitrectomy. 図1左眼初診時の前眼部写真核白内障を認める.現病歴:フライス加工に従事していたが,異物飛入などの自覚はなかった.2009年8月左眼の霧視のため前医を受診した.左眼に虹彩毛様体炎を認め,眼圧は40mmHgであった.眼圧がコントロールできないため,同年9月,左眼線維柱帯切開術が施行され,眼圧は正常化した.2010年5月突然の左眼視力低下のため近医受診し,左眼網膜.離を指摘され,同日当院へ紹介受診した.初診時所見:視力は右眼1.0(1.0×.0.25D(cyl.2.25DAx175°),左眼0.2(0.6×+0.50D(cyl.2.50DAx180°),眼圧は右眼19mmHg,左眼16mmHgで,左眼に核白内障(図1)と黄斑に及ぶ耳側裂孔原性網膜.離を認めた(図2).経過:2010年6月左眼に白内障硝子体同時手術を施行した.術中に耳側下方最周辺部の網膜上に被膜に被われない鉄片異物(1.6×0.6mm)を発見し,摘出した(図3).六フッ化硫黄(SF6)ガスを注入して手術終了した.1カ月後,再度網膜.離を起こしたため,硝子体手術を再施行した.術後,網膜は復位し,2年後左眼視力は0.2(0.6×+0.50D(cyl.2.50DAx180°)であり,再.離は認めていない.手術後の全視野刺激網膜電図(erectororetinogram:ERG)は正常であった.II考按眼内鉄片飛入の多くは鉄の加工などによる.フライス加工に従事していた本症例は眼内に異物が入った自覚はなかった.しかし,緑内障手術から硝子体手術まで仕事についておらず,異物は緑内障手術の前に侵入したものと考えられた.本症例左眼の白内障,緑内障,網膜.離はすべてフライス加工時に眼内に侵入した鉄片異物によると考えられた.しかし,本症例はまったく自覚症状がなく,前医も筆者らも鉄片を疑うことはなかった.前医では虹彩炎による眼圧上昇と診断され,緑内障手術が行われた.鉄片の位置は毛様体(133)図2左眼初診時の眼底写真黄斑に及ぶ網膜.離を認める.図3術中写真20G灌流ポートに隣接している金属片を認める.OFFISS40D前置レンズを使用している.扁平部であり,通常の眼底検査では発見が困難であったと考えられた.異物飛入の自覚や疑いを訴えて眼科を受診した場合には,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)やX線写真撮影などが行われ,鉄片異物の診断は比較的容易である9).しかし,まったく異物の自覚症状がなく緑内障などの前眼部疾患で受診した場合には,異物の発見は著しく困難となると思われる.この症例での診断のヒントは職歴のみであった.この症例が網膜.離を発症しなければ,おそらく鉄片異物は発見できなかったと思われる.鉄片が長期間眼内に無症状で滞留した報告はわが国にも数多くあり,滞留期間は1.35年に及ぶ.Duke-Elderによれば,鉄片異物が眼内に存在したにもかかわらず鉄錆症とならない非典型症例には6つの経過がありうるという.1)鉄の含有量が少ないか,鉄片が組織で被われた場合には無症状であたらしい眼科Vol.32,No.4,2015597 ある.2)一度組織に被われ無症状で経過したものの,異物が移動したため著しい炎症を起こし,時に眼球摘出に至る.3)異物が移動していないにもかかわらず,著しい炎症を起こし前房蓄膿,眼球癆に至る.4)異物が自然排出される.5)鉄片異物が小さな場合には,自然吸収されることがある.6)交感性眼炎を起こすことがある10).本症例では,異物侵入より時間は経過しているものの,組織に被われない鉄片異物であり,すでに緑内障を発症していた.放置すればさらに大きな合併症を起こす可能性があった.網膜.離を起こし鉄片が摘出されたことは,この症例には不幸中の幸いであったといえる.1988年の岸本らの報告によれば,緑内障を発症した眼内鉄片異物症例の手術予後は不良であり,網膜.離の手術予後も芳しくないが1),本症例では前医の線維柱帯切開術で眼圧はよくコントロールされ,網膜.離も治癒している.2000年の大内らにより報告された鉄片異物による網膜.離の3症例も治癒している8).これは手術技術の進歩であると考えられる.III結語フライス加工時に眼内に鉄片が飛入したにもかかわらず見逃され,緑内障手術を受け,後に網膜.離を発症し,硝子体手術により異物が発見され摘出された1症例を報告した.今回の症例により,職歴を含めた予診の重要性を再認識した.文献1)岸本伸子,山岸和矢,大熊紘:見逃されていた眼内鉄片異物による眼球鉄症の7例.眼紀39:2004-2011,19882)佐々木勇二,松浦啓之,中西祥治ほか:長年月経過している眼内金属片異物の1例.臨眼82:2461-2464,19883)並木真理,竹内晴子,山本節:1年間放置された眼内異物の1例.眼臨82:2346-2349,19884)尾上和子,宮崎茂雄,尾上晋吾ほか:8年間無症状であった眼内鉄片異物の1例.眼紀45:467-470,19945)来栖昭博,藤原りつ子,長野千香子ほか:28年間無症状であった眼内鉄片異物の症例.臨眼51:1169-1172,19976)青木一浩,渡辺恵美子,河野眞一郎:長期滞留眼内鉄片異物の2例.眼臨94:939-941,20007)及川哲平,高橋嘉晴,河合憲司:受傷1年以上経過後に摘出した7mmの眼内鉄片異物の1例.臨眼63:1495-1497,20098)大内雅之,池田恒彦:硝子体手術中に眼内異物が発見された網膜.離の3例.あたらしい眼科17:1151-1154,20009)上野山典子:眼内異物.眼科MOOK,No5,p100-109,金原出版,197810)DukeElder:SystemofOphthalmology,14:477,HenryKimpton,1972***(134)

Trabectome® を用いた線維柱帯切開術の短期成績

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):265.268,2013cTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の短期成績石田暁*1,2庄司信行*3森田哲也*2高郁嘉*4春木崇宏*2笠原正行*2清水公也*2*1海老名総合病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室*3北里大学医療衛生学部視覚機能療法学*4社会保険相模野病院眼科Short-periodSurgicalOutcomeofTrabeculotomybyTrabectomeRAkiraIshida1,2),NobuyukiShoji3),TetsuyaMorita2),AyakaKo4),TakahiroHaruki2),MasayukiKasahara2)KimiyaShimizu2)and1)DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity,SchoolofMedicine,3)DepartmentofRehabilitation,OrthopicsandVisualScienceCourse,KitasatoUniversity,SchoolofAlliedHealthSciences,4)DepartmentofOphthalmology,SocialInsuranceSagaminoHospitalTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の短期成績を報告する.対象は2010年12月より2011年7月までに北里大学病院眼科にて手術を行った34例40眼.年齢は19.85歳(平均63.6歳),術前眼圧は19.64mmHg(平均31.9mmHg),術後の観察期間は1カ月.8カ月(平均4.4カ月)であった.白内障同時手術は13例16眼であった.病型は原発開放隅角緑内障14例16眼,落屑緑内障9例10眼,ステロイド緑内障3例5眼,ぶどう膜炎続発緑内障3例4眼,術後続発緑内障2例2眼,発達緑内障2例2眼,高眼圧症1例1眼であった.術後3カ月の眼圧は16.2±3.8mmHgと有意に下降し(p<0.01),眼圧下降率は43%であった.薬剤スコアは術前平均4.8±1.9点から術後3カ月で3.1±1.1点と減少した(p<0.01).線維柱帯切除術の追加手術を要したのは3眼(7.5%)であった.低眼圧,感染症はみられなかった.TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術は10台後半の眼圧を目指した開放隅角緑内障に対する手術として期待できる.Wereporttheshort-periodsurgicaloutcomeoftrabeculotomyusingtheTrabectomeRforopenangleglaucoma.Thisstudycomprised40eyesof34glaucomapatientswhounderwentsurgeryattheDepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity,betweenDecember2010andJuly2011,including16casesofTrabectomeRphacoemulsificationsurgery.Patientmeanagewas63.6years±17.9(19.85years)withmeanfollow-upof4.4±1.9months(1.8months).Preoperativemeanintraocularpressure(IOP)of31.9±11.2mmHgsignificantlydecreasedto16.2±3.8mmHg(p<0.01)witha43%decreaserateat3monthspostoperatively.Themedicationscoredecreasedfrom4.8±1.9to3.1±1.1at3months(p<0.01).Anteriorchamberirrigationwasrequiredin4eyes(10%)duetohemorrhage;3eyes(7.5%)requiredadditionaltrabeculectomy.Therewasnohypotonyorinfection.TrabeculotomywiththeTrabectomeRcanbeeffectivefortreatingopenangleglaucomawiththeaimofachievinggoodIOPcontrolinthehighteens.