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下鼻側および下耳側からのTrabeculotomyの術後成績

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(131)1499《原著》あたらしい眼科28(10):1499?1502,2011cはじめに線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)の初回手術では,将来の濾過手術の可能性を考慮して上方結膜を温存するのが望ましいと考えられている1).これまでLOTにおいて切開部位による眼圧下降の差は上方からのアプローチおよび下方からのアプローチでは差がないという報告が散見される2?4).LOTの初回手術における下方アプローチとして耳側からのアプローチと鼻側からのアプローチの2つがあるが,解剖学的にSchlemm管に開口しているコレクターチャネルの数は耳側より鼻側のほうが多いと報告されている5)ことから下鼻側アプローチと下耳側アプローチとで術後の眼圧に差が生じる可能性が考えられるものの詳細な報告は少ない.そこで,今回筆者らは初回LOTにおける下鼻側からのアプローチと下耳側からのアプローチで術後の眼圧下降に差があるかを検討する目的で,同一術者が同一患者に対して片眼は下耳側アプローチ,僚眼は下鼻側アプローチのLOTを施行し術後成績を比較検討したので報告する.〔別刷請求先〕渡部恵:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MegumiWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,S1W16,Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN下鼻側および下耳側からのTrabeculotomyの術後成績渡部恵*1稲富周一郎*1近藤みどり*2田中祥恵*3片井麻貴*4大黒幾代*1大黒浩*1*1札幌医科大学医学部眼科学講座*2千歳市民病院眼科*3JR札幌病院眼科*4札幌逓信病院眼科ComparisonofTrabeculotomyviaInferonasalandInferotemporalApproachesMegumiWatanabe1),ShuichiroInatomi1),MidoriKondo2),SachieTanaka3),MakiKatai4),IkuyoOhguro1)andHiroshiOhguro1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,ChitoseCityHospital,3)DepartmentofOphthalmology,JRSapporoHospital,4)DepartmentofOphthalmology,SapporoTeishinHospitalTrabeculotomy(LOT)の術後成績を切開部位で比較した.対象は両眼にLOTを施行し,術後3カ月以上経過観察できた22例44眼で,年齢は60.0±12.6歳,病型は原発開放隅角緑内障16例,落屑緑内障1例,発達緑内障4例,ステロイド緑内障1例.術後経過観察期間は3?21カ月(平均9.5カ月)であった.強膜弁は同一患者に片眼は下鼻側に,僚眼は下耳側に作製した.術前および術後12カ月における眼圧は下鼻側群で18.2±5.2mmHg,14.9±3.8mmHg,下耳側群で17.5±4.2mmHg,14.9±2.4mmHgと両群ともに術前より有意に下降したが,2群間での差は認められなかった.最終観察時での16mmHg以下へのコントロール率は下鼻側群で42.5%,下耳側群で30.7%であったが,2群間に有意差はなかった.LOTにおける下鼻側切開と下耳側切開では術後成績に差はみられなかった.Wecomparedsurgicaloutcomesoftrabeculotomy(LOT)viainferonasalandinferotemporalapproaches.Thegroupcomprised44eyes:32withprimaryopen-angleglaucoma,2withexfoliationglaucoma,8withdevelopmentalglaucomaand2withsteroidglaucoma.Meanpatientagewas60.0±12.6yearsandmeanfollow-upperiodwas9.5months.LOTwasperfomedviatheinferonasalsideinthelefteyeandviatheinferotemporalsideintherighteyeofthesamepatient.Intraocularpressure(IOP)significantlydecreasedto14.9±3.8mmHgfrombaselineintheinferonasal-approacheyesand14.9±2.4mmHgfrombaselineintheinferotemporal-approacheyesat12monthspostoperatively.ThesuccessrateofIOPreaching16mmHgatfinalobservationwas42.5%intheinferonasalapproacheyesand30.7%intheinferotemporal-approacheyes.ThisstudyrevealednosignificantadvantageinIOPreductionbetweentheinferonasalapproachandtheinferotemporalapproach.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1499?1502,2011〕Keywords:緑内障,線維柱帯切開術,手術成績.glaucoma,trabeculotomy,surgicaloutcome.1500あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(132)I対象および方法対象は2008年1月から2010年4月までに札幌医科大学附属病院眼科でLOTを施行した169眼のうち片眼を下耳側に,僚眼を下鼻側アプローチとし,術後3カ月以上経過が観察できた22例44眼(うち14眼に白内障同時手術)をレトロスペクティブに選択した.内訳は男性9例18眼,女性13例26眼であった.年齢は60.0±12.6歳(平均±標準偏差),病型は原発開放隅角緑内障16例,落屑緑内障1例,発達緑内障4例,ステロイド緑内障1例,術後経過観察期間は3?21カ月(平均9.5カ月)であった.術式は結膜を円蓋部基底にて切開後,輪部基底で4×4mmの強膜一枚弁(3角弁:4例8眼,4角弁:18例36眼)を作製,部位は同一患者に片眼は下鼻側に(右眼:1眼,左眼:21眼),僚眼は下耳側(右眼:21眼,左眼:1眼)に作製した.Schlemm管を同定後にトラベクロトームを挿入し内壁を切開した.強膜弁を10-0ナイロン糸にて1?2針縫合,結膜を8-0バイクリルRで縫合した.同一患者は原則的に同一術者が手術を施行した.術後は全例,前房出血が創部に貯留しないように,前房出血が引けるまで術創と反対の側臥位をとらせた.下鼻側アプトーチ群と下耳側アプローチ群で術前後における眼圧,薬剤スコア,術後合併症について検討した.眼圧はGoldmann圧平眼圧計を用いて,術前,術後1,3,6,9,12カ月に測定した.薬剤スコアは緑内障点眼薬を1点,アセダゾラミド内服を2点とした.眼圧コントロール率はKaplan-Meier生命表法により検討し,エンドポイントは2回連続して18mmHgと16mmHgを超えた最初の時点,またはアセタゾラミドの内服,追加の緑内障手術を行った時点とした.統計学的検討は平均眼圧の比較および薬剤スコアの群内比較にはWilcoxsonsigned-ranktestを用い,群間比較にはWilcoxsonranksumtestを用い,眼圧コントロール率の比較にはlog-ranktestを,術後合併症にはFisher’sexacttestをそれぞれ用いた.II結果1.眼圧経過術前後の眼圧経過を表1と図1に示す.術前の眼圧は下鼻側アプローチ群と下耳側アプローチ群で差がなかった.下鼻側群では術前18.2±5.2mmHgが術後1カ月,3カ月,6カ月,9カ月および12カ月でそれぞれ15.6±3.6mmHg,15.4mmHg±2.8mmHg,14.3mmHg,14.3±2.2mmHg,14.7±3.6mmHgであった.下耳側群では術前17.5±4.2mmHg,術後1カ月,3カ月,6カ月,9カ月および12カ月でそれぞれ15.1±4.4mmHg,14.4±2.3mmHg,14.1±2.0mmHg,14.2±2.3mmHg,14.9±2.4mmHgであった.