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眼科手術後眼内炎に対するピペラシリンの予防効果と安全性の検討

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(111)1743《原著》あたらしい眼科27(12):1743.1746,2010cはじめに日本における眼科領域の術後細菌性眼内炎例からは,おもな起炎菌としてコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),黄色ブドウ球菌,腸球菌,アクネ菌などが検出されている1~3).洗浄や消毒,ドレーピングといった手術環境整備および手術手技の向上などから,眼科領域における細菌性眼内炎などの術後感染症は近年ではまれとなったものの,いったん発症すると眼組織に不可逆的な損傷を与え,失明につながる危険性をはらむ.特に,わが国では欧米に比べて起炎菌としての腸球菌の検出率が高い(15%程度).腸球菌感染の場合は,術翌日から3日以内と早期に急性眼内炎を発症2)(表1)し,かつ予後不良であるといわれている.その背景から,現在予防投与薬として用いられることの多いセフェム系抗菌薬が腸球菌に抗菌力を有さない点に注意が必要である.そこで,今回〔別刷請求先〕日吉敦寿:〒518-0842三重県伊賀市上野桑町1734岡波総合病院眼科Reprintrequests:NobutoshiHiyoshi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OkanamiGeneralHospital,1734Uenokuwamachi,Iga,Mie518-0842,JAPAN眼科手術後眼内炎に対するピペラシリンの予防効果と安全性の検討日吉敦寿右京久樹大澤俊介井島広規岡波総合病院眼科EfficacyandSafetyofPiperacillininPreventingEndophthalmitisafterOphthalmicSurgeryNobutoshiHiyoshi,HisakiUkyo,ShunsukeOsawaandHirokiIshimaDepartmentofOphthalmology,OkanamiGeneralHospital洗浄や消毒,ドレーピングといった手術環境整備および手術手技の向上などから,眼科領域における細菌性眼内炎などの術後感染症は近年ではまれとなったものの,いったん発症すると眼組織に不可逆的な損傷を与え,高度な視機能障害をきたすことも少なくない.このような背景から,眼科領域の術後感染に対する全身的な抗菌薬の予防投与の必要性については今なお賛否両論あるのが実状である.今回筆者らは高齢者への使いやすさ,術後眼内炎起炎菌に対する抗菌スペクトル,菌の耐性化の問題などを考慮し,ペニシリン系抗菌薬ピペラシリン(PIPC)について,術後感染予防薬としての有効性と安全性を検討することにした.対象は,当院にて2008年9月から2009年7月までに白内障手術や硝子体手術を中心とした手術施行症例625例1,070眼である.術後感染予防薬としてのPIPCは,原則3日以内,2gを1日2回点滴静注した.その結果,1,070眼の眼科手術において術後感染症の発症を認めず,安全性に関しても軽微な副作用が6例(0.6%)に認められたにとどまったことから,PIPCの予防的投与は患者に不利益をもたらすことなく術後感染を回避し得ると考えられた.Weexaminedtheefficacyandsafetyofapenicillinantimicrobialdrug,piperacillin(PIPC),inpreventingpostoperativeinfectionintheophthalmologicalfield,givenitsutilityintheelderly,itsantimicrobialspectrumforthepathogenicbacteriaofpostoperativeendophthalmitis,theoccurrenceofbacterialresistance,etc.Thesubjectscomprised625patients(1,070eyes)whowereundergoingcataractsurgeryorvitrectomyatourhospitalfromSeptember2008toJuly2009.PIPC,asadrugforpreventingpostoperativeinfection,wasintravenouslyadministeredtwicedailyatadoseof2gbydripinfusionforupto3days,inprinciple.Nopostoperativeinfectionwasobservedinanyofthe1,070eyes;therewereonly6slightlyadversereactions(0.6%),soitisconsideredthattheprophylacticadministrationofPIPCcanpreventendophthalmitisafterophthalmicsurgery,withoutcausingproblems.