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):265.268,2013〕Keywords:TrabectomeR,線維柱帯切開術,手術成績,開放隅角緑内障.TrabectomeR,trabeculotomy,surgicaloutcome,openangleglaucoma.はじめに年9月には厚生労働省より認可がおり日本でも使用できるよ開放隅角緑内障に対する流出路再建術である線維柱帯切開うになった.TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の特徴術を眼内からのアプローチによって行う,TrabectomeRととしては,結膜が温存できるため線維柱帯切除術などの追加いう器具を用いた手術が米国では2004年から始まり,2010手術に影響を与えないこと,角膜小切開創から施行できるこ〔別刷請求先〕石田暁:〒243-0433海老名市河原口1320海老名総合病院眼科Reprintrequests:AkiraIshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,1320Kawaraguchi,Ebina,Kanagawa243-0433,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(131)265 と,手術時間が約10.15分ほどで短く,重篤な術後合併症が少ないことがあげられ,低侵襲および手技が比較的容易な手術といわれている1.3).今回筆者らは,TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の短期成績について報告する.I対象および方法対象は2010年12月から2011年7月までの間に北里大学病院眼科(以下,当院)でTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術を行った34例40眼である.内訳は男性24例29眼,女性10例11眼であった.平均年齢は63.6±17.9歳(平均±標準偏差)(19.85歳),平均経過観察期間は4.4±1.9カ月(1カ月.8カ月)であった.病型は原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)14例16眼,落屑緑内障9例10眼,ステロイド緑内障3例5眼,ぶどう膜炎続発緑内障3例4眼,術後続発緑内障2例2眼,発達緑内障2例2眼,高眼圧症(ocularhypertension:OH)1例1眼であった.全例が点眼,内服にても目標眼圧の得られない症例で,TrabectomeR手術研究会で定められている患者選定基準に従い,隅角はShaffer分類2.4度であり,鼻側に周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)がないことを確認した.TrabectomeRの装置は灌流と吸引の制御装置と電気焼灼装置,そこに接続されたディスポーザブルのハンドピースからなり,ハンドピースの先端のフットプレートをSchlemm管に挿入し,先端の電極から発生するプラズマによって線維柱帯を電気焼灼する.ハンドピースの先端は19.5ゲージで1.7mmの角膜切開からの手術が可能となっている.術式は全例角膜耳側切開で,TrabectomeR単独では1.7mm,白内障手術併用では2.8mmの切開幅で手術を施行した.有水晶体眼でのTrabectomeR単独が8例10眼,偽水晶体眼でのTrabectomeR単独が13例14眼,白内障手術併用が13例16眼であった.眼圧値と眼圧下降率,薬剤スコアについて術前後で比較し,手術の合併症についても検討した.眼圧はGoldmann圧平眼圧計を用いて測定した.薬剤スコアは緑内障点眼薬を1点,配合点眼薬を2点,アセタゾラミド250mg内服は1錠1点とした.抗緑内障薬は原則として術後も継続し,眼圧下降の程度に応じて適宜漸減した.また,PASの形成を予防するために2%塩酸ピロカルピンを追加し,術後のPAS形成の程度をみながら漸減,中止した.2%塩酸ピロカルピンは1点として薬剤スコアに加えた.なお,眼圧と薬剤スコアの検定に関してはDunnett法を用い,術式別の眼圧と薬剤スコアの検定に関してはScheffe法を用いて統計学的検討を行い,有意水準5%未満を有意差ありとした.II結果術前後の眼圧経過と眼圧下降率を表1および図1に示す.術前眼圧は31.9±11.2mmHg,術後眼圧・眼圧下降率は術後1カ月で15.9±5.1mmHg・46%(n=39),術後3カ月では16.2±3.8mmHg・43%(n=32),術後6カ月では17.4±5.7mmHg・37%(n=18)であった.術前と比較し術後各時点で有意に眼圧下降した(p<0.01).薬剤スコアを図2に示す.薬剤スコアは,術前平均4.8±1.9点から術後7日までは一次的に上昇を認めるものの,術表1術後眼圧経過眼圧(mmHg)下降率(Mean±SD)(Mean±SD)症例数術前術後1日術後1週術後2週術後1カ月術後3カ月術後6カ月31.9±11.2(19.64)16.9±9.0*(7.58)18.8±9.9*18.3±7.7*(10.56)(9.42)15.9±5.1*(10.36)16.2±3.8*(11.27)17.4±5.7*(12.31)4044±30%4036±41%4040±20%3946±19%3943±24%3237±33%18*p<0.01:Dunnett法.(Mean±SD)()内は症例数術後日数図1術後眼圧経過(Mean±SD)()内は症例数*p<0.01:Dunnett法4.8±1.9(40)5.7±1.9(40)5.1±2.0(40)4.5±1.6(39)4.1±1.4(39)3.1±1.1*(32)2.9±1.6*(18)薬剤スコア(点)9876543210術前1週2週1カ月3カ月6カ月1日術後日数図2薬剤スコア*p<0.01:Dunnett法1日706050403020100術前1週2週1カ月3カ月6カ月16.9±9.0*(40)18.3±7.7*(39)15.9±5.1*(39)16.2±3.8*(32)17.4±5.7*(18)18.8±9.9*(40)眼圧(mmHg)31.9±11.2(40)266あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(132) 表2手術合併症・逆流性出血40眼(100%)・術後1日前房出血34眼(85.0%)・周辺虹彩前癒着9眼(22.5%)・創口離開1眼(2.5%)・角膜上皮障害2眼(5.0%)・遷延性眼圧上昇(術後3カ月眼圧>21mmHg)3眼(9.4%)・追加手術(前房洗浄)4眼(10.0%)・追加手術(線維柱帯切除術)3眼(7.5%)・一過性眼圧上昇3眼(7.5%)(術後3日までに術前眼圧より5mmHg以上上昇)・低眼圧0眼(0%)・感染症0眼(0%)後1カ月で4.1±1.4点(n=39),術後3カ月で3.1±1.1点(n=32),術後6カ月で2.9±1.6点(n=18)と減少した.術前と比較し,術後3カ月,術後6カ月で有意に減少した(p<0.01).手術合併症を表2に示す.合併症では,術中の逆流性出血は全症例で生じ,術翌日の前房出血は34眼(85.0%)にみられたが,ほとんどの症例は1週間以内に吸収された.遷延性の前房出血のため前房洗浄を要したのは4眼(10.0%)であった.眼圧下降不良のため線維柱帯切除術の追加手術を要したのは3眼(7.5%)であり,1眼は前房洗浄を施行するも高眼圧が持続したPOAGの症例で,他の2眼はPOAGとOHの症例で,切開部に広範囲のPAS形成が認められた.そのため,切開部の広い範囲にPASが形成されると,これが眼圧上昇の一因になるのではないかと考えて,顕著な眼圧上昇がみられる前に処置を施行した眼は9眼(22.5%)であった.内訳はレーザーでの切離が8眼,前房洗浄の際に隅角癒着解離術を併用したのが1眼であった.術後3カ月で眼圧が21mmHgより高い,遷延性の眼圧上昇は32眼中3眼(9.4%)であった.角膜上皮障害は2眼(5.0%)でみられたが,術後4日目以内には軽快した.創口離開は白内障手術併用例で1眼(2.5%)あり,術当日の眼圧が0mmHgで創口からの漏出と考えられたが,経過観察で翌日に眼圧は回復した.低眼圧,感染症はみられなかった.