両群とも術前に比べ術後いずれの時点においても有意な眼圧下降を示した(p<0.01).しかし,下鼻側群と下耳側群の群間での比較はいずれの時点においても有意差はなかった.術後は緑内障点眼薬は基本的に中止とし,眼圧下降が得られない場合にのみ緑内障点眼薬を適宜追加した.緑内障点眼薬に関してはスコア化したものを後述する.2.眼圧コントロール率眼圧コントロール率を図2,3に示す.最終観察時において18mmHg以下へのコントロール率は下鼻側群で69.7%,下耳側群で73.9%,16mmHg以下への眼圧コントロール率は下鼻側群で42.5%,下耳側群で30.7%でいずれも2群間に有意差は認められなかった.表1術前後の眼圧(mmHg)術前1カ月3カ月6カ月9カ月12カ月下鼻側群18.2±5.2(n=22)15.6±3.6*(n=22)15.4±2.8*(n=22)14.3±2.5*(n=16)14.3±2.2*(n=11)14.7±3.6*(n=10)下耳側群17.5±4.2(n=22)15.0±4.3*(n=22)14.4±2.3*(n=22)14.1±2.0*(n=16)14.2±2.3*(n=11)14.6±2.4*(n=10)Wilcoxonsigned-ranktest:*p<0.01.両群ともに術前よりも術後は有意に眼圧下降した.下鼻側群と下耳側群の比較においては,差は認められなかった.0510152025術前術後136912眼圧(mmHg)経過観察期間(月):下鼻側群:下耳側群**********図1眼圧の経過Wilcoxonsigned-ranktest:*p<0.01.(133)あたらしい眼科Vol.28,No.10,201115013.薬剤スコア薬剤スコアを表2に示す.点眼数は,両群とも術前に3.0±0.7点であったが,術後に1.3±0.1点と術前より有意に減少した(p<0.01).2群間には差が認められなかった.4.術後併発症術後併発症を表3に示す.軽度の浅前房を下耳側群の2眼に認めたが,経過観察で数日のうちに改善した.下耳側群の1眼にSeidel陽性を認めたが,ヒアルロン酸製剤の点眼で数日で改善した.重篤な合併症を生じたものはいなかった.2群間に有意差は認められなかった.緑内障の追加手術となったのが,下鼻側群で1眼,下耳側群で2眼であったが,いずれも術後6カ月以上経過して追加手術を行った.III考按LOTは房水流出抵抗が高いとされている内皮網を切開することで流出抵抗を減少させ眼圧下降をはかる流出路再建術である.房水は毛様体筋で産生され,線維柱帯,Schlemm管を通り上強膜静脈へと流れる.Schlemm管が正常眼と緑内障眼では内腔の広さに差があり,正常眼のほうが広く,内腔が広いほうが房水流出能が高いという報告がある6).これは内壁の抵抗が高いために生ずるもので,LOTで内壁を切開することで眼圧が下降するのはこのためである.部位による差としては,Kagemannら7)がSchlemm管内腔に開口しているコレクターチャネルがある部位のほうが内腔が広く,鼻側と耳側で比較すると鼻側のほうが面積が広かったと報告している.他に組織学的にコレクターチャネルは耳側よりも鼻側に多く分布されているとの報告もあった5).したがって,正常な房水流出路を再建するLOTではSchlemm管から後方の流出抵抗が術後成績に大きく関与すると予想されるため,集合管の分布に差がある下鼻側アプローチと下耳側アプローチでは術後成績が違う可能性が考えられた.LOTにおける鼻側および耳側アプローチの比較報告は,筆者らの知る限りは見受けられなかったものの,上方および下方の比較では眼圧下降や薬剤スコアなどの術後成績は差がないとする報告であった.今回の検討では鼻側および耳側アプローチにおいて術後の眼圧下降や薬剤スコア,眼圧コントロール率,合併症で両群間での差が認められなかったことから,LOTは上下に加えて鼻側,耳側いずれの方向から行っても基本的に安定した眼圧下降が得られる術式であることが示された.12カ月まで追跡できた症例は10例と少なかったため,今後症例を増やしてさらなる検討をする必要があると思われた.本稿の要旨は第34回日本眼科手術学会で発表した.文献1)黒田真一郎:トラベクトロミー初回は上からか下からか.月刊眼科診療プラクティス98巻,緑内障診療のトラブルシューティング(根木昭編),p150,文光堂,20032)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1149-1152,20083)南部裕之,尾辻剛,桑原敦子ほか:下方から行ったトラベクロトミー+サイヌストミーの成績.眼科手術15:389-391,2002表2薬剤スコア(点)下鼻側群下耳側群術前3±0.73±0.7術後1.3±1.1*1.3±1.1*Wilcoxonsigned-ranktest:*p<0.01.両群ともに術後の緑内障治療薬数は有意に減少した.2群間に有意差は認められなかった.表3術後併発症全体下鼻側群下耳側群浅前房2(4.5%)02Seidel陽性1(2.3%)01重篤な合併症を生じたものはいなかった.2群間で有意差は認められなかった.00.10.20.30.40.50.60.70.80.910510152025累積生存率(%)経過観察期間(月):下鼻側69.7%:下耳側73.9%図2眼圧コントロール率(18mmHg以下)00.10.20.30.40.50.60.70.80.910510152025累積生存率(%)経過観察期間(月):下鼻側42.5%:下耳側30.7%図3眼圧コントロール率(16mmHg以下)1502あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(134)4)鶴丸修士,三好和,新井三樹ほか:偽水晶体眼緑内障に行った下方からの線維柱帯切開術の成績.臨眼100:859-862,20065)MichaelJH,JorgeAA,JoanEetal:Theexternalcollectorchannels.HistologyoftheHumanEye,p145-154,Saunders,Philadelphia,19716)AllinghamRR,deKaterAW,EthierCRetal:Schlemm’scanalandprimaryopenangleglaucoma:CorrelationbetweenSchlemm’scanaldimensionsandoutflowfacility.ExpEyeRes62:101-109,19967)KagemannL,WollsteinG,IshikawaHetal:IdentificationandassessmentofSchlemm’scanalbyspectral-domainopticalcoherencetomography.InvestOphthalmlVisSci51:4054-4059,2010***

Posner-Schlossman 症候群に対する緑内障手術

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(139)891《原著》あたらしい眼科28(6):891.894,2011cはじめにPosner-Schlossman症候群は,1948年に初めてPosnerとSchlossmanにより紹介された疾患で,片眼性で,再発性に眼圧上昇を伴う軽い非肉芽腫性虹彩炎を発作性に起こし,自然寛解し,開放隅角で,視野,視神経乳頭には異常をきたさない予後良好な疾患と考えられてきた1).しかし,近年,Posner-Schlossman症候群を長期にわたって経過をみていると,緑内障性変化をきたし,視機能障害をきたすこともあるという報告がみられるようになってきている2.6).今回,筆者らは,当院でPosner-Schlossman症候群と診断され,緑内障に対する手術が必要となった症例8例を経験し,その術式について考案したので報告する.I対象および方法1990年3月から2008年3月の間に,眼圧下降薬で眼圧コントロールが得られず,手術が必要なため,名古屋市立大学病院眼科へ紹介となった8例8眼について検討した.全8例の内訳を表1に示す.発症年齢は13.50歳(平均36.8±14.2歳),男性5眼,女性3眼であった.手術加療が必要になるまでの罹病期間は1.15年(中央値7.0年),手術までに起こった発作の回数は2.17回(平均7.2±5.3回)であった.経過観察期間は2カ月.17年(中央値2.0年)であった.〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1番地名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:MihoNozaki,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPANPosner-Schlossman症候群に対する緑内障手術森田裕野崎実穂高瀬綾恵吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学GlaucomaSurgeryforPosner-SchlossmanSyndromeHiroshiMorita,MihoNozaki,AyaeTakase,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences予後良好と知られているPosner-Schlossman症候群と診断された症例で,濾過手術が必要となった8例を経験したので報告する.発症年齢は13.50歳(平均36.8歳),手術加療が必要になるまでの罹病期間は1.15年(中央値7.0年)であった.初回手術の内訳は,非穿孔性線維柱帯切除術が1眼,線維柱帯切開術が3眼,線維柱帯切除術が4眼であった.非穿孔性線維柱帯切除術および線維柱帯切開術をうけた4眼は術後1.8年後(中央値1.8年)に発作を起こし,薬物療法で眼圧下降が得られなかったため,線維柱帯切除術が必要となった.線維柱帯切除後,3眼に発作が認められたが,いずれも眼圧上昇は起こさなかった.Posner-Schlossman症候群において,視野進行症例や薬物療法に抵抗する症例を経験した.これらの症例に対して,流出路再建術は無効であり,全例,濾過手術が必要となった.Posner-Schlossmansyndrome(PSS)isaself-limiting,benignconditioncharacterizedbyunilateral,recurrentattacksofmild,non-granulomatousiritiswithelevatedintraocularpressures(IOP)duringtheacuteattack,openangles,normalvisualfield,andopticdiscs.Wereport8casesofPSSthatrequiredglaucomasurgerytocontrolIOP(5males,3females;meanageatonset:36.8years;mediandurationofPSS:7.0years).Oneeyeunderwentnon-penetratingdeepsclerectomy,3eyesunderwenttrabeculotomyabexternoand4eyesunderwentglaucomafilteringsurgerywithantimetabolites.All4eyesthatdidnotreceivefilteringsurgerycontinuedtohaveepisodesofiritisaftersurgery,withelevatedIOPduringtheepisodes,andrequiredfilteringsurgerywithantimetabolitestocontrolIOP.InPSSpatients,glaucomadevelopsovertime,andfilteringsurgeryisneededtocontrolIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):891.894,2011〕Keywords:Posner-Schlossman症候群,線維柱帯切開術,非穿孔性線維柱帯切除術,線維柱帯切除術,流出路再建術.Posner-Schlossmansyndrome,trabeculotomyabexterno,non-penetratingdeepsclerectomy,trabeculectomy,canalsurgery.892あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(140)全例,入院時,前房内炎症は認めず,隅角は開放隅角で虹彩後癒着はなく,色素沈着は僚眼に比べ少なかった.視神経乳頭陥凹拡大を認めたものは,8眼中5眼(62.5%)であった.初回手術の内訳は,非穿孔性線維柱帯切除術を施行された症例が1眼,線維柱帯切開術が3眼,マイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術が4眼であった.非穿孔性線維柱帯切除術および線維柱帯切開術をうけた4眼は術後1.8年後(中央値1.8年)に発作を起こし,薬物療法で眼圧下降が得られなかったため,線維柱帯切除術が必要となった.線維柱帯切除後,3眼に発作が認められたが,いずれも眼圧上昇は起こさなかった(表1).以下に代表症例を提示する.症例:54歳,女性.現病歴:2000年に近医で左眼Posner-Schlossman症候群と診断され,以後発作をくり返していたが,点眼や内服で眼圧下降する一過性のものであった.2006年の発作後,遷延性の眼圧上昇が起こり,0.5%チモロール点眼,炭酸脱水酵素阻害薬点眼では眼圧コントロールがつかず,炭酸脱水酵素阻害薬内服も処方された.その後も炭酸脱水酵素阻害薬の内服を中止すると眼圧が上昇し,眼圧下降薬だけでは眼圧のコントロールができなくなったため,当科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.7(1.2×sph.0.75D(cyl.0.5DAx150°),左眼0.2(1.2×sph.1.50D(cyl.0.25DAx160°),abcd図1代表症例(54歳,女性)の2006年受診時所見6年前に左眼Posner-Schlossman症候群と診断され,以後発作をくり返していたが,眼圧のコントロールがつかなくなったため,当科へ紹介受診となった.視神経乳頭/陥凹比は,右眼0.5(a),左眼0.9(b)と左眼で著明に陥凹拡大がみられた.Goldmann視野検査では,右眼(d)に特記する異常はなかったが,左眼(c)は鼻側階段状の視野欠損とBjerrm暗点を認めた.表1全症例の内訳発症年齢(歳)発症から手術までの期間(年)術前発作回数最高眼圧(mmHg)最終眼圧(mmHg)初診時乳頭陥凹比最終乳頭陥凹比初回術式初回手術後発作回数追加術式初回手術から追加手術までの期間LET後経過観察期間術前矯正視力術後最終矯正視力1507856100.50.5NPT2LET3年1年1.00.42456173490.90.9LOT2LET8カ月8カ月1.20.83435245150.60.6LOT3LET7カ月2年0.81.042314N/A58170.60.9LOT4LET8年8年0.61.5548N/AN/A6514N/A0.9LET──2カ月0.060.96131352140.6N/ALET──4カ月1.01.572515638140.51LET──8年0.0130cm手動弁84777511011LET──7カ月30cm手動弁50cm手動弁NPT:非穿孔性線維柱帯切除術,LOT:線維柱帯切開術,LET:線維柱帯切除術,N/A:データなし.(141)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011893眼圧は0.1%フルオロメトロン点眼,0.5%チモロール点眼,炭酸脱水酵素阻害薬内服下で,右眼12mmHg,左眼10mmHgであった.両眼前眼部に特記する異常はなく,左眼前房は清明,隅角は開放隅角で,虹彩前癒着はなく,色素沈着は右眼に比べ少なかった.視神経乳頭/陥凹比は,右眼0.5,左眼0.9と左眼で著明に陥凹拡大がみられた(図1).Goldmann視野検査では,右眼に特記する異常はなかったが,左眼は鼻側階段状の視野欠損とBjerrum暗点を認めた(図1).経過:2006年左眼線維柱帯切開術を施行.術後,眼圧コントロールは良好であったが,2007年から左眼発作時に眼圧コントロール不良となり,0.5%チモロール点眼,2%ピロカルピン点眼,ウノプロストン点眼,ベタメタゾン点眼および炭酸脱水酵素阻害薬内服でも眼圧コントロールがつかないため,MMC併用線維柱帯切除術を施行した.現在濾過胞は扁平で,0.5%チモロール,ウノプロストン,ドルゾラミドの眼圧下降薬3剤を点眼しており,視力は右眼1.0(1.5×sph.0.50D),左眼0.5(1.0×sph.2.25D(cyl.1.00DAx60°),眼圧は右眼11mmHg,左眼9mmHgとコントロールは良好で,視野,視神経乳頭所見とも2006年受診時と比べ変化はなかった(図2).II考按従来比較的予後良好と考えられてきたPosner-Schlossman症候群であるが,最近,緑内障性変化をきたすこともあるという報告2.6)がいくつかみられるようになってきた.