0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(117)425《原著》あたらしい眼科28(3):425.429,2011cはじめにドライアイ患者の眼表面では,涙液の分泌低下あるいは蒸発亢進により,涙液3層(水層・ムチン層・油層)構造が崩れ,涙液層の安定性の低下が認められている.涙液層は,水層だけでなく,油層およびムチン層の働きによってその表面張力が下げられることで安定化している.なかでも,ムチン層は,粘性の高い分泌型ムチンと角結膜上皮の表面に発現している膜結合型ムチンが相互に作用し,水層の眼表面への広がりおよび保持に貢献している1).これまでに,眼表面上皮の膜結合型ムチンとして,蛋白質の発現が確認されているのは,MUC1,MUC4およびMUC16であり,ドライアイ治療を考えるうえで,これら3〔別刷請求先〕七條優子:〒630-0101生駒市高山町8916-16参天製薬株式会社研究開発センターReprintrequests:YukoTakaoka-Shichijo,Research&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.,8916-16Takayamacho,Ikoma,Nara630-0101,JAPAN培養ヒト角膜上皮細胞におけるジクアホソルナトリウムの膜結合型ムチン遺伝子の発現促進作用七條優子中村雅胤参天製薬株式会社研究開発センターStimulatoryEffectofDiquafosolTetrasodiumontheExpressionofMembrane-BindingMucinGenesinCulturedHumanCornealEpithelialCellsYukoTakaoka-ShichijoandMasatsuguNakamuraResearch&DevelopmentCenter,SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)における膜結合型ムチン遺伝子(MUC1,MUC4およびMUC16)の発現に及ぼすP2Y2受容体作動薬であるジクアホソルナトリウムの影響について定量的real-timepolymerasechainreaction(RT-PCR)法を用いて検討した.その結果,HCE-Tに100μMジクアホソルナトリウムを処理することにより,MUC1,MUC4およびMUC16,いずれの遺伝子の発現量も,添加3時間後には一過性に上昇し,その後定常レベルまで減少した.MUC1,MUC4およびMUC16において,添加3時間後の各遺伝子発現促進作用は,無処置群に比べていずれも有意であった.また,ジクアホソルナトリウムは,濃度依存的にMUC1,MUC4およびMUC16の遺伝子発現を促進し,100μMジクアホソルナトリムによるMUC1,MUC4およびMUC16の促進作用は,薬剤無添加群に比べて有意であった.以上から,ジクアホソルナトリウムは,角膜上皮細胞における膜結合型ムチンの遺伝子発現を促進させることが明らかとなった.ThisstudyinvestigatedtheeffectoftheP2Y2receptoragonistdiquafosoltetrasodiumontheexpressionofmembrane-bindingmucingenes(MUC1,MUC4andMUC16)inSV-40-immortalizedhumancornealepithelialcells(HCE-T),usingthequantitativereal-timepolymerasechainreaction(RT-PCR)method.GeneexpressionofMUC1,MUC4andMUC16increasedtransientlywith100μMdiquafosoltetrasodiumfor3h,thendecreasedaswellasconstitutivelevel.ThisenhancementofMUC1,MUC4andMUC16geneexpressionat3hwassignificantlydifferentfromthatseenintheno-treatmentgroup.DiquafosoltetrasodiumincreasedgeneexpressionofMUC1,MUC4andMUC16inaconcentration-dependentmanner,thestimulatoryeffectsofmucingeneexpressionby100μMdiquafosoltetrasodiumdifferingsignificantlyfromthoseseeninthevehicle-onlygroup.Theseresultsrevealedthatdiquafosoltetrasodiumstimulatesgeneexpressionofmembrane-bindingmucininhumancornealepithelialcells.