術式別の検討も行い,白内障手術併用群と,TrabectomeR単独で偽水晶体群・有水晶体群に分けて比較した.術後眼圧では,術前および術後3カ月までは3群間に有意差は認められなかった.6カ月の時点では,白内障手術併用群が22.2±7.7mmHg(n=6)で,TrabectomeR単独で偽水晶体眼群13.7±1.7mmHg(n=7)と比べ有意に高い(p<0.05)結果であった.ただし,白内障手術併用群の6カ月時点の眼圧には,追加手術の適応だが希望せず約半年間通院を自己中断していた1例2眼が含まれている.術式別の薬剤スコアでは,術前・術後とも有意差は認めなかった.(133)III考按日本においては開放隅角緑内障に対し,濾過手術として線維柱帯切除術,流出路再建術として線維柱帯切開術が症例に応じて使い分けられている.一方,米国や西欧諸国においては,成人の開放隅角緑内障に対する手術は線維柱帯切除術が標準術式とされている.線維柱帯切開術や隅角切開術はおもに小児の発達緑内障に対し行われている.線維柱帯切除術は良好な眼圧下降を得られるが,濾過胞のトラブルなど重篤な合併症を伴う可能性がある.こうしたなか,成人の開放隅角緑内障に対する流出路再建術としてTrabectomeRが2004年に米国のFDA(食品・医薬品局)で承認され,TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術が始められた.2010年9月には厚生労働省に承認され,日本でもTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術が行われている.TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術が従来の線維柱帯切開術と比べて有利な点は,結膜が温存できるため線維柱帯切除術やインプラントなどの追加手術が施行できることである.低眼圧,脈絡膜出血,濾過胞炎や眼内炎などの感染症といった重篤な合併症は少なく,しかもTrabectomeRを用いた線維柱帯切開術で眼圧下降が不十分であったり,長期経過で視野悪化がみられた場合には,結膜瘢痕化の問題なく線維柱帯切除術などが施行できる.また,角膜小切開創から施行でき,手術時間も約10.15分ほどと短いため,侵襲が少なく手技が比較的容易な手術といえる1.4).眼圧・眼圧下降率は,当院では術前眼圧は31.9±11.2mmHg,術後3カ月で16.2±3.8mmHg・43%(n=32),術後6カ月で17.4±5.7mmHg・37%(n=18)であった.日本では,渡邉が術前眼圧は25.9±9.2mmHg(n=24),術後3カ月で16.7±3.0mmHg・28.3%(n=19),術後6カ月で17.7±2.4mmHg・21.4%(n=20),術後12カ月で16.3±4.0mmHg・29.2%(n=22)と報告している4).海外では,Mincklerらが術前眼圧は23.8±7.7mmHg(n=1,127),術後24カ月で16.5±4.0mmHg・39%(n=50)と報告している5).Mosaedらは,最終の眼圧が21mmHg未満で,術後3カ月で術前眼圧より20%低下し,追加の緑内障手術を要さなかった場合を成功と定義し,TrabectomeR手術単独538例で成功率64.9%,成功例での術前眼圧は26.3±7.7mmHg,術後12カ月で16.6±4.0mmHg・31%,白内障手術併用290例で成功率86.9%,成功例での術前眼圧は20.2±6.0mmHg,術後12カ月で15.6±3.7mmHg・18%と報告している6).これら過去の報告では,1年以上の経過で眼圧下降率は18.39%と報告によりやや幅があるが,眼圧値は16mmHg前後に落ち着くことが多いようである.当院の結果は術後3カ月,6カ月までは眼圧16.18mmHgとやや高めであるが,眼圧下降率は40%前後と良好で,日本の渡邉の報告4)と術あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013267 後6カ月まではほぼ同様の眼圧値であった.おおむね,過去の報告と同様の結果と思われる.薬剤スコアは,術前平均4.8±1.9点から術後7日までは一次的に上昇を認めるものの,術後1カ月で4.1±1.4点(n=39),術後3カ月で3.1±1.1点(n=32),術後6カ月で2.9±1.6点(n=18)と減少した.渡邉は術前平均3.5点から術後6カ月で2.2点と報告している4).Mincklerらは術前平均2.8点から術後24カ月で1.2点と報告している5).MosaedらはTrabectomeR単独で術前平均2.88±1.30点から術後12カ月で2.09±1.35点,白内障手術併用で術前平均2.54±1.07点から術後12カ月で1.69±1.33点と報告している6).当院では術前平均4.8点と過去の報告よりやや高めであった.当院では手術決定から手術日までの間,一時的にアセタゾラミド内服を処方することが多く65%の症例で内服しており,このため術前薬剤スコアが高めとなったのではないかと考えられる.過去の報告ではいずれも術後に薬剤スコアが減少しており,当院でも同様に減少していた.当院では術後6カ月で2.9点と過去の報告よりやや高めであったが,平均して2剤中止することが可能であった.点眼薬を中止する時期に関しては,術後眼圧の経過と炎症の程度や隅角のPASの程度をみながらになるが,隅角の所見と眼圧下降の程度は個々の症例によっても異なり,点眼を中止しても眼圧上昇しないかの判断はむずかしく,今後も検討していく必要がある.当院での合併症は,過去の報告と同様の傾向であった.逆流性出血とそれによる前房出血が高頻度に認められるものの,1.2週間以内に消失する.線維柱帯切除術の追加手術は当院では7.5%,過去の報告では2.7.8.3%,術後3日までの一過性眼圧上昇は当院では7.5%,過去の報告では5.4.16.7%であった4.7).脈絡膜出血,低眼圧の持続や感染症など重篤な合併症は報告がない.他に,過去の報告では頻度の明確な記載がないが,当院では術後に処置を要したPAS形成が22.5%,遷延性の前房出血のための前房洗浄が10.0%あった.重篤な合併症が少ないことは当院も過去の報告も共通していた.PASは,術後の隅角の広さにも関係すると思われるが,術中に生じた線維柱帯組織の遺残物(いわゆるデブリス)や吸収の遅かった出血,フィブリンなどのために形成されたと推測される.線維柱帯切開術の術後に生じるPASと同様の機序で形成されることが考えられるが,線維柱帯切開術の術後に生じたPASは必ずしも眼圧上昇をもたらすとは限らないといわれており,今回のTrabectomeRにおいてもPASの影響はよくわかっていない.筆者らは,切開部位に広範囲に生じたPASが房水流出の妨げになる可能性を考えてレーザーによる癒着の解除や前房洗浄時に癒着解離術を行ったが,この処置が適切であったかどうかは判断がむずかしい.実際に9眼中3眼は処置後に眼圧が下降したが,変わらない場合も多く,2眼は逆に上昇した.PASの形成と眼圧上昇の関連,そしてこれに対して処置が必要か否かについては今後の検討が必要である.白内障手術により眼圧下降することは知られており,過去の報告においても白内障手術を併用すると成功率が高いという報告がある6).このため,白内障手術併用群と,TrabectomeR単独で偽水晶体群・有水晶体群に分けて比較した.当院の結果では,予想に反し術後6カ月時点の眼圧は白内障手術併用群がTrabectomeR単独で偽水晶体眼群と比べ有意に高い結果であった.しかし,対象症例も少数で,白内障手術併用群には追加手術を拒否して通院を自己中断し眼圧上昇を放置していた1例2眼が含まれており,単純には比較できないと考えられる.薬剤スコアでは有意差は認めなかったが,TrabectomeR単独で有水晶体眼群でやや高く,水晶体を残すと術後の使用点眼数がやや多くなっていた.当院の現時点での結果は,今後長期観察で傾向が変わってくる可能性があると考えられる.筆者らはTrabectomeRを用いて線維柱帯切開術を行い,良好な眼圧下降を得た.術後眼圧は16.18mmHgであり,10台後半の眼圧を目指した開放隅角緑内障に対する手術として今後期待できると思われる.今回の検討は短期成績であり,今後の長期観察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)前田征宏,渡辺三訓,市川一夫:TrabectomeTM.IOL&RS24:309-312,20102)渡邉三訓:TrabectomeR,Ex-PRESSRの臨床的評価.臨眼63(増刊):308-309,20093)FrancisBA,SeeRF,RaoNAetal:Abinternotrabeculectomy:developmentofanoveldevice(Trabectome)andsurgeryforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:68-73,20064)渡邉三訓:トラベクトーム(TrabectomeTM)手術装置.眼科手術24:317-321,20115)MincklerD,MosaedS,DustinLetal:Trabectome(trabeculectomy-internalapproach):additionalexperienceandextendedfollow-up.TransAmOphthalmolSoc106:149159,20086)MosaedS,RheeDJ,FilippopoulosTetal:Trabectomeoutcomesinadultopen-angleglaucomapatients:oneyearfollow-up.ClinSurgOphthalmol28:5-9,20107)MincklerDS,BaerveldtG,AlfaroMRetal:ClinicalresultswiththeTrabectomefortreatmentofopen-angleglaucoma.Ophthalmology112:962-967,2005268あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(134)