その原因として,Posner-Schlossman症候群のなかに,原発開放隅角緑内障(POAG)を併発している症例がある7,8)といわれており,報告によっては,Posner-Schlossman症候群の45%もの症例でPOAGを併発していたというもの8)もある.POAGを併発している症例は,発作のない期間でも高眼圧を呈していたが,今回筆者らが検討した8例では,POAGを併発していた症例はみられなかった.Japら3)は,Posner-Schlossman症候群のうち,4分の1の症例で,緑内障性変化をきたし,POAGの併発は認めなかったとしている.また,Posner-Schlossman症候群で緑内障性変化をきたす症例は,罹病期間と相関していた,と報告している.筆者らの症例8例のうち,発症から手術までの期間をみると,不明であったものが1例,1年であったものが1例であるが,それ以外の6例は5.17年(平均10.6年)と比較的長期経過している症例が多かったといえる.一方,緑内障を発症したPosner-Schlossman症候群に対する術式であるが,隅角所見からは,開放隅角であり周辺虹彩前癒着もみられないことから,流出路再建術の適応もあると考え,当科では,1例に非穿孔性線維柱帯切除術,3例に線維柱帯切開術を行った.Posner-Schlossman症候群2例に対して線維柱帯切開術を行ったという過去の報告9)では,ステロイド緑内障を併発しており,術後眼圧コントロールは良好であった.この報告は線維柱帯切開術後の経過観察期間が9.11カ月と比較的短いため,その後の経過中に眼圧が図2代表症例の2007年受診時所見左眼線維柱帯切開術を施行後,眼圧コントロールは良好であったが,2007年から左眼発作時に眼圧コントロール不良となり,MMC併用線維柱帯切除術を施行した.視神経乳頭所見(a:右眼,b:左眼),Goldmann視野検査所見(d:右眼,c:左眼)とも,2006年受診時(図1)と比べ,変化はなかった.abcd894あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(142)上昇している可能性もあるが,ステロイド緑内障自体に対しては線維柱帯切開術の有効性はすでに確立されており10),この2例の眼圧上昇機序が,Posner-Schlossman症候群によるものではなく,ステロイド緑内障が背景にあれば,線維柱帯切開術で眼圧コントロールが良好となったという結論に納得できる.Posner-Schlossman症候群での眼圧上昇機序についてはまだ不明な点が多いが,小俣ら6)は,Posner-Schlossman症候群で,線維柱帯切除術を施行した1例の線維柱帯を病理組織学的に検討し,線維柱帯間隙,Schlemm管,集合管周囲にマクロファージが認められ,傍Schlemm管結合組織は厚く,間隙は細胞外物質で満たされていたと報告している.今回,Posner-Schlossman症候群に対して,流出路再建術では眼圧コントロールが得られず,濾過手術で眼圧コントロールが良好となった筆者らの結果からも,線維柱帯,Schlemm管より後方の集合管や傍Schlemm管結合組織といった周囲組織の変化がPosner-Schlossman症候群の眼圧上昇機序に大きく関与していると思われる.また,発作をくり返し,眼圧コントロール不良なPosner-Schlossman症候群に対して,線維柱帯切除術を行ったところ,眼圧が下降するだけでなく,発作頻度も減少したという報告がある3,4).その機序として,濾過手術で作製した濾過胞によって,炎症細胞が眼外に排出されるため,濾過手術により発作頻度が減少するという可能性が提言されている3).また,線維柱帯切除術が奏効している場合,発作時の眼圧上昇がないため,炎症が起きても自覚症状がなく,眼科受診しないため,みかけの発作頻度が減少するためとも考えられる.今回検討した8例は,眼圧コントロール良好となり,前医に戻り経過観察をうけている症例がほとんどのため,全例の検討はできなかったが,初回から線維柱帯切除術を行った4例では,その後発作をきたした症例はみられなかった.従来Posner-Schlossman症候群は,比較的予後の良い疾患と考えられており,発症年齢も比較的若年が多いため,できるだけ点眼や内服薬で保存的な治療を続ける傾向があるが,今回検討した8例中5例ですでに視神経乳頭陥凹が拡大し,視野異常がみられていた.今回の結果からも,眼圧コントロール不良なPosner-Schlossman症候群に対しては,時期を逃すことなくMMC併用線維柱帯切除術を施行することが必要と考えられた.また,罹病期間が長くなるほど緑内障性変化を呈する症例が多くなるため,Posner-Schlossman症候群に対して,慎重な経過観察が必要と思われる.文献1)PosnerA,SchlossmanA:Syndromeofunilateralrecurrentattacksofglaucomawithcycliticsymptoms.ArchOphthalmol39:517-535,19482)繪野亜矢子,前田秀高,中村誠:手術治療を要したポスナー・シュロスマン症候群の3例.臨眼54:675-679,20003)JapA,SivakumarM,CheeSP:IsPosner-Schlossmansyndromebenign?Ophthalmology108:913-918,20014)DinakaranS,KayarkarV:TrabeculectomyinthemanagementofPosner-Schlossmansyndrome.OphthalmicSurgLasers33:321-322,20025)地庵浩司,塚本秀利,岡田康志ほか:緑内障手術を行ったPosner-Schlossman症候群の3例.眼紀53:391-394,20026)小俣貴靖,濱中輝彦:Posner-Schlossman症候群における線維柱帯の病理組織学的検討─眼圧上昇の原因についての検討─.あたらしい眼24:825-830,20077)RaittaC,VannasA:Glaucomatocycliticcrisis.ArchOphthalmol95:608-612,19778)KassMA,BeckerB,KolkerAE:Glaucomatocycliticcrisisandprimaryopen-angleglaucoma[casereport].AmJOphthalmol75:668-673,19739)崎元晋,大鳥安正,岡田正喜ほか:ステロイド緑内障を合併したPosner-Schlossman症候群の2症例.眼紀56:640-644,200510)TheJapaneseSteroid-InducedGlaucomaMulticenterStudyGroup:Successratesoftrabeculotomyforsteroidinducedglaucoma:acomparative,multicenter,retrospective,cohortstudy.AmJOphthalmol,2011,inpress***

原発開放隅角緑内障におけるSinusotomyおよびDeep Sclerectomy併用線維柱帯切開術の長期成績

2009年6月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(97)8210910-1810/09/\100/頁/JCLS19回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科26(6):821824,2009cはじめに流出路再建術である線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)は,濾過胞を形成しないため,術後感染症などの重篤な合併症が少ない安全な手術である反面,期待眼圧が1618mmHgであり,眼圧下降は十分とはいえなかった13).しかし,術後短期間での一過性高眼圧を抑制する目的でsinusotomy(SIN)を併施することで,一過性高眼圧の頻度が低下しただけでなく,期待眼圧も1516mmHgに下降し,適応の範囲が広がった37).さらに,LOTと白内障手術(phacoemulsicationandaspirationandintraocularlensimplantation:PEA+IOL)の同時手術では単独手術よりも術後眼圧が低いという報告8)もあり,LOT+SINとPEA+IOLの同時手術では,約1415mmHgの術後眼圧が期待できるとされている911).