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(3):425.429,2011〕Keywords:ジクアホソルナトリウム,P2Y2受容体作動薬,膜結合型ムチン遺伝子,ヒト角膜上皮細胞.diquafosoltetrasodium,P2Y2receptoragonist,membrane-bindingmucingenes,humancornealepithelialcells.426あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(118)種の膜結合型ムチンの眼表面への発現亢進について関心が高まっている2).ドライアイ治療薬の一つで,P2Y2受容体作動薬であるジクアホソルナトリウムは,結膜上皮組織,特に杯細胞からの分泌型ムチンの分泌を促進することが報告されている3,4).一方,ジクアホソルナトリウムの角結膜上皮における膜結合型ムチンの発現に対する作用については明らかにされていない.そこで今回,培養ヒト角膜上皮細胞を用いて,これら膜結合型ムチン(MUC1,MUC4およびMUC16)の発現に及ぼすジクアホソルナトリウムの影響について検討した.I実験方法1.細胞SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.2280:理化学研究所より供与)は,培養培地〔15%ウシ血清(FBS),5μg/mLinsulin,10ng/mLhumanEGF,40μg/mLgentamicinを含むDMEM/F-12〕にて培養,継代維持した.HCE-Tは,75cm2フラスコ内に播種し,サブコンフルエントまで培養培地にて培養し,0.05%トリプシン.0.53mMEDTAにて.離し,培養培地に回収した.回収した細胞を24穴プレートの各穴に1mL(2.0×104/well)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内でコンフルエントまで培養した.その後,培養培地を除去し,DMEM/F-12培地に交換し,CO2インキュベーター(37℃,5%CO2)内で24時間培養した.その後,DMEM/F-12培地に溶解した種々濃度のジクアホソルナトリウム(ジクアホソル:ヤマサ醤油)を一定時間処理をした.2.総RNA抽出およびreal.timepolymerasechainreaction(RT.PCR)反応HCE-Tの総RNAの抽出は,RNeasyProtectCellminikit(QIAGEN)を使用し,製造元推奨プロトコールに従い行った.MUC1,MUC16およびGAPDH(グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素)遺伝子には,50ngの総RNA,MUC4遺伝子には,100ngを用い,QuantiFastSYBRGreenRT-PCRKit(QIAGEN)を使用し,逆転写反応により,初期cDNA合成後,引き続きRT-PCRを行った.PCRには,宝酒造が設計した各種プライマー(表1)1μMを用いて,40サイクル〔50℃:10分,95℃:5分,95℃:10秒.60℃:30秒(40サイクル),95℃:15秒,65℃:1分〕の条件でABIPrism7500FastReal-TimePCRSystemにて増幅させた.3.解析a.相対定量解析検量線用あるいは未知サンプルのPCR増幅産物がある一定量に達したときのサイクル数(thresholdcycle:Ct値)を求め,Ct値と初期cDNA量間の相関式にて,未知サンプル中のcDNA量を算出した.GAPDHの遺伝子発現量により各膜結合型ムチン遺伝子の発現量を補正して相対的に定量化した.最終的に同条件下の薬剤無添加群に対する相対比で表した.b.統計解析EXSAS(アーム)を用いて,時間的変化の検討では,各処理時間におけるジクアホソルの効果を無処理(0時間処理)群に対するDunnettの多重比較検定法,濃度依存性の検討では,薬剤無添加群に対するDunnettの多重比較検定法にて,5%を有意水準として解析した.II結果1.PCR産物の確認HCE-T由来のmRNA(50ng,MUC4に限り100ng)を各種プライマーおよびQuantiFastSYBRGreenRT-PCRKitを用いて増幅させた各種ムチン遺伝子産物の電気泳動像を図1に示す.各種ムチン遺伝子産物(MUC1,MUC4およびMUC16)は,1本のバンドとして増幅され,サイズも予測値と一致しており,良好な増幅条件での反応であると判断できた.表1各種プライマープライマー名配列サイズTakaraPrimersetIDMUC1forwardprimerCCGGGATACCTACCATCCTATGAG124bpHA138064MUC1reverseprimerGCTGCTGCCACCATTACCTGMUC4forwardprimerGAAGACGTGCGCGATGTGA73bpHA057958MUC4reverseprimerCCTTGTAGCCATCGCATCTGAAMUC16forwardprimerCTGCAGAACTTCACCCTGGACA121bpHA125114MUC16reverseprimerCCAAGCCGATGAGGATGACAGAPDHforwardprimerGCACCGTCAAGGCTGAGAAC138bpHA067812GAPDHreverseprimerTGGTGAAGACGCCAGTGGA(119)あたらしい眼科Vol.28,No.3,20114272.MUC1遺伝子発現量最初に,ジクアホソルのHCE-TにおけるMUC1遺伝子発現に対する作用を検討した.