落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1276.1280,2012c落屑緑内障に対する再度の線維柱帯切開術の成績竹下弘伸山本佳乃越山健山川良治久留米大学医学部眼科学講座SurgicalOutcomeofRepeatTrabeculotomyforExfoliationGlaucomaHironobuTakeshita,YoshinoYamamoto,TakeshiKoshiyamaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:落屑緑内障に対する線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)後の眼圧上昇に対し再度LOTを施行した症例について検討した.対象および方法:落屑緑内障に対し初回LOTを施行した285眼のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)を対象とした.初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再LOTは,初回LOT後に少なくとも1年以上眼圧下降効果が得られていた症例に行った.結果:再LOT後の眼圧および薬剤スコアは,術前と比較して有意に下降した(p<0.05).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率(18カ月)は76.2%であった.追加処置が必要であった合併症は1眼のみであった.結論:落屑緑内障において初回LOT後の再LOTは,重篤な合併症はみられず眼圧下降が得られたPurpose:Toevaluatethesurgicaloutcomeofrepeattrabeculotomy(LOT)forexfoliationglaucoma.Methods:InitialLOTwasperformedin285eyes,ofwhich26eyes(24cases)requiredrepeatLOT.AverageperiodbetweeninitialandrepeatLOTwas49.7±27.7months;follow-upperiodwas19.8±22.5months.Intraocularpressure(IOP)hadbeencontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT.Results:IOPandmedicationscoreafterrepeatLOTdecreasedsignificantlycomparedwithbeforesurgery(p<0.05).Kaplan-Meiersurvivalanalysisshowedthesuccessrate(IOP≦20mmHg)at18monthstobe76.2%.Oneeyehadacomplicationrequiringadditionalprocedure.Conclusions:Inexfoliationglaucoma,withIOPcontrolledforatleastoneyearafterinitialLOT,repeatLOThadIOP-loweringeffectwithoutseriouscomplications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1276.1280,2012〕Keywords:落屑緑内障,線維柱帯切開術,再手術,眼圧,生存率.exfoliationglaucoma,trabeculotomy,repeattrabeculotomy,intraocularpressure,survivalrate.はじめに落屑緑内障は,高齢者に多く,発見時すでに高眼圧と進行した視機能障害を有する症例が多いとされており,治療に関しても薬剤抵抗性で外科的な治療を必要とすることが多く,予後不良の症例も少なくない1).落屑緑内障に対する初回手術として線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)が有効であることは多数報告されており2.4),当院においても落屑緑内障に対する初回手術はLOTを標準術式としている.しかし,本疾患に有効とされているLOT後の成績も長期経過では眼圧下降効果は減弱し眼圧コントロールが再度不良となってくることがあり,再手術が必要となった場合,術式選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回手術としてLOT(単独手術もしくは白内障同時手術)の落屑緑内障に対し再手術として再度LOT(単独手術もしくは白内障同時手術)を施行した症例の術後成績をretrospectiveに検討した.I対象および方法対象は1999年2月から2009年12月までに,落屑緑内障に対し初回LOTを行った285眼(白内障同時手術165眼,LOT単独120眼)のうち,再LOTを施行し術後3カ月以上経過観察が可能であった症例24例26眼(白内障同時手術8眼,LOT単独18眼)である.男性14例15眼,女性10例〔別刷請求先〕竹下弘伸:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HironobuTakeshita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN127612761276あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(100)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 11眼,再LOT時の平均年齢は73.1±9.1歳,初回LOTから再手術LOTまでの期間は平均49.7±27.7カ月,再手術後の観察期間は平均19.8±22.5カ月であった.再手術時の再LOTの選択基準は,初回LOT後に少なくとも1年以上,緑内障点眼薬の使用を含め眼圧20mmHg以下にコントロールされていたが,その後に眼圧が21mmHg以上に再上昇した場合を再LOTの適応とした.なお,急激な視野狭窄の進行を認めていた場合には線維柱帯切除術(trabeculectomy:LECT)を行った.初回手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行し,再手術としてLOT単独手術を施行したものをA群,すでに白内障手術後で初回LOTを単独で施行し,再手術として再度LOT単独手術を施行したものをB群,初回手術としてLOTを単独で施行し,再手術としてLOTおよび白内障同時手術を施行したものをC群とした.A群11眼,B群7眼,C群8眼であった.対象の内訳を表1に示し,対象の背景を表2に示す.平均年齢はA群,B群に比べC群で有意に若かっ表1対象の内訳既往手術初回LOT再LOTA群─LOT+PEA+IOLLOT単独B群PEA+IOLLOT単独LOT単独C群─LOT単独LOT+PEA+IOLLOT:線維柱帯切開術,PEA+IOL:超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術.た(p<0.05).症例数,再LOTまでの期間,術後観察期間は各群に有意差はなかった.手術方法は,初回LOTを白内障同時手術で同一創より施行した症例では,再手術として耳側もしくは鼻側の下方象限よりLOTを施行した.初回LOTを下方象限より施行した症例では,その対側の下方象限より再LOTを施行した.なお,白内障同時手術では超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を角膜切開で行い,LOTにおいてはsinusotomyおよびdeepsclerectomyの両方またはいずれかを併用した.術後は,前房内に逆流した血液がSchlemm管内壁切開部を覆い,流出路障害を起こさないように,術創を避ける方向に側臥位をとらせた.検討項目は再LOT後の眼圧経過,薬剤スコア,生存率,合併症,視力,湖崎分類での視野の経過を検討した.薬剤スコアは緑内障点眼1剤を1点,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を2点と換算した.生存率はKaplan-Meier生命表法を用い,2回連続で眼圧が20mmHgを超えた時点,炭酸脱水酵素阻害薬内服を追加した時点,再手術を追加した時点を死亡と定義した.II結果再LOT前後の全体における眼圧経過を図1に示す.再LOT前の平均眼圧は,28.1±5.