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角膜移植後の角膜感染症

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1697.1700,2014c角膜移植後の角膜感染症藤井かんな*1,2佐竹良之*2島﨑潤*2*1杏林大学医学部眼科学教室*2東京歯科大学市川総合病院眼科InfectionafterCornealTransplantationKannaFujii1,2),YoshiyukiSatake2)andJunShimazaki2)1)DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital目的:角膜移植後感染症の発症背景と予後について検討した.対象および方法:角膜移植を施行後,入院治療を必要とする角膜感染症を発症した54例55眼を対象として,原疾患,手術方法,起炎菌,発症時期,概算発症率,発症時の使用薬剤,発症誘因,予後について検討した.結果:平均発症時期は26.4±27.6カ月で,3年以上経ってから発症した症例が23.6%であった.原疾患は,再移植が最も多く20眼(36.4%)であった.培養および臨床所見から細菌感染と診断されたのは14眼,真菌感染は35眼であった.発症時ステロイド点眼使用は53眼であった.発症の誘因としては,縫合糸の緩み,断裂,コンタクトレンズ装用などが多かった.透明治癒したものは17眼(30.9%)であった.結論:角膜移植後は,長期にわたって易感染性であり,感染の危険因子を考慮に入れて長期にわたる経過観察を行う必要があると考えられた.Purpose:Weretrospectivelystudiedthebackgroundandprognosisofpostoperativeinfectionaftercornealtransplantation.Methods:Wereviewedtherecordsof55eyeswithinfectiouskeratitisfollowingcornealtransplantationbetweenJanuary2003andDecember2007.Originaldiseases,surgicalmethods,microbiologicalresult,intervalbetweentransplantationandinfection,approximateincidence,medicationsused,contributingfactorsandprognosiswerestudied.Results:Themostfrequentoriginaldiseasewasregraft(36.4%).Bacterialandfungalinfectionswerefoundin14and35eyes,respectively.Meanintervalbetweensurgeryanddevelopmentofinfectionwas26.4±27.6months;23.6%ofcasesdevelopedinfectionmorethan3yearsfollowingsurgery.Thevastmajorityofcasesusedtopicalsteroidatthetimeofinfectiondevelopment.Presumablecontributingfactorsforinfectionincludedloosenedorbrokensutures,contactlenswearandpersistentepithelialdefects.Cleargraftswereachievedin17eyes(30.9%)bythefinalvisit.Conclusions:Postkeratoplastyeyesweresusceptibletoinfectionevenlongaftersurgery.Long-termfollow-upisnecessary,especiallywithpatientshavingriskfactorsforinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1697.1700,2014〕Keywords:角膜移植,感染性角膜炎,コンタクトレンズ,縫合糸.cornealtransplantation,infectiouskeratitis,contactlens,suture.はじめに角膜移植後は,ステロイド点眼の長期投与,縫合糸の存在,角膜知覚の低下,コンタクトレンズ装用などさまざまな要因により易感染性である.また,いったん感染が生じると重症化しやすく,感染が治癒したとしても不可逆的な影響を及ぼし,視力予後不良の原因となることが多い.