〔別刷請求先〕後藤恭孝:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科Reprintrequests:YasutakaGoto,M.D.,NagataEyeClinic,1147Kitayamada,Hourai-cho,Nara-shi631-0844,JAPAN原発開放隅角緑内障におけるSinusotomyおよびDeepSclerectomy併用線維柱帯切開術の長期成績後藤恭孝黒田真一郎永田誠永田眼科Long-TermResultsofTrabeculotomyCombinedwithSinusotomyandDeepSclerectomyinEyeswithPrimaryOpen-AngleGlaucomaYasutakaGoto,ShinichiroKurodaandMakotoNagataNagataEyeClinic線維柱帯切開術(LOT)にsinusotomy(SIN)とdeepsclerectomy(DS)を併施し,術後の長期成績について検討した.対象は永田眼科でLOT+SIN+DSを施行した原発開放隅角緑内障40眼である.白内障手術を同時に施行した同時群は13眼,単独群は27眼であった.術前平均眼圧は同時群18.8±2.7mmHg,単独群19.9±4.3mmHg,術後5年での平均眼圧は同時群15.1±1.6mmHg,単独群13.9±2.2mmHg,Kaplan-Meier生命表法による14mmHg以下へのコントロール率は,同時群が53.8%,単独群が36.0%であった.術後の視野障害進行速度の平均値は0.15dB/Yであり,経過観察可能であった27眼中15眼で進行は停止していた.LOT+SIN+DSはLOT+SINとほぼ同等かより良好な眼圧下降効果が得られ,LOT+SIN+DSは,視野障害の進行を予防できる症例があることが示された.Weevaluatedthelong-termresultsoftrabeculotomycombinedwithsinusotomyanddeepsclerectomyin40eyeswithprimaryopen-angleglaucoma.Trabeculotomywithsinusotomyanddeepsclerectomycombinedwithcataractsurgerywasperformedin13eyes.Trabeculotomywithsinusotomyanddeepsclerectomywasperformedin27eyes.Postoperativeintraocularpressure(IOP)during5yearsaftersurgeryaveraged15.1±1.6mmHgintheformergroupand13.9±2.2mmHginthelatter.WhenthesuccessfulpostoperativeIOPlevelwasdenedas14mmHgandtheKaplan-Meierlifetablemethodwasapplied,thesuccessratewas53.8%intheformergroupand36.0%inthelatter.Thepostoperativevisualelddefectworseningrateaveraged0.15dB/Y;visualelddefectworseningceasedin15of27eyes.Trabeculotomywithsinusotomycombinedwithdeepsclerectomyseemstohaveasomewhathighersuccessratethantrabeculotomywithsinusotomyonly,andalleviatesworseningofvisualelddefect.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):821824,2009〕Keywords:原発開放隅角緑内障,線維柱帯切開術,深部切除術,Schlemm管外壁開放術,視野進行速度.prima-ryopen-angleglaucoma(POAG),trabeculotomy,deepsclerectomy,sinusotomy,meandeviationslope.———————————————————————-Page2822あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(98)また,deepsclerectomy(DS)では術後DS単独で約15mmHgへ,PEA+IOLとの同時手術で約13mmHgへの眼圧下降が期待できる12)とされており,現在当施設では,さらなる眼圧下降を期待し,DSも併施している.今回は,LOT+SINにDSを追加しその長期成績を検討したので報告する.I対象および方法対象は,永田眼科において2001年4月から2002年3月までの間に,原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)に初回手術としてLOT+SIN+DSを行い,5年間以上経過観察できた32例40眼,術前の平均眼圧は19.5±3.8mmHg,術前の点眼数は2.4±1.1剤である.手術時の平均年齢は63.4±16.4歳であった.そのうち,白内障手術を併施しなかった単独群は21例27眼,術前の平均眼圧は19.9±4.3mmHg,術前の点眼数は2.9±0.8剤,手術時の平均年齢は57.7±16.1歳であり,白内障手術を併施した同時群は11例13眼,術前の平均眼圧は18.8±2.7mmHg,術前の点眼数は1.4±1.0剤,手術時の平均年齢は75.2±8.0であった.眼圧測定にはすべてGoldmannの圧平式眼圧計を用いた.術前の眼圧値は点眼治療下の眼圧で手術直前3回の平均とし,術後5年間の眼圧経過を検討した.眼圧コントロール率に関しては,眼圧値が14mmHg以下であれば,Goldmann視野では,経過年数にかかわらず視野障害の進行が停止したと報告されている13)ことを考慮して,術後6カ月以降に,眼圧が2回続けて14mmHgを超えた時点,眼圧下降剤の数が術前より増加した時点,アセタゾラミドの内服および追加手術を行った時点をコントロール不良とし,Kaplan-Meier生命表法を用いて検討した.視野障害は静的視野計としてHumphrey自動視野計(HFA:ZEISS社)を用い,そのmeandeviation(MD)で評価した.また,視野障害の進行度は,HFAlesR(B-line社)上で5回以上視野測定を行ったMDslopeによる視野進行速度で評価した.II結果1.眼圧経過単独群,同時群ともに術後6カ月目から有意(p<0.05)に眼圧下降し,術後5年目での眼圧は単独群13.9±2.2mmHg,同時群15.1±1.6mmHg,眼圧下降率は単独群27.5±17.9%,同時群18.8±10.9%であった(図1).2.眼圧コントロール率Kaplan-Meier生命表法による14mmHg以下へのコントロール率は,術後5年で,単独群が34.5%,同時群が47.4%であった(図2).Logrank検定にて両群間に有意差(p<0.05)は認めなかった.3.点眼数術前の平均点眼数は単独群で2.9±0.8剤,同時群で1.4±1.0剤であった.術後5年目での点眼数は単独群が1.5±1.1剤,同時群が0.5±0.8剤と単独群,同時群とも有意(p<0.05)に減少していた.4.術後併発症術後の平均前房出血持続期間は,単独群が2.5±2.4日,同時群が2.77±3.1日とほぼ同等であった.術後1週間以内の30mmHg以上の一過性高眼圧は単独群で1例に認められただけであった.持続性低眼圧,網脈絡膜離,低眼圧黄斑症は認めなかった.経過観察中に術後感染症も認めなかった.5.視野経過視野に関しては,術後5年経過時まで,Humphrey自動視野計のSITAstandard30-2プログラムで経過観察可能であった27眼(単独群20眼,同時群7眼)について検討した.視野進行速度に関しては,0dB/Y以上の場合,すべて0dB/Yとし,進行停止として評価した.術前の平均のMDは11.29±7.3dB(2.5724.79),術後の視野進行速度の平均値は0.15±0.31dB/Y(1.370)であり,27眼中15眼(56%)は0dB/Y以上で進行停止していた.術前の視野0510152025061224364860観察期間(M)眼圧(mmHg):Student-ttestp<0.05************図1術後眼圧経過に術後以に眼圧下生率図2KaplanMeier生命表法による14mmHg以下への術後眼圧コントロール成績にめ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009823(99)障害の程度で,MD>6dBを初期群として,MD≦6dBを中期以降群として分類した場合,初期群では術前の平均のMDは3.13±2.1dB(5.910)で,術後の視野進行速度の平均値は0.17±0.27dB/Y(0.820)であり,9眼中5眼(56%)は0dB/Y以上で進行停止していた.