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,術後24カ月まで有意な眼圧下降していた表2対象の背景全体A群B群C群眼数平均年齢(歳)再LOTまでの期間(月)観察期間(月)2673.1±9.149.7±27.719.8±17.81177.3±4.859.0±32.719.8±22.5775.6±9.942.0±23.514.8±7.1865.1±8.3*43.7±22.724.2±17.7*p<0.05(Mann-Whitney検定).4035302520151050術前13******眼圧(mmHg)n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26術前136121824眼圧(mmHg):A群:B群:C群*********40353025201510506121824観察期間(月)観察期間(月)図1眼圧経過(全体)図2眼圧経過(群別)術後24カ月まで眼圧は有意に下降した(Wilcoxonsigned-A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下降ranktest:p<0.05).していた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった.(101)あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121277 76543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群7654321076543210薬剤スコア(点)******n=21n=15n=11n=8n=26n=26n=26薬剤スコア(点)*********:A群:B群:C群76543210術前136121824術前1361218観察期間(月)観察期間(月)図3薬剤スコア(全体)図4薬剤スコア(群別)平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少をA群およびC群では経過中再LOT前と比較して有意に減少し認めた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).ていた(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった.10076.2%A群100%C群83%B群43%10080生存率(%)8060生存率(%)60404020006121824観察期間(月)図5生存率(全体)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で76.2%であった.(Wilcoxonsigned-ranktest:p<0.05).再LOT前後の群別における眼圧経過を図2に示す.再LOT前の全体における平均眼圧は,A群29.6±6.5mmHg,B群28.1±2.4mmHg,C群26.0±6.9mmHgであった.再LOT後の平均眼圧は,A群およびC群において術後18カ月時点まで有意に眼圧下20006121824観察期間(月)図6生存率(群別)眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点でA群100%,B群43%,C群83%であった.1.0降していた(p<0.05)が,B群では再LOT後3カ月以降の有意な眼圧下降はなかった(図2).再LOT前の全体における平均薬剤スコアは4.7±1.1点で最終視力0.1あり,再LOT後の平均薬剤スコアは24カ月時点まで有意な薬剤スコアの減少を認めた(p<0.05)(図3).再LOT前の各群における平均薬剤スコアは,A群4.4±1.1点,B群5.2±0.9点,C群4.3±1.0点であった.3カ月時点でA群およびC群では1点前後に減少し,その後両群とも徐々に増加する傾向がみられたが,経過中の薬剤スコアは再LOT前と比較して有意に減少していた(p<0.05).B群では術後3カ月以降の有意な薬剤スコアの減少はなかった(図4).眼圧20mmHg以下でのKaplan-Meier生命表法を用いた生存率は,術後18カ月時点で全体76.2%(図5),A群100%,B群43%,C群83%(図6)であった.1278あたらしい眼科Vol.29,No.9,20120.01光覚弁0.010.11.0術前視力図7視力経過術前と最終視力を比較して2段階以上視力が低下したのは2眼(7.7%)であった.術中・術後合併症は,1週間以上遷延した前房出血を2眼に認めた.また,Descemet膜.離を1眼,4mmHg以下の低眼圧を2眼,トラベクロトームの早期穿破を1眼に認め(102) 最終視IaIbIIaIIbIIIaIIIbIVVaVbVbVaIVIIIbIIIaIIbIIaIbIa術前視野図8視野経過湖崎分類による術前と最終視野を比較して視野狭窄が進行したのは5眼(19%)であった.た.追加処置が必要であった合併症は,前房出血の遷延に対し前房洗浄を要した1眼のみであった.再LOTの術前と最終視力の経過を図7に示す.術前と比較して2段階以上視力が低下した症例は2眼(7.7%)あり,その原因は視野狭窄の進行と考えられた.再LOTの術前と最終視野を図8に示す.再LOT前後の視野は,5眼(19%)に視野狭窄が進行した.そのうち2眼は視力低下した症例と一致しており末期緑内障の進行によるものであった.III考察落屑緑内障に対するLOTの有効性と安全性については,すでに多くの報告4,5)があり,当院でも初回手術は下方からのLOTを第一選択としていることが多い.LOTの術後眼圧は,10mmHg台後半に落ち着くことが多いとされて2,4.6)おり,緑内障点眼薬を併用しても眼圧値が20mmHg未満の5年生存率は65.73.5%であると報告されている4,5,7).しかし,再手術が必要となったときは,術式の選択に苦慮することがある.そこで,今回,初回LOT後の再LOTの術後成績の検討を行った.禰津ら3)は再度LOTを施行する有効性について,初回LOTで眼圧コントロールの改善が得られた症例では再度眼圧コントロールが得られるとしている.しかし,初回LOT無効例においてはSchlemm管以後の生理的な流出路が何らかの原因により廃用性に機能を失っている可能性があり,その場合は他の術式に頼らざるをえないと述べている.落屑緑内障に対する初回LOT後の再LOTの報告として福本ら7)は,落屑緑内障に対し初回LOT後に1年以上にわたって眼圧下降が得られていた症例に対しては再度LOTが有効であるとしている.再手術としてLOT単独とLOT併用白内障手術を比較した場合,LOT併用白内障手術(103)のほうが眼圧,生存率,点眼スコアは良好であったと報告している.今回の検討では,眼圧コントロールについて,眼圧値は24カ月時点において術前と比較し有意に眼圧下降しており,20mmHg未満の生存率は18カ月時点で76.2%と良好な結果が得られ,同様な結果であった.落屑緑内障の眼圧上昇の機序について伊藤ら8),猪俣ら9)は,まず線維柱帯内皮細胞の変性が起こり,線維柱層板肥厚と,線維柱帯間隙の狭窄または閉塞,線維柱帯における落屑物質の形成貯留,さらに虹彩色素上皮などの変性により形成された落屑物質や遊離した色素上皮顆粒,それらを貪食したマクロファージなどが狭くなった線維柱帯間隙に貯留することなどの機序が重なって房水流出抵抗が増大し発生すると述べている.隅角で局所産生された落屑物質が傍Schlemm管結合組織内に集積し,その結果同部とSchlemm管の変性が起こり,房水流出抵抗の増大とそれに続く眼圧上昇をきたすと報告されている1,10).今回,対象を既往手術,手術の順番で群分けし検討を行った.白内障手術既往眼に初回LOTを行い,眼圧が再上昇し再度LOTを行ったB群においては有意に眼圧下降効果が不良であった.B群は白内障手術既往眼で再LOT時すでに3回目の手術となり,他群より1回多く手術による炎症を受けている.落屑症候群を伴う眼では,白内障手術後にも落屑物質が産生される11)ことがいわれており,白内障手術による炎症の既往による変化と落屑物質の線維柱帯への蓄積が房水流出障害を起こし,LOTの再手術の眼圧下降効果を減弱させている可能性があると推測した.しかし,各群の症例数は少なく経過観察期間も短いため,既往手術と手術の順番が手術成績に関連があるかについては,今後も症例数を増やし長期的に検討を要すると考えられた.再LOT後の視力,視野経過については,視力低下が2眼(7.7%),視野進行が5眼(19%)に認められた.寺内ら12)は,LOT後の視力低下は12.2%に認められ,その原因は視野進行に伴うものであり,このうち白内障の進行による8.2%は白内障手術によって改善したと報告している.当院における再LOT後の視力低下は,全症例が眼内レンズ挿入眼であるため白内障進行による視力低下はなく,再LOT前に湖崎分類Ⅳ期の症例が再LOT後に湖崎分類Vb期に進行し,いずれも視野狭窄の進行に伴うものであった.視野狭窄が進行した5眼(19%)は,いずれも湖崎分類IIIa期以上の症例であった.このうち3眼(12%)は再LOT後の眼圧が18mmHg以下でコントロールされていたものの視野狭窄が進行していた.そのため術後の経過観察を行ううえでは,視野の進行度を考慮した目標眼圧を設定しコントロールすることが重要であると考えられた.再手術の術式選択においても目標眼圧がlow-teensである場合,LOTにおける眼圧下降には限界があるとも考えられる.