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腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症が進行したため硝子体手術を施行した1例

2025年1月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科42(1):124.128,2025c腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症が進行したため硝子体手術を施行した1例山本まゆ*1,2大須賀翔*1大里崇之*3児玉昂己*1石郷岡岳*1,4水野博史*1喜田照代*1*1大阪医科薬科大学眼科学教室*2大阪暁明館病院眼科*3高槻病院眼科*4大阪医科薬科大学三島南病院眼科VitrectomyforProgressiveProliferativeDiabeticRetinopathywithRenalAnemia:ACaseReportMayuYamamoto1,2),ShouOosuka1),TakayukiOhsato3),KoukiKodama1),GakuIshigooka1,4),HiroshiMizuno1)andTeruyoKida1)1)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversity,2)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaGyoumeikanHospital,3)DepartmentofOphthalmolgy,TakatsukiHospital,4)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversityMishima-MinamiHospitalC目的:腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症が進行したため,硝子体手術を施行した症例を経験したので報告する.症例:58歳,男性.X年C4月に当院腎臓内科より糖尿病網膜症精査目的に紹介となった.初診時視力(1.0)と良好だが眼底に網膜出血と軟性白斑を認めた.蛍光造影検査では両眼網膜無灌流域があり右眼網膜新生血管を認め,両眼汎網膜光凝固術を開始した.糖尿病腎症C4期で腎性貧血があり,ダルベポエチンを投与し透析が開始された.経過中,右眼網膜前出血(PRH)が出現し,右眼視力(0.03)と低下,急速に増殖性変化が進行したためCX年C7月右眼水晶体再建術・硝子体手術を施行した.術後硝子体出血が遷延し,眼底の視認性改善目的に再度硝子体手術・シリコーンオイル(SO)注入術を施行,3カ月後にCSOを抜去した.X年C11月に左眼(0.1)と低下あり,左眼CPRHを認め,急速に増殖性変化が進行したため,X年C12月左眼水晶体再建術・硝子体手術を施行.術後経過良好で,最終視力は右眼(1.0),左眼(1.2).結論:糖尿病患者では腎性貧血などの全身状態も考慮し糖尿病網膜症の診察を行う必要がある.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCprogressiveCproliferativeCdiabeticCretinopathyCwithCrenalCanemiaCthatCrequiredCvitrectomyCsurgery.CCase:ThisCstudyCinvolvedCaC58-year-oldCmaleCwithCstageC4CdiabeticCnephropathyCandCrenalCanemia.Uponinitialexamination,visualacuity(VA)inbotheyeswas(1.0),butretinalhemorrhageandsoftexu-datesCwereCobservedCinCtheCfundusCofCbothCeyes.CFundusC.uoresceinCangiographyCrevealedCextensiveCretinalCnon-perfusionareasinbotheyesandneovascularizationinhisrighteye,sobilateralpanretinalphotocoagulation(PRP)Cwasperformed.DuringthecourseofthePRP,preretinalhemorrhageappearedinbotheyesandtheproliferativechangerapidlyprogressed,soparsplanavitrectomywasperformed.Postsurgery,VAimprovedto(1.0)ODand(1.2)OS.Conclusion:InCdiabeticCpatientsCwithCrenalCanemia,CstrictCfollow-upCisCnecessary,CasCtheCprogressionCofCproliferativediabeticretinopathycanoccur.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)42(1):124.128,C2025〕Keywords:糖尿病網膜症,腎性貧血,硝子体手術,血液透析,糖尿病性腎症.diabeticretinopathy,renalanemia,vitrectomy,hemodialysis,diabeticnephropathy.Cはじめに圧,脂質異常症,急激な血糖コントロール,妊娠などがあげ糖尿病の慢性合併症である糖尿病網膜症は現在わが国の中られている1).一般に網膜症と糖尿病性腎症はCmicroangiop-途失明原因の一つである.網膜症の悪化の原因として,高血athyが原因の主体を占めるため大きく関連がある.糖尿病〔別刷請求先〕山本まゆ:〒554-0012大阪市此花区西九条C5-4-8大阪暁明館病院眼科Reprintrequests:MayuYamamoto,DepartmentofOphthalmolgy,OsakaGyoumeikanHospital,5-4-8,Nishikujo,Konohana-ku,Osaka554-0012,JAPANC124(124)患者では透析導入に至る腎症があれば網膜症も重症であり,5.8割が増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCretinopa-thy:PDR)であると報告されている2).また,手術を要するほどの網膜症であれば腎症もある程度進行しており,貧血をきたす割合も高いと考えられる.貧血が網膜症に及ぼす影響に関してはこれまでにも指摘されている3).腎性貧血を伴うPDRの硝子体手術成績は不良であり,腎性貧血に対する治療を行うことで手術成績が向上する可能性がある4).今回,筆者らは腎性貧血を伴うCPDRが進行したため,硝子体手術を施行した症例を経験したので報告する.CI症例患者:58歳,男性.初診:X年C4月.主訴:既往歴:高血圧,脂質異常症,高尿酸血症.10年以上前に糖尿病と診断され,インスリン治療中であったが血糖値の変動が大きくCHbA1c10%台で血糖コントロール不良であった.眼科最終通院歴はCX-1年C5月で,単純糖尿病網膜症(simpleCdiabeticretinopathy:SDR),糖尿病黄斑浮腫,右眼動眼神経麻痺と診断されていたが,以後眼科受診は途絶していた.現病歴:X年C3月ごろより両側下腿浮腫を認め,血清クレアチニンC6.59Cmg/dl,eGFR8Cml/分/1.73CmC2と腎機能の低下があり糖尿病性腎症C4期で透析導入を検討されていた.