中期以降は術前の平均のMDは15.50±4.8dB(24.797.85)で,術後の視野進行速度の平均値は0.15±0.33dB/Y(1.370)であり,18眼中10眼(56%)は0dB/Y以上で進行停止していた(表1).また,術前後でMDslopeの評価が可能であった9眼では,視野進行速度は,術前が0.77±0.71dB/Y(2.290)であったものが,術後は0.20±0.44dB/Y(1.370)になっていた.術前の視野障害の程度で分類すると,初期群では術前が0.18±0.09dB/Y(0.260.08)であったものが,術後は0.06±0.11dB/Y(0.20)に,中期以降群では術前が0.94±0.76dB/Y(2.290)であったものが,術後は0.27±0.54dB/Y(1.370)となっていた(表2).III考按術後期待眼圧はLOT単独では術後3年で18.4mmHg3),術後5年で16.1mmHg2),10年で16.7mmHg1)という報告があり,また,SINの併施によって術後2年で13.5mmHg4),術後35年で約15mmHg3,57)まで下降したと報告されている.LOT+SINにPEA+IOLを併施した場合,術後1年で14.6mmHg10),術後5年で13.6mmHg11)という報告もある.DSは非穿孔手術であり,その作用機序は,前房内から強膜内のlakeに染み出した房水が,DSの強膜床を通って,経ぶどう膜強膜路から吸収されるか,強膜創を通って結膜下に濾過されるかによるものであるとの報告14)があり,DS単独では約15mmHg,PEA+IOLとの併施で約13mmHgへの眼圧下降が期待できるとされている12).さらに,LOTにDSを併施した場合,眼圧が術後1年で14.4mmHgに下降したと報告されている15).また,LOTに内皮網除去のみを併施した場合の短期成績では,約15mmHgへの眼圧下降が期待できるとされている16).今回の結果では,術後5年目の平均眼圧は単独群においては13.9mmHgであり,以前のLOT+SIN,DS,LOT+DS,LOT+内皮網除去とほぼ同等かやや低い結果となった.同時群においては15.1mmHgとなっており,LOT+SIN+PEA+IOLおよびDS+PEA+IOLとほぼ同等かやや高い結果となった.この結果から,期待眼圧においてはLOT+SINにDSを併施することによる効果は少ない可能性が考えられた.しかし,14mmHg以下への眼圧コントロール率においては,LOT単独では術後10年で12%1),LOT+SINでは術後5年で26%11),LOT+SIN+PEA+IOLでは術後5年で31%という報告11)があるが,今回は単独群で34.5%,同時群で47.4%と,以前のLOTおよびLOT+SINの報告よりもやや良好な結果であった.今回の結果とは観察期間,死亡の定義が異なるため直接比較はできないが,LOTに内皮網除去を併施した場合,術後1年での21mmHg未満へのコントロール率は,単独で約60%,PEA+IOL併施だと約95%であり,LOT+内皮網除去ではLOTの効果を減弱させる可能性があるという報告16)がある一方で,DSにSkGelを使用した場合,術後5年で16mmHg以下へのコントロール率が89.7%であったという報告17),あるいは,DSにPEA+IOLを併施した場合の術後1年の18mmHg以下へのコントロール率は50%であったという報告15)がある.内皮網除去の併施だけでは眼圧コントロールは向上しなかったのかもしれないが,今回はDSも併施したため,DSの眼圧下降効果が相乗的に作用した結果,LOTおよびLOT+SINより長期に眼圧コントロールが維持できた可能性があると考えられた.点眼数は,LOT3),LOT+SIN35,7),LOT+PEA+IOL8),LOT+SIN+PEA+IOL9,11)の報告と同様の傾向を示し,術前は単独群で2.9±0.8剤,同時群で1.4±1.0剤であったものが,術後5年で,単独群が1.5±1.1剤,同時群が0.5±0.8剤と有意に減少していた.前房出血持続期間は以前のLOT+SIN10)の報告と同様であり,DSを併施することで,前房出血が増加していないことが確認された.今回術後一過性高眼圧の発生率が低かったことは,内皮網除去は一過性眼圧上昇を減少させる可能性が表1術後の視野障害進行速度(MDslope)術前平均MD術後視野進行度進行停止11.29±7.3dB(2.5724.79)0.15±0.31dB/Y(1.370)15/27眼(56%)術前MD術前平均MD術後視野進行度進行停止≧6.0dB3.13dB±2.1dB(5.910)0.17±0.27dB/Y(0.820)5/9眼(56%)6.0dB>15.50±4.8dB(7.8524.79)0.15±0.33dB/Y(1.370)10/18眼(56%)上段:観察可能であった全症例,下段:視野障害の程度で分類.表2術前後の視野障害進行速度の変化(MDslope)術前術後進行停止0.77±0.71dB/Y(2.290)0.20±0.44dB/Y(1.370)5/9眼(56%)術前MD術前術後進行停止≧6.0dB0.18±0.09dB/Y(0.260.08)0.06±0.11dB/Y(0.20)2/3眼(67%)6.0dB>0.94±0.76dB/Y(2.290)0.27±0.54dB/Y(1.370)3/6眼(50%)上段:観察可能であった全症例,下段:視野障害の程度で分類.———————————————————————-Page4824あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(100)ある16)とされていることから,内皮網除去を併施したことも影響していると思われた.緑内障ガイドラインでは,緑内障は眼圧を十分下降させれば,視神経障害を改善もしくは抑制しうる疾患であると定義されている.ということは,視神経障害つまり視野障害の進行が抑制されているかどうかが重要であり,眼圧下降が十分であったかどうかの評価となると考えられる.LOT単独では初回手術で眼圧コントロールが良好であった症例の32%で1),LOT+SINでは術後23%で3,5),LOT+SIN+PEA+IOLでは18%で11)視野障害が進行していたとの報告があるが,すべてGoldmann視野検査での評価であった.Goldmann視野では,視野障害の進行の細かな評価が困難であると考えられ,今回は,視野進行速度について静的視野計のMDslopeで評価することとした.今回視野障害が評価可能であった症例の,術後の視野進行速度の平均は0.15dB/Yであった.手術時の平均年齢63.4歳から推定すると平均余命は約20年であり,平均余命中には3.0dBしか進行せず,術前の平均のMD値11.29dBを考慮すると,十分視機能は保持できると考えられた.手術時のMD値を6dBで分け,MD≧6dBを初期群,MD<6dBを中期以降群としても,術後の視野障害の進行速度の平均はそれぞれ0.17dB/Yおよび0.15dB/Yであり,術前の平均のMD値がそれぞれ3.13dBおよび15.50dBであったことを考慮すれば,やはり十分視機能,あるいは視力が保持できる可能性が高いと考えられた.また,視野障害の程度に関係なく,全例中約半数で視野障害の進行が停止しており,LOT+SIN+DSで眼圧を1415mmHgに下降させることで,十分管理可能な症例も存在することが示唆された.さらに,術前の視野進行速度が評価可能であった9症例について検討すると,術後の平均の進行速度は術前より低く,視野障害の進行は術後に抑えられていることが確認された.初期群では,術後,平均でもほぼ0dB/Yとなっており,早期手術を行う意義があることが示された.また,中期以降群でも,術後,進行速度が抑制されており,1415mmHgに眼圧を下降させることで,視野障害の進行を抑えることができることが示唆された.今回の検討から,LOT+SIN+DSはLOT+SINと比較し,期待眼圧を大きく低下させることはできなかったが,LOT+SINより眼圧コントロール率が向上する可能性があり,LOT+SIN+DSの効果が持続している間は,十分視野障害の進行が抑えられていることが示された.LOT+SIN+DSは重篤な術後併発症の発生頻度が低いことから考えると,早期手術として,眼圧が高値の視野障害が中期以降の症例に対しても,十分適応があると考えられた.文献1)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicalefectsoftrabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19932)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:Trabeculotomypro-spectivestudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,20003)溝口尚則,黒田真一郎,寺内博夫ほか:シヌソトミー併用トラベクロトミーとトラベクロトミー単独との長期成績の比較.