図2に示すように,MUC1遺伝子の発現量は,100μMジクアホソルの添加により,添加3時間後に薬剤無添加群に比して約1.5倍に増加し,無処理群に比して有意であった.その後定常レベルまで減少した.また,ジクアホソルの添加3時間後のMUC1遺伝子の発現量は,濃度依存的に増加し,100μMでは,薬剤無添加群に比して有意であった.3.MUC4遺伝子発現量次に,ジクアホソルのHCE-TにおけるMUC4遺伝子発現に対する作用を検討した.基礎検討により増幅効率がMUC1あるいはMUC16に比して低かったので,2倍量の総RNAを用いた.図3に示すように,MUC4遺伝子の発現量は,100μMジクアホソルの添加により,添加3時間後に薬剤無添加群に比して一過性に約2倍まで増加し,無処理群に比して有意であった.その後,定常レベルまで減少した.また,ジクアホソルの添加3時間後のMUC4遺伝子の発現量も,濃度依存的に増加し,100μMでは,薬剤無添加群に比して有意であった.4.MUC16遺伝子発現量図4にジクアホソルのHCE-TにおけるMUC16遺伝子発現に対する作用を示す.MUC16遺伝子の発現量は,100μMジクアホソルの添加により,添加3時間後に薬剤無添加群に比して一過性に約2.5倍まで増加し,無処理群に比して有意であった.その後,定常レベルまで減少した.また,ジクアホソルの添加3時間後のMUC16遺伝子の発現量は,MUC1およびMUC4と同様,濃度依存的に増加し,100μMでは,薬剤無添加群に比して有意であった.III考按眼表面での蛋白質発現が認められている膜結合型ムチン,MUC1,MUC4およびMUC16は,細胞内ドメインと多量の糖鎖をもつ高分子蛋白質の細胞外ドメインより成る.これらムチンの細胞外ドメインは,3種間に若干の構造上の差異はあるものの,その機能は類似しており,親水性の糖鎖による保潤・保水効果,非接着分子機能による閉瞼時の眼瞼結膜上皮と角膜上皮の癒着防止効果,分泌型ムチンとの糖衣バリアーの形成による感染防御効果およびローズベンガル染色液に対しての拡散障壁効果などを担っており,眼表面から膜結合型ムチンが欠乏することは,ドライアイの発症および悪化をもたらすと考えられている2).今回,ジクアホソルが,培養ヒト角膜上皮細胞において,MUC1,MUC4およびMUC16,いずれの膜結合型ムチン遺伝子の発現を亢進する123451,000bp500bp200bp100bp図1各種プライマーを用いたPCR増幅産物の電気泳動パターンレーン1:マーカー,レーン2:MUC1(124bp),レーン3:MUC4(73bp),レーン4:MUC16(121bp),レーン5:GAPDH(138bp).ab01230110100ジクアホソル(μM)MUC1遺伝子発現量(薬剤無添加群に対する相対比)**01230361224培養時間(時間)MUC1遺伝子発現量(薬剤無添加群に対する相対比)**図2ジクアホソルのHCE.TにおけるMUC1mRNA発現促進作用各値は,薬剤無添加群に対する比率として算出した.a:100μMジクアホソル溶液を処理.各値は4例の平均値±標準誤差を示す.**:p<0.01,無処理(0時間処理)群との比較(Dunnettの多重比較検定).b:各濃度のジクアホソル溶液を3時間処理.各値は4例の平均値±標準誤差を示す.**:p<0.01,薬剤無添加(0μMジクアホソル)群との比較(Dunnettの多重比較検定).428あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(120)ことを明らかにした.ジクアホソルは,2つのヌクレオチドから成る分子量約880の化合物である.成長因子などの生理活性物質が眼表面に作用を示すinvitroとinvivoの濃度差は100.1,000倍であるという報告5)を参考に,今回(invitro)の膜結合型ムチン遺伝子の発現亢進を示す濃度(100μM)を,実際の臨床(invivo)で効果を発現すると考えられる濃度に換算すると0.88.8.8%(10.100mM)となる.ラット眼窩外涙腺摘出ドライアイモデルでのジクアホソルの角膜上皮障害改善作用は1%(11mM)で最大効果を示すこと4)から,今回の得られたinvitroの濃度は実際のinvivoでの効果にも十分反映しているものと考えられ,臨床的にも1%以上のジクアホソル濃度であれば臨床効果に寄与するものと考えられた.横井6)は,ドライアイの病態の構築は,涙液層および角結膜上皮層異常の慢性化,すなわち①瞬目の摩擦,②涙液の減少,③涙液の安定性の低下,④炎症および⑤涙液動態の障害にあるとしている.これらリスクファクターへの治療の切り口として,②に対しては,涙液の分泌を促進するあるいは眼表面の水分量を増加させること,③に対しては,涙液3層の質あるいは量を正常化すること,④に対しては,原因となるリスクファクター(マイボーム腺機能不全症,Sjogren症候群,アレルギー性結膜炎あるいは感染による炎症など)を看破することあるいは涙液の浸透圧を正常化することをあげている.また,①に対しては,摩擦の原因と考えられる眼表面の凹凸を減少させるための外科的治療に加え,角結膜の癒着を減少させる潤滑作用を示すムチン層の正常化を目的にした治療がなされている7).現在,ドライアイの治療には,人工涙液あるいはヒアルロン酸ナトリウム点眼液が用いられている.