そのときのCHbA1CcはC7.9%であった.透析導入目的にCX年C4月大阪医科薬科大学病院(以下,当院)腎臓内科に入院となった.入院時の血圧はC153/103CmmHg,血液検査にて赤血球C3.35C×106/μl,Hb10.0Cg/dl,ヘマトクリットC30.4%,血小板C1.79万/μlと腎性貧血を呈しており,透析導入が検討されていた.4月C15日に当院腎臓内科より網膜症精査目的に,当院眼科(以下,当科)を紹介受診となった.初診時眼所見:視力は右眼C0.15(1.0C×sph.4.0D),左眼0.1(1.0C×sph.4.0D).眼圧は右眼C11.7mmHg,左眼C11.7mmHg.両眼とも軽度白内障を認め,虹彩隅角新生血管なし.眼底所見で両眼に網膜出血や軟性白斑が散在していた(図1).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では両眼ともに黄斑浮腫を認めなかった.そのときの蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)では両眼ともに広範囲な網膜無灌流領域(nonperfusionarea:NPA)がみられ,右眼には網膜新生血管を認めた(図2).経過:右眼増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCreti-nopathy:PDR),左眼増殖前糖尿病網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:PPDR)と診断した.4月C15日の血液検査でCHb9.5Cg/dlと低値であり週C1回ダルベポエチンアルファC20Cμgを投与し透析開始された.4月C16日より両眼に汎網膜光凝固術(panretinalphotocoagulation:PRP)を開始した.経過中,脳梗塞を発症するなど体調不良のため,受診中断もあり,6月には合計右眼C898発,左眼C843発と少なめの照射数であった.PRP施行中,右眼網膜前出血(prereti-nalhemorrhage:PRH)の出現,消退を複数回繰り返した.しかし,X年C7月右眼CPRH再発後,出血は増大し,視力は(0.03)と低下した.また,眼底所見では急速に増殖性変化が進行したため(図3),右眼経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanaCvitrectomy:PPV)および白内障手術を施行した.術中所見では,上方の線維血管増殖膜の癒着が強固で出血も認めたため,ジアテルミーで止血しながら可能な限り増殖膜を切除した.網膜全体に網膜光凝固術(photocoagula-図1初診時眼底写真図2初診時右眼蛍光造影写真図3両眼PRH出現時図4術後眼底写真tion:PC)をC511発を追加し液空気置換ののち,空気によるガスタンポナーデを行い手術終了となった.術後は眼圧上昇を認め,前房出血もあったことから術C3日目に前房穿刺を施行したが,硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)が遷延しており,術C5日目に眼底の視認性改善目的に液空気置換を施行した.その後もCVHの改善がみられないため,術C11日目に再度CPPVを施行した.前房洗浄を行い,上方の網膜新生血管からの出血があり,双手法で可及的に膜処理を行った.最後にシリコーンオイル(siliconeoil:SO)を注入し手術を終了した.その後,右眼はCVHの再発なく経過は良好であった.X年C11月に今度は左眼の視力低下を自覚し再診となった.左眼視力(0.1)と低下,左眼にもCPRHが出現しており,硝子体出血,線維血管増殖膜を認めた(図3).その後,左眼視床出血を発症し,全身状態が安定したのちのCX年C12月,左眼CPPVおよび白内障手術を施行した.右眼同様,線維血管増殖膜を広範に認め,後極部のCVHを除去し,双手法で増殖膜を処理した.上方の新生血管をジアテルミーで焼灼し,周辺部にCPCをC479発追加しタンポナーデなしで手術を終了した.術後経過良好であった.その後CX+1年1月,SO抜去目的に右眼CPPVを施行した.術中所見ではCSOを抜去しブリリアントブルーCGを散布すると網膜血管とepicenterの癒着が強固であった.可能な限り膜を.離し,新生血管をジアテルミーで焼灼し手術終了となった.術後両眼ともに硝子体出血を認めず経過は良好(図4)で,最終矯正視力は右眼(1.0),左眼(1.2)である.X+1年C2月時点のHbA1cはC6.1%と血糖コントロールも良好であり,ダルベポエチン投与後,ヘモグロビンはC10.12Cg/dlで推移している.CII考察糖尿病網膜症の悪化の原因として,高血圧,脂質異常症,急激な血糖コントロール,妊娠,貧血など多数あげられている1).そのうち貧血の影響についてこれまでに多くの報告があり,XinらはC2型糖尿病患者C1,389名を対象とした横断研究において,貧血のみを有する患者では,貧血と腎症のどちらも有しない患者と比べてC3.7倍,貧血と糖尿病腎症の両方を有する患者ではC10倍以上にCPDRのリスクは上昇すると報告している5).EarlyCTreatmentCDiabeticCRetinopathyStudy(ETDRS)report#186)においても,ベースラインからC2年以内に高リスクCPDRに至るリスク要因の一つとしてヘマトクリットの低値をあげており,Shorbら7)は,貧血を合併したことにより網膜症が急激に進行しCPDRとなりCPRPと硝子体手術が必要になった症例を報告している.貧血が糖尿病網膜症を悪化させる機序としては,糖尿病による著明な微小循環障害が広範な網膜虚血状態をきたして血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)などの血管新生因子の産生を促進し,新生血管の増悪を引き起こし,その結果,増殖膜形成へとつながり,重症CPDRの発症や進展に関与することがあげられる.さらに貧血により赤血球の産生能力が悪化し赤血球の数が減ることにより血液に酸素運搬能が低下し,網膜が虚血状態になり,より低酸素状態を助長し,その結果虚血の亢進につながっていると考えられる.腎機能の低下のある糖尿病患者では腎性貧血を引き起こしうる.腎性貧血は腎臓の機能低下によりヘモグロビンの低下に見合った十分量の造血ホルモンであるエリスロポエチンが産生されないことによって起こる.日本透析医学会が発表したC2015年版「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」では,腎性貧血治療の開始基準はヘモグロビン10Cg/dl未満とされている8).治療薬としては遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン(recombinantChumanCerythropoie-tin:rHuEPO)製剤や赤血球造血刺激因子製剤(erythropoie-sisstimulatingCagent:ESA)などがあり,近年では血中濃度半減期が長時間にわたる持続性CESAとしてダルベポエチンアルファが広く使用されている.この製剤はエリスロポエチン受容体への結合を介して骨髄中の赤芽球系造血前駆細胞に作用し,赤血球への分化と増殖を促進し腎性貧血を改善させる作用がある.現在,ESA,低酸素誘導因子プロリン水素化酵素(HIF-PH)阻害薬,鉄剤などを中心に用いて慢性腎臓病患者の貧血治療が行われている.糖尿病網膜症に対する硝子体手術の予後は,術前の網膜症の重症度だけでなく,全身的な因子にも影響を受ける.