臨眼50:1727-1733,19964)青山裕美子,上野聡:ジヌソトミー併用トラベクロトミーの術後中期眼圧推移.あたらしい眼科12:1297-1303,19955)溝口尚則,黒田真一郎,寺内博夫ほか:開放隅角緑内障に対するシヌソトミー併用トラベクロトミーの長期成績.日眼会誌100:611-616,19966)MizoguchiT,NagataM,MatsumuraMetal:Surgicalefectsofcombinedtrabeculotomyandsinusotomycom-paredtotrabeculotomyalone.ActaOphthalmolScand78:191-195,20007)安藤雅子,黒田真一郎,寺内博夫ほか:原発開放隅角緑内障に対するサイヌソトミー併用トラベクロトミーの長期成績.臨眼57:1609-1613,20038)HonjoM,TaniharaH,InataniMetal:Phacoemulsica-tion,intraocularlensimplantation,andtrabeculotomytotreatpseudoexfoliationsyndrome.JCataractRefractSurg24:781-786,19989)溝口尚則,松村美代,門脇弘之ほか:眼内レンズ手術がシヌソトミー併用トラベクロトミーの術後眼圧におよぼす効果.臨眼52:1705-1709,199810)畑埜浩子,南部裕之,桑原敦子ほか:PEA+IOL+トラベクロトミー+サイヌソトミーの術後早期成績.あたらしい眼科18:813-815,200111)松原孝,寺内博夫,黒田真一郎ほか:サイヌソトミー併用トラベクロトミーと同一創白内障同時手術の長期成績.あたらしい眼科19:761-765,200212)D’EliseoD,PastenaB,LonganesiLetal:ComparisonofdeepsclerectomywithimplantandCombinedglaucomasurgery.Ophthalmologica217:208-211,200313)岩田和雄:低眼圧緑内障および開放隅角緑内障の病態と視神経障害機構.日眼会誌96:1501-1531,199214)MarchiniG,MarrafaM,BrunelliCetal:Ultrasoundbio-microscopyandintraocular-pressureloweringmecha-nismsofdeepsclerectomywithreticulatedhyaluronicacidimplant.JCartaractRefractSurg27:507-517,200115)LukeC,DietleinTS,LukeMetal:Prospectivetrialofphaco-trabeculotomycombinedwithdeepsclerectomyversusphaco-trabeculectomy.GraefesClinExpOphthal-mol246:1163-1168,200816)塩田伸子,岡田丈,稲見達也ほか:内皮網除去を併用したトラベクロトミーの手術成績.あたらしい眼科22:1693-1696,200517)GalassiF,GiambeneB:DeepsclerectomywithSkGelimplant:5-yearresults.JGlaucoma17:52-56,2008

線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った遅発型発達緑内障の1例

2008年7月31日 木曜日

———————————————————————-Page1(123)10270910-1810/08/\100/頁/JCLS18回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科25(7):10271030,2008cはじめに太田母斑は,三叉神経の第1,2枝領域に生じる褐青色母斑であり,眼科領域では強膜の色素斑,虹彩の色素過多,眼底の暗黒色を呈し,緑内障を合併したとの報告が散見される110).しかし,一般に本疾患に伴う眼圧上昇は通常軽度であり観血的治療に至った報告は少なく13),本症に対する手術方法は確立していない.今回,筆者らは薬物治療にて眼圧コントロールが不良であった太田母斑に伴った遅発型発達緑内障に対して線維柱帯切開術が奏効した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕藤田智純:〒769-1695香川県観音寺市豊浜町姫浜708番地三豊総合病院眼科Reprintrequests:TomoyoshiFujita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital,708Himehama,Toyohama,Kanonji,Kagawa769-1695,JAPAN線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った遅発型発達緑内障の1例藤田智純*1藤井一弘*1田中茂登*2馬場哲也*2廣岡一行*2白川博朗*3白神史雄*2*1三豊総合病院眼科*2香川大学医学部眼科学講座*3白川眼科医院ACaseofDelayedDevelopmentalGlaucomaAssociatedwithNevusofOtaSuccessfullyTreatedwithTrabeculotomyTomoyoshiFujita1),KazuhiroFujii1),ShigetoTanaka2),TetsuyaBaba2),KazuyukiHirooka2),HiroakiShirakawa3)andFumioShiraga2)1)DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,3)ShirakawaEyeClinic線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った遅発型発達緑内障の1例を経験した.症例は26歳の女性.右眼の霧視,視野欠損にて近医を受診,投薬加療にても眼圧下降が得られず香川大学医学部附属病院眼科を紹介受診した.初診時,眼圧は右眼52mmHg,左眼23mmHgであった.右眼瞼,右頬部,右眼強膜に色素斑を認めた.右眼の虹彩は暗褐色を呈していた.隅角は両眼とも開放隅角で虹彩高位付着を認めた.右眼下方に色素斑を認め,同部では隅角底の境界は不明瞭であった.視神経乳頭陥凹比は右眼0.9,左眼0.5で,動的量的視野検査では右眼は湖崎分類Ⅲb期,左眼に緑内障性変化は認めなかった.以上より右眼の太田母斑に伴う続発緑内障および両眼の遅発型発達緑内障と診断した.右眼薬物療法では十分な眼圧下降が得られなかったため線維柱帯切開術を施行した.術後は無治療で良好な眼圧下降が得られた.WereportacaseofdelayeddevelopmentalglaucomaassociatedwiththenevusofOta,whichwassuccessfullytreatedwithtrabeculotomy.Thepatient,a26-year-oldfemale,notedblurredvisionandvisualelddefect.Atherrstvisit,intraocularpressure(IOP)was52mmHgintherighteye(RE)and23mmHginthelefteye(LE).Therewasdarkpigmentationoftheperiorbitalandbuccalskin,andthescleraoftheRE.IrishyperchromiawasseenintheRE.Gonioscopydisclosedirishighinsertioninallquadrantsofbotheyesandpigmentationtotheinferiorquad-rantoftheRE.Thecup-to-discratewas0.9REand0.5LE.TheREvisualeldshowedstageⅢbofKosaki’sclassication.WediagnosedsecondaryglaucomaassociatedwiththenevusofOtaintheREanddelayeddevelop-mentalglaucomainbotheyes.SinceIOPwaspoorlycontrolled,trabeculotomywasperformed.IOPwaswellcon-trolledafterthesurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(7):10271030,2008〕Keywords:太田母斑,遅発型発達緑内障,続発緑内障,線維柱帯切開術.nevusofOta,delayeddevelopmentalglaucoma,secondaryglaucoma,trabeculotomy.