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1743.1746,2010〕Keywords:細菌性眼内炎,ペニリシン系抗菌薬,ピペラシリン,術後感染予防,耐性菌抑制,腸球菌感染.bacterialendophthalmitis,penicillinantimicrobialdrug,piperacillin,preventionofpostoperativeinfection,inhibitionofresistantbacteria,Enterococcusinfection.1744あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(112)筆者らは腸球菌にも適応のあるペニシリン系抗菌薬ピペラシリン(PIPC)について,術後感染予防薬としての有効性と安全性を検討することにした.I対象および方法当院にて2008年9月から2009年7月までに行われた白内障手術,硝子体手術を中心とした症例625例1,070眼を対象とした(表2).術後感染予防薬としてのPIPCは,手術開始30~60分前から投与を開始し,原則3日以内,2gを1日2回点滴静注した.また,同時に予防投与としてレボフロキサシンもしくはモキシフロキサシンを術前3日前から点眼した.II結果全625例,1,070眼の手術時の平均年齢はそれぞれ72.2±11.0歳,72.6±10.6歳と高く,男女比は,症例数では男性/女性:41.8%(261例)/58.2%(364例),手術眼数では男性/女性:42.2%(452眼)/57.8%(618眼)で女性が多い傾向があった.手術時間は16.1±17.9分,PIPCの平均1日投与量は3.8±0.7g,同平均投与日数は2.8±0.6日,同平均総投与量は10.5±2.8gであった(表3).術後細菌性眼内炎などの感染症の発現は認めず,副作用は表1白内障術後眼内炎の発症時期と検出菌の関連(150眼,1983~2004年)(原二郎)検出菌発症時期計%術後0~29日術後1カ月以上コアグラーゼ陰性ブドウ球菌3343725腸球菌2302315黄色ブドウ球菌1901913アクネ菌0151510グラム陽性球菌8196レンサ球菌属6175緑膿菌5053その他20103020真菌3253(文献2より)表2手術内訳手術名手術数白内障手術緑内障手術網膜.離手術硝子体手術その他830眼3眼15眼129眼93眼合計1,070眼表3患者背景症例数眼数症例数手術眼数総数625(例)100(%)1,070(眼)100(%)性別男性26141.845242.2女性36458.261857.8年齢平均年齢72.2±11.0歳72.6±10.6歳30歳未満6(例)1.0(%)7(眼)0.7(%)30~40未満40.660.640~50未満132.1222.150~60未満447.0716.660~70未満12419.820519.270~80未満28145.089.348445.290.180歳以上15324.527525.7手術時間平均手術時間16.1±17.9分PIPC投与量1日平均投与量3.8±0.7g1日投与量4g945(眼)2g51g101日投与回数1日平均投与回数2.8±0.6回総投与量平均総投与量10.5±2.8g,O.O.,O.O.(113)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017456例(0.6%)に認められたが,重篤なものはなかった(表4).III考察眼科領域における術後感染症の発現は今日ではきわめてまれであり,予防的抗菌薬投与の必要性に関しては議論の多いところである.しかしながら,白内障手術あるいは硝子体手術などでいったん術後感染が発症した場合は,眼組織が不可逆的な損傷を被ることにより高度な視機能障害をきたすことが多く,その危険性を考慮すれば局所および全身的な抗菌薬の予防投与は妥当な処置といえる.その際,白内障などが手術対象の大半を占める眼科領域においては,患者年齢の高さを考慮した薬剤の選択が必要となる.また,術後眼内炎に関する全国症例調査3)によると,起炎菌がメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)を含むCNSの場合には比較的良好な視力予後が得られていたが,腸球菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の場合には視力予後が悪い傾向を認めており,感染症予防に使用する抗菌薬はこれらの起炎菌に対する十分な抗菌力を有するものを選択する必要がある.