その中でも高度の貧血は網膜神経組織の虚血,低酸素状態をさらに助長すると考えられ,手術予後と相関するとの報告があり9,10),腎性貧血を伴う増殖糖尿病網膜症の硝子体手術成績については笹野ら4)はCHb11.0Cg/dl以下,ヘマトクリット値30%未満の症例で視力悪化例が多かったと報告している.高度腎性貧血に対して治療後に硝子体手術を行った患者では,術後視力が比較的安定する患者が多く硝子体手術成績を向上させる可能性が示唆されている11,12).糖尿病網膜症の硝子体手術に際して,周術期の血糖コントロールや人工透析療法を含めた全身管理が重要である.透析による糖尿病網膜症の影響としては,透析導入に至る糖尿病患者では,網膜症も同様に進行し,透析導入時にC37.85%の患者でCPDRを合併し,また視力C0.1以下の高度視力障害はC47.54%の患者でみられるとの報告がある13).透析導入後の網膜症変化としては,吉富ら14)が透析導入後経過を追えたC10例C20眼について,透析導入直後からC6カ月間は網膜症の活動性が高くなりやすく,急速な網膜症の進行例が多いと報告している.また,それ以降も石井ら13)は導入後C1年以内に約C10%の網膜症で悪化がみられC3年以内にさらに約C10%が悪化するとの報告もあるが,全体的には血液透析導入後のCPDRの悪化率は低下するようである.近年では,透析導入前よりレーザー治療や硝子体手術などを施行するなど網膜症に対する治療が進歩したことによると考えられる.透析患者では全身状態の悪化などで通院が不規則になりやすく,治療介入のタイミングが非常にむずかしい患者が多いが,透析導入後に網膜症が悪化する例もあり定期的な眼科受診が重要であると考えられる.本症例は当科初診時に蛍光造影検査で両眼CNPA,右眼に新生血管を認め,すでに右眼CPDR,左眼CPPDRの状態であった.また,糖尿病腎症C4期で腎性貧血を伴っていた.本症例ではCPRPを施行したが,経過中にCPRHなどが出現し,急速に増殖性変化が進行した.この要因として,コントロール不良の糖尿病に加えて腎症による腎性貧血があり,PDRの増殖性変化が急速に進行したと考えられた.眼科初診時C2日目より腎性貧血に対してダルベポエチンの投与を開始し透析導入となった.また,活動性が高い網膜症に対してCPRPの照射数が少なく,PRH出現時に追加凝固ができなかったことも要因になったのではないかと反省している.右眼は網膜症が悪化しやすいと過去に報告されている透析導入直後から6カ月以内の時期に急速に増殖性変化が進んだが,左眼は導入C6カ月以降に網膜症が悪化した.強い増殖性変化に対して両眼硝子体手術を施行したが,術前より透析が導入されており,腎性貧血に対しても治療介入されていた.そのため腎性貧血はダルベポエチン投与後C4カ月でヘモグロビンC10.12g/dl,ヘマトクリット値C32.35%と推移しており,術後経過としては良好であった.糖尿病網膜症は腎性貧血や透析などさまざまな因子が関与しており,血糖値やCHbA1cだけでなく,貧血などの全身状態も考慮したうえで,総合的に経過観察していく必要がある.なお本症例は,第C29回日本糖尿病眼学会で発表した.文献1)別所建夫:網膜症の進行,抑制に関する眼局所状態.眼科診療プラクティスC20,糖尿病眼科診療(田野保雄編),p174-177,文光堂,19952)徳山孝展,池田誠宏,石川浩子ほか:血液透析症例における糖尿病網膜症.あたらしい眼科11:1069-1072,C19943)難波光義:糖尿病眼合併症予防の内科的対策.眼紀C48:C28-31,C19974)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:増殖糖尿病硝子体手術成績と腎性貧血との関連について.眼紀C44:1152-1157,C19935)WangJ,XinX,LuoWetal:AnemiaanddiabetickidneydiseaseChadCjointCe.ectConCdiabeticCretinopathyCamongCpatientsCwithCtypeC2Cdiabetes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC61:14-25,C20206)DavisMD,FisherMR,GangmnREetal:Riskfactorsforhigh-riskCproliferativediabeticretinopathyCandCsevereCvisualloss:EarlyTreatment.DiabeticRetinopathyStudyReport#18.InvestOphthalmolVisSciC39:233-252,C19987)ShorbSR:AnemiaCandCdiabeticCretinopathy.CAmCJCOph-thalmolC100:434-436,C19858)日本透析医学会:2015年版慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン.透析会誌49:89-158,C20169)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:増殖糖尿病硝子体手術成績と腎性貧血との関連について.眼紀C44:1152-1157,C199310)AndoF,NagasakaT,SasanoKetal:Factorsin.uencingsurgicalresultsinproliferativediabeticretinopathy.GerJOphthalmolC2:155-160,C199311)笹野久美子,安藤文隆,長坂智子ほか:エリスロポイエチンによる高度腎性貧血治療後の糖尿病網膜症硝子体手術成績.あたらしい眼科11:1083-1086,C199412)笹野久美子,安藤文隆,鳥居良彦ほか:増殖糖尿病硝子体手術の視力予後への全身的因子の関与について.眼紀C47:C306-312,C199613)石井晶子,馬場園哲也,春山賢介ほか:糖尿病透析患者における網膜症の年次的変化.糖尿病C45:737-742,C200214)吉富健志,石橋達朗,山名泰生ほか:透析療法中の糖尿病患者の網膜症について.臨眼37:1179-1184,C1983***

HIF-PH 阻害薬投与の開始前後における糖尿病黄斑浮腫の 変化の観察

2024年3月31日 日曜日

《第29回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科41(3):335.339,2024cHIF-PH阻害薬投与の開始前後における糖尿病黄斑浮腫の変化の観察鈴木陽平*1,2小堀朗*1小森涼平*2高村佳弘*2稲谷大*2*1福井赤十字病院眼科*2福井大学眼科学教室CRetrospectiveStudyofDiabeticMacularChangesBeforeandAfterInitiationofHIF-PHInhibitorTreatmentYoheiSuzuki1,2)C,Akirakobori1),RyoheiKomori2),YoshihiroTakamura2)andMasaruInatani2)1)DepartmentofOphthalmology,FukuiRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalSciences,UniversityofFukuiC目的:低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(hypoxia-inducibleCfactorprolylChydroxylase:HIF-PH)阻害薬を投与された糖尿病患者において糖尿病黄斑浮腫(DME)が増悪したか検討した.対象および方法:HIF-PH阻害薬を開始した糖尿病患者を対象とし,投与前後における中心網膜厚(CRT)を比較した.