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心房細動に対するカテーテルアブレーション後に発症した MLF 症候群の1 例

2021年8月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科38(8):972.976,2021c心房細動に対するカテーテルアブレーション後に発症したMLF症候群の1例三善重徳小笠原聡鳴海新平大高幸二黒坂大次郎岩手医科大学医学部眼科学講座CACaseofMLFSyndromeAfterRadiofrequencyCatheterAblationforAtrialFibrillationShigenoriMiyoshi,SatoshiOgasawara,ShinpeiNarumi,KojiOhtakaandDaijiroKurosakaCDepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicineC緒言:内側縦束(mediallongitudinalfasciculus:MLF)症候群は,一側の外転神経核から対側の動眼神経核をつなぐCMLFの障害で生じ,MLF障害側と同側の眼の内転制限を認める.カテーテルアブレーション(radiofrequencyCcatheterablation:RFCA)後の症候性脳梗塞の発症率は低く,RFCA直後に発症したCMLF症候群についての報告は過去にはない.今回,心房細動(atrial.brillation:AF)に対するCRFCA後に発症したCMLF症候群のC1例を報告する.症例:75歳,女性.AFに対してCRFCAを施行され,治療翌日から両眼性複視を自覚,輻湊可能であったが,右眼内転制限を認めた.頭部CMRI拡散強調画像で右中脳から橋背側にかけて高信号域を認め,急性期脳梗塞に起因したCMLF症候群と診断した.結論:RFCA後のCMLF症候群では急性期脳梗塞を疑う必要があると考えられた.CPurpose:Mediallongitudinalfasciculus(MLF)syndromeisadisorderoftheMLF,thenervebundleconnect-ingCtheCabducensCnucleusConConeCsideCtoCtheCoculomotorCnucleusConCtheCcontralateralCside.COneCrareCbutCpossibleCcauseCofCthisCsyndromeCisCcerebralCinfarction.CSymptomaticCcerebralCinfarctionCafterCradiofrequencyCcatheterCabla-tion(RFCA)israre,andtherehavebeennopreviousreportsofMLFsyndromedevelopingafterRFCA.Herewereport,CtoCtheCbestCofCourCknowledge,CtheC.rstCcaseCofCMLFCsyndromeCafterCRFCACforCatrial.brillation(AF).CCase:StartingCat1-dayCafterCRFCA,CaC75-year-oldCwomanCexperiencedCnewCbinocularCdiplopia,CinabilityCtoCcon-verge,CandCrestrictedCcapacityCforCrightCadduction.CMagneticCresonanceimaging(MRI).ndingsCcon.rmedCacuteCcerebralCinfarctionCfromCtheCrightCmidbrainCtoCtheCbackCofCtheCbridge,CandCtheCpatientCwasCdiagnosedCwithCMLFCsyndromeCcausedCbyCcerebralCinfarction.CConclusion:AcuteCcerebralCinfarctionCshouldCbeCsuspectedCwhenCMLFCsyndromedevelopsafterRFCA.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(8):972.976,C2021〕Keywords:MLF症候群,心房細動,RFCA,脳梗塞.MLFsyndrome,atrial.brillation,radiofrequencycatheterablation,cerebralinfarction.Cはじめに内側縦束(medialClongitudinalfasciculus:MLF)症候群は,患側眼の内転障害,反対側眼の外転時に発生する単眼性水平眼振,良好な輻湊を三徴候とする1).若年者では多発性硬化症によるものが多いが,血管系の危険因子をもった高齢者では脳血管病変が原因として最多である2).