今回,筆者らは角膜移植後に細菌あるいは真菌感染症を生じた例について,その発症背景と予後を検討したので報告する.I対象および方法東京歯科大学市川総合病院において角膜移植を施行し,2003年1月から2007年12月までの5年間に,入院治療を必要とする細菌あるいは真菌角膜感染症を発症した54例55眼を対象としてレトロスペクティブに検討した.症例の内訳は男性24例24眼,女性30例31眼,平均年齢59.0±16.0歳(平均値±標準偏差,範囲:16.85歳)であった.〔別刷請求先〕島﨑潤:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科Reprintrequests:JunShimazaki,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollege,IchikawaGeneralHospital,5-11-13Sugano,Ichikawa-shi,Chiba272-8513,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(131)1697 表1原疾患の内訳原疾患眼数(%)n=552003年施行全移植中の眼数(%)n=248再移植20(36.4)40(16.1)水疱性角膜症13(23.6)72(29.0)角膜ヘルペス後6(10.9)5(2.0)角膜白斑5(9.1)65(26.2)瘢痕性角結膜症4(7.3)2(0.8)円錐角膜3(5.5)40(16.1)02468101214161820:細菌感染:真菌感染眼数20:細菌感染:真菌感染眼数0~1年1~2年2~3年3年以上術後期間〔(以上)~(未満)〕図1角膜移植後感染症の発症時期表2手術の内訳原疾患眼数(%)n=552003年施行全移植中の眼数(%)n=248PKP37(67.3)203(81.9)DALK8(14.5)23(9.3)ALK7(12.7)9(3.6)PKP+アロLT2(3.6)0(0.0)ALK+アロ培養上皮移植1(1.8)0(0.0)角膜内皮移植0(0.0)12(4.8)DALK+オート(自家)LT0(0.0)1(0.4)PKP:全層角膜移植,DALK:深層表層角膜移植,ALK:表層角膜移植,LT:輪部移植.これらの症例について,原疾患,手術方法,起炎菌,発症時期,概算発症率,使用薬剤,発症誘因となる局所因子,予後について検討を行った.原疾患,手術術式の内訳に関しては,2003年に施行された角膜移植での原疾患,手術術式を適合性のc2検定を用いて比較した.概算発症率の算定は,対象とした時期より平均発症時期をさかのぼった時点の角膜移植施行件数と比較して算定した.II結果1.発症時期平均発症時期は26.4±27.6カ月で,1年以内に発症した症例は45.5%,3年以上経ってから発症した症例は23.6%であった(図1).細菌感染例での平均発症時期は22.4±21.5カ月(1.4.77.8カ月),真菌感染症では27.0±28.9カ月(0.4.104.8カ月)であった.2.原疾患原疾患で,最も多かったのは再移植20眼(36.4%,95%信頼区間:24.9.49.6),ついで水疱性角膜症13眼(23.7%,95%信頼区間:14.4.36.3),角膜ヘルペス後6眼(10.9%,95%信頼区間:5.1.21.8),角膜白斑5眼(9.1%,95%信頼1698あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014角膜穿孔3(5.5)6(2.4)角膜ジストロフィ1(1.8)14(5.6)角膜輪部デルモイド0(0.0)4(1.6)区間:3.9.19.6),瘢痕性角結膜症4眼(7.3%,95%信頼区間:2.9.17.3),円錐角膜3眼(5.5%,95%信頼区間:1.9.14.9),角膜穿孔3眼(5.5%,95%信頼区間:1.9.14.9),角膜ジストロフィ1眼(1.8%,95%信頼区間:0.3.9.6)であった(表1).2003年全体の原疾患と比較すると今回の検討では再移植,角膜ヘルペス後,瘢痕性角膜症の比率が高かった(p<0.0001*).3.手術方法角膜移植の術式は,全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PKP)が37眼(67.3%,95%信頼区間:54.1.78.2),表層角膜移植(anteriorlamellarkeratoplasty:ALK)が7眼(12.7%,95%信頼区間:6.3.24.0),深層表層角膜移植(deepanteriorlamellarkeratoplasty:DALK)が8眼(14.5%,95%信頼区間:7.6.26.2),PKPとアロ(他家)輪部移植(limbaltransplantation:LT)を併用したのが2眼(3.6%,95%信頼区間:1.0.12.3),ALKとアロ(他家)培養上皮移植を併用したのが1眼(1.8%,95%信頼区間:0.3.9.6)であった(表2).