結果:5例9眼中2眼でDMEが増悪した.症例C1ではCHIF-PH阻害薬の内服中止に加え,抗CVEGF薬硝子体内注射を施行したが,CRTの回復には約C3カ月を要した.症例C2ではCHIF-PH阻害薬の内服中止のみで軽快したが,CRTの回復には約C7カ月を要した.結論:HIF-PH阻害薬の開始によりCDMEの悪化を認めた症例があったが,自然経過との鑑別は困難であった.CPurpose:Toassesswhetherdiabeticmacularedema(DME)worsenswhendiabeticpatientsaretreatedwithahypoxia-induciblefactorprolylhydroxylase(HIF-PH)inhibitor.SubjectsandMethods:ThisretrospectivecaseseriesCstudyCinvolvedC9CeyesCofC5CpatientsCwithCDMECwhoCwereCtreatedCwithCHIF-PHCinhibitorsCandCfollowedCforseveralmonths.Centralretinalthickness(CRT)wascomparedbeforeandafterinitiationoftheHIF-PHinhibitors.Results:DMEworsenedin2ofthe9eyesafterinitiationofHIF-PHinhibitors.InCase1,thepatientwastreatedwithCvitreousCanti-VEGFCinjectionCinCadditionCtoCdiscontinuationCofCHIF-PHCinhibitors,Chowever,C3CmonthsCwasCrequiredCforCCRTCtoCrecover.CInCCaseC2,CtheCpatient’sCCRTCrecoveredCafterConlyCdiscontinuationCofCtheCHIF-PHCinhibitor,yetapproximately7monthswasrequiredfortherecovery.Conclusions:Our.ndingsshowedthatDMEcanCworsenCafterCinitiatingCtreatmentCwithCHIF-PHCinhibitors,CyetCsinceCthisCwasCaCretrospectiveCstudyCitCwasCdi.culttoassesswhetherHIF-PHinhibitorswererelatedtoDMEworsening.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(3):335.339,C2024〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,HIF-PH阻害薬,抗CVEGF薬,腎性貧血.diabeticmacularedema,HIF-PHinhibi-tors,anti-VEGFdrugs,renalanemia.Cはじめに糖尿病は世界中で推定C4億C6,300万人が罹患しており,糖尿病患者の約C10.15人にC1人の割合で糖尿病黄斑浮腫(dia-beticmacularedema:DME)が発症しているといわれている.糖尿病罹患率は今後さらに増大すると考えられ,黄斑浮腫による視力低下は大きな問題となっている1,2).DMEにおいては,持続した高血糖状態が慢性的な微小血管障害,虚血,炎症を引き起こし,眼内において増加した血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)などのサイトカインにより血管透過性が亢進し,黄斑部に血液成分が漏出することで視力の低下,変視症などの自覚症状が生じる.低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(hypoxia-inducibleCfactorprolylhydroxylase:HIF-PH)阻害薬は腎性貧血の治療薬である.HIFは通常CHIF-a,HIF-bで二量体を形成し,血中に存在している.HIF-aのサブユニットにはCHIF-1Ca,〔別刷請求先〕鈴木陽平:〒918-8501福井県福井市月見C2-4-1福井赤十字病院眼科Reprintrequests:YoheiSuzuki,DepartmentofOphthalmology,FukuiRedCrossHospital,2-4-1Tsukimi,Fukuicity,Fukui918-8501,JAPANCde図1症例1の右眼の網膜光干渉断層計(OCT)像a:HIF-PH阻害薬投与の開始前.Cb:投与開始約C1カ月半後.Cc:投与開始C2カ月半後.このC5日後に投与中止となった.Cd:投与中止C2カ月後.e:投与中止役C3カ月半後.HIF-2a,HIF-3Caが存在する.HIFはCHIF-PHにより,プロリン残基の水酸化を受け,これがCVHL蛋白によりユビキチン化され,その後,プロテアソームによって分解される.エリスロポエチン(EPO)の産生に関与するCHIF-2Caは通常,上記の経路により,分解される.しかし,HIF-PH阻害薬はこの分解を阻害し,HIF-2Caを安定化させる効果がある.これにより,EPOの腎臓での産生を促進するが,同時にCHIF-1aも安定化させることにより,網膜のCVEGFを増加させることでCDMEが悪化する危険性が懸念されている3.5).実際,HIF-PH阻害薬により安定化されるCHIF-1Caを眼内で阻害した場合には,VEGFの発現が抑制されたと報告されている6).臨床研究においては,HIF-PH阻害薬の高容量内服した場合では血中CVEGF濃度は上昇するとされる一方で,実臨床で使用する範囲内では血中CVEGF濃度に変化はなかったとも報告されている7,8).これまでにCHIF-PH阻害薬による網膜症増悪の報告は少数であり,一定の見解は得られていない3,9,10).今回,糖尿病患者に対し,HIF-PH阻害薬を投与した際にCDMEが増悪するかを検討した.CI対象および方法2018年から現在までに福井赤十字病院へ受診した患者のうち,糖尿病を伴う腎性貧血に対して,HIF-PH阻害薬の投与を開始された症例を対象とした.HIF-PH阻害薬の投与前後において,網膜光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT)検査の経過を追えた症例の視力,中心網膜厚(centralCretinalthickness:CRT)について倫理審査委員会で承認の元,後ろ向きに検討した.眼球破裂によりCOCT検査を行えなかったC1眼を除外した.CII結果5名C9眼が対象となった.5名中C2名,9眼中C2眼でCDMEが増悪した.以下,増悪した症例を提示する.〔症例1〕47歳,男性(図1)a:初診時,Cb:ダプロデュスタット投与C1カ月半後.両増殖糖尿病網膜症で汎網膜光凝固が施行されており,左眼は角膜混濁のため矯正視力はC0.1だった.糖尿病性腎症で透析中であり,腎性貧血に対するダプロデュスタット使用前における網膜症評価のため,腎臓内科より紹介となった.初診時視力はVD=(1.2C×sph.8.50D(cyl.0.50DCAx165°),VS=(0.1C×.7.00D(cyl.3.00DCAx90°),右眼CRT:258Cμm,左眼CCRT:246Cμmであった(図1a).ダプロデュスタット開始C49日後,右眼視力低下を自覚し再診となった.VD=(0.6C×sph.8.75D(cyl.0.75DCAx170°),VS=(0.1C×.7.00D(cyl.3.00DAx100°)で黄斑浮腫は認めなかったが,右眼の矯正視力はC1.2からC0.6に低下していた.