今回筆者らは,心房細動(atrial.brillation:AF)に対するカテーテルアブレーション(radiofrequencyCcatheterablation:RFCA)後に発症したCMLF症候群のC1例を経験した.AFに対するCRFCA後の症候性脳梗塞の発症率はC0.5%程度と報告され3,4),頻度の少ない合併症である.また,本症例のようにCRFCA直後に発症したCMLF症候群の報告は筆者らが文献を渉猟した限り今までに報告がなく,まれな症例であると考えられたので,若干の知見と合わせて報告す〔別刷請求先〕三善重徳:〒028-3695岩手県紫波郡矢巾町医大通C2-1-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ShigenoriMiyoshi,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,1-1CIdaidori2-chome,Yahaba-cho,Shiwa-gun,Iwate028-3695,JAPANC972(124)る.CI症例患者:75歳,女性.主訴:両眼性複視.既往歴:非弁膜症性心房細動,高血圧,骨粗鬆症,脂質異常症.現病歴:X年,AFに対するCRFCA目的で,当院循環器内科に入院した.術前から抗凝固療法はなされ,術前の経食道心臓超音波検査で心臓内血栓は確認されなかった.RFCAを施行し洞調律に復帰し,神経学的異常は認めなかった.治療翌日,起床時から複視を自覚するようになり,症状が持続するため,RFCA後C2日目に当科紹介となった.初診時眼所見:矯正視力は両眼ともに(1.0)であった.瞳孔正円同大で,対光反射両側迅速,眼瞼下垂も認めなかった.右眼内転制限と左方視時の左眼水平性眼振がみられたが,輻湊は可能であった.また,全方向で両眼性複視を自覚し,左方視で増悪した(図1,2).前眼部,中間透光体,眼底に異常は認めなかった.神経学的所見(当院神経内科の所見):意識清明.失行なし.失認なし.失語なし.顔面感覚異常なし.顔面神経麻痺なし.構音障害なし.カーテン徴候なし.協調運動障害なし.表在覚異常なし.位置覚異常なし.振動覚異常なし.四肢の運動障害なし.腱反射亢進なし.病的反射なし.その他の所見(術前血液検査):WBC7,580/μl,RBC335万/μl,Hb10.5Cg/dl,Ht30.9%,PLT14.7万/μl,APTT31.4sec,PT-INR1.28sec,Dダイマー<0.5Cμg/ml.経過および治療:右眼CMLF症候群と診断し,頭部核磁気図1初診時のHessチャート右眼内転制限を認めた.図29方向眼位写真第C1眼位では正位.右眼内転制限があったが,輻湊可能であった.図3頭部単純MRI画像(DWI)右中脳から橋背側にかけて,高信号域を認めた.共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)を施行した.拡散強調画像(di.usionweightedimage:DWI)で右中脳から橋にかけて背側正中寄りに高信号域を認めたため,急性期脳梗塞と診断した(図3).同日,加療目的に当院神経内科転科となった.点滴静注による脳保護療法を開始し,術前から行われていた抗血小板薬の内服療法を継続した.第C6病日に再度施行された頭部CMRIでは,DWIで右中脳に亜急性脳梗塞性変化を認めたが,新規脳梗塞の発症は認めなかった.第20病日,複視は残存していたが,右眼内転制限は改善傾向にあり,自宅退院となった.退院時は,複視も軽減していた.その後も当院外来で経過観察を継続し,発症C6カ月の再来時,右眼内転制限はさらに改善し,複視の自覚も消失した(図4,5).図4発症から6カ月後のHessチャート右眼内転制限は,初診時より改善した.図5発症から6カ月後の9方向眼位写真右眼の眼球運動障害は改善傾向にあった.II考按MLF症候群の原因は,若年者では多発性硬化症がもっとも疑われ,そのほかに感染症などによって生じる可能性もある2).しかし,血管系の危険因子をもった高齢患者では,脳血管病変によって生じるものが最多である2).Bolanosらの報告では核間性眼球麻痺の最大の原因は脳血管病変(脳梗塞)であり,追跡研究でもC37%を占めていた5).本症例でもRFCAの術翌日に複視や内転障害が出現し,中脳から橋にかけての脳梗塞を発症していたことから,MLF症候群の原因は急性期脳梗塞と考えられた.Nakamuraらの報告によると,RFCA翌日に施行された頭部CMRI検査では,160人中C43人(26.3%)で急性期脳梗塞が確認された6).そして,病巣は中脳がもっとも多かった(46.9%)が,そのC43人はすべて無症候性脳梗塞であった6).一方で,病巣や神経学的異常所見についての詳細は不明であるが,InoueらはCRFCA後に症候性脳梗塞がC1,049人中C2人(0.5%)で発症したと報告している4).したがって,RFCA後に症候性脳梗塞が発症する確率は低く,過去にCMLF症候群を呈した報告も筆者らが文献を渉猟した限りないため,本症例は希少な症例であったと考えられる.