0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(131)1499《原著》あたらしい眼科28(10):1499?1502,2011cはじめに線維柱帯切開術(trabeculotomy:LOT)の初回手術では,将来の濾過手術の可能性を考慮して上方結膜を温存するのが望ましいと考えられている1).これまでLOTにおいて切開部位による眼圧下降の差は上方からのアプローチおよび下方からのアプローチでは差がないという報告が散見される2?4).LOTの初回手術における下方アプローチとして耳側からのアプローチと鼻側からのアプローチの2つがあるが,解剖学的にSchlemm管に開口しているコレクターチャネルの数は耳側より鼻側のほうが多いと報告されている5)ことから下鼻側アプローチと下耳側アプローチとで術後の眼圧に差が生じる可能性が考えられるものの詳細な報告は少ない.そこで,今回筆者らは初回LOTにおける下鼻側からのアプローチと下耳側からのアプローチで術後の眼圧下降に差があるかを検討する目的で,同一術者が同一患者に対して片眼は下耳側アプローチ,僚眼は下鼻側アプローチのLOTを施行し術後成績を比較検討したので報告する.〔別刷請求先〕渡部恵:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MegumiWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,S1W16,Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN下鼻側および下耳側からのTrabeculotomyの術後成績渡部恵*1稲富周一郎*1近藤みどり*2田中祥恵*3片井麻貴*4大黒幾代*1大黒浩*1*1札幌医科大学医学部眼科学講座*2千歳市民病院眼科*3JR札幌病院眼科*4札幌逓信病院眼科ComparisonofTrabeculotomyviaInferonasalandInferotemporalApproachesMegumiWatanabe1),ShuichiroInatomi1),MidoriKondo2),SachieTanaka3),MakiKatai4),IkuyoOhguro1)andHiroshiOhguro1)1)DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,ChitoseCityHospital,3)DepartmentofOphthalmology,JRSapporoHospital,4)DepartmentofOphthalmology,SapporoTeishinHospitalTrabeculotomy(LOT)の術後成績を切開部位で比較した.対象は両眼にLOTを施行し,術後3カ月以上経過観察できた22例44眼で,年齢は60.0±12.6歳,病型は原発開放隅角緑内障16例,落屑緑内障1例,発達緑内障4例,ステロイド緑内障1例.術後経過観察期間は3?21カ月(平均9.5カ月)であった.強膜弁は同一患者に片眼は下鼻側に,僚眼は下耳側に作製した.術前および術後12カ月における眼圧は下鼻側群で18.2±5.2mmHg,14.9±3.8mmHg,下耳側群で17.5±4.2mmHg,14.9±2.4mmHgと両群ともに術前より有意に下降したが,2群間での差は認められなかった.最終観察時での16mmHg以下へのコントロール率は下鼻側群で42.5%,下耳側群で30.7%であったが,2群間に有意差はなかった.LOTにおける下鼻側切開と下耳側切開では術後成績に差はみられなかった.Wecomparedsurgicaloutcomesoftrabeculotomy(LOT)viainferonasalandinferotemporalapproaches.Thegroupcomprised44eyes:32withprimaryopen-angleglaucoma,2withexfoliationglaucoma,8withdevelopmentalglaucomaand2withsteroidglaucoma.Meanpatientagewas60.0±12.6yearsandmeanfollow-upperiodwas9.5months.LOTwasperfomedviatheinferonasalsideinthelefteyeandviatheinferotemporalsideintherighteyeofthesamepatient.Intraocularpressure(IOP)significantlydecreasedto14.9±3.8mmHgfrombaselineintheinferonasal-approacheyesand14.9±2.4mmHgfrombaselineintheinferotemporal-approacheyesat12monthspostoperatively.ThesuccessrateofIOPreaching16mmHgatfinalobservationwas42.5%intheinferonasalapproacheyesand30.7%intheinferotemporal-approacheyes.ThisstudyrevealednosignificantadvantageinIOPreductionbetweentheinferonasalapproachandtheinferotemporalapproach.