今回の検討ではALK,DALKの比率が高かった(p=0.0004*).4.起炎菌病変部もしくは抜糸した糸から菌が検出されたのは,55眼中21眼(38.1%)であった(表3).細菌感染症では,グラム陽性球菌が5眼,グラム陽性桿菌が3眼,グラム陰性桿菌が1眼であった.培養で起炎菌が同定できず,臨床所見および治療経過から細菌感染と診断されたのは5眼であった.真菌感染症では,酵母型真菌が11眼と大部分を占め,糸状菌が検出されたのは1眼であった.培養で起炎菌が同定できず,臨床所見および治療経過から真菌感染と診断されたのは23眼で,そのうち7眼でendothelialplaqueが認められた.培養陰性であり臨床所見および治療経過から混合感染と診断されたのは1眼であった.治療経過,臨床所見からも菌を特定できなかったものは5眼(9.1%)であった.(132) 表3起炎菌の種類起炎菌眼数グラム陽性球菌Staphylococcusaureus3(MSSA2眼,MRSA1眼)Staphylococcusoralis1a-hemolytisstreptococcus1グラム陽性桿菌Corynebacteriumspecies3グラム陰性桿菌Acinetobacterhemolytics1酵母状真菌Candidaparapsilosis6Candidaalbicans2その他の酵母状真菌3糸状菌Penicililumspecies1MSSA:methicillin-sensitiveStaphylococcusaureus(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌),MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.5.概算発症率平均発症時期が約2年であったので,今回の対象期間から2年さかのぼった2001年1月から2005年12月に角膜移植を施行した件数から概算発症率を算出した.2001年1月から2005年12月の5年間に施行した角膜移植件数は1,405眼であり,概算発症率は3.9%(95%信頼区間:3.0.5.1)と算出された.6.発症時の使用薬剤感染症発生時に使用していた薬剤についての検討を行った(表4).ステロイド点眼は,55眼中53眼とほとんどの症例で使用されていた.細菌感染症では発症時にフルオロメトロンを局所使用していた症例は14眼中7眼,ベタメタゾンあるいはデキサメタゾンを局所使用していた症例は14眼中7眼であった.真菌感染症では,フルオロメトロン使用例が33眼中10眼,ベタメタゾン・デキサメタゾン使用例が33眼中23眼であり,ベタメタゾン・デキサメタゾン使用例での発症が多かった.抗菌剤点眼を使用していた症例は,55眼中41眼であった.細菌感染症では14眼中9眼,真菌感染症では,35眼中10眼であった.ステロイドを全身投与されていた症例は55眼中6眼,シクロスポリンを使用していた症例は5眼であった.7.発症の誘因感染症発症に関与したと思われる誘因についての検討を行った(表5).縫合糸が残存していたものは47眼(85.5%)そのうち17眼(30.9%)で糸の緩みあるいは断裂を伴ってい(,)た.治療用または視力矯正用コンタクトレンズを装用してい(133)表4発症時の使用薬剤細菌感染(%)真菌感染(%)薬剤眼数(%)n=14n=35ステロイド点眼53(96.4)14(100.0)33(94.3)ベタメタゾン/デキサメタゾン33(60.0)7(50.0)23(65.7)フルオロメトロン20(36.4)7(50.0)10(28.6)抗生剤点眼41(74.5)9(64.3)29(82.9)全身投与剤6(10.9)2(14.3)4(11.4)ステロイド1(1.8)1(7.1)0(0.0)シクロスポリン5(9.1)1(7.1)4(11.4)表5発症の誘因となる因子細菌感染(%)真菌感染(%)因子眼数(%)n=14n=35縫合糸47(85.5)12(78.6)30(85.7)緩み・断裂17(30.9)5(35.7)12(34.3)コンタクトレンズ13(23.6)6(42.9)6(17.1)HCL1(1.8)0(0.0)1(2.9)SCL12(21.8)6(42.6)5(14.3)遷延性上皮欠損12(21.8)4(28.6)7(20.0)眼瞼の異常6(10.9)4(28.6)2(5.7)外傷2(3.6)1(7.1)1(2.9)糖尿病6(10.9)1(7.1)2(5.7)HCL:ハードコンタクトレンズ,SCL:ソフトコンタクトレンズ.たものが13眼(23.6%)で,そのうち12眼はソフトコンタクトレンズであった.遷延性上皮欠損が存在していたものは12眼(21.8%)であった.8.予後内科的治療によって透明治癒した症例は8眼,瘢痕治癒は43眼,治療的角膜移植を施行した症例は4眼であった.