翌日の視力検査でC1.0へ回復,経過観察とした.さらに約C1カ月後,視力低下を再度自覚し,再診した(図1b).VD=(0.4C×sphC.8.50D(cyl.0.50DAx160°),VS=(0.06C×.7.00D(cylC.3.00DAx100°),右眼CRT:296μmであり,わずかではあるが中心窩に黄斑浮腫が出現したと判断し(図1c),抗VEGF薬(アフリベルセプト)の硝子体内注射を施行した.腎臓内科にダプロデュスタット投与中断の検討を依頼し,5日後に投与中止となった.抗CVEGF薬硝子体内注射,ダプロデュスタット内服中止後に視力は徐々に上昇したが,CRTは増加し(図1d),約C3カ月後に投与前の水準まで回復した(図1e).この間,左眼視力,CRTともに著変はなかった.ダプロデュスタットを中止して約C5カ月後でCVD=(1.0C×sph.8.00D(cyl.0.50DC再初診時視力はCVD=(SLC.),VS=0.8(矯正不能),左眼黄斑浮腫を認め,左眼CCRT:632Cμmであった(図3b).入院中であり,全身状態を考慮してそのまま経過観察となり,無治療でCDMEは徐々に軽快した(図3c,d).最終視力はCVS=(0.9C×sph.1.25D(cyl.1.50DAx180°)まで回復した.CRTの経過を図4に示す.他C3症例C6眼においては,HIF-PH阻害薬使用後に視力,CRTの著変を認めなかった(図5).中心網膜厚(μm)300250Ax180°)まで回復した.CRTの経過を図2に示す.〔症例2〕68歳,女性(図3)左眼単純網膜症で右眼は眼球破裂の既往があり,眼底は観察困難であった.抗好中球細胞質抗体関連腎炎で透析中であ200150症例1右眼症例1左眼100500り,腎臓内科より視力低下の精査目的で紹介となった.当科紹介の約C1カ月前までロキサデュスタットが処方されていた.約C1年前の当科受診時には軽度の黄斑浮腫を中心窩外にHIF-PH阻害薬投与認めていた(図3a).その後,受診が途絶えており,今回再図2症例1におけるOCTでの中心網膜厚の推移初診となった.実線は右眼,点線は左眼.C図3症例2の左眼のOCT像a:HIF-PH阻害薬投与が開始されるC1年前.Cb:再初診時でCHIF-PH阻害薬投与が終了してC1カ月後.高度の黄斑浮腫を認める.Cc:投与終了してから約C3カ月後.Cd:投与終了してから約C7カ月後.III考察HIF-PH阻害薬投与中にCDMEの増悪をC5例C9眼のうちC2例C2眼で経験した.HIF-1は通常,HIF-1CaとCHIF-1Cbで二量体を形成して血液中には存在し,酸素濃度の低下を感知する.眼内のCVEGF濃度に関係するのはCHIF-1Caである9).慢性腎臓病に伴う腎性貧血においては,腎臓でのCEPOの産生が低下している.EPO産生増加に作用するCHIF-2CaはHIF-PHの作用により最終的にプロテアソームにより分解されるため,HIF-PH阻害薬の使用により,結果的にCEPO産生が誘導される.しかし,HIF-PH阻害薬はCEPOだけでなくCVEGFをも産生を促すため,その結果,DMEや糖尿病網膜症の悪化が危惧されている.よって,網膜出血を発現するリスクが高い患者(増殖糖尿病網膜症,DME,滲出型加齢黄斑変性症,網膜静脈閉塞症などを合併する患者)に対してはとくに注意してCHIF-PH阻害薬を投与すること,本薬剤6005004003002001000を開始後には,定期的に眼科で網膜の状態について評価を受けることが推奨されている3).今回,筆者らが経験した症例のうち,増悪したC2眼はいずれもCHIF-PH阻害薬の投与を開始してC2,3カ月後にCDMEが悪化し,HIF-PH阻害薬の内服を中止してC3.6カ月後に軽快しており,似た経過をたどった.HIF-PH阻害薬による増悪とすれば,両眼への影響とも考えられるが,いずれの症例においても片眼のみの変化であった.DMEは眼局所の因子と全身の因子が複雑にかかわりあって発症するものであ中心網膜厚(μm)HIF-PH阻害薬投与り,HIF-PH阻害薬による影響か,DMEの自然経過かを判図4症例2におけるOCTでの中心網膜厚の推移断することは容易ではない.ABCc図5症例3(A),4(B),5(C)におけるOCT像顕著な浮腫の悪化を認めなかった.C338あたらしい眼科Vol.41,No.3,2024(102)今回のCDMEが増加したC2眼においては,DMEは内服中止した後も3.7カ月まで浮腫が遷延した.過去においては,HIF-PH阻害薬内服中止後にC2週間程度でCDMEは軽快したとの報告があり10),今回のC2症例の経過とは異なるものであった.血糖のコントロール不良は,終末糖化産物と活性酸素の蓄積をもたらし,関与する炎症経路を活性化することにより,DMEを増悪させるといわれているが11),今回のC5例のDMEにおいては明らかな血糖コントロール不良な例はなかった.人工透析の導入によって,DMEは速やかに,かつ強力に浮腫が改善し,長期にわたって維持されることが報告されている12).今回のC5例中C4例が透析患者であり,透析によってCDMEの進行が抑制され,HIF-PH阻害薬による悪化が抑制された可能性も考えられた.DMEに対する治療については,抗CVEGF薬の硝子体内注射が治療の第一選択として用いられることが多い13).HIF-PH阻害薬によって,眼内の抗CVEGFレベルが増加してCDMEが悪化するとすれば,悪化に際して抗CVEGF治療を行うことは理にかなっている.しかし,HIF-PH阻害薬を中止しただけで軽快した症例も報告されているので,まずは薬剤中止で経過観察することも選択肢の一つとしてよいだろう.ただし,浮腫の遷延は不可逆的な視機能低下にもつながるので,注射のタイミングが遅くならないように注意することも重要であろうと考えられる.HIF-PH阻害薬の中止のみで経過をみるべきか,抗CVEGF薬の硝子体内注射を行うべきか一定した見解はなく,今後検討していく必要があると考えられる.本報告では,すでにCHIF-PH阻害薬を開始されていたDME症例を後ろ向きに検討した.DMEの悪化には,透析の導入や糖尿病の程度,糖尿病歴の長さなどが複雑に関与している11,14).よって,HIF-PH阻害薬のCDMEへの影響を調べるには,条件を揃えたうえでの前向き研究が望ましいと考えられる.前向き研究によりCHIF-PH阻害薬を開始する前のCCRTがわかれば,治療開始後のわずかな変化もCOCTの解析で検出することができるだろう.文献1)LeeR,WongTY,SabanayagamCetal:EpidemiologyofdiabeticCretinopathy,CdiabeticCmacularCedemaCandCrelatedvisionloss.EyeVis(Lond)C2:17,C20152)SaeediP,PetersohnI,SalpeaPetal:Globalandregionaldiabetesprevalenceestimatesfor2019andprojectionsfor2030Cand2045:ResultsCfromCtheCinternationalCdiabetesCfederationCdiabetesCatlas,C9thCedition.CDiabetesCResCClinCPractC157:107843,C20193)内田啓子,南学正臣,阿部雅紀ほか:日本腎臓学会HIF-PH阻害薬適正使用に関するrecommendation.