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1499?1502,2011〕Keywords:緑内障,線維柱帯切開術,手術成績.glaucoma,trabeculotomy,surgicaloutcome.1500あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(132)I対象および方法対象は2008年1月から2010年4月までに札幌医科大学附属病院眼科でLOTを施行した169眼のうち片眼を下耳側に,僚眼を下鼻側アプローチとし,術後3カ月以上経過が観察できた22例44眼(うち14眼に白内障同時手術)をレトロスペクティブに選択した.内訳は男性9例18眼,女性13例26眼であった.年齢は60.0±12.6歳(平均±標準偏差),病型は原発開放隅角緑内障16例,落屑緑内障1例,発達緑内障4例,ステロイド緑内障1例,術後経過観察期間は3?21カ月(平均9.5カ月)であった.術式は結膜を円蓋部基底にて切開後,輪部基底で4×4mmの強膜一枚弁(3角弁:4例8眼,4角弁:18例36眼)を作製,部位は同一患者に片眼は下鼻側に(右眼:1眼,左眼:21眼),僚眼は下耳側(右眼:21眼,左眼:1眼)に作製した.Schlemm管を同定後にトラベクロトームを挿入し内壁を切開した.強膜弁を10-0ナイロン糸にて1?2針縫合,結膜を8-0バイクリルRで縫合した.同一患者は原則的に同一術者が手術を施行した.術後は全例,前房出血が創部に貯留しないように,前房出血が引けるまで術創と反対の側臥位をとらせた.下鼻側アプトーチ群と下耳側アプローチ群で術前後における眼圧,薬剤スコア,術後合併症について検討した.眼圧はGoldmann圧平眼圧計を用いて,術前,術後1,3,6,9,12カ月に測定した.薬剤スコアは緑内障点眼薬を1点,アセダゾラミド内服を2点とした.眼圧コントロール率はKaplan-Meier生命表法により検討し,エンドポイントは2回連続して18mmHgと16mmHgを超えた最初の時点,またはアセタゾラミドの内服,追加の緑内障手術を行った時点とした.統計学的検討は平均眼圧の比較および薬剤スコアの群内比較にはWilcoxsonsigned-ranktestを用い,群間比較にはWilcoxsonranksumtestを用い,眼圧コントロール率の比較にはlog-ranktestを,術後合併症にはFisher’sexacttestをそれぞれ用いた.II結果1.眼圧経過術前後の眼圧経過を表1と図1に示す.術前の眼圧は下鼻側アプローチ群と下耳側アプローチ群で差がなかった.下鼻側群では術前18.2±5.2mmHgが術後1カ月,3カ月,6カ月,9カ月および12カ月でそれぞれ15.6±3.6mmHg,15.4mmHg±2.8mmHg,14.3mmHg,14.3±2.2mmHg,14.7±3.6mmHgであった.下耳側群では術前17.5±4.2mmHg,術後1カ月,3カ月,6カ月,9カ月および12カ月でそれぞれ15.1±4.4mmHg,14.4±2.3mmHg,14.1±2.0mmHg,14.2±2.3mmHg,14.9±2.4mmHgであった.両群とも術前に比べ術後いずれの時点においても有意な眼圧下降を示した(p<0.01).しかし,下鼻側群と下耳側群の群間での比較はいずれの時点においても有意差はなかった.術後は緑内障点眼薬は基本的に中止とし,眼圧下降が得られない場合にのみ緑内障点眼薬を適宜追加した.緑内障点眼薬に関してはスコア化したものを後述する.2.眼圧コントロール率眼圧コントロール率を図2,3に示す.最終観察時において18mmHg以下へのコントロール率は下鼻側群で69.7%,下耳側群で73.9%,16mmHg以下への眼圧コントロール率は下鼻側群で42.5%,下耳側群で30.7%でいずれも2群間に有意差は認められなかった.表1術前後の眼圧(mmHg)術前1カ月3カ月6カ月9カ月12カ月下鼻側群18.2±5.2(n=22)15.6±3.6*(n=22)15.4±2.8*(n=22)14.3±2.5*(n=16)14.3±2.2*(n=11)14.7±3.6*(n=10)下耳側群17.5±4.2(n=22)15.0±4.3*(n=22)14.4±2.3*(n=22)14.1±2.0*(n=16)14.2±2.3*(n=11)14.6±2.4*(n=10)Wilcoxonsigned-ranktest:*p<0.01.両群ともに術前よりも術後は有意に眼圧下降した.下鼻側群と下耳側群の比較においては,差は認められなかった.0510152025術前術後136912眼圧(mmHg)経過観察期間(月):下鼻側群:下耳側群**********図1眼圧の経過Wilcoxonsigned-ranktest:*p<0.01.(133)あたらしい眼科Vol.28,No.10,201115013.