本症例のように運動失調や上斜視などの随伴症状のないMLF症候群は,過去にCKobayashiら7)や,Puneetら8)が報告している.彼らの報告したC3例はすべて中脳の微小梗塞により発症したと報告されていた7,8).RFCA後の脳梗塞は洞調律に復帰した際に左心房内血栓が脳血管に飛んで発症する場合が一般的である.しかし,本症例では術前に左心房内血栓が確認されなかった.そのため,心エコーで検出できないほどの微小血栓や,焼灼部位やシースなどの人工器具内部で術中に形成された微小血栓に起因して,微小梗塞がCMLFに限局したために随伴症状を認めなかった可能性が考えられた.微小梗塞が原因の場合,頭部CMRIで診断するのは困難な場合が多いとされている9).本症例ではスライス厚がC3Cmmの頭部CMRIで病変を確認できた.柴山らは脳血管障害による一側性核間性眼筋麻痺症例C10例中,MLFに一致して異常所見を検出できた症例はC5例だったと報告している10).柴山らの責任病巣を同定できたC5例は,頭部CMRI画像のスライス厚がC4.4CmmからC7.8Cmmの範囲で撮影されていたが,責任病巣が不明であったC5例はC7.8CmmからC9.9Cmmのより厚いスライス厚で撮影されていた10).また,中嶋らの報告ではスライス厚がC5Cmmの頭部CMRIで病変を確認できなかったが,3Cmm厚のスライスで撮影した頭部CMRIでは検出することができたとしている9).以上のことから,MLF症候群の原因精査で脳梗塞を疑った場合には,スライス厚を薄くした条件でCMRIを施行するべきだと考える.本症例では発症からC6カ月経過し,眼球運動障害はほぼ改善していた.脳梗塞に起因したCMLF症候群の眼球運動障害の予後について,大淵らは観察したC4例すべてで治癒し,眼球運動障害の持続期間はC1日からC22日(平均C9.3日)であったと報告している11).また,柴山らも眼球運動障害の持続期間は平均C25.4日と報告している10).これらのことから,MLF症候群の眼球運動障害の予後は,障害の持続期間に差はあるものの比較的良好と考えられた.予後良好な理由としては,病変が微少であることに加えて,MLFが存在する部位の支配血管の吻合が豊富であることが考えられる11).CIII結論RFCA後の症候性脳梗塞に起因して発症したCMLF症候群のまれなC1例を経験した.RFCA後に認めたCMLF症候群では,急性期脳梗塞の発症を考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)梅野祐芳,野田哲哉,中島成人:MRIで確認し得た脳梗塞によるCMLF症候群の一例回旋性振,輻輳障害および患側眼の滑車,外転神経麻痺の合併.EquilibriumCResearchC52:165-168,C19932)PlummerCNR,CThorpCT,CSultanS:SuddenConsetCdoubleCvision.BMJ348:1-3,C20143)渡辺則和:カテーテルアブレーション術前,術中,術後の服薬管理と合併症対策.ProgressCinCMedicineC37:1293-1299,C20174)InoueK,MurakawaY,NogamiAetal:CurrentstatusofcatheterCablationCofCatrialC.brillationCinJapan:SummaryCofCthe4CthCsurveyCofCtheCJapaneseCCatheterCAblationCReg-istryCofCAtrialFibrillation(J-CARAF).JCCardiolC68:C83-88,C20165)BolanosI,LozanoD,CantuC:Internuclearophthalmople-gia:causesCandClong-termCfollow-upCinC65Cpatients.CActaCNeurolScandC110:161-165,C20046)NakamuraT,OkishigeK,KanazawaTetal:IncidenceofsilentCcerebralCinfarctionsCafterCcatheterCablationCofCatrialC.brillationCutilizingCtheCsecond-generationCcryoballoon.CEuropace19:1681-1688,C20177)KobayashiZ,IizukaM,TomimitsuHetal:IsolatedmediC-allongitudinalfasciculussyndromeduetosmallmidbraininfarction.NeurolClinNeurosci2:112-113,C20148)PuneetK,YogeshK,PranavSetal:Isolatedmediallon-gitudinalCfasciculussyndrome:ReviewCofCimaging,Canato-my,pathophysiologyanddi.erentialdiagnosis.Neuroradi-olJC31:95-99,C20189)中嶋匡,西村裕之,西原賢太郎ほか:MLF症候群と運動失調にて発症した中脳梗塞のC1例.脳卒中C29:479-482,200711)大淵豊明,宇高毅,楽居直明ほか:核間性眼筋麻痺症例10)柴山秀博,佐藤進,長谷川政二ほか:MLF症候群─血管における症状とCMRI所見.日本耳鼻咽喉科学会会報C109:障害を中心としたその臨床とCMRI所見の検討─.神経内科C96-102,C2006C46:359-365,C1997***

ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩への切り替え 3日後に発症した脳梗塞の1例

2011年12月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科28(12):1753.1757,2011cラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩への切り替え3日後に発症した脳梗塞の1例西野和明*1八巻稔明*2吉田富士子*1新田朱里*1齋藤三恵子*1齋藤一宇*1*1医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科*2KKR札幌医療センター脳神経外科OccurrenceofCerebralInfarctiononDay3afterSwitchfromMorningTimololtoEveningFixedCombinationofLatanoprostandTimololKazuakiNishino1),ToshiakiYamaki2),FujikoYoshida1),AkariNitta1),MiekoSaito1)andKazuuchiSaito1)1)KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,2)KKRSapporoMedicalCenter,DivisionofNeurosurgery目的:緑内障点眼薬のアドヒアランスの向上を目的として,近年配合点眼液の使用が増加してきた.一方,チモロールマレイン酸塩が配合されているため高齢者に対する心肺機能や脳血管障害など重大な副作用に注意する必要がある.今回筆者らは多剤併用療法から配合点眼液ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(FCLT)に切り替えた3日後,脳梗塞が発症した症例を経験したので報告する.症例:78歳,男性.原発開放隅角緑内障(POAG)の診断にて1998年1月から点眼治療を行ってきたが,右眼の視野は湖崎分類IV期,左眼はVb期で末期のPOAGである.点眼治療はラタノプロスト,チモロールマレイン酸塩持続性製剤(朝1回),ドルゾラミド塩酸塩の併用療法で,眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHg.患者は末期のPOAGであるにもかかわらず,点眼遵守不良であったため,2010年5月14日からFCLT(夜1回)とドルゾラミド塩酸塩の併用にしたところ,5月19日「一昨日からの急激な視力低下」を主訴として再診.変更前の視力は右眼(0.8),左眼(手動弁)であったが,変更後は右眼(0.1),左眼(光覚弁)と低下し,眼圧は右眼18mmHg,左眼20mmHgと上昇していた.めまい,ふらつき,吐気,右手の脱力感もみられたため脳神経外科を受診させたところ両側後頭葉の脳梗塞と診断された.結論:本症は約10年もの間,チモロールマレイン酸塩持続性製剤(朝1回)を併用していたにもかかわらず副作用がなく,FCLT(夜1回)に切り替えた3日後に脳梗塞が発症していることから,FCLTの副作用である可能性を否定できない.FCLTの夜点眼が要因の一つである可能性がある.Purpose:Toreportacaseofcerebralinfarctionthatoccurredonday3afterswitchingfromtimololinthemorningtoafixedcombinationoflatanoprostandtimololintheevening.Case:Thepatient,a78-year-oldmale,hadbeentreatedatKaimeidohOphthalmicClinicsinceJanuary1998forprimaryopen-angleglaucoma.Eyedropmedicationsweretimolol,dorzolamideandlatanoprost.intraocularpressure(IOP)was17mmHgrighteye,16mmHglefteye.Despitetheadvancedstageglaucoma,adherencewaspoor.Themedicationplanwasthenswitchedtoafixedcombinationoflatanoprostandtimololintheevening,withdorzolamide.Onday3aftertheswitch,thepatientsufferedsuddenvisionloss.Bestcorrectedvisualacuityoftherighteyedecreasedfrom0.8to0.1.IOProseto18mmHgrighteyeand20mmHglefteye.Thepatientexperienceddizziness,faintness,nauseaandlossofmusclepowerinhisrightarm;hewassenttoNeurosurgeryClinicforfurtherexamination.Thediagnosiswascerebralinfarction.Conclusion:Thecauseofcerebralinfarctionwasundeniablyassociatedwiththeswitchfrommorningtimololtoeveningfixedcombinationoflatanoprostandtimolol.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(12):1753.1757,2011〕Keywords:ラタノプロスト,チモロールマレイン酸塩,配合点眼液,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩,脳梗塞.timolol,latanoprost,fixedcombinationoflatanoprostandtimolol,cerebralinfarction.〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(91)1753 bbはじめに緑内障点眼薬のアドヒアランスの向上を目的として,近年配合点眼液の使用が増加してきた.一方,チモロールマレイン酸塩が配合されているため高齢者に対する心肺機能や脳血管障害など重大な副作用に注意する必要がある.今回筆者らはアドヒアランスの向上を目的として,チモロールマレイン酸塩持続性製剤(朝1回)を含むプロスタグランジン関連薬,炭酸脱水酵素阻害薬の多剤併用療法から,配合点眼液ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩(FCLT)の夜1回点眼と炭酸脱水酵素阻害薬の多剤併用に切り替えた直後,脳梗塞が発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:78歳,男性(脳梗塞発症時年齢).主訴:視力低下,めまい,ふらつき(脳梗塞発症時).眼科既往歴:2000年4月19日,回明堂眼科・歯科(以下,当院)にて左眼白内障手術,4月25日,右眼白内障手術.全身既往歴:1997年,大腸癌の手術.その後は転移などの異常はみられない.その他にも身長161.5cm,体重55kg,血圧110/65,脈拍80/分と目立った問題はない.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:総合病院眼科にて緑内障の診断で点眼治療を受けていたが,1998年1月8日,近医である当院を初診.精査の結果,原発開放隅角緑内障(POAG)と診断した.初診時視力は右眼0.04(0.5×.5.25D(cyl.0.5DAx95°),左眼0.06(0.3×.3.75D(cyl.1.0DAx90°).眼圧は前医のチモロールマレイン酸塩とイソプロピルウノプロストンの併用で右眼17mmHg,左眼20mmHg.前房は深く,隅角は開放している.中間透光体には中等度の白内障がみられた.眼底検査では視神経乳頭の陥凹が深く,C/D(陥凹乳頭比)はほぼ1.0でかなり進行した緑内障と考えられた.Humphreya図2Goldmann視野検査(2007年3月28日:脳梗塞発症26カ月前)右眼,湖崎分類IV期.当日左眼の検査を実施していないが,後日湖崎分類Vb期へと進行したことを確認した.視野計(30-2)では,MD(平均偏差)値が右眼.14.54dB,左眼.26.59dBとかなり進行していた.当初から進行したPOAGであったため,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,プロスタグランジン関連薬などを複数組み合わせる多剤併用の点眼治療を選択.2001年11月30日からは多剤併用点眼の治療内容をチモロールマレイン酸塩持続性製剤(朝1回)ラタノプロスト,ドルゾラミド塩酸塩の併用療法に固定.眼(,)圧は両眼ともほぼ16mmHgから18mmHgまでで推移した.緑内障の進行を抑制するため,さらなる眼圧下降を期待し手術を検討したが,患者が手術を希望しなかったことや,アドヒアランスも不良であったことなどから視野は徐々に悪化.