日腎会誌62:711.716,C20204)GuptaCN,CWishJB:Hypoxia-inducibleCfactorCprolylChydroxylaseinhibitors:ACpotentialCnewCtreatmentCforCanemiainpatientswithCKD.AmJKidneyDisC69:815-826,C20175)CatrinaCB,CZhengX:HypoxiaCandChypoxia-inducibleCfac-torsCinCdiabetesCandCitsCcomplications.CDiabetologiaC64:C709-716,C20216)ZhangD,LvFL,WangGH:E.ectsofHIF-1aondiabet-icCretinopathyCangiogenesisCandCVEGFCexpression.CEurCRevMedPharmacolSciC22:5071-5076,C20187)HaraCK,CTakahashiCN,CWakamatsuCACetal:Pharmacoki-netics,pharmacodynamicsandsafetyofsingle,oraldosesofGSK1278863,anovelHIF-prolylhydroxylaseinhibitor,inChealthyCJapaneseCandCCaucasianCsubjects.CDrugCMetabCPharmacokinetC30:410-418,C20158)SanghaniNS,HaaseVH:Hypoxia-induciblefactoractiva-torsCinCrenalanemia:CurrentCclinicalCexperience.CAdvCChronicKidneyDisC26:253-266,C20199)HirotaK:HIF-aprolylChydroxylaseCinhibitorsCandCtheirCimplicationsCforbiomedicine:ACcomprehensiveCreview.CBiomedicinesC9:468,C202110)浦橋佑衣,小島祥:HIF-PH阻害薬投与後に糖尿病黄斑浮腫が増悪したC1例.臨眼77:324-328,C200311)LiuCE,CCraigCJE,CBurdonK:DiabeticCmacularoedema:Cclinicalriskfactorsandemerginggeneticin.uences.ClinExpOptomC100:569-576,C201712)TakamuraY,MatsumuraT,OhkoshiKetal:FunctionalandCanatomicalCchangesCinCdiabeticCmacularCedemaCafterChemodialysisinitiation:One-yearCfollow-upCmulticenterCstudy.SciRepC10:7788,C202013)YoshidaS,MurakamiT,NozakiMetal:Reviewofclini-calCstudiesCandCrecommendationCforCaCtherapeuticC.owCchartCforCdiabeticCmacularCedema.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmol259:815-836,C202114)MusatCO,CCernatCC,CLabibCMCetal:DiabeticCmacularCedema.RomJOphthalmolC59:133-136,C2015***

一過性の網膜の増悪を認めた糖尿病網膜症の1例

2018年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科35(4):546.551,2018c一過性の網膜の増悪を認めた糖尿病網膜症の1例岡本紀夫松本長太下村嘉一近畿大学医学部眼科学教室CDiabeticRetinopathyThatShowedAggravationofTransientRetinopathy─ACaseReportNorioOkamoto,ChotaMatsumotoandYoshikazuShimomuraCDepartmentofOphthalmology,KindaiUniversityFacultyofMedicine目的:貧血により眼底所見が変化した糖尿病患者の症例報告.症例:55歳,男性.糖尿病精査目的でC2010年C8月に受診.視力は右眼C0.4(0.9),左眼C0.3(0.9).眼圧正常.両眼とも軽度の白内障を認める.眼底は正常であった.そのときのCHbA1cC7.8%であった.その後はC7.9%台で推移していた.初診から約C4年半年後まで眼底検査では正常眼底であったが,2015年C3月の再診時に乳頭を中心に軟性白斑と網膜出血を認めた.4月の再診時には光干渉断層計で右眼に漿液性網膜.離,左眼に網膜浮腫を認めた.5月の再診時には網膜出血,軟性白斑は減少し,光干渉断層計で網膜浮腫は軽減していた.内科に治療経過を問い合わせたところ,2月のヘモグロビンはC6.6Cg/dlと低下しており,その後もC7Cg/dl以下であったため,3月下旬より腎性貧血疑いにてエリスロポイエチン点滴が開始されていた.血圧は,網膜出血発症前から発症後も腎不全による治療抵抗性高血圧のため高値であった.結論:糖尿病患者の経過観察を行うときは血糖値,HbA1c以外の検査にも目を向け,糖尿病以外の疾患の情報を得るべきである.CPurpose:WeCreportCtheCcaseCofCaCdiabeticCpatientCthatCshowedCalteredCocularC.ndingsCbecauseCofCanemia.CCase:AC55-year-oldCmaleCvisitedCourCclinicCforCthoroughCexaminationCofCdiabetesCinCAugustC2010.CInitialCvisualacuitywas0.4(0.9)ODand0.3(0.9)OS.Intraocularpressureandfundus.ndingswerenormal.Botheyesshowedmildcataract.HbA1catthattimewas7.8%,laterhoveringbetween7%and9%.During4.5yearsafterinitialvis-it,thefunduswasnormal.However,inMarch2015,atthetimeofafollow-upvisit,softexudateandretinalhem-orrhagewereseencenteringaroundtheopticdisc.InApril,opticalcoherencetomography(OCT)revealedserousretinalCdetachmentCinCtheCrightCeyeCandCretinalCedemaCinCtheCleftCeye.CAtCtheCrevisitCinCMay,CretinalChemorrhageCandCsoftCexudateChadCdecreased,CandCOCTCrevealedCamelioratedCretinalCedema.CWeCinquiredCofCtheCdoctorCatCtheCnearbyCclinicCofCinternalCmedicineCasCtoChowCtheCpatientChadCbeenCtreated,CandClearnedCthatChemoglobinCmeasure-mentCinCFebruaryChadCdeclinedCtoC6.6Cg/dlCandCbeenCkeptCbelowC7Cg/dl,CandCthatCintravenousCerythropoietinChadCbeenstartedinlateMarchwithsuspicionofrenalanemia.Bloodpressurewashighbothbeforeandaftertheonsetofretinalhemorrhage,duetothetreatment-resistanthypertensioncausedbyrenalfailure.Conclusion:Whenfol-lowingCupCaCpatientCwithCdiabetes,CweCshouldCbeCvigilantCnotConlyCregardingCtheCresultsCofCbloodCglucoseCandCHbA1c,butalsothoseofothertests,andtrytolookforinformationondiseasesotherthandiabetes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(4):546.551,C2018〕Keywords:腎性貧血,糖尿病網膜症,高血圧,長期経過,一過性.renalanemia,diabeticretinopathy,hyperten-sion,long-termfollowup,transient.Cはじめに筆者らは,腎性貧血を合併した糖尿病患者にエリスロポイエチン投与が有用であることを報告している1,2).しかし,今までの報告は,網膜症を発症してからのエリスロポイエチン投与の効果に対する報告で,網膜症発症前から長期にわたり追跡した報告ではなかった.また,エリスロポイエチン投与前後の血圧についても検討していなかった.今回筆者らは,治療抵抗性高血圧を合併した糖尿病患者の経過観察中に網膜症を発症し,エリスロポイエチン投与で網膜症が改善したC1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕岡本紀夫:〒564-0041大阪府吹田市泉町C5-11-12-312おかもと眼科Reprintrequests:NorioOkamoto,M.D.,Ph.D.,OkamotoEyeClinic,5-11-12-312Izumi-cho,Suita-shi,Osaka564-0041,CJAPAN546(128)I症例患者:55歳,男性.既往歴:急性膵炎後に糖尿病と診断されている(10年前).インシュリン療法中.初診日:2010年C8月3日.視力は右眼C0.4(0.9),左眼C0.3(0.9).眼圧正常.両眼とも軽度の白内障を認める.眼底は正常であった(図1).そのときのCHbA1cC7.8%であった.その後はC7.9%台で推移していた.2014年C7月のCHbA1c6.5%であった.2014年C8月に膵炎で入院後,足のむくみを自覚しC9月より利尿薬が開始された.2015年C2月までの眼底検査では正常眼底であったが,3月の再診時には乳頭を中心に軟性白斑と網膜出血を認めた(図2).内科のデータを本人に見せてもらったところC1月の赤血球C259万/μl,ヘモグロビンC8.1Cg/dl,ヘマトクリットC24.9%と低下していた.4月の再診時には視力右眼C0.5(1.0p),左眼C0.3(1.2)と良好であるが光干渉断層計(OCT)で右眼に漿液性網膜.離(SRD),左眼に網膜浮腫を認めた(図3).4月中旬に某病院内科を入院となった.5月C11日来院.網膜出血,軟性白斑は減少し,OCTで網膜浮腫は軽減していた(図4,5).内科に治療経過を問い合わせたところ,2月のヘモグロビンC6.6Cg/dlと低下しており,その後もC7%g/dlであったため,3月C23日より腎性貧血疑いにてエリスロポイエチン点滴(ミラセルCR)が開始されていた.血圧は,網膜出血発症前から発症後も腎不全による治療抵抗性高血圧のため高値(アムロジンCR内服で血圧C170.150/100.90mmHg)であった.表1に血液データ(2015年1.8月まで)を示す.平成C29年C3月現在も糖尿病網膜症の悪化を認めていないが,慢性的な高血圧のため初診時と比べて動脈硬化が進行していた.血圧はいまだに高くC150/90CmmHgである.CII考察筆者は以前に腎性貧血を合併した症例を経験しエリスロポイエチンが網膜血管に直接の効果があることを示唆した1,2).しかし,その後,硝子体のエリスロポイエチン濃度を測定した論文では,エリスロポイエチンが血管内皮増殖因子(VEGF)と同じく網膜症の悪化因子であると報告されている3,4).Watanabeら4),Takagiら5)は糖尿病網膜症の増殖因子としてとらえているが,Zhangら6),Mitsuhashiら7)は網膜症に有効だと考えている.網膜症ではないが,中澤8)は腎性貧血に使用されているエリスロポイエチンは,研究レベルで強力な神経保護があると報告している.渡部ら9)は,腎性貧血がエリスロポイエチン投与により改善することは内科的,眼科的にも重要であり,エリスロポイエチン阻害が増殖糖尿病網膜症の治療に本当に有効であるかどうかは検討が必要であると報告している.王ら10)はエリスロポイエチンの網膜に作用点は多彩である報告している.エリスロポイエチンが眼に対する作用は一定の見解を得ていない.渡部11)は,過去に報告されたエリスロポイエチンで網膜症が改善した報告では,高血圧を検討していないことを指摘している.そこで,今回筆者らはエリスロポイエチン投与前後数カ月の血圧の変化についても追跡したが,治療抵抗性高図1眼底写真(2010年C8月)網膜症を認めない.図2眼底写真(2015年C3月)視神経乳頭を中心に網膜出血,軟性白斑を認める.一部にロート斑様の出血を認める.図3OCT(2015年C4月)右眼にSRD,左眼に網膜浮腫がある.図4眼底写真(2015年C5月)網膜出血,軟性白斑は減少している.図5OCT(2015年C5月)SRDは消失している.表1経時的変化(2015年1.8月まで)2015年1月2月3月4月5月6月8月RBC(万/Cμl)C259C210C220C298C288C297C345Ht(%)C24.9C19.9C24.5C24.5C26.3C27.2C31.7Hb(g/dCl)C8.1C6.6C7.9C8.7C8.3C8.5C10.3Plt(C×104/μl)C14.9C13.9C17.8C24.4C23.1C9HbA1c(%)C6.0C6.0C6.0C6.4C6.4C7.0ヘモグロビン正常値の下限値のC8.4Cg/dl以下に相当する値に下線を引いた.RBC:赤血球数,Ht:ヘマトクリット,Hb:ヘモグロビン,Plt:血小板数,HbA1c:ヘモグロビンCA1c.(131)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C549血圧のため血圧の変化はなかった.渡部11)が指摘する血圧による出血も考えたが,出血時の眼底所見をみるとロート斑様の出血があることから腎性貧血によるものと判断した.貧血性網膜症は,血小板数C5万/mmC3以下かヘモグロビンC6Cg/dl以下になると発症しやすく,ヘモグロビンや血小板のそれぞれ単独の低下と,両者がともに低下している場合を比較すると,両者とも低下の場合,高率に貧血性網膜症がみられる12).三ヶ尻ら13)は男性の糖尿病患者C2名が貧血網膜症を発症した症例で,正常男性のヘモグロビン正常値の下限値のC6割の値(ヘモグロビンC8.6Cg/dl)以下になると貧血網膜症を発症すると報告している.本症例を三ヶ尻ら13)の報告に照らし合わせると,網膜症を認めた時期はヘモグロビンC8.6Cg/dl以下の時期にほぼ一致していた.本症例は,一過性に網膜症が悪化したが,内科が腎性貧血に対して速やかに治療が行ったためと考えられる.しかしながら,ヘモグロビンの数値を経時的にみると,眼底所見は改善しているものの,ヘモグロビンの数値は正常値までにはなっていなかった.