しかし,再度LOTを選択すあたらしい眼科Vol.29,No.9,20121279 るかLECTを選択するかは,視野の進行度や年齢,生活スタイル,全身状態,キャラクターなど症例個々の背景により異なるため,単純に答えは見いだせない.今回の検討から,LOTではLECTでみられるような重篤な合併症13)はみられず,術後管理が容易である点,初回LOTの対側下方から再LOTを行うことで上方結膜を温存する点からも,少なくとも初回LOT後に1年以上眼圧下降効果が得られ視野も進行していない症例に対しては,再度下方からLOTを選択してよいと考えられた.今後も症例数を増やし長期的に検討していきたいと考えている.文献1)布田龍佑:落屑緑内障.眼科手術19:291-295,20062)松村美代,永田誠,池田定嗣ほか:水晶体偽落屑症候群に伴う開放隅角緑内障に対するトラベクロトミーの有効性と術後の眼圧値.あたらしい眼科9:817-820,19923)禰津直久,寺内博夫,沖波聡ほか:トラベクロトミー複数回手術例の経過.眼臨80:499-501,19864)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleffectsoftrabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19935)稲谷大:線維柱帯切開術の術後管理のポイントは?あたらしい眼科25(臨増):172-174,20086)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1148-1152,20087)福本敦子,後藤恭孝,黒田真一郎ほか:落屑緑内障に対するトラベクロトミー後の再手術の検討.眼科手術22:525528,20098)伊藤憲孝,猪俣孟:緑内障を伴う落屑症候群の隅角および虹彩の病理組織学的研究.日眼会誌89:838-849,19859)猪俣孟,田原昭彦,千々岩妙子ほか:落屑緑内障の臨床と病理.臨眼48:245-252,199410)Schlozter-SchrehardtU,NaumannGOH:落屑症候群形態学および合併症.NaumannGOHed:眼病理学II,p13531404,シュプリンガー・フェアラーク東京,199711)名和良晃,辰巳晃子,山本浩司ほか:落屑症候群での超音波乳化吸引術後の落屑物質産生の組織学的観察.臨眼51:1393-1396,199712)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:TrabeculotomyProspectiveStudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,200013)宮田博,市川有穂,杉坂英子:落屑緑内障に対するトラべクレクトミーの手術成績.あたらしい眼科24:952-954,2007***1280あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(104)

線維柱帯切開術後の選択的レーザー線維柱帯形成術の効果

2012年2月29日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(2):267.271,2012c線維柱帯切開術後の選択的レーザー線維柱帯形成術の効果森村浩之伊藤暁高橋愛池田絵梨子公立学校共済組合近畿中央病院眼科E.ectofSelectiveLaserTrabeculoplastyforPrimaryOpen-AngleGlaucomawithPriorHistoryofTrabeculotomyHiroyukiMorimura,SatoruItoh,AiTakahashiandErikoIkedaDepartmentofOphthalmology,KinkiCentralHospital目的:線維柱帯切開術(LOT)既往の原発開放隅角緑内障(POAG)症例での選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の眼圧下降効果をレトロスペクティブに検討した.対象および方法:過去にPOAGに対してLOTが行われ,2008年から2010年までにSLTを施行した15例15眼を対象とした.平均年齢は62.3±12.0歳(42.81歳)で平均経過観察期間は18.3±8.1カ月(1.33カ月)であった.眼圧,眼圧下降率(ΔIOP)について検討した.LOTは白内障同時手術8例8眼,LOT単独手術が7例7眼であり,そのうち3例3眼はすでに眼内レンズ挿入眼であった.SLTは全例全周に照射した.結果:SLT前の眼圧は19.2±3.4mmHgで,SLT後1カ月で15.4±3.1mmHg,3カ月で13.7±3.2mmHg,6カ月で14.1±2.7mmHg,12カ月で16.1±4.0mmHgとなり,眼圧下降率はSLT後1カ月,3カ月,6カ月,12カ月がそれぞれ18.5±15.6%,26.9±17.7%,24.4±18.9%,17.3±17.3%となり有意に下降した(p<0.05).SLTの眼圧下降率10%とした有効率は80%,20%では53.3%,3mmHg以上下降では60%であった.2回連続で眼圧下降率が10%未満となったときの最初の時点をendpointと定義したKaplan-Meier法による12カ月後の生存率は,58.2%であった.重回帰分析で,SLT後の眼圧に関与する有意な因子は,SLT治療前の眼圧値であった.結論:SLTはLOT後であっても有意に眼圧を下降させる効果があった.LOT後に眼圧上昇をきたした場合,線維柱帯切除術を行う前に一度試みてよいと考えられた.Weretrospectivelyevaluatedtheintraocularpressure(IOP)-loweringe.ectsofselectivelasertrabeculoplasty(SLT)inpatientswithprimaryopen-angleglaucoma(POAG)whohadpreviouslyundergonetrabeculotomy(LOT).Includedinthisstudywere15eyesof15patientswithPOAGwhounderwentLOTandhadundergoneSLTbetween2008and2010.Meanpatientagewas62.3±12.0years(mean±standarddeviation),rangingfrom42to81years.Followupperiodwas18.3±8.1months,rangingfrom1to33months.Ofthe15eyes,8hadundergoneLOTwithphacoemulsi.cationandaspiration+intraocularlensimplantation(PEA+IOL);theother7eyeshadundergonesingleLOT,3ofthosealsoreceivingPEA+IOL.SLTwasappliedover360degreesofthetrabecularmeshwork.MeanIOPdecreasedfrom19.2±3.4mmHgto15.4±3.1mmHgat1month,13.7±3.2mmHgat3months,14.1±2.7mmHgat6months,and16.1±4.0mmHgat12months.IOPreductionratewas18.5±15.6%at1month,26.9±17.7%at3months,24.4±18.9%at6months,and17.3±17.3%at12months,signi.cantlydi.erentvalues(p<0.05).Theresponderratefor10%,20%orover3mmHgpressurereductionwas80%,53.3%,or60.0%respectively.Kaplan-Meiersurvivalanalysisshowedthatthesuccessratesfortwoconsecutive10%IOPreductionat12monthsafterSLTwas58.2%.Pre-SLTIOPandpost-SLTIOPshowedcorrelationonmultipleregressionanalysis.SLTsigni.cantlydecreasedIOPinpatientswithPOAGwhohadundergoneLOT.SLTappearstobeane.ectivetreatmentforuncontrolledPOAGwithpriorhistoryofLOT,before.lteringsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):267.271,2012〕Keywords:選択的レーザー線維柱帯形成術,線維柱帯切開術,原発開放隅角緑内障,眼圧.selectivelasertrabe-culoplasty,trabeculotomy,primaryopen-angleglaucoma,intraocularpressure.