このような条件を勘案した場合,PIPCは①腎臓および肝臓双方から排泄されることから腎機能低下時にも半減期の延長は短いとされている4,5)ため,眼科領域で手術適応となることの多い高齢者にも安心して使える,②腸球菌および緑膿菌といった失明を招く恐れのある起炎菌に対しても感受性を有している,③MRSAなどの耐性菌をセレクションしにくく6),b-ラクタマーゼ誘導能も低いことから菌の耐性化を招きにくい薬剤であり,眼科領域の術後感染のための予防薬として好適なプロファイルを有していると考えられた.さらに,眼科手術感染防止対策と抗菌薬使用に関する全国アンケート調査の結果7)をみると,術後感染予防目的に投与された全身的抗菌薬のうち,セフェム系薬(第一,第二,第三世代)が80%を超え,ペニシリン系薬は4%を占めるにとどまっていた.術後眼内炎の原因菌はCNSが多くを占めているが,欧米に比べわが国における腸球菌感染は無視できない頻度であること,発症時期により起炎菌が変遷しグラム陰性菌(緑膿菌など)による感染症も認められていることから,広域スペクトルを有するニューキノロン系点眼薬の局所投与に加え,それらに感受性を有するPIPCの予防的全身投与の併用も眼科術後感染症予防治療の選択肢の一つになると思われた.今回の検討ではコントロールとなる対象がなかったが,PIPCを予防的全身投与した1,070眼における術後感染症の発現が認められなかったことは,眼科領域の術後感染予防薬として同剤が有効である可能性を示唆するものである.安全性に関しても軽微な副作用が6例(0.6%)に認められたにとどまったことから,PIPCの予防的全身投与は患者に不利益をもたらすことなく術後感染による失明の危険性を回避しうる投与法であると考えられた.なお,今回の検討では,感染予防に有効な手術中の血中濃度を考慮し,執刀予定時間の30~60分前からPIPCの投与を開始し,原則として3日以内,2gを1日2回点滴静注とした.予防的抗菌薬投与については,その投与期間の短縮化,あるいはそれ自体の是非についても議論が多いところであり,今後の検討課題であると考える.今後さらなる症例数を集積し検討していきたい.IV結語1,070眼の白内障手術,硝子体手術を中心とした手術症例に対し,術後感染予防の目的でPIPCを原則3日以内,2gを1日2回点滴静注し,その有効性と安全性を検討した.その結果,術後感染の発症は認めず,副作用は程度,頻度ともに軽微であったことから,PIPCは眼科領域における術後感染予防薬として使いやすく,有効である可能性をもった抗菌薬であると結論づける.文献1)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状表4副作用症例一覧性別年齢(歳)診断名(手術対象の原疾患)手術手技手術時間(min)1回投与量1日投与量投与日数総投与量副作用男性82L)白内障L)PEA+IOL142g2g2日2g掻痒感男性74L)RRDL)Vitrectomy972g4g3日12g膨疹女性75L)白内障L)PEA+IOL7.51g1g1日1g膨疹男性76L)白内障L)PEA+IOL92g2g1日2g嘔吐男性74L)PVRL)Vitrectomy+シリコーンオイル注入1602g4g3日12g膨疹男性73R)白内障R)PEA+IOL92g4g3日12g足のしびれ注)RRD:裂孔原性網膜.離,PVR:増殖硝子体網膜症,PEA+IOL:超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術.1746あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(114).発症動機と起炎菌.日眼会誌95:369-376,19912)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたらしい眼科22:875-879,20053)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)柴孝也:高齢者におけるpiperacillinの体内動態の検討.日本化学療法学会雑誌51:76-86,20035)MorrisonJA,DornbushAC,SatheSSetal:Pharmacokineticsofpiperacillinsodiuminpatientswithvariousdegreesofimpairedrenalfunction.DrugsExpClinRes7:415-419,19816)TakahataM,SugiuraY,AmeyamaSetal:InfluenceofvariousantimicrobialagentsontheintestinalflorainanintestinalMRSA-carryingratmodel.JInfectChemother10:338-342,20047)大石正夫,秦野寛,阿部達也ほか:眼科手術感染予防対策と抗菌薬使用に関する全国アンケート調査成績.臨眼57:499-502,2003***