瘢痕治癒後に光学的移植を施行した症例は14眼あり,うち透明治癒が得られたものは9眼であった.透明治癒した17眼(30.9%)のうち,細菌感染症では4眼(28.6%),真菌感染症は13眼(37.1%)であった.III考按角膜移植後の感染症は,視力予後に大きな影響を及ぼすので,その発症時期や危険因子について検討を加え,予防に努めることは非常に重要と考えられる.今回の検討で移植後角膜感染症の発症率を概算したところで算定し3.9%であり,過去の報告の0.2.3.6%とほぼ一致するものであった1.3).今回は,入院治療を必要とした症例を対象としたが,通院で治療した症例や他院で治療した症例も存在すると考えられるため,実際の発症率はさらに高率であると推測された.過去の報告によると1年以内に発症した症例は48%3),あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141699 55.6%4)と約半数を占めている.今回の結果では1年以内に45.5%が発症しており,過去の報告にほぼ一致するものであった.3年以降に発症した症例は13眼(23.6%)あり,角膜移植後では晩期感染症にも注意が必要であると考えられた.原疾患では,移植全体の原疾患比率と比較して,再移植の割合が多かった.再移植例では,術後の免疫抑制のためステロイド点眼を長期投与することが多く,易感染状態になりやすいためと考えられた.また,術式ではALK,DALKの比率が18眼と高かったが,このうち6眼が眼類天疱瘡,偽類天疱瘡,化学傷などの瘢痕性角結膜症であった.瘢痕性角結膜症は遷延性上皮欠損を生じやすく,感染防御が脆弱になるためと考えられた.角膜移植後感染症の起炎菌としては,これまでの報告ではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)を含む黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌,緑膿菌,真菌(カンジダ)感染などが多いとされる1.6).今回の結果では,細菌はグラム陰性菌が1眼に対しグラム陽性菌が8眼と多く,真菌は糸状菌が1眼に対し酵母状真菌が11眼と多かった.角膜移植後はステロイド長期使用など種々の要因により免疫能が低下し,グラム陽性菌や酵母菌といった常在菌による感染を発症しやすい環境にあると考えられた.移植後角膜感染症の危険因子としては,遷延性上皮欠損2,4),コンタクトレンズ装用2,4,5),局所のステロイド点眼2,4.6)および抗生物質点眼の併用4),縫合糸の緩みや断裂2,5,6)などが挙げられている.今回の結果では,ほとんどの症例でステロイド点眼を使用していた.縫合糸の緩み・断裂を有していた症例は30.9%であり,これまでの報告にもあるように7),縫合糸の状態には特に注意をすべきと考えられた.縫合糸の緩み・断裂は,感染のみならず血管新生や拒絶反応の誘因となることが知られており,こうした例では速やかに抜糸すべきと考えられた.易感染性状態にある角膜移植眼の透明性を保つためには,感染予防が非常に重要である.したがって,術後感染の危険因子を考慮に入れて,患者啓発を行ったうえで長期の経過観察を行う必要があると考えられた.文献1)LveilleAS,McmullenFD,CavanaghHD:Endophthalmitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology90:38-39,19832)脇舛耕一,外園千恵,清水有紀子ほか:角膜移植後の角膜感染症に関する検討.日眼会誌108:354-358,20033)兒玉益広,水流忠彦:角膜移植後感染症の発症頻度と転帰.臨眼50:999-1002,19964)HarrisDJJr,StultingRD,WaringGOIIIetal:Latebacterialandfungalkeratitisaftercornealtransplantation.Spectrumofpathogens,graftsurvival,andvisualprognosis.Ophthalmology95:1450-1457,19885)中島秀登,山田昌和,真島行彦:角膜移植眼に生じた感染性角膜炎の検討.臨眼55:1001-1006,20016)WrightTM,AfshariNA:Microbialkeratitisfollowingcornealtransplantation.AmJOphthalmol142:10611062,20067)若林俊子,山田昌和,篠田啓ほか:縫合糸膿瘍から重篤な眼感染症をきたした角膜移植眼の2眼.あたらしい眼科16:237-240,1999***1700あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(134)