人工涙液は,涙液の減少に対して一時的な水分補給あるいは一部涙液のクリアランスを促進するウォッシュアウト(上記②,⑤に対する治療)に,ヒアルロン酸ナトリウム点眼液は,角結膜上皮障害改善作用に加えて,涙液の減少に対する水分補給あるいはその三次構造に基づく保水性による涙液層の安定化作用(上記01230110100ジクアホソル(μM)MUC4遺伝子発現量(薬剤無添加群に対する相対比)*01230361224培養時間(時間)MUC4遺伝子発現量(薬剤無添加群に対する相対比)*ab図3ジクアホソルのHCE.TにおけるMUC4mRNA発現促進作用各値は,薬剤無添加群に対する比率として算出した.a:100μMジクアホソル溶液を処理.各値は,3あるいは4例の平均値±標準誤差を示す.*:p<0.05,無処理(0時間処理)群との比較(Dunnettの多重比較検定).b:各濃度のジクアホソル溶液を3時間処理.各値は4例の平均値±標準誤差を示す.*:p<0.05,薬剤無添加(0μMジクアホソル)群との比較(Dunnettの多重比較検定).012340361224培養時間(時間)MUC16遺伝子発現量(薬剤無添加群に対する相対比)**012340110100ジクアホソル(μM)MUC16遺伝子発現量(薬剤無添加群に対する相対比)**ab図4ジクアホソルのHCE.TにおけるMUC16mRNA発現促進作用各値は,薬剤無添加群に対する比率として算出した.a:100μMジクアホソル溶液を処理.各値は,3あるいは4例の平均値±標準誤差を示す.**:p<0.01,無処理(0時間処理)群との比較(Dunnettの多重比較検定).b:各濃度のジクアホソル溶液を3時間処理.各値は4例の平均値±標準誤差を示す.**:p<0.01,薬剤無添加(0μMジクアホソル)群との比較(Dunnettの多重比較検定).(121)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011429②,③に対する治療)に期待されている.しかし,これら治療に対しても十分な効果が得られない症例もある.ジクアホソルは,これまでに報告されている涙液の分泌促進作用4,8,9),分泌型ムチンの分泌促進作用3,4)に加えて,今回新たに膜結合型ムチンの発現促進作用を有する可能性が示唆された.このことは,ジクアホソルを含む点眼液が上記②,③ばかりでなく,非接着分子による摩擦の低下作用あるいは感染源の眼表面への侵入防止作用により①あるいは④のリスクファクターに対しても治療効果をもたらすと考えられる.今後,さらに細胞膜上の蛋白質発現量に及ぼす影響を検討する必要があるものの,今回の結果は,ジクアホソルが,分泌型ムチンの分泌促進作用3,4)だけでなく,膜結合型ムチンの角結膜上皮細胞上の蛋白質発現を促進している可能性を示唆している.したがって,ジクアホソル点眼液は,既存薬では,十分効果を示さない症例に対して有効性を示す可能性が考えられ,ドライアイ患者に対する有用な新しい治療剤として期待される.文献1)渡辺仁:ムチン層の障害とその治療.あたらしい眼科14:1647-1633,19972)GovindarajanB,GipsonIK:Membrane-tetheredmucinshavemultiplefunctionsontheocularsurface.ExpEyeRes90:655-663,20103)FujiharaT,MurakamiT,NaganoTetal:INS365suppresseslossofcornealepithelialintegritybysecretionofmucin-likeglycoproteininarabbitshort-termdryeyemodel.JOculPharmacolTher18:363-370,20024)FujiharaT,MurakamiT,FujitaHetal:ImprovementofcornealbarrierfunctionbytheP2Y(2)agonistINS365inaratdryeyemodel.InvestOphthalmolVisSci42:96-100,20015)SotozonoC,InatomiT,NakamuraMetal:Keratinocytegrowthfactoracceleratescornealepithelialwoundhealinginvivo.InvestOphthalmolVisSci36:1524-1529,19956)横井則彦:ドライアイ.あたらしい眼科25:291-296,20087)加冶優一,横井則彦,大鹿哲郎:結膜疾患とドライアイ.あたらしい眼科22:317-322,20058)YerxaBR,DouglassJG,ElenaPPetal:PotencyanddurationofactionofsyntheticP2Y2receptoragonistsonSchirmerscoresinrabbits.AdvExpMedBiol506:261-265,20029)MurakamiT,FujitaH,FujiharaTetal:Novelnoninvasivesensitivedeterminationoftearvolumechangesinnormalcats.OphthalmicRes34:371-374,2002***