———————————————————————-Page21028あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(124)同年12月12日,近医を受診した.両眼の高眼圧を認め,ラタノプロストと塩酸ドルゾラミド点眼の投与を受けたが,十分な眼圧下降が得られなかったため,精査加療目的にて2007年1月4日,香川大学医学部附属病院眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.05(1.2×5.00D),左眼0.1(1.5×4.75D)で,眼圧は右眼52mmHg,左眼23mmHgであった.眼位は正位,眼球運動,対光反応はいずれも異常所見を認めず,右眼瞼,右頬部に色素斑を認めるとともに右眼の強膜にも広範なびまん性の色素斑を認めた(図1a).両眼とも前房深度は深く,前房内に炎症細胞を認めなかったが,右眼の虹彩は色素過多によると思われる暗褐色を示し,虹彩紋理も左眼と比較して不明瞭であった(図1b,c).隅角は両眼とも開放隅角で全周に虹彩高位付着を認めた.また,右眼隅角の耳側から下方にかけて母斑細胞によると思われる色素斑を認め,同部では隅角底の境界は不明瞭であった(図2a).眼底は右眼の陥凹乳頭比(C/D比)は0.9で,びまんI症例患者:26歳,女性.主訴:右眼の霧視,視野狭窄.家族歴:特記事項なし.既往歴:アトピー性皮膚炎,気管支喘息.現病歴:2006年夏頃からの右眼霧視,視野狭窄を主訴に図1前眼部写真右眼の強膜(矢印部)に広範なびまん性の色素斑を認めた(a).右眼の虹彩(b)は色素過多によると思われる暗褐色を示し,虹彩紋理も左眼(c)と比較して不明瞭であった.bca図2隅角写真右眼(a),左眼(b)ともShaer4度で,全周に虹彩高位付着を認めた.右眼隅角の耳側から下方にかけて母斑細胞によると思われる色素斑(矢印部)を認め,同部では隅角底の境界は不明瞭であった.ab———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.7,20081029(125)性の緑内障性視神経乳頭陥凹を認めた.左眼は緑内障性変化を認めず,網膜の色調に明らかな左右差は認めなかった(図3).動的量的視野検査では,右眼に上方から鼻側にかけて広範囲な視野狭窄を認め,湖崎分類Ⅲb期であった(図4).左眼には視野狭窄を認めなかった.以上より,右眼は太田母斑に伴う続発緑内障および遅発型発達緑内障,左眼は遅発型発達緑内障と診断した.経過:右眼の治療方針として,①薬物療法では十分な眼圧下降が得られていないこと,②若年であり線維柱帯切除術の長期成功率が低いこと,③眼圧上昇の一因として隅角の形成異常が関与していることを総合して線維柱帯切開術を選択した.手術は耳下側アプローチで行い,Schlemm管の同定,トラベクロトームの挿入および回転は通常通り施行でき,術図3眼底写真右眼(a)のC/D比は0.9で,びまん性の緑内障性視神経乳頭陥凹を認めた.左眼(b)は緑内障性変化を認めず,網膜の色調に明らかな左右差は認めなかった.ab図4動的量的視野検査右眼は上方から鼻側にかけて広範囲な視野狭窄を認め,湖崎分類Ⅲb期であった.図5術中写真a:耳下側アプローチ,b:Schlemm管の同定,トラベクロトームの挿入および回転は通常通り施行できた.ab———————————————————————-Page41030あたらしい眼科Vol.25,No.7,2008(126)中合併症はなく終了した(図5).手術翌日から眼圧下降が得られ,前房出血の量も通常通りであった.その後,術後1年の時点で右眼眼圧は無治療で17mmHg,左眼眼圧は点眼加療下に19mmHgで,視野狭窄の進行は認めていない.II考按太田母斑は,1939年太田,谷野により初めて報告された,三叉神経第1枝および第2枝支配領域に生じる色素斑で,その発生頻度はわが国では1万人に1人とされ,欧米と比較して多く,女性における頻度は男性の約5倍とされている.母斑細胞の自然消退傾向はなく,その半数に強膜,虹彩,眼底に色素沈着を認める11).眼科的に問題となるのは緑内障と母斑の悪性化であり,本症における緑内障合併例はわが国および海外で散見されている110)が,眼圧上昇をきたすのは約10%という報告もある4).わが国での緑内障合併例は932歳と比較的若年で,眼圧上昇は軽度であり,薬物治療で眼圧コントロールが得られている症例が多く,筆者らの知る限りわが国で観血的治療に至った報告は線維柱帯切除術が2例1,2),線維柱帯切開術が1例3)しかなく,本症例のように手術に至ったのはまれなケースといえる.本症の眼圧上昇の機序としては,隅角線維柱帯におけるメラノサイトおよびメラニン顆粒の増加による房水流出障害(続発緑内障)ないし先天性の隅角形成異常(発達緑内障)があげられている.布田らは線維柱帯切除術により得られた虹彩および隅角部の電子顕微鏡による観察から,線維柱帯間隙は保持され,また,色素顆粒による閉塞像も認めなかったことから,色素顆粒による房水流出路の閉塞という説は否定的であるとし,本症は両眼性の緑内障素因のうえに成り立っている疾患であり,その素因を顕著化したのは内皮網およびSchlemm管外壁に認められたメラノサイトの存在以外には求めることができなかったと報告している1).一方,色素顆粒の沈着によって房水流出が障害されるとする報告も散見される2,5,6).原らは隅角鏡的には認めがたい組織学的な隅角異常が根底にあり,この隅角発育異常に房水流出路の色素沈着による閉塞が加味されて眼圧上昇をきたすと推測している2).しかしながら,現在に至るまで結論は得られていない.本症例では太田母斑に加えて両眼の隅角に虹彩高位付着を認め,母斑のない僚眼にも軽度の眼圧上昇を認めた.さらに,患眼の隅角に母斑細胞によると思われる色素斑を認め,眼圧に約30mmHgの左右差を認めた.以上より,本症例では隅角の形成異常による房水流出障害とともにメラノサイトによる色素顆粒の沈着が房水流出障害をさらに増悪させたことで,患眼に高度な眼圧上昇をきたしたと考えた.本症に対する手術方法については,眼圧上昇機序について結論が得られていないこと,症例数が少ないことから,現時点ではまだ確立していない.わが国の観血的治療に至った報告では,いずれの症例も母斑側隅角に色素沈着をきたしているものの,両眼とも開放隅角で明らかな隅角形成異常は認めていない13).2例は線維柱帯切除術1,2)を,1例は線維柱帯切開術3)を施行し,術後良好な眼圧が得られたと報告されている.本症例では,線維柱帯切開術を施行することにより,術後1年の経過ではあるが無投薬での眼圧コントロールを得ることができた.1症例の短期成績ではあるが,太田母斑を伴っていても,遅発型発達緑内障に対する線維柱帯切開術は有効であった.今後,長期的な経過観察と同時に,複数症例においての検討が必要であると思われる.文献1)布田龍佑,清水勉,大蔵文子ほか:太田母斑に伴う緑内障の1例,隅角部および虹彩の電顕的観察.眼紀35:501-506,19842)原敬三:小児期緑内障の基礎的および臨床的研究,第3報,種々の先天異常を伴う緑内障について.眼紀24:1065-1076,19733)若山かおり,国松志保,鈴木康之ほか:線維柱帯切開術が奏効した太田母斑に伴った開放隅角緑内障の1例.あたらしい眼科17:1689-1693,20004)TeekhasaeneeC,RitchR,RutninUetal:Glaucomainoculodermalmelanocytosis.Ophthalmology97:562-570,19905)田村純子,小林誉典,千原恵子ほか:太田母斑に合併した緑内障.眼紀40:2484-2489,19896)薄田寿,小関武,櫻木章三:太田母斑に伴った緑内障の1症例.眼紀43:322-326,19927)荒木英生,吉富健志,猪俣孟:太田母斑にみられた隅角発育異常緑内障の1例.臨眼46:522-523,19928)桜井英二,滝昌弘:太田母斑にみられた片眼性開放隅角緑内障の1例.眼紀48:687-690,19979)佐々木徹,園田康平,池田康博ほか:数年間著明な眼圧季節変動を示した太田母斑に併発した発達緑内障の1例.あたらしい眼科23:817-820,200610)LiuJC,BallSF:NevusofOtawithglaucoma:reportofthreecases.AnnOphthalmol23:286-289,199111)青山陽:太田母斑.眼科プラクティス12,眼底アトラス(田野保雄編),p280,文光堂,2006***