一方,徳川ら14)は,ヘモグロビンがC10Cg/dl以下であれば網膜症が進行し,自験例でヘモグロビンC10.7Cg/dlに改善し,貧血の改善とともに眼底も改善した症例を報告している.三ヶ尻ら13),徳川ら14),本症例のいずれもが男性であり,今後女性例も含めた多数例の検討が必要である.本症例のCHbA1cは貧血を発症した期間はC6.0.7.0%であったが,腎機能の低下のある糖尿病患者では,貧血やCHbの低下がCHbA1cに影響することを念頭に置く必要があり,実際の値はもう少し高い値である可能があるので注意が必要である.糖尿病黄斑浮腫はさまざまなタイプがあり,SRDを伴う糖尿病黄斑浮腫は抗CVEGFの治療に抵抗するタイプと報告されている15).SRD型における網膜下液は比較的網膜色素上皮から吸収されにくい成分のため,SRD消失まで抗VEGFを複数回投与する必要があると報告されている16).本症例は一時期にCSRDを認めたが抗CVEGFを投与することなく消失し,その後再発はなかった.石羽澤ら17)は,透析や腎移植で黄斑浮腫が改善したC5例を報告している.一方,善本ら18)は抗CVEGFの硝子体内投与により腎症の悪化した症例を報告していることから,腎症を有する糖尿病黄斑浮腫に対する抗CVEGF治療は注意が必要である.本症例は薬剤抵抗性の高血圧のためか,初診時とC2017年3月の眼底所見を比較すると動脈硬化が進行したことは明らかである.糖尿病患者の眼所見をみる場合は,糖尿病そのものによる病変か,他の因子に影響された病変が加わっていないかを検討する必要がある19)桂ら20)は硝子体内のエリスロポイエチンと血液中のエリスロポイエチンの構造の違いを報告していることから,筆者らはエリスロポイエチン製剤と硝子体内のエリスロポイエチンに構造上の違いがあるのではないかと推察している.本症例も,過去の報告と同様にエリスロポイエチンが糖尿病網膜症(とくに糖尿病黄斑浮腫)に有効であった可能性がある1,2,21.23).今後,糖尿病患者の経過観察中は腎性貧血にも注意を払い,腎性貧血に対してエリスロポイエチンが投与されていないかチェックすることが重要である.本稿の要旨は第C23回日本糖尿病眼学会にて発表した.文献1)岡本紀夫,松下賢治,西村幸英ほか:エリスロポイエチンにて改善をみた腎性貧血合併糖尿病網膜症のC1例.あたらしい眼科14:1849-1852,C19972)岡本紀夫,斎藤禎子,瀬口道秀ほか:腎性貧血を合併した糖尿病網膜症.眼紀58:437-442,C20073)KatsuraCY,COkunoCT,CMatsunoCKCetCal:ErythropoietinCisChighlyelevatedinvitreous.uidofpatientswithprolifera-tiveCdiabeticCretinopathy.CDiabetesCCareC28:2252-2254,C20054)WatanabeCD,CSuzumaCK,CMatsuiCSCetCal:ErythropoietinCasaretinalangiogenicfactorinproliferativediabeticreti-nopathy.NEnglJMedC353:782-792,C20055)TakagiCH,CWatanabeCD,CSuzumaCKCetCal:NovelCroleCofCerythropoietininproliferativediabeticretinopathy.Diabe-tesResClinPractC77(Suppl1):S62-S64,20076)ZhangJ,WuY,JinYetal:Intravitrealinjectionoferyth-ropoietinCprotectsbothretinalvascularandneuronalcellsinearlydibeates.InvestOphthalmolVisSciC49:732-742,C20087)MitsuhashiCJ,CMorikawaCS,CShimizuCKCetCal:IntravitrealCinjectionCofCerythropoietinCprotectsCagainstCretinalCvascu-larregressionattheearlystageofdiabeticretinopathyinstreptozotocin-inducedCdiabeticCrats.CExCEyeCResC106:C64-73,C20138)中澤徹:眼科疾患に対する神経保護治療:あたらしい眼科25:511-513,C20089)渡部大介,高木均:増殖糖尿病網膜症とエリスロポイエチン.血管医学11:127-133,C200710)王英泰,高木均:糖尿病網膜症の分子病態と治療.プラクティス28:585-590,C201111)渡部大介:増殖糖尿病網膜症の網膜血管新生因子としてのエリスロポイエチン.日眼会誌111:892-898,C200712)ShorbCSR:AnemiaCandCdiabeticCretinopathy.CAmCJCOph-talmolC100:434-436,C198513)三ヶ尻健一,西川憲清:眼底所見から貧血を疑われた糖尿病患者のC2症例.眼紀58:698-702,C200714)徳川英樹,西川憲清,坂東勝美ほか:一過性に糖尿病網膜症の悪化を認めたC1例.臨眼63:743-747,C200915)ShimuraCM,CYasudaCK,CYasudaCMCetCal:VisualCoutcomeCafterCintravitrealCbevacizumabCdependsConCtheCopticalCcoherenceCtomographicCpatternsCofCpatientsCwithCdi.useCdiabeticmacularedema.RetinaC33:740-747,C201316)村上智昭,鈴間潔,宇治彰人ほか:漿液性網膜.離を伴う糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブの投与回数.日眼会誌121:585-592,C201717)石羽澤明弘,長岡泰司,横田陽匡ほか:腎移植または血液透析導入を契機に糖尿病黄斑浮腫が改善したC5症例.あたらしい眼科32:279-285,C201518)善本三和子,高橋秀樹,東原崇明ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体内注射後,腎症が悪化したC1例.あたらしい眼科34:419-424,C201719)西川憲清:糖尿病患者の眼所見.眼臨紀9:407-416,C201620)桂善也,小高以直,永瀬晃正ほか:増殖糖尿病網膜症における硝子体中および血中エリスロポイエチンの糖鎖構造について.日本糖尿病眼学会誌21:136,C201521)BermanCDH,CFriedmanCEA:PartialCabsorptionChardCexu-datesCinCpatientsCwithCdiabeticCend-stageCrenalCdiseaseCandCsevereCanemiaCafterCtreatmentCwithCerythropoietin.CRetina14:1-5,C199422)FreidmanEA,BrownCD,BermanDH:Erythropoietinindiabeticmacularedemaandrenalinsu.ciency.AmJKid-neyDisC26:202-208,C199523)SinclairSH,DelVecchioC,LevinA:TreatmentofanemiainCtheCdiabeticCpatientCwithCretinopathyCandCkidneyCdis-ease.AmJOphthalmolC135:740-743,C2003***