最近数年間で右眼は湖崎分類IIIb期からIV期へ,左眼はIV期からVb期へと進行した(図1a,b,図2).同時期の眼底検査でも緑内障末期の視神経乳頭を確認することができる図1Goldmann視野検査(2006年3月27日:脳梗塞発症38カ月前)a:左眼,湖崎分類IV期,b:右眼,湖崎分類IIIb期.1754あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011(92) abab図3視神経乳頭所見(2008年12月24日:脳梗塞発症15カ月前)a:右眼視神経.陥凹は深く,laminacribrosaが透見しうる.乳頭耳側の辺縁はかなり薄く,C/Dはほぼ1.0である.b:左眼視神経.右眼とほぼ同等であるが,相対的に右眼より色調が蒼白化している.(図3a,b).アドヒアランス不良の改善を目的として,2010年5月14日からFCLT(夜1回)とドルゾラミド塩酸塩の併用に切り替えた.経過:5月19日「一昨日から急激に視力が低下した」ことを主訴として再診.変更前の矯正視力は右眼(0.8),左眼(手動弁)であったが,変更後は右眼(0.1),左眼(光覚弁)と低下し,眼圧は右眼18mmHg,左眼20mmHgと上昇していた.患者がこの視力低下などはFCLTへの切り替えが原因ではないかと考えたことや,本人の希望もあり,点眼計画をFCLTへの切り替え前と同じチモロールマレイン酸塩図4頭部MRI(磁気共鳴画像)所見(2010年5月21日:脳梗塞発症4日後)T2強調画像で,両側後頭葉に広範囲に脳梗塞を認める.ab図5Goldmann視野検査(2010年7月12日:脳梗塞発症2カ月後)a:左眼,湖崎分類Vb期,b:右眼,湖崎分類IV期.(93)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111755 持続性製剤(朝1回),ラタノプロスト,ドルゾラミド塩酸塩の併用療法に戻した.また,患者が眼科的な所見以外にめまい,ふらつき,吐気,右手の脱力感も自覚していたため,脳神経外科を受診させたところ両側後頭葉の脳梗塞と診断された(図4).脳神経外科では急性期の治療はせず,リハビリテーション中心の治療を行った.リハビリテーション中,徐脈(36回/分),頻脈(136回/分)のくり返しが発症,それが数日続き,失神もみられた.しかしながら循環器内科による精査でも異常はみられなかった.6月9日,右眼の矯正視力は(0.2)まで回復した.7月14日,Goldmann視野検査では3年前と大きな変化はみられなかった(図5a,b).今後チモロールマレイン酸塩持続性製剤(朝1回)に関しては,より心肺への影響が少なく,かつ内因性交感神経刺激様作用を有するカルテオロール塩酸塩に変更していく予定である.II考按1983年米国のFDA(FoodandDrugAdministration)とAAO(AmericanAcademyofOphthalmology)が中心になってまとめた,チモロールマレイン酸塩の副作用に関する全国登録(NationalRegistry)によれば1),1,472人の副作用が登録され,心臓血管系だけでも300人に副作用が認められた.その内訳は徐脈71人,不整脈36人,低血圧25人,CVA(cerebrovascularaccident)28人,その他140人で,そのなかに心不全,狭心症,心筋梗塞,脳梗塞が含まれる.ちなみにその当時の点眼は朝夕の2回であったと思われる.また,オーストラリアで3,654人の住民を対象としたBlueMountainsEyeStudyによれば,9年間の間に死亡した住民は873人で,そのうち312人は心臓血管系の疾患で死亡している.そのなかで緑内障と診断されていた患者の心臓血管系の疾患による死亡率は14.6%で,緑内障ではない患者8.4%に比べ高かったと報告している2).その理由としてチモロールマレイン酸塩の点眼をあげている.わが国においても北澤らがチモロールマレイン酸塩持続性製剤(朝1回)の治験で,有害事象にあげられた「心房細動」「左足愁訴(脳梗塞)」に関して,本剤との関連が不明ながら,主薬のb遮断作用に基づく循環器系障害が関与した可能性を否定できないと述べている3).別の治験においてもチモロールマレイン酸塩の点眼グループで脳出血の患者が1例確認されている4).一方,チモロールマレイン酸塩の点眼後の血中濃度は体位や運動などの負荷などにより若干の差はあるものの,徐脈をひき起こすことは間違いないという.しかし,血圧や脳卒中には関係しなかったと述べている5).ただし,この報告は25人の緑内障あるいは高眼圧症を対象とした規模の小さい研究であり,同様の複数の研究結果の集積が必要と思われる.本症における脳梗塞が点眼計画の変更との因果関係につい1756あたらしい眼科Vol.28,No.12,2011て検討するようになったきっかけは,FCLTへ切り替えてからわずか3日後に発症しており,患者がFCLTの使用が原因ではないかと感じたということからである.もちろんこの脳梗塞の原因は眼科の点眼とは関係がなく,偶然起こったと考えることもできる.患者は13年前に大腸癌の手術を受けた以外には大きな既往歴もなく,職場の健康診断でも常に血液データ,血圧などに異常はなかったという.しかも大腸癌の手術後に転移などの異常は指摘されていない.飲酒,喫煙歴がなく,家族歴にも心臓血管系の患者がなく,脳梗塞の発症要因が少ない患者であったと考えられる.本症ではアドヒアランスの改善を目的として,チモロールマレイン酸塩持続性製剤(朝1回),ラタノプロスト,ドルゾラミド塩酸塩の多剤併用療法を,より簡単なFCLTとドルゾラミド塩酸塩の多剤併用療法に切り替えた.この切り替えにより,唯一変更になった点は,チモロールマレイン酸塩持続性製剤の朝1回点眼が,FCLTに含まれるチモロールマレイン酸塩の夜1回点眼になったということである.チモロールマレイン酸塩は点眼後,その80%が涙道の粘膜から血管中に吸収される.その薬理学的作用により脳内血流が低下しさまざまな脳症状,つまり意識障害,軽度の頭痛,失神,見当識障害をひき起こすことが知られている6).仮にその脳血流量の低下の危険性が朝点眼より夜点眼のほうが高いとすれば,夜点眼が本症の脳梗塞の要因の一つになった可能性がある.もちろん本症だけでは証拠は不十分で,今後も同様の症例の集積が必要である.本症は偶然にも軽い脳梗塞で,患者が直接眼科を再診したため,点眼薬と脳梗塞の因果関係を検討するきっかけになった.もし脳梗塞が重篤で脳神経外科で直接治療を受けていたとしたら,チモロールマレイン酸塩と脳梗塞の因果関係は検討されなかったかもしれない.この10年間の緑内障点眼薬の主流はプロスタグランジン関連薬であり,すっかりチモロールマレイン酸塩などのb遮断薬にとって代わっている.ところが昨年からは日本においても配合点眼薬が3種類発売され,そのいずれにもチモロールマレイン酸塩が配合されており,再びチモロールマレイン酸塩の使用頻度が期せずして増加することになった.今のところFCLTに関するヨーロッパの複数多施設による長期の安全性に関する研究では大きな問題は報告されていない7).ちなみに分析した974例中,副作用のため中止になったのは133例で,そのうち重症な全身副作用と考えられた13例中3例のみがFCLTとの因果関係があると判定された.その内訳は頭痛,失神,徐脈などで,脳梗塞は含まれていなかった.チモロールマレイン酸塩は前述のごとく1),心臓血管系に対する重大な副作用を起こすことが知られており,それを含む配合点眼薬の使用に際しては,患者の健康状態を十分に把握し,慎重に投与する必要がある.その意味で本症は,チモロールマレイン酸塩の全身(94) への副作用を改めて理解するうえで重要と思われる.本症のみからチモロールマレイン酸塩の点眼は朝方と夕方のいずれの時間帯が安全かを述べることはできないが,今後どの時間帯に点眼するのが安全かを考えるうえでも,貴重な症例と思われ報告した.本論文の要旨は第158回北海道眼科集談会(札幌)で口演した.文献1)ZimmermanTJ,BaumannJD,HetheringtonJ:Sideeffectsoftimolol.SurvOphthalmol28:243-249,19832)LeeAJ,WangJJ,KifleyAetal:Open-angleglaucomaandcardiovascularmortality:theBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology113:1069-1076,20063)北澤克明,塚原重雄,東郁郎ほか:原発開放隅角緑内障および高眼圧症に対するWP-934点眼液の第Ⅱ相試験─8週間および長期投与試験─.臨床医薬12:2663-2682,19964)北澤克明,東郁郎,三島弘ほか:塩酸ベタキソロール点眼液の心肺機能への影響に関する検討─緑内障または高眼圧症を対象としたマレイン酸チモロール点眼液との無作為化比較試験─.あたらしい眼科19:1379-1389,20025)NieminenT,UusitaloH,TurjanmaaVetal:Associationbetweenlowplasmalevelsofophthalmictimololandhaemodynamicsinglaucomapatients.EurJClinPharmacol61:369-374,20056)VanBuskirkEM,FraunfelderFT:Timololandglaucoma.ArchOphthalmol99:696,19817)AlmA,GrundenJW,KwokKK:Five-year,multicentersafetystudyoffixed-combinationlatanoprost/timolol(Xalacom)foropen-angleglaucomaandocularhypertension.JGlaucoma20:215-222,2011***(95)あたらしい眼科Vol.28,No.12,20111757