薬剤スコア薬剤スコアを表2に示す.点眼数は,両群とも術前に3.0±0.7点であったが,術後に1.3±0.1点と術前より有意に減少した(p<0.01).2群間には差が認められなかった.4.術後併発症術後併発症を表3に示す.軽度の浅前房を下耳側群の2眼に認めたが,経過観察で数日のうちに改善した.下耳側群の1眼にSeidel陽性を認めたが,ヒアルロン酸製剤の点眼で数日で改善した.重篤な合併症を生じたものはいなかった.2群間に有意差は認められなかった.緑内障の追加手術となったのが,下鼻側群で1眼,下耳側群で2眼であったが,いずれも術後6カ月以上経過して追加手術を行った.III考按LOTは房水流出抵抗が高いとされている内皮網を切開することで流出抵抗を減少させ眼圧下降をはかる流出路再建術である.房水は毛様体筋で産生され,線維柱帯,Schlemm管を通り上強膜静脈へと流れる.Schlemm管が正常眼と緑内障眼では内腔の広さに差があり,正常眼のほうが広く,内腔が広いほうが房水流出能が高いという報告がある6).これは内壁の抵抗が高いために生ずるもので,LOTで内壁を切開することで眼圧が下降するのはこのためである.部位による差としては,Kagemannら7)がSchlemm管内腔に開口しているコレクターチャネルがある部位のほうが内腔が広く,鼻側と耳側で比較すると鼻側のほうが面積が広かったと報告している.他に組織学的にコレクターチャネルは耳側よりも鼻側に多く分布されているとの報告もあった5).したがって,正常な房水流出路を再建するLOTではSchlemm管から後方の流出抵抗が術後成績に大きく関与すると予想されるため,集合管の分布に差がある下鼻側アプローチと下耳側アプローチでは術後成績が違う可能性が考えられた.LOTにおける鼻側および耳側アプローチの比較報告は,筆者らの知る限りは見受けられなかったものの,上方および下方の比較では眼圧下降や薬剤スコアなどの術後成績は差がないとする報告であった.今回の検討では鼻側および耳側アプローチにおいて術後の眼圧下降や薬剤スコア,眼圧コントロール率,合併症で両群間での差が認められなかったことから,LOTは上下に加えて鼻側,耳側いずれの方向から行っても基本的に安定した眼圧下降が得られる術式であることが示された.12カ月まで追跡できた症例は10例と少なかったため,今後症例を増やしてさらなる検討をする必要があると思われた.本稿の要旨は第34回日本眼科手術学会で発表した.文献1)黒田真一郎:トラベクトロミー初回は上からか下からか.月刊眼科診療プラクティス98巻,緑内障診療のトラブルシューティング(根木昭編),p150,文光堂,20032)浦野哲,三好和,山本佳乃ほか:白内障手術を併用した上方および下方からの線維柱帯切開術の検討.あたらしい眼科25:1149-1152,20083)南部裕之,尾辻剛,桑原敦子ほか:下方から行ったトラベクロトミー+サイヌストミーの成績.眼科手術15:389-391,2002表2薬剤スコア(点)下鼻側群下耳側群術前3±0.73±0.7術後1.3±1.1*1.3±1.1*Wilcoxonsigned-ranktest:*p<0.01.両群ともに術後の緑内障治療薬数は有意に減少した.2群間に有意差は認められなかった.表3術後併発症全体下鼻側群下耳側群浅前房2(4.5%)02Seidel陽性1(2.3%)01重篤な合併症を生じたものはいなかった.2群間で有意差は認められなかった.00.10.20.30.40.50.60.70.80.910510152025累積生存率(%)経過観察期間(月):下鼻側69.7%:下耳側73.9%図2眼圧コントロール率(18mmHg以下)00.10.20.30.40.50.60.70.80.910510152025累積生存率(%)経過観察期間(月):下鼻側42.5%:下耳側30.7%図3眼圧コントロール率(16mmHg以下)1502あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(134)4)鶴丸修士,三好和,新井三樹ほか:偽水晶体眼緑内障に行った下方からの線維柱帯切開術の成績.臨眼100:859-862,20065)MichaelJH,JorgeAA,JoanEetal:Theexternalcollectorchannels.HistologyoftheHumanEye,p145-154,Saunders,Philadelphia,19716)AllinghamRR,deKaterAW,EthierCRetal:Schlemm’scanalandprimaryopenangleglaucoma:CorrelationbetweenSchlemm’scanaldimensionsandoutflowfacility.ExpEyeRes62:101-109,19967)KagemannL,WollsteinG,IshikawaHetal:IdentificationandassessmentofSchlemm’scanalbyspectral-domainopticalcoherencetomography.InvestOphthalmlVisSci51:4054-4059,2010***