〔別刷請求先〕森村浩之:〒664-8533伊丹市車塚3-1公立学校共済組合近畿中央病院眼科Reprintrequests:HiroyukiMorimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KinkiCentralHospital,3-1Kurumazuka,Itami,Hyogo664-8533,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(119)267はじめに原発開放隅角緑内障(POAG)に対して線維柱帯切開術(LOT)を行った後の眼圧は,15mmHg以上のhighteensになることが多いと報告されている1).緑内障の病期が早期あるいは,高齢であれば,この眼圧値でも許容されると考えられるが,経過観察中,視野進行がみられたり,眼圧上昇をきたし,さらに追加処置が必要になることもある.この場合,線維柱帯切除術が行われることが一般的である2).しかし,線維柱帯切除術には濾過胞への細菌感染をはじめとした少なくない合併症が知られており,患者の年齢,意思を考えた場合,レーザーなど他の方法も考慮される場合がある3).選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculo-plasty:SLT)は1995年にLatinaらによりメラニン吸収率の高い半波長Nd:YAGレーザー(波長532nm)をごく短時間照射することにより隅角色素上皮のみに選択的に作用し,眼圧を下降させる基礎実験が報告された4).その後,1998年にヒトでの応用が初めて報告され,以降数多くの眼圧下降の報告がされている5.10).これまで,無治療のPOAGあるいは,抗緑内障点眼薬使用中でのSLTの検討が多く,緑内障手術後のSLTの効果についての報告は少ない.今回,筆者らはLOT後に眼圧コントロール不良,視野進行により,さらに眼圧下降が必要になり,その方法としてSLTを行い,その眼圧下降効果についてレトロスペクティブに検討した.I対象および方法対象は,2008年1月から2010年5月までに当科でLOT後に眼圧コントロール不良,視野進行により,さらに眼圧下降のためSLTが必要になったPOAG症例15例15眼で,LOTは1回行われており,初めてSLTを施行し,1カ月以上経過観察できた症例とした.眼圧測定は,Goldmanntonometerで行った.LOTはLOT単独で行った症例が7眼,そのうち3眼ではLOT以前に超音波乳化吸引白内障手術+眼内レンズ挿入術(PEA+IOL)が行われており,IOL挿入眼であった.8眼はLOT+PEA+IOLが行われていた.男性7例7眼,女性8例8眼,平均年齢は62.3±12.0歳(42.81歳),平均観察期間は18.3±8.1カ月(1.33カ月),LOTからSLTまでの期間は平均44.1±44.2カ月(3.192カ月),術前眼圧19.2±3.4mmHg(14.26mmHg),緑内障治療薬は平均2.3±0.6剤(1.3剤)であった.SLT後,経過観察期間中は点眼薬の変更は1眼で,SLT後6カ月でラタノプロスト1剤からラタノプロスト+チモロール合剤とブリンゾラミド点眼に増量していた.この1眼は点眼増量の時点で打ち切りとした.観血的治療をSLT後に行った症例は,今回の経過観察中にはなかった.SLTは術前に十分説明し,患者から同意を得たうえで,ellex社製TangoRを使用し,波長532nm,spotsize400μm,パルス幅3ns,照射範囲は360°全周行った.Powerは気泡が生じる程度の最小エネルギーで0.6.0.9mJで,平均103発(80.120発)照射した.総照射エネルギーは平均85.3±15.5mJ(64.0.132.0mJ)であった.全症例でSLT前後に1%アプラクロニジン(アイオピジンR)を点眼し,ステロイド点眼は使用しなかった.SLT前とSLT後の平均眼圧を比較して,pairedt-testで検定した.同時期に行った観血的治療既往のないSLT単独治療を行った15例15眼と比較し,pairedt-testで検定した.SLTの有効率を眼圧10%,20%,3mmHg以上下降に分類し,検討した.緑内障点眼薬数を2剤以下と3剤以上の症例に分けて,眼圧下降率を比較検討した.眼圧下降率が2回連続で10%未満となったときの最初の時点,緑内障点眼薬が増加したときをendpointと定義して,Kaplan-Meier生命表解析を行った.さらに眼圧に影響する因子を重回帰分析により検討した.検討した因子は,性別,年齢,LOTからSLTまでの期間,緑内障点眼薬数,SLT総エネルギー,SLT前の眼圧である.統計解析ソフトはJMPver8.0を使用した.II結果症例全体の眼圧経過を図1に示す.SLT前の眼圧は19.2±3.4mmHgで,SLT1カ月後15.4±3.1mmHg,3カ月後13.7±3.2mmHg,6カ月後14.1±2.7mmHg,12カ月後16.1±4.0mmHg,最終診察時14.9±3.7mmHgとなり,SLT後1カ月,3カ月,6カ月,12カ月でSLT前に比べすべての時期で,有意に眼圧は下降した(p<0.05).図2に眼圧下降率を示す.SLT後1カ月で18.5±15.6%,3カ月で26.9±17.7%,6カ月で24.4±18.9%,12カ月で17.3±17.3%,最終診察時20.0±21.7%となった.当院で同時期に行った緑内障点眼使用症例でSLTのみを行った15例15眼では,SLT前の眼圧は18.6±4.4mmHgで,SLT1カ月後15.4±4.0mmHg,3カ月後14.8±3.5mmHg,6カ月後15.4±3.9mmHg,12カ月後15.5±2.8mmHg,最終診察時(平均観察期間23.7±6.7カ月)15.3±2.6mmHgであった.各時期ともLOT後のSLT症例の眼圧値と有意な差はみられなかった(p>0.05).最終診察時(平均観察期間18.3カ月)での,SLTの有効率は10%以上下降とした場合80%,20%以上下降とした場合53.3%,3mmHg以上下降とした場合60%となった.また,SLT後6カ月での有効率は10%以上下降した場合64.3%,20%以上下降とした場合57.1%,3mmHg以上下降とした場合64.3%となった.SLT前の緑内障点眼薬数を2剤以下と3剤以上に分けて,SLTによる眼圧下降値を検討した.2剤以下の群ではSLT前19.1±4.2mmHgであったが,SLT後最終診察時は14.3268あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(120)017.318.520.024.426.920406080眼圧下降率(%)100観察期間(眼数)図1LOT後のSLTの眼圧経過Pairedt-test*:p<0.05.1009080706050403020100123456789101112観察期間(月)図3眼圧下降率10%未満が2回連続した最初の時点をend累積生存率(%)観察期間(眼数)図2LOT後のSLTによる眼圧下降率表1重回帰分析によるSLTの眼圧下降に影響を与える因子についてF値p値性別4.20230.0745年齢0.00340.9547LOT-SLT期間0.85510.3822点眼数0.91470.3669SLT総エネルギー4.44220.0681SLT前の眼圧値11.65290.0092**:p<0.05.内障に対してSLTを行った結果を検討した.これまで,未治療のPOAGに対するSLTの効果については,McIlraithpointと定義したKaplan-Meier生命表解析±3.6mmHgとなり,眼圧下降率は25.1%であった.3剤以上の群ではSLT前19.3±1.1mmHgであったが,SLT後最終診察時は15.8±3.8mmHgとなり,眼圧下降率は18.1%であった.両群間のSLT前,SLT後の眼圧,眼圧下降率に有意差はみられなかった.眼圧下降率が2回連続10%未満となったときの最初の時点あるいは緑内障点眼薬が増量となった時点をendpointと定義したKaplan-Meier生命表解析結果を図3に示す.SLT後1カ月で80.0%,3カ月で80.0%,6カ月で65.5%,12カ月で58.2%の生存率となった.SLT後の眼圧下降率に影響を与える因子を重回帰分析により検討した(表1).SLT前の眼圧値が高い症例ほど眼圧下降率が高く,有意に相関していた(p<0.05).性別,年齢,LOTからSLTまでの期間,緑内障点眼薬数,SLT総エネルギーにおいては,有意な相関はみられなかった.III考按今回は,すでに線維柱帯切開術が行われている開放隅角緑ら,Nagarらにより,SLT後1年で30%以上の眼圧下降効果があると報告されている6,7).緑内障点眼薬使用下でのSLTの成績についても数多くの報告がある10.14).有効性については,各報告により異なり,また対象症例の病型,背景も異なるため,単純な比較は困難であるが,緑内障点眼下では,眼圧下降率は10%台となり,未治療のPOAGに対する効果より小さくなっていた.さらに緑内障手術が行われている症例に対するSLTの報告では,これまでは濾過手術と流出路再建術をまとめて緑内障手術歴として検討されていることが多い.緑内障手術のSLTの眼圧下降に与える影響については,報告により異なる.真鍋らはLOTと線維柱帯切除術(LEC)を合わせて8眼で検討しており,手術既往眼のほうが,有意に眼圧下降していたと報告している15).南野らも症例数は少ないが,LEC3眼(2眼は非穿孔性線維柱帯切除術,1眼が線維柱帯切除術)で,それぞれSLTが有効であったと報告している16).一方,望月らは眼圧下降幅3mmHg以上または眼圧下降率20%以上を有効とした場合,LEC4眼ではすべて無効で,LOT1眼も3カ月までは有効であったが6カ月目に無効になったと,LEC既往眼で成績が悪かったと報告している17).(121)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012269上野らは,濾過手術5眼,流出路再建術4眼でSLT後3カ月で有意な眼圧下降がみられなかったと報告している18).今回筆者らの検討では,SLT360°照射で,SLT後1カ月,3カ月,6カ月,12カ月において,有意な眼圧下降が得られ,有効率は10%以上下降とした場合80%,20%以上下降とした場合53.3%,3mmHg以上下降とした場合60.0%となった.これは,未治療のPOAGに対するSLTの効果より弱いが,緑内障点眼薬使用下でのSLTの効果と同程度と考えられ,LOT後のSLTは,今回の検討では有効であった.今回の検討でも緑内障点眼薬は2.3±0.5剤使用されており,緑内障点眼薬使用のうえにさらにLOTを行っている症例であった.緑内障点眼薬の薬剤数とSLTの効果については,点眼薬数が多いほうがSLTの効果が弱いという報告9,10,19)がある一方,緑内障点眼薬が処方されている症例ではSLTの効果はSLT前の点眼数の量には影響されないという報告8,17,20)もあり,報告により差がみられる.LOT後のSLTの効果についても,緑内障点眼薬2剤以下と3剤以上使用例に分けて眼圧下降率を検討したが,2剤以下の症例群では25.1%,3剤以上でも18.1%と両群間に有意な差はみられなかった.まったく緑内障点眼薬が使用されていない未治療例と比べると緑内障点眼薬使用群はSLTの効果が減弱する可能性があるが,複数の緑内障点眼薬が使用されている場合には,SLTとの相互作用を判断するのはむずかしいと考えられた.今回,SLTの効果に影響を与える因子として,SLT前の眼圧があげられたが,これはSLT前の眼圧が16mmHg以上の群で成績がよかったという報告17)やSLT1年後の眼圧下降率が大きい症例は有意にSLT前眼圧が高かったという報告21),術前眼圧が低い症例では有意にSLTが不成功になりやすかったという報告9),SLT前眼圧とSLT後1カ月の眼圧下降率の単回帰分析で,術前眼圧が低いほど眼圧下降率が小さくなったという報告10)に一致する結果であった.今回のLOT後のPOAGに対してSLTを行った検討では,SLT後12カ月まで有意な眼圧下降が得られ,その程度はこれまでの緑内障点眼を行っている症例に対するSLTの効果と同程度であった.そのなかでもSLT後3カ月,6カ月では20%以上の眼圧下降率が得られたが,これはLOT後のPOAGで,さらに眼圧下降が必要になった症例に絞られたため,SLT前の眼圧がいわゆるlowteensの眼圧の症例がなく,比較的SLT前の眼圧が高い症例になったことが関連していると考えられる.SLTは比較的合併症の少ない治療で,LOT後であっても有意な眼圧下降が得られたので,LECを行う前に一度試みられてもよいと考えられた.しかし,本検討はレトロスペクティブな検討であり,症例数も少ないため,今後さらに症例数を増やし,長期間の検討を行うとともに,プロスペクティブな検討も必要と考えられた.本論文の要旨は,第21回日本緑内障学会(2010年)にて発表した.文献1)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:Trabeculotomypro-spectivestudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,20002)稲谷大:緑内障Now!緑内障の治療レーザー治療・手術治療線維柱帯切開術の術後管理のポイントは?あたらしい眼科25(臨増):172-174,20083)東出朋巳:緑内障手術の限界術中・術後合併症からみた安全性の限界.眼科手術17:9-14,20044)LatinaMA,ParkC:Selectivetargetingoftrabecularmeshworkcells:invitrostudiesofpulsedandCWlaserinteractions.ExpEyeRes60:359-371,19955)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertrabeculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthalmology105:2082-2088,19986)McIlraithI,StrasfeldM,ColevGetal:Selectivelasertrabeculoplastyasinitialandadjunctivetreatmentforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:124-130,20067)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Arando-mised,prospectivestudycomparingselectivelasertrabe-culoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1417,20058)狩野廉,桑山泰明,溝上志朗ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.日眼会誌103:612-616,19999)SongJ,LeePP,EpsteinDLetal:Highfailurerateassoci-atedwith180degreesselectivelasertrabeculoplasty.JGlaucoma14:400-408,200510)齋藤代志明,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌111:953-958,200711)JuzychMS,ChopraV,BanittMRetal:Comparisonoflong-termoutcomesofselectivelasertrabeculoplastyversusargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglauco-ma.Ophthalmology111:1853-1859,200412)DamjiKF,BovellAM,HodgeWGetal:Selectivelasertrabeculoplastyversusargonlasertrabeculoplasty:resultsfroma1-yearrandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol90:1490-1494,200613)Martinez-de-la-CasaJM,Garcia-FeijooJ,CastilloAetal:Selectivevsargonlasertrabeculoplasty:hypotensivee.cacy,anteriorchamberin.ammation,andpostoperativepain.Eye18:498-502,200414)DamjiKF,ShahKC,RockWJetal:Selectivelasertrabeculoplastyvargonlasertrabeculoplasty:aprospec-tiverandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol83:718-722,199915)真鍋伸一,網野憲太郎,高島保之ほか:SelectiveLaserTrabeculoplastyの治療成績.眼科手術12:535-538,199916)南野桂三,松岡雅人,安藤彰ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科26:1249-1252,2009270あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(122)17)望月英毅,高松倫也,木内良明:選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後6カ月の有効率.あたらしい眼科25:693-696,200818)上野豊広,岩脇卓司,湯才勇ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科25:1439-1442,200819)松葉卓郎,豊田恵理子,大浦淳史ほか:全周照射による選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.眼科手術22:401-405,200920)山崎裕子,三木篤也,大鳥安正ほか:大阪大学眼科における選択的レーザー線維柱帯形成術の成績.眼紀58:493-498,200721)HodgeWG,DamjiKF,RockWetal:BaselineIOPpredictsselectivelasertrabeculoplastysuccessat1yearpost-